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2019/10/26

小泉八雲 衝立(ついたて)の乙女  (田部隆次訳)


[やぶちゃん注:本篇(原題“The Screen-Maiden ”)は一九〇〇(明治三三)年七月にボストンの「リトル・ブラウン社」(LITTLE,BROWN AND COMPANY)から出版された作品集“SHADOWINGS”(名詞「shadowing」には「影」以外には「人影」・「影法師」・「影を附けること」・「尾行」などの意味がある。本作品集の訳は概ね「影」が多いが、平井呈一氏は「明暗」と訳しておられ、私も漠然とした「影」よりも、作品群の持つ感性上の印象としてのグラデーションから「明暗」の方が相応しいと思う。来日後の第七作品集)の第一パート“STORIES FROM STRANGE BOOKS”第三話に配された作品である。本作品集は“Internet Archive”のこちら(出版社及びクレジットの入った扉表紙を示した)で全篇視認できる(本篇はここから。原拠を記した添書のある標題ページで示した。そこには“Related in the Otogi-Hyaku-Monogatari”(「御伽百物語」の話に関連づけた(基づいた)(作)」)とある。活字化されたものは“Project Gutenberg”のこちらで全篇が読める(本篇はここから)。

 底本は英文サイト“Internet Archive”のこちらにある、第一書房が昭和一一(一九三六)年十一月に刊行した「家庭版小泉八雲全集」(全十二巻)の第七巻の画像データをPDFで落として視認した。

 田部隆次(たなべりゅうじ 明治八(一八七五)年~昭和三二(一九五七)年)氏については先に電子化した「人形の墓」の私の冒頭注を参照されたい。

 傍点「ヽ」は太字に代えた。

 なお、本篇の原拠である怪談集「御伽百物語」については、私は既にブログ・カテゴリ「怪奇談集」で全電子化注を、昨年、終えており、原拠はその中の「御伽百物語卷之四 繪の婦人に契る」である。冒頭にも出る本怪談集の作者青木鷺水(あおきろすい 万治元(一六五八)年~享保一八(一七三三)年)は江戸前・中期の俳人で浮世草子作家。名は五省、通称は次右衛門、白梅園(はくばいえん)は号。京都に住んだ。俳諧は野々口立圃或いは伊藤信徳門下であったと思われるが、松尾芭蕉を尊崇し、元禄一〇(一六九七)年跋の「誹林良材集」の中では、彼は芭蕉を「日東の杜子美なり、今の世の西行なり」(日本の杜甫であり、今の世の西行である)と述べている(「早稲田大学古典総合データベース」の同書原典の当該頁画像を見られたい。但し、彼が芭蕉の俳諧に倣おうとした形跡は殆ど認められない)。「俳諧新式」「誹諧指南大全」などの多くの俳書を刊行したが、元禄後期からは、浮世草子作者として活躍、本書や「諸国因果物語」(六巻)・「古今堪忍記」(七巻)・「新玉櫛笥」(六巻)などを書いた。「御伽百物語」は宝永三(一七〇六)年に江戸で開版したものである。私の以上の電子化注は所持する三種類の校本を「早稲田大学古典総合データベース」の同書の原典画像と厳密に校合したもので(「青木鷺水 御伽百物語 始動 / 序・目録」の冒頭の私の注を参照)、ここで新たに電子化する必要性を感じないなお、冒頭、「菱川吉兵衞師宣」と出るが、実は底本では「宣」が「宜」になってしまっている(誤植であろう)。無論、江戸初期の知られた浮世絵師菱川師宣(ひしかわもろのぶ ?~元禄七(一六九四)年)のことである(詳しくは「御伽百物語卷之四 繪の婦人に契る」の私の注を参照)。これは田部のサーヴィス(原文は“Hishigawa Kichibei”で雅号は出ないのである)が裏目に出たものである。以下、判らない語句その他は原拠の私の注を見られたいが、この原話について、私はそこで、『この話柄、正直、怪奇談としてはあまり上手いと思わない。前段の』グダグダした感じが、『私には退屈で、後段のファンタジーのハッピー・エンドも、早回しで、却って、「だから何?」と感動が著しく減衰してしまっている。私なら、枕を半分以下に削ぎ落とし、絵の美女の出現のシークエンスを精緻に描写するな、と思う』と述べた。比較されれば、小泉八雲の本篇は、まさに――主人公の男が女をそうしたように――私が切望した通りに――優れた原話の圧縮と原話にない配慮が成されてあることに気づかれるであろう。なお、美花の如何にもな表現や、何よりも作中に出る奇体な――百軒の違う酒屋で買つた酒云々――という老学者の如何にも道教の道士が示しそうなそれ――でお判りになる通り、この原話自体が本邦のものではなく、元末の一三六六年に書かれた陶宗儀の随筆「輟耕録」巻十一にある幻想譚「鬼室」を翻案したものなのである(白文原文をリンク先で示してある)。]

 

 

   衝立の乙女

 

 古い日本の作者、白梅園鷺水は云ふ、――

 『支那と日本の書物に――古代現代兩方の――澤山の話がある、それは繪が餘りに綺麗なので、見る人に神祕的な力を及ぼす話である。そしてこんな綺麗な繪に關して、――名高い畫家の描いた花鳥の繪でも、人物の繪でも、――さらに云はれて居る事は、そこに描かれた動物や人物は、その紙や絹から離れて色々の事をする、――それでその繪は、その繪の意志で、實際生きて出ると云ふのである。昔から誰にでも知られて居るこの種類の話を、今ここにくりかへす事はしない。しかし現代に於ても、菱川吉兵衞師宣の描いた繪――「菱川の繪姿」――の評判はこの國では博く知られて居る』

 彼はそれから進んでその所謂繪姿の一つに關するつぎの話を述べる、――

 

 京都に篤敬[やぶちゃん注:「とくけい」。但し、原文は“Tokkei”で「とっけい」である。しかし、原拠は「とくけい」であるのでそれで示した。]と云ふ名の若い學生がゐた。彼は室町と云ふ町に住みなれてゐた。或夕方、人を訪れて侵る途中、古道具屋の店先に賣物に出でゐた古い衝立に目が目にとまつた。それはただ紙の衝立てあつたが、その上に描いてあつた若い女の全身像が、若い人の心を捉へたのであつた。賣價は安かつた、篤敬は衝立を買つて、家へもつて歸つた。

 自分獨りの淋しい部屋に置いて、その衝立を眺めて居ると、その繪よりも一層綺麗に見えるやうであつた。たしかにそれは本當の似顏、――十六七歲の少女の肖像であつた、繪の中の髮、眼、睫(まつげ)、口のどの小さい點までも、賞讃に餘る程丁寧に眞に迫るやうに描いてあつた。まなじりは『愛を求むる芙蓉の花のやう』であつた、唇は『丹花の微笑のやう』であつた、若い顏全體は何とも云へない程美はしかつた。そこに描いてある元の少女がそれ程に美しかつたら、見る程の人は何人も心を奪はれたであらう。そして篤敬は彼女はこのやうに美しかつたに相違ないと信じた、――卽ち、その姿は、話しかける人だれにでも、今にも返答する用意をして居るやうに、――生きて居るやうに見えたのであつた。

[やぶちゃん注:「自分獨りの淋しい部屋に置いて、その衝立を眺めて居ると、その繪よりも一層綺麗に見えるやうであつた。」訳が半可通である。原文は“When he looked again at the screen, in the solitude of his own room, the picture seemed to him much more beautiful than before.”だから、「先ほど(店先に売られてあった時)よりも」の謂いである。

「口のどの」原文は最後がただ“mouth”であるから、「口」「の」で切れて、「どの」と前掲総てを指している。欲を言えば、「口の」の後に読点が欲しい。

「丹花」は「たんくわ(たんか)」。美しい赤い紅色の花の意の一般名詞。]

 

 繪を眺めて居ると、次第に彼はその魅力によつて魅せられるのを覺えた。『實際この世の中にこん美しい人が居るのだらうか』彼は獨りでつぶやいた、(暫らくの間でも)(日本の作者は「露の間」と云つて居る)自分の腕でこの女を抱く事ができたら、喜んで自分の生命――いや、千年の生命――をも捧げたいのだが』結局、彼はその繪を戀するやうになつた、――卽ちその繪が表はして居る人でなければ、どの女をも決して愛する事はできないと感ずる程にその繪を戀した。しかしその人は未だ生きて居るとしても、もはやその繪には似てゐないだらう、恐らく彼女は彼が生れるずつと以前に葬られたかも知れない。

 

 しかし、每日この望みのない熱情が彼に生長して來た。飮食も睡眠もできなくなつた、これまで興味をもつてゐた學問硏究にも心を向ける事ができなかつた。彼は、何時間でも繪の前に坐つて、――外の事は一切なげやつて、或は忘れて、――その繪に話しかけてゐた。そしてたうとう病氣になつた――自分でも死ぬだらうと思ふ程の病氣になつた。

 

 さて篤敬の友人の間に、古い繪や若い人の心について多くの不思議な事を知つて居る一人の尊敬すべき老人の學者がゐた。この老人の學者が、篤敬の病氣を聞いて、彼を訪問した、そして衝立を見て、その事の起りをさとつた。それから篤敬は問はれるままに、一切の事を白狀して、そして公言した、――『こんな女を見つけられなかつたら、私は死にます』

 老人は云つた、

 『その繪は菱川吉兵衞が描いた物だ、――寫生だ。その描かれた人物はもうこの世にゐない。しかし菱川吉兵衞はその女の姿ばかりでなく、心も描いた、それからその女の魂が繪の中に生きて居ると云はれる。それで君はその女を自分の物にする事ができると、私は思ふ』

 篤敬は床から半分起き上つて、相手の顏を見つめた。

 『君はその女に名をつけねばならない』老人は續けた、――『そして每口その繪の前に坐つて、一心不亂にその女の事を思うて、君がつけた名で靜かにその女を呼ぶのだ、返事をするまで……』

 『返事をする!』息をしないで驚いて、この愛人は叫んだ。

 『さうとも』助言者は答へた、『女は必ず返事します。しかし君は、女が返事したら、私がこれから云ふ物を贈るやうに用意してゐなければならない。……』[やぶちゃん注:「します」はママ。強い確信と相手の安堵を齎すために田部ここだけこうしたのだろうが、やはりこの部分的敬体は違和感が強過ぎる。「する」とすべきである。]

 『私は女に生命(いのち)をやります』篤敬は叫んだ。

 『いや』老人は云つた、――『君は百軒の違つた酒店で買つた酒を一杯女にさし出さねばならない。さうすると、女はその酒を受けるために衝立から步いて出ます。それから先きは、どうすればよいか、多分女は自分で君に云つてくれるだらう』

 さう云つて老人は去つた。その助言は篤敬を絕望から救つた。直ちに彼は繪の前に坐つて、女の名を呼んで――(どんな名だか、日本の作者がそれを告げる事を忘れて居る)――甚だやさしく、度々くりかへした。その日は返事はなかつた、その翌日も、又その翌々日も。しかし篤敬は信仰も忍耐も失はなかつた、それから幾日も經たあとで、或夕方突然、それが、その名に答へた、

 『はい』

 それから早く、早く、百軒の違つた酒店から買つた酒を少し、小さい杯に注いで、恭しく彼女に捧げた。そこで女は衝立から出て、部屋の疊の上を步いて、篤敬の手から杯を取るために跪いて、――やさしい微笑と共に問うた、

 『どうして、そんなに私を愛して下さるの』

 日本の作者は云ふ、『彼女は繪より遙かにもつと綺麗であつた、――爪のさきまでも綺麗、――心も氣分も又綺麗、――この世の誰よりも綺麗であつた』篤敬は彼女の問に對して何と返事したか書いてない、それは想像に任せるのである。

 『しかし、あなたは私をぢきにお倦きになるのぢやありませんか』彼女は問うた。

 『生きて居る間は決して』彼は抗言した。

 『それからあとは――』彼女は主張した、――卽ち日本の花嫁はただ一生の間の愛だけでは滿足しないから。

 『お互に誓ひませう』彼は懇願した、『七生の間變らないやうに』

 『あなたが何か不親切な事をなさると』彼女は云つた、『私衝立に歸ります』

 

 彼等はお互に誓つた。私は篤敬は忠實な人であつたと思ふ、――花嫁は衝立へ歸らなかつたからである。衝立の上に彼女のゐた場所は空地になつたままであつた。

 

 日本の作者は叫ぶ、

 『この世にこんな事の起るのは、なんと稀有な事であらう』

 

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