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2020/02/23

三州奇談卷之二 土下狗龍

     土下狗龍

 變化(へんげ)の理(ことわり)は極むべからず。我身の内にも虫生ずるを、我と知らず。怪は人を離れては生ぜず。市中も又怪あり。

[やぶちゃん注:「土下狗龍」「どかのくりゆう」と読んでおく。

「我身の内にも虫生ずる」「虫」はママ。江戸時代のヒト寄生虫の保有率はすこぶる高かった。「逆蟲(さかむし)」と称し、中には多数が寄生したために口から虫を吐き出すようなひどいケースさえあった。]

 金澤川南町(かはみなみちやう)額谷屋(ぬかたにや)と云ふに、寶曆二年の春、雪も籬(まがき)の梅が香と馨(かを)る頃、あやしき事はありそめぬ。

[やぶちゃん注:「金澤川南町」「加能郷土辞彙」のこちら(昭和一七(一九四二)年金沢文化協会刊。底本と同じ日置謙氏の編になる。国立国会図書館デジタルコレクション)によれば、『この川南町は後に片町に屬し、その犀川大橋に近い方である。本町の一に數へられた』とあり、さらに武野一雄氏の「金沢・浅野川左岸そぞろ歩き」の『犀川大橋からスクランブ交差点まで①昔は川南町と呼んだ・・・。』の文化八(一八一一)年の「金沢町絵図名帳」(近代の修正版と思われる)の地図によって、現在のこの道を挟んだ「21」と「6」・「7」の地番付近であることが判明した(グーグル・マップ・データ)。

「額谷屋(ぬかたにや)」読みは「近世奇談全集」に拠った。前注の武野氏の記事は驚くべく仔細に亙っており、先の「金沢町絵図名帳」の『川南町の頁には、家数29軒(橋番含む)本町肝煎清金屋七兵衛、組合頭宮竹屋喜左衛門とあります。この町は当時片町と同様武士階級をお客様とする大店の御用町人と北国街道に面する本町でありながら、犀川大橋に接する立地から近隣在住の農民、町人にも利便な地区だったようです』。『川南町の住民は、銭屋兼小間物商・魚商・材木商・麩こんにゃく商・紙商・みの笠商兼米仲買・蒸し菓子兼合薬商・質兼足袋商・質兼呉服古手商・合薬兼道具商・瀬戸物商・みの笠兼ろうそく商・紙合羽商・畳商・小間物兼打綿商・畳表兼みの笠商・足袋商・絞り染兼香具商・下駄小間物商・酒造業・みの笠・呉服兼古手商・たばこ商・衣料、呉服商・法衣仕立職・質屋など』、『兼業が多く、横目肝煎(町年寄りを助ける町役人)や町年寄末席役の住まいなど』、『多岐に渡っています』とあり、さらに目ぼしい名店の詳細な記載が続くので、是非、読まれたい。その詳細な中にさえも残念乍ら、「額谷屋」の名は出ない。

「寶曆二年」一七五二年。]

 いつも家の雨戶しめて寢るとおもふに、明れば戶明けて燈火消(けし)てあり。

 初は

「我よ人よ」

と麁相(そさう)[やぶちゃん注:不注意。]をゆづり合しが、目さとき人見(み)初(はじ)めて、

「怪物の戶を明けて入るなり」

と云ふに極(きはま)れり。

 婦人・女子大に驚き、日の内をもまたで、向いなる一家の元へ引越されし。

 跡は男許(ばかり)、近隣の壯年の者ども相守り、

「小雨ふり月も朧(おぼろ)なり。化物の出づるは爰(ここ)なり」

[やぶちゃん注:「爰なり」この場合は「まさにこの時なり」の意。]

と待つに、其夜は來らず。

 此家は、一方は水の流れあり。古き番人ありしが來(きたつ)ていふ。

「久敷(ひさしく)夜更(よふけ)てうたをうとふ小坊主ありし、是ならん」

と云ふ。折節見當る人もあるに、成程人のごとく立ちて、いかなる關鎖(しまり)のかたきも、苦もなく開きて内に入り、行燈(あんどん)を吹消して、其後(そののち)は何をこそなしけんしらず。

 今日は二月十五日の夜なりしが、雨一通り降りて月くらかりしに、彼(か)の怪物出でたりしが、人音にや恐れけん、引返して土藏に入りける。是又厚壁の土を返し、橫の方(かた)より入りたるに、勞せるとも見へず。

[やぶちゃん注:「二月十五日」釈迦が入滅した日とされる。因みに私の誕生日でもある。

「厚壁の土を返し」蔵の土壁を簡単に掘り返し崩して穴を開けて。]

 待ち居(をり)し人々、

「あわや藏に取籠(とりこも)りたるは」

とすまひ人を取圍(とりかこ)むごとく

「鎌よ棒よ」

とかり立てしに、藏の大戶前より、宙を飛んて迅風のごとく出でたりしを、齋藤金平と云ふ人、刄引刀(はびきがたな)を持(もつ)て一刀に打たれしに、仰向(あふのけ)に落ちたりしが、又起返りて緣の下へ入る。

[やぶちゃん注:「齋藤金平」「石川県立図書館」の「石川県史 第二編」の「第四章 加賀藩治停頓期」の「第三節 風教作振」の「十一屋仇討の批判」に(下線太字は私が附した)、『加賀藩に在りて仇討の行はれたるは、こゝにいへる赤尾本平を以てその嚆矢とすべし。域はいふ、是より先十一屋仇討として傳へらるゝ孝子三太の事あり。三太は石川郡曾谷村の農にして、その祖父及び父共に事によりて、馬廻組の士山田權左衞門の爲に害せられ、而して三太の兄一坊・二太は復讐を試みしも成らずして亦殺されき。是に於いて三太は金澤に出でゝ今井左太夫の馬丁となり、劍を齋藤金平に學び、元和元年』(一六一五年)『七月十五日權左衞門が野田山に於ける藩祖の墳塋に詣でんとせし時、之をその途十一屋村に要して本望を達せりと。然れども前人の研究する所に據れば、慶長十七八年』(一六一二年・一六一三年:慶長は二十年まである)『及び元和元年の侍帳を檢するに、共に山田權左衞門の名を見ず。今井左太夫は慶長十年の富山侍帳に載せて大小將衆に屬すといへども、齋藤金平に至りては異風組の士にして明和』(一七六四年~一七七二年:宝暦の後である)『の頃に存せし人なり』とあった。まさにこの人物であろう。この「異風組」というのは加賀藩の火縄銃を師範する組織集団の名である。

「刄引刀」刃の部分を潰して斬れないようにした刀。これを以って怪物に向かい、かくも仕遂げるたのは名剣士なればこそである。]

 大勢終に探し出(いだ)して、亂鎗(みだれやり)に突伏せ、頭を斧を以て打潰しゝに、夥敷(おびただしく)血を吐きて死(しに)けり。

[やぶちゃん注:「亂鎗」むやみやたらに散々に槍を突き出すことであろう。]

 然共(しかれども)少(すこし)も聲を出(いだ)さず。又鎗突きし跡も通らず。斧の跡も皮には少しも疵つかで、内の骨碎けて死にけり。

「よくこわき皮なるものを」

と引さき見しに、犬に類して足甚だ短く、形ち三角にて灰毛(はいげ)なり。人々

「何物ならん」

と語り合しに、其頃大坂の人來り居て咄しけるは、

「大坂鍛冶町にも如此(かくのごとき)事ありしに、是はある家の老婆、いつの頃よりか行所(ゆくところ)しれず。『心もとなし』とて數月立ちしに、或日亭主夕暮の緣に腰かけて居たりしに、一方の緣げた

『づぶづぶ』

と土に沈みしかば、心元なく緣を取拂ひ見しに、土中に穴あり。

 下へ行程深く廣し。

 人を催して掘開きて見るに、下には四尺許の水湧くところあり。

 其傍に彼(かの)見えざりし老女を喰殺(くひころ)して引込みてありし。

 又橫へ穴ありて、此中に曲者(くせもの)居(を)ると見えたり。

 人々是より入(いる)こと叶はねば、終に其趣(おもむき)町役人へ斷り、且(かつ)橫穴の口より木竹を以て押込み突込み、穴の口をふさぎ、扨其地上を考へ、二軒隣の鍛冶(かぢ)の庭より掘入りて見しが、いかにも此獸に掘當りぬ。

 穴より突こみし棒に半ば死して居たり。

 則(すなはち)此(これ)獸なりしが、斯程(かほど)大さはなかりしかども、よく老女を殺せり。

 されば、是等もいかなる事を仕出(しいだ)さんも知れざるに、よくぞ打殺し給ふ」

と云ひし。

 此獸狸にも似たり。聲はなき物にこそ。

 或人

「ミタヌキと云ふ者なり」

と聞えしかども、とかく野邊(のべ)の者とは見へず。緣の下・土中に住む者とは見えぬ。先づ大樣(だいやう)「鼷鼠(うごろもち)[やぶちゃん注:漢字はママ。]」にして狗(いぬ)なるものなり。

[やぶちゃん注:「ミタヌキ」アナグマ(食肉目イヌ型亜目クマ下目イタチ小目イタチ上科イタチ科アナグマ属ニホンアナグマ Meles anakuma)の異称。雑食性。ヒトを襲うことはないが、土葬された遺体を掘り起こして食うことはあったらしい。この妖獣の形状は確かにアナグマには似ている。

「鼷鼠(うごろもち)」読みは国書刊行会本の本文(ひらがな表記)による。「うごろもち」は哺乳綱 Eulipotyphla 目モグラ科モグラ属ニホンモグラ属 Mogera モグラ類を指す呼称であるが、この漢字は不審である。普通はモグラは「土龍(竜)」(私はこれは中国の本草書のミミズの意味を取り違えた日本の近世以降の誤りと考えている)「鼹鼠」「鼴鼠」が一般的であり、またこの「鼷鼠」(音「ケイソ」)は普通にネズミ目ネズミ上科ネズミ科ハツカネズミ属ハツカネズミ Mus musculus を指すからである。編者日置氏の誤字か或いは誤植が疑われる。

 或は好事の人、

「是は『狗龍(いぬりゆう)』と云ふ物にて、是が雛(ひな)を『謝豹蟲(しやへうちゆう)』といふ」

といへり。

[やぶちゃん注:「狗龍(いぬりゆう)」読みは「近世奇談全集」に拠った。不詳。

「謝豹蟲」中国の伝説上の妖獣に「謝豹」ならいる。晩唐の官僚文人段成式(八〇三年~八六三年)撰の荒唐無稽な怪異記事を蒐集した「酉陽雑俎」(ゆうようざっそ:八六〇年頃の成立)の「巻十七 広動植之二 虫篇」にある。

   *

謝豹。虢州有蟲名謝豹、常在深土中。司馬裴沈子常治坑獲之。小類蝦蟆、而圓如球、見人以前兩脚交覆首、如羞狀。能穴地如鼢鼠、頃刻深數尺。或出地聽謝豹鳥聲、則腦裂而死、俗因名之。

   *

自然流で書き下すと、

   *

 謝豹、虢(くわく)州に蟲有り、謝豹と名づく。常に深土中に在り。司馬の裴沈子(はいしんし)、常(つね)の治坑(ちこう)にて之れを獲る。小にして、蝦蟇(ひき)に類(るゐ)し、圓(まろ)きこと毬のごとし。人を見れば、前の兩脚を以つて首を交覆して、羞(は)づる狀(かたち)のごとし。能く地に穴(あなほ)ること鼢鼠(もぐら)のごとくして、頃刻(けいこく)にして深さ數尺たり。或いは地に出づることあるも、「謝豹鳥」の聲を聽けば、則ち、腦、裂けて死す。俗、因みて之れを名づく。

   *

「虢州」河南省三門峡市霊宝市の南(グーグル・マップ・データ)。かの中島敦の「山月記」で、李徴が若き日に永く住み慣れた地として出る虢略(かくりゃく)である。「裴沈子」不詳。「治坑」治水用の溝工事か。「羞づる狀のごとし」は「両手で顔を隠し、何かを恥じるようなしぐさをする」。これは我々が勝手に想像するモグラ(哺乳綱 Eulipotyphla モグラ科 Talpidae)の仕草と似ているようには思うが、但し、モグラ類が地表に出ないとか、太陽光を嫌ったり、日に当たると死ぬ(嘗て私は授業でそう言って「それは違う」と生徒に指摘されたことを思い出した)というのは全くの誤りである。「謝豹鳥」ホトトギスの異名。サイト「肝冷斎日録」のこちらや『「酉陽雑俎」の面白さ』に部分訳もある。しかし、本篇の妖獣とは性質が全く異なり、この妖獣は「謝豹」ではない。]

 何れか誠ならん。且つ「謝豹蟲は日出れば死す」と聞えしが、年經ては堅剛になりて死せざるものにや。又は是別物なりや。辨じ難し。

 とかく人家の都會と云ふとも、怪物のなき事と云ふはなし。地鼠・土狗・犬鼠の類(たぐひ)、日に向ひては又變ずと聞く。是等の類ならんかと。

[やぶちゃん注:「地鼠」モグラ或いは日本固有種のモグラの一種であるトガリネズミ目トガリネズミ科ジネズミ亜科ジネズミ属ジネズミ Crocidura dsinezumi を指す。「近世奇談全集」はこれで『もぐら』とルビしている。

「土狗」読みは「どく」でよいか。現行では本邦産の柴犬に外見が似る犬の犬種である、中国産の「中国(中華)田園犬」を指すが、ここは柴犬或いは単に「野犬」でよかろう。

「犬鼠」読みは「いぬねづみ」でよいか。思うに、巨大個体の齧歯(ネズミ)目リス亜目ネズミ下目ネズミ上科ネズミ科クマネズミ属ドブネズミ Rattus norvegicus であろう。因みに現行では、日本には棲息しない北米原産の草原地帯(プレーリー)に穴を掘って巣穴を作り、群れで生活する大型のリスの仲間であるリス亜目リス科 Xerinae 亜科 Marmotini 族プレーリードッグ(prairie dog)属 Cynomys を指す中国語(正確には「草原犬鼠」)である。]

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