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2020/06/23

梅崎春生 猫男

 

[やぶちゃん注:昭和二三(一九四八)年八月号『文藝春秋』初出。後の作品集「B島風物誌」に収録された。梅崎春生三十三歳。「桜島」によるデビューから二年後の作品である。

 底本は昭和五九(一九八四)年沖積舎刊「梅崎春生全集」第二巻を用いた。

 本文中にストイックに注を附した。

 本篇はツイッターのフォロワーが電子化を希望されたので、それに応えるために電子化したものである。【二〇二〇年六月二十三日 藪野直史】]

 

   猫  男

 

 雨戸をたたく音で、眼がさめた。浅くまどろんでいたせいで、いきなり皮膚をたたかれたような気がした。天窓が薄明りをたたえている具合からして、夜明けに間もないらしい。あおむけに寝たまま聴き耳をたてていると、また雨戸をたたく音がして、それと一緒になにか呼ぶ声がした。私の名を呼んだらしかった。

 こんな早くから誰だろうと思ったが、それでも放っておく訳(わけ)にもゆかないので、渋々起きあがって廊下にでた。強盗かも知れないとちょっと考えたから、廊下にでるついでに、部屋のすみにある麦酒(ビール)瓶を右手ににぎった。夜明けの強盗とはあまり聞かないが、近頃のことだから、どんな定石外れがあるか判らない。と言っても、盗られて惜しいものがある訳じゃない。盗られて困るものがあるとすれば、それは私の生命だけだ。

 音のしないようにそろそろ桟(さん)を外し、雨戸を三寸ばかりあけてのぞいたら、妙な男がすぐそこに立っていた。まだ暗さがそこらにためらっている具合なので、直ぐは判らなかったが、異様な服装をしている。ちょっと見た感じでは、銅版画にでてくる苦行僧に似ていた。雨戸のすきまからのぞく私の顔にむかって、それが丁寧にお辞儀をした。そのお辞儀のやり方で、丹吉だということがすぐに判った。[やぶちゃん注:「ためらっている」ちょっと普通の使い方ではないが、明け方の暗さが辺りに残っているの意。曙の初め頃ととれる。「丹吉」は「にきち」と読んでおく。]

「わたしです。丹吉です。へえ」

 感じがへんだと思ったら、身にまとうものは下着だけである。ズボンも穿(は)いていない。なまじろい、むきだしの脚に、大きな兵隊靴をはいている。それも泥まみれだ。それから私が提(さ)げた麦酒瓶をみて、あわてたように掌をふった。

「どうぞ。どうぞ、おかまいなく。昨晩たんと飲んだんで、もういけません」

 いい気なことを言っていると思いながら、私はすこし乱暴に雨戸をあけてやった。

「どうしたんだね。その恰好(かっこう)は」

「ええ。ええ。今、そのちょっと何したものですから」

 寒いのか、鳥肌たった双の腕を、よじり合せるようにしながら、上目づかいで私の方をみた。丹吉の素肌をみるのは、これが始めてだが、新しい消ゴムみたいになま白くて、へんにぶよぶよした感じであった。その中に骨のあることを全然かんじさせないような恰好で、軟体動物という言葉を私はすぐ聯想(れんそう)した。

「まあ、上れよ」

 すこし経(た)って私がそう言った。丹吉はちょっとためらうような形をみせたが、それでも泥靴をすぽっと脱いで、のこのこと縁側に上ってきた。見ると靴下もはいていない。泥の滲んだ足のうらを、雑巾にやけにこすりつけた。

 火鉢のまえにすわって、いろいろ問いただしてみると、言うことがあいまいで、どうもはっきりしない。何だか急に元気がなくなった風である。泥酔して駅のベンチに寝ていたら、眼がさめてこんな恰好になっていたという。もちろん金入れもなくなっていたから、その駅から一番ちかい私のところに歩いてきたというのだが、ぽつりぽつりしゃべりながら、丹吉はしきりに肩をすくめたり、腕をよじったりした。寒いのだろうと思ったが、また恥かしがっているような調子でもあった。

「で、電車賃と、できたら洋服一着かして呉れませんか」

「そりゃ貸してもいいけれども、トミエさんが心配してるだろう」

「ええ。おかみさんは慣れっこです。しょっちゅうのことだから」

 そう言って、始めてぶわぶわと笑った。丹古の顔のかたちは、小さなフライパンに似ている。肉づきのいい方だが、全体としては小柄だ。身の丈も五尺そこそこだろう。瞼がぼったりとふくらんでいて、その下で小さな眼球が、絶えず小刻みに動く。さだまった箇所に視線を固定させることがないようだ。話するときも、ちらっちらっと見るだけで、決して真正面からこちらを眺めたりしない。その小さな真黒い眼球のうごきには、なにか残忍なものを感じさせるときがある。この男の素姓[やぶちゃん注:ママ。]を、私は深くは知らない。奥さんのトミエさんとは、かなり前からの知合いだけれども。

 で、仕方がないから、押入れを探して、古洋服を一着出してやった。丹吉はほっとしたように、立ち上っていそいで服を着けたが、すこし大きすぎた。袖口に掌が入ってしまうし、上衣の裾がずいぶん下までくる。ハイド氏のような恰好になった。

「いささか大きすぎますな、これは」

 そう言いながらも、袖をまくり上げたり、ズボンをたくし上げたりした。そしてどうにか収まりがつくと、すこし元気がでてきたようである。安心したような顔になって、また火鉢の前にすわりこんだ。

 やがて夜も明けてきたようだから、朝飯をつくろうというので、電熱器に飯盒をかけた。丹吉は煙草も盗られてしまったといって、私の煙草を何本も吸った。半分ほど吸うと、灰につきさしたりして、じつに贅沢(ぜいたく)な吸いかたをする。それからいろいろ、とりとめもない話をした。トミエさんとの間に、子供はまだできないのか、というようなことも私は聞いた。

「ええ。まだですよ。ひとり欲しいとは思っているんですが」

「仲良くはしているんだろう?」

「ええ。それがね」丹吉の言いかたはへんに曖昧になった。「ちかごろ、猫などを飼ったりしましてねえ」

「ほう。猫をね」

「猫って、何なんでしょう」嘆息するような声でそう言った。「猫という動物は、南方からきたもんでしょう。日本にきて、もう何干年になるか知らないけれども、まだ気候に慣れないんですね。ひとの寝床に入りたがってばかりいて」[やぶちゃん注:ネコの起原種はヨーロッパやリベリアが起原地と考えられている。]

「毛皮着ているくせに」

「猫が暑がるのは、一年のうち三日しかないというじゃありませんか」

 ぼったりした瞼の下で、丹吉はにらむような眼付をした。

 飯が焚き上ったので、膳をだして食事をすました。丹吉はあまり食べなかった。御飯を三四粒箸にのせて、口にはこぶような食い方をする。なにかぼんやり考えているようにも見えるが、瞳はしょっちゅうちらちらと動いている。そして丹吉は丁寧(ていねい)に頭をさげた。

「どうも相済みませんでした。御馳走さまでした。おいとまいたします」

 何か本を貸してくれというので、本棚から飜訳小説などを出してやった。縁側に出て靴をとりあげた。縁側にたって、靴をはく丹吉の後姿を見おろしていると、服が大きいので、抜衣紋(ぬきえもん)みたいになっていて、襟(えり)筋に長いうぶ毛がぼやぼや密生しているのが、眼についた。それは粉をふいたように、背中のずっと奥までつづいているらしかった。なんとなく寒気だつような気持になって、視線を庭の方にそらしていると、うつむいて靴の紐(ひも)をむすんでいた丹吉が声を出した。

「服の方は明日でもお返しにあがります」

「いいよ。そのうちでいいよ。靴下を君は穿(は)かない習慣かね?」

「いいえ。昨夜まで穿いていたんです」

「だって靴ははいているじゃないか。盗られた訳はないだろう」

「ええ。ええ。ほんとに妙な泥棒です」

 背をかがめているせいか、丹吉の声はほんとに苦しそうに聞えた。そしてひょいと背を伸ばして立ちあがった。

「すみまぜんが、煙草をもう一本」頰がすこしあかくなって、うす笑いをしているようである。「この次、煙草の葉をもって参りますよ。うちの庭のすみに、近頃煙草が生えてきましてね」

「種子でも植えたの?」

「いいえ。吸殼からです」

 私があきれて黙っていると、丹吉は弁解するようにつけ足した。

「ええ。なにね、近頃の煙草は粗悪でしょう。だからなまの芽がのこっていたんですよ」

「ずいぶん大きくなったのかい」

「もう二尺ほどになりました」

 じゃその中に持ってきてくれ、と弑が言い、丹吉はお辞儀をして、朝の光のなかを煙草をふかしながら帰って行った。大きな靴をはいているくせに、足音を立てないような歩き方だ。ぶかぶかの上衣の裾が、風にゆれながら、門の外に消えるのを見とどけて、私は部屋にもどってきた。なんだかひどく眠く、だるい気がした。膳の上の、丹吉のつかった食器は、きれいに乾いていて、箸(はし)も乾いたままきちんと置かれてあった。それを見ると、妙に不快な感じがした。丹吉の歳は、いくつか知らない。おそらく二十七八だろう。ときどき何とはなくやってくる。万年筆のいい出物があるから買わないかと言ってきたり、秘密刊行の書物を安くゆずりたいなどと言ったりする。本気で言っているのかどうか、判らない。本職はどこかの撮影所につとめているというのだが、そこでどんな仕事をしているのか知らない。

 あのうぶ毛の密生した、なま白い肉体に、私の服がくっついていることを考えると、背中が痒(かゆ)くなるような感じがした。

 翌日もってくるという話だったが、姿をみせないで、一週間ほどもすぎた。あの古服が急に要るわけでもないのだが、すこし気になったから、丹吉のうちの近くに用事があったついでに、ちょっと寄ってみた。

 丹吉の家はマッチ箱みたいな四角な家で、せまい庭が申し訳のようについている。昼頃だったから、丹吉は留守で、その庭でトミエさんが洗濯をしていた。私の顔をみて、おどろいたような表情になって立ちあがった。石鹼にぬれた掌が、つやつやと美しかった。

「留守ですのよ。御用事?」

「いや。ちょっと通りかかったもんで」

 あの夜のことを丹吉がどう話しているか判らないから、私はすこし用心した。それから縁側に腰かかけて、しばらく話をした。トミエさんは以前にホールではたらいていたことがあって、そこで私も知り合ったのだが、丹吉と一緒になるについても、二三度相談をもちかけられたことがある。(へんな感じのひとだけれど、あたしと是非いっしょになりたいというのよ。どうしたらいいかしら)こんなことを私に言っているうちに、とうとう決心したと見えて、結婚してしまった。トミエさんはもともと思い切りがいい。単純な顔立ちであったけれども、今日見るトミエさんの顔は、なにかふしぎな翳(かげ)を帯びているようである。この一年間苦労したせいかも知れないと考えたから、そう聞いてみた。[やぶちゃん注:「ホール」は飲物や軽食も出すダンス・ホールであろう。]

「べつに苦労というほどでもないけれど、あの人はへんなのよ、すこし」

「しょっちゅう酒のむらしいね」

「ええ。酒も飲むわ」

 トミエさんは空をみて、まばゆいような眼付をした。私は煙草かふかしながら、洗濯盥(だらい)のむこうに生えている植物をながめていた。それは三尺ほどの高さの、葉のひろい植物であった。あれが煙草の葉であるものか、などと考えながら、じっと眼をそこにおとしていた。葉の形からいえぱ、それは確かに蓖麻(ひま)であった。私の視線に気づいたらしく、トミエさんはぽつんと言った。[やぶちゃん注:「蓖麻」キントラノオ目トウダイグサ科トウゴマ属トウゴマ Ricinus communis の異名。種子から得られる油は下剤の蓖麻子(ひまし)油として広く使われているが、種子には致死性の高い猛毒のタンパク質リシン (ricin)を含む。]

「あんなものに肥料をやったりして、せっせと丹精しているんですよ。どういうつもりでしょう」

「へんだというのは、そんなこと?」

「台所に鼠がでるからと言って、近所の岩崎さんから猫の仔をもらってきたんですよ。そしてその猫を、ひどくいじめるの。まるで楽しみにしてる位」

「嫉妬しているんじゃないかしら」

 ふと頭にうかんだままを、私は口にすべらせた。トミエさんはぎょっとしたように私を見て、そして眼を伏せた。

「――ええ。ひどく嫉妬ぶかいところもあるのよ。あの人は」

 声が急にしずんだように響いたので、私はあわてて言葉をついだ。

「でも、嫉妬は愛情の変形ですよ」

「そのくせあたしに、男をつくれと責めるんです」

「男をつくれ?」

「ええ。男をつくれって」

 顔をあげたトモエさんの額が、すこし薄赤くなっていた。私はその時、なぜかうぶ毛の沢山生えた丹吉の背筋を、ありありと思いうかべた。痛痒(いたがゆ)いような感じが、私の背中にもはしった。

「撮影所には毎日かよってる?」

「ええ、そうでしょう。毎日出てゆくから」

「丹吉君は、カメラマンだったかしら」

「いいえ。俳優だというの」とトミエさんは物憂げな口調でこたえた。「ねえ。丹吉とわかれて、またホールにもどろうかしら」

「なぜ?」

「だってあの人、すこし変なんですもの。いっしょに暮していても、いらいらするだけで、すこしも楽しくないのよ」

 廂(ひさし)のトタン板をばりばり踏んでゆく跫音(あしおと)がした。そして樋(とい)のところから、茶色の猫がまっさかさまに飛び降りた。私たちの方を見むきもしないで、庭をのろのろと横切り、蓖麻(ひま)の葉のしたにかくれた。

 丹吉といっしょになるとき、トミエさんが私に相談したその口調を、私は今想いだしていた。あの時も、私ははかばかしく相談にはのらなかったが、今も何とも言えなかった。トミエさんの顔をちらと眺めただけで、私はだまっていた。トミエさんの顔は、ひどく疲れたような表情をうかべて、いっぺんに五つ六つも歳とったような感じがした。それは何故か、かすかにいやらしい感じを私にあたえた。

 洋服のことはとうとう言わずじまいで、私は戻ってきた。おっかけるように丹吉からのハガキが来た。線の細い字体で、ハガキいっぱいに書かれていた。上衣をまだ返さない詫びと、暇があったら撮影所にあそびにきて呉れという文面であった。机の上にそれを置いてながめると、字のひとつひとつにも柔毛(にこげ)が生えているようで、すこし変な感じがしてきたから、私はそれを文箱の一番下にしまった。

 それから暫(しばら)く丹吉夫妻のことは忘れていた。そのうちに私は急に金が要ることがあって、いろいろ考えていると、その古服のことを想いだした。あれは兄貴からもらった服で、いい生地だったから、すこし古びているけれども、かなり良い値になるにちがいなかった。そう思いつくと、私は突然丹吉に腹がたってきた。あれから二箇月にもなるのに、戻しにきもしない。どうせ体に合わないのだから、あまり使用していないにきまっている。そう思って、手紙をかきかけたが、撮影所に行く方が早いと考えて、私はでかけた。

 撮影所などというものは、どんな処にあるのかと思ったら、畠のまんなかに建っていた。変てつもない薄ぎたない建物で、すすけたような衣服の男や女が、うろうろしていた。門番に通じて、しばらく待っていたら、丹吉がでてきた。私を見ると立ちどまって、丁寧(ていねい)にお辞儀をした。

「暫くです。ごぶさたしております。ええ」

 見ると、ズボンはちがっているが、上は私の上衣を着ている。袖口は内側に折って縫いつけてあるらしく、丁度(ちょうど)合っているが、裾はそのままなので、まるで法被(はっぴ)の形である。ぶわぶわ笑いながら近づくと、袖口をさしだして自慢するような口調で言った。

「うまく縫いこんでありますでしょう。私が針をもってやったんです」

 縫いこむのもいいけれど、早く戻して呉れないと困る、と私が言いかけたら、判っております、判っております、なにはともあれ、と言いながら、私を構内へみちびき入れた。仕方がないから丹吉の後について、丹吉の説明を聞きながら、セットなどを見て廻った。此の前とちがって、丹吉はおそろしくべらべらしゃべった。そして建物の間をいくつも通りぬけて、だだっぴろい食堂のようなところへ、私を連れて行った。一番すみっこに腰をおろして、珈琲とパンを食べた。パンを食べながら、丹吉はすこしくたびれた表情になっていた。しゃべりくたびれたんだろう。丹吉の円い肩に服がしっとりかぶさっていて、これが私の服かと思うと、すこし厭な気分がした。ぶよぶよした肩の厚さが、服の生地の上からも、まざまざと感じられた。ここでもぽつりぽつりと話を交した。丹吉は食べているパンを、ふと珍しそうに眺めたりしながら、近頃米の配給が少くなったことを、こぼしたりした。

「昨晩も今朝もスイトン。昼の弁当がパンでしょう。ところがね、先刻あなたがいらっしゃったというんで、門まで急ぐとき、くしやみが出ましてね。そのとたんに鼻の穴から、御飯粒がひとつ飛び出してきましたよ。どういうんでしょうね、これは」[やぶちゃん注:「スイ トン」「水団」と書く(「トン」は唐音)。小麦粉を水で捏(こ)ね、適当な大きさに千切って野菜などとともに味噌汁・すまし汁などに入れて煮た食物。]

「どういうんだろうね。スイトンでは、力が出ないだろう」

「粉もそろそろなくなってくるし、今晩から南瓜ですよ。近所に大坪さんという南瓜作りの名人がいましてね、この人から安く買ってくるんです」

 話がだんだん貧乏くさくなってくるので、洋服を返せなどとは言い出せなくなってしまった。物憂く相槌をうつ私の顔を、丹吉はぼってりした瞼の下から、いつものようにちらちらとぬすみ見た。それから食堂に入ってくる俳優を、指さして名前を教えながら、次々それらの噂話を聞かせて呉れた。

 「あの女優は、とても淫乱で、今年始めから男を三人もかえたそうですよ」

 それは私も名を知っている女優であった。それから、どの男優は女がいないと一日も眠れないとか、どの女優は化粧をおとすと眼に隈が黒く出ているとか、下着がいつも汚れているとか、そんな話ばかりをしゃべり出した。そうすると急に元気づいたらしく、食堂のなかを見廻す丹吉の表情は、まるで獲物をねらう動物のような、ふしぎないらだたしさが満ちてきて、ふと人間が変ったような気がした。

 耳たぶのうしろの部分がうすぐろく汚れていて、そこだけざらざらと毛ばだっているようであった。丹吉が首を廻すたびに、そこが変に眼についた。

 食堂を出て、鉄屑がちらばった雑草道を、門の方に戻りながら、私が聞いた。

「トミエさんは元気かね」

「ええ。おかみさんは元気ですよ。ときどきあなたの噂などしますよ」

「この間逢(あ)ったときは、なんだか元気がないようだったが」

「え。いつ逢ったんです?」丹吉はなにかまごついたような表情をして、ちらりと私の顔を見た。「そうだったかな。聞いていて、わたしが忘れたのかな」

「洋服を戻してもらいに行ったんだよ」

「ええ。ええ」と急に元気づいたような声になった。「あなたはダンスはあまりお上手じゃないそうですね。おかみさんが、そんなことを言っていましたよ」

「そう。うまい方じゃないな」

「右足を出すのか左足を出すのか、踊る最中に立ちどまって、かんがえるそうじゃありませんか。そんなこと、嘘(うそ)ですか」

 門まで来たから、丹吉は立ちどまって、何か口の中で言いながら、れいのやり方で深々とお辞儀をした。そして急に素気ない顔になって、跫音(あしおと)をたてないような歩き方で、砂利道をもどって行った。

 門を出て駅にあるきながら、自分がひどく疲れているのに私は気がついた。頭の入口まできて、直ぐ思い出せそうなことが、ついに思い出せない時のような、いらいらした感覚が私にのこっていた。丹吉はダンスはうまいだろうな、とそんなことをぼんやり考えながら、夕陽の道をあるいた。私の長い影が、畠のなかを踊るように動いた。それを横目で見ながら、どうもあの洋服は取り返せそうにもないな、とも思った。うまくだまされたような気もした。

 所用の金は、それから二三日奔走して調達した。雨が降ったり風が吹いたり、憂欝な天候が、しばらくつづいた。丹吉やトミエさんや洋服のことも、時々思い出した。丹吉のことはあの日食堂のなかで、他の俳優の悪口をしゃベっている印象が、まず記憶によみがえるらしかった。それは妙になまなましく、私の胸にのこっていた。耳たぶのうしろのよごれた色合いを思い出すとき、丹吉の黒い小さな眼球の動きが、なにか影をふくんだ記憶として、私にもどって来た。いっしょに暮しているといらいらする、と言ったトミエさんの言葉を、私はぼんやり思ったりした。そしてあの洋服一着が、丹吉と私を架(か)けわたす橋になっていることを思うと、その古服の色調や仕立や生地の手ざわりを、私はなにか遠いような感じで想い出した。そしてふしぎなことには、その感じは、この前トミエさんに逢ったときの、へんに老(ふ)けた顔の印象に、いきなり結びついていた。丹古が着ている古服を思い出す前に、私はトミエさんの顔や体のことをかんがえていたのかも知れなかった。――一年ほど前、私は毎日ホールに通って、トミエさんとおどっていた。その時の気持は、とつぜん断ち切れたように、私の記憶の中に死んでいたのだが。

 それから半月ほども経ったある大風の日、私は映画館を出て、ぼんやり夕方の街をあるいていた。ひろい道は塵(ちり)や埃(ほこり)をはらわれて、舐(な)めたようにしらじらと光っていた。その上を風がつぎつぎ走って行った。そして曲角からでてきた丹吉と、私はそこでひょっこり出逢った。丹吉は私の姿に気づかぬらしく、何時もの柔かく足を踏む歩調で、鋪道(ほどう)をあるいていた。あの私の上衣を着ているのだが、風をはらんで背中がふくれあがり、まるで戦国武士の母衣(ほろ)のようであった。そのたびに丹吉は、かろやかによろめく形であった。[やぶちゃん注:「母衣」は日本の武士の道具の一つで、本来は背後からの矢や石などから防御するための甲冑の補助具で、兜や鎧の背に巾広の絹布を附けて風で膨らませたもので、圧倒的に集団戦に移行した戦国時代後期には実用性が低下し、単に敵味方に自分の存在を示すための標識としての旗指物の一種となった。参照したウィキの「母衣」の画像をリンクさせておく。]

 私が声をかけたら、びっくりしたように振りむいた。そしてあわててお辞儀をした。

「どうしたんだね。ひどく暗い顔をしてあるいているが」

「どうもしませんよ」

 丹吉は私を見てから、風をはらむ上衣をしきりに気にするふうであった。左手にもった風呂敷づつみで、しきりに裾をおさえつけた。そしてちらりちらりと私を見ながら、

「洋服も、そして御本もまだお返しにあがりませんで」

 風を正面にうけるためか、丹吉は頰にりきんだような笑いを浮べていた。そしてここの近くに、行きっけの飲屋があるというので、しきりに私をさそいたがった。

「実はそこへゆく途中なんで」

「しかし、いいのかい。そんな金があったら、大坪さんから南瓜を買った方が、よくはないの」

「いいんです。ええ。いいんです。すこしお金が入ったんですから、お詫びのしるしに」

 そして裏道にある小さな店へ、私を連れて行った。私も酒はきらいではないのだから、のこのこついて行った。傾いたような安普請(ぶしん)の店で、花模様の壁紙が一面にすすけていた。変な女が三四人いて、ぼんやり腰かけていた。丹吉は店の中に一歩踏みこむと、急に元気がでたらしく、ひどく口数が多くなった。私たちは酒をのんだ。大風の吹く巷(ちまた)から、いきなり風のない部屋にきたので、皮膚の外がわにじんじん慄える感じがのこっていた。しかしそれも酒が廻ってくると、酔いといっしょになって、身内にしずんできた。丹吉は風呂敷を解いて、二三冊の本を私に見せた。

「ひとから頼まれたんですけれど、買いませんか」

「このデスマスク集は面白そうだな」

 写真版になったデスマスクが、頁にひとつずつ収まっていた。私はそれをぱらぱらめくりながら、

「くるしそうな顔で、死んでるのもいるな」

「あんたは大丈夫ですよ。ほんとに大丈夫ですよ。ほんとに。きっと安らかな死顔ですよ」

 酔いが幾分廻ったと見えて、丹吉は妙に力をいれて、言葉をくりかえした。

「だってあなたは幸福人ですよ」

「いつか僕が貸した本も、こんな風に、売っちまうんじゃないのかい」

「うそですよ。うそですよ」ぶよぶよとふくれた掌をふった。「あれ、読みましたよ。あれはいやらしい小説でしたよ。一晩眠れませんでしたよ。なんて言いましたかねえ。そら、あれさ、『猫いらず』」

「『水いらず』、だろう」[やぶちゃん注:「水いらず」はジャン=ポール・シャルル・エマール・サルトル(Jean-Paul Charles Aymard Sartre 一九〇五年~一九八〇年)の一九三八年の作品(Intimité)。]

「そうです。そうです」と丹吉はあわてたようにうなずいた。「あれも近いうちにお返しにあがりますよ」

 丹吉が酔ったのを見るのは、今日がはじめてだが、身体がぐにゃぐにゃになっているくせに、眼はすこし大きくなって、赤い血管の走る白眼のなかを、小さな瞳が迅速に動いた。そして声がだんだん甲高くなって、いつもの丹吉の声とはまるで違ってきた。私も次第に酔ってきて、そこら中がちらちらするような気分になってきた。

「猫いらずだなんて、誰かを殺す気かい」

「冗談ですよ。いやだな。少し酔ってきましたね」

 そう言いながら、丹吉はがぶがぶ酒をのんだ。そして舌を鳴らした。私もつぎつぎ盃を乾しているうちに、窓の外には夜が蒼然と降りてきたらしい。ときどぎ門牌(もんぱい)にふきつける風の音がした。上衣にこだわっていた気持がどこかに融けてしまって、どうでもいいような気分になった。丹吉を前に据(す)えて飲んでいるのだけれども、なんだか遙かにヘだたって、別々に飲んでいるような気がした。[やぶちゃん注:「門牌」寺の門の前に立てて法会などの行なわれることを一般の人に知らせる高札や、その寺や宗派の主義・主張を表わす標語などを書いて門前に掲げる札を言うが、ここはただの飲み屋の看板のこと。]

 丹吉の顔はあかくなって、小さなホットケーキみたいに見えてきた。煙草がなくなったので、丹吉のシガレットケースから、一本抜いて火を点けた。酔った口の感覚にも、巻煙草の紙くさい味がした。

「これは手製だね。お宅の庭に生えたやつとはちがうだろうね」

「いいえ。あれはまだですよ。その中に差上げますよ」

「要らないよ。あれ吸うと、下痢をするよ」

「いやだな。変てこなことを言ってるよ。冗談がすきな先生だよ」丹吉は妙に中性的な身のこなしで、私の方に手を伸ばした。「思い立ったことを、くじくようなことを言うよ」

 うすく赤くなった手首が、上衣の袖口から出ていた。丹吉は甲高い声をたてて笑いだした。そしてちらっちらっと私をにらんだ。

「君は何にも信じていないんだろ?」

 ふと頭にうかんだままを、私は舌にのせていた。うまく呂律(ろれつ)が廻らない。丹吉が何か答えたようだが、それもはっきりしなかった。丹吉はますます陽気になって、立ち上って店の中をあるき廻った。姿が見えなくなったと思ったら、どの隙間から入ったのか、いつのまにかスタンド台のむこうに首を出していた。

「今晩は、わたしがバーテンをやりますよ。昔、やったことあるんだよ、一年ばかり。ヤエコもヨシコもツヤコも、今日はお客様だよ」

 女たちも笑ったりさわいだりしながら、丸椅子に乗った。丹吉は、へい、へい、と女たちの注文をとって、料理場に出たり入ったりして、サイダーを持ってきたり、ゆで卵を運んできたりした。女たちは笑いさざめきながら、それを食べた。

「且那、なににいたしますか。おい。且那」

 そんなことを言いながら、私のところにも寄ってきた。暑いのか上衣を脱いでいて、はだけた襯衣(シャツ)のあたりから、軟かそうな胸の一部が見えた。電燈の光の反射では、そこにも長いうぶ毛がちりちりと密生しているらしかった。

「なかなか堂に入ったもんじゃないか」私は掌でだるい顎(あご)をささえながら舌たるく言った。「これで料理が出来りゃ、女房なんぞ要らないだろう」

「女房? おかみさん?」丹吉も舌たるい調子でこたえた。「うちのおかみさんはだめですよ。交感神経がくるってら」

「別れっちまえよ」

「別れてやろうか」手を伸ばして女のゆで卵のかけらを、唇の間におしこみながら、「そしてあたしはヨシコさんと結婚するよ」

「いやよ」と女がわらった。「ぞっとするわ。あんた、この前酔っぱらって、身体が利かないんだって白状したじゃないの」

「嘘ばかり言ってら」丹吉の眼球は急にちらちら動いた。それは光線の具合か、へんに残忍な感じのする乾いた眼付であった。そして酒を湯呑みについで、ぐっとあおった。

 それからまた沢山飲んで、あやめもわからなくなってしまった。丹吉の甲高い声と、女たちの笑い声が耳のそばで渦まいて、気がついたら、看板まぎわになっていた。勘定になったら、丹吉はすこししか持っていないので、残りは私がはらった。女たちに送られて外に出ると、風は相変らず吹いていて、足を動かさなくとも、自然に前にすすむような気がした。

 丹吉は郊外電車の終電に間に合いそうにもないとあわてながら、風のなかで、私にふかぶかとお辞儀をした。

「どうも御免ください。二三日うちにかならずお伺いします。へえ」

 急に正気になったような声をだして、そう言ったと思うと、風の巷(ちまた)を、背をすこし曲げて、駅の方に一目散に走って行った。上衣が風にふくれあがって、まるで大きな猫が走ってゆくようだった。月の光がおちている白っぽい舗装路を、稲妻のようにその後姿は駈けて行った。

 翌朝は、あまりいい酒ではなかったと見えて、私は二日酔いで大いに難渋した。

 それから十日も経つけれども、丹吉はまだやってこない。どうにかしてあの服を取りかえしたいと思うが、丹吉のあのぶよぶよした身体付きを思いだすと、なにかやり切れない気持におそわれるから、つい取りに行かないでいる。

 

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