8月4日(火)
◎稚内。アイヌ語「ヤム(冷たき)ワッカ(水)ナイ(川)」。
○ノシャップ寒流水族館。拘縮しつつある右腕をドクター・フィッシュの餌食とす。其肌舐め触り、得も言はれぬ快感なること請け合ひ。ダンゴウオ。バイガイの隠者。零細なる経営・袋小路式順路、正しく寒流の名に相応し。されど我水族館訪問史にありては、思ひ出深し。
○ノシャップ(野寒布)岬。アイヌ語「ノッ(岬)サム(突き出でし)」。
○稚内港。北防波堤ドーム。極北のパルテノン神殿。
◎礼文。アイヌ語「レプン(沖なる)シリ(島)」。
○町は干物が臭ひに満てり。海岸線に張り付ける家々。各々の家屋は背後に山上へと向かふ道やら梯子やらを有するも、その先は悉く緑蕪に塞がれてゐたり。又雪崩防止が為、斜面各所に多数の突き出でたる柵有。恰も山への登攀を拒むに似たり。其が街の名を「香深」と言ふ。道標にローマ字有。“Kafuka”。――知れり。是、カフカの「城」也――
○Petie Hotel Korinsian(コリンシアン)泊。海近し。海上鏡面の如くにして潮騒の一転声無し、否、窓全開せるも開きたるを感ぜしめず。部屋の装飾、その無類の静謐、アイゼナッハのワルトブルグ城をちと思ひ出せし。昨年開鑿せるラドン温泉に入る。
8月5日(水)
○朝、散策。エゾタマキガイと思はるる多量の貝殻に埋め尽くされし海浜。屍骸の壮観。
○一日、Hotel Korinssian コンシェルジュ日沼景子女史の案内にて車にて礼文を回る。銭屋五兵衛碑。スコトン(須古頓)岬。「日本最北限の岬」「日本最北限のトイレ」のクレジット有。
○スカイ(澄海)岬。木彫師仁吉“nikichi”の店にてホオズキ他求む。ナマコ・ホヤの実物大彫刻有らば求めんに惜し。仁吉氏の飼ひし老犬「チャ」。スカイ(澄海)の字は余りにまんまなればこそ、アイヌ語にては他の意味ならん。
○高山植物培養センター(植物園)。レブンアツモリソウ見る。時期外れなれど客が為に冷蔵庫にて時期を錯誤させ園地に植ゑ込みて見せる也。可憐なる白色。今朝、一輪はカラス(推定)の悪戯せし故に散れるなりと。日高女史を知れる課長飯野氏の好意にて、奇形なればとて間引きせるレブンアツモリソウの剖検を特別に見学す。レブンアツモリソウの袋状をせる花中雄蕊雌蕊及び昆虫をば誘ひ込まんとする柔毛に至る迄具さに見る。総花序も撮影す。稀有の体験也。学校の子らに斯くなる試技を示し見せレブンアツモリソウへの本当の理解と保護の精神を促したしてふ飯野氏の言葉に心底打たれたり。
○漁協ウニ加工場。海洋生物を好む客也と日高女史言へば、漁労長、奥にウニの解剖図を取りに行かれ、厳かにウニを剖検す。綺麗に出だされし Aristotle's lantern を観察、生を食す(是は既に昨夜の夕食にて体験済)。親しく塩雲丹の製造法につきて質問するに、私的に昨日漬けた色悪きものの商品にならざるものの一夜漬けの塩雲丹、再び奥より出だし、下さる。一含み、我、生涯に於いて斯く美味なる雲丹を食ひたるは初めての事なり。又又稀有の体験。
○東海岸。岩礁に列臥しイナバウアーを演じたる天然の十数匹のワモンアザラシの群れ、目と鼻の先にて見る。飽きること無し。
○レブンウスユキソウ群生地に登る。見下ろす眼前に青き海とレブンウスユキソウ。其れ、稀有の取り合わせ(日高女史も曰、エーデルワイスを海と一緒に見らるるは世界中に此処のみとなり)。絶景。車中、礼文の地図北端に知床てふ地名を発見す。女史曰、アイヌ語でシレトコは地の果ての地てふ意なりと。合点せり。
○西海岸。桃台。地蔵岩。猫岩。桃台は桃の形をせる巨なる岩塊、地蔵岩は大いなる舟形光背の形せる海岸にそそり立つ岩。猫岩は耳を立てし猫の稍傾きて坐れる後姿なる海辺の岩也。香深のフェリー乗り場の旗振りで知られしユースホステル桃岩荘の近在也。飯野氏と言ひ漁労長と言ひ日沼女史と言ひ島人の誠意に触れし一日なり。礼文案内なれば日沼景子女史の右に出る者無し。
○Pesion Uniy(うーにー)泊。夜食事に出でし糠(ぬか)ホッケ佳。生ハムに匹敵せる味。夜、部屋から見下ろした植え込みに南洋の白きダチュラの花を見る。妻も認む。
8月6日(木)
○出しなに前栽見るも花無し。うーにーの女将にダチュラの花ならんと言ふも、あれはイタドリ、そんなお洒落な名前の花は聞いたことなしと言ふ。確かに昨夜の位置には大きなるイタドリの葉の黄ばみしがあるのみ。我と妻、幻のエンジェルズ・トランペットを見し乎。
○香深フェリータミナル前松岡支店にて、昨夜食せる糠ホッケ冷凍十本を配送依頼。
○香深港発。利尻鴛泊に近づきて遂に快晴。満を持して利尻富士の全容を拝す。ブロッケン山へ!
◎利尻。アイヌ語「リイ(高き)シリ(島)」。
○鴛泊港にて高山植物に詳しい元漁師富士ハイヤーの和島英樹氏の案内にて富士野園地から沓形へ。海岸線の隠れたる花園を見る。リシリヒナゲシ。昆布干場。養殖リシリコンブの柄部にヒドロ虫の付着せるを見る。今年は特にヒドロ虫付きて等級の下がる由、悩みの種也となり。
○Island Inn Rishiri(アイランド イン リシリ)泊。連泊。
○利尻島の駅「海藻の里・利尻」。世界で唯一の本格海藻押し花。バラやフキノトウの押し葉には驚愕せり。
○アイランド イン リシリの浴場、高濃度炭酸泉・海洋深層水とリシリコンブ(我も出汁となれる乎)・利尻山湧水の加熱水三種。夜、雲丹の土瓶蒸佳。レシピ聞くも企業秘密。同夜。快晴。満月美天。尖れる山並、さながらワルプルギュスの景。
8月7日(金)
○観光バスにて利尻一周。我等滞在中、鴛泊沓形間を都合5度通りしより、利尻島2回+1/4走破すに等し。
○ポンモシリ沼と見返園地にて利尻山頂を現はす。全く以て山頂を見ずして離島せる客もあるなるなれば、我等如何にも幸運の極み。アイヌ語「ポン(小さき)モシリ(島)」。
○利尻島郷土資料館。Ranald MacDonaldラナルド・マクドナルド。ペリーに先立つ5年前日本に憧れて来し24 歳のアメリカ人青年の物語。ヒグマの海を渡りて利尻に泳ぎ来たれる写真。彼の稚内北防波堤ドーム建設が為、消え去りし鴛泊がペシ岬の根の岩山の話。
○仙法師御崎公園。天然岩礁の生簀中にアザラシのワカメちゃんとコンブちゃん。昨日の和島氏の言を入れ、リシリコンブは漁協直売所にて買ふなり。
○同夕。快晴。オレンジの落日。同夜。快晴。昨夜に続き夜天美月。屋上にて、360度を望天、心無しか近き大きなるかな北斗、峨々たる利尻、見えぬ精霊、跳梁せるサバト。昼の浴場と同じく客無く貸切。
8月8日(土)
○島離れる船の汽笛にゐる(三十数年前の18の折の於小豆島旧句也)
左コンテンツのマイフォトにアルバム「氷國絶佳瀧篇」を作った。但し、ここでお気に入られた瀧の写真があったらば、是非、ブログ本文の巨大画像をダウンロードしてご覧になることをお薦めする。こればっかりは迫力が全く違うこと請け合い!
アイスランド語で「噴出」。英語の間欠泉“Geyser”の語源である。但し、現在、我々が見るのは厳密な意味ではゲイシール間欠泉ではない。「ゲイシール」は1789年の地震での出現に始まり、凡そ70mの高度まで熱水を噴き上げていたが、1915年以降は力が弱まり、現在では顕著な噴水は月に一度程度という。1963年以降は同じエリア内の直ぐ近くにあるStrokkur「ストロックル」にその主役を譲ったのである(本ブログの写真も全てストロックルである)。僕らが今見るそのストロックル間欠泉(アイスランド語で「攪拌」の意)は7~8分ごとに噴出、その高さは平均30mに達する。温水が120度の地熱で高温となり、その底部(約23mの深さの裂け目の水域の底)が沸騰、
その蒸気圧が上層の水圧に打ち勝って、開口部上部の熱水が激しいスプラッシュ音と共に噴き上げる仕組みだ。――僕らの訪問に、「ストロックル」は大盤振る舞いの三連発という妙技を見せてくれたのだった――
……僕は思い出すのだ――
――やっと40年振りに逢えたね……
――大好きな小学館の学習図鑑シリーズ
――僕の科学精神の原点は常にここに戻ってゆく……
昭和33(1958)年1月刊
定価380円
――それに載っていたゲイシール間欠泉の絵……
――あの頃の図鑑はみんな懐かしい胸躍らせる画家の挿絵だったのだ……
* * *
「……僕らを夢中にさせた凄い高さに噴上げた君! ……君は……その絵の……本物なんだね……君は一杯働いた……少し、お休みよ……」
* * *
……セリャランスフォスの怒濤の飛沫(しぶ)きに始まった僕の今回のアイスランド紀行……同じ噴き出すこの水で、そろそろお開きとしよう……ゲイシールにこそ相応しい伊東静雄の、今度は詩全文を掲げて、では、随分ご機嫌よう……また、いつか、どこかで――
私は強ひられる―― 伊東靜雄
私は強ひられる この目が見る野や
雲や林間に
昔の私の戀人を歩ますることを
そして死んだ父よ 空中の何處で
噴き上げられる泉の水は
區別された一滴になるのか
私と一緒に眺めよ
孤高な思索を私に傳へた人!
草食動物がするかの樂しさうな食事を
*
――今日、奇しくも僕が、アンドレイ・タルコフスキイの父、アルセーニィ・タルコフスキイの父の詩集「雪が降るまえに」を手に入れたのも、何かの因縁のように思えてならないのだ――
「黄金の滝」の意。ラングヨークトル氷河及びクヴィータ湖・クヴィータ川という豊富な水源を源ととした、幅70 m・落差32mある二段の階段状になった壮麗な滝。名前の由来は、その水煙に虹がかかった色が黄金色に見えることからという(虹にツイていた僕らもここでは残念ながら曇りで見られなかったのが少し残念)。
20世紀の初め、外国資本がここに水力発電所を建設しようと、滝周辺の利権取得に動いたのだが、一人の少女がもしそう決まったら私は滝に身を投げると文字通り体を張って抗議し、美事にそれを阻止した。
駐車場のそば、滝へと下りるルート入口の左手に、この滝を守り抜いたその女性Sigríðar Tómasdóttur シーグリーズルの、まさにグトルフォスの方を見つめる銅のポートレイト・レリーフがある。愛するグトルフォスを見つめる凛としたその眼と、きりっとした口元の厳しさが、一見、何故か 忘れられない。
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