ブログ190000アクセス記念 ツルゲーネフ作 中山省三郎訳 森と曠野
ブログ190000アクセス記念として、Иван Сергеевич Тургенев“Лес и степь”ツルゲーネフ作・中山省三郎訳「森と曠野」(「猟人日記」より)を正字正仮名で「心朽窩 新館」に公開した。これこそ、國木田獨歩が「武藏野」で手本としたルーツでなくて、何であろう。
ブログ190000アクセス記念として、Иван Сергеевич Тургенев“Лес и степь”ツルゲーネフ作・中山省三郎訳「森と曠野」(「猟人日記」より)を正字正仮名で「心朽窩 新館」に公開した。これこそ、國木田獨歩が「武藏野」で手本としたルーツでなくて、何であろう。
ツルゲーネフの「散文詩」の残っていた45葉の挿絵を夕刻よりかかってすべて挿入した。
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年賀状で「先生、パソコン向かいすぎ!」と書いてきた貴女、その通りだ、起きている8~10時間は向かいっぱなしだ。肩も凝るし、腱も張る、眼もチラついて、魂も狂おしくなる――されば、明日から北に湯治に参る。では、ごきげんよう――
윤동주(ユン・ドンジュ 尹東柱)の詩に「ツルゲーネフの丘」という詩がある。윤동주とは誰か?
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尹東柱(ユン・ドンジュ、1917年12月30日 - 1945年2月16日)は、朝鮮の詩人。日本の植民地支配下にあった朝鮮の「暗黒時代における民族の声」をうたい、現在、大韓民国では国民的詩人として有名である。北朝鮮でも一定の評価を受けている。号は海煥(ヘファン、해환)。本貫は坡平尹氏。
朝鮮独立運動(友人に朝鮮語・朝鮮史の勉強を勧めたり、朝鮮独立の必要性を訴え、また朝鮮文化の尊重、朝鮮文学における民族的幸福の追求などを主張するなど)の嫌疑により1943年に治安維持法違反とされ、逮捕され1945年に九州で獄死した。(以上、ウィキ「尹東柱」より引用)
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イワン・ツルゲーネフの「散文詩」のテクスト化の中で僕は本詩「ツルゲーネフの丘」の存在を知り、その윤동주という『虐殺された詩人』を知り、そのように彼を死に至らしめた日本人に繋がる一人として、今の僕がなすべきこと、今の僕になしうることは何だろうというを、僕はこの数箇月、ずっとどこかで考え続けてきた。
何よりまず윤동주に心からの敬意を表して、その原詩を掲げねばならない。
出版物の複写は著作権に抵触する可能性があるのであるが、僕は正確にブラウザ上でハングルを転写する自信がない。韓国で出版された彼の選集から取り込んだ画像を以下に転載する。
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本詩は、朝鮮語が分かり、そうして既にイワン・ツルゲーネフの「散文詩」をお読みになった方には、一目瞭然であろう。あの「散文詩」の「乞食」にインスパイアされた詩なのである。
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乞食 イワン・ツルゲーネフ
私は街を通つてゐた……。老いぼれた乞食がひきとめた。
血走つて、涙ぐんだ眼、蒼ざめた脣、ひどい襤褸、きたならしい傷……。ああ、この不幸な人間は、貧窮がかくも醜く喰ひまくつたのだ。
彼は紅い、むくんだ、穢い手を私にさしのべた。
彼は呻くやうに、唸るやうに、助けてくれといふのであつた。
私は衣嚢(かくし)を殘らず搜しはじめた……。財布もない、時計もない、ハンカチすらもない……。何一つ持ち合はしては來なかつたのだ。
けれど、乞食はまだ待つてゐる……。さしのべた手は弱々しげにふるへ、をののいてゐる。
すつかり困つてしまつて、いらいらした私は、このきたない、ふるへる手をしつかりと握つた……。「ねえ、君、堪忍してくれ、僕は何も持ち合はしてゐないんだよ。」
乞食は私に血走つた眼をむけ、蒼い脣に笑(ゑ)みを含んで、彼の方でもぎゆつと私の冷えてゐる指を握りしめた。
「まあ、そんなことを、」彼は囁いた、「勿體ねいでさ、これもまた、有難い頂戴物でございますだ。」
私もまたこの兄弟から施しを享けたことを悟つたのである。
一八七八年二月
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訳はウェブ上にないことはない。しかし、それには訳者の著作権がある。また、そこにはそれぞれの訳者や評者の附言もある。
最も素晴らしいものは、でじょん氏という方のHP中にある『尹東柱を読む ⑬ 「ツルゲーネフの丘」』である。僕はこの方の詳細な語りに大いに感動した。そこででじょん氏は氏の1991年筑摩書房刊の宋友惠(ソング・ウーヒェ)著伊吹郷訳『尹東柱・青春の詩人』から女流作家宋友惠氏の痛烈なツルゲーネフ批判を引用されてもいる。そこで宋友惠氏『ツルゲーネフの散文詩「乞食」がもたらす感銘や感動はニセの感銘、まがいの感動というほかない。ユンドンヂュはこのようなまがいものの兄弟愛に対して、おそまつな隣人愛に対して反発した。それで、「なんの損もなく感謝と人の心だけを得る」ツルゲーネフの「乞食」のごとき慈善がもっている、自己欺瞞性と不正直さをあばく作品を書き、表題さえも「ツルゲーネフの丘」とつけたのである。』とある。僕はしかし、素朴に思ったのである。ツルゲーネフの感懐は『まがいの感動』『まがいものの兄弟愛』『おそまつな隣人愛』であろうか? そうしてこの윤동주(尹東柱)の「ツルゲーネフの丘」が、果たして『慈善がもっている、自己欺瞞性と不正直さをあばく作品』であり、詩人は確信犯として『表題さえも「ツルゲーネフの丘」とつけた』のであろうか? という疑義である。でじょん氏の続く語りは僕のような思いを、まさに心から受け止めてくれているような素晴らしいものである。是非、御一読をお薦めする。
そこで、しかし僕は朝鮮語もハングルもまるで知らない。ましてやキリスト教徒でもない以上、ここで浅薄な感懐や疑義を述べることは控えたい。されど、多くの人に、このツルゲーネフの「乞食」と「ツルゲーネフの丘」を並べて、読んで、そうして考えて、いや、感じてもらいたいとも思うのである……だが、それでは、このままでは、如何にも僕がなすべきこと、今の僕になしうることとは、転んでも言えないではないか。訳が必要だ――
そうして――僕は教師であることを、この時ぐらい有難く思ったことはない――僕には最初期の教え子に、I君という朝鮮語を自在に使いこなせる人物いることを思い出したのである。有難い。お願いしたところ、その日の内に、彼は韓国から本詩を訳して送ってくれた。
以下はI君の윤동주「ツルゲーネフの丘」全訳である。I君に謝意を表し、ここに掲げる。
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ツルゲーネフの丘 尹東柱
私は坂道を越えようとしていた…その時、三人の少年の乞食が私を通り過ぎて行った。
一番目の子は背中に籠を背負い、籠の中にはサイダー瓶、缶詰の缶、鉄くず、破れた靴下の片割れ等の廃物が一杯だった。
二番目の子もそうであった。
三番目の子もそうであった。
ぼうぼうの髪の毛、真っ黒い顔に涙の溜まった充血した眼、血色無く青ざめた唇、ぼろぼろの着物、ところどころひび割れた素足。
あぁ、どれほどの恐ろしい貧しさがこの年若い少年達を呑み込んでいるというのか。
私の中の惻隠の心が動いた。
私はポケットを探った。分厚い財布、時計、ハンカチ…あるべきものは全てあった。
しかし訳もなくこれらのものを差し出す勇気はなかった。手でこねくりまわすだけであった。
優しい言葉でもかけてやろうと「お前達」と呼んでみた。
一番目の子が充血した眼でじろりと振り返っただけであった。
二番目の子も同じであった。
三番目の子も同じであった。
そして、お前は関係無いとでもいうかのように、自分たちだけでひそひそと話ながら峠を越えていった。
丘の上には誰もいなかった。
深まる黄昏が押し寄せるだけ…
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僕は僕に、この如何にも惨めな非力な、まさにこの『同時に二つの詩の主人公であるところの僕』に、出来るであろうことを、少しだけ出来た気がしている。それはちっぽけな、取るにたらないことであるにしても――
追伸:本詩は、ツルゲーネフ「散文詩」中山省三郎譯の「乞食」の僕の注にも本日、追加した。
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2009年8月16日追記:尹東柱の獄死については脳溢血という公称とは別に、獄中で分けの分からない注射を何遍も打たれた事実から、生体実験として食塩注射を受けた結果の死という推定がなされていることをここに付記しておく。
Иван Сергеевич Тургенев“Стихотворение в прозе”ツルゲーネフ作中山省三郎訳「散文詩」(全83篇)に「會話」・「老婆」・「乞食」・「この世の終末」・「マーシャ」・「東方傳奇」・「二つの四行詩」・「雀」・「雜役夫と白い手の人」・「きゃべつ汁」・「瑠璃色の國」・「ユー・ペー・ヴレーフスカヤを偲びて」・『「いかばかり美はしく、鮮やかなりしか、薔薇の花は……」』・「航海」・「N・N・」・「NESSUN MAGGIOR DOLORE」・「私の樹」の16篇の挿絵を追加した。残すは45枚であるが、これは冒頭注で述べた如く、すぐに挿入するつもりはない。しかし、もしリクエストがあれば、お気軽にどうぞ。
ブログ140000アクセス記念として、Иван Сергеевич Тургенев“Стихотворение в прозе”ツルゲーネフ作中山省三郎訳「散文詩」(全83篇)を正字正仮名で「心朽窩 新館」に公開した。
(現在、2006年5月18日のニフティのアクセス解析開始以来の累計アクセス数140639、1日当たりのアクセス平均は151.71である。)
なお、テクスト冒頭注でも述べる通り、本公開に力を貸し給うた我が友イヴァーナ・コルジセプヴァに、心からの感謝の念をここに表したい。
御身は泣きたまふ…………
御身はわたしの悲しみに涙を流す。私もまた、私を憫んでくれる御身に心を寄せて涙を流す。
けれど御身は、御身の悲しみにみづから涙を流したのではなかつたか。御身はただその悲しみを――私のうちに見出しただけではなかつたか。
一八八一年六月
[やぶちゃん注:なお、本詩については、1958年岩波文庫版の神西清・池田健太郎訳「新散文詩」(但し、実は高校生向けに一部表現を恣意的に改竄しているので注意されたい)による訳を私の「アンソロジーの誘惑/奇形学の紋章」に引用しているので、比較されたい。]
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全文校正中にブログ公開から落としていた一篇を発見。
これより数時間後には、「散文詩」全篇を公開する。
140000アクセス記念として、イワン・ツルゲーネフ「散文詩」を昨日にも公開するつもりであった。
が、本日、先に公開用原稿を送付したツルゲーネフを愛し、そうして、僕が愛する秘かな友より、その友の所蔵する本底本に先行する昭和22(1947)年八雲書店版(但し、これは僕の底本とする角川版とは完全な同一稿ではなく、表記に微妙にして有意な違いがある)との詳細な全文校異が届いたのである。
その冒頭数篇を見ただけで、僕の愚劣なタイプ・ミスはもとより無数、いや、それ以上に中山氏の粒粒辛苦の驚くべき繊細な修正が、如実に読み取れることを知ったのである。
僕は今、この得難い友のラヴ・レターに、それを十全に吟味せねばならぬ使命感を心から感じている。いや、ここで間違いだけのテクストの拙速な公開はイワン・ツルゲーネフへの冒瀆であるという忸怩たる思いがある。タイプ・ミスは公開したブログ分も正す必要がある。現在、約1/3を補正したが、それだけでも2時間程を要した。
されば、「散文詩」公開は、暫くお待ち戴きたく、全文公開を待たれていた方へのお詫びを申し上げておきたい。
否、それだけ、確かなイワン・ツルゲーネフの「散文詩」を皆さんと共有するために――暫しの猶予を乞う次第である。
明日こそは! 明日こそは!
過ぎてゆく日は、いかばかり空虚(むなし)く、味氣なく、果敢ないもののみであつたらう! それは、いかばかり僅かな痕跡をとどめることであらう! 次から次へと、時はいかばかり無意味に魯(おろ)かしく過ぎ去つて行つたことであらう!
とはいへ、人はなほ生きようとする。人は生(いのち)に執着し、人は生(いのち)に、おのが身に來るべきものに望みをかける……ああ、人はいかなる幸福を未來に期待するのであらう!
しかもまた次に來るべき日もまた、今しがた過ぎて來た日と異らぬとは、どうして考へないのであらう。
人はそれを想ひやつても見ない。およそ考へることを欲しないのである、……それはいいことである。
「明日こそは! 明月こそは」と人は自らを慰める、しかもこの「明日こそは」が墓場へ陷(おと)し入れる。
さて――一たび墓に入つてしまへば――否應なしに考へることをやめてしまふのであらう。
一八七九年五月
[やぶちゃん注:本文中の「明日こそは! 明月こそは」の末尾には、底本は以上のようにエクスクラメンション・マークはない。原文は、“«Вот завтра, завтра!»”。中山氏はまさに、エクスクラメンション・マーク「一つ」にもこだわっているのである。]
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そうである。その通りである――さりながら故にこそ――僕らは「書く」のである――そうでしょう? 「ロシアの大男」!
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本詩を以ってイワン・ツルゲーネフの「散文詩」全篇のブログ公開を終えた。そうして丁度恐らく、本日、僕のブログは、140000アクセスに達する。
キリスト
私は青年の、といふよりもまだ少年の自分が、村里の、天井の低い禮拜堂のうちにゐる夢を見た。微かな蠟燭のあかりは、赤く點々と、古びた聖像の前に燃えてゐた。
虹のやうな光の環が、ひとつびとつの小さな焰を繞つてゐた。會堂の中は冥く、ぼんやりとしてゐた。……けれど私の前には人々が群をなしてゐるのであつた。
どれもこれも亞麻色の髪をした農夫の頭であつた。夏の風が波のやうに、そよそよと吹きわたる時の垂穗のやうに、時々搖れうごいたり、垂れたり、また昂(あが)つたりしてゐた。
ふと、見も知らぬ人がうしろからやつて來て、私の隣に坐つた。
私はふりかへりもしなかつた。が、忽ちにこの仁(ひと)こそ、まぎれもないキリストであると感じたのである。
感動、好奇心、恐怖が立ちどころに私の心を捉へてしまふ。
無理に私は心をひきたてて、この隣人に見入るのであつた。
ありとあらゆる人間の面輪(おもわ)――すべての人間の相形(さうぎやう)にまがふかたなき顏。眼は注意深げに、靜かに稍々上の方を向いてゐた。脣は緘ぢられてはゐたが、決して結んでゐるのではなかつた。ただ、上脣が下脣のうへに休んでゐるに過ぎなかつた。僅かな髯は、左右にわかれてゐた。手は組合はせられたまま、微動だにもしない。しかも着物は、ありふれたものであつた。
「何といふキリストであらう!」私は考へた、「こんな平凡な、平凡な人間が! さういふわけがあるものか!」
私が顏をそむけた。しかし、やはりこの平凡な人間から眼をそらすことができなかつた。すると、また自分の傍に立つてゐるのは、本當のキリストだといふ氣がして來たのである。
私は再び、再び自分を引き立てようとつとめた……かくて、世のあらゆる人々の顏に似た顏、見ず知らずではあるが、そこにもここにも見受けられるやうな面持(おももち)をした顏を、重ねて見るのであつた。
そのうちに、急にぞくぞくして、眼が覺めた。――この時はじめて、かうした顏、すべての人間の顏によく似たこの顏こそ、正(まさ)しくキリストの顏であると悟つたのである。
一八七八年十二月
□やぶちゃん注
◎焰を繞つてゐた:「焰を繞(めぐ)つてゐた」と読む。光の環がそれぞれの炎の周囲を囲んでいるのである。
◎靜かに稍々上の方を向いてゐた:「稍々」音読みすれば「しょうしょう」(「やや」の意)であるが、ここはやはり「やや」と二字で訓じておきたい。
◎脣は緘ぢられてはゐたが:「脣は緘(と)ぢられてはゐたが」と読む。
二兄弟
それは幻影(まぼろし)であつた。
私の前に二人の天使、……二人の守護神(まもりがみ)があらはれた。
私はいふ、天使……守護神(まもりがみ)と。二人は裸の軀(からだ)に何ひとつまとはず、二人の肩には二つのしつかりした、長い翼が生えてゐたからである。
二人とも若者であつた。一人はいくらか肥つてゐて、滑らかな肌をして、黑い捲髮(まきげ)をしてゐた。鳶色の眼は力なく、濃い睫毛をしてゐた。眼付は人なつこげに、晴々として、貪るやうであつた。顏は魅力に富んで、人を迷はすやうな顏で、わづかに厚かましいところと、わづかに意地惡さうなところとがあつた。紅い、いくらか腫れあがつた脣は輕くふるへてゐた。若者は力ある者のやうに――自ら恃むところありげに、氣うとさうに微笑んだ。つやつやしい髪には華やかな花環がしづかに、殆んど天鵞絨のやうな眉毛に觸れんばかりにかかつてゐた。金の矢にとめられてゐる斑な豹の皮は、まるい肩からすんなりした腰へふんはりと垂れてゐた。翼の羽毛(はね)は薔薇色にかがやき、その端(はし)は生々しい鮮血(ち)に浸されたやうに眞紅である。時としてさわやかな銀(しろがね)のひびき、春雨の音を立ててせはしく慄へてゐた。
もう一人は瘠せてゐて、軀は黄ばんでゐた。呼吸(いき)をするたびに肋骨(あばら)がかすかに見うけられた。光澤(つや)のある、細く、直々(すぐすぐ)しい髮、大きく、まるい薄鼠色の眼、不安げに、異樣にかがやく眼眸(まなざし)……。あくまでとげとげしい顏の線。魚のやうな齒をもつた、小さな半ば開かれた口、引きしまつた鷲の鼻、白つぽい和毛(にこげ)につつまれて突出した顎、この乾いた脣は、未だ曾て一度として微笑んだこともないのであつた。
それはよく整つた、おそろしい、冷酷な顏であつた!(尤もさきの美しい方の顏も、愛らしく、快よい顏ではあつたが、見たところやはり情味を缺いてゐた)この青年の頭には、いくらかの乾枯びてちぎれた穗が、色あせた草の葉で卷きつけられてゐた。腰には粗い灰色の織布(ぬの)をまとひ、背には光澤(つや)のない藍鼠(あゐねず)の翼が、しづかに脅かすやうに動いてゐた。
この二人の若者は離れることのできない友達らしかつた。
二人は互ひに肩をもたせかけてゐた。一人はやはらかな手を葡萄の房のやうに相手の瘠せた頸に巻きつけてゐた。長く、かぼそい指をした相手の瘠せた手首は蛇のやうに、女のやうな、さきの若ものの胸のあたりに伸びて行つた。
私に聲がきこえる。その聲は、かういふのであつた。「お前の前にゐるのは戀と飢だ――二人の血兄弟だ、生きとし生けるものの二つの礎(いしずゑ)だ。
「生とし生けるものは――食はんがために動き、世嗣(よつぎ)を生まんがために食つてゐるのだ。」
「戀と飢と――その目的は一つである。自身の生命(いのち)、他人(ひと)の生命(いのち)、等しくこの世のありと凡ゆるものの生命(いのち)を絶やさせまいとするのである。」
一八七八年八月
□やぶちゃん注
◎天鵞絨:底本では「鵞」が「鳶」に似た奇妙な活字になっているが、正字に直した。
◎白つぽい和毛につつまれて突出した顎:この「突出した」は、底本に先行する昭和21(1946)年八雲書店版は、「突き出した顎」という送り仮名があることから、訓読みすることが知られる。
◎お前の前にゐるのは戀と飢だ――二人の血兄弟だ、:底本では「人の血兄弟だ」とある。底本に先行する昭和21(1946)年八雲書店版は、「二人の血兄弟だ」とあり、後の「生きとし生けるものの二つの礎だ」という文との続き具合からも、こちらが正しいと思われるので、補正した。
◎等しくこの世のありと凡ゆるものの生命(いのち)を絶やさせまいとするのである。:底本に先行する昭和21(1946)年八雲書店版は、「等しくこの世のありと凡ゆるものの生命(いのち)を絶やさせまいとするものである。」とある。こちらが表現としては自然な気がするが、「も」がなくても不自然ではない。中山氏が敢えて外した可能性も排除出来ないので、暫く底本のままとする。
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