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カテゴリー「Иван Сергеевич Тургенев」の201件の記事

2017/10/17

トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) 「爽やかに美はしかりし花さうび……」


Ikabakari

   「爽やかに美はしかりし花さうび……」

 

 今では何に出てゐたかも覺えてゐない、遠い遠い昔のことだ。私はひとつの詩を讀んだ。

 それも間もなく忘れてしまひ、一行目だけが記憶にのこつた、――

 

   爽(さわ)やかに美はしかりし花薔薇……

 

 いまは冬、雪は窓硝子に張りき、暗い部屋には蠟燭が一本燃えてゐる。その片隅に、かじかんで坐つてゐる私の心に、鳴りまたひびく、――

 

   爽やかに美はしかりし花さうび……

 

 郊外にあるロシヤ風の別莊の、低い窓に對してゐる自分の姿が浮びあがる。靜かな夏の夕べは、うつろひながら夜に溶けいらうとし、晝の暑さのまだのこる空氣には、木犀草(レゼダ)と菩提樹の花が匂ふ。窓邊には少女がひとり坐つて、さし伸べた兩の腕に身をもたせ、頸(うなじ)を肩さきに埋めてゐる。おし默つてじつと空に見いる姿は、夕星のきらめき出るのを待つてゐるやう。物思はしげなその眸は、なんと素直(すなほ)な感動に滿ちてゐるのだらう。半ば開いて物問ひたげな唇は、なんといふ無邪氣さで心に觸れて來るのだらう。まだ花のひらききらず、心の亂れも知らぬ胸の、なんと安らかな息づき。幼な顏のまだ失せきらぬ面立(をもだち)なんといふ優しさ、また淸らかさ。私は話しかけようともせずに、愛(いと)しさに鳴る自分の胸の鼓動を聽いてゐる、――

 

   さわやかに美はしかりし花さうび……

 

 部屋のなかは、いよいよ暗くなつてくる。燃え盡きかかる蠟燭は淋しくはじけ、ひくい天井に影は搖れ走り、壁の外には霜の罅破(ひわ)れる音がする。そして、退屈な老人のつぶやきが聞える……

 

   さわやかに美はしかりし花さうび……

 

 また別の面影が眼の前に立ちあがる。……田舍暮らしの樂しい團欒、そのさざめき。ブロンド色の頭が二つ互ひにくつつき合ひながら、住んだ眸をはにかみもせず私に送る。眞紅な頰は笑ひを堪(こら)へて波だち、腕と腕とは仲よく組んで、立てる無邪氣な聲音もひとつに絡みあふ。その向ふ、居心地のいい室の奧には、やはり若さにあふれる別の手が、指もつれしながら古ピアノの鍵盤をたたいてゐるランネルのランネルのワルツの曲の合間には、家長然と納つたサモワルのつぶやき聲もする……

 

   さわやかに美はしかりし花さうび……

 

 蠟燭は朧ろに消えかかる。……誰だ、そこで陰にこもつた嗄れ聲で咳き入るのは。足もとには、私にとつて唯ひとりの伴侶の老犬が蹲り、身をすり寄せて顫へてゐる。ああ寒い、凍えさうだ。……みんた死んだ、死んでしまつた、……

 

   さはやかに美しかりし花さうび……

             一八七九年九月

 

[やぶちゃん注:最初の本文引用の「薔薇」はママ。訳者註が二つある。因みに、訳注記号は表題に附されてあるから、註の頭の引用部分は、「花薔薇」ではなく、「花さうび」でないと、厳密にはおかしい。

   *

『爽やかに美はしかりし花薔薇……』この表題は、諷刺詩人ミヤトリヨフP. Miyatoliov,1796―1844の詩句を借りたもの。その『薔薇』 Roza の第一聯に――

 

  爽やかに美はしかりし花さうび

  わが園にうつし咲かせて心たのしも、

  春あさく置くつゆ霜のしげくして

  しも朽つるひたに厭ふと心うれたし。

   *

ランネル 墺太利の作曲家 Joseph Franz Karl Lanner 1801―1843

   *

本篇は新改訳「うるわしく、さわやかなりし、ばらの花……」がある。そちらでオリジナルに私が細かな注を附してあるので、そちらも是非、参照されたい。

トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) 何を思ふだらうか


Watasihananiwo

   何を思ふだらうか

 

 臨終の迫るとき、もしもまだ思考の力が殘つてゐたら、私は何を思ふだらうか。

 夢み且つまどろみ、生の賜物を碌々味ひもせずに、徒(あだ)に過した一生を悔むだらうか。

 「え、もう死ぬのか。本當か。いやいや早過ぎる。だつてまだ何も仕遂げてはゐないではないか。……やつと今、何かする氣になつた所ではないか。」

 それでも、過ぎた日々を思ひ出すだらうか。纔かながら、私の身にもあつた明るい幾瞬を思ひ浮べて、忘れ得ぬ面影、その面輪に、心は佇むだらうか。

 それと樣々の身の惡業が、記憶に甦るだらうか。私の魂は、既に及ばぬ痛悔に責め苛まれるだらうか。

 それとも、生の彼岸に待受けてゐるものを思ふだらうか。そして本當に、何かが待つてゐるのだらうか。

 いや、恐らく私は、何も思ふまいと力めるに違ひない。行手に立ち罩める怖しい闇黑を見ずにゐたいばかりに、何か詰らぬ事を強ひて思ひ浮べるに違ひない。

 曾て私は、或る男が臨修の床に橫はりながら、燒胡桃(くるみ)を嚙らせて呉れないと駄々をこねる光景に接したことがある。が然し、その男の昏(くら)む眼底には、何かしら傷き死んで行く小鳥の破れ翼に似たものがあつて、脈々と顫へてゐるのを見過し得なかつた。

             一八七九年八月

 

[やぶちゃん注:一九五八年岩波文庫刊の神西清・池田健太郎訳「散文詩」版にはこの中山版の挿絵はない。]

トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) 絞首刑!


Kouzai

   絞首刑!

 

 「一八O五年の話だが」と、私の昔馴染が語りはじめた、「アウステルリッツ戰役の直前のこと、僕の勤務してゐた聯隊が、モラヴィヤに宿營した。

 住民を苦しめることは勿論、一切迷惑を掛けてはならんといふ嚴しいお達しだつた。聯合軍とは言ひ條、奴等は僕たちを妙な眼で見てゐたからね。

 その時の僕の從卒といふのが、もと僕の母親の領地で農奴だつた男で、エゴールといふ名だつた。正直なおとなしい奴でね、子供の時からの馴染だから、まるで友達のやうにしてやつてゐた。

 或る日、僕の泊つてゐた家で、泣く喚く、いやはや大騷動がもち上つた。なんでもお主婦(かみ)の鷄が二羽とか盜まれてね、それを僕の從卒になすり附けるといふ始末さ、で先生、大いに申開きに力めたが、たうとう僕まで證人に引張り出した。

 『いや、このエゴール・アフターモノフに限つて、人の物を盜るなんて……』と、僕も辯護に口を酸くしたが、お主婦の奴、てんから受け附けない。

 と、その時、よく揃つた馬蹄の響が往來に聞えて來た。總司令官が幕僚を從へて通り掛つたのだ。

 皮膚のたるんだ、でつぷりした司令官は、俯向き加滅に悠々と馬に並歩を踏ませて來る、

 肩章の總が胸もとに垂れてゐる。

 その姿が眼入ると、お主婦はいきなり馬前に轉げ出て跪いた。髮も着物も振り亂して、しきりに僕の從卒の右を指しながら、金切聲で訴へ出した。

 『將軍さま』と喚くのだ、『閣下さま、お裁き下さいまし。どうお助けなすつて、お救ひなすつて。……あの兵隊が、私の物を奪(と)りましたので。』

 一方エゴールは、帽子を手に閾の上に突立つて、まるで番兵みたいに胸を張り足を引き附けたまま、一言も口が利けないのだ。往來の眞中に停つた將軍一行の姿に度膽を拔かれたのか、降掛つて來た飛んでもない災難に呆氣に取られたのか、ただもう棒立ちになつて眼ばかりぱちくりさそて、顏色と言つたら土色に變つてゐる。

 將軍は他に氣を取られてゐるやうな暗い眼を奴に投げると、復立たしげに『それで?』と言つた。エゴールは偶像みたいに突立つて、齒を剝出してゐる。橫から見てゐると、まるで笑つてでも居るやうだ。

 すると將軍は、『絞首刑!』と言ひ棄てて、そのまま馬に拍車をくれた。はじめは元の並足だつたが、やがて速步にしてすんずん遠ざかつた。幕僚も急いでその後を追ふなかに、ただ一人副官だけが鞍上から振返つて、エゴールの方をちらと見た。

 命令にもとるわけには行かない。エゴールは間もなく捕まつて、刑場に曳かれた。

  彼はもう半死半生の態だつた。それでもやつと二度だけ、『神樣、ああ神樣』と聲を上げて言つた。その後は聞えるか聞えぬかの聲で、『神樣が御存じだ、私でないことは。』

 愈〻僕と別れる段になると、彼はひどく泣いた。僕もおろおろ聲だつた。

 『エゴール、なあエゴール』と僕は叫んだ、『それをなんだつてお前、閣下に申し上げなかつたのだ。』

 『神樣が御存じです、私でないことは』と可哀想に噦(しやく)上げながら、彼は繰反した。

 一方お主婦はと言ふと、あまりの峻烈な判決に膽を潰してしまつて、今度は自分が大聲で泣き出す始末だつた。あたりの誰彼に命乞ひを賴み𢌞るかと思ふと、牝鷄はもう見附かつたから、自分で行つて明しを立てて來るなど口走つた。……

 そんな事を言つても、今さら手後れなことは言ふ迄もない。何ぶん戰時のことだ。君、軍紀だよ。お主婦は身も世もなく、泣き喚くだけだつた。

 さてエゴールは、坊さんに懺悔をして聖餐を受けると、私に言ふのだ。

 『ねえ旦那、お主婦さんにくよくよするなと言つて下さい。私はもう、なんとも思つてやしませんから。』」

 昔馴染は、この從卒の最後の言葉を繰返して、さて呟くのだつた、「エゴールシカ、私の可愛いい、天晴れなエゴールシカ。」

 そして、淚が老人の頰を傳はつた。

             一八七九年八月

 

[やぶちゃん注:「アウステルリッツ戰役」「アウステルリッツ」(チェコ語:スラフコフ・ウ・ブルナSlavkov u Brna/ドイツ語表記Austerlitz)は現在のチェコ共和国モラビア地方の中心都市ブルノ市の東方にある小都市。一般に言われる「アウステルリッツの戦い」は、一八〇五年にオーストリアがロシア・イギリス等と第三次対仏大同盟を結成、バイエルンへ侵攻したことに端を発する戦争。当時オーストリア領(現チェコ領)であったスラフコフ・ウ・ブルナ(アウステルリッツ)郊外に於いて同年十二月二日にナポレオン率いるフランス軍がオーストリア・ロシア連合軍を破った戦いを指す。

「モラヴィヤ」(モラヴィア:Moravia/チェコ語:Morava)は広義には現在のチェコ共和国の東部の呼称。この地方のチェコ語方言を話す人々は「モラヴィア人」と呼ばれ、チェコ人の中でも下位民族とされて差別されてきた歴史がある。この「主婦」もそうした一人として見るべきであろう。アウステルリッツの戦いのあった一八〇五年の戦役では、ウルムの戦いでフランス軍がオーストリア部隊を降伏させて、十一月十三日にウィーン入城を果たしたため、敗走したオーストリア皇帝フランツ二世がここモラヴィアへ後退、ロシア皇帝アレクサンドル一世率いるロシア軍と合流している。オーストリア領内であるが、この記述から、早々と友好国であるロシアがモラヴィアに駐屯していたことが知られる。

「並足」「常步(なみあし)」。馬の四足の内、常に二脚或いは三脚が地面に着き、体重を支えて進む状態を指す。

「速足」「速步(はやあし)」。「だくあし」とも呼び、「跑足」「諾足」「跪足」等と書く。馬が前脚を高く上げてやや速く歩くこと。「並歩(なみあし)」と「駈歩(かけあし)」の中間。]

2017/10/16

トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) 自然


Sizen

   自然

 

 地面の下の、大きな部屋にゐる夢を見た。高い天井の部屋で、やはり地下の光を思はせる明暗のない明るさに滿ちてゐる。

 部屋の中央に一人の氣崇い女性が、寛やかな綠衣を着て坐つてゐる。片手に頰を支へて、深い思ひに耽るらしい。

 私は一目見て、この女性こそ『自然』なのだと覺つた。すると忽ち激しい畏怖が、氷のやうに魂の底までしみ渡つた。

 私はその女性に近づいて、恭々しく一禮して呼びかけた。

 「おお、人みなの母上、何をお考へですか。もしや人類の行末の事ではありますまい。どうしたら彼らの手に、できる限りの完成と至福を、授けてやれようかといふ事ではありますまいか。」

 女性は悠然と、その暗い怖しい眸を私に向けた。唇が動くかと思ふと、鐡を打ち合はせでもするやうな大聲が響いた。

 「私は、どうしたら蚤の脚の筋を、もつと丈夫にしてやれるか知らと考へてゐるのだよ。敵の手を逃れるのに都合のいいやうにね。今では攻防の釣合ひが破れたから、また元通りにしなくてはいけない。」

 「なんですつて」と私は吃つた、「そんな事をお考へですか。私ども人類は、あなたの愛する子等ではありませんか。」

 女性は微かに眉を顰めた。

 「天地の間に何一つ、私の子供でないものはない」と、やがて彼女は言つた、「私は皆同じ樣に面倒を見てやるし、皆同じやうに滅してやるのだよ。」

 「ですが善は、理性は、正義は?……」と私はまた口籠つた。

 「それは人間の言葉ぢやないの」と、鐡のやうな聲が答へた、「私の眼には善も惡もない、理性も私の掟ぢやない。それから正義つて一體なんのことなの。私はお前さんたちに生命を上げました。私はそれを取返して、また他の物に遣るのだ。蛆蟲に遣らうと、人間に遣らうと、私としちや同じ事です。……お前さんたちはお前さんたちで、せいぜい自分の事に氣をつけるがいいのさ、私の邪魔だてをしてお呉れでない。」

 私が何か言返さうとしたとき、遽かに大地が搖れて、陰に籠つた地鳴りがしたので、目がさめた。

             一八七九年八月

 

[やぶちゃん注:「遽かに」「にはかに(にわかに)」。]

2017/10/15

トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) 明日(あす)は明日(あす)こそは


Asukoso


   明日(あす)は明日(あす)こそは

 

 暮れて行く一日一日のなんと空しく、味氣なく、はかないものであることぞ。その殘す跡形(あとかた)のなんと乏しく、その一刻一刻のなんと愚かしく、無意味に流れ過ぎたことぞ。

 しかも猶、人は生きたいと望む。生を重んじ、希望を生(いのち)に、己れに、未來に繫ぐ。……ああ人は、どんな幸を未來に俟つのであらうか。

 一體なぜ人間は、來たるべき日々に、今しがた暮れたこの日に似ぬものの姿を、思ひ描かうとするのであらうか。

 いや人間は、そんな事は思ひもしないのだ。人はもともと考へることを好まない。そしてこれは、賢明と言ふべきだ。

 「なあに、明日(あす)は、明日(あす)こそは」と、人は己れを慰める。この「明日(あす)」の日が、彼を墓場へ送り込むそのときまで。

 さて、一旦墓のなかに橫はれば厭でも考へごとはやめなければなるまい。

             一八七九年一月

 

[やぶちゃん注:一九五八年岩波文庫刊の神西清・池田健太郎訳「散文詩」には挿絵はない。

 

「橫はれば」「よこたはれば」。「た」の脱字が疑われるが、読めないわけではないのでママとした。]

トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) 鳩


Hato

   

 

 わたしは、なだらかな丘の上に佇んでゐた。見渡すかぎり一面の麥の穰(みの)りは、金色のまた銀いろの海原をなして、なだらに擴つてゐる。

 しかしこの海には、波ひとつ立たない。大氣は蒸し暑く、そよりともしない。今にも大きな夕立が來さうな氣配。

 あたりはまだ暑い日ざしで、草いきれに煙つてゐる。が、麥畑の彼方遠からぬあたりに、鼠色の雨雲がむくむくと涌き出で、地平の半ばを蔽うてゐる。

 物みなは息を凝らしてゐる。物みな、凄じい落日の光に蒸されて、萎(な)え凋んでゐる。一鳥の姿もなく、聲もない。雀までが影をひそめた。ただ何處かすぐ間近に、大きな山牛蒡の葉が一枚、ばさばさと鳴りはためく。

 畠垣の苦蓬の香が、強く鼻をつく。わきおこる雨雲を眺めてゐると、なんとなく胸さわぎがしてくる。――「さあ急げ、急いでこい」とわたしは心のなかでつぶやく、「ひらめけ、金の蛇。鳴れよ、雷。まがつ雨雲は搖(ゆる)げ、飛べ、そそぎ降れ、そし斷て、のしかかるこの倦怠を。」

 けれど雨雲はじつとして動かない。ひつそりと鳴りをひそめた大地のうへに、相變らず重くのしかかつてゐる。思ひなしか僅かに膨らみ、やや黑みを增しただけである。

 そのとき、鼠一色の雲の面を、何かしら一片の雪とも、白いハンカチとも見まがうものが、ひらひらと掠めて過ぎた。それは、村の方から飛んで來た一羽の鳩だつた。

 みるみる一直線を引いて飛びかけり、森のなかに姿を消した。

 幾瞬かが流れた。矢張り同じ不氣味な靜寂が、あたりを領してゐる。けれど見よ、雪の面を今度は二枚のハンカチが、二片の雪が、もと來た道を引返す。それは先刻(さつき)の白鳩が二羽になつて塒(ねぐら)に急ぐ姿であつた。

 にはかに、嵐の幕は破れた。沛然として慈雨が來た。

 わたしは大急ぎで、やつと家に辿りつくことができた。――風は狂ひ吼え、雲は赤く低く、きれぎれに裂けて走る。物みな渦卷き入りみだれるなかを、篠つく雨の脚が大搖れに揺れながら地面を叩く。稻妻は靑くはためきわたり、雷鳴は、とだえてはまた轟く砲聲のやう。硫黃の匂ひもする。……

 ふと屋根庇のかげを見ると、二羽の白鳩が仲よく、明り窓の緣に並んでとまつてゐる。友を迎へに飛んで行つたのも、運れ戾されて恐らく命拾ひしたのも。

 二羽ともまん丸にふくれて、たがひの羽毛の觸れ合ふのを感じてゐる。

 樂しげな二羽の鳩よ。お前たちを眺めるわたしの心も樂しい。相も變らず孤獨なわたしだけれど。

             一八七九年五月

 

[やぶちゃん注:五段落目の最後には鍵括弧閉じるは、実は、ない。なくても問題はないとも言えなくもないが、矢張り落ち着かない。一九五八年岩波文庫刊の神西清・池田健太郎訳の神西訳を元に池田氏が訳し直した「はと」によって特異的に補った。また、底本ではページ最終行であるため、クレジットが本文末の下二字上げインデントで入るが、改行した。

「山牛蒡」原文は“лопуха” で、これはキク亜綱キク目キク科ゴボウ属 Arctium を指すが、ここはユーラシア原産の我々の馴染みのゴボウ Arctium lappa でとってよいであろう。中山省三郎譯「散文詩」では「馬蕗」とあるものの、これは牛蒡の葉が、同じキク科のフキ Petasites japonicus に似ており、馬が好んで食べた事に由来するゴボウの別名である。

「苦蓬」キク目キク科キク亜科ヨモギ属ニガヨモギ Artemisia absinthium。ウィキの「ニガヨモギ」によれば、草高は四〇センチメートルから一メートルほどで、『全体を細かな白毛が覆っていて、独特の臭いがある。葉は』十五センチメートル『ほどの羽状複葉で互生する。葉の表面は緑白色、裏面は白色。花期は』七~九月で、『多数の黄色い小さな花を円錐状につける』。『原産地はヨーロッパ』であるが、『北アメリカ、中央アジアから東アジア、北アフリカにも分布している。日本には江戸時代末期に渡来した』。学名は「聖なる草」を『意味するエルブ・アブサントに由来する。英名』(worm wood:「ワーム」は蛇)『はエデンの園から追放された蛇の這った後に生えたという伝説に由来するとも、防虫剤に使ったからともいわれる』。『北欧のバイキングの間では死の象徴とされていた』。『葉、枝を健胃薬、駆虫薬としてもちいる。干したものを袋に詰め衣類の防虫剤として使う』。『清涼飲料水、リキュール、ハーブ酒などに香り付けなどの目的でつかわれる。食品添加物として認可されており、狭義ではカフェインと同じく苦味料に分類される。ニガヨモギを用いたリキュールでは、「緑の魔酒」ともいわれるアブサンが有名だが、白ワインを主にニガヨモギなどのハーブを浸けた、チンザノなどのベルモットの方が一般的である』。『一度にたくさん摂取すると含まれるツヨン』(thujone:「ツジョン」とも。モノテルペン。ケトン)『により嘔吐、神経麻痺などの症状が起こる。また、習慣性が強いので連用は危険である』とある。また、「新約聖書」の預言書とされる「ヨハネの黙示録」の第八章(一〇と一一)には、「第三のみ使いがラッパを吹き鳴らした。するとたいまつのように燃えている大きな星が落ちた。それは川の三分の一と水源の上に落ちた。この星の名は「苦よもぎ」と言い、川の三分の一が苦よもぎのように苦くなった。水が苦くなったので、そのために多くの人が死んでしまった」と書かれてあるが(引用は私の所持するフランシスコ会聖書研究所訳注版(昭和四七(一九七二)年中央出版社刊を用いた)、『これは正確にはニガヨモギではなく』、同属の別種『Artemisia judaica だとする説が有力であ』り、また、私は他でも何度か述べたが、チェルノブイリ原発事故直後から、この「黙示録」の一節と事故を重ね合わせ、『しばしば「ウクライナ語(あるいはロシア語)でニガヨモギはチェルノブイリ」などと言われることがあるが』『(ウクライナ語ではチョルノブイリ)』、『これは実は『正確ではな』く(私も教師時代にしばしばこの話をしたものだったが)、『ウクライナ語の「チョルノブイリ」(чорнобиль / chornobilʹ)』はニガヨモギの近縁種であるオウシュウヨモギ Artemisia vulgaris であって、種としてのニガヨモギを指すものではない。『チョルヌイ(chornyj)は「黒い」、ブイリヤ(bylija)は「草」の意味で、直訳すれば』、『「黒い草」となる。一方、ニガヨモギ Artemisia absinthium の方はポリン』(полин / polin)『であって、チェルノブイリではない。このオウシュウヨモギ Artemisia vulgaris(=チョルノブイリ)はニガヨモギ Artemisia absinthium と『ともに、原発事故』で全世界に知られるようになってしまった『チェルノブイリ周辺で自生し、その地の地名になっている』のではあるが、ロシア語でもオウシュウヨモギは「チェルノブイリニク」(Чернобыльнык / Chernobylʹnyk)、ニガヨモギは「ポルイニ」(Полынь / Polynʹ)であって、両者は厳然と区別されている。『これらが混同され』た上に、ファンダメンタリスト聖書原理主義者)の終末思想宣伝に我々は乗せられたに過ぎないことを、ここで明記しておきたい(下線太字やぶちゃん)。]

2017/10/14

トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) 岩


Iwao

   

 

 あなたは海邊に年を經た灰色の岩を見たことがあるか。麗らかに晴れわたる日の滿ち潮につれて、四方から生き生きと波の寄そせる樣を。寄せては打ち、甘え戲れ、眞珠(あこや)なす水沫を千々に碎いて、苔蒸す岩頭(がしら)を洗ふのを。

 岩はいつまでも、同じ岩の姿である。けれど、その暗灰色の岩膚には、きれいな彩目があらはれる。

 それは遠い昔を物語るのだ。花崗質(みかげ)の熔岩がやつと固まりかけながら、まだ一團の炎と燃えてゐた頃のことを。

 そのやうに私の老いた心にも、つい近頃まで、若い女性らの魂が打寄せては碎けた。その優しい愛撫のために、夙(とう)の昔に褪せ凋れて私の彩目も、搔き立てられて紅らんだ。然し所詮は、消えた炎の跡形にすぎない。

 波げ退(ひ)く。けれど彩目は失せない。きびしい冬風に吹かれても・

             一八七九年五月

 

[やぶちゃん注:第四段落の「夙(とう)の昔に褪せ凋れて私の彩目も」の「て」は「た」の誤植か? 「跡形」は痕跡の意味の「あとかた」。にしても、この第四段落は意味が採りにくく、正直、訳としてはよろしくない。本篇に新改訳があるのは、そうした事情があるものと推察する。新しいものでは、この段落は『それとおなじく、わたしの老いた心にも、このあいだ、若い女性のまごころが八方からおしよせた。その愛撫の波にふれて、わたしの心は紅らみかけた。それは、とうの昔にあせた色どり、すぎし日の炎の跡なのだ!』と訳されており、素直に腑に落ちるのである。

「水沫」「みなわ」(歴史的仮名遣でも「みなは」ではない)。新改訳にもそうルビが振られてある。]

トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) キリスト


Kirisuto

   キリスト

 

 自分がまるで子供になつて、天井の低い村の教會にゐる夢を見た。古びた聖像の前に細い蠟燭が幾本か、ちらちらと赤い舌を動かしてゐる。

 その炎の一つ一つは、虹のやうな暈(かさ)を着てゐる會堂の中はぼんやりと薄暗い。が、多勢の人々が私の前に立つてゐる。

 みな紅毛の、百姓頭ばかりだつた。それが時とともに、搖れたり下つたり、また上つたりするやうな、そよそよと渡る夏の微風に靡く、重い麥の穗に似てゐた。

 不意に誰かしら、後の方から步み寄つて、私と並んで立つた。

 私は振向いて見なかつたが、蟲の知らせでその人こそキリストだと覺つた。

 感動や好奇心や恐怖や、色々な氣持が私の胸を一杯にした。

 私は思ひ切つて、隣りの人の顏を見た。

 當り前の顏だつた。そこらの人の顏とよく似た顏だつた。物靜かな眼でまじまじと、稍〻上を見てゐる。唇は閉ぢてゐるが、強く結んでゐるのではなくて、下唇のうへに上唇が休んでゐる樣に見える。短い顎髯が二つに分れてゐる。兩手は胸に組合はせて、ぴくりともしない。着物は皆と同じである。

 「これがキリストで堪るものか」と私は思つた、「こんな平凡な、當り前の男が。そんな事があるものか。」

 私は外方(そつぽ)を向いた。けれど。その平凡な男から眼を外らさぬ中に、並んでゐる男は矢張りキリストなのだと感じた。

 私はまた勇氣を出して振返つた。そして又も、普通の人間と少しも變らぬ平凡な顏を見出した。ただ見知らぬだけである。

 すると急に悲しくなつて眼が覺めた。そしてやつと、普通の人間と少しも變らぬ顏こそ、キリストの顏なのだとさとつた。

            一八七八年十二月

 

[やぶちゃん注:「靡く」「なびく」。

「これがキリストで堪るものか」の「堪る」は「たまる」と読む。「溜まる」と同語源で、「こらえる・がまんする・保ちつづける」であるが、「そんことになったら、たまったもんじゃない!」などと下に打消表現を伴って用いることが殆んどである(ここも反語による否定表現)。「こんな平凡な顏の輩(やから)がキリストであってたまるもんか!」の意である。]

トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) 敵と友


Tekitomo

   敵と友

 

 無期徒刑の囚人が牢を破つて、一目散に逃げ出した。すぐその後から、追手がかかつた。

 囚人は一生懸命に逃げた。追手は遲れはじめた。

 すると、川ぷちの崖に出た。川幅は狹いが、水は深い。囚人は泳ぎを知らなかつた。

 此方の岸から向ふ岸に、朽ちた細い板が渡してある。脱走囚はそれに片足を掛けた。そしてふと見𢌞すと丁度川緣に、自分の一番の親友と、一番仲の惡い敵とが佇んでゐた。

 敵は默つて腕を拱いてゐた。親友の方は聲を限りに叫んだ。

 「おお、おお。君は何をするのだ。載でも違つたのか。その板のすつかり腐つてゐるのが分らないのか。――君の重みでそれが折れたら最後、どうしたつて助かりつこはないぞ。」

 「だつて他に逃道はないのだ。そら、追手の足音が聞えるぢやないか」と、哀れな男は絶望の呻きをあげて、板を渡りはじめた。

 「とても見ちや居られない。君をむざむざ見殺しにはできない」と、助けたい一心で親友は叫んで、脱走囚の足許の板を引いた。

 で、彼は忽ち、さかまく波に落ちて溺れてしまつた。

 敵はそれを見ると、滿足の笑を浮べて去つた。親友は岸に坐り込んで、不幸な友達を思つて苦い淚を流した。

 けれど友達の死について、自分を責めようなどとは、爪の先程も考へなかつた。

 「言ふことを聽かないからだ。俺の言ふことを……」と、彼は沈み込んで呟いた。

 「が、それにしても」やがて彼は、口に出して言つた、「あの男は一生、怖しい牢屋で苦しむ事になつてゐたのだ。少くとも今ぢや惱みもあるまい。ずつと樂になつたらう。さういふ𢌞りあはせだつたのだな。もとより、人情として忍びないが。」

 さう言つて、この善良な男は、不運な友達を思つてひどく咽び泣いた。

           一八七八年十二月

 

[やぶちゃん注:「滿足の笑」「笑」は「えみ」であろう。]

トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) ニンフ


Ninf

   ニンフ

 

 半圓を描く、美しい山脈(やまなみ)を前に、私は佇んでゐた。綠なす若樹の森が、山の頂から麓までを隈なく蔽つてゐる。

 山脈のうへに、南方の空は靑々と澄み、太陽は中天に光の箭を弄ぶ。足もとには小流が、半ば草に埋れてさらさらと鳴る。

 ふと私は古い傳説を思ひ出した。――キリスト降誕の最初の世紀に、一艘の希臘船が、エーゲの海を渡つて行つた時のことを。……

 時は正午、風もなく穩かな日和だつたとか。……遽かに揖取の頭上にあたつて、はつきりと呼ぶ聲があつた、「汝、かの島のほとりを行くとき、高らかに呼べ。――大いなるパンは死せりと。」

 楫取は驚き畏れた。が、船が島のほとりを過ぎるとき、その聲の命じたままに呼んだ、「大いなるパンは死せり。」

 忽ち、彼の叫びびに應ずる如く、その無人の島の岸邊一帶には、激しい啜泣き、呻き、また長く尾を曳く嘆きの聲が起つた。「死せり、大いなるパンは死せり。」

 この傳説を思ひ出したとき、奇妙な考が湧いて來た。――「いま私も、何か叫んで見たらどうだらうか。」

 しかし、歡び溢れるあたりの眺めを前にしては、死を思ふ氣にはなれなかつた。で私は聲を限り叫んで見た、「甦れり、大いなるパンは甦れり。」

 すると、おおなんといふ不可思議、私の呼聲に應じて、ひろびろと半圓をなす綠の山々から親しげな笑が響き、歡びの聲、どよめきが湧き起つた。「彼は甦れり、パンは甦れり」と、若やぐ聲々が一齊にさざめいた。前方の眺めは忽ち、大空高く燃える太陽よりも明るく、草間に奏でる小流よりも愉しげに笑み崩れた。そして、忙しく地を蹴る輕い足音が聞え、綠の樹がくれに雪をあざむく輕羅や、生き生きと紅らむ裸身がちらつき始めた。……見ると樣々のニンフたち――樹のニンフ、森のニンフ、バッカスの祭尼たちが、山頂から麓の野邊めがけて、駈け下りて來る。

 その姿は、一どきに森の端々に現れた。氣崇い顏のめぐりに捲髮の房を搖り、しなやかな手に手に花束と鐃鈸を捧げ、高らかなオリンポスの笑ひを、身の動きにつれて搖りこぼしながら……

 眞先に進むのは女神で、身の丈は群を拔き、且つ一番美しい。肩には箙、手に弓、波を打つ捲毛の髮には、銀の月の利鎌がかかつてゐる。……

 ディアーナとは、貴女のことだつたのか。

 そのとき、女神は步みを止めた。從ふニンフ達もみな立止まつた。高らかな笑聲は歇んで、ひつそりとなつた。私は見た、啞のやうに默り込んだ女神の額が、忽ち死の蒼白に蔽はれるのを。足は化石したやうに佇み、なんとも言へぬ恐怖に口は明き、大きく見開いた眼は遙か遠方に注がれるのを、何を彼女は見たのだらう。何を見詰めてゐるのだらう。

 その眼の行方を追つて、私は振返つた。……

 遙か空の涯、野の盡きるあたり、キリスト教會の金の十字架が、白い鐘塔の上に一點の炎となつて燃えてゐた。この十字架を女神は見たのだ。

 私は背後に、長い嗟嘆を聞いた。その聲は琴の斷絃の響に似て、あやしく顫へる。私が眼をかへすと、既にニンフ達は消えて跡形もなかつた。……森は相變らずひろびろと綠に、ただ處々枝葉の繁みを透して、何かしら白い物影を見え隱れさせる、それはニンフたちの衣の端であつたか、谿間を這ひ上る靄であつたか、私は知らない。

 とまれ、消え失せた女神達を思つて、私の胸は悲しかつた。

            一八七八年十二月

 

[やぶちゃん注:「箭」「や」。矢。

「小流」「こながれ」。

「希臘船」「ギリシヤせん」。

「遽かに」「にはかに(にわかに)」。

「揖取」「かぢとり(かじとり)。

「甦れり」「よみがへれり(よみがえれり)」。

大いなるパンは甦れり。」

「輕羅」「けいら」。体に纏うごく薄い懸け物。

「紅らむ」「あからむ」。

「バッカスの祭尼」「祭尼」は「さいに」で巫女(みこ)のこと。バッカスBacchusは言わずもがな、ローマ神話の酒(ワイン)の神で、ギリシア神話のディオニソスDionysosに相当する。各地を遍歴して人々に葡萄の栽培を教えたが、そこから生み出される葡萄酒の酔いに象徴されるような熱狂的ディオニソス信者が現われ、特に女性の狂信的信仰者を「マイナス」(Maenad:複数形はマイナデス、ギリシャ語で「わめきたてる者」の意)と呼び、一種のトランス状態の中で踊る、その崇拝者集団を「バッカスの巫女」と呼んだ。そうした連中をイメージしつつ、それらを精霊の一種に還元した謂いであろう。

「氣崇い」「けだかい」。崇高な。

「搖り」「ゆり」。揺らし。

「鐃鈸」「ねうばち(にょうばち)」ここ小型のシンバル。

「箙」「えびら」。狩場や戦場に於いて矢を入れるための筒状の携帯具。腰に装着するもの背負い型のものがあるが、ここは後者であろう。

「利鎌」「とかま・とがま」切れ味のよい鎌。

「ディアーナ」(ラテン語:Diāna)はローマ神話に登場する狩猟・貞節と、月の女神。新月の銀の弓を手にする処女の姿が特徴。日本語では長母音記号を省略してディアナとも呼ぶ。英語読みのダイアナ(Diana)でも知られる。ギリシア神話ではアルテミスに相当する。南イタリアのカプアとローマ付近のネミ湖湖畔のアリキアを中心に崇拝されていた(以上はウィキの「ディアーナに拠る)。

「歇んで」「やんで」。止んで。]

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