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カテゴリー「芥川龍之介「北京日記抄」」の26件の記事

2017/02/15

北京広安門外天寧寺壁面レリーフ

北京在住の教え子が還暦の今日の僕に贈ってくれた北京広安門外の天寧寺の壁面レリーフの写真――慄っとするほど美しい!

 

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2014/08/27

北京日記抄   芥川龍之介   附やぶちゃん注釈

芥川龍之介「北京日記抄」附やぶちゃん注釈に、教え子のT.S.君の探勝になる文天祥祠の写真その他を注に追加した。芥川龍之介の誤認(「楡」ではなく「棗」)が彼によって発見された。

2013/08/08

北京 天寧寺 レリーフ

芥川龍之介「北京日記抄」に教え子T.S.君の探勝になる天寧寺及び東配殿の写真を注に追加。特に天寧寺のレリーフは慄っとするほど素晴らしい!

Tenneijitou

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2012/08/17

北京日記抄 芥川龍之介 附やぶちゃん注釈 二 辜鴻銘先生 T.S.君探勝詳細写真附報告追加

「北京日記抄 芥川龍之介 附やぶちゃん注釈」の「二 辜鴻銘先生」の辜鴻銘の注に、私の教え子で中国在住のT.S.君が探査した詳細な写真附き報告を追加した。

2012/08/07

芥川龍之介 芥川龍之介中国旅行関連書簡群(全53通) 附やぶちゃん注釈 教え子T.S.君探査報告追加

芥川龍之介「芥川龍之介中国旅行関連書簡群(全53通) 附やぶちゃん注釈」の六一四号書簡の注に、芥川が北京で泊まった「扶桑館」について、私の教え子で中国在住のT.S.君が探査した詳細な写真附き報告を追加した。古い北京の写真の中に……僕は道を行く芥川龍之介の姿がしっかり見える気が……した……

2012/07/13

和製S・ホームズと相棒直史・ワトソン・藪野、遂に芥川龍之介の立った三門閣を発見せり!

私の教え子が芥川龍之介の「北京日記抄」に現れる幻の「三門閣」を遂に発見! それを含む新知見と画像を「北京日記抄 芥川龍之介 附やぶちゃん注釈」の「窑臺」及び「三門閣下」の注に追加した。

【二〇一二年七月十三日追記】

《和製S・ホームズと相棒直史・ワトソン・藪野、遂に芥川龍之介の立った三門閣を発見せり!》

つい先日のこと、件のT.S.君から、以下のような内容の消息を貰った。
――彼がネット上で見かけ、私に送って呉れた先の「謝文節公祠」の注に掲げた地図画像を拡大して見てみると、陶然亭(地図下辺の中央寄りやや左寄りの位置にある四つの池――東のものは独立し、西側の三つは水路様のもので繋がっている――)の北に延びる道の途中に、東側に南北に細長い建物があって、そこからこの道のところを塞ぐような形の建物が見えるが、それをよく見てみるとどうも三文字で、且つその最初の二文字は「三門」とあるように見える――
というのである。私も試みて見たが、確かに「三門」に見え、三文字目はそれらより複雑な画数で「閣」であって可笑しくないと思えた。ただ残念ながら画像の解像度が低く、断定は出来ないと返信したところ、本日、中国よりT.S.君が、民国十(一九二一)年作製の「新測北京内外城全図」(中国地図出版社二〇〇八年復刻)を送って呉れた。そこには――
『先生 支那服を着た笑顔の彼に遂に会えました。』
という附箋が、地図に貼り附けてあった。
――勿論、「彼」とは芥川龍之介、そうしてその附箋の示す箇所にははっきりと「三門閣」とあったのである!
以下に、地図の当該部分を示す。

Sannmonnkaku

――T.S.君と私と芥川龍之介の三人が――今、一緒に三門閣に立ったのだ――

2012/07/08

教え子の芥川龍之介追跡になる「北京日記抄 芥川龍之介 附やぶちゃん注釈」謝文節公祠/窑臺 注追加

私の教え子が芥川龍之介の「北京日記抄」とそこに附した私の注を読みながら、北京の芥川龍之介の現在を追跡して呉れた手記と写真を「北京日記抄 芥川龍之介 附やぶちゃん注釈」の「謝文節公祠」及び「窑臺」の注に追加した。是非、御覧あれ。

2009/08/30

芥川龍之介中国土産浴衣

芥川龍之介が中国で買い求めた浴衣である……

 

Siyukata

 

――そうして この浴衣……

――この浴衣を着て 彼は自死したのであった――

芥川龍之介 中国旅行関連書簡群(全53通) 附やぶちゃん注釈

夏の終わりに。あなたに送る。

芥川龍之介『支那游記』参考資料として、「芥川龍之介中国旅行関連書簡群(全53通) 附やぶちゃん注釈」を正字正仮名で「やぶちゃんの電子テクスト:小説・戯曲・評論・随筆・短歌篇」に公開した。

2009/08/29

Akutagawa- Russell Close Encounter of the Second kind 芥川-ラセッル第二種接近遭遇

990 六月二十七日

    日本京都市下加茂松原中の町 恒藤恭樣

    東單牌樓 我鬼 (年月推定)(繪葉書)

北京の新人たちは河上さんが二三ヶ月北京へ來てくれると好いと云つてゐる、來てくれゝばラッセン以上の持て方をするのは事實だ來ないかね、僕はまだ少時北京にゐる 芝居、建築、繪畫、書物、藝者、料理、すべて北京が好い 以上

    二十七日

[やぶちゃん注:底本にはなく、岩波版新全集第十九巻書簡Ⅲに所載するもの。

・「新人」芥川が実際に会見した五四運動以降の改革運動の旗手であった青年達。芥川龍之介が「上海游記」の「十八 李人傑」等で言うところの『「若き支那」』である。ここで芥川は「少年中国学会」を意識して『「若き支那」』と括弧書きしていると思われる。「少年中国学会」は1918630日に主に日本留学生によって企図された(正式成立は連動した五四運動直後の191971日)、軍閥の専制や日本帝国主義の侵略に反対することを目的として結成された学生組織の名称。当然のことながら、有意に共産主義を志向する学生が占めていた(但し、李人傑は少年中国学会の会員ではない)。芥川は新生中国の胎動の中にある青年の理想=共産主義の機運を包括的にこのように呼んでいると考えてよい。

・「河上さん」当時、京都帝国大学教授であった経済学者河上肇(明治121879)~昭和211946)年130日)。マルクス経済学の研究として知られ、昭和3(1928)年には教授職を辞し、昭和8(1933)年日本共産党党員となって地下活動に入り、治安維持法違反で検挙され、昭和121937)年まで獄中生活を送った。カール・マルクス『資本論』の翻訳(第一巻の一部分の翻訳のみ)やコミンテルン32年テーゼの翻訳の他、名文家でもあり、『貧乏物語』や『自叙伝』(死後刊行)等が知られる。

・「ラッセン」イギリスの論理学者・数学者・哲学者Bertrand Arthur William Russellバートランド・アーサー・ウィリアム・ラッセル(18721970)のこと。以下、主に驚異的な詳細さを持った『松下彰良(編)「バートランド・ラッセル年譜」』を参照にしながら、彼の事蹟と私が発見した驚くべき芥川との偶然の物理的接近の事実を見てみよう。第一次世界大戦中、彼は平和主義者として徹底した非戦論を主張し、1916年にケンブリッジ大学の論理学・数理哲学教授職を追われ、1918年には5ヶ月間に渡って投獄されてもいる。第一次大戦後は社会主義のシンパとなり、労働党に入党、1920年5月にはイギリス労働党代表団に参加してソヴィエト連邦を訪問、レーニンやトロツキイと会見した。同年10月には中国を訪問、翌19217月まで北京大学客員教授の職にあった(10月末には芥川も訪れることとなる長沙で「ボルシェビーキと世界政治」という演題で講演している)。即ち、ここで書簡に「ラッセン」が登場する意味が分かってくる。即ち芥川が北京に滞在中、ラッセルも北京にいたのである(ラッセルに逢ってはいないであろうが、芥川はラッセルが客員教授をしていた北京大学を訪問していた可能性が極めて高い。芥川龍之介談「新藝術家の眼に映じた支那の印象」参照)。更に芥川が北京を汽車で発った7月12日であるが、まさにその日に、何とラッセルは一足先に、まさに天津から日本への船に乗ったのであった! ラッセルは7月17日に神戸に到着した後、7月18日には大阪ホテルで大阪毎日新聞副主幹と午餐を摂っている(芥川龍之介は毎日新聞社社員であり、また奇しくもこの頃、まさに大阪毎日新聞社に芥川は帰国の報告をしに立ち寄っていたと思われるのである!)。その後、ラッセルは奈良を周遊、7月21日には京都帝国大学の荒木総長と会見、その日の午後5時からは改造社主催の都ホテルでの歓迎会に出席している。ここにはまさに京都大学教授その他の学者二十数名が出席している(恒藤は当時は同志社大法学部教授)。京都見学後、7月24日夜に横浜着。7月25日夕刻、入京し、同夜には改造社の山本社長の案内で帝劇を見物している(『改造』はまさに芥川御用達の雑誌である)。翌7月26日午前11時より宿泊していた帝国ホテルに於いて日本の著名な思想家達と会見している(大杉栄・堺利彦・阿部次郎・和辻哲郎・与謝野晶子、福田徳三他多数。帝国ホテルは芥川の定宿の一つ)。7月27日には都下新聞記者20名と共同記者会見を行い、午後は上野及び日本橋丸善を散策している(この時、上野公園のラッセルと田端の芥川の物理的距離は最も短かった)。7月28日夜、小泉信三らの尽力により慶応大学大講堂にて講演、7月29日横浜泊、7月30日午後の船便でバンクーバーへ向けて日本を離れている。――ただの偶然ではある。しかし不思議なものを感じる。因みにラッセルが芥川龍之介に物理的異常接近をしていたこの時、芥川はどうしていたのか? 彼は旅行後の体調不良に悩まされていた。特に胃腸の衰弱著しく、一ヶ月以上、寝たり起きたりの生活が続く。この不思議な7月下旬の漸近線的芥川-ラッセル接近現象は、芥川の下痢により遂に接することはなかったのであった――。私はこれを勝手に“Akutagawa- Russell Close Encounter of the Second kind”(芥川-ラセッル第二種接近遭遇)と呼称することとする。――]

――最後に言っとくが――せせら笑うな! 僕はラッセルを師としたヴィトゲンシュタインが、お前らより、好きなんだ!――

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