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カテゴリー「ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ」の5件の記事

2013/12/01

ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ 4 休暇の始まり

(前のシークエンスの最後をダブらせておく)

〇それを見送る将軍。(肩から上のアップ)

何度か軽く首を縦に振りながら、ずっと彼の去った方を見ている。

左やや上方を見つめ、表情が何か少し淋しそうに少し固く、そして真剣になる。

主題音楽がかかって。F・O・。

 

□4 走るジープ(主題音楽はそのまま流れ続けて)

〇ジープ荷台から(進行方向へ)

平原の中の埃っぽい道。中央は車のために開かれている。左奥の遠景に森。運転手とその右手の助手席に座るアリョーシャ。

アリョーシャはかなり落ち着かない感じで左右をきょろきょろとしている。

進行方向の道の両側には、反対に徒歩で行軍して来る兵士の列。それぞれの小隊ごとに切れ目を持って長く長く続いている。兵士たちの足はやや重みを感じさせながらも、確かなゆるぎないしっかりとした歩調である。

少年のようにそわそわとするアリョーシャの後ろ姿は、思いがけない休暇の浮き立つ気持ちの表現である同時に、その左右に展開する戦場へと向かう、則ち、死と対峙しに歩む同志たちへの内心忸怩たる思いの表現であろう。

実際のジープの荷台に固定したカメラで撮られているが、相当、揺れが激しい。

 

〇ジープ荷台から(後ろ方向へ)

過ぎ行く埃舞い立つ道を行く左右の行軍する兵士たちの後ろ姿。

それがジープが過ぎた直後のところから、画面の左手(前の進行方向で右にいた兵士の列)の兵士たちが道の中央にすぐ寄ってゆき、右手の兵士列と少しだけ間を開けて道中央を並んで歩いて行く。それもジープの立てる砂塵に煙っている。

画面の中央上から右上部かけてスモークのようなものがあり、私はずっとこれを彼等がこれから向かう戦場の硝煙のように思っていたのだが、今回、よく見て見ると、これは一見、カメラ・レンズの汚れのようなものであることが分かった。但し、もしかすると編集の際に、私が感じたような効果を与えるために、撮影後のフィルムに施した効果であるのかも知れない。

 

□5 三叉路

カメラはジープの行く進行方向の主道から右手へ折れる道(これをアリョーシャの乗ったジープは折れる)の方からの、かなり高い位置(クレーン・アップ)にある。

右手(主道の進行方向)からかなり強い砂塵が吹き抜けている。

この支道の手前のところで旗を持った交通整理をする若い女性兵士が立っている。

すぐに右手(主道の進行方向)から戦車が進行しきて、女性兵士は戦車を優先させるためにアリョーシャの乗るジープを停止させようと旗を振るが、ジープは無視して速力を維持して、戦車の前をすり抜け、運転手はちょっと「すまんな!」という感じで左手を挙げ、カメラ手前の支道へとアウトする。

女性兵士はジープの去った方に左手の拳を挙げて揮い、可愛い感じの怒りを表わす。

最後の部分で戦車のキャタピラの音を高めて、その背後でずっと流れていた主題音楽をずらしてダブらせて次へ繋げている。

 

□6 川

〇渡渉(近景A)

川(それほど川幅は広くはない)。右手奥に進行方向へ向かう道。

浅い場所を渡河(水深は深い所で一メートル程度)しようとしたアリョーシャの乗ったジープが、途中で車輪を川床にとられてエンコしてしまっている。行軍の一隊の四人の兵士たちが助けて押している。アリョーシャも降りて助手席の脇で押している。その左右にこちらへと渡渉する兵士の列があり、左手一番奥(渡河の斜度から川上である)にやはりこちらへ向かう戦車隊の列(画面上で四台を視認出来る)がある。左遠景に広がる丘とその上の雲を浮かべた空が美しい。

助けている兵士の一人「おい! 同志たち! 俺たちに手を貸してくれ!」

左手を渡渉している何人もの兵士たちが寄ってきて、川中のジープを押す。

兵士たち「ウラー(突撃)! 押せ! それ!」

 

〇渡渉(中景B)

川上の離れた手前の岸の堤上から。

アリョーシャらのジープは画面右上にあり、皆が懸命に押している。その上下に渡渉する兵士の列があり、カメラの一番前のところを戦車二台、駆動音を高まらせて(ここでバックの音楽が消える)勢いよく排気煙を吹き上げながら、軽々と渡河して行く。

ジープを押す兵士たちの掛け声が被る。

 

〇渡渉(近景A)

ジープが動き出す。押している兵士は最初の四人のみ。

押していた兵士たちがアリョーシャに声を掛けながら隊列へと戻り始める。

兵士「元気でな!」

アリョーシャ「ありがとう! 同志たち!」

アリョーシャ、一人の兵士と握手する。

兵士「よい旅を!」

アリョーシャ「とっても、ありがとう!」

手を振って、向こう岸に向かっているジープに走って行くアリョーシャ。

セルゲイ「待ってくれ!」

画面右手から声の主の兵士がイン、場所は手前の岸近くの川の中。

 

〇川の向こう岸の岸辺(ジープの進行方向から)

右手前に反対側の岸辺の川の中に立つアリョーシャ。

左奥から兵士が川を駆け渡ってくる。

右手奥向こう岸の堤を乗り越えて行く一台と堤を右手に進行してゆく二台の戦車が、左手の堤の上には軍用トラックが停車していて、荷台に数人が乗り込みつつある。

セルゲイ「おうい! 兵隊さんよ! ちょっと待ってくれ!」

手前に向かって川を走り渡って来る精悍な兵士セルゲイ(アリョーシャよりは十歳ぐらいは上に見える)。

この直前、オフで、アリョーシャを呼ぶ声。

運転手「早く! 間に合わないぞ!」(推測。日本語・英語・ロシア語字幕になし)

振り返るアリョーシャ、焦った顔。

セルゲイ「やあ! 君は休暇をとる途中かい?」

アリョーシャ「そうですが……」

セルゲイ「じゃあ、ゲルギオエフスクは?」

アリョーシャ「ええ、通りますよ……」

セルゲイ「俺の家(うち)あそこのウズローヴァヤなんだ! 俺のために妻に逢ってくれ!」
セルゲイ、右胸から紙(軍事郵便かなにかの宛名を書いた封筒か何かか)を出そうとする。

 

〇川の向こう岸の岸辺(ジープの進行方向へ向って)

右にこちらを向いたアリョーシャ、左に背を向けたセルゲイ、二人のバスト・ショット。

アリョーシャ「出来ることからやってあげたいけど……今は時間が押しちゃってるし……」

セルゲイ「どのみち、ウズローヴァヤで列車の乗り換えの時間があるじゃないか。チェーホフ通りさ! 駅近くのブロックなんだ。」

と、住所のメモ部分を切り放して、アリョーシャの方に差し出す。

セルゲイ「さあ! ここだ、頼むよ、友よ!」

アリョーシャ、観念して(ここでやり取りする時間も惜しいしということでもあろうが、何より彼の母以外の人への誠実さが初めて現われるシーンでもある)、

アリョーシャ「……分った! やろう!……で彼女にはなんて?」

セルゲイ「リーザ――俺の妻の名だ――に伝えてくれ!……セルゲイは、そうさ、元気にしてるってな!……」

 

〇川中(アオリのショットで、画面右にアリョーシャの腰から上)

仲間の兵士1「こいつはリーザにぞっこんでな!――昼も夜も彼女のことを夢に見てるんだぜって伝えてやんな!」

仲間の兵士2「セルゲイ! こりゃあ、彼女に何か贈り物をプレゼントしなけりゃなるめえよ!」

仲間の兵士1「……しかし……ここにあるものは皆、軍隊さんのもので……何にも贈り物にするようなものはありゃしねえよ!……」

皆、大笑い。

セルゲイも両手を開いて何もないという仕草をして快活に笑う。(この部分、兵士たちの銃剣が空を右上方向にそれぞれ区切っていて印象的である)

そこに、対岸から、曹長がやってくる。

曹長「お前たち! そこで何をしてる?!」

と誰何されて、兵士たちが振り返る。すかさず、仲間の兵士2を先頭に曹長の方へ走り寄る。(ここでカメラは少し進んで、右のアリョーシャは右にオフとなり、右に半分には振り返ったセルゲイの左後姿となる)

仲間の兵士2「やあ! 曹長! セルゲイの奴に一つ、石鹸の一塊り、恵んでやって下せえ! そうするとセルゲイはそれをお嬶さんへの贈り物に出来るというわけでさ!」

曹長「彼に割り当てられている一個の八分の一ならやれるがな。……」

仲間の兵士1「吝嗇臭え! 一個まるごとやっておくない!」

曹長「いいか! 小隊にはな! いまいましいことに! 総て! 石鹸は二個支給されてないんだよ!」

仲間の兵士1「いいじゃあねえか! それを丸々一個奴にやりましょうよ!」

曹長「それは規律に反する!」

 

〇川中のアリョーシャとセルゲイ(正面からのバスト・ショット)

笑って以上の会話を笑って見ていた左のセルゲイが、右の困った顔のアリョーシャと顔を見合わせ苦笑いする。アリョーシャには時間を浪費している焦燥感表情がありありと見てとれる。

仲間の兵士2(オフで)「思いやりってもんでしょが! ねぇ! 曹長さ!」

 

〇隊士に囲まれた川中の曹長(水面上からのアオリ)

口々に曹長を責める隊士たち(右に三人、左に兵士1。間に彼方の白い雲)。

曹長、困惑の表情で俯くと、

仲間の兵士1「……何卒!!」

一瞬の間をおいて。曹長、意を決して、右端の兵士4(アリョーシャと変わらない若い少年兵である)が小隊用石鹸の荷担担当であったらしく、右手をさっと挙げて人差し指を立てて振り下ろしつつ。

曹長「……そいつ開けろ!」

と命ずる。

仲間の兵士3(如何にも嬉しそうに)「彼女はきっと間違いなく喜ぶね!」

仲間の兵士2(ニコニコしながら)「石鹸は今や『高級品』(デリカシィ)だからね!」

仲間の兵士4(隊の石鹸がなくなるのがちょっと不満そうに)「いや! 『不足品』(デフィシィト)だね! あんた、アホか!」

なかまの兵士2(満面の笑みで)「これで彼の彼女もお幸せで、万時、夫婦円満というわけさ!」

少年兵らしい兵士4もそれを聴いて少し唇を和ませる。

曹長は憮然として、兵士4の背嚢から石鹸(十五センチ角で厚さ五センチほど)一個を取り出し、画面左の兵士1の右手に、「ヤー!」と言ってポン! と渡す。その右手が一回上に消えてカメラの直近で振り下ろされ、カメラ直前の右手から突き出た出た別な兵士の右手にポン! と渡って、手は右にオフする。

 

〇川中のアリョーシャとセルゲイ(正面からのバスト・ショット)

笑うセルゲイ。同じくほっとして笑うアリョーシャに仲間の兵士5(右手でオフ)から石鹸が右手から渡される。

仲間の兵士(オフで)「もう一個!」

 

〇隊士に囲まれた川中の曹長(水面上からのアオリ)

別な仲間の兵士(オフで)「その通り」

日焼けしたこれまた精悍な仲間の兵士5が兵士4の前に右からインしてきて、腰に手を当てて曹長に対峙し、

仲間の兵士5「この際だ!」

仲間の兵士ら(複数)「頼みますよ! 曹長さん!」

曹長、最後のもう一個を挙げて、小隊の連中に呆れかえって、

曹長「お前たちが向後、体を洗いたいと望んでも不平は言えんのだぞ! これが本当に最後の最後なんだからな!」

と、兵士5に叩きつけるように二個目の石鹸を手渡し、唇を尖らす。

曹長、憮然としてセルゲイの方を見ている。

少年兵4、石鹸が全くなくなったことを惜しむ表情をする。

曹長「全く以って! 話に、ならん!」

 

〇川中(主題音楽が再びここからかかる)

立ち位置が変化している。右端にアリョーシャ、左端にセルゲイ、中央向こうにセルゲイを憮然とした表情でにらんでいる曹長、その右手で兵士5がアリョーシャに渡している先に渡した石鹸に二個目を加えて油紙のようなものに包んでいる。

兵士5が包み終えたそれをアリョーシャに渡す。

ここで曹長はアリョーシャを見る。

アリョーシャ、やっと足踏みから解放されて笑顔を満面に浮べ(それを主題音楽の高まりがサポートする)、画面を横切って左にオフする。みんなが、去るアリョーシャを笑顔――それはどこか羨ましそうな影を伴っている――で見送る。憮然とした表情の曹長は、この時、セルゲイの後ろにゆっくりと移動する。

 

〇川中から向こう岸へ

向こう岸で待っているジープに向かって水をはじかせて走ってゆくアリョーシャ。

セルゲイ(オフで)「チェーホフ通り七番地だ!」

 

〇川中

見送るかの小隊の人々。セルゲイの左には、さっきの曹長がやはりアリョーシャの休暇の無事を羨望ともに祈るように立って凝っと見送っている(こういう優しい細かな演出がチュフライの魅力である)。

アリョーシャ(オフで)「確かに! 了解した!!」

最後まで左手に持った帽子を高く掲げて振っているセルゲイ。(F・O・)

 

□7 まばらな林を抜ける街道

砂煙を立てて疾走するジープ(右手前から左奥へ)、このスピードと主題音楽が予定の列車の発車が間近であることを暗示させる。

 

□8 石畳で舗装された線路近くの道

右手からカーブして左手前に回り込んできて、舗装されていない道に直ぐ入る。とそこの下を貨物列車が左下から右奥へと比較的ゆっくりと走って行く。その非舗装の部分の下がトンネルとなっていることが分かる。

 

□9 線路脇の道

右手に線路(やや8との位置の上での編集がうまくない)。貨車がゆっくりと行く。その脇に電信柱、中央から左手奥に伸びる道。

貨車が画面から消えた頃に奥から疾走してくるアリョーシャの乗るジープ。相当に荒っぽい運転で、この貨車にアリョーシャは乗らないといけないことを観客に自然知らせる。

案の定、途中から、走行している助手席のアリョーシャが中腰になって飛び降りるような姿勢をとる。

急ブレーキをかけたジープから、運転席の背後に足を掛けて向こう側(線路側)に飛び下りたアリョーシャは線路へ駆けあがって、貨物列車と並走、最後尾のタラップに両手を掛けて、勢いをつけて飛び乗る。

タラップからジープの運転手の方に左手を大きく振って別れを告げるアリョーシャ。(音楽も右にアリョーシャの貨車が消えた直後に丁度、切のいい箇所で終るように編集されている)

 

■やぶちゃんの評釈

 休暇の始まりである。本シーンは時間的には前場面の直後で設定から考えると午前中の早い時刻と思われるが――先の司令部壕のシーンを戦車二台を迫撃した翌日早朝と私は見ている――但し、この冒頭部の撮影自体は人の影の長い伸び方から見ると午後の遅い時間かと思われる(これだけの隊列など、各種セッティングから考えても早朝の撮影は望めない)。

 冒頭でアリョーシャが向かう道の中央は彼が乗るジープのために十分に開かれているが、これが休暇の始まりとしてのアリョーシャの開放的心境をよく暗示させているといえる。この最初のジープに乗るアリョーシャを背後から撮ったそれは、立った左右のフロント枠が画面の上部凡そ半分に『カメラの中にあるカメラの左右二つのフレーム』のような擬似的モンタージュの効果をアクセントとして与えていて、戦時下の従軍の雰囲気をマルチ・カメラで撮ったかのような、極めて印象的な映像であると私は思っている。

 次の切り返したジープの後ろの映像では、ジープ本体はフレームにインしておらず、しかも、ここでは前のシーンに比してスピードがはるかに落ちていて、ブレもなく、前ショットのジープ荷台からの映像ではないことが分かる。これは前の実際のジープ荷台では揺れが激し過ぎることから、カメラを撮影専用トラックに移した撮影であろうと思われるが、何より、左の兵士たちが道の中央に寄ることで、アリョーシャが〈戦場という日常、則ち、褻(け:戦争中は戦場は「日常」である)」の時空間〉から隔てられ、映画的な特異空間としての〈戦時下の特別休暇という非日常、則ち、嘘のような晴れの世界〉へと誘(いざな)われて行く休暇の始まりをも意味しているように思われる。そのモンタージュのためにも、画面は安定している必要があったのだと私は思うのである。

 なお、このシーンの私が指摘した右手上の曇りが、単にカメラ・レンズの汚れであったとしたら……これはもう映画のドウェンデとしか言いようがないほど素晴らしいことではないか!

 5の三叉路シーンであるが、何故か本映画のスチールにはこのシーンを掲げたものが意外に多いように思われる。このことを昔から奇異に思っていたが、これは戦車と若き女性兵士の組み合わせがフロイト的な象徴をくすぐり、集客効果を高めるとでも思ったものであろうか?

 6の川のシークエンスは本話でも非常に重要なエピソードの伏線となるもので、兵士セルゲイの純朴さや、小隊仲間の優しさが胸を打つ、極めて忘れ難く印象的なものとして描かれていて、如何にも見え透いた伏線ながら、不自然さが殆んど感じられない。こういう部分がチュフライの演出の魔術の一つであると言える。なお、セルゲイは、最初のジープの救助の押しの際に参加した兵の一人であるかもしれないし、無関係なのかも知れない。アリョーシャが結局、依頼を受け入れるところからは、最初に多くの兵が押した中の一人と解釈する方が自然ではあるが、そうすると、セルゲイ役の俳優の衣裳はもっと川水や泥に濡れ汚れてしまっていなくてはいけないはずだから、私は実際の撮影では、少なくとも、彼は押した兵士の中には含まれていなかったものと考えている。この後の展開から見ると、この一隊は渡渉したその岸で小休止をとっていたものと考えないとおかしい(事実、向こう岸に動かない一団が見える)。だから戻ってくることが出来もしたのだし、また、セルゲイの後を追って何人もの同小隊の仲間や、曹長(小隊長の下)までもが追い駈けてくることが出来たのである。

 また、

 仲間の兵士2「石鹸は今や『高級品』(デリカシィ)だからね!」

 仲間の兵士4「いや! 『不足品』(デフィシィト)だね! あんた、アホか!」

という部分の訳は私のオリジナルである。この

 

“деликатный”(英語“delicacy”)

“дефицит”(英語“deficit”)
に掛けた部分は英文字幕の綴りとロシア語の発音から気づき、こうした訳を捻り出してみた。大方の御批判を俟つものである。。

 本パートの最後の部分であるが、ここは、ジープやアリョーシャの動きのやや不自然な印象から、私はチュフライは少しだけ低速度撮影を行っているように感じている。則ち、スピード感を出すため以上に、アリョーシャ役のウラジミール・イワショフが貨車に飛び乗るという部分(ここはスタントを使っているとは思われない)での安全性を考えて貨車のスピードを落とさざるを得なかったからではないかと私は考えている。

 以下、文学シナリオを見てみよう。かなり異なっていることが一目瞭然である。

   《引用開始》

 前線からの道路をトラックが疾走している。その運転台に運転手と並んでアレクセイ・スクヴォルツォフが座っている。

 運転手は陽気に頭を動かしている。

 ――二日間家にいられるなんて!……。誰に話したって信ずるものか。途中を節約すれば三日間に延ばすことだってできる……そうだろう。

 ――汽車に間に合えばよいが。

 微笑しながらアレクセイが話す。

 運転手は、自由にしている片手で安心させる仕草する。

 ――時計のようなものだ……!

 彼は話しながら、警笛を鳴らす。

 前線へ向かう歩兵部隊が彼等に道をゆずって、道端へ避ける。

 ――多分、〈彼女〉にかけ寄ることだろう!

 運転手は続ける。

 ――誰にだって。

 ――誰か、分かってるじゃないか!

 運転手は笑って目配せした。

 ――恋人が待ってるだろう!

 ――いや、私には恋人はない。

 アレクセイは狼狽して言った。

 ――ふうん、そうかい!

 運転手は驚いて、アレクセイを見た。

 ――誰に会いに行くんだ。

 ――-お母さんだ。

 ――お母さん、それは勿論だ。だが、恋人がいないなんて?!

 運転手はちぢれ毛の頭をひねった。

 ――ああ、俺にもこんな幸運があればいいな。今頃は、トラクター・ステーションにいて……。そこには俺のグルニャ-シャという連結係の娘がいる……! お前の専門はなんだね。

 ――何にもない……。私は学校にいた。そして、すぐ戦場だ。

 ――するとお前はどういう人間なんだ、一体。

 運転手は冗談を言った。

 ――娘っ子もいない。職業もない。そして恐らく、ウオッカも飲まないだろう。

 ――何故ですか……。

 アレクセイは、不審に思って尋ねた。

 ――私は飲まないと顔に書いてある。

 運転手は、面倒臭そうに言った。

 ――だから休暇が貰えたのだろう……俺が休暇を貰ったら、きっと三日間飲み続けだ。

 沼沢地を埋立道路が通っている。埋立道路の一方から自動車が入ってくると、別の方から重牽引車の縦隊の先項が入って来る。両方がすれ違うことは出来ない。重牽引車から手を振っている人が、何か叫んでいる。運転手は頑固に頭を横に振った。

 ――ちょっと持て。証明書をよこせ。

アレクセイの休暇証明書を取ると、運転手は自動車から飛び出し、それを振り回しながら、牽引車の方へかけて行った。アレクセイは、自動車の中に残された。彼は、運転手が先頭の牽引車によじ登り、アレクセイを指しながら何かを説明しているのを見ていた。しばらくして、運転手は地上に飛び降り、自動車に走って戻って来た。

 するとが〈奇跡〉が起った。重牽引車は警笛を鳴らしながら後退し、トラックに道を空けた。

 ――当たり前だ! この証明書なら飛行機で飛ぶこともできる!

 運転手は車を動かしながら朗らかに言った。

   《引用中断》

 運転手との会話は総て本編ではカットされている。このやりとりはアリョーシャという青年の初(うぶ)な性格を非常に分かり易く『説明』はしている。これによって主人公アリョーシャの無垢性を観客はより形成し易くはする。しかし、やはりこれは小説的であって、映画では冗長で、時に言わずもがなの退屈さを覚えてしまうに違いない。

 確かにここでは、この運転手が驚くべき休暇を手に入れたアリョーシャを、何とか、予定の列車に乗せようと一生懸命になってやろうと思う感じが『説明的に』腑に落ちるのだが、しかし完成作のように、ただ疾走するジープによって、それは実は映画的は十全に理解出来るのである。

 そもそもシナリオのままでは、アリョーシャに助力する男の物語(これは続くシナリオ部でも明らかである)となって、アリョーシャは受け身のそれとして舞台の奥に下がってしまうのである。本作はあくまでアリョーシャの「心の鏡」を通した物語でなくてはならない。

 だが、それでは、少し、運転手の苦労が報われないと思われる向きもあろう。それを補填するのが、実は、あの三叉路の女性兵士のシーンではなかったか? あそこで運転手がさっと手を挙げて「悪いな!」と抜けてゆき、女性兵士が左手で怒りの拳を挙げるのは、実はこの運転手と彼女が知り合いであることを私は暗示しているように思われる、とすれば――この女性兵士は――この文学シナリオに運転手の回想の台詞のみに登場する「トラクター・ステーション」の「グルニャ-シャという連結係の娘」のオマージュなのではなかったか――と私は勝手に思い込んでいるのである……。

   《引用再開》

 前線間近の破壊された駅。数台の貨車が停車しており、その中から兵隊達が長細い箱を降ろしている。数人が湯わかし器のところで、水を飲み、顔を洗っている。

 ここへ、自動車が走り込んで来る。自動車から飛び降りたアレクセイと運転手は、プラットフォームヘ駆けて行く。

 汽車はいない。

 ――おっさん、汽車はどこにいるんだい。

 そばを通りすぎる初老の鉄道員に運転手は尋ねた。

 鉄道員は立ちどまり、冷淡に二人を眺める。

 ――どの汽車だね。

 ――二時四O分発のボリソフ行きだ。

 ――ああ、それか……。それはまだ到着していない。

 鉄道員は言った。

 ――どうしてだい。

 ――知らないのかね。ドイツが線路を爆撃したのさ。

 ――一体いつ到着するんだ。

 ――今日の夕方かもしれんし、あるいは明日の朝になるかもしれん。

 こう言うと、鉄道員は自分の道を歩いて行った。

 ――とんだ節約だ!

 アレクセイは絶望的に手を振ると、レールの上に座った。運転手は悔しがって地団駄を踏んだ。

 ――おい! 若いの、君たちの車ではないか。

 プラットホ-ムから誰かが彼等に向って叫んだ。

 ――私たちのだが。あなたはサモイレンコではないか。

 運転手は答えた。

 ――そうだ。車を貸してくれ。荷物を積み込むのだ。

 サモイレンコともう二、三人の兵士が運転手のところにやって来た。

 ――何を探しているんだ。

 ――何にも探していない。全く馬鹿げたことなんだ。若者が二日の休暇を貰ったんだ。

 運転手は答えた。

 ――ふう。お前か! 運のいい奴め!

 誰かが叫んだ。

 ――運がいいって……まだ、こっちから動けないでいるんだ。もう半日無駄にしてしまった。汽車はまだ到着しない。いつになるか分からない。

 ――ところでどうして休暇が貰えたんだ?

 ――何のためなんてどうでもいい。戦車を二台やっつけたんだ。問題は、今どうすればいいかということなんだ。彼はゲオルギエフスカに行かねばならない。しかも途中二日かかるんだ。

 ――君はここで待っているべきじゃないかな。バコフカに行け。そこには日に三本汽車がある。ここは支線だ。

 ――バコフカまでは遠いか。

 運転手は聞いた。

 ――三十キロだから、ゆっくり行ける。

 ――行こう。

 運転手は断固として言うと、すぐに自動車のところに走った。アレクセイも彼に続いた。

 ――待て、積荷はどうするんだ。

 サモイレンコは急に思い付いて言った。

 ――一時間後には戻って来る。積荷は急がないのだから、待っててくれ。

 ――きっとだぞ、忘れるな!

 運転手は手を振った。

 ――将軍の命令だ!

 アレクセイと運転手は、もう自動車の近くまで来ていた。すると、後ろから呼びかける声が聞こえた。

 ――待ってくれ! ちょっと待ってくれ!

 三十才位の背の低い歩兵の兵士が息を切ってアレクセイのところに駆けて来た。

 ――君が休暇で行くのかね。

 ――そうです。

 ――ウズロヴュを通るかね。

 ――通ります。

 ――どうか! この住所へ寄ってくれ。

 彼は封筒の裏のアドレスを切り取り、それをアレクセイに渡す。

 ――何ですか。私にはそんな暇がないんです。

 アレクセイは自動車に乗ろうとするが、歩兵は彼を離さなかった。

 ――そこでは汽車が三十分停車する。私の家は停車場のすぐ近くだ。三分で行ける。お願いだ。立ち寄ってくれ!

 歩兵は嘆願した。

 ――では寄りますが、何を渡すんですか。

 アレクセイは降参した。

 歩兵の目は喜びに輝いた。

 ――私に会ったことを話してくれ。分かったかね。

 彼は自分の胸や肩を叩き、それによって自分の存在を証明するかのように振る舞った。

 ――妻のリーザに、セルゲイを見たと言ってくれ。部隊と一緒に前線に行ったと話してくれ。

 部隊の兵士達がアレクセイの周りをぎっしりと取り巻いた。

 ――彼のリザベータの言ってやりな。彼が、彼女のことを詩人のように夜も昼も夢に見ているって!

 あばたの兵士が笑う。

 ――セルゲイ、どんな贈り物を彼女にやるんだ。

 ――ところでどこで買うんだ。給料全部はたいて買うのか。

 ――私は行きます。

 アレクセイはそう言って自動車に乗ろうとするが、再び人々が彼を引き留める。

 ――ちょっと待ってくれ!……隊長、セルゲイに石鹸を一つやって下さい。

 ――彼の女房に贈り物をさせてやって下さい。

 ――彼には八分の一個が割当だ。

 ――石鹸を一つやって下さいよ。

 ――ばかな! 部隊に二個の石鹸しかない。

 ――その一つでいいんですよ。

 ――そんなことはできない。

 アレクセイは自動車の所へ行きドアを開けた。

 ――若いの、ちょっと待ってくれ。隊長が石鹸を出すから……けちけちせずに、やって下さいよ。

 ――やって下さい。我々はなくてもいいんです!

 一斉にみんなが叫んだ。

 隊長は自分の雑嚢から石鹸を一つ出し、それをアレクセイに渡した。

 ――二つ目もやって下さい!

 若いグルジャ人が調子高い声で言った。

 ――何だってお前。

 隊長は隊員の思いやりを訝った。

 ――贈り物するなら、こうして贈った方がよい!

 グルジャ人が言うと、またみんなが彼に賛成した。隊長は腹を立てた。

 ――このうえ何をしろと言うんだ!

 そして、彼はそそくさともう一つの石鹸をアレクセイの手に押し込んだ。

 アレクセイは運転台によじ登った。若い兵士が後のドアを閉めた。

 ――いいかい!

 運転手はそう言って自動車を動かした。

 ――チェホフ街、七番地!

 歩兵の兵士は叫んだ。

 ――分かった!

 アレクセイは言った。

 兵士達は、去って行く自動車を明るい顔で見送っていた。みんなが満足であった。一人、隊長だけが陰鬱だった。彼は手を振り回し、残念そうに言った。

 ――我々の石鹸入れが泣いている。……やめろって言うんだ。

   《引用中断》

 御覧の通り、ここのシナリオでは列車の普通という第一障碍を描くことが前半の、そして駅頭というしょぼいシチュエーションでのセルゲイの伏線部が後半となっているが、シナリオと完成作品と――最早どちらがというレベルでさえないことは衆目の一致するところであろう。

   《引用再開》

 自動車は再び、走って行く。

 水中に落ちた橋。道は浅瀬を通っている。

 自動車は全速力で川に入る。しかし、真中のところで止まる。モーターが唸る。運転手も兵士も、二人とも直ぐ川に飛び降りる。運転手はエンジンに身体を突っ込んで絶望的に両手を振りながらアレクセイに何か言っている。事情を飲み込んだアレクセイは、運転手に別れを告げると岸に向かって走る。

 道、兵士が駆けて行く。

 森の空地。疲労に耐えて兵士が走って行く……。

 蒸気機関車の汽笛が聞こえる。

 アレクセイは道から脇に入り、真っすぐ、茂みを突き抜けて駆けて行く。

 森かげから汽車が現れてくる。

 アレクセイは、汽車に向かって一直線に駆けて行く。しかし、堤の傾斜で足を滑らせる。その時、汽車はもう彼の上に轟音をたてている。

 彼の傍らを油槽車や貨車ががたがたと通り過ぎて行く。呼吸を整えて、アレクセイは一台の貨車の手摺りにつかまり、それにぶら下がる。汽車は兵士を乗せて去って行く。

   《引用終了》

 川はシナリオではこう使われていたのであった。走るアリョーシャはもしかすると、休暇の終わりとなってしまうエンディングの母の走りと対応した額縁を意識したものかも知れないが、アリョーシャの走りはすでに、戦車に追われるシークエンスにたっぷりとあった。これは、なくてよいのである。

 さあ……「休暇」はまだ……始まったばかりなのだ。……

2013/01/17

「誓いの休暇」英語字幕版

「誓いの休暇」は英語字幕版はここで全篇を鑑賞出来る。

2013/01/16

ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ 3 司令部壕にて

□3 司令部

〇司令部の防空壕。

内部から入口。入口手前右手に兵、外の奥に同じく哨兵。左へ回り込む塹壕の丸太で組んだ壁が見え、その上の空は偽装網が蔽っている。相当にハイ・クラスの将官がいることを窺わせる。入口内右の兵が、左手で入り口の左を支えながら、外の哨兵に向かって先の伝令を繰り返す。

内部の兵「スクヴオルツォフ! 将軍の元へ報告!」

外の哨兵が、

外の哨兵「スクヴオルツォフ! 将軍の元へ報告!」

と復誦しながら、左手を壕入口方向に振る。

左手から何も持たないアリョーシャが小走りで、緊張しながら、走り込んでくる。次のシーンで入口の部分には階梯があり、司令部内は壕よりもさらに六〇センチメートル程掘り下げられたものであることが分かるが、アリョーシャは、この階梯のすぐの所で立ち止まり、口を半ば開いたやや茫然とした表情で一瞬立ち止まり、奥(手前のオフの将軍)の方を畏れ多いものを眺めるようにし、しかし、すぐに気が付いて、くっと背筋を伸ばして敬礼をする――が――同時に壕の天井にヘルメットが音を立ててぶつかり、思わずハッとして、亀のように首を縮める。(この時、位置関係から先の右手にいる兵士は椅子に座っていることが分かり、更にこの時電話機を耳当てていることから、彼は哨兵ではなく、本部付の通信兵であることが分かる)。以下、殆んどのシーンで画面は壕上部の天井の丸太を背景とする。

 

〇壕の中(A)。

カメラ位置は後退し、手前に右手に将軍(横顔が見える。頭部に鉢巻のように包帯を巻いており、軽い負傷をしているらしい)、その背後に一人、将軍の陰に入っているが、ヘルメットを被った一人、やや離れて、入口の方に一人、皆、上級兵らしき人物がいる。(以下、(A)では画面一番奥には終始無電聴取作業をしている通信士の背中がある。一番実際には司令部壕にはもっといる)。

アリョーシャ、委縮したように、下方を見つめ、敬礼の手が下がってしまう。画面上では確認出来ないが副官と思われる壕内の一人が、

副官「彼です、将軍。」

と将軍に紹介する。

その声に、アリョーシャは恥じらうように面をゆっくりと上げ、右手も再度、力なく挙げて敬礼をしながら、おどついた白目のよく光る眼を将軍に向けつつ、ややくぐもった、やはり力のない怯えた声で、

アリョーシャ「自分はスクヴオルツォフ、軍規に則り、報告に参りました!」

この間、中景にいて見えている上級兵は、如何にも未だ少年の面持ちのアリョーシャに、やや呆れたという表情で、将軍の方を一度振り返る。

ユーモラスで少年の面影を残すアリョーシャを描いて出色のシーンである。ここで同時に彼の身長が普通のロシア人青年より遙かに高いことが分かる。

将軍「よろしい。――英雄、こっちへ!」

将軍、右手に持っていたコップを手前中央にある机に置き(この時画面全体が一瞬、カップと一緒に少しティルト・ダウンしてすぐ、今度は有意にティルト・アップし、右手の副官の顔がインする)、アリョーシャに質す。

将軍「最初から始めてもらおう。そして――何が起こったのかを――我々に説明して呉れ。まず――君は観測所にいたのだね?」

如何にも意気消沈して、すっかり俯いてしまって、

アリョーシャ「はい。……」

将軍「そして――何があった?」

この間も、中景の上級兵は、アリョーシャの上から下までを、やや疑わしげな目つきで舐めている。

 

〇アリョーシャを見つめる将官らしき二人。

入口方向からのバスト・ショット。二人の立ち位置は将軍のすぐ背後(画面の右手)。奥(すなわち将軍のすぐ脇)の副官らしき人物はやや年上、手前はかなり若い。しかし、若い副官の右胸には勲章が光っている。この若い方は(A)の一番右手の人物である。

ここに、少し離れた砲撃音が入る。

 

〇壕の中(A)。

アリョーシャ、実に自信なげに、時々、下を俯きながら、ぽつりぽつり、答える、先生に叱られている小学生のように。

アリョーシャ「同志将軍閣下……正直申し上げます……自分はかなり……怖かった……」

中景の兵が、再び『あれれ?』といった表情。

アリョーシャ「……奴らは……どんどん、追い詰めてきて……」

将軍「……そんなに怖がっていた君が――二台もの戦車を撃破した、と?」

アリョーシャ、ぐっと口を噤んだまま、二度ほど少年のようにコックリする。

 

〇将軍。

バスト・ショット。背後の机を隔てた向こうの左にさっきの二人の将官、右手にやや年をとったヘルメットを装着した兵が一人。

将軍「諸君、聴いたか? それなら――私は誰もが臆病になって欲しいぐらいだ!」

途中で、将軍は左の背後を振り向き、右手のやや年をとった兵の方を見て、左人差し指で頻りにアリョーシャの方(アングルから言うとこちら側の観客の左手方向)を指しながら、また正面に返る。

将軍「ちょっと待てよ。……ふはッ! あれだけのこと、一体、誰が出来たんだ? 君ではない、他の誰かがやったことか?……」

 

〇壕の中(A)。

俯いていたアリョーシャは、ゆっくり顔を将軍の方へ起して、少年の、ここは如何にも自身に満ちた笑みを口元に浮かべつつ、

アリョーシャ「……いいえ……それは自分です。」

ここで中景の将兵も笑顔になり、将軍の後ろの二人も顔を見合わせて笑っている。口々に、アリョーシャを讃嘆する声が壕内に響く。

 

〇壕の中(B)。

カメラ位置は高め(壕の入り口辺りから)。左手にアリョーシャの右上半身、中央下方に座る将軍周囲に将官。将軍直ぐに立ち上がりながら、

将軍「いい子だ! 今から君の名を公報に今から記す。」

将軍は、「いい子だ!」の直後から厳粛な態度になって起立、若き英雄への礼を示す。

将軍、後ろに振り返りながら、

将軍「スクヴオルツォフの名の記入を――」

と言って腰かける。この時、将軍すぐ脇にいたヘルメットを被った中年の兵が、アリョーシャに向かって優しい顔で、『やったな! 若いの!』といった感じで無言でこっくりとする(この後も二度、ちらっとアリョーシャを見る。細かな部分であるが、とても自然でいい演出である。特に二度目のそれは何か『おや?』という不思議な表情であって、観客には見えないアリョーシャの表情の何か普通でない雰囲気(単に褒賞を喜んでいるのではない表情)を、この人物を通して観客に暗示させる絶妙の効果がある。アリョーシャがこの直後に何かを起こすことが、この人物のちょっとした演出によって美事に示されているのである)。

ここでアリョーシャは軽く握った右手を下唇の部分に当てる。

奥の副官が、

副官「はい。将軍!」

と言って、既に用意して持っていた記録簿を差し出す。周囲の将官がテーブルの方に寄る。

将軍「素晴らしい……これは、特筆ものだな……」

副官、左肩に下げたカバンから万年筆を取り出す。

同時に、アリョーシャは下顎に当てていた右手を下に降ろす。

 

〇アリョーシャ。

バスト・ショット。顎に軽く握った右手を当てて、少し唇を開き気味で、自分の右側方をぼうっと見ていたアリョーシャは、さっと右手を降ろしながら、画面右手前の将軍の位置の方にその真剣な眼を向ける。(カメラはやや煽り)。画面から右手が消えて。〈この部分は優れた編集である。実は前のシーンとこのシーンは同時間を一秒強ダブらせているのである。こうして採録すると不自然に見えるが、実際には全く違和感がない。これは映画の編集の秘訣であって、繋がった一連のシークエンスの中のショットと次のショットを同時間の別アングルで繋げると、観客にはそれが繋がっていない、切れたもののように見えるのである。そのために、前のシーンとのダブりが実は必要不可欠なのである。〉

アリョーシャ「同志将軍閣下! 公報へ記載して戴き勲章を授与される代わりに……どうか、自分を……一時帰郷させ、母に逢いにいかせては、貰えませんでしょうか?」

 

〇将軍。(アップ)

前のアリョーシャの台詞の途中から、振り返る将軍の肩から上のアップに切り替わる。

アリョーシャの台詞が終わって、凝っと黙って見つめる将軍。

ここに遠い爆鳴。

 

〇アリョーシャ。(アップ)

アリョーシャのマスク・アップ。

ふっくらとした唇を閉じて次第に眼を下へ落すアリョーシャ。本当に少年のよう!

 

〇将軍。(アップ)

黙っている。左の眼尻が少し動く。数度、瞬きをした後、アリョーシャとは対照的な口髭を生やした薄い唇の端微かな笑みを含みながら、

将軍「……君は……幾つだ?」

 

〇アリョーシャ(バスト・ショット)

アリョーシャ「十九です。」

言った後に開いた口から歯をのぞかせる。少年の仕草のような、この演出が素晴らしい!

アリョーシャ「……出征する時……母に別れを言う暇(いとま)がありませんでしたから。……それと……家の屋根を直す時間を私にお与え下さい。……」

アリョーシャは言いながら、如何に勝手な願いであることを自覚したのであろう、当初の勢いが急速に萎えてゆき、眼がまた俯き勝ちになる。

 

〇壕の中(B)。

アリョーシャ「……どうか! 同志将軍閣下!……」

将軍、立ちあがってアリョーシャに近づく。カメラ、アリョーシャの右肩上方へと寄ってゆく。

将軍「我々の誰もが、故郷へ帰りたい。……しかし、我々にはここで成さねばならぬ義務があるのだ。……これは戦争だ。……そして、我々は兵士なのだ。……」

 

〇アリョーシャと将軍。

将軍は左の背後を画面右に。奥の入り口付近で哨兵がこちらを向き、上の方を警備しているのが映る。

アリョーシャ「自分は将軍の仰るようなとんでもないことを平気で言っているのではありません。……今、ここで休暇を戴けたらと……一日あれば、屋根を直して、必ず! 戻って来ます!」

将軍、やや険しい顔をしながら、左を向きながら後方を向く。カメラは同時に一緒に下がる。

何か考えている将軍。

『……とんでもないことを言ってしまった! でも、本心なんだ!』といった沈んだ、しかしどこかきっぱりとした真剣さに満ちた目を伏し目がちにしている、アリョーシャ。

将軍、ぱっと頭(かぶり)左に短く鋭く振って!

将軍「よし! 我々はスクヴオルツォフを帰郷させてやろうじゃないか?!――

 

〇将官二人。

これは、左が壕の入り口に最も近い位置にいた、(A)で最初アリョーシャをねめ廻していた人物、右が微妙な伏線的視線を何度も投げかけた兵士。

将軍(オフで)「屋根を修理することは大事だな?――」

二人、満面の笑顔で笑う。

 

〇アリョーシャと将軍。

パッとアリョーシャの方へ振り返る将軍。

将軍「しかし! 必ず時間通りに戻ってこい!」

真っ直ぐに将軍を見つめるアリョーシャ。将軍はややアリョーシャの左前方に回り込む。(カメラにアリョーシャをしっかりと映し出させるため)。

アリョーシャ「はい! 自分は!……同志将軍閣下!……自分は! 一秒たりとも! 長居しません!」

両手のボディ・ランゲージも飛び出し、アリョーシャはあまりの至福のために、眼が吊り上がって、言葉も昂奮のあまりたどたどしい。ウラジミール・イワショフ、絶品の少年性の演技である!

 

〇机の前のアリョーシャと将軍。

回りに寄る将官。画面の明るさを保つために、正面に、入り口部分が遮るものなく、撮られる。テーブル奥(壕奥)からやや煽り。

将軍「……ああ、分かった! 分かった! まあ、座れ! お前さんは、可愛い、運のいい少年だ!……」

アリョーシャ、さっきまで将軍が座っていた位置に座って、ヘルメットを直す。

将軍はその右手に座り直すと同時に右手の若い将官がさっと野戦用地図帳を差し出す。

将軍、地図帳を繰りながら、

将軍「君の行く先は?」

アリョーシャ「ゲオルギエフスクのサスノフスカ村です! 丸一日あれば!」

アリョーシャは少年の笑顔で、浮足立っている。上がった息がちゃんと録音されている。

将軍「今の状況では……君の望みも含めると……一日ではとても無理だ……」

かなり近くで機関銃の連射音が二回。

将軍「――郷里への行きに二日――ここへ戻って来るのに二日――そして屋根の修理に――二日与える!――」

茫然とするアリョーシャ。

将軍「分かったか?!」

ふらふらと立ち上がりながら将軍から眼を離さないアリョーシャ。もう、眼がイっちゃってる!

最後の部分で将官たちも笑い合う。

茫然自失のアリョーシャ、辛うじて、

アリョーシャ「……同志将軍閣下!……」

間があって。

ゆっくりと敬礼するアリョーシャ。満面の笑みを浮かべながら、子供のように、

アリョーシャ「もう?……行って? よろしいですか?」

将軍(アリョーシャの左手をポンポンと叩きながら)「ああ!――行くがいい!」

走り出すアリョーシャ。入口の手前で、

将軍「しかし時間通りに戻って来い!」

振り返ったアリョーシャ、

アリョーシャ「了解! 同志将軍閣下!」

と言い終わるのももどかしく、さっと敬礼し、振り返って壕口の上長押にヘルメットをぶつけて、また亀のように首をすくめ、大急ぎで走り出て行く。

 

〇それを見送る将軍。(方から上のアップ)

何度か軽く首を縦に振りながら、ずっと彼の去った方を見ている。

左やや上方を見つめ、表情が何か少し淋しそうに少し固く、そして真剣になる。

主題音楽がかかって。F・O・。

 

■やぶちゃんの評釈

「いい子だ! 今から君の名を公報に今から記す。」という台詞は、日本語字幕では「でかしたぞ 勲章を与えよう」とあるのだが、英語字幕を見ると、“good boy! I’m putting you up for a citation.”で、この“citation”は、殊勲を立てた軍人の名前を戦時公報の中に特記することを謂う。但し勿論、叙勲もあるであろう。アリョーシャは勲章はいりません、その代わり……と将軍に求めたが、戦車二台を撃破する「特筆に値する」一人戦功であったが故に、彼は休暇と勲章を手に入れたはずではある。

 最後の将軍の意味深長な表情は絶妙である。当時、これを見た多くの観客(戦後十五年、ソヴィエトでの壮年の観客の多くは多かれ少なかれ戦争体験者であった)は、それぞれの心象の中で、この将軍の淋しげな表情を、それぞれの実体験に即して、感じたに違いない。――ある者は、彼を父として見るかも知れない。この将軍は年齢から推してアリョーシャとそれほど変わらない子があったかも知れない(ある意味で、将軍に対するアリョーシャ自身が、この将軍に戦争に行って帰らなかった父の面影を見ているようにも思われる)。しかし、彼の子は既に大祖国戦争で「名誉の」戦死をしていたのかも知れない。将軍の頭部の傷は、そうした心傷(トラウマ)を外化したものともとれる。――また、ある者は、秘かにイエスを思い浮かべたかもしれない。即ち、この将軍の傷は聖痕(スティグマ)でもある。多くの若き兵士たちを戦場に散らせてしまった慚愧の念を秘かに内に秘めた、「大いなる罪」を背負った荊冠のキリストである。――また、ある者は、この映画の展開上の、これから始まる六日間の休暇が、とんでもないことになる不吉な予感、伏線として将軍の表情の曇りを読み取るかも知れない。そうして、それらは総てが「真」なのである。総合芸術としての映画芸術とはそうしたものである。文学シナリオには、ここでの将軍の微妙な心象をしめすト書きは一切ない。これはもしかすると、将軍役のニコライ・クリュチコフ自身が演出した演技なのではあるまいか? クリュチコフはチュフライの第一回監督作品、一九五六年の名作「女狙撃兵マリュートカ」でコミッサール(政治局員)役で出演している、いぶし銀の名脇優である。いい俳優をチュフライは将軍に選んだ。

 以下、文学シナリオを見てみよう。まず、完成作ではカットされている(だからと言って実際に撮影されなかった訳では、無論、ないから、各自がこのシーンを心の中で映像化してみることは、本作を鑑賞する上で、非常に価値がある)前段のシークエンス部分を見る。

   《引用開始》

 戦闘は終わった。歩兵は塹壕の守りを固めている。兵士たちは煙草をくゆらせ、アルミニュームの水筒から水を飲みながら乾パンをかじっている。負傷兵が運ばれる。若者は兵士達の輪の中に立っている。彼等は若者の肩を叩き、褒め讃え、冗談を言っている。しかし、若者は疲れ果て、さして陽気な風ではなく、戦友たちを眺め回している。

 ――おい兄弟、お前は強いんだな!……どうしてやっつけたんだ。

 ――才能だ!……。

 誰かがおどける。

 ――対戦車銃手がいい。通信員ではもったいない。

 ――そうだ、今頃は、敵のタンクをどのくらいやっつけていたかしれない!

 ――どうしたのだ?

 ――陽気な兵士が驚く。

 ――少尉が電話器のために彼を殴ったんだ。

 前に若者と塹壕の中にいた老兵が、事情を説明する。

 ――だがお前がタンクをやっつけたことを話したらどうなんだ。

 ――私は話した……。

 ――彼は何と言ったんだ。

 若者はしかたなさそうな身振りをした。

 ――少尉は今困っている。

 ――陽気な兵士は同情して話す。

 ――お前が悲しむことはない。当然、ほうびを貰えるだろう。タンク二台だからな!

 ――驚くべきことだ! お前がタンクから逃げようと思ったなんて馬鹿げている。正義のための死! ……これを人々はお前に教えた。

 軍曹が話す。

 若者は何にも答えない。

 向うから声が聞えて来る。

 ――おい! みんな、スクヴオルツォフ・アレクセイを見なかったか。……

 ――彼はここにいる。

 伝令があえぎながらやって来て、若者に告げた。

 ――スクヴォルツォフ、将軍が呼んでいるぞ!

 ――ほうらきた。

 スクヴォルツォフの老戦友は声をあげる。

 ――お前に言ったろう。後退すべきだって。電話器をなくした。それが災いしたんだ。

   《引用終了》

 ここで一つ大きな違いが分かる。すなわち、映画の戦場シーンで打ち殺される老兵は、シナリオでは生きているということだ。更に、アリョーシャは実は、帰還後に通信士として、通信機(電話機)を放棄したことを上官(少尉)によって難詰され、殴られているという「事実」である。「前に若者と塹壕の中にいた老兵が、事情を説明」して、その「老戦友は声をあげ」、シークエンスの最後で、「お前に言ったろう。後退すべきだって。電話器をなくした。それが災いしたんだ」という台詞がそれを物語る。

 しかし、これはなくてよかった(映画では老兵は死んで、より、アリョーシャの対戦車戦の「真」性はいよよ、高まるからである。しかも実際にイメージしても、このシークエンスは明らかに不要である。しかし――事実としての展開としてはあることが「真」であるとも言えるのである。

 以下の文学シナリオを見る。

   《引用開始》

 将軍の司令部。遠くからでも、彼のよく響く声が聞こえる。

 ――おもちゃで遊んでいるのか。まるで幼稚園だ。何故、適時に砲火を開かなかったのか。何を待っていたのだ……。

 アレクセイは伝令と一緒にすぐ近くで、将軍を見ている。将軍はひっくりかえした箱に腰掛けている。参謀部の将校と部隊の指揮官が彼を取り囲んでいる。

 ――賢人諸君!

 将軍は彼等を叱責し続ける。

 ――側面を暴露した。歩兵は置き去りにされた。どうだね。

 ――将軍、私はすでに貴方に申し上げましたが、そこには機関銃手隊がいたのです。それは全滅したのです……。

 ――将軍、みんな疲れています……。

 ――それは知っている。しかし、それによって正当化はできない……。

 将軍はしばらく黙っていたが、また別の調子で話した。

 ――今夜、第六師団がわれわれと交替する……。ところで、スクヴォルツォフはどこかね。

 アレクセイは前に出て敬礼し、申告した。

 ――スクヴォルツォフ兵士、命令により参りました!

 将軍はじっと彼を見た。

 ――どんなことが君の周りで起ったか話してくれ。君は確か監視所にいたんだったね。

 ――そうです。

 ――どうだったんだね。

 アレクセイは、意を決して話した。

 ――私は偽りなく申し上げます。将軍、私はおじけづきました……。すでにすぐ近くまで彼等が来ていたのです……それで……。

 アレクセイは、すまなさそうに頭を垂れた。そして再び頭を持ち上げると、将軍を見ながら言った。

 ――私はおびえました。

 ――それで君は、おびえてタンク二台をやっつけたのかね。

 将軍はほほえんだ、

 まわりの将校達も笑った、

 アレクセイは周りを見まわし、笑っている将校の顔を眺め、自分も同じようにほほえんだ。

 ――恐しかったからかね。

 将軍は繰り返した。

 アレクセイはあわててうなづいた。将軍は満足そうであった。

 ――みんながこんな風におじけづいてくれれば有難いが……!

 彼は冗談を言った。

 周りで、再びどっと笑った。

 アレクセイは、どぎまぎする自分を押えつけようと努力した。

 ――そうではなかろう。

 突然、将軍が言った。

 ――恐らくそうだとすれば、タンクをやっつけなかったにちがいない。では、ほかの誰がタンクをやっつけたのかね。

 彼の目は明るく輝やいていた。

 ――私です……

 アレクセイは納得させるように答えた。

 ――将軍、私は壕にかけ込んだ時に見ました。敵がやってくるのです。私の方に真っすぐ。そしてどんどん来るのです。……私は対戦車銃をやっと見つけ、それをつかんで敵に射ち込みました。すると燃えあがりました。それは私のすぐ近くにいたのです。そして、それから二番目のに射ち込みました。それは少し遠いところにいました……。

 みんなはまた大声で笑った。

 ――若者よ。君が勲章を貰えるように申告しよう。

 将軍は言った。そして、老士官に向ってせかせるように言った。

 ――記録しなさい。

 突然、スクヴォルツォフは言った。

 ――将軍、勲章のかわりに母に会いに行ってはいけませんか。

 将校達はちよっと首を振って微笑した。

 将軍は注意深くアレクセイを見ていたが、同じように微笑し、彼に質問した。

 ――君は幾つかね。

 アレクセイは答えた。

 ――十九才です。将軍、私は前線に出動する時、母に別れを告げて来なかったのです。屋根が壊れたと手紙で言って来ました。将軍、どうか、一日休暇を下さい。

 将軍は考えていた。

 ――家に行くことは悪くない。だが、スクヴォルツォフ、我々を戦場に残してはいけない。今は戦争だ。君も、我々も、共に兵隊だからな。

 ――私は戦場から別れようとしているのではないのです。将軍、休暇を頂くだけですから。一日だけでよいのです。屋根を修理すればすぐに帰って来ます。……

 ――では、スクヴォルツォフに休暇を与えるように。……

 将軍は快活に言った。

 ――将軍! ……私は……

 アレクセイは、うれしさに息をはずませて言った。

 ――将軍、私は一所懸命に闘います。

 ――もう、よい。

 将軍は彼の言葉をさえぎり、嘆息し、うらやましそうに言った。

 ――スクヴォルツォフ、君は運がよい。君の故郷はどこかね。

 ――私の故郷は、ゲオルギエフスクのサスノフカ村です。一昼夜かかるでしょう。

 ――いいや、私の兄弟よ、今の時代では一昼夜はむりだ。往復で四昼夜与えよう。それからもう二昼夜。どうだ、満足かね。

   《引用終了》

最後の部分は極めて小説的なエンディングで、シナリオが専ら「文脈」のみを意識して、その結果生じてしまった「非現実性」「不連続性」を――映像は美事に「現実」と「自然な時間的と引き戻している! 私はこれ以上のつまらぬ謂いをここに語る必要を、認めないのである。

2013/01/07

ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ 2 前線(アリョーシャのカタストロフⅠ)

僕は……やはり何よりも、この「誓いの休暇」を語ることが――語ることだけが……僕のやりたいことだったのだと……分かった……気がする


2 前線(アリョーシャのカタストロフⅠ)

 

〇(前シークエンス終了部から)エカテリーナの目と鼻と鼻唇溝のみまでクロース・アップ!(途中、ピントが外れて、また合う! 皮膚の皺まで見える究極のアップ!)カタストロフのテーマに戦車音が加わる!

エカテリーナの両眼の間に砲塔の上部が鼻の左右にキャタピラの覆いが一致して、向かってくる戦車がオーバー・ラップ!(以下の( )部分でもオーバー・ラップは続く)

(〇前線 前身してくるナチス・ドイツの戦車!

  ほぼ戦車全体が被るが、砲の尖端は当初は切れており、畝を越えた瞬間、砲の尖端がほぼ画面右に最接近でイン! ここでカメラは左にゆっくりとパン。)オーバー・ラップ終了。

〇前線の遠景。前の戦車の右手後方の丘陵。

前の戦車の右手前のキャタピラの遮蔽部が切れたところでカメラ静止。カタストロフのテーマ終わる。

戦車がほぼ等間隔で四台並んでこちらへ前進して来る。上空には右手から黒々とした硝煙が左に向かって流れている。(以下、ずっと戦車の駆動音が被る。)

 

〇荒地の中景。

戦車砲着弾!

このシーンでは各種の硝煙はさっきとは逆に左から右へ流れる。

オフで再度、着弾音!

 

〇丘を越えて来る四台の戦車。

先程よりも少し近く、前景も異なり、手前に非常に低い枯れた木。左右の中景に人工的な木製の柵が配されてある。前のオフの着弾音と合わせて、左から二台目の戦車が戦車砲を発砲!(初回の砲撃シーンであるが、この一台は四台の中では最後方にあり、火薬量も少なかったのか、やや不発気味で惜しい。) 次いで左端の一台が激しく発砲! 次いで右から二台目が激しく発砲!(この時には全車両が等速で前進しているため、右端の一台は画面の右端に戦車後部が少し写っているだけ。)

カメラ、ティルト・ダウン。

実は枯木の手前下は塹壕。

カメラは塹壕の石→〈ここで砲弾の甲高い落下音が被り始め……〉二つのヘルメット(手前と、そのすぐ向こう側)→塹壕に蹲る二人の兵士の姿を捉えて止まる〈……ここで近くにオフで着弾! 同寺に二人、ぶるっと体を震わせる〉。

手前の兵士はヘルメットの下の右顔面(目は見えない)下方が見えるが、髯を生やしており、相応に年を感じさせる。一緒に接するように奥の蹲っている兵士は左肩とヘルメット、その間から僅かに左耳介の一部とその後部が見えるのみ。画面左の二人の背後に木製の蓋のような物の一部が見える。

二人、ゆっくりとこちら側を振り向く。手前の兵士は自分の右後方(画面の左手前方向)に見開いた茫然とした眼を向けて顔前面をこちらへ、奥の若い兵士は、眼を瞬かせながら如何にも恐怖に襲われているという感じで、口を半ば開き、綺麗な白い上下の歯をのぞかせている。切り替わる直前、怖れるように口を窄める。

これが主人公がアリョーシャである。本編開始(冒頭のモスフィルム・タイトルの13秒を除くタイム。以下、同じ。)3分31秒で彼の顔が画面に出る。

 

〇荒地(A)。二発、右手直近に着弾! 画面右から廻って手前にある枯木の向こうに向かって塹壕がある。たて中央やや左手に、そして最直近に立て続けに二発、着弾!

 

〇塹壕の中の二人のバスト・ショット。

年長兵「もう、これまでだ!」

二人の背後にあるのが、木枠で出来た無線機であり、年長兵がその受話器を右手に持っているのが判明する。

アリョーシャ「報告は? どうするんです?」

年長兵、受話器を本体に戻す。アリョーシャ、畏怖を満身に感じながらも、年長兵の投げやりな言葉に、口を尖らし、不服気な少年の眼を投げかける。

年長兵「お前はあの世から報告したいのか?! 逃げるんだよ!」

アリョーシャ、無視して、受話器を左手で取り上げ、

アリョーシャ「アリョール(鷹)! アリョール(鷹)! 戦車群発見! 戦車群発見!」

アリョーシャ「アリョール(鷹)! アリョール(鷹)! 聞こえますか!」

繋がらない。苛立ったアリョーシャ、受話器を何か詰まっているかのように「フーッ!」と吹く。

年長兵、頭上を見上げる(塹壕の中で向こう画面だけでなく彼からも見えない)。戦車の接近音を確かめている風情だがすぐに、『お前の真面目に付き合ってたら、死んじまうよ』といった風に、右手の人差し指と中指を振って、アリョーシャをおいて、塹壕の左方向へ、アウト。

無線機が置いてあった正面側面から転がり落ちる(直前に左手で無線機と受話器のコードを左手に巻き付ける、不可解な動作をしているのが見えてしまうが、これは監督から無線機を落とすように年長兵俳優が指示されていたことによるものと思われる)。右手でそれを摑んで元の位置に引き上げながら……。

アリョーシャ「アリョール(鷹)! こちら、ザーブリック(フィンチ)!」

 

〇塹壕から這い出た年長兵。左から右へ戦車装備(と思われる)機関銃の銃撃が着弾、打たれて左手の別な塹壕へずり落ちる(死ぬ)。

アリョーシャ(オフで)「こちら、ザーブリック(フィンチ)! アリョール(鷹)!」

 

〇先の塹壕。

しゃがんで右手で受話器を持って話しているアリョーシャ。

塹壕からやや上半身を出している。カメラは右手の塹壕直近の上から。右下方から中央上部へ生えた枯木が手前に配されていて、その手前にアリョーシャの小銃が銃口を右手前に向けて置かれている。砲弾の甲高い落下音! 奥の遠景に硝煙があり、そこに着弾!

アリョーシャ「こちらザーブリック(フィンチ)! 応えてくれ!」

アリョーシャ、左手で機器を操作している。息を呑んで、恐怖を押さえながら。前のめりに、吐き出すように。しかし、ここで、アリョーシャの感じが明るくぱっと変わる。(カメラ、やや寄り、少しだけ俯瞰気味になる)以下、台詞の間には有意な間があり、無線機が通じて《アリョール》と通話がなされているのが分かる。――[本シークエンス最後の戦車部隊砲撃シーンの伏線]

アリョーシャ「そうです! こちら! ザーブリック(フィンチ)! 自分は敵戦車を発見しました! 都合、四台!」

(ここまでの画像では最接近したものを含めると五台だが、あの戦車は彼の位置を背後に通過したものと思われ、これは後方からの、敵戦車部隊への臼砲の砲撃範囲から最早、外れるのかも知れない。少なくともこの塹壕から見えるのは確かに四台である。)

「奴等は自分の方へ真っ直ぐ向かって来てます!」

「歩兵はいません!」

「はい! 確かです!」

「了解! 即時、撤退します!」

 

〇進撃してくる戦車!

画面左手から。砲撃!(ここから以下、カット・バック)

 

〇先の塹壕。

中景に右奥から左手近くに順に三発が着弾! しゃがんだアリョーシャ、急いでヘルメットを押さえながら前に上半身を伏せる。見えるのはアリョーシャのヘルメットと肩の一部のみ。

 

〇進撃してくる戦車!

画面中央。砲塔右手の逆十字のナチスのマークがはっきりと見える。砲撃!

(この砲撃は、音だけで画面の戦車は実は発砲していない。ところが、画面の右手に太陽のような明るい大きな発光が一瞬あり、この戦車の向こうにある戦車(車体は全く見えない)の砲撃光のように見えるように撮られている。いい加減に撮って単調になりがちなこうした戦闘シーンに、これは美事な1ショットであると思う。)

 

〇荒地(A)。着弾!

右奥から左手前に三発、右手ギリギリで一発が炸裂する。

 

〇進撃してくる戦車!

画面中央より少し右寄り。砲撃!(カット・バックはここまで)

 

〇先の塹壕。

中景部分が黒煙で見えなくなる程、激しく着弾! さらに数発遠景に着弾! 左から右の風が硝煙を消し去る。

アリョーシャのヘルメットと肩。元と同じ。

動かない。

戦車の機動音が高まる!

アリョーシャのヘルメットが、むくっと動き上がって!

 

〇塹壕手前地面位置から塹壕方向。

アリョーシャの顔が土石を払って――大映の「大魔神」のように――地から湧き出る!

正面やや上を見上げるアリョーシャ! 戦車の駆動音とキャタピラ音が高まる!

(但し、アリョーシャのヘルメットは深く被った形になっていて、両眼は翳になって観客には見えない。これが上手い!)

その瞬間!

アリョーシャ! 急に身を引く!

 

〇同塹壕手前地面位置から反対前方(前ショットの180度反転位置という設定)。

奥から戦車が急前進して来る! 駆動音! 激しいキャタピラの回転! その音!

やや右手が高くなったガレ場で、戦車も左に傾いだ状態で、戦車は右側が画面左手で切れて地面には砂塵が舞っている! 右手のキャタピラがカメラマンの狙いであることが分かる。カメラは殆ど戦車に轢かれそうになるまで回り続ける。

 

〇塹壕の背後の荒地。

匍匐で慌てて後退する伏せたアリョーシャ!

彼は右手に小銃、左手で無線機及び無線機に付属するものと思われる大きな延長用リード線のリールを後生大事にという感じでベルトで引きづっている。彼がはっきりと通信兵であることがここで判明する。

画面の右手前と左奥の枯れた木の突き出た幹がいい。遠景に森。空は晴れて左手に遠い雲が棚引く。

ここに次の、迫りくる戦車が短くオーバー・ラップ!

 

〇迫りくる戦車!

かなりの傾斜地をこちら側に乗り越してくる戦車。さっきとは逆に、戦車の左端が画面の右で切れる。今度のカメラマンの狙いは右側のキャタピラである。

 

〇塹壕の背後の荒地。

立ちあがるアリョーシャ! 素早く背を向けると、背後の荒野に向かって走り出す!

以下、逃走のテーマがかかる。

(これは、本作の主題旋律を微妙にずらしたもので、ヴァイオリンの不吉なうねりから始まり、ピアノの低音の和音が連打され、ドラやシンバルやトランペットが各所に散らされて、アリョーシャの危機シーンを効果的に演出する。)

画面手前から戦車がイン!

(掘った穴にカメラを置いて、その上を実物の戦車が走行したものと思われる。)

 

〇荒野。

走る抜けるアリョーシャ!(フル・ショット。右手から左手へ)

右手に小銃、左手に無線機とコード・リール。

アリョーシャが左にアウトして、1秒半で右から戦車が、イン!

 

〇逃げるアリョーシャ!(右から)

上胸部と頭部。汚れ切った顔は苦痛と恐怖に歪んでいる。走りながら途中で背後を振り返ると!……(ここからカット・バック)

 

〇アリョーシャ一人を追いかける戦車!(正面)

非人間的な無機質の機械の塊としての戦車(不思議に搭乗者の存在や、そうした遊びに類する残忍な搭乗しているドイツ兵のイメージは一切感じさせない。どこか後のSFの人間を冷徹に掃討するマシンのイメージがある)。彼をぴったりと実に機械的に追ってくる。

ここでは戦車の駆動音は潜まり、キャタピラ音が主になる。

 

〇逃げるアリョーシャと背後に迫る戦車!

トラック荷台からの俯瞰ショットで。汗を拭いながら、必死に走るアリョーシャ、その背後の、ヘルメットの辺りに、戦車の砲塔を除いた下部が覗く。

 

〇逃げるアリョーシャ!(右から)

 

〇追う戦車!(正面)

 

〇逃げるアリョーシャ!(右から)(カット・バック終)

ここに、次の高所からの広角の俯瞰ショットがオーバー・ラップ!

 

◎低い下草の草原。随所に着弾痕がある。

5メートル以上はあろうと思われる高さからの俯瞰ショットで、画面の右上部から左下向へ逃げて来るアリョーシャは、何とか戦車をやりすごそうと、急に中央やや左辺りで右下中央方向逃走経路を変えるが(ここで前のシーンのオーバー・ラップが終わる)、丁度その時には、それを予期したように(勿論、演出上)、奥から斜めに入った戦車は直ぐに中央下方向の直進にドライヴを変えている。殺人機械に捕捉され、絶体絶命という約束事が、美事に成立している。

中央下でアウトしたアリョーシャを、右奥から戦車が容赦なく追跡する。

ここに素晴らしい驚天動地のショットが登場する!

戦車はカメラの置かれた櫓(若しくはクレーン)のぎりぎり直下を走行、それをカメラは等速で定位置から下を回って撮るのだが、ここでフィルムは切れず、カメラはそのまま、なんと! 天地を逆転させて(!)走る戦車をなめながら追う!

すると、カメラはひっくり返って、即ち、160度以上を下に回り込んで、背後の景色を撮り続けるのである!

そこで画像には約4秒後に逆転状態でアリョーシャが入り、6秒で右下に三角形の抜ける空のホリゾントとなり(!)、その左上を丘陵が区切り、その左上に森があって、そしてここから左上へ向かって広大な草原が広がる(!)。

その中を、ほぼ中央に点景の走るアリョーシャが、それを排気煙を吹き出しながら追う戦車がそのまま(逆さまになったまま!)追跡する!

戦車はまっしぐらにアリョーシャに迫る!

アリョーシャ、が画面の右下、実際の正立位置の右へ方向を変えると同時に、戦車も右に急カーブを切って執拗に追う!

逆さまであるために、この後のアリョーシャの逃げる方向は画面の左角に方向となる。

ここで次の逃げるアリョーシャのアップがオーバー・ラップする。

 

〇逃げるアリョーシャ!(右から)

 

〇撤退して放置された友軍の陣地跡へ右から走り込んでゆくアリョーシャ。

中景。手前にタコツボ、各所に柵や残された兵站物資の箱などが散らばる。

カメラがアリョーシャを追って進み、手前に地面突き出た柵条(杭)が二本過ぎると、ここで初めて、友軍兵士の遺体が写る。手前の杭の所に、まず一人。ここでその向こうを走るアリョーシャは遂に、今まで持っていた通信機器とリールを投げ捨てる。

カメラがアリョーシャを追うと、今度はまた手前の壊れた野砲のそばに一人。

ここで中景のアリョーシャは振り返り、力尽き、恐怖の絶頂のという挙措で、両手で面を覆う仕草をするが、その直後に、その足元にあったタコツボに落ち込む。この時、小銃も彼は手放す。万事休すか!!(壊れた野砲の後部が構図の右を画している)

 

〇タコツボに落下するアリョーシャ(ハイ・アングル)。

落ちるアリョーシャの上方にはヘルメット姿の兵士の死体。その手だけが落下し終わったアリョーシャの向こうに見える。また、そこにはかなり大型の薬莢のようなものが散乱している。

 

〇鉄条網を少しばかり附けたお粗末な木製バリケードを正面に据えた道。

その向こうから! アリョーシャ一人を追ってきた、あの戦車が! 坂を登って進んで来る!(ここからカット・バック)

 

〇タコツボの中。(ハイ・アングル)

アリョーシャ「フウゥゥ……!」

と少年のような悲しい叫びをあげて顔を覆い、地面に這い蹲るアリョーシャ!

その、彼の左半身の下に大型の銃器が写り込む。

(この辺りから音楽の音量が下がる)

 

〇バリケード直前に迫る戦車!

 

〇タコツボの中。

対戦車銃を手元に見つけたアリョーシャ。絶体絶命の瞬間の、起死回生が閃く!

 

〇バリケードを破壊して迫る戦車! 左にグッと下る!

 

〇タコツボの中。

戦車銃を右に向けて必死一発を構えるまでのアリョーシャ!

 

〇起伏を越えんとする戦車!

 

〇タコツボの中。

対戦車銃を見つける! 構えんとするアリョーシャ!

 

〇起伏を越え来る戦車!

 

〇タコツボの中。

アリョーシャ、対戦車銃の銃床を右肩に! 狙いを定め! 撃つ!(音楽消える)

――ドン!(ここでは有意にリアルな反動がある)

撃った直後、左腕で顔を覆うアリョーシャ!

 

〇後退する戦車!

――ウウンー!

という戦車のカタストロフ音とともに! 戦車、後退! 起伏を下がりきったところで、車体の下より黒煙が上がる。

 

〇タコツボ。

対戦車銃を構えていながら、その実、向こうに伏せていた顔をゆっくりと上げるアリョーシャ。

眼を何度も瞬かせて唖然とし、唇を少年のように尖らせて、『ありゃ?』という表情のアリョーシャ。

 

〇起伏の向こうで。黒煙を朦々と吹き上げる戦車。

最後は黒煙が画面の1/3近くを覆う。

 

〇タコツボ。

対戦車銃を持って、如何にも少年のように――にっこりと笑うアリョーシャ!

そこに画面左手から、彼の右手に激しい機関砲の銃撃! 背後にも同じく、連射で着弾!

顔を伏せるアリョーシャ! 飛び散る土埃!

阿呆のように口を開いて右手を見るアリョーシャ!

対戦車銃から手を放してタコツボの底に下がって、一度、伏せるアリョーシャ!

しかし!

再び、対戦車銃を右手で素早く! 引き寄せる!

 

〇別な近づく戦車の中景。

砲塔が右に回転し、アリョーシャのいるタコツボをロック・インしそうになる!

左側の近景の二本の杭が印象的。

 

〇タコツボ。

画面左に対戦車砲の銃口。右で狙うアリョーシャ!

背後に曇った中景の柵条。(ここはパースペクティヴが実に素晴らしい!)

狙うアリョーシャ!

右にゆっくり銃身を振り、少し、銃を煽って――撃つ!

(ここは発射時の反動が全くないのは、ちょっと不満)

 

〇近づく戦車の中景。(前と同構図)

砲塔を右に無駄に回しながら、黒煙を吹き始める戦車!

 

〇タコツボ。(前と同構図)

アリョーシャ「ウラー(やったゼ)! どんなもんだい!」

 

〇前線。中景。

友軍の臼砲全射が始まった!

左手にやられた戦車が一台。迫撃数弾! 旋回してとっと戻ろうとする戦車が3台(左右の2台は旋回、真ん中の一台はバックで)見える。

(台数が合わない気がするが、アリョーシャの奮闘に免じて許す!)

 

〇同。(少しヨリ)

友軍の迫撃弾の着弾!

 

〇タコツボ。

対戦車砲の向こうで、一人でとんでもないことをやり遂げたアリョーシャの、少年の笑顔!

背後を振り返る、アリョーシャ!

 

〇後退する戦車群(二台)。

手前に激しい迫撃砲弾の複数の弾着!

 

〇後退する戦車群(二台)。左に廃戦車。(前よりもずっとヨリの画像)

カタストロフの終わりの主題音楽がかかる。

 

〇黒煙を上げるアリョーシャの撃った戦車。

手前左に二本の木製の杭、他、同様のものが中景から右に四本。いい画の「切り」である。

 

〇タコツボから起き上がるアリョーシャ。

右手に銃口をオフにした対戦車銃。

タコツボの縁に腰掛けるアリョーシャ。

右手の肘を右膝について、右手でヘルメットを支えて。――

迫撃砲の音。

背後に黒煙。

――ブラック・アウト――

 

■やぶちゃんの評釈

 戦闘シーンの採録は困難を極めたが、これで、私は何とか再現出来たと私は思っている。私は実はこれで十分だという気がしているのだが、まずは、以下、文学シナリオを見てよう。前のプロローグをダブらせる。

   《引用開始》

 強風が彼女の着物の裾を吹き上げ、頭からネッカチーフを吹き飛ばす。黒雲が空に渦巻いている。

 婦人は遠くを見つめている。風は、さか立ち、ひん曲った大地を吹きまわる。バラ線に唸りを上げ、黒々とした塵埃を原野に吹き上げる、

 ここは戦場の最先端である。前哨の小さい壕のなかに兵士の制服を着た獅子鼻の若者が入っている。彼は興奮して前方を見つめている。そこからは、だんだんと大きくなるモーターの唸りが不気味に聞こえてくる。

 若者と並んで初老の兵士がいる。彼は受話器に叫んでいる。

 ――オリョール! オリョール!……オリョール! 答えてください! タンクです! ……タンクです!……

 誰も答えない。彼は受話器をゆさぶる。震える手でコードを確かめ、また荒々しく叫ぶ。

 ――オリョール! オリョール!……

 返事がない。兵士たちは互いに目を見合わせる。二人の目の中には、恐怖と、いら立ちと、〈何をなすべきか〉という無言の問い掛けが読み取れる。

 前方のモーターのうなりはますます物すごく、キャタピラがぎしぎしと軋む……。

 ――後退しよう。

 初老の兵士がかすれた声で言う。

 ――命令がない……。

 ――五台のタンクと小銃で戦争するとでもいうのか。表面の塗料をひっかく位のものだ……。

 ――しかし、連絡すべきだ。

 老兵は腹立たしげに若者に叫んだ。

 ――あの世からか?! 連絡するがいい。馬鹿げたことだ!

 しかし、彼は答えずに老兵の手から受話器をもぎ取った。

 ――オリョール! オリョール!……私はザヤブリック! ザヤブリック!

 彼は荒々しく子供っぽい声で叫んだ。

 タンクの群れは、前進しながら砲火開いた。特徴あるシュルシュルという音を引いて、弾丸が頭上をかすめる。後方の塹壕からは返答がない。

 ――オリョール! オリョール!

 若い兵士は、敵意の目でタンクを見ながら、受話器に叫びつける。

 老兵はあきらめて、這いながら急いで後退して行く。

 若者だけが残る。彼は突然、孤独を感ずる。

 ――オリョール! オリョール!………

 彼はくりかえす。

 ――わたしはザヤブリック! 私はザヤブリック!……

 タンクは近づいて来る。若者の声には恐れと悔しさの響きがある。

 ――オリョール!……オリョール!……もしもし、私はザヤブリック!

 彼は絶望し動揺しながら近づいてくるタンクを見つめる。

 すると、突然応答がある。

 ――オリョール!!

 若者は、躍り上らんばかりに叫んだ。

 ――はい、私はザヤブリック……はい! 発見しました……五つの……

 ――歩兵か。

 ――そうじゃないのです。歩兵ではありません。……監視所へまっすぐ来ます。後退すベきですか。

 ――了解!

 彼は、受話器を急いで置いた。しかし、次々と作裂する砲弾のために大地にヘばりついたまま動けない。砲兵の猛攻撃が突然襲いかかった。爆発は連続し、そしてまた、突然砲撃は止んだ。静寂に戻ると前進するタンクの唸りが聞えてくる。

 若者は頭をもたげる。すると、すぐ近くに一台のタンクがおり、自分に向って真っすぐに進んでくるのが見える。

 若者は恐怖にとらわれる。目を閉じ、頭を埋めて大地にうつ伏せる。

 タンクのモーターはうなり声をあげ、わめき散らし、キャタピラはぎしぎしと軋り続ける。世界がこの唸りと軋りに満ち溢れているようである。

 若者は耐え切れずに、飛び起きて駆け出す。

 タンクの敵は彼を発見し、機銃掃射を浴びせる。

 若者は大地に倒れる。彼の身体の上を弾丸が飛び過ぎる。射撃は中断し、タンクは彼を目指して動き出す。若者は、再び、跳び起きてタンクから逃げる。電話器と巻枠が邪魔になる。射撃が始まる……。また彼は倒れ、また起き上がり、そして駆け出す。

 それは、愚かしく、奇妙である。広い原野を巨大な殺人機械が一人の無防備の若者を追い回す。

 若者は疲れている。彼は悔しさと恐怖で涙を流している。彼は戦車の脇に逃れようとするが、タンクはぐるぐると回りながら彼に向ってくる。彼とタンクの距離は、じりじりとせばまってくる。逃ける力もなくなる。タンクは今は射撃すらしない。若者をただ追い回し、踏み潰そうとする。

 若者は電話器と巻枠を捨てる。最後の力を振り絞って逃げ出す。目の前に砲撃に破壊された塹壕がある。そこには対戦車隊がいたのだが、今は全滅している……。無力の若者は壕の中にころがり込む……。タンクは彼を目指して進む。すぐ近くまで来ている。キャタピラは若者の残した電話器と巻枠を踏み潰した。そして、そのキャタピラが、今まさに彼を踏み潰そうとしている。逃げ道はない。逃げる力もない。

 若者は絶望的に辺りを見まわす。彼はもう一度壕から逃げ出そうとする。その時、ふと地面にころがった対戦車銃が目にとまる。彼は、それをつかんで、タンクに向け、至近距離から射撃する。タンクは、何かにぶつかったように身ぶるいして止まると、モーターが爆発し、火炎に包まれた。

 若者は、炎上するタンクを驚いて見ている。何が起ったのか、彼には理解できないようである。

 タンクは燃えている。すると突然、機銃掃射が起こる。若い兵士の前の地面の土砂が小さく噴き上がる。隣接していたタンクが彼に砲火を開いたのである。

 若者は大地にうつ伏せる。射撃が終わるのを待つと、このタンクを目指して続けざまに数発打ち込む。タンクは同じ場所で回転していたが、やがて動かなくなる。

 ――ああ!……嫌いだ!!

 子供っぽく叫ぶと、若者はほかのタンクにも弾丸を浴びせる。タンクの群は大急ぎで後退し始める。タンクの周りに砲弾が炸裂し始める。壕の後方から〈ウラー〉の声が聞こえて来る。

   《引用終了》

 文学シナリオとは、ほぼ忠実ながら、大きな相違点は、アリョーシャを追う戦車が、終始、決して機銃掃射をしない点である。これは非常に大きな意味を私は持っていると思う。それは、機銃掃射で簡単に殺せるものを――わざわざ、「走る一個の青年」を、只管、追い続ける「万能無敵の戦車」という主題である。ここに示されたのは、一個の人間と、「戦争」という「無慈悲の機械という技術によって生み出され現象」「むごたらしいサディズム」としての「科学的」と称する――「技術の装置」――との厳然たる対置ではなかったか? それは、人間が創り上げた最大にして最悪の、悪夢としての「何らかの装置」としての「科学技術」の持つものへの警鐘でもある。それは「人を殺す」ところの「小銃」であり、「戦車」であり、「対戦車銃」であり、「臼砲」(迫撃砲)であり、そして「原爆」でもあり、「原子力発電所」でもあるような――「万能無敵の技術」への――哀しい謂い、ではなかったろうか?……

 「アリョール」。これは初めて見た小学生の頃、『主人公はアリョーシャだから、きっと通称かなあ』なんて勝手に思っていたのを思い出すのだが、これはロシア語で“орeл”(オリョール:鷲。)・“Зяблик”(ザーブリック:アトリ。スズメ目アトリ科アトリ Fringilla montifringilla。)、英語字幕でも“Eagle”と“Finch”――所謂、戦場の各部隊の無線のコードネームである(「コンバット」でお馴染みの「チェックメイト・キング」みたようなもの。あれはチェス用語を用いていた)。また、後のソヴィエトの宇宙飛行士ワレンチナ・テレシコワのコードネームは有名な彼女の台詞の「私はカモメ」の“чайка”「チャイカ」(カモメ)で、空を飛んで言葉を伝える暗号は、きっと鳥の名が多いのだろうな、なんて勝手に思ったり(「北の国から」の純風に)。

 ◎の驚天動地のカメラ逆転シーンの全体は、前後のオーバー・ラップを含め約20秒である。なお、車の轍が四対近く認められる。特に画面を急カーブで湾曲した中央のものと、その上に薄らと見える曲らないそれは、轍の間隔が広く、カーブでの形状も戦車のそれと思われる。なお、このシーン、恐らく定置させたクレーンか櫓を組んでの撮影であったものと思われ、同一の場所で何度かのテスト撮影が行われたと考えてよく、これらは何度か行ったこのシーンでの戦車若しくはテスト用車両の轍のようにも思われるが、ここは戦場なのだから寧ろ、ヴァージンの草原で綺麗過ぎるのは、またおかしい。特に違和感はないし、この轍が思い切ったカメラ・ワークと相俟って、この異常なシーンの構図に奇体なアクセントを加える面白い効果をさえ産み出していると言える。 

 最後に登場する兵器を見ておきたい。

 まず、戦車であるが、無論、これは実際のナチス・ドイツの無敵の戦車と呼ばれたタイガー戦車ではない。こうした部分は相応にフリークな方がおり、私が云々するよりも、そちらを全面的に参照したい。「STUDIO JIPANG」氏の「映画の中の戦車 ソ連・ロシア編」の中にズバリ、「誓いの休暇」のページがあるのである。それとウィキ「T-34によれば、これは第二次世界大戦から冷戦時代にかけてソビエト連邦を中心に使用されたソ連製中戦車T-34/85(一九四四年から生産が始まった、T-34の二番目の改良型で85 mm 砲を搭載した大きな砲塔を備える)を改造してタイガー戦車(第二次世界大戦でドイツ国防軍と武装親衛隊が使用したVI号戦車)に似せたものである。リンク先の説明にある語を少し解説しておくと「履帯」とはキャタピラのこと。砲塔の右前部に附けられた予備キャタピラーはT-55のものか、とある。T-55とはソ連製戦後第一世代の主力戦車(史上最も生産台数が多い戦車とされ、ほぼ同じ形状のT-54も含めると、その数は一〇万輌を超えるとも言う。冷戦時代に国外に供与・輸出された数も多く、現在でも多くの国で使用されている。この戦車は一九五八年に登場したとあり、これは本作の公開の前年である。なお、T-54T-55は外見は良く似ているが、砲塔上の換気扇カバー(ベンチレータードーム)の有無で簡単に識別出来ると、参照したウィキ「T-55にある)。それにしてもキャタピラが改造元のものでないのでは、と見破るのは並大抵ではない。改造最大の欠点を「STUDIO JIPANG」氏は防盾がないこととされているが、防盾とは主砲の操作員を敵の攻撃から防御するための装甲板で主砲の前面基部にある装置を言う。ウィキティーガーIIによれば、タイガー戦車はここにザウコフと呼ばれる独特の円錐型防盾を装備して高い防御力を誇った、とある。なお、「STUDIO JIPANG」氏は前半の進撃して砲撃をして来るシーンの戦車を指して、『改造の具合が上[やぶちゃん注:後半でアリョーシャを追跡する車両]のと比べると、いくらか異なります。簡易版でしょうか?』と述べているが、氏は映画戦車ついページ(同人誌掲載分。戦車の正確なイラスト附)で、『映画には全部で5両登場しますが、うち4両は模型(1/3ぐらい?)かもしれません。つまり実物大は1両のみ』ともある。そう言えば、遠景のものは何だか、動きに重量感がないな。

 アリョーシャの持っているボルトアクションの小銃は第二次世界大戦中のソ連軍主力小銃であったモシン・ナガンM1891/30か。

 アリョーシャが使用する戦車銃であるが、これは形状から見ても、一九四一年にソ連軍が採用したボルトアクション単発の対戦車ライフル、デグチャレフ(デクチャリョーフ)PTRD1941(正式名はデクチャリョーフ一九四一年型対戦車火器)であろう。ウィキデグチャレフPTRD1941によれば、『ナチス・ドイツ軍の侵攻に合わせ急遽量産に入った』対戦車兵器で、『全長2.020m、重量15.75kgと長大だが、同時に採用されたシモノフPTRS1941よりは軽量である。また、ガス圧作動で連射できるPTRSと異なりシンプルな構造であったため、生産性や信頼性で遥かに勝り、PTRSに先駆けて大量に配備された。ボルトアクションの単発銃ではあるが排莢が自動化(ロングリコイル方式)されており構造的には半自動の対戦車砲に近く、速射性は半自動のシモノフ対戦車ライフルに大きく劣る物ではなかった。ショルダーストックにリコイルスプリングが入っており、射撃後反動によってストックを除く銃全体が65mm後退する。その際、ストックに溶接されたカーブを描いた鉄板にボルトハンドルが乗り上げ、ボルトの閉鎖が解除される。閉鎖解除されたボルトは、まだ残っている銃身内の圧力により突き戻され、薬莢はチャンバーから抜かれて下に空いた排出口から排出される。オイルを塗った綺麗な薬莢を使えば、ボルトは完全にオープンされる。上に空いた装填口より弾を入れ、ボルトを閉鎖すれば発射準備が整う』(下線やぶちゃん)。『初速1012m/sで発射される14.5mm弾は有効射程の100mからIII号戦車、IV号戦車の30mm側面装甲を貫通し、また防弾ガラス製の覗き窓も簡単に破壊して乗員を死傷させた。このため、ドイツ戦車は開口部を減らし、覗き窓を溶接で埋め、さらにシュルツェンという装甲スカートで対抗した。さらにはティーガー、パンターなどより重装甲の新型戦車が登場するとこの銃による射撃で撃破するのは極めて困難になった』。『しかし当時のソ連ではHEAT弾の開発が遅れたため引き続き大量に使用され、キューポラや操縦手用のペリスコープ、砲身、起動輪、車外に身を露出した乗員などを狙撃して戦闘力を減じる用途に使われた。この銃を鹵獲したドイツ軍は、14.5mmPz.B783r)の分類コード名を与え使用した』とある(「鹵獲」は「ろかく」と読み、敵の軍用品・兵器などを奪い取ることを言う)。なお、文中の対戦車ライフル「シモノフPTRS1941」はガス圧作動によるセミオートマチック五連発で、サイズは全長2m、重量約21kgと重く、戦場では弾薬係と射撃手の二名による行動が基本とされたとウィキシモノフPTRS1941にあり、画像を見ても本作に登場するもとは形状が全く異なる。以上の記載から見ると、本映画でのデクチャリョーフPTRD1941は、かなり強過ぎの感は拭えない。特に二台目の狙撃は相当な距離を感じさせ、一発必殺で仕留めた点は素人見にも出来過ぎという気はする。しかしそれはそれ、展開の御約束であれば、私はそれを論って本作を評する意志は微塵もない(誰かのアニメだって主人公は死なないし、悪は何時だって滅んでる。あれだってみんなステロタイプの御約束だろが)。実はあなた方のよく御存じの、お好きな方も多い、私の大嫌いな御仁が、この一発目の狙撃の際について発言したという記事を見つけたので、ここにうやうやしく記しておきたい故にこの注を書いたとも言えるのである。彼は、あのシーンを見て『こんな弱い戦車はない』と宣うたと言う。それでいて、この御仁は『戦車以外は好きな映画』として、本作を『好きな映画の一つ』に挙げておられるそうな。この方、知る人ぞ知る軍事兵器オタクの反戦家だ(反戦主義者という謂い方を私は認めない。反戦とは思想や主義ではない。深い感懐から生ずる思いである。それから――私は兵器オタクの反戦家というのは――私も含めてだ――実は存在しないと確信しているのである。これはまた語り出すときりがないのでここでやめにするが)。……成程ね、唾を吐きながら褒めるという、あんたらしい。……手塚先生の追悼文に、鬼の首を取ったように先生のアニメーションの罪過のみをうち並べて平然としていた、あの男らしい。如何にも「不愉快な褒め言葉」だ。――もうお分かりであろう、宮崎駿である。]

2012/12/29

ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ 藪野直史

僕の愛してやまない映画「誓いの休暇」をこれより語り始める(なお、新たにブログ・カテゴリ『ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ』を創始し、『映画』ではなくそちらで掲載することとする)。これは僕が野人となる直前に「約束」したことであったが、結局、今日まで実践し得なかった。それには僕なりの「覚悟」が必要であったから、と弁解しておくに留めよう。僕にはそれなりに「覚悟」が出来た気がする。それだけのライフ・ワークにこれはなるということである。
 本プロジェクトを――そう言上げした際に――エールを送って呉れた――古い教え子の上海在住の知喜君及び新しい教え子のイタリア留学中の研太君――の二人に捧げる   藪野直史



 私の愛してやまない映画「誓いの休暇」は、原題を

БАЛЛАДА О СОЛДАТЕ” (バラーダ・ア・ソルダット 「ある兵士のバラード」)

と言い、そのスタッフは、

製作……モスフィルム

監督……グレゴーリー・チュフライ

脚本……ワレンチン・イエジョフ/グレゴーリー・チュフライ

撮影……ウラジミール・ニコラエフ/エラ・サベリエフ

美術……ボリス・ネメチェク

音楽……ミハイル・ジフ

キャストは、

スクヴオルツォフ・アレクセイ(アリョーシャ)
……ウラジミール・イワショフ

シューラ

……ジャンナ・プロホレンコ

アリョーシャの母エカテリーナ

……アントニーナ・マクシモーワ

将軍
……
ニコライ・クリュチコフ

負傷兵ワーシャ

……エフゲニイ・ウルバンスキイ

その妻

……エリザ・レジデイ

軍用列車の兵士ガヴリルキン

……アナトリイ・クズネツォフ

軍用列車の少尉

……エフゲニイ・テレリン

他によるもので、フルシチョフの雪解け時代、

1959年製作

になる、

モノクローム 1時間35分 ソヴィエト映画

である。因みに本邦での初公開は、昭和35(1960)年11月(因みに私はこの時3歳と9ヶ月であった。無論、初公開は見ておらず、恐らく実見はNHKのTVで小学校高学年の時と記憶する。その後、三度程、同じNHKで聴取後、大学生になった1975年頃に初めて映画館で見、その後、映画館ではもう一回、ヴィデオ・レーザー・DVD等、発売されたソフトは総て所持しており、視聴回数は恐らく二十回を下らない)。

 本作は1960年のカンヌ映画祭最優秀特別作品賞・サンフランシスコ国際映画祭監督賞・ロンドン国際映画祭監督賞・テヘラン国際映画祭銀メダル(監督賞)・ミラノ国際映画祭名誉賞及び同イタリア批評家連盟賞などを受賞、同年第三回全ソヴィエト映画祭でも最優秀作品賞及び同最優秀監督賞と映画評論家特別賞の三賞を受けた。

執筆に際しては、2000年IVC発売のRUSSIAN CINEMA COUNCIL企画・制作のDVDRCFF-1018)「誓いの休暇」所収の本編及びチュフライ監督のインタビュー等の特典の映像と邦訳字幕及び英語字幕、映画評論紙「イスクゥストヴォ・キノ(映画芸術)」一九五九年四月号に掲載された同作のキノ・ポーベスチ(文学シナリオなどと訳される。通常の日本で公開される際のパンフレットに載る外国映画のシナリオはスーパー用台本の翻訳に画面を採録して追加したものであるが、これは脚本家の書き下ろしたシナリオそのもののこと)の田中ひろし氏訳になる『〈文学シナリオ〉「ある兵士のバラード」』の全訳(共立通信社出版部発行の雑誌『映画芸術』一九六〇(昭和三五)年十一月号(第八巻第十一号)掲載)を用いた。字幕は極力英語字幕を参考にして私のオリジナルなものとし、邦文訳の著作権を侵害しないよう勤めたが、田中ひろし氏訳の文学シナリオは必要上、多くの引用をさせて戴いたので、特に田中氏には謝意を表しておきたい。

 手順としては、それぞれのシークエンスごとに、私のオリジナルな映像解析を含めた映像再録を行った上で、「■やぶちゃんの評釈」として、私の附言したい解析や文学シナリオとの比較などを行った。【始動 2012年12月29日】

 

1 プロローグ

 

〇田舎道。春。

手前の日向の中に、何れも真っ白な十数羽の鶏とアヒルが三々五々に群れを作って、何かを啄みつつ、ゆっくりと動いている。鶏とアヒルの鳴き声。

左奥の向こうの道奥から、黒っぽい服と黒いショールを纏った女性(主人公アリョーシャの母でエカテリーナである。以下、「エカテリーナ」とする)が木蔭の中をゆっくりと、しかし何か毅然とした雰囲気を漂わせながら歩んでくる。

左(左には画面外の左奥に斜めに延びる道があるらしい)から三人の乙女が笑いながら走ってインすると同時に鳥たちが吃驚して少し跳ね飛ぶ。インした三人が画面右手母の方に踵を返すが、その時、右手から更に二人の乙女が彼らに加わる。それに更に加えて、画面右手のやや高くなった方(奥に田舎のログ・ハウスとその手前に車の前半分が見える)から、やはり三人の乙女が五人と等速度の小走りで加わって笑い声が最高潮に達する。その際、娘たちは道の右手に四人、左手に四人に別れる。

エカテリーナを認めて、すれ違う際、彼女たちの笑い声は一瞬途絶え、彼女たちも、何か、神妙な感じで歩む。

が、エカテリーナを行き過ぎると、笑い声が、再び起こり、娘たちはまた陽気なスキップになる。

左の高い位置にも道があり、そこを左手前(自家用車の手前)からインした自転車の男が、速いスピードで奥へと走り抜け、右手にある並木(電柱も立っている)の奥を、娘たちの歩むこちらの道へ抜け、娘たちの彼方へ消える。

この時、カメラはさっきの自家用車の全景が写る位置まで手前に移動している。

さらにここで我々は初めて腹部の前で掌を重ねて(左手で右手を押さえて)いるエカテリーナの表情を認めるが、それはひどく悲しげで、視線は虚ろである。

右手前から赤ちゃんを抱いた若い女が、右に夫らしい若い男を連れてインする。

二人の左手を通過する間際になって、二人が母に気づいて二人同時に軽く会釈をする(しかし何かそれはひどく軽いもので、それは、二人がこの母に対して挨拶を交わすことを躊躇させる何かがあるような感じを与えるものである)。母も女に気づいて、視線をそちらに向けて、これも軽い会釈のような挨拶の雰囲気が表われる(ここと次の母が赤ん坊を見るシーンから彼女が母のかなり親しい知人であることが観客には分かる)。但し、その表情の憂愁に変化は起こらない。寧ろ、娘の顔を認めた時には(その視界には若き夫も入っている)、硬い表情である。

但し、次の瞬間、娘の抱く赤ちゃんの顔に一瞬眼を落とした、その一瞬だけ――本来、きっととても美しいであろう――この母の笑みが射す。

しかし、再び前を俯いて愁いの虚ろな表情に戻り、等速度で行き過ぎ、画面の左へアウトする。

この行き過ぎた辺りで、二人は立ち止まって、左回りで画面正面を向く。映像上、若い男の顔をはっきりと出すために、男は奥で少し左に移動し、女は画面手前右寄りに近づく。女は去ってゆく母の後ろ姿を追っている。

ここでバスト・ショットになる女は如何にも若い。しかし、母である。そして、その表情には、何かいたましいものを見つめるような悲しさがある(彼女は作品の最後の帰郷シーンに登場するアリョーシャの家の隣人の娘ゾイカである)。[ここまで1シーン1ショット54秒で撮っている。]

 

〇村外の一面の麦畑の中の田舎の一本道に向かってゆっくりと歩むエカテリーナ(ここは一種のゾイカの見た目になり、前のシーンとの編集が上手い)。

道は一回左にカーブしながら、その先で右に向いた直線となり、その道が一回丘陵上の頂点で見えなくなっている。その彼方にはぼんやりとした高圧鉄塔があって、中央よりやや左にずれて、一種のパースペクティヴの消失点として機能している。なお、道の消えたその遙か向こうには、そこよりもやや高い丘陵が左右に延びているようにも感じられる。

エカテリーナの足音。約2秒後に、本作の印象的なメイン・タイトルの音楽が始まる。

画面中央上寄りまで、エカテリーナが道を進んだところで。

 

〇煽りのショットで奥から手前へエカテリーナが進んでくる。背後には丘陵の遠景。左右に遠く森が見える。

カメラは左右に見えていた森の尖端が少し見える位置まで、ややティルト・アップして、エカテリーナバスト・ショットで止まる。この時、彼女は最初は手を左右に垂らしており、バスト・ショットで前で先と同じように腹部の前で手を組む(一度、握って、緩めて、また握っている)。

ここでメイン・テーマが一回切れて、不安を感じさせるテーマが流れる。

なお、服装はショールが(恐らく)黒、黒っぽく見えた服は小さな格子状に編まれたものである。

 

〇左へのカーブが終わって右に延びる少し手前からの田舎道。(エカテリーナの見た目)

消失点の高圧鉄塔は、今度は画面中央よりもかなり右に寄ってある。

右手前の、道右側の麦の穂が風に揺れている。

音楽はメイン・テーマに戻る。

ナレーションが始まる。

「この道は町へ続いている……」

「この村から出て行く者たち……」

「この村へ帰って来る者たち……」

「旅立ちも帰還もこの道に拠る……」

 

〇エカテリーナの右手から。肩から上のアップ。痛ましく眉根を顰ませるエカテリーナ。

左の空を電線が四本変わった形(彼女の背後に電信柱が隠れており、そこで直角に電線が折れているようにも見える)右手奥には森と電信柱様のもの、そして別な集落とおぼしいものが見える。

「しかし彼女は誰も待ってはいない……」

エカテリーナは何度か瞬きをするが、その悲痛な眼には涙が光っている。

「彼女の息子――アリョーシャは――戦場から遂に帰らなかった……」

道を見ていたエカテリーナが少し、左の方、広がる麦畑の彼方へと顔と視線をゆっくりと向ける。

と同時にカメラは右回りに回転を始める。

麦畑の向こうに丘陵をすべって、直ぐ近くの麦の中に痩せた木(白樺か)、遠い森、を撮りながら、

「故郷から遠く離れたロシアの名も附されぬ異邦の地に葬られた……」

また道の左側に戻って、

「彼の墓には見知らぬ人々が花を供えにやって来る……」

道の左カーブが右直線になるところが写し出される(ここまでカメラは九〇度以上右に回った計算になる。最後の位置は、先の同様の画面位置よりもやや後ろの下がった道の左側からの撮影のように思われる。高圧鉄塔は再び画面中央よりやや左手にある)。

その後、カメラは停止せずに、何か、道を撫でるような女性的なやさしい視線(焦点を道の地面に合わせている関係上、下向きの人の視線のように見える)で道を撮りながら、ゆっくりと今度は右側に後退し始め、

「人々は彼を『英雄』『ロシアの解放者』と讃えるけれど……」

「彼女にとってはただ――彼女の一人の息子であり――彼女の可愛い子供――だった……」

この時、画面の右から、道の《右側に立っているエカテリーナの後ろ姿》が現われるのだ!

彼女の黒いスカートが風に搖れている。

「彼が生まれたその日から――前線に旅立ったその日まで――ずっと一緒だった……」

「彼は私たちの親しい友であった……」

「私たちはこれから彼についての話をしたい……」

エカテリーナは左から振り返ってこちらに向く(その時、左肩に掛けた黒いスカーフを何故か、一度、外して、また掛けかける)。

「彼女さえ――彼の母親であるこの女性でさえ――知らないことを……」

そして、黒装束にしか見えないエカテリーナは、眼を落しながら、画面の左方向へ消えて行く。

 

〇雲のある空に題名“БАЛЛАДА О СОЛДАТЕ”。“Б”及び“Д”の頭が右に大きく伸びた印象的な字体である。ここは静止画像と思われる。

 

〇丘にマリア像のように毅然と佇む、エカテリーナを右に配した、煽りのショット。強い風が彼女に吹き荒ぶ。空の雲は中央に空隙があり、その雲の左には太陽が隠れているように見える。

ところが、ここでのエカテリーナのスカーフは《白い》!

 

〇エカテリーナの眼をしっかりと見開いた顔のアップ!

白で! しかも模様の入った如何にもお洒落なスカーフ!

そして彼女の顔は明らかに《若い》!

その、彼女は表情は何かを目撃したような!

その顏が更にアップになりながら、一瞬、ブレて、また焦点が合う! その間、彼女の眼は何かをはっきりと見据えるように、眉が上がり、グッと見開かれる!

目と鼻と鼻唇溝のみまでクロース・アップ!(皮膚の皺まで見える究極のアップである)

そこに、向かってくる戦車がオーバー・ラップして!……

 

■やぶちゃんの評釈

 アリョーシャの母を演ずるアントニーナ・マクシモーワは作品の最初と最後にしか出ないが、私は彼女こそが本作の、もう一人の主人公であると考えている。それが、本論の「待つ母というオマージュ」という副題の意味である。

 画面に登場する車は、当初、ボンネットしか映っていないために、農耕用トラックのように見えるが、実は自家用車であることが後で分かるようになっている。これは、まさに大祖国戦争(第二次世界大戦をソヴィエトやロシアはかく呼ぶ)後、数年、ゾイカの結婚と出産から五年年以上は経っていないと推せば、上限1946年から下限は1950年がこの冒頭のシーンであろうかと思われる。則ち、ここでは、若い娘たちが、賑やかな笑い声を立て、農民の中には自家用車まで持つようになっていること、このサスノフスカ(後にアリョーシャが語る村名)という田舎の村さえ十全に近代化されて、平和と豊饒の時代が到来していることを示す。但し、最後のシーンのゾイカの家は、居間の上に電灯線のようなものが下がっており、既に電化されている気配がなくはない。もしかすると、これはランプ掛けなのかも知れないが。私ならそこでランプを配し、その時期の、この村の貧しさを示したい感じはする。当時の日本でもそうだったから。

 ゾイカはエカテリーナの息子であるアリョーシャと幼馴染みで、そして、その最後のシーンを見ても、恐らくはアリョーシャが好きだったのである。父のいない母子家庭のエカテリーナの隣人として、ゾイカは高い確率で、美少年のアリョーシャと結ばれることを自然と考えていた「娘」であったのだと私は確信する。このトラウマを持った哀しい表情に、私はそれを初回に見た瞬間から、直感してきたのである。

 今一つ、驚くべきカメラ・ワークに着目したい。それは、

 

その後、カメラは停止せずに、何か、道を撫でるような女性的なやさしい視線(焦点を道の地面に合わせている関係上、下向きの人の視線のように見える)で道を撮りながら、ゆっくりと今度は右側に後退し始め、

「人々は彼を『英雄』『ロシアの解放者』と讃えるけれど……」

「彼女にとってはただ――彼女の一人の息子であり――彼女の可愛い子供――だった……」

この時、画面の右から、道の《右側に立っているエカテリーナの後ろ姿》が現われるのだ!

 

と、私が解説した部分である。これはカメラ位置を十全に認識している鋭い観客から見ると、不思議なのだ。則ち、ここでチュフライはエカテリーナ役のアントニーナ・マクシモーワにカメラの後ろを廻って右手に行くことを指示し、観客がエカテリーナが画面の「左」にいるものと思っている観客の「意識を裏切って」、右から出現させるのである。私はこれと同じ手法を多用する映画作家を知っている。私の愛するアンドレイ・タルコフスキイである。そして、実はチュフライはタルコフスキイの師――それが正しくないとすれば、兄弟子に相当する人物であり、タルコフスキイは終生、彼への敬意を忘れなかった相手なのである。タルコフスキイ作品を語る者は、チュフライを語らずんばあらず――これが私の発見した深い感懐なのである。タルコフスキイの場合は、この手法はある霊的な意味を確信犯で込めているのだが、しかし私は、それをこの法然チュフライから授けられたのだと見る。チュフライは超自然的な力を映画が確かに持っていることを、知っていた。それがこのシーンであり、親鸞タルコフスキイはそれを恐ろしいまでに純化して自身の映像に反映させた――異論のある方は、いつでも応じよう。

 次に、文学シナリオを見よう。

 冒頭には、

   この映画を祖国のための戦いに散った、我々の仲間である兵士に捧げる。

とある(以下、田中ひろし氏訳になる『〈文学シナリオ〉「ある兵士のバラード」』の全訳からの引用)。ここに、チュフライの映画製作の、「心」が示されており、それは、ナレーションの最後に相当する。これをソヴィエト映画の強制的常套語だ、などと言う輩は、これ以上、私の本論を読むことを辞められたい。これは、大祖国戦争を実体験として経験した人間にとって、言わねばならぬ真意であったのである。

   《引用開始》

 現在の農村。陽気な休日の宵。暮れかけたばかりなのに、家々の窓にはもう灯が明るく輝いている。遠く離れたコルホーズのクラブでは、若者達が集っている。そこでは街灯があかあかと燃え、音楽が聞えて来る。しかし、ほかの村角は空虚と静寂に沈んでいる。こんな時間には路上で人に会うことも稀である。お客に行く若い夫婦者が赤ん坊を抱いて通り過ぎるか、恋人達が黙ってすれ違うか、クラブヘ急ぐ娘達のグループが走り去って行くか、そのくらいのものである。

   《引用終了》

 実際の映像は『宵』ではないことは明白である。これは光量の問題もあるが、実際の映像の方が、確かに効果的である。「コルホーズのクラブ」という記載は、脚本検閲への配慮のように私には思われる。この時代でも、勿論、ソヴィエトは社会主義的政策への讃歌的内容の有無を脚本に求めていた。

 「お客に行く若い夫婦者が赤ん坊を抱いて通り過ぎる」という部分に子を持った母ゾイカを登場させ、本作全体の中に美事に有機的に位置づけて、同時に、本作が如何なる物語となるかを――則ち、私の言う『母の物語』としての――伏線として提示した手腕は、これ、絶妙である。

   《引用開始》

 一人の黒い衣裳をまとった婦人が村の通りを歩いて行く。娘達は、すれ違う時、一瞬笑声を止めた。しかし、この婦人と挨拶をかわすと、また自分達の道を駆けて行く。ほかの通りで婦人は若い夫婦者と会う。若者は彼女に丁寧に挨拶する。彼女は、ほほえみながら返礼して行き過ぎてゆく。村の囲いを出ると、彼女はそこにたたずむ。そして、広々とした耕地の中を遥かに遠い丘に続いている道を、見つめている。

(ナレーション)

『この道は我々の州都に通じている。そこには、二つの高等学校と一つの工場、そして鉄道の駅もある。我々の村を出て行く者も、やがて故郷に帰って来る者も、この道を通って行き、また通って来るのである。』

『彼女がそこに現れるようになってもう何年の年月が経つだろう。いや、彼女は誰も待ってはいない。彼女が待った息子のアリョーシャは戦争から帰って来なかった。彼女は息子が帰って来ないことを知っている。彼の遺体は、ふるさとを遠く離れた外国の村に葬られた。春がやって来ると異郷の入々は、彼の墓に花をたむけた。人々は彼を、ロシヤの兵士、英雄、また解放者と呼んだ。しかし彼女にとって、彼はただの息子のアリヨーシャであり、生れてから戦場へこの道を去って行くまで、そのすべてを知っていた可愛い子供なのであった。彼は我々の仲間であった。我々は、彼とともに前線にいた。だから我々は、彼の母親もそのすべてを知らない、彼の物語を始めよう。』

  《引用終了》

 ナレーションは文学シナリオをほぼ忠実に再現している。則ち、このナレーションこそが、どうしてもチュフライの言いたかったことである、ということを我々は心せねばならぬのである。

  《引用開始》

 ……黒い衣裳の婦人の姿が、ゆっくりと変る。それははるかに若いが同一の婦人である。彼女は同一の場所に立っている。しかし、彼女の背景には新しい村の明るい家屋はない。そこには、戦時中の陰鬱な百姓家が建っている……。

 強風が彼女の着物の裾を吹き上げ、頭からネッカチーフを吹き飛ばす。黒雲が空に渦巻いている。

 婦人は遠くを見つめている。風は、さか立ち、ひん曲った大地を吹きまわる。バラ線に唸りを上げ、黒々とした塵埃を原野に吹き上げる、

 ここは戦場の最先端である。

   《引用終了》

 ここは脚本を忠実に再現する(というか、文学的な時間の跳躍を映像化する)ことが難しい。実際の映像はそれを、エカテリーナの若返りで、非常に上手く表現している。ただ、過去への回帰が、非常に短い映像であることから、観客には十全にそれが理解されなかった可能性は拭えない。実際に愚鈍な私は、三度目ぐらいで、初めて、彼女のスカーフの違いや表情の若々しさに気づいた。それにしても、メイクもさることながら、汗腺まで見えるような超アップでも怖気ぬアントニーナ・マクシモーワの「若さ」の演技に、私は脱帽するのである。

 最後に。実は、これらのシークエンス全体にはオープニング・タイトルが被る。その解説は一切、行っていない。この時代としては普通な仕儀ではあるのだが、私としては、折角の印象的な冒頭シークエンスなだけに、少し残念な気がしている。

 

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