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カテゴリー「萩原朔太郎」の683件の記事

2019/01/20

萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版)附錄「自由詩のリズムに就て」~靑猫(初版・正規表現版)~完遂

 

  附  錄

 

[やぶちゃん注:。以上の「附錄」は前の「詩集 靑猫 完」(この注では字配・ポイントは無視した)とあったページの見開き左ページ(ノンブル無し。中央に一行で配されてある。なお、以下の「自由詩のリズムに就て」はノンブルを新たに「1」から起こして振ってある。附録とは言うものの、この標題「附錄」を含めて全五十一ページにも亙る長大な代物である。詩集本文が内表紙を含めて二百二十ページ、その前に扉「序」「凡例」「目次」で二十九ページ分があるから、全部で三百ページ(挿絵四葉を除く)となるから、実に詩集の六分の一がこの「自由詩のリズムに就て」というくだくだしい評論で占められていることになる。

 

 

自由詩のリズムに就て

 

 

    自由詩のリズム

 

 歷史の近い頃まで、詩に關する一般の觀念はかうであつた。「詩とは言葉の拍節正しき調律卽ち韻律を踏んだ文章である」と。この觀念から文學に於ける二大形式、「韻文」と「散文」とが相對的に考へられて來た。最近文學史上に於ける一つの不思議は、我々の中の或る者によつて、散文で書いた詩――それは「自由詩」「無韻詩」又は「散文詩」の名で呼ばれる――が發表されたことである。この大膽にして新奇な試みは、詩に關する從來の常識を根本からくつがへしてしまつた。詩に就いて、世界は新らしい槪念を構成せねばならぬ。」

[やぶちゃん注:・「拍節」音楽理論用語。音楽のリズム構造に於いて、何度も繰り返される等時的な最小単位、つまり「拍」が存在し、しかもその拍が二個以上結合して纏まりを有する際の性質を「拍節」と称し、その音楽を「拍節的である」とか「拍節が明確である」などと表現する。言い換えれば、拍節とは継起する固定的なリズム・パターンであり、リズムそのものと混同してはならない。リズムの中には非拍節的なものも存在する(以上は「ブリタニカ国際大百科事典」に拠った)。

・最後の鍵括弧閉じるはママ。萩原朔太郎の誤記或いは誤植。]

 勿論、そこでは多くの議論と宿題とが豫期される。我我の詩の新しき槪念は、それが構成され得る前に、先づ以て十分に吟味せねばならぬ。果して自由詩は「詩」であるかどうか。今日一派の有力なる詩論は、毅然として「自由詩は詩に非ず」と主張してゐる。彼等の哲學は言ふ。「散文で書いたもの」は、それ自ら既に散文ではないか。散文であつて、同時にまたそれが詩であるといふのは矛盾である。散文詩又は無韻詩の名は、言語それ自身の中に矛盾を含んで居る。かやうな槪念は成立し得ない。元來、詩の詩たる由所――よつて以てそれが散文から類別される由所――は、主として全く韻律の有無にある。韻律を離れて尚詩有りと考ふるは一つの妄想である。けだし韻律(リズム)と詩との關係は、詩の起元に於てさへ明白ではないか。世界の人文史上に於て、原始民族の詩はすべて明白に規則正しき拍節を踏んでゐる。言語發生以前、彼等は韻律によつて相互の意志を交換した。韻律は、その「規則正しき拍節の形式」によつて我等の美感を高翔させる。詩の母音は此所から生れた。見よ、詩の本然性はどこにあるか。原始の純樸なる自然的歌謠――牧歌や、俚謠や、情歌や――の中に、一つとして無韻詩や自由詩の類が有るか。

[やぶちゃん注:・二箇所の「由所」は「由緖」の誤記であろうから、「ゆいしよ(ゆいしょ)」と読んでおく。なお「所由」で「しよいう(しょゆう)」と読み、「基づくところ・物事の由って来たるところ・所以」の意があり、妙な熟語には見えるが、意味は通る。筑摩書房版全集校訂本文(ここでは向後は「筑摩版」と略す)は否応なしに二箇所とも『所以』と消毒している。

・「起元」ママ。筑摩版は『起原』と消毒。]

 我我の子供は、我我の中での原始人である。彼等の生活はすべて本然と自然とにしたがつて居る。されば子供たちは如何に歌ふか。彼等の無邪氣な卽興詩をみよ。子供等の詩的發想は、常に必ず一定の拍節正しき韻律の形式で歌はれる。自然の狀態に於て子供等の作る詩に自由詩はない

[やぶちゃん注:・太字は底本では傍点「・」(少しだけ大きめの黒点)。以下、この「自由詩のリズム」の章内では最後まで同じなのでこの注は略す

 そもそも如何にして韻律(リズム)がこの世に生れたか。何故に詩が、韻律(リズム)と密接不離の關係にあるか。何故に我等が――特に我等の子供たちが――韻律(リズム)の心像を離れて詩を考へ得ないか。すべて此等の理窟はどうでも好い。ただ我等の知る限り、此所に示されたる事實は前述の如き者である。詩の發想は本然的に音樂の拍節と一致する。そして恐らく、そこに人間の美的本能の唯一な傾向が語られてあるだらう。宇宙の眞理はかうである。「原始(はじめ)に韻律があり後に言葉がある。」この故に、韻律を離れて詩があり得ない。自由詩とは何ぞや、無韻詩とは何ぞや、不定形律の詩とは何ぞや。韻律の定まれる拍節を破却すれば、そは卽ち無韻の散文である。何で此等を「詩」と呼ぶことができやうぞ。

[やぶちゃん注:・最後の「できやうぞ」はママ。]

 かくの如きものは、自由詩に對する最も手(てごは)い拒である。けれどもその論旨の一部は、單なる言語上の空理を爭ふにすぎない。そもそも自由詩が「散文で書いたもの」である故に、同時にそれが詩であり得ないといふ如き理窟は、理窟それ自身の詭辯的興味を除いて、何の實際的根據も現在しない。なぜといつて我等の知る如く、實際「散文で書いたもの」が、しばしば十分に詩としての魅惑をあたへるから。そしていやしくも詩としての魅惑をあたへるものは、それ自ら詩と呼んで差支へないであらう。もし我等にして、尚この上この點に關して爭ふならば、そは全く「詩」といふ言葉の文字を論議するにすぎない。暫らく我等をして、かかる槪念上の空論を避けしめよ。今、我等の正に反省すべき論旨は別にある。

 しばしば淺薄な思想は言ふ。「自由詩は韻律の形式に拘束されない。故に自由であり、自然である。」と。この程度の稚氣は一笑に價する。反對に、自由詩に對する非難の根柢はそれが詩として不自然な表現であるといふ一事にある。この論旨のために、我我の反對者が提出した前述の引例は、すべて皆眞實である。實際、上古の純樸な自然詩や、人間情緖の純眞な發露である多くの民謠俗歌の類は、すべて皆一定の拍節正しき格調を以て歌はれて居る。人間本然の純樸な詩的發想は、歸せずして拍節の形式と一致して居る。不定形律の詩は決して本然の狀態に見出せない。ばかりでなく、我我自身の場合を顧みてもさうである。我我の情緖が昂進して、何かのい詩的感動に打たれる時、自然我々の言葉には抑揚がついてくる。そしてこの抑揚は、心理的必然の傾向として、常に音樂的拍節の快美な進行と一致する故に、知らず知らず一定の韻律がそこに形成されてくる。一方、詩興はまたこの韻律の快感によつて刺激され、リズムと情想とは、此所に互に相待ち相助けて、いよいよ益々詩的感興の高潮せる頂に我等を運んで行くのである。かくて我等の言葉はいよいよ滑らかに、いよいよ口調よく、そしていよいよ無意識に「韻律の周期的なる拍節」の形式を構成して行く。思ふにかくの如き事態は、すべての原始的な詩歌の發生の起因を明する。詩と韻律の關係は、けだし心理的にも必然の因果である如く思はれる。

[やぶちゃん注:・「見出せない。ばかりでなく」の句点はママで、一種の強調形である。ここは流石に筑摩版もママである。]

 然るに我等の自由詩からは、かうした詩の本然の形式が見出せない。音樂的拍節の一定の進行は、自由詩に於て全く缺けてゐる者である。ばかりでなく、自由詩は却つてその「規則正しき拍節の進行」を忌み、俗語の所謂「調子づく」や「口調のよさ」やを淺薄幼稚なものとして擯斥する。それ故に我等は、自由詩の創作に際して、しばしば不自然の抑壓を自らの情緖に加へねばならぬ。でないならば、我等の詩興は感興に乘じて高翔し、ややもすれば「韻律の甘美な誘惑」に乘せられて、不知不覺の中に「口調の好い定律詩」に變化してしまふ恐れがある。

[やぶちゃん注:・「擯斥」「ひんせき」と読み、「しりぞけること・のけものにすること」で、「排斥」に同じい。]

 元來、詩の情操は、散文の情操と性質を別にする。詩を思ふ心は、一つの高翔せる浪のやうなものである。それは常に現實的實感の上位を跳躍して、高く天空に向つて押しあげる意志であり、一つの甘美にして醱酵せる情緖である。かかる種類の情操は、決して普通の散文的情操と同じでない。したがつて詩の情操は、自然また特種な詩的表現の形式を要求する。言ひ換へれば、詩の韻律形式は、詩の發想に於て最も必然自由なる自然の表現である。然り、詩は韻律の形式に於てこそ自由である。無韻律の不定形律――卽ち散文形式――は、詩のために自由を許すものでなくして、却つて不自由をゐるものである。然らば「自由詩」とは何の謂ぞ。所謂自由詩はその實「不自由詩」の謂ではないか。けだし、「散文で詩を書く」ことの不自然なのは、「韻文で小を書く」ことの不自然なのと同じく、何人(なんぴと)にも明白な事實に屬する。

[やぶちゃん注:・「ゐる」はママ。]

 自由詩に對するかくの如き論難は、彼等が自由詩を「散文で書いたもの」と見る限りに於て正當である。そしてまた此所に彼等の誤謬の發端がある。なぜならば眞實なる事實として、自由詩は決して「散文で書いたもの」でないからである。しかしながらその辯明は後に讓らう。此所では彼等の言にしたがひ、また一般の常識的觀念にしたがひ、暫らくこの假を許しておかう。然り、一般の觀念にしたがふ限り、自由詩は確かに散文で書いた「韻律のない詩」である。故にこの見識に立脚して、自由詩を不自然な表現だと罵るのは當を得て居る。我等はあへてそれに抗辯しない。よしたとへ彼等の見る如く、自由詩が眞に不自然な者であるとした所で、尚且つあへて反駁すべき理由を認めない、なぜならばこの「自然的でない」といふ事實は、この場合に於て「原始的でない」を意味する。しかして文明の意義はすべての「原始的なもの」を「人文的なもの」に向上させるにある。されば大人が子供よりも、文明人が野蠻人よりも、より價値の高い人間として買はれるやうに、そのやうにまた我等の成長した叙情詩も、それが自然的でない理由によつてすら、原始の素樸な民謠や俗歌よりも高價に買はるべきではないか。けだし自由詩は、近世紀の文明が生んだ世界の最も進步した詩形である。そして此所に自由詩の唯一の價値がある。

 世界の叙情詩の歷史は、最近佛蘭西に起つた象徵主義の運動を紀元として、明白に前後の二期に區分された。前派の叙情詩と後派の叙情詩とは、殆んど本質的に異つて居る。新時代の叙情詩は、單なる「純情の素朴な咏嘆」でなく、また「觀念の平面的なる叙述」でもなく、實に驚くべき複雜なる睿智的の内容と表現とを示すに至つた。(但し此所に注意すべきは、所謂「象徵詩」と「象徵主義」との別である。かつてボトレエルやマラルメによつて代表さられた一種の頽廢氣分の詩風、卽ち所謂「象徵詩」なるものは、その特色ある名稱として用ゐられる限り、今日既に廢つてしまつた。しかしながら象徵主義そのものの根本哲學は今日尚依然として多くの詩派――表現派、印象派、感情派等――の主調となつて流れてゐる。自由詩形もまた此の哲學から胎出された。)

[やぶちゃん注:・「睿智的」(えいちてき)の「睿」は「叡」の異体字。

・「ボトレエル」はママ。「序」でも彼はこの表記であるから、確信犯。英語発音では明白に「ド」であるが、フランス語では「トゥ」にも聴こえるので、おかしくはない。

・「代表さられた」はママ。筑摩版は「代表された」と消毒。]

 象徵主義が唱へた第一のモツトオは、「何よりも先づ音樂へ」であつた。しかしこの標語は、かつて昔から詩の常識として考へられて居た類似の觀念と別である。ずつと昔から、詩と音樂の密接な關係が認められて居た。「詩は言葉の音樂である」といふ思想は、早くから一般の常識となつて居た。しかしこの關係は、專ら詩と音樂との外面形式に就いて言はれたのである。卽ち詩の表現が、それ自ら音樂の拍節と一致し、それ自ら音樂と同じ韻律形式の上に立脚する事實を指したのであつた。然るに今日の新しい意味はさうでない。今日言ふ意味での「詩と音樂の一致」は、何等形式上での接近や相似を意識して居ない。詩に於ける外形の音樂的要素――拍節の明晣や、格調の正しき形式や、音韻の節律ある反覆や――はむしろ象徵主義が正面から排斥した者であり、爾後の詩壇に於て一般に閑却されてしまつた。故にもしこの方面から觀察するならば、或る音樂家の論じた如く、今日の詩は確かに「非音樂的なもの」になつて來た。けれどもさうでなく、我々の詩に求めてゐるものは實に「内容としての音樂」である。

[やぶちゃん注:・「明晣」「めいせつ」或いは「めいせい」。現行では「明晰」であるが、誤字ではない。「晣」は音「セツ・セイ」、訓で「かしこい・あきらか」と読むように、「晰」と同義の別字である。筑摩版は無論、容赦なく消毒してしまっている。以下でも出るが、特に注さない。

 我々は外觀の類似から音樂に接近するのでなく、直接「音樂そのもの」の縹渺するいめえぢの世界へ、我々自身を飛び込ませやうといふのである。かくの如き詩は、もはや「形の上での「音樂」でなくして「感じの上での音樂」である。そこで奏される韻律(リズム)は、形體ある拍節でなくして、形體のない拍節である。詩の讀者等は、このふしぎなる言葉の樂器から流れてくる所の、一つの「耳に聽えない韻律」を聽き得るであらう。

[やぶちゃん注:・「縹渺する」「縹渺」は「へうべう(ひょうびょう)。ここは「果てしなく広がる」の意。

・「いめえぢ」の「い」には傍点がないのはママ。朔太郎の傍点し忘れか、植字工・校正者のミス。

・「飛び込ませやう」の「やう」はママ。

・『「形の上での「音樂」』の「音」の前の鍵括弧はママ。朔太郎の誤記か誤植。恐らくは前者。]

「耳に聽えない韻律(リズム)」それは卽ち言葉の氣韻の中に包まれた「感じとしての韻律(リズム)」である。そして實に、此所に自由詩の詩學が立脚する。過去の詩學で言はれる韻律とは、言葉の音韻の拍節正しき一定の配列を意味して居る。たとへば支那の詩の平仄律、西洋の詩の押韻律、日本の詩の語數律等す、べて皆韻律の原則によつた表現である。けれども我々の自由詩は、さういふ韻律の觀念から超越してゐる。我々の詩では、音韻が平仄や語格のために選定されない。さうでなく、我々は詩想それ自身の抑揚のために音韻を使用する。卽ち詩の情想が高潮する所には、表現に於てもまた高潮した音韻を用ゐ、それが低迷する所には、言葉の韻もまた靜かにさびしく沈んでくる。故にこの類の詩には、形體に現はれたる韻律の節奏がない。しかしながら情想の抑揚する氣分の上で、明らかに感じ得られる所の拍節があるだらう。

[やぶちゃん注:「す、べて」はママ。誤植。]

 定律詩と自由詩との特異なる相違を一言でいへば、實に「拍子本位」と「旋律本位」との音樂的異別である。我々が定律詩を捨てて自由詩へ走つた理由は、理論上では象徵主義の詩學に立脚してゐるが、趣味の上から言ふと、正直のところ、定律詩の韻律に退屈したのである。定律詩の音樂的効果は、主としてその明晣にして固なる拍節にある。然るに我々の時代の趣味は、かかる固なる拍節を悅ばない。我々の神經にまで、そはむしろ單調にして不快なる者の如く聽えてきた。我々の音樂的嗜好は、遙かに「より軟らかい拍節」と「より高調されたる旋律」とを欲してきた。卽ち我々は「拍節本位」「拍子本位」の音樂を捨てゝ、新しく「感情本位」「旋律本位」の音樂を創造すべく要求したのである。かゝる趣味の變化は、明らかに古典的ゴシツク派の藝術が近代に於て衰退せる原因と、一方に於て自由主義や浪漫主義の興隆せる原因を語つてゐる。しかして自由詩は、實にこの時代的の趣味から胚胎された。

 それ故に自由詩には、定律詩に見る如き音韻の明晣なる拍節がない。或る人人は次の如き假――詩の本質は韻律以外にない。自由詩がもし詩であるならば必然そこに何かの韻律がなければならない。――を證明する目的から、しばしば自由詩の詩語を分解して、そこから一定の拍節律を發見すべく骨を折つてゐる。しかしこの努力はいつも必ず失敗である。自由詩の拍節は常に不規則であつて且つ散漫してゐる。定韻律に見る如き、一定の形式ある周期的のい拍節は、到底どの自由詩からも聽くことはできない。所詮、自由詩の拍節は、極めて不鮮明で薄弱なものにすぎないのである。けだし自由詩の高唱する所は拍節にない。我々は詩の拍節よりも、むしろ詩の感情それ自身――卽ち旋律――を重視する。我々の詩語はそれ自ら情操の抑揚であり、それ自ら一つの美しい旋律である。されば我々の讀者は、我々の詩から「拍節的(リズミカル)な美」を味ふことができないだらうけれども「旋律的(メロヂル)な美」を享樂することができる。「旋律的(メロヂカル)な美」それは言葉の美しい抑揚であり、且つそれ自らが内容の呼動である所の、最も肉感的な、限りなく艶めかしい誘惑である。思ふにかくの如き美は獨り自由詩の境地である。かの軍隊の步調の如く、確然明晣なる拍節を踏む定律詩は、到底この種の縹渺たる、音韻の艶めかしい黃昏曲を奏することができない。

[やぶちゃん注:・最初の「旋律的(メロヂル)な美」はママ。朔太郎の脱字か誤植。

・「呼動」はママ。筑摩版は「鼓動」とするが、本当にそれは正統にして正統な唯一絶対の訂正であろうか? 実は後にも登場するが、萩原朔太郎は「鼓動」ではなく、「呼動」、「呼べば生き生きと動き出てくるもの」という意味で確信犯でこの字(造語)を用いているいるのではないかと私は思う部分があるのである。

・「黃昏曲」「こうこんきよく(こうこんきょく)」で「夜想曲」(ノクターンnocturne):フランス語・ノクチュルヌ(nocturne))よりも前、まだ黄昏(たそがれ)の余光のあるような「トワイライト・ミュージック」(twilight music)、「夕暮れの曲」といった謂いであろう。]

 されば此の限りに於て、自由詩は勿論また音樂的である。そは「拍子本位の音樂」でない。けれども「旋律本位の音樂」である。しかしながら注意すべきは、詩語に於ける韻律は、拍節の如く外部に「形」として現はれるものでないことである。詩の拍節は――平仄律であつても、語數律であつても――明白に形體に示されてゐる。我々は耳により、眼により、指を折つて數へることより、詩のすべての拍節を一々指摘することができる。之れに反して旋律は形式をもたない。旋律は詩の情操の吐息であり、感情それ自身の美しき抑揚である故に、空間上の限られたる形體を持たない。尚この事實を具體的に明しやう。

[やぶちゃん注:・「指を折つて數へることより」の「ことより」はママ。筑摩版は「ことにより」と訂正する。末尾「しやう」はママ。]

 たとへば此所に一聯の美しい自由詩がある。その詩句の或る者は我等を限りなく魅惑する。そもそもこの魅惑はどこからくるか。指摘されたる拍節は、極めて不規則にして薄弱なものにすぎない。さらばこの美感の性質は、拍節的(リズミカル)の者であるよりは、むしろより多く旋律的(メロヂカル)の者であることが推測される。具體的に言へば、この詩句の異常なる魅力は、主として言葉の音韻の旋律的な抑揚――必しも拍節的な抑揚ではない――にある。勿論またそればかりでない。詩句の各々の言葉の傳へる氣分が、情操の肉感とぴつたり一致し、そこに一種の「氣分としての抑揚」が感じられることにある。(勿論この場合の考察では詩想の槪念的觀念を除外する)此等の要素の集つて構成されたものが、我等の所謂「旋律」である。そは拍節の如く詩の形體の上で指摘することができない。どこにその美しい音樂があるか、我等は之れを分晣的に明記することができない。ただ詩句の全體から、直覺として「感じられる」にすぎないのだ。

[やぶちゃん注:・「分晣的」筑摩版は「分析」に消毒。]

 ここで再度「韻律」といふ語の意義を考へて見やう。韻律の觀念は、その最も一般的な場合に於て、常に音その他の現象の「周期的な運動」卽ち「拍子」「拍節」を意味してゐる。思ふにこの觀念の本質的出所は音韻であり、したがつてまた詩の音韻であるが、その擴大されたる場合では、廣く時間と空間とに於ける一般の現象に適用されて居る。たとへば人間の呼吸、時計の振子運動、光のスペクトラム、野菜畠の整然たる畝の列、大洋に於ける浪の搖動、體操及び音樂遊戲の動作、舞踏、特に建築物の美的意匠に於ける一切の樣式、機關車のピストン、四季の順序正しき推移、衣裝の特種の縞柄、および定規の反覆律を示す一切の者。此等はすべて皆「周期的の運動」を示すものであり、畢竟「拍子の樣々なる樣式」に於ける現象である所から、普通にリズミカルの者と呼ばれて居る。かの定律詩の詩學で定められた韻律の種々なる方則、卽ち平仄律、語格律、語數律、反覆律、同韻重疊律、押韻頭脚律、押韻尾脚律、行數比聯律、重聯對比律等の煩瑣なる押韻方程式も、畢竟「拍子の樣樣なる樣式」卽ち音韻や詩形の周期的な反覆運動を原則としたる者に外ならぬ。

[やぶちゃん注:・「平仄律……」以下、総て漢詩に於ける詩法・詩体・格律用語。サイト「詩詞世界 碇豊長の詩詞」の「詩法・詩体・格律用語集」で概ね理解出来るのでそちらを参照されたい。]

 かく以前の詩學に於ては、拍子が韻律のすべての内容であつた。「拍子卽韻律」「韻律卽拍子」として觀念されて居た。しかしながらこの觀念は未だ原始的である。より進步した韻律の觀念には、一層もつと複雜にして本質的なものがあるだらう。勿論、拍子は韻律の本體である。けれども吾人にして、更にこの拍子の觀念を一層徹底的に押し進めて行くならば、遂には所謂「拍子」の形式を超越した所の別種の韻律――拍子でない拍子――を認識するであらう。たとへば水盤の中で遊泳して居る金魚、不規則に動搖する衣裝のヒダに見る陰影の類はリズムでないか。そは一つの拍節から一つの拍節へ、明白に、機械的に、形式的に進行して居ない。部分的に、我等はその拍節の形式を明示することができない。けれども全體から、直覺として感じられるリズムがある。より複雜にして、より微妙なる、一つの旋律的なリズムがある、然り、水盤の中で遊泳して居る魚の美しい運動は、明らかに一つの音樂的樣式を語つてゐる。そは幾何學的の周期律を示さない。けれども旋律的な周期律を示して居る。外部からの形式でなく、内部からの樣式による自由な拍節を示してゐる。卽ちそれは「形式律としてのリズム」でなく「自由律としてのリズム」である。かくの如きものは、よしたとへ「拍節的(リズミカル)のもの」でないとしても、確實に言つて「旋律的(メロヂカル)のもの」である。

 ここに我等は、所謂「拍子」と「旋律」との關係を知らねばならぬ。先づ之れを音樂に問へ。音樂上で言はれる韻律の觀念は、狹義の場合には勿論拍子を指すのであるが、廣義の語意では拍子と旋律との兩屬性を包容する。卽ちこの場合のリズムは「音樂それ自體 を指すのである。この事實は、勿論「言葉の音樂」である詩に於ても同樣である。元來、旋律は拍節の一層部分的にして複雜なものである。そは拍子の如く幾何學的圖式を構成しない。しかも一つの「自由なる周期律」を有するリズムである。しかしてそれ自らが音樂の情想であり内容である。それ故「韻律」の觀念を徹底すれば、詩の旋律もまた明白にリズムの一種である。卽ち音樂と同じく「詩それ自體」が既に全景的にリズムである。然るに過去の詩人等は、リズムの觀念を拍子の一分景に限り、他に旋律といふリズムの在ることを忘れて居た。自由詩以後我等のリズムに關する槪念は擴大された。今日我等の言ふリズムはもはや單なる拍節の形式的周期を意味しない。我等の新しい觀念では、更により内容的なる言葉の旋律が重視されてゐる。言葉の旋律! それは一つの形相なき拍節であり、一つの「感じられるリズム」である。かの魚の遊泳に於ける音樂的樣式の如く、部分としては拍節のリズムを指示することができない。けれど全曲を通じて流れてゆく言葉の抑揚や氣分やは、直感的に明白なリズムの形式――形式なき形式――を感じさせる。しかしてかくの如きは、實に「旋律そのもの」の特質である。

[やぶちゃん注:・「音樂それ自體 を」の半角空白はママ。印字痕もないので、記号『」』の半角活字であろう。]

 かくて詩に於けるリズムの觀念は、形體的の者から内在的のものへ移つて行つた。拍節の觀念は、過去に於て必然的な形式を要求した。然るに今日の詩人等は、必しも外形の規約に拘束されない。なぜならば我等の求めるものは、形の拍節でなくして氣分の拍節、卽ち「感じられるリズム」であるから。この新しき詩學からして、自由詩人の所謂「色調韻律(ユニアンスリズム)」「音のない韻律」の觀念が發育した。元來、我等のすべての言葉は――單語であると綴り語であるとを問はず――各個に皆特種な音調とアクセントとを持つて居る。この言葉の音響的特性が、卽ち所謂「音韻」である。過去の詩のリズムは、すべて皆この音韻によつて構成された。勿論、今日の自由詩に於ても、音韻はリズムの最も重要なる一大要素であるが、しかも我等の言ふリズムは、必しも此の一面の要素にのみ制約されない。なぜならばそこには、音韻以外、尚他に言葉の「氣分としての韻」があるべきだ。たとへば日本語の「太陽」と言ふ言葉は、音韻上から言つて一聯四音格であるが、かうした語格の特種性を除いて考へても、尚他にこの言葉獨特の情趣がある。その證證は、これを他の同じ語義で同じ一聯四音格の言葉「日輪」や「てんとう」に比較する時、各の語の間に於ける著しい氣分の差を感ずることによつて明白である。實際日本語の詩歌に於て「太陽が空に輝やく」と「日輪が天に輝やく」では全然表現の効果が同じでない。されば我等の自由詩に於て、よし全然音韻上のリズムを發見し得ないとしても、尚そこにこの種の隱れたる氣分の韻律が内在し得ないといふ道理はない。しかしながら、かくの如き色調韻律は。決して最近自由詩の詩人が發見したのではない。勿論それは昔から、すべての定律詩人によつて普通に認められて居た色調、卽ち語の漂渺する特種の心像が、詩の表現の最も重大なる要素であることは、むしろ詩人の常識的事項に屬して居る。ただしかし彼等は、かつて之れに色調韻律(ユニアンスリズム)の名をあたへなかつた。彼等はそれを韻律以外の別條件と見て居た。獨り最近自由詩が之れに韻律の名をあたへ、リズムの一要素として認定した。そして之れが肝心のことである。何となればこの兩者の態度こそ、實に兩者のリズムに對する觀念の根本的な相違を示すものであるから。すくなくとも自由詩のリズム觀は、前者に比してより徹底的であり、且つより本質的である。そこでは詩の表現に於ける一切の要素が、すべて皆リズムの觀念の中に包括されて居る。言ひ換へれば「詩それ自體」が既に全景的にリズムである。故に自由詩の批判に於て「この詩にはリズムがない」と言はれる時、それは、勿論「一定の格調や平仄律がない」を意味しない。また必しも拍節の樣式に於ける「形體上の音樂がない」を意味しない。この場合の意味は、詩全體から直覺的に感じられる所の「氣分としての音樂」が聽えない。卽ち「感じられるリズムが無い」を言ふのである。之れによつて今日の文壇では、しばしばまた次の如きことが言はれて居る。「この詩には作者のリズムがよく現れてる」「彼のリズムには純眞性がある」「この藝術は私のリズムと共鳴する」此等の場合に於ける「作者のリズム」「彼のリズム」「私のリズム」は何を意味するか。從來の詩學の見地よりすれば、かかる用語に於けるリズムの意味は、全然奇怪にして不可解と言ふの外はない。けだしこの場合に言ふリズムは、全く別趣な觀念に屬してゐる。それは藝術の表現に現はれた樣式の節奏を指すのでない。さうでなく、よつて以てそれが表現の節奏を生むであろう所の、我々自身の心の中に内在する節奏(リズム)、卽ち自由詩人の所謂「心内の節奏(インナアリズム)」「内部の韻律(インナアリズム)」を指すのである。さらばこの「心内の節奏」卽ち内在韻律(インナアリズム)とは何であるか。之れ實に自由詩の哲學である。今や我等は、自由詩の根本問題に觸れねばならぬ。

[やぶちゃん注:・二箇所のルビ「色調韻律(ユニアンスリズム)」はママ。無論、「ニユアンスリズム」の誤り。「nuance rhythm」であろう。「微妙な雰囲気の相異・移相を持った韻律」の意であろう。朔太郎の確信犯の表記(「nuance」はフラン語で、音写すると「ニユォンス」で「ユニアンス」でとんでもない感じはしないからである)か誤記か植字ミスかは不明。筑摩は二箇所とも「ユニアンスリズム」とする。

・「證證」はママ。「證據」の誤記か誤植。

・「各」は「おのおの」。

・「てんとう」はママ。「太陽」を意味する「てんとう」は「天道」であるから、歴史的仮名遣では「てんたう」。

・「かくの如き色調韻律は。」はママ。読点の誤り。

・「漂渺」はママ。「縹渺」の誤り。前の十三段落目では正しく「縹渺」とある。誤字か誤植か不明。実は本書の詩篇「夢」の初出でも同じ誤りがあるので、或いは朔太郎自身の誤記の可能性が高いようにも思われる。

・「よつて以てそれが表現の節奏を生むであろう所の」の「あろう」はママ。

・『「心内の節奏(インナアリズム)」「内部の韻律(インナアリズム)」』孰れも前の五字へのルビ。]

 原始(はじめ)、自然民族に於て、歌(うた)は同時に唄(うた)であり、詩と音樂とは同一の言葉で同一の觀念に表象された。彼等が詩を思ふとき、その言葉は自然に音樂の拍節と一致し、自然に音樂の旋律――勿論それは單調で抑揚のすくないものであつたことが想像される――を以て唄歌された。この時代に於て、詩人は同時に音樂家であり、音樂家は同時に詩人であつた。然るにその後、言葉の槪念の發育により、次第に詩と音樂とは分離してきた。歌詞の作者と曲譜の作者とは、後世に於て全く同人でない。かくて詩は全然音樂の旋律から獨立してしまつた。ただしかし拍節だけが殘された。なぜならば拍節は、旋律に比して一層線の太いリズムであり、實に韻律の骨格とも言ふべきものであるから。そして詩が、本來音樂と同じ情想の上に表現されるものである限り、この一つの骨格だけは失ふことができないから。

[やぶちゃん注:「唄歌」はママ。筑摩版は「唱歌」と訂正する。]

 かくして最近に至るまで、詩の表現はこの骨格――言葉の拍節――の上に形式づけられた。所謂「韻律」「韻文」の觀念が之によつて構成されたのである。然るに我々の進步した詩壇は、更にこの骨格の上に肉づけすべく要求した。骨格だけでは未だ單調で生硬である。我々の文明的な神經は、更に之れを包む豐麗な肉體と、微妙で復雜な影をもつた柔らかい線とを欲求した。言ひ換へれば、我々は「肉づけのある拍節」をさがしたのである。「肉づけのある拍節」それは卽ち「旋律」ではないか。かくして一旦失はれたる詩(うた)の旋律は、再度また此所に歸つて來た。しかしながらこの旋律は、かつて原始に在つたそれと全く性質を別にする。原始の旋律は、それ自ら歌詞の節づけとして唄はれたものである。思ふに我等の遠き先祖は、詩と音樂とを常に錯覺混同してゐた。彼等の心像に詩が浮んだことは、同時にいつも音樂のメロヂイが浮んだことである。故にこの場合の方程式は「歌詞十旋律==詩」であつて兩者を心像的に分離することができない。歌詞を切り離せばその旋律に意味がなく、旋律を抽象してしまへば殘りの歌詞に價値ない。(この事態は今日我等の中での原始人である子供に就いて實見することができる)。今や我々の自由詩は、それと全くちがつた別の新しい仕方に於て、それと同じ不思議なる心像――詩と音樂との錯覺――を表象しやうといふのである。

[やぶちゃん注:実は、この「自由詩のリズムに就て」という文章全体について言えるのであるが、例えば、「――言葉の拍節――」の部分は実際には、明らかに前のダッシュが太く、後のダッシュは細い。最後の「――詩と音樂との錯覺――」は前後とも太く見えたりと、実は使用されているダッシュの太さが全体に亙ってまちまちなのである。ただ、それを再現するのは思ったようには出来ないことが判明したし、それを再現する意味自体もないと判断し、総て通常の「――」で統一してある。

・「歌詞十旋律==詩」は方程式「歌詞+旋律=詩」の意味であるが、普通に見ても「+」ではなく、漢数字の「十」であることが判然とする。誤植である。なお、表記出来ないので「==」としたが、断裂していない二本のかなり細い直線で、その長さは二字+半角分ほどもあるもので、とてものことに「=」には見えない。前の「方程式」(但し、これは不定対象が入っていないから、厳密には単に「等式」というべきである)という語がなかったら、これが「歌詞+旋律=詩」の意味だと理解するのにちょっと時間がかかるほどに、「+」にも「=」にも見えない代物である。

・「復雜」はママ。「複雜」の誤字か誤植。

・「表象しよう」はママ。]

 明白なる事實として、詩を思ふ心は音樂を思ふ心である。我等の心像に浮んだ詩は、それ自ら一種のメロヂイをもつてゐる。もし我等にして原始人の如く、また子供等の如く單純素樸であつたならば、必ずや聲をあげて詠誦し、この同一心像に屬する詩と旋律とを同時に一時に發想するであろう。けれども不幸にして我々は近代の複雜した社會に住んでゐる。我々は一人にして詩人と音樂の作曲家とを兼ねることができない。我々は、我々の投影する旋律を知つてゐる、そは一種の氣分として、耳に聽えない音樂として感知される。けれども我々の音樂的無能は、之れを音の形式に再現することができない。そしてその故に、我々は詩人であつて音樂家でないのである。卽ち我々の仕事は、この感知されたる旋律を詩の言葉それ自身のリズムに彫みつけることにある。如何にしてか? ここに我我の自由詩を見よ! 自由詩の表現は實に之れである。

[やぶちゃん注:・「發想するであろう」はママ。

・「我我」「我々」でないのは一字目が行末、二字目が行頭であるため。]

 自由詩にあつては、音樂が單なる拍節によつて語られない。拍節は音樂の骨格にすぎないだらう。さうでなく、我々は音樂のより部分的なるリズム全體、卽ち旋律と和聲とをそつくりそのまま表現しようとする。そしてこの目的のためには、言葉のあらゆる特性が利用されねばならぬ。第一に先づ言葉の音韻的効果が使用される。しかもそれは定律詩の場合の如く、單に拍節上の目的から、平仄を合せたり、同韻を押したり、語數を調べたりするのでない。我々の目的は、それとはもつと遙かに複雜なリズムを彈奏するにある。しかし單に音韻ばかりでは、到底この奇蹟的な仕事を完全に果すべくもない。よつてまた音韻以外、およそ言葉のもつありとあらゆる屬性――調子(トーン)や、拍節(テンポ)や、色調(ユニアンス)や、氣分(ムード)や、觀念(イデム)――を綜合的に利用する。卽ちかくの如きものは、實に言葉の一大シムホニイである。それは單なる形體上の音樂でなくして、それ自らが内容であるところの「音樂それ自身」である。(故に今日の高級な自由詩は、音樂家への作曲を拒する。我々の詩は、それ自らの中に旋律と和聲を語つてゐる。この上別に外部からの音樂を要しないのである。「外部からの音樂」は却つて詩の「實際の音樂」を破壞してしまふ。)

[やぶちゃん注:・「觀念(イデム)」のルビはママ。「イデア」(ギリシャ語由来:idea)の誤植であろう。

・「色調(ユニアンス)」のルビはママ。以前の同様。]

「詩は言葉の音樂である」といふ詩壇の標語は、今や我々の自由詩によつて、その眞に徹底せる意味を貫通した。げに我々の表現は、詩を完全にまで音樂と同化させた。否、しかしこの「同化させた」といふ言葉は間ちがへである。なぜならば、始から詩と音樂とは本質的に同一である。詩の心像と音樂の心像とは原始人に於ける如く我々に於ても常にまた同一の心像である。たとへば次の如き詩想――「心は望に陷り、悲しみの深い沼の底をさまよつて居る。」――が心像として浮んだ時、それは常に一つの抑揚ある氣分として感じられる。そこには或る一つの情緖的な、耳に聽えないメロヂイが低迷してゐる。我々は明らかにそのメロヂイ――氣分の抑揚――を感じ得る。そして此所に詩のリズムが生れるのである。さればこの「音樂の心像」は、それ自ら「詩の心像」であつて、兩者は互に重なり合つた同一觀念に外ならぬ。この限りに於て、我々の言葉でも亦「歌」は「唄」である。言ひ換へれば「詩卽リズム」である。リズムの心像を離れて詩の觀念はなく、詩の觀念を離れてリズムの心像はない。リズムと詩とは必竟同一物の別な名稱にすぎないのだ。それ故我々の詩が、我々の音樂の直接な表現であるといふ上述の明は、之れを一面から言へば、詩想それ自身の直接な表現を意味してゐる。自由詩の表現は、實にこの詩想の抑揚の高調されたる肉感性を捕捉する。情想の呼動は、それ自ら表現の呼動となつて現はれる。表現それ自體が作家の内的節奏となつて響いてくる。詩のリズムは卽ち詩の V I S I O N である。かくて心内の節奏と言葉の節奏とは一致する。内部の韻律と外部の韻律とが符節する。之れ實に自由詩の本領である。

[やぶちゃん注:・「間ちがへ」はママ。「間ちがひ」の間違い。

・「必竟」「ひつきやう(ひっきょう)」を筑摩版は「畢竟」とするが、訳が判らない。「畢竟」は「必竟」とも書く。しかもこの語は元は仏教用語で、サンスクリット語の「究極・至極・最終」などの意を表わす語を漢訳したものなのであるから、何も「畢竟」が唯一正統にして正当な漢字表記なわけではさらさら、ない。近代作家でも「必竟」と書く作家は多いが、それを全集で「畢竟」に書き換えたら、普通、おかしいと思うの正常であり、こんな消毒はあり得ない。

・「情想の呼動は、それ自ら表現の呼動となつて現はれる」の「呼動」はママ。これを総て「鼓動」に直した筑摩版への私の疑義は既に述べた。

・「V I S I O N」は底本では右横転で記されてある。前後の字空けはもう少し広く、二つの「I」が有意に高く組まれていて、がたがたして見えてしまい、アルファベット文字が単品で並べられているような、間抜けた感じになってしまっている。]

 

 かく自由詩は、表現としての最高級のものである。そのリズムは、より單純な拍子本位から、より複雜な旋律本位へ進步した。之れ既に驚くべき發展である。(尤も之れに就いては一方の側からの非難がある。それに就いては後に自由詩の價値を論ずる場合に述べやう。とにかく自由詩が、そのすべての缺點を置いても、より進步した詩形であるといふことだけは否定できない。)それにも關はらず、通俗の見解は自由詩を甚だ見くびつて居る。甚だしきは、自由詩にリズムがないといふ人さへある。然り、自由詩には形體上のリズムがない。七五調や平仄律や――卽ち通俗に言ふ意味でのリズム――は自由詩にない。しかも自由詩にはより複雜な、よりデリケートのリズムがある。それ自らが詩人の「心内の節奏」を節づけする所の「旋律としてのリズム」がある。人々は自由詩を以て、安易な自然的なもの、原始的なものと誤解して居る。事實は反對である。自由詩こそは最も「文明的のもの」である。同時にまたそれは、容易に何人にも自由に作り得られる所の「民衆的のもの」でない。そはただ極めて希有の作家にだけ許されたる「天才的のもの」である。この如何に自由詩が特種な天才的のものであるかといふことは、今日外國の詩壇に於て、自由詩の大家が極めて少數であることによつて見ても明白である。この點に關して、世俗の臆見ほど誤謬の甚だしいものはない。俗見は言ふ。自由詩の如く容易に何人にも作り得られる藝術はない。そこには何等の韻律もなく形式もない。單に心に浮んだ觀念を、心に浮んだ「出來合ひの言葉」で綴ればそれが詩である。――何と造作もないことであるよ。――自由詩の詩人であるべく、何の詩學も必要がなく、何の特種な詩人的天分も必要がない。我等のだれもが、すべて皆容易に一かどの詩人で有ることができると。然り、それは或ひはさうかも知れない。しかしながら彼等の中の幾人が、果して之れによつて成功し得るか。換言すれば、さういふ工合にして書かれた文章の中の幾篇が、讀者にまで、果して芳烈な詩的魅惑をあたへ得るか。恐らくは數百篇中の一が、僅かに辛うじて――しかも偶然の成功によつて――多少の詩的効果を贏ち得るだろう。その他の者は、すべて讀者にまで何の著しい詩的感興をもあたへない。なぜならばそこには何の高調されたるリズムも表白されて居ないから、卽ち普通の退屈な散文として讀過されてしまふから。かく既に詩としての効果を缺いたものは、勿論本質的に言つて詩ではない。故にまたそれは自由詩でない。

[やぶちゃん注:・「それに就いては後に自由詩の價値を論ずる場合に述べやう。」の「述べやう」はママ。

・「或ひは」はママ。

・「贏ち得るだろう」の「だろう」はママ。「贏ち得る」は「かちうる」と読み、「努力の結果として獲得する」の意。

・「讀過されてしまふ」「よみすごされてしまふ」と訓じておく。]

 けだし自由詩の創作は、特種の天才に非ずば不可能である。天才に非ずば、いかでその「心内の節奏」を「言葉の節奏」に作曲することができやうぞ。天才は何物にも束縛されず、自由に大膽に彼の情緖を歌ひ、しかもそれが期せずして美しき音樂の調律となるであろう。ただかくの如きは希有である。通常の詩人の學び得る所でない。之れに反して普通の定律詩は、槪して何人にも學び易く堂に入り易い。なぜならばそこでは、始から既に一定の調律がある。始から既に音樂の拍節がある。最初まづ我等は之れに慣れ、十分よくそのリズムの心像を把持するであらう。さらば我等の詩想は、それが意識されると同時に、常にこの音樂の心像と結びつけられ、互に融合して自然と外部に流出する。ここでは既に「韻律の軌道」が出來て居る。我等の爲すべき仕事は、單に情想をして軌道をすべらせるにすぎぬ。そは極めて安易であり自由である。然るに自由詩には、この便利なる「韻律の軌道」がない。我等の詩想の進行では、我等自ら軌道を作り、同時に我等自ら車を押して走らねばならぬ。之れ實に二重の困難である。言はば我等は、樂典の心像を持たずして音樂の作曲をせんとするが如し。眞に之れ「創造の創造」である。自由詩の「天才の詩形」と呼ばれる由所が此所にある。

[やぶちゃん注:・「作曲することができやうぞ。」の「やうぞ」はママ。

・「調律となるであろう。」の「あろう」はママ。

・「由所」はママ。既注。筑摩版は前の通り、「所以」と消毒。]

 定律詩の安易なる最大の理由は、たとへそれが失敗したものと雖も、尚相當に詩としての價値をもち得らることである。けだし定律詩には既成の必然的韻律がある故に、いかに内容の低劣な者と雖も、尚多少の韻律的美感を讀者にあたへることができる。しかして韻律的美感をあたへるものは、それ自ら既に詩である。實際、近世以前に於ては叙事詩といふ者があつた。叙事詩は、内容から言ふと明白に今日の散文であつて、歷史上の傳や、小的な戀物語やを、單に平面的に叙述した者にすぎないのであるが、その拍節の整然たる調律によつて、讀者をいつしか韻律の恍惚たる醉心地に導いてしまふ。したがつてその散文的な内容すらが、實體鏡で見る寫眞の如く空中に浮びあがり、一つの立體的な情調――卽ち「詩」――として印象されるのである。之れに反して自由詩の低劣な者には、全然どこにも韻律的な魅惑がない、卽ち純然たる散文として印象される。故に定律詩の失敗したものは尚且つ最低價値に於てのであることができるが自由詩の失敗したものは本質的に全くでない。定律詩の困難は、最初に押韻の方則を覺え、その格調の心像を意識に把持する、卽ち所謂「調子に慣れる」迄である。然るに自由詩の困難は無限である。我等は一篇每に新しき韻律の軌道を設計せねばならぬ。永久に、最後まで、調子に慣れるといふことがない。

[やぶちゃん注:・「もち得らる」はママ。筑摩版は「もち得られる」とする。

・「把持」(はぢ(はじ))は「しっかりと持つこと・固く握り持つこと」。]

 定律詩の形式に於ては、本質的の詩人でない人すら、尚よく技巧の學習によつて相應の階段に昇ることができる。人の知る如く、定律詩の中には教訓詩や警句詩や諷刺詩やの如き者すらある。此等の者は、情想の本質に於て詩と言ふべきでない。なぜならばそは一つの理智的な「槪念」を叙したものである。そこには何等の「感情」がない。よつて以てそれが詩のリズムを生む所の内部節奏――心の中の音樂――がない。しかも彼等は、之れに外部からの音樂――詩の定まれる韻律形式――をあたへ、それの節づけによつて歌はうとする。かくて本來音樂でないものが、拍節の故に音樂として聽えてくる。本來詩でないものが、形式の故に詩として批判される。勿論こは極端の例にすぎない。けれどもこれに類した者が、一般の場合にも想像されるだろう。實際多くの定律詩人の中には、何等その心の中に詩情の醱酵せる音樂を感ずることなく、單にその手慣れたる格調上の技巧によつて、容易に低調な思想を詩に作りあげてしまふ。性來全く詩人的天質を缺いて居たと想像される所の、或る日本の老學者は、自ら「古今集を讀むこと一千遍」にして詩人に成り得たと言つて居る。かくの如く定韻詩に於ては、詩の格調を會得し、その「外部からの音樂の作曲法」に熟達することによつて、とにかくにも一通りの作家となることができる。その價値の優劣を論じない限り、必しも「内部の音樂」の實在を必要としないのである。

[やぶちゃん注:「一般の場合にも想像されるだろう。」の「だろう」はママ。]

 之れに反して自由詩には、何等練習すべき樂典がなく、規範づけられたるリズムがない。自由詩の作曲に於ては、心の中の音樂がそれ自ら形體の音樂であつて、心内のリズムが同時に表現されたるリズムである。故にその心に明白なる音樂を聽き、詩的情操の醱酵せる抑揚を感知するに非ずば、自由詩の創作は全く不可能である。もし我等の感情に節奏がなく、高翔せる詩的氣分の抑揚――卽ち心内の音樂――を感知せずば、どうしてそこに再現さるべき音樂があろう。卽ちかかる場合の表現は何の快美なるリズムもない平旦の言葉となつてしまふ。世には自由詩の本領を誤解して居る人がある。彼等は自由詩の標語たる「心内の節奏(リズム)と言葉の節奏(リズム)との一致」を以て、單に「實感の如實的な再現」と解してゐる。これ實に驚くべき誤謬である。もしかくの如くば、すべての文學や小は皆自由詩である。詩の詩たる特色は、リズムの高翔的美感を離れて他に存しない。「心内の節奏」とは、換言すれば「節奏のある心像」の謂である。節奏のない、卽ち何等の音樂的抑揚なき普通の低調な實感を、いかに肉感的に再現した所でそれは詩ではない。なぜならばこの類の者は、既にその心像に快美なリズムがない。どうしてその再現にリズムがあり得やう。リズムとは單なる「感じ」を言ふのでなく、節奏のある「音樂的の感じ」を言ふのである。それ故に自由詩は、その心に眞の高翔せる詩的情熱をもつ所の、眞の「生れたる詩人」に非ずば作り得ない。心に眞の音樂を持たない人々にして、もしあへて自由詩の創作を試みるならば、そは單に「實感の如實的な表現」卽ち普通の散文となつてしまふであらう。そこでは「感じ」が出てゐる。しかも「リズム」が出ない。そしてその故に、そは詩としての効果――韻律の誘惑する陶醉的魅惑――を持つことができない。けだし自由詩の如きは、全く「選ばれたる人」にのみ許された藝術である。

[やぶちゃん注:・「再現さるべき音樂があろう。」の「あろう」はママ。

・「平旦」はママ。「平坦」の誤記か誤植。

・「リズムがあり得やう。」の「やう」はママ。]

 さて、今や我等は、文學史上に於ける一つの新しき槪念を構成しやう。そもそも所謂「韻文」と「散文」との對照は何を意味するか。韻文とは、言ふ迄もなく韻律を踏んだ文章である。しかしながらこの「韻律」といふ言葉は、舊來の意味と今日大に面目を一新した。したがつてまた「韻文」なる語の觀念も、今日に於て新しく改造されねばならぬ。從來の意味で言はれる限り、韻文は既に時代遲れである。ゲーテのフアウストやミルトンの失樂園やは、今日に於て既に詩の範圍に屬さない。韻文といふ言葉は、それ自身の響に於て古雅なクラシツクな感じをあたへる。そは時代の背後に榮えた前世紀の文學である。今日我等の新しき地球上に於て、もし現に「韻文」なる觀念がありとすれば、そは從來と全く別の心像を取るであらう。したがつてまた之れが對照たる「散文」も、一つの別な新しい觀念に立脚せねばならぬ。

[やぶちゃん注:・「構成しやう。」はママ。

・『「散文」との對照』筑摩版は「對照」を「對稱」に消毒している。]

 しばしば今日の文壇では、自由詩に對する小の類が散文と呼ばれる。この意味での「散文」とは何を意味するか。自由詩は舊來の意味での韻文でない。在來の觀念よりすれば自由詩は散文である。さらば自由詩に對して言ふ散文とは何の謂か。かかる稱呼は全く笑止なる沒見識と言はねばならぬ。しかしながら今日、韻文對散文の觀念はもはや舊來の如き者でない。自由詩以後、我々の韻律に對する定義は一變した。かつて韻律は拍子(拍節の周期律)を意味した。然るに新しき認識は、拍子がリズムの一内景に過ぎないことを觀破した。拍子以外、尚一つの旋律といふリズムがあるではないか。旋律こそは廣義の意味でのリズムである。かくて我々の「韻律」の槪念は擴大された。今日我々のいふ韻律の語意は實に「拍子(テンポ)」と「旋律(メロヂイ)」の兩屬性を包括する槪念、卽ち「言葉の音樂それ自體」を指すのであるしかも此等の拍子や旋律やが、單に言葉の音韻的配列によつてのみ構成されないことは前に述べた。この點に於ても、我々の韻律の觀念は昔と遙かに進步した。昔の詩人は單に言葉の形體に現はれた數學的拍節のみを考へた。然るに我々は一層徹底的なる心理上の考察から、形體の拍節を捨てて實際の拍節を選んだ、そしてこの目的から、我等の自由詩の詩學に於ては、單に言葉の音韻ばかりでなく、他の色調や味覺の如き「耳に聽えない拍節」さへも、同樣にリズムの一屬性として認識されて居る。

[やぶちゃん注:●「リズムの一内景」筑摩版はこれを「リズムの一分景」と変えている。意味が異なる。原稿にでも当たったものか?

『卽ち「言葉の音樂それ自體」を指すのであるしかも此等の拍子や旋律やが、』はママ。「指すのである」の後の句点落ち。しかし、これは『卽ち「言葉の音樂それ自體」を指すのである』で一行末となっており、当時の組版技術ではその外に禁則処理で句読点を打つことが物理的に不可能であったのかも知れず、こういう場合に、かく処理するのが一般的に行われていたものかも知れない。

 かくの如く、今日「韻律」の觀念は變化した。したがつてまた「韻文」の觀念も變化すべきである。今日言ふ「韻文」とは、單に拍子の樣々なる樣式に於て試みられる押韻律の文章を指すのでない。同樣にまた今日言ふ「散文」とは、その對象としての表現を言ふのでない。今日「韻文」と「散文」との相對的識別は、その外觀の形式になくして、主として全く内容の表現的實質に存するのである。たとへば今此所に二つの文學がある。その一方の表現に於ては、言葉が極めて有機的に使用され、その一つ一つの表象する心像、假名づかひや綴り語の美しい抑揚やが、あだかも影日向ある建築のリズムのやうに、不思議に生き生きとした魅惑を以て迫つてくる。一言にして言はば、作者の心内の節奏が、それ自ら言葉の節奏となつて音樂のやうに聽えてくる。之れに反して一方の文學では、しかく肉感性の高調された表現がない。ここでは全體に節奏の浪が低い。言葉はしかく音樂的でなくむしろ觀念の明に使用されてゐる。卽ち言語の字義が抽象する槪念のみが重要であつて、言葉の人格とも言ふべき感情的の要素――音律や、拍節や、氣分や、色調や、――が閑却されて居る。今此等二種の文學の比較に於て、前者は卽ち我等の言ふ「韻文」であり、後者は卽ち眞の「散文」である。そしてまた此の文體の故に、前者は明らかに「詩」と呼ばれ、後者は「小」もしくは「論文」もしくは「感想」と呼ばるべきである。

[やぶちゃん注:・『今日言ふ「散文」とは、その對象としての表現を言ふのでない』の「對象」を筑摩版は「對照」とする。この訂正はよかろう。

・「しかく」「然く・爾く」(副詞「しか」+副詞語尾「く」)で「そのように・そんなに」の意であろう。朔太郎の好んだ表現のようだ。]

 かく我等は、我等の新しき定義にしたがつて韻文と散文とを認別し、同時にまた詩と他の文學とを差別する。詩と他の文學との差別は、何等外觀に於ける形式上の文體に關係しない。(行を別けて橫に書いた者必しも詩ではない、のべつに書き下したもの必しも散文ではない。)兩者の區別は、全く感じ得られる内在律の有無にある。一言にして定義すれば「詩とはリズム(内的音樂)を明白に感じさせるもの」であり、散文とはそれの感じられないもの、もしくは甚だ不鮮明の者である。(故に詩と他の文學との識域はぼかしである。既に表現に於ける形式上の區別がない。さらば何を以て内容上の本質的定規とすることができやうぞ。詩の情想と散文の情想との間に、何かの本質的異別ある如く考ふるは妄想である。詩も小も、本質は同一の「美」の心像にすぎない。要はただその浪の高翔と低迷である。詩は實感の上位に跳躍し散文は實感の下位に沈滯する。必竟、此等の語の意味を有する範圍は相對上の比較に止まる。對を言へばすべて空語である。我等の言葉は對を避けやう。)

[やぶちゃん注:・「本質的定規とすることができやうぞ。」の「やうぞ」はママ

・「空語」(くうご)は「根も葉もない言葉・嘘・空言」の意。

・文末の「避けやう。」はママ。]

 さてそれ故に、今日自由詩に對して言はれる一般の通義は適當でない。一般の通義は、自由詩をさして「散文で書いた詩」と稱して居る。けだしこの意味で言ふ散文とは、過去の韻文に對して名稱した散文である。かかる意味での「散文」は、今日既に意味を持たない。自由詩以後、我等の新しき文壇で言はれる「散文」對「韻文」の觀念は上述の如くである。そしてこの改造されたる名稱にしたがへば、自由詩は決して「散文」で書いたものでなく、また「散文的」の態度で書いたものでもない。自由詩の表現は、明白に高調されたる「韻文」である。新しき意味での韻文である。この同じ理由によつて、自由詩の別名たる「散文詩」「無韻詩」の名稱は廢棄さるべきである。かかる言葉は本質的に矛盾してゐる。散文であつて無韻律であつて、しかも同時に詩であるといふことは不合理である。自由詩は決して「散文で書いた詩」でもなく、また「リズムの無い詩」でもない。(今日の詩壇で言ふ「散文詩」の別稱は、高調叙情詩に對する低調叙情詩を指すこともある。この場合はそれで好い。それが「より散文に近い」の語意を示すから)

 およそ上述の如きものは、實に自由詩の具體的本質である。しかしながら次の章にく如く、自由詩は必しも完全至美の詩形でない。自由詩の多くの特色と長所とは、同時にまたその缺陷と短所である。されば近き未來に於て、或は萬一自由詩の詩壇から廢棄される運命に𢌞するなきやを保しがたい。しかも我等の確く信ずる所は、この場合に於てすら、自由詩の哲學そのもの――リズムに關する新しき解――は、永遠に不滅の眞理として傳統され得ることである。けだし自由詩の詩壇にあたへた唯一の功績は、その韻律の新奇にして徹底せる見識にある。

[やぶちゃん注:「詩壇から廢棄される運命に𢌞するなきや」の「𢌞」は筑摩版では「會」の訂正されてある。ここはその訂正がよかろう。]

 

 

    

 

 自由詩のリズムとその本質に就いては、既に前章で大要をきつくした。しかしながら「自由詩の價値」に就いては尚多くの疑問と宿題とが殘されて居る。最後の問題として、簡單に一言しやう。

[やぶちゃん注:・文末「しやう。」はママ。]

 本來、自由詩の動機は、文藝上に於ける自由主義の精神から流出してゐる。自由主義の精神! それは言ふ迄もなく形式主義に對する叛逆である。「形式よりも内容を」と、かく自由主義の標語は叫ぶ。しかしながら元來、藝術にあつては形式と内容とが不二である。形式と内容とは、しかく抽象的に離して考へらるべきものでない。形式は外殼であり、内容は生命であると考ふる如きは、肉體と靈魂を二元的に見た古代人の生命觀の如く、最も笑ふべき幼稚な妄想に屬する。文藝上に於ける形式主義と自由主義とは、もとよりその本質的價値に於て何等の優劣もない。なぜならば彼等の意識する美は――卽ち彼等の趣味は――始から互にその特色を別にする。そしてこの趣味の相異が、各々の主義の分派となつて現はれた。事實はかうである。形式主義とは、空間的、繪畫的の美を愛する一派の趣味である。この趣味の表現にあつては、必然的に形式が重大な要素となる。否、形式の完美が卽ち内容それ自身である、之れに對して自由主義とは、時間的、音樂的の美を愛溺する主觀派である。この趣味の表現では何等形式上の美を必要としない。彼等の求めるものは感情や氣分の肉感的發想である。そしてこの要求の故に、彼等は形式美を排斥して所謂内容(感情や氣分)の自由發想を主張する。

 近代に於ける藝術の潮流は、實に形式主義――それは古代の希臘藝術やゴシツク建築やによつて高調された――の衰退から、次いで新興した自由主義の優勢を示してゐる。あらゆる藝術の傾向は、すべて「眼で見る美」よりは「心で聽く美」、「形式の完美」よりは「感情の充實、卽ち一言にして言へば「繪畫より音樂へ」の潮流に向つて流れて居る。かのあらゆる一切の形相を假象として排斥し、ひたすら時間上の實在性を捕捉しやうとした象徵主義、藝術上に於ける音樂至上主義を主張した象徵主義の如きも、實にこの時流的自由主義の精神を極端に高調したものに外ならぬ。

[やぶちゃん注:・『「形式の完美」よりは「感情の充實、卽ち』はママ。『「形式の完美」よりは「感情の充實」、卽ち』の鍵括弧閉じるの脱落。

・「捕捉しやうとした」はママ。

 自由詩は實にかくの如き精神によつて胎出された。したがつて自由詩は、本質的に主觀的、感情的、象徵的、音樂的である。自由詩の趣味は、根本的に古典派や高踏派と一致しない。此等の詩派が形式の美を尊重するのは、彼等の内容から見て必然である。彼等にとつて「形式の美」は卽ち「内容の美」である。然るに自由詩は、何等空間的の形式美を必要としない。なぜならば自由主義の美は、空間的の繪畫美でなくして時間的の音樂美であり、その形式は「眼に映る形式」でなく「感じられる形式」を意味するから。

 以上の如き精神は、實に自由詩の根本哲學である。この哲學によつて、自由詩は定律詩に戰を挑んだ。これによつて定律詩のあらゆる形式を破壞しやうと試みた。確かに、この戰爭は――その優勢なる時代的潮流に乘じて居る限り――自由詩のために有利であつた。一時殆んど定形詩派は蟄伏されてしまつた。しかしながら最近、歐羅巴の詩壇に於てその猛烈な反動が現はれた。かの新古典派や新定律詩派の花々しい運動が之れである。最も致命的な逆襲は、象徵主義そのものに對する一派の著しい反感である。象徵主義にして否定されんか、自由詩の唯一の城塞は根柢から覆されてしまふ。

[やぶちゃん注:・「破壞しやうと試みた」はママ。

・「蟄伏」(ちつぷく(ちっぷく))は「蛇・蛙・虫などが、冬の間、地中に籠っていること」から転じて、「表に出ずに籠っていること。潜んでいること」の意。]

 自由詩に對する定律派の非難は、それが不完全なる未成品の藝術にすぎないと言ふにある。實例としても、自由詩の多くは散文的惰氣に類して、その眞に成功し、詩としての十分な魅惑を贏ち得たものは、僅かに少數を數へるに過ぎない。しかもその少數の成功も多くは偶然の結果である。これによつて見ても、自由詩は藝術的未成品であると彼等は言ふ。特に新定律詩派の如きは、自由詩を目して明かに過度期の者と稱して居る。彼等のに依れば、詩の發育の歷史は、原始の單純素樸なる自然定律の時代から、未來の複雜にして高遠なる新定律の形式に移るべきで、自由詩はこの中間に於ける過度期の不定形律にすぎない。それは過去の幼稚なる詩形の破壞を目的とする限りに於て啓蒙時代の産物である。それ自身に於ては獨立せる創造的價値を持たないと。もし自由詩にして、單に定律詩形の破壞を目的とし、その意味での自由を叫ぶ以外、それ自身の獨立した詩學を持たないならば確かに彼等の言ふ如き無價値のものであらう。けだし藝術に於ける「型」の破壞は、多くの場合、次いで現はるべき「型」への創造を豫備するからである。

[やぶちゃん注:・二箇所の「過度期」はママ。筑摩版は「過渡期」と訂正する。最終段落に「過渡期」と出る。]

 しかしながら自由詩に對する、一つの最も恐るべき毒牙は、直接我々の急所に向つて嚙みついてくる。既に述べた如く、自由詩の特色はその「旋律的な音樂」にある。心内の節奏と言葉の節奏との一致、情操に於ける肉感性の高調的表現、これが自由詩の本領である。故に自由詩のリズムは、自然に旋律的なものになつてくる。旋律本位になつてくる。したがつてまた非拍節的なものになつてくる。卽ち格調の曖昧な、拍子の不規則な、タクトの散漫で響の弱いものとして現はれる。しかしてかくの如きは、一面自由詩の長所であると同時に、一面實にその著しい缺點である。およそ自由詩を好まない所の人――自由詩は音樂的でないといふやうな人――は、すべて皆この短所に向つて反感を抱くのである。

 拍節の不規則からくる、このタクトの薄弱な結果は、詩をして甚だしく力のない弱弱しいものにしてしまふ。「自由詩は何となく散文的で薄寢ぼけてゐる」といふ一般の非難は正當である。自由詩にはこの「力」がない。したがつてそれは多く散文的な薄弱な感じをあたへる。之に反して定律詩の味は、その拍節の明確な響からくる力い躍動にある。多くの場合、定律詩の感情は、自由詩に比してはつきりと響いてくる。勿論そこには自由詩のやうな情感の複雜性がない。けれども單純に、衝動的に、一つの逞ましい筋肉の力を以て迫つてくる。この事實は、最も幼稚な定律詩である民謠や牧歌の類を取つて見ても明らかである。そのリズムは單純であるけれども「力」がある。く、逞ましく、直接まつすぐにぶつかつてくる力がある。然るに自由詩にはそれがない。何と自由詩のリズムが薄弱であることよ、殆んどそれは散文的なかつたるい感じしかあたへない。これ皆自由詩が旋律本位であつて拍節本位でないためである。既に述べた如く、旋律は拍節の部分的なもの、言はば「より細かいリズム」である故に、しぜんその感じは纖細軟弱となり、スケールの豪壯雄大な情趣を缺いてくる。この點から見ても、自由詩は全然民衆的のものでない。民衆のもつ粗野で原始的なリズムは、牧歌や民謠の中に現はれた、あの拍節の明晣な、力のい、筋肉の健な、あの太くがつしりとしたリズムである。自由詩のリズムは、むしろ貴族者流の薄弱で元氣のない生活を思はせる。民衆は決して自由詩を悅ばず、また自由詩に親しまうともしないのである。

[やぶちゃん注:この「自由詩の價値」の章内では傍点に変化がある。太字は底本では傍点「ヽ」で、下線を施した部分は前章で用いられた「・」(少しだけ大きめの黒点)である。以下、同じなのでこの注は略す。]

 自由詩に對する、最も忌憚なき憎惡者は新古典派である。彼等のによれば、象徵主義は「肉體のない靈魂の幽靈」であり、自由詩はその幽靈の落し兒である。古典派の尊ぶものは、莊重、典雅、明晣、均齊、端正等の美であるのに、すべて此等は自由詩の缺くところである。彼等の趣味にまで、自由詩の如く軟體動物の醜惡を感じさせるものはない。そこには何等の確乎たる骨格がない。何等の明晣なタクトがない。何等の力あるリズムがない全體に漠然と水ぶくれがして居る。ふわふわしてしまりがなく、薄弱で、微溫的で、ぬらぬらして、そして要するに全く散文的である。けだし自由詩のリズムは主として「心像としての音樂」である故に、いつも幽靈の如く意識の背後を彷徨し、定律詩の如き壯にして確乎たる魅力を示すことがない。すべてに於て自由詩は不健康であり病弱である。そは世紀末の文明が生んだ一種の頽廢的詩形に屬すると。

[やぶちゃん注:「何等の力あるリズムがない全體に漠然と水ぶくれがして居る。」はママ。「何等の力あるリズムがない。全體に漠然と水ぶくれがして居る。」の句点脱落。やはり、ここも「何等の力あるリズムがない」で行末であるから、先に私が推測した仕儀の可能性がある。]

 およそ前述の如きものは、自由詩に對する最も根本的の非難である。そこには最も毒々しい敵意と反感とが示されて居る。しかしこの類の議論は、結局言つて「趣味の爭ひ」にすぎぬ。定律詩と自由詩、古典主義と自由主義とは、本質的にその「美」の對象を別にする。自由詩の求める美は、始より既に「旋律本位の美」である。この趣味に同感する限り、自由詩のリズムは限りなく美しい。しかしてその同じことが、一方の定律詩に就いても言へるだろう。もし我等の趣味が「拍子本位の美」に共鳴しないならば、そは全然單調にして風情なき無價値のものと考へられる。かくの如き論議は、必竟趣味の相違を爭ふ水かけ論にすぎないだろう。ただ上述のことは、自由詩の特色が一方から見て長所であると同時に、一方から見て短所であるといふ事實を示したにすぎぬ。しかしてこの限りに於ては、別に論議すべき何の問題もない。

[やぶちゃん注:・「一方の定律詩に就いても言へるだろう。」水かけ論にすぎないだろう。」の「だろう」は孰れもママ。]

 そもそもまた自由詩が「過渡期のもの」であつて、未來詩形への假橋にすぎないと言ふ如きに對しては、此所に全く論ずべき限りでない、新定律詩派の所謂「未來詩形」とは如何なるものか。今日我等の聞くところによれば、そは未だ一つの學にすぎない。實證なき机上の理論にすぎない。しかして藝術の自由なる創作が、文典や詩形の後に生れると云ふ如き怪事は、未來に於ても容易に想像を許さないところである、よしそれが實現された所で、かかる種類の細工物は眞の藝術と言ひがたい。さらば今日に於て我等の選ぶべき唯一の詩形はどこにあるか。けだし我等の自由詩に對する興味は、むしろそれが一つの「宿題」であり「疑問」であり、且つまた「未成品」でさへある所にある。あへて我等は、自由詩の價値そのものを問はないのである。

 

 

 

[やぶちゃん注:以下、奥付。画像のみで示す。]

 

Aonekookuduke

2019/01/19

萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 軍隊

 

 

 

 ⦿ ⦿ ⦿ ⦿ ⦿ ⦿ ⦿ ⦿ ⦿

 

[やぶちゃん注:上記は二一一ページ(左ページ)中央にこれのみある前パート「艶めける靈魂」との遮断を意味する奇体な記号である。底本の「⦿」は中の黒丸が大きく、外側の円との間がもっと狭い。

 

 

 

  軍  隊

      通行する軍隊の印象

この重量のある機械は

地面をどつしりと壓へつける

地面はく踏みつけられ

反動し

濛濛とする埃をたてる。

この日中を通つてゐる

巨重の逞ましい機械をみよ

黝鐵の油ぎつた

ものすごい頑固な巨體だ

地面をどつしりと壓へつける

巨きな集團の動力機械だ。

 づしり、づしり、ばたり、ばたり

 ざつく、ざつく、ざつく、ざつく。

 

この兇逞な機械の行くところ

どこでも風景は褪色し

黃色くなり

日は空に沈鬱して

意志は重たく壓倒される。

 づしり、づしり、ばたり、ばたり

 お一、二、お一、二。

お この重壓する

おほきなまつ黑の集團

浪の押しかへしてくるやうに

重油の濁つた流れの中を

熱した銃身の列が通る

無數の疲れた顏が通る。

 ざつく、ざつく、ざつく、ざつく

 お一、二、お一、二。

 

暗澹とした空の下を

重たい鋼鐵の機械が通る

無數の擴大した瞳孔(ひとみ)が通る

それらの瞳孔(ひとみ)は熱にひらいて

黃色い風景の恐怖のかげに

空しく力なく彷徨する。

疲勞し

困憊(ぱい)し

幻惑する。

 お一、二、お一、二

 步調取れえ!

 

お このおびただしい瞳孔(どうこう)

埃の低迷する道路の上に

かれらは憂鬱の日ざしをみる

ま白い幻像の市街をみる

感情の暗く幽囚された。

 づしり、づしり、づたり、づたり

 ざつく、ざつく、ざつく、ざつく。

 

いま日中を通行する

黝鐵の凄く油ぎつた

巨重の逞ましい機械をみよ

この兇逞な機械の踏み行くところ

どこでも風景は褪色し

空氣は黃ばみ

意志は重たく壓倒される。

 づしり、づしり、づたり、づたり

 づしり、どたり、ばたり、ばたり。

 お一、二、お一、二。

 

[やぶちゃん注:これも一箇所、問題がある。二一四ページと二一五ページは見開きであるが、その版組は二一四ページ(右ページ)が明らかに物理的に一行空けて、

   *

 

この兇逞な機械の行くところ

どこでも風景は褪色し

黃色くなり

日は空に沈鬱して

意志は重たく壓倒される。

 づしり、づしり、ばたり、ばたり

 お一、二、お一、二。

   *

であるが、その左ページの二一五ページは明らかに一行目から、

   *

お この重壓する

おほきなまつ黑の集團

浪の押しかへしてくるやうに

重油の濁つた流れの中を

熱した銃身の列が通る

無數の疲れた顏が通る。

 ざつく、ざつく、ざつく、ざつく

 お一、二、お一、二。

   *

と印字されている。即ち、版組上は、この二つのパートは続いたものとして印刷されているのである。本「靑猫」初版の一ページ行数は八行であるから、これは続いた一連を成しているとしか読めないのである。従って、上記のように電子化した。しかし、筑摩書房はここに行空けを施しており、現行の本長詩「軍隊」は総てここに行空けがある(再録された三種の詩集でも行空けがある。なお、「定本靑猫」には再録されていない)。確かに、これは全体の構成上は行空けを施して自然ではあるし、初出でも行空けがある。或いはまた、朔太郎は初刷り見本で、見開き部分で行空きがあるように感じられるから、これでよしとしたものとも思われる。それでも――正規表現版としては行空けはなし――なのである。これは――ただの拘り――されど拘り――である。朔太郎の亡霊に聴かない限りは永久に判らぬ。

 さても、初出は大正一一(一九二二)年三月号『日本詩人』であるが、有意な異同も以上のケースと絡んだような怪しげなもので、冒頭、

   *

この重量のある機械は

地面をどつしりと壓へつける

地面はく踏みつけられ

反動し

濛濛とする埃をたてる。

   *

の後に一行空けがあって、「この日中を通つてゐる」以下が第二連となっているのだが、本詩集「靑猫」では、その間は、またしても見開き改ページなのである。……「にやり」と笑って……何も語らぬ萩原朔太郎が……そこにも……居るのかも知れぬ……

 初出は他には「 づしり、づしり、ばたり、ばたり」の読点がなく、「 づしり づしり ばたり ばたり」と字空けとなっている他、「お 」が逆に「お、」と読点になっている以外には、私は有意な異同を認めない。

「黝鐵」後の複数の再録詩集で萩原朔太郎は「くろがね」とルビしている。

「兇逞」は「きようてい」(新潮文庫版で正しくルビする)で、朔太郎の造語であろう。「恐ろしまでに或いは凶悪なまでに逞(たくま)しいこと」であろう。

 なお、昭和五四(一九七九)年講談社(学術文庫)刊の那珂太郎氏の「名詩鑑賞 萩原朔太郎」の「軍隊」の鑑賞文「軍隊批判のリズム」には(太字は底本では傍点「ヽ」)、

   《引用開始》

 六つの章にまとめられた詩集『青猫』の、どの章にも入れるにふさわしい所を得ぬふうに、この作品は、⦿⦿⦿⦿⦿⦿⦿⦿⦿という奇怪な見出しのもとに一篇だけ孤立して、末尾に置かれています。たしかにこれは、「青猫」ばかりでなく彼の全作品中でも例外的なものとの印象を人に与えます。彼自身もまた詩集刊行後に書いています。「最後の一篇「軍隊」は、私として不愉快だつたから削るつもりだつたが室生犀星氏と佐藤春夫氏に激賞されたので出す気になつた。自分で嫌ひな作は人に讃(ほ)められ、自分で好きな作は人から認められない。奇体なものである。」(『青猫』追記)「不愉快」といい「嫌ひな作」というのは、この作の異質性に対する作者自身のいつわりない気持ちだったでしょう。そして「室生犀星氏と佐藤春夫氏」がどういう理由でこの作を「激賞」したかはよくわかりませんが、いずれにしろ、これを朔太郎の特異な作品として注目するのは、今日のぼくらの自由です。[やぶちゃん注:後略。]

   《引用終了》

とある。この朔太郎の言葉はネット上のサイト「恩田世界」の「『日清戦争異聞(原田重吉の夢)』の創作のモティーフの中にも、

   《引用開始》

この「軍隊」という詩は、『青猫』の最後に一編だけ浮き上がったような形で置かれている。これをのぞくすべての詩が浪漫的・叙情的な色合いをもっているので、詩集全体としてとらえると奇異な感じを抱かざるを得ない。さらにこの詩は、他の詩の「片恋」「夢」「春宵」といった浪漫的な題名とは大きく異なっているばかりでなく、題名の前に「◎◎◎」というような意味不明の記号が九つも醜く並んで置かれているのである[やぶちゃん注:ママ。]。この記号の意味するものが果たして軍隊なのか、それとも別の意味合いを持っているのかはわからないが、朔太郎自身はこの詩をあまり気に入っていなかったようだ。彼は、『青猫』の追記の中で、「最後の一編『軍隊』は、私として不愉快だったから削るつもりだったが、室生犀星氏と佐藤春夫氏に激賞されたので出す気になった。自分で嫌いな作は人に誉められ、自分の好きな作は人から認められない。奇体なものである」と書いている。この場合、朔太郎がこう述べたのは、おそらく一冊の詩集としては統一性に欠けるという意味であったろう。他の作品がすべて先に述べたように浪漫的で非現実的な美しい世界をあらわしているのに対して、この作品はきわめて現実的な醜い世界を恐ろしいまでのリアリティーを備えて表現されている。

   《引用終了》

と引かれてあるのであるが、不思議なことに、「『靑猫』追記」「『靑猫』の追記」という文章は、筑摩書房版「萩原朔太郎全集」(全巻所持)の昭和五三(一九七八)年刊の第十五巻の「索引」にも、後の一九八九年の二月に刊行された「補卷」(この一書のみを所持)の「索引」にも、載らないし、これが記されていてもいいような題名の文章をつまびらいて見ても、ない、のである。どなたかご存じの方は正式な標題か、以上の二氏が引いている元を御存じの方は御教授願いたい。

 なお、私は、本詩篇が〈軍隊の持つ非人間的機関性〉を痛烈に揶揄している、広義の「反戦詩」であるという大方の捉え方に異存はない。だからと言って、この詩を以って萩原朔太郎を「反戦詩人」であったとも全く思わないことは言い添えておく。そもそも「反戦詩人」というのは「境涯の俳人」などと同じく、胡散臭いニュアンスをさえ感ずる。金子光晴の「落下傘」を以って金子を「反戦詩人」と称賛するような輩とは私は天を同じうしない者である。]

 

 

 

詩 集 靑  猫  

 

[やぶちゃん注:上記は二二〇ページ(右ページ)に最終行(前は空白で、長詩「軍隊」は二一九ページで終わっている)にただ一行配されてある。]

萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 春宵

 

  春   宵

 

嫋(なま)めかしくも媚ある風情を

しつとりとした襦袢につつむ

くびれたごむの 跳ねかへす若い肉體(からだ)を

こんなに近く抱いてるうれしさ

あなたの胸は鼓動にたかまり

その手足は肌にふれ

ほのかにつめたく やさしい感觸の匂ひをつたふ。

 

ああこの溶けてゆく春夜の灯かげに

厚くしつとりと化粧されたる

ひとつの白い額をみる

ちひさな可愛いくちびるをみる

まぼろしの夢に浮んだ顏をながめる。

 

春夜のただよふ靄の中で

わたしはあなたの思ひをかぐ

あなたの思ひは愛にめざめて

ぱつちりとひらいた黑い瞳(ひとみ)は

夢におどろき

みしらぬ歡樂をあやしむやうだ。

しづかな情緖のながれを通つて

ふたりの心にしみゆくもの

ああこのやすらかな やすらかな

すべてを愛に 希望(のぞみ)にまかせた心はどうだ。

 

人生(らいふ)の春のまたたく灯かげに

嫋めかしくも媚ある肉體(からだ)を

こんなに近く抱いてるうれしさ

處女(をとめ)のやはらかな肌のにほひは

花園にそよげるばらのやうで

情愁のなやましい性のきざしは

櫻のはなの咲いたやうだ。

 

[やぶちゃん注:大正一一(一九二二)年一月号『日本詩人』初出。初出では「みしらぬ歡樂をあやしむやうだ。」と「しづかな情緖のながれを通つて」の間に行空けがある他は(ここは底本では見開きの左右ページに分断される版組であるが、後のページ冒頭に物理的に行空けは見られない)、表記の違いや誤字と思われるものを除いて、有意な差を認めない。本篇は「定本靑猫」には再録されていない。本篇を以って最終パート「艶めける靈魂」は終わっている。]

萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 夢

 

  

 

あかるい屛風のかげにすわつて

あなたのしづかな寢息をきく。

香爐のかなしいけむりのやうに

そこはかとたちまよふ

女性のやさしい匂ひをかんずる。

 

かみの毛ながきあなたのそばに

睡魔のしぜんな言葉をきく

あなたはふかい眠りにおち

わたしはあなたの夢をかんがふ

このふしぎなる情緖

影なきふかい想ひはどこへ行くのか。

薄暮のほの白いうれひのやうに

はるかに幽かな湖水をながめ

はるばるさみしい麓をたどつて

見しらぬ遠見の山の峠に

あなたはひとり道にまよふ 道にまよふ。

 

ああ なににあこがれもとめて

あなたはいづこへ行かうとするか

いづこへ いづこへ 行かうとするか

あなたの感傷は夢魔に饐えて

白菊の花のくさつたやうに

ほのかに神祕なにほひをたたふ。

         
(とりとめもない夢の氣分とその抒情)

 

[やぶちゃん注:驚くべきことに、本詩篇の筑摩書房版校訂本文は前の戀」で犯した過ちと全く同じことをやっているのである! そこでは、第二連が、

   *

かみの毛ながきあなたのそばに

睡魔のしぜんな言葉をきく

あなたはふかい眠りにおち

わたしはあなたの夢をかんがふ

このふしぎなる情緖

影なきふかい想ひはどこへ行くのか。

 

薄暮のほの白いうれひのやうに

はるかに幽かな湖水をながめ

はるばるさみしい麓をたどつて

見しらぬ遠見の山の峠に

あなたはひとり道にまよふ 道にまよふ。

   *

と二連に分かれているからである。

 確かに初出である大正一一(一九二二)年一月号『日本詩人』では二連になってはいる。

 ところが、底本である初版本は、この箇所で改ページとなっているが、二〇三の左ページ通常版組の最終行で「影なきふかい想ひはどこへ行くのか。」となり、次の二〇四の右ページは通常版組の第一行から「薄暮のほの白いうれひのやうに」と印字されているのである。物理的に計測してみたが、疑問の余地は全くない。敢えて言えば、句点があるから改行となるのであろうが、後者にはその空行はないのである。

 即ち、「靑猫」の「夢」には、ここに空行はない、のである。

 筑摩版全集はこの行空き操作を校異で述べていない

 即ち、筑摩版全集編者は、初版「靑猫」の行空き無しを見落とし、初出に従って行空きを施してしまったのであると考えざるを得ない。

 ところが、校異を見ると、朔太郎は後の昭和三(一九二八)年第一書房版「萩原朔太郎詩集」では、ここを行空き無しとしている、のである。これは「片戀」の場合と同じである(但し、この詩篇は他に第一書房版の前の大正一二(一九二三)年刊の詩集「蝶を夢む」と、第一書房版の後の昭和一一(一九三六)年新潮文庫刊「萩原朔太郎集」に再録されているが、校異を見る限りでは、行空けは、ある、ようである)

 ただ、詩篇の流れからは、この詩篇の場合は、前の戀」と異なり、ここには空行があってよいとは思う。

 しかしながら、詩集「靑猫」としては、前の「片戀」と同じく、向後、全集が改訂される時は、この行空けを除去するべきであり、選集に選ぶ際も、行空き無しで示されねばならないと私は思う。

 初出は以下。細部や終りの添え辞に異同が認められる。

   *

 

  

 

あかるい屛風のかげにすわつて

あなたのしづかな寢息をきく。

香爐のかなしいけぶりのやうに

そこはかとたちまよふ

女性のやさしい匂ひをかんずる。

 

かみの毛ながきあなたのそばに

睡魔のしぜんな言葉をきく

あなたはふかい眠りにおち

わたしはあなたの夢をかんがふ

このふしぎなる情緖

影なきふかい想ひはどこへ行くのか。

 

薄暮のほの白いうれひのやうに

はるかに幽かな湖水をながめ

はるばるさみしい麓をたどつて

みしらぬ遠見の上の峠に

あなたはひとり道にまよふ 道にまよふ。

 

ああ なにゝあこがれもとめて

あなたはいづこへ行かうとするか

いづこへいづこへ行かうとするか

あなたの感傷は夢魔に酢えて

白菊の花のくさつたやうに

ほのかな神祕なにほひをたたふ。

    
 (とりとめもなき仄かな夢の氣分を、
      
私はこの詩で漂渺させやうと試みた。)

 

   *

「みしらぬ遠見の上の峠に」の「上」及び添え辞の「漂」(正しくは「縹」)や「させやう」はママ。

 なお、本篇は「定本靑猫」には再録されていない。本篇を以って最終パート「艶めける靈魂」は終わっている。]


 

萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 片戀

 

  片  戀

 

市街を遠くはなれて行つて

僕等は山頂の草に坐つた

空に風景はふきながされ

ぎぼし ゆきしだ わらびの類

ほそくさよさよと草地に生えてる。

君よ辨當をひらき

はやくその卵を割つてください。

私の食慾は光にかつえ

あなたの白い指にまつはる

果物の皮の甘味にこがれる。

 

君よ なぜ早く籠をひらいて

鷄肉の 腸詰の 砂糖煮の 乾酪(はむ)のご馳走をくれないのか

ぼくは飢ゑ

ぼくの情慾は身をもだえる。

 

君よ

君よ

疲れて草に投げ出してゐる

むつちりとした手足のあたり

ふらんねるをきた胸のあたり

ぼくの愛着は熱奮して 高潮して

ああこの苦しさ 壓迫にはたへられない。

 

高原の草に坐つて

あなたはなにを眺めてゐるのか

あなたの思ひは風にながれ

はるかの市街は空にうかべる

ああ ぼくのみひとり焦燥して

この靑靑とした草原の上

かなしい願望に身をもだえる。

 

[やぶちゃん注:「かつえ」はママ(正しい歴史的仮名遣「かつゑ」(餓(飢)ゑ))。

 本詩篇の筑摩書房版校訂本文には大きな問題がある。そこでは、第一連が、

   *

市街を遠くはなれて行つて

僕等は山頂の草に坐つた

空に風景はふきながされ

ぎぼし ゆきしだ わらびの類

ほそくさよさよと草地に生えてる。

 

君よ辨當をひらき

はやくその卵を割つてください。

私の食慾は光にかつゑ

あなたの白い指にまつはる

果物の皮の甘味にこがれる。

   *

と二連に分かれているからである。

 確かに初出である大正一一(一九二二)年五月号『婦人公論』では二連になってはいる。

 ところが、底本である初版本は、この箇所で改ページとなっているが、一九七の左ページ通常版組の最終行で「ほそくさよさよと草地に生えてる。」となり、次の一九八の右ページは通常版組の第一行から「君よ辨當をひらき」と印字されているのである。物理的に計測してみたが、疑問の余地は全くない。敢えて言えば、句点があるから改行となるのであろうが、後者にはその空行は、ない、のである。さらにに句点を問題とするのであれば、「はやくその卵を割つてください。」の後はどうなるのか? というイチャモンをつけたくなるのは正当な反論であると言えるのではないか?

 ともかく、「靑猫」の「片戀」には、ここに空行はない、のである。

 筑摩版全集は後に示すように、校異では「乾酪(はむ)」のルビについて神経症的とも言える細密な注を附しているにも拘わらず、この行空き操作を校異で述べていない

 即ち、筑摩版全集編者は、初版「靑猫」の行空き無しを見落とし、初出に従って行空きを施してしまったのであると考えざるを得ない。

 ところが、校異を見ると、朔太郎は後の昭和三(一九二八)年第一書房版「萩原朔太郎詩集」では、ここを行空き無しとしている、のである(この詩篇はそれ以外には再録されていない)。

 詩篇の主題や主情の高まりの流れから見ても、私はここに空行はいらないと考える。朗読してみれば、判る。ここにブレイクは、いらない。

 向後、全集が改訂される時は、詩集「靑猫」本文としては、この行空けを除去するべきであり、選集に選ぶ際も、行空き無しで示されねばならないと私は思う。

 初出は総ルビ。表記違いや誤り以外は有意な相違を認めない。

「片戀」「かたこひ」と読んでおく。片思いと同義。

「ぎぼし」「擬寶珠」。単子葉植物綱キジカクシ目キジカクシ科リュウゼツラン亜科ギボウシ Hosta のギボウシ類で本邦には二十種ほどが自生するが、特に東北から中部地方の一部で「ウルイ」、西日本で「ギボウシ」「タキナ」などの名で「山菜」として若芽・若葉などが食用とされる、オオバギボウシ Hosta sieboldiana が最も人口に膾炙する。

「ゆきしだ」「雪羊齒」のつもりだろうが、そんなシダ類は私は知らない。思うに、前後の植物が食用になることを考えると、これは、双子葉植物綱ユキノシタ目ユキノシタ科ユキノシタ属ユキノシタ Saxifraga stolonifera であろうと推定する(本種は「生物」の授業の葉裏の気孔の顕微鏡観察でよく知られるが、天ぷらにすると美味い)。

「わらび」「蕨」。既出既注。シダ植物門シダ綱シダ目コバノイシカグマ科ワラビ属ワラビ Pteridium aquilinum

「乾酪(はむ)」ルビは「ハム」で、言わずもがな、英語の「ham」、豚肉・猪肉の腿肉を塊のまま塩漬けした或いは燻製にしたあれであるが、漢字表記「乾酪」はそれではなく、正真正銘の「チーズ」である。筑摩版全集「校異」には以下の注が附されてある。

   《引用開始》

「乾酪」は、その漢字を生かすならばルビは「ちいず」と振らねばならず、ルビを生かそうとすれば漢字を改めねばならない。しかしこの詩の初出は大正十一年五月號の

「婦人公論」に發表された總ルビのものであるため、「はむ」というルビが作者自身の振ったルビかどうか、はっきりしない。作者の意向がルビの方にあったと判断したためか、これを生かして漢字を「燻肉(はむ)」と改めた諸本もあるが、作者がチーズを考えていたのではないかという見方も捨てるわけにいかない。また、この詩には草稿が残っていないので、それを参考にすることができない。作者の生存中に發行された諸刊本も、すべて「乾酪(はむ)」のままである。したがって本全集としては、例外的措置として、この諸に関する限りはあえて校訂を加えず、原形のままにとどめることにした。

   《引用終了》

しかし、ここでの問題は、萩原朔太郎自身が本詩集「靑猫」に採るに際し、「乾酪」に「はむ」とわざわざ振ったのか? という一点に収斂する。総ルビは何度も言った通り、高い確率で作者が原稿に振ったものではない。しかし、本詩集の本詩篇に於いて、ここでここにのみ「乾酪(はむ)」としたのは、萩原朔太郎の確信犯であると読まねばならないということである。即ち、朔太郎は初出でも例外的に「乾酪(はむ)」にのみルビを振って原稿を出したのではないか? と私は考える。即ち、これは朔太郎にしばしば見られる誤った語の意味や読みに対する難治性の思い込みであると捉えるのである。これは例えば、彼は、広く干し肉を表わす「乾脯」「乾腊」と「燻肉」或いは「はむ(ハム)」を、まず、ごっちゃにしてイメージ誤認のままに記憶しており、さらにそこから、「チーズ」と読むべき「乾酪」という熟語の「乾」に、思わず、先の誤記憶のイメージが侵略してきてしまい、「ちいず」「チーズ」を示す――「乾酪」という熟語を「はむ」「ハム」と読むのだ――と思い込んでいた可能性を示唆していると私は考えるのである。大方の御叱正を俟つ。

「熱奮」「ねつふん」或いは「ねつぷん(ねっぷん)」か。前者で読んでおく。見かけない。反転した「奮熱(ふんねつ)」なら、「奮(ふる)い立って、夢中になること」の意がある。

 なお、本篇は「定本靑猫」には再録されていない。

2019/01/18

萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 花やかなる情緖

 

  花やかなる情緖

 

深夜のしづかな野道のほとりで

さびしい電燈が光つてゐる

さびしい風が吹きながれる

このあたりの山には樹木が多く

楢(なら)、檜(ひのき)、山毛欅(ぶな)、樫(かし)、欅(けやき)の類

枝葉もしげく鬱蒼とこもつてゐる。

 

そこやかしこの暗い森から

また遙かなる山山の麓の方から

さびしい孤燈をめあてとして

むらがりつどへる蛾をみる。

蝗(いなご)のおそろしい群のやうに

光にうづまき くるめき 押しあひ死にあふ小蟲の群團。

 

人里はなれた山の奧にも

夜ふけてかがやく孤燈をゆめむ。

さびしい花やかな情緖をゆめむ。

さびしい花やかな燈火(あかり)の奧に

ふしぎな性の悶えをかんじて

重たい翼(つばさ)をばたばたさせる

かすてらのやうな蛾をみる

あはれな 孤獨の あこがれきつたいのちをみる。

 

いのちは光をさして飛びかひ

光の周圍にむらがり死ぬ

ああこの賑はしく 艶めかしげなる春夜の動靜

露つぽい空氣の中で

花やかな孤燈は眠り 燈火はあたりの自然にながれてゐる。

ながれてゐる哀傷の夢の影のふかいところで

私はときがたい神祕をおもふ

萬有の 生命の 本能の 孤獨なる

永遠に永遠に孤獨なる 情緖のあまりに花やかなる。

 

[やぶちゃん注:大正一〇(一九二一)年十月号『日本詩人』初出。初出では、

第三連の二箇所の「さびしい」の後に字空け(これは朗読時には有意に異なる)

かすてら」が傍点無しで「かすていら」(これも当然の如く朗読時には大きく異なる)

詩篇末に下方インデントポイント落ちで、『――情緖の神秘性に就いて――』(「秘」はママ)

となっている以外は(句点・漢字表記・ルビ等の違いを除く)、有意な異同は認めない。

 ところが、またしても筑摩書房版全集はとんでもないことをしているのである。校訂本文は総ての「孤燈」を「弧燈」と〈校訂〉しているのである。「弧燈」(ことう)はアーク灯のことで、アーク放電の際の発光を光源とする照明灯を指し、通常は炭素棒を電極として空中放電させた炭素アーク灯を指す。嘗ては街灯に用いられた。確かに第四連の「山の奥にも」「ゆめむ」「花やかな孤燈」というのは、アーク灯かも知れないとは感じさせはする。が、しかしまた、そうではないかも知れないし、この前段の実景の中の「さびしい電燈」は「電燈」で「弧燈」ではないという可能性も同程度に充分にある。否、この前段の電燈は如何にも誘蛾灯然としており、大正十年当時の農村のそれは幾つか調べてみたが、既に白熱電球が使用されていたようでもある。されば、私は、この校訂をやはり肯んじ得ない。何故なら、朔太郎は初出から一貫して「孤燈」と記しており、後の生前の三種の詩集再録(「定本靑猫」には本篇は不再録)でも、総て「孤燈」のままなである。「孤燈」は熟語として無論、存在し、「暗い中に一つだけともっている灯火」のことで、そのように読んで、詩篇に不都合があるとは私は思わないからである。如何なる理由に於いて、これらを総てアーク灯としての「弧燈」にすることが唯一絶対の正当にして正統な校訂行為なのか、私には分らないからである

「楢(なら)」被子植物門双子葉植物綱ブナ目ブナ科コナラ属 Quercus の多様な種、或いは、コナラ Quercus serrata を指す。多様な種はィキの「ナラを見られたい。

「檜(ひのき)」: 球果植物門マツ綱マツ目ヒノキ科ヒノキ属ヒノキ Chamaecyparis obtusa

「山毛欅(ぶな)」ブナ科ブナ属ブナ Fagus crenata

「樫(かし)」ブナ科 Fagaceaeの常緑高木の一群の総称。狭義にはコナラ属 Quercus 中の常緑性の種を「カシ」と呼ぶが、同じブナ科のマテバシイ属 Lithocarpus のシリブカガシ(尻深樫)Lithocarpus glaber も「カシ」と呼ばれるし、シイ属 Castanopsis も別名で「クリガシ属」と呼ばれており、またクスノキ目クスノキ科 Lauraceaeの一部にも、葉の感じが似ていることから、「カシ」と呼ばれる種がある。ここはウィキの「カシ等に拠った。詳しくはそちらを見られたい。

「欅(けやき)」バラ目ニレ科ケヤキ属ケヤキ Zelkova serrata。]

2019/01/17

萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 艶めける靈魂

 

 

 

  

 

 

 

  艶めける靈魂

 

そよげる

やはらかい草の影から

花やかに いきいきと目をさましてくる情慾

燃えあがるやうに

たのしく

うれしく

こころ春めく春の感情。

 

つかれた生涯(らいふ)のあぢない晝にも

孤獨の暗い部屋の中にも

しぜんとやはらかく そよげる窓の光はきたる

いきほひたかぶる機能の昂進

そは世に艶めけるおもひのかぎりだ

勇氣にあふれる希望のすべてだ。

 

ああこのわかやげる思ひこそは

春日にとける雪のやうだ

やさしく芽ぐみ

しぜんに感ずるぬくみのやうだ

たのしく

うれしく

こころときめく性の躍動。

 

とざせる思想の底を割つて

しづかにながれるいのちをかんずる

あまりに憂鬱のなやみふかい沼の底から

わづかに水のぬくめるやうに

さしぐみ

はぢらひ

ためらひきたれる春をかんずる。

 

[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「艶めける靈魂」の「艶めける」は当然の如く今までと同様、「なまめける」である。大正一〇(一九一一)年二月新潮社刊「現代詩人選集」初出。初出は私は有意な異同を感じない。但し、最後に下方インデントのポイント落ちで『――島崎藤村氏に呈す――』という謹呈辞が附されてある。「定本靑猫」は再録しない。

「あじない」は近世から使われ出した語で「味無い」で「あじけない」と同義。]

萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 自然の背後に隱れて居る

 

  自然の背後に隱れて居る

 

僕等が藪のかげを通つたとき

まつくらの地面におよいでゐる

およおよとする象像(かたち)をみた

僕等は月の影をみたのだ。

僕等が草叢をすぎたとき

さびしい葉ずれの隙間から鳴る

そわそわといふ小笛をきいた。

僕等は風の聲をみたのだ。

 

僕等はたよりない子供だから

僕等のあはれな感觸では

わづかな現はれた物しか見えはしない。

僕等は遙かの丘の向ふで

ひろびろとした自然に住んでる

かくれた萬象の密語をきき

見えない生き物の動作をかんじた。

 

僕等は電光の森かげから

夕闇のくる地平の方から

烟の淡じろい影のやうで

しだいにちかづく巨像をおぼえた

なにかの妖しい相貌(すがた)に見える

魔物の迫れる恐れをかんじた。

 

おとなの知らない希有(けう)の言葉で

自然は僕等をおびやかした

僕等は葦のやうにふるへながら

さびしい曠野に泣きさけんだ。

「お母ああさん! お母ああさん!」

 

[やぶちゃん注:「僕等は遙かの丘の向ふで」の「向ふ」はママ。萩原朔太郎の癖である。大正一一(一九二二)年二月号『婦人公論』初出。初出は総ルビで、

「象像(かたち)」が「形像(かたち)」

「僕等は月の影をみたのだ。」は句点がなく、さらに次が一行空けとなっている(都合、全篇は四連れはなく五連構成となっている

「密語」には「密語(さゝやき)」のルビがある(これは個人的には欲しいルビだった。「みつご」は響きが生硬で生理的に厭だ)

「夕闇のくる地平の方から」は「夕闇(ゆふやみ)のくる地方(ぢかた)の方(はう)から」とルビする高い確率で「方」は誤植であろうし、以前から繰り返し言っているようにこの時代の総ルビはまず校正者が勝手に附したものであるから「ぢかた」で真剣に考えるのは馬鹿馬鹿しい

「烟の淡じろい影のやうで」は「烟(けむり)の淡(うす)じろい影(かげ)のやうで」とルビする(近代文学では比較的普通にお目にかかるが、現代人が「うすじろい」をこう書くのは滅多に見ない。さればこそこれも個人的には向後は必ず欲しいルビである。「あはじろい」が変な読みだと感じなくなる日本人が私は怖ろしい)

「曠野」には「曠野(あらの)」のルビがある(これは私もこう読む。今までの日本人なら、圧倒的に「こうや」ではなく、「あらの」と読む。未来の日本人の読者は「あらの」と読めなくなる者が有意に増えるだろうが、それは語彙力の病的疾患と言わざるを得ない)

以外は、歴史的仮名遣の誤用と誤植を除けば、他には有意な違いはないと判断する。

 「定本靑猫」には再録されていない。

 私は個人的に、中学時代にこの詩篇を読んで以来、忘れられない一篇である。自然とはそういうものであり、我々はその「ささやき」を少しだけ聴き取るだけの「たよりない子供」である(否、自負のある大人にはその「ささやき」はもっと聴こえなくなる)。だから恐くなって叫ぶのだ! お母ああさん! お母ああさん!

 以上を以ってパート「意志と無明」は終わっている。]

萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 白い牡鷄

 

  

 

わたしは田舍の鷄(にはとり)です

まづしい農家の庭に羽ばたきし

垣根をこえて

わたしは乾(ひ)からびた小蟲をついばむ。

ああ この冬の日の陽ざしのかげに

さびしく乾地の草をついばむ

わたしは白つぽい病氣の牡鷄(をんどり)

あはれな かなしい 羽ばたきをする生物(いきもの)です。

 

私はかなしい田舍の鷄(にはとり)

家根をこえ

垣根をこえ

墓場をこえて

はるかの野末にふるへさけぶ

ああ私はこはれた日時計 田舍の白つぽい牡鷄(をんどり)です。

 

[やぶちゃん注:大正一一(一九二二)年五月号『婦人公論』。初出は標題が「白い雄鳥」で、第一連が有意に長い。以下に示す。但し、総ルビであるが、必要と思われる部分のみのパラルビとした。

   *

 

  白

 

わたしは田舍の鷄(にはとり)です

まづしい農家の庭に羽ばたきをし

垣根をこえて

私はひからびた小蟲(こむし)をついばむ

ああ この冬の日の陽ざしの影に

さびしく乾地(かんち)の草をついばむ

私は白つぽい病氣の雄鳥(をんどり)

あはれな かなしい 羽ばたきをする生物(いきもの)です。

ああ だれかこの嘆きをしるか

庭にの野菊のしほれて[やぶちゃん注:「しほれて」はママ。]

日(ひ)は遠く海の向(むかふ)へかたむきさり[やぶちゃん注:ルビ「むかふ」はママ。朔太郎のよくやる癖ではある。]

ひとり戀人は島(しま)の上にさすらひたまふ

夕風にゆられ ゆられて

はや暮れる日ざしのかげにこの幻(まぼろし)もかげりゆく。

 

私はかなしい田舍の鷄(にはとり)

家根をこえ

垣根をこえ

墓場をこえ

はるかの野末(のずゑ)にふるえさけぶ[やぶちゃん注:ルビの「のずゑ」、本文「ふるえ」はママ。]

ああ私はこわれた日時計 田舍の白つぽい雄鳥(をんどり)です。[やぶちゃん注:「こわれた」はママ。

 

   *

「定本靑猫」では標題から本文まで三箇所の「牡鷄」を「雄鷄」とする以外は有意な異同を認めない。

 なお、不思議なことに、筑摩版全集校異はこの初版を「さびしく乾地(かんち)の草をついはむ」として濁点を打って訂したことになっている。私のも初版なのだ。或いは印刷途中に、「は」が清音であることに気がついた印刷工が「ば」に差し替えたものか?

2019/01/16

萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 顏

 

  

 

ねぼけた櫻の咲くころ

白いぼんやりした顏がうかんで

窓で見てゐる。

ふるいふるい記憶のかげで

どこかの波止場で逢つたやうだが

菫の病鬱の匂ひがする

外光のきらきらする硝子窓から

ああ遠く消えてしまつた 虹のやうに。

 

私はひとつの憂ひを知る

生涯(らいふ)のうす暗い隅を通つて

ふたたび永遠にかへつて來ない。

 

[やぶちゃん注:大正一一(一九二一)年一月号『日本詩人』初出。初出は以下。

   *

 

  顏

 

ねぼけた櫻のさくころ

白いぼんやりした顏がうかんで

窓で見てゐる。

ふるいふるい記憶のかげて[やぶちゃん注:ママ。]

どこかの波止場で逢つたやうだが

たいさう惱ましい顏のやうだが[やぶちゃん注:「たいさう」はママ。]

𦰌の病鬱の匂ひがする[やぶちゃん注:「𦰌」はママ。]

外光のきらきらする硝子窓から

あゝ遠く消えてしまつた。虹のやうに。

 

私はひとつの憂ひを知る

生涯(らいふ)のうす暗い隅を通つて

ふたゝび永遠にかへつて來ない。

あゝ悔恨の酢えた淚は

殘像の頰にもながれてゐる。

 

   *

初出の最後の二行はカットして良かった。「ふたゝび永遠にかへつて來ない」と感ずる「憂ひ」には「殘像の頰にもながれ」る「悔恨の酢えた淚」など、あろうはずがない、絶対の永遠の憂愁には、この二行は蛇足以外の何ものでもないからである。

 「定本靑猫」とは異同が全くなく、特異点の再録詩篇である。]

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