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カテゴリー「貝原益軒「大和本草」より水族の部」の126件の記事

2019/03/08

大和本草卷之十三 魚之上 ウグヒ (ウグイ)

 

【和品】

ウグヒ 俗ニ鯎ノ字ヲ用ユ出處シレス漢名未詳琵琶

 湖諏訪湖筥根湖等ニ多シ三四月湖水ヨリ河流ニ

 上ルヲ漁人多クトル色赤シ諏訪ニテハ赤魚ト云長五

 六寸ニ不過味不美ナマクサシ河魚ノ最下品ナリ或曰

 本草所載石鮅魚ナルヘシト云其長一寸作鮓甚美ナリ

 ト云ハウクヒニ非ス

○やぶちゃんの書き下し文

【和品】

ウグヒ 俗に「鯎」の字を用ゆ。出處〔(しゆつしよ)〕しれず、漢名、未だ詳らかならず。琵琶湖・諏訪(すは)の湖・筥根〔(はこね)の〕湖等に多し。三、四月、湖水より河流〔(かはながれ)〕に上ぼるを、漁人、多く、とる。色、赤し。諏訪にては「赤魚〔(あかうを)〕」と云ふ。長さ五、六寸に過ぎず、味、美〔(よ)から〕ず、なまくぐさし。河魚の最下品なり。或いは曰〔ふ〕、『「本草」載する所の「石鮅魚」なるべしと云ふ。其の長さ、一寸、鮓(すし)と作〔(な)〕す。甚だ美なり』と云ふは、ウグヒに非ず。

[やぶちゃん注:条鰭綱骨鰾上目コイ目コイ科ウグイ亜科ウグイ属ウグイ Tribolodon hakonensis本邦での漢字表記では「鯎」「石斑魚」。既に何度も述べているが、各地に於いて、複数の種の川魚を含めた総称「ハヤ」(「鮠」「鯈」)の一種で、本種を「ウグイ」よりも「ハヤ」で呼ばれることが有意に多い地方も存在する(後の引用を参照)。しかし、「ハヤ」は本邦産のコイ科(条鰭綱骨鰾上目コイ目コイ科 Cyprinida)の淡水魚の中でも、中型で細長い体型を持つ種群の総称通称で、釣り用語や各地での方言呼称に見られ、「ハエ」「ハヨ」などとも呼ばれる。呼称は動きが速いことに由来するともされ、主な種としては、本種のほかに、

ウグイ亜科アブラハヤ属アムールミノー亜種アブラハヤ Rhynchocypris logowskii steindachneri

アブラハヤ属チャイニーズミノー亜種タカハヤ Rhynchocypris oxycephalus jouyi

コイ科 Oxygastrinae 亜科ハス属オイカワ Opsariichthys platypus

コイ科 Oxygastrinae亜科カワムツ属ヌマムツ Nipponocypris sieboldii

カワムツ属カワムツ Nipponocypris temminckii

などが「ハヤ」に入り、さらに本種ウグイには近縁種に、

エゾウグイ Tribolodon ezoe(北海道などの河川・湖沼に棲息)

ウケクチウグイ Tribolodon nakamurai(絶滅危惧種で長野県・新潟県の信濃川水系の河川などに棲息)

マルタウグイ Tribolodon brandti(汽水域や内湾・沿岸域に棲息。産卵のために河川を遡上する遡河回遊魚で、ウグイとマルタウグイとは交雑し易い)

がおり、これらもウグイ及び「ハヤ」に含まれる。以下、ウィキの「ウグイ」を引く。『多くの地方でオイカワやカワムツなどと一括りに「ハヤ」と呼ばれる。また、関東地方をはじめ本種を指す呼び名としての「ハヤ」の普及は標準和名を凌ぐ地域もある』。『この他、分布の広さから数多くの地方名があり、アイソ、アカハラ、クキ、タロ、ニガッパヤ、イダ』、『ヒヤレ』、『デイス、イス』、『イダ』『など各地の独特な名前が付けられている』。なお、本邦では本種を「石斑魚」と漢字表記するが、香港では「石斑魚」(広東語)は海水魚の条鰭綱スズキ目スズキ亜目ハタ科ハタ亜科 Epinephelinae のハタ類(マハタ Epinephelus septemfasciatus など)を指し、また、益軒は「漢名、未だ詳らかならず」と言っているが、中国語で本種「ウグイ」は「三塊魚」或いは「珠星三塊魚」と漢名表記するので要注意である。また、益軒がぐちゃぐちゃ言って異物とする「石鮅魚」(この物言いは実は「石鮅魚」という時珍の記載を益軒の知人が「石斑魚」と見誤った可能性が濃厚)は後注でも示すが、「ハヤ」としての仲間である、コイ科 Oxygastrinae 亜科ハス属オイカワ Opsariichthys platypus で、確かに「ウグイ」ではない話をウグイに戻す。ウグイは『成魚の体長は最大』五十センチメートル『に達するが、多数を占めるのは』三十センチメートル『前後の個体。側面型は流水性コイ科淡水魚に共通する流線型を示す』。『体色は全体にこげ茶色を帯びた銀色で、体側に』一『本の黒い横帯が走る。腹部は繁殖期以外には銀白色である。各鰭、特に腹鰭、尻鰭、及び尾鰭後端部は黄色味を帯びる。春』(三月上旬から五月中旬)『になると』、『雌雄ともに鮮やか』三『本の朱色の条線を持つ独特の婚姻色へ変化する。婚姻色の朱色の条線より』、『「アカウオ」』『や「サクラウグイ」と呼ばれることもある』。『沖縄地方を除く日本全国に分布。淡水』性『で、河川の上流域から下流域に幅広く生息する。群れを組んで泳ぎ回るので、橋の上などから魚影を確認することができる。食性は雑食。水生昆虫、ミミズ、水に落ちた昆虫、水底のコケ、小さな魚、魚の卵、甲殻類、残飯など何でも捕食する』。『繁殖期の春には、川の浅瀬で比較的流れの緩やかな直径』二~五センチメートル『の礫質の場所を選び、春から初夏にかけて集団で産卵をおこなう』。『全国の河川でもっとも普通に見られた魚であ』る。『幅広い水域で見られる魚ではあるが、特筆すべきはpH 4以下の強酸性でも生きられる点であり』、『強酸性のためクニマス』(条鰭綱サケ目サケ科サケ亜科タイヘイヨウサケ属ベニザケ亜種クニマス Onchorhynchus nerka kawamurae:西湖に棲息)『が絶滅した田沢湖や恐山の宇曽利湖』『や屈斜路湖、猪苗代湖等でも生息している。また、水質汚染が激しい水域でも割合生息が可能である』。『一生を河川で過ごす淡水型と』、『一旦』、『海に出る降海型がいる。降海型は北へ行くほど』、『その比率が増す』。『産卵行動は、水温が』摂氏十一~十三度『に上昇する時期に始まり、直径』二ミリメートル『程度で粘着性のある淡黄色の卵を、流速』毎秒十センチメートル『以下の緩流部で』、『藻の付着していない小石に産み付ける。卵は、水温』摂氏十三度『程度で約』一~三週間かけて『孵化する。孵化から』一『年目に約』五センチメートル、二年目で十~十五センチメートル『程度に成長し』、二~四『年目で繁殖活動を行う』。『雑食性である』ため、『生息域内の別な魚種の卵や稚魚を捕食する。この性質を利用し』、本邦で最も分布を広げてしまっている特定外来生物『ブルーギル』(スズキ目サンフィッシュ科ブルーギル属ブルーギル Lepomis macrochirus)『の増殖抑制に有効である可能性が示されている』。『酸性下では、エラの塩類細胞の形が変わり、且つ』、『数が増えている。通常、塩類細胞は一個ずつバラバラに上皮に存在しているが、宇曽利湖(恐山湖)のウグイでは多数の塩類細胞が濾胞を形成している。これにより体液のpH調整を行っている』。『具体的には、Na+/H+交換輸送体(NEH3)という』八百二十七『個アミノ酸基からなる分子の働きにより、Na+を取り込み、交換にH+を排出している。また、カーボニックアンヒドラーゼ (carbonic anhydrase, CA) 酵素の働きにより』、『細胞内に生じた炭酸水素イオン(HCO3−)を中和に利用している。更に、窒素代謝により生じたアンモニアも中和に利用している。通常の代謝系では、アンモニアは尿素回路で尿素に変換され排出される』とある。私は嘗て庄川の近くの川魚料理屋で父母と食べた初春の「桜うぐい」の塩焼きの美味さが忘れられない。益軒先生、「桜うぐい」は絶品で御座るよ。

「三、四月、湖水より河流〔(かはながれ)〕に上ぼる」湖水に流れ入る、河川をさらに遡上するという意であるが、別に下りもするわけで、この謂いには問題がある。

『「本草」載する所の「石鮅魚」なるべしと云ふ。其の長さ、一寸、鮓(すし)と作〔(な)〕す。甚だ美なり』と云ふは、ウグヒに非ず』先に述べた通り、明の李時珍が「本草綱目」で言っている、「石鮅魚」はウグイではなく、コイ科ダニオ亜科オイカワZacco platypus である。しかも、現代中国語に於いてもズバリ、同種オイカワを指している稀有なケースである。これは私の和漢三才圖會 卷第四十八 魚類 河湖有鱗魚「石鮅魚(をいかは)」の項目名で、本「大和本草」(宝永七(一七〇九)年刊)の三年後に、寺島良安が正確に同定している(「和漢三才図会」の成立は正徳二(一七一二)年)。その「石鮅魚(をいかは)」で良安は、

   *

「本綱」に『石鮅魚〔(せきひつぎよ)〕は、南方、溪-澗(たにがは)の中に生ず。長さ一寸、背裏・腹下、赤く、以て鮓〔(なます)〕と作〔(な)〕して甚だ美なり。其の肉【甘、平。小毒有り。】。』と。

按ずるに、「石鮅魚」の右に謂ふ所の「長さ一寸」の一の字は、當に「數」の字に作るべし。「背裏」の「裏」の字も亦、當に「黑」に作るべし。恐らくは傳寫の誤か。蓋し、「鮅〔(ひつ)〕」は「鱒」の一名なり。此の魚、岩石の急流に、之れ、有り。狀〔(かたち)〕、鮅〔(ます)〕に似て小さく【故に「石鮅」と名づく。】、背、黑にして、微〔(わづ)〕かに斑〔(まだら)〕有り。腹の下、赤斑〔(あかまだら)〕なり。大いさ、四、五寸、夏月、鰷〔(あゆ)〕と同時に出づ。之れを取りて鮓と爲す。味、やや劣れり。洛の大井川に多く、之れ、有り。京俗、呼びて「乎井加波〔(をゐかは)〕」と曰ふ【大井川の畧言。】攝〔=摂津〕・河〔=河内〕の俗に「赤毛止〔(あかもと)〕」と稱す【赤斑の假名の下の畧。相ひ通ずるを以て之を名づく。[やぶちゃん注:この割注、意味不明。]】。「夜砂地〔(やしやち)〕」【名義、未だ詳らかならず。】〔とも稱す〕。

   *

と言って、「本草綱目」の誤字指摘までしているのは凄かろう。さて、因みに「和漢三才図会」では、その次の項が「鯎(うぐひ)」という、絶妙な配置となっている。言わずもがな、「石鮅魚」を「石斑魚」と読み間違え、それを誰かがウグイに勝手に仕立て上げたに過ぎないのである。犯人探しはどうでもいいが、真相を僅か三年後に正して明記した寺島良安の名だけは永く知られてよい。また、一言言い添えておくと、現行、「石鮅魚」は大型深海魚である海水魚のムツ(スズキ目スズキ亜目ムツ科ムツ属ムツ Scombrops boops)の異名でもあるので、注意されたい。

2019/02/22

大和本草卷之十三 魚之上 麵條魚(しろうを) (シロウオ)

 

【外】

麵條魚 本草ニノセス潛確類書及河閒府志ニノセタリ

 長一二寸鱠残ヨリ小ナリ甚潔白ナリ是亦白ウ

 ヲト云三月海ヨリ川ニ多ク上ル漁人梁ヲ以テ多クトル四

 月以後ハ無之味膾残魚ニ不及トイヘドモ新シキハ味頗

 美ナリ處〻ニ多シ又白小トモ云杜子美白小ノ詩曰

 天然二寸魚又名之曰白小白小モ麪條魚ナリト

 潛確類書ニイヘリ味淡ク乄ヨノツネノ病人ニ無妨甘平

 無毒寬中健胃合生薑作羹佳只産婦ニハ食ハシムベ

 カラス有害ト云氣ヲ上スル性アルハ順水流而上故ナリ

○やぶちゃんの書き下し文

【外】

麵條魚(しろうを) 「本草」にのせず。「潛確類書」及び「河閒府志」にのせたり。長さ一、二寸、〔前條の〕鱠残魚(しろうを)より、小なり。甚だ潔白なり。是れも亦、「白うを」と云ふ。三月、海より、川に多く上〔(のぼ)〕る。漁人、梁〔(やな)〕を以つて多くとる。四月以後は、之れ、無し。味、膾残魚に及ばずといへども、新しきは、頗〔(すこぶ)〕る美なり。處々に多し。又、「白小〔(ハクシヨウ/しろこ)〕」とも云ふ。『杜子美、「白小」の詩に曰はく、「天然 二寸の魚」〔と〕。又、之れを名づけて「白小」と曰〔(い)〕ふ。「白小」も麪條魚〔(しろうを)〕なり』と「潛確類書」にいへり。味、淡くして、よのつねの病人に妨げ無し。甘、平。毒、無し。中〔(ちゆう)〕を寬〔(くつろ)〕げ、胃を健す。生薑〔(しやうが)〕に合はせ、羹〔(あつもの)〕と作〔(な)せば〕、佳〔(よ)〕し。只だ、産婦には食はしむべからず、害、有ると云ふ。氣を上〔(じやう)〕する性あるは、水流に順ひて上〔(のぼ)〕る故なり。

[やぶちゃん注:こちらは条鰭綱スズキ目ハゼ亜目ハゼ科ゴビオネルス亜科 Gobionellinaeシロウオ属シロウオ Leucopsarion petersii である。ウィキの「シロウオ」によれば、『透明な体の小魚で、日本、朝鮮に分布し、食用に漁獲される』。条鰭綱新鰭亜綱原棘鰭上目キュウリウオ目シラウオ科シラウオ属シラウオ Salangichthys microdon とは生態や姿が似ており、混同しやすいが(実際には生魚は素人が見ても明らかに違う種と判る)、全く異なった種であり、分布も異なっている。その分布・生態・識別等は、前条の「大和本草卷之十三 魚之上 鱠殘魚(しろうを)(シラウオ)」の私の注を参照されたい。『日本での地方名としてヒウオ(氷魚。茨城・徳島)、イサザ(北陸)、ギャフ(伊勢湾沿岸)、シラウオ(関西・広島)などがある。関西地方などでの呼称は、シラウオ科のシラウオとの混称。また、北陸地方での呼称イサザは、琵琶湖産ハゼの一種の標準和名に充てられていて、琵琶湖で氷魚はアユの稚魚を指す』(寧ろ、地方名や流通での名前の混乱の方が有意に問題がある。なお、最後の部分は前条の私の注で説明した通り、益軒は致命的な大誤認をして「シラウオ」のこととしている。『朝鮮では標準名で「死白魚』『」(サベゴ)と呼ばれるが、死ぬと白く変色することによる』。『英語では氷のハゼを意味するice gobyと呼ばれる』。『成魚は全長』五センチメートル『ほどで、細長い円筒形の体形をしている。体はわずかに黒い色素細胞がある以外はほぼ透明で、眼球・うきぶくろ・脊椎等が透けて見える。ただし死ぬと体が白く濁ってしまい、体内の構造は見えなくなる。メスは腹部に黒い点が』一『列に並ぶのでオスと区別できる。吻は丸く、口は眼の後ろまで裂け、下顎が上顎より前に突き出る。顔つきはハゼ類の特徴がよく現れている』。『ハゼ科の魚は背鰭が二つあることと腹鰭が吸盤状になっているのが特徴だが、シロウオの背鰭は一つしかなく、腹鰭はごく小さい。また鱗も側線もない。充分に成長しても仔魚のような特徴を残すことからプロジェネシス』(プロジェネシス(progenesispaedogenesis:早熟・前発生:動物に於いて性的性徴・発達が加速される現象。ネオテニー(neoteny:幼態成熟:性的に完全に成熟した個体であるにも拘わらず、非生殖器官に未成熟な幼生時・幼体時の性質が残る現象)の対語)『と考えられている。ハゼ科の中では形態が特異な種類として位置づけられ』、一属一種の単型である。『北海道南部から九州南部までと朝鮮半島南部の慶尚南道周辺』『に分布する。南西諸島には分布しないが、奄美大島からの報告がある』。『日本に生息する個体は遺伝的に異なる地理的集団を形成しており』、『「日本海系統」「太平洋系統」に分けられる。また、瀬戸内海域は日本海系と太平洋系統が混合していると報告されている』。『通常は沿岸の浅い海に生息し、プランクトンを捕食しながら生活しているが、早春には成魚が川の下流域に遡上して産卵する。成魚は河口で群れをなし、満潮時の上げ潮に乗って川をさかのぼる。汽水域上限から淡水域にかけての、転石が多い区域に辿り着くと群れは解消される。一夫一妻・』一『回限りの繁殖様式とされ』一~三ミリメートル『程度の礫質底に』、『オスは各々が石の下に潜り込んで産卵室を作り、メスを誘って産卵させる。メスは産卵室の天井に長径』三ミリメートル『ほどの細長い水滴形の卵を約』三百『個産卵する。海水では孵化しない』。『産卵・受精後はオスが巣に残り、孵化するまでの』二『週間ほど何も食べずに卵を保護する。寿命は約』一『年で、メスは産卵後に、オスも卵が孵化した後に死んでしまう。孵化する仔魚は全長』五ミリメートル『ほどで、すぐに川の流れに乗って海へ下る』。『古来より川の下流域へ集まる頃の成魚が食用に漁獲され、早春の味覚として知られる。食用以外にはメバル等の肉食魚の釣り餌としても利用される』。『漁には十字に組んだ竹』二『本で四角形の網を吊るした四手網が全国的によく使われる。網を川底に吊るし、シロウオの群れが網の上を通過したときに一気に引き上げて漁獲するもので、早春の下流域で四手網を繰り出す様は春の風物詩ともなっている。他に地引網や簗』(やな:後注する)『などでも漁獲される。簗漁が行われる地域は日本各地にあるが、福岡市の室見川下流におけるシロウオの簗漁は江戸時代からの伝統があり、マスコミで取り上げられる機会も多い。南三陸町の伊里前川では川に幾何学状に積み上げた「ザワ」と呼ばれる石垣の隅におい込んで捕獲する漁をしているが、これは戦後発達した漁法で近隣地域に見られないため』、『近年「しろうお祭」と称される祭が開催されるようになった』。『近年、日本では高級食材として扱われている。死ぬと著しく風味が落ちるとされるため、流通する際は、水と酸素を充填したポリ袋に入れるなどして、殺さないように注意が払われる』。『生のシロウオを軍艦巻の寿司種にしたり、生きたまま』、『ポン酢などで食べる踊り食いなどで生食が広がりつつある。踊り食いや生食については河川の細菌や寄生虫(横川吸虫)など、衛生上の問題が一部で指摘されている。他に、天ぷら、卵とじ、吸い物の椀種、ニンジンなどと共に炊く炊き込みご飯などの料理が伝統的に食べられている』。『朝鮮では、慶尚南道や釜山でフェやムルフェと呼ばれる酢、トウガラシなどで味を付けて生食する料理や、和え物、チヂミの類、スープなどとして食べられる』とある。

「麵條魚」「麵」は言わずもがな、小麦粉をこね伸ばした食用に生地の意。後の「麪條魚」の「麪」は「麵」の異体字。

『「本草」にのせず』明の李時珍の「本草綱目」。

「潛確類書」「潜確居類書」とも。明代の学者陳仁錫(一五八一年~一六三六年)が編纂した事典。

「河閒府志」この別名で最も知られる、明の樊深の撰になる「嘉靖河間府志正徳大名府」か。現在の河北省滄州市河間市附近(グーグル・マップ・データ)の地方誌であるが、同様の別名で全くの別書もあるので確かではない。しかし、この河間市は東の渤海湾から直線でも八十五~百キロメートル以上離れた内陸であり、そこに記される「麵條魚」は降海性であるシロウオ(基本的には海水魚であるが、卵は海水では孵化せず、淡水域でも棲息は出来るが、成魚は海に下る)の近縁種(中国には本邦のシロウオは棲息しない)であるとは私には思われない。ハゼ科 Gobiidae 或いはゴビオネルス亜科 Gobionellinae の別種、或いは全く違う種であろう。中文サイトで以下に掲げる杜甫の「白小」を見ると、確かに、注で「白小」が現在の「面条魚」であるとするが、中文サイトで「面白魚」を見ると、漢名を「玉筋魚」とし、これは現在の条鰭綱スズキ目イカナゴ亜目イカナゴ科イカナゴ属イカナゴ Ammodytes personatus である。しかもまたまた面倒なことに、イカナゴは沿海性であって、河間市まで溯ることは考え難い。イカナゴ科 Ammodytidae は総て海水魚であるから、その仲間という訳にもいかない。ただ、これは「河閒府志」と「麵條魚(しろうを)」の連関に於ける致命的齟齬であって、後掲される杜甫の「白小」は、ここで詠まれたものではないから、問題はないと言えば言えるのである(ただ、中国にはシロウオは棲息しないし、後で注するように、杜甫の「白小」も詠まれた場所からシロウオどころかイカナゴの仲間でさえ実は、ない)。明代に「麵條魚」と呼ばれたシロウオとは全く異なる淡水魚が如何なるものであるのかが、私の疑問として残るのみではある。

「鱠残魚(しろうを)」前条「大和本草卷之十三 魚之上 鱠殘魚(しろうを)(シラウオ)」を参照。

「梁〔(やな)〕」「簗」に同じ。川などの瀬に杭 などを八の字形に並べ、水をせき止めて一ヶ所を開けて、そこに梁簀 (やなす:篠竹を編んで作った簀(すのこ)。河川の魚道に張り立てて魚を捕らえるための装置。) を張って流れてくる魚を受けて捕る仕掛け。上り梁・下り梁などがある。

「白小〔(ハクシヨウ/しろこ)〕」読みは、前のシラウオと区別するために私が勝手に附した。

『杜子美、「白小」の詩に曰はく、「天然二寸の魚、又、之を名づけて白小と曰〔(い)〕ふ」〔と〕。「白小」も麪條魚なり』と「潛確類書」にいへり原典の記載を国立国会図書館デジタルコレクションの画像で調べた。ここである。杜甫の五言律詩「白小」は以下。所持する一九六六年岩波文庫刊の鈴木虎雄・黒川洋一校注「杜詩」(第六冊)に拠ったが、訓読の一部は私の趣味で変えてある(「生成猶捨卵」は「生成猶拾卵」であるのを、校注者が一本に作る「捨」の字の方を採用した)。

   *

 白小

白小羣分命

天然二寸魚

微霑水族

風俗當園蔬

入肆銀花亂

傾筐雪片虛

生成猶捨卵

盡取義何如

 白小も羣(みな)命(めい)を分かつ

 天然 二寸の魚

 微にして 水族を霑(うる)ほす

 風俗 園蔬(えんそ)に當(あ)つ

 肆(みせ)に入れば 銀花 亂れ

 筐(かご)を傾くれば 雪片 虛(むな)し

 生成 猶ほ 卵(らん)を捨(お)くといふ

 盡(ことごと)く取るは 義 何如(いかん)

   *

これは中文サイトの解説に拠れば、七六六年、杜甫が寓居していた夔州(きしゅう)での詠とする。夔州(現在の重慶市附近)は中国の南部のど真ん中の内陸であり、シロウオやイカナゴの仲間とは無縁である。「白小」に校注者は安易にも『しらうおの類であろう』とするが、内陸のここではそれらであろうはずがないのである。「水族を霑(うる)ほす」他の水族の餌となる。「風俗」夔州のそれ。「園蔬(えんそ)に當(あ)つ」陸の畑の野菜の代わり、食事の「あて」にする、の意。「肆(みせ)」音「シ」で、店・市場の意。「銀花」その透き通った瑞々しく美しい「白小」魚の換喩。「筐(かご)」本来は「はこ」だが、「白小」を入れた籠の意で当て訓した。「雪片」「銀花」同様、「白小」魚の換喩。「生成 猶ほ 卵(らん)を捨(お)くといふ」「捨(お)く」は「置く」で、卵を取らずにおく、の意と校注者は注し、以下、最後の二句を、『(ただ』、『ものはいたわって用うべきものである)物の生成からいうと』、『鳥の卵でさえもこれを』、『すておいて』、『取らぬというのが聖人の仁徳である』。『しかるにこの魚をここの人』々『はすっかり取り尽くすようであるが』、『それはどういうわけである』の『か』? それはまさに『仁』の『意にそむいた』仕方『ではないか』? と訳しておられる。意味は腑に落ちる。達意の訳としては瑕疵は全くない。しかし、何となく、ここまでまさにテツテ的に、まさに籠の目の間の「白小」まで浚い取って現代語訳してしまうと、少し、淋しい気が私はするのである。

   *

「中」漢方で言う仮想の体内概念である「中焦(ちゅうしょう)」であろう。上・中・下の三焦の中部。脾胃(ひい:胃の機能を助ける仮想器官群概念。後の「胃」もそれで現代医学の内臓としての「胃」とは概念が異なるので注意)を包括した概念で、消化吸収及び腸管への伝送を行い、気血生化の源とする。

「羹〔(あつもの)〕」暖かい煮込みスープ。

「氣を上〔(じやう)〕する性あるは、水流に順ひて上〔(のぼ)〕る故なり」「順ひて」は不審。「(食すと)人の陽気を盛んにさせる性質がこの魚にあるのは、水の流れに逆らって川を溯る習性に基づくのである」の意であろう。所謂、フレーザーの言う類感呪術的解釈である。]

2019/02/21

大和本草卷之十三 魚之上 鱠殘魚(しろうを) (シラウオ)

 

鱠殘魚 本草ニ王餘魚トモ銀魚トモ云潔白ニシテ銀

 ノコトシ大坂伊勢所〻ニアリ味ヨシホシテ串ニサシタル

 ヲ目サシト云遠ニヲクル珍味トス本草時珍云曝乾乄

[やぶちゃん注:「ヲクル」はママ。]

 以貨四方ト云如シ倭俗膾殘魚ヲキスコト訓ス甚誤

 レリ本草四十四卷膾残魚ノ集解ヨリ見ルヘシシロウヲ

[やぶちゃん注:ここのみ「残」の字体。]

 ナル叓明白ナリ無鱗但目有黒尒其外ノモ皆

 白魚ナリキスコニ非スキスコハ大ナル者七八寸ニ乄鱗アリ時

 珍食物本草註云膾殘魚味甘平無毒寛中健胃

 利水潤肺止欬作乾食之補脾○江州田上堅田

 ナトニ冬月捕之冰魚ト云又鰷魚之苗冬春在海

 者亦可謂冰魚

○やぶちゃんの書き下し文

鱠殘魚(しろうを) 本草に「王餘魚」とも「銀魚」とも云ふ。潔白にして銀のごとし。大坂・伊勢、所々にあり、味、よし。ほして、串にさしたるを「目ざし」と云ひ、遠くにをくる。珍味とす。「本草」、時珍、云はく、『曝〔(さら)〕し乾して以つて四方に貨(う)る』と云ふ〔が〕ごとし。倭俗、膾殘魚を「きすご」と訓ず。甚だ誤れり。「本草」四十四卷「膾残魚」の「集解」より見るべし、「しろうを」なる叓(こと)、明白なり。鱗、無く、但だ、目に黒有るのみ。其の外のも、皆、白魚なり、「きすご」に非ず。「キスゴ」は大なる者、七、八寸にして、鱗、あり。時珍「食物本草」註に云はく、『膾殘魚、味、甘、平、無毒。中〔(ちゆう)〕を寛〔(くつろ)げ〕、胃を健〔かにし〕、水を利し、肺を潤〔(うるほ)〕し、欬〔(せき)〕を止む。乾し作〔(な)して〕、之れを食ふ。脾を補す』〔と〕。○江州の田上(たなかみ)・堅田〔(かたた)〕などに、冬月、之れを捕る。「冰魚(ひうを)」と云ふ。又、鰷-魚〔(はや)〕の苗〔(こ)〕、冬・春、海に在る者〔も〕亦、「冰魚」と謂ふべし。

[やぶちゃん注:条鰭綱新鰭亜綱原棘鰭上目キュウリウオ目シラウオ科シラウオ属シラウオ Salangichthys microdon(本邦に棲息する四種は後掲)。時に全くの別種であるスズキ目ハゼ亜目ハゼ科ゴビオネルス亜科 Gobionellinae シロウオ Leucopsarion petersii と混同されるので、注意が必要(シロウオは正しくは漢字表記で「素魚」と表記し、シラウオ「白魚」とは区別されるが、素人は文字通り、素も白もいっしょくたにしてしまう)。孰れも死ぬと、白く濁った体色になって見分けがつきにくくなるが、生体の場合はシロウオ Leucopsarion petersii の方には体にわずかに黒い色素細胞があり、幾分、薄い黄味がかかる。主に参照したウィキの「シラウオ」の記載と、シロウオ漁で知られる和歌山県湯浅市公式サイトのちらのページが分かり易い。その図を見ても判然とするように、シラウオの口は尖っていて、体型が楔形をしていて鋭角的な印象であるのに対し、シロウオやそれに比較して全体が丸味を帯びること、シラウオの浮き袋や内臓がシロウオの内臓ほどにははっきりとは見えないこと、また形態的な大きな違いとして、シラウオには背鰭の後ろに脂びれ(背鰭の後ろにある小さな丸い鰭。この存在によってシラウオガアユ・シシャモ・ワカサギ(総てキュウリウオ目 Osmeriformes)などと近縁であることが分かる)があることが挙げられる(なお、「大和本草」の次項が、その「麵條魚(しろうを)となっている)。ウィキの「シラウオ」を引いておく。『東アジアの汽水域周辺に生息する半透明の細長い小魚で』、『体は細長いが、後ろに向かって太くなり尾びれの前で再び細くなるくさび形の体形である。死ぬと白く濁った体色になるが、生きている時は半透明の白色で、背骨や内臓などが透けてみえる。腹面に』二『列に並ぶ黒色の点があり、比較的、目は小さく口は大きい』。『従来の説では、シラウオは春に川の河口域や汽水湖、沿岸域など汽水域の砂底で産卵し、孵化した稚魚は翌年の春まで沿岸域でプランクトンを捕食しながら成長』し『、冬を越した成体は産卵のために再び汽水域へ集まって産卵するが』、『産卵した後は』♂♀ともに一『年間の短い一生を終えると考えられていた。しかし』、二〇一六『年現在、シラウオは産卵のために汽水域に集まるのではなく、汽水域で一生を過ごすという新しい説が提唱されている』。『古来より沿岸域へ産卵に集まる頃の成魚が食用に漁獲され、早春の味覚として知られる。かつては全国で漁獲された』。二〇一六『年現在、北海道、青森県、秋田県、茨城県、島根県などが主な産地となっており』、『比較的、東日本に多い。漁はシロウオと同じように』、『四角形の網を十字に組んだ竹で吊るした「四つ手網」がよく使われるが、霞ヶ浦などの大きな産地ではシラウオ用の刺し網や定置網などもある』。『日本のみならず、中国や東南アジアでも食用にされる。日本では高級食材として扱われている』。『シラウオは非常に繊細で』、『漁で網から上げて空気にふれると』、『ほとんどがすぐに死んでしまうため、生きたまま市場に出回ることはほとんどない』『(活魚として出回るシロウオとは対照的である。)』『料理方法としては、煮干し、佃煮、酢の物、吸い物、卵とじ、天ぷら、炊き込みご飯などがあげられる』。『また、刺身、寿司などとして生で食べることもある』。『江戸前寿司のネタとしては、コハダやアナゴとならんで最古参にあげられる』。但し、『シラウオは寄生虫(横川吸虫)の中間宿主となっている場合があるので』、『市販の生シラウオを含むシラウオの生食には注意を要する』。『少数の寄生では重篤な症状は出ないが、多数の寄生によって軟便、下痢、腹痛などの消化器障害が起こる可能性がある』。『シラオ、シラス、トノサマウオ、シロウオ、シロオ』などの別名を有する。『「トノサマウオ」』『は、野良仕事をしない領主(殿様)のきれいな手をシラウオになぞらえたものという説がある。また、細長く半透明の優美な姿から、女性の細くて白い指を「シラウオのような指」とたとえることがある。なお、シラウオは「銀魚」、「鱠残魚」という漢字を用いる場合もある』。『中国では銀魚、面條魚と呼ぶ』。『銀魚干(干し銀魚)、冷凍銀魚の形で販売される。太湖の銀魚は、白魚、白蝦』『と共に「太湖三白」として有名である』。『キュウリウオ目シラウオ科の魚は東南アジアから東シベリアまで』六属十四種『が分布している。なかには体長が』十五センチメートル『以上になる種類もいる』。『日本には』三属四種『が分布するが、アリアケシラウオとアリアケヒメシラウオは有明海周辺だけに分布している。この』二『種類は』、『分布が極めて局地的な上』、『絶滅寸前というところまで個体数が減っているため、どちらも絶滅危惧IA類(CR)(環境省レッドリスト)に指定されている』。

シラウオ Salangichthys microdon(体長八センチメートルほど。東シベリア・朝鮮半島・中国・日本(北海道~九州北部)に分布)

イシカワシラウオ Salangichthys ishikawae(体長八センチメートルほど。日本固有種で上記シラウオと同じく北海道から九州北部に分布。シラウオに似ており、漁獲・流通でも特にシラウオと区別しない)

アリアケシラウオ Salanx ariakensis(体長十五センチメートルほどにもなる大型のシラウオで、有明海と朝鮮半島に分布する。有明海沿岸域では漁獲・食用にされていたが、現在は漁獲が激減し、絶滅が心配されている)

アリアケヒメシラウオ Neosalanx reganius(体長五センチメートルほどのやや小型のシラウオで、丸い頭部とずんぐりした体型を持ち、別種のシロウオに似ている。有明海に注ぐ筑後川と熊本県の緑川及び緑川支流の浜戸川のみにしか分布しない日本固有種である。さらに二つの棲息地では体長や鰭の大きさなどに差があり、それぞれが独立した地域個体群と考えられている。川の下流域に棲息するが、食用にされていないにも関わらず、個体数が減り続けている。減少の理由は筑後大堰などの河川改修や汚染等による河川環境の変化と考えられている)

なお、以上四種は福岡から殆んど出ることがなかった益軒が実見し得る範囲内に総てが棲息している。なお、私の古い仕儀である、寺島良安和漢三才圖會 卷第五十一 魚類 江海無鱗魚の「鱠殘魚(しろいを)」も是非、参照されたい。彼も後に掲げる「本草綱目」から抄出している。この表記から、シラウオ(或いは「鱠殘魚」の和訓)は江戸前中期には「しろいを」とも呼んでいたことが判る。

「鱠殘魚(しろうを)」(「鱠」は「なます」と和訓するが、細かく切った魚の生肉、即ち、刺身を指す(それらを酢に漬ける加工品は本邦での謂いである))この漢名は、中国古来の伝承で、春秋時代の呉の第六代の王闔閭(紀元前四九六年~紀元前四九六年:在位:紀元前五一四年から没年まで:名臣孫武・伍子胥ラの助けを得て、呉を一大強国へと成長させ覇を唱えたが、越王勾践に敗れ、子の夫差に復讐を誓わせて没した)が大河(恐らくは長江)を舟で行く途中、魚鱠(なます)を食べ、その残りを川に捨てたところ、それが化して魚になったのを「鱠殘魚」と名付けたことによる。原文の一つは、「文選」に所収する、名編の誉れ高い、晋の左思「三都の賦」の一篇、「呉都賦」に「雙則比目、片則王餘。」(雙は、則ち、「比目(ひもく)」、片は、則ち、「王餘(わうよ)」。:両の目を並び持つ魚は「比目」と言い、片目しか持たない魚は「王餘」と言う。)に劉淵林が注した、「比目魚、東海所出。王餘魚、其身半也。俗云、越王鱠魚未盡、因以殘半棄水中爲魚、遂無其一面、故曰王餘也。」(「比目魚」は東海に出づる所のものなり。「王餘魚」は其の身、半なり。俗に云ふ、『越王、鱠魚(くわいぎよ)を未だ盡さざるに、因りて以つて、殘半を水中に棄つるに、魚と爲る。遂に、其の一面、無し。故に「王餘」と曰ふなり。』と。:比目魚は東海に産するものである。王餘魚はその魚体が丁度半分しかない。俗に伝えるところでは、『越王が膾(なます)にした魚を食べ尽くさないうちに(呉王が奇襲をかけてきたため)、その残りの半身を水中に棄てたところ、それが生きたまま魚となった。しかし、それは丁度その魚体の半分がなかった。故に王の余した魚と名づけたのである。』と。))(ここでは「越」王となっている)等がある。さても本邦ではこれをシラウオの漢名のように記すが、以上の狭義のシラウオ種群の現行の分布から考えて、その魚は本邦のシラウオではない。しかし、中文ウィキ「シラウオ科」(中文名「銀魚科」Salangidae)に古称を「鱠殘魚」としてあり、太湖・洪沢湖・巣湖・洞庭湖に棲息するとし、多くの種を挙げているが、例えば、太湖新銀魚 Neosalanx taihuensis とあるので、一部は同じシラウオ属ではあることは判る。

『本草に「王餘魚」とも「銀魚」とも云ふ』明の李時珍の「本草綱目」の「巻四十四」の「鱗之三」の「無鱗魚」に、

   *

鱠殘魚【「食鑑」。】

釋名王餘魚【「綱目」】。銀魚。時珍曰、按「博物志」云、王闔閭江行、食魚鱠、棄其殘餘於水、化爲此魚、故名。或又作越王及僧寶誌者、益出傅會、不足致辯。

集解時珍曰、鱠殘出蘇、松・浙江。大者長四五寸、身圓如筯、潔白如銀、無鱗、若巳鱠之魚、但目有兩黑。彼人尤重小者、曝乾以貨四方。淸明前有子、食之甚美。淸明後子出而瘦、但可作鮓腊耳。

氣味甘、平、無毒。

主治作羮食、寛中健胃【寗源。】

   *

とある。

『ほして、串にさしたるを「目ざし」と云ひ、遠くにをくる』う~ん、あの大きさのシラウオの「目刺し」って、作るの手間掛かりそう。でも、食べてみたい!

「貨(う)る」「賣る」(売る)に同じ。

「きすご」スズキ目スズキ亜目キス科 Sillaginidae のキス(鱚)類、或いは同科キス属シロギス Sillago japonica の別名である。

「鱗、無く」厳密には誤りである。シラウオには鱗は殆んどないが、の尻鰭より有意に大きいので性差判別のポイントとなる)の基底部付近に尻鰭鱗がある大阪府立環境農林水産総合研究所公式サイトシラウオページの画像で視認出来る。

「中」漢方で言う仮想の体内概念である「中焦(ちゅうしょう)」であろう。上・中・下の三焦の中部。脾胃(ひい:胃の機能を助ける仮想器官群概念)を包括した概念で、消化吸収及び腸管への伝送を行い、気血生化の源とする。

「欬〔(せき)〕」「咳」。

「江州の田上(たなかみ)」現在の大津市の瀬田川が琵琶湖から流れ下る、附近の広域旧地名(グーグル・マップ・データ。以下同じ)。但し、非常な問題がある。次注参照。

「堅田」滋賀県大津市堅田た)であるが、ここで益軒は「冰魚(ひうを)」=シラウオと認識しているが、これはシラウオではない。そもそもが完全な淡水である琵琶湖やそこから出る瀬田川の上流部に汽水産のシラウオがいるはずがないのである。琵琶湖で現在も「氷魚(ひうお)」と呼ばれる殆んど透明な小さな魚はいる。しかしそれは、二~三センチメートルほどの稚鮎(ちあゆ:条鰭綱キュウリウオ目キュウリウオ亜目キュウリウオ上科キュウリウオ科アユ亜科アユ属アユ Plecoglossus altivelis の幼魚)を指すのである。また、やっちゃいましたね、益軒先生。

「鰷-魚〔(はや)〕」さんざん注しているが、再掲しておくと、「ハヤ」という和名種はおらず、複数種の川魚を指す語である。ハヤ(「鮠」「鯈」などが漢字表記では一般的)は本邦産のコイ科(条鰭綱骨鰾上目コイ目コイ科 Cyprinida)の淡水魚の中でも、中型で細長い体型を持つ種群の総称通称である。釣り用語や各地での方言呼称に見られ、「ハエ」「ハヨ」などとも呼ばれる。呼称は動きが速いことに由来するともされ、主な種としては、

コイ科ウグイ亜科ウグイ属ウグイ Tribolodon hakonensis

ウグイ亜科アブラハヤ属アムールミノー亜種アブラハヤ Rhynchocypris logowskii steindachneri

アブラハヤ属チャイニーズミノー亜種タカハヤ Rhynchocypris oxycephalus jouyi

コイ科 Oxygastrinae 亜科ハス属オイカワ Opsariichthys platypus

コイ科 Oxygastrinae亜科カワムツ属ヌマムツ Nipponocypris sieboldii

カワムツ属カワムツ Nipponocypris temminckii

などが挙げられる。

「苗〔(こ)〕」幼魚・若魚。]

2019/01/03

大和本草卷之十三 魚之上 鱊魚 (イサザ)

 

鱊魚 本草ニノス小魚ナリ春ハ多ク川ニ上ル細魚也川

 ノ淺キ処ヲノホル故一名サノホリト云近江ノ和尒越前

 敦賀ニ多シ形鯊ニ似タリ或曰イサヽハ鯊ノ子也

○やぶちゃんの書き下し文

鱊魚(イサヾ) 「本草」にのす。小魚なり。春は多く川に上る。細〔き〕魚なり。川の淺き処をのぼる。故、一名「サノボリ」と云ふ。近江の和尒(わに)・越前敦賀に多し。形。鯊(ハゼ)に似たり。或いは曰はく、『「イサヾ」は鯊(ハゼ)の子なり』〔と〕。

[やぶちゃん注:狭義の種としては琵琶湖固有種のハゼである、条鰭綱スズキ目ハゼ亜目ハゼ科ゴビオネルス亜科 Gobionellinaeウキゴリ属イサザ Gymnogobius isaza である。ウィキの「イサザ」によれば、漢字表記は「魦」「鱊」「尓魚」「𩶗」で、『ウキゴリ』(ゴビオネルス亜科ウキゴリ属ウキゴリ Gymnogobius urotaenia:日本周辺に広く分布し、「ゴリ」の代表種の一種)『に似た、昼夜』に亙る『大きな日周運動を行う。食用に漁獲もされている。現地ではイサダとも呼ばれる』。但し、『琵琶湖沿岸以外での「イサザ」「イサダ」は、シロウオ』(スズキ目ハゼ亜目ハゼ科ゴビオネルス亜科シロウオ属シロウオ Leucopsarion petersii『やイサザアミ』(節足動物門甲殻亜門軟甲綱真軟甲亜綱フクロエビ上目アミ目アミ亜目アミ科イサザアミ属イサザアミ Neomysis awatschensis『など本種以外の』全くの別種(特に後者)『動物を指す』ので注意が必要である。特に「いさざ漁」とか「いさざ網」」(幅九十一センチメートル、長さ一メートル強ほどの長方形の網に弓形の棒を十文字に渡して、取っ手とした「四つ手網」)という呼称は琵琶湖以外では前者のシロウオ漁及び捕獲網を指すケースが殆んどである(太字下線やぶちゃん)。『成魚の全長は』五~八センチメートルほどで、『頭が上から押しつぶされたように平たく、口は目の後ろまで裂ける。体は半透明の黄褐色で、体側に不明瞭な黒褐色斑点が並ぶ。第一背鰭後半部に黒点がある。同属種のウキゴリ』『に似るが、小型であること、体側の斑点が不明瞭なこと、尾柄が長いことなどで区別される。田中茂穂によって記載された当初はウキゴリの亜種 Chaenogobius urotaenia isaza とされていた。琵琶湖の固有種で、北湖に産する。琵琶湖にはウキゴリも生息しており、イサザはウキゴリから種分化が進んだものと考えられている。なお』、昭和三九(一九六四)年には『相模湖(相模ダム)と』、『霞ヶ浦で各』一『尾が記録されたが、これはアユの稚魚に混入するなどで放流されたものと考えられ、その後の繁殖も確認されていない』。『成魚は昼間には沖合いの水深』三十メートル『以深に生息するが、夜には表層まで浮上して餌を摂る。琵琶湖の環境に適応し、ハゼにしては遊泳力が発達しているのが特徴である。食性は肉食性で、ユスリカ幼虫などの水生昆虫やプランクトンを捕食する』。『産卵期は』四~五『月で、成魚は』三『月になると沖合いから沿岸に寄せてくる。この季節は』、『まだ水温が低いため』、『他の魚類の活動が鈍く、卵や稚魚が捕食されないうちに繁殖を終わらせる生存戦略と考えられている。オスは岸近くの石の下に産卵室を作り、メスを誘って産卵させる。メスは産卵室の天井に産卵し、産卵・受精後はオスが巣に残って卵を保護する』。『卵は』一『週間で孵化し、仔魚はすぐに沖合いへ出る。しばらくは浮遊生活を送るが』、七『月頃から底生生活に入り、成長に従って深場へ移る。秋までに全長』四・五センチメートル『に達したものは翌年の春に繁殖するが、それに達しなかったものは次の年に繁殖する。寿命は』一『年か』二『年で、繁殖後はオスメスとも死んでしまうが、メスには』一『年目の産卵後に生き残り』、二『年目に再び産卵するものもいる』。『琵琶湖周辺地域では食用になり』、十二から四月にかけて『底引き網や魞(えり : 定置網)で漁獲される』。『佃煮・大豆との煮付け・すき焼きなどで食べられる』。『琵琶湖特産種のうえ、ブルーギルやオオクチバス(ブラックバス)による捕食が影響し』、『個体数は減少して』おり、二〇〇七年には絶滅危惧IA類(CR)となってしまった。『もともとイサザの漁獲量は変動が大き』く、一九五〇『年代に一旦激減した後』、一九六二年から一九八六年にはある程度まで『回復したが』、一九八八年以降、『再び漁獲が激減』、『その後再び漁獲されるようになった』ものの、『以前ほど』には『漁獲されていない。有効な保全策も不明とされている』とある。魚体はぼうずコンニャク氏の「市場魚貝類図鑑」のイサザのページを見られたい。

『「本草」にのす』「本草綱目」巻四十四の「鱗之三」の以下であるが、本邦のイサザは琵琶湖固有種であり、同一種ではないし、近縁種でさえないように思われた。そこで中文サイトを調べると、「鱊魚」を「鮍魚」の属と同一とし、「鮍魚」を調べてみると、「Rhodeus sinensis」という学名の行き当たった。これはコイ目コイ科タナゴ亜科バラタナゴ属ウエキゼニタナゴという中国産のタナゴの一種であることである! 益軒先生、全くの縁遠い別種で、魚体も全くタナゴタナゴちゃんした全然ちゃう魚であらっしゃいます!(グーグル画像検索「Rhodeus sinensis

   *

鱊魚【音「聿」。「綱目」。】

釋名春魚【俗名。】。作「腊」、名「鵝毛」「」。時珍曰、「爾雅」云、『鱊、小魚也。名義未詳。「春」、以時名也。「」以乾腊故名。

集解時珍曰、按、段公路「北錄」云、廣之恩州出鵝毛、用鹽藏之。其細如毛。其味美。郭義恭、所謂「武陽小魚」。大如針一觔千頭。蜀人以爲醬者也。又「一統志」云、廣東陽江縣出之、卽鱊魚兒也。然今興國州諸處亦有之。彼人呼爲「春魚」云、春月自巖穴中隨水流出、狀似初化魚苗。土人取收、曝乾爲「」、以充苞苴、食以薑醋、味同蝦末。或云卽鱧魚苗也。

氣味甘、平。無毒。

主治和中益氣、令人喜悦【時珍】。

   *

而して、この「本草綱目」の記載を眺めていると、益軒が最後に「或いは曰はく、『「イサヾ」は鯊(ハゼ)の子なり』〔と〕」と言っているのは、益軒の知人の誰彼の謂いなのではなく、無批判に上記の「一統志」の「卽ち、鱊魚の兒なり」や「或いは云はく、『卽ち、鱧魚の苗(幼魚)なり』と」を、安易に「ハゼの子」に変えて解釈しただけなのではないか? と疑いたくなってくるのである。益軒はその記載の類似性から強引に「ウエキゼニタナゴ」を「イザ」に化けさせたのではなかったか?

「サノボリ」「狹上り」。

「近江の和尒(わに)」「和邇(わに)」。琵琶湖西岸の旧近江国滋賀郡の古地名。滋賀県志賀町域(現在の大津市)に当たる。大和の豪族「和邇氏」の部民がここにいたとされることに由る。隣接する小野の「和邇大塚山古墳」の被葬者は和邇氏系の有力者と推定されている(平凡社「百科事典マイペディア」に拠る)。]

大和本草卷之十三 魚之上 ワタカ

 

【和品】[やぶちゃん注:原典は前の「ハス」と『同』。]

ワタカ 其形ハスニ似テ不同長サハハスニ同シ味モ亦ハスニ似

 タリハスノ味ニハ不及ト云ヘドモ佳味ナリ是亦琵琶湖ニ多

 シ其性ハスト同

○やぶちゃんの書き下し文

【和品】

ワタカ 其の形、「ハス」に似て、同じからず。長さは「ハス」に同じ。味も亦、「ハス」に似たり。「ハス」の味には及ばずと云へども、佳味なり。是れ〔も〕亦、琵琶湖に多し。其の性〔(しやう)〕、「ハス」と同じ。

[やぶちゃん注:一属一種の日本固有種の淡水魚で「腸香」「黄鯝魚」等と書く、条鰭綱骨鰾上目コイ目コイ科クセノキプリス亜科 Oxygastrinae ワタカ属ワタカ Ischikauia steenackeriウィキの「ワタカ」より引く。『琵琶湖や淀川水系にのみ生息していたが、琵琶湖で養殖された稚アユに混ざって放流され、全国の河川に定着した。しかしワタカの咽頭歯の化石が西日本を中心に発見されており、琵琶湖の固有種ではなく』、『遺存種であるとの見方が強い』。『全長はおよそ』三十センチメートルで、『口が斜め上向きである。オスは頭部や胸鰭、背部などに星状の点がある。体色は淡い青色で、背面は灰青緑色、腹面は白色になる。繁殖期のオスには、背面や眼の周り、胸びれなどに』「追い星」(産卵期を中心に、主として淡水産の硬骨魚類(特にコイ科及びその類縁魚類等)の♂の体表に現れる白色で瘤(こぶ)状を成す小突起物。表皮細胞が異常に肥大・増成した二次性徴であり、その出現は性ホルモンの分泌によって促進される。追い星の機能は種類によって異なり、産卵のための巣や縄張りを作るものでは、侵入者に体をぶっつけて「追い星」で傷を与えて追いやる効果がある。また、♂が♀を突っついて性的刺激を大きくする効果も持つ。さらに、産卵中、速い流れの中で雌雄が体の接触を維持するのに役だてられる他、「追い星」によって同種又は異性の認知をすることが知られている。ここは小学館「日本大百科全書」に拠った)『が現れる。婚姻色は、ほとんど出ない』。『河川の下流域や湖沼の、水草が繁茂する流れの緩やかな場所に生息する。泳ぎがうまく、中層にいる事が多い』。『食性は雑食であるが、成魚になるにしたがって水草などの植物を好んで食べるようになる。田んぼなどではイネの若芽を食害することもある。その食性や顔の風貌から、「うまうお」などとよばれることもある』(この別名「馬魚」は、その強い草食性と、高く目立つ背鰭が馬の鬣(たてがみ)に似ていることによるらしい)。『産卵期は』六月~七月で、『湖岸に生えるヨシやマコモなどの葉など水面近くにある植物に、雨上がりの日の夕方から夜にかけて産卵する』。『食用にされることはほとんどなく、市場価値はほとんどない。フライフィッシングなどで釣り上げられることもあるが、本種のみを対象にして釣られることはほとんどない』。『前述したように水草を中心に食べるので、増えすぎた水草を除去するのに効果があるとされ』、『例えば琵琶湖では、増えすぎたオオカナダモなどを除去するためにワタカが放流された』りした、とある。但し、諸情報では残念ながら、琵琶湖では殆んど見られないともあった。また、「腸香」は腸(はらわた)が臭う(淡水魚は大方、そう)かららしい、という推測記載はあっても、実際に「臭い」ことを観察した記事が見られない。また、「黄鯝魚」も「鯝」の字(音「コ・ク」)は広く「魚の胃や腸」を指す漢字(国字ではない)のようである。

「ハス」前項ハス」を参照。]

2018/11/25

大和本草卷之十三 魚之上 ハス

 

【和品】

ハス 生江湖中琵琶湖ニ多シ味ヨシ長七八寸細鱗白

 色尾鬣赤初夏時出連行其性好飛躍越舩飛游

 四五月自湖底泝於河溝以網取之浮陽之魚也

 以蝦及蚯蚓爲餌釣之或曰氣味甘溫無毒養脾

 胃益氣力補虛乏和胃止瀉作鮓最美爲炙亦良

 ○順和名ニ鰣魚ヲ波曾ト訓ス然レドモ本草綱目所

 載鰣魚ニアラス

○やぶちゃんの書き下し文

【和品】

ハス 江湖の中に生ず。琵琶湖に多し。味、よし。長さ七、八寸。細き鱗、白色。尾・鬣〔(ひれ)〕、赤し。初夏の時、出で、連〔なり〕行く。其の性、飛躍を好み、舩〔(ふね)〕を越ゆ。飛び游ぐ。四、五月、湖底より河・溝〔(みぞ)〕に泝〔(さかのぼ)〕る。網を以つて之れを取る。浮陽の魚なり。蝦〔(ゑび)〕及び蚯蚓〔(みみず)〕を以つて餌と爲し、之れを釣る。或いは曰はく、氣味、甘、溫。毒、無し。脾胃を養ひ、氣力を益す。虛乏を補ひ、胃を和〔(なご)ませ〕、瀉を止む。鮓〔(すし)〕に作り〔て〕最も美〔(よ)〕し。炙り爲して、亦、良し。○順が「和名」に、鰣魚を『波曾〔(はそ)〕』と訓ず。然れども「本草綱目」所載の「鰣魚」にあらず。

[やぶちゃん注:条鰭綱コイ目コイ科クセノキプリス亜科 Oxygastrinaeハス属ハス亜種ハス Opsariichthys uncirostris uncirostrisウィキの「ハス(魚)」より引く。『コイ科』(Cyprinidae)『魚類としては珍しい完全な魚食性の魚である』。『成魚の体長は多くの場合』、三十センチメートル、『最大で』四十センチメートル『に達する。オスの方がメスより大型になる』性的二形。『頭部を除いた体つきはオイカワ』(コイ科 Oxygastrinae 亜科ハス属オイカワ Opsariichthys platypus)『に似て、前後に細長い流線型、左右も平たく側扁し、尻びれが三角形に大きく発達する。体色は背中が青みを帯び、体側から腹部にかけては銀白色である。口は下顎が上顎より前に突き出ていて、口が上向きに大きく裂け、唇が左右と前で「へ」の字に計三度折れ曲がる。目は小さく、他のコイ科魚類に比べて』、『背中側に寄っている。この独特の風貌で他の魚と容易に区別できる』。『ただ、幼魚のうちは上記のような本種の特徴が弱いため特にオイカワに酷似し』、『識別が困難な場合もある。成長するにつれ、頭部が大きくなり、眼が上方背面寄りに移動し、独特の口の形状も顕著となっていく。また、オスのほうがメスよりも本種の外部形態上の特徴が強く発現される』。『主に河川の中流』・『下流や平野部の湖沼に棲息する。酸欠に極めて弱く、高温耐性も高い方ではないが、霞ヶ浦のような水質の悪い水域にも生息することはできる』。『肉食性。アユ、コイ科魚類、ハゼ類などの小魚を積極的に追い回し』、『捕食する。独特の形状に発達した口も、くわえた魚を逃がさないための適応とみられる』。『動作は敏捷で、小魚を追い回す時や川を遡る時、驚いた時などはよく水面上にジャンプする。また琵琶湖での生態調査では、一つの地点から放流した標識個体が一月でほぼ湖全体に分散してしまったことが報告されており、長距離の遊泳力にも優れることが窺える』。『ハスはコイ科魚類、そして日本在来の淡水魚では数少ない完全な魚食性の魚で、ナマズと同様に淡水域の食物連鎖の上位に立つ。日本在来の魚食性淡水魚はナマズやドンコやカワアナゴ、カジカ類など待ち伏せ型が多いが、ハスは遊泳力が高く追い込み型である点でも唯一といえる存在であった』。『繁殖期は』六~七『月頃で、この時期のオスはオイカワに似た婚姻色が現れる。湖や川の浅瀬にオスとメスが多数集まり、砂礫の中に産卵する』。『孵化した稚魚は成魚ほど口が裂けておらず、ケンミジンコなどのプランクトンを捕食するが、成長に従って口が大きく裂け、魚食性が強くなる。 寿命は飼育下で』七『年ほどである』。『東アジアと日本に分布する』。『日本国内の自然分布は琵琶湖・淀川水系と福井県の三方五湖に限られる。しかし』二十『世紀後半頃からアユなど有用魚種の放流に混じって各地に広がり、関東地方や中国地方、九州などにも分布するようになった。今日では流れの比較的緩やかな水域ではポピュラーな魚のひとつとなっている。一部では食害の報告もあったが、他の外来種のほうがクローズアップされやすいためか、それほど問題とはされていない』。『日本以外ではアムール川水系、朝鮮半島、長江水系からインドシナ半島北部にかけての他、台湾にも分布する』。四『ヶ所の分布域ではそれぞれ』以下の通り、『亜種に区分されている』。

Opsariichthys uncirostris uncirostris(日本)

Opsariichthys uncirostris amurensis(アムール川)

Opsariichthys uncirostris(朝鮮半島・長江からインドシナ半島及び海南島。但し、亜種ではなく別種 Opsariichthys bidens とする説もある)

『容姿がオイカワに似ていることもあり、淀川流域ではオイカワを「ハス」、ハスを「ケタバス」と呼ぶ。標準和名との混乱があるので注意を要する。また、その風貌とオイカワの別称である「ヤマベ」から「オニヤマベ」と呼ぶ事もある』。『中国語では「馬口魚 mǎkǒuyú」と称し、別名に「桃花魚」、「山」、「坑爬」、「寛口」がある。地方名では、福建省の客家語で「大口魚」、莆仙語で「闊嘴耍」と呼ばれる。広東省ではオイカワとの混称で「紅車公」と呼ばれる』。『警戒心が強く、動きが機敏で引きの力も強いため、分布域ではルアーなどによる釣りの対象として人気がある。釣りの他にも刺し網や投網などで漁獲される』。『身は白身で、塩焼き、天ぷら、唐揚げ、南蛮漬け、車切り(雌の背ごしを洗いにした物)、などで食べられる。生息数が多い琵琶湖周辺では鮮魚店でも販売されている』。『中国では唐揚げかオイル焼きにすることが多い』。『神経質な』ため、『音や光などに驚いてガラス面に突進し頭をぶつけたり、ジャンプして水槽から飛び出してしまうことが頻繁にあり、それが原因で死んでしまうことがある。また、スレ傷や酸欠、水質悪化、高水温並びに水温差に弱く、上手に飼育しないとすぐに死んでしまう為、飼育の難易度は高い。成魚の場合は狭いと弱るため、最低でも』九十センチメートル『以上の水槽が不可欠となる。泳ぎは機敏で落ち着きがなく高速で泳ぎ回る』ことから、『衝突防止策としてガラス面には水草をたくさん植えて、ジャンプによる飛び出しを防止する』ので、『水槽の上部にはクッション性があるものでフタをするとよい。餌は成魚は配合飼料に慣れるのに時間がかかるため、最初のうちは小魚、赤虫の生餌などがよい。尚、配合飼料に慣れさせる為には、オイカワを一緒に飼育すると効果的である』。十センチメートル『くらいの幼魚であれば』、『成魚よりも比較的飼い易い』とある。「鰣」は福井県三方湖とこれに注ぐ鰣川(リンクはグーグル・マップ・データ)にも産し、「鰣」という名はこの鰣川に由来する。一説に鰭が早く傷むところから、「早子(はす)」とされるともあった。

「尾・鬣〔(ひれ)〕、赤し」「尾」「鬣」は分離した。ハスは個体差があるが、一部の個体は尾鰭だけでなく、他の鰭も赤みを持つものが有意に認められるからである。グーグル画像検索「Opsariichthys uncirostrisを見られたい。

「連〔なり〕行く」群れを成すの意で採る。

「浮陽」不詳。漢方用語に「浮陽」=「戴陽(たいよう)」という語があり、下部が真寒の様態で、上部が仮熱の状態を指す、とあるので、頭部が熱を持った魚で、それで、水中から飛び出る(という説明は私の勝手な解釈)というのか? よく判らぬ。

「脾胃」複数回既出既注。漢方で広く胃腸・消化器系を指す。

「虛乏」あるべきバランスのとれた正気が欠乏している状態。

『順が「和名」に、鰣魚を『波曾〔(はそ)〕』と訓ず』源順の「和名類聚鈔」巻十九の「鱗介部第三十 竜魚類第二百三十六」に、

   *

鰣 「唐韻」云、鰣【音「時漢語抄」云、『波曾』。】、魚名也。似魴肥美、江東四月、有之。

   *

『「本草綱目」所載の「鰣魚」にあらず』「本草綱目」巻四十四「鱗之三」に、

   *

鰣魚【「食療」。】

釋名寗源曰、初夏時有、餘月則無、故名。

出産時珍曰、按孫愐云、鰣出江東、今江中皆有、而江東獨盛、故應天府以充御貢。每四月鱭魚出後卽出、云従海中泝上、人甚珍之。惟蜀人呼爲瘟魚、畏而不食。

集解時珍曰、鰣、形秀而扁、微似魴而長、白色如銀、肉中多細刺如毛、其子甚細膩。故何景明稱其銀鱗細骨、彭淵材恨其美而多刺也。大者不過三尺、腹下有三角硬鱗如甲、其肪亦在鱗甲中、自甚惜之。其性浮游、漁人以絲網沈水數寸取之、一絲罣鱗卽不復動才、出水卽死、最易餒敗。故袁達「禽蟲述」云、鰣魚罥網而不動、其鱗也。不宜烹煮。惟以筍・莧・芹・荻之屬、連鱗蒸食乃佳。亦可糟藏之。其鱗與他魚不同、石灰水浸過、晒乾層層起之、以作女人花鈿甚良。

氣味甘、平、無毒。詵曰、發疳痼。

主治補虚勞【孟詵。】。蒸下油、以瓶盛埋土中、取塗湯火傷甚效【寗源。】。

   *

書いてあることは、益軒が記した内容とかなり合致するのに、益軒が同名異魚と断じている理由が全く判らぬ。]

2018/11/22

大和本草卷之十三 魚之上 ※1※2魚 (ギギ類)

 

2魚 時珍食物本草註云諸生溪河中長五六

[やぶちゃん注:「1」=「魚」+「盎」。「2」=「糸」+「系」。]

 寸黃褐色無鱗濶口口有細齒如鋸鰓下有硬刺

 骨亦硬善吞小魚肉薄味短氣味甘平無毒主益

 脾胃和五藏發小兒痘疹多食生疥々山中

 溪河ニアリアギノ下ノ兩傍ニヒレアリ又背ニヒレアリ皆刺

 ナリ三處共ニ人ノ手ヲフルレバ人ヲサシテ痛ムナマツニ似

 テ小ナリ又鰷ノ形ニ少シ似タルモアリ黃褐色ナリ處々ニ斑

 文アリテ段ヲナスモアリ長三四寸或五六寸山州嵯

 峨ノ川ニテミコ魚ト云ハギヾノ赤キ也形狀ハ同シ筑紫

 ノ村民蜂振ト云ハリアル故名ツク海ニモ此ノ魚アリ案ニ

 本草所載之黄顙魚又號黃𩼝魚又名䱀䰲時珍云

[やぶちゃん注:「黃𩼝魚」の「𩼝」の(つくり)の下部は「甘」ではなく「耳」のように見えるが、このような漢字が見当たらないので取り敢えずこれを当てておく。中文サイトで「玉篇」なる書物に「黃鱨魚」という名が載っており、「鱨」の異体字が「𩼝」であるからである。]

 無鱗魚也身尾倶似小鮎腹下黃背上靑黃情最

 難死反荊芥今案恐クハコレ2魚ト同物異名ナルヘシ

 凡異名同物多シ黃顙魚ヲタラト訓スルハ非ナリ

○やぶちゃんの書き下し文[やぶちゃん注:「1」=「魚」+「盎」。「2」=「糸」+「系」。]

2(ギヾ)魚 時珍「食物本草」の註に云はく、『諸溪河中に生ず。長さ、五、六寸、黃褐色、鱗、無く、濶〔(ひろ)〕き口。口に細き齒有り、鋸のごとし。鰓〔(あぎと)〕〔の〕下、硬き刺〔(はり)〕有り。骨も亦、硬く、善く小魚を吞む。肉、薄く、味、短〔(おと)れり〕。氣味、甘、平。毒、無し。脾胃を益し、五藏の和〔す〕ことを主〔(つかさど)〕る。小兒の痘疹を發し、多く食へば、疥〔(はたけ)〕を生ず』〔と〕。○處々山中溪河にあり。あぎ〔と〕の下の兩傍に、「ひれ」あり、又、に「ひれ」あり、皆、刺(はり)なり。三つ處共に、人の手をふるれば、人をさして、痛む。ナマヅに似て小なり。又。鰷〔(ハヤ)〕の形に少し似たるもあり。黃褐色なり。處々に斑文ありて段をなすもあり。長さ、三、四寸、或いは、五、六寸。山州嵯峨の川にて「ミコ魚」と云ふは「ギヾ」の赤〔きもの〕なり。形狀は同じ。筑紫の村民、「蜂振(〔ハチ〕フリ)」と云ふ。はりある故、名づく。海にも此の魚あり。案ずるに、「本草」所載の「黃顙魚」、又、「黃𩼝魚」と號し、又、「䱀䰲」と名づく。時珍云はく、『無鱗魚なり。身・尾倶に、小〔さき〕鮎(ナマヅ)に似て、腹の下、黃。背の上、靑黃。情、最も死に難〔(がた)〕し。荊芥〔(けいがい)〕に反す。今、案ずるに、恐らくは、これ、「2魚」と同物異名なるべし。凡そ、異名同物、多し。「黃顙魚」を「タラ」と訓ずるは非なり。

[やぶちゃん注:やや問題点(中国のそれは良安の推理する通り、ギギ科 Bagridae のギギの仲間である可能性は結構あるが(ナマズに似てしかも時珍は「軋軋」(現代中国語では「yàyà」。「ィアィア」)と鳴くとする(後掲)からである)、別種である(本邦産種は以下に見る通り、総て日本固有種)。また、後で注するように「ミコ魚」=「蜂振」についてははギギ類ではないがあるが、本邦産種としては、

条鰭綱ナマズ目ギギ科ギバチ属ギギ Pelteobagrus nudiceps(新潟県阿賀野川より以南、四国の吉野川、九州東部まで分布する日本固有種)

をまず挙げてよかろう。それ以外に、同じギギ科の、

ギギ科 Pseudobagrus属ネコギギ Pseudobagrus ichikawai(愛知県・岐阜県・三重県(伊勢湾・三河湾流入河川)に分布する日本固有種。体色は黒褐色に黄褐色の斑紋が入る。幼魚は明色斑が明瞭であるが、成長に伴い、不明瞭となる。絶滅危惧IB類(EN))

ギバチ属ギバチ Pseudobagrus tokiensis(神奈川県・富山県以北の本州に分布する日本固有種。体色は茶褐色から黒褐色。幼魚は黄色味を帯びたはっきりとした斑紋を有する)

や、長くそのギバチと同種とされてきたが、近年、染色体数の違いなどから独立種とされた、

ギバチ属アリアケギバチ Pseudobagrus aurantiacus(九州西部及び長崎県壱岐に分布する日本固有種。準絶滅危惧種(NT))

も掲げておく必要がある(後者は特に益軒のフィールド辺縁であるからである)。非常に興味深いのは、これら四種は夜行性で、音を発すること、無鱗で棘を有することなど、その習性や生態はよく似ているが、本邦内での分布が全く重なっておらず、自然に棲み分けをしている点である(熊本県球磨川にギギがいるが、これは琵琶湖からの人為移入と推測されている)。ウィキの「ギギから引く。『琵琶湖、岡山県、広島県で』「ギギ」及び「ギギウ」、『岐阜県で』「クロイカ」及び「クロザス」と呼ぶ、とある。『全長は』三十センチメートル『にもなるなど、ギギ科のなかで最も大きくなる。同じギギ科のギバチに似ているが、ギギは尾びれが』二『叉になっているので区別できる。背びれに』一『棘』七『軟条、尻びれに』二十『軟条、腹びれに』六『軟条、触鬚が』四『対。上顎に』二『対、下顎に』二『対、合計』八『本の口ひげがある。昼間は岩陰に潜み、夜間に出て』、『底生動物や小魚などを食べる。腹びれの棘と基底の骨をすり合わせ、「ギーギー」と低い音を出す』(漢字で「義義」・「鱨」本文内の私の注を参照)等と記すが、和名はこのオノマトペイアである)。『背びれ・胸びれの棘は鋭く、刺さると痛い』。『直径約』二ミリメートル『の強い粘着性のある黄褐色の卵は』千二百『粒から』二千百『ほど産卵された後に約』七十『時間で孵化し、体長』五ミリメートル『程度の稚魚となる。稚魚は』一『週間で卵黄を吸収し』九ミリメートル『程度まで成長すると、摂食を開始する』。『煮物、フライ、天ぷらなど、食用として利用される』が、現在は個体数が減ってきており、各地で希少種とされていて、保全すべき種になりかけている。私が小学校二年生の時、最初に買って貰った小学館の「魚貝の図鑑」で真っ先に魚体と名前を覚えたのがギギだった。名前が怪獣みたようだったことと、そのブッ飛びの命名由来と、危険がアブナい毒針との三役揃い踏みときた上に、その直後に裏山の溜池の水門でモッゴ(条鰭綱コイ目コイ科モツゴ属モツゴ Pseudorasbora parva獲りの最中、見かけたような気がしたから、衝撃の刷り込み効果が生じたのであった。

2(ギヾ)魚」(「1」=「魚」+「盎」。「2」=「糸」+「系」)サイト「真名真魚(まなまな)字典」のこちらで、本条を引き、最後に、この奇体な二字について、『二字とも大辞典に記載なし』。孰れも、本字一『字だけで魚の名をあらわす用例は見当たら』ず、「2」或いは「絲」を『伴って、ギギをあらわす。ツクリの』「盎」『は、おそらく、ギギを中国でも現してきた』「䱀䰲」の「」の「央(オウ)」『と、まったく別文字だが』、『マナガツオやタナゴを指す』「鰪」の(へん)の(アフ(オウ))『とが、混同して(意識的か無意識かはわからないが)生まれた文字のような気がする。また、翻刻に当って』、「2」と「絲」及び「[「魚」+「系」]」とを『同字として活字化している場合』(「古事類苑」等)が『あり、原典執筆者の用例に戻り』、『確認が必要かもしれない』とある。

『時珍「食物本草」の註』明の汪穎の食療食養専門書「食物本草」に同時代の李時珍が注したものか。

「脾胃」漢方で広く胃腸・消化器系を指す語。

「五藏の和〔す〕こと」「心(しん)」・「肝」・「脾」・「肺」・「腎」の五つの内臓(現代医学のそれとは必ずしも一致しない)の全体のバランスを整える機能・機序。

「小兒の痘疹を發し」子どもが食べると天然痘を発症し。ちと大袈裟過ぎである。天然痘様の激しい発疹と採っておく。

「疥〔(はたけ)〕」顔面単純性粃糠疹(ひこうしん:pityriasis simplex faciei)の俗称。顔面に、境界が比較的鮮明で軽い、色素脱失性の大小の円形病変が生じる疾患。病変部は乾燥し、粃(しいな:籾殻(もみがら))や糠(ぬか)のような感じで落屑(らくせつ:皮膚の表層が大小の角質片となって剝げ落ちること)するため、白っぽく粉を掃いたように見える。通常は自覚症状がない。発赤や丘疹がみられることもある。以前は「顔面白癬」と考えられていたが、現行では白癬菌が病原体であるとは証明されていない。思春期前の小児、特に男児に多く、思春期になり、皮脂分泌が増えると自然に治癒する。症状は夏季に顕著になる。同様の病変が頭部に生じるものは「頭部単純性粃糠疹」、顔面と頭部に生じるものは「顔面頭部単純性粃糠疹」と呼ばれる(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)。

「鰷〔(ハヤ)〕」複数回既出既注であるが、再掲しておく。複数の種の川魚を指す。ハヤ(「鮠」「鯈」などが漢字表記では一般的)は本邦産のコイ科(条鰭綱骨鰾上目コイ目コイ科 Cyprinida)の淡水魚の中でも、中型で細長い体型を持つ種群の総称通称である。釣り用語や各地での方言呼称に見られ、「ハエ」「ハヨ」などとも呼ばれる。呼称は動きが速いことに由来するともされ、主な種としては、

コイ科ウグイ亜科ウグイ属ウグイ Tribolodon hakonensis

ウグイ亜科アブラハヤ属アムールミノー亜種アブラハヤ Rhynchocypris logowskii steindachneri

アブラハヤ属チャイニーズミノー亜種タカハヤ Rhynchocypris oxycephalus jouyi

コイ科 Oxygastrinae 亜科ハス属オイカワ Opsariichthys platypus

コイ科 Oxygastrinae亜科カワムツ属ヌマムツ Nipponocypris sieboldii

カワムツ属カワムツ Nipponocypris temminckii

などが挙げられる。ここでそれらに「形に少し似たるもあり」と言うところが、私が当初、少し同定比定を躊躇したところである。以上の「ハヤ」類はナマズ目 Siluriformes のナマズ類とは全く縁がなく、普通にイメージするナマズと彼らは全く似ていないからである。しかしながら、ギギ類はこちらの小学館「日本大百科全書」の解説の脇にある博物画(クリックで拡大出来る。ネコギギ・ギバチ・ギギの三種の図がある)を見て戴くと判る通り、実はナマズの癖にナマズナマズしていない、ちょいとハヤっぽいスマートな流線型をしているのである。特にギギは尾鰭が二叉していて、似ていると言えるのである。

「處々に斑文ありて段をなすもあり」先に示した通り、若年個体にはこうした斑紋が見られる。

「山州嵯峨の川」山城国嵯峨川は嵯峨嵐山附近を流れる保津川の別称。

「ミコ魚と云ふは「ギヾ」の赤〔もの〕なり」これが一番引っ掛かった。結論から言うと、これはギギ科 Bagridae のギギ類ではない「赤佐」で、ナマズ目 Siluriformes ではあるが、アカザ科 Amblycipitidae の、アカザ属アカザ Liobagrus reini である。ウィキの「アカザ」によれば、『胸鰭と背鰭に鋭く毒のある棘条があり、その棘条に刺されると痛いことからつけられたアカザスが転訛してこの名になったとされている。他には、アカネコ、アカナマズの名がある。日本固有種で、秋田県、宮城県以南の本州と四国、九州に分布する』。『ナマズの仲間としては小型で、体長は最大』十『前後。ドジョウのように円筒形の細長い体型をしており、英名でもLoach catfish(ドジョウナマズ)と呼ばれる。体色は、やや赤色がかるが地域変異が大きい。生息域の重複や頭部の形状などの特徴から』、『ギギやギバチに若干似るが、以上のような特徴から識別は容易である。また、他種と比べて頭部が小さく』、『側線が胸鰭の後ろ近辺までしかないという違いがある。口ひげは上顎に』二『対、下顎に』二『対の計』八『本である。胸鰭に』一『本ずつ、背鰭に』一『本の刺条を持つ。刺条には毒腺があり、刺されると痛む。背鰭の後部には脂鰭があるが』、『その基底は長く、後端で尾鰭と連結する。尾鰭の後縁は丸く扇形になる』。『水温の低い河川の上流域下部〜中流域、渓流部の清澄な水底に生息する。高温に弱く、水温が』二十五『度以上になると死亡個体が出始める』。『夜行性。日中は水底の浮き石の下、岩の隙間などに隠れており、夜間や水の濁った時に活動する。形態と同様、動作もドジョウに似ており、水底の石の間を伝いぬうように動き回る。肉食性で、主に水生昆虫を捕食する』。『卵はゼリー状の物質に守られ、ひとかたまりに産み付けられる』とある。しかし、画像を幾つか並べてみると、素人目にはギバチとかなり似ており、夜行性であること、毒針を有すること等、これは益軒がギギ類と誤認しても無理はないと私は思ったものである。

『筑紫の村民、「蜂振(〔ハチ〕フリ」と云ふ』ぼうずコンニャク氏の「市場魚貝類図鑑」のアカザのページの「地方名・市場名」の欄に『ハチウオ』『ハチナマズ』とあった。一方、同氏のギギページには「ハチ」で始まる異名はないから、この呼称は正しく「アカザ」を指している可能性が頗る高いと思う。

「海にも此の魚あり」これを問題にする人がいるかも知れぬが、どっこい! 背鰭と胸鰭の第一棘条が毒棘となっている、危険海水魚として名の知れた、ナマズ目ゴンズイ科ゴンズイ属ゴンズイ Plotosus japonicus 「ギギ」「ハゲギギ」「ググ」(真正のギギの地方名に「クグ」がある)「ギギュウ」といった「ギギ」と同じ名・異名をも持っているのである。海に「ギギ」は「いる」んですよ!

「本草」「本草綱目」巻四十四の「鱗之四」に(「主治」は略す)、

   *

黃顙【「食療」。】

釋名黃鱨魚【古名。】。黃頰魚【「詩註」。】。䱀䰲【央軋。】黄。時珍曰、顙、頰以形、鱨以味、軋以聲也。今人析而呼爲黃、黃軋。陸璣作黃、楊謬矣。

集解時珍曰、黃顙、無鱗魚也。身尾俱似小鮎、腹下黃、背上靑黃、腮下有二橫骨、兩鬚、有胃。羣游作聲如軋軋。性最難死。陸璣云、魚身無頭、頰骨正黃。魚之有力能飛躍者。陸佃云、其膽春夏近上、秋冬近下。亦一異也。

氣味甘、平、微毒。詵曰、無鱗之魚不益、人發瘡疥。時珍曰、反荊芥、害人。

   *

「鮎(ナマヅ)」条鰭綱新鰭亜綱骨鰾上目ナマズ目ナマズ科ナマズ属ナマズ Silurus asotus。禅宗の公案を絵画化した「瓢鮎図」で知られる通り、漢語漢字・中国語としての「鮎」はナマズを指す。因みに、中国では条鰭綱キュウリウオ目キュウリウオ亜目キュウリウオ上科キュウリウオ科アユ亜科アユ属アユ Plecoglossus altivelis は「香魚」である(アユは北海道・朝鮮半島から中国・ベトナム北部まで、東アジア一帯に分布するが、本邦がその中心である)。

「情」性質。

「最も死に難〔(がた)〕し」なかなか死なない。ナマズ類は概して強健ではある。

「荊芥に反す」「荊芥」シソ目シソ科イヌハッカ属ケイガイ Schizonepeta tenuifoliaの全草を乾燥させたもの。ウィキの「ケイガイによれば、『中国原産の草本で花期は初夏から夏』。『花穂は発汗、解熱、鎮痛、止血作用などがあり、日本薬局方に生薬「荊芥(ケイガイ)」として収録されている。荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)、十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)などの漢方方剤に配合される。「アリタソウ」という別名がある。ただし、本種はシソ科であり』、和名『アリタソウ』(有田草:ナデシコ目ヒユ科 Chenopodioideae Chenopodieae 連アカザ属アリタソウ Chenopodium ambrosioides)『とは全く別の物である』とあるので注意が必要。漢方サイトによれば、高さは六十~八十センチメートルで、シソ科特有の強い香気を有し、初夏に淡い紫紅色の小花を穂状(すいじょう)につけた際に採取し、感冒による熱・頭痛・鼻炎・咽喉の痛みなどを改善する働きがあるとする。

『「黃顙魚」を「タラ」と訓ずるは非なり』確かに。「本草綱目」のそれは鱈(条鰭綱タラ目タラ科タラ亜科 Gadinae のタラ類。日本近海では北日本沿岸にマダラ(マダラ属マダラ Gadus macrocephalus)・スケトウダラ(スケトウダラ属スケトウダラ Theragra chalcogramma)・コマイ(コマイ属コマイ Eleginus gracilis)の三属三種が分布するが、単に「タラ」と呼んだ場合はマダラを指すことが多い)じゃあ、ないねえ。]

2018/10/09

大和本草卷之十三 魚之上 ヒビ (ボラ)

 

【和品】

ヒヾ 琵琶湖ニアリ長六七寸形色似鯔魚只鱗細キ

 ノミ

○やぶちゃんの書き下し文

【和品】

ヒビ 琵琶湖にあり。長さ、六、七寸。形・色、鯔魚〔(ボラ)〕に似る。只〔(ただ)〕、鱗、細きのみ。

[やぶちゃん注:これは困った。琵琶湖産の魚類で「ヒビ」という名を持つ或いは持っていた魚で、体長十八~二十一センチメートルほどで、形も色もボラに似ているが、鱗がボラよりも細い(ボラは鱗の一枚がずんぐりとして大きい)というのだ。幾ら調べても、出てこない。全くの『不詳』として掲げるしかないと思ったが、ここで最後の切り札として――実はこれはなかなかに丈夫で、河川の中流域にまで遡上することもある、ボラそのものなのではないか?――という過激なことを考えて検索をかけてみた。すると! サイト「雑魚の水辺」の「ボラ」に驚くべきことが記されてあったのだ! 『河口や汽水域ではごくごく普通に見られ個体数はかなり多い。若魚はたまに河川の中流域でも見られる。汚染の進んだ都市河川にも多い』とか、『春や夏になると』、『ボラの若魚ハクやオボコが河口浅瀬に群れたり、集団で河川を遡上して河川支流に進入したり』するとあるのは納得として、『海でよく見られる魚であるが、幼魚や若魚は川を数十』キロメートル『も遡り、完全な淡水でも暮らすことができる。ダムや堰堤がなかったころは、淀川、宇治川を遡り』、『琵琶湖まで遡上した記録があるというから驚きだ』(下線太字やぶちゃん。以下も同じ)という文字通り、驚きの記載に出くわしたのだ! あゆの店きむら」のサイト「琵琶湖と鮒寿しのWEBマガジン」の「琵琶湖の話」にも、『本当の意味で琵琶湖は海と繋がっていた時代があった。江戸時代、チヌ』(スズキ目タイ科ヘダイ亜科クロダイ属クロダイ Acanthopagrus schlegelii の異名。ウィキの「クロダイによれば、『河口の汽水域にもよく進入』し、『さらに河川の淡水域まで遡上することもあるため、能登地方では川鯛とも呼ばれる』とある)『やボラなど海水魚が琵琶湖で捕れたという記録が残っている。淀川を遡上してきたのである』とはっきり書いてある。現在、ボラが淀川水系でどれくらい上流まで遡上しているを調べてみると、これがちゃんとあった! 龍谷大学公式サイト内「ダムの魚道は機能しているのか?」理工学部山中裕樹講師らが生き物に配慮した河川整備に貢献する魚類調査手法を開発という記事の中にそれがあったのだ! これは『水中を漂う魚類のDNAを回収・分析することで生息する魚種やその生息量を推定する、いわゆる「環境DNA分析」の技術』による調査なのだが、それによれば、『淀川には下流側から、淀川大堰、天ヶ瀬ダム、瀬田川洗堰という3つの大規模な河川横断構造物がありますが、これらのうち、魚道が設置されているのは淀川大堰のみです。淀川河口から琵琶湖に至る15地点で月毎の採水調査(1地点あたり2リットル)を1年間実施した結果、対象としていた海産魚であるスズキとボラは淀川大堰を通過して、河口からおよそ36kmの京都市伏見区付近まで遡上していることが確認されました』とあるのだ!(記事の下方右にある「環境DNA分析」によるボラの地図データを見られよ!) さすれば! これは、正真正銘の、

琵琶湖に遡上してきた条鰭綱ボラ目ボラ科ボラ属ボラ Mugil cephalus の幼魚

なのではあるまいか? であってみれば、形も色も成魚のボラに似ているが、まだ幼年であるが故に、鱗の大きさがデカくないというのも腑に落ちるではないか?! 大方の御叱正を俟つものではある。]

2018/09/20

大和本草卷之十三 魚之上 泥鰌(ドヂヤウ) (ドジョウ)

 

泥鰌 海鰌ハクジラ也極テ大ナリ泥鰌ハ極テ小也ナレ

 ドモ形ハ相似タリ性温補脾胃ヲ助ク但峻補乄塞氣

 然煮之有㳒○一種京シマドヂヤウ一名鷹ノ羽

 トチヤウト云アリ又ホトケトチヤウ共云筑紫ニテカタビ

 ラトチヤウト云泥中ニハヲラス沙溝淸水ニ生ス本草

 時珍曰生沙中者微有文采ト是也ドヂヤウノ白色

 ニテ有文采者也○泥鰌ノ羹先米泔ニテ能煮ア

 フラ浮ヒタルヲスクヒテスリミソヲ入一沸スレハ氣ヲ不塞乄

 ツカエス煮鰌法也

○やぶちゃんの書き下し文

泥鰌(ドヂヤウ) 海鰌は「クジラ」なり。極めて大なり。泥鰌は極めて小なり。なれども、形は相ひ似たり。性、温補して、脾胃を助く。但し、峻補〔(しゆんほ)〕して、氣を塞ぐ。然〔れども〕之れを煮〔るに〕、㳒〔(はふ)〕、有り。

○一種、京、「シマドヂヤウ」、一名「鷹ノ羽ドヂヤウ」と云ふあり。又、「ホトケドヂヤウ」とも云ふ。筑紫にて「カタビラドヂヤウ」と云ふ。泥中にはをらず。沙・溝・淸水に生ず。「本草」、時珍曰はく、『沙中に生ずる者、微かに文采〔(もんさい)〕有り。』と。是〔(これ)〕なり。「ドヂヤウ」の白色にて文采有る者なり。

○泥鰌の羹〔(あつもの)は〕、先〔(まづ)〕、米〔の〕泔〔(ゆする)〕にて、能く煮、あぶら浮びたるをすくひて、「すりみそ」を入れ、一沸〔(ひとわかし)〕すれば、氣を塞がずして、つかえず。鰌を煮る法なり。

[やぶちゃん注:脊索動物門脊椎動物亜門条鰭綱骨鰾上目コイ目ドジョウ科ドジョウ属ドジョウ Misgurnus anguillicaudatus が本邦産の代表的一般種。属名「ミスグルヌス」はヨーロッパドジョウ(Misgurnus fossilis:英名European weatherfish or European weather loach)を指す古い英語名に基づき、種小名「アンギリカンダトウス」は「ウナギの尾のような」の意。但し、市販されているもの及び料理屋で供されるそれらは多くがドジョウ属カラドジョウ(唐泥鰌)Misgurnus dabryanus であることが多くなったという(ぼうずコンニャク氏の「市場魚貝類図鑑」のカラドジョウのページによるが、泥鰌好きの私も強くそう感ずる)。同種はアムール川からベトナムまでの中国大陸東部・朝鮮半島・台湾が原産地であるが(ここはWEB図鑑「カラドジョウに拠る)、ぼうずコンニャク氏によれば、カラドジョウは『日本では関東地方、東海地方、近畿地方、愛媛県などで確認されている。日本では国外外来種で、要注意外来生物。群馬県、栃木県、埼玉県、神奈川県、長野県、愛知県、岐阜県、滋賀県、山口県、香川県、愛媛県などで定着』してしまっているとあり、WEB魚図鑑「カラドジョウ」には、『本種は食用として輸入されたドジョウに混ざって逃げ出した、あるいは遺棄され日本に定着したものとされている』。『しかし、日本列島ではふたつの異なる遺伝的集団があることが報告されており、そのうちの一つは中国のものと同じ集団とされる(移植され』て『定着したものと思われる)が、もう一つの集団は他の地域で見られない集団であると』され、『現在』、『研究が進められているところである』とある。なお、私も若い頃はよくやったが、恐るべき有棘顎口虫の中間宿主となることがあるから、「踊り食い」などの生食はやめたがいい。

「ドヂヤウ」ウィキの「ドジョウによれば、『多くのドジョウ料理店などでは「どぜう」と書かれていることもあるが、字音仮名遣に従った表記では「どぢやう」が正しいとされている。大槻文彦によれば、江戸後期の国学者高田与清の松屋日記に「泥鰌、泥津魚の義なるべし」とあるから「どぢょう」としたという。「どぜう」の表記は越後屋初代・渡辺助七が「どぢやう」は』四『文字で縁起が悪いとして縁起を担ぎ』、三『文字の「どぜう」を用いたのが始まりといわれる』とあり、私の行きつけの「駒形どぜう」の主人もそう言っていた。

『海鰌は「クジラ」なり』例えば、かの曲亭(滝沢)馬琴の描いた鯨図譜の題名は「海鰌圖説」(かいしゅうずせつ:現代仮名遣)である。早稲田大学図書館古典総合データベースのこちらで全図見られる。但し、現在、本邦には「海泥鰌」「海鰌」「うみどじょう」の名を標準和名に持つ。骨魚綱条鰭亜綱側棘鰭上目アシロ目アシロ亜目アシロ科ヨロイイタチウオ属ウミドジョウ Loach brotula がいるので注意されたい。ぼうずコンニャク氏の「市場魚貝類図鑑」のウミドジョウのページをリンクさせておく。それによれば、無論、海水魚で水深三十~二百メートルのやや深い砂泥地に棲息し、分布は千葉県外房から九州南岸の太平洋沿岸、新潟県から九州西岸の日本海・東シナ海、及び東シナ海大陸棚斜面から上部で朝鮮半島東岸・済州島・山東省から海南島の中国沿岸、オーストラリア北岸・東岸・西岸とあり、『食用として認知されていない』とある。ちょっと漫画っぽい風体である。

「クジラ」脊索動物門脊椎動物亜門顎口上綱哺乳綱獣亜綱真獣下綱ローラシア獣上目 Laurasiatheria 鯨偶蹄目 Cetartiodactyla の鯨凹歯類 Cetancodonta、或いはその下位の鯨反芻亜目クジラ目Cetacea に属するクジラ類。

「形は相ひ似たり」おいおい! 似てませんって! 益軒先生! と叫ぼうと思ったら、後に示すように「本草綱目」の受け売りだったのね、先生。

「峻補して、氣を塞ぐ」狭義には、漢方医学に於いて補益力の強い薬物を用いて、気血の激しい虚なる状態や陰陽の気が孰れかに暴走している事態を急激に変化させる療法を指すが、ここはそうした薬効作用が甚だ強いため、精神面での副作用を起こし、気鬱になるという意味であろう。

「然〔れども〕之れを煮〔るに〕、㳒〔(はふ)〕、有り」「㳒」は「法」の異体字。後述されている。

「シマドヂヤウ」「鷹ノ羽ドヂヤウ」日本固有種である、ドジョウ科シマドジョウ(縞泥鰌)属シマドジョウ Cobitis biwae であるが、近年同種からCobitis sp. として「オオシマドジョウ」・「ニシシマドジョウ」・「ヒガシシマドジョウ」「トサシマドジョウ」(どれの異名かは不詳であるが、「スジシマドジョウ」の名もあるようである)の四亜種が分離されているらしく(ぼうずコンニャク氏の「市場魚貝類図鑑」のニシシマドジョウのページに拠る)、それらも当然、「タカノハドジョウ」の異名を引き摺って保有していると考えねばならぬし、ほかにもヤマトシマドジョウ Cobitis matsubarae もおり、それも含めた方が無難である(後で示すサイト川のさかな情報館シマドジョウ属も参照のこと)。また、ウィキの「シマドジョウ」によれば、他にも「カワドジョウ」「ササドジョウ」「スナサビ」「スナメ」などの異名や地方名が多いとあり、『山口県西部・四国南西部を除く』、『ほぼ日本各地の淡水域に生息している。河川の中流域の砂礫底に多く見られる』とある。

「ホトケドヂヤウ」記載ではシマドジョウの異名のようにしか見えないが、現行ではシマドジョウとは科レベルで異なる全くの別種である。コイ目タニノボリ科フクドジョウ(福泥鰌)亜科ホトケドジョウ(仏泥鰌)属ホトケドジョウ Lefua echigonia。日本固有種。シマドジョウのような有意な縦縞はなく、体色も全体に茶褐色から赤褐色を呈して(黒点散在)いて、全く似ていない。分布域は青森県を除く、東北地方から三重県・京都府・兵庫県。但し、フクドジョウ属フクドジョウ Noemacheilus barbatulus の方は、縦縞があり、ややシマドジョウに似てはいる。しかし、フクドジョウは国内での自然分布域は北海道のみで、近代以降に福島県・山形県米沢市に移入、他にはシベリアから中国東北部・朝鮮半島・サハリンに分布する北方種であり、益軒の頃の認識世界の外にいた種であるから、考える必要はない。

「カタビラドヂヤウ」「帷子泥鰌で、先の仏泥鰌の異名だろう」と思っていたが、ちゃんと調べようと思って検索してみて、驚いた! これは何と! この「大和本草」のこの部分の記載(!)によって、九州の有明海へ流入河川に固有の種として、アリアケスジシマドジョウ Cobitis kaibarai という学名(種小名に注目!)が与えられているものの、福岡県での他種とのヤマトシマドジョウCobitis matsubarae などとの混称異名である。この事実を発見したのは、サイト川のさかな情報館シマドジョウ属で、そこには、『筑紫(現在の福岡県)で初めてシマドジョウ類(カタビラトチヤウ)を記録した本草学者「貝原益軒」にちなむ』とあるのである!

「泥中にはをらず。沙・溝・淸水に生ず」シマドジョウ類は『河川の中流域の砂礫底に多く見られ』(ウィキの「シマドジョウ」)、ホトケドジョウも『水温が低く流れの緩やかな河川や湿地、水田等に生息する。あまり底層には潜らず、単独で中層の水草の間を泳ぎ回ることが多い』(ウィキの「ホトケドジョウ」)とあるから、棲息域は孰れでも齟齬はない。

『「本草」、時珍曰はく、『沙中に生ずる者、微かに文采〔(もんさい)〕有り。』と』「本草綱目」巻四十四の「鱗之三」の「鰌魚(しゅうぎょ)」(下線太字はやぶちゃん)。

   *

鰌魚【音酋。「綱目」。】

釋名泥鰍【俗名。】。【「爾雅」。】。時珍曰、按、陸佃云、鰌、性酋健、好動善優、故名。小者名鰌魚。孫炎云、者尋習其泥也。

集解時珍曰、海鰌生海中、極大。江鰌生江中、長七八寸。泥鰌生湖池、最小長三四寸、沈於泥中。狀微似鱓而小、鋭首肉身、靑黑色、無鱗。以涎自染、滑疾難握。與他魚牝牡、故「莊子」云、『鰌與魚游。』。生沙中者微有文采。閩廣人去瘠骨、作臛食甚美。「相感志」云、燈心煮鰌甚妙。

氣味甘、平。無毒。景曰、不可合白犬血食。一云凉。

主治暖中益氣、醒酒、解消渴【時珍。】。同米粉煮羮食調中、收痔呉球。

附方新五。消渴飮水、同泥鰌魚【十頭陰乾、去頭尾、燒炭。】乾荷葉等分。爲末。每服二錢、新汲水調下、日三。名沃焦散【「普濟方」。】。喉中物哽、用生鰍魚、線縳其頭、以尾先入喉中、牽拽出之。【「濟普方」。】。揩牙烏髭、泥鰍魚槐蕋狼把草各一兩、雄燕子一箇、酸石榴皮半兩、搗成團入瓦罐内、鹽泥固濟、先文後武、燒炭十觔取研、日用一月以來、白者皆黑普濟陽事不起、泥鰍煮食之【「集簡方」。】。牛狗羸瘦、取鰌魚一二枚、從口鼻送入、立肥也【陳藏器。】。

   *

『「ドヂヤウ」の白色にて文采有る者なり』それで通属性を言うというのは、ちょっと無理。

「泔〔(ゆする)〕」米のとぎ汁或いは強飯(こわめし)を蒸した後の湯を指す。かつてはこれで頭髪を洗い、また髪を梳(くしけず)る際に濡らす水として一般に用いられた。]

2018/09/06

大和本草卷之十三 魚之上 アユモドキ

 

【和品】

アユモドキ 其形色恰如鰷ニシテ口ニ泥鰌ノ如ナルヒゲア

 リ山州桂川ノ名物也其上流嵯峨ノ大井川ニモア

 リ大ナルハ一尺ハカリアリ身ト尾トアユニ似テ頭ハ不似

 頭ハ粗ドヂヤウニ似タリ凡大井川ニアユスマスイダアメノウ

 ヲアユモドキミコ魚ナトアリ

○やぶちゃんの書き下し文

【和品】

アユモドキ 其の形・色、恰も「鰷〔(アユ)〕」のごとくにして、口に「泥鰌」のごとくなる「ひげ」あり。山州桂川の名物なり。其の上流、嵯峨の大井川にもあり。大なるは一尺ばかりあり。身と尾と、「アユ」に似て、頭は似ず、頭は粗〔(ほぼ)〕「ドヂヤウ」に似たり。凡そ、大井川に「アユ」すまず。「イダ」「アメノウヲ」「アユモドキ」「ミコ魚〔(ウヲ)〕」など、あり。

[やぶちゃん注:本邦固有種の条鰭綱コイ目ドジョウ科アユモドキ亜科 Parabotia 属アユモドキ Parabotia curtus。御覧通り、アユとは無縁なドジョウの仲間である(但し、ドジョウの行う空気呼吸はしない。和名は特に尾鰭がアユのように中央が縊れて上下に分岐していることに由る)。絶滅危惧IA類(CR)。ウィキの「アユモドキ」より引く。現在、棲息が確認されているのは『京都府亀岡市の桂川水系、岡山県の旭川・吉井川水系』のみで、『琵琶湖・淀川水系(宇治川、鴨川、木津川、清滝川)、岡山県の高梁川水系、広島県の芦田川水系では』、『絶滅したか』、『ほぼ絶滅したと考えられている』。『同じアユモドキ亜科のBotia属、Leptbotia属が、インドシナ半島に生息する』。『分布の中心域は東南アジアから中国南部であり、日本のアユモドキの分布はその縁辺部にあたる』。『日本淡水魚ではアユモドキ(Leptobotia curta)が唯一のボティア系の魚であり』、『そのため』、『本種は日本産淡水魚の起源と分散経路を探究する手がかりとなり』得、『動物地理学的にきわめて重要な種であると考えられている』。全長は十五~二十センチメートルで、『体形は側扁』し、『背面や体側面の色彩は黄褐色で、腹面の色彩は白』。『頭部も鱗で覆われ』ている。『体側面は小型の円鱗で覆われ』、『側線は明瞭』。『上顎の吻端に左右に』二『本ずつ、下顎の口辺に左右に』一『本ずつ、計』六『本の口髭がある』。『眼下部に左右に』一『本ずつ』、『先端が二股に分かれた棘状突起がある』。『形態や分子系統解析からアユモドキ亜科Botinaeを、独立した科Botiidaeとする説もある』。『以前はLeptobotia属に分類されていた』。『河川の中・下流域、水路などに生息し、底質が砂礫や砂泥で石組みなどの遮蔽物が多い環境を好む』。『生息地の水質階級は岡山県の報告例では貧腐水性もしくは貧腐水性に近い中腐水性βで、水温は夏季も』摂氏三十度『を超えない水質に生息していた』。『日本に分布するドジョウ類では唯一』、『底層ではなく』、『中層に生息し、遊泳性が強い』。『薄明薄暮性で、昼間は物陰などに潜む』。『底棲のトビケラ・ユスリカの幼虫などの昆虫、イトミミズなどを食べ』、『仔魚や稚魚はプランクトンや付着動物などを食べる』。六~九月に一尾をが一尾『もしくは複数尾で追尾し、体側を擦り合わせるようにして放卵・放精する』。『河川の氾濫や水田の灌漑によって生じた一時的な水場で』、『流れが緩やかで陸生植物が繁茂し』、『一定期間水位低下がない環境でのみ産卵する』。生後二年で『成魚になる』が、『一方で生後』一『年で性成熟したオスが発見された例もある』。『滋賀県の方言で「あいはだ、うみどじょう」、岡山県の方言で「あもず、きすうお」』、『京都方言で「ウミドジョウ」』『と呼称される』(この異名「ウミドジョウ」の「ウミ」は、かつて棲息していた「琵琶湖」を指す。「あいはだ」の「あい」は「アユ」か)。『食用とされ、琵琶湖で漁獲されることもあった』。『河川改修や圃場整備による生息地や産卵場所の消失、堰による移動の妨害、水量低下などにより生息数が減少したと考えられている』。『カワウや人為的に移入されたオオクチバスによる捕食によっても生息数が減少している』。『後述するように法的に採集は禁止されているが、密猟される事もある』。『桂川水系で最大の生息地であった八木町(現:南丹市)の個体群は』一九八七年から一九八八年に、『冬季に越冬場所が枯渇してから』、『生息が確認されず』、『絶滅したと考えられ、飼育下で系統が維持されるのみとなっている』。『日本では』一九七七年に『国の天然記念物に指定されて』おり、二〇〇四年には、「種の保存法」により』、『国内希少野生動植物種に指定されている』。『休耕田を利用した産卵場所の整備、礫の設置による生息環境の改善、保全調査、保全団体や地方自治体による啓蒙活動、密漁者の監視などの保護対策が進められている』。二〇一五年『現在における生息数』は約八百頭と推定』されており、『桂川水系個体群は』二〇一四年の報告では成魚の生息数は』十『年間で』八十~七百三十尾と『推移している』。『旭川水系個体群は』二〇一〇年から二〇一五年に五十~百六十尾が『産卵場所で確認されている』。『吉井川水系個体群の生息数は』三十~五百尾と『推定され』、二〇一五年に『おける生息数は約』二百十尾『推定されている』。『人工孵化や飼育法は確立しており、神戸市立須磨海浜水族園、滋賀県立琵琶湖文化館(休館)、姫路市立水族館などで累代飼育が行なわれている』。『大阪府水生生物センターでは精子の凍結保存に成功している』とある。You Tube で、神戸市立須磨海浜水族園保護飼育ていアユモドキ動画神戸新聞社国天然記念物のアユモドキが見られる。

「鰷〔(アユ)〕」先行する大和本草卷之十三 魚之上 鰷(アユ)を参照。

「泥鰌」条鰭綱骨鰾上目コイ目ドジョウ科ドジョウ属ドジョウ Misgurnus anguillicaudatus。次項がドジョウ。

「嵯峨の大井川」桂川の嵐山周辺及び上流域での異名。「大堰川」とも。ウィキの「川(淀川水系によれば、『嵐山下流域以南では「桂川」または「葛河(かつらがわ)」と称されるようになった。『土佐日記』では「桂川」、『日本紀略』では「大堰川」、『徒然草』では「大井川」の記載が見える。うち『徒然草』の第』五十一『段では、嵯峨野の亀山殿に大井川から水を引く様子を伝えている。『雍州府志』では、川の西に「桂の里」が有ることから』、『嵯峨より南の下流域を「桂川」と呼ぶようになったとあり、それより上流にあたる嵐山流域を「大井川」としている』とある。

『大井川に「アユ」すまず』「すまず」は「棲まず」。しかし、これは嘘。桂川にはアユは古来より棲息していたし、現在もいる。

「イダ」これは広汎にウグイ(コイ科ウグイ亜科ウグイ属ウグイ Tribolodon hakonensis)の異名でもあるので注意が必要

「アメノウヲ」先行する「大和本草卷之十三 魚之上 鰧魚(ビワマス)で考証した通り、この和名異名は条鰭綱サケ目サケ科サケ亜科タイヘイヨウサケ属サクラマス(ヤマメ)亜種ビワマス Oncorhynchus masou rhodurus のそれの方が遙かに古くから定着しているので注意が必要。益軒は言わんでもいいことを言って混乱を招いていることは、既に大和本草卷之十三 魚之上 鯇(ミゴイ/ニゴイ)で考察した。

「ミコ魚」異名確認は出来たが、語源は不詳。]

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