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カテゴリー「「澄江堂遺珠」という夢魔」の48件の記事

2016/12/25

やぶちゃん版「澄江堂遺珠」関係原資料集成Ⅴ ■5 現在知られる芥川龍之介の詩歌及び手帳並びに未定稿断片の内に於いて「澄江堂遺珠」との親和性が極めて強いと私が判断するもの(1)

5 現在知られる芥川龍之介の詩歌及び手帳並びに未定稿断片の内に於いて「澄江堂遺珠」との親和性が極めて強いと私が判断するもの

 

[やぶちゃん注:まず、ネット上で最も知られていない「手帳」類から拾い始めることとする。

 まず、「手帳6」(旧全集「手帳(六)」)の末尾に載る六篇を示す(リンク先は私の最新の芥川龍之介「手帳」の電子化注の末尾部分である)。本「手帳6」の記載推定時期は、新全集後記に『これらのメモの多くは中国旅行中に記された、と推測される』とある(芥川龍之介の大阪毎日新聞社中国特派員旅行は大正一〇(一九二一)年の三月十九日東京発で、帰京は同年七月二十日である(但し、実際の中国及び朝鮮に滞在したのは三月三十日に上海着(一時、乾性肋膜炎で当地の病院に入院)、七月十二日に天津発で奉天・釜山を経た)。但し、構想メモのある決定稿作品を見ると、大正一〇(一九二一)年(「影」同年九月『改造』)が最も古い時期のもので、最も新しいのは「湖南の扇」(大正一五(一九二六)年一月『中央公論』)であるが、それは創作素材としてであって、以下の詩篇はやはり、大正一〇(一九二一)年の中国特派の旅行中或いは帰国後の同年中に記されたものと考えてよいと思う。これはしかし、実は非常に重要な問題を提起するものである。それは最後に記す。なお、先のリンク先を見て貰うと判るが、この六篇の後に、

 

人食ふ人ら背も矮く ひそと聲せず 身じろがず

 

という不気味な七・五・七・五の定型文語詩が載っているが(「矮く」「ひくく」と訓じているか)、これは分かち書きもしておらず、内容面(如何にも不気味で鬼趣と言える)からも、私は前の六篇の詩群とは別個なものと採って、「澄江堂遺珠」との親和性は低いと判断し、採らなかった。]

 

 

光はうすき橋がかり

 か行きかく行き舞ふ仕手は

 しづかに行ける楊貴妃の

 きみに似たるをいかにせむ

 

[やぶちゃん注:以下、六篇の定型文語詩は、恐らく、「澄江堂遺珠Sois belle, sois triste.」の詩群の最初期草稿と採ってよい。次の一篇の私の注も参照されたい。そうすれば、これらが原「澄江堂遺珠Sois belle, sois triste.」の詩群であることを否定しようという人は誰もおらぬはずである。]

 

光はうすき橋がかり

 靜はゆうに出でにけり

 昔めきたるふりなれど

 きみに似たるを如何にせむ

 

[やぶちゃん注:この一篇は、「澄江堂遺珠 Sois belle,sois triste. 」に収められた、抹消されていると佐藤が言う一篇、

 

光は薄き橋がかり

靜はゆうに出でにけり

昔めきたるふりながら

君に似たるを如何にせむ

 

と酷似している。しかも、前の一篇は一行目が本篇と全く一致している。だからこそ、これらは明らかに「澄江堂遺珠Sois belle, sois triste.」の詩群の最初期草稿なのである。]

 

女ごころは夕明り

 くるひやすきをなせめそ

 きみをも罪に墮すべき

 心強さはなきものを

 

[やぶちゃん注:この一篇は、私が本『「澄江堂遺珠」関係原資料集成』の『2 岩波旧全集「未定詩稿」』(末尾に『(大正十年)』という編者クレジットを持つ詩群)の中に、

 

女ごころは夕明り

くるひやすきをなせめそ

きみをも罪に堕すべき

心強さはなきものを

 

相同の一篇が載る。但し、■2 岩波旧全集「未定詩稿」』の冒頭注で既に述べた通り、この詩群は旧全集編集者(恐らくは中でも堀辰雄)による操作が加えられた可能性が極めて高い、問題のあるテクストである。]

 

遠田の蛙きくときは(聲やめば)

 いくたび夜半の汽車路に

 命捨てむと思ひけむ

 わが脊はわれにうかりけり

 

[やぶちゃん注:この一篇も、「澄江堂遺珠 Sois belle,sois triste. 」に収められた、抹消されていると佐藤が言う一篇、

 

遠田の蛙聲やめば

いくたびよはの汽車路に

命すてむと思ひけむ

わが夫はわれにうかりけり

 

(「■」佐藤が一字不明とするものを、かく示した)と酷似している。さらに言えば、先のの中にもこれがあり、そこでは実に最終行に、「わが夫(せ)はわれにうかりけり」とルビが振られているのである。]

 

松も音せぬ星月夜

 とどろと汽車のすぐるとき

 いくたび

 わが脊はわれにうかりけり

 

[やぶちゃん注:前の一篇と最終行が完全に一致している。]

 

墮獄の罪をおそれつつ

 たどきも知らずわが來れば

 まだ晴れやらぬ町空に

 怪しき虹ぞそびえたる

 

[やぶちゃん注:この一篇は、「澄江堂遺珠 Sois belle,sois triste. 」に収められた、抹消されていると佐藤が言う断片(完全でない)、

 

たどきも知らずわが來れば

ひがしは暗き町ぞらに

怪しき虹ぞそびえたる

 

などと、よく似ている。特に「怪しき虹ぞそびえたる」は芥川龍之介の好んだフレーズで、「澄江堂遺珠 Sois belle,sois triste. 」草稿と思しいものに複数箇所、発見出来るのである。

 

 さて、これらの詩篇が問題なのは、これが推定で、大正一〇(一九二一)年の中国特派の旅行中或いは帰国後の同年中に記されたものである点にある。

 一般的には、「澄江堂遺珠 Sois belle,sois triste. 」は芥川龍之介が最後に愛した歌人片山廣子に捧げられた詩篇であると信じられている向きがあり、私自身も、概ね、そう理解してきたのであるが、それはこの六篇には適用出来ないのである。

 芥川龍之介が片山廣子に強い恋愛感情を持つようになるのは、現在では大正一三(一九二四)年七月の避暑に行った軽井沢での本格的な邂逅以後のことであり(但し、大正五年六月に廣子の歌集「翡翠(かわせみ)」の評を龍之介は『新思潮』に書いており、翌年の七月以降には最初の接触はあった)、これらの詩篇は実にそれよりも三年も前に書かれたものである可能性が高いからである。

 即ち、少なくとも、これら六篇をものした折りの詩人芥川龍之介の、「月光の女」、恋愛対象の女性は片山廣子ではないということである。

 私はそれが誰だったかについては、例えば、鎌倉の料亭「小町園」の女将野々口豊(とよ)辺りを想起は出来るが、断定はし兼ねる(しかも私は芥川龍之介が愛した女性では海軍機関学校教官時代の同僚の物理教師佐野慶造の妻佐野花子(彼女の書いた「芥川龍之介の思い出」を私は最近、ブログ・カテゴリ「芥川龍之介」で全電子化注し、注を外したベタ・テクストも公開してある)と片山廣子以外の女性には、実はあまり興味が湧かないことをここで告白しておく)。ただ、大正八年に不倫関係を持った歌人秀しげ子ではなかったと断言は出来るように感ずる。何故なら、龍之介はこの時既に、秀しげ子には失望し、憎悪さえ抱いていたと推定され、彼が中国特派に出たのも、一面ではストーカー的な秀しげ子からの逃避感情があったからではないか、とさえ私は感じているからである。

 孰れにせよ、私がこのブログ・カテゴリを『「澄江堂遺珠」という夢魔」』としたのは、そうした一筋繩ではいかない芥川龍之介の複雑な人間関係や恋愛感情抜きには、「澄江堂遺珠」を全解析することは出来ぬからなのである。

 但し、「手帳6」(旧全集「手帳(六)」)の末尾注で記した通り、除外したこの後に出る、

 

○人食ふ人ら背も矮く ひそと聲せず 身じろがず

 

という一篇は私に直ちに、「湖南の扇」のエンディングで、名妓玉蘭が処刑された愛人黄老爺の血を滲み込ませたビスケットの一片を「あなたがたもどうかわたしのやうに、………あなたがたの愛する人を、………」と言って「美しい齒に嚙」むコーダのシークエンスを想起させる。そうして、そういった視点からフィード・バックすると、実は前の六篇の詩篇も含めて、これらは「湖南の扇」のモデルとなった、先に出る「支那人饅頭を血にひたし食ふ」という聴き書きのエピソードを元に創作した仮想詩篇であるような気もしてくる、即ち、これら六篇の詩篇は実在する芥川龍之介の愛した誰彼を設定したものではなく、そうした空想した強烈な愛と性(生)に生きる女傑へのオマージュであるように思えてもくるのである。大方の御叱正を俟つ。

 

2015/04/12

芥川龍之介遺著・佐藤春夫纂輯「澄江堂遺珠Sois belle, sois triste.」附やぶちゃん注(PDF版) プチ・リニューアル

芥川龍之介遺著・佐藤春夫纂輯「澄江堂遺珠Sois belle, sois triste.」附やぶちゃん注(PDF版)

に画像(龍之介のデッサンの原画と思われる蘇軾の「枯木竹石図」)や注を追加し、削除線の脱落や誤字を訂正、プチ・リニューアルした。前の版を保存されている方は差替えをお願いしたい。

「澄江堂遺珠」を検索してみたら……

「澄江堂遺珠」を検索してみたら……

トップに出るのは僕のページ……

これこそ……

そのまま本邦の芥川龍之介研究の停滞と愚劣さを如実に示している!!!――

2015/01/25

やぶちゃん版「澄江堂遺珠」関係原資料集成Ⅵ ■4 推定「第三號册子」(Ⅺ) 頁47~頁61 推定「第二號册子」 了

《頁47》

明るき雨のすぎ行けば

虹もまうへ まうへにかかれかし

 

[やぶちゃん注:ここに特に編者によって、『以上二行は前頁から連続している』という注が記されてある。そこでここも空行を設けずに連続させた。]

 

(夢むはとほき野のはてに

(穗麥刈り干す老ふたり

(明るき雨のすぎゆかば

(虹もまうへにかかれとそらじや

 われらにかかれと       かし

 

[やぶちゃん注:「虹もまうへに」に始まる行と最後の「われらにかかれと」の抹消との間に編者注があって、『以上四行、上方に印あり』とあるので、前例通り「(」を附した。抹消の「われらにかかれと」と「かし」の間の空白部分は何字分かは不詳。

 

(ひとり胡桃を剝き居れば

(雪は幽かにつもるなり

(ともに胡桃は剝かずとも

(ひとりいぬあるべき人ならば

 

[やぶちゃん注:ここには編者によって、いつものように『以上四行、上方に印あり』とあるのであるが、これは実は「澄江堂遺珠」の初版四十五頁のものであることが分かる。そこには佐藤春夫の注が附される。以下に引く。佐藤の注は詩より三字下げポイント落ちである。解説の改行は「澄江堂遺珠」のままである。なお、解説の行末が不揃いになっているのは原本では読点が半角で打たれているためである。

   *

 

 (ひとり胡桃を剝き居れば

 (雪は幽かにつもるなり

 (ともに胡桃を剝かずとも

 (ひとりあるべき人ならば

 

  とあり、この最後の意を言外にのこしたる

  一章には大なる弧線を上部に記して他と

  區別し、些か自ら許せるかの觀あり。かく

  て第二號册子の約三分の二はこれがため

  に空費されたり。徒らに空しき努力の跡

  を示せるに過ぎざるに似たるも、亦以て故

  人が創作上の態度とその生活的機微の一

  端とを併せ窺ふに足るものあるを思ひ敢て

  煩を厭はずここに抄錄する所以なり。

 

   *

 この解説の中に出る『第二號册子』というのは私は『第三號册子』の誤りではないかと考えている。もしかすると、現在の新全集の『「澄江堂遺珠」関連資料』に載る「ノート1」が実は佐藤の言う『第三號册子』、「ノート2」が『第二號册子』であった可能性もあるが、それはまた後の私の考証の課題として、ここでは今までの流れを覆さないようにかく注しておく(言っておくが、これは誤魔化しでは、ない。こうしておかないと、資料としてのこれらが錯雑してコントロール出来なくなってしまうからである。ここはどうか御寛恕願いたい)。

 「澄江堂遺珠」では佐藤が注するように、巨大なスラーのような一つの「(」(弧線)となっている。そうしてこの事実によって、この新全集の『「澄江堂遺珠」関連資料』の『上方に印あり』という『印』が恐らく総てこの巨大な「(」であると推定されるのである。]

 

《頁48》

夢むはとほき野のはてに

穗麥刈り干す老ふたり

明るき雨のすぎ行かば

         とぞ

虹もまうへにかかれ

         かし

 

何か寂しきはつ秋の

日かげうつろふ霧の中

ゆ立ちし鵲か

ふと思はるる人の

 

夢むは遠き野のはてに

穗麥刈り干す老ふたり

仄けき雨の過ぎ行かば

虹もまうへにかかるらむ

夢むはとほき野のはてに

穗麥刈り干す老二人

雨も幽かにすぎ行かば

《頁49》

虹こそおぼろと虹やかかるらむ

 

[やぶちゃん注:ここに編者によって『この行は前頁から連続している』とあるので空行を設けずに繋げた。]

 

夢むはとほき野のはてに

穗麥刈り干す老ふたり

明るき雨すぐ

夢むはとほき野のはてに

穗麥刈り干す老ふたり

      雨はすぐるとも

われらが

われら老いなば

虹は幽

 

[やぶちゃん注:「雨はすぐるとも」の前の空白は七字分かどうかは不明。]

 

われらが末は野のはてに

穗麥刈干す老ふたり

 

虹は幽かにかかれかし

 

《頁50》

たとへばとほき野のはてに

穗麥刈り干すわれらなり

 

野もせに雨は

 

(われらはとほき今日も野のはてに

(穗麥刈り干するなる老ふたり

(           けれ

(雨は濡るるはすべなくも

(           もなし

(幽かにかかる虹もがな

 

[やぶちゃん注:前例に従い、編者注から「(」を頭に附した。]

 

穗麥刈り干すわれらなり

雨に濡るるはすべもなし

幽かにかかる虹もがな

 

《頁51》

わが戀こそはみちならね

 

雨はけむれる午さがり

實梅の落つる音きけば

ひとを忘れむすべをなみ

老を待たむと思ひしか

 

谷に沈める雲見れば

ひとを忘れむすべもなみ

老を待たむと思ひしが

 

ひとを忘れむすべもがな

ある日は 古き書のなか古き書のなか

匀も消ゆる白薔薇の

老を待たむと思ひしが

 

《頁52》

ひとを忘れむすべもがな

ある日は秋の山峽に

 

夫 scholary man

妻 model woman

敵 male

 

さあみんな支度をおし、お前は刀を持つてゐるかい

 

成程ね。お前のやうな人間が二十人もう十人もゐてくれると、宮中の廓淸が出來るのだが、

 

《頁53》

君 さやうでごさ 恐れ入ります

王 おれ おれの周圍にゐる人間一體宦官なぞと云ふやつは、みんなお前だな噓つきか泥坊ばかりだ

宦官 陛下

お前王 おやまだゐたのか

(宦官 いえ唯今參つたばかりでございます しかし決して噓つきなぞは申上げません

王(      ) た■ そり やいくらお前でもたまにさうか。そりや珍しい。

王 まあ聞けよ

は噓もつき倦るだらうさ

宮官 御言葉ではございますが、

王 兎に角お前の心がけは感心だ。

君 恐れ入ります。

王 しかし おれには難有迷惑だね。

 

[やぶちゃん注:抹消の「王 まあ聞けよ」の後に編者による『以上五行、上方に印あり』という注がある。一応、詩と同じ大きなスラー様のものと考えて、「(」を附した。但し、この『五行』とは底本(二段組)五行分ではなく、台詞の柱で五行分ととった。そうでないとおかしいからである。「噓」は総て底本の用字である。「(      )」は本文そのまま( )が本文サイズであって、そこに編者によって空白である旨の注がある。但し、空白字数は不詳である。

scholary man」は「scholarly man」の誤記か。これなら「学者気質(かたぎ)の男」となる。以下の戯曲断片と連関させるならば、儒者か道士といった感じか。

model woman」は模範的或いは貞節なその妻の意としかとれないのだが、しかし冒頭の台詞がこの人物の台詞とすると、如何にもおかしい。上手い訳が見当たらない。絵のモデルというわけでもなさそう。後の戯曲とは無関係な創作メモの可能性もある。

「廓淸」「くわくせい(かくせい)」と読む。粛清と同じ。これまでに溜まった悪いもの、乱れや不正な者を払い除いて浄化すること、或いはそう称しつつ、厳しく取り締まって反対勢力を駆逐或いは抹殺してしまうこと(因みに、現在では「郭清」とも表記して、癌を切除する際に転移の有無に関わらず、周辺リンパ節を総て切除することもこう言う。これは癌細胞がリンパ節に転移し易いことから、癌の根治・予防のため、普通に行われる術式の一つである)。]

 

《頁54》

忘れ

忘れはてなむすべもがな

ある日は

 

ゆうべとなれば

物の象は

 

物の象(かたち)はまぎれ

 

物の象はしづむのごと

老さりくれは

 

の小川も草花も

夕となれば煙るなり

われらが戀も

 

《頁55》

牧の小川も草花も

夕となれば煙るなり

わが悲しみも

老ひさりくれば消ゆるらむ

 

夕となれば家々も

畑なか路も煙るなり

わが身をせむる今は忘れぬおもかげも

老ひさりくれば消ゆるらむ

 

《頁56》

われらはけふ野べの穗麥刈り

雨に濡るるはすべ

雨に濡

 

夢むわれらはとほき野のはてに

穗麥刈るなる老ふたり

雨は

幽かにかかる虹もあり

 

われらは野べの穗麥刈り

雨に濡るるはすべもなし

穗麥の末に

幽かにかかる虹もがな

 

《頁57》

ゆうべとなれば草むらも

 

ゆうべとなれば

 

われらは野べの穗麥刈り

ひと村雨はすべもなし

鎌に

幽かにかかる虹もがな

 

ゆうべとなれば草むら海ばらも

蒼海原

今は忘れぬおもかげも

老さりくれば消ゆるらむ

濡れし袂と干す時は

 

《頁58》

ゆうべとなれば葱畑家々も

畠の葱も煙るな

 

夕となれば家々も

畑なか路も煙るなり

今は忘れぬ

老ひさり來れば消ゆるらむ

 

今は忘れぬひとの眼も

 

《頁59》

ゆうべとなれば波の穗も

船の帆綱も煙るなり

 

ゆうべとなれば波の穗も

遠島山も煙るなり

今は忘れぬおもかげも

老ひさりくれば消ゆるらむ

 

われらは野べの老ふたり穗麥刈り

一村雨はすべもなし

濡れし穗麥を刈るときは

幽か

 

《頁60》

ゆうべとなれば波の穗も

遠島山も煙るなり

今は忘れぬおもかげも

何時か やがて 老いて何時かは夢にまがふらむ

 

老いなば夢にまがふらむ

ひとを殺せどなほ飽かぬ

妬み心も今ぞ知る

 

われらは野べの穗麥刈り

 

ひとを

 
 
[やぶちゃん注:ここに空白一頁あり、という編者注がある。]

《頁61》

Mr. G. Dauson

 

[やぶちゃん注:この以上の一行は横書である旨の注と、一行空け別立てで、ここに『カットあり』(描画図不詳)という注で、新全集の『「澄江堂遺珠」関連資料』の『ノート2』は終わっている。「G. Dauson」不詳。]




以上を以って、現在、公的(アカデミック)に「澄江堂遺珠」の原資料と呼ばれているもの本カテゴリ『「澄江堂遺珠」という夢魔』に於いて、総ての電子化を終了した。
 
これより未踏の――■5 現在知られる芥川龍之介の詩歌及び手帳並びに未定稿断片の内に於いて「澄江堂遺珠」との親和性が極めて強いと私が判断するもの――にとりかかる。――

やぶちゃん版「澄江堂遺珠」関係原資料集成Ⅵ ■4 推定「第三號册子」(Ⅹ) 頁42~頁46

《頁42》

ひとをころせどなほあかぬ

ねたみごころもいまぞ知る

 

いづことわかぬ靄の中

かそけき月によはよはと

 

啼きづる山羊の聲聞けば

はろけき人ぞ戀ひがてぬ

遠き人こそ忘られね

かそけき月によはよはと

山羊は啼き靄の

はろけき人をおもほへば

山羊の聲

 

(いづことわかぬ靄のなか

(かそけき月によはよはと

(啼きづる山羊の聲すなり

山羊さへ妻を戀ふやらむ

《頁43》

(わが人戀ふる霧のなか

 

[やぶちゃん注:ここには特に編者によって、『この行は前頁から連續しており、これら全五行の上方には印あり』と注されてある。例の大きなスラーのような丸括弧であろうか? 試みに「(」を附して、ここのみ、《頁43》の前に空行を設けなかった。]

 

ひとをころせどなほあかぬ

ねたみごころもいまぞしる

垣にからめる薔薇の實も

いくつむしりてすてにけむ

 

(垣にからめる薔薇の實も

(いくつむしりて捨てにけむ

(ひとを殺せどなほあかぬ

(ねたみ心になやみつつ に燃ゆる日 の燃ゆる日に堪ふる日は

 

[やぶちゃん注:ここにも編者によって『以上四行、上方に印あり』とあるので、試みに「(」を附した。]

 

夜毎にきみと眠るべき

男あらずばなぐさまむ

 

《頁44》

  雪

ひとり山路を越え行けば

雪はかす幽かにつもるなり

ともに山路は越えずとも

ひとり眠(いぬ)べききみ君ならば

 

[やぶちゃん注:「いぬ」は底本ではルビ。このルビは本冊子の中では特異点である。他には先行では《頁3》と《頁10》の「小翠花(シヤウスヰホア)」と後掲する《頁54》の「象(かたち)」にしか認められない。]

 

夜空

 

  劉 園

人なき院にただひとり

古りたる岩を見て立てば

花木犀は見えねども

冷たき香こそ身にはしめ

 

《頁45》

ひとり山路を越え行けば

ひとり川べを見てあれば

雪は幽かにつもるなり

ともに川べは

ひとり眠ぬべき君ならば

ひとり山路を越え行けば

月は幽かに照らすなり

ともに山路は越えずとも

ひとり眠ぬべき君ならば

 

ひとり

雪は幽かにつもるなり

ともに

ひとり眠ぬべき君ならば

 

《頁46》

雨にぬれたる草紅葉

佗しき野路をわが行けば

かた 片山かげにただふたり

住まむ藁家ぞ眼に見ゆる

 

[やぶちゃん注:「片山」の文字が出現するのには正直、私は激しく驚いている。しかも直前の《頁44》《頁45》の詩篇には「越ゆ」が合計五回出現している。周知の通り、龍之介は片山廣子のことを「越し人(びと)」と呼んでいた。私の電子テクスト「やぶちゃん編 芥川龍之介片山廣子関連書簡16通 附やぶちゃん注」及び芥川龍之介「越びと 旋頭歌二十五首」などを是非、参照されたい。]
 

 

 

われら老いなばともどもに

穗黄なる穗麥を刈り干さむ

われら老いなばともどももろともに

穗麥もさわに刈り干さむ

 

われら老いなばともどもに

夢むは

穗麥刈り干す老ふたり

 

夢むは

穗麥刈り干す老ふたり

やぶちゃん版「澄江堂遺珠」関係原資料集成Ⅵ ■4 推定「第三號册子」(Ⅸ) 頁39~頁41

《頁39》

畫舫はゆるる水明り

はるけき人をおもほへば

わがかかぶれるヘルメツト

白きばかりぞうつつなる

 

幽に雪のつ

かに雪のつもる夜は

ひとりいねよと祈りけり

 

疑ひぶかきさがなれば

疑ふものは數おほし

薔薇に刺ある蛇に舌

女ゆゑなる涙さへ

 

幽かに雪のつもる夜は

ひとり葉卷をくはへつつ

幽かに君も小夜床に

[やぶちゃん注:この頁も自筆原稿が「澄江堂遺珠」の表紙見返し(左頁)で視認出来る。そこでは、

 

   畫舫はゆるる水明り

   はるけき人をおもほへば

   わがかかぶれるヘルメツト

   白きばかりぞうつつなる

 

   幽に雪のつ■■

   幽かに雪のつもる夜は

   ひとりいねよと祈りけり

 

   疑ひぶかきさがなれば

   疑ふものは數おほし

   薔薇に刺ある蛇に舌

   女ゆゑなる涙さへ

   幽かに雪のつもる夜は

   ひとり葉卷をくはへつつ

   幽かに君も小夜床に

 
 
 《頁39》には
私の判読不能箇所は存在しないことになっている。]

 

《頁40》

古き都に來て見れば

 

昔めきたる瀟湘の

夜雨

昔めきたる竹むらに

雨はしぶける夕まぐれ

 

夕さびしき大比叡は

比叡もいつしか影たてぬ

雪のゆうべとなりにけり

 

 

《頁41》

上野の圖書館に幽靈が出るのは、毎夜一時と二時との間である。この間は何處の部屋も、悉電燈が消されてゐる。が、幽靈はその暗い中にも、いくらまつ暗でも、決して滅多に躓いたり壁へぶつかつたり、階段の昇降に躓いたりはしない。これは彼自身の體から、朦朧と絶えず放射する燐光が、モウロウと行く手を照らしてくれするからである。幽靈

幽靈は

 

[やぶちゃん注:これは推測するに、芥川龍之介の怪談蒐集癖に基づくメモ書き或いは創作草稿と思われる。龍之介にはご存じのように怪奇談を採録集成した怪作椒圖志異があるが(リンク先は私の電子テクスト)、これは文体に龍之介の小説に特有な言い回しとリズムが認められ、口語表現で一貫している点、後者(創作物の草稿)の匂いが強い。]

やぶちゃん版「澄江堂遺珠」関係原資料集成Ⅵ ■4 推定「第三號册子」(Ⅷ) 頁37~頁38

《頁37》

竹むら多き瀟湘に

夕の雨ぞ

 

大竹むらの雨の音

思ふ今は

幽かにひと

 

夜半は風なき窓のへに

薔薇は

 

古き都は來て見れば靑々と

穗麥ばかりぞなびきたる

朝燒け

 

古き都に來て見れば

路も

 

幽かにひとり眠てあらむ

 

 

わが急がする驢馬の上

穗麥がくれに朝燒くるけし

ひがしの空ぞわすられね

 

ひがしの空は赤々と

朝燒けし

 

[やぶちゃん注:この頁も自筆原稿が「澄江堂遺珠」の裏表紙見返し(左頁)で視認出来る。そこでは、

 

   竹むら多き瀟湘に

   夕の雨ぞ

   

   

   大竹むらの雨の音

   思ふ今は

   幽かにひと■

 

   夜半は風なき窓のへに

   薔薇は

 

   古き都は來て見れば靑々と

   穗麥ばかりぞなびきたる

   朝燒け

 

[やぶちゃん注:ここで下段にシフトしている。]

 

      古き都に來て見れば

      路も

      

      

      幽かにひとり眠てあらむ

 

 

      わが急がする驢馬の上

      穗麥がくれに朝燒くるけし

      ひがしの空ぞわすられね

 

 

      ひがしの空は赤々と

      朝燒けし

 

と判読出来、私が判読不能とした抹消字三字は存在しないことになっている。]

 

《頁38》

水の上なる夕明り

畫舫にひとをおもほへば

わかぬぎたがすて行きしマチ箱の薔薇の花

白きばかりぞうつつなる

 

水のうへなる夕明り

畫舫にひとをおもほへば

たがすて行きし

わがかかぶれるヘルメツト

白きばかりぞうつつなる

 

はるけき人を思ひつつ

わが急がする驢馬の上

穗麥がくれに朝燒けし

ひがしの空ぞ忘れられね

 

さかし

 

[やぶちゃん注:ここに編者によって、『以下、欄外・横書き』という注が入る。]

 

Sois belle, sois triste ト云フ

 

[やぶちゃん注:この頁も自筆原稿が「澄江堂遺珠」の表紙見返し(右頁)で視認出来る。そこでは、本文罫欄外上部頭書様パートに、

 

 Sois belle, sois triste ト云フ

 

と記し、本文は、

 

   水の上なる夕明り

   畫舫にひとをおもほへば

   わかぬぎたがすて行きしマチ箱の薔薇の花

   白きばかりぞうつつなる

    水のうへなる夕明り

    畫舫にひとをおもほへば

    たがすて行きし

    わがかかぶれるヘルメツト

    白きばかりぞうつつなる

 

    はるけき人を思ひつつ

    わが急がする驢馬の上

    穗麥がくれに朝燒けし

    ひがしの空ぞ忘れられね

 

     さかし

     

と判読出来る。

白きばかりぞうつつなる」の「ぞ」が吹き出しで右から挿入、「驢」の字は原稿では「盧」を「戸」としたトンデモ字である。

《頁38》では白きばかりぞうつつなる」と「水のうへなる夕明り」の間に空行があるが、実際にはなく、字下げであることが分かる。最後の抹消字は不詳であるが、これは《頁38》稿では存在しないことになっている。以上、私が現認出来る原稿数箇所を見ても、それぞれに微妙に異同があることが分かる。もし、これが佐藤春夫の言う「第四號册子」で、同一物であるとすれば(私は基本的に同一物であると考えている)、残念ながら、新全集のこれら判読は必ずしも全幅の信頼をおくことは出来ないと言わざるを得ない。]

やぶちゃん版「澄江堂遺珠」関係原資料集成Ⅵ ■4 推定「第三號册子」(Ⅶ) 頁25~頁36

《頁25》

ひとり葉卷をすひ居れば

雪は幽かにつもるなり

かかるゆうべはきみもまた

かなしきひともかかる夜は

ひとり幽かにいねよかし

 

ひとり葉卷をすひをれば

雪は幽かにつもるなり

かかるゆうべはきみも亦

ひとり幽かにいねよかし

 

ひとり葉卷をすひ居れば

雪は幽かにつもるなり

       かかる夜は

かなしきひとも

       夜となれば

幽かにひとりいねよかし

 

《頁26》

綠はくらき楢の葉に

晝の光の沈むとき

わが欲念

わが欲念はひとすぢに

をんなを得むと

ふと眼に見ゆる

君が心

 

光は

何かはふとも口ごもりし

その

 

みどりはくらき楢の葉に

ひるの光のしづむとき

わがきみが心のおとろへを

ふとわが

 

《頁27》

ひとり

雪は幽かにつもるなり

きみも今宵はひややかに

ひとりいねよと祈りつゝ

幽かに雪のつもる夜は

ひとりココアを啜りけり胡桃を剝きにけり

きみも今宵はひややかに

ひとり寐ねよと祈りつつ

 

[やぶちゃん注:「剝」の漢字は底本の用字。以下同じ。]

 

幽かに雪のつもる夜は

ひとり胡桃を剝きにけり

君もこよひは冷やかに

ひとりいねよと祈りつつ

幽かに夜をおほへかし

 

        ひとづまも

 

幽かにひとりひとねいねよし

 

《頁28》

幽かに雪のつもる夜は

ひとり胡桃を剝きゐたり

こよひは君も冷やかに

ひとりいねよと祈りつつ

 

君の

 

幽かに雪のつもる夜は

折り焚く柴もつきやすし

きみも

幽かにひとりいねよかし

小夜床に

ひとりいねよと

 

《頁29》

幽かに雪はつもれかし

ひとなみだ

幽かにひとりいねよかし

 

幽かに雪のつもる夜は

折り焚く柴もつきやすし

 

幽かにこよひは

 

ひとり

 

こよひは君もひややかに

ひとりいねよと祈りつつ

 

[やぶちゃん注:ここに編者によって、『以下、欄外・横書き』と注がある。以下の「{」「}」は底本では一つに繋がった大きなもの。都合三パートに附くが、最後の二行は下方の閉括弧がない。]

Ibsen     Doll's House,      

Strindberg     Dol1's House 

de L’Isle  Adam    Revolt  }

 

Positive         

Negative      }

Positive but pess.

不公平

economical independence

suffragists

 

[やぶちゃん注:「Strindberg」何故ここでヨハン・アウグスト・ストリンドベリ(sv-August Strindberg.ogg Johan August Strindberg)の後に、またイプセンの「人形の家」が再度メモされているのかは不明。

de L’Isle Adam    Revolt」の「de LIsle Adam」はフランスの象徴主義の作家ジャン=マリ=マティアス=フィリップ=オーギュスト・ド・ヴィリエ・ド・リラダン(Jean-Marie-Mathias-Philippe-Auguste, comte de Villiers de l'Isle-Adam)の名で、「Revolt」は彼の一幕物の戯曲「La Révolte」(「反逆」一八七〇年作)の題名の英語表記。イプセンの「人形の家」(一八七九年作)と同系列の作品であるが、こちらの方が早い。

pess.」この単語のみ、最後にピリオドがあるから、pessimisticの省略形かと思われる。

economical independence」メモの流れから言うと「経済的自立」か。

suffragistssuffragist(婦人参政権論者)の複数形。]

 

《頁30》

幽かに雪のつもる夜は

君も幽かに眠れかいねよかし

ひとり

 

しら雪に夕ぐれ竹のしなひかな

君もかなしき小夜床に

ひとり

 

しら雪も

幽かに今はつもれかし

きみもこ

幽かにひとり 今はひとりいねよかし

 

《頁31》

幽かに

かかる 雪のかかるゆうべはきみもまた

幽かにひとりいねよかし

 

幽かに君はいね

 

幽かに雪もつもれかし

君もかかるゆうべはきみもまた

 

《頁32》

雪のゆうべとなりぬれば

幽かに今はのぼれかし

 

ひと

ゆうべとなればしら雪も

幽かに窓をおほへかし

さては

ゆうべかなしき

 

ゆきのゆうべとなりぬれば

幽かに君もいねよかし

 

幽かにひとりいねよかし

 

《頁33》

ひとり

雪はかそかにつもるなり

きみもこよひはひややかに

ひとりいねよと祈るなり

 

幽かに雪のつもる夜は

折り焚く柴もつきやすし

「思ふはとほきひとの上」

幽かにひとりいねてがな

 

幽かに雪のつもる夜は

折り焚く柴もつきやすし

きみもこよひは

幽かにひとりいねよかし

かなしきひとをおもほへば

雪も幽か

 

《頁34》

ゆきの夕は

 

こよひはとほきば人◆◆◆◆◆◆◆も

幽かにひとりいねよかし

 

[やぶちゃん注:「◆◆◆◆◆◆◆」の箇所には編者によって『この部分破損』とある。(七字分であるかどうかは不詳)。]

 

かなしき

 

かなしきひともかかる夜は

かそかにひとりいねよかし

 

《頁35》

ゆうべとなれば草花は

しつかに

 

みどりは暗き芭蕉葉に

水にのぞめる家あまた

杏竹桃

 

[やぶちゃん注:「杏竹桃」はママ。この誤字については「澄江堂遺珠」の「巻尾に」で神代種亮が言及している。]

 

ひとも幽かにねてあらむ

 

みづから才をたのめども

心弱きぞ

ひとを戀

君があたりの萩さけば

心しどろとなりにけり

 

《頁36》

妬し妬しと

嵐は襲ふ松山に

松の叫ぶも興ありや

山はなだるる嵐雲

松をゆするもおもしろし興ありや

人を殺せどなほ飽かぬ

妬み心をもつ身には

妬み心になやみつつ

嵐の谷を行く身に

 

雲はなだるる峯々に

■■

昔めきたる竹むら多き瀟湘に

昔めきたる雨きけど

 

嵐は襲ふ松山に

松のさけぶも興ありや

妬し妬しと

峽をひとり行く身には

 

人を殺せどなほ飽かぬ

妬み心も今ぞ知る も知るときは

山にふとなだるる嵐雲

松をゆするも興ありや

 

[やぶちゃん注:「■■」は編者によって『二字不明』とある。

「瀟湘」湖南省長沙一帯の地域の景勝地の呼称で、特に洞庭湖とそこに流れ入る瀟水と湘江の合流する附近を指す。中国では古くから風光明媚な水郷地帯として知られ、「瀟湘八景」と称して中国山水画の伝統的な画題となった。因みに、この画題の流行が本邦にも及び、金沢八景や「湘南」の語を生んだ。

実はこの頁は自筆原稿が「澄江堂遺珠」の裏表紙見返し(右頁)で視認出来る。そこでは、

 

 

   妬し妬しと

   嵐は襲ふ松山に

   松の叫ぶも興ありや

   山はなだるる嵐雲

   松をゆするもおもしろし興ありや

   人を殺せどなほ飽かぬ

   妬み心をもつ身には

   妬み心になやみつつ

   嵐の谷を行く身に

 

   雲はなだるる峯々に

   生贄

   昔めきたる竹むら多き瀟湘に

   昔めきたる雨きけど

 

[やぶちゃん注:ここで下段にシフトしている。]

 

      嵐は襲ふ松山に

      松のさけぶも興ありや

      妬し妬しと

      峽をひとり行く身には

 

      人を殺せどなほ飽かぬ

      妬み心も今ぞ知る も知るときは

      山にふとなだるる嵐雲

      松をゆするも興ありや

 

《頁36》では「■■」抹消部分は『二字不明』とあるが、私には「生贄」と書いて抹消したかのように見える。また、下段の最初の「嵐は襲ふ松山に/松のさけぶも興ありや/妬し妬しと/峽をひとり行く身には」は《頁36》稿では生きているが、明らかに一気に斜線を三本も引いて全体抹消していることが明らかである。特に後者は不審である。]

2015/01/24

やぶちゃん版「澄江堂遺珠」関係原資料集成Ⅵ ■4 推定「第三號册子」(Ⅵ) 頁24

《頁24》

ひとり葉卷を吸ひ居れば

雪は幽かにつもるなり

こよひはきみも

ひとり小床に眠れかし

きみもこよひはほのぼのと

きみもこよひはしらじらと

きみもこよひは冷え冷えと

 

みどりはくらき楢の葉に

ひるの光のしづむとき

つととびたてる大鴉

 

ひとり葉卷きをすひ居れば

雪は幽かにつもるなり

こよひはきみもしらじらと

ひとり小床にいねよかし

ひよりいねよと祈るかな

 

[やぶちゃん注:最終行の「ひより」はママ。

 ここに編者によって『以下、欄外』とある。]

 

黄龍寺の晦堂老師

吾爾に隱すことなし(論語)

 

[やぶちゃん注:これは芥川龍之介直筆原稿の一部を「澄江堂遺珠」の箱の装幀で実見することが出来る。

「黄龍寺の晦堂老師」「晦堂」は「まいだう(まいどう)」と読む。宋代の黄龍祖心禅師(一〇二五年~一一〇〇年)で晦堂祖心とも称した。参照させて戴いたのは霊芝山光雲寺住職田中寛洲老師のサイト「道楽庵」の「禅修行の法悦」で、そこには以下のようにある。祖心禅師は『建仁寺開山栄西禅師がその法脈に連なる名僧であり、その嗣法の弟子には死心悟新禅師や霊源惟清禅師などの卓越した禅僧がいる。有名な黄庭堅(山谷)も在俗の身で祖心禅師の法を嗣いでいる』。『十歳にして出家得度され、長じてのちに雲峰文悦禅師に参じること三年、何らの所得もなく辞去せんとしたところ、文悦禅師は「必ず黄檗山に住する慧南禅師の道場に行ってご指導を受けよ」とさとした。そこに弟子の大成を願う、法に対する古人の大悲心が感じられる』。『祖心禅師は黄檗に至って慧南禅師のもとで刻苦すること四年、しかもなお開悟することはできなかった。この道場は自分には機縁がないと思われたのか、また辞して文悦禅師のところへ戻られた。文悦禅師が遷化されたのち、石霜山にとどまって修行に専心した』。『或るとき、中国の禅宗史である『景徳伝燈録』を読んでいて、「僧が多福(無字の公案で有名な趙州の法嗣)に、『多福の竹林とはどのようなものか』と問うと、多福は『一本、二本は斜めの茎だ』と答えた。僧が『分かりません』というと、多福は『三本、四本は曲がっている』と応じた」という箇所に出くわした。竹に託して多福の家風をたずねた僧に対して、実際の竹の光景をもって答えたのに妙味がある。この一段に至って祖心禅師は開悟して、自分がいままでついた二人の老師の作略(さりゃく、修行者を導く手法)の何たるかを徹見した』。『ただちに黄檗に戻り、慧南禅師に対して礼拝の坐具をのべようとしたところ、慧南禅師がすぐさま見抜いて、「お前はすでにわしの宗旨を会得したわい(わが室に入れり)」というと、祖心禅師は跳(と)んで踊らんばかりに歓喜して、「仏法の一大事は本来このようなものなのに、どうして老師は公案などを使ってあれこれと探索させられたのですか」と問いただすと、慧南禅師は、「もしわしがお前をそのように究め尋ねることをさせて無心の境地に到らしめ、みずから見て、みずから納得するような体験をさせなかったならば、わしはお前を台無しにしたことであろう」といった(『五燈会元』巻第十七、黄龍祖心禅師章)』とある。以下もリンク先で是非、お読み戴きたいが、そこで田中寛洲老師も述べておられるように、この話は見性開悟の機縁と公案の在り方について素晴らしく印象的である。

「吾爾に隱すことなし(論語)」これは「論語」の「述而第七」の二十三章、

 

 子曰、二三子以我爲隱乎。吾無隱乎爾。吾無行而不與二三子者。是丘也。

 

 子曰く、「二三子(にさんし)、我を以つて隱(かく)せりと爲すか。吾、爾(なんぢ)に隱すこと無し。吾は行ふとして、二三子と與(とも)にせざる者、無し。是れ、丘(きう)なり。

 

の「吾無隠乎爾」の部分を引いた。人口に膾炙する訓読では、「乎爾」を句末の強勢辞ととって「のみ」と読んで、「吾、隱すこと、無なきのみ。」と読むのが一般的でそれが意味上は正しいように思われるが、しかし、日本語の訓読では上記の芥川が採った訓読の方が、私のような凡愚でも平易に理解し得ると感じられる。なお、「者」は人称代名詞ではなく、「吾」の「行ふ」こと、自身の行動/行為/行状を指している。「WEB漢文大系」のの注に下村湖人の「現代訳論語」(昭和二九(一九五四)年池田書店刊)の訳が引かれてあるので、孫引きする。「先師がいわれた。おまえたちは、私の教えに何か秘伝でもあって、それをおまえたちにかくしていると思っているのか。私には何もかくすものはない。私は四六時中、おまえたちに私の行動を見てもらっているのだ。それが私の教えの全部だ。丘(きゅう)という人間はがんらいそういう人間なのだ」。]

やぶちゃん版「澄江堂遺珠」関係原資料集成Ⅵ ■4 推定「第三號册子」(Ⅴ) 頁20~頁23

《頁20》

君が妻まげは楊子の河に河豚浮

 

[やぶちゃん注:「楊子」は「揚子」の、「河豚」は「海豚」の誤字。「まく」は前に示した「枕く」で妻とするの意の上代の動詞。次行も同じ。]

 

はしけやし吉井勇が妻まけはぐを楊子の河に河豚來にけり上るらむ

 

はしけやし楊子の河に海豚來る啼く吉井勇が妻まぐと啼く

 

海豚ばら楊子の河に啼く呼ぶ聞けば君が新妻まぐとなき呼びけり

 

[やぶちゃん注:これらの四首は先に注で示した大正一〇(一九二一)年五月三十日附の吉井勇宛の長沙からの芥川龍之介書簡(絵葉書・岩波版旧書簡番号九〇六)に載る「湖南長沙 我鬼」と署名のある、

 

河豚ばら揚子(ヤンツエ)の河に呼ぶ聞けば君が新妻まぐと呼びけり

 

という一首(「河豚」は「海豚」の龍之介の誤字)の推敲形と考えてよい。先行注を必ず参照されたい。]

 

《頁21》

みどりは

おもふは牧の水明り

花もつ草のゆらぎにも

霞ながるる西空に

 

風にふかるる曼珠沙華

      砂路をわが行けば

ひとなき國にただふたり

住むべき家ぞめに見ゆる

 

[やぶちゃん注:底本の注の記載法から見るに、二行目の空白は果たして表記の様に六字分であるかどうかは定かではない。]

 

おもふは

風に吹かるゝ

 

ひとり葉卷をすひをれば

雪は幽かにつもるなり

こよひはひともしらじらと

      眠れかし

ひとり小床に

      いねよかし

 

《頁22》

人を殺せどなほあかぬ

妬み心も今ぞ知る

 

みどりは暗き楢の葉に

晝の光は沈むとき

ひとを殺せどなほあかぬ

妬み心も覺しか

 

風に吹かるる曼珠沙華

散れる

 

夕まく夕べは

いや遠白む波見れば□に來れば

人なき

 

[やぶちゃん注:二行目の「□」は底本編者が『一字不明』と記す。]

 

《頁23》

何かはふとも口ごもりし

大路にこの この のこる夕明り

 

戸のもの櫻見やりつつ

何かはふとも口ごもりし

 

戸のもの

 

きみ

 

何かはふとも口ごもりし

せんすべなげに□まひつつ

えやは忘れむ入日空

せんすべなげに仰ぎつつ

何かはふともほほえみし口ごもりし

その日のその

 

[やぶちゃん注:抹消の二行目「せんすべなげに□まひつつ」の「□」は編者注に『一字不明』とある。]

 

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