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カテゴリー「畔田翠山「水族志」」の2件の記事

2015/04/29

畔田翠山「水族志」 ナマコ

【同日22時追記:――畔田翠山「水族志」 クラゲ/ナマコ PDF縦書版――を公開した。かなり読み易いと思う。


(二四七)

ナマコ 一名タラゴ〔淡州北村〕コドラ〔南澗草木疏曰「コドラ」ナルアリ「トラコ」ト云〕アカコ一名ヒシコ〔淡州北村〕沙噀

本朝食鑑曰江東最多尾之和田參之柵(サク)嶋相之三浦武之金澤本木也海西亦多采就中小豆島最多矣狀似鼠而無頭尾手足但有前後兩口長五六寸而圓肥其色蒼黑或帶黄赤背圓腹平背多※1※2[やぶちゃん字注:「※1」=「瘖」から十三画目(「日」の中央の一画)を除いた字。「※2」=「疒」の中に「畾」。]而軟在两腋者若足而蠢跂來往腹皮青碧如小※1※2而軟肉味略類鰒魚而不甘極冷潔淡美腹内有三條之腸色白味不佳云々又曰一種有長二三寸腹肉多沙味亦差短者一種有長七八寸肥大者腹内三條之黄腹如琥珀之爲醬味香美按ニ「ナマコ」ニ紅色ナルヲ「アカコ」ト云黑色ナルヲ「クロコ」ト云黄紅雜者ヲ「ナシコ」ト云黄梨ノ色ニヨリテ名ク又「ナシコ」ニ五色ヲナス者アリ文化年間紀州日高郡由良ノ内ニテ漁人タテ網ヲナシ沙噀ヲ得タリ長サ二尺餘濶八九寸其色黑天保七年ノ冬ヨリ同八年ノ春ニ至テ紀府ノ魚店ニ出ル沙噀大サ二尺餘其色紅色ノ者多シ又黑色雜色ノ者アリ寧波府志曰沙噀腸塊然一物如牛馬膓臟頭長五六寸許胖軟如水蟲無首無尾無目無皮骨但能蠕動觸之則縮小如桃栗徐復擁腫土人以沙盆揉去涎腥雜五辣煑之脆美爲上品按ニ閩小紀ニ沙噀ニ作レリ山堂肆考ニ泥出東海純肉無骨水中則活失水則醉如泥故名曰泥杜詩先拚一飮醉如泥又名砂噀○イリコ 海參〔香祖筆記曰く生于土人參于水海參〕大和本草曰奥州金花山ノ海參ハ黄色也キンコト云又黄赤色ナルモ處々ニ生ス山海名産圖會曰く奥州金花山ニ採物形丸ク色ハ黄白ニテ腹中ニ砂金ヲ含ム故ニ是ヲ「キンコ」ト云本朝食鑑曰熬海鼠訓伊利古之有法用鮮生大海鼠腸後數百枚入空鍋活火之則鹹汁自出而焦黑燥硬取出候冷懸列于兩小柱一柱必列二十枚呼號串海鼠(クシコ)又曰大者懸藤蔓今江東之海濵及越後之産若斯或海西小豆島之産最大而味亦美也自薩州筑州豐之前後而出者極小煑之則大也伊勢雜記曰「ナマコ」「タマコ」ハ本名也生ナルヲ「ナマコ」ト云煑テ串ニサシタルヲ「イリコ」ト云又「クシコ」ト云海島逸志曰海參者海中ノ蟲也形如長枕初拾之時長一尺餘柔軟如棉絮礬水煑而晒之則縮小不二三寸耳其所産必於深水倂有石之處水愈深則海參愈多而愈美矣名狀甚多不數十レ一刺參鳥縐最佳也海錄曰呢咕叭當國海參生海石上其下有肉盤盤中出短蔕蔕末即生海參或黑或赤各肖其盤之色竪立海水中隨潮搖動盤邊三面生三鬚各長數尺浮沈水面採者以鈎斷其蔕撈起剖之去其穢煑熟然後以火焙乾各國俱有唯大西洋諸國不産㋑閩海參〔本草從新〕閩小記曰閩中海參色獨白類撑以竹簽大如掌與膠州遼海所一レ出異味亦澹〔從新作淡〕劣海上人復有牛革僞爲之以愚人者上レ尚也㋺刺參 本草從新曰存刺者名刺參㋩光參 本草從新曰無刺者名光參㊁遼海參 本草從新曰海參産遼海者良〇コノワタ一名俵子(タハラコ)〔本朝食鑑〕沙噀膓 本朝食鑑曰造膓醬法先取鮮膓潮水淸者洗淨數十次滌去沙及穢汁白鹽攪勻收之以純黄有光如琥珀上品黄中黒白相交者下品

 

■やぶちゃんの呟き

・「杜詩先拚一飮醉如泥」これは杜甫の以下の詩の一節。原詩はブログ「杜詩1500」のこちらのものを使用、訓読もこちらを参考にさせて戴いた。同リンク先には訳も載る。

 

 將赴成都草堂途中有作、先寄嚴鄭公 五首之三

竹寒沙碧浣花溪

菱刺藤梢咫尺迷

過客徑須愁出入

居人不自解東西

書簽藥裹封蛛網

野店山橋送馬蹄

豈藉荒庭春草色

先判一飮醉如泥

  將に成都の草堂に赴かんとして途中作有り。先ず嚴鄭公に寄す。 五首 其の三

 竹寒く 沙 碧なり

 浣花渓 橘刺(きつし)

 藤梢(とうしよう)  咫尺(しせき)迷ふ

 過客は徑(ただ)ちに須(すべか)らく出入を愁ふるなるべし

 居人も自ら東西を解せず

 書籤(しよせん) 藥裹(やくか) 蛛網(しゆまう)封ず

 野店 山橋  馬蹄を送る

 豈に 荒庭の春草の色を藉(し)きて

 先づ 一飮 醉ふて泥のごとくなるを 判せんや

・「當刺參鳥縐最佳也」底本では「當刺參鳥縐也」であるが、訂した。

・「呢咕叭當」これで古代の中国の国名らしいが、よく分からぬ。そもそもこの以下の記載(「海錄」は清の楊炳南の地誌)、「ワァお!」と叫びたくなるなかなかのトンデモもので、石の上に円盤状の肉質が生じ、そこから短い蔕(へた)が生えてきて、その先にナマコが生じ、黒い海鼠や赤い海鼠はそのもとの肉円盤の色に基づく、なんどとあり、それこそ採取法を見てもホヤ(老海鼠)との混同が疑われる叙述が続く。

・「攪勻」の「勻」は底本では「勾」であるが、誤植と断じ、例外的に訂した。

カテゴリ 畔田翠山「水族志」 創始 / クラゲ

【同日22時追記:――畔田翠山「水族志」 クラゲ/ナマコ PDF縦書版――を公開した。かなり読み易いと思う。
 

カテゴリ『畔田翠山「水族志」』を創始し、江戸末期の和歌山藩士にして博物学者畔田翠山(くろだすいざん)の「水族志」の電子化に着手する。今回、人見必大「本朝食鑑」の水族の部の電子化と訳注の参考にするため、島田勇雄訳の平凡社東洋文庫版全五巻(一九七六~一九八一年刊)を購入、それを管見するうち、その注の「水族志」の引用内容の細かさに驚いた(特にこれから行う「クラゲ」の項等)。しかも、この畔田翠山なる人物、謂わば南方熊楠の大先輩とも言うべき人物なのである。これはもう、やらずんばならず、である。

「水族志」は文政一〇(一八二七)年に翠山によって書かれた、恐らくは日本最初の総合的水産動物誌で、明治になって偶然発見され(後述)、当初の分類方法を尊重しつつ、全十巻十編に改訂された。掲載された水族は本条二百五十七種、異種四百七十八種合わせて七百三十五種。異名を含めると千三百十二種に及ぶ。但し、貝類は含まれない(数値データは「水産総合研究センター図書資料デジタルアーカイブ」の同書の冒頭解説に拠った)。

 畔田翠山(寛政四(一七九二)年)~安政六(一八五九)年)は本名を源伴存(みなもとともあり)といい、紀州藩藩医であった。通称を十兵衛、別に畔田伴存とも名乗り、号は翠山・翠嶽・紫藤園など。「和州吉野郡群山記」「古名録」をはじめとする博物学の著作を遺した。以下、ウィキの「源伴存」より引く(注記号は省略し、アラビア数字を漢数字に代えた)。『現在の和歌山市に下級藩士の畔田十兵衛の子として生まれた。若いときから学問に長じ、本居大平に国学と歌学、藩の本草家で小野蘭山の高弟であった小原桃洞に本草学を学んだ。父と同様、家禄二十石の身分であったが、時の藩主・徳川治宝に学識を認められ、藩医や、紀の川河畔にあった藩の薬草園管理の任をつとめた』。『薬草園管理の任にあることで、研究のための余暇を得たとはいえ、二十石のわずかな禄では、書物の購入も研究のために旅に出ることも意のままにはならない。こうした伴存の境遇を経済面で支援したのが、和歌山の商人の雑賀屋長兵衛であった。長兵衛は、歌人としては安田長穂として知られる人物で、学者のパトロンをたびたびつとめた篤志家であった。『また、伴存自身は地方の一学者でしかなかったが、蘭山没後の京都における本草家のひとりとして名声のあった山本沈三郎との交流があった。沈三郎は、京都の本草名家である山本亡羊の子で、山本家には本草学の膨大な蔵書があった。沈三郎は、弘化二年(一八四五年)に伴存の存命中に唯一刊行された著書『紫藤園攷証』甲集にふれて感銘を受け、それ以来、伴存との交流があった。この交流を通じて、伴存は本草学の広範な文献に接することができた』。『このように、理解ある藩主に恵まれたことや良きパトロンを得られたこと、さらに識見ある先達との交流を得られたことは、伴存の学問の大成に大きく影響した』。『伴存は、自らのフィールドワークと古今の文献渉猟を駆使して、二十五部以上・約二百九十巻にも及ぶ多数の著作を著したが、その業績の本質は本草学と言うよりも博物学である。文政五年(一八二二年)に加賀国白山に赴き、その足で北越をめぐり、立山にも登って採集・調査を行った。山口藤次郎による評伝では、その他にも「東は甲信から西は防長」まで足を伸ばしたと述べられているが、その裏付けは確かではなく、伴存の足跡として確かなのは白山や立山を含む北越、自身の藩国である紀伊国の他は、大和国、河内国、和泉国といった畿内諸国のみである』。『その後の伴存は、自藩領を中心として紀伊半島での採集・調査を続け、多くの成果を挙げた。代表的著作である『和州吉野郡群山記』も、その中のひとつである。安政六年(一八五九年)、伴存は熊野地方での調査中に倒れて客死し、同地の本宮(田辺市本宮町)にて葬られた』。『伴存の著作の特徴となるのは、ある地域を限定し、その地域の地誌を明らかにしようとした点にある。その成果として『白山草木志』、『北越卉牒』、『紀南六郡志』、『熊野物産初志』『野山草木通志』(高野山)、そして伴存の代表的著作『和州吉野郡群山記』がある。特に紀伊国では広範囲に及ぶ調査を行い、その中には、日本で最初と見られる水産動物誌『水族志』、貝類図鑑『三千介図』がある。代表的著作である『熊野物産初誌』『和州吉野郡群山記』もそうした成果のひとつである。『和州吉野郡群山記』は、大峯山、大台ヶ原山、十津川や北山川流域の地理や民俗、自然を詳細に記述したもので、内容は正確かつ精密である。その他にも、本草学では『綱目注疏』、『綱目外異名疏』、名物学では全八十五巻からなる『古名録』や『紫藤園攷証』があり、伴存の学識を知ることが出来る』。『前述のように、伴存は生涯にわたってフィールドワークを好んだだけでなく、広範な文献を渉猟した。ことに古今和漢の文献の駆使とそれにもとづく考証においては、蘭山はもとより、他の本草学者の比にならないほどの質量と専門性を示すことは特筆に価する。また、伴存の博物学的業績を特徴付けるのは、調査地域での記録として写生図だけでなく標本を作成した分類学的手法である。その標本は、伴存の門人で大阪の堀田龍之介の手に渡り、後に堀田の子孫から大阪市立自然史博物館に寄贈された。これらの標本を現代の分類学から再検討することは行われていないが、紀伊山地の植物誌研究にとって重要な資料となりうるものである』。『伴存が再発見されたのは全くの偶然で、一八七七年(明治十年)、東京の愛書家・宍戸昌が古書店で『水族志』稿を入手したことに始まる。著者名は「紀藩源伴存」とあるだけで、何者とも知れなかったが、翌年に大阪で宍戸が堀田に見せたところ、その来歴が判明したのであった。後に田中芳男がこのことを知り、宍戸に勧めて、一八八四年(明治十七年)に『水族志』が刊行された。田中はまた、『古名録』の出版にもつとめ、一八八五年(明治十八年)から一八九〇年(明治二十三年)に刊行した。『古名録』の刊行にあたっては、白井光太郎が和歌を寄せたほか、南方熊楠も伴存の学識を賞賛する一文を寄せている』とある。まさにその後輩とも言うべき博物学の巨人南方熊楠以上に、再評価されてよい人物と言える。

 視認底本は近代デジタルライブラリー」の「水族志を用い、判読に困った部分では水産総合研究センター図書資料デジタルアーカイブ」の「水族志」の画像参考にした。底本では標題以外は本文全体が一字下げである。項目名の前にある( )は罫の外に示された通し番号である。割注は〔 〕で本文と同ポイントで示した。「シテ」等の約物は正字に直した。本テクストは他とは例外的に電子化のスピードを高めるため、一切の語釈を施さないこととする(字注は別)。訓点や『」「』といった奇妙な記号法なども可能な限り、再現した(「一」と「レ」点などの組み合わせは「一レ」などで示した)。但し、何分にもフリーキーな気質ゆえ、それとなく呟くことはある。

 例によって私の偏愛性から、最後の「第十編 海蟲類」から開始する。【二〇一五年四月二十九日 藪野直史】

 

第十編 海蟲類

(二四六)

クラゲ 水母 海月〔訓久良介本朝食鑑〕

本朝食鑑狀如水垢之凝結而成渾然體靜隨波逐潮浮水上其色紅紫無眼口手足腹下有物如絲如絮而長成魚鰕相隨嘔其泛沫大者如盤小者如盂其最厚者爲海月頭其味淡微腥而佳廣東未之海西最多故煎茶渣柴灰和鹽水之以送于東云々大和本草曰水母泥海ニアリ故備前筑後等ヨリ出無毒生ナルヲ取リクヌギノ葉ヲ多クキザミクラゲノ内ニ包ミ鹽ヲ不用木ノ葉ヲマジエ桶ニ入フタヲオホヒ水ヲ入時々水ヲカユル久クアリテ不敗水ナケレハヤクルヤクルトハ枯テ不食ナリ本草啓蒙曰松前ニハ大サ三寸許ニシテ紫色ナル者アリ按一種白色ニシテ内ニ紅紫或藍紫色大瓣ノ櫻花形ヲナス者アリ閩中海錯疏曰水母海中浮漚所結也色正白濛濛如沫又如凝血縱廣數尺有知識腹臟無頭目處々不避人按其紅者名海蜇其白者名白皮子事物紺珠曰水母仙狀如凝血大者如床次如覆笠斗泛々隨水上下無頭腹按此物群ヲナシ海潮ニ隨ヒテ行白色ノ松簟ノ半開セル形ノ如ク下ニ白色大小ノ絲ヲ引ク〇セイクラゲ水母線 楊州畫舫錄曰※[やぶちゃん字注:「込※」=「魚」+「宅」。]魚割其肉蛇頭其裙曰蛇皮廣博物志曰海曲有物名蛇公形如覆蓮花正白閩中海錯疏曰按者類相感志云水母大者如床小者如斗明州謂之蝦鮓皮切作縷名水母線㋑唐久良介(トウクラゲ)」「海蜇〔廣東新語〕一名朝鮮(テウセン)クラゲ〔山海名産圖會〕本朝食鑑曰一種有唐海月ト云色黄白味淡嚼之有聲亦和薑醋熬酒進是自華傳肥之長崎而來本朝亦製之其法浸以石灰礬水其血汗則色變作白重洗滌之若不石灰之毒則害人大和本草曰唐クラゲアリ水母ヲ白礬水ヲ以制シテ簾ニヒロケ乾シテ白クナリタル也㋺ミヅクラゲ 一名ハゲクラゲ〔紀州加太浦漁人沖ハゲヲ釣餌ニ用故ニ名ク〕)。ブヅツウクラゲ〔本草啓蒙防州且村〕、ドウクハンクラゲ〔同上雲州〕、白皮子」八閩通志曰、水母有淡色者白色者其白者名白皮子本朝食鑑曰有水海月者色白作團如水泡之凝結亦曳絲絮魚鰕附之隨潮如飛漁人不之謂必一レ毒又有毒者而味不好江東亦多有之大和本草曰「ミヅクラゲ」ハ「クラゲ」ニ似タリ食ベカラズ是ハ泥海ニハ生ゼズ本草啓蒙曰「ミヅクラゲ」四ノ黑點アリ即足ナリ按ニ白色ノ「クラゲ」也四ツノ黑點アルモノ又一品也㋩フグ 本草啓蒙曰土州羽根浦ニ「フグ」ト云フモノアリ「ミヅクラゲ」ニ同シクシテ中ニ鍼ヲ藏ス若螫サルレハ甚タ人ヲ害ス㊁イラ 本草啓蒙曰備前兒島及勢州ニ「ミヅクラゲ」ト形狀同ジク肌滑ナラズシテ色紅シテ血道ノ如キモノアリ若シ誤テ此物ニ觸レハ医蕁麻(イラクサ)ニ螫レタルガ如シ薩州ニテ「イヲ」ト云按ニ水母類ハ凡テ人肌ニ觸レハ螫疼ムモノ也㋭絲(イト)クラゲ〔紀州〕一名サウメソクラゲ 洋中エアヮ。長キ糸ヲ引タル如シ白色透明素麪ノ如シ又人肌ニ触ルレハ螫ス南風ノ時多シ㋬ジユズクラゲ 長ク糸ヲ引テ念珠ノ如キ者相連レリ白色透明也一種一根ヨリ數条ヲ分チ房ヲナシ條如ニ圓キ振子ノ如キモノ連ルアリ白色透明也。㋣ハナヒキクラゲ〔紀州海士郡加太〕。水母ニ同シテ表ニ紫褐色或醬褐色ノ荷葉ノ脉文アリ。㋠キンチヤククラゲ。形狀荷包ニ似テ長シ白色ニシテ扁也。半ニ四五分許ノ穴アリ。其傍ヨリ長サー尺許ノ紐出テ紙ヲ一餘ニ斷テ着ルガ如シ。㋷西瓜(スイクワ)クラゲ。夏月ニ多シ。西瓜ノ大サニシテ白色淡藍色ヲ帶

■やぶちゃんの呟き

……㋑から㋷の九種、素晴らしい! 幾つかは一読分かるけれど……ああっ! 同定したくてしたくてたまらないけれど……ここはぐっとこらえよう!……

・「海蜇」「蜇」(音テツ)は「刺す」で、現代中国語でも「蜂などが刺す」以外に、単漢字でもクラゲを刺す、基、指す。

・「沖ハゲ」顎口上綱硬骨魚綱条鰭亜綱新鰭区刺鰭上目スズキ系フグ目モンガラカワハギ亜目モンガラカワハギ科オキハギ属オキハギ Abalistes stellatus のことか?

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