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カテゴリー「武蔵石寿「目八譜」」の4件の記事

2015/10/22

武蔵石寿「目八譜」 烏介藤壷粘着ノモノ

Karasugainentyaku

烏介藤壷粘着のもの

 [やぶちゃん注:「巻十五 粘着」より。画像は国立国会図書館デジタルコレクションの当該の当該帖の画像を用いた。後注するが、これは、

斧足綱翼形亜綱イガイ目イガイ科イガイ Mytilus coruscus

の殻表面に附着寄生した、

甲殻亜門顎脚綱鞘甲(フジツボ)亜綱蔓脚(フジツボ)下綱完胸上目無柄目フジツボ亜目フジツボ上科フジツボ科アカフジツボ亜科オオアカフジツボ属アカフジツボMegabalanus rosa

である。なお、以前の諸図鑑ではこのアカフジツボをフジツボ属として Balanus rosa を併記(シノニム)したものが多いが、現在は以上のようにオオアカフジツボ属アカフジツボMegabalanus として落ち着いている。現行で最新最大の学術的海岸動物図鑑である西村三郎編著「原色検索日本海岸動物図鑑[]」(保育社平成七(一九九五)年刊)でも本学名のみを掲げている。

「烏介」本記事を読まれる方ならば言わずもがな乍ら、これは淡水産の大型種である斧足綱古異歯亜綱イシガイ目イシガイ科カラスガイ Cristaria plicata ではなく、くどいが、翼形亜綱イガイ目イガイ科イガイ Mytilus coruscus の地方名であり流通名でもしばしば耳にする別名である。属名Mytilus(ミティルス)は同属のヨーロッパ産のムール貝(ムラサキイガイ Mytilus galloprovincialis 。言っておくと、我々が普通に買い、普通に食っているのは圧倒的にこの外来種である)意味するギリシャ語“mitylos”に由来する。因みに英語の“mussel”はギリシャ語の鼠を意味する“mys”を語源とする。参照した荒俣宏氏の「世界大博物図鑑 別巻2 水棲無脊椎動物」の「イガイ」の記載によれば、『殻の形や色が鼠を思わせるためか』とある(なお英語でも面倒なことに、この“mussel”、イガイ科Mytilidae の(ムラサキ)イガイ類を指す以外に、別にイシガイ科 Unionidae の淡水産二枚貝の総称でもあるので注意が必要である。これは私の「日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十三章 アイヌ 8 札幌にて()」をも参照されたい)。なお、本種をもっと小さな、イガイと一見形状が似ているが、遙かに小さい別種、例えばイガイ科 Septifer 属クジャクガイSeptifer bilocularis 、同属ミノクジャクガイ Septifer bilocularis pilosus 、同属ムラサキインコ Septifer virgatu 、イガイ科ヒバリガイ亜科ヒバリガイ Modiolus nipponicus 、イガイ科 Trichomya 属ケガイ Trichomya hirsuta などを同定候補とする向きもあろうかと思われるが、殻表面の黒味が強いこと、アカフジツボとのスケール比から私はイガイ Mytilus coruscus に比定するものである。

「藤壷」赤紫色を呈するフジツボは他にも、大型種のオオアカフジツボ属オオアカフジツボ Megabalanus volcanoや、アカフジツボと同直径の中型種ミナミアカフジツボ Megabalanus occator なども同定候補になろうが、やはり附着のイガイとのスケール比と、周殻表面の状態(オオアカフジツボやミナミアカフジツボでは粗いか、或いは針状の突起を有するのに対し、アカフジツボMegabalanus rosa では平滑で、少なくとも描画では平滑に見える)から、かく比定した。]

2015/06/14

武蔵石寿「目八譜」 ツメタガイ類

 

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七十四津女多介〔「渚ノ錦」。〕光螺〔「薬名備考」。〕酥螺〔「質問品目志」。〕油螺〔仝。〕砑螺〔「怡顔斉介品」。〕

スリ貝〔仝〕玉介〔「貝盡浦錦」。〕ウツボ介〔「前哥仙」云。〕紫背螺〔「福州府志」。〕

薩摩貝〔「渚錦」。〕紙摺貝〔「六百介品」。〕

「貝盡浦の錦」百介品中、玉介の條下に云、『俗称、「つへた」。「前哥」に入、「うつほ介」也。艶、よくあり。はだ、滑なり。多き介なり。うすかひと云也。』。

「怡顔斉介品」云、「紫背螺・ツメタ貝・スリ貝、「福州府志」に『田紫背螺。紫色有班點俗謂之砑螺。』。玄達、按に、俗に「ツメタ貝」と云。越後新泻にて「スリ貝」と云。此貝、形、圓にして、底、光らず。殻、厚くして、肌、細也。口の内へ曲りて、底、尖らず。帷子・袴・紙等を摺磨に佳也。又、「室町殿日記」に、『細川幽齊、豊臣太閤の前に持れしに、ある大名より、牡蛎・生鼠腸・ツメタ三種を献す。太閤此三の肴に付て一首せよと有しに、幽齋、即「かきくれてふる白雪のつめたさをこのわためしてあたゝめそする」と詠せられしかは、太閤及ひ滿坐、大に感しられし。』とそ。今はツメタを下品の物として食せず、右は高貴の人も賞翫せられたりと見ゆ。」。

「丹敷の浦裏」云、『「玉黍介」と同種。色、淡褐色。光艶有て、滑澤也。津邉太と云。「前歌仙」に「宇津保介」と有る、熊野海辺より出る者、殻、厚し。「甲香」「邉奈太利」と云。』。

「渚の錦」に云、『「つめたかひ」また「薩摩かひ」。形、正圓、層平にして、旋に稜なく、表は樣色あり、銅色あり。裏はしろく、児、貝のなべて白を「白玉」と云。』〔石壽云、此末附會の説、多に因て畧して不記。〕。

石壽云、形、白玉。椿に似て、圓く脹れ、殻、至て厚く、巻目頭に寄、三、四巻有り。背、廣く、生活の時は鈍色にして、巻留、紫黒色。腹、平にして正中に横長の一孔有り。口の如し。其辺に唇の如く或は舌の如き厚き者、出張あり。其色、黒紫色。唇、不厚。口の内、鈍紫色を帶、表裏ともに光あり。又、巻留、少し尖りて長くして、鼠介に等しき者あり。即、雌雄の差別なるへし。雄津免多介と云。厴、蟬の羽の形にして薄く、あめ色或は鼈甲の如、透哲す。縱理文脉あり。是「六百介品」にて、「蟬の羽介」と云。又、殻干枯の者、水白色・朱褐色濃淡、班文、巻留、靑黒色巻文あり。腹、白色・淡朱・黒班文あり。紋彩班文、巻留、靑黒色巻文あり。腹白色、淡朱黒文あり。紋彩班文、一ならず。

又、雪白色・紅褐色、班文、腹口の内迠、潔白色の者あり。波に洗たる者也。光なし。惣て頭より腹迠、筋違の粗條理、繁くあり。大さ、五、六分より三寸斗の者あり。即、机上に置て紙を摺に勝れて好し。故に紙摺り介とも云。惜らくは、多く有者也。房州其外諸国より産す。又、古は專ら、食用とす。近来は食ふもの少し。下人・漁夫なと是を食ふ。

 

七十五花津免多介〔通称「牡津女多」。仝。〕

石壽云、則津免多介同種にして、巻留、張出し、長し。肌、紅褐色・白色班文の者、或は淡靑色・靑黒色斑紋の者あり。大さ五、六分より二寸前後の者あり。光艶美麗。稀品也。紋彩一ならず。

 

七十六玉介〔「六百介品」。〕

石壽云、即、津辺多介同種にして、形、圓くれ、長く、腹、平にして、口、大く、腹、正中に横長の一孔辺、舌の如者あり[やぶちゃん字注:「」=「月」+「亭」。恐らくは「脹(ふく)れ」であろう。]。其余、津辺多に同し。背、廣く、巻目、口の辺より起り、二、三、巻、頂、黒褐色或は靑黒色。其辺、紅褐色或は黄褐色巻文あり。又、巻留、

紅色・朱色の者あり。稀也。肌、茶褐色。光艶、美也。宝珠とも云へき者也。腹、雪白色。口の内、紅褐色にして光艶あり。頂より筋違の微條、繁し。紋彩濃淡、一ならす。大さ、一、二分より寸余にして、形状、條理なく、光滑、上品の者也。條理有るものは下品也。大小差別なく、「津免太介」とも、又、「紙スリ介」とも云。厴、津辺多介の條下に委し。

又、肌、朱褐色・黒褐色紋彩、巻留、黒色の者、光耀美麗。腹、雪白色・朱褐色班文、口の内、朱褐色、光瑩、美也。

又、肌、表裏ともに淡紅褐色、口の内、又、同、巻尻、濃紅褐、光艶、美なり。則、「瑪瑙介」と云。

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[やぶちゃん注:「目八譜」第七巻「圓螺蛽属 百三品」の「七十四 津免多介」「七十五」「七十六」の記載である(他の箇所にも別にツメタガイと思しい種が載るが、ここが最も纏まった詳述箇所である)。国立国会図書館デジタルコレクションの画像を視認にしてテクスト化した。その際、カタカナをひらがなに直し、読み易くするために適宜、句読点を配したが、とんでもない句読点配置(誤読箇所)があるやも知れぬ。その時は御指摘頂けると嬉しい。「七十四」などの囲み数字は、底本では「」の中に同数字が入ったものである。なお、頭に掲げたのは国立国会図書館デジタルコレクションの「目八譜」の中の当該保護期間満了画像であるが(私の翻刻と比較対象出来るように総てのページを載せた)、後に附した二枚の画像の方は、東京国立博物館所蔵の「情報アーカイブ」の「博物図譜」の「目八譜」の別な人物による写本の当該彩色図である(同画像は学術目的のページでの自由使用(トリミング以外の処理は不可)が許されているものである)。後者の方がより彩色が美しく、立体感もある(向後は、かくの如く二種を掲げることとしたいと思っている)。

 腹足綱直腹足亜綱新生腹足上目吸腔目高腹足亜目タマキビガイ下目タマガイ上科タマガイ科ツメタガイ属 Glossaulax ツメタガイ Glossaulax didyma 及びその近縁種が図とともに色や斑紋(文中の「班」はママ)を煩を厭わず、詳述しており、頭が下がる。

「渚ノ錦」「渚の丹敷」。Terumichi Kimura氏の貝類サイト「@TKS」の「貝の和名と貝書」によれば(以下、引用ではアラビア数字を漢数字に代えさせてもらった)、曾永年著で享和三(一八〇三)年刊、上下二巻。『上巻は二枚貝、下巻は巻貝で、合計百二十三項、五百四十品。付録五十四品を載せている』。『緒言によれは美麗な彩色図があるはずだが詳細不明。曾永年は通称を占春といい、薩摩候 島津重豪の記室。占春は貝類を記載するに当たり、ある一個の代表種を題目に掲げ、 類似のものはその下に取り纏めて記するような方式をとっ』ているとある。

「薬名備考」「本草薬名備考和訓鈔」。丹波頼理(よりまさ)が文化四(一八〇七)年刊行した本草書。全七巻。

「酥螺」音は「ソラ」。「酥」はバターの意の他に、食べ物などがぼろぼろに砕けやすい、さくさくとして柔らかい、口に入れるとすぐとけるという意があるが、ここは殻の色からバターの意味か。

「質問品目志」類書(字書)と思われるが、不詳。

「仝」「同」に同じい。

「砑螺」音は「ガラ」。「砑」は艶出しをするの意がある。

「怡顔斉介品」松岡玄達著貝類及び蝦蟹その他百五十七種に及ぶ介類図譜(図は最後に纏められてある)。前出の「貝の和名と貝書」によれば、出版は宝暦三(一七五八)年であるが、著者序文は元文五(一七四〇)年で次に示す「貝盡浦の錦」よりも執筆は早い。『蛤類二十九種、螺類十四種、和品七十二種、蟹類十八種、蝦類十一種、その他十三種が掲載されて』おり、『介とは貝の他に蝦や蟹も含まれ、その中で漢名の不明なものを和品と称していた。主として実地の見聞に基づいて編まれており、書中四十余種の新出項目を有し』、「貝盡浦の錦」とともに『我が国貝類学上に多大の衝動を与えたものである』とある。

「貝盡浦錦」同じく「貝の和名と貝書」によれば、大枝流芳著で寛延二(一七四九)年刊。『日本における印刷された最初の貝類書。貝に関連する趣味的な事が記されている。 著者自ら後に序して、「大和本草その他もろこしの諸書介名多しといえども是れ食用物産の ために記す。この書はただ戯弄のために記せしものなれば玩とならざる類は是を載せず」 と言っている』。『記述されている貝は約』二百二十種で、上巻には「和歌浦真図」「歌仙貝遺漏百余品」「住吉浦潮干図」「前歌仙貝三十六品評」「但馬竹浦真図」「後歌仙貝三十六品評」「源氏貝配富目録」「新撰歌仙貝」が、下巻には「前歌仙貝並図」「後歌仙貝並図」「貝蓋図式並貝合わせやう指南」「相貝経」などが掲載されている』とある。

「ウツボ介〔前哥仙云〕」「前哥仙」は前の注に出る貝尽しの和歌集「前歌仙貝三十六品評」及び「前歌仙貝並図」を指すものと思われるが、原典に当たってみたが、そこでツメタガイに相当するものは「空背介(うつせがひ)」で「ウツボ介」ではないのが不審。

「福州府志」清の乾隆帝の代に刊行された福建省の地誌。

「六百介品」同じく「貝の和名と貝書」によれば五冊(又は六冊)で、約六百個に及ぶ貝を『彩色図とし、漢名や和名を付けたもの。この書は丹敷能浦裏とともに 日本の貝類書として重要な位置を占めるが、共に著者年代の記録が無い』とある。磯野直秀氏の論文「タコノマクラ考:ウニやヒトデの古名」によれば、寛政十二(一八〇〇)年頃までに紀伊藩で成立したものとする。因みに、現在、これを本書の作者である武蔵石寿の「甲介群分品彙」の別称として扱っているサイトがあるが、実際には著者不詳の「六百介品」を、石寿が天保七(一八三六)年(序文)に改訂したものが「甲介群分品彙」であるので注意されたい。

「前哥」前に注した「前歌仙貝三十六品評」及び「前歌仙貝並図」であろう。

「艶、よくあり」「貝盡浦の錦」の原本に当たったが、この部分は原典では「艶つよくあり」で脱字である。

「うすかひと云也」この部分、判読に自信がない。別写本や原典を見たが、どうもどれも字が不審である。識者の御教授を是非、乞うものである。

「室町殿日記」安土桃山から江戸前期にかけて成立した楢村長教(ならむらながのり)によって書かれた虚実入り混じった軍記物で実録日記ではない。「室町殿物語」とも。以下のエピソードは、『博物学古記録翻刻訳注 11 「尾張名所図会 附録巻四」に現われたる海鼠腸(このわた)の記載』に出、そこで詳細な注を施してあるので、それを参照されたい。

「玉黍介」「タマキビガヒ」と読んでいると思われるが、現行ではニナ目タマキビガイ科Littorinidae の巻貝の或いはその標準種であるタマキビガイ Littorina brevicula を指し、万一、石寿がそれを指して「同種」と言っているとしたら、形状も棲息域も異なり、非常に残念で不審な誤認と言わざるを得ない。

「樣色」「さまいろ」で、さまざまな色、色彩変異が多いことをいうか。

「唇、不厚」殻口の両側の外唇と内唇のことであろう。事実、薄い。

「鼠介」現行では盤足目タマガイ科ネズミガイ Mammilla simiae の和名であるが、グーグルの画像検索「Mammilla simiaeで分かるように、斑紋は派手であるが、ツメタガイに似ていると言われれば、似ていなくもない。

「少し尖りて長くして、に等しき者あり。即、雌雄の差別なるへし。雄津免多介と云」これは恐らく、本州の男鹿半島及び房総半島以南から南西諸島に棲息し、殻高四センチメートル程度でツメタガイと比較してやや小型であるが、螺塔がやや高いハナツメタ(ガイ) Glossaulax reiniana であろうと思われる。石寿は後で別項で「花津免多介」「牡津女多」とする。

「厴」「へた」と読む。ツメタガイ類の薄い角質の蓋である。

「透哲」透徹。

「縱理文脉」「たてのきめもんみやく」と一応、読んでおく。以下、表現し難いツメタガイの模様や色を結構、よく良く表現していると思う。

「殻干枯の者」「からほしからしのもの」と読んでおく。

「筋違の粗條理」「すぢちがへのあらきじやうり」と読んでおく。

「五、六分より三寸斗」一・五~一・八センチメートルから九・一センチメートルほど。長径であろう。

「惜らくは、多く有者也」江戸時代はとんでもないありとあらゆる者を蒐集する好事家やコレクターが一杯いた。彼らにとっては希少であることが、何より求められたことから、ツメタガイの貝殻の人気は今一つであったのであろう。後に出る条理紋のないものが「上品」で、あるのは「下品」というのも、そうしたツメタガイ・フリークの間でのことである。

「房州其外諸国より産す。又、古は專ら、食用とす。近来は食ふもの少し。下人・漁夫なと是を食ふ」新鮮ならば刺身も美味い。現在でも房総地方ではツメタガイを「いちご」と呼び、こえを甘辛く煮たものを「いちご煮」と称する(通常、「いちご煮」というとウニを煮たものを指すので注意)。

「二寸」凡そ六センチメートル。

「玉介」「形、圓くれ、長く、腹、平にして、口、大く、腹、正中に横長の一孔辺、舌の如者あり」(「」=「月」+「亭」。恐らくは「脹(ふく)れ」であろう)これは本州の駿河湾以南から南西諸島・東南アジアに広く棲息し、殻高三センチメートル程度で、殻口内が濃褐色と淡褐色の二色に分かれて、殻底が丸みを帯び、臍穴溝は二重の螺状溝を成すのを特徴とするソメワケツメタ(ガイ)Glossaulax bicolor に同定したい欲求に駆られる。なお、他に本邦には、他に本邦には、本州の能登半島及び房総半島以南から九州に棲息し、殻高四センチメートル程度でツメタガイよりやや小型で、殻は薄く灰褐色、胎殻は赤褐色を呈するヒメツメタ(ガイ)Glossaulax vesicalis がいる。

一、二分より寸余」三、六ミリメートルから三センチメートル強。

「瑪瑙介」「メノウガヒ」。]

2015/05/09

武蔵石寿「目八譜」 タイラギ磯尻粘着ノモノ

「巻十五 粘着」より

 

○タイラギ磯尻粘着ノモノ

 

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[やぶちゃん注:斧足綱翼形亜綱イガイ目ハボウキガイ科クロタイラギ属タイラギ(学名を記載しない件については後述する)に附着した(頻繁に多量に付着してタイラギの成長を阻害することが知られているので立派な寄生である)節足動物門甲殻亜門顎脚綱鞘甲(フジツボ)亜綱亜綱蔓脚(フジツボ)下綱完胸上目無柄目フジツボ亜目 Balanomorpha に属するフジツボの一種(二十七個体)の図。形状描写が簡略で絵からはフジツボの種を同定することは不可能であるが、実はこの「磯尻」は冊十二「異形」で種として項立てしている。それによれば――殻は厚くなく白い。殻底に向って広く丸い。海苔粗朶に粘着することなどが記載されているものの、読めば読むほど、複数のフジツボを一緒くたに記載しているようにしか見えないので、やはり同定の参考にはならない(当該箇所を電子化する際に再考する予定)。なお、十九世紀初めまで世界的にフジツボは貝と同じ軟体動物であると考えられており、武蔵石寿も冊十二「異形」で貝として驚くほど詳しく解説している。フジツボが海老や蟹の甲殻類の仲間であることが認識されるようになったのは一八二九年のことで、英国の軍医で優れた海洋動物学者・博物学者でもあったJ・ヴォーガン・トンプソン(John Vaughan Thompson 一七七九年~一八四七年) が甲殻類と同じく自由遊泳性のノープリウス幼生として孵化することを発見したことによる。その後、十九世紀半ばには、『チャールズ・ダーウィンがフジツボの系統的な研究を行い、フジツボの分類学的な基礎を築いた』のである(引用はウィキの「フジツボ」より)。なお、タイラギについては、長くタイラギ Atrina pectinata Linnaeus, 1758 を原種とし、本邦に棲息する殻表面に細かい鱗片状突起のある有鱗型と、鱗片状突起がなく殻表面の平滑な無鱗型を、生息環境の違いによる形態変異としたり、それぞれを Atrina pectinata の亜種として扱ったりしてきたが、一九九六年、アイソザイム分析の結果、有鱗型と無鱗型は全くの別種であることが明らかとなった(現在、前者は一応 Atrina lischkeana Clessin, 1891に同定されているが、確定的ではない)。加えて、これら二種間の雑種も自然界には一〇%以上は存在することも明らかとなっている(ウィキの「タイラギ」を参照)ため、日本産タイラギ数種の学名は早急な修正が迫られている。画像は底本の国立国会図書館デジタルコレクションの当該帖の画像を用いたが、この図は一枚の絵が中央部で改帖されて折り返されているために(前帖後帖の画像をリンクしておく)、画像では一体として見ることが出来ない。そこでオリジナルにそれぞれをトリミングして接合して示した。画像編集ソフトがちゃちなので(というか私が不器用なので)、上手くくっついていないところは御寛恕願いたい。また、「目八譜」全十五巻はこの図を以って終わっている。

「磯尻」冊十二「異形」の「磯尻」の冒頭に『形、塩尻の類して殻厚からず』とある。塩尻とは塩田で砂を円錐形に積み上げたもので、これに海水を汲み掛けては日に乾かして、塩分を固着させるのであるが、その形に似るから「磯尻」というというのである。]

カテゴリ 武蔵石寿「目八譜」 始動 / 「東開婦人ホヤ粘着ノモノ」 ――真正の学術画像が頗るポルノグラフィとなる語(こと)――

 カテゴリ『武蔵石寿「目八譜」』を始動する。

 全十五巻からなる膨大な貝類図鑑である「目八譜」は天保一四(一八四三)年に刊行された、武蔵石寿(明和三(一七六六)年~万延元・安政七(一八六〇)年)の著になる江戸時代介譜の最高峰である。底本(後掲)の磯野直秀先生の解題によれば、書名は貝の字を分解すると「目」と「八」になることと「岡目八目」(人の碁を脇から観戦していると打っている人よりも八目も先まで手が読めるという謂いから、第三者は当事者よりも情勢が客観的によく判断出来るということを言う。自らを貝の専門家ではないとする自負を潜ませた謙辞とも言えるか。碁石の白石は古来ハマグリ製であったからこの響きは相性も良い)貝類を掛けたもので、富山藩主前田利保の序は弘化二(一八四五)年だが、その後も書き足されている。『図の多くは正確で、二枚貝では貝殻の外側と内側、巻貝では口側と反口側をともに描き、同一種でも色彩・模様・大きさの違う複数の図を示すなど、行き届いている。記文は品名に異名・方言を添え、多数の書物を引用し、自己の見解も示す。構成は、冊1前半が序と凡例、二枚貝の図解、介の名産地』二五九の地名など。冊一後半から冊五までが二枚貝、冊六から九までが巻貝、冊十「貝宝」(題箋副題)はタカラガイ、冊十一「無對」(題箋副題)がアワビ類、冊十二「異形」がツノガイ・ヘビガイ・フジツボ・カメノテ・正形ウニなどの現行の広義の魚貝を含み、冊十三「支流」が貝の破片や巻貝の蓋を、冊十四「燕車」(海燕・海盤車の意味)が歪形ウニ類・ヒトデ・クモヒトデ、冊十五「粘着」が他物に付着している貝を記し、品数総計は千百六十九品にも及ぶ。『本書は博物画の名手服部雪斎一人が描いたように伝えられてきたが、最近の研究では雪斎以外の筆も少なくないことが判明している』とある。

 武蔵石寿は幕臣。以下、ウィキの「武蔵石寿」によれば、現在の新宿区砂土原町で旗本武蔵十郎衛門義陳の長男として生まれ、二十五歳で家督を継いで二百五十石扶持の旗本として甲府勤番を勤めた後に江戸で隠居、本草学・博物学に専念した。天保元(一八三〇)年に当時舶来の鳥を飼うのが盛んであったらしく「風鳥韻呼類」を著し、天保七(一八三六)年に本草学に傾倒する余り「草癖大名」と揶揄された富山藩主前田利保を中心とした本草学・博物研究会「赭鞭会(しゃべんかい)」が発足すると、石寿もそのメンバーとして本領を発揮し出し、遂に天保十四年満七十七歳にして、この稀代の貝類図鑑の大作「目八譜」を完成させた。『現在日本における貝の和名は、この図鑑で命名されたものが多』く、『日本の博物学史上でも白眉と言えるこの図鑑は、当時世界的に見ても非常に優れたもので、その成果を見ると、日本の博物学の中で貝類学が突出していたといえるのである』とある。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションの当該書の画像を視認、図も同所の保護期間満了(自由使用許可)の画像を使用した。これはあまりにも膨大なものであり、最初から始めても、恐らく僕の生きている内には終わりそうもないから、気ままに好き勝手なところを電子化することにする。アカデミックな同定研究はこうがあるらしいが、あくまで僕の好き勝手で同定などもしてみたい。

 まずは目についた最終第十五巻の最後から二つ目の色鮮やかにして猥雑なるこいつから行こう。――

 

 

 

「巻十五 粘着」より

 

○東開婦人ホヤ粘着ノモノ

 
M8_igai_maboya  

 

[やぶちゃん注:斧足綱翼形亜綱イガイ目イガイ科イガイ Mytilus coruscus の外殻に粘着した脊索動物門尾索動物亜門ホヤ綱マボヤ目マボヤ亜目マボヤ(ピウラ)科マボヤ Halocynthia roretzi 図(掲げたのは国立国会図書館デジタルコレクションの「目八譜」の保護期間満了画像)。本作は「目八譜」であるから、あくまで貝が主で、附着物は従であることに注意されたい。また、精査した訳ではないが「目八譜」にはホヤは載っていないようで、石寿はホヤを貝類とは見做していなかったことが分かる。なお、この図は良く見ると、絵総てを含む下半分(キャプションの「粘」以下の箇所)が明らかに紙質が新しい。これは本来の絵が剥落したものを、後から再画した者らしい。その剥落時に下のホヤの水管(恐らく出水管)の一部が破損していて、再現出来なかったのではあるまいか? それくらい、この構図は私にはおかしいものに見えるのである。

「東開婦人」「東開」はママ。本草書では大陸のものでも「東海夫人」が普通。……さても……確信犯か? はたまたフロイト的言い間違いか?]

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