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カテゴリー「村山槐多」の141件の記事

2016/12/27

■やぶちゃん版村山槐多短歌集成 大正八(一九一九)年 / 村山槐多短歌集成~了

 

□大正八(一九一九)年

 

ルノアールのくれなゐの頰をもちながらさびしきさちよさびしきさちよ

   ――一月の女らより

 

[やぶちゃん注:「さちよ」終助詞附きの一般名詞「幸よ」かと思われる。そう考える理由は彌生書房版全集年譜の大正八年の条に、当時、最後(槐多は同年二月十八日に家を出、叢の中に倒れているのを発見されたが、治療の甲斐なく、同二十日午前二時に逝去した)の棲家となった借家のあった代々木村に『「さわちゃん」という』ハンセン病を患っていた『村娘の美しさに心を奪われた』という一節があるからである。]

 

この小女澄みたる水に似たるゆゑわれらが酒も澄みてさめゆく

 

[やぶちゃん注:「小女」はママ。全集は「少女」と消毒する。]

 

花やかの笑の底にひそみたる淚を見つつわれ等も笑ふ

 

汝ほどに淸き少女を知らざりき萬葉集のはじめの外に

 

汝が爲に御空の色の半襟をこの月末はわすれざるべし

 

われらかく濁りし事をなとがめそ汝が店にうるウイスキーのごとく

 

この年はそなたのごとく善くあれよそなたの如くまづしくもあれ

 

停車場の汽車のひびきをききつつもわれらが戀のことばをもきけ

 

■やぶちゃん版村山槐多短歌集成 大正七(一九一八)年

 

□大正七(一九一八)年

 

うつくしき花のゆするる音すなり顏ふるはして女かたれば

 

うつくしき世の末びととなれそめしことしの冬のあはれなるかな

 

腐りゆく美しき花のにほひする老女の頰をみつめくらしぬ

 

[やぶちゃん注:詩篇「ある四十女に」登場する女性。リンク先の私の注を参照。]

 

うつくしき老女の頰の彈力をわが唇にためさんとしつ

 

うらわかきいのちに代へてこのひとをこの老いし女を戀ふるおろかさ

 

旅に出でて君忘れ得ず淚落つる心よわさを誰が呉れしも

 

わが母よと君の乳房に觸れし夢夜毎に見るもおろかなるかな

 

だまされてあると知りなばこれいかにと心寒くも思ふ時あり

 

 

うつくしきヴエヌスの御世を戀ふ心君の頰見れば起りけるかな

 

[やぶちゃん注:「ヴエヌス」古代ローマのポンペイの守護神であった美と恋愛の女神ウェヌス(Venus)。ヴィーナス。ポンエイはしばしば「快楽の都市」と称されるから、ここはかの地を具体に想起しているのかも知れない。]

 

谷底に身を投げ落す心地しつ五十女に世をば忘るる

 

燃えさかる思ひに惱むわれを見てひとりほほえむ老いしかのひと

 

うら若く貴き時を安たばこくゆらす事につぶし居るかな

 

善き友と善き女とに甘えつつのらりくらりとくらしたるかも

 

かの人の頰の白さを九十九里の砂に見いでて淚ながるる

 

[やぶちゃん注:槐多はこの大正七(一九一八)年の九月に結核のために千葉の九十九里浜に転地療養している(しかし健康回復と再生を信じて、徒歩で東京に戻ろうとし、途中で喀血、半ば自殺行為の如くに酒を飲み、海岸の岩場で人事不省に陥るも、発見され、十月下旬には東京に戻っている)が、これは詩篇「ある四十女に」の私の注に引用したように、その年増の女性と決別する意味もあったようである。]

 

うつくしきヴエヌスの老いし心地するうつくしきひとをとはにわすれじ

 

かのひとの顏ふるはして物言ふを思ひ出してひとりわれも首ふる

 

うつくしき君をしのびつ鳴濱の潮の遠音に眠りいざなふ

 

[やぶちゃん注:「鳴濱」「なくはま」と訓じておく。現在の千葉県山武郡九十九里町作田に「鳴浜(なるはま)」という固有名詞の浜があるが、ここをその固有名詞でとると、歌が委縮するように思われるからである。]

 

大なる眼のはたと閉づ美しき君を思へば空のまなかに

 

紫の絹もて君をつつみなむ夜光の玉に似たる君をば

 

そのまなこ數千の星にかざられてわが眼を眩ず君見たまへば

 

はるかなる海の底を見る如き深きめつきの絶えざる

 

[やぶちゃん注:この一首、彌生書房版全集には載らない。「絶えざる」は「たええざる」と訓ずるか。]

 

海けむり心もけむるはるかなる沖より空もけむりそめしか

 

紫の海に息ふく裸びと血も赤々と日にかがやけり

 

大東はさみし幽けし頰なづるその岬よりふく風のごと

 

[やぶちゃん注:「大東」は、現在の九十九里浜の南端にある、千葉県いすみ市の太東岬(たいとうみさき)のことであろう。ウィキの「太東岬によれば、高さ約六十メートルで、『下は太平洋まで断崖絶壁となっている』。北側には千葉県旭市上永井の刑部(ぎょうぶ)岬から『九十九里浜が弓なりに連なっており、南側には夷隅』(いすみ)『川の河口と大原の町並みが見える』。なお、皮肉にも現在、この岬には「恋のビーナス岬」という別称もあるとある。(グーグル・マップ・データ)。]

 

藍色の雨より細き命ありてわれを濡せりうらさびしきも

 

美しき紫の花かがやかしなす畑にほふ雨そそぎつつ

 

一かけの氷に似たる雲消えて雨とはなりし空のさびし

 

金のせき紫のせきする病われにとりつき離れざりけり

 

アルベールエルサマンの病とりつきて東えびすはおどろきにけり

 

[やぶちゃん注:「アルベールエルサマン」音数律から見ても「エル」は衍字。フランスの象徴派詩人アルベール・サマン(Albert Samain 一八五八年~一九〇〇年)。結核で亡くなっている。]

 

金色の酒のあとにてつかれしか薔薇いろの酒吐きしわかうど

 

海のべの薔薇にかがやく夕まぐれふくそよかぜはいづち行きしや

 

■やぶちゃん版村山槐多短歌集成 大正六(一九一七)年

 

□大正六(一九一七)年

[やぶちゃん注:大正五年パートには短歌がない。]

 

左手に椿の花を右に繪をもちてかけれる美しき子よ

 

男爵の小さき姫(ひめ)とそばを食(は)みをかしき晝をすごしける

 

[やぶちゃん注:「男爵」不詳。後の二首も連作のように思われる。]

 

美しき少女の頰の紅(べに)いろにまずこの春のうたのはじまる

 

[やぶちゃん注:「まず」はママ。]

 

淸ちやんと自が名を明したる美しき子の口のよさかな

 

たそがれの星にまがへる眼はわれを物狂ほしく夢にいざなふ

 

金色の帶しめて飛ぶ小鳥あり苦しき夢のまなかを過ぎり

 

蒸し暑き夢は腦天打ちこめて泣き笑さす哀れなるわれを

 

哀れにも醜(し)くゆがみし顏もちて木の葉の中をかけ走るわれ

 

もうろうとたのしみを欲する哀れなるわれとわが身をながめてをかし

 

酒瓶十二わが腹に入る事のみを幻(まぼろし)に見て街をたどれり

 

哀れなる色狂の眞似事を森の中にてたくらめるわれ

 

色狂にならんとするをおしなだめわれとわが身を連れてゆくわれ

 

狂ほしき神經衰弱癒え難く渦の中へとわれ落ち深む

 

酒の癖たばこの癖その他の諸々惡しき癖に呑まれし

 

ああ大地とどろき渡りわが墮落怒れるを見て心かなしも

 

朦朧の境に身をば投げ入れんわが運命の餘り惡しきに

 

意志よわく情も薄き蟲けらに似たる男と自らを知る

 

藝の慾あまりにわれに馴れにけり煙草の味に馴るる如くに

 

頽廢の底に跳び入るわが心美しき故惜しみわれ泣く

 

大なる鷲の羽ばたき花園にきこゆときけば心をどりぬ

 

むごたらしき破壞(はくわい)をわれはまちのぞむ美しき物見る度每に

 

たくましき中年の女新富町の河岸に美しくそりかへりき

 

[やぶちゃん注:東京都中央区新富町であろう。東が月島、西が銀座、南が築地、北が八丁堀で、花街として賑わった。当時は松竹の経営に移った新富座もあった。osampo-ojisan氏のブログ「東京地形・湧水さんぽ」の「第17回 新富町駅~月島駅」には、『明治時代の地図を見ると、この入船橋交差点から八丁堀駅に続いている新大橋通りはかつて運河があり、新富河岸という舟入り場があったようだ。それゆえ、ここは入舩町と呼ばれたのだろう』ともあるが、果してこの時代に、その河岸が残っていたかどうかまでは確認出来なかった。識者の御教授を乞うものである。]

 

アメリカの百姓女うれしげに銀座を過ぎぬ五月の夕べ

 

樂器屋にピアノのひびき溢れ滿つ淚に充ちしよろこびをなす

 

ああ女その美しさめづらかさ果物のくだける樣に笑ひし女

 

苦しみを藥の如く時定めてあたへられたりあつきこのごろ

 

いつまでも運勢に身をあそばせて天候の如くうつりゆかまし

 

野の百合と同じいのちを持つものはこのわれなりと主に申しける

 

さびしさもひもじさも皆世をえどる色の一つとわれをながめん

 

[やぶちゃん注:「えどる」はママ。「繪どる」であるから、「ゑどる」である。全集はかく訂してある。]

 

すてばちのさびしき上にをどりたるいのちよ汝の美しきかな

 

物曰はず日ぐらしければわがのどはしやがれ果てぬさびたる如くに

 

一日に三十本のたばこのむきまりとなりて頭重たし

 

女はればれと語るよ大空の底にいきするわかき口もて

   ――(千代ちやんのうた)――以下三首

 

[やぶちゃん注:「千代」不詳。]

 

その顏をまともに見るをはばかるは弱き男と自らに言ふ

 

あまやかに世はまたせまくなりにけり愚かしき事をくりかへすかな

 

汗ばみし紫の花の値を問へる夏の女を夜の店に見る

   ――(神樂坂のうた)――以下七首

 

ほのかなるたばこの光眞夜中のおしやくの顏を紫にしぬ

 

さびしさと乾きし喉(のど)ともちしわれ夜の野を見んと走りゆきしも

 

遊蕩のちまたを苦(にが)き睨み眼し步めるわれを哀れと思ふ

 

愚なる家族の中のため息をわれくりかへすあつき初夏

 

病みし眼はわが顏にありて輝やきぬ山犬の如く寶玉の如く

 

物すべて愚かに見ゆる日のつづく耐へがたき事われに科せらる

 

椿の葉ざわめくばかり波立てる海の面の深きみどりよ

 

血の落ちる音のきこゆる美しき深夜の家のふしどの上に

 

錢なしとなりてわが身に驚ろきぬいまさらながらうらさびしきも

 

遊樂の心おどらせ唄ふ日も錢なくなれば消えて失せつも

 

[やぶちゃん注:「おどらせ」はママ。]

 

熱情は肉身(にくみ)と共に肥りゆく泉津(せんづ)の邑に十日くらせば

 

[やぶちゃん注:「泉津の邑」「邑」は「むら」(村)。現在の東京都大島町泉津。槐多はこの前年の大正五(一九一六)年七月から八月一杯と、この大正六年の夏の二回、大島に行っている(孰れも友人山崎省三が同伴。厳密には前者は山崎の旅先を槐多が訪ねたもの)。]

 

潛々と淚に暮す月日ありはるかの方にわれをまち居り

 

[やぶちゃん注:「潛々と」「さめざめと」。]

 

咲笑し酒亂しおどりかき抱くはげしき月日またわれを待つ

 

[やぶちゃん注:「おどり」はママ。]

 

ただひとり泉津の邑に打もだす醜き畫家のあるを君知れ

 

なだらかに海のおもてを靑めのう走ると波の光をながむ

 

[やぶちゃん注:「めのう」「瑪瑙」。但し、歴史的仮名遣では「めなう」が正しい。全集では「メナウ」とカタカナ書きにしているが、これは僭越というのものである。]

 

このしづかさ口もてふくみ笑ふ眞晝まなかのこのしづかさを

 

何しらずこのしづかさに打したり棒の葉の如輝やきて居らん

 

[やぶちゃん注:「打したり」全集では「打ひたり」とする。]

 

東京のさわぎははたととざされぬこのしづけさの扉の外に

 

かの小さき女を思ふ心湧きやすまりがたしいかにするべき

 

君ちやんの美しき眼のきらめきて夢さめにけり深き夜半に

 

[やぶちゃん注:「君ちやん」不詳。同年の詩篇(無題「全身に酒はしみゆき……」)にも登場する。]

 

かれ戀すときけばいかにかおどろかんかの君ちやんの淸き心は

 

古き戀またよみがへる美しさ泉の如く強く涼しく

   ――(戀の蘇生)――以下五首

 

このたびは微笑の女そのかみはこの眼われにそそぎし女

 

くらやみにひそみて居りし戀ごころ火花となりて散り出でにけれり

 

この秋のくだもの籠に輝やけるりんごの如く君もかがやく

 

眼みはりて君を眺めし新らしき物の如くにうれしなつかし

 

恐ろしき無力の時となりゆくか、さびしさ、あまりしげく來るゆえ

 

[やぶちゃん注:二箇所の読点はママ。]

 

わが力雷より強くほとばしる時をと常に念じる物を

   ――無力時代――以下七首

 

なす事のすべて空しく愚かしくさびしさ咽喉(のど)をつまらする時

 

ああ赤き肉に等しき花なきや一たびかけば□□□つ花

 

紅をもて身もたましひも染めつくし命をすてて畫ともならばや

 

□□□□□□女は世になきやあらばと高くひとりごちぬる

 

死に失せよ虻と女はわれに言ふこのざれごとに心寒かれり

 

美しきぶどうの房に似たる夜に行手をすかし道をたどるも

 

[やぶちゃん注:「ぶどう」底本では「ぶとう」。かく修正した。全集は歴史的仮名遣正しく「ぶだう」とする。]

 

恍惚に耐へせず人の泣く聲す美しき夜のかしこにここに

 

紫の花の重たく下るかとはだか女の肉におどろく

 

宦官の首うなだれしきざはしに吹上の水ちりかかりつゝ

 

■やぶちゃん版村山槐多短歌集成 大正四(一九一五)年

 

□大正四(一九一五)年

 

いづこにか火事あり遠き鐘きこゆ犬の吐息す夜半の外面に

 

硝子戸に明きらけくわが容貌のうつる時こそ泣かまほしけれ

 

いと惡しき想ひを強く身に浴びてシネマの小屋を出でし午後二時、

 

[やぶちゃん注:読点はママ。次の一首も同じ。]

 

淺草の晴れ日こそはかなしけれものみな惡しき○○を持つ、

 

[やぶちゃん注:「○○」は底本編者の伏字と思われる。以下、この注は略す。]

 

藍色の提灯あまた吊るしたるかの淺草の家のかのひと

 

荒れはてし赤き園にもたとふべきおのれを見つめ淚ぐむかな

 

熱すこしありとおぼえてわが心砂塵の如く顫へとべるも

 

腐りたる血をもてわれの顏を塗る赤き夕日のいともさびしき

 

よき友を持つ嬉しさのしみじみと心にしみて二人歩みぬ

   (Kを思ふ小歌――以下六首)

 

わが友よわれ切に汝の唇を思へりわれをなみげと思うふな

 

[やぶちゃん注:「なみげ」「げ」は体言・形容詞・形容詞型活用の助動詞の、語幹及び動詞・動詞型活用の助動詞の連用形などに付いて、形容動詞の語幹又は名詞を作る接尾語「氣(げ)」で、様子・気配・感じなどの意を表わすそれととってよかろう。これは一般に名詞をつくる場合は下に打ち消しの語を伴うことが多い点でもしっくりくる。「なみ」の可能性は二つ。「無みげ」で上代語「無み」(形容詞「無し」の語幹に接尾語「み」の付いた語で「無いので・無いために・無いゆえ」の意。今一つは、「並み」で、「世間一般にごくごく普通であること」の意。しかし、「無み」では原因・理由部分のジョイントが悪い。後者で採る。――私のお前への思いをそこいらの普通の奴らの思いと所詮同程度のものだなどとは思って呉れるな――の意である。]

 

よき友よ汝を思へばうれしさは醉ひの如くに心にしむも

 

親友とあめつちにただひとりよぶ汝と步めり今宵うれしき

 

あゝ友の薄荷に似たる品のよき心のにほひ嗅ぎてわれ泣く

 

淸情は空より明し汝が前に濁らむとして濁り得ぬわれ

   (一月一日の夜淺草を遊步すかへりてよめり)

 

黃表紙の支那の經書によみ耽る夜はいと奇しく美しきかな

 

○○○○をじつと見つめてわが眼玉輝やけば心すがすがしかり

 

とがりたる男モデルの○○○○は夢に見し程美しかりき

 

○○○○の毛はさも似たり○○の○○○○○○に、美しきかな

 

[やぶちゃん注:読点はママ。]

 

東京の泥の市街をさまよへるわれを思へばあはれみの湧く

 

金色のイリスの咲けば貧しさのしみじみと身に感じられけり

   ――(五月末旬歌――以下九首)

 

[やぶちゃん注:単子葉植物綱キジカクシ目アヤメ科アヤメ属 Iris の総称であるが、槐多が特に「金色」と詠んでいるところからは、アヤメ属キショウブ Iris pseudacorus かとも思われる。]

 

若人のみなみめよきが集まりて遊ぶ園ほどねたましきなし

 

うつくしき薄紫のシネラリヤ未だ散らざるは淚をさそふ

 

[やぶちゃん注:「シネラリヤ」キク亜綱キク目キク科キク亜科ペリカリス属シネラリアPericallis × hybrida。北アフリカ・カナリヤ諸島原産。冬から早春にかけて開花、品種が多く、花の色も白・靑・ピンクなど多彩。別名フウキギク(富貴菊)・フキザクラ(富貴桜)。英名を“Florist's Cineraria”と言い、現在、園芸店などでサイネリアと表示されるのは英語の原音シネラリアが「死ね」に通じることから忌まれるためである。しかし乍ら、“Cineraria”という語は“cinerarium”、実に「納骨所」の複数形であるから、“Florist's Cineraria”とは「花屋の墓場」という「死の意味」なのである――余りに美しすぎて他の花が売れなくなるからか? グーグル画像検索「シネラリア」をリンクしておく。]

 

肥りたるモデル女のくれなゐの肌にもまして赤く日暮れぬ

 

うるはしき少年の家の午後十時「さらば」と吾の立ちしかの時

 

品のよき若人と遊ぶ日ぞよけれ薄紫の汗をながして

 

さびしさのアルミニウムに蔽はれし心地ぞすなる今日此頃は

 

紫の矢車草の丈長く咲きたるにわれの心ふるへる

 

寶石の角あまたある靈かけふこの頃のわれにやどるは

 

[やぶちゃん注:「靈かけふ」不詳。「靈(たま)影(かげ)ふ」か? 霊的な何ものかの光りがうつろう、の意か? その場合は「ふ」は上二段型の動詞を作る接尾語で、「そのうおうな感じになる」の謂いであるが、しかし、修辞的には、ここは「あまたある」を受け、しかも下句に繋げるには、名詞節でないとおかしいように思われる。とすると、「靈影斑(たまかげふ)」で「霊的な何ものかの光りがうつろうような斑紋」の意か? いや、ちょっとそれは苦しい造語だ。識者の御教授を乞うものである。]

 

■やぶちゃん版村山槐多短歌集成 大正三(一九一四)年

 

□大正三(一九一四)年

 

 一九一三年より一九一四年 はじめにかけて

 神樂岡宗忠が社の下に京都一のめでたき少年

 居たまひき その君が臨の美しき鋭きにわが

 泣きし事も幾度ぞ

 

[やぶちゃん注:「神樂岡」「かぐらがをか(かぐらおか)」は現在の京都市左京区南部、京大東方にある吉田山の異称。

「宗忠が社」「むねただがやしろ」と訓じておく。現在の左京区吉田下大路町にある、教派神道の一つ黒住(くろずみ)教教祖黒住宗忠を祀る宗忠(むねただ)神社。黒住宗忠は嘉永三(一八五〇)年に歿したが、六年後の安永三(一八五六)年に朝廷から「宗忠大明神」の神号が与えられた。文久二(一八六二)年に宗忠の門人赤木忠春らが吉田神社から社地の一部を譲り受け、宗忠を祀る神社を創建した。慶応元(一八六五)年には朝廷の勅願所とされ、皇室や公家から篤い崇敬を受けた(以上はウィキの「宗忠神社に拠る)。

「めでたき少年」(後の添書きの「K.I.」)詩篇で既出既注の、京都府立第一中学校の一級下の稲生澯(いのうきよし)。「紫の微塵(稻生の君に捧ぐ)」の私の注を参照されたい。]

 

 

紫の孔雀の毛より美しきまつ毛の中に何を宿すや

   ――(孔雀のまつ毛)

 

浮々と君を思へば寶玉の世界の中に殘されにけり

 

片戀の淚に心しめす時瑠璃色の世も泣ける哀れさ

 

ともし火を飾りそめたる薄明の都の空に君をしのびぬ

 

[やぶちゃん注:底本は「ともし火」が「もつし火」。私は意味不明。或いは方言かとも思われなくもないが、ここは錯字と判断して、特異的に全集に従った。]

 

かなしさの淚きはまる美しの春の日ぐれよ君はいづこに

 

友禪に夜をつつみて君が眼の薄ら明りへ投げむとぞ思ふ

 

君が眼の薄ら明りに溺れたる群集の中の一人となりぬ

 

薄薔薇の都の空をふりそむる雨より君のにほひそめけり

 

   かへり見てあまりに無賴なるわれよ

惡漢の戀をも君は入れたまふなさけよわれはうれしさに泣く

 

 

   つひに君が音聲をさへきき得ずして別るる

   片戀の苦さよ

かた思ひ春より春へはこびゆくわれをば君よ笑ひたまふな

 

とこしへに君を思はんこの戀は銀鎖となして未來へ曳かん

   (この十一首を K.I. の君に捧げまゐらす)

 

美しきかの支那の子を思ひつつ野べをたどればたんぽぽのさく

 

この日頃心うつつに甘き酒注ぎつすごすわれの哀れさ

   ――(うつつのうた)――以下六首

 

このうつつしばらくにして消えされと願ひつ野べをたどりけるかな

 

ああわれはいづくに行かん茫然と立てば小鳥は美しく鳴く

 

爛々と赤き日沈む夕ぐれの不良の子らよ春の夕ぐれの

 

紫の光とともに血の滿ちし美少年こそ歩みゆきけれ

 

汚れたる世界に吾は投げ出され茫然として眼をつぶる

 

われ泣けば薄むらさきに雨ふりぬ天とわれとはけふをなげかん

 

わがうつつまだ消えざるにおどろきぬあめふるよるの薄ら明りに

   ―(消えぬうつゝ)――以下八首

 

美しきモーパツサンはおもしろくわがうつつをば延ばしけるかな

 

讀み耽るいと猥らなる物語り獸の如く心を狙ふ

 

雨ふればこの寂寞も美しく濡れて都をさすらひゆくも

 

[やぶちゃん注:底本は「寂寞」が「寂博」。全集に従った。]

 

靈の國の子、肉の國の子のうすくれなひに立交る夕べ

 

[やぶちゃん注:全集は「うすくれないゐ」に訂する。]

 

かの君に會ひなばいかにこの宵は美(は)しかるべきと思ひ街ゆく

 

プリンスとふと思ふ時わが足は浮かれてゆくも雨ふる中に

 

ほの靑く柳の群のそぼ濡れしけぶりの中にけぶりけぶれり

 

[やぶちゃん注:底本は「群」(「むら」或いは「むれ」)が「郡」となっている。全集に従った。]

 

うらかなしわれすなほなる心もて母に見えん事もかなはぬ

 

ああわれはただひとりなり才びとの常の如くにただひとりなり

 

かの君はいと薄紅き薄靄の中にわれをば惱ましたまふ

 

とこしへに君を思はん美しき君を思はん君を思はん

 

ああわれはひとへに君を戀すれど君はひとへにわれを忘れん

 

美しく暗くみにくく過ぎさりし少年の日をめでてわれ泣く

 

いざ行かん未來の高き天空へ天女の群と相まじりつつ

 

美しき春の引幕引かれつつ恍惚に入る物を忘れて

   ――(春のはじめ)――以下二首

 

八坂の塔赤し美し古びたる眼の空に赤し美し

 

底をゆくこの生活のおもしろさ底を極めむところまでゆけ

 

圓山にルノアールの畫思ひつつ貧者たたずむこの不思議さよ

 

ダーリアの眼つきに我を吸ひよせよ妖怪の如美しき君

 

薄靑き唐もろこしの畑より炎のもゆる美しの晝

 

2016/12/26

■やぶちゃん版村山槐多短歌集成 □大正二(一九一三)年

 

■やぶちゃん版村山槐多短歌集成

[やぶちゃん注:底本は、既に完了した詩篇パートと同じく、国立国会図書館近代デジタルライブラリーの大正九(一九二〇)年アルス刊の「槐多の歌へる」(正字正仮名)の画像を視認し、編年順のそれに準じたが、その際、平成五(一九九三)年彌生書房刊の「村山槐多全集 増補版」(但し、新字旧仮名)で校合し、注を附した。底本は年代順の各詩篇の後ろに「短歌」として配されてあるので、年号の柱を頭に□で打ってそれに換えることとした。なお、ブログ公開時のブラウザの不具合を考え、添書き(底本ではポイント落ちであるが、同ポイントで示した)の字配を底本とは変えてある。]

 

□大正二(一九一三)年

 

あへかなる櫻の國の暴君は何を描けと君に告げしや

   ――(辰貴が爲)――(以下七首)

[やぶちゃん注:「辰貴」は「タツキ」と音読みしておく。後注参照。]

 

海原の銀のやまとによする時燕の如くとびて來し人

 

だみ具もて黃色に濡れし手をやすめかのふるさとを思ひける人

 

[やぶちゃん注:「だみ具」「彩具」「濃具」か。「だみ」は金泥・銀泥で彩色することを言う。]

 

美しき國人の眼は尚未だ盲ひぬ奇しき繪と云ふ物に

 

海原をわたりて深きなさけをばこめたる國に入りにける人

 

はるばるとこの暖國の客となり何を描かむ淚ながるる

 

國人の深きなさけはとつ國の君を淚にむせばしめけむ

  (雄略帝の御代に來朝したる支那人安貴公

   が一群中に打雜りしうら若き畫家名を辰

   貴と云ふ)

 

[やぶちゃん注:安貴公は魏の文帝(曹丕:在位:二二〇年~二二六年)の後裔とされ、雄略天皇の御世(四五七年?~四七九年?)に衆をひきいて日本に帰化し、大和国添上郡大岡郷に住し、絵師として活躍、天智天皇の御世に「倭画師(やまとえし:「やまとえし」とは日本絵師の意ではなく、大和国を拠点としたという謂いとする)」の姓を賜はり、後に大岡忌寸(おおおかのいみき:この姓名は伝説の画人巨勢金岡(こせのかなおか)と併称される画人の名でもある)を賜わったという絵師を生業としたとした一族の祖とされる。「辰貴」というのは安貴の子(男子「龍」)とする記載もあるようである。「辰貴」の五代末裔に「惠尊」という絵師もいる。ここはサイト「岩倉紙芝居館」の「古典館」にある上田啓之の「日本書紀 29その他を参考にした。]

 

冬の街薄く面を過ぎる時落膽われにせまりけるかな

   ――(無題 以下四首、

[やぶちゃん注:丸括弧の閉じがないのはママ。全集では『――(無題)―以下四首』と整序。]

 

かの君がかの岡のべの君が屋に歸り給ふと思ひかなしむ

 

などて汝は破れし子をば戀ふるやと友言ふ時も迷ひけるかな

 

西の京しばらくにして雨ふると面ひそむる美しき子よ

 

血の歌は誰が子かうたふ燈火の雨の樣なる春のちまたに

   ――血歌(ちのうた)―以下八首、

 

濃(こき)血人(ちびと)情あまりて泣きしきる春の薄暮ぞいかに嬉しき

 

美しき木瓜の皇子と異名(あだな)せる君をひねもす見るが耐へせぬ

 

豐かなる人をこそ好め西歐のかのぶだう酒の色の如くに

 

この眞晝いかめしくして拉丁語を用ひる街に立てる心地す

 

[やぶちゃん注:「拉丁語」「ラテンご」と読む。]

 

猩々の髮の樣なる朱さかづきいざもてまゐれ酒をとうべむ

 

[やぶちゃん注:全集は「とうべむ」を『たうべむ』(賜うべむ)に補正。]

 

ぎりしあの若人達に櫻花見せなばいかに「ぬるし」と云はん

 

水を汲む濁りし河に春はいま苦しき赤と變りはてつゝ

 

美しき空この空の來りぬと笛吹き鳴らせ皇子は來る

   ――皇子に捧ぐる(歌)以下四首

 

[やぶちゃん注:全集は添書きを『――(皇子に捧ぐる歌)―以下四首』とする。]

 

梅林の中を過ぎりてその痛く苦きにほひに君を思へり

 

ルノアールかく畫がきしや乳色の噴泉君が愁ひにかゝる

 

泣かんとす君はすげなくわれをすていづれにか去る靄の如くに

 

六月の銀の大扉をとざしたる天は雨ふる君をかくすや

   ――雨と皇子―以下四首

 

雨ふる日君が歩みのすばしこさ行手の街の霞みにけるを

 

 

××をば血の杯と思ふ時虐思ぞ重く打顫ふなる

 

[やぶちゃん注:「××」は底本編者の伏字。全集でも復元出来ずにある。]

 

流血の街の空には銀の雨斜(はす)にせまると思へばかなし

   (皇子とよぶは一人の御子なり)

 

 

新ぼんのにほひか浮き香水かほのかにわれをおとなひくるは

   ――(無題)-以下七首

 

[やぶちゃん注:「浮き香水」不詳。女性の香水の漂い来たることを指すか。]

 

新ぼんは綠むらさきあざやかに照る春の野に居りてむ子なり

 

新ぼんの肉のまろさにうつとりとわが魂の廢りけるかな

 

君故にこの放埓をせおふ子と我を見かへりうれしくなりぬ

 

來む春は君をいざなひよひやみの將軍塚に抱かんと思ふ

 

[やぶちゃん注:「將軍塚」京都市東山区粟田口(あわたぐち)三条坊町にある天台宗青蓮院(しょうれんいん)所有(飛地)の「将軍塚大日堂」か。ウィキの「青蓮院」によれば、『寺の南東、東山の山頂に位置し、青蓮院の飛び地境内となっている。桓武天皇が平城京遷都にあたり、王城鎮護のため将軍の像を埋めた所と伝え、京都市街の見晴らしがよい』とある。]

 

くちつけを思ひて思亂れけり美しき君いかに思ふや

 

ほの暗き舊約全書その紙をかきさぐる日の我のさびしさ

   ――(無題)以下十二首

 

われ切に涙を欲ると思ふ子の心にひたに血けぶりの立つ

 

あまりにもばら色の面憎らしと君を見つめて叫びけるかな

 

わが面のみにくきことに思ひ至りかうもりの如泣ける悲しさ

 

騷亂の中に輝やく美しき一顆の玉に心はじける

 

鈍色の日頃を送る世界には唯一人のわれの哀れさ

 

憎まれて日頃を送る無賴子のわれをあはれと思ひ給ふな

 

君よ君ただひたすらに我を憎めかくて君には光增しなむ

 

人形のさびしき皮膚の白櫻咲く日はかなし心空しく

 

もろもろの睨み目われをみまもりぬ冬の小門を出で來し我に

 

うら悲し冬より春に投げ出す心はぼろをまとひけるかな

 

この日頃小櫻をどしの武者八騎都大路に常に會ふなり

 

[やぶちゃん注:「小櫻をどし」鎧の縅(おどし)の一つで、小桜革で芯を包んだ緒で縅したもの。グーグル画像検索「小桜縅をリンクしておく。]

 

ああ切に石版畫をば思ひけり手に薄赤き櫻花とり

   ――(浮き思の數歌―以下四首

 

わが園にぼたん櫻は數々の眼に見つめられ淚せんとす

 

夜櫻か晝の櫻か一分も君が姿を忘れ得ざれば

 

放蕩のぼたん櫻にふれる雨春を濡らすと知るや知らずや

 

この頃の高天原にます神の血潮は如何に豐なるらむ、

   ――赤血球―以下五首

 

[やぶちゃん注:読点はママ。]

 

野ひばりの鋭き明き一ときは君とわれとを跳らしめける

 

血に濕る乳銀色の山櫻咲けば淚をながすならはし

 

薄霞み雲母の如く輝やけば泣き女(め)のまゆもたゆげなるらむ

 

[やぶちゃん注:底本は「薄霞み雲母の如く輝や泣きけば女(め)のまゆもたゆげなるらむ」であるが、これでは読めない。特異的に全集補正のもので示した。]

 

櫻びと小名彦石の温泉に浴せる夜かな湯けぶりのする

 

[やぶちゃん注:「小名彦石の温泉に浴せる夜かな」恐らく「小名彦古」の誤記か判読の誤りか誤植である。「古事記」の国造り際に知恵を貸した神少彦名命(すくなびこなのみこと)は「少名毘古那」などとも表記するからで、彼は常世神であると同時に医薬・温泉・禁厭(まじない)・穀物・知識・酒造・石の神など多様な性質を持つ神であり、ここはその温泉神に引っ掛けたイマージュの表現である。「の」は主格の格助詞である。]

 

美しきぼけの花咲く晝すぎにみや人止むる美しき君

   ――(無題)以下二首、

 

數々の美しびとにとりまかれわれは淚に浴するなりけり

 

ソドム市の門扉の惡しき樂書は硫黃と共にすくみはてしや

   ――(無題)以下二首

 

[やぶちゃん注:全集は「樂書」を『落書』に訂している。採らない。「らくがき」はこうも書くからで誤りではないからである。]

 

黃昏の天の使もかなしけれ鋭き力有つと思へば

 

[やぶちゃん注:「有つ」は「もつ」と訓じていよう。]

 

美しき櫻の戀をする人は薄き情を吹きかけられつ

   ――(無題)以下二首

 

美しや白き櫻の花かげにかくれて君が姿を見れば

 

強情に苦きあまたの事あつめ春おちぶれし人ぞかなしき

 

山吹が黃に苦がき晝空甘し花より空の色好むひと

 

美しや君はさびしきはつ春の夕日の宮の皇子ともがな

 

サムソンの髮を拔くより恐る可き破滅らうたき君にこもれる

 

幾とせか同じ地同じ天を見る我は哀れにけふもさまよふ

 

ああ我はこの戀しさに身をとられいかにせんとす淚こぼるる

 

都には櫻咲くらし眞晝にも大火の如く明りさす見ゆ

 

薄靑く醉へば美しはつ冬の空氣光れり玻璃にわが眼に

   ――以下二首

 

[やぶちゃん注:全集には添書きが欠落している。]

 

新ぼんの戀しく暗き紫の玻璃の牢屋に泣き叫びする

 

葡萄酒のその薄あけに染まりたる人々歩む春の眞晝に

   ――(無題)以下五首、

 

民間の皇子なつかし官居にはとこしへ歸り給はじと思ふ

 

離宮なりわれこそ君の離宮なれかくも思ひて泣き伏せしかな

 

夜更けて薄紫の大橋をわたらんとして心おびゆる

 

街中の疏水の瀧にアーク燈薄靑く照る凄きさびしさ

 

2016/01/24

どうぞ裸になって下さい 村山槐多 (自筆草稿断片より やぶちゃん完全復元版)

  どうぞ裸になって下さい(自筆草稿断片より やぶちゃん完全復元版)

 

 どうぞ裸になって下さい

 

 ねえさん

うつくしいねえさん

どうぞ裸になって下さい

羽織からゆもじまで

すつかりとって

まる裸になって下さい

ああ 心がをどる

どんなにうつくしいだらう

あなたのまる裸

{ねえさん}とても見ずには居ら{すまさ}れません

どうぞ裸になって下さい

うたまろの畫の樣なねえさん

 

[やぶちゃん注:県立三重美術館蔵「詩『どうぞ裸になって下さい』」の手書き稿を視認して起こした(リンク先は同美術館公式サイトの拡大画像)。字配もなるべく復元を心掛けたが、短い詩篇ながら、抹消と挿入が複雑なので一部を記号で整序した。使用漢字はなるべくそのままのものを採用したが、「様」の略字は正字化した。

 少しく説明する。まず、拗音表記は総てママであるので注意されたい。即ち、現行のそれらは拗音部に関して言えば、歴史的仮名遣表記に従って綺麗に消毒されたものであることが判るということである。

 

・表題は本文罫の四行目(最右端の有意に幅広の罫線外を一行と数えるなら五行目)に書かれているが、その二行前(私の判断する本文罫一行目のほぼ中央(標題の「って」の右手位に大きな「レ」点のようなチェック・マーキングが一つある。但し、これは本文のインクの色とは全く異なる。

・標題(四行目)と初行(六行目)の間に「ねえさん」が書かれてあるが、三本以上の取消線によって抹消されている。

・「羽織からゆもじまで」は二本の取消線で抹消されている。

・「すつかりとって」も二本の取消線で抹消されている。

・「ああ 心がをどる」の感動詞「ああ」の後には有意に半角程度の空きが認められる。

・本文七行目は恐らく、最初に、

「どんなにうつくしいだらう」

と記したが、気に入らず、

「いだらう」

を抹消して、

「かろ」

とを右に加えて、

「うつくしかろ」

訂したものとは思われるが、この「かろ」の箇所は「か」と「ろ」の間に明白な一字を書いたものを徹底的に黒く塗りつぶした跡がある。推定としては、「うつくしから」(う)と書こうとして「ら」を抹消して「かろ」とした可能性が考え得るようには思う(潰された字は判読不能で、あくまで推理に過ぎない)。

・本文九行目は錯綜している。「 {ねえさん}とても見ずには居ら{すまさ}れませんぬ」の{ }は挿入を指し、{ }は挿入したが抹消したことを示す。想定される推敲順に説明する。

①行頭に「見」という漢字を第六画まで書きながら放置している。実は抹消線はない。しかし、この最後の七画目を書かない字は彼にとっては無効抹消の字と判断されて意識外に廃棄されたものと判断して抹消線を附したものである。

②恐らく最初は、以下二字目から改めて、

「とても見ずには居られません」

と書いたのであるが、気に入らず、そこで、

「居ら」を抹消するも、「れ」を残しておいて、「居ら」を「すまさ」と訂した。

その結果、

「すまされ」となり、

今度は以下の「せん」を抹消して、

「すまされぬ」

とし、全体を、

「とても見ずにはすまされぬ」

訂したのである。ここで大事なことは「れ」は生きている点である。

③冒頭の抹消みなしの「見」の不完全字の下に向けて、最終行の後の左から、アーチ状の挿入記号があり、その左後方には、

「ねえさん」

とある。ところが、これは二本の抹消線で消されてある。これは①や②に先行するものかも知れない

・最終行は全抹消されている。

 

 以上から、この草稿の決定稿は私なり整序するならば、以下のようになる。

 

   *

 

 どうぞ裸になって下さい

うつくしいねえさん

どうぞ裸になって下さい

まる裸になって下さい

ああ 心がをどる

どんなにうつくしかろ

あなたのまる裸

とても見ずにはすまされぬ

どうぞ裸になって下さい

 

   *

 さて、これは現行の槐多詩篇どうぞ裸になて下さいの草稿――というよりも決定稿と私は断ずる――であるが、驚くべきことに、大正九(一九二〇)年アルス刊「槐多の歌へる」も、無論、それを踏襲した現行の平成五(一九九三)年彌生書房刊の「村山槐多全集 増補版」も、これは、

 

  どうぞ裸になつて下さい

 

うつくしい□□□□

どうぞ裸になつて下さい

まる裸になつて下さい

ああ心がおどる

どんなにうつくしかろ

あなたのまる裸

とても見ずにはすまさぬ

どうぞ裸になつて下さい

 

となっている(本文二行目の「どうぞ」は「槐多の歌へる」では「どうそ」であるが、ここは誤植と断じて訂した)。「おどる」は孰れもママ。「全集」では編者注があり、伏字部分を『お珠さん』と推定復元するが、槐多がストーカーした彼女の固有名詞をここに復元出来る根拠は示されていない。ところがである! この草稿によって、

 

彌生書房版全集の伏字推定の「お珠さん」は誤りであり、「ねえさん」であったことが判明した!

 

のである!

 しかも! 七行目は、

 

飢えた性獣のような乱暴な「とても見ずにはすまさぬ」という云い方ではなくて、より自然で礼儀正しい日本語である「とても見ずにはすまされぬ」であった!

 

のである! またしても我々は、村山槐多の真の詩の響きを、実に九十九年後の今日只今(本篇は大正六(一九一七)年作)聴くことが出来たのである!

2015/12/30

深夜の耳(村山槐多自筆草稿断片より 附「深夜の耳」やぶちゃん完全復元版)

  深夜の耳(村山槐多自筆草稿断片より 附「深夜の耳」やぶちゃん完全復元版)

 

  深夜の耳

 

奇妙な金色の耳が何かしらにじっときき澄まして居る

ぴくぴくと動いて居る。深い深い夜中の闇に、

なる程ある幽かなれど滋味ある物音が傳はって來

るのだ、遠くから、まるで世の果からでも來る樣な

遙けさの、耳はしきりにそれを明にせんとしてもがく、

その物音の端で私は恐ろしい物にさぐりあてた、

そこには一人の力強い男がかよわい女の身体の上に乘り

上がって不思議にも美しい運動をやって居たのであ

る、

 

[やぶちゃん注:県立三重美術館蔵「詩『深夜の耳』」の手書き稿を視認して起こした(リンク先は同美術館公式サイトの拡大画像)。字配もそのままである。使用漢字はなるべくそのままのものを採用したが、「様」「乗」の略字などは正字化した)。なお、標題の「深夜の耳」の前行には「夜」の右手と「の」との間辺りにㇾ点のようなマーキングが二つ続いてある。

これは現行の長詩「深夜の耳の第一連目であるが、驚くべきことに、現行の平成五(一九九三)年彌生書房刊の「村山槐多全集 増補版」では、ここは、

 

奇妙な金色の耳が何かしらにじつときき澄まして居る、ぴくぴくと動いて居る。深い深い夜中の闇に、なる程ある幽かなれど滋味ある物音が傳はつて來るのだ、遠くから、まるで世の果からでも來る樣な遙(はる)けさの、耳はしきりにそれを明にせんとしてもがく、その物音の端では私は恐しい物にさぐりあてた、

そこには一人の力強い男がかよはい女□□□□□□□□□□□□不思議にも美しい□□□□□□□□のである。

 

のように伏字にされてしまっているのである!

 なお他に、

 

「その物音の端で私は」は 全集では「その物音の端では私は」

「恐ろしい物」は 全集では「恐しい物」

「かよはい女」は 全集では「かよわい女」

「運動をやって居たのである、」は 全集では「運動をやって居たのである。」

 

となっている。

さても! 我々は遂に完全なる村山槐多の「深夜の耳」に出逢うことが出来たのである!

無論、上記の異同から、これは草稿であって決定稿ではない可能性もあるが(但し、異同箇所を御覧戴ければ分かる通り、草稿の方がほぼ正しいではないか!)、少なくとも訳の分からない、読もうとする意欲を殺ぐ伏字を除去することがこれで出来る――因みに伏字のマスの数はこの草稿の同箇所と同字数なのである!!――のである!

 ここに伏字を復元した上記と全集の二連以降を恣意的にジョイントして私なりの完全版の「深夜の耳」として、以下に示すこととする(復元第一連の拗音はママとしたが、改行部を全集のそれと比較して繋げておいた。その際、「じっときき澄まして居る」の後は一マス空けた)。

 

  深夜の耳

 

奇妙な金色の耳が何かしらにじっときき澄まして居る ぴくぴくと動いて居る。深い深い夜中の闇に、なる程ある幽かなれど滋味ある物音が傳はって來るのだ、遠くから、まるで世の果からでも來る樣な遙けさの、耳はしきりにそれを明にせんとしてもがく、その物音の端で私は恐ろしい物にさぐりあてた、そこには一人の力強い男がかよわい女の身体の上に乘り上がって不思議にも美しい運動をやって居たのである、

    ×

環状の燈光はわが眼うばひ

撒いた樣に町の上に

荒木町の上に

 

三味線のひびきは耳に

辛いたばこは口に

夜の窓が私は好きだ

 

    ×

わが命は燃えさかる

靑空のかなたに延ぶ

女の股より頭に突拔く

白と赤との境に輝やく

 

ああああ狂ほしくも

幽靈の如く人魂の如し

 

また鐵工場の火花の如し

強く鋭とくあつし

 

音して燃ゆる命よ

音させて投げ

音させて物をくだかん

ダイナマイトの如きわが命

 

戀よ戀よ戀よ

酒よ酒よ酒よ

わが命を消し止めよ

苦し苦し苦し

 

    ×

どうするんだい、

どうするんだい、

 

女がどなる

金切聲でどなる

美しい男をとらへて

怒る樣に泣く樣に

 

腐つたざくろがちぎれておちた、

紫のあぶくが空に浮く

苦しい血つぽい夕ぐれだ、

 

女がどなる

金切聲でどなる

小鳥の樣な男をつかまへて

あまえる樣にいぢめる樣に

 

ああああ

聞く身の辛さよ。

 

    ×

裸の女がうんと

薄着をして神樂坂を歩く

そいつらは香水の瓶の樣に

樣々なにほひを空に殘こす

 

ああ惡鬼、雌の鬼ども

そいつらはそいつらは

眞白い顏には熱がさし

につと薄明りの中に笑ふ

 

笑つてばかり居る

それから瞳だ、ぴくぴくとしだらなく

美しくなまめかしく

氣をそそるではないか、

 

にぎやかな夜の空氣

消えては起る蓄音機のうた

藝者が紫の花をちぎりすてた

すつと女の一群が飛んだ、

 

   *

素晴らしい! 実に素晴らしい! 新しい槐多が蘇生した!

2015/08/03

雨ふり 村山槐多 (決定版) ――国立国会図書館の差替画像によってまたしても彌生書房版全集の誤りを発見――

 

  雨ふり

 

雨がふつて來てしまつた

雨がふる、空を慄はせてふつて

私の頭の毛を濡せる

草木と同じに

 

仲よく私も濡れる

草木と同じに

 

雨は愛嬌よくふつて

私の頭の毛を濡せる

 

雨よ

お前のいたづらを

私はうちへかいつて

かはいた手拭に言ひつけるよ

 

    ×

美しいおばさん

まつたく私はあなたが好きだ

頰ペたにかじりつきたい程

あなたは私のりんごだ、戀人だ、可愛ゆい人だ

あなたは貧しい

かなしさうにあなたはうなだれて居た

おばさんのかなしさうな樣子を見ると

自分は胸がふさがる

美しいおばさん

私は持つてるものを皆あげちやつた

今でも上げたいのだ

だけれど困つたことには

私は一錢もないのです

實を言へば私はまだ晩の御飯もたべない

ゆるしてお呉れよ

おばさん

おばさん

 

    ×

うつくしい無心の女

あなたは遠くにきらめく靑い星だ

とらへがたく及びがたい物だ

淸く高く聖なる物だ

そう私は思つて居る

そう信じて居る

そこで私はいつも嬉しい

あなたをそう思つて居るから

 

    ×

私は描かう

すべて悦びと歡樂とに溢れし物を

醉ひし若者等を

美しき女の群を

花咲き亂るゝ風景を

 

貧しくみにくき物に私は唾液を吐かう

ひたすらに私は追ふ

すべての甘き快き物を、

 

    ×

櫻の花が咲いた

けむりの樣な空に輝きそめた

燈のともる樣に咲いた

美しい、

 

それを見て私の心臟は音を立て始めた

時計が直つてきた樣に

私の唇に酒と戰ふ唾液が湧き出た

噴水塔に水が送られた樣だ

 

さあ遊ばう

飮まう

美しい花、お前さんと

身も世も打忘れてじやれましやう

 

お前さんが散る時

わかれのかなしみがふと來るまでは

お前さんのあるかぎりは

私たちは一滴の涙の影もあるまい

 

    ×

私は醉つた

そなたはまだか

そら一時が鳴る、あかるくうつくしくひびく

何ていゝお天氣だろう

 

お菓子の樣に硝子の樣に

甘い輝いた群集ぢやないか

窓の外をとうるのは

 

晴れた空だ

薔薇色の地面だ

酒だ、さかづきだ、瓶だ、

 

美しいそなたは

もつとおあがり

とろりと醉ふまで、

 

    ×

眞赤な幕を引くと

眞黃な小さいおどけがおどる

小さい愛らしいおどけ者がおどる

 

眞靑な空が映る

歩いて行く澤山の女の眼に

きらきらと空は輝やく

 

花が咲く、咲いてはしぼむ

 

物の響が耳よりも心につたはる

 

春のうらわかさがものみなに溢れる

うれしくてたまらないやうに

お菓子の樣なおどけがおどる

 

赤のうしろで黃の點が、

 

    ×

神の定め給へるわが一生は

刻々に盡きてゆく

死の暗のうめきはきこゆ

近きかなたに

 

盡きよ盡きよわが生の間

喜びあれなげきあれ

樂あれ苦あれ

かくして盡きよ

 

わが神に常にわれたより

その定めをまつ

常に常にわれはうなづきて

その定めを受く

 

神の定め給へるわが一生は

刻々に過ぎてゆく

われはそのうちにうなづく

死の闇の至るまで常にうなづく

 

    ×

ぶどうの房の如く

諸兄の惡はたはゝに

わが心より垂れ下る

 

神よこの憎むべきこのみを

わが心よりとりすて給へ

 

神よ

神よ

 

われは涙とゝもにいのる

心の眞底より

 

    ×

どこで生れ

いつ生れ

どうそだつたか

 

その一瞬すつかりそれを忘れる

私はまつたく忘れてしまふ

 

その時私はやつと息をつく

始めて生きる

 

忘れる事が

完全に生きる事だ

刻々の狂氣が

ほんたうだ、

 

忘れよ

生きよ

 

    ×

私は死を怖れない

私はもう死んで居るから、

私の心の底は冷めたい、固い、

眼をとぢて居る

息をしないで居る

 

一切は墓場の上の幻だ

私のやる事は

私の生は

みんなそれだ

 

私は何も怖くない

私はその底それ自身

虛無だ

 

    ×

私はなにだらう

私は空氣だ

私はどこにもある

どこへでもゆく

 

美しい女の唇にも舞つてるし

牢屋の中の殺人犯の黑い肺にもとびこむ

人を殺す爲めに動いた腕の中の血にも現はれた

天にも地にも私はある

 

私はそれ一つでそれすべてだ

私は天下御免(めん)の者だ

 

いやしくもある

貴とくもある

高くもある

低くもある

善くもある

わるくもある

 

その底で私は馬鹿だ

 

    ×

勝て、勝て、勝て

一切は善い、

一切は善い、

 

自分を尊べ

自分の行をたゝへろ

 

その美しさに

ほれぼれと

自分に見入れ、

 

それで善いのだ

それが絶對なのだ

 

    ×

火花の樣に飛んではねて生きやうと

始終思ひながら

つまらない物につまづく

そしてしおれる

 

悦びの外に何も知らずに居やうと

始終念じながら

かなしみは數々つきまとふ

 

このもどかしさに飽きた

私はさびしさに耐へず

ひとり伏して居る

 

    ×

ほんとの事はただ一つ

それは死だ

一切はその上の幻だ、花火だ、けぶりだ

 

美しい幻は見たいが

それより上に用はない

 

強い剛い立派な

黑いダイアモンドの樣な死

その行先のきまつた私

この世に何ののぞみがあらうよ

 

    ×

血が私の口から滴り

死神がくゝと笑ふ

このむごたらしい事實が

よくも起つた、

 

私まで笑つた

あまりの唐突さを

笑つてだまつた

そして泣いた

 

それから九十九里の海べへかけ出して

ぼんやり沖を見た、

 

    ×

自ら私は腕を見、足を見る

この美しい貴とき命のいとなみに見入る

赤い健康はいまその上にゆらめく

炎の樣に輝やいて居る

 

しかも私は愁ひて居る

命の力がわきにそれて

この腕この足のなえ靑ざめん時の來る事あるを知れば

 

健康は私にとつて小さい油壺持つランプのその

明るさだ、灸の色だ、

油はぢきに盡きる

油の量を私は知る

 

健康を見る事は愁ひだ

それ故私はもう思ふまい

自分の身體を見まい、

 

 

[やぶちゃん注:本詩篇は私は大正七(一九一八)年四月中旬の結核性急性肺炎の発症後に書かれた最初の詩篇と読む。まず、詩中で「春」が詠まれていること、「死」のイメージへの傾斜が今までになく極めて具体的なニュアンスを以って語られていること、がまず、そう推定する根拠である。そして「それから九十九里の海べへかけ出して/ぼんやり沖を見た、」という詩句である。確かにこの前年末から年始にかけて「モナリザ」の「をばさん」への恋情を吹っ切ろうとして彼は九十九里浜へ向かったことは先に書いたが、私はここの描写はその時の回想とはちょっと思われないのである。そして「全集」年譜によれば、彼は結核発症から四、五ヶ月後の、この年の九月に千葉九十九里浜へ転地療養しているからである。『病気あがりの槐多は九十九里の村や磯を歩き、考えた。あの弾力ある肉体は失われていた。「自殺の念も時々現れる。いけない」と日記に書いている。全集に所収の晩年の詩、死の想念とたたかう詩はこの頃書かれたものだ。九十九里は槐多にとって生と死を懸命に問う場所でもあった』とあることが、私の推定を支持して呉れるものと思う。

   §

 本詩篇の中で、次の「×」で括られた三つのパート、

   ■

    ×

ぶどうの房の如く

諸々の惡はたはゝに

わが心より垂れ下る

 

神よこの憎むべきこのみを

わが心よりとりすて給へ

 

神よ

神よ

 

われは涙とともにいのる

心の眞底より

 

    ×

どこで生れ

いつ生れ

どうそだつたか

 

その一瞬すつかりそれを忘れる

私はまつたく忘れてしまふ

 

その時私はやつと息をつく

始めて生きる

忘れる事が

完全に生きる事だ

刻々の狂氣が

ほんたうだ

 

忘れよ

生きよ

 

    ×

私は死を怖れない

私はもう死んで居るから

私の心の底は冷めたい、固い

眼をとぢて居る

息をしないで居る

 

一切は墓場の上の幻だ

私のやる事は

私の生は

みんなそれだ

 

私は何も怖くない

私はその底それ自身

虛無だ

   ■

の内で、

   ★

神よ

 

われは涙とともにいのる

心の眞底より

 

    ×

どこで生れ

いつ生れ

どうそだつたか

 

その一瞬すつかりそれを忘れる

私はまつたく忘れてしまふ

 

その時私はやつと息をつく

始めて生きる

忘れる事が

完全に生きる事だ

 

刻々の狂氣が

ほんたうだ

 

忘れよ

生きよ

 

    ×

私は死を怖れない

私はもう死んで居るから

私の心の底は冷めたい、固い

   ★

の二十八行分は、彌生書房版「増補版 村山槐多全集」の当該部を参考にしながら、恣意的に正字化し、これまでの底本の特性から推理して句点などを除去し、記号等を変更操作したものである。何故というに、底本としている国立国会図書館近代デジタルライブラリーの画像は、この相当箇所(底本の444頁と445頁)が別な画像に入れ替わってしまっているためである(国立国会図書館側の作成ミスと思われる)。その際、若干の問題を感じたのは、

   ●

その時私はやつと息をつく

始めて生きる

忘れる事が

完全に生きる事だ

 

刻々の狂氣が

ほんたうだ

 

忘れよ

生きよ

   ●

の箇所の二行の空きの部分で、彌生書房版「増補版 村山槐多全集」では、この二行の空きが、他よりも半行ほど詰っている点であった(こんな現象は同全集の組版では他に見られないと思う)。しかし、確かに意図的に間を空けているように見えることは事実である。これを無視するかどうするか悩んだのであるが、底本の『槐多の歌へる」の両開き頁をカウントしてみると、二頁の組版として二十八行で組まれていることから、この二行を詰めると、画像脱落頁が二頁で二十六行になってしまい、前後に空行も入らないことは明白であることから、敢えて以上のように表記する(二行の一行分の空行を挿入)こととした。大方の御批判を俟つものではある。なお本日只今、国立国会図書館へは正しい画像へ差替えてもらえるよう、通知しておいた。【以上は二〇一五年七月十六日記。行空き部分には短い抹消線が入っている。】

【以下、二〇一五年八月三日追記】本日、国立国会図書館が訂正画像を差し替えて呉れた。その結果、「全集」の行空けには誤りがあることが判明した。即ち、

   §

    ×

どこで生れ

いつ生れ

どうそだつたか

 

その一瞬すつかりそれを忘れる

私はまつたく忘れてしまふ

 

その時私はやつと息をつく

始めて生きる

 

忘れる事が

完全に生きる事だ

刻々の狂氣が

ほんたうだ、

 

忘れよ

生きよ

 

    ×

   §

のパートは「全集」では、

   §

    ×

どこで生れ

いつ生れ

どうそだつたか

 

その一瞬すつかりそれを忘れる

私はまつたく忘れてしまふ

 

その時私はやつと息をつく

始めて生きる

忘れる事が

完全に生きる事だ

 

刻々の狂氣が

ほんたうだ

 

忘れよ

生きよ。

 

    ×

となっている。底本行空きの部分が丁度、二段組ページの上段から下段の位置にあるので、単純に組版を誤ったものと推定出来る。加えて以前にも(抹消部)述べた通り、「完全に生きる事だ」と「刻々の狂氣が」の間には逆に極めて不自然な半行分空行がある。ますます「全集」の組版の誤りを感じさせるものである。迅速な対応を採って呉れた国立国会図書館に深く感謝するものである。これによって、またしても「全集」の誤りが明らかとなった

 

「濡せる」(二箇所)はママ。「全集」は孰れも「濡らせる」。

「私はうちへかいつて」はママ。「全集」は「かへつて」。

「かはいた」はママ。

「おばさん」は総てママ。

「そう私は思つて居る」の「そう」もママ。これ以下、三個所も同じ。

「じやれましやう」はママ。

「お天氣だろう」はママ。

「窓の外をとうるのは」はママ。

「眞黃な小さいおどけがおどる」の「おどる」はママ。これ以下、三箇所も同じ。

「ぶどう」はママ。

「諸兄の惡はたはゝに」の「たはゝ」はママ。

「私はなにだらう」はママ。

「生きやうと」はママ。

「そしてしおれる」はママ。

「悦びの外に何も知らずに居やうと」の「居やう」はママ。]

2015/07/23

三重県立美術館蔵村山槐多新発見詩篇 紫の天の戰慄

 

   紫の天の戰慄      村山 槐多

 

1雨ふれり

 雨薄くれなひにそことなくふる、癈人の血を帶びて

 薄暗きこの山麓にふれり

 ぬれて立つわが口には薄紫にいと惡しき草煙る

 不思議なる味とにほひと

 

2時にする快よき銀の音樂

 渦卷は金銀にきらめくよ情の渦卷

 わが神經の動かぬ淵に

 この渦卷にわが口に煙草は消え入る

 薄紫の物凄きひびきをつけて

 

3鋭どき山形眼を打つ

 雨はしたたる山の方

 綺羅を盡せし黒人のあやしき姿

 貴婦人の唇ちかき黒き星

 それにも似たる黒き山のあなたに

 

4惱める山の美貌に

 赤き杉の群に時に風狂ひ

 ときは木の葉は淫蕩をつくしてぞ散る

 涙浮べて物皆は戀を語れば

 わが心ふとかなしげに泣きそめつ

 

5すすり泣きしつ

 紫の天この時髙く戰慄す

 あざやかに冷冷と戰慄すなり

 冬の衣に身をかため人の働く

 水田の濁りたる水にも天は戰慄す

 

6無知なる水田はまたたきす

 ぬれて立つ哀れなるわれの上下に

 なげくとてか恐るるとてか泣くとてか

 紫の天戰慄美しく深く

 わが煙草のけむり上りゆくその天は

 

7雨ふれり

 雨薄くれなひにそことなくふり

 冷めたき足なみものみなの情の上に

 黒き山に赤き杉に水田に

 はたわが心の※(や)れたる淵の上に

[やぶちゃん字注:「※」=「疫」の「殳(るまた)」の左側に「弓」のような字が記された字体。]

 

8金銀と濃き紫との毒々しき淵の上に

 雨薄くれないひに風打ふるふ時

 天は絶えず戰慄す大きく冷めたく

 われを恐れてか わが眼と情の光とを

 美しき薄紫の煙草を

 

9恐れてか

       大正三年 一月十八日 江州にして

 

                     (落款)

 

[やぶちゃん注:県立三重美術館蔵「詩『紫の天の戦慄』1」及び「詩『紫の天の戦慄』2」の手書き稿を視認して起こした(リンク先は同美術館公式サイトのそれぞれの拡大画像)。署名もそのままである。使用漢字はなるべくそのままのものを採用した(例えば「神」は「神」ではなく、明確に「神」と書いている。「卷」か「巻」か等の迷ったものは正字を採った。向後、三重県立美術館蔵の原稿視認ではこれで行くので、以下ではこの注は略す)。

 詩のヘッド・ナンバーの「1」から「5」までが前者、「6」以降が後者(それぞれ紙色も四辺の形状も全く異なる別な紙片)に記されてある。

 書誌情報はクレジットにある通り、制作年を大正三(一九一四)年とし、材料は墨と紙とし、孰れの紙片も寸法を縦二十三・一、横三十一・七センチメートルとする。「1」の紙の色はかなり強いピンク色を呈しているのに対し、「2」はずっと赤みの落ちた代赭色である。しかし規格が全く同一のところを見ると、もとは同一の色附きのノート様のものであった可能性もある(色の有意な違いは後者が焼けて褪せたためかも知れない)。

 「2」の最後の「(落款)」とした位置には手彫り手製の、「カイタ」と中央にあるカット・ダイヤモンドのような(或いは瞑目した顏のカリカチャアのような)落款が押されてある。薄い黒い印肉を使用したものか、本文よりも落款は遙かに薄い。

 本詩篇は「9恐れてか」で途絶しているので未定稿であるが、連番の数字から纏まったものとして読むことが出来るもので、しかも驚くべきことに――恐らくアカデミックには旧知の事実であって驚いているのは気づくのが遅かった鈍愚な私だけなのであろうが――本詩篇は彌生書房版「増補版 村山槐多全集」にも載らない――ということはそれまでに公刊された村山槐多の知られた作品集にも載らない――全くの新発見の未定稿詩篇であるということである(二〇一五年七月二十三日現在、ネット検索をしても電子化された形跡はない)。一読、用いられている詩句や全体の詩想もクレジットの同時期(満十八歳)の詩篇類と非常に強い親和性を感じさせるものである(私のブログ・カテゴリ「村山槐多」の「槐多の歌える」の「千九百十四年(20)」詩篇パートに準じた吾詩篇から「赤き火事あと」までの二十六篇参照)。以下、語注を附す。

 

・「癈人」はママ。「癈」は実際に或ある字ではある。音「ハイ」で、不治の病い・痼疾・障碍者になるの意であるから、字義的には「廢人」(廃人)と同じで問題ない。

・「はたわが心の※(や)れたる淵の上に」[(「※」=「疫」の「殳」の左側に「弓」のような字が記された字体)は前で注した「癈」の(やまいだれ)の中の「發」の「癶」(はつがしら)がとれたものに酷似している。当初、私は「疫」の字の誤記かと思ったが、今はどちらかというと「癈」の字を書こうとした可能性、或いは単に「廢」と同字扱いで槐多が好んで用いた可能性の方を考えたくなっている(確かに(やまいだれ)の方がテツテ的によいと私も思う)。また、「や」というルビはこの字の右手上方に配されてあり、「や」の下に何か書こうとした可能性も否定出来ない。その場合、「癈」字の原義からは「(やつ)れたる」等は想起出来る。但し、私は初読、「疫」であろうと「癈」であろうと或いは「廢」であろうと、対象が心の「淵」であり、その形容である以上、自然に「破(や)れたる淵」と読んでいたし、今もそう読んでいる。即ち、病んだ心の「荒れ果てた淵」の意である。大方の御批判を俟つものではある。

・「江州」クレジットの大正三年一月というのは、京都府立第一中学校卒業の二ヶ月前で、この六月に彼は上京する。この卒業直前の一、二月の部分には、どの年譜にも記載がないので、彼が滋賀近江へ行ったのかどうかは確認出来ない。出来ないがしかし彼が行ったのであろう。ただ少し気になるのはロケーションが琵琶湖湖畔ではない点である。水田(因みに私は「みづた」読んでいる)の広がる田園風景であるが、その遠景にだに琵琶湖の湖水はフレーム・インしていない(ように私には見える)。私は実は滋賀県は電車で通過したことがあるだけで琵琶湖湖畔に立ったこともない。この情景からロケ地が推定出来る方は、是非、御教授願いたい。]

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