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カテゴリー「「進化論講話」丘淺次郎」の60件の記事

2018/02/22

進化論講話 丘淺次郎 第十二章 分布學上の事實(1) 序

 

    第十二章 分布學上の事實

 

Kajitutosyusitonosanpu

[果實と種子との散布]

[やぶちゃん注:この図は講談社学術文庫版ではカットされている。キャプションは右上から左下へ、

「もみぢ」・「ぬすびとはぎ」・「ほんせんくわ」

「なんてん」・「きんみづひき」・「こくさぎ」

「かたばみ」・「やぶじらみ」・「すみれ」

「あれちのぎく」・「やし」

である。以下、総て学名を示す。丸括弧内は漢字表記の一例を示す。

「もみぢ」(楓・紅葉)植物界被子植物門双子葉植物綱ムクロジ(無患子)目ムクロジ科カエデ属 Acer に属する種群の総称。多くはアジアに自生し、約百二十八種が記載されている。

「ぬすびとはぎ」(盜人萩)マメ目マメ科マメ亜科ヌスビトハギ連ヌスビトハギ亜連ヌスビトハギ属亜種ヌスビトハギ変種ヌスビトハギ Desmodium podocarpum subsp. oxyphyllum

「ほんせんくわ」(鳳仙花)フウロソウ目ツリフネソウ科ツリフネソウ属ホウセンカ Impatiens balsamina

「なんてん」(南天)キンポウゲ(金鳳花)目メギ(目木)科ナンテン亜科ナンテン属ナンテン Nandina domestica

「きんみづひき」(金水引)バラ目バラ科バラ亜科キンミズヒキ属シベリアキンミズヒキ変種キンミズヒキAgrimonia pilosa var. japonica

「こくさぎ」(小臭木)ムクロジ目ミカン科コクサギ属コクサギ Orixa japonica

「かたばみ」(方喰・酢漿草)カタバミ目カタバミ科カタバミ属Oxalis亜属 Corniculatae 節カタバミ Oxalis corniculata

「やぶじらみ」(藪虱)バラ亜綱セリ目セリ科ヤブジラミ属ヤブジラミ Torilis japonica

「すみれ」(菫)

「あれちのぎく」(荒地野菊)キク目キク科キク亜科 Astereae 連イズハハコ(伊豆母子)属アレチノギク Conyza bonariensis

・「やし」(椰子)被子植物門単子葉植物綱ヤシ目ヤシ科 Arecaceae に属する種群の総称。熱帯地方を中心に二百五十三属約三千三百三十三種がある。本邦でもシュロ(シュロ属 Trachycarpus)など六属六種が自生する.

 

 動植物各種の地理的分布を調べて見ると、生物進化の證據といふべき事實を發見することが頗る多い。先づ動植物の移動する方法を考へるに、之には自ら進んで移るのと、他物のために移されるのとの二通りがある。植物は通常固著して動かぬもの故、その移動は總べて他物によるが、種子などは種々の方法によつて隨分遠方までも達することが出來る。「たんぽぽ」の種子の風に飛ばされることは人の知る通りであるが、種子にはかやうな毛が生じたり、翅狀の附屬物が附いてあつたりして、特に風に吹き散らされるに都合の好い仕掛けの出來たものが多い。また或る種類では果實の色が美しく、味が甘いので鳥が之を食ひ、種子だけが諸方へ散るやうになつて居る。その他椰子の果實などは、海に落ちたものが潮流に隨つて非常に遠い島まで流れて行くこともある。種子の時代には活動もせぬ代りに何年も何十年も死にもせず、全く浪や風次第で何處へでも生きながら移される故、植物は自身に運動の力が無くてもその傳播することは却つて動物よりは容易で、迅速である。動物の方には通常かやうな時代がないから、運動の力はあつても種々の事情で制限せられ、何處までも行くことの出來ぬものが多い。小い蟲類は隨分遠方までも風に吹かれるもので、陸地から何百里も隔てた大洋の中央にある汽船に、蝶が澤山に飛び込んだこともあるが、稍々大きな動物になると、風に吹き飛ばされて遠方へ行く望のあるのは、鳥と蝙蝠だけに過ぎぬ。また常に陸上に生活する動物は長く水中に居れば溺死を免れぬから、到底潮流に隨つて遠方まで流されて行くことも出來ぬ。それ故、植物の傳播に最も有力な風と潮流とは稍々大きな動物に對しては全く無功である。倂し之はたゞ一般から論じただけのことで、尚詳細に調べて見ると隨分思い掛けぬやうな方法により、動物が一地方から他の地方に移ることがある。陸上の獸類が廣い海を越えて隣の島に移ることは先づ出來ぬことであるが、絶對にないとは斷言が出來ぬ。また現に熊の如き身體の重い獸類でさへ、北海道の岸から五里ほども隔つたリシリ島へ游いで渉つた所を獵師に補へられたことがある。熱帶地方の大河では、洪水の際に上流の岸が壞れ、そこに生えて居た樹木が筏の如くなつて流れ下ることが常にあるが、或る時南アメリカモンテヴィデオ市の眞中にかやうな筏に乘つて黑虎が四疋も漂着し、市中大騷ぎをしたこともあるから、獸類が之に乘つたまゝで海へ流れ出し、隣の島に著したとすれば、隨分移住の出來ぬこととも限らぬ。その他木片が海岸に流れ著くことは常のことで、千島邊では之を拾ひ集めて一年中の薪とし、尚餘る位であるが、若し斯かる木片に昆蟲の卵などが附いて居て、萬に一も尚生活力を保つて居たならば、之も打ち上げられた處で繁殖せぬとも限らぬ。特に今日では人間の交通が盛になり、荷物の運輸が夥しいから、之に紛れ込んで知らぬ間に或る地方に入り込んだ動植物も既に澤山にある。

[やぶちゃん注:「熊の如き身體の重い獸類でさへ、北海道の岸から五里ほども隔つたリシリ島へ游いで渉つた所を獵師に補へられたことがある」二〇〇九年八月、礼文島と利尻島に行った際、「利尻島郷土資料館」で、そのヒグマの剥製を見た。こちらでその「解説シート」(PDF)が読める。それによれば、渡って来たのを発見されて撲殺されたのは(リンク先にその際の写真が載る)、明治四五(一九一二)年五月二十四日のことで、の成獣で体長は二・四メートル、体重三百キログラムであったという(当時の新聞記事によれば、同年五月二十二日頃には既に渡島していたらしく、推定では利尻島の対岸天塩から島に泳ぎ渡って一度上陸、その後に再び海に入り、再び上陸しようと海岸に向かって泳いでいたところを漁師たちに発見されたものらしい)。最終捕獲地である北海道利尻郡利尻富士町鬼脇旭浜(ここ(グーグル・マップ・データ))から利尻隧道を最短で北海道内地と計測しても十九キロメートル強ある。私は剥製になった彼を見ながら、彼がどんな思いとどんな目的でこの海を渡ったのかを考え、その悲惨な最期に思いを致した時、何か、しみじみとした思いに沈まざるを得なかったのを思い出す。

モンテヴィデオ市」モンテビデオ(スペイン語: Montevideo)は南アメリカ南東部に位置するウルグアイ東方共和国(República Oriental del Uruguay)の首都。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「黑虎」発見された場所から見て、人の飼っていたものが逃げ出したものでないとするなら、哺乳綱食肉目ネコ型亜目ネコ科ネコ亜科ネコ族ピューマ属ピューマ Puma concolor の黒色個体群か。]

 

Sigikarasugai

[鴨の足に挾み著いた烏貝]

[やぶちゃん注:脚が挟みこまれたしまったもので、事実として他者から聴かれたものではあろうが、この絵を挿入する際の丘先生には、当然、かの「戦国策」の「燕策」に載る故事「漁夫の利」が念頭にあられたことは想像に難くない。これは講談社学術文庫の絵を採った。

「鴫」チドリ目チドリ亜目シギ科 Scolopacidae

「烏貝」「からすがい」であるが、これは斧足綱古異歯亜綱イシガイ目イシガイ科イケチョウ亜科カラスガイCristaria plicata 及び同属の琵琶湖固有種メンカラスガイCristaria plicata clessini (カラスガイに比して殻が薄く、殻幅が膨らむ)と、イシガイ科ドブガイ属 Sinanodonta に属する大型のヌマガイ Sinanodonta lauta(ドブガイA型)と、小型のタガイ Sinanodonta japonica(ドブガイB型)の二種を広義に指す。カラスガイとドブガイとは、その貝の蝶番(縫合部)で識別が出来る。カラスガイは左側の擬主歯がなく、右の後側歯はある(擬主歯及び後側歯は貝の縫合(蝶番)部分に見られる突起)が、ドブガイには左側の擬主歯も右の後側歯もない。私の電子テクスト寺島良安の「和漢三才圖會 卷第四十七 介貝部」 の「蚌(どぶがい)」及び「馬刀(からすがい)」の項の注で詳細に分析しているので参照されたい。]

 

 特に意外の傳播法の具はつたものは、淡水産の動物で、微細な下等動物のことは略し、稍々大きなものだけに就いていつても、その例は隨分多い。貝類の子は何にでも介殼を以て挾み著く癖のあるもので、水鳥の足・羽毛等に附著して、なかなか遠方まで行くことが常であるが、嘗て鴫の足に大きな鳥貝の挾み著いて居るのが、獵で取れたこともあるから、生長し終つたものでも往々この方法で移轉するものと見える。また魚類の卵も同じく鴨や雁の足に泥と共に附著して遠方へ行くもので、これらの水鳥の足を水で洗ひ、その水を器に入れて置くと、實に種々の動物がその中で生ずるが、之は孰れも卵・幼蟲等の形で泥の中に混じてあつたものである。また颱風の際に貝や魚が水と共に卷き上げられ、他の場所に降つて落ちることがある。著者の友人は現に斯くして降つた泥鰌を拾ひ取つた。斯くの如く種々の傳播法があつて、常に諸地方のものが相交るから、淡水産の動物はどの國のも大同小異で、同一の種類がヨーロッパにも日本にも居ることが決して珍しくない。鯉・鮒などはその例である。ダーウィンも世界週航の際、南アメリカで淡水産の微細な動物を採集して、そのイギリス産のものに餘り善く似て居るのに驚いたというて居るが、かやうな微細な種類になると、恰も植物の種子に相當する如きものが生じ、この物が風に吹かれて何處へでも達する故、世界中到る處に同種同屬のものが産する。

 斯くの如く、動物の傳播のためには種々の手段があるが、淡水産の動物を除き、陸上の鳥類・獸類だけに就いて考へて見るに、獸類が狹い海峽を游いで渡ることは往々あるが、廣い海を越えて先の島まで行くことは偶然の好機會が無ければ出來ぬこと故、實際に於ては先づないといふて宜しい。また鳥の方は獸類に比べると移轉は遙に容易であるが、同じ鳥類の中にも飛ぶ力の強いものもあり、弱いものもあり、翼の力には各種にそれぞれ制限がある故、遠く隔たつた處に移るには、風の力によらなければ、到底出來ぬものが多い。かやうに鳥獸の類では、海を越えて移ることは餘程困難で、一地方の産と他の地方の産とが混じ合ふことも隨つて甚だ少いわけ故、動物分布の有樣を調べるに當つては、先づこれらの動物から始めるのが便利である。次に述べる所も、主として鳥類・獸類の分布に關することである。

 動物の分布を論ずるに當つて豫めいうて置くべきは、土地の昇降、海陸形狀の變遷のことである。今日陸である處は決して昔から始終陸であつたとは限らず、また今日海である處も決して昔から始終海であつたとは限らぬ。桑田の變じて海となることは古人も既に注意した所で、我が國でも東海岸の方には年々新しい田地が出來るが、西海岸の方は少しづ降つて海となり、有名な安宅(あたか)の關も今では海から遠い沖の中程になつてしまつた。それ故、今日は相離れて居るが、昔陸續(りくつゞき)であつた處もあれば、もと相離れて居た處が後に連絡する處もある。今日の地質學者一般の説によれば、地殼の昇降は遲いながら曾て絶えぬが、大洋の底が現れて大陸となつたり、大陸がそのまゝ急に降つて大洋の底となる程の大變化は無かつたらしい。卽ち今日の大陸の大體の形だけは、既に餘程古い頃から定まつて、その後はたゞ地殼の昇降により、海岸線の模樣が常に變化し來つただけのやうに思はれる。之によつて考へて見ると大陸と島との間、または島と島との聞の海の深さを測つて見て、餘り深くない處は元は地續であつたものと見倣して差支なく、また、間の海が非常に深ければ之は元來全く離れて居て一度も互に連絡しなかつたものと見倣すのが至當である。たゞ表面から見ると、どこの海も單に深いと思はれるだけであるが、その深さを數字で表せば、處により實に非常な相違で、日本・支那などの間はどこでも大抵百尋[やぶちゃん注:長さの単位である「尋」(ひろ)は五尺(約一・五一五メートル、乃至、六尺(一・八一六メートル)であるが、水深に用いる場合は六尺とされるので、ここは百八十一・六メートルとなる。]位に過ぎぬが、奧州の海岸を少し東へ距つた處では、海の表面から底までの距離が二里[やぶちゃん注:七千八百五十四・五二メートル。]以上もある。尤も二里以上といふ深さの處は餘り多くはないが、凡そ大洋と名の附く處ならば、大概一里[やぶちゃん注:三千九百二十七・二六メートル。]以上の深さは確にある。二里と百尋とではその間の割合は四十倍以上に當るから、殆ど四尺と一寸程の相違であるが、大洋に比べると大陸沿岸の海の深さは實に斯くの如くで、殆ど比較にもならぬ。それ故、假に海水が二百尋も低く下つたと想像すると、日本の列島は勿論、ジャヴァスマトラボルネオ等の東印度諸島は皆アジアと陸續になつてしまひ、島として殘るのは遠く陸地を離れた、グァムサイパンマーシャル群島の如き所謂南洋の孤島ばかりである。大陸の岸に沿うた島は、かやうに考へて見ると、大陸と頗る關係の密なもので、實際種々の點から見ても、もと大陸の一部であつたものが後に離れたといふのが確なやうである。

[やぶちゃん注:「安宅(あたか)の關も今では海から遠い沖の中程になつてしまつた」現在、かの安宅の関所跡は石川県小松市安宅町の(グーグル・マップ・データ)に史跡としてあるが、丘先生の言われるように、海岸線の変動などによって、ここよりも二、三里沖の海中であったとも言われている。]

 以上はその道の專門學者の研究した結論で、今日皆人の信ずる所であるが、現在の動物分布の有樣を調べ、それをこの考に照し合せて見ると、生物進化の證據といふべき事實を、到る處に發見することが出來る。例へば生物各種は皆共同の先祖より樹枝狀に進化して分かれ降つたものとすれば、獸類も蛙類も各々その一枝をなすこと故、世界中の獸類・蛙類は各々その共同の先祖から降つたものでなければならず、而してその子孫たるものは生活の出來る處ならば、何處までも移り廣がるべきであるが、兩方とも飛ぶことも、長く泳ぐことも出來ぬもの故、海濱に達すれば、そこで移住力が止まり、最早進むことは出來ぬ。それ故、大洋の眞中にある如き、初めから大陸と全く離れて居た孤島には、到底移ることが出來ぬ理窟である。所で、實際分布の有樣は如何と調べて見ると、全くその通りで、大洋中の離れ島には、發見の當時、獸類・蛙類の居た例がない。海鳥は隨分多く居るが、その他は風で飛んで來る昆蟲の類か、然らざれば蟹・寄居蟹[やぶちゃん注:「やどかり」。]の如き海から陸上に移つたものばかりである。之は決して斯かる島は獸類・蛙類の生活に適せぬからといふ譯ではない。後に牛・山羊等を輸入した處では、孰れも盛に繁殖したのを見ると、寧ろ或る獸類の生活には最も適當な場所といはねばならぬ。斯く適當であるに拘らず、實際全く獸類を産せぬといふことは、進化論から見れば必然のことであるが、天地開闢の際に適當の場所に各々適當の動物が造られたといふ説とは全然矛盾する事實である。

2018/02/21

進化論講話 丘淺次郎 第十一章 分類學上の事實(5) 四 所謂自然分類 / 第十一章 分類學上の事實~了

 

     四 所謂自然分類

 

 動植物の種屬を分類するには、如何なる標準によつても出來ることで、恰も書物を分類するに、出版の年月によつても、版の大きさによつても、國語分けにも、著者の姓名のいろは分けにも出來る如く、雄蘂の數・雌蘂の數・葉の形または外形・住處、運動法等の孰れを取つても出來ぬことはないが、斯くして造つた分類表は、所謂人爲分類で、檢索に多少の使があるだけで、單に目錄としての外には何の意味もない。之に反して、當今、分類學を研究する人の理想とする所は、所謂自然分類で、完成した曉には各種屬の系圖を一目瞭然たらしめる積りの分類法である。今日の所では生物學者であつて生物進化の事實を認めぬ人は人もないから、分類に從事する人も單に種類の數を多く列擧するばかりでは滿足せず、その進化し來つた路筋に就いて白分の推察する所を述べ、之によつて種屬を組に分ち、同じ枝より起つたものは同じ組に入れ、別の枝より生じたものは別の組に離して、恰も樹の枝を起源によつて分類するのと同樣な心持ちで分類して居るが、之が卽ち所謂自然分類である。素より孰れの方面でもまだ研究の最中故、詳網の所まで少しも動かぬやうな自然分類は到底出來ぬが、大體の形だけは略々定まつたものと見て宜しい。當今の動物學書・植物學書の中に用ゐてある分類は、各々その著者の想像した自然分類で、彼此相比[やぶちゃん注:「かれこれあひくら(かれこれあいくら)」。]べて見ると尚隨分著しく相違した處もあるが、生物全體を一大樹木の形に見倣して分類してあることは、皆一樣である。之だけは最早動かぬ所であらう。また脊椎動物・節足動物・軟體動物等を各々太い枝と見倣すことも皆一致して居るが、之も先づ動くことはない。今より後の研究によつて確定すべきは、之より以下の點のみである。

 この自然分類といふものは生物進化の事實を認めて後に、初めて意味を有するもの故、之を以て直に生物進化の證據とすることは出來ぬが、今日までの分類法の進步を調べると、進化論を認めると認めないとに拘らず、一步づゝ理想的自然分類に近づき來つたことが明である。初は單に外形によつて分類して居たが、解剖學上の知識が進んで來ると、内部の構造を度外視するのは無理であるといふ考が起り、之に基づいて分類法を改め、次に發生學上の知識が進めば、また發生學上の事實を無視した分類は眞の分類でないといふ考が生じ、更に之に隨つて分類法を改め、漸々進んでいつとなく今日の自然分類になつたので、生物進化論が出てから、急に分類法を一變して組み改めた譯ではない。今日では分類を試みるに當つて、初めから進化の考を持つてかゝるが、所謂自然分類の大體は進化論の出る前から既に出來て居て、單に最も適當な分類法として用ゐられて居た、その所へ進化論が出て、それに深遠な意味のあることが初めて解つたといふだけである。

 自然分類その物だけでは、生物進化の證據といへぬかも知れぬが、進化論に關係なく、たゞ一般の生物學知識の進步の結果として出來た分類が、進化論を基礎とした理想上の分類と丁度一致したことは、やはり進化論の正しい證據と見倣さなければならぬ。

 

進化論講話 丘淺次郎 第十一章 分類學上の事實(4) 三 所屬不明の動植物

 

     三 所屬不明の動植物

 

 現今生存して居る動植物の種類は實に何十萬といふ程であるが、この中から最も相似たものを集めて、各一屬に組み合せ、屬を集めて科を作り、科を集めて目を造ろうと試みると、實際孰れの方へ編入して宜しいやら判斷の出來ぬやうな屬・科・目等が幾らもあることを發見する。それ故、全動植物を二大分類系統の中に奇麗に組み込んでしまはうとすれば、その際所屬の解らぬ屬・科等が幾つか剩つて[やぶちゃん注:「あまつて(あまって)」。余って。]大いに困ることが屢々ある。かやうなものは據なく[やぶちゃん注:「よんどころなく」。]孰れかの綱・目に附屬として添へて置く位より致し方もないから、今日の動物學書・植物學書を開いて見ると、その類の部には必ず若干の所屬不明の動植物の例が擧げてあるが、その各々を何類の附屬として取扱うかは、全くその著者の鑑定のみによることで、その見る所が各々違ふ、結果同一の動植物が甲の書物と乙の書物とでは、分類上、隨分相隔たつた處に編入してあることが往々ある。現今の多數の動植物學者の著書を比べて見るに、分類の大體は既に略々一定した有樣で、脊椎動物・節足動物・軟體動物といふやうな明な門或はその中の明な各綱等に就いては、最早何の議論もないやうであるが、こゝに述べた如きものになると、その分類上の位置に關する學者の考がまだ樣々で、少しも確なことは知れぬ。

 

Kagimusi

[かぎむし]

 

Hoya

Hoyakoudansyagakujyu

[海鞘]

[やぶちゃん注:前者は底本の国立国会図書館デジタルコレクションの画像を補正して用いた。後者はその国立国会図書館デジタルコレクションの画像と講談社学術文庫版の両方を並べた。底本が写真で、後者が絵で、異なるからでもあるが、実は私はホヤを激しく偏愛しているからというのが正直な理由である。例外的に「カギムシ」も「ホヤ」も種明かしは段落後の注に回そう。その方が面白いからね。]

 

 かやうな動植物の例は今日相當に多く知れてあるが、その大部分は人間の日常の生活には何の關係もない類故、普通の人は氣が附かぬ。一二の例を擧げて見ると、我が國の海岸の泥の中などに澤山に産する「いむし」と稱するものなどもやはりこの仲間で、何の類に入れて宜しいか善くは解らぬ。この蟲は、鯛を釣るための餌として漁夫の常に用ゐるものであるが、恰も甘薯[やぶちゃん注:サツマイモ。]のやうな形で、表面にも内部にも少しも節はないから、通常、蚯蚓・「ごかい」などの類に附屬させてはあるが、この類の特徴ともいふベき點は全く訣けて居る。また西印度・アフリカニュージーランドなどに産する「かぎむし」といふものは、恰も蜈蚣(むかで)と「ごかい」との間の如き蟲で、一對の觸角を有し、陸上に住して空氣を呼吸する點は、蜈蚣と少しも違はぬが、足に節のないこと、その他内部の構造などを考へると、寧ろ「ごかい」の方に近いかと思はれる位で、いづれに組み入れて宜しいか全く曖昧である。またこゝに圖を擧げた海鞘(ほや)の如きも、單に發生の途中に一度脊椎動物らしい形態を具へた時期があるといふだけで、その生長し終つた後の姿は少しも脊椎動物に似た處はない。それ故その分類上の位置に就いては種々の議論があつて、なかなか確定したものと見倣す譯には行かぬ。

[やぶちゃん注:ここと次の段落は私にとっては恍惚となるほど嬉しい箇所である。私の偏愛する海産生物が立て続けに登場するからである。

「いむし」現行の正式和名は「ユムシ」で、ここは諸叙述から、動物界 Animalia 冠輪動物上門 Lophotrochozoa ユムシ動物門 Echiura のユムシ目 Xenopneusta ユムシ科 Urechidae ユムシ属 Urechis ユムシUrechis unicinctus に同定してよい。漢字では「螠虫」で「ゆむし」と表記する。ここでは主に小学館の「日本大百科全書」から引こう。環形動物門ユムシ綱Echiuroideaに属する海産動物の総称(ユムシ類は世界で約百五十種ほど)、又はその中の上記した一種を指す。ユムシ類は総てが海産で、泥の中に掘ったU字形の穴や岩の隙間などに棲む。体は円筒状又は卵状を成し、吻部と胴部とに分かれる。体の表面には多くの小さな疣(いぼ)状の突起があるが、環節や疣足・触手も持たない。口のやや後方の腹側に、一対の腹剛毛があり、さらに肛門の周りに一つか二つの環列を成した尾剛毛を有する。頭部の先端には箆(へら)状の吻があるが、これは体内に引き込むことは出来ない。吻が長いものではキタユムシ目Echiuroineaキタユムシ科Echiuridae イケダ属 Ikeda サナダユムシIkeda taenioidesのように、体長四十センチメートルに対して、吻の長さが一・五メートルにも及ぶものもいる。多くの種では吻の表面に繊毛が密生しており、海水や微小な餌が繊毛溝を伝わって口へ運ばれるようになっている。消化管は長く、螺旋状に巻いており、体の末端にある肛門に続く。排出器は一~四対であるが、例外的に上記のサナダユムシには二百~四百対もある。雌雄異体で、卵は海中に放出され、ばらばらに海底に沈んで受精される。幼生は軟体動物門の貝類に特徴的なトロコフォラ型である、浮遊生活をした後に変態して成体となる。また、キタユムシ目ボネリムシ科Bonellidae ボネリアBonellia を代表とするボネリムシの類は、著しい性的二型を示すことで知られ、は非常に小さく、の咽頭或いは腎管中に寄生しており、は幼生の状態のままにとどまって、精巣だけが発達している幼体成熟(ネオテニー:neoteny)の最たるものである。ユムシ類は環形動物の多毛綱 Polychaeta・貧毛綱 Oligochaeta・ヒル綱 Hirudinoideaなどとは体制が非常に異なっていることから、分類学上、独立した一つの門 Echiura とする学者もいるが、ユムシの発生の途中で体節構造がみられることから、環形動物門 Annelida に含める学者も多い。私も現時点では前者を支持する。但し、近年の分子生物学的研究では完全に環形動物門多毛類に属しているとする主張もあるという。一方、種としてのユムシUrechis unicinctusは、体長十~三十センチメートルで、吻は短い円錐状を成し、体表は赤みを帯びた乳白色で、多くの皮膚乳頭を有する。口のすぐ後方に一対の腹剛毛があり、肛門の周囲にも九本から十三本の尾剛毛が一環列に並んでいる。北海道から九州までの沿岸の砂泥中にU字状の穴を掘ってすみ、穴の両端は低い襟状に隆起している。非常に古くから、タイ・カレイ・クロダイなどの釣り餌として用られている。最後はウィキの「ユムシ動物」も参考にして述べよう。そうした有用魚の餌としての利用の古さから地方名が多く、「アカナマコ」・「カキムシ」・「ユ」・「ムジ」・「コウジ」・「ルッツ」(北海道)・「イイ」(和歌山)・「イイマラ」(九州)などとも呼ばれる。この「マラ」は形状が男根に酷似することに由来すると考えてよいであろう。丘先生の「いむし」も単に「ゆむし」の訛りともとれるが、最後の二つの異称などとの親和性もある。「イイ」「イイマラ」は私は矢張り、男根を意味する「㔟(セイ)」の「イ」ではないかと推理している。『体部は細長い円筒形で、前端に吻をもち、その吻の付け根に口がある。付属肢も疣足もないが、わずかに剛毛がある』。『干潟などの浅い海域の砂地に棲息し、縦穴を掘ってその中に生息し、干潮時には巣穴に隠れる』。『韓国では、砂地の海底で鈎状の漁具を曳いて採り、「ケブル(개불)」と称して沿岸地域で刺身のように生食したり、串焼き、ホイル焼きなどにされ、割と一般的に食される。中国の大連市や青島市などでは「ハイチャン(海腸、拼音: hǎicháng)」と称して、ニラなどと共に炒め物にしたり、茹でて和え物にして食べる。日本でも北海道の一部などで、刺身、酢味噌和え、煮物、干物など食用にされるが、いわゆる珍味の一種であり、一般的な食材ではない』。『グリシンやアラニンなどのアミノ酸を多く含むため、甘味があり、コリコリした食感で、ミル貝に似た味がする』。『クロダイやマダイ釣りの釣り餌としても使われる』。私はさる本邦の店で特に予約注文をして取り寄せて貰い、刺身を食してみたが、まことに美味であった。すこぶる附きでお薦めの食材である。また、二十数年前、金沢八景の海の海岸で潮干狩りをした際、岸から程遠からぬ場所で数十センチメートルの本種を巣ごと現認、何か、とても嬉しかったことを覚えている。以下に、廣川書店平成六(一九九四)年刊の永井彰監訳 Thomas M.Niesen“The MARINE BIOLOGY COLORING BOOK”「カラースケッチ 海洋生物学」の「海産環形動物 ユムシ類」のレジュメと私が彩色した図を掲げる。こんなカラーリングを三十七歳の高校国語教師が嬉々としてやっていたさまを想像して見るがいい。私が如何にとんでもない海産無脊椎動物フリークであったかがお分かり戴けるであろう。

 

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「かぎむし」現在は独立した動物界 Animalia真正後生動物亜界 Eumetazoa脱皮動物上門 Ecdysozoa有爪(ゆうそう)動物門 Onychophora に、彼らだけで同門にカギムシ綱 Onychophoridaカギムシ目 Euonychophora として単独で配されている(ペリパツス科 Peripatidae・ペリパトプシス科 Peripatopsidae の二科)を作っている。ウィキの「有爪動物」によれば、『森の落ち葉の下などに棲んでいるカギムシ類のみが知られ』、『細長くて柔らかい動物である。全身は赤褐色、黒、緑など様々だが、黒紫色のものが多いらしい。発見当初はナメクジの』一『種として記載された』。『体は細長く、やや腹背に扁平、背面は盛り上がり、腹面は平らになっている。全身がビロード状の柔らかい皮膚に覆われる。頭部には』一『対の触角があり、その基部には眼がある。頭部の下面には口があって、その側面に』一『対の付属肢がある』。『頭部以降の胴体には、対を成す付属肢が並ぶ。付属肢は円錐形に突出し、先端には鈎爪がある。腹部末端に肛門がある。生殖孔は最後の附属肢の間の腹面中央か、もう一つ前の附属肢の間に開く』。『呼吸は気管によって行われる。体表のあちこちに気門が開き、その内部にはフラスコ型の気管嚢がある。気管はここから』二~三『本が体の内部へと伸び、それらは互いに癒合することがない』。『雌雄異体で、体内受精によって生殖する。雄は精包を雌の体表に貼り付け、精子はその皮膚を貫いて雌の体に侵入し、卵を受精させる。卵を産み出す場合と、体内で孵化するものがある。また、一部の種では胎盤が形成される胎生を行う』。『熱帯多雨林の地表や朽ち木の中などに生息する。肉食性で、小型の昆虫等を捕食する。餌をとるときは口のそばにある粘液腺から白い糸のように見える粘液を噴出し、これを獲物に引っかけて動けなくする。場合によっては』三十センチメートル『ほども飛ぶ。この粘液は防御のためにも使われる』。『触角や付属肢の配置等は節足動物のそれにほぼ一致する。体内の構造にも腎管の配置などに体節制を感じさせるものがある。しかし、見掛け上も内部構造にも体節が存在せず、付属肢も関節が無い。節足動物に似た点が多いもののこのような点で異なることから、緩歩動物、舌形動物(五口動物)と併せて』、『側節足動物という群にまとめられることもある』。『環形動物の多毛類に似ている点として、付属肢が疣足状であること、平滑筋であること、生殖輸管や腎管に繊毛があることなどが挙げられる。かつては節足動物が環形動物から進化したと考えられたため、この両者をつなぐ位置にあるものと考えられたこともある』。『バージェス動物群の一つであるハルキゲニア(Hallucigenia)やアイシュアイア(Aysheaia)は、この有爪動物門に属するものと考えられ』てい『る。バージェス頁岩だけでなく、中国などのカンブリア紀の地層からも類似の動物化石が見つかっている。節足動物と類縁の原始的な動物門と考えられている』但し、『ハルキゲニアやアイシュアイアは海に生息していたが、現生種では海中に生息しているものは』一『種も存在しない』とある。ここに出るカギムシの捕食行動は多くの動画で見ることが出来る。私が昔見たのは、“Bizarre Slime Cannon Attack | World's Deadliest”でその技に大いに感動した。但し、ワーム(蠕虫)系が苦手な方は見ない方がよかろうとは思う。

「海鞘(ほや)」ここに掲げられた個体は、写真も図も孰れも、動物界 Animalia脊索動物門 Chordata尾索動物亜門 Urochordataホヤ綱 Ascidiaceaマボヤ目 Pleurogona マボヤ亜目 Stolidobranchiaマボヤ科 Pyuridae マボヤ属 Halocynthia マボヤ Halocynthia roretzi である。あげな、不可思議な形をしよるに、我々、人間に近い生物なんやで! 要するに、微小な幼生期(オタマジャクシ型を成す)に我々の脊髄の元となるものと同じ脊索が形成されるんやで! 私が本種及び海鞘類について語り出すと、徹夜になるから、これはこれ、自粛致すこととしよう。そこで例えば、以下の私の記載を読まれんことをお薦めする。しかし、それらの私の注に目を通すだけでも、夜が明けてしまうかも知れぬ。

海産生物古記録集2 「筠庭雑録」に表われたるホヤの記載

海産生物古記録集4 後藤梨春「随観写真」に表われたるボウズボヤ及びホヤ類の記載

海産生物古記録集5 広瀬旭荘「九桂草堂随筆」に表われたるホヤの記載

大和本草卷之十四 水蟲 蟲之上 ホヤ

『博物学古記録翻刻訳注 13 「本朝食鑑 第十二巻」に現われたる老海鼠(ほや)の記載』

毛利梅園「梅園介譜」 老海鼠このマボヤの絵は絶品!

『武蔵石寿「目八譜」の「東開婦人ホヤ粘着ノモノ」』これには実は私は副題で「真正の学術画像が頗るポルノグラフィとなる語(こと)」というのを添えてある。しかし私は非常に美しいと思っている

『神田玄泉「日東魚譜」老金鼠(ホヤ)』

最後の三つの絵だけを見るのも一興であろう。]

Gibosimusi

[ぎぼしむし]

[立体感があるので、底本の国立国会図書館デジタルコレクションの図を採用した。]

 その他海岸の砂の中に住む「ぎぼしむし」といふものがあるが、この蟲は恰も紐の如き形で、長さが一尺から三尺位までもあり、極めて柔で切れ易く、殆ど完全には捕れぬ程で外形からいへば、少しも脊椎動物と似た點はないが、これを解剖してその食道・呼吸器等の構造を調べて見ると、多少魚類などに固有な點を見出すことが出來る。食道から體外へ鯉孔が開いて、こゝで呼吸の作用を營む動物は、魚類の外には先づ皆無といふべき有樣であるが、この「ぎぼしむし」は食道が多數の鰓孔で直に、體外に開いて居る外に、詳しく比較解剖して見ると、なお脊椎勤物に似た一二の性質があるから、現今ではこれをも脊椎動物に近いものと見倣す人が甚だ多い。倂し、この動物と普通の脊椎動物との間の相違は如何にも甚だしいから、これを以て脊椎動物に最も近いと見倣す考が正しいか否かは、まだ容易に判斷することは出來ぬ。

[やぶちゃん注:「ぎぼしむし」新字で漢字表記するなら、「擬宝珠虫」である。あの橋などの欄干の飾りの「擬宝珠」(ぎぼし・ぎぼうしゅ)である。動物界 Animalia半索動物門 Hemichordata腸鰓(ギボシムシ)綱Enteropneusta に属する純海産の動物群の総称。ギボシムシを知っている方は殆どおられぬであろうから(ウィキにさえ「ギボシムシ」の項はない)、ここに主に保育社平成七(一九九五)年刊「原色検索日本海岸動物図鑑[]」の西川輝昭先生の記載から生物学的な現在の知見を詳述する。

  半索動物門の現生種にはもう一つ、翼鰓(フサカツギ)綱Pterobranceiaがあるが、そこに共通する現生半索動物門と二綱の特徴は以下の通り(西川氏の記載に基づき、一部を省略・簡約し、他資料を追加した)。

体制は基本的に左右相称。前体(protosome)・中体(mesosome)・後体(metasome)という前後に連続する三部分から成り、それぞれに前体腔(一個)・中体腔(一対)・後体腔(一対)を含む。これらは異体腔であるが、個体発生が進むと体腔上皮細胞が筋肉や結合組織に分化して腔所を満たすことが多い。前体腔及び中体腔は小孔によってそれぞれ外界と連絡する。

後体の前端部(咽頭)側壁に、外界に開き繊毛を備えた鰓裂(gill slit)を持つ。鰓裂を持つのは動物界にあって半索動物と脊索動物だけであり、両者の類縁関係が推定される[やぶちゃん注:下線やぶちゃんウィキの「半索動物」によれば現在、18SrDNAを用いた解析結果などによると、ギボシムシ様の自由生活性動物が脊索動物との共通祖先であることを支持する結果が得られている。この蚯蚓の化け物のようにしか見えない奇体な生物は、正しく我々ヒトの祖先と繋がっているということなのである。]。

口盲管(buccal diverticulum)を持つ。これは消化管の前端背正中部の壁が体内深く、円柱状に陥入したもので,ギボシムシ類では前体内にある。口盲管はかつて脊索動物の脊索と相同とされ、そのため半「索」動物の名を得た。現在ではこの相同性は一般に否定されているが(ウィキの「半索動物」によれば、例えば脊索形成時に発現するBra遺伝子が口盲管の形成時には認められないなどが挙げられるという)、異論もある。

神経細胞や神経繊維は表皮層及び消化管上皮層の基部にあり、繊維層は部分的に索状に肥厚する。中体の背正中部に襟神経索(collar nerve cord)と呼ばれる部分があるが、神経中枢として機能するかどうかは未解明である。

開放血管系を持ち、血液は無色、口盲管に付随した心胞(heart vesicle)という閉じた袋の働きで循環する。

排出は前体の体腔上皮が変形した脈球(glomerulus)と呼ばれる器官で行なわれ、老廃物は前体腔を経て外界に排出される。

消化管は完全で、口と肛門を持つ。

一般に雌雄異体。生殖腺は後体にあり、体表皮の基底膜と後体腔上皮とによって表面を覆われている。外界とは体表に開いた小孔でのみ連絡する。但し、無性生殖や再生も稀ではない。

体表は繊毛に覆われ、粘液で常に潤っている。石灰質の骨格を全く欠き、体は千切れ易い。

 腸鰓(ギボシムシ)綱 Enteropneusta は、触手腕を持たず、消化管が直走する点で、中体部に一対以上の触手腕を持ち、U字型消化管を持つ翼鰓(フサカツギ)綱Pterobranceiaと区別される。

以下、西川先生の「ギボシムシ綱 ENTEROPNEUSTA」の記載に基づく(アラビア数字や句読点、表現の一部を本テクストに合わせて変更させて戴き、各部の解説を読み易くするために適宜改行、他資料を追加した)。

  細長いながむし状で動きは鈍く、砂泥底に潜んで自由生活し、群体をつくることはない。全長数センチメートル程度の小型種から二メートルを超すものまである。

 前体に相当する吻(proboscis)は、外形がドングリや擬宝珠に似ており、これが本動物群の英俗称“acorn worm”[やぶちゃん注:“acorn”は「ドングリ」。]や「ギボシムシ」の名の由来である。吻は活発に形を変え、砂中での移動や穴堀りそして摂餌に用いられる。

 中体である襟(collar)は短い円筒形で、その内壁背部に吻の基部(吻柄)が吻骨格(proboscis skeleton:但し、これは基底膜の肥厚に過ぎず、石灰化した「骨格」とは異なる)に補強されて結合する。吻の腹面と襟との隙間に口が開く。
 後体は体幹あるいは軀幹(trunk)と呼ばれ、体長の大部分を占めるが、その中央を広いトンネル状に貫いて消化管が通る。途中で肝盲嚢突起(hepatic saccules)を背方に突出させる種もある。

 生殖腺は体幹の前半部に集中し、ここを生殖域と呼ぶが、この部分が側方に多少とも張り出す場合にはこれを生殖隆起、それが薄く広がる場合にはこれを生殖翼と、それぞれ呼称する。

 彼等は砂泥を食べ、その中に含まれる有機物を摂取するほか、海水中に浮遊する有機物細片を吻の表面に密生する繊毛と粘液のはたらきにより集め、消化管に導く。この時、鰓裂にある繊毛が引き起こす水流も役立つ。消化し残した大量の砂泥を紐状に排出し、糞塊に積みあげる種も少なくない。

 鰓裂は水の排出経路としてはたらくだけでなく、その周囲に分布する血管を通じてガス交換にも役立つ。鰓裂は背部の開いたU字形で、基底膜が肥厚した支持構造を持つ点、ナメクジウオ類の持つ鰓列と似る[やぶちゃん注:「ナメクジウオ類」は、やはり我々脊椎動物のルーツに近いとされる「生きた化石」の、脊索動物門頭索動物亜門ナメクジウオ綱ナメクジウオ目ナメクジウオ科ナメタジウオ Branchiostoma belcheri とその仲間を指す。]。鰓列は種によって異なるが(十二から七百対)、鰓裂のそれぞれは鰓室という小室を経て触孔(gill pore)と呼ぶ小孔で外界と連絡する。各鰓裂に、微小な鰓裂架橋(synapticula)がいくつか備わることもある。

 本種の際立った特徴である、虫体が発するヨードホルム臭と形容される独特の強いにおいは、ハロゲン化フェノール類やハロゲン化インドール類によるものである。

 また、過酸化型のルシフェリンルシフェラーゼ反応による発光がみられる種もある。

 雌雄異体で体外受精する。トルナリア(tornaria)と呼ばれる浮遊幼生の時期(最長九ヶ月を超す)を経た後、適当な砂泥底に降りて変態する種のほか、こうした時期を経ず直接発生する種も知られている。後者では、一時的に肛門の後ろに尾のような付属部(肛後尾 postanal tail)が現れ、その系統学的意味づけが議論を呼んでいる。有性生殖のほか、一部の種では再生や,体幹の特定の部分から小芽体が切り離される方式による無性生殖も知られている。

 体腔形成の様式はまだよくわかっていない。[やぶちゃん注:中略。]

 潮間帯から深海にいたる全世界の海域よりこれまでに七十種以上が知られ,四科十三属に分類される(目レベルの分類は提唱されていない)。わが国からは三科四属にわたる七種が記録されているが、調査はまだきわめて不十分であり、将来かなりの数の日本新記録の属・種が報告されることは確実である。[やぶちゃん注:二〇〇八年の“An overview of taxonomical study of enteropneusts in Japan. Taxa 25: 29-36.”によると全十六種を数える。]

 以下、本邦四科を示す。

  ハネナシギボシムシ科 Spengeliidae

 ギボシムシ科 Ptychoderidae

 ハリマニア科 Harrimaniidae

 オウカンギボシムシ科 Saxipendiidae

 以上、「原色検索日本海岸動物図鑑[]」の西川輝昭先生の記載に基づく引用を終わる。実は以上は既に私が六年前、「生物學講話 丘淺次郎 六 泥土を嚥むもの~(1)」で注したものを援用したものである。そこで私は以下のように擱筆した。その思いは今も変わらぬので、そのまま引いておく。『刊行されてすぐに購入したこの二冊で五万円した図鑑を、今日、初めて有益に使用出来た気がした。本書をテクスト化しなければ、私はこの、素人では持て余してしまう』、『とんでもない図鑑を使う機会もなかったに違いない。再度、丘先生と西川先生に謝意を表するものである』。]

 海鞘・「ぎぼしむし」などには實際少しも脊椎といふものがないから、これらまでを脊椎動物に合して、之を總括した門を置くとすれば、之を脊椎動物と名づける譯には行かぬ。それ故、別に脊索動物門といふ名稱を造り、脊索動物門を分ちて幾つかの亞門とし、第一の亞門には海鞘類、

點が發見になると、之をもその部類に附け添えるが適當であるとの考が起るが、さて之を加へ込むと、その第二亞門には「ぎぼしむし」を當て嵌め、第三の亞門を脊椎動物と名づけて、更に之を哺乳類・鳥類云々と分けるやうにして居る人が今日ではなかなか多いが、斯くすれば分類の階段がこゝにも一つ增す。前の節にも述べた通り、研究の進むに隨つて分類の階段を漸々增さざるを得ぬに至る理由は多くはこの通りで、所屬の明でない動物の解剖・發生等を取調べた結果、從來確定して居る或る動物の部類に多少似た點が發見されると、之をもその部類に附け添へるが適當であるとの考が起るが、さて之を加へ込むと、その部類の範圍が廣くなる故、先づ之を大別してかからなければならず、終に新な階段を設ける必要が生ずるのである。また植物の方でも、從來顯花植物と隱花植物とは、その區別が割合に判然で、種子を生ずるのは顯花植物のみである如くに思はれて居たが、近來の化石植物研究の結果によると、古代の外形が羊齒類に極めてよく似ている或る種の大木は、確に種子を生じたものであることが明に知れた。今日ではこれらの化石植物を「羊齒種子植物」と名づけて居る。

[やぶちゃん注:植物界 Plantae シダ種子植物門 Pteridospermatophyta シダ種子植物綱 Pteridospermopsida。丘先生の言うように現生種はなく、化石種(絶滅種)のみからなる。ウィキの「シダ種子類」によれば、約二億五千万年前の『デボン紀後期から栄え、白亜紀に絶滅した。典型的なものでは』、『現生のシダに似た葉(栄養葉と胞子葉が分化していない)に種子がついているが、その他に形態的には異なるが関連すると考えられる多数の種類を含む』。『胞子は雌雄の区別(大胞子と小胞子)があり、大胞子は葉上で発生して胚珠を形成し、ここに小胞子が付いて発生し受精が行われたと思われる。より進化したとされるものでは栄養葉と胞子葉が分化している』。『系統関係は明らかでなく、現生裸子植物の祖先もしくは近縁と考えられるものや、被子植物の祖先に近いともいわれるものを含み、原始的な種子植物からなる側系統群と見られている』とある。私は化石種の場合、琥珀に丸ごと閉じ込められたものや、完全冷凍になった遺体といった特殊なケースを除いて、概ね、旧態然とした形態比較からしか分類が出来ないことから、現行の最新の分類学と同等に扱うことは出来ないと考えているので、ここでは綱以下の学名を示さないこととする。]

 

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[羊齒植物(復元圖)]

[やぶちゃん注:講談社学術文庫の図を採った。]

 

 分類といふことは、元來人間が勝手に行ふことであるから、個體を集めて之を種に分ちとき、種を集めて之を屬に分つとき、屬を集めて之を科に分つときなどに、若干の曖昧なものが後に剩つたからというて、之を以て直に生物進化の證據と見倣すベからざるは勿論であるが、斯かる所屬不明の動植物が皆他の大きな綱目等の特徴を一部分だけ具へ、中には二個以上の大きな綱目の特徴を一部分づゝ兼ね具へて、恰も二個以上の綱目を繋ぎ合せる如き性質を帶びて居るものがあるのは如何なることを意味するものであらうか。例へば動物を脊椎動物と無脊椎動物とに分けようとすれば、海鞘・「ぎぼしむし」の如き脊椎動物の特徴の一小部分だけを具へたものがその間にあつて、孰れにも明には屬せず、分類の標準の定め方次第にて、或は脊椎動物の方へも或は無脊椎動物の方へも入れられるといふことは、何を意味するものであらうかと考へるに、生物各種を全く互に關係のないものとすれば素より何の意味もないが、生物は總べて同一の先祖から分かれ降つたとすれば、斯かる曖昧な種類は、二個以上の綱目の共同の先祖の有して居た性質をそのままに承け繼いで降つた子孫、或は一綱・一目の進化の初期の性質をそのままに承け繼いで來つたものと見倣して、その存在する理由を多少理會することが出來る。一々例を擧げて説明すれば、こゝに述べたことを尚明に示すことは出來るが、所屬不明の動物の最も面白い例は多くは海産・淡水産等の下等動物で、顯微鏡で見なければ解らぬやうな類もあり、普通に人の見慣れた動物とは餘程違ふものが多い故、こゝには略して置くこととした。

 

進化論講話 丘淺次郎 第十一章 分類學上の事實(3) 二 幾段にも分類を要すること

 

     二 幾段にも分類を要すること

 

 分類の單位なる種の定義を確に定めることは、なかなか容易でなく、場合によつては到底出來ぬこともあるが、實際分類するに當つては、兎に角、種といふものを定めて之を出發點とし、更に屬に組み、科に合せて、系統に造つて居る。而してその系統といふものを見れば、孰れも大群の内に小群を設け、小群を更に小な群に分ち、每段斯くの如くにして數段の階級を造り、最下級の群の中に各種類を編入してあるが、追々研究が進み、分類が細かになつた結果、門・綱・目・科・屬・種等の階級だけでは到底間に合はなくなり、今日の所では門の次に亞門を設け、綱の次に亞綱を置き、亞目・亞科・亞屬・亞種等の階段までも用ゐ、尚足らぬ故、更に區とか、部とか、組とか、隊とか名づける新しい階段までを造つて、十數段にも分類してある。似たものは相近づけ、異なつたものは相遠ざけるといふ主義に從うて、澤山の種類を分類すれば、その結果として組の中にまた組を設け、終に斯く多數の階段を造らなければならぬに至ることは、抑々如何なる理由によるものかと考へて見るに、之は生物種屬不變の説と敢へて雨立の出來ぬといふ譯ではないが、生物各種を初めから全く互に無關係のものとすれば、たゞ何の意味もないことになる。然るに、生物各種は皆共同の先祖から樹枝狀に分かれて進化し降つたものと見倣せば、分類の結果の斯くなるのは必然のことで、理窟から考へた結論と、實物を調査した結果とが、全然一致したことに當る故、理窟の正しい證據ともなり、また之によつて分類といふことに尚一層深い意味のあることが解る。

[やぶちゃん注:現行の旧来の階級分類でも「」((界の下層階でウイルスのみに使用。英語はgroup/一部の細菌で門の下層階に使用。英語はsection))、及び綱の下層で「」、その下で「」(これは魚類分類ではよく見かける)、科の下で「」(植物では「」)、植物のみで「連」の下に「」を、そのさらに下に同じく植物のみで「」や「」をよく見かける。また、他に「」(超科は貝類分類ではしばしば見かける)「」(後掲するカンガルを見よ)・「」や「」(上(下)目や上科は一般的)の他、魚類の「上目」と「目」の間の「」(近年(と言ってもこの魚類の「系」自体の初提唱は一九六六年)の魚類分類で、棘鰭上目 Acanthopterygii とスズキ目 Perciformesの間に、スズキ系 Percomorpha を見かけることが多くなった。調べてみると、棘鰭上目は現行ではボラ系 Mugilomorpha・トウゴロウイワシ系 Atherinomorpha と、このスズキ系の三群に分けられているようである。まあ、確かに魚類の大部分が十把一絡げにスズキ目だったのには正直、疑問はあった)なども見る。また以前に述べた通り、今はまだ一般人は聞き慣れない「スーパーグループ(supergroup」という階級単位様群集団が、ドメインの下層階や、それ以下の階級に顔を出し始めている。]

 元來天然に實際存在してあるものは、生物の各個體ばかりで、種とか屬とかいふものは素より天然にはない。個體の存在して居ることは爭はれぬ事實であるが、種とか屬とかいふのは、たゞ我々が若干の相似た個體を集め、その共通の特徴を抽象して腦髓の内に造つた觀念に過ぎぬ。屬・種以上の階段も無論同樣である。而して我々が初めて造る觀念は、分類の階段中孰れの段かと考へるに、最上でもなく、最下でもなく、中段の處で、それより知識の進むに隨ひ、上の段も下の段も追々造るやうになつた。恰も望遠鏡が良くなるに隨ひ、益々大きな事も知れ、顯微鏡の改良が出來るに隨つて、益々小い事も知れるに至るのと同樣で、何事も先づ最初は手頃な邊から始まるものである。本州の熊は黑いが、北海道の熊は赤いなどといふときの熊といふ考は、決して今日の所謂一種ではなく、寧ろ屬か科位な所であるが、初めは皆この位な考で、多數の動植物を知つてもたゞ之を禽・獸・蟲・魚位に區別し、一列に竝べて置くに過ぎなかつた。然るに研究が進むに隨つて、一方には尚之を細に分つて、屬・種・變種等に區別し、一方には之を合して目・綱等に組立て、組の中にまた組を設ける必要が生じて、リンネーの「博物綱目」には綱・目・屬・種の四段分類を用ゐてあるが、尚その後に門を設け、科を置きなどして、遂に今日の如き極めて複雜な分類法が出來るに至つたのである。分類は斯くの如く全く人間のなす業で、四段に分けようとも十六段に分けようとも、天然には素より何の變りなく、學者の議論が如何に定まらうとも、柳は綠、花は紅であることは元のまゝ故、一々の分類上の細かい説を敢へて取るに及ばぬが、解剖學上・發生學上の事實を基として似たものを相近づけ、異なつたものを相遠ざけるといふ主義で行ふ今日の分類法に於て、斯く幾段にも組の中にまた組を造らねばならぬことは、卽ち生物各個體の間の類似の度が斯かる有樣であることを示すもの故、之は生物種屬の起源を尋ねるに當つては、特に注意して考ふべき點である。

[やぶちゃん注:「本州の熊は黑いが、北海道の熊は赤いなどといふときの熊といふ考は、決して今日の所謂一種ではなく、寧ろ屬か科位な所である」正直、この譬え話は適切とは思われない。何故なら、本邦の「本州」には動物界 Animalia脊索動物門 Chordata脊椎動物亜門 Vertebrata哺乳綱 Mammalia食肉目 Carnivoraクマ科 Ursidaeクマ属 Ursusツキノワグマ Ursus thibetanus しか棲息しておらず、北海道にはツキノワグマは棲息せず、クマ属 Ursusヒグマ Ursus arctos亜種エゾヒグマ Ursus arctos yesoensis しかいないからで、この「本州の熊は黑いが、北海道の熊は赤い」という命題は地名を出すことによって、存在する熊の種自体が完全に限定され、相互に誤認しようがないわけで、しかも黄褐色系個体がよく見られるのは確かに後者であるのだから、自ずと、結果的には全く異なる生物種を示していることに他ならない(誤認や誤解やいい加減な言説(ディスクール)たりえない)からである。寧ろ、同一種を違うとする誤った見解例(例えば、「本土狐と四国・九州の狐では警戒心が違う」とか「本州の狸と佐渡島の狸では毛並が違う」(私が勝手に作った作文である))を示すべきであると私は思う。

『リンネーの「博物綱目」には綱・目・屬・種の四段分類を用ゐてある』既注であるが、大分前(「第二章 進化論の歷史(1) 序・一 リンネー(生物種屬不變の説)」)なので、再掲しておくと、「分類学の父」と呼ばれるスウェーデンの博物学者カール・フォン・リンネ(Carl von Linné:ラテン語名:カロルス・リンナエウス Carolus Linnaeus 一七〇七年~一七七八年)が一七三五年、二十八歳の時に、動物・植物・鉱物の三界を扱って、分類を試みた「自然の体系」(Systema Naturae 第一版。ここで言っている「博物綱目」)を出版、「動物命名法」の基準は、その二十三年後に出た第十版(一七五八年刊)に発表され、他に一七三七年の「植物の属」(Genera Plantarum)、一七五三年の「植物の種」(Species Plantarum:この第一版が「植物命名法」の基準となった)といった著作の長い期間に亙る刊行と、その流布の結果として近代分類学の一大改革は行われた。]

 生物は總べて共同の先祖より漸々進化して分かれ降つたものとすれば、その系圖は一大樹木の形をなすべきことは、既に度々言つた通りであるが、假に一本の大木を取つて、その無數にある末梢を各起源に潮つて分類し、同じ處から分かれたものを各々一組に合せ、同じ枝から生じたものを各々一團として、全體を分類し盡したと想像したならば、如何なる有樣の分類が出來るかと考へるに、幹が分れて太い枝となる處もあり、また細い枝が分かれて梢となる處もあり、股に分かれる處は幹の基から梢の末に至るまでの間に殆ど何處にもあるといふわけ故、最も末の股で分かれたものを束ねて各々小い一組とすれば、次の股で分かれたものは更に合せて梢々大きな組とせなければならず、全體を分類し終るまでには、實に多數の階段が出來るに相違ない。これと同樣の理窟で、生物各種が皆進化によつて生じたものとすれば、これを分類するに當つて夥多の階段の出來るのは必然のことである。今日實際の分類法に於て門・亞門・綱・亞綱等の多數の階段を用ゐ、常に組の中にまた組を設けて居るのは、進化論の僅期する所と全然一致したことといはなければならぬ。

 

Kamonohasi

[鴨の嘴とその卵]

[やぶちゃん注:学術文庫版の絵を用いた。「鴨の嘴」とは無論、動物界 Animalia 脊索動物門 Chordata 脊椎動物亜門 Vertebrata 哺乳綱 Mammalia 原獣亜綱 Prototheria 単孔目 Monotremata カモノハシ科 Ornithorhynchidae カモノハシ属 Ornithorhynchus カモノハシ Ornithorhynchus anatinus。現生種は一科一属一種。ウィキの「カモノハシによれば(アラビア数字を漢数字に代え、記号の一部を変更・省略した)、『オーストラリア(クイーンズランド州東部、ニューサウスウェールズ州東部、ビクトリア州、タスマニア州)』のみに分布し、『分布域内では、熱帯雨林、亜熱帯雨林、ユーカリなどの硬葉樹林、高山地帯などの淡水の河川や湖沼などに生息している』。『カモノハシがヨーロッパ人により最初に発見されたのは一七九八年のことであり、カモノハシの毛皮やスケッチが第二代ニューサウスウェールズ州総督であったジョン・ハンターによりグレートブリテン王国へと送られた。イギリスの科学者達は、当初はこの標本は模造品であると考えていた。一七九九年に』“Naturalist's Miscellany”へ『この動物について最初に記載をおこなったジョージ・ショーは、「それが本物であることを疑わずにはいられない」と主張し、ロバート・ノックスはアジア人の剥製師による物と信じていたという。誰かがビーバーのような動物の体にカモのくちばしを縫い付けた物であると考えられ、ショーは縫い目がないかどうかを確認するために、毛皮に切り込みを入れた』という。『英語の一般名である“platypus”はギリシア語で「平たい」を意味する』語と、『「足」を意味する』語と『からなり、「扁平な足」を意味する。ショーは記述に際して、リンネの分類の属名としてplatypusを当てたが、この語はすぐにキクイムシ科の昆虫のPlatypus属につけられていることが分かったため、一八〇〇年にヨハン・ブルーメンバハにより、ジョゼフ・バンクスから送られた標本に基づき Ornithorhynchus paradoxus として記述され、後に先取権の原則により Ornithorhynchus anatinus と学名がつけられた。 Ornithorhynchus anatinus という学名はギリシア語で「鳥の口吻」を意味する』種名と、『ラテン語で「カモのような」を意味する』種小名『anatinusからなる』。『全長はオスで最大六十三センチメートル、メスで最大五十五センチメートル、尾長は八・五~十五センチメートル、体重はオスで一~三キログラム、メスで〇・七~一・八キログラム。全身には一立法センチメートル当たり六百本以上の柔らかい体毛が生えている。体毛の色は背面は褐色から茶褐色で、腹面は乳白色である。外側の毛は水を弾き、内側の毛は保温性に優れている』。『名前の通りカモのように幅が広く、ゴムのような弾性のあるくちばしを持ち、外見上の大きな特徴の一つとなっている。このくちばしには鋭敏な神経が通っていて、獲物の生体電流を感知することができる。一方、カモノハシには歯がなく、長らく謎とされてきたが、三重大学などの共同研究チームの調査で、くちばしの向きや電気感覚を脳に伝える三叉神経が発達したために』、『歯の生える空間が奪われ』、『歯の消滅につながったと考えられている』。『四肢は短く、水掻きが発達している。オスの後脚には蹴爪があり、この蹴爪からは毒が分泌されている。メスも若い時には後脚に蹴爪があるが、成長の過程で消失する』。『哺乳類ではあるが乳首は持たず、メスが育児で授乳の際は、腹部にある乳腺から乳が分泌される』。『カモノハシはオスもメスも蹴爪を持って生まれるが、オスのみが毒の混合物を分泌する蹴爪を持っている。この毒は主にディフェンシンのようなタンパク質類(DPL)で構成されており、その中の三種はカモノハシ特有のものである』。『このディフェンシンのようなタンパク質はカモノハシの免疫機構により』、『生産されている。イヌのような小動物を殺すのには十分な強さの毒で、ヒトに対しては致死的ではないものの、被害者が無力になるほどの強い痛みがある。その痛みは大量のモルヒネを投与しても鎮静できないほどであるという。毒による浮腫(むくみ)は傷の周囲から急速に広がり、四肢まで徐々に広がっていく。事例研究から得られた情報によると、痛みは持続的な痛みに対して高い感受性を持つ感覚過敏症となり、数日から時には数ヶ月も続くことが指摘されている。だが、ヒトがカモノハシの毒で死亡した例は報告されていない。毒はオスの足にある胞状腺で生産されており、この腎臓の形をした胞状腺は後肢の踵骨の蹴爪へ、管によってつながっている。メスのカモノハシは、ハリモグラ類と同じで、未発達の蹴爪の芽があるが、これは発達せずに一歳になる前に脱落し、足の腺は機能を欠いている』。『毒は哺乳類以外の種によって生産される毒とは異なった機能を持つと考えられている。毒の効果は生命に危険を及ぼすほどではないが、それでも外敵を弱めるには十分な強さである。オスのみが毒を生産し、繁殖期の間に生産量が増すため、この期間に優位性を主張するための攻撃的な武器として使われると考えられている』。『群れは形成せず単独で生活し、夕方や早朝に活動が最も活発になる薄明薄暮性である』。『水中では目を閉じて泳ぐが、くちばしで生体電流を感知し獲物を探す。動かなければ最大で十一分ほど』、『水中に潜っていることができるが、通常は一~二分程度である。食性は肉食性で昆虫類、甲殻類、貝類、ミミズ、魚類、両生類等を食べる』。『陸上を移動する場合、前足が地面に着く時に水掻きのある指を後ろに折りたたむようにして歩く』。『水辺に穴を掘り巣にする。巣穴の入り口は水中や土手にあり、さらに水辺の植物等に隠れ、外からはわからないようになっている』。『繁殖期は緯度によるが八月から十月である。繁殖形態は哺乳類では非常に珍しい卵生で、巣穴の中で一回に一~三個の卵を産む。卵の大きさは約十七ミリメートルで、卵殻は弾性があり』、『かつ』、『粘り気のある物質で覆われている。卵はメスが抱卵し、約十~十二日で孵化する』。『子供はくちばしの先端に卵嘴を持ち、卵嘴を使用して卵殻を割って出てくる。成体の四分の三程度の大きさになるまでに離乳し、約四ヶ月で独立する』。『メスは約二年で成熟する。寿命は最大で二十一年』とある。]

 

 また知識の進むに隨つて、分類に用ゐる階段の追々增加することも進化論の豫期する所である。前の樹木の枝を分類する譬によるに、昨晩薄暗い時に分類して置いたものを今朝明るい處で見れば、或は一旦二本に分かれ、更に各々二本に分かれて居る枝を、同時に四本に分かれたものと見誤り、單に一束として、階段を一つ飛ばしてあつたことを發見することもあれば、或は細い枝が一本橫へ出て居るのに氣附かずして、そのため階段を一つ脱(ぬ)かしたことを見出すこともあつて、細かく調べる程、階段の數は增すばかりであるが、實際の分類法が次第に變遷して複雜になり來つた模樣は全く之と同樣である。一二の例を擧げれば、從來脊椎動物門を分つて哺乳類・鳥類・爬蟲類・兩棲類・魚類と平等に五綱にしてあつたが、發生を調べて見ると、蛙・蠑螈[やぶちゃん注:「ゐもり(いもり)」。]等を含む兩棲類は甚だ魚類に似て、蜥蜴[やぶちゃん注:「とかげ」。]・蛇・龜の類を含む爬蟲類は甚だ鳥類に似て居ることが解つたので、脊椎動物を直に以上の五綱に分けるのは穩當でないとの考から、今日では先づ之を魚形類・蜥蜴形類・哺乳類の三つに分け、魚形類を更に魚類と兩棲類とに分ち、蜥蜴形類を更に爬蟲類と鳥類とに分つことになつて、分類の階段が一つ增した。また哺乳類も從來は單に猿類・食肉類云々と云ふ十二三の目に分けて、孰れも悉く胎生のものとしてあつたが、今より三十五年程前にその中の或る種類は卵を産むといふことが確に發見せられた。卵を産む獸といふのはオーストラリアタスマニヤ邊に産する「鴨(かも)の嘴(はし)」といふ猫位の動物で水邊に巢を造り、恰も河獺[やぶちゃん注:「かはうそ(かわうそ)」。]の如き生活を營んで居るが、鷄卵よりも稍々小い卵を産む。また同じく胎生するものの中でも、詳細に調べて見ると、發育の模樣に大きな差があり、人間の胎兒は九箇月間も母の胎内に留まつて發生するが、殆ど人間と同じ大きさ位の「カンガルー」の胎兒は、僅一箇月にもならぬときに生み出され、殘後の八箇月分は母の腹の前面にある特別の袋の内で發育する。この獸の生れたばかりの幼兒は實に小なもので、我々の親指の一節程よりない。之が袋の中で、乳首に吸ひ著き、親の乳房と子の口とが癒着して一寸引いても離れぬやうになる故、初めて之を發見した人は誤つてこの獸は芽生すると言ひ出した。これらの獸類はたゞ子の生み方ばかりでなく、他の點に於ても著しく異なつた處が多いから、斯かるものを皆平等に一列に竝べて分類するのは、理に背いたことであるといふ考から、今日では哺乳類を別つて原獸類・後獸類・眞獸類の三部とし、第一部には「鴨の嘴」を入れ、第二部には「カンガルー」の類を入れ、第三部には總べて他の類を入れて、更に之を從來の如く十何目かに分けるやうになつたので、こゝにも一段分類の階段が增した。かやうな例は各門・各綱の中に幾らでもあるが、分類の階段の增して行く有樣は皆この通りで、先に樹木の枝に譬へたことと理窟は少しも違はぬ。

[やぶちゃん注:『今日では哺乳類を別つて原獸類・後獸類・眞獸類の三部とし、第一部には「鴨の嘴」を入れ、第二部には「カンガルー」の類を入れ、第三部には總べて他の類を入れて、更に之を從來の如く十何目かに分けるやうになつたので、こゝにも一段分類の階段が增した』現行ではこれがまた修正されている。現在の動物界 Animalia 脊索動物門 Chordata 脊椎動物亜門 Vertebrata 四肢動物上綱 Tetrapoda 哺乳綱 Mammalia原獣亜綱原獣亜綱 Prototheria 及び後獣下綱 Metatheria真獣下綱 Eutheriaの階級の異なる三群に分かれている。これは当初作った異獣亜綱 Allotheria が絶滅種の亜綱に変更され、現生種の原獣亜綱原獣亜綱以外の哺乳類を獣亜綱 Theria に移して後獣下綱及び真獣下綱に配したからである。既に示した通り、カモノハシは原獣亜綱単孔目 Monotremata へ(カモノハシ目は現生種ではハリモグラ科 Tachyglossidaeハリモグラ属 Tachyglossusの四種と合わせて五種しか現存しない)、一般に呼ばれるところのカンガルーは後獣下綱オーストラリア有袋大目 Australidelphia 双前歯目 Diprotodontia カンガルー形亜目 Macropodiformes カンガルー上科 Macropodoidea カンガルー科 Macropodidae に配されている。]

 斯くの如く、種の境の判然せぬものが澤山にあることも、分類するには數多の階段を設けて、組の中にまた組を造らねばならぬことも、また研究の進むに隨つて分類の階段の增すことも、總べて進化論から見れば必然のことであるが、實際に於ても現にその通りになつて居る所から考へると、我々は是非とも生物進化の論を正しいと認め、これらの分類上の事實を生物進化の證據の一と見倣すより外は致し方がない。自分で何か或る一目・一科の標本を集め、實物に就いて解剖・發生等を調べ、之を基としてその分類を試みれば、誰も生物進化の形跡を認めざるを得ぬもので、今日斯かる研究に從事した人の報告を讀んで見ると、必ず、解剖上・發生上の事實から推してその進化し來つた系圖を論じてある。つまり、生物種屬の不變であるといふ考は、何事も細かく研究せぬ間は不都合も感ぜぬが、聊でも詳細な事實を知ることとなれば、到底之を改めざるを得ぬものである。

 

進化論講話 丘淺次郎 第十一章 分類學上の事實(2) 一 種の境の判然せぬこと

 

     一 種の境の判然せぬこと

 

 以上述べただけから見ると、動植物を分類するのは何でもないことで、誰にでも直に出來そうであるが、實際澤山に標本を集めてして見ると、非常に困難で、決して滿足に出來るものではない。種類を知ることの少い間、標本の多く集まらぬ内は、蹄の一つあるものは馬である、角に枝のあるものは鹿であると、簡單にいうて居られるが、今日の如くに種類の多く知られて居る時代に、十分に標本を集めて調べ始めると、分類の單位とする種の境を定めることが、既になかなか容易でない。

 既に第五章でも説いた如く、動植物には變異性と名づける性質があつて、溫帶のものを熱帶に移したり、海濱のものを山奧に持つて行つたりすると、著しく變化するもので、風土が異なれば、假令同種のものでも多少相異なるを免れぬ。靑森の林檎を紀州に移し、紀州の蜜柑を靑森に植ゑ換へれば、種は一つでも全く異なつたものとなつてしまふ。土地每に名物とする固有の天然物のあるのは、つまり他に移しては、そこの通りに出來ぬからである。されば博く標本を集めると、一種の中でも種々形狀の異なつたものがあり、往々別種かと思はれる程に違つたものもあるが、斯かる場合には分類上之を如何に取扱ふかといふに、中開に立つて相繫ぎ合せるものが存する限りは、兩端にあるものが如何に相異なつても、その間に判然と境が附けられぬから、總べてを合せて一種となし、形狀の相違するものを各々その中の變種と見倣すのが、殆ど學者間の規約になつて居る。それ故今日二種と思ふて居るものも、その中間に立つものが發見せられたために、明目は一種中の二變種と見倣されるに至ることも甚だ屢々で、その例は分類學の雜誌を見れば、每號飽くほどある。また實際中間に立つものが無く、境が判然解つて居ても、その間の相違が他の種類の變種の相違位に過ぎぬときは、之を一種中に收めて單に二變種と見倣すことも常であるが、この場合には二種と見倣すか一種中の二變種と見倣すかは、分類する人の鑑定次第で、孰れともなるもの故、人が違へば説も違つて、爭の絶えることがない。

 斯くの如き有樣故、種とは決して一般に世間の人の考へる如き境の判然と解つたものではない。この事は諸國の動物志・植物志などを開いて見さへすれば、直に氣の附くことで、同一の實物を研究しながら、甲の學者は之を十種に分け、乙は之を二十種に分け、丙は之を五十種に分けるとか、また丁は之を總べて合して一種と見倣すとかいふことは幾らもある。ヨーロッパで醫用に供する蛭の如きも、當時は先づ一種二變種位に分ける人が多いが、一時は之を六十七種にも分けた學者がある。樫類の例、海綿類の例は前にも擧げたが、特に海綿の類などは、種の範圍を定めることが非常にむずかしく、之を研究した學者の中には、海綿にはたゞ形狀の變化があるだけで、種の境はないと斷言した人もある位で、現に相州三崎邊には、俗に「ぐみ」及び「たうなす」と呼ぶ二種類の海綿があつて、一は小い卵形で、恰も「ぐみ」の果實の如く、他は球を扁平にした形で、全く「たうなす」の名に背かぬが、一年餘もこの研究ばかりに從事した人の話によると、如何に調べても區別が附かぬとの事である。種とは何ぞやといふ問題は、昔から幾度となく繰り返して議論せられたが、ここに述べた如き次第故、何度論じても決着するに至らず、今日と雖も例外を許さぬやうな種の定義を下すことは到底出來ぬ。

[やぶちゃん注:「醫用に供する蛭」現行では環形動物門 Annelida ヒル綱 Hirudinoidea ヒル亜綱 Hirudinea無吻蛭(顎ヒル)目 Arhynchobdellidaヒルド科 Hirudidae ヒルド属 Hirudo ヒルド・メディシナリス Hirudo medicinalis をタイプ種としており、ほかに同属のHirudo orientalisHirudo troctinaHirudo verbena の三種、また別属らしい Hirudinaria manillensisMacrobdella decora という二種の名を英文ウィキのHirudo medicinalisに見出せる。後者二種が前の三種のシノニムでないとするならば、現在の医療用ヒルは六種を数えることが出来ることになる。

「樫類の例」直前の「第十一章 分類學上の事實 序」を参照。

「海綿類の例」「第五章 野生の動植物の變異」の「三 他の動物の變異」の冒頭であるが、『下等動物には變異の甚だしいものが頗る多い。中にも海綿の類などは餘り變異が烈しいので、種屬を分類することが殆ど出來ぬ程のものもある。現に海綿の或る部類は種屬識別の標準の立て方次第で、一屬三種とも十一屬百三十五種とも見ることが出來るといふが、これらの動物ではたゞ變異があるばかりで、種屬の區別はないといつて宜しい』とあるだけで、ちょっとしか述べられていない。

「ぐみ」動物界Animalia海綿動物門 Porifera 普通海綿綱 Demospongiae四放海綿亜綱 Tetrectinomorpha螺旋海綿目Spirophoridaマルガタカイメン科Tetillidae Tetilla 属グミカイメンTetilla japonica。形状の類似からの「茱萸海綿」である。所持する保育社平成四(一九九二)年刊西村三郎編著「原色検索日本海岸動物図鑑[]」の記載に基づいたものを示す。高さ一~三・五センチメートル、径〇・五~二センチメートル。煉瓦色から橙黄色の卵形の単体を成し、頂端に一個の大きな孔が開く。下端には根毛様の束があり、これによって海底の砂上に起立している。内部は大孔から胃腔へ向かって溝が放射状に分かれており、鞭毛室に続いている。骨格を形成する主な大骨片は、桿状体・前向きの三叉体・後ろ向きの三叉体が束になって、体中央のやや上部の一点を中心にして放射状に配列する。根毛束には長さ二センチメートルに達する長い後ろ向きの三叉体がある。本州沿岸の浅海に普通に見られ、卵は体外に放出されて体外受精して、直接、発生する。グーグル画像検索「グミカイメン」をリンクさせておくが、原物写真は初めの五枚ぐらいしかない。

「たうなす」同じTetilla 属のトウナスカイメンTetilla serica。「トウナス」はやはり形状類似からの「唐茄子海綿」(南瓜(かぼちゃ))である。同じく西村三郎編著「原色検索日本海岸動物図鑑[]」により記載する。高さ五~六センチメートル、径八~九センチメートルに達する単体の海綿で、色彩も形も本邦のカボチャに似ている。生時は赤褐色から黄褐色を呈し、上端中央の窪んだ部分に大きな孔が開いており、そこから放射状に溝がある。下端には房状の根毛束があり、これによって砂泥上に定座している。骨格を形成している主な大骨片は桿状体と前向きの三叉体で、放射状に束になって配列している。根毛束には長さ六センチメートルに達する後ろ向きの三叉体がある。本州沿岸の浅海の砂泥底に普通に棲息し、前種と同じく卵生で、直接、発生する。同じくグーグル画像検索「トウナスカイメンをリンクさせておくが、やはりそれらしいのは数枚しか見当たらない。解剖学的所見は酷似するが、見た目の形状と色は全くの別種としか思われないところが、非常に興味深いではないか

「一年餘もこの研究ばかりに從事した人」これは恐らく、研究場所は現在の東京大学三崎臨海実験所で、研究者は確定は出来ないものの、海綿研究の嚆矢として知られる生物学者飯島魁(いいじまいさお 文久元(一八六一)年~大正一〇(一九二一)年)ではなかろうか? 彼は近代日本の生物学黎明期の学者で、鳥類や寄生虫に関する研究も多く、日本動物学の前進に大きな役割を果たした(海洋生物フリークの私にとっては)著名な人物である。]

 さて斯くの如く分類の單位なる種の範圍・境界が判然せぬ場合の多くあるのは何故であるかと考へるに、動植物各種が初めから別々に出來たものとすれば、少しも譯の解らぬことである。元來博物學者が種の境の判然せぬことを論じ始めたのは、割合に近い頃で、殆どダーウィンが自然淘汰の説を確めるために、野生動植物の變異性を研究したのが發端である。その以前の博物家は、動植物各種の模範的の形狀を腦中に畫き定め、採集に出掛けても、之に丁度當て嵌まるやうな標本のみを搜し求め、之と少しでも異なつたものは出來損じの不具者として捨てて顧みぬといふ有樣であつたから、目の前に幾ら變異性の證據があつても、之に注意せず、隨つて種の範圍の判然せぬことにも氣が附かなかつた。生物種屬の不變であるといふ考は、地球が動かぬといふ考と同じく、知識の狹い間は誰も免れぬことで、いつ始まつたといふ起源もなく、誰が主張し始めたといふ元祖もなく、たゞ當然のことと信じて濟ませて居たもの故、無論種の境の判然せぬことに氣の附かぬ前からのものであるが、今日から見ると極めて不都合で、最早到底維持することは出來ぬ。天地開闢のときに境の判然せぬ種類が澤山造られ、そのまゝ降つて今日に至つても尚境の判然せぬ種類があるといへば、それまでであるが、初の考は素よりさやうでは無く、たゞ若干の明に區別の出來る種類が造られて、そのまゝ今日まで存して居るといふ簡單な考であつたので、實際種の境の解らぬものが澤山に見出された以上は、決してそのままに主張し續けられるものではない。之に反して生物各種は共同の先祖から進化し來つたものとすれば、今より將に二三種に分かれようとする動植物は、恰も樹の枝の股の處に當るもの故、總體を一種と見ればその中の相違が甚だし過ぎるから、若干の變種を認めなければならず、また形の異なつたものを各々獨立の一種と見倣せば、その間に中間の形質のものが存在して、判然と境を定めることが出來ぬといふ有樣になるのは、當然のことである。この考を以て見れば、所謂變種といふものは、皆種の出來かゝりで、現在の變種は未來は各々獨立の一種となるべきものである。樹の枝の股の處は一本から二本または三本に分かれかゝる處で、一本とも二本或は三本とも明には數へられぬ如く、二三の著しい變種を含める動植物の種は一種から二三種に分かれかゝりの途中故、一種とも二種或は三種ともいへず、その間の曖昧な時代である。それ故斯かるものまでも込めて種の定義を下そうとするのは、到底無理なことで、今日まで議論の一定せぬのも素より當然のことといはねばならぬ。

 

進化論講話 丘淺次郎 第十一章 分類學上の事實(1) 序

 

    第十一章 分類學上の事實

 

 動植物の中には、殆ど區別の出來ぬ程に相似たものもあれば、また少しも類似の點を見出すことの出來ぬ程に全く相異なつたものもあつて、その間には相類似する程度に無數の階級がある。鰈(かれひ)と比目魚(ひらめ)とは隨分間違える人があり、楢(なら)と樫(かし)との區別の出來ぬ人も澤山あるが、また一方で橙[やぶちゃん注:「だいだい」。]と昆布とを比べ、人間と蚤とを比べなどして見ると、殆ど共通の點を見出すことが出來ぬ程に違ふ。所で、何十萬もある動植物の種類を一々識別することは出來もせず、また生活上必要もないが、動植物は日夜我々の目に觸れるもので、食物も衣服も悉く之から取ること故、普通のものだけは是非區別して名を附けて置かねばならぬ。犬・猫・牛・馬・鳥・雀等の如き、一種每に全く別の名の附いてあるのは斯かる類であるが、このやうなもののみでも相應に數が多い故、尚その中でも相似たものを合せて、總括した名を造つて置かぬと極めて不便が多い。從來毛を以て被はれ、四足を用ゐて陸上を走るものを獸と名づけ、羽毛を以て被われ、翼を用ゐて空中を飛ぶものを鳥と名づけ、鱗を以て被はれ、鰭を用ゐて水中を泳ぐものを魚と名づけたのも、斯かる必要に應じてなした分類の初步である。

[やぶちゃん注:以下の生物では比較を明確にするために各分類階層のラテン名も示した。但し、比較対象と同一の階層のそれではラテン名は省略し、区別される上位の同一階層を和名のみで示した。

「鰈(かれひ)」動物界 Animalia 脊索動物門 Chordata 脊椎動物亜門 Vertebrata 魚上綱 Pisciformes条鰭綱 Actinopterygii カレイ目 Pleuronectiformes カレイ科 Pleuronectidae 或は上位のカレイ目に属する多様な種群の通称。

「比目魚(ひらめ)」カレイ目亜目カレイ亜目 Pleuronectoideiヒラメ科 Paralichthyidaeヒラメ属 Paralichthysヒラメ Paralichthys olivaceus 或はヒラメ科に属する種群。一般に「左ヒラメに右カレイ」と言われ、実際、通称のヒラメ類の目は多くの種で成体では両眼ともに頭部の左側半分に偏ってついているから区別出来ると言われるが、実際には、カレイ類に属するもので左側眼の種や個体はいるので、これは絶対の識別法ではない。例えば、カレイ科ヌマガレイ属 Platichthys ヌマガレイ Platichthys stellatus(本邦に北部分に広く分布するが、食用価値が低いために流通しない)はカレイであるが、眼は左につく。また、和名でも流通でも「カレイ」の和名を持っているカレイ目ダルマガレイ科 Bothidaeは全種で眼は左側につく。他にも頭部の左側に目を持つカレイもおり、更に、カレイ目ボウズガレイ亜目 Psettodoidei ボウズガレイ科 Psettodidae(一科一属三種。捕獲報告はあるようであるが恐らくは本邦には産しないようである。但し、近くでは台湾に分布するから、迷走個体は南西諸島にいないとは言えない。背鰭の起き始める部分が眼の位置よりも有意に後ろにあって、カレイ目の中では最も原始的な特徴を残す)は右側眼の個体と左側眼の個体がほぼ同数で出現する。別な形状で言うと、ヒラメはカレイに比べて口が大きいこと、歯も一つ一つが大きくて鋭いという点で、対称比較的な特徴は持つ。

「楢(なら)」植物界 Plantae 被子植物門Angiosperms 双子葉植物綱 Magnoliopsida ブナ目 Fagales ブナ科 Fagaceaeコナラ属 Quercus コナラ亜属subgenesis Quercus に属する中で、落葉性の広葉樹の総称。英語名はオーク(oak)。本邦ではコナラ(小楢)Quercus serrata を指すことが多い。秋には葉が茶色くなることで知られている。

「樫(かし)」植物界被子植物門双子葉植物門ブナ目ブナ科コナラ属 Quercusの中の、常緑性の種を「カシ」と呼ぶが、本邦では、また、同じブナ科のマテバシイ(馬刀葉椎)属 Lithocarpusのシリブカガシ(尻深樫)Lithocarpus glaber も「カシ」と呼んでいる。また、身近なシイ属 Castanopsis も別名でクリガシ(栗樫)属と呼び、これらを「カシ」と呼んでいる人も実際に多いのが事実である(私はかつてアリスの散歩の途中で出逢った、地方出身の私より年若の婦人が落ちている「椎の実」を頻りに「樫の実!」と言っていたのを思い出す)。また、全く異なる種であるクスノキ類(被子植物綱クスノキ目 Laurales クスノキ科 Lauraceae)の一部にも葉の様子などが似ていることから、「カシ」と呼ぶものがある(以上はウィキの「カシ」に拠る)から、丘先生の「區別の出來ぬ人も澤山ある」というのは、民俗社会では少し厳し過ぎる謂いと言える。植物学的な詳細な相違は、「広島大学」公式サイト内の「地球資源論研究室」の「ブナとナラとカシ」がよい。必見!

「橙」植物界 Plantae被子植物門 Magnoliophyta双子葉植物綱 Magnoliopsidaムクロジ目 Sapindalesミカン科 Rutaceaeミカン属 Citrusダイダイ Citrus aurantium。正月飾りに用いられる、お馴染みの柑橘類である。

「昆布」植物界ストラメノパイル群Stramenopiles 不等毛植物門 Heterokontophyta 褐藻綱 Phaeophyceae コンブ目 Laminariales コンブ科 Laminariaceae のコンブ類。生物学的分類以前からの呼称であり厳密な定義は不能であるが、葉の長細い食用のものが「昆布」と呼ばれる傾向はある。

「人間」動物界 Animalia 真正後生動物亜界 Eumetazoa 新口動物上門 Deuterostomia 脊索動物門 Chordata 脊椎動物亜門 Vertebrata 四肢動物上綱 Tetrapoda 哺乳綱 Mammalia 真獣下綱 Eutheria 真主齧上目 Euarchontoglires 真主獣大目 Euarchonta 霊長目 Primate 直鼻猿亜目 Haplorrhini(真猿亜目 Simiiformes)狭鼻下目 Catarrhini ヒト上科 Hominoidea ヒト科 Hominidae ヒト亜科 Homininae ヒト族 Hominini ヒト亜族 Hominina ヒト属 Homo ヒトHomo sapiens

「蚤」動物界節足動物門 Arthropoda 昆虫綱 Insecta 隠翅(ノミ)目 Siphonaptera のノミ類。ここは隠翅目ヒトノミ科 Pulicidae Pulicinae亜科ヒトノミ属 Pulexヒトノミ Pulex irritans としてよかろう。但し、本種はヒトだけに寄生するわけではなく、哺乳類や鳥類等を広く寄生主としている。]

 動植物學に於ても、初めは之と同じ位な分類法を用ゐ、植物を分ちて喬木[やぶちゃん注:「けうぼく(きょうぼく)。高木(こうぼく)。]・灌木[やぶちゃん注:「くわんぼく(かんぼく)。低木。]・草の三部とし、動物を分ちて、水中に住むもの、地上に住むもの、空中を飛ぶものと僅に三部にした位に過ぎなかつたが、漸々知識の進むのに隨つて、分類の標準も追々に改まり、單に外部の形狀のみによらず、内部の構造をも斟酌するやうになつて、今日に於ては比較解剖學上・比較發生學上の事實を標準として分類の大體を定めるに至つた。この間の分類方法の變遷を調べて見ると、知らず識らず一步づゝ生物進化論に近づいて來た形跡が歷然と現れて、頗る興昧のあることであるが、之を詳しく述べるには、高等から下等まで動物・植物の主なる部類を殘らず記載せなければならず、到底本章の範圍内に於ては出來ぬ故、省略するが、初め魚類の中に編入してあつた鯨を後には哺乳類に移し、初め貝類の中に混じてあつた「ふぢつぼ」を後には甲殼類に組み入れたこと、初め人間だけを別物としてあつたのを後には哺乳類中の特別な一目と見倣し、更に降つては猿類と合して同一中に入れるやうになつたことなどは、たゞその中の一斑に過ぎぬ。

[やぶちゃん注:既に私の注に述べたが、現代の分類学は、分子生物学の急速な発展によって、アイソザイム(Isozyme:酵素活性がほぼ同じでありながら、タンパク質分子としては別種(アミノ酸配列が異なる)酵素)分析(アイソザイムは遺伝子型を反映していることから、間接的な「遺伝子マーカー」として利用出来る)や直接のDNA解析が進み、その新知見に基づく最新の科学的系統学の知見を反映させた新体系に組み替える動きが盛んである。]

 今日我々が動植物を分類するには、先づ全部を若干の門に大別し、更に各門を若干の綱に分つことは、一度述べたが、尚その以下の分類をいへば、各綱を更に若干の目に分ち、目を科に分ち、科中に若干の屬を置き、屬の中に種を收め、斯くして、世界中にある總べての動植物の種類を一大分類系統の中に悉く編入してしまふ。而して斯く分類するに當つては、何を標準とするかといふに、解剖上・發生上の事項を比較して、異同の多少を鑑定し、異なるものは之を離し遠ざけ、似たものは之を近づけ合せるものである。例へば犬と狐とは無論二種であるが、頗る相似たもの故、之を犬屬といふ中に一所に入れ、猫と虎とは素より種は違うが、甚だ相似た點が多い故、之を猫屬といふ中に一所に入れる。世界中を搜すと、犬屬とも違ふが他の動物屬によりも遙に犬屬の方に近いといふやうな動物が幾らもあるが、これらと犬屬とを合せて更に犬科とし、猫屬の外にも猫に稍々似た類が種々あるが、これらと猫屬とを合せて更に猫科とする。犬科の動物と猫科の動物とは素より著しく相異なる點はあるが、之を牛・馬等に比べて見ると、遙に相似たもの故、犬科・猫科等を合せて食肉類と名づけ、之を哺乳類といふ綱の中の一目とする。されば分類の單位とする所のものは犬・猫・虎・狐といふやうな種であつて、その以上の屬・科・目・綱の如きものは、たゞ若干の種を倂せ稱する名目のみである。

[やぶちゃん注:「綱」英語で“class”、ラテン語で“classis”

「目」英語で“order”、ラテン語で“ordo”

「科」英語で“family”、ラテン語で“familia”

「屬」英語・ラテン語ともに“genus”

「種」英語・ラテン語ともに“species”

「犬」動物界 Animalia 真正後生動物亜界Eumetazoa 新口動物上門 Deuterostomia 脊索動物門 Chordata 脊椎動物亜門 Vertebrata 顎口上綱 Gnathostomata 哺乳綱 Mammalia 獣亜綱 Theria 真獣下綱 Eutheria ローラシア獣上目 Laurasiatheria 食肉(ネコ)目 Carnivora イヌ亜目 Fissipedia イヌ下目 Cynoidea イヌ科 Canidae イヌ亜科 Caninae イヌ族 Canini イヌ属 Canis タイリクオオカミ Canis lupus 亜種イエイヌ Canis lupus familiaris。以下では共通する最後の上位階層を除いて、省略する。

「狐」明確な生物学的定義は実はないが、イヌ亜科 に属するキツネ類で、現行現生種ではキツネ属 Vulpes・オオミミギツネ属 Otocyon・カニクイキツネ属 Cerdocyon・クルペオギツネ属 Pseudalopex・ハイイロギツネ属 Urocyon に含むキツネ類である。但し、狭義には、この中のキツネ属 Vulpes を指すことが多く、我々の馴染みの「狐」はそのキツネ属のアカギツネ Vulpes vulpes の亜種ホンドギツネ Vulpes vulpes japonica である。

「猫」食肉目Carnivoraネコ型亜目 Feliformia ネコ科 Felidae ネコ属 Felis ヨーロッパヤマネコ Felis silvestris 亜種イエネコ Felis silvestris catus

「虎」ネコ科 Felidaeヒョウ属 Pantheraトラ Panthera tigris

「牛」哺乳綱 Mammalia 鯨偶蹄目Cetartiodactyla 反芻(ウシ)亜目 Ruminantia ウシ科 Bovidae ウシ亜科 Bovinae ウシ族 Bovini ウシ属 Bos オーロックス Bos primigenius 亜種 ウシ Bos primigenius Taurus

「馬」哺乳綱 Mammalia 奇蹄(ウマ)目 Perissodactylaウマ科 Equidae ウマ属 Equus ウマ Equus caballus。]

2018/02/20

進化論講話 丘淺次郎 第十章 發生學上の事實(5) 五 生物發生の原則 / 發生學上の事實~了

 

     五 生物發生の原則

 

 動物各種の發生中に現れる性質を丁寧に調べて、彼此相比べて見ると、前節に説いた如く、先祖代々の性質が、子孫の發生の中に順を追うて現れると考へるより外に致し方がないが、動物學者は多數の動物の發生を研究した結果、之より歸納して一の原則を造つた。この原則は生物發生の原則と名づけるもので、短くいへば、個體の發生はその種屬の進化の徑路を繰り返すといふのであつて、尚詳しく言へば、凡そ生物は皆共同の先祖から漸々進化して分かれ降り、終に今日の姿に達したものであるが、今日の一粒の卵から動物の一個體が出來るときには、何億年か何兆年かの間にその動物の種屬が經過し來つた通りの變化を、極めて短く略して繰り返すもので、例へば鯨が今日の姿までに進化し來る途中に一度齒のある時代があつたとすれば、鯨の卵から鯨の兒が發生する途中にも一度齒の現れる時期があり、人間が今日の姿までに進化し來る途中に一度鰓孔のある時代があつたとすれば、人間の卵から人間の兒が發生する途中にも一度鰓孔の生ずる時期があるといふのである。この原則は今日でも種々の學科に應用せられ、心理學・社會學・兒童研究などでも、常に之を唱へるやうになつたが、元は動物學者が動物の發生を調べていひ出したものである。

 若しこの原則を文字通りに解釋して間違ひのないものならば、一種の動物の發生を十分に調べさへすれば、その動物の進化し來つた徑路が明細に解る筈であるが、天然はなかなかさやうな簡單なものではない。實際に於てはたゞ各種の動物の進化歷史中の若干の著しい性質が飛び飛びにその發生の中に現れるだけで、決して發生中の各々の時期が進化歷史中の各時代を寸分も違へずそのまゝに寫し出して居るとは思はれぬ。之は素よりさもあるべきことで、生物が何億年・何兆年の間に漸漸進化し來るときには、その間の各個體は餌を求め、敵から逃れ、且生殖の作用をもなしながら代々極めて少しづゝ變化し來たものであるに反し、數日間或は數週間という極めて短い時の間に、卵から一個體の生ずるときには、敵から逃げることも無く、滋養分は他から供給を受け、生殖作用は全く知らずに、たゞ迅速に形が變化して出來ること故、その間の事情や境遇が全く違ひ、境遇事情が違へば勢い變化の模樣にも著しい相違のあるのは、先づ當然と考へなければならぬ。されば詳細の點までこの原則に照して論じようとするのは無理であるが、この原則を認めなければ説明の出來ぬことが甚だ多くあり、またこの原則を認めさへすれば、初め不思議に思はれたことも多くは容易に理窟が解る所から考へれば、大體に於てはこの原則は正確なものと見倣さなければならぬ。然るにこの原則は生物進化の事實を認めた後に初めて意味を有するもの故、この原則を正確なりといふのは、卽ち生物の進化は無論のこととして、尚その一つ先の點を論じて居る譯に當る。生物種屬不變の説とこの原則との兩立せぬことは、素よりいふまでもないことである。

 本章に述べた事實は、この原則によれば總べて一應理窟が解るものばかりである。發生の途中に一度或る性質が現れて後に再び消えることも、退化した動物が發生の途中に却つて高等の體制を有することも、同門・同綱に屬する動物は生長後如何に形狀の異なるものでも、發生の初めには著しく相似ることも、また發生の進むに隨うて動物の形狀が漸漸樹枝狀に順を追うて相分かれることも、皆この原則の中に含まれたことで、總べて之によつて説明が出來る。尚この原則はたゞ卵殼内または親の胎内に於ける間の發生に適するのみならず、生れて後の變化も之によつて支配せられるもので、南アメリカのペングィンが生長し終れば、ただ泳ぐばかりで、飛ぶ力はないが、雛の頃には能く飛ぶこと、また人間の幼兒が猿類の如くに足の裏を互に内側へ向け合せて居ることなども、この原則に隨つた事實であらう。尚一層推し擴げると、兒童の心理、社會の發達等も之によつて幾分かその理を察することが出來る。實に原則の名に背かぬ生物學上最も重大な一法則といはねばならぬ。

 

進化論講話 丘淺次郎 第十章 發生學上の事實(4) 四 發生の進むに隨ひて相分れること

 

     四 發生の進むに隨ひて相分れること

 

 同じ部類に屬する動物は、如何に形の異なつたものでも、發生の初期には極めて相似た形狀を有することは、前に述べた通りであるが、この相似た形を有する時代から漸々發生して種々の異なつた動物の出來上るには、如何なる順序に變化して進むものであるか。例へば第三〇〇頁の圖[やぶちゃん注:前章「三 發生の初期に動物の相似ること」『脊椎動物の胎兒の比較』の図を指す。キャプションと一緒に前のリンクで参照されたい。]に示した如く、初人間も、兎も、牛も、豚も、鷄も、龜も、蠑螈[やぶちゃん注:「ゐもり(いもり)」。]も、魚も皆殆ど同一の形をして居るが、何時頃から相分れて、人間は人間、牛は牛と區別の出來るやうになるものであるかといふに、多少の例外と見えるものはあるが、先づ相異なつたもの程、早くその間に相違が現れ、相似たもの程同一の形狀を保つ時代が長く續くのが、一般の規則のやうである。

 

Sekituidoubutuhatuseihikaku

[脊椎動物の發生經過の比較]

[やぶちゃん注:立体感がある底本の国立国会図書館デジタルコレクションの画像をやや補正して示した。図中のキャプションは左から、

「魚類」・「ゐもり」・「龜類」・「にはとり」・「ぶた」・「うし」・「うさぎ」・「人間」

である。]

 

 こゝに掲げた脊椎動物發生比較の圖は、以上八種の脊椎動物の發生の中から、略々相當した時代を三つづゝ選んで、竝べて畫いたものであるが、上の段は既に前に一度掲げたもの[やぶちゃん注:やはり、前章「三 發生の初期に動物の相似ること」『脊椎動物の胎兒の比較』の図を指す。]と同じで、人間で云へば先づ一箇月の末位の所で、中の段は一箇月半、下の段は三箇月位の所に相當する。上の段では皆總べて相似て居るが、中の段ではは魚と蠑螈とだけは既に識別が出來る。倂し、龜以上のものはまだ略々同樣である。然るに下の段になると魚と蠑螈とは素より、龜も鷄も明に區別が出來、哺乳類は尚甚だ相似ては居るが、既に各種の特徴が現れて居る。之は僅に三段だけの比較であるが、尚詳細にこれらの動物の發生を比べて見ると、略々次の如くである。

 先づ最初暫くの間はこれら八種の動物は、殆ど識別も出來ぬ位に相似て居るが、少し發生が進むと魚と蠑螈とは一方へ、餘の六種は他の方へ向うて進むので、二組に分かれる。一方の幼兒は魚か蠑螈かになるといふことだけは解るが、その中、孰れになるかはまだ解らず、他の方の組は魚または蠑螈にはならぬといふことだけは解るが、他の六種の中の何になるかは、まだ全く解らぬ。尚少し發生が進むと、魚と蠑螈との區別が出來て、圖の中段の如き有樣となる。また少し先へ進むと、他の六種の中、龜と鷄とは一方へ、餘の四種は他の方へ進んで二組に分れるが、その頃には一方は龜か鷄かになるといふことだけは解るが、孰れが龜になるか孰れが鷄になるか、まだ解らず、また他の方は哺乳類になるといふことだけは解るが、その中の何になるかはまだ少しも知れぬ。更に發生が進めば龜には固有の甲が現れ、鷄の前足は翼の形となつて、二者の間に明な區別が生じ、また哺乳類の方にも一種每に特徴が見えるやうになつて、終には前の圖の下段に示した如くに、牛・豚・兎・人間と識別の出來るやうな姿になるのである。

 

Hasseihikakunohyou

[發生比較の表]

[やぶちゃん注:キャプションがある関係上、底本の国立国会図書館デジタルコレクションの画像を補正して用いた。図中のキャプションは左から、

「魚」・「蠑螈」・「龜」・「鷄」・「豚」・「牛」・「兎」・「人」

である。この図の原図は進化論生物学者ジョージ・ジョン・ロマネス(George John Romanes 一八四八年~一八九四年)が一八九二年にDarwin, and After Darwinに描いたものである。サイト「永井俊哉ドットコム」の個体発生は系統発生を繰り返すのかを参照されたい。]

 

 右の有樣を表に書いて示すと、略々上の圖の如くである。この表では下端を古とし、上端を新とし、時は下より上へ向うて進み行くと假定し、形の似たものは相近づけ、形の異なるに隨つて之を相遠ざけ、各種の發生の徑路を線で現してあるが、これらの種類は發生の進むに隨ひ、順を追うて互に相分かれるから、この方法によつて表を作れば、勢い斯くの如き樹枝狀のものが出來る。また表中に書き加へた三本の橫線は前圖に示した位の發生の時代を現す積りのもので、最下の橫線は圖の上段、中の橫線は同じく中段、上の橫線は同じく下段に示した位の發生の時期に相當する積り故、前の圖と照し合せて見たならば、尚この表の意味が明に解るであらう。

 斯くの如く發生の有樣を比較して表に作れば、樹枝狀のものが出來ることは、無論以上の動物に限る譯ではなく、何門・何綱の動物を取つても皆この通りである。また如何なる動物と雖も、その發生の最初は皆一粒の卵であるから、こゝまで溯つて比較すれば、總べての動物は皆同一の形を有するといはねばならぬ。卵には鷄の卵の如く大きなものも、人間や犬・猫の卵の如く小いものもあるが、抑々鷄卵の中で眞に卵といふべきはどの部であるかといふに、牝鷄の卵巢の内で出來るのは、たゞ蛋黃ばかりで、これが輸卵管を通過して出て來る間に、その周圍に蛋白が附け加わり、生れる前に少時輸卵管の末端に留まる間に、その外面へ卵殼が出來るのであるから、鷄卵の中で眞に卵と名づけて他の動物の卵と比較すべきものは、ただ蛋黃ばかりである。その蛋黃が鷄では直徑七八分[やぶちゃん注:二・一~二・四センチメートル]もあり、人間・犬・猫の卵は僅に一分[やぶちゃん注:三ミリメートル。]の十五分の一[やぶちゃん注:〇・二ミリメートル。]も足らぬが、之は何故かと尋ねるに、全く滋養分を多く含むと含まぬとによることで、またその理由を探ると、各々發生の場所及び發生の狀況が違ふのに基づくことである。人間の子は母の胎内で、母の血液に養はれながら發生すること故、午前に母の食ふた滋養物は午後は既に子の養となるといふ具合に、絶えず母から滋養分が廻つて來るから、最初から卵の中に澤山の滋養分を備へて置く必要はないが、鷄の方は之と反對で、まだ少しも發生の始まらぬ卵が早くも母の體から離れて生み出され、その後は全く卵の中にある滋養分ばかりに賴つて發生し、酸素だけは空中から取るが、その他には何も外界から取らずに雛までに生長するのであるから、最初から餘程十分に滋養分が貯へられてなければならぬ。人間は極めて小い卵から發生しながら、生れる時は既に八百匁[やぶちゃん注:三千グラム。]位もある相當に大きな幼兒となるが、鷄の方は初め卵の大きなのに聯らず、雛以上の大きさになれぬのは、全くこの理窟に原因することである。つまる所、卵の大小の相違は、その中に含む滋養分の多少に基づくだけのこと故、大きな卵と小な卵とは、恰も饀の多い饅頭と饀の少い饅頭との相違だけで、斯かる副貳的[やぶちゃん注:「ふくじてき」。「副次的」に同じい。]の性質を省き、眞に卵たる點だけを比べて見ると、何動物の卵も殆ど全く同一で區別は出來ぬ。それ故、若し動物の發生を極最初まで溯つて比較したならば、その出發點に於ては、如何なる動物も皆同樣な形狀を有するものと考へなければならぬ。

[やぶちゃん注:現行のヒトの出産時の正常出生体重は二千五百グラムから四千グラム未満とされる。

「副貳的」「副弐(ふくじ)」と同義であるが、元来「副弐」とは正本に対して、その写本を意味した。]

 同門・同綱に屬する動物の發生を比較して表に示せば、樹枝狀に分岐した圖が出來ることは、前に述べたが、尚溯つて發生の極最初卽ち卵の時代までを比較すると、總べての動物が皆略々一樣の形狀を呈し、發生の根本はたゞ一の形に歸する故、若し假に現今地球上に住する動物各種の發生が、悉く完全に調べられたと考へて、その發生の徑路を前に述べた方法によつて圖に作つたと想像したならば、その結果は一大樹木の形となり、根本は發生の初期なる卵時代を現し、太い枝は各門・綱等の基部を示し、末梢端は各一種の生長した動物種屬を代表するものが出來る筈である。今日直に斯かる圖を誤らぬやうに作ることは勿論出來ぬが、研究が十分屆いた後にはかやうなものが出來るといふことだけは疑がない。

[やぶちゃん注:所謂、「系統樹」である。旧来の形態比較上の系統分類学の時代は主に進化を示すために描かれたが、近年の分岐分類学(分岐学)における系統樹は「分岐図」乃至は、「クラドグラム」(cladogram)と呼ばれる厳密なものとなり、分子生物学の発達によって旧来の楽観的な「生命の木」的発想は驚異的に大きな変更を迫られ、一部は無効となってさえいる。]

 動物發生の研究は前にも述べた如く、なかなか容易なことではなく、材料も十分になければならず、時間も餘程掛けねば出來ず、また之に從事して居る學者は決して少いとはいへぬが、動物の種類は何十萬もあること故、今日略々完全に發生の知れてあるものは、まだ甚だ小部分だけに過ぎぬ。倂し犬の發生が解れば、狐・狸の發生は之より推して略々想像することが出來、鷄の發生が解れば、雉・孔雀の發生も之より推して察することが出來るから、動物各種の發生が悉く調べ上げられるまで待たなくても、各綱目から若干づゝの代表者の發生が解りさへすれば、ここに述べた動物發生の大樹木の枝振りの大體は知れる筈で、既に今日までに學者の研究した種類だけから論じても、大體の形だけは確めることが出來る。今日發生學者の間に議論の一致せぬ點は、たゞ何の枝の分かれる處が上であるか下であるかとか、或は某の小枝は甲の枝から分かれたものか、乙の枝から分かれたものかといふやうなことばかりで、全體が樹枝狀を呈するといふ點に至つては、疑を懷く人は一人もない。

[やぶちゃん注:一般的な系統樹が楽天的に適用することが不可能なケースが既に判っている。則ち、生物進化の過程の中で生じた非常に重要な寄生・共生による進化の実際である。ウィキの「系統樹」によれば、『今日の進化的知見に基づく、系統樹作成の問題の一つが、細胞内共生説で』、『つまり』、『葉緑体やミトコンドリアが独立生物起源であり、独自のゲノムを持つことがわかったことである』。『これまでの進化論では生物進化は種分化の積み重ねと考えられてきた。したがって、その系統を図示すれば樹状になるのは当然と考えられてきた。しかし、共生によって二つあるいは三つの生物が一つにまとまるとすれば、この根拠は崩れる。ただし、当初はこの共生は、真核細胞形成段階の一回きりのものと見なされ、それ以外の部分での変更はなかった。むしろ、葉緑体やミトコンドリアの系統を明らかにすることで、新たな展開が開けた部分がある』。『しかし、その後、共生がさらに何度も独立に起こったらしいことが知られるようになった。しかも細胞内共生をおこなった真核細胞が細胞内に共生している例など、大変に入り組んだことが起こっているのがわかってきた。個々の部分ではとにかく、これによって原生生物全体の系統樹は非常に描きにくいものとなった』。『さらには、遺伝子の水平伝播も細菌などでは普遍的に起こっていることが明らかになり(他の生物にもそれらしい例がある)、これを厳密に考慮すれば、系統「樹」ではなく甚だ複雑なネットワークとなってしまう』のである。『ヘッケルの描いた系統樹は広葉樹の大木のようだった。太い幹は何度か枝分かれしつつも、上に向かって伸びていた。ジャン=バティスト・ラマルクが』、『もし』、『系統樹を書いていれば、多分』、『針葉樹のようなものを描いたであろう』。植物生態学の専門家で、植生分布の環境傾度分析の手法を確立して極相パターン説を提唱、「五界説」の提唱者でもあった二十世紀後半を代表するアメリカの生物学者『ホイッタカーの系統樹は、根元で枝分かれした灌木の形であった』。しかし、『現在では、生物進化が本質的に枝分かれだけで表現できないことを踏まえ、車輪樹法という系統樹表現法も提唱されている』。『また』、『類似の問題として、同一種内の亜種や人類集団のように互いに混合が』生じ得る或いは実際に生じる『集団の場合、従来の枝分かれのみの系統樹では近縁度のみを示すだけで、複雑な分岐、混合を経た歴史を表すことはできない。系統樹上で姉妹関係と出た』二『つの集団が』、『純粋に共通集団から分岐した後に他集団と全く混合していないか』、『別ツールの集団の双方に共通の集団が混合したため』、『見かけ上の姉妹関係のように表されているか』、という現象は、実は『全く判別できない』、分岐図を示せない、のである。従って、しばしばまことしやかに見かける、例えば、人類集団に於けるそうした頻繁に生じた『混合を無視して』、『単一祖先からの分岐のみで説明しようすることは実態を反映していない』のである。『単一祖先からの分岐のみを仮定する系統樹は』、『生殖隔離が成立している種間の系統のみで適用可能であり、生殖隔離が成立していない種内の集団については個体レベルでは系統樹を描くことは原理的に不可能である』『(単一の遺伝子指標のみでは可能である』)(下線やぶちゃん)という点も〈整然とした幸福な〉「系統樹」は、はなはだ非科学的なのである。]

 前にはたゞ脊椎動物中から八種を選んで例に擧げただけで、煩を避けるために、他の例は全く省いたが、孰れの門・綱を見ても略々同樣なことを發見する。前に掲げた甲殼類の發生でも、二枚貝・卷貝類の發生でも、また「ひとで」・「うに」・「なまこ」類の發生でも、之を表に現せば、皆基は一本で、先が分れた樹木の形となる。特に種類の數を尚少し增して、甲殼類の例に「かめのて」・寄居蟹[やぶちゃん注:「やどかり」。]・「しゃこ」・船蟲の如きものを添へなどすれば、その中には或は早く相分かれるもの或は晩くまで相伴うて進むもの等があつて、全く脊椎動物の例で見たと同樣な圖が出來る。倂し多數の動物の中には例外と思はれるものがないでもない。例外の例を一つ擧げれば、前にも述べた通り、軟體動物は總べて發生の初期に於ては、幼蟲が纖毛を動かして水面を泳ぐものであるが、章魚・烏賊の類は發生の初から、他の動物と違ひ、かやうな時代を經過せずに、直に章魚・鳥賊の形に發生する。また田螺(たにし)はかやうな時代を親の殼内で經過し、田螺の形に出來上つた頃に始めて生れ出る。されどかやうな例外は甚だ少數で、且多くは例外となつた特殊の理由を多少察することの出來るもの故、これらを論據として全體の形勢を否定することは勿論出來ぬ。

[やぶちゃん注:私は頭足類が何ゆえにトロコフォアやベリジャー幼生期を経ないのか、また、腹足綱原始紐舌目タニシ科 Viviparidae のタニシ類が何故に卵胎生なのかという「特殊の理由を多少」なりとも「察すること」は「出來」ない。識者の御教授を乞うものである。]

 さて斯くの如く動物各種は發生の初には皆相似て、發生の進むに隨ひ、樹枝狀に追々相分れることは、如何なる意味を有するものかと考へるに、若し動物各種が最初より全く互に關係なく、別々に出來たものとしたならば、少しも解らぬことで、前に掲げた數多の事實と同樣に、いつまで過ぎても理窟の知れる見込もない。若し天地開闢の際から、人間は人間として、牛は牛として、鷄は鷄として、魚は魚として出來たものならば、これら四種の動物が發生の初に於て殆ど同樣な形狀を呈し、人間も、牛も、鷄も、魚同樣に數對の鰓孔を有し、少し進むと魚だけは區別が附くが、他は尚同樣で、皆左右の動脈弓を備へ、更に進めば鷄には右の大動脈だけ、人間・牛には左の大動脈だけとなつて區別が生じ、尚餘程後になつて牛は五本の指の中で、中指と藥指のみが特別に發達して殆ど二本指となり、人間は五本の指がその儘に發達して、孰れが牛、孰れが人間と識別が出來るやうになることは、實に不可思議極まることである。之に反して、若し動物は皆共同の先祖より進化し降つたものと見倣さば、發生中に現れる性質は、皆先祖の性質が遺傳によつて傳はつたものとして、この現象も一通りは理窟が解る。卽ち先祖といふ中には千代前の先祖も五千代前・一萬代前または一億代前の先祖もあるが、古い先祖の有して居た性質は發生中の早い時代に現れ、後の先祖の性質は發生中梢々遲く現れ、先祖代々の性質が順を追うて子孫の發生中に現れるものとすれば、同じ子孫の中でも古く相分れて今は既に著しく相異なるものは、その發生に於ても早く相分れ、比較的近頃になつて相分れて、今尚餘程相似たものは、その發生に於ても晩くまで相伴ふ筈故、發生比較の表が斯く樹枝狀となるのは當然のことである。實に發生學上の事實は、生物の進化を認めなければ理窟の解らぬことばかりであるから、今日の發生學上の知識を少しでも有するものは、到底生物不變の説を信ずることは出來ぬ。

[やぶちゃん注:ドイツの生物学者エルンスト・ハインリッヒ・フィリップ・アウグスト・ヘッケル(Ernst Heinrich Philipp August Haeckel 一八三四年~一九一九年)の「個体発生は系統発生を繰り返す」という「反復説」である。これは次章で続いて語られる。未だに、これを非科学的学説として退ける輩が多いが、私は敢然と正しいと表明する。ここでそれを語ることは控えるが、先に示したサイト「永井俊哉ドットコム」の個体発生は系統発生を繰り返すのかは是非、読まれたい。「個体発生は系統発生を繰り返す」という命題の在り方そのものが確かに真であると私は信じて疑わない。なお、ヘッケルはまた、分類上の「門」や皆さんお好きな「生態学」などの用語の最初の提唱者でもある。]

進化論講話 丘淺次郎 第十章 發生學上の事實(3) 三 發生の初期に動物の相似ること

 

     三 發生の初期に動物の相似ること

 

 凡そ甲殼類は、蝦・蟹の如く生涯活潑に運動する類でも、「ふぢつぼ」の如く岩石の表面に固著して生活する類でも、また他の動物に寄生して何か解らぬやうな形に退化したものでも、その發生の初期には孰れも三對の足を有し、形狀の極めて相似た時代のあることは前に述べたが、之は甲殼類に限ることではない。總べて他の動物の部類でも全く之と同樣である。

 當今の動物分類法では、先づ動物總體を大別して若干の門とし、各門を更に綱・目に分つが、同門・同綱に屬する動物は、皆その發生の初期には形狀が頗る相似て、容易に識別の出來ぬ位なものである。門の數は分類者の意見によつて多少違ふが、通常八つか九つと見倣して置いて差支へはない。その中には形が小くて見えぬために、普通人の知らぬものもあれば、また人間の生活に直接の利害の關係の少いために、人の注意せぬものもあるが、その主なるものを擧げれば、第一には人間を始め鳥・獸・蛇・蛙・魚類等の如く、身體の中軸に脊骨を有する動物を總括する脊椎動物門、第二には蝦・蟹類・昆蟲類・蜘蛛・百足等の如き身體の表面が堅くて澤山の節があり、足にも各々若干の關節を具へた動物を總括する節足動物門、第三には蜆・蛤・榮螺・田螺または章魚(たこ)・烏賊(いか)の如く、身體は柔くして全く骨骼なく、單に表面に介殼を被るだけの動物を總括する軟體動物門、第四には、「うに」・「ひとで」・「なまこ」等の如く、皮膚の中に夥多の石灰質の骨片を具うる動物を含む棘皮動物門、第五には蚯蚓・「ごかい」等の如き、骨がなくてたゞ身體に節ある動物等を含める蠕形動物門などである。これらの中から同門・同綱に屬する動物を幾つか取出して、その發生を調べて見ると、多少の例外はないこともないが、大部分は全く前に述べた通りで、その初期に當つては極めて相類似して居る。

[やぶちゃん注:「動物分類法」現代の分類学は分子生物学の急速な発展によって、アイソザイム(Isozyme:酵素活性がほぼ同じでありながら、タンパク質分子としては別種(アミノ酸配列が異なる)酵素)分析(アイソザイムは遺伝子型を反映していることから、間接的な「遺伝子マーカー」として利用出来る)や直接のDNA解析が進み、その新知見に基づく最新の科学的系統学の知見を反映させた新体系に組み替える動きが盛んであるが、基本的には丘先生の時代の旧来のリンネ式の生物分類は、概ね、一般的には有効に維持されてはいる。以下、丘先生は分類階層を動物の「門」(英語:phylum, division/ラテン語:phylum, divisio)から始めておられる。我々の日常の生物分類では、この「門」の上の階層は植物と動物と何となく細菌みたようないい加減な認識であって、あまり問題とされないが、現代の生物分類学に於いては最上階に「ドメイン」(英語:domain/ラテン語:regio(レギオー))があり、そこでは基礎的なゲノムの進化の違いを反映して、現行で一般的なものとしては、三つのタクソン(taxon:生物分類に於いて「ある分類階級に位置づけられる生物の集合」を指す。分類群)に分け、「真核生物ドメイン」・「真正細菌ドメイン」・「古細菌ドメイン」とする(嘗ては「域」と訳されたが、現行では「ドメイン」が一般化した)。次に「門」の上の「界」(英語:kingdom/ラテン語:regnum)となる。伝統的にはここで「動物界」と「植物界」の二つのみが長く認められてきた(二界説)が、これはある意味で最早、科学的とは言えなくなりつつあり、その後、動物界・植物界・原生生物界の三界説を経て、一九六九年以降の五界説が登場する。これは「モネラ界 Kingdom Monera」(原核生物の細菌類及び藍藻類。後の一九七七年以降にリボソームRNAの研究で原核生物が「真正細菌界」と「古細菌界」に分けられ、それがさらに最上階層の「ドメイン」に上層変更された)・「原生生物界 Kingdom Protista」・「植物界 Kingdom Plantae」・「菌界 Kingdom Fungi」・「動物界 Kingdom Animalia」に分けられる。少なくとも、現行の論文等でもこの五界説に拠る記載を見ることが多いので、我々一般人はこの説の分類認識で特に困ることはないと私は考えている。なお、私は私の好きな海産生物の正式な分類や種同定では、「国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)」の「BISMaL」(Biological Information System for Marine Life:海洋の生物多様性情報、特に生物地理情報を扱うデータシステム)を使用することにしているが、その分類では二〇〇五年の「国際原生動物学会」で示された真核生物の新しい見た目六つのスーパーグループ(supergroup:旧来の「界」ではなく、一九八〇年代頃より提唱され始めた真核生物の高次分類群)にほぼ基づいたツリーで分けられている。

「門の數は分類者の意見によつて多少違ふが、通常八つか九つと見倣して置いて差支へはない」というのは、文脈から動物に限っての謂いであるが、現行の「門」のタクソンは生物全体では百門近くに分けられている。詳しくはウィキの「門」を参照されたいが、そこを見ても三十五門を数える。例えば、高等学校の生物学の参考書と冒頭から筆者が謳う岡村周諦著「生物學精義」(大正一四(一九二五)年瞭文堂刊)の(国立国会図書館デジタルコレクションの画像)の動物の分類」(リンク先はその冒頭頁)を見ても、「原生動物」(多様な原始的な微細な単細胞生物で動物的なものの投げ入れ場所。現在では分類群名としては使われず、大まかな総称として生き残っているだけである)・「海綿動物」・「腔腸動物」・「扁蟲動物」(現在の扁形動物門)・「圓蟲動物」(現在の線形動物門)・「環蟲動物」(現在の環形動物門)・擬似軟体動物(シャミセンガイ等の腕足動物門やコケムシ(外肛動物門)等をゴチャ混ぜにしたトンデモ玩具箱のような門)・棘皮動物・環蟲動物(現在の環形動物門)・節足動物・軟體動物・脊索動物門の十二にしか分類していないしかも、この内の原生動物と特に擬似軟体動物はご覧の通りの生物学者自身が口にしたくないブラック・ボックス的存在であり、そうポピュラーな生物たちではなかった。また、原生動物や環蟲動物は一般的には微細であって虫眼鏡や顕微鏡によらないと細かな観察出来ないから、それら三つを外すと「九つ」となり、丘先生の謂いがしっくりくる。実際、小学生の頃の私も、その程度の認識だった。本書「進化論講話」の初版は明治三七(一九〇四)年、底本は、その同じ大正一四(一九二五)年九月刊の『新補改版』(正確には第十三版)で、そもそもが、これは御大層な教科書ではなく、一般大衆向けの進化論の解説書なのである。

「章魚(たこ)・烏賊(いか)の如く、身體は柔くして全く骨骼なく、單に表面に介殼を被るだけの動物を總括する軟體動物門」やや問題がある。ウミウシのような後鰓類やイカ類の場合は表面ではなく、体内に殻(の痕跡)を有するからである。

「夥多」「くわた」。おびただしく多いこと。或いは「あまた」と当て訓している可能性もある。

「蠕形動物門」現在の環形動物門。]

 

Sekituidoubutunotaiji

[脊椎動物の胎兒の比較

(上段左より)魚 蠑螈[やぶちゃん注:「ゐもり(いもり)」。] 龜

(下段左より)豚 牛 兎 人間]

[やぶちゃん注:底本はブラック・バックでおどろおどろしく見えてしまう(と私が判断し)、講談社学術文庫版の画像を用いた。]

 

 人間の一二箇月の胎兒と鷄卵を、二三日溫めた頃の雛の出來かゝりとが互に相似て居ることは、既に前にいうたが、人間と鷄とだけに限らず、他の鳥類・獸類は素より、蛇でも、龜でも、魚類でも、凡そ脊椎動物なればその發生の初期には大體に於て皆相似たものである。こゝに掲げた八つの圖は脊椎動物の中から八つの違つた種類を選み出して、その發生中、人間の一箇月位の胎兒に相當する頃の形狀を列べ寫したものであるが、上の段の左の端にあるのが魚、次が蠑螈[やぶちゃん注:「ゐもり(いもり)」。]、次が龜、右の端が鷄で、下の段では左の端が豚、次が牛、次が兎、終りが人間の胎兒である。孰れも實物から寫生したものであるから、略圖ではあるが決して間違ひはない。この通り萬物の靈と自稱する我々人間も、我々の常に打ち殺して食ふ牛・豚・鳥・魚なども、この時代にあつては殆ど區別は附かぬ位で、あれとこれとを取り換へて置いても容易には解らぬ位に好く似て居る。

 節足動物中の甲殼類のことは前に例に擧げたが、次なる軟體動物は如何と見るに、之も同樣で、蛤でも牡蠣でも榮螺でも鮑でも、發生の初期には皆極めて小い幼蟲で、體の前端にある纖毛の輪を振り動かして海面を泳いで居るが、その狀は孰れも同じやうで、なかなか識別は出來ぬ。寒冷紗[やぶちゃん注:「かんれいしや(かんれいしゃ)」荒く平織に織り込んだ布。織り糸には主に麻や綿などが用いられたが、現在ではナイロンにとって変わった。ここは所謂、プランクトン・ネットのことである。]で囊を造つて海の表面を引いて步くと、目に見えぬ程の小いものが澤山に入るが、之を顯微鏡で調べると、かやうな幼蟲が幾らでも見える。その中には蛤になるべきものも、牡蠣になるべきものも、榮螺になるべきものも、鮑になるべきものもあらうが、形が似て居るから實際生長させて見なければ何になるか前からは解らぬ。特に蜆・蛤の如き二枚の介殼を有する類と、榮螺・鮑の如きたゞ一個の卷いた介殼を有する類とに別けて論ずるときは、かやうに相似た時期が更に長くて、愈々二枚貝の幼蟲とか卷貝の幼蟲とかいふことが解るだけに生長してからも、尚餘程の間は二枚貝の中の何といふ種類の子であるか、卷貝の中の何といふ種類の子であるか解らぬ。海岸に打ち上げられて居る介殼だけを見ても、貝類には形狀の異なつたものの甚だ多いことが直に解るが、その發生の初め幼蟲として海面を泳ぐ時代に互に善く似て居る具合は、人間・牛・豚などが胎内發生の初めに暫時同じ形を呈するのと毫も違はぬ。

[やぶちゃん注:ここに出る貝類のそれは、軟体動物の殆んど(頭足類は除く。次の章で丘先生も例外として挙げられておられる)で見られるトロコフォア(Trochophore:担輪子(たんりんし)。軟体動物や環形動物の幼生に多く見られるライフ・ステージの一時期)及び、通常ではその次のステージであるベリジャー幼生(veliger larva:被面子幼生。概ね、鰭のように広がった部分に繊毛を生やして浮遊生活を行う)を指している。特にここでは後者を指示していると読むべきであろう。]

 

Kyokuhidoubutu

[棘皮動物の例

 一 ひとで  二 うに  三 なまこ]

[やぶちゃん注:キャプションの数字が画像の中に打たれており、講談社学術文庫とは指示数字が異なることによる。国立国会図書館デジタルコレクションの画像を補正(異様に暗いのでハレーションのように明度を上げた)して示した。ちょっと見づらいが、ヒトデは「一」の左下に一個体、その左後方の岩(或いは海綿か)の上に一個体が描かれている。但し、ナマコはいいとして、左のウニは口器を正面に向けており、生態画としてはあり得ない、おかしな絵である。]

 

 棘皮動物の中に含まれてゐる「うに」・「ひとで」・「なまこ」は生長の終つたものを互に比べて見ると、隨分甚だしく違つたものである。「うに」は稍々扁平な球形をなし、表面全體に棘が生えて恰も刺栗[やぶちゃん注:「いがぐり」。]の如く、「ひとで」は五本の腕を有し、圖に書いた星の通りであるから、西洋諸國では之を海の星と名づける。また「なまこ」は細長い圓筒形で、澤山の細かい突起が縱に五本の線をなして列んで居る故、頗る胡瓜に似て居る。斯く互に違ふものであるが、その發生を調べると、初めの間は實に甚だしく相似たもので、孰れも親とは全く形狀が違ひ、纖毛の列を振り動かして、海の表面に浮いて居る。貝類の幼蟲でもこの類の幼蟲でも、極めて小い透明なもの故、實際生きたものを顯微鏡で見なければ、なかなか想像することもむずかしい。

[やぶちゃん注:棘皮動物の発生初期の幼生は概ね、ウニとクモヒトデ類(棘皮動物門 クモヒトデ(蛇尾)綱 Ophiuroidea)ではプルテウス幼生(pluteus larva)と呼び、特にウニのそれはエキノプルテウス幼生(echinopluteus larva:当初は四本の腕を持ち、六腕期を経過後、八腕期で変態して稚ウニとなる)、クモヒトデではオフィオプルテウス幼生(Ophiopluteus larva:「く」の字型の中央に、短い六本の腕が付いた形状を成す)と呼ぶ。通常のヒトデ類ではビピンナリア幼生(bipinnaria larva:体表面に複雑な曲がりくねった形の繊毛帯を有し、その一部が三対の突起となって突き出した状態を指す。後にそれが有意に長い突起として伸び出したものを別にブラキオラリア幼生(brachiolaria larva)と呼ぶ)、ナマコ類ではアウリクラリア幼生(auricularia larva:五対の突起を有し、各突起の基部には球状体がある。さらに最後端の両側の突起の基部には星形の骨片を持つ。この幼生はさらに樽形のドリオラリア幼生(doliolaria larva)となり、さらに変態して触手をもったペンタクラ期(pentacularia)を経て成体となる)と呼んで区別する。

「うに」は英語で“sea urchin”(海の針鼠)が一般的だが、“sea chestnut”(海の栗)とも呼ぶ。

「ひとで」は英語通称で“sea star”“star fish”“starfish”(海の星)。

「なまこ」は英語通称で“sea cucumber”(海の胡瓜)。]

 以上は極めて簡單に、動物は發生の初めに當つて互に著しく相似るものであることを説いたに過ぎぬ。詳細なことに至つては素より白身で實物を研究しなければ到底明に知ることは出來ぬが、大體は先づこゝに述べた通りに考へて誤はない。そこで斯くの如く、生長してしまへば全く異なる動物が、發生の初めだけ揃つて相似るといふことは、決して偶然なこととは思はれぬ。一つか二つより例のないことならば、或は何か偶然の原因で生じたかとも思はれるが、孰れの門、孰れの綱の動物を取つても、その大部分が、かやうな性質を示すのを見れば、之には何か全部に通じた一大原因が無ければならぬ。若し同門・同綱に屬する動物は皆共同の先祖より降つたものとしたならば、この原因は直に解るが、生物各種を萬世不變のものと見倣すときは、斯かる現象の起る理由は到底何時までも解らぬであらう。

2018/02/18

進化論講話 丘淺次郎 第十章 發生學上の事實(2) 二 退化せる動物の發生

 

     二 退化せる動物の發生

 

Nauplius

[甲殼類の幼蟲]

Hujitubo

[ふぢつぼ]

[やぶちゃん注:二枚とも講談社学術文庫版をトリミングした。前者は所謂、甲殻類に共通した最も初期の幼生ノープリウス幼生(Nauplius)である。]

 

 所謂退化の現象に就いては既に第八章に述べたが、斯かる退化した動物の發生を研究して見ると、また極めて面白いことがある。先づ前に例に擧げた「ふぢつぼ」に就いてその發生の有樣を見るに、卵から出たばかりの子は、上の圖に示す如く三對の足を具へて活潑に海水中を泳ぎ廻つて、聊もその親に似た處はない。「ふぢつぼ」は前にもいうた通り、蝦・蟹等と同じく甲殼類といふ部類に屬するが、この類のものは總べて發生の初期には斯かる形を有し、他の動物の幼蟲とは直に識別することが出來る。蝦・蟹等の中でもこの時代を卵殼の内で經過し、孵化したときには、既に尚一步進んだ形態になつて居るものもあるが、大體この幼蟲から如何に變化して蝦・蟹等の生長した姿が出來るかといふに、この幼蟲は生長の進むに隨ひ、體の大きくなると同時に、初三對あつた足の後(うしろ)に新しい足が何對も出來て、最初水中を泳ぐ役を務めた足は、漸次働が變じ、第一對は二岐に分れた短い方の鬚となり、第二對は枝分かれせぬ長い方の鬚となり、第三對は物を嚙むための顎となつてしまひ、新に生じた方の足の中で幾對かが眞に後まで步行する足となる。「ふぢつぼ」の發生も最初はこの通りで、三對ある足の後に續々新しい足が生じ、暫くの間は海水の中を泳いで廻るが、やがて岩の表面・棒杭等に頭の方で附著し、周圍には石灰質の介殼を分泌して、終に生長した「ふぢつぼ」の形となつてしまふ。而して數對あつた足は孰れも役目が變り、たゞ海水を口の方へ跳ね送り、その中に浮べる微細の藻類等を口に達せしめる働きを務めるやうになるが、働が變れば形も之に應ずるやうに變ぜざるを得ぬ譯故、この類の足は蟹や蝦の步くための足と違ひ、恰も「ぜんまい」か葡萄の蔓の如くに見える。「ふぢつぼ」の生きて居るのを海水の中に飼ふて見て居ると、介殼の口の如き處から絶えずこの足を澤山に出したり入れたりし續けて休むことはない。その動く具合から考へると、多分呼吸器の役をも兼ね務めるらしく思はれる。

[やぶちゃん注:『前に例に擧げた「ふぢつぼ」』「第八章 自然淘汰(4) 四 所謂退化」を参照されたい。「生物學講話 丘淺次郎 一 止まつて待つもの」も楽しい。]

 斯くの如く出來上つてしまへば、「ふぢつぼ」は殆ど牡蠣や蛇貝の如き固著した介殼と紛らわしい位なものになるが、その發生の初めには足もあり、目もあつて、餌を追ひ敵を避けて、活溌に運動する有樣は、到底親の及ぶ所ではない。所謂退化した動物は總べてこの通りで、發生の初め或は途中の方が、生長したときより遙に高等の體制を示すものである。退化したといはれる動物は大抵固著の生活を營むもの、或は他の動物に寄生するもの等であるから、かやうな動物の發生を調べると、幾つでもここに述ベた如き事實を見出すことが出來るが、その中でも最も甚だしいのは、甲殼類の中で寄生生活をなす類である。

[やぶちゃん注:「蛇貝」狭義には、軟体動物門腹足綱前鰓亜綱盤足目ムカデガイ科に属する巻貝 Serpulorbis 属オオヘビガイ Serpulorbis imbricatus などを指すが、一般的な認識の中では、形状からは、同目ミミズガイ科に属する巻貝ミミズガイ Siliquaria (Agathirses) cumingi なども「ヘビガイ」と通称される範囲に含まれるであろう。オオヘビガイ Serpulorbis imbricatus は北海道南部以南を生息域とし、沿岸の岩礁などに群生する。螺管が太く一二~一五ミリメートルに達し、最初は右巻きであるが、後は不規則に巻いて他物に固着する。和名は恰も蛇がとぐろを巻いているように見えることがあることに由来する。表面は淡褐色で、結節のある螺状脈と成長脈を持つ。殻口は円形を成し、口内は白色で蓋はなく、潮が満ちて来ると、蜘蛛のように殻口から粘液糸を伸ばして有機性浮遊物を捕捉・摂餌する。一方、ミミズガイ Siliquaria (Agathirses) cumingi はオオヘビガイよりも遙かに小さく、螺管は六~七ミリメートル以上には太くならず、初めは徐々に増大して小さく巻き込むが、その後方は巻き方が大きくなり、幾分、曲った直管になる。螺管自体は巻くものの、密着することはなく、従って、層を形成しない。縦の螺脈の成長襞も不規則である。蓋は角質の円形で、厚く縁取られており、中央は折り畳み状に螺旋している。多くは海綿の体内に棲息し、しばしば微少貝類に交じって打ち上がったものを採取することが出来る(以上の貝類学的記載は主に保育社昭和三四(一九五九)年刊の吉良哲明「原色日本貝類図鑑」に拠った)。]

 

Uokiseikoukakurui

[魚に寄生する甲殻類]

[やぶちゃん注:講談社学術文庫版をトリミングした。私は実は海棲のこうした寄生性生物はかなりの守備範囲と自負はしているのだが、ここに示された二種の寄生虫は、なかなか同定が難しい。それでも試みる。

 まず、右のそれはその特徴的形状から推して、高い確率で節足動物門甲殻亜門顎脚綱カイアシ亜綱新カイアシ下綱後脚上目シフォノストム目 Siphonostomatoidaヒジキムシ(ペンネラ)科 Pennellidae ウオノカンザシ属ホシノノカンザシ Cardiodectes asper か、或いは同じヒジキムシ(ペンネラ)科のメダマイカリムシ属Phrixocephalus の一種ではないかと考える。上の部分が頭部の突起で根状を成し、中央にあるのが胴部、下に伸びる二つのコイル状のものは卵囊である。

 次に左のそれであるが、下部はやはり卵囊と思われ、ここのそれは、まさにヒジキによく似ているから、やはりヒジキムシ(ペンネラ)科 Pennellidae の一種で、頭部が少しシンプルであること、卵囊の先にある翼状体が不審であるが、幾つかの画像と比べて見ると、イカリムシモドキ(レルナエエニクス)属Lernaeenicus の一種ではないかと私は推測する。]

 

 抑々甲殼類の身體は前後に列んだ多數の節より成り、これより生ぜる數多の足にはまた幾つもの關節があり、一對の眼と二對の鬚とを具へ、運動は活潑で、感覺も鋭敏な方故、無脊椎動物の中では餘程高等なものである。然るにこの類の中でも他の動物に寄生する種類になると、實に非常な退化の仕樣で、眼は勿論足も全くなくなり、體の節の境まで消えて、一寸見ては甲殼類か否か解らぬのみならず、一疋の動物であるか否か知れぬ位になつてしまふ。ここに圖を掲げたのはその二三の例であるが、その右圖は鯒(こち)・鰈(かれひ)等の眼に屢々附著して居るもので、その形は恰も小い[やぶちゃん注:「ちひさい」。]碗豆に二本の撚絲[やぶちゃん注:「ねりいと」。]を附けた如くに見える。その左圖の方も、同じく他の大形の魚類の皮膚に附著して居るものであるが、これはまた鳥の羽毛一本と殆ど同じやうな形を呈して居る。孰れも甲殼類に屬するものであるが、斯く生長し終つたときには、甲殼類の特徴ともいふべき點は一つも見えぬ。また次頁の圖に示したのは、蟹類の胸と腹との境の處に時々附著して居る寄生物であるが、單に團子の如きもので、眼・鼻は固より足もなければ尾もなく、背と腹との區別もなく、どちらが前やらどちらが後やらも解らぬ。たゞ一箇處で蟹の體に附著して居るが、この處から蟹の體内へ探つて行くとこの動物の身體の續きは恰も植物の根の如くに屢々分岐し、各々細く長く延びて蟹の全身に行き渡り、足の爪から鋏(はさみ)の先までに達し、到る處で蟹の血液から滋養分を吸ひ取つて生活して居る。これらに至つては誰に見せても、之が甲殼類であらうといふ判斷は出來ぬ。然るにこれらの動物の發生を調べると、孰れも卵から出たばかりには數對の足を有し、頭の前端には目を具へ、自由白在に水中を游泳して、その時の有樣は「ふぢつぼ」・蝦・蟹等の幼蟲と殆ど同様である。たゞ生長が稍々進んで他の動物の身體に寄生し始めると、忽ち形狀が變化し、今まであつた運動・感覺の器官は追々無くなり、寄生生活に必要な部分のみが發達して終に斯くの如きものになつてしまふのである。今日、分類上これらの動物を甲殼類の中に編入してあるのも、畢竟かやうな發生を調べた結果で、まだ發生の模樣の解らぬ頃には、皆誤つて他の部類に入れてあつたのを、一旦發生を研究して見ると、その獨立生活をなし居る幼蟲時代には如何しても蝦・蟹類の幼蟲と分離することが出來ぬから斯く改めたのである。

 

Hukuromusi

[蟹に寄生する甲殼類

右圖の「寄」は寄生蟲 左圖は寄生蟲のみ取離したもの]

[やぶちゃん注:ここでは指示線入りのキャプションがあるので、国立国会図書館デジタルコレクションの画像をトリミングし、補正して示した。

 この蟹の寄生虫は顎脚綱鞘甲亜綱蔓脚下綱根頭上目Rhizocephala のケントロゴン目 Kentrogonida 及びアケントロゴン目 Akentrogonida に属する他の甲殻類に寄生する寄生性甲殻類であるフクロムシ類である。本邦での分類学的研究は昭和一八(一九四三)年以降、殆んど行われていないが、ここで丘先生が挙げておられるのは、日本固有種で主にイワガニ類に寄生するケントロゴン目フクロムシ科ウンモンフクロムシ Sacculina confragosa と考えてよいと思う。何故なら、丘先生が「生物學講話 丘淺次郎 四 寄生と共棲 二 消化器の退化」でこれを挙げておられ、そこで示しておられる種と、私は基本的に同一のものと判断されるからである。なお、これは、多くの人は卵を持った蟹と誤認しているケースが多いと思われる(何故なら、その付着部位や見た目の形状・色彩が個体によって蟹の抱卵する卵塊と酷似する場合があるからである)。西村三郎「原色検索日本海岸動物図鑑[]」(保育社)の記載によれば、空豆形で、個体によって白・黄・茶色などの多彩な色を持つ。柄は短く、外套口(丘先生の左図の瓶の口のような上部)は中央にあり、突出する。表面には棘を欠き、一面に波模様の隆起を持つ。周囲も波形に縁どられている。大きさは宿主の腹部の大きさによって変化し、長径五ミリメートルから三センチメートル前後と幅がある。複数個体が附く場合も稀ではない。本文の記載を読んだ方は気がつかないだろうか?――私は最初に映画の「エイリアン」を見た時――あの幼虫期の寄生性のエイリアンの寄生形態は、このフクロムシがヒントだな、と思ったものである。]

 

 以上二三の例によつても解る通り、固著生活・寄生生活等を營む所謂退化せる動物の發生を見ると、皆初は獨立の生活をなし、運動・感覺の器官をも具へて居て、然もその頃の形狀は他の終生運動して獨立の生活を營む動物の幼時と、殆ど寸分も違はぬ程に似て居ることが甚だ多いが、この現象は生物種屬不變の説から見れば眞に譯の解らぬことである。芝蝦も「ふぢつぼ」も蟹の腹に附著して居る團子も、卵から出たときには、皆揃つて三對の足を有し、額の中央に眼を具へて、水中を泳ぎ廻ることは、若しこれらの動物が互に初から緣のないものとしたならば、單に不思議といふに止まるが、共同の先祖より進化し降つたものと見倣せば、斯く發生の途中に同一の性質の現れるのも無理でないと思はれ、漠然ながらその理由を察することが出來る。

 

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