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カテゴリー「原民喜」の173件の記事

2017/05/23

ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) 飛ぶ島(ラピュタ)(2) 「變てこな人たち」(Ⅱ)

 

二章

 

 私が〔鎖の〕その島へ下りると、すぐ大勢の人人にとりかこま〔か〕れました。見ると、一番前に立つてゐるのが〔、〕どうも上流の人人のやうでした。彼等は私を眺めて、ひどく驚いてゐる樣子でしたが、私の方も、すつかり驚いてしまつたのです。なにしろ、その恰好も、服裝も、容貌(かほ)も、こんな奇妙な人間〔を私は私は〕まだ見たことがなかつたからです。

[やぶちゃん注:章見出しは現行版には存在せず、前の段落との間も空けられていない。

 彼等の頭はみんな、左か右か、どちらかへ傾いてゐます。眼は片方は内側へ〔向き〕、もう一方は眞上を向いてゐるのです。上衣の模樣は太陽、月、星などの模樣に、提琴、橫笛、竪琴、喇叭、六弦琴、そのほか、いろんな珍しい樂器の模樣を交ぜてゐます。ところ私はあ〕ちこちに〔それから、〕召使の服裝をした男〔たちは、〕短い棒の先に〔、〕膀胱をふくらませたものをつけて〔、〕持ちあるいてゐます。そんな男たちも〔、〕だいぶゐました。〔これはあとで知つたのですが〕この膀胱の中には〔、〕乾ゐた豆と礫〔、〕が少しばかり入つてゐます。

[やぶちゃん注:現行版では楽器の箇所にそれぞれに、『提琴(フィドル)。橫笛(フリュート)、竪琴(ハープ)、喇叭(トランペット)、六弦琴(ギター)』(拗音は推定)と振られてある

「提琴」(ていきん)はヴァイオリンのこと。「ヴァイオリン」はイタリア語派生で、現行版のルビ「フィドル」(fiddle)でこちらは英語。

「膀胱をふくらませたもの」多くの他の訳者でも和訳はそのまま「膀胱」であるが(確かに原典も“a blown bladder”としかないのだが)、豚の膀胱である。

「礫」現行版は「小石」。ここもこれで「こいし」と読んでおく。]

 ところで、彼等は〔、〕この膀胱で、傍に立つてゐる男の口や耳をたたきます。(私は〔まだ〕その時はこれはなんのことかさつぱりわからなかつたのですが、)〔これは〕この國の人間は〔、〕いつも何か深い考へごとに熱中してゐるので、〔何か〕外からつついてやらねば、物も言へないし、他人の話を聞くこともできない〔から〕です。そこで〔、〕お金持は、たたき役を一人、召使として傭つておき、外へ出るときには必ずつれて行きます。〔ですから〕召使の仕事といふのは〔、〕この膀胱で主人やお客の耳や口を靜かに〔、〕かはるがはる〔、〕たたくことなのです。〔また、〕このたたき役は主人につきが外出につきそつて步き、時時、その眼を輕くたたいてやります。といふのは〔、〕主人は考へごとに夢中になつてゐますから、どうかすると〔うつかりして〕崖から落つこちたり、溝に轉げ〔はま〕つたりしさう〔するか〕もしれないからです。

[やぶちゃん注:太字は現行では傍点「ヽ」。現行版では総てが「叩き」「叩く」などと漢字になっていて、傍点は存在しない。]

 ところで、私はこの國の人々に案内されて、階段を上り、島の上の宮〔殿〕へ〔連れて〕行かれました。〔たのですが、〕その時、私は〔、〕みんなが何をしてゐるのか、さつぱりわかりませんでした。階段を上つて行く途中でも〔、〕彼等はぽかんと〔考へごとに熱中し、〕〔ぼんやり〕してしまふのです。その度に〔、〕たたき役が〔、〕彼等をつついて〔、〕氣をはつきりさせ〔てやり〕ました。

 私たちは宮殿に入つて、謁見〔國王〕の間に通されました。見ると國王陛下の左右には〔、〕高位の人たちがずらりと並んでゐます。王の前にはテーブルが一つあつて、その上には〔、〕地球儀や〔、〕その他〔、〕種々さ樣々の数學の器械が一杯並べてあります。なにしろ〔、〕今〔、〕〔私たち〕大勢の人がどかどか〔と〕入つ〔〕たので〔、〕騷がしかつたはずですが、陛下は〔、〕一向〔、〕私たち〔が來たこと〕に氣がつかれません。陛下は〔今、〕ある問題を一心に考へてをられる最中なのでした〔す〕。私たちは〔、〕陛下がその問題をお解きになるまで〔、〕〔一時間ぐらゐ〕待つてゐなければなりません。〔ました。〕陛下の兩側には、たたき棒を持つた侍童が〔、〕一人づつついてゐます。陛下の考へごとが終ると、一人は〔、〕口もとを〔、〕一人は〔、〕右の耳を、それぞれ〔、〕輕く叩きました。

[やぶちゃん注:現行版では「陛下の兩側には、たたき棒を持つた侍童が、一人ずつついています。陛下の考えごとが終ると、一人は口許を、一人は右の耳を、それぞれ軽く叩きました。」と整序された部分が、改行されて独立段落を形成している。]

 すると〔、〕陛下は〔、〕まるで急に目〔が〕覺めた人のやうに、ハツとなつて、私たちの方を振向かれました。それで〔、〕やつと〔、〕私の來たことを氣づかれたやうです。王が何か一言二言いはれたかと思ふと、たたき棒を持つた若者が〔、〕私の傍へやつて來て、靜かに私の耳をたたきはじめました。私は手眞似で、そんなものはいらないといふことを傳へてやりました。

 陛下は頻りに何か私に質問されてゐるらしいのでした。で、私の方もいろいんな國〔の言葉〕で答へてみました。けれども向の言ふこともわからなければ、こちらの言ふことも〔まるで〕通じません。

 それから〔、〕私は陛下の命令で〔、〕宮殿の一室に案内され、召使が二人私につきそひました。やがて〔、〕食事が運ばれてきました。〔すると〕〔そして〔、〕〕四人の貴族たちが〔、〕私と一緒に食事〔テー〕ブルに着きました。食事は三皿二度に運ばれました。正三角形に切つた羊の肉を、菱型食事中、私はいろんな品物を指して〔、〕何といふ名〔前〕なのか聞いてみました。すると貴族たちは、たたき役の助けをかりて、喜んで答へてくれました。私は間もなく、パンでも飮物でも、欲しいものは何でも云へるやうになりました。

 食事がすむと〔、〕貴族たちは歸りました。そして今度は、陛下の命令で來たといふ男が、たたき役をつれて入つて來ました。〔彼は〕ペン、インキ、紙、それに〔、〕三四册の書物を持つて來て、言葉を教へに來たのだと手眞似で云ひます。私たちは〔、〕四時間一緒に勉強しました。私はたくさんの言葉を縱に書き、それを並べて〔に〕譯を書いて行きました。短い文章も少し覺えました。

 それには先づ先生が召使の一人に、「何々を持つて來い」、「あつちを向け」、「お辭儀」、「坐れ」、「立て」といふふうに命令をします。すると私はその文章を書きつけるのでした。それから今度は書物〔本〕を開いて、日や月や星や、その他〔、〕いろんな平面図、立體図の名を教へてくれました。〔先生〕はまた〔、〕樂器の名前と説明を音樂の言葉を〔、〕いろいろ教へてくれました。こんな風にして二三日すると、私は大たい彼等の言〔葉〕がどんなもの〔である〕かわかつてきました〔たので〕す。〔こ〕この島〕は飛行島「ラピュタ」といつて、〔います。〕〔私はそれを〕飛ぶ島、浮島などと譯しておきました。

 

2017/01/03

ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) 飛島(ラピュタ)(1) 「變てこな人たち」(Ⅰ)

 

    飛島、

      變てこな人たち

 

[やぶちゃん注:標題と章見出しは原稿用紙右罫外に記している。現行版では標題が『第三、飛島(ラピユタ)』、章見出しは『一、変てこな人たち』である。]

 

 私が家に戾ると間もなく、ある日、「ホープウエル号」の船長が訪ねて來ました。それから度々彼はやつて來るやうになりましたが、いろいろ話し合つてゐるうちに、私はまた〔、〕船に乘つてみたくなつたのです。これまで私は隨分苦しい目にもあつてゐます〔ひました〕が、それでも〔、〕まだ海へ出て外國を見たいといふ氣持が消えません。がありました。→強かつたのです。〕

[やぶちゃん注:「ホープウエル号」この船名は原典でもここが初出。]

 そこで、私は一七〇六年八月五日に出帆し、翌年の四月十一日にフオート・セン・ヂヨーヂ(印度の港)に着きました。それから、トンキンに行つたのですが、ここで私は〔船長と別れて、〕別の船に乘り、十四人の船員を一緒に〔つれて〕出帆しました。

[やぶちゃん注:「一七〇六年八月五日」本邦では宝永五年八月十九日、「翌年の四月十一日」は宝永六年三月一日に相当する。これは第五代将軍徳川綱吉から次代家宣の治世に当たる。

「フオート・セン・ヂヨーヂ」インド・チェンナイ(マドラス)の沿岸都市の基礎となったセント・ジョージ要塞(英語:Fort St. George)のこと。一六三九年にインドで初めてイギリス東インド会社がイギリスの実効支配を目的として建造したイギリスの交易所兼要塞。

「トンキン」現在のベトナム北部及びその中心都市ハノイの旧称。当時は後黎(れい)朝(一五三二年~一七八九年)期。]

 出帆して三日もしないうちに〔、〕暴風雨にあひ、船は〔北へ東へと〕流されてゐました。十日〔その〕後、天氣がよくなつたかと思ふと、私たちの船は二隻の海賊船に見つかり、たちまち追ひつかれてしまひました。

 海賊どもは〔、〕兩方の船から〔、一せいに〕乘りこんで來ました。(海賊どもは)恐ろしいけんまくで、手下の先頭に立つて入つて來ましたが、私たちが大人しくひれ伏してゐるのを見ると、丈夫な繩で〔、〕一人のこらず縛りあげ、番人を一人つけておいて、そのまま〔、〕彼等は船中を搜しに行きました。

[やぶちゃん注:「(海賊どもは)」は現行では丸括弧はない。]

 海賊の〔なか〕に〔、〕一人のオランダ人がゐましたが、私たちを〔、〕今に海の中に抛り込んでやるぞ〔、〕と云つてゐました。海賊船の一隻の方は、日本人が船長でした。その男は私の所へやつて來て〔、〕いろんな質問をするので、私は一つ一つ、叮ねいに答へました。すると彼は〔、〕命だけは助けてやる〔、〕と云ひました。ほかやがて、私は〔小さな舟に〔一人〕乘せられ〕〔八〕日分の食べものを與へられました。、そして、どこへでも〔一人で勝手に〕行くがいいと海へ放されました。

 海賊船を離れてしばらく行くと、〔私は〕望遠鏡で島影を五つ六つ見つけました。〔そこで、〕とにかく、一番近い島へ漕ぎつけるつもりで、帆を張りました。〔すると〕三時間ばかりで、その島へ着きました。見ると〔、〕海岸は岩だらけなのです。だが〔、〕鳥の卵が澤山見つかつたので、火を起して、枯草を燃やして、卵を燒いて食べました。その晩は岩の蔭に木の葉を敷いて寢ましたが、よく眠れました。

[やぶちゃん注:段落冒頭の一マス目の右には何かを一字書いて抹消した跡があるが、場所柄、判りにくくなるなるので再現しなかった。]

 翌日は次の島へ渡りました。それからまた次次へと渡つて行きました。そして五日目に〔、〕私は目に見えてゐた最後の〔まだ見殘してゐた〕島へ來ました。〔の方へ〕〔向ひました。〕

 その島は〔、〕思つたより遠く、渡るのに、五時間もかかりました。〔私は〕ぐるりと〔島を〕一まはりしてみて、上陸するのに都合のいい所を見つけました。上つてみると、〔あたりは〕岩だらけで、ただところどころに雜草や、香のいい藥草などが生えてゐます。私は食物を取出して、腹ごしらへをすると、殘りは洞穴のなかにしまつて置きました。それから岩の上で卵を拾つたり、乾ゐた枯草や海草を集めたりしました。私は〔明日は一つ〕これに火をつけて卵を燒いておかうと考へたので思つたの→思ひま〕した。その夜は〔、〕食物をしまひこんだ空洞〔に入つて、〕〔拾ひ集めた枯草の上〔で〕〔〕寢た〔で〕た〕寢ました。けれども、〔私は〕心配ごとでなかなか眠れませんでした。〔なかつたのです。〕こんな無人島で、どうして生きて行けるでせう、いづれ〔私は〕みぢめな死に方をしなければならないのです。こんなことを考へてゐると、もう元氣もまくなつて、立上がる氣も〔私はぐつたりしてしまつて、立上る元氣も〕出なかつたのです。〔それでも氣を取りなほして〕やつと洞穴からはひ出ましたが、その時には、もう日が高く昇つてゐました。私はしばらく岩の間を步き𢌞つてゐ〔り〕ました。

[やぶちゃん注:「食物をしまひこんだ空洞」の「空洞」は現行版では前後と同じく『洞穴』となっている。]

 空には雲一つなく、太陽がギラギラ照りつけるので、眩しくてたまりません。〔〔私は〕顏をそむけてゐました。〕その時〔でした〕、突然あたりが暗くなつたのです。しかも〔、〕これは太陽が雲に遮られた時の暗さとは違つてゐました。私は〔振り〕返つて見ると、〔これはまたどうしたことでせう、今、〕私と太陽との間になにか途方もなく大きなものが、ずんずん島の方へ向つて進んで來るのです。高さは二哩ばかりありそうでした。そして、六七分間といふものは〔、〕すつかり、太陽を隱してしまひました。

[やぶちゃん注:「高さは二哩ばかりありそうでした。」の抹消は現行版では生きている。「二哩」は三キロ二百十九メートル弱。]

 やがて〔、〕そ〔の物〕は私の眞上に來ましたが〔、〕見ると〔、〕どうも〔、〕それは固い塊りのやうで、底の方が平たくなつてゐ〔るので〕す。〔ちようどその時、〕私は高い二百ヤードばかりの高い丘の上にゐたのですが、やがてその塊りは〔大きな〕〔物体→もの〕はずんずん下に降つて來ました。そして〔、〕私の眼の先に〔から〕一哩とはなれ〔てゐない〕ないところ〔眼の前に〕見えて來ました〔たのです〕。〔さつそく〕私は望遠鏡をとり出して見ました。その物体の斜面には〔、〕澤山の人間が〔上下に〕動き𢌞つてゐるのです。その姿→が〕はつきり〔と〕見えるのです。ただ何をしてゐるのかは、〔ちよつ〕わかりませんでした。

[やぶちゃん注:「一哩とはなれ〔てゐない〕ない」のダブりはママ。「一哩」は一キロ六百十メートル弱。

「二百ヤード」百八十三メートル弱。]

 空中〔の→に〕に浮んでゐる〔その〕島〔は〕どちら〔側〕へ動きだすかと、そればかり注意してゐました。〔じつと〕私は〔眺めてゐました。〕が間もなく〔、〕島はこちらの方へ近づいて來ました〔たのです〕。見ると、その側面に通路がぐるりととりまい〔何段にも分れてゐて、〕て、ゐて所々に階段があつて、上下へ行け〔のぼりおりでき〕るやうになつてゐます。一番下の通路では、數人の男が長い釣竿で魚釣をしてゐるし、それをそばから眺めてゐる男もいます。

[やぶちゃん注:差し込み校正指示に従って整序したが、この段落の冒頭部は現行版とは異なる。

   *

 私は、今、空に浮んでいるその島が、どちら側へ動きだすかと、じっと眺めていました。が、間もなく、島はこちらの方へ近づいて来たのです。見ると、その側面には、通路が何段にも分れていて、ところどころに階段があって、のぼりおりできるようになっています。一番下の通路では、数人の男が長い釣竿で魚釣をしているし、それをそばから眺めている男もいます。

   *]

 私はその島に向つて、帽子とハンケチを振つたり〔りましたが〕、いよいよ近づいて來たので、声をかぎりに叫んでみました。それから〔そのうち〕に向ふでは〔、〕私の一番よく見える側へ〔、〕人々がぞろぞろ集つて來ました。そして〔、〕彼等は〔今〕しきりに私の方を指さしながら互に顏を見合せてゐるのです。私はと、矢庭ににはかに→ただちに〕四五人の男が階段を駈け上つて行きました〔つたかと〕思うと、そのまま見えなくなりました。これはきつと誰かこの島の偉い□上□偉い〕人に 目上のうへの人に私のことを告げに行つたのだらうと、私は考へました。そしてそれはそのとほりでした。

 〔向では集る〕人間の数が殖えて來ました。

 人の数が次第に增えて來ました。それから半時間ばかりすると、島は上の方へ昇つて行き、一番下の道路が〔、〕私の立つてゐる丘から百ヤード位のところに、眞正面に見えるんです。私は一生懸命、救ひを求めるやうに話しかけてみましたが、何とも答へてくれません。丁度私の眞正面〔すぐ前〕に立つてゐるのが〔人人は〕〔その身なりで〕偉い方らしい身なりをしてゐました。その人たちは私く思はれました。私の方を見ては、なにか〔しきりに〕相談してゐるやうでしたが、ついにその一人が、綺麗上品な言葉で〔何か〕呼びかけました。私も早速返事しました。が、どちらも、言葉は少しも〔まるで〕通じません。ただ私がひどく困つてゐることだけは、身振りで、わかつてくれました。

[やぶちゃん注:「百ヤード」九十一・四四メートル。]

 相手は私に、岩から降りて海岸の方へ行け〔、〕と合圖しました。〔で、〕私はそのとおりにしました。すると、その〔飛ぶ〕島は〔、〕加減丁度〔、〕私の頭の上にその緣が近づいて、一番下の通路から〔、〕一本の鎖がするすると降りて來ました。鎖の先には腰掛が一つついてゐました〔す〕。私がそれに乘ると、鎖はそのまま卷き上げられて行きました。

 

2016/12/10

ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) 大人國(9) 鷲にさらはれて / 第二章「大人國」~了

 

八章   鷲にさらはれて

 

 私は〔、〕いつかは自由の身になりたい〔、〕といふ氣持を〔、〕いつも持つてゐました。しかし、どうしたら自由になれるのか、それはまるでわかりませんでした。私にできさうな工夫は〔てんで〕見つからないのでした。〔す。〕この國の海岸に吹きつけられた船は、〔後にも前にも、〕私の乘つて來た船のほかに〔、〕誰も見たことはありません。 〔しかし〕國王は〔、〕もし〔万一〕また他の船が現れたら、すぐ海岸へ引張つて來て、船員〔や〕乘客を手押車に載せ〔〕て〔、〕ローブラルグラウドへ連れて來るやうにと、云渡されてゐました。

[やぶちゃん注:「ローブラルグラウド」原典の綴りは“Lorbrulgrud”。大人国(Brobdingnag:ブロブディンナグ)の首都で、ウィキの「ブロブディンナグ」では「ローブラルグラッド」と音写してある。「ロアブラルグラッド」でもよかろう。]

 國王は〔、〕私に私と同じ大きさの女→と〕妻に〔結→妻と〕させて〔、〕私たちの子供〔を〕増やしてみたかつたのです。〔い〔、〕と〔非常に熱心に〕望まれていまし〕た。しかし〔〕私は、馴れたカナリヤのやうに〔、〕籠の中で飼はれたり、國中の貴族たちの慰みに賣られるために、子供をつくる位なら、そんな恥かしい目にふよりか〔、〕死んだ方がましだと思つてゐました。それに〔、〕私は國に殘して來た家庭のことも〔、〕忘れることが出來ませんでした。もう一度〔、〕氣楽に話の出來る人間の中にかへり、街や野を步いて〔くとき〕も、蛙や犬の子みたいに踏み潰される心配なしに步けるところ〔國〕へ行きたかつたのです。しかし〔、〕私は〔たまたま〕思ひがけないことから、〔全く〕うまく〔、〕〔こ〕この國を離れることが出來たのです。それを次にお話し致します。

 それは私がこの國へ來て二年が過ぎ、ちようど三年目の初め頃のことでした。グラムダルクリツチと私は、國王と王妃のおともをして〔、〕南の海岸の方へ行きました。私はいつものやうに〔、〕旅行用の箱に入〔れ〕られていましたが、これは十二呎四方の非常に便利な部屋でした。私はハンモツクを天井の四隅から絹糸で吊し、旅行中はよくこれで眠ることにしました。部屋の屋根には指物師に賴んで、方一呎の穴をあけてもらひました。これは寢る時、空気の流通をよくするためでした。

[やぶちゃん注:最後の二文「部屋の屋根には指物師に賴んで、方一呎の穴をあけてもらひました。これは寢る時、空気の流通をよくするためでした。」は現行版では存在しない

「十二呎」三メートル六十六センチメートル弱。

「方一呎」三〇・四八センチメートル四方。]

 いよいよ海岸に着くと、〔國王は、〕その海岸からあまり遠くないところにある離宮で数日間、お過しになることになりました。グラムダルクリッチも私も、ヘトヘトに疲れてゐました。私も少し風邪をひいてゐましたが、グラムダルクリツチは非常に加減がわるいので部屋で休んでゐなければなりませんでした〔らなかつたのです〕。私はなんとかして海へ〔行つて〕見たかつたのです〔いと思ひまし〕た。海へ行けば〔、〕この國から何か逃げだすに→す〕工夫が〔見つか〕るかもしれないのでした。〕〔ません。〕そこで、私は病氣が重さうなことを云つて、自分の病氣のことを訴へて大袈裟さに〕身躰ぐわいのわるいことを陛下に訴えて、〔一つ〕海岸へ行つていい空氣が吸いた〔い〕のですが、行かせて下さいと賴みました。〔そして、〕私の供には〔私と一緒に〕 仲よしの侍童がついて行くこと〔つてくれることに〕なりました。しかし、グラムダルクリッチは〔、〕私が海へ行くのを喜びませんでした。別れるとき、〔これからさきを何か悪い彼女は〔何か〕蟲〔が〕知らせでもある〔るのか〕やうに〔しきりに〕涙を流してゐました。

[やぶちゃん注:抹消部の「ぐわい」(「具合」であるから「ぐあひ」が正しい)はママ。]

 侍童は〔、〕私を箱に入れて〔、〕宮殿から半時間ほどの道を步いて〔、〕海岸の岩のところへ來ました。私は賴んで下に降ろしてもらふと、窓を一枚開けて、海の方を熱心に〔じつと〕眺めてゐました。そのうち少し氣分が悪くなつたので私は〕〔今から〕ハンモツクのなかで晝寢がしたいをしてみた→してみたい、〕良くなるだらうと侍童に言ひました。すると、侍童は寒氣の入らないやうに窓をしめてくれました。私はハンモツクのなかで、すぐ眠りに陷ちました。

 ところで〔、〕侍童は私が眠つてゐる間に、まさか危險も起るまいと思つて、岩の間へ鳥の卵でも探しに出掛けたらしいのです。〔といふのは〕私が眠る前から、彼は卵を探し𢌞つてゐたし、岩の割目から一つ二つ拾上げてゐる姿を私は窓から見てゐた〔から〕です。それはともかくとして、私が〔ふと箱のなかで〕眼を覺してみると、どうでせう驚きました。箱の上についてゐる鐵の環を誰かがぐいぐい引張つてゐるのです。と、つづいて私の箱は空高く引揚げられ、猛烈な速さで前へ走つて行くやうな氣がしました。はじめ私はハンモツクがひどく搖れて落つこちさうになりましたが、その後はずつと靜かになりました。私は二三度声をはりあげて呼んでみましたが、誰も答へてくれません。窓の方へ眼をやつて見ると、目にうつるものは雲と空ばかり、そして私のすぐ頭の上で〔、〕何かはばたきのやうな物音が聞えるのでした。

 これで〔で、〕私は自分がどんなことになつ〔てゐる〕のか〔やつと〕分りかけました。今、一羽の鷲が、私の箱をくはへてゐるのですが、これは丁度あの龜の子を〔とつた〕とき〔する〕やうに、〔やがて〕箱を巖の上に落して〔割■■り、〕箱の なかにゐる〔私の身躰〕をほじくり出して食はうと〔ふつも〕りなの〔で〕せう。といふのは鷲は非常に 臭ひを嗅ぎつけるのが非常に〔よく臭ひを嗅ぎつける鳥ですから、たとへ〕獲物が上手に隱れてゐても、すぐ見つけ出すので、私が箱のなかにゐることはのを→ことも〕ちやんと〔もう〕知つてゐるのです。〔るにちがひありません。〕

 しばら〔く〕して、羽音がはげしくなつたかと思ふと、箱はまるで風のなかの看板のやうにひどく搖れだしました。と今度は何か〔鷲にズシンドシンドシン→ズシン〕と鷲に〔ぶ〕つつかる音がして、突然、私〔は〕まつさかさまに〔一分間以上も〕落ちて行くのを 〔やう〕な気がしました。〔のを感じました。〕〔一分間あまりは〕恐ろしい速さで、殆ど息もできない位でした。それから一分ぐらゐたつと、と何か〔私の耳には〕ゴーゴーとナイヤガラの瀧のやうな音がして、ひどく物が〔何か凄いものに箱が〕打つかつてゐるやうでした〔におもへました〕。ふと、落ちて行くのがや〔んだかとおもうと、〕み、あたりは眞暗になりました。

 それから一分もすると、こんどは箱がどんどん上にあがつてゆき、窓の方から光が見えだしました。それで海の中へ落ちたことがはじめてわかりました。箱は私の身躰や家具などの重みで、水のなかに五呎ばかり浸りながら浮いてゐます。

[やぶちゃん注:「五呎」一メートル五十二センチ。]

 私はその時かう思ひました。これは多分、箱をさらつて逃げた鷲が、仲間の二三羽に追つかけられたのでせう。〔そして、お互に〕箱の獲物を爭ひあつてゐるうちに、思はず鷲は〔箱〕を放したのでせう。私の〔この〕箱の底に〔は〕鐵があつた張つてあつた〔ある〕ため、海に落ちても壞れなかつたのです。部屋はぴつたり〔し〕まつてゐたので、水にも濡れなかつたのです。〔そこで〕私はハンモツクから下りるとまづ天井の引窓を開けて空気を入れかへました。

[やぶちゃん注:抹消字「爪」は「私」かも知れぬ。]

 私の箱は今にもコナゴナ〔バラバラ〕になるかもしれないのでした。大きな波一つで、〔箱はすぐ、〕ひつくりかへるかもしれませんし、窓硝子一つ壞れただけで私は〔も〕駄目になります。こんな、〔あやうい〕有樣〔狀態〕で私〔の箱〕は四時間ばかり〔水に〕漾つてゐました。ところが、この箱の窓のない側に、〔その時〕ふと何か軋むやうな音が聞えました。それから間もなく何か〔私〕の箱が、海の上を引張られてゐるやうな気がしました。時時、グイと引かれたかと思ふと、窓の上あたりまで波が見えて、部屋の中が暗くなります。これは助かるのかしら、〔と、ふ〕と私はかすかにかすかな希望〕が湧いて來ました。

 そこで、私は出來るだけ口を窓に近づけて、大聲で助けを呼んでみました。それからステツキの先にハンカチを結んで穴から出して振つてみました。もし船でも側にゐてくれた〔るの〕なら、この箱のなかに私がゐることを知つてもらひたかつたからです。

 しかし〔何の〕手應は〔も〕ないのでした。〔ただ、〕部屋がドンドン動いて行つてゐることだけがはつきりわかります。〔それから〕一時間ばかりして、突然、私の箱に何か固いものが突當りました。■巖■にあたつたのかしらと思つてゐると、箱はひどく搖れ出しました。と、〔箱の〕屋根の上に綱を通すやうな物音が聞えて來ました。それから、そろそろと〔箱は〕引揚げられるやうでした。私はステツキの先に結へた〔の〕ハンカチを振り、声をかぎりに助け呼んでみました。すると、たしか〔それに〕答えて大きな叫び声が二三度繰り返されて來ました。ああ、その時の嬉しさ‥やがて頭の上で足音がしたかとおもうと、誰か穴の口から大声で、

 「誰かゐるなら返事をし→ろ〕」と怒鳴りました。〔これは相手は〕英語で言つてくれてるのです。

 「私はイギリス人です〔です〕、今ここでひどい目にあつてゐるのだから〔です〕、〔何とか〕〔うまく〕助け出してもらひたい〔下さい〕」と、私は一生懸命、賴みました。

 「もう大丈夫だ、箱は本船に縛りつけたし、今すぐ大工が屋根に穴をあけて出してやるから」と外では云つてゐました〔す〕。それで私はかう答へました。

 「そんなことしなくてもいいのですよ。そ〔れ〕より〔早く〕誰かチヨイとこの箱を指でつまみ上げて船長室へ持つて行つて下さい」私がかう答へると、船員たちは私を狂人だと思つたらしく、大笑してゐました。が、 やがて大工が來て、〔箱の〕屋根に穴をあけ、そこから私は救ひ出されたのでした。本船に移されました。

 船員たちはみな驚いて、いろんなことを一たいどうしたのかと→いろんなことを〕たづねますが、私はもう答へる氣もしないのでした〔です〕。〔こんな大勢の小人を見て私の方も驚いてしまつたのです。〕なにしろ長い間あの大きな人間ばかり見つけて來た〔ので〕、私からは、船員たちが小人としか思〔船員たちが小人のやうに思へるのです。〕〔私が今〕にも氣絶しさうな顏をしてゐるので、船長は自分の〔氣つけ〕藥を飮ませてくれました。それから自分の〔船長〕室に私を案内〔つれ〕て行き「まあ一寢入りしなさるんですね」と云つてくれました。私は箱のなかに殘して來たまだまだ大切な〕品物〔殘■へてゐ〕るので、〔それを〕ここへ持つて來てもらひたいと〔下さいと〕賴みました。

[やぶちゃん注:最後の「私は箱のなかに殘して來たまだまだ大切な〕品物〔殘■へてゐ〕るので、〔それを〕ここへ持つて來てもらひたいと〔下さいと〕賴みました。」という部分は現行版には存在しない。

 數時間眠つた後でふと

 私は數時間眠りましたが、その間、絶えずいろんな夢をみては眼が覺めてゐました。だが、起きて見るとすつかり元氣を取りもどしてゐました。夜の八時頃でした。船長は、〔私が〕長い間食事をしてゐないだらうと思つて、直ぐ晩食を言付けてくれました。私がもう気狂じみた目付をしたり、変なことを喋舌らなくなつたのを見〔ると〕、彼は大変親切にしてくれました。一體何處へ行つたのか、またどうしてあんな大きな箱に入れられて流されたのか、一つ話してくれと云ひます。

[やぶちゃん注:ここも冒頭部、現行版とは異なる。

   *

 私は数時間眠って、すっかり元気を取り戻しました。起きたのは夜の八時頃でした。船長は、私が長い間食事をしていないだろうと思って、すぐ晩食を言いつけてくれました。私がもう気狂じみた目つきをしたり、変なことをしゃべらなくなったのを見ると、彼は大へん親切にしてくれました。一たいどこへ行ったのか、またどうしてあんな大きな箱に入れられて流されたのか、ひとつ話してくれと言います。

   *]

 彼の言ふに→の言ふに〕は、正午頃だつた、望遠鏡をのぞいてゐると、あの箱が眼に映つたので、最初は船だと思つた〔のだ〕さうです。それからボートを出して近づいて見ると、家が游いでゐるといふので、みんなびつくりしました。本船の方へ引つぱつて戾〔り上げようとしてゐ〕ると、その上のなかから〔丁度その時〕、ハンカチのついた棒を穴から突き出す者があるので、これはきつと誰か不幸な人間がとぢこめられてゐるにちがひないと思つた〔考へ〕のだ 思つた〔わかつた〕さうです〔といふことです〕。思つたのださうです。船長たちはみんなさう考へたのださうです。→思つたのださうです。〕

[やぶちゃん注:この最後は恐るべき推敲回数である。少なくとも八回は表現を直している。しかも決定稿は恐らくは最初の表現に戻っている。一字一句を疎かにしない原民喜の〈表現の鬼〉に、頭が下がる。]

私は〔それ〕では〔一番はじめ〕この箱〔私〕を見つけた頃、何か大きな鳥でも空を飛んでゐるのを見かけなかつたでせうか。」と私はたづねてみました。すると一人の船員が「あ、〔あの時、〕鷲が三羽北を指して飛んでゐたぶのを■みました、→ゐた〕、でも不■別に普通の鷲と変つたところはなかつたやうだが…〔です。〕」と一人の〔船〕員が答へました。だが、それは非常に高く飛んでゐ〔た〕ので、小さく見えたのでせう。どうも私のたづね〔たり言つたりする〕ことは、皆に合點がゆかないやうでした。

[やぶちゃん注:以下の現行版と見比べて戴きたい。

   *

「それでは一番はじめ私を見つけた頃、何か大きな鳥でも空を飛んでいるのを見かけなかったでしょうか。」

 と私は尋ねてみました。

「あ、あのとき、鷲が三羽北を指して飛んでいました。でも別に普通の鷲と変ったところはなかったようです。」

 と一人の船長が答えました。

 だが、それは非常に高く飛んでいたので、小さく見えたのでしょう。どうも私の尋ねたり言ったりすることは、みなに合点がゆかないようでした。

   *

現行版の「一人の船長」は明らかにおかしいことに気づく。実はここまででも指摘していないが、現行版は「船員」とあるべきところが「船長」となっている箇所が他にもあるのである。]

 私はイギリスを出發した時から、今迄のことを、ありのまま話して聞かせました。私は〔それから〕あの國で集めた珍しい品を見せてやりました。王の髯で作つた櫛や、王妃の拇指の爪を台にして作つた櫛も〔、〕あります、一呎半ヤードもある縫針やピン、〔それから〕地蜂の針が四本あります。〕、〔それから〕王妃の金の指輪、(これは私の頭にすつぽりはまる大きさです)。その他、いろいろのを取出して見せ〔てやり〕ました。私は船長に、長さ約一呎、直徑四吋もある召使の齒を

[やぶちゃん注:現行版は以下の通り。なお、ここは現行版では独立段落ではなく、前の続いている。尺減らしで原民喜自身が削ってしまったのであろうが、ここら辺は私は面白い部分で、惜しい気がする。

   *

私はイギリスを出発したときから、今までのことを、ありのまゝ話して聞かせました。それから、あの国で集めた珍しい品を見せてやりました。王の髯で作った櫛や、王妃の親指の爪を台にして作った櫛や、一フートもある縫針や、地蜂の針や、王妃の金の指輪や、そのほか、いろいろのものを取り出して見せてやりました。

   *

「一呎半ヤード」一ヤードは九十一・四四センチメートルだから半ヤードは四十五・七二センチメートルで、足し算してしまうと、この縫い針の全長は実に七十六センチメートルもあることになるのであるが、どうも妙な混用で「半ヤード」を削除しているのもおかしい。原文を当たるとここは“pins”と複数形なのがミソで、その後に“from a foot to half a yard long”とあるので、眼から鱗、足し算しちゃあいけないんだね、複数の縫い針があってそれは長いものでは九十一センチ強、短くても四十六センチ弱はあったと言っているのである。原稿枚数を制限されていた原民喜にしてみれば、文字通り、短くするターゲットであったわけだろう。

「一呎」(現行版の「一フート」)は三十・四八センチメートル。

「四吋」四インチは約十センチ。]

[やぶちゃん注:以下の★で挟んだ太字パートも現行版には存在しない。

   ★

 ところで船長はこんなことを云ひ〔たづね〕ました。

 「あなたとてつもない大声で物を云ふのに、私は一番びつくりしました。一たいその國では王→や〕〔王〕妃→は〕耳でも遠いのですか」。

 「それ〔「私のこの大声〕はそう二年も〔間〕もくせになつてゐたからです。私もあなた

型の声をきいて驚いてゐたところです、聞えることはよく聞えますが…みんな細い声が囁いてゐるやうにしか思へないの〔のです〕」と私は答へました。

   ★

 

 〔この〕船はトンキンに行つて、いまイギリスへ帰る途中なのでした。〔それから■〕航海は無事に進み、一七〇六年六月三日に故國の港に戾りました。〔そこで〕私は船長に別れを告げると、家の方へ向かひました。

[やぶちゃん注:「トンキン」現在のベトナム北部及びその中心都市ハノイの旧称。当時は後黎(れい)朝(一五三二年~一七八九年)期。

「一七〇六年」本邦は宝永三年で第五代将軍徳川綱吉の治世。本“Gulliver's travels”の初版一七二六年に出版、一七三五年に本来の決定稿完全版が出版されている。因みに完全版の一七三五年でも享保二十年で第八代吉宗の治世である。]

 途々、小さな家や、樹や、家畜や、人間などを見ると、なにかリリパットへでも來たやうな氣がします。行きあふ人毎になんだか踏みつけさうな氣がして、私は、

 「退け退け」

 と怒鳴りつけました。

 私の家へ歸つてみると、召使の一人が戸を開けてくれましたが、私はなんだか頭をぶつけさうな気がして、身躰を屈めて入りました。妻が飛んでやつて來ましたが、私は彼女の膝より低く屈んでしまひました。

 娘も〔側へ〕やつて來ましたが、なにしろ長い間、大きなものばかり見なれてゐた〔眼〕には、ヒヨイと片手で娘をつかんで持ち上げたいやうな気がしました。召使や友人たちも、みんな私には小人のやうに思へるのでした。かういふ有樣ですから、他の〔はじめ〕人人は私を氣が違つたものと思ひました。しかし間もなく私〔も〕ここに馴れて、家族とも友人とも、仲よくお互にわかりあふことができました。

[やぶちゃん注:余白にこの原稿のノンブルである175から17を、加算か減算しようとする計算式が書かれてある(結果は書かれていない)。

 これを以って第二章「大人國」は終わっている。]

ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) 大人國(8) 猿にからかはれて(Ⅲ) / 猿にからかはれて~了

 

六章

 

 國王は非常に音樂が好きで、時時〔だから、よく〕宮廷で〔は〕音樂會がありました。私も時時、連れて行かれて、テーブルの上に箱を置いてもらつて聞いたものですが、なにしろ大へんな音で、曲も何もわからないのです。軍樂隊の太鼓と喇叭をみなもつて來て耳もとで鳴らし〔す〕より、もつと凄い騷がしさです。ですから、私はいつも一番、遠いところに箱を置いてもらい、扉も窓もすつかり閉め、カーテン〔ま〕でおろし〔ます。そうすると〕、それでまづ、どうにか聞けるのでした。

[やぶちゃん注:「て」は原稿では除去されていないが、落ちと判断し、削除線を引いた。]

 國王は〔、〕また、非常に賢い方でしたので〔が、〕 よく〔を〕箱のまま連れて來て、陛下のテーブルの上に置くやうに命令されます。それから陛下〔、〕は〔私に〕椅子を一つ持つて箱から出て來いと〔させ、〕■〔云〕はれます。そこで、〔〕私は〔三ヤードと離れてゐない近くの〕簞笥の上に坐らせます。そこで〔、〕私の顏と陛下の顏が向ひ合へなることができるわけです。こんな風にして〔、〕私たちは何度も話し合ひましたが、ある日、私は思ひきつて、こんなことを申上げました。

[やぶちゃん注:「そこで、〔〕私は」の部分は、挿入記号のみがあって挿入語句が記されてない。それをかく再現したものである。

「三ヤード」二メートル七十四センチ。

「私の顏と陛下の顏が向ひ合へなることができる」はママ(現行版は以下を参照)。

 以上の段落は現行版とかなり異なる。以下に示す。

   *

 国王はまた非常に賢い方でしたが、よく私を箱のまゝつれて来て、陛下のテーブルの上に置かれます。私は椅子を一つ持って、箱から出て来ると、陛下の近くの簞笥の上に坐ります。そこで、私の顔と陛下の顔が向い合いになります。こんなふうにして、私たちは何度も話し合いましたが、ある日、私は思いきって、こんなことを申し上げました。

   *]

 「一たい陛下がヨーロツパなどを輕蔑なさるのは、どうも賢い陛下に似合はぬことのようです。知慧はなにも身躰の大きさ〔に〕よるのではありません。いや、あべこべの場合だつてあるやうです。蜜蜂とか蟻とかは、他のもつと大きな動物たちよりも、はるかに勤勉で、器用で、利巧だと云はれてゐます。私なども、陛下は取るに足りない人間だとお考へでしせうが、これでも、いつか素晴しいお役に立つかもしれませんのです。」

 陛下は、私の話を一心に聞いてをられましたが、前よりよほど私をよくわかつて下さるやうでした。そして、

 「それでは一つイギリスの政治について出來るだけ正確に話してもらひたい」と仰せになりました。

 そこで、私はわが祖國の議會のこと、裁判所のこと、人口について、宗教について、或は厂史のことまで、いろいろとお話し申上げました。〔ることになりました。〕この私の説明は五回私は王に→何〕回〔も〕お目にかかつて、毎回数時間この話をお聞せしたのですが、まだ話はのこつてゐました。王はいつも非常に熱心に聞いて下さいました。私の〔そして、〕ノートには、一々、後で質問しようと思はれるところや、私の話の要点を書込んでをられました。

 ある日、私は王の御機嫌をとるつもりで、こんなことを申上げました。

 「実は私は素晴しいことを知つてゐるのです。といふのは今から三四百年前に〔ある粉が〕發明されましたが、その製造法を〔私〕よく知つてゐるのです。〔まづ、〕この粉説明から申上げませう〕といふのは〔いふのは〕、それを集めておいて、これに〔、〕ほんのちよつぴりでも火をつけ〔て〕やると、たとへ山ほどつんである物でも、たちまち火になり、雷よりももつと大きな音を立てて、なにもかも空へ高く吹飛ばしてしまひます。

 で、もし、この粉を眞鍮か鐵の筒に〔うまく〕詰めてやると、それは恐ろしい力と速さで遠くへ飛ばすことができるのです。かういふ風にして、大きな奴を打ち出すと、一度に軍隊を全滅さすことも、鐵壁を破つたり、〔大きな〕〔軍〕船を沈めてしまふこともできます。また、この粉を大きな鐵の球に詰めて、機械仕掛で〔敵に向つて〕打放つと、舖道は碎け、家は崩れ、かけらは八方に飛び散つて、〔そのそばに〕近づくもの〔は〕、誰でも腦味噌を叩き出されます。

[やぶちゃん注:「腦味噌」の「噌」の字は原稿では「口」+「曽」。

 本原稿のノンブルは「161」であるが、原稿用紙上部罫外には、175-161=14を示す計算式が、同下部罫外には、178-14=172を示す計算式が記されてある。これは明らかに出版社から各パートごとに予め規定された標準枚数があり、それを計算しているように見える。規定原稿枚数には幅があって、175枚から上限178枚だったのではあるまいか?]

 私はこの粉末を〔を〕、どういふ風にして製つたらいいか、よく心得てゐるのです。で、職人〔たち〕を指図して、この國〔で使へるぐらいの〕大きさに、それを作らせることも出來ます。一番大きいので長さ百呎あればいいでせうが、かうした奴を二三十本打ち出すと、この國の一番丈夫な城壁でも〔、〕二三時間で打ち壞せます。もし首都が陛下の命令に背くやうな場合は、これさへあれば〔の粉で〕首都を全滅させることだつて出來ます。とにかく、これは私の陛下の御恩かへしの に感じて、 これは御恩あへしのともりで、陛下に〔これを〕〔私は陛下の御恩に報いたいと思つてゐるので、〕〔こんなことを〕申上げる次第です。」

[やぶちゃん注:「百呎」三〇メートル四十八センチ。]

 私がこんなことを申上げますと、國王はすつかり御機嫌を損じて〔ひどく〕呆れかへつてゐられました。〔つたやうに〕〔國王はすつかり仰天してしまはれたやうです。そして呆れかへつた顏つきで、かう仰せになりました。〕

 「よくもよくも、お前のやうな、ちつぽけな、蟲けらのやうな動物が、そんな鬼、畜生のやうな〔にも等しい〕考へを抱けるものだ〔。〕そのうえ〔れに〕、そんな酷ごたらしい有樣を〔見ても〕、お前はまるで平氣で〔ない顏して〕ゐられるのか。お前はその人殺し道具〔機械〕をさも自慢げに話すが、そんな機械を發明する奴こそはを平氣で使つて恥ぢない→の發明こそは〕人類の敵〔か、惡魔の仲間のやること〕にちがひない。そんな、けがらわしいものの〔奴の〕祕密ばかりは、たとへこの王國の半分を無くしても、〔余は〕知りたいとは思はない。〔くないのだ。〕だから、お前も、もし生命が惜しければ、二度と〔もう〕そんなこと〔は〕話さないがいい喋らないでくれ。〕〔申すな。〕」

[やぶちゃん注:この陛下の台詞は推敲の痕が甚だしい。被曝した原民喜ならではの、強い思いがその筆致から激しく伝わってくる。]

 王御自身は、技術〔科學〕に興味を持たれ、自然に関する發見など非常に喜ばれたのですが、火薬のことを申上げ殺人の話火薬のことを申上〔げて、こんなに〕げるとひどく御恐られた 私の話〔このこと〕には大変御機嫌を損じられました。〔聞かうとなさならにのでした。〕〔ばかりは頑として〕許されないのでした。

[やぶちゃん注:最後の「〔聞かうとなさならにのでした。〕」は前の抹消部の書き替え(恐らくは最初の「私の話」(は)に続くもの)であるが、文脈からも現行版からも、ここでも抹消されているものと思われるが、抹消線はない。以下、原民喜の思いを汲んで、主人公の火薬伝授の語りから、それを受けた陛下の嫌悪と怒気を含んだ言葉以降、現行版の「四、猿にからかわれて」のエンディングを示す。

   *

 ある日、私は王の御機嫌をとるつもりで、こんなことを申し上げました。

「実は私は素晴しいことを知っているのです。というのは、今から三四百年前に、ある粉が発明されましたが、その製造法を私はよく知っているのです。まず、この粉というのは、それを集めておいて、これに、ほんのちょっぴりでも火をつけてやると、たとえ山ほど積んである物でも、たちまち火になり、雷よりももっと大きな音を立てゝ、何もかも空へ高く吹き飛ばしてしまいます。

 で、もし、この粉を真鍮か鉄の筒にうまく詰めてやると、それは恐ろしい力と速さで遠くへ飛ばすことができるのです。こういうふうにして、大きな奴を打ち出すと、一度に軍隊を全滅さすことも、鉄壁を破ったり、船を沈めてしまうこともできます。また、この粉を大きな鉄の球に詰めて、機械仕掛で敵に向って放つと、舗道は砕け、家は崩れ、かけらは八方に飛び散って、そのそばに近づくものは、誰でも脳味噌を叩き出されます。

 私はこの粉を、どういうふうにして作ったらいゝか、よく心得ているのです。で、職人たちを指図して、この国で使えるぐらいの大きさに、それを作らせることもできます。一番大きいので長さ百フィートあればいゝでしょうが、こうした奴を二三十本打ち出すと、この国の一番丈夫な城壁でも、二三時間で打ち壊せます。もし首都が陛下の命令に背くような場合は、この粉で首都を全滅させることだってできます。とにかく、私は陛下の御恩に報いたいと思っているので、こんなことを申し上げる次第です。」

 私がこんなことを申し上げると、国王はすっかり、仰天してしまわれたようです。そして呆れ返った顔つきで、こう仰せになりました。

「よくもよくも、お前のような、ちっぽけな、虫けらのような動物が、そんな鬼、畜生にも等しい考えを抱けるものだ。それに、そんなむごたらしい有様を見ても、お前はまるで平気でなんともない顔をしていられるのか。お前はその人殺し機械をさも自慢げに話すが、そんな機械の発明こそは、人類の敵か、悪魔の仲間のやることにちがいない。そんな、けがらわしい奴の秘密は、たとえこの王国の半分をなくしても、余は知りたくないのだ。だから、お前も、もし生命が惜しければ、二度ともうそんなことを申すな。」

 王御自身は、科学に興味を持たれ、自然に関する発見など非常に喜ばれたのですが、このことばかりは、頑として許されないのでした。

   *]

2016/12/09

ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) 大人國(7) 猿にからかはれて(Ⅱ) 現行通行本に存在しない「牛の糞」パートが存在した!!!

 

 これなかなか〕〔は〕面白かつたのが、〔かつたとも、〕癪にさわつたと〔も〕いふのか、〔けることなのですが、〕とにかく、私が一人で步いてゐると、小鳥でさへ〔、〕私を怖がらないのです。まるで〔、〕人がゐないときと同じやうに、〔私から〕一ヤードもない近い〔ところを、〕平氣で、蟲や餌を探して〔、〕跳びまはつてゐました。ある時など、一羽のつぐみが、〔これは〕実にずうずうしいつぐみで、私がグラムダルクリツチから貰つた菓子を、ひよいと、私の手から浚つて行つてしまひました。捕へてやらうとすると、相手は却つて私の方へ立ち向つて來て〔、〕指を啄かうと〔し〕ます。〔それで〔、〕〕私が指をひつこめると、こんどは〔、〕平氣な顏をして〔で〔、〕〕蟲や蝸をあさり步いてゐるのでした。

[やぶちゃん注:「一ヤード」九十一・四四センチメートル。

「つぐみ」原文は“thrush”。スズメ目スズメ亜目スズメ小目ヒタキ上科ツグミ科 Turdidae のツグミ類の総称であるが、ここはツグミ属 Turdus まで絞ってよかろう。

「啄かう」「つつかう」。

「蝸」ママ。「蝸牛」の脱字であろう。現行版では「かたつむり」とひらがな書きである。]

 だが、ある日たうとう〔、〕私は太い棍棒を持ち出して、一羽の紅雀めがけて〔、〕力一ぱい投げつけると、うまく命中して〔、〕相手は伸びてしまひました。〔で〕〔〕早速〔、〕首の根つ子をつかまへ、乳母のところへ〔、〕喜び勇んで〔、〕持つて行かうとしました。

[やぶちゃん注:「紅雀」スズメ目カエデチョウ科ベニスズメ属ベニスズメ Amandava amandava であるが、本種は北アフリカ・中東・インド・中国南部を含む東南アジアに分布する鳥で、ちょっと怪しい気がした。そこで、原文を見ると、ここは“linnet”で、これはスズメ目スズメ亜目ズメ小目スズメ上科アトリ科ヒワ属ムネアカヒワ Carduelis cannabina を指すことが判った。同種はヨーロッパ・西アジア・北アフリカに分布する。ウィキの「ムネアカヒワ」によれば、『スリムな鳥で、長い尾を持つ。上半分は茶色で、喉は汚れた白色、嘴は灰色である。夏季の雄は首筋が灰色、頭の斑点と胸は赤色である。雌や幼鳥には赤色はなく、下半分が白色で胸には淡黄色の筋がある』とある。グーグル画像検索「Carduelis cannabinaをリンクさせておく。ああっつ! 確かに! 「紅」の「雀」だ!]

 ところが〔、〕鳥は一寸目をまはして氣絶してゐただけ〔なの〕で、ぢきに元氣を取りもどすと、〔兩方の〕翼で、私の頭をポカポカなぐりだしました。爪で引つかかれないやうに、私〔は〕持つて〔手〔を〕ず〕つと前へ〔のば〕して〔、〕〔つ〕かまへてゐたのですが、よつぽどのことで〔もう〕放してしまはうかと思つたのです。しかし、そこへ私の〔、〕召使の一人がかけつけて來て、鳥の頸(クビ)をねぢ切つてしまひました。そして翌日、私は〔私は〕王妃の 晩餐〔で〕その〔それ〕〔を〕〔御馳走してもらつて〕食べました。

[やぶちゃん注:「私の頭を」現行版は『私の顔を』となっている。

「そして翌日、私はそれを御馳走してもらつて食べました。」現行版は『そして翌日、私はそれを料理してもらって食べました。』となっている。]

 

 王妃は、私から航海の話を〔〕聞いたり、また私が陰氣にしてゐ〔たりす〕ると、〔いつも〕一生〔しきり〕に慰めて下さるのでしたが、ある時、〔ある時〕からおたづねになりました。〔私に、帆やオールの使ひ方を〕知つてゐるか、少し舟でも漕いでみたら〔、〕健康によくはあるまいか、とお尋ねになりました。私は〔、〕普通の船員の仕事もしたことがあるので、帆でもオールでも使へます〔、〕とお答へしました。だが、この國の船ではどうしたものか、それはちよつとわかりませんでした。一番小さい舟でも私たちの國の第一流軍艦ほどもあるので、私に漕げるや〕やうな船は〔、〕この國の川に浮べられさうもないのです。〔ありません。〕しかし王妃は〔、〕私が〔ボートの〕設計をすれば、お抱への指物師にそれを作らせ、私の乘り𢌞す場所もこさへてあげる〔、〕と言はれました。

[やぶちゃん注:「私に漕げるや〕やうな船」はママ。現行版では『私に漕げるような船』である。]

 その〔そこで、〕器用な指物師〔が、〕私の指圖にしたがつて、十日かかつて、一〔隻〕の遊覽ボートを造り上げました。船具も全部揃つてゐて、ヨーロツパ人なら八人は乘れる〔さうな〕ボートでした。それが出來上ると〔、〕王妃は非常に喜び、そのボートを前掛に入れて〔、〕國王の所へ駈けつけました。國王は〔、〕先づ試めしに〔、〕私をそれに乘せ〔、〕水桶に水を一ぱい張つて浮かせてみよ〔、〕と命じられました。しかし〔、〕そ〔こ〕の水桶〔で〕は狹くて、うまく漕げませんでした。

 ところが〔、〕王妃は〔、〕〔ちやんと〕前から〔、〕別の水槽を考へてゐられたのです。指物師に命じて〔、〕長さ三百呎、幅五十呎、深さ八呎の、〔木の〕箱を造らせ、水の漏らないやうに〔、〕うまく目張りして、宮殿の部屋の壁際に置かせられ〔いてあり〕ました。〔そして、〕水は〔、〕二人の召使が〔、〕半時間もかかれば直ぐ一杯にすることができます。そして、その箱〔の〕底に〔は〕栓があつて、水が古くなると拔けるやうになつていました。

[やぶちゃん注:この部分の後半は最初、

   *

〔そして、〕その箱〔の〕底に〔は〕栓があつて、水が古くなると拔けるやうになつていました。水は〔、〕二人の召使が〔、〕半時間もかかれば直ぐ一杯にすることができます。

   *

と書いたものを『次ノ行ト入レカヘ』と指示してあるのに従って、私が書き直したものである。

「長さ三百呎、幅五十呎、深さ八呎」長さ九十一・四四メートル、幅十五・二四メートル、深さ二メートル四十四センチメートル弱。]

 私はその箱のなか〔を漕ぎ𢌞つて、〕自分の氣晴しをや〔り〕、王妃や女臣達を面白がらせました。彼女たちは〔、〕私の船員ぶり〔姿〕〔を〕すつかり〔たいへん〕喜びます。それに時々、帆を揚ると、女官たちが扇で煽り〔風を〕送つてくれます。私はただ舵をとつてゐ〔れ〕ばいいわけでした。彼女らが〔煽ぐのに〕疲れると、今度は侍童たちが口で帆〔を〕吹くのです。すると、私はおも舵〔を引いたり〕、とり舵を引いたりして、〔思ふままに〕乘りまわすのでした。それがすむと〔、〕グラムダルクリツチは〔、〕いつも私のボートを自分の部屋に持〔つて〕帰り、釘にかけて干かすのでした。

[やぶちゃん注:「女臣」はママ。現行版では『女官』となっている。

「かけて」の「か」は「閑」の崩し字である。]

 この水箱は〔、〕三日おきに水を替へることになつていましたが、ある時、水を替へる役目の召使が、うつかりしてゐて、一匹の大蛙を〔、〕手桶から流しました〔一緒に流しこんで〕しまひました。はじめ〔、〕蛙はじつと隱れてゐたのですが、私がボート〔に〕乘りこむと、うまい休み場所が出來たとばかりに、ボートの方に匍ひ上つて來ました。船はひどく一方へ傾くし、私はひつくり返らないやうに、〔その〕反對側によつて〔、〕うんと力を入れてゐなければなりません。

 いよいよボートの中に入りこんでくると、今度は〔一とびし〕ボートの長さの半分ぐ〔いきなりボートの半分の長さ〕をひよいと跳びこし、それから私の頭の上を前や後へ頻りに跳び越えるのです。そしてその度に〔蛙は〕あの厭な粘液を、私〔の〕顏や着物に塗りつけ〔るので〕す。その顏つきの大きなことといつたら、こんな醜い動物が世の中にあるか〔ゐたのか〕と驚かされます。しかし私が竿 〔オール〕の一本を取つて暫く打ちのめしてやつてゐるうちに、蛙は〔た〕うと〕う、ボートから跳び出してしまひました。

 

 私がこの國で〔、〕一番あぶない目にあつたのは、宮廷の役人の一人が飼つてゐた〔〕猿が〔、〕〔私に〕いたづらしたときのことです。 あの時、〔ある日、〕グラムダルクリツチは、用があつて〔たしに〕出かけて行くので、〔箱のなかの〕私〔の箱〕を自分の部屋に入れて〔、〕鍵を下ろしておきました。大變暑い日でしたが、部屋の窓は開け放しになつてをり、私の住まつてゐる箱の戸口も窓も、開い〔たままになつ〕てゐました。〔(私が)〕机に向つて靜かにものを考へてゐ〔る〕と〔、〕部屋〔何か〕窓から何か〔跳び〕込んで、部屋の中をあちこち步き𢌞るやうな音がするのです。私はひどく驚きましたが、じつと椅子に座つたまま、〔それを〕見てゐました。

[やぶちゃん注:「私の住まつてゐる箱の戸口も窓も、開い〔たままになつ〕てゐました」は現行では『私の住まっている箱の戸口も窓も、開け放しになってました』である。

「〔(私が)〕机に向つて」ここはママ。特異点で、挿入記号ではなく、マスの右に丸括弧附きでかく書かれてある。現行は『私が机に向って』で「私が」は地の文で生きている。]

 今、部屋に入つて來た猿は、いゝ氣になつて、跳ね𢌞つてゐるのでした。そのうちに、〔たうとう〕猿は私の箱のところへやつて來ましたるとました〕。彼は彼は彼は〕その箱がさも珍しいものか〔この箱がよほど氣に入つたのか〕、さも嬉し〔面白く珍し〕そうに戸口〔戸〕や窓から〔、〕いちいち覗きこむのです。私は箱の一番奧の隅へ逃げ込んでゐましたが、猿が四方からのぞきこむので、怖くて〔たまりません。〕すつかりあわててゐました。〔たので、〕ベツトの下に隱れることにも氣つかなづかな〕〔づきませんでした。〔がつかなかつたのです。〕〔しばらく〕猿は覗いたり、齒を剝き出したり、ベチヤベチヤ〔ムニヤムニヤ〕喋舌つたりして〔ていまし〕たが、たうとう私の姿を見つけると、丁度あの猫が鼠にするやうに、戸口から前足を片方突出し前足を 片手 片〔手方〕を伸して來ま〕した。しばらく私はうまく避けまはつてゐましたが〔たのです〕が、〔たうとう〕上衣の垂〔れ〕をつかまれて、引きずり出されました。

 彼は私を右手で抱き上げると、丁度あの乳母が子供に乳房をふくませるやうな恰好で私を抱へました。〔私が〕あがけばあがくほど、〔猿は〕強くしめつけるので、これは〔、〕じつとしてゐた方がいいと思ひ思ひ〕ました。〔一〕方の手で〔、〕猿は何度も〔、〕やさしげに私の顏を撫でてくれます。それはきつと〔てつきり〕私を〔同じ〕猿の子だと間違つてゐるらしいのでした。〔感ちがひしてゐるのでせう。〕〔かうし〕て〔、〕彼がすつかりいい氣持になつてゐるところへ、突然〔、〕誰か部屋の戸を開ける音がしました。すると〔、〕彼は急いで窓の方へ駈けつけ、三本足でひよいひよいひよことつととひよいひよい〕と步きながら、一本の手では私を抱いたまま、樋をつたつて、とうたう隣の大屋根〔まで〕攀ぢ上つてしまひました。

[やぶちゃん注:「三本足でひよいひよいひよことつととひよいひよい〕と步きながら」かなりオノマトペイア(擬態語)に苦労しているあ、現行決定版では実はここでは抹消されている『とっとゝ』が採用されている。

「とうたう」はママ。民喜はしばしばこの歴史的仮名遣を誤って直しており、特異的に苦手だったことが窺える。]

 私は猿が〔この〕私をつれて行くのを見〔ると〕、グラムダルクリツチはキャツと叫びました。彼女は氣狂のやうになつてしまひました。それからあたり 宮廷すらは上を〕〔すつかり〕〕〔間もなく宮廷は〕大騷ぎになりました〔つたのです〕。召使は梯子を取りに駈け出しました。猿は屋根の上に腰を下すと、まるで赤ん坊のやうに片手に私を抱いて、もう一方の手〔頰の顎の袋か〕ら何か吐き出して、それを私の口に押込んで〔まう〕とします。

 〔そして今、〕屋根の下では數百人の人々が、この光景を見上げてゐます。るのでしたるのです。〕私が食べまいとすると、猿は〔母親が子を〕あやすやうに〔、〕〔私を〕輕く叩ましたます〔くのです〕。それを見て〔、〕下の群衆はみんな笑いだしました。實際〔、〕これは誰が見ても馬鹿馬鹿しい光景だつたでせう。なかには猿を追ひはらうと〕〔ふつも〕りで、石を投げるものもゐましたが、これはすぐ禁じられました。

 やがて梯子をかけて、數人の男が登つて來ました。猿はそれを見て、いよいよ囲まれたとわかると、三本足では走れないので、今度は私を棟瓦の上に〔殘して〕おいて、ひとりでさつと逃げてしまひました。私は地上三百ヤードの瓦の上にとまつたまま、今にも風に吹き飛ばされるか、眼がくらんで墜ちてしまふか、〔まる〕で生きた心地はしませんでした。が、そのうちに乳母さん召使の一人が、私をズボンのポケツトに入れて〔、〕無事に下まで降してくれました。

 私はあの猿が〔私の咽喉に〕無理に押込んだ何か汚い食物で、息がつまりさうでした。しかし私の乳母が小さい針で一つ一つそれをほじくり出してくれたので、やつと樂になりました。だがひどく私の〔身躰が〕弱つてしまひ、あの動物に抱きしめられ〔てゐ〕たため〔、〕兩〔脇〕が痛くてたまりませんでした。私はそのため二週間ばかり〔病〕床につきました。王、王妃、そのほか、宮廷の人たちが、毎日見舞に來てくれました。〔そして、あの〕猿は殺され〔、〕ました。〔そして〔これからは〕〔、〕今後は〕〔今後〕こんな動物を宮廷で飼 つてはいけないことに〔ならないこ〕〔りま〕した。

[やぶちゃん注:末尾はママ。現行は『飼ってはならないことになりました』。]

 〔さて、私は〕病氣が治ると〔ると、私は〕王にお禮を申上げに行きますと、きました。〕

 〔すると〕王はおもしろ〔うれし〕さうに、今度のことをさんざおからかひになります。〔るのでした。〕猿に抱かれてゐた間どんな氣持がしたか、あんな食物の味はどうだつたか、どんなふうにして食べさすのか、などとお尋ねになります。そして、

 「あんな場合、ヨーロツパではどうするのか」と王は御たづききになりました。そこで、〔私は、〕

 「ヨーロツパには猿などゐません。ゐてもそれは物好きが遠方から捕つてきたもので〔、〕そんなものは実に可愛らしい奴です。それは〔んなの〕なら十匹や十五匹一緒〔十二匹ぐらい束〕になつてやつて來ても私は片付けてしまひます。〔負けはしません。〕先日こないだ〕の あの〔なに、〕此の間のあの恐ろしい〔大きな〕奴だつて、あれが私の部屋に片手を差込んだ時、〔あの時〔も〕私はじつとしてゐたのですが、もと〔平氣だつたのです。〕〕私がほんとに怖いと思つ〔のなら〕たら、〔この〕短劍で叩きつけたでせう〔ます〕。さうすれば、な■■すぐに〕相手に傷ぐらい負はせて、〔すぐ〕手を引つこめさせたでせう。」と、私はきつぱりと申し上げました。けれども私の話は〔そのこと〔はに〕〕、

けれども、みんなは私のそのことに、みんなは〔どつと〕噴きだしてしまひました。〔その〕側にゐた人人まで、愼みを忘れて、ゲラゲラ笑ひだすのでした。これで私はつくづく考へました。はじめから問題にならないほど差のある連中のなかで、いくら自分を立派に見せようとしても、それは無駄駄目だといふことがわかりました。

[やぶちゃん注:以上の猿から救助された後のパートはかなり原稿に苦渋した感じが見てとれる。以下に現行版を示す。

   *

 病気が治ると、私は王にお礼を申し上げに行きました。王はうれしそうに、今度のことをさんざ、おからかいになるのでした。猿に抱かれていた間どんな気持がしたか、あんな食物の味はどうだったか、どんなふうにして食べさすのか、などお尋ねになります。そして、あんな場合、ヨーロッパではどうするのか、と言われます。そこで、私は、

「ヨーロッパには猿などいません。いてもそれは物好きが遠方からつかまえて来たもので、そんなものは実に可愛らしい奴です。そんなのなら十二匹ぐらい束になってやって来ても、私は負けません。なに、この間のあの大きな奴だって、あれが私の部屋に片手を差し込んだとき、あのときも私は平気だったのです。私がほんとに怖いと思ったら、この短剣で叩きつけます。そうすれば、相手に傷ぐらい負わせて、手を引っ込めさせたでしょう。」

 と、私はきっぱり申し上げました。

 けれども、私の言うことに、みんなはどっと噴きだしてしまいました。これで私はつくづく考えました。はじめから問題にならないほど差のある連中の中で、いくら自分を立派に見せようとしても駄目だということがわかりました。

   *]

[やぶちゃん注:驚くべきことに、以下ので挟んだ太字にした部分は、現行版には全く存在しない貴重なパートである。]

   ★

 私は每日何か一つは笑ひの種にされてゐたやうなのです。グラムダルクリツチなども私を非常に可愛がつてはくれましたが、やはりちよつと意地わるなところがあり、私が何かヘマをやると、〔これはいい笑〕それをすぐ王妃らに云ふのです。一度など、郊外へ馬車で氣晴しに行つた時のことですが、野原の小徑で馬車をとめると、グラムダルクリツチは私を箱から出して、外に地面へ下してくれました。

 私〔が〕ぶらぶら步いて行くと丁度道〔のまんなか〕に牛の糞が一つありました。私は身輕いそれを飛び越さうとしたのですが、生憎、牛糞の眞中にスツポリと嵌つてしまひました。やつと〔そこから〕這ひ出しては來ましたが、身躰中汚れたくると、從僕の男がハンケチは來ましたが、身躰中〔汚れてゐました。汚物だらけです。〕〕從僕がハンケチできれいに拭いてくれましたが、乳母は家に帰るまで私を箱の中に押しこめてしまひました。ところが〔こ〕の話はすぐ王妃の耳に入〔り〕、それから從僕がみんなに喋つて𢌞るので、〔つたのです。〕〔それは〕大変でした。

四五日というもの、〔この話は〕みんな■■■〕大笑いで〔の種にされま〕した。

   ★

2016/09/10

ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) 大人國(6) 猿にからかはれて(Ⅰ)

〔五章〕    猿にからかはれて

 

[やぶちゃん注:現行版では「五章」ではなく、「4」。原文は「Ⅴ」。原稿の方が正しい。]

 

 私は身躰が小さいために、時時、滑稽厄介な出來事にあいました。

 グラムダルクリッチは〔、〕よく私を箱に入れて、庭につれだし、そして時には〔、〕箱から出して、手の上に載せてみたり、地面を步かしてみたりし〔てゐ〕ました。ある時、それはまだあの侏儒が宮廷にゐた頃ですが〔のことですが、〕彼が庭までついて〔やつて→やつて〕來たのです。ました→たのです。〕乳母が私を地面に下すと、丁度、彼と私のすぐ傍に〔、〕盆栽の林檎の木がありました。この盆栽と侏儒を見くらべてゐると〔、〕何だかをかしくなつたので、私はちよつと〔、〕彼を冷やかしてやりました。

[やぶちゃん注:現行版はここの改行はなく、以下に続いている。しかし、問題はそんなことより、次の段落の最後、「しかし幸いに怪我はなかつたのです。」までの全部に左から右へ大きな斜線が引かれており、本段落を原民喜は一度、全カットするか、或いは訳し直すつもりであったことが判る。

 現行版を以下に示す。繋がっているので次の段落分も含む(下線やぶちゃん)。

   *

 グラムダルクリッチは、よく私を箱に入れて、庭につれ出し、そしてときには、箱から出して手の上に乗せてみたり、地面を歩かせてみたりしていました。あるとき、それはまだあの侏儒が宮廷にいた頃のことですが、彼が庭までついてやって来たのです。ちょうど、彼と私のすぐ傍に、盆栽の林檎の木がありました。この盆栽と侏儒を見くらべていると、なんだかおかしくなったので、私はちょっと、彼を冷やかしてやりました。すると、このいたずら小僧は、私が林檎の木蔭を歩いている隙をねらって、頭の上のを揺さぶりだしました。たちまち、十あまりの林檎が頭の上落ちかゝりましたが、これがまた酒樽ほどもある大きさなのです。かゞもうとするところへ、その一つが背中にあたり、私は前へのめってしまいました。しかし幸いに怪我はなかったのです。

   *

「箱から出して、手の上に載せてみたり」の読点は消えている。]

 すると、この悪戲小僧は、私が林檎の樹蔭を步いてゐる隙をねらつて、頭の上の樹を搖さぶりだしました。たちまち〔、〕十餘りの林檎が〔〕頭の上へ落ちかかりましたが、これがまた酒樽ほどもある大きさなのです〔だから大〕変でした。私の屈んでゐるところへ〔もうとするところへ〕その一つがやつて背中〔に〕あたり、私は前へのめつてしまひました。しかし幸に怪我はなかつたのです。

 ある日、グラムダルクリッチは〔、〕私を芝生の上に降ろして、ひとり遊ばしておき、自分は家庭教師と一緒に〔、〕少し離れたところを步いてゐました。すると〔、〕俄かに猛烈な霰〔〕が降つてきて、私はたちまち地面にたたきつけられました。まるで〔、〕テニスの球でも投げつけるやうに、〔霰〕は全身を打込んでくるのです。しかしやつと四這ひになつて、レモンの木蔭に這ひこみ、〔私は〕顏を伏せてゐました。だが、頭のてつぺんから〔、〕足の先まで〔、〕傷だらけになつて、十日ばかりは外出もできなかつたのです。しかし、これは少しも驚くこと〔で〕はないのです。この國では、何もかも同じ割合に大きいのですから、霰粒一つでもヨーロッパの霰の千八百倍はあります。これは、私がわざわざ目方を計つて〔→秤にかけて計つて〕みたのだから、たしかです〔間違ひありません〕。

[やぶちゃん注:「霰〔〕」の抹消字は実は「包」である。しかしこれは「包」ではおかしいこと、原民喜が明らかに「雨」(あめかんむり)の下の「散」を「包」としたものの、それをやめて抹消したのだと読めることから、かくした。

「まるで〔、〕テニスの球でも投げつけるやうに、雹〔霰〕は全身を打込んでくるのです。」という箇所は、これでも実は校正記号を好意的に解釈して整形したものであって、元の文字列は、

 

〔霰〕は全身をまるで〔、〕テニスの球でも投げつけるやうに打込んでくるのです。

 

となっており、「霰は」と「全身を」が吹き出し形の記号で、「霰は」は「打込んでくるのです」の前に、「全身を」が「投げつけるやうに」の「やう」と「に」の間に指示され、しかも「やう」と「に」の間には読点まで追加されて打たれているのである。しかも、かく整形しても「全身を」の格助詞はおかしいままである。因みに、現行版は以下ののように整序されてある。なお、現行版ではご覧の通り、最後の三文が改行されて、独立段落となっている。

   *

 ある日、グラムダルクリッチは、私を芝生の上におろして、ひとり遊ばしておき、自分は家庭教師と一しょに、少し離れたところを歩いていました。すると、にわかに猛烈な霰あられが降ってきて、私はたちまち地面にたゝきつけられました。霰はまるでテニスの球でも投げつけるように、全身に打ち込んでくるのです。しかしやっと四這いになって、レモンの木蔭に這い込み、私は顔を伏せていました。だが、頭のてっぺんから、足の先まで、傷だらけになって、十日ばかりは外出もできなかったのです。

 しかし、これは少しも驚くことではないのです。この国では、何もかも同じ割合に大きいのですから、霰粒一つでもヨーロッパの霰の千八百倍はあります。これは、私がわざわざ秤にかけて計ってみたのですから、たしかです。

   *]

 しかし〔、また〕もつと危險な事が〔、〕この庭園で起つたりましたことがあります。たのです〕〔ことがあります〕。私はひとりで考へごとをしたいので、時時、ひとりにしてくれと賴むのですが、乳母さんは私〔を〕安全な所へ置いたつもりで、〔ほかの人たちと一緒に〕庭園のどこか別のところへ行つてゐました。丁度その留守中〔のことでした。〕園丁が飼つてゐるスパニエル犬が、どうしたはずみか〔、〕庭園に入りこんで來て、私の臥てゐる方へやつて來たのです。私の匂を嗅ぎつけると、忽ちいきなりや〔忽ちとん〕で來て、私をくはえると、尻尾を振りながら〔、〕ドンドン主人の所へかけつけて〔行〕つて、そつと、私を地面に置きました。運よく〔、〕その犬は、よく仕込まれてゐたので、齒の間にくわえられながらも、私は怪我一つせず、着物も破れなかつたのです。

[やぶちゃん注:原民喜の「込」の字は草書崩しで平仮名「と」の二画目の頭の短い横画を附したようにしか見えない文字である。単独で出されると、草書に馴れた人でない限り、「込」の字と判読するのはなかなか難しい字体である。]

 〔だが〕園丁は私をよく見知つてゐて新設にしてくれてゐましたが、すつかりびつくりしてしまひ、私をそつと兩手に抱きあ〕げて、怪我はなかつたかと訊ねます。彼は私をよく知つてゐて、〔前から私には〕いろいろ親切にしてくれてゐた男です。〔けれども〔、〕〕私は驚きで息切れがしてしまつてゐるので、まだ〔なかなか〕口がきけません。〔それから〕二三分して〔、〕〔やつと〕気持〔私〕が落ち着いた〔くと〕、彼は乳母を〔の〕ところへ〔、〕私を無事に屆けてくれました。

 乳母は〔、〕さきほど私を殘して置いた場所に戾つてみると、私がゐなので〔いし、〕いくら呼んでみても〔、〕返事がないので、氣違のやうになつて〔あちこ〕探しまはつてゐたところでした。それで今、園丁を見つけると、

「そんな犬飼つておくのがいけないのです」と、ひどく彼を叱りつけました。

ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) 大人國(5) 箱の中の私(Ⅲ) / 箱の中の私~了

 

〔四章〕

 

 こゝで私はこの國の有樣をちよつと簡單に説明しておき〔たいと思ひ〕ます。

 この國は大きな半島になつてゐて、北東の方に高さ三十哩の山脈がありますが、それらの山は頂上がみな火山になつてゐるので、そこから向ふへ越すことはできないのです。〔だから、〕そのには、どんな人間がゐるのか、〔はたして〕人が住んでゐるのかどうかも〔か〕、それはどんな偉い學者にもわからないのです。國の三方は海で圍まれてゐますが、港といふものは一つもないのです。海岸には尖つた岩が一面に立ち並んでゐて、海が荒いので舟〔で〕乘りだす人はゐません。だから、この國の人は他の國と行來することはまるでないのです。〔ありません。〕

[やぶちゃん注:「そのには」はママ。以下に見る通り、現行版は『その向うには』。

現行版は改行なく、次の段が続いている。現行版は以下の通り(段落ごと後の分まで総て出す)。

   *

 この国は大きな半島になっていて、北東の方に高さ三十マイルの山脈がありますが、それらの山は頂上がみな火山になっているので、そこから向うへ越すことはできないのです。だから、その向うには、どんな人間がいるのか、はたして人が住んでいるのかどうか、それはどんな偉い学者にもわからないのです。国の三方は海で囲まれていますが、港というものは一つもないのです。海岸には尖った岩が一面に立ち並んでいて、海が荒いので舟で乗り出す人はいません。この国の人は他の国と行き来することはまるでないのです。大きな川には舟が一ぱい浮んでいて、魚類たくさんいます。この国の人たちは海の魚はめったに取りません。というのは海の魚はヨーロッパの魚と同じ大きさなので、取ってもあまり役に立たないからです。しかし、ときどき、鯨が巌にぶっつかって死ぬことがあります。これは捕えて、みんな喜んで食べています。

   *

「三十哩」四万八千二百八十メートル強。]

 大きな川には舟が一ぱい浮んでゐて、魚類もたくさゐます。この國の人たちは海の魚は滅多にないのです。といふの〔は〕海の魚はヨーロッパの魚と同じ大きさなので、とつても〔あまり〕役に立たないからです。しかし、時時、鯨が巖に打突つて死ぬことがありますがするとこれは捕へて、みんな喜んで食べてゐます。中には独りではとても擔げないやうな、隨分大きなのがゐます。

[やぶちゃん注:最後の一文は現行版には存在しない。因みに、一人では「擔」(かつ)「げない」という基準(一人の)は、言わずもがな乍ら、ガリヴァーら普通の人間「一人」である。]

 この國は非常に人口が多くて、五十一の大都市と百近くの市や村落があります。國王の宮殿〔の建物は〕不規則にならんでゐて、〔その〕周圍は七哩あります。おもな部屋は高さ二百四十呎、幅と長さもそれと〔同じ〕くらゐです。

[やぶちゃん注:現行版には最後の一文がない。「市」の『町』となっている。

「二百四十呎」七十三メートル十五センチ。]

 グラムダルクリッチと私には馬車が許されてゐましたので、これに乘つて、市内見物に出たり、店屋に行つたものです。私はいつも箱のまま連れて行かれるのですが、〔街の家々や人々がよく見えるやうに〕グラムダルクリッチ度度、私を取出して手の上に乘せてくれました。ある日、〔たまたま〕馬車〔を〕ある店先に停め■れる〔る〕と、〔それを見て〕乞食の群が、一せいに馬車の兩側に集つて來ました。

[やぶちゃん注:現行版はここに改行はない。]

 これは實に物凄い光景でした。胸におできのできた女〔が〕一人ゐましたが、とても大きく脹れ上つてゐて、一面に孔だらけなのです。その孔といふのが〔、〕私には〔の身躰など〕潛り拔けることが出來さうな奴です。だが何よりたまらなかつたのは、彼等の着物を這ひ𢌞つてゐる虱でした。〔それが〕丁度〔、〕あのヨーロッパの虱を顯微鏡で見るときよりも〔、〕もつとはつきり〔肉眼で〕見えるのです〔ます〕。そして〔、〕あの豚のやうに嗅ぎまはつてゐる鼻など、こんなものを見→る〕のは、はじめてでした。

 いつも私を入れて步いてゐた箱の外に〔、〕王妃は、旅行用として〔、〕小さい〔箱〕を一つ作らせてくれました。今までの〔〕は〔、〕グラムダルクリッチの膝には少し大きすぎたし、馬車で持運ぶにも少しかさばりすぎてゐたからです。この旅行用の箱は〔、〕正方形で、三方の壁に一つづつ窓をあけ〔がつけてをり〕、どの窓にも外側から鐵の針金の格子がはめてありました。一方の壁には窓はなくて、二本の丈夫な留金がついてゐます。私が馬で行きたいという時には、乘手がこれに〔革〕帶を通して、しつかり腰に結びつけるのです。

[やぶちゃん注:幾つかの箇所が現行版と異なる(下線やぶちゃん)。

   *

 いつも私を入れて歩いていた箱のほかに、王妃は、旅行用として、小さい箱を一つ作らせてくれました。今までのは、グラムダルクリッチの膝には少し大き過ぎたし、馬車で持ち運ぶにも少しかさばり過ぎたからです。この旅行用の箱は、正方形で、三方の壁に一つずつ窓があり、どの窓にも外側から鉄の針金の格子がはめてあります。一方の壁には窓がなくて、二本の丈夫な留金がついています。私が馬車で行くときには、乗手がこれに革帯を通して、しっかり腰に結びつけるのです。

   *]

 こんな風にして、私は國王王妃お伴をして〔行列に加は〕つたり、公園など見物したり、宮廷の貴婦人や大臣を訪問したりしました。〔といふのも〕兩陛下のお蔭で、私の名前は急に大官たちの間で有名になつて〔來〕たからです。旅行中もし馬車に倦きると、召使が彼の前の蒲團の上に箱をおいてくれます。そこで、私は三つの窓から〔外の〕景色を眺めることができ〔るので〕した。この箱には、折疊みのできるベツドが一つ、ハンモツクが一つ、椅子が二つ〔、〕テーブルが一つ、それぞれ、床板に〔、〕ねぢで留めてあり、馬車が搖れても動かないやうにしてあります。〔りました。〕私は長い間、航海に馴れてゐたので、馬車の搖れるのも割りに平気でした。

[やぶちゃん注:現行版を示す(下線やぶちゃん)。

   *

 こんなふうにして、私は国王の行列に加わったり、宮廷の貴婦人や大臣を訪問したりしました。というのも両陛下のおかげで、私は急に大官たちの間で有名になってたからです。旅行中もし馬車にあきると、召使が彼の前の蒲団の上に箱を置いてくれます。そこで、私は三つの窓から外の景色を眺めるのでした。この箱には、折り畳みのできるベッドが一つ、ハンモックが一つ、椅子が二つ、テーブルが一つ、それゾㇾ、床板にねじで留めて、馬車が揺れても動かないようにしてありました。私は長い間、航海に馴れていたので、馬車の揺れるのも、わりに平気でした。

   *

「床板に、ねぢで」の挿入読点は生きていない。

 なお、この段落の始まりの上方罫外には規定字数が行数を計算したものか、

   175

   144

   ―――

    31

という計算式がメモされてある。]

2016/09/09

ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) 大人國(4) 箱の中の私(Ⅱ)

 王妃は私がすつかりお氣に召し〔入り〕→で、私がゐないと食事も召上らないほどになりました。私は王妃の食卓の上に、丁度その左肱のあたりに〔、〕テ■〔私の〕テ→イブルと椅子を置いてもらふのでした。グラムダルクリッチは〔、〕私のテーブルの近くの、床の上の腰掛の上に立つて、私の面倒をみてくれるので→す。

 私〔のため〕には、銀の皿が一揃、その他〔いろんな〕必需品がありましたが、これは〔これも、〔その〕大きさは〕王妃御自身のものにくらべると、ちようど玩具屋にある人形のお家の食器類のやうなものでした。私の食器は〔、〕ちやんと銀の箱に入れて、乳母さんがポケットにしまつてゐて、食事の時になつて、欲しいといふと、必ず自分で綺麗に拭いて、それから、私に渡してくれます。王妃と一緒に食事をするのは二人の王女だけで、姉の方は十六才、妹は十三才〔と〕一ヶ月でした。

[やぶちゃん注:「〔これも大きさは〕」の箇所は、現行版では『これも大きさは、』である。]

 王妃陛下が肉を切つて私の皿に入れて下さると、私は自分で更らにそれを小さく切つて食べます。このままごとのやうな〔私の〕食べ方かたが王妃にはよほど〔とても〕面白かつた気に入つた〕のでせう。といふのは〔、〕王妃(實際はこれは〕少食の方でしたが)は、なにしろ、イギリスの百姓が十二人も食べられるほどのものを、一口に召上るのです。實際この有樣には〔を見ては〕私も時時〔私は〕、やりきれない氣持がしました。

[やぶちゃん注:「このままごとのやうな〔私の〕食べ方かたが王妃にはよほど〔とても〕面白かつた気に入つた〕のでしせう」の後半の両削除はママ。現行版では、

   *

この、まゝごとのような、私の食べ方が、王妃にはとても面白かったのでしょう。

   *

となっている。

「實際この有樣には〔を見ては〕私も時時〔私は〕、やりきれない氣持がしました。」のパートも現行版では、

   *

実際この有様には、私もときどき、やりきれない気持がしました。

   *

となっている。「ときどき」の後半は底本では踊り字「〲」(この注は以下、略す)。前にも述べたが、原民喜はこの「〱」「〲」の筆頭に「ゝ」「ゞ」、「々」さえも踊り字が嫌いだったのである。事実、原稿では全くと言っていいほど使っていないのである。現行の踊り字いっぱいのそれは、それだけで原民喜の作品ではないと断言してもよいくらいである。]

 〔王妃は、〕雲雀の翼を〔、〕骨ごとポリポリ嚙み碎いてしまはれるのです〔ます〕が、その翼の大きさは〔、〕七面鳥の翼の九倍からあるのです。それからパンの一口分も〔、〕驚くほど大きなものです。

 王妃は黃金の盃で、大樽一箇分以上の飮物を、一息にお飮みになります。それから、柄の上にまつすぐはまつてゐるナイフの大きさは、大鎌の二倍もあります。スプーンもフオークも、すべて〔それぞれ〕おどろくほど〔みな実に〕大き〔な〕ものです。〔私は〕いつかグラムダルクリッチが〔、〕面白半分に私を宮廷の食卓につれて行つてくれたことがあります〔のをおぼえてゐ〕ますが、かういふ巨大な〔、〕ナイフやフオークが〔、〕十あまりも並んだ光景〔有樣〕は、こんな恐ろしい光景は〔全く、〕見たことがないと思ひました。

[やぶちゃん注:「それから、柄の上にまつすぐはまつてゐるナイフの大きさは、大鎌の二倍もあります。」は現行版では、『それから、王妃のナイフの大きさは、大鎌の二倍もあります。』となっている。

 なお、次の段落との間には原民喜の校正記号で「一行」と上部に指示がある。現行版は空けていない。私は空けて示す。]

 

 この國では毎週、水曜日がお休みの日なのです。〔、〕この日には、兩陛下はじめ、王子王女殿下も、國王陛下の御部屋で一緒に食事をされることになつてゐます。私は今では國王陛下にも〔、〕すつかりお氣に入りになつてゐたので、〔この〕會食の時〔に〕は、〔いつも〕私の椅子と食卓が、陛下の左手の鹽壷の前に置かれました。

 陛下は〔、〕私と話をするのがお好きで、ヨーロッパの風俗、宗教、法律、政治、學問などについていろいろお質問になります。私もできるだけ、よく御返答〔答へ〕申上げるのでした。陛下は頭のいい方ですから、私の申上げることが、すぐお解りです。そして、なかなか賢いことを〔お〕つしやいます。

 けれども〔、〕一度こんなことがありました。私がイギリスのことや〔、〕貿易のことや〔、〕戰爭や〔、〕政党のことを〔、〕あまり、いい氣になつて喋りましたところ、陛下は〔、〕右手に私をつまみあげて、左の手で靜かに私を撫でながら〔、〕大笑ひされました。そして〔れから、〕陛下の後に大きな白い杖を持つて控へてゐる首相をかへりみて〔、〕〔かう〕言はれました。

 「人間なんて〔、〕いくら偉〔威〕ばつたつて〔とこ〕ろで、つまらないものではないか、この小つぽけな蟲けらにも〔でさ〕へ眞似ができるのだからな。どうだ、こんな奴等〔に〕でも、位〔とか〕稱號があるといふし、家とか市とか呼ぶ、〔ち〕つぽけな巣や穴なども作るらしい。それに、お洒落をしてみたり、戰爭し〔てみ〕たり、議論〔喧嘩〕したり、欺いたり、裏切つたりするといふ〔のだ〕からな」

 と、大たい〔體〕こんなふうな調子で云はれましたので、自分の祖國がこんなに輕蔑されるのを聞いては、私は腹が立つて、顏が眞赤になつてしまひました。しかし、〔その後〕よく〔よく〕考へ直してみると、私は〔陛下に〕恥をかかされたのかどうか、あやしくなりました。といふのは、〔私は〕こうして幾月か、この國民の〔姿や話しぶりに〕馴れ、話にも聞きなれ〔見るものがみな〕この國では人間〔の大きさ〕に比例して大きいといふことが私に〔わか〕つて來たので、初め私が〔今ではもう初めのやうに〕その大きさに驚いたり恐れひゐた〔たりしなく〔な〕〕りました。ですから〔、〕今では〔、〕もし〔この私がイギリスの貴族たち→が〕晴着を着て、さも上品らしく、氣どつた恰好で、步いたり、おじぎをしたり、おしやべりしてゐるのを見たら、私はかへつて笑つた〔、〕〔噴きだ〕すかもしれません。丁度〔、〕今この國の陛下や貴族が〔、〕私を笑つたやうに、私もまた〔、〕彼等を大いに笑つてやりたい氣になるでせう。

 また實際、王妃がよく私を掌に乘せて鏡の前に立つた時など〔つれて行き、〕私たち兩方の全身を一緒に映して見せる時など、われながら微笑ささられました。全くこの〔滑稽な〕比較には、私はいつだ〔なんだ〕か自分の實際の大きさよりも小さ大き〕〔身躰〕が、ずつといよいよもつともつと→ずつと〕小さく身躰が縮まつてくるやうな気がしました。

[やぶちゃん注:原稿にはここに一行空けの校正記号が入る。現行版には行空けはない。指示通りに空ける。]

 

 私が一番癪にさわり、困つ〔惱まされ〕たのは、王妃のところの侏儒でした。彼は國中で一〔等〕背が低いので、(實際三十呎に足りないやうでした)自分より更らに小さな物を見ると、急に高慢になつて、たとへば、私が王妃の次の間〔で〕貴族たちと話をしてゐると、彼はひどくふん〔ぞ〕り返つて、私のテーブルの側を通つて行くのであります。〔す。〕そして〔彼は〕私の小さいことを〔いつも〕一言二言ふのです。〔はねば〕気がすまないのです。〔した。〕〔私は〕彼にむかつて、私は〔「〕おい兄弟と呼んで呼んで〕相撲を取みようか〔」〕と言つたり〔てや〕つたり、口でなんとかやりこめてやつて〔、そんなことで〕仇討をするだけでしたよりほかはありません。→してやるのでした。〕

[やぶちゃん注:ここは原稿に不全性が現われている。現行版は以下の通り整序されている。なお、頭の一文は現行版では独立して改行されている。原稿にはそのような指示はない。

   *

 私が一番癪にさわり、悩まされたのは、王妃のところの侏儒でした。

 彼は国中で一等背が低いので、(実際、三十フィートに足りないようでした)自分よりさらに小さなものを見ると、急に高慢になって、たとえば、私が王妃の次の間で貴族たちと話をしていると、彼はひどくふんぞり返って、私のテーブルのそばを通って行くのです。そして彼は、私の小さいことを、いつも一言二言いわねば気がすまないのでした。私は彼に向って、「おい、兄弟、相撲をとってみようか。」と言ってやったり、口でなんとかやりこめて、そんなことで仇討をしてやるのでした。

   *

「三十呎」約九メートル十四センチ。]

 ある日、食事の時、この意地悪小僧は〔、〕何か私の言つたことに腹を立て、〔かつと腹を立てると、〕王妃の椅子の上に跳び上ると→り〕、私〔の〕腰のあたりを捉んで、まるで見境もなく、いきなりクリームの入つた銀の鉢の中に投りこむと、そのまま一散に逃げ出しました。私はまつ逆さに落されましたが、あの時、もし泳げなかつたら大変でした。丁度、グラムダルクリッチは〔、〕その時、部屋の向ふの方に行つてゐましたし、王妃は驚きのあまり、私を助けることに氣がつれませんしたから〔を忘れていられました。〕私がしばらく鉢の中〔で〕泳いで〔ぎまはつて〕ゐると〔、〕乳母さんが駈けつけて救ひ出してくれましたが、その時はもうクリームを隨分呑んでゐました。

[やぶちゃん注:「捉んで」現行版は平仮名で『つかんで』。摑んで。

「投りこむ」現行版は平仮名で『ほうりこむ』。放(抛)りこむ。]

 私は早速ベッドに寢かされました。〔まあ〕損害といつた〔ら、〕着物一着がすつかり駄目にされたこと〔位〕でした。侏儒はひどく鞭で打たれ、罰として鉢のなかのクリームを全部〔全部〕飮まされることになりました。そしてその後〔、〕侏儒は王妃から愛想をつかされ、間もなく他の貴婦人にやつてしまはれました。だからそれつきり〔、〕二度と彼の顏を見なくてすんだの→で〕、私は何よりうれしくありました。→私〔→も〕ほつとしました。〕

[やぶちゃん注:第二文「まあ損害といつたら、着物一着がすつかり駄目にされたこと位でした。」は、現行版では『まあ損害といったら、着物一着がすっかり駄目になったことぐらいでした。』で、後半部は現行版は、『そしてその後、侏儒は王妃から愛想をつかされ、間もなく他の貴婦人にやってしまわれましただからそれっきり、二度と彼の顔を見なくてすんだので、私ほっとしました。』(下線部注意)である。]

[やぶちゃん注:原稿にはここに一行空けの校正記号が入る。現行版には行空けはない。指示通りに空ける。]

 

 私は臆病者だといつて、王妃からよくからかはれました。

 〔そして王妃は、〕お前の國の者はみんなそんなに臆病なの、と〔よく〕お聞きになりました〔す〕。それ〔に〕は〔ちよつと〕〔また〕譯があるのです。この國では〔、〕夏になると〔、〕蠅が一ぱい出まするのですが〔ます。〕〔とこ〕ろが、その蠅といふのが〔、〕雲雀ほどの大きさですし、この厭つたらしい蟲が〔、〕食事中も〔、〕ぶんぶん耳〔も〕とで唸りつゞけるので〔、〕私はちつとも落着けません。時によると〔、〕食物の上にとまつて、〔きた〕な〔い〕汁や〔、〕を殘してゆくのです〔きます〕。ところが〔、〕この國の人〔たち〕の眼〔に〕は私の眼とちがつて〔、〕〔それが〕一向〔に〕見えないのですが〔、〕私の目〔に〕は小さいものが よく〕〔実によく〕見えまするのですます→るのです。〕〔ときどき〕蠅は〔〕〔、〕私の鼻や額にとまつて〔厭なにほひ〕痛く刺したり、いやな臭を出すのです。〔します。〕

[やぶちゃん注:この前後の観察箇所は実に顕微鏡的に科学的で面白い。]

 蠅の足の裏側には、ねばねばしたものがあり〔くつついてゐる〕ので、〔それで〕天井を倒しまに步くことができる〔の〕だ〔、〕と博物學者たちは云つてゐますが、私の眼には、〔あ〕のねばねばした物まで、實にはつきり見えるのです。〔私は〕この憎つたらしい動物から〔、〕私の身を守るのに〔、〕大變閉口〔たいへん苦勞〕しました。顏などにとまられると、思はず飛上つたものです。ところが、侏儒の奴はいつもこの蠅を五六匹、丁度小學生がよくやるやうに、手に摑んで來ては、いきなり私の鼻の先に放すのです。〔これは〕私を驚かして、それで王妃の御機嫌をとらうとして〔とるつもりな〕のでした。私は飛んで來る奴をナイフで斬りつけるばかりでしたが、この私の腕まへは〔、〕みんなから〔あざやかだ〕ほめられました。

[やぶちゃん注:現行版を示す(下線やぶちゃん)。

   *

 蠅の足の裏側には、ねばねばしたものがくっついているので、それで天井を逆さまに歩くことができるのだ、と、博物学者たちはっていますが、私のには、あのねばねばしたものまで、実にはっきり見えるのです。私はこの憎ったらしい動物から、身を守るのに、大へん閉口しました。顔などにとまられると、思わず跳び上ったものです。ところが、侏儒の奴はいつもこの蠅を五六匹、ちょうど、小学生がよくやるように、手につかんで来ては、いきなり私の鼻の先に放すのです。これは私を驚かして、王妃の御機嫌をとるつもりなのでした。私は飛んで来る奴をナイフで斬りつけるばかりでしたこの私の腕前は、みんなからほめられました。

   *]

 今でもよく憶えてゐますが、ある朝、グラムダルクリッチは〔、〕私を箱に入れたまま〔、〕窓口に載せておいたのです。これは天氣のいい日なら〔、〕私を外氣にあてるため〔に、いつもさうして〕ゐました。が、しかし私はよくイギリスで鳥籠を吊すやうに、私の箱を釘にぶらさげるやうなことは、決してさせませんでした。そこで〕私→は〕箱の窓を一枚あけて、食卓に〔つ〕いて〔、〕朝〔食〕のお菓子を食べてゐ〔ま〕した。その〔匂〕に誘はれて、二十匹ばかりの地蜂が〔、〕部屋のなかに飛び込んで來ると、まるで■■■■のやうな〔てんでに大き〕な唸りをたてました。

[やぶちゃん注:判読不能箇所は「かみなり」かと思ったが、ちょっと違う。識者の判読を乞うものである。

「地蜂」こう呼称するのは膜翅(ハチ)目細腰(ハチ)亜目スズメバチ上科スズメバチ科スズメバチ亜科クロスズメバチ属 Vespula を指すが、原文は“wasps”で、これは広く、スズメバチ亜科 Vespinae のスズメバチ類、或いは、細腰亜目アナバチ科ジガバチ亜科ジガバチ族 Ammophilini のジガバチ類を指す。スズメバチは基本、肉食性で甘い菓子に寄ってくるのは必ずしも相応しくはないものの、後者は社会性で群れを作らないから、二十匹がまとまって飛来するのはやはり相応しくない気がする。訳語に戻って、クロスズメバチ類で妥協しておくのがよいか。]

 なかには私の菓子をつかんで粉粉にしてさらつて行く奴もゐるし、私の頭や顏の近くにやつて來て、ゴー〔ゴ〕ーと〔唸つて〕脅す奴もゐます。しかし、私も劍を拔いて彼等を空中に切りまくりました。四匹は切〔はう〕ちとめましたが、あとはみんな逃げ去つたので私は〔すぐ〕窓を閉めました。この蜂は鷓鴣ぐらゐの大きさでした。針を拔きとつてみると、一吋半もあつて、縫針のやうに鋭いものでした。私はそれを大事にしまつておいて、その後〔、〕いろいろの珍品と一緒にイギリスに持つて戾りました。

[やぶちゃん注:「鷓鴣」「しやこ(しゃこ)」と読み、鳥綱キジ目キジ科シャコ属 Francolinusのシャコ類を指す。原文は“partridges”。英和辞典ではキジ科イワシャコ属イワシャコ Alectoris chukar、或いは、キジ科ヤマウズラ属ヤマウズラ Perdix dauuricae を指すとある。前者は体長三十二~三十五センチ、後者は全長二十六~二十九・四センチ。イギリスの鳥猟から考えると、前者のイワシャコAlectoris chukarが対象種と考えられる。]

2016/09/01

ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) 大人國(3) 箱の中の私(Ⅰ)

<三章>  箱の中の私

 

 私は毎日、忙しく動きまはらされたので、二三週間もすると、とうたう身躰の調子が変になりました。主人は私のおかげで、儲ければ儲けるほど、ますます欲ばりになりました。私はまるで食事も欲しくなくなり、殆ど骸骨のやうに瘦せ細りました。主人はそれを見ると、これは死んでしまふに違ひないと考へ、〔これが〕生きてゐるうちに、出來るだけ儲けておかうと決心したやうです。

 丁度、彼がこんなことを考へてゐるところへ、宮廷から一人の使者がやつて來ました。王妃と女官たちのお慰みにするのだから、すぐ私を連れて來いといふ命令なのです。〔これは〕女官たちの中に、もう私を見物したもの〔が〕あつて、私の振〔るまひの〕美しいこと、賢いことなど、いろいろ珍しい話を申し上げてゐたからです。

 さて宮廷に私がひき出されると、王妃や女官たちは、私の物ごし、態度を見て、たいへん面白がりました。私は早速、ひざまづいて、王妃の御足にキスすることをお願ひしました。しかし、慈深い王妃は〔、〕手の小指を差出されました。私はテーブルの上に置かれてゐたので、その小指を兩腕でかかへて、その先にうやうやしく唇をあてました。

[やぶちゃん注:「慈深い」現行版では「慈」に「めぐみ」とルビする。]

 陛下〔王妃〕はまづ〔、〕私の國や旅行について、いろいろ質問されました。私はできるだけ簡單に、はつきりと御答へしました。それから陛下〔王妃〕は、宮廷に〔來て〕住む気はないかと聞かれました。そこで、私はテーブルに頭をすりつけて、

「只今は主人の奴隷でございますが、もし願ひが〔お〕許され〔しが出る〕のでしたら、私は陛下に一身を捧げてお仕へしたいと存じます」と答へました。

 すると、陛下〔王妃〕は主人に向つて、

 「これをいい値段で賣つて〔は〕くれないか」とお尋ねになりました。主人の方では、私がとても一月とは生きてゐまいと思つてゐたところですから、

 「それでは、お讓り致しますが、金貨一千枚頂戴致したいと存じます」と云ひました。陛下はその場ですぐ支拂は〔お金を渡さ〕れました。その時、私は陛下〔王妃〕に申上げました〔次のやうに、お願ひしま〕した。

[やぶちゃん注:一ヶ所の「陛下」は書き変えられていない。現行版は「王妃」。]

 「これから陛下にお仕へするにつきまして、お願ひしたいことがあります。それは今日まで私のことをよく気をつけて面倒をみてくれてゐたグラムダルクリチ〕〔のことです。あのひとも一つ〕〔宮廷で〕お召し使ひになり、これからもずつと私の乳母と教師にさせていただきたいのです」

[やぶちゃん注:現行版では末尾が「いたゞけないでしょうか。」となっている。]

けないでしようか。」

 陛下〔王妃〕はこの私の願ひを承知〔すぐ許〕されました。が、父親の方もこれは譯なく承知しました。彼は自分の娘が宮廷に召し出されることは願つてもない彼には〕〔ので彼は大〕喜びで〔した。〕娘の方も悦しさは包みきれないやうでした。そこで舊主人は私に別れを告げ〔、〕よい御奉公をしろ〔するのだよ〕と云ひながら出て行きました。私は輕くおじぎしただけで返事もし〔てやらな〕かつたのです。

[やぶちゃん注:この段落は現行版と異なる。以下に示す(現行版は次の段落と連続している)。

   *

 王妃はこの私の願いをすぐ許されました。が、父親の方もこれはわけなく承知しました。自分の娘が宮廷に召し出されることは、彼には願ってもない喜びでした。娘の方も、うれしさは包みきれないようでした。そこで旧主人は私に別れを告げ、

「よい御奉公をするのだよ。」

 と言いながら出て行きました。

 私は軽くおじぎしただけで、返事もしてやらなかったのです。王妃は、私のこの冷淡さに気がつかれ、どうしたのか、とお尋ねになりました。そこで、私はありのまゝを申し上げました。

   *]

 王妃は、私のこの冷淡さに氣がつかれ、百姓舊主人が出て行つてしまふと、どうしたのかとおたづねになりました。〔そこで〕私は舊主人のことをありのまま〔を〕〔王妃〕申上げました。

 「私はあの主人に畑のなかで見つけ出されたのですが、その時、頭を打ち碎かれなかつたこと〔だけ〕が、まあ恩といへば云へるのです〔でせう〕。あの男も、〔主人は〕私を見世物にしたりして、〔さんざ大〕儲け〔し〕たのですから、私は主人の恩に〔は〕充分報いてゐるはずです。これまで私の送つて來た生活は、どんな〔私より十倍〕強い動物でも、死んでしまふだらう〔ひさうな〕、そんな、ひどいものでした。毎日すず〔つづ〕けざまの骨折りのため、私の身躰は非常に弱つてゐました。主人はもう私が長生しないと思つたから、陛下に賣りはらつたのです。

[やぶちゃん注:この台詞の前半部も現行版とは少し異なる。以下に示す。

   *

「私はあの主人に畑の中で見つけ出されたのですが、そのとき、頭を打ち砕かれなかったことだけが、まあ有り難かったのです。主人は私を見世物にしたりして、さんざ大もうけしたのですから、私は主人の恩には充分報いているはずです。これまで私の送ってきた生活は、私より十倍強い動物でも、死んでしまいそうな、そんな、ひどいものでした。毎日つゞけざまの骨折りのため、私の身体は非常に弱っていました。主人はもう私が長生きしないと思ったから、陛下に売り払ったのです。

   *]

 けれども今では、自然の光、世界の愛人、〔人〕民の喜び、天地の不死鳥であらせられる陛下に保護されましたので、もう私は悪い扱ひをされる心配もなくなりました。陛下の御顏を眺めさせて頂くだけでも、私は身うちから〔もう、ひとりでに〕元気の湧いてくる氣が致します。」

[やぶちゃん注:現行版では「不死鳥」に「フエニツクス」のルビを振る。]

 私はざつと、こんなふうに〔王妃に〕申上げました。が何分王妃は私の挨拶をきかれると、とにかくこんな小さな動物〔に〕、こんな智惠と分別があるのを、すつかり驚かれました。そこで、王妃は〔掌〕の中に私を入れて、國王〔陛下〕の部屋〔の〕ところへつれて行かれました。

 國王陛下は〔、〕非常にいかめいく〔、〕おもおもしい〔、〕顏つきの方で〔をされてゐ■〕したが、はじめは〔、〕私の恰好がよくお分りにならなかつたらしく、

[やぶちゃん注:途中であるが、注する。

「いかめいく」はママ。「い」を削ったつもりで「し」を抹消した誤りである。

「顏つきの方で〔をされてゐ■〕したが、」の併存箇所もママ。現行版では「顏つきの方でしたが、」である。]

 「いつからスプラクナク(この國の動物)など可愛がつてるのだね」

 と、王妃にお聞きになりました。〔これは〕私が、王妃の右手の中にうつぶしてゐたので、国王は、てつきりそれ〔私〕をスプラクナク(この國の動物)だと思はれたのでせう。

 ところが、王妃は非常に氣のきいた、面白い〔こ〕との好きな方でしたから〔。〕私をそつと書きもの机の上に置くと、一つ〔国王に〕身の上話を申上して→して上〕げなさいと仰〔せ〕られました〔るのです〕。私はごく簡單に話しました。その時、部屋の戸口までついて來て、私から目を離さなかつたグラムダルクリ〔ツ〕チが〔部屋のなかに〕入つて來ました。彼女私の乳母→彼女〕は私が彼女の父の家に來てから以來のことを全部のこらず、陛下に説明申上〔してきかせ〕ました。

 國王は、この國一〔番〕の學者で、哲學や數學を〔に〕詳しい方でした。はじめ〔、〕私がまだものを言はないで、まつすぐに立つて步いてゐるのを御覽になつた時、これは誰か器用な職人が工夫した、ぜんまい仕掛〔の人形〕ではないかと、お考へになりました。けれども、私の声を聞き、私の言ふことが、一つ一つ道理にあつてゐるのを御覽になると、流石にびつくりされたやうでした。

[やぶちゃん注:この段落も現行版とは微妙に違う。

   *

 国王は、この国一番の学者で、哲学や数学にくわしい方でした。はじめ、私がまだものを言わないで、まっすぐに立って歩いているのを御覧になったとき、これは誰か器用な職人が工夫して作った、ぜんまい仕掛の人形だろう、とお考えになりました。けれども、私の声を聞き、私の言うことが、一つ一つ道理に合っているのを御覧になると、さすがにびっくりされたようです。

   *

ぜんまい」は底本では傍点「ヽ」。]

 しかし、國王は、どうして私がこの國へ來たか、それだけは〔、〕私の説明では〔どうも〕滿足されなかつた〔やう〕です。これはグラムダルクリッチと父親がでつち上げた作り話だらう、よい値段で賣りつけるために、二人で言葉を教へこんだのだらう、といふ風にお考へになりました。それで陛下は私にむかつて、まだ、いろいろ〔と〕質問〔を〕されました。

 私の返事は〔言葉の〕訛りと百姓の調子が私はすじみちの立つ返事を申上げました。ただ、私の言葉〔に〕は訛りがあり、農家で覺えたのですから、宮廷の上品な言ひ方ではなかつた〔わけ〕です。

 この國では毎週、三人の大學者が、陛下のところに集まることになつていました。陛下は、その三人の學者を呼んで、〔この〕私を御みせになりました。〔研究ささられました。〕これは一たい何だらうかと、學者たちはしきりに〔首をひねつて〕私の形を調べてゐましたが、みんな〔、〕まちまちのことを云ふのでした。

[やぶちゃん注:「研究ささられました」現行版では「研究させられました」。]

 これはどうも自然の正しい法則から生れたものではない、こんな身躰では木に攀ぢ登ることも、地面に穴を掘ることも出來ないからさぞ困るだらう、といふこと〔だけ〕は、三人とも意見が合ひました。

 彼等は私の齒をよく調べてみた上で、これは肉食動物だと云ひ出しました。ところが、大概の四足獸は私より強いのです。野鼠でも私より敏捷でした。それ なら〔これでは〕、蝸牛か蟲でも食べるのでなければ、生きて行けるとは考へられないのです。ところが〔、〕いろいろやつてみても、私はとてもそんなものを〔は〕食べないといふことが分りました。

 學者の一人は、もしかすると、これはまだ産れない前の〔子〕供だらう、と云ひだしました。だが、〔これには〕二人の學者〔が〕これに〔すぐ〕反対しました。これには手も足もちやんとついてゐる、それに髯まである、髯は蟲眼鏡で見なければわからないが、とにかく、〔これは〕数年間は生きて來たものにちがひない、と二人の學者は言ふのでした。

 學者たちは、また首をひねつて考へました言ひます。これは侏儒でもない、侏儒なら、王妃のお氣に入りの〔こ〕の國第一の小人でも身の丈三十呎はあるのに〔が〕、これはもつと小さいから、侏儒とも云へないと云ふ〔不思〕議がるのでした。そんな風にいろいろと議論をしたあげく、三人はとうたう、かう決めてしまひました。これはつまりイルプラの自然の戯れ→戯れ〕」だらうと〔自然がいたずらして作りだしたものだらう〕といふことになつたのです。〔て、〕私のことを、「自然の戲れ」だと〔彼等は〕云ふのでした。[やぶちゃん注:この抹消された『イルプラの』『「自然の戯れ〔→戯れ〕』という一見不可解な部分は原文を見ると氷解する。ここで学者たちは主人公をrelplum scalcath(レルプルム・スカルカス)なるものと断じ、これは“lusus naturae(ルーサス・ナチュラエ)の産物だと言っているからである。前者は全く意味不明であるが、後者はラテン語で、英語の“Freak of nature”で、所謂、「出来損ない・奇形物・フリークス・先天性奇形」の意であって、まさに「造化の戯れ」と訳す語句だからである(これは英和辞典によれば一六六一年以前の謂い方であるとある。原民喜は当初、relplum scalcath(レルプルム・スカルカス)という最初の訳の分からない語をそのまま音写しようとして、子ども向けではその訳は無効と考えてカットし、ここは大幅に短縮訳していることが判るからである。なんたって、原文ではアリストテレスの名まで登場しているんである。

「三十呎」九メートル十四センチ強。]

 ところで〔こんな風に〕學者たちが私を、「自然の戯れ」だなど云ふのをきいて〔決めてしまつたので、〕私は大へん〔それがひどく〕不服でした。そこで、私は國王陛下にお願ひしまし〔申上げまし〕た。

[やぶちゃん注:『「自然の戯れ」だなど云ふのをきいて〔決めてしまつたので、〕』はママ。現行版では『『自然の戯れ』だと決めてしまつたので、』と「と」が挿入されてある。]

 「どうか私の話も〔申上げることも〕少し聞いて下さい。私はこう見えても、これでも故國(くに)に帰りさへすれば、私と同じやうな背丈の人間が、何百万人とゐるのです。そしてその故國〔そこ〕では、動物も樹木も家も〔、〕みんな私の身躰と同じ位の〔割合で〕小さいのです。ですから私でもその國では〔充分自分で〕身を守ることもできるし、ちやんと生きて行けるのです。」

[やぶちゃん注:この台詞はかなり違う。現行版は以下。

   *

「どうか私の申し上げることも少し聞いてください。私はこう見えても、これでも故国に帰りさえすれば、私と同じような背丈の人間が、何百万人といるのです。そしてそこでは、動物も樹木も家も、みんな私の身体と同じ割合で、小さくなっています。ですから、私でも、その国でなら、充分自分で身を守ることもできるし、ちゃんと立派に生きてゆけるのです。」

   *

原稿版にある「故國」の「くに」のルビは現行版には、ない。]

 と、私は〔かう云つて〕學者たちの見〔当ちがひ〕を正してやつたつもりなの〔なの〕でしたが〔す。しかし〕、彼等はただニヤニヤ笑ふばかりで〔、〕した

「〔フン、〕〔あんなうまいこと云ふが、〕〔あの〕農夫からうまく教へこまれたな〔のだらう〕」と云ふものもありました。〔のでした。〕

 しかし、陛下は私の云つたことをもつとよく考へてみて下さいました。〔流石に賢いお方でした。〔それで、〕學者たちを帰らすと、もう一度、〔私の舊主人の〕農夫を呼びにや〕られました。私の舊主人がやつて來ると、陛下はまづ御自身で〔、〕彼にいろいろ〔と〕お訊ねになりました。それから、次に、〔その舊主人と〕私と娘  ■■ ことをと父→と、〕三人に〔目の前で〕話させて御らんになりました。そして、これは私たちの云つてることが〔、〕ほんとかもしれない〔、〕と〔いふ風に〕お考へになるやうになりました。

[やぶちゃん注:ここはかなり苦しんでいる。一部から書き換え始めて、途中からは後が普通に白紙原稿なのにマスを無視して書き継いでいるからである。]

 「よく、この男の面倒を見るや

 陛下は王妃に〔、〕私の面倒をよくみるやうに云ひつけられました。また、私とグラムダルクリッチが非常に仲好しなのを御覽になつて、私の世話はこの娘にやらせようと、お考へになりました。そこで〔、〕彼女は宮中に便利な部屋を一つあてがはれました。教育〔そし〕て〔、〕彼女の世話をするために〔、〕家庭教師の婦人が一人、それから着物の世話をする女中が一人、いろんな雜用をする召使が二人、それだけが彼女に附き添ふことになりました。けれども、私の世話は全部、グラムダルクリッチ一人がするのでした。

 王妃は、お附きの指物師さしものしに云ひつけて、私の寢室になるやうな一つの箱を造らせになりました。これ〔を作る〕には〔、〕私とグラムダルクリッチが〔、〕いろいろ注文好み注文→意見(かんがへ)〕意見を云つたのですが、指物師はとても器用な職人でしたから、三週間もすると、私の指圖したとほりに、縱橫十六呎、高さ十二呎、〔それに、〕窓と戸口と二つの小部屋のある〔、〕木造の室を作りあげました。それはまるで、ロンドンの寢室そつくりでした。

[やぶちゃん注:「十六呎」四メートル八十八センチ弱。

「十二呎」]三メートル六十六センチ弱。

 この寢室の天井の板は〔、〕二つの蝶番で〔、〕開けたてできるやうになつてゐます。家具師が持つて來た寢臺を〔、〕その天井の〔ところ〕から入れました。寢臺は毎日、グラムダルクリッチが取出して日にあて、ちやんと自分で整へては、晩になると中に入れ、天井に錠を下ろすのでした。

 それから、小さい骨董品などを拵へるので有名な一人の職人が、私のために、象牙みたいなもので〔、〕凭〔つ〕かかりのつゐた椅子を二つ、抽出つきのテーブルを二つ作つてくれました。寢室の〕部屋は壁も床も天井も、蒲團〔が〕張り詰めてありました。これは〔この寢〕室〔を〕運ぶとき〔提げて持〕ち步くとき、中にゐる私が怪我をするといけないからです。〔し、〕〔また、〕〔この寢室を〕馬車に乘せる時に、搖れるのを防ぐためです。に〔、〕さう〔こう〕してあるのです。家には

 私は〔、〕鼠などの入つて來ないやうに〔、〕扉に鍵をつけて欲しいと〔云〕ひました。鍛冶屋は〔、〕いろいろ工夫してみた上で、これまでに類のないほど〔、〕小さな鍵を作つてくれました。イギリスにだつて、紳士の家の門などには、もつと大きなのがあるはずです。私は〔私は〕この鍵は自分のポケットにしまつておくことにしました。あんまり小さいのでグラムダルクリッチに持たせては失くしてしまひさうでした〔するかもしれないと思つ〕たからです。

[やぶちゃん注:原稿を良く見ると、「あんまり小さいので」の右手に傍線を引いてあるのが判る。再現したが、単に推敲のためにうっかり引いただけかもしれぬ。]

 王妃は私の〔、一番〕薄い絹地で〔、〕私の洋服を作らせて下さいましたが、これはイギリスの毛布ぐらいの厚さでした〔、〕馴れるまでには隨分着心地のわるい服でした。仕立はすつかりこの國の型でしたが、ペルシヤ服のやうなところもあれば、支那服にも似てゐて、非常に〔きちんとして〕重重しいものでした。

2016/07/25

原民喜作 童話「屋根の上」(原稿準拠版) 附青土社全集版 藪野直史

[やぶちゃん注:本篇は民喜没(昭和二六(一九五一)年三月十三日自死)後二年後の昭和二八(一九五三)年六月号の『近代文学』」に掲載された。

 底本は広島県立図書館の「貴重資料コレクション 郷土作家の自筆原稿」の原民喜」にある自筆原稿を視認した。漢字は当該字に近いものを選んだ。

 原稿はペン書きで、東京文房堂製四百字詰原稿用紙三枚。電子化では原稿用紙に合わせて一行を二十字で改行した。句読点を禁則処理せずに行頭に打つのは原民喜に特異的な癖である(他の原稿では、この御蔭で、彼がその句読点を最初に打っていたかどうかが極めてはっきりと分かる)。「とうとう」はママ。

 附録の青土社全集版は読み易さを考えて附加した。一九七八年青土社刊「定本 原民喜全集Ⅱ」に載るものをそのまま(新字で仮名遣いの一部が中途半端に現代仮名遣になっているおかしな「定本」である)に電子化してある。こんなものが定本になるとしたら、これは原民喜にとって不幸なことと言わざるを得ない。]

 

    屋根の上

              原 民喜

 

 かちんと、羽子板にはねられると、羽子は

、うんと高く飛び上つてみました。それから

、また板に戾つてくると、こんどはもつと思

ひきつて高く飛び上りました。何度も何度も

飛び上つてゐるうちに、ふと羽子は屋根の樋

のところにひつかかつてしまひました。はじ

め羽子はくるつと𢌞つて、わけなく下に飛び

降りようとしました。しかし、さう思ふばか

りで、身躰がちよつとも動きません。

 しばらくすると、下の方では、また賑やか

に、羽子つきの音がきこえてきました。別の

新しい羽子が高く舞ひ上つてゐるのです。

 「モシ モシ」と、樋にひつかかつてゐる

羽子は、眼の前に別の羽子が見えてくるたび

に呼びかけてみました。しかし、それはすぐ

見えなくなつて、下の方におりてゆきます。

 「モシ モシ」 「モシ モシ」 何度よ

びかけてみても、相手にはきこえません。そ

のうちに下の方では羽子つきの音もやんでゐ

ました。

 「もう、おうちへ帰らうと」 といふ声が

して、玄関の戸がガラつとあく音がしました

。あたりは薄暗くなり、家の方では灯がつき

ました。樋にひつかかつてゐる羽子はだんだ

ん心細くなりました。屋根の上の空には三日

月が見え、星がかがやいてきました。とうと

う夜になつたのです。あ、どうしよう、どう

しよう、どうしたらよいのかしら、と、羽子

は小さなためいきをつきました。

 星の光はだんだん、はつきり見えて來ます

。空がこんなに深いのを羽子は今はじめて知

りました。一つ一つの星はみんな、それぞれ

空の深いことを考へつづけてゐるのでせう。

一つ二つ三つ四つ五つ‥‥と、羽子は数を数

へてゆきました。百、二千、三千、いくつ数

へて行つても、まだ夜は明けませんでした。

夜がこんなに長いといふことを羽子は今しみ

じみと知りました。

 今あの羽子板の少女はどうしてゐるかしら

、と羽子は考へました。眼のくりくりつとし

た、羽子板の少女の顏がはつきりと思ひ出せ

るのでした。羽子板は今、家のなかに靜かに

置かれてゐることでせう。羽子は、あの羽子

板の少女がとても好きなのでした。もう一度

あの少女のところへ帰つて行きたい、あの少

女も多分、僕のことを心配してゐるだらう、

と羽子は思ひました。

 一つ二つ三つ四つ五つ‥‥羽子は何度もく

りかへして数を数へてゆきました。

 東の方の空が少しづつ明るんできました。

やがて、雲の聞から太陽が現れました。薔薇

色の雲の間から洩れて來る光は、樋のところ

の羽子を照らしました。すると、羽子はまた

急に元氣が出て來るのでした。

 

 

 

■青土社全集版

 

 屋根の上

 

 かちんと、羽子板にはねられると、羽子は、うんと高く飛び上つてみました。それから、また板に戻つてくると、こんどはもつと思ひきつて高く飛び上りました。何度も何度も飛び上つてゐるうちに、ふと羽子は屋根の樋のところにひつかかつてしまひました。はじめ羽子はくるつと廻つて、わけなく下に飛び降りようとしました。しかし、さう思ふばかりで、身体がちよつとも動きません。

 しばらくすると、下の方では、また賑やかに、羽子つきの音がきこえてきました。別の新しい羽子が高く舞ひ上つてゐるのです。

「モシ モシ」と、樋にひつかかつてゐる羽子は、眼の前に別の羽子が見えてくるたびに呼びかけてみました。しかし、それはすぐ見えなくなつて、下の方におりてゆきます。

「モシ モシ」「モシ モシ」何度よびかけてみても、相手にはきこえません。そのうちに下の方では羽子つきの音もやんでゐました。

「もう、おうちへ帰らうと」といふ声がして、玄関の戸がガラつとあく音がしました。あたりは薄暗くなり、家の方では灯がつきました。樋にひつかかつてゐる羽子はだんだん心細くなりました。屋根の上の空には三日見え、星がかがやいてきました。とうとう夜になつたのです。ああどうしよう、どうしよう、どうしたらよいのかしら、と、羽子は小さなためいきをつきました。

 星の光はだんだん、はつきり見えて来ます。空がこんなに深いのを羽子は今はじめて知りました。一つ一つの星はみんな、それぞれ空の深いことを考へつゞけてゐるのでせう。一つ二つ三つ四つ五つ……と、羽子は数を数へてゆきました。百、二千、三千、いくつ数へて行つても、まだ夜は明けませんでした。夜がこんなに長いといふことを羽子は今しみじみと知りました。

 今あの羽子板の少女はどうしてゐるかしら、と羽子は考へました。眼のくりくりつとした、羽子板の少女の顔がはつきりと思ひ出せるのでした。羽子板は今、家のなかに静かに置かれてゐることでせう。羽子は、あの羽子板の少女がとても好きなのでした。もう一度あの少女のところへ帰つて行きたい、あの少女も多分、僕のことを心配してゐるだろう、と羽子は思ひました。

 一つ二つ三つ四つ五つ……羽子は何度もくりかへして数を数へてゆきました。

 東の方の空が少しつつ明るんできました。やがて、雲の間から太陽が現れました。薔薇色の雲の間から洩れて来る光は、樋のところの羽子を照らしました。すると、羽子はまた急に元気が出て来るのでした。

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