フォト

カテゴリー

サイト増設コンテンツ及びブログ掲載の特異点テクスト等一覧(2008年1月以降)

The Picture of Dorian Gray

  • Sans Souci
    畢竟惨めなる自身の肖像

Alice's Adventures in Wonderland

  • ふぅむ♡
    僕の三女アリスのアルバム

忘れ得ぬ人々:写真版

  • 縄文の母子像 後影
    ブログ・カテゴリの「忘れ得ぬ人々」の写真版

Exlibris Puer Eternus

  • 吾輩ハ僕ノ頗ル氣ニ入ツタ教ヘ子ノ猫デアル
    僕が立ち止まって振り向いた君のArt

SCULPTING IN TIME

  • 熊野波速玉大社牛王符
    写真帖とコレクションから

Pierre Bonnard Histoires Naturelles

  • 樹々の一家   Une famille d'arbres
    Jules Renard “Histoires Naturelles”の全挿絵

僕の視線の中のCaspar David Friedrich

  • 海辺の月の出(部分)
    1996年ドイツにて撮影

シリエトク日記写真版

  • 地の涯の岬
    2010年8月1日~5日の知床旅情(2010年8月8日~16日のブログ「シリエトク日記」他全18篇を参照されたい)

氷國絶佳瀧篇

  • Gullfoss
    2008年8月9日~18日のアイスランド瀧紀行(2008年8月19日~21日のブログ「氷國絶佳」全11篇を参照されたい)

Air de Tasmania

  • タスマニアの幸せなコバヤシチヨジ
    2007年12月23~30日 タスマニアにて (2008年1月1日及び2日のブログ「タスマニア紀行」全8篇を参照されたい)

僕の見た三丁目の夕日

  • blog-2007-7-29
    遠き日の僕の絵日記から
無料ブログはココログ

カテゴリー「和漢三才圖會 蟲類」の80件の記事

2017/08/17

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 行夜(へひりむし)


Heppirimusi

へひりむし  負盤 氣蠜

       ※盤蟲

行夜

       俗云※蟲

ヒン ヱヽ

[やぶちゃん注:「※」=「尸」の下の中に「氣」。]

 

本綱行夜蟲有短翅飛不遠好夜中行人觸之卽氣出此

與蜚蠊形狀相類但有廉薑氣味者爲蜚蠊觸之氣出者

爲氣蠜今小兒呼※盤蟲

△按行夜卽※蟲與蜚蠊不相類其頭黃背黒而有黃文

 尻扁大觸之則※有音有煙甚臭

 

 

へひりむし  負盤 氣蠜〔(きばん)〕

       ※盤蟲

行夜

       俗に「※蟲(へひりむし)」と云ふ。

ヒン ヱヽ

[やぶちゃん注:「※」=「尸」の下の中に「氣」。音は不詳なので読みは示せない。]

 

「本綱」、行夜蟲は、短翅有り、飛〔(とぶ)〕こと、遠からず。夜中を好みて、行く。人、之れに觸〔(ふる)〕るときには、卽ち、氣、出づ。此と蜚蠊(あぶらむし)と、形狀、相〔(あひ)〕類す。但し、廉薑〔(れんきやう)〕の氣味有る者を蜚蠊と爲〔(な)す〕。之れに觸れて、氣、出〔(いづ)〕る者、氣蠜と爲〔(な)す〕。小兒、今、「※盤蟲(へひり〔むし〕)」と呼ぶ。

△按ずるに、行夜は、卽ち、※蟲〔(へひりむし)〕。蜚蠊(あぶらむし)と相〔(あひ)〕類せず。其の頭、黃、背、黒くして黃文有り、尻、扁〔(ひらた)〕く大〔なり〕。之れに觸〔(ふる)〕れば、則ち、※(へひ)る音(をと)有り、煙〔(けぶり)〕有り、甚だ臭し。

 

[やぶちゃん注:一応、鞘翅(甲虫)目飽食(オサムシ)亜目オサムシ上科ホソクビゴミムシ科 Pheropsophus 属ミイデラゴミムシ Pheropsophus jessoensis 或いは、その近縁種としておく。ウィキの「ミイデラゴミムシ」によれば、所謂、屁放り虫(へっぴりむし)と呼ばれるものの代表格である。こうした悪臭物質を尾部から噴射するものは、他のゴミムシ類と呼ばれるオサムシ類(ゴミムシ(塵虫・芥虫)はオサムシ上科オサムシ科 Carabidae、或いはこれに近縁な科の類の中から、特に目立って独自呼称で呼ばれる種等を除いた雑多な種群の総称で、この総名称は彼らの摂餌対象となる小昆虫の多いごみ溜めで、これらの甲虫がよく見かけられるためと考えられている)の多くの種に見られるものの、このミイデラゴミムシのようなホソクビゴミムシ科 Brachinidae の種群は、多くが『音を発し、激しく吹き出すことで特に目を引く』(下線やぶちゃん。以下も同じ)とあり、また、附図の背部の斑紋及び良安の解説からみても、かく同定してよいかと思われる。以下、ウィキより引くと(アラビア数字を漢数字に代え、記号の一部を変更した)、『成虫の体は黄色で褐色の斑紋があり、鞘翅に縦の筋が九条あるほとんどのゴミムシ類が黒を基調とする単色系の体色である中で、数少ない派手な色を持ち、また、比較的大柄(一・六センチメートルほど)であるため、かなり目立つ存在である。捕まえようとすると』、『腹部後端より派手な音を立てて刺激臭のあるガスを噴出する。日本列島内の分布は北海道から奄美大島まで。大陸では中国と朝鮮半島に分布する』。『湿潤な平地を好む。成虫は夜行性で、昼間は湿った石の下などで休息する。夜間に徘徊して他の小昆虫など様々な動物質を摂食する。死肉も食べ、水田周辺で腐肉トラップを仕掛けると採集されるが、腐敗の激しいものは好まず、誘引されない』。『これに対して、幼虫の食性は極めて偏っている。一齢幼虫は体長二・三~二・八ミリメートルと小型で』、『歩行能力に富み、ケラ』(直翅(バッタ)目剣弁(キリギリス)亜目コオロギ上科ケラ科 Gryllotalpidae のケラ類。本邦のそれはGryllotalpa属ケラ Gryllotalpa orientalis。附言しておくと、本ミイデラゴミムシは以下に見る通り、ケラの卵塊を食べて成長するという限定的な寄生性のライフ・サイクルを持つ。従って、現在、ケラの減少とともに本種も減少している)『の巣穴の中に形成された土製の卵室の壁を破って進入し、そこで卵塊を摂食しながら成長する。卵塊をばらして一齢幼虫に与えても摂取せず、土中にある壊れていない卵室への侵入が成長には必須となる。絶食にも強く、何も食べずに二十三日程度は生存する。多くのオサムシ上科の昆虫と同様三齢が終齢幼虫であるが、二齢幼虫と三齢幼虫はこの寄生的な生活に適応し、足が短く退化したウジ状の姿であり、三齢幼虫で体長十五・五ミリメートルほどになる。産卵期は六月中旬から七月下旬にかけてで、他のゴミムシ類に比べるとかなり小さな卵をしばしば卵塊の形で産む』。『こうした他の昆虫の卵塊や蛹を捕食寄生的に摂取して幼虫が成長するのはホソクビゴミムシ科全体の特徴と見られ、北米ではミズスマシ』(オサムシ上科ミズスマシ科 Gyrinidae)『のような水生甲虫、ヨーロッパではマルガタゴミムシ類』(オサムシ上科オサムシ科マルガタゴミムシ亜科 Zabrinae)『のような他のゴミムシ類の蛹に捕食寄生して育つものが知られるが、日本産のホソクビゴミムシ科』の『昆虫で宿主が判明しているのはミイデラゴミムシのみである』。尤も、『普通種のオオホソクビゴミムシ』(オサムシ科 Brachinus属ホソクビゴミムシ亜科オオホソクビゴミムシ Brachinus scotomedes:本邦産種。ミイデラゴミムシ同様、強烈なガスを噴射する。本邦には同属の六種が棲息する)『ですら、実験室内の産卵にも成功していない』とあるから、実はそのライフ・サイクル自体が未だ解明されていないということらしい)。

以下、「ガスの噴出」の項。『他のホソクビゴミムシ科のゴミムシ類と同様、外敵からの攻撃を受けると、過酸化水素とヒドロキノン』(過酸化水素と同様に強力な漂白作用を持つフェノール)『の反応によって生成した、主として水蒸気とベンゾキノンから成る摂氏百度以上にも達する気体を爆発的に噴射する。この高温の気体は尾端の方向を変えることで様々な方向に噴射でき、攻撃を受けた方向に自在に吹きかけることができる。このガスは高温で外敵の、例えばカエルの口の内部に火傷を負わせるのみならず、キノン類はタンパク質と化学反応を起こし、これと結合する性質があるため、外敵の粘膜や皮膚の組織を化学的にも侵す。人間が指でつまんでこの高温のガスを皮膚に浴びせられると、火傷まではいかないが、皮膚の角質のタンパク質とベンゾキノンが反応して褐色の染みができ、悪臭が染み付く』。このように、『敵に対して悪臭のあるガスなどを吹きつけることと、ガスの噴出のときに鳴る「ぷっ」という音とから、ヘッピリムシ(屁放り虫)と呼ばれる』。以下、「反進化論」の項。『主に創造論者らによる反進化論の証拠として、この仲間の昆虫のもつガス噴出能力が取り上げられることがある。その論は、「このような高温のガスを噴出できる能力は、非常に特殊な噴出機構がなければ不可能であるし、そのような噴出機構は、このようなガスの製造能力がなければ無意味である。つまり、少なくとも二通りの進化が同時に起こらなければならず、このようなことは突然変異のような偶然に頼る既成の進化論では説明が不可能だ」というものである』。『それに対しての反論は以下の通りとなる』。『特殊な噴出機構がなくても単に「少し熱い」ガスでも十分に役に立つし、実際に北米大陸には非常に原始的な噴射装置と混合装置を』「ヘッピリムシ」の一種である『Metrius contractus (ホソクビゴミムシ科』Brachinidae。但し、『多くの北米の研究者らはオサムシ科に含める)が知られている。このような種の存在からも』、『漸進的な噴射装置と混合装置の進化は可能であることが推定でき、ホソクビゴミムシ類の噴射装置を反進化論の証拠とするのは適当ではない』。また、ヒゲブトオサムシ科 Paussidae『(アリのコロニーに寄生する種を多く含む群であり、これも北米の研究者らの多くはオサムシ科に含める』。本邦にも四種の棲息が確認されている『)にも同様に噴射装置を持つものがあるため、ホソクビゴミムシ類とヒゲブトオサムシ類が同じ系統に属すると考える研究者もいる。その場合噴射装置はこのグループの進化の途上でただ一度だけ獲得されたものであり、ホソクビゴミムシ類とヒゲブトオサムシ類共通の祖先から受け継がれたものであることになる。それに対し、ホソクビゴミムシ類とヒゲブトオサムシ類は多少なりとも縁遠く、その噴射能力はそれぞれの系統で別個に進化・獲得されたものだと考える研究者もいる。もし後者の論が正しければ、噴射能力の獲得は生物進化においてそれほどまれではない現象ということになる』とある。

 なお、「ミイデラゴミムシ」は「三井寺芥虫」であるが、この名の由来については、個人サイト「MatsumaRoom」の「ミイデラゴミムシは何故"ミイデラ"ゴミムシというの?」で説得力のある話が克明に記されている。詳しくはそちらを是非、参照されたいが、滋賀県立琵琶湖博物館の八尋克郎氏の仮説で、一つは滋賀県大津市の三井寺円満院にあった「放屁合戦」の鳥羽絵が由来とするもの、今一つは三井寺に伝わる伝承「弁慶の引き摺り鐘」のその響きを、この虫の「おなら」の音に重ね合わせたのではないか、とするものである。後者の「弁慶の引き摺り鐘」伝説は「三井寺」公式サイト内のこちらで解説されてある。それによれば、この鐘は現存し、『当寺初代の梵鐘で、奈良時代の作とされ』、承平年間(九三一年~九三八年)にかの『田原藤太秀郷が三上山のムカデ退治のお礼に 琵琶湖の龍神より頂いた鐘を三井寺に寄進したと伝えられ』るものであるが、『後、山門との争いで弁慶が奪って比叡山へ引き摺り上げて撞いてみると』、その鐘の音が「いのー、いのー」『関西弁で帰りたい)と響いたので、 弁慶は「そんなに三井寺に帰りたいのか!」と怒って鐘を谷底へ投げ捨ててしまったとい』ういわくつきの鐘だとされ、『鐘にはその時のものと思われる傷痕や破目などが残ってい』るとある(リンク先には鐘の画像がある)。なかなか面白い考察である。

 最後に。その「悪臭」とはどんな臭さなのか? 肌に附着した場合、どうなるのか?

 私は体験したことがないので調べて見たところ、実験(!)した方の記載と画像・動画(!)まで揃ったものをサイト「デイリーポータルZ」で発見した! 平坂高温・有毒のオナラを浴びてきたがそれ!! 虫嫌いはもとより、皮膚変色の画像もあるのでくれぐれもクリックは自己責任で!!!! それによれば、臭気の方はというと、平坂氏はそのあまりの熱さなどの『インパクトの強い現象が多すぎて忘れていた』が、『あー、まあそれなりに臭いな』とされ、『変色した指先を鼻にあて』がって『思い切り嗅ぐと、確かに独特の臭気を感じる。ちょっと正露丸のそれに近いか』と記されておられる。クレオソートの臭いに近いらしい。好んで嗅ぎたくは、確かに、ないな。

 

後の「盤蟲(へひり〔むし〕)」とともに「屁(へ)ひり虫」で、「屁(へ)っぴり虫」のこと。

 

「飛〔(とぶ)〕こと、遠からず」遠くまで飛ぶことは出来ない。

「夜中を好みて、行く」先に注の引用にある通り、ミイデラゴミムシの成虫は夜行性である(下線部参照)。

「蜚蠊(あぶらむし)」昆虫綱網翅上目ゴキブリ目 Blattodea に属するもののうち、シロアリ科 Termitidae を除く、多様なゴキブリ類を指す。「蜚蠊の私の注を参照されたい。

「形狀、相〔(あひ)〕類す」いや。昆虫嫌いの私が見ても、これ、全然、似てないよ。ゴミにたかる点では似ているけどね。良安先生の「蜚蠊(あぶらむし)と相〔(あひ)〕類せず」と言うのには大いに同感。

「廉薑〔(れんきやう)〕」東洋文庫版訳の割注には『薑に似た香気の強い草』とある。「廉薑」は生姜(しょうが:単子葉植物綱ショウガ目ショウガ科ショウガ属ショウガ Zingiber officinale)のことであるが、どうもピンとこない。調べてみると、江戸後期の岩崎灌園(いわさきかんえん 天明六年(一七八六)年~天保一三(一八四二)年:小野蘭山の弟子)の著わした「本草圖譜」(文政一一(一八二八)年完成)の(国立国会図書館デジタルコレクションの画像)に「廉薑」があり、そこには和名で「ガンゼキラン」とある。この和名が正確なら、

単子葉植物綱ラン目ラン科ガンゼキラン属ガンゼキラン Phaius flavus

である。「岩石蘭」で球茎がごつごつして堅く、長く残ることに由来する和名らしい。大きな黄色花をつけるというが、蘭の類は花は美しいものの、多くは芳香は放たない。岩崎の記載によれば、根は唐辛子のように辛いが食用になり、よい香りで山葵(わさび)に似ている、とあるから、それか? しかし、ゴキブリはそんな匂いは、せんぜ?

盤蟲(へひり〔むし〕)」屁(へ)ひり虫。

「之れに觸〔(ふる)〕れば、則ち、(へひ)る音(をと)有り、煙〔(けぶり)〕有り、甚だ臭し」良安は本当に自分で実験してみたのかな? 強烈な熱さを言ってないのは大いに不審である。実は単なる人聞きなのか、それともミイデラゴミムシでないからなのか?]

2017/08/16

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 蜚蠊(あぶらむし)


Aburamusi

あぶらむし 石薑  虛

      茶婆蟲 滑蟲

蜚蠊

      香娘子 負盤

      【和名豆乃無之

フイレン  俗云油蟲】

 

本綱蜚蠊人家壁間竈下極多甚者聚至千百身似蠶蛾

腹背俱赤兩翅能飛喜燈火光其氣甚臭其屎尤甚又好

以清旦食稻花日出則散【蜚蠊行夜蟲此三蟲螽,並呼爲負盤同名而異類】

△按蜚蠊多生古竈間大五六分有翅不能飛但跛行也

 最進赤褐而其氣也色也如油故俗名油蟲夜竄晝出

 甚者數百爲群挾卵於尾行喜飯其所在遺黒屎以

 汚物與蠅同可憎者或有純白者共好着油紙故用古

 傘俟集於裏取棄也易死易活雖躙殺未損頭輙活

[やぶちゃん注:ここに上から下まで縱罫。]

五噐嚙【五木加布里】 是乃油蟲之老者而不甚多但造麹室

 中多有之大一二寸氣色共似油蟲而能飛毎在庖厨

 竄于飯噐中夜則出掠燈火竊食飯粥嚙損飯噐故名

避油蟲法 用青蒿莖葉挿于竃間則絶

 

 

あぶらむし 石薑〔(せつきやう)〕

      虛〔(きよひ)〕

      茶婆蟲〔(さばちゆう)〕

      滑蟲〔(かつちゆう)〕

蜚蠊

      香娘子〔(かうじやうし)〕

      負盤〔(ふばん)〕

フイレン  【和名、「豆乃無之〔(づのむし)〕」。俗に「油蟲」と云ふ。】

 

「本綱」、蜚蠊は人家壁の間、竈(かまど)の下に、極めて多し。甚だしきは、聚〔(あつまり)〕て千百に至る。身は蠶蛾〔(かひこが)〕に似、腹・背、俱に赤し。兩〔(ふた)〕つの翅〔(はね)〕ありて能く飛ぶ。燈火の光を喜び、其の氣(かざ)、甚だ臭〔(くさ)〕し。其の屎(くそ)、尤〔(もつとも)〕甚だし。又、好んで以〔つて〕清旦〔(せいたん)〕にして稻の花を食ふ。日、出るときは、則ち、散ず【「蜚蠊〔(ひれん)〕」・「行夜〔(かうや)〕」・「蟲螽〔(ちゆうしゆう)〕」、此の三蟲、並呼〔(へいこ)〕して「負盤」と爲〔(せ)るも〕、同名にして而〔(しか)も〕異類なり】。

△按ずるに、蜚蠊、多く古き竈の間に生ず。大いさ、五、六分〔(ぶ)〕、翅有りて、能く〔は〕飛ばず。但し、跛(は)ひ行くことや、最も進(はや)し。赤褐にして、其の氣(かざ)や、色や、油のごとし。故に俗に「油蟲」と名づく。夜は竄(かく)れて、晝(〔ひ〕る)、出〔づ〕。甚だしきは、數百、群を爲し、卵を尾に挾(はさ)み行(あり)き、喜して飯を〔(す)〕ふ。其の所在、黒〔き〕屎〔(くそ)〕を遺(の)こす〔を〕以〔つて〕物を汚(けが)す。蠅と同じく憎むべき者なり。或いは純白なる者、有り。共に好〔(よ)〕く油紙〔(あぶらがみ)〕に着〔(つ)〕く。故に古〔き〕傘〔(からかさ)〕を用ひて、裏〔(うち)〕に集まるを俟〔(ま)〕ちて、取り棄つなり。死に易〔(やす)〕く、活(いきかへ)り易し。躙(にじ)り殺すと雖も、未だ頭を損せ〔ずんば〕、輙〔(すなは)〕ち、活〔(いきかへ)れり〕。

[やぶちゃん注:ここに上から下まで縱罫。]

五噐嚙(ごきかぶり)【五木加布里。】 是れ、乃〔(すなは)〕ち油蟲の老する者にして甚だ〔は〕多からず。但し、造麹室(かうじむろ)の中に多く、之れ、有り。大いさ、一、二寸、氣〔(かざ)〕・色〔(いろ)〕共に油蟲に似て、能く飛ぶ。毎〔(つね)〕に庖厨〔(はうちゆう)〕に在りて、飯噐の中に竄(かく)る。夜は則ち出でて、燈火を掠(かす)め、飯〔(めし)〕・粥〔(かゆ)〕を竊(ぬす)み食ひ、飯噐〔(はんき)〕を嚙〔(かじ)り〕損〔(そん)〕す。故に名づく。

油蟲を避くる法 青蒿(せいかう)の莖〔の〕葉を用ひて、竃の間に挿(さ)すときは、則ち、絶ふ。

 

[やぶちゃん注:昆虫綱網翅上目ゴキブリ目 Blattodea に属するもののうち、シロアリ科 Termitidae を除く、多様なゴキブリ類を指す。但し、ウィキの「ゴキブリ」によれば、『カマキリ目と合わせて網翅目(Dictyoptera)を置き、Blattodeaをその下のゴキブリ亜目とする事があるが、その場合、ゴキブリは『シロアリ以外』の『ゴキブリ亜目』となる、とある。大きさこそ異なるが(化石種にはかなり大きものがまま見られる)、彼らは古生代石炭紀に出現し、今日まで実に三億年もの時間を、殆んど、その生理的器官的な構造や形状を変えずにドライヴしてきた、「生きている化石」と称してよい生物である。現生種は熱帯を中心として全世界に約四千種棲息するとされ、その内、本邦では南日本を中心に約五十種ほど(朝比奈(一九九一年)によれば五十二種七亜種)が知られる。世界中に棲息しているゴキブリの個体総数は一兆四千八百五十三億匹ともいわれており(二〇一六年現在の地球上のヒトの個体総数は七十三億人)、日本には二百三十六億匹が棲息するものと推定されている。本邦で一般によく見かける種は(解説は主にウィキの「ゴキブリ」に拠ったが、侵入年代は信頼出来る他の複数のネット記載(学術論文も含む)を検討して述べた)、

ゴキブリ亜目ゴキブリ科ゴキブリ亜科ゴキブリ属ヤマトゴキブリ Periplaneta japonica

日本在来種。本州東部で多く見られ、本来は棲息しなかった北海道にも、近年、南西部に人為的侵入が認められている。体長は二~三センチメートルほどで、はクロゴキブリ(後述)と似るが、は翅が短く、飛翔出来ない。主に森林帯に棲息するが、は人家内にも飛んで来る。寿命は成虫になって百五十日ほど。)

オオゴキブリ亜目チャバネゴキブリ科チャバネゴキブリ亜科チャバネゴキブリ属チャバネゴキブリ Blattella germanica

外来種。体長約一・五センチメートルの小型種。艶のある黄褐色を呈し、胸部に二本の太く黒い帯を有する。全世界の建造物内に広汎に分布するが、比較的、寒さに弱く、人家よりもビルなどの恒常的に温度の安定した場所を好む。飛翔することは出来ない。寿命はヤマトゴキブリと同じく成虫になってからは百五十日ほど。本邦への侵入時期は外来種のゴキブリ類では一番早く、ほぼ江戸中期頃と考えられている。歴史的には「江戸中期」とは概ね慶安四(一六五一)年(第三代将軍徳川家光が没して家綱の治世となった)から延享二(一七四五)年(同年九月二十五日に第八代将軍吉宗が将軍職を長男家重に譲った)を指す。本書「和漢三才圖會」の成立は正徳二(一七一二)年頃であるから、良安の身近にいたかどうかというとなかなか難しいものがある。ただ、良安の評言部の冒頭の記載のゴキブリの記載の体長及びうまく飛べないとするところは本種をやや臭わせるものとは言えるが、或いはそれは、飛翔出来ないヤマトゴキブリのを指しているとも読み取れる。)

ゴキブリ属クロゴキブリ Periplaneta fuliginosa

外来種。体長三センチメートルほどで、体は艶のある黒褐色を呈し、関東地方以南の西日本では前のチャバネゴキブリとともに、よく見かけられる種であるが、北日本では少ない。成虫になってからの寿命は約二百日ほど。本邦へは十八世紀前半に南西諸島に上陸したと考えられており、以後、島伝いに分布を北上させたと考えられている。本書「和漢三才圖會」の成立時期から考えて、良安の身近にはいなかったと考えてよい。)

ゴキブリ属ワモンゴキブリ Periplaneta americana

外来種。クロゴキブリに似るがさらに大型で、体長は四センチメートルを越える。全身に色が明るく、胸部に黄色い輪の模様を持つ。極めて活発でよく飛び、攻撃的である。沖縄でよく見られるが、九州以北でも温泉街などの暖かい所に侵入している例が認められている。成虫になってからの寿命は百日から五百日ほどで長生きする部類に属する。以上から、良安の身近にはいない。)

である。以上から考えると、少なくとも良安の叙述はヤマトゴキブリの及びその幼体・脱皮体(後述)及び大型個体と考えておいたほうが無難と思われる。

 良安の記載は、既に江戸時代にして忌み嫌われていた様子がありありと感じられるが、「本草綱目」の「蜚蠊」(蟲部・蟲之三・化生類)では、「氣味」で「鹹、寒、有毒」とし、「辛辣而臭」などと記すものの、「主治」には、

   *

瘀血症堅寒熱、破積聚、喉咽閉、寒無子【「本經」】。通利血脈【「別錄」】。

食之下氣【蘇恭】。

   *

と薬効を記し、「發明」の部にも、

   *

時珍曰、徐之才「藥對」云、「立夏之日、蜚蠊先生、爲人參、茯苓使、主腹中七節、保神守中。則西南夷食之亦有謂也。」。又、「呉普本草」載神農云、「主婦人症堅寒熱、尤爲有。」。

   *

と食用や効能について記してある。現在でも中国では漢方生薬として乾燥させたゴキブリ(主にゴキブリ科ゴキブリ亜科 Eupolyphaga 属シナゴキブリ Eupolyphaga sinensis、又はオオゴキブリ(ブラベルスゴキブリ)科マダラゴキブリ亜科サツマゴキブリ属サツマゴキブリ Opistoplatia orientalis の成虫全個体の乾燥品)を「䗪虫(しゃちゅう)」と呼んで用いている。

 シナゴキブリは中国全土に分布し、クチクラ層が厚く、一見、甲虫のように見え、現地ではスッポン(鼈)に似ているとして「地鼈虫」「土鼈虫」と呼ばれている。

 サツマゴキブリは本邦にも棲息し、ウィキの「ゴキブリ」によれば、四国地方・九州南部(宮崎県・鹿児島県及び熊本県の一部)・南西諸島と伊豆諸島南部(ここは人為分布)に分布するが、近年、本州南部からも発見例があり、分布拡大や定着の可能性がある。人家に侵入することはなく、朽ち木の中や落ち葉・空き地に置かれた古いベニヤ板や石の下を居住空間とする。体長は三センチメートル前後で、体は黒褐色だが、胸部が黄白色を呈し、腹部は赤褐色で縁取られている。翅が鱗状に退化しているため、『見た目は「三葉虫の出来損ない」といった感じであり、裏返した際に見える頭部によりゴキブリであることが分かる』とある。「漢方生薬辞典」のこちらによれば、中国ではごく普通に見られるゴキブリの一種で、まさに薬用として各地で飼育もされているという。先のシナゴキブリと同じように「金辺土鼈」とも呼ばれているという。

 以下、その「漢方生薬辞典」から引くと、『成分にはd-ガラクトサミンなどが含まれ、肝障害抑制作用などが報告されている。漢方では水蛭・虻虫と同様の強い駆瘀血薬のひとつで、活血・化瘀・消癥の効能があり、婦人の無月経や産後の腹痛、腹部腫瘤、打撲傷に用いる』。『産後の腹痛や瘀血による月経閉止には大黄・桃仁と配合する(下瘀血湯)。腹部の腫瘤や無月経、皮膚の甲錯には水蛭・虻虫などと配合する(大黄しゃ虫丸)。骨折や捻挫には骨砕補・続断などと配合する(接骨号方)。ただし、流産の恐れがあるので妊婦には使用しない』とある。他の漢方サイトを見ても、概ね、ここに書かれた効能と同じ内容が書かれてある。但し、本邦ではこれは処方として認められていない。後注「同名にして而〔(しか)も〕異類なり」も参照のこと。

「豆乃無之〔(づのむし)〕」「日本国語大辞典」によれば、「角虫」と漢字を当て、第一義にゴキブリの古名と記し、例として、「本草和名」から、

『蜚蠊〈略〉和名阿久多牟之 一名都乃牟之』

を引く。この「阿久多牟之」は「芥虫」で食べ残しなどを含んだ塵芥中にいる虫の謂いであろう。次に、「和名抄」(二十巻本)から、

『蜚蠊 本草云蜚蠊〈菲廉二音〉一名蠦蜰〈音肥 豆之無之〉』

とある。この「角虫」はゴキブリの長い触角を指しているように思われる

「蠶蛾〔(かひこが)〕」カイコガ科カイコガ亜科カイコガ属カイコガ Bombyx mori

「其の氣(かざ)、甚だ臭〔(くさ)〕し」ゴキブリ類は一般に臭いと言われるが、近年までその彼らが体表から分泌する臭い臭いの成分がなんであるかは知られていなかった。ところが、それは何と! 殺菌作用のあるフェノールやクレゾールであったのである! 衛生害虫として忌み嫌われて彼らは自分自身の身体を消毒して身を守ってきたのあった。だからこそ三億年を生き永らえて来たのだとも言えるのである。なお、序でに彼らの飢餓への生命力の強さも指摘しておくと、研究者の実験では、チャバネゴキブリのケースで、水さえあれば四十五日生きていたという記録があり、何も摂餌をしないでも二週間以上生きられるとされる。ワモンゴキブリのケースでは水のみで九十日間、水も摂餌物も与えなくても約四十日生きたという。これは体内に有する白い液状代謝物である「脂肪体」に窒素や栄養分を蓄えており、水や摂餌物が無くなっても、暫くの間は、その脂肪体を使って生き延びることが出来るのである。

「其の屎(くそ)、尤〔(もつとも)〕甚だし」実際にチャバネゴキブリの糞はかなり臭う。

「好んで以〔つて〕清旦〔(せいたん)〕にして稻の花を食ふ」「旦」は原典は「且」であるが、訓読不能なので、「本草綱目」原典に従って「旦」とした。東洋文庫版現代語訳では、『好んですがすがしい朝に稲の花を食べ』と訳す。しかし、どうもこの「稻の花を食ふ」というのはよく判らぬ。「本草綱目」では「集解」の終りの方に、

   *

羅願云、「此物好以淸旦食稻花、日出則散也。

   *

と出るのだが? 中国のゴキブリは稲の花を摂餌するんだろうか? 識者の御教授を乞う。

「行夜〔(かうや)〕」次項が「行夜」で、和訓を「へひりむし」とする。ここでは甲虫目オサムシ上科ホソクビゴミムシ科 Pheropsophus 属ミイデラゴミムシ Pheropsophus jessoensis に比定しておく。

「蟲螽〔(ちゆうしゆう)〕」東洋文庫訳では割注で『いなご』とする。この七項目後が「𧑉螽」と書いて「いなご」と和訓している。ここでは直翅(バッタ)目バッタ亜目イナゴ科 Catantopidae のイナゴ類としておく。

「此の三蟲、並呼〔(へいこ)〕して「負盤」と爲〔(せ)るも〕」この三種の昆虫を孰れも「負盤」と呼称しているけれども。本書の次項の「行夜」には異名として「負盤」を挙げている。後の「𧑉螽」では異名として「負盤」が挙がっている。次注参照。

「同名にして而〔(しか)も〕異類なり」「本草綱目」では『時珍曰、蜚蠊、行夜、螽三種、西南夷皆食之、混呼爲負盤』となっているから、𧑉螽も負盤と呼び、三種をこの一名で混称していたらしい。ゴキブリを食うというのを良安が出さなかったのは、心情的には理解出来る。ウィキの「ゴキブリ」の「食用・薬用」によれば(注記号を省略した)、『ほぼ全世界(日本、中華人民共和国、ベトナム、タイ王国、ナイジェリア、カメルーン、コンゴ、メキシコ、ブラジル、イギリス)の一部地域もしくは先住民族によって、広く食用として利用されてきた歴史がある。ただし、甲虫類やバッタ類、ハチ類などと比べれば、ゴキブリを食べる地域やその消費量は少ないといえる。清潔な環境下で育成すれば臭みも少なく、種類によっては可食部も大きい。卵鞘も揚げて食べたり酒に漬けたりできる。調理法は食人口の多さから極めて多岐に亘るが、東アジアでは油揚げが一般的である。ゴキブリの唐揚げを食べた人の話によれば、食味はシバエビに似ており、食べられない味ではないとのことだが、少なくとも日本では一般にゲテモノ料理の扱いとされる。またこれらの食べ方は食用種や野生種の話であり、一般家庭の台所などから見つかる個体は有害物質の生物濃縮が進んでいる危険性が高く、食用するのは不適切である。ゴキブリを口にした人間や犬猫は、ゴキブリを中間宿主とする条虫に寄生される場合も有る』。『民間療法では地域ごとに様々な効能が謳われているが、迷信が殆どである。「金匱要略(きんきようりゃく)」によればサツマゴキブリやシナゴキブリの雌は血行促進作用を持つものとして漢方薬の一つに扱われている。また、これらの薬効は日本の薬局方では認められていないが、シナゴキブリの乾燥品は漢方薬として入手が容易である』とある。ただ、この混称を考えると、この時珍の言う、「西南の夷、皆、之れを食ふ」とするのを「螽」(いなご)ととるならば、これはちっともおかしなことではない

「五、六分〔(ぶ)〕」一・五~一・八センチメートル。

「跛(は)ひ行くことや、最も進(はや)し」「這って動くことに関しては、これ、なんともはや! 非常に速い!」で、この「や」は詠嘆の間投助詞である。

「其の氣(かざ)や、色や、油のごとし」この「や」は単に事物を列挙する際に使う副助詞ともとれるが、前の間投助詞の用法が明らかに影響を与えており、「生き物のくせに、その臭いや、色やは、なんとまあ! 油にそっくりなのである!」というニュアンスが伝わってくる。

「竄(かく)れて」隠れて。

「卵を尾に挾(はさ)み行(あり)き」これは恐らく、孵化直前までが堅固な巾着のようなカプセル状の卵鞘(らんしょう)を尾端につけているチャバネゴキブリと思われる。クロゴキブリやヤマトゴキブリなどでは卵鞘ごと直ちに産み落とされるからである。

「喜して飯を〔(す)〕ふ」嬉々として飯を吸い食らう。

「或いは純白なる者、有り」当初、私はてっきりアルビノ(白化)個体のことであろうと思っていたのだが、実はゴキブリは成虫になるまでに七回ほど脱皮をし、しかも、脱皮直後のゴキブリの色は白く、約二十四時間後に変色して黒くなるとあった! 脱皮直後の個体は外敵に弱く、通常は物陰に隠れているためにそうした普通に存在する「白いゴキブリ」を見ることは滅多にないとあったゴキブリ駆除を主とした害虫駆除会社「クックローチ」の優れたゴキブリ解説サイトのこちらに拠った。リンク先には何と! ゴキブリの脱皮動画や白いゴキブリの画像もあるので、クリックはくれぐれも自己責任で!!! しかし、白いそれは確かにあんまり気持ち悪くないかも!?!)。

「油紙〔(あぶらがみ)〕」当時、防水用にひいたのは食用油でもあった荏油(えごまあぶら:シソ目シソ科シソ属エゴマ Perilla frutescens の種子から絞ったもの)や同じく食用の菜種油(アブラナ目アブラナ科アブラナ属ラパ変種アブラナ Brassica rapa var. nippo-oleifera であったから、その塗布した油の臭いを嗅ぎつけてゴキブリが嘗めにきた(或いは和紙ごと齧りにきた)には違いあるまい。

「裏〔(うち)〕」内側。

「俟〔(ま)〕ちて」待って。

「造麹室(かうじむろ)」三字へのルビ。酒・醤油・味醂などの醸造に用いるための麹(こうじ:「糀」とも書く。「醸立(かむたち)」の略である「かむち」の音変化したもの)を作る室(むろ:物を保存・育成するために外気を防ぐように作った部屋)。米・麦・大豆などを蒸して中で寝かせてコウジカビ(ここでは菌界子嚢菌門ユーロチウム菌綱ユーロチウム目マユハキタケ科コウジカビ属 Aspergillus に属する一群の内、ヒト病原性を持たない種群)の菌糸を繁殖生育させたものが「麹」である。

「一、二寸」三~六センチメートル。

「氣・色共に油蟲に似て、能く飛ぶ」有意に大きく、飛ぶ以上は、ヤマトゴキブリのと考えてよかろう。

「庖厨〔(はうちゆう)〕」台所。

「燈火を掠(かす)め」ゴキブリは基本的には負の走光性を持つから、ここの「掠め」は寧ろ、「灯火の光りの射さない暗い箇所を偸むように狙ってこつそりと侵入し」ととった方がしっくりくるように思われる。

「青蒿(せいかう)」キク目キク科キク亜科キク連ヨモギ属カワラニンジンArtemisia apiacea。別名ノニンジン。属名で判る通り、蓬(よもぎ:ヨモギ属変種ヨモギ Artemisia indica var. maximowiczii)の仲間である。現在、本邦にも分布する(西日本の河原の砂地や畑地に多い)が、これは恐らくは中国から薬用として渡来した生体が野生化したものと考えられている。根出葉は叢生し、細裂してニンジンの葉に似ている。茎の高さは一メートル内外に達し、全草に特異な臭いがある(「ブリタニカ国際大百科事典」他に拠る)とあるから、それをゴキブリが忌避する可能性は高い。実際にゴキブリを駆除するのに蓬(よもぎ)がよいとするネット記載が複数確認出来る。]

2017/07/15

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 鼠婦(とびむし)


Tobimusi

とびむし   𧉅 鼠姑

       鼠粘 負蟠

鼠婦

       鼠負 地雞

       蜲𧑓 地虱

チユイ プウ 地雞 濕生蟲

 

綱目鼠婦多在下湿處甕噐底及土坎中形似衣魚稍大

灰色多足大者長三四分背有橫文蹙起鼠多在坎中背

粘負之故有諸名

△按鼠婦大二三分形似鰕而灰白色多足黒眼兩鬚長

又形似蚤無翅而能飛跳故俗稱飛蟲

治胞肉瘡【俗云目波知古又云物毛良比】使鼠婦血則蟲赤脹瘡隨

 

 

とびむし   𧉅〔(いゐ)〕 鼠姑

       鼠粘      負蟠〔(ふはん)〕

鼠婦

       鼠負      地雞〔(ちけい)〕

       蜲𧑓〔(いしよ)〕地虱〔(ちしつ)〕

チユイ プウ 地雞      濕生蟲

 

「綱目」、鼠婦は多く下湿の處、甕噐〔(ようき)〕の底及び土坎〔(どかん)〕の中に在り。形、衣魚(しみ)に似て、稍〔(やや)〕大、灰色、多き足。大なる者、長さ三、四分。背に橫文有り。蹙(ちゞ)み起(た)つ。鼠、多く坎中〔(かんちう)に〕在り、背、粘〔(ねん)〕にして之れを負ふ。故に諸名有り。

△按ずるに、鼠婦、大いさ二、三分。形、鰕(えび)に似て、灰白色。多き足。黒眼。兩の鬚〔(ひげ)〕、長く、又、形、蚤に似、翅〔(はね)〕、無し。能く飛〔び〕跳〔ねり〕。故に俗、「飛蟲(とびむし)」と稱す。

胞肉瘡(めばちこ)を治す【俗に云ふ、「目波知古〔(めばちこ)〕」、又、云ふ、「物毛良比〔(ものもらひ)〕」。】鼠婦を〔して〕其の血を〔(す)〕はして、則ち、蟲、赤く脹れ、瘡、隨ひて愈ゆ。

 

[やぶちゃん注:この概ねの叙述は、

節足動物門六脚上綱 Hexapoda 内顎綱 Entognatha 粘管(トビムシ)目 Collembola のトビムシ類

の特徴とよく合致している。普通に我々の生活圏内に棲息するのであるが、小さい(殆んどの種は二~三ミリを標準に五ミリメートル以下)ためにあまり馴染みないかも知れぬ(よく観察すれば、驚くほど身近に沢山いるのだが)ので、ウィキの「トビムシ目」から引いておく。まず、本種群は昆虫ではない。『内顎綱は昆虫に近縁でより原始的なグループで』、他にコムシ目コムシ目 Dipluraとカマアシムシ目 Protura が『含まれ、昆虫とあわせて六脚類を』成す。『特徴的な跳躍器でよく飛び跳ねるものが多いので、この名がある。森林土壌中では』一平方メートル当たり『数万個体と極めて高い密度に達する』。『基本的な構造には昆虫と共通する点が多いが、跳躍器や粘管などの独特の器官をもち、触角に筋肉があるなど特異な特徴を備えている』。『様々な形のものがあり、例外は多いが、一般には一対の長い触角を持ち、体は細長く、胸部』の三節には各一対で計三対の足を有する。『これらの点は、昆虫の標準的な構造である。特殊な点としては、通常の昆虫では腹部に』十一『の体節があるのに対して、トビムシでは』六『節のみしかない。また』、『腹部下面にはこの目の旧名の元になった腹管(粘管)という管状の器官がある。これは体内の浸透圧を調整する機能を持つといわれている。また、腹部』の第四節には二股(ふたまた:二叉(にさ))になった『棒状の器官がある。この器官は叉状器(または跳躍器)と呼ばれ、普段は腹部下面に寄せられ、腹面にある保持器によって引っかけられている。捕食者などに遭遇した際にはこの叉状器が筋肉の収縮により後方へと勢いよく振り出され、大きく跳躍して逃げることができる』。世界では三千種以上が記載されており、本邦では全十四科百三属約三百六十種が『報告されている。分類は形態的特長によって行われている』(以下、科別の特徴が記されるが、省略する)。トビムシ類は『変態せず、脱皮を繰り返して成長する。成熟後も脱皮を繰り返す』。『基本的には交接は行わず、雄は土の表面に精包を置き、雌がそれを拾い上げることで受精が行われる』。一部にはが触角を使用しての触角を摑み、後脚を用いて、直接、精包を受け渡す種もあり、さらには『また、交尾を経ないで繁殖する単為生殖を行う種が知られており、深層性の生活を行うものに多くみられる』とある。『乾燥に弱く、水湿地や土壌などに生息する。特に土壌中に生息するものが多く、土壌中の個体数はササラダニ』(節足動物門鋏角亜門クモ綱ダニ目隠気門(ササラダニ)亜目 Oribatida に属するダニの総称。ダニ類ではあるが、土壌中で腐植を餌としており、体は固く、昆虫の甲虫類のような姿をしている。地上で最も数が多い節足動物の一つで、体長は大きいものでも二ミリメートルまでで、小型の種では〇・五ミリメートル以下のものもいる)『と並んで節足動物では最も数が多いものである。まれに畑地などに大発生し、辺り一面を埋め尽くして人を驚かす種がある。ほかに、海岸・洞穴・アリの巣に住むものもある』。『北アメリカにはある種のシロアリの兵アリの頭の上に住み、兵アリが働きアリから餌をもらう時』、それを脇から掠め取って『食べるトビムシが知られている』。『食性は多くの種が雑食で、落ち葉や腐植を中心に食べるものが多く、真菌の菌糸や胞子・バクテリア・藻類・花粉・線虫なども摂食することが報告されている』(以上、下線やぶちゃん)。『ある種のトビムシは、雪解けの時期に大発生をするものがあり、ユキノミと呼ばれる。場合によっては数メートルにわたって雪の表面が真っ黒になり、窪みにたまったトビムシはスプーンですくえるほどになる』。『トビムシ目は森林林床などの堆積腐植層において、有機物の分解過程の重要な構成要素となっている。土壌分解系において有機物を摂食するが、実際には、一緒に摂食している微生物(主に真菌)を経由して主要なエネルギーを得ている二次分解者にあたる。排泄された糞粒を培地にして再び微生物が繁殖するため、微生物はトビムシ(やササラダニ)により摂食されても容易に現存量は減少せず、むしろトビムシにより土壌分解系の回転が促進される。このプロセスを通じて植物遺体の砕片化と無機化が進行する』とある。

 気になるのは、最後に書かれた処方で、これは上の下線部から、トビムシ類に吸血性の寄生性の種がいないと思われることから、明らかに吸血性のダニ類であってトビムシではないと断言出来る。「鼠婦」などという名や、盛んに鼠に附着しているとする点から、これは、ネズミに寄生し、しかもヒトにも寄生して吸血するダニ目オオサシダニ科イエダニ Ornithonyssus bacoti との混同した認識が中国の本草草書以来、ずっと続いていたものと考えられる。なお、イエダニは各種の線虫・病原菌・リケッチア・ウイルスなどのベクターであり、中には死に到る感染症も含まれる極めて危険な種であるから、この吸血処方(そもそもが「ものもらい」(後述)は吸血させても治らぬわい!)非常に危険がアブナい

・「地雞」の異名がダブっている表示されているのはママ。

・「甕噐〔(ようき)〕」瓶(かめ)。

・「土坎〔(どかん)〕」地面の穴。

・「衣魚(しみ)」項目として既出既注

・「長さ三、四分」全長九ミリから一センチ二ミリ。これは現在知られるトビムシ類の中では稀な大きな種であるが、これ以上小さな同類の種群は当時の技術では確認し難かったこと、それらの形態の類似性(実はトビムシの形態は種によってかなり異なるようである)を観察出来なかったことから、それより小さなトビムシ類を同一の種類であるとは認識出来なかったと考えれば、別段おかしくなく、納得も出来る。

・「橫文」体節のことをかく言っている。

・「蹙(ちゞ)み起(た)つ」体を縮ませ(たように見せ)て跳躍する。上記の下線部を参照のこと。

・「鼠、多く坎中〔(かんちう)に〕在り、背、粘〔(ねん)〕にして之れを負ふ」先に指摘した通り、これはトビムシ類ではなく、イエダニ Ornithonyssus bacoti を誤認し、しかも混同したものと考える。この全く異なった二つの生物種を混同誤認してしまったからこそ「故に諸名有り」なのではないか? 大方の御叱正を俟つ。

・「二、三分」六~九ミリメートル。下は現行のトビムシ類の標準全長の上限に近い。

・「鰕(えび)に似」実際に小さなエビに似ていると私も思う。

・「飛〔び〕跳〔ねり〕」「飛跳(ひてう)す」と音読みしているかも知れぬ。

・「胞肉瘡(めばちこ)」「目波知古〔(めばちこ)〕」「物毛良比〔(ものもらひ)〕」所謂、「ものもらい」、瞼(まぶた)に発生する小さな腫れ物、麦粒腫のこと。眼瞼の脂腺や汗腺に細菌が感染して起こる急性化膿性炎症。]

2017/07/14

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 䗪(おめむし)〔ワラジムシ〕


Omemusi

おめむし   地鼈 土鼈

       虵蜱 蚵

【音祖】

       簸箕蟲 過街

ツヲヽ    【和名於女無之】

 

綱目䗪生川澤及沙中人家墻壁下濕處其形扁如鼈有

甲不能飛少有臭氣又狀似鼠婦大者寸餘小兒多捕以

負物爲戯此蟲逢申日則過街故名過街又與燈蛾相牝

牡矣䗪【鹹寒有毒】爲折傷接骨秘藥【方出本綱附方】

△按字彙䗪【一名鼠婦】和名抄䗪【一名𧉅】共爲鼠婦者誤也

 

 

おめむし   地鼈〔(ちべつ)〕   土鼈

       虵蜱〔(しやひ)〕   蚵〔(かひ)〕

䗪【音、祖〔(シヤ)〕。】

       簸箕蟲〔(はきちう)〕 過街

ツヲヲ    【和名、於女無之。】

 

「綱目」、䗪は川・澤及び沙中・人家墻壁の下〔の〕濕處に生ず。其の形、扁に〔して〕鼈のごとし。甲、有りて、飛ぶ能はず。少し臭(くさ)き氣(かざ)有り。又、狀、鼠婦に似て、大なる者、寸餘。小兒、多〔く〕、捕(とら)へて、物を負ふを以つて戯〔(たはぶ)〕れと爲す。此の蟲、申の日に逢へば、則ち、街を過ぐ。故に「過街」と名づく。又、燈蛾と相ひ牝牡〔(ひんぼ)〕す。䗪【鹹、寒。毒有り。】、折傷(うちみ)・接骨(ほねつぎ)の秘藥と爲す【方、「本綱」の「附方」に出づ。】。

△按ずるに、「字彙」に、『䗪【一名、鼠婦。】』。「和名抄」、『䗪は【一名、𧉅〔(いゐ)〕】』〔として〕共に「鼠婦」と爲すは誤りなり。

 

[やぶちゃん注:幾つかの問題点があるが、結論を言うと、本文で扁平であるとすること挿絵に描かれた個体群の確かに扁平に見える体部と有意に長い触角、及び、「鼠婦」(本書の事項が「鼠婦」で「とびむし」と和訓している)なるものに似ているとしつつも、本文にはどこにも刺激を加えると丸くなるという叙述が出現しないことから、ここはまず、第一同定候補として、

節足動物門 Arthropoda 甲殻亜門 Crustacea 軟甲(エビ)綱Malacostraca 真軟甲亜綱 Eumalacostraca フクロエビ上目 Peracarida 等脚(ワラジムシ)目Isopoda ワラジムシ亜目 Oniscidea Ligiamorpha 下目 Armadilloidea 上科ワラジムシ科 Porcellionidae Porcellio属ワラジムシ Porcellio scaber

を挙げるべきと考える。以下、ウィキの「ワラジムシ」を全面引用すると、『ワラジムシ(草鞋虫、鼠姑、蟠)は』ワラジムシ科 Porcellionidae『に属する動物の一種のこと、あるいはワラジムシ亜目のかなりの種を総称する呼び名である』が、狭義の種としてのワラジムシ Porcellio scaber は体長十二ミリメートル程で、『人家周辺の石の下や草の間の地面に普通に見られる。体は灰色がかった褐色、上から見ると楕円形で、ダンゴムシとは異なり』、『前後が狭まる。また、背中はなだらかに盛り上がるだけで、やや扁平な動物である』。『体は頭部と胸部、腹部に分かれ、頭部からはやや発達した第』二『触角が伸びる。胸部は体の八割ほどを占め』、七『対の体節と付属肢が確認できる。腹部は幅狭く、末端には尾肢が一対、短い角のように突き出る』。『ヨーロッパ原産で、世界各地に広がり、日本では本州中部以北および沖縄に見つかっている。近似種も多い』。以下、「広義のワラジムシ」の項、『広義のワラジムシは、この属や科だけでなく、ワラジムシ亜目ほぼすべてを含んで』呼称されていると考えねばならない。同亜目は科としてフナムシ科 Ligiidae・ナガワラジムシ科 Trichoniscidae・ヒゲナガワラジムシ科 Olibrinidae・ウミベワラジムシ科 Scypacidae・ヒメワラジムシ科 Philosciidae・ホンワラジムシ科 Oniscidae・ハヤシワラジムシ)科 Trachelipidae・ワラジムシ科 Porcellionidae・オカダンゴムシ科 Armadillidiidae・ハマダンゴムシ科 Tyloidae・コシビロダンゴムシ科 Armadillidae を立てるが、この中には、現行では我々が一般には「ワラジムシ」とは呼ばないフナムシ科に海岸でよく見る「舟虫」(フナムシ類)が含まれ、また、最後のオカダンゴムシ科 Armadillidiidae・ハマダンゴムシ科 Tyloidae・コシビロダンゴムシ科 Armadillidae の三科には、所謂、現行で我々が「団子虫」(ダンゴムシ)と呼んでいるあの種群が含まれている。ウィキはここで『それ以外のものはすべて「ワラジムシ」の呼称で呼ばれている。むしろワラジムシ相(動物相の一部としての)と言えば、ダンゴムシなども当然含まれているものとして扱われることが多い』と述べている通り、実は我々のうちの多くは、狭義の「草鞋虫」(ワラジムシ類)と狭義の「団子虫」(ダンゴムシ類)をかなり高い確率で一緒くたにして、同じ種とさえ考えている可能性が高い(ワラジムシをダンゴムシの子どもと考えている者、ワラジムシを盛んに突いて「このダンゴムシ、団子にならねえ」という成人を私はしばしば見かけた。なお、私はこの混同は実は本著者である寺島良安も免れていないのではないかと考えている。ワラジムシは現在、世界で約千五百種が知られ、本邦でも百種ほどが『知られていると言うが、実際には』四百『種あるかもとも言われている』。一九八〇『年代くらいまでほとんど手つかずであった研究が現在は進行しており、多くの新種が確認されつつある』とある。

 ただ、本書を大観してみても実は我々に馴染み深い、かの「団子虫」は記載がない(次の「鼠婦(とびむし)」は図はそれらしいが、本文によく飛ぶとある点で決定的に違う)。さすれば、先に私が太字下線で示した通り、ここには、

ワラジムシ亜目のオカダンゴムシ科 Armadillidiidae オカダンゴムシ属オカダンゴムシ Armadillidium vulgare 及びハナダカダンゴムシ Armadillidium nasatum

及び、海岸線の特に砂浜に見られる、やや大型の、

ハマダンゴムシ科 Tylidae ハマダンゴムシ属ハマダンゴムシ Tylos Granulatus

と、森林の土壌を好む、やや小型の、

コシビロダンゴムシ科 Armadillidae コシビロダンゴムシ属 Sphaerillo のコシビロダンゴムシ類(本属は参照したウィキの「ダンゴムシ」によれば、『研究がほとんど進んでおらず、どれだけ種類があるのかさえよくわかっていない。コシビロダンゴムシよりは分類研究が進んでいるワラジムシでも、新種が次々に出ている現状から推しても、コシビロダンゴムシにもかなりの種数が存在する可能性が』高いとある)

をも同定候補として加えければならぬように思われるのである。なお、同ウィキによれば、『オカダンゴムシが多分』、『ヨーロッパ原産の帰化動物であるのに対して、これらは土着種である』とある。このオカダンゴムシの帰化時期が何時なのか判らぬが、或いは、江戸時代(本書は江戸中期の正徳二(一七一二)年自序)には侵入していなかったとするならば、特徴的な反応をする「団子虫」が書かれていないは腑に落ちる。丸くなる習性は博物学者なら絶対に記載せずにはおかぬからである。因みに、ウィキの「オカダンゴムシ」によれば、『オカダンゴムシは、元々、日本には生息していなかったが、明治時代に船の積荷に乗ってやってきたという説が有力である。日本にはもともと、コシビロダンゴムシという土着のダンゴムシがいたが、コシビロダンゴムシはオカダンゴムシより乾燥に弱く、森林でしか生きられないため、人家周辺はオカダンゴムシが広まっていった』と記されているのである(太字下線はやぶちゃん)。

 なお、「日本国語大辞典」では「おめむし」の項があり、はっきりと『「わらじむし」(草鞋虫)の異名』と記してある。そして、語源としては「大言海」の『オメムシ(怖虫)の義。席を叩けば怖れて止まるためにこの名がつけられた』という説、「名言通」の『ノミムシの転』の二つが示されてある。

・「䗪【音、祖〔(シヤ)〕。】」「祖」の音(読み)は東洋文庫版に従った。「䗪」は音「シヤ」で、「祖」は現行では「ソ」しか一般に知られていないが、「廣漢和辭典」によれば、中国の固有県名を現わす際の特殊なケースで「シヤ」の音がある。但し、実はこの「䗪」にこそ大きな問題があるのである。何故なら、この字は現行の中文や漢方では、かのゴキブリ類(節足動物門 Arthropoda昆虫綱 Insectaゴキブリ目 Blattodea)を指すからである。中文漢方サイトを探った限りでは、Corydiidae Eupolyphaga Eupolyphaga sinensis(「シナゴキブリと和名する本邦の記載があるが、「シナ」は最早、現行ではまずいだろう)か、或いはオオゴキブリ亜目 Blaberoidea ムカシゴキブリ科 Polyphagidae の種のように読める。そして、ゴキブリという観点から、ここに出る異名「地鼈」「土鼈」「虵蜱」(蛇の婢(はしため)の謂いか?)「簸箕蟲」(「簸箕」は竹製の箕(みの))「過街」という文字列を眺めていると、何だか、これらは「草鞋虫」なんかじゃない、クチクラ層の結構堅くて、それなりに大きなゴキブリ(事実、上に示した二種類はそんな感じ)に見えてこないだろうか? 大方の御叱正を俟つ。

・「地鼈」「土鼈」「鼈のごとし」「鼈」は亀のスッポンのこと。

・「墻壁」土壁。土塀。

・「鼠婦」前に述べた通り、次項で出るので、そこで同定したいが、「鼠婦(ソフ)」は漢方ではまさにArmadilloidea 上科ワラジムシ科 Porcellionidae のダンゴムシ類を指すのであるが、次項では和名を「とびむし」(飛虫)とし、実際に跳躍するとあることから、これは節足動物門六脚上綱 Hexapoda 内顎綱 Entognatha トビムシ目 Collembola のトビムシ類に比定するのが穏当のように思われ、実に悩ましいのである。

・「大なる者、寸餘」この大きさはゴキブリではない。

『此の蟲、申の日に逢へば、則ち、街を過ぐ。故に「過街」と名づく』「本草綱目」の「䗪」に「時珍曰、按、陸農師云、『逢申日則過街、故名過街。』とあるが、陰陽五行説に基づく、生態とは無関係な妄言である。

・「燈蛾と相ひ牝牡〔(ひんぼ)〕す」「本草綱目」の「䗪」の「釋名」に、時珍の言として「與燈蛾相牝牡」と出るが、灯火に寄ってくる蛾(ガ)の類と雄雌の関係にあるというトンデモ説である。

・『方、「本綱」の「附方」に出づ』「本草綱目」の「䗪」の「附方」に、

   *

下瘀血湯、治婦腹痛有乾血。

用 蟲二十枚【熬、去足】、桃仁二十枚、大黃二兩、爲末、煉蜜杵和、分爲四丸。每以一丸、酒一升、煮取八合、溫服、當下血也。【張仲景方】

木舌腫強、塞口、不治殺人。 蟲【炙】五枚、食鹽半兩、爲末。水二盞、煎十沸、時時熱含吐涎。瘥乃止。重舌塞痛、地鱉蟲和生薄荷研汁、帛包捻舌下腫處。一名地蜱蟲也。【鮑氏方】

腹痛夜啼、蟲【炙】、芍藥、芎、各二錢。爲末。每用一字、乳汁調下。【「聖惠方」】

折傷接骨、楊拱「摘要方」、用土鱉焙存性、爲末。每服二、三錢、接骨神效。一方、生者擂汁酒服。「袖珍方」、用蚵【卽土鱉】六錢【隔、醋淬七次】、爲末。每服二錢、溫酒調下。病在上食後、病在下食前、神效。董炳「集驗方」、用土鱉【陰乾】一個麝香少許爲末。每傳秘方、慎之。又可代杖。

   *

とある。

・「字彙」明代の一六一五年に梅膺祚(ばいようそ)によって編纂された漢字字典。全十四巻に三万三千百七十九字を収める。ウィキの「によれば、『現在の画数順に』二百十四の『部首を並べる形は、『字彙』によって初めて行われた。『字彙』は部首の配列順及びその部首に属する漢字の配列順をすべて画数順とした画期的な字書である。本書の出現によって字書による漢字の検索は以前に比べて極めて容易になった。この方式はその後、『正字通』『康熙字典』に受け継がれ、現在の日本の漢和辞典の大半はこの方式を元にして漢字を配列している』とある。

・「𧉅〔(いゐ)〕」現行の辞書類でもこれを前の「鼠婦」とともにワラジムシ(草鞋虫)やダンゴムシ(団子虫)の類の別名としており、良安はこれを敢然と誤りだと言っているのである。]

2017/07/12

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 姑䗐(コクゾウムシ)


Kokuzou

よなむし  強

      【和名與奈無之

    與奈者米也

       俗云虛空藏

こくうぞう

 

爾雅集注云米穀中蠹小黒蟲也

△按俗呼米稱菩薩隨呼此蟲曰虛空藏其形小似蚤而

 赤黒色長喙兩髭六足跛行甚疾

一種大四五分形似蠶蛹而白色頭黒但不如姑之多

耳並未舂米夏月濕熟所化生者也經年者生細白子

米爲空虛

 

 

よなむし  強〔(きようよう)〕

こくうぞう

【和名、與奈無之。「與奈」は「米」なり。俗に「虛空藏」と云ふ。】

 

「爾雅集注〔(じがしつちゆう)〕」に云く、『米穀の中の蠹〔(きくひむし)〕。小さく黒き蟲なり。』〔と。〕

△按ずるに、俗に米を呼びて「菩薩」と稱〔(とな)〕ふ。隨ひて此の蟲を呼びて「虛空藏」と曰ふ。其の形、小さく、蚤(のみ)に似て、赤黒色。長き喙〔(はし)〕、兩の髭。六足。跛〔(はひ)〕行(あり)きて、甚だ疾(はや)し。

一種、大いさ、四、五分。形ち、蠶〔(かひこ)〕の蛹〔(さなぎ)〕に似而白色。頭、黒。但し、〔(よなむし)〕の多きがごとくならざるのみ。並〔びに〕、未だ舂〔(つ)〕かざる米、夏月〔の〕濕熟〔に〕化生せ〔し〕所の者なり。年を經〔(ふ)〕る者、細白〔(さいはく)の〕子を生じて、米、空虛(うと)と爲〔(な)〕る。

 

[やぶちゃん注:本種は所謂、「穀象虫」、即ち、本邦に棲息する種としては鞘翅(コウチュウ(甲虫))目 Coleoptera 多食(カブトムシ)亜目 Polyphaga ゾウムシ上科 Curculionoidea オサゾウムシ科 Dryophthoridae オサゾウムシ亜科 hynchophorinae コクゾウムシ族 Sitophilini コクゾウムシ属コクゾウムシ Sitophilus zeamais 及びココクゾウムシ Sitophilus oryzae の二種が代表(良安が最後に一種として掲げるのは後者か。名前の通り、やや小型(二~二・八ミリメートル)である。但し、「細白の子」とは単にコクゾウムシの幼虫を指しているようにも読める。化生説を信ずるものは幼虫と成虫の区別が出来ず、全くの別の生き物と考えるのがごくごく当然の常識だから、ここはその誤認も視野に入れておかないといけない)。参照したウィキの「コクゾウムシを全面的に引いておく。『世界各地に生息するイネ科穀物の有名な害虫で、和名もそれを表したものである』(このウィキの和名漢字表記は「穀象虫」で「象」は長い口刎による命名とほぼ確定的に思うのだが、ウィキは何故かそこを記していないのは大いに不満である)。『また、日本では縄文時代後期の土器圧痕からの検出例があるなど穀物栽培の開始と同時に見られるとして』、『稲作とともに渡来したとするのが定説であったが、これを覆すとされる発見がなされている』(これは二〇一一年に種子島の遺跡から出土した縄文土器片から一万五千年前のコクゾウムシ類の圧痕が発見されたことを指す。一万五千年前は縄文時代の推定開始年代である)。『主食である稲(米)を食い荒らす事から「米食い虫」の異名が付けられている』。体長は二・一~三・五ミリメートルと『ゾウムシ上科の中では小さい部類に入る。体は赤褐色や暗褐色で、やや細長い。背面には細かく密な点刻がある。発達した強固な後翅をもち、飛行能力も優れている。体も小さく、穀物の貯蔵庫などに容易に侵入する』。『口吻で穀物に穴をあけて産卵し、孵化した幼虫は穀物を食い荒らす。気温が』摂氏十八度『以下であると活動が休止』、二十三度『以上になると活発に活動する』。一『匹のメスが一生に産む卵は』二百『個以上とされる』(ネット上の別記載では産卵数は約三百八十個、コクゾウムシの寿命は約三~七ヶ月とある)。『米びつに紛れ込んだ場合、成虫は黒色なので気がつきやすいが、幼虫は白色なので気づきにくい』。但し、『どちらも水に浮くので慎重に米研ぎをすれば気づくことがある。もし万が一気づかずに炊いてしまったり、食べてしまっても害はない』(私の家では一度だけかなり湧いて以下にある処置を施して排除はしたが、米の味は糞や体液及び死骸に発生したものなどによって極端に悪くなることは覚悟した方がよい。私は一口食って後は食べられず、凡そ二キロ分ぐらいを総て廃棄した)。『赤褐色のコクゾウムシは、農家の間では越冬コクゾウムシ(冬を越している)、暗褐色はその年に孵化したものと言われている。(確証は低いが』、『大体の農家はそのように判別していることが多い) また、光に反応するため、米に虫が湧いたという状態になった場合は、ムシロに米を広げてコクゾウムシを排除する方法をとっている』。

・「虛空藏」虚空蔵菩薩。知恵を支配するという。古くは地蔵菩薩と対で信仰されたが、現行の菩薩信仰では最早、メジャーではない。

・「爾雅集注」中国最古の類語辞典・語釈辞典である「爾雅」(著者不詳・紀元前 二〇〇年頃成立)を南北朝の梁(五〇二年~五五七年)の沈璇(しんせん)が注した「爾雅沈璇集注」。

・『俗に米を呼びて「菩薩」と稱〔(とな)〕ふ』確かに人の命の糧(かて)となる尊いものの意から「米」の別名として古語辞典にも載るが、これは近世語である。良安は「穀象」という語を示してないけれども、「※」=「菩薩」から、コクゾウムシ類を「虚空蔵」と呼ぶに至るまでは、また、一手間も二手間もかかるだろう(人間にとって決していい現象ではないからである)。それが出来上がったとして、さて、偶然、その虫が象の鼻のような突起を持っていたから、「穀象」の語がさらに手間をかけて生じたのだ、とは私には到底思えないのである。

 さても、和歌を引くのが大好きな良安先生に倣って、ここは私の偏愛する俳句を最後に示して終りとしよう。

 

 穀象の群を天より見るごとく

 

 穀象を九天高く手の上に

 

 數百と數ふ穀象くらがりへ

 

 穀象に大小ありてああ急ぐ

 

 穀象の逃ぐる板の間むずがゆし

 

 穀象の一匹だにもふりむかず

 

 穀象と生れしものを見つつ愛す

 

   *

西東三鬼句集「夜の桃」(昭和二三(一九四八)年三洋社刊)より。句自体は昭和二二(一九四七)年のパートに含まれる。特に私は「穀象の群を天より見るごとく」「穀象の一匹だにもふりむかず」の二句を称揚するものである。引用は私のやぶちゃん正字化版西東三鬼句集《西東三鬼全四句集『旗』・『夜の桃』・『今日』・『變身』(全)+「『變身』以後」(全)+やぶちゃん選拾遺抄Ⅰ~Ⅲ》から。]

2017/07/11

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 衣魚(シミ)


Simi

しみ  白魚  蟬魚

    蛃魚  壁魚

衣魚  蠹

    【和名之美】

イヽイニイ

 

本綱此蟲蠹衣帛書畫始則青色老則有白粉觸于手則

落碎之如銀可打紙箋其形稍似魚其尾亦分二岐故得

魚名俗傳衣魚入道經中食神仙字則身有五色人得吞

之可致神仙唐張易之之子乃多書神仙字碎剪置瓶中

取衣魚投之冀其蠹食而不能得遂致心疾書此解俗説

之惑 【拾遺愚草】をのづから打ち置く文の月日へて明くればしみのすみかとぞなる定家

 

 

 

しみ  白魚         蟬魚

    蛃魚〔(へいぎよ)〕  壁魚

衣魚  蠹〔(と)〕

    【和名、之美。】

イイイニイ

 

「本綱」〔に〕、『此の蟲、衣帛〔(いはく)〕・書畫を蠹〔(むしく)〕ふ。始めは、則ち、青色、老するときは、則ち、白粉有り、手に觸るれば、則ち、落つ。之を碎くに銀のごとく、紙箋に打つべし。其の形、稍〔(すこし)〕く魚に似たり。其の尾、亦、二岐に分つ。故に魚の名を得たり。俗に傳ふ、「衣魚、道經〔(だうきやう)〕中に入りて神仙の字を食へば、則ち、身に五色有り。人、之を吞むことを得〔ば〕、神仙を致すべし。」〔と〕。唐〔の〕張易之が子、乃〔(すなは)〕ち、多き神仙の字を書して、碎剪〔(さいせん)〕して瓶の中に置〔き〕、衣魚を取りて、之れに投ず。其の蠹〔魚を〕食ふを冀(こひねが)ふに、得ること能はず、遂に心疾〔(しんしつ)〕を致す。此れを書して俗説の惑(まど)ひを解す。』〔と〕。

 【「拾遺愚草」】

 をのづから打ち置く文の月日へて

    明くればしみのすみかとぞなる

                  定家

 

[やぶちゃん注:節足動物門 Arthropoda 昆虫綱 Insecta シミ目 Thysanura のシミ類で、シミ科 Lepismatidae・ムカシシミ科 Lepidotrichidae・メナシシミ科 NicoletiidaeMaindroniidae 科に分かれる。ウィキの「シミ目」によれば、本邦で現在よく見かける種は、

シミ科ヤマトシミ属ヤマトシミ Ctenolepisma villosa(やや褐色を呈し、日本在来の室内種)

同属セスジシミ Ctenolepisma lineata(茶褐色で光沢に乏しく、背に縦線模様を持つ)

及びセイヨウシミ属セイヨウシミ Lepisma saccharina(銀白色を呈する。移入種であるが、近年はこちらの方が優勢)

とある。確かに私の書庫でたまに見かけるものは最後の種ばかりである。シミ類は『卵から孵化した幼虫は成虫とほぼ同じ形で、蛹などの段階を経ずに、そのまま脱皮を繰り返し成虫となる』無変態(これ自体が既にして昆虫類では原始的)で、『脱皮によって変化するのは大きさだけで、形態の変化はほとんど見られない。しかも、成虫になっても絶えず成長し続けるので、一生』、『脱皮し続け』、小さいながら、意想外に昆虫類では寿命は長く、七~八年は生きるとされる。形態は『やや偏平で、細長い涙滴形をしている。頭には長い触角が伸びている。胸部から腹部にかけては、滑らかにつながっている。腹部には各体節に』一対の腹毛があるが、『これは腹部体節の付属肢の痕跡と考えられており』、これも『この類の原始的特徴と見られる。腹部の末端には一対の尾毛と、一本の尾糸という細長い突起がある』。

 因みに、古くから書物を有意に食害するとされたが、実際には顕在的な食害は認められないのが事実で、それは冤罪の部類と言ってよく、シミの食い痕とされるものの多くは、木質部や紙にトンネルを掘り、或いは標本類をバラバラになるまで著しく食害するところの、多食亜目ナガシンクイ上科シバンムシ科 Anobiidae に属する「死番虫」類が真犯人である。

 なお、本訓読では今までは原則してこなかった「本草綱目」の「蟲之三」の「衣魚」の引用としての『 』を附した但し、最後の箇所は良安によって手が加えられており、正確な引用となっていないので注意されたい(後注参照)。

・「蛃魚〔(へいぎよ)〕」「蛃」は本シミ類を現わすためのみに用いられる。

・「蠹〔(と)〕」「本草綱目」を見ると「蠹魚」で「魚」の脱字であることが判る。既に何度も注してきたように、「蠹」単独では通常、第一義としては現行の昆虫学で言うところの昆虫綱鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目 Cucujiformia 下目ゾウムシ上科キクイムシ科 Scolytidae に属する「木喰虫」を指す。但し第二義としてシミ類をも指すが、先行して何度も第一義の「蠹」が出てきていて読者に「キクイムシ」類として刷り込まれてしまっている以上、ここは魚を入れた方がよい。

・「白粉」シミ類は体表面に鱗粉が一面に並んでいるが、これは鱗翅目の蛾や蝶の鱗粉と同じものである。但し、シミ類は昆虫類でも数少ない翅を持たない無翅類で(旧無翅亜綱)、これは翅が進化する以前の形態を留めている証左と考えられ、シミは原始的な種群と言ってよい。

・「之を碎くに銀のごとく、紙箋に打つべし」かつて、月に一度は神田の古書店巡りをしたものだが、そこでは、しばしば、この銀斑の痕にお目にかかったものである。

・「道經〔(だうきやう)〕」老荘の思想書や、それと関わりを持つ道教の経典類。

・「五色」シミ類は一般に負の走光性を持つが、実際に銀白色を呈するセイヨウシミなどは光りが当ると、虹に似たグラデーションを示すことがある。なお、道家思想の根本にある陰陽五行思想では「五色」は緑(東)・赤(南)・黄(中央)・白(西)・黒(北)が五色として配される。

・「張易之」(六七五年頃~七〇五年)唐の則天武后の寵臣であったが、武后が死の床にあった頃、武后を退位させて中宗を復位させる反武后派の張柬之(かんし)らのクーデターが発生、殺されてその首は洛陽の天津橋で晒された。東洋文庫版の注には『美少年で音技に詳し』かったとするから、その子も美少年であったに違いない。

・「碎剪〔(さいせん)〕」切り砕いて細片にすること。

・「心疾〔(しんしつ)〕」心臓疾患。父の張易之は三〇歳で亡くなっている。クーデターではこの子も殺されている可能性がすこぶる高いから、だとすると、この子は十代前半としか考えられず、そんな若年で仙人になろうと思ったこともさることながら(但し、仙人修行は稚児クラスから始めないと到達は難しかろうとは思うから変とは言えぬ)、えらい若死にしたということになり、先天性の心疾患か心臓畸形が疑われるか? しかし、以下に示す通り、この「張易之の子」話は良安が別なところから引いてきたもの(次注参照)を挿入した疑いが濃厚である。

・『俗に傳ふ、「衣魚、道經〔(だうきやう)〕中に入りて神仙の字を食へば、則ち、身に五色有り。人、之を吞むことを得〔ば〕、神仙を致すべし。」〔と〕。唐〔の〕張易之が子、乃〔(すなは)〕ち、多き神仙の字を書して、碎剪〔(さいせん)〕して瓶の中に置〔き〕、衣魚を取りて、之れに投ず。其の蠹〔魚を〕食ふを冀(こひねが)ふに、得ること能はず、遂に心疾〔(しんしつ)〕を致す。此れを書して俗説の惑(まど)ひを解す』の部分に該当すると思われる「本草綱目」のそれは、「衣魚」の「集解」の、

   *

頌曰、今處處有之、衣中乃少、而書卷中甚多。身白有濃粉、以手觸之則落。段成式云、補闕張周封見壁上瓜子化爲壁魚、因知「列子」『朽瓜化魚』之言不虛也。俗傳壁魚入道經中瓶中、取壁魚投之、冀其蠹食而不能得、遂致心疾。書此以解俗説之惑。

   *

であるが、この内容を見ると、「張易之の子」の話は出てこない。そこで調べてみると、この「張易之の子」は「太平廣記」の「嗤鄙四」にある「北夢瑣言」を出典とする「張氏子」と同一の話(しかも前段の「五色」のシミの話もきっちり載る形で)であることが判明した。以下に示す。

   *

唐張禓有五子。文蔚、彝。憲、濟美、仁龜、皆有名第、至宰輔丞郎。一子忘其名。少年聞説、壁魚入道經函中、因蠹蝕神仙字、身有五色、人能取壁魚吞之、以致神仙而上昇。張子感之、乃書神仙字、碎剪寘於瓶中、捉壁魚以投之、冀其蠹蝕、亦欲吞之、遂成心疾。每一發、竟月不食、言詞麤穢、都無所避。其家扃閉而守之、候其愈、既如常。而倍食一月食料、須品味而飫之。久方卒、是知心靈物也、一傷神氣、善猶不可、況爲惡乎。卽劉闢吞人、張子吞神仙、善惡不同、其傷一也。

   *

・「拾遺愚草」藤原定家自撰の私家集で正編三巻と続編「拾遺愚草員外」一巻からなり、約 三千八百三十首を載せる。建保四(一二一六)年に草案が成り、後に数回に亙って増補された。定家の代表作の殆んどを収録してあり、「新古今和歌集」時代の私家集中、最も注目されるものである(「ブリタニカ国際大百科事典」に拠った)。

・「をのづから打ち置く文の月日へて明くればしみのすみかとぞなる」「拾遺愚草」の「卷上 十題百首」中の一首であるが、表記だけでなく、誤りが二箇所、認められる(異同を太字下線で示した)

 

 自(のづか)ら 打ち置く文(ふみ) 月日(つきひ)經(へ)て

    明(あ)くれば紙魚(しみ)の 棲家(すみか)とぞ見(み)る

漢字変換は私が恣意的に行った。]

2017/07/04

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 螢


Hotaru

ほたる    夜光  熠燿

       卽炤  夜炤

【音熒】  景天  救火

       
㨿火  挾火

ヨン     宵燭  丹鳥

 

本綱螢有三種其小査飛腹下光明乃茅根所化也呂

氏月令所謂腐草化爲螢者是也

長如蛆蠋尾後有光無翼不飛乃竹根所化也【一名蠲】明堂

月令所謂腐草化爲蠲者是也

水螢居水中皆感濕熱氣遂變化成形

螢能辟邪明目蓋取其照幽夜明之義耳

螢火丸【一名冠將丸又名武威丸】用螢火鬼箭羽蒺黎【各一兩】雄黃雌黃

【各二兩】羖羊角【煅存性一兩半】礬石【火燒二兩】鐵鍾柄入鐵處【燒焦一兩半】俱

爲粉末以雞子黃丹雄雞冠一具和搗千下丸如杏仁作三

角絳囊盛五丸帶於左臂上從軍繫腰中辟五兵白刃居

家掛戸上甚辟盜賊也又能治疾病惡氣百鬼虎狼蛇虺

蜂蠆諸毒昔漢冠軍將軍武威太守劉子南從道士尹公

受得此方曾試之有效驗

  堀川百首

     五月雨に草の庵は朽つれとも螢と成そ嬉しかりける 匡房

△按螢【和名保太流】大抵大三四分黑色而兩額有赤點有臭

氣其尻銀色處夜出光裹紙亦光徹外用麥碎如

銀砂也江州石山寺溪谷【名試乃谷】螢多而長倍于常因呼

其處名螢谷北至勢多橋【二町許】南至供江瀬【二十五町】其間

群飛高十丈許、如火熖或數百爲塊從毎芒種後五日

至夏至後五日【凡十五日】爲盛無風雨不甚晴夜愈多矣但

北限橋東限川甞不有之又過時節則全無之其螢下

到山州宇治川【約三里許】夏至小暑之間爲盛然不如石山

之多此西限宇治橋不下也俱爲一異也茅根腐草

所化者常也此地特茅草不多俗以爲源頼政之亡魂

亦可笑焉此時也螢見遊興群集天下所知也

蠲【豆知保太留】俗云土螢也田圃溝邊有之無翅不能飛而光

 

 

ほたる    夜光  熠燿〔(しふえう)〕

       卽炤〔(そくせう)〕  夜炤

螢【音、熒。】景天  救火

       
㨿火〔(きよくわ)〕  挾火

ヨン     宵燭  丹鳥

 

「本綱」、螢、三種、有り。其の小にして、査[やぶちゃん注:「宵(よひ)」の誤り。]、飛び、腹の下に光明あり。乃ち、茅根〔(かやのね)〕の化す所なり。呂〔(りよ)〕氏の「月令〔(がつりやう)〕」に所謂〔いはゆ〕る、「腐草、化して、螢と爲る」とは是れなり。

長さ、蛆〔(うじ)〕・蠋〔(けむし)〕のごとく、尾の後〔(しり)〕へに、光、有り。翼、無くして飛ばず。乃〔(すなは)〕ち、竹根の化する所なり【一名、蠲〔(けん)〕】。明堂の「月令」に所謂る、「腐草、化して蠲と爲る」とは是れなり。

水螢は水中に居〔(を)り〕。皆、濕熱の氣に感じて、遂に變化して形を成す。

螢は能く邪を辟〔(さ)〕け、目を明にす。蓋し、其〔の〕照幽夜明の義、取るのみ。

螢火丸【一名、冠將丸。又、武威丸と名づく。】 螢火・鬼箭羽〔(きせんう)〕・蒺黎〔(いつれい)〕【各一兩。】、雄黃・雌黄【各二兩。】、羖羊角〔(こようかく)〕【煅(ひいれ)して性〔(しやう)〕を存〔(のこ)すもの〕一兩半。】礬石〔(ばんせき)〕【火燒〔きせしもの〕二兩。】、鐵鍾〔(てつしよう)〕の柄〔(え)〕の鐵の入る處【燒〔き〕焦〔せしもの〕一兩半。】俱に粉末と爲し、以つて、雞子・黃丹・雄雞〔おんどり〕の冠(とさか)、一具を用〔ひて〕、和し、搗くこと千下〔(せんど)〕、丸〔(ぐわん)〕にして杏仁(きやうにん)のごとく〔し〕、三角の絳囊(もみぶくろ)を作りて五丸を盛り、左臂の上に帶〔(お)び〕て、軍〔(いくさ)〕に從ふに、腰の中に繫ぐ。五兵・白刃を辟く。居家〔(きよか)〕、戸の上に掛ければ、甚だ、盜賊を辟くなり。又、能く、疾病・惡氣・百鬼、虎・狼・蛇・虺〔(まむし)〕・蜂・蠆〔(さそり)〕の諸毒を治す。昔、漢の冠軍將軍武威太守劉子南、道士尹〔(いん)〕公より此の方〔(はう)〕を受得し、曾て之れを試みるに、效驗有り。

  「堀川百首」

     五月雨に草の庵は朽つれども螢と成るぞ嬉しかりける 匡房〔(まさふさ)〕

△按ずるに、螢【和名、保太流。】は大抵、大いさ、三、四分〔(ぶ)〕、黑色にして兩の額に赤點有り、臭(くさ)き氣(かざ)有り。其の尻、銀色の處、夜〔(よ)〕る、光を出す。紙に裹〔(つゝみ)〕ても亦、光り、外に徹〔(とほ)〕る。麥〔(むぎわら)〕を用ひて揉み碎けば、銀砂のごときなり。江州石山寺〔(いしやまでら)〕の溪谷(たに)[やぶちゃん注:二字へのルビ。]【試(こゝろみ)の谷と名づく。】、螢、多くして、長さ、常の倍なり。因りて其處を呼びて螢谷と名づく。北は勢多橋に至る【二町許り。】。南は供江瀬〔(くがうのせ)〕に至る【二十五町。】其の間、群(むらが)り飛ぶこと、高さ十丈許り、火〔の〕熖(ほのを)のごとく、或いは、數百、塊(かたまり)を爲し、毎(まい)芒種の後(のち)五日より、夏至の後五日に至るまで【凡そ十五日。】、盛りと爲す。風雨無くして甚だ晴れざる夜、愈々多し。但し、北は橋を限り、東は川を限りて、甞て、之れ、有らず。又、時節を過ぐるときは、則ち、全く、之れ、無し。其の螢、下〔りて〕山州宇治川に到りて【約三里許り。】、夏至・小暑の間、盛りと爲〔す〕。然れども石山の多〔き〕には如〔(し)〕かず。此れも西は宇治橋を限りて下(さが)らざるなり。俱に一異と爲すなり。茅根〔(かやのね)〕・腐草の化する所は常なり。此の地は特に茅草〔(かやぐさ)〕の多からず、俗に以つて、源の頼政の亡魂と爲〔(す)〕るも亦、笑ふべし。此の時や、螢見の遊興、群集〔(ぐんじゆ)〕にして、天下の知る所なり。

蠲〔(けん)〕 【豆知保太留〔つちぼたる)〕。】俗に云ふ、「土螢」なり。田圃溝邊に之れ有り。翅、無く、飛ぶ能は〔ざれども〕光る。

 

[やぶちゃん注:鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コメツキムシ下目ホタル上科ホタル科 Lampyridae のホタル類。本邦には約四十種ものホタル類が棲息するが、特に知られているのはホタル亜科 Luciolinae Luciola(ルキオラ)属ゲンジボタル Luciola cruciata・ヘイケボタル Luciola lateralis・ヒメボタル Luciola parvula(本種はは翅が退化して飛翔出来ない)の他、マドボタル亜科 Lampyrinae のマドボタル属 Pyrocoelia のマドボタル類である。ウィキの「ホタル」によれば、この最後のマドボタル属 Pyrocoelia の『和名はオスの胸部に窓のような』二『つの透明部があることに由来する。メスは翅が退化していて、蛹がそのまま歩き出したような外見をしている。幼虫は陸生で、主に小型のカタツムリ類を捕食し、他の陸生のホタル幼虫に比べ』夜に特に『活発に光りながら』、『草や低木にもよじ登るので、よく目立つ。成虫はよく光る』種の他に、『痕跡的な発光しかしないものもある』(下線やぶちゃん)とあり、実は最後に出る「土螢」は本邦では、ホタル類の幼虫、特にこのマドボタルの幼虫を指すことが多いらしい。下線部から見て、寺島の言っている「土螢」はこのマドボタルの可能性が高いと考えてよい(この最後の部分は実はウィキの「ヒカリキノコバエ」に拠った。このヒカリキノコバエ(有翅昆虫亜綱新翅下綱内翅上目ハエ目長角亜目ケバエ下目キノコバエ上科キノコバエ科ヒカリキノコバエ(光茸蠅)属 Arachnocampa の幼虫は青白い光を発することから「土蛍(ツチボタル)」という通称で知られているのであるが、ご覧の通り、その成虫はホタルではなくてハエであり、しかも本邦には本種は棲息せず、オーストラリアやニュージーランドなどの洞窟にのみ分布するので注意されたい)。

・「査」本文で示した通り、「宵(よひ)」の誤り。「本草綱目」の「蟲部」(化生部)の「螢火」の「集解」の後半には、

   *

時珍曰、「螢有三種。一種小而飛、腹下光明、乃茅根所化也。呂氏「月令」所謂「腐草蛆」、明堂「月令」所謂、「腐草化爲蠲」者是也。其名宵行、茅竹之氣、遂變化成形爾。一種水螢、居水中、唐李子卿、「水螢賦何爲而居泉」、是也。入藥用飛螢。

   *

とある(下線太字やぶちゃん)。

・「茅根〔(かやのね)〕の化す所なり」後の「腐草、化して、螢と爲る」「竹根の化する所」などとともに中国の本草書が一様に化生類としてしまった元凶の濫觴である。

『呂氏の「月令」』秦の呂不韋の編になる百科全書的史論書「呂氏春秋」(成立年は未詳であるが、その大部分は戦国時代末期の史料に基づくと想定されている)の中の「月令(がつりょう)」。「月令」とは古漢籍に於いて月毎(ごと)の自然現象・古式行事・儀式及び種々の農事指針などを記したものを指す一般名詞である。

・「腐草、化して、螢と爲る」東洋文庫版(訳)の注には、これについて『現行の『呂氏春秋』は「腐草化爲蚈」である。漢の高誘の注に、「此書舊本作腐革化為蛍。蚈衍蛍字」とある』とある。しかし、この字は原義が蛍であり、次にヤスデ(多足亜門ヤスデ上綱倍脚(ヤスデ)綱 Diplopoda の意とあり、現代の中文サイトでもちゃんと蛍の意としている

・「蠲〔(けん)〕」実はこれこそヤスデ類を指す漢語である。

・『明堂の「月令」に所謂る、「腐草、化して蠲と爲る」とは是れなり』東洋文庫版(訳)の注には、これについて『明堂の「月令」とは『礼記』の月令のことであろう。現行の『礼記』は「腐草化為蛍」である。清の段玉裁の『説文解字注』に、「明堂月令曰腐草化為蠲」に注して、「許(『説文解字』)所拠者古文古説」とある』とある。しかし、考えてみると、腐った草は蛍よりぞわぞわしたかのヤスデ類の方が私はしっくりくるとは言っておこう。

・「水螢」これは以下の「濕熱の氣に感じて、遂に變化して形を成す」とあることから、大陸でホタル類の幼虫を広汎に指す語と考えてよかろう。しかし、とすれば、中国の本草学者は変態を観察しており、突如、全く異なったもの(カヤの根っこや腐った雑草)が化生して蛍になったとは思っていなかったことが判る。こうした段階を踏んだ完全変態を、しかし、狭義の意味での中国博物学に於ける「化生」としていいもんなのかなあ? 時珍先生に伺ってみたくなったわい。

・「照幽夜明の義」幽(かすかにして暗い状態)を照らし、夜にあって明るい光りを放つという蛍という生物の生態現象。

・「螢火丸」(けいかがん)はホタルを主製剤とした薬剤名。

・「螢火」先に示した「本草綱目」項目名で判る通り、ホタルのこと。ここは成虫個体(或いは幼虫も含まれるか)を乾燥させた生薬名と思われる。

・「鬼箭羽〔(きせんう)〕」本邦のニシキギ目ニシキギ科ニシキギ属ニシキギ Euonymus alatusの茎についている翼状の付属物や、それを含めた枝の部分漢方での生薬名。月経不順・消炎・鎮痛・鎮静に用いられる。

・「蒺黎〔(いつれい)〕」ハマビシ目ハマビシ科ハマビシ属ハマビシ Tribulus terrestris。本邦では温暖な地方の砂浜に生える海浜植物であるが、乾燥地帯では内陸にも植生する。現在のハーブとして健康食品などに入れられており、果実を乾燥したものは「疾黎子(しつりし)」という生薬名で利尿・消炎作用を効能としている。

・「一兩」以前に注したが、明代のそれは三十七・八グラム。

・「雄黃」鶏冠石。毒性が強いことで知られる三酸化二砒素(As2O3 :英名 Arsenic trioxide)を含む。

・「雌黃」現行では前の「雄黃」と同一物であるが、前者が赤みを強い帯びたもの、こちらは黄味の強いものを指すのかも知れぬ。

・「羖羊角〔(こようかく)〕」東洋文庫版の割注には『黒ひつじの角か』とあるが、調べてみると、確かに中文医学のサイトではそうした記載もあるのではあるが、実はこれはマメ目マメ科ジャケツイバラ亜科サイカチ属サイカチ Gleditsia japonica 或いはその枝の棘を指す語でもあるようであり、それは漢方では「皂角刺」と称して腫れ物やリウマチに効くとされる、とウィキの「サイカチ」にはあった。

・「煅(ひいれ)して性を存〔(のこ)すもの〕」東洋文庫版の割注訳には『性質が損なわれぬように煆(ひいれ)したもの』とある。「煅」は「薬石を火に入れて焼く」の意、「煆」は強い熱を加えるという意ではあるが、私の持つ原典では明らかに「煅」であることは断わっておく。

・「礬石〔(ばんせき)〕」明礬石(みょうばんせき)。カリウムとアルミニウムの含水硫酸塩鉱物。ここは「火燒」きしたものとあるから、「焼きミョウバン」(カリミョウバンの無水物)で現在も食品添加物として使用される。

・「鐵鍾〔(てつしよう)〕の柄〔(え)〕の鐵の入る處」よく分らないが、鉄製の鐘を吊り下げるための木製の支えで、その鐘の鉄製の突起が嵌められてあった箇所の木片ということであろうか? 識者の御教授を乞う。

・「雞子」(けいし)は鶏卵のこと。

・「黃丹」これは鉛丹(えんたん)で四酸化三鉛(Pb3O4)を主成分とする赤色の無機顔料であるが、鉛を多量に含むため、有毒である。

・「雄雞〔おんどり〕の冠(とさか)」「とさか」は原典のルビなのだが、これって実は「雄雞冠」でナデシコ目ヒユ科ケイトウ属ケイトウ Celosia argentea のことじゃないかなあ? と私は疑っている。干した花は漢方としてあり、アルカロイドやトリテルペノイドを含み、止血作用があるようではある。

・「一具」「螢火」からここまでの以上総て。

・「千下〔(せんど)〕」中国語の「下」には回数の「度」の意味があることから、かく当て訓した。

・「丸〔(ぐわん)〕にして」丸薬にして。

・「杏仁(きやうにん)」杏(あんず)の種。

・「三角の絳囊(もみぶくろ)」ケーキや菓子作りのデコレーションに用いる三角形のハトロン紙や布を巻き上げたコルネ(フランス語:cornet:「小さな角笛」の意)のようなものか。

・「五丸」その丸薬五粒。

・「五兵」中国に於ける戦闘用の五大武器。幾つかの説があるが、東洋文庫版の割注に従うなら、弓矢(ほこ:長い棒で、刃はなく、木或いは竹を束ねて作られたもの)・(ほこ:金属製の穂先を槍同様に柄と水平に取り付けたもの)・(ほこ:穂先を柄の先端に垂直に取り付け、前後に刃を備えたもの)・(げき:「矛」と「戈」の機能を併せ持ったもので両方に枝が出た三つ叉(また)のもので、漢代に於いて既に鉄製であった)。

・「漢の冠軍將軍武威太守劉子南」「冠軍將軍」「武威太守」は肩書き。「太平廣記」の「神仙十四」の「劉子南」に「神仙感遇傳」なるものを出典として、まさに以下のようにある。

   *

劉子南者、乃漢冠軍將軍武威太守也。從道士尹公、受務成子螢火丸、辟疾病疫氣、百鬼虎狼、虺蛇蜂蠆諸毒、及五兵白刃、賊盜凶害。用雄黃雌黃。各二兩。螢火鬼箭蒺各一兩。鐵槌柄燒令焦黑。鍜竈中灰羖羊角各一分半。研如粉麵。以鷄子黃並丹雄雞冠血。丸如杏仁大者。以三角絳囊盛五丸、常帶左臂上、從軍者繫腰中、居家懸戸上、辟盜賊諸毒物。子南合而佩之。永平十二年、於武威邑界遇虜、大戰敗績。餘衆奔潰。獨為寇所圍。矢下如雨、未至子南馬數尺、矢輒墮地、終不能中傷。虜以爲神人也、乃解圍而去。子南以教其子及兄弟為軍者、皆未嘗被傷、喜得其驗、傳世寶之。漢末、靑牛道士封君達得之、以傳安定皇甫隆、隆授魏武帝、乃稍傳於人間。一名冠軍丸。亦名武威丸、今載在「千金翼」中。

   *

・「堀川百首」平安後期の百首歌。「堀河院百首」他の呼称がある。康和四(一一〇二)年から翌年頃にかえて詠まれた複数の歌人の和歌を纏めて長治元(一一〇四)年頃に堀河天皇に献詠したものか。源俊頼・藤原基俊ら当時の歌人十四名の百首歌を収めている(やや異なった人選のものも伝わる)。

・「五月雨に草の庵は朽つれども螢と成るぞ嬉しかりける」平安後期の公卿で博覧強記の学者・歌人として知られた大江匡房(長久二(一〇四一)年~天永二(一一一一)年)の「堀川百首」中の一首(第四六六番)。この歌を良安が引いたのは、この歌自体が「礼記」の「月令」を下敷きにしたものだからである。

・「三、四分」一センチ弱から一・二センチメートル。ちょっと標準より小さめの数値である。

・「臭(くさ)き氣(かざ)有り」種によって異なるが、多くのホタルは強い圧迫を加えると体の特定の場所から粘液質の体液を出し、この物質は時間が経つと堅くなって、非常に不快な臭いを発し、これは自己防御反応と考えられている。私は生憎、その匂いを嗅いだことがないのだが、ネット上では厭な匂いとする記載が多い。

・「江州石山寺」現在の滋賀県大津市石山寺にある真言宗石光山石山寺。(グーグル・マップ・データ)。

・「溪谷(たに)【試(こゝろみ)の谷と名づく。】」「螢谷」石山寺の北北西五百メートルほどの位置(瀬田川右岸)に現在、滋賀県大津市螢谷という地名及び同名の公園がある。

・「長さ、常の倍なり」井上誠氏の論文「千丈川におけるホタル生息状況について」(PDFでネット上からダウン・ロード可能)を見るに、これはゲンジボタル Luciola cruciate である。

・「北は勢多橋に至る【二町許り。】」「二町」は二百十八メートル。現在の大津市螢谷の町域の北の端からは百七十九メートルで瀬田の唐橋西詰に至る。

・「南は供江瀬〔(くがうのせ)〕に至る【二十五町。】」「二十五町」は約二・七キロメートル。これは「供御瀨(くごのせ)」のことで、現在の滋賀県大津市田上黒津(たなかみくろづ)町付近にあった浅瀬のこと。ここには天皇や将軍の食膳に供するために「田上の網代(あじろ)」が設けられて氷魚(ひうお:鮎の稚魚)を漁ったことからこの名が生まれたと伝えられている。現在の黒津地区と石山寺の距離はここに示された距離と完全に一致する。

・「十丈」三十メートル強。ホタルの飛翔可能高度はより飛ぶことの出来るでも十メートル程度で、これはかなりの誇張表現である。

・「芒種」(ぼうしゅ)は二十四節気の第九で旧暦四月後半から五月前半に当たる。現在の六月六日頃。芒(のぎ:イネ科植物の果実を包む穎(えい:籾殻にある棘状の突起)のこと)のある穀物の種を蒔く頃の意。

・「夏至」芒種の次の節気で旧暦の五月の内。現在の六月二十一日頃。

・「山州」山城国。

・「小暑」夏至の次の節気で旧暦の五月後半から六月前半。現在の七月七日頃。梅雨明けが近づき、暑さが本格的になる意。

・「宇治橋」京都府宇治市宇治里尻の宇治川(瀬田川下流の京都府内になってからの呼称)に架橋するそれ。(グーグル・マップ・データ)。

・「源の頼政の亡魂と爲〔(す)〕る」概ね平家によって排された源氏の一党の中で中央政権で命脈を保ちながら、治承四(一一八)年に後白河天皇の皇子以仁王と結んで、平家討伐の挙兵を計画、諸国の源氏に平家打倒の令旨を伝えるも、平家の追討を受けて宇治平等院の戦いで敗れ自害した源三位頼政(長治元(一一〇四)年~治承四(一一八〇)年)。ウィキの「ゲンジボタル」には、『平家打倒の夢破れ、無念の最期を遂げた源頼政の思いが夜空に高く飛び舞う蛍に喩えられた』とあり、『平家に敗れた源頼政が亡霊になり蛍となって戦うと言う伝説があり、「源氏蛍」の名前もここに由来している』とほぼ断定的に言いつつ、その後で、『また、腹部が発光する(光る)ことを、「源氏物語」の主役光源氏にかけたことが由来という説もあり、こちらの場合は清和源氏とは関係はない』。『より小型の別種のホタルが、最終的に源平合戦に勝利した清和源氏と対比する意味で「ヘイケボタル」と名づけられたという説もある』と記す。なお、頼政の家集には、

 

 いざやその螢の數は知らねども玉江の蘆の見えぬ葉ぞなき

 

という大治四(一一二九)年の吟が残り、先の井上氏の論文では或いはこの一首は石山寺のゲンジボタルを詠んだものではないかとされておられる。化生説を馬鹿の一つ覚えで繰り返す良安の「笑止」なんぞより、遙かに私には腑に落ち、共感したことを述べて終りとしよう。]

2017/06/10

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 螻蛄(ケラ)

Kera

けら   大螻 土狗

 𧎅◦仙姑

螻蛄 【和名介良

     又異名多】

レウ゜クウ

 

蟪蛄【與蟬同名】螻蟈【與蛙同名】石鼠【與碩鼠同名】梧鼠【與飛生同名】

本綱螻蛄善穴土而居夜則出外求食短翅四足雄者善

鳴而飛立夏後至夜則鳴其聲如蚯蚓雌者腹大羽小不

善飛翔吸風食土喜就燈光入藥用雄用火燒地赤置螻

於上任其跳死覆者雄仰者雌也此蟲有五能而不成一

技其五能能飛不能過屋能𦂁不能窮木能游不能度谷

能穴不能掩身能走不能免人

螻蛄【鹹寒有毒】利大小便通石淋除水腫甚効【但其性急虛人戒之】

此蟲自腰以前甚澁能止大小便自腰以後甚利能下

大小便

△按螻蛄能治小鳥病養鸎者如有煩則取螻蛄爲餌卽

時活有神効諺謂百舌鳥喜則螻蛄憤者是也

 

 

けら   大螻〔(たいらう)〕 土狗〔(どく)〕

 𧎅〔(こく)〕 仙姑〔(せんこ)〕

螻蛄   【和名、介良〔(けら)〕。又、異名、多し。】

レウ゜クウ

 

蟪蛄〔(けいこ)〕【蟬と同名。】螻蟈〔(らうかく)〕【蛙と同名。】石鼠【碩鼠〔(せきそ)〕と同名。】梧鼠【飛生〔(ひせい)〕と同名。】

「本綱」、螻蛄、善く土に穴して居す。夜、則ち、外に出でて食を求む。短き翅、四足。雄は善く鳴きて飛ぶ。立夏の後、夜に至つて、則ち、鳴く。其の聲、蚯蚓(みゝづ)のごとし。雌は、腹、大に、羽、小にして、善く〔は〕飛び翔(かけ)らず。風を吸ひ、土を食ふ。喜びて燈光に就く。藥に入るには雄を用ふ。火を用ひて地を燒き、赤〔(せき)〕に〔なし〕、上に螻〔(けら)〕を置く。其の跳死〔(とびじに)〕するに任せ、覆(うつふ)く者は雄なり。仰(あふむ)く者は雌なり。此の蟲、五つの能〔(のう)〕有りて、而〔も〕一技(げい)を〔も〕成さず。其の五能は、能く飛べども屋〔(をく)〕を過〔(すぐ)〕ること能〔(あた)〕はず。能く、𦂁(のぼ)れども、木を窮〔(きはむ)〕ること能はず。能く游(をよ)げども、谷を度〔(わた)る〕こと能はず。能く穴〔(あな)〕ほれども、身を掩〔(おほ)ふ〕こと能はず。能く走れども、人〔を〕免〔(まぬか)〕ること能はず。

螻蛄【鹹、寒。毒、有り。】大小便を利し、石淋を通す。水腫を除くに甚だ効あり【但し、其の性〔(しやう)〕、急なり。虛人、之れを戒む。】

此の蟲、腰より以前、甚だ澁〔(しぶ)〕り、能く大小便を止〔(と)〕む。腰より以後は、甚だ利し、能く大小便を下〔(くだ)〕す。

△按ずるに、螻蛄、能く小鳥の病〔ひ〕を治す。鸎〔(うぐひす)〕を養ふ者、如(も)し、煩ふこと有れば、則ち、螻蛄を取〔り〕て餌と爲〔(す)〕れば、卽時に活〔(かつ)〕す。神効有り。諺に謂ふ、「百舌鳥(つぐみ)喜(よころ)べば、則ち、螻蛄憤る」とは是れなり。

 

[やぶちゃん注:直翅(バッタ)目剣弁(キリギリス)亜目コオロギ上科ケラ科 Gryllotalpidae のケラ類であるが(「本草綱目」があるので、まずはここまでで、一旦、示す)、本邦産のそれはグリルロタルパ(ケラ)属ケラ Gryllotalpa orientalis である。ウィキの「ケラ」によれば、『世界中の熱帯・温帯に多くの種類が分布している。日本では』「おけら」という『俗称で呼ばれることも多い。なお「虫けら」とは虫全般を指すのであって、ここでいうケラとは関係ない』。成虫の体長は三センチメートルほどだが、大型種では五センチメートル程に達するものもいるという。『全身が褐色で、金色の短い毛がビロードのように密生する。他のキリギリス亜目昆虫と比べて触角や脚が短い。頭部と前胸部は卵型で、後胸部・腹部は前胸部より幅が狭い。尾端には触角と同じくらいの長さの尾毛が』二本ある。『成虫には翅がある。長さは種類や個体によって異なるが、おおむね前翅は短く、後翅は長い。他のコオロギ類と同様』に『オスの前翅の翅脈は複雑で、鳴くための発音器官があるが、メスの翅脈は前後に平行に伸びた単純なものである』が、『ケラ類はメスもわずかに発音できる』。『前脚は腿節と脛節が太く頑丈に発達し、さらに脛節に数本の突起があって、モグラの前足のような形をしている。この前脚で土を掻き分けて土中を進む。手の中に緩く囲うと指の間を前脚で掻き分けて逃げようとする様子が体感できる。その他に、頭部と胸部がよくまとまって楕円形の先端を構成すること、全身が筒状にまとまること、体表面に細かい毛が密生し、汚れが付きにくくなっていること等もモグラと共通する特徴である。なお、モグラは哺乳類でケラとは全く別の動物だが、前脚の形が似るのは収斂進化』(しゅうれんしんか:convergent evolution:複数の全く種としては異なる群の生物が同様の生態的地位に棲息を続けた結果、系統とは無関係に身体的特徴が非常に似通った姿に進化する現象を言う)『の例としてよく挙げられる』。属名Gryllotalpa(グリルロタルパ)は“Gryllo”が「コオロギ」、“talpa”が「モグラ」の意である。また、英名“Mole cricket”も『「モグラコオロギ」の意である』。『草原や田、畑などの土中に巣穴を掘って地中生活する。巣穴は大まかにはねぐらとなる地面に深く掘られた縦穴と、そこから伸びる、地表直下を縦横に走る餌を探すための横穴からなる。乾燥した硬い地面よりも、水を多く含んだ柔らかい泥地や湿地に多く、そうした環境の地表にはしばしば先述の横穴が盛り上がって走っているのが認められる。成虫幼虫ともに食性は雑食性で、植物の根や種子、他の小昆虫、ミミズなどさまざまな動植物質を食べる収斂進化の類例に挙がるモグラと同様、運動量、代謝量が膨大であるため、水分不足、飢餓に大変弱い。水分が得られないと一晩程度で死んでしまう』。『土をただ起こしても見つけにくいが、田植え前の代掻き(しろかき)の際などは土を起こした際に水上に浮かんでくるので見つけやすい。水上では全身の短毛が水を弾いてよく水に浮き、脚で水面を掻いてかなりの速度で泳ぐ。また、地中生活するうえに前翅が短いため飛ばないようにも見えるが、長く発達した後翅を広げてよく飛び、夜には灯火に飛来する。若齢幼虫は多くのコオロギ類同様よく跳ねるが、成長するとむしろよく走り、飛翔の予備動作として跳ねるぐらいである』。『行動可能範囲をまとめると、地中を掘り進み、水上を泳ぎ、空を飛び、地上を歩くと、様々な環境に対応しており、昆虫界のみならず、生物全体から見ても、対応範囲が非常に広い生物である』(現代の生物学上では本文と異なり、かれらの能力は高く評価されている点に注意されたい。但し、後の部分ではその能力の限界性が「おけら」の別な悪しき意味の語源である旨が書かれてもいる)。『オスは初夏によく鳴き、巣穴を共鳴室として使って鳴き声を大きく響かせる。鳴き声は「ジー……」とも「ビー……」とも聞こえる連続音。地中から聞こえるため、日本では古来「ミミズの鳴き声」と信じられてきた』。『卵は巣穴の奥に泥で繭状の容器をつくってその中に固めて産みつけ密閉し、親がそばに留まって保護する。孵化する幼虫は小さいことと翅がないこと、よく跳ねること以外は成虫とよく似ており、しばらく集団生活した後に親の巣穴を離れて分散すると成虫と同様の生活をする』。『天敵は鳥類、カエル、イタチ、タヌキ、モグラなどである。ことにムクドリはケラの多くいる環境ではケラをよく摂食していることが知られている。鳥が好んで食べることから、江戸時代は江戸城大奥で愛玩用に飼育されている小鳥の餌として、江戸近郊の農村にケラの採集と納入が課せられていた』。『また、幼虫・成虫に産卵し捕食寄生する寄生バチや、麻酔して産卵する狩蜂がいる』。『食用や民間療法の薬などに使う地域もあるが、日本では先述の江戸城大奥での愛玩動物用の飼料としての利用を除いては特に利用はされず、むしろ農作物の地下部分を食害する害虫とみなされてきた』。『所持金がない状態を「おけら」、遊泳、疾走、跳躍、飛翔、鳴き声、穴掘りなど多芸だが』、『どれも一流の能力でないとみなして器用貧乏な様を「おけらの七つ芸」、あるいは「けら芸」というなど、いずれもあまり良い意味に使われない』。『子供のおもちゃとしては、掌に握り込むと前足で指の間などをかき分けようとするのを喜ぶ、というものがある。これを両手を広げる動作に結びつけてはやし立てる遊びもあるようで』ある(私は、幼稚園の頃、父が庭のケラを採ってきて、「ター坊(私のこと)のちんちんどれくらい?」と言い、ケラに両手を広げさせて「これっくらい。」と囃したのをよく覚えている)。二十『世紀後半頃からは人間が土に触れる機会が減少し、ケラも個体数を減らした。そのためケラを目にしても何の虫かわからないという人が増えている』そうである。哀しいことだ(下線やぶちゃん)。なお、事実確認していないが、あるブログ記事に、ケラの交尾はの背に乗って行われるとあった

「土狗」中文ウィキの「螻蛄」によれば、香港での異名とする。因みに、そこではグリルロタルパ(ケラ)属グリルロタルパ・ブラキプテラGryllotalpa brachyptera を主画像に採用している。

「異名、多し」ここに出る以外にも(主に漢方の生薬名)「杜狗」「津姑」「炙鼠」「拉蛄」「仙古」などがある。

「碩鼠」「詩經」の「魏風」に出る古語。大鼠(おおねずみ)のこと。

「飛生」齧歯(ネズミ)目リス亜目リス科リス亜科 Pteromyini 族ムササビ属 Petaurista のムササビ類。

「立夏」現在のグレゴリオ暦では五月四日から七日頃。前世紀末から今世紀前半(二〇二五年)は圧倒的に五月五日である。

「其の聲、蚯蚓(みゝづ)のごとし」ここは「本草綱目」では北宋の本草家冦宗奭(そうせき)の恐らくは「本草衍義」(一一一九年成立)からの引用で、『宗奭曰、「此蟲立夏後至夜則鳴、聲如蚯蚓、「月令」「螻蟈鳴」者是矣』とある。「いやいや、そうせき先生、それは逆でげす。中国も日本も、まあ、永い間、永い間、ケラの鳴き声をミミズの鳴き声と誤認してきたんですぜ!」

「風を吸ひ、土を食ふ」ははん! だから別名が「仙姑」なんだな! これ! 無論、そんなんじゃその日のうちに死んじまいますぜ! 先に引いた通り、成虫・幼虫ともに雑食性で、『植物の根や種子、他の小昆虫、ミミズ』(鳴き声を盗られた恨み骨髄じゃん!)など、『さまざまな動植物質を食べる』んでございますぞ! 時珍センセ!(『時珍曰、「螻蛄穴土而居、有短翅四足。雄者善鳴而飛、雌者腹大羽小、不善飛翔。吸風食土、喜就燈光。入藥用雄。或云用火燒地赤、置螻於上、任其跳死、覆者雄、仰者雌也』下線太字はやぶちゃん)

「火を用ひて地を燒き、赤〔(せき)〕に〔なし〕」石の上か。でないと灼熱しても赤くはならんぜよ。

「屋」家屋。

「能く𦂁(のぼ)れども」東洋文庫版訳は『よく這うのに』とするが、これはおかしい。採らない。但し、調べた限りでは「𦂁」の字に「のぼる」とか「はう」の意はなく、佩玉(はいぎょく)などに通す組紐、或いは遺体を覆う衣服の意である。不審。

「人〔を〕免〔(まぬか)〕る」捕えようとする人間から逃げる。

「石淋」以前に注したが、「せきりん」は尿路結石症を伴う排尿が困難になる障害を指す。「水腫」ここは広義の「浮腫(むく)み」のこと。

「急」急激な効果を発生させること。

「虛人」漢方で人の体質を二分(あるいは三分)する法の一つである、「虚証」のこと。栄養状態が悪く、体型は水太り或いは真逆の痩せ型を呈し、声が弱々しく、皮膚に艶(つや)がなく、筋肉も弾力性を失い(特に腹筋が薄く緊張に欠ける)、食事のペースも鈍(のろ)く、過食すると胃もたれを生じ易く、冷たい物を食べると腹痛や下痢を起こ易い。暑さや寒さに弱いことが大きな虚証の特徴で、夏バテを起こし、寝汗を多くかく人が多い。因みに反対語は「実証」(筋肉質の堅固な体格で消化器系も健やか、一日でも便秘をすると不快に感じ寒暑をあまり感じず、通常は寝汗をかかない)で、その実証と虚証の中間相のバランスのとれた状態を「中間証」と言うのだそうである(信頼出来る漢方サイトの解説を参照した)。

「澁り」これは「現象がすらすらと進行しない・滞る」の意。なお、激しい下痢と勘違いしている人が多いので一言言っておくと、「渋り腹(しぶりばら)」 というのは、「裏急後重」とか「結痢」とも称し、下痢の一種ではあるが、激しい便意を感じるものの、殆んど大便が出ない症状を指す

「鸎」鶯の異体字。

「百舌鳥(つぐみ)喜(よころ)べば、則ち、螻蛄憤る」「日本国語大辞典」の「つぐみ」の項に「つぐみ喜べば螻蛄腹立てる」という諺が載るが、もずには載らない。それによれば、『鶫を捕えるには螻蛄をえさとして繋いでおく』『ことから)一方が喜べば一方が怒るというように両者の利害が反すること』と記し、用例として「譬喩尽」(たとえづくし:諺(ことわざ)集で全八巻。松葉軒東井(しょうようけんとうせい)の編に成り、天明七(一七八七)年に成立であるから、江戸中期には既に諺として知られていたと考えてよかろう)が挙げられてある。先に引用したウィキにも『天敵は鳥類』と筆頭に挙げており、殊にムクドリ(スズメ目ムクドリ科ムクドリ属ムクドリ Sturnus cineraceus)は『ケラの多くいる環境ではケラをよく摂食していることが知られている。鳥が好んで食べることから、江戸時代は江戸城大奥で愛玩用に飼育されている小鳥の餌として、江戸近郊の農村にケラの採集と納入が課せられていた』とある。問題は「百舌鳥(つぐみ)」のルビである。「百舌鳥」は普通は「もず」と読み、

スズメ目スズメ亜目モズ科モズ属モズ Lanius bucephalus

で、一方、「つぐみ」(普通は「鶫」)は、

スズメ目ツグミ科ツグミ属ツグミ Turdus eunomus

であって、モズには特徴的なアイ・ラインがあり、「百舌の速贄(はやにえ)」で知られる通り、小さな猛禽と言え、モズは自分よりがたいの大きなツグミを摂餌生物として襲うことさえもあるのであって、一緒くたや誤認のしようがないと私は思う。但し、両種ともに雑食性で昆虫類を好むから、ケラも格好の摂餌生物ではある。私はしかし「百舌鳥」或いは「百舌」と書いて「つぐみ」と読ませる例を知らぬ。或いはそんな例があるのであろうか? 識者の御教授を乞うが、前の「日本国語大辞典」の記載から見て、これは良安の漢字表記の誤りと考えた方がよいように思われる。]

 

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 天牛(カミキリムシ)

Kamikirimusi  

かみきりむし 大水牛

       八角兒

天牛     獨角仙【一角天牛】

      【和名髮切蟲】

テンニウ

 

[やぶちゃん注:以下、特異的に、本文に先立って、図(中央)と見出し柱(下部)の、その上に良安の附説がある。東洋文庫注によれば、この附説は杏林堂版には存在しないとある。]

 

△按天牛大不如蟬

一寸余而正黒色畧

近于吉丁蟲形羽厚

不能遠飛吻有如鋏

者能切髮又蟷螂莎

雞蝗之類又切髮也

 

本綱天牛【有毒】大如蟬黒甲光如漆甲上有黃白點甲下

有翅能飛目前有二黒角甚長前向如水牛角能動其喙

黒而扁如鉗甚利亦似蜈蚣喙六足在腹乃諸樹蠹蟲所

化也夏月有之出則主雨在其桑樹者爲囓桑【一名囓髮又名壤】

羅山文集天牛蟲詩云血餘毎被此蟲抽須未曾饒黒白

 頭舌上剃刀分寸許蟬冠萬髮汝知不

一種飛生蟲【天牛別類】狀如囓髮頭上有角其角無毒【與鼺鼠同名】

 

 

かみきりむし 大水牛

       八角兒

天牛     獨角仙【一角天牛。】

      【和名、髮切蟲(かみきりむし)。】

テンニウ

 

[やぶちゃん注:訓読では、今までの他章と同様に最後にこれを持って行き、注もその順で附した。漢詩は正字に変えた白文を示し、その後に改めて訓読文を附加した。詩の前後は行空けした。]

 

「本綱」、天牛【毒、有り。】大さ、蟬のごとし。黒き甲、光り、漆〔(うるし)〕のごとく、甲の上に黃白の點、有り。甲の下に翅〔(はね)〕有りて、能く飛ぶ。目の前に二〔(ふたつ)〕の黒角〔(こくかく)〕、有り、甚だ長く、前(まへ)に向て、水牛の角〔(つの)〕ごとく、能く動〔うごか〕す。其の喙(くちはし)、黒くして扁〔(ひらた)〕く鉗(はさみ)のごとく、甚だ利なり。亦、蜈蚣〔(むかで)〕の喙に似る。六足、腹に在り。乃〔(すなは)〕ち、諸樹の蠹蟲(きおくいむし)の化する所なり。夏月、之れ、有り。出ずる時は則ち、雨を主〔(つかさど)〕る。其の桑樹に在る者は囓桑〔(けつさう)〕と爲〔(な)〕す【一名、囓髮(けつぱつ)、又、壤(じやう)と名づく。】。

「羅山文集」、「天牛蟲」の詩に云く、

 

 血餘每被此蟲抽

 須未曾饒黑白頭

 舌上剃刀分寸許

 蟬冠萬髮汝知不

  血餘(かみ) 每〔(つね)〕に此の蟲に抽〔(ひ)〕かる

  須らく未だ曾つて饒(あ)かず 黑白頭〔(こくびやくとう)〕

  舌上(ぜつじやう)の剃刀(かみそり) 分寸〔(ぶすん)〕許〔(ばか)〕り

  蟬冠〔(ぜんくわん)〕萬髮〔(まんぱつ)〕 汝 知るやいなや

 

一種、飛生蟲【天牛の別類。】、狀、囓髮〔(かみきりむし)〕のごとく、頭上に、角、有り。其の角、無毒【鼺鼠〔(むささび)〕と、名、同じ。】。

△按ずるに、天牛、大さ、蟬のごとからず、一寸余りにして、正黒色、畧〔(ほぼ)〕、吉丁蟲(たまむし)の形に近く、羽、厚く、遠く飛ぶこと能はず。吻に鋏〔(はさみ)〕のごとくなる者有りて、能く髮を切る。又、蟷螂〔(かまきり)〕・莎雞(きりぎりす)・蝗(いなご)の類も又、髮を切るなり。

 

[やぶちゃん注:主記載のそれは「黒き甲、光り、漆のごとく」で「甲の上に黃白の點」があるところから、本邦産カミキリムシの最大種である、全体の地が灰褐色で、前翅に黄色の斑紋や短い筋模様が並び、前胸の背中側にも二つの縦長の斑点があり、これらの模様が死ぬと白色になるところの、鞘翅(コウチュウ)目カブトムシ亜目ハムシ上科カミキリムシ科フトカミキリ亜科シロスジカミキリ族シロスジカミキリ属シロスジカミキリ Batocera lineolata に同定してよいであろう。

「雨を主〔(つかさど)〕る」東洋文庫版訳では『雨が降る』とある。結果はそうだが、「主」には「降る」という意味はない。

「囓桑」幼虫の食草・食樹は種類によって概ね決まっているが、複数の樹に適応するものも多く、桑だけでは(バラ目クワ科クワ属 Morus のクワ類はカミキリムシ類で広汎に好まれる樹種である)種同定は困難である。現代中国語では、この漢名を持つ種は見当たらないようである。但し、以下の「壤」を東洋文庫版では誤字として『蠰』とするが、この字は漢和辞典では「くわかみきり」と出、本邦ならばこれはフトカミキリ亜科シロスジカミキリ族クワカミキリ属クワカミキリ Apriona japonica の和名である。但し、これが中国にも棲息し、「本草綱目」のこれや「囓髮」と同一種或いはごく近縁種であるかどうかはインセクタでない私には何とも言えない。学名や諸記載から見る限りでは大陸には本種は棲息しないような感じがする。

「羅山文集」江戸初期の朱子学者林羅山(天正一一(一五八三)年~明暦三(一六五七)年)の詩文集。この詩「天牛蟲」は、東洋文庫版の割注によれば、同文集の「詩集」の「卷第五十七」の「十二蟲」にある「髮切蟲」である。

「血餘」漢方で「頭髪」を指す。「血」の養分の「余」りから生じた体の一部と考えたのである。

「汝知不」東洋文庫版は『汝知るや知らずや』と訓じているが、訓点ではそのようには私は読めない。「この詩、全体の意味がよく分らぬ」ここに注したところ、教え子が以下のような返信を呉れた。

   《引用開始》

 

Fan_zhongyan

 

先生。羅山の漢詩、私は次のように解釈します。「須」を副詞と取ると未曾に繋がりにくいので、髭と理解します。「蝉冠」は漢民族の王朝における高官の冠。ここでは高官の暗喩です。蝉の羽根または蝉の図案を冠に付けるのでこの名称があります。北宋の大官範仲淹と言われている肖像をご参考までにここに貼り付けます。[やぶちゃん注:教え子が張りつけたものと同一の、ウィキの「範仲淹のパブリック・ドメイン画像を上に張り付けておいた。]額の上部にひとつ付いている図案、側面に三つ付いている図案、いずれも蝉です。では、詩四行の意味をまとめます。

 

髪の毛はいつもこの虫に引っ張られてしまう

白髪交じりの老いぼれには髭さえ豊かに蓄えられたことがない

お前の口にある剃刀はほんの小さな代物だね

高官が隠し持つ眼に見えぬ豊かな髪の毛をお前は知っているか

 

つまり、カミキリムシに託して、老人の負け惜しみと、高官としての矜持を歌った詩ではないでしょうか。

   《引用終了》

これで、すこぶる、腑に落ちた。

「飛生蟲」種同定不能。調べてみると、これ、カブトムシの意味もある。

「其の角、無毒」いやいや、そもそもがカミキリムシの角(触角)には毒はないでっしょう!

「鼺鼠〔(むささび)〕」読みは東洋文庫版に拠った。齧歯(ネズミ)目リス亜目リス科リス亜科 Pteromyini 族ムササビ属 Petaurista のムササビ類には、現在もこれとか、「鼯鼠」(中文ではこちら)の漢字が当てられている。

「吉丁蟲(たまむし)」鞘翅目多食(カブトムシ)亜目 Elateriformia 下目タマムシ上科タマムシ科 Buprestidae の玉虫類。

「莎雞(きりぎりす)」直翅(バッタ)目剣弁(キリギリス)亜目キリギリス下目キリギリス上科キリギリス科キリギリス亜科 Gampsocleidini 族キリギリス属 Gampsocleis のキリギリス類。「螽蟖」や「螽斯」はよく見かけるが、これは正直、初めて見た。「雞」は「鷄」、「沙鶏」とも書く。何となく納得出来る。]

2017/05/22

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 天漿子 (ナミハナアブの幼虫に同定)

Namihanaabu

くそむし 糞蟲 屎蟲

天漿子

     【俗云久曾無之】

 

和劑局方以糞蟲爲天漿子本綱以雀甕中子爲天

 漿子入門云治驚風可用雀甕子治疳方須用此天漿

 子六月取入布袋置長流水中三日夜晒乾爲末此蟲

 夏月生糞尿中初生如蛹白色老則灰色有節長尾無

 足滾行而形似萊菔子莢羽化爲大蠅【形似俗云布牟布牟虫云】

[やぶちゃん注:「」=(上)「L」字形の内部に「人」+(下)「虫」。東洋文庫は「虻」の字を当てており、事実、原典でも読みとして「アブ」と振っているので、訓読では「虻」を用いることとする。]

避屎蟲咒歌 書之貼厠口則不日屎蟲消散但可倒貼

[やぶちゃん注:以下の字配はブラウザの不具合を考慮して上げた。]

今年より卯月八日は吉日よ尾長くそ虫せいばいそ
                     す

 

 

 

くそむし 糞蟲〔(くそむし)〕 屎蟲〔(くそむし)〕

天漿子

     【俗に云ふ、「久曾無之〔(くそむし)〕」。】

 

按ずるに、「和劑局方」には糞蟲を以つて天漿子〔(てんしやうし)〕と爲〔(な)〕す。「本綱」には、雀甕(〔すずめ〕のたご)の中の子を以つて天漿子と爲す。「入門」に云く、驚風を治するには、雀甕子を用ふべし、疳を治するには方〔(まさ)〕に須らく此の天漿子を用ふべし。六月、取りて布の袋に入れ、長〔き〕流水の中に置くこと三日、夜、晒〔し〕乾〔して〕末と爲す。此の蟲、夏月、糞尿の中に生じ、初生、蛹〔(さなぎ)〕のごとく白色、老する時は則ち、灰色。節、有りて長尾。足、無し。滾〔(ころ)〕び行〔(ゆ)き〕て、形、萊菔(だいこん)の子(み)の莢(さや)に似る。羽化して大蠅と爲る【形、虻(あぶ)に似、俗に「布牟布牟虫〔(ふんふんむし)〕」と云ふ。】

屎蟲を避くる咒歌〔(じゆか)〕 之れを書きて、厠〔(かはや)〕の口に貼(は)れば、則ち、日あらずして、屎蟲、消散す。但し、倒(さかさま)に貼(は)るべし。

[やぶちゃん注:ブログでの不具合を考え、和歌の位置を上げた。]

今年より卯月〔(うづき)〕八日は吉日〔(きちじつ)〕よ尾長くそ虫せいばいぞする

 

[やぶちゃん注:一読、双翅(ハエ)目短角(ハエ)亜目ハエ下目 Muscomorpha に属するハエ(蠅)類の幼虫かと思うが、実は既項目として広義の「蛆」(「和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 蛆」)があった。ウィキの「ハエ」の「幼虫」によれば、一齢で孵化し、三齢で終齢となる。『いわゆる蛆(ウジ)であり、無脚でかつ頭蓋(とうがい)など頭部器官はほとんど退化している。その代わりに複雑強固な咽頭骨格が発達している。咽頭骨格の先端には口鉤(こうこう)というかぎ状部が発達し、底部にはろ過器官(pharyngeal filter)が見られる』。『ハエの幼虫の多くは腐敗、あるいは発酵した動植物質に生息し、液状化したものを吸引し、そこに浮遊する細菌、酵母といった微生物や有機物砕片といった粒状物をpharyngeal filterによってろ過して摂食する』とある。しかし、どうも何か、おかしい。何より図を見られたい。

この蛆、鼠のような長い尾を持っているではないか!?

これは実は、

双翅(ハエ)目短角(ハエ)亜目ハエ下目ハナアブ上科ハナアブ科ナミハナアブ亜科ナミハナアブ族 Eristalini に属するナミハアナブ類の幼虫で、通称「尾長蛆」と呼ばれるもの

なのである(但し、タクソン名で判る通り、彼らは「アブ」ではなく、確かに「ハエ」なのである)。ウィキの「ハナアブ」によれば、彼らの幼虫(蛆)は水中生活をし、『円筒形の本体から尾部が長く伸張して先端に後部気門が開き、これを伸縮させてシュノーケルのように用いて呼吸する生態からオナガウジ(尾長蛆)の名で知られている。この仲間は生活廃水の流れ込む溝のような有機物の多いよどんだ水中で生活するものがよく知られているが、ほかにも木の洞(樹洞)に溜まった水の中でゆっくりと成長する種もある』。また、ナミハナアブ族ナミハナアブ属ナミハナアブ Eristalis tenax や同属のシマハナアブ Eristalis cerealis など、『オナガウジ型のナミハナアブ族の幼虫の一部は生活廃水の流れ込む溝や家畜の排泄物の流れ込む水溜りといったごく汚い水に住み、その姿が目立っていて気味悪がられることが多い。この類の成虫はミツバチにきわめてよく似ており、アリストテレスがミツバチがどぶの汚水から生まれるとしているのは、これと見誤ったからではないかと言われる。』本種はかなりひどい汚水環境を好み、実際に旧式のトイレやその周辺で見つけたいというネット記事も多いのでこれで決まりである。

「和劑局方」本来は、北宋の大観年間(一一〇七年~一一一〇年)に国家機関の肝煎で発行された医薬品処方集で、初版は全五巻で二百九十七の処方を収め、当時の国定薬局方でもあったものを指すが、ここのそれは、その後にそれの増補が繰り返され、紹興年間(一一三一年~一一六二年)の一一五一年に書名を改題して「太平恵民和剤局方」(全十巻・七百八十八処方収録)として発行されものを指す。

「雀甕(〔すずめ〕のたご)の中の子」この場合は蠅の幼虫でなく、鱗翅(チョウ)目 Glossata 亜目 Heteroneura 下目ボクトウガ上科イラガ科イラガ亜科イラガ属 Monema に属するイラガ類或いはその近縁種の作る繭の中の幼虫ということになる。先行する「和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 雀甕」の本文及び私の注を参照されたい。

「入門」「醫學入門」。明の李梃(りてい)に寄って書かれた総合的医学書。一五七五年刊。

「驚風」(きょうふう)は小児が「ひきつけ」を起こす病気の称。現在の癲癇(てんかん)症や髄膜炎の類に相当する。

「疳」は「癇の虫」と同じで「ひきつけ」などの多分に神経性由来の小児病を指す。

「末」粉末。

「老する時」老成すると。終齢の三齡を迎えると。

「滾〔(ころ)〕び行〔(ゆ)き〕て」東洋文庫版が「滾行」に『ころがりゆき』とルビを当てているのを参考に附した当て読みである。

「萊菔(だいこん)の子(み)の莢(さや)」大根の種の莢。

「布牟布牟虫〔(ふんふんむし)〕」不詳。現在は生き残っていない呼称らしい。

「咒歌〔(じゆか)〕」まじないの和歌。

「倒(さかさま)に貼(は)るべし」しばしばこの手の呪(まじな)いで見られる手法で、魔に素直に読まれないようにすることを目的とするものであろう。

「今年より卯月〔(うづき)〕八日は吉日〔(きちじつ)〕よ尾長くそ虫せいばいぞする」「うづき」の「う」と「きちじつ」の「じ」で「うじ」が読み込まれているのではないかと思ってかく読みを振った。言上げする以上、成敗する対象が既にしてその中に「尾長くそ虫」以外に隠れて名指されていなくては呪いにならぬと私は思うたからである。]

 

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

Art | Caspar David Friedrich | Miscellaneous | Иван Сергеевич Тургенев | 「プルートゥ」 | 「一言芳談」 | 「今昔物語集」を読む | 「北條九代記」 | 「宗祇諸國物語」 附やぶちゃん注 | 「新編鎌倉志」 | 「日本その日その日」E.S.モース 石川欣一訳 | 「明恵上人夢記」 | 「栂尾明恵上人伝記」 | 「澄江堂遺珠」という夢魔 | 「無門關」 | 「生物學講話」丘淺次郎 | 「甲子夜話」 | 「第一版新迷怪国語辞典」 | 「耳嚢」 | 「諸國百物語」 附やぶちゃん注 | 「進化論講話」丘淺次郎 | 「鎌倉攬勝考」 | 「鎌倉日記」(德川光圀歴覽記) | 「鬼城句集」 | アルバム | ジョン・ミリングトン・シング著姉崎正見訳「アラン島」  | ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ | 中島敦 | 中島敦漢詩全集 附やぶちゃん+T.S.君共評釈 | 人見必大「本朝食鑑」より水族の部 | 伊東静雄 | 佐藤春夫 | 八木重吉「秋の瞳」 | 北原白秋 | 十返舎一九「箱根山七温泉江之島鎌倉廻 金草鞋」第二十三編 | 南方熊楠 | 博物学 | 原民喜 | 和漢三才圖會 蟲類 | 土岐仲男 | 堀辰雄 | 増田晃 | 夏目漱石「こゝろ」 | | 夢野久作 | 大手拓次詩集「藍色の蟇」 | 宇野浩二「芥川龍之介」 | 富永太郎 | 小泉八雲 | 尾形亀之助 | 山之口貘 | 山本幡男 | 山村暮鳥全詩 | 忘れ得ぬ人々 | 怪談集 | 映画 | 杉田久女 | 村上昭夫 | 村山槐多 | 松尾芭蕉 | 柳田國男 | 柴田天馬訳 蒲松齢「聊斎志異」 | 柴田宵曲 | 梅崎春生 | 梅崎春生「幻化」附やぶちゃん注 | 梅崎春生「桜島」附やぶちゃん注 | 橋本多佳子 | 武蔵石寿「目八譜」 | 毛利梅園「梅園介譜」 | 毛利梅園「梅園魚譜」 | 沢庵宗彭「鎌倉巡礼記」 | 津村淙庵「譚海」 | 海岸動物 | 火野葦平「河童曼陀羅」 | 片山廣子 | 生田春月 | 由比北洲股旅帖 | 畑耕一句集「蜘蛛うごく」 | 畔田翠山「水族志」 | 神田玄泉「日東魚譜」 | 立原道造 | 篠原鳳作 | 肉体と心そして死 | 芥川多加志 | 芥川龍之介 | 芥川龍之介 手帳 | 芥川龍之介「上海游記」 | 芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈) | 芥川龍之介「北京日記抄」 | 芥川龍之介「江南游記」 | 芥川龍之介「河童」決定稿原稿 | 芥川龍之介「長江游記」 | 芥川龍之介盟友 小穴隆一 | 芸術・文学 | 萩原朔太郎 | 蒲原有明 | 藪野種雄 | 西東三鬼 | 詩歌俳諧俳句 | 貝原益軒「大和本草」より水族の部 | 野人庵史元斎夜咄 | 鈴木しづ子 | 鎌倉紀行・地誌 | 音楽 | 飯田蛇笏