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カテゴリー「和漢三才圖會 蟲類」の73件の記事

2017/06/10

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 螻蛄(ケラ)

Kera

けら   大螻 土狗

 𧎅◦仙姑

螻蛄 【和名介良

     又異名多】

レウ゜クウ

 

蟪蛄【與蟬同名】螻蟈【與蛙同名】石鼠【與碩鼠同名】梧鼠【與飛生同名】

本綱螻蛄善穴土而居夜則出外求食短翅四足雄者善

鳴而飛立夏後至夜則鳴其聲如蚯蚓雌者腹大羽小不

善飛翔吸風食土喜就燈光入藥用雄用火燒地赤置螻

於上任其跳死覆者雄仰者雌也此蟲有五能而不成一

技其五能能飛不能過屋能𦂁不能窮木能游不能度谷

能穴不能掩身能走不能免人

螻蛄【鹹寒有毒】利大小便通石淋除水腫甚効【但其性急虛人戒之】

此蟲自腰以前甚澁能止大小便自腰以後甚利能下

大小便

△按螻蛄能治小鳥病養鸎者如有煩則取螻蛄爲餌卽

時活有神効諺謂百舌鳥喜則螻蛄憤者是也

 

 

けら   大螻〔(たいらう)〕 土狗〔(どく)〕

 𧎅〔(こく)〕 仙姑〔(せんこ)〕

螻蛄   【和名、介良〔(けら)〕。又、異名、多し。】

レウ゜クウ

 

蟪蛄〔(けいこ)〕【蟬と同名。】螻蟈〔(らうかく)〕【蛙と同名。】石鼠【碩鼠〔(せきそ)〕と同名。】梧鼠【飛生〔(ひせい)〕と同名。】

「本綱」、螻蛄、善く土に穴して居す。夜、則ち、外に出でて食を求む。短き翅、四足。雄は善く鳴きて飛ぶ。立夏の後、夜に至つて、則ち、鳴く。其の聲、蚯蚓(みゝづ)のごとし。雌は、腹、大に、羽、小にして、善く〔は〕飛び翔(かけ)らず。風を吸ひ、土を食ふ。喜びて燈光に就く。藥に入るには雄を用ふ。火を用ひて地を燒き、赤〔(せき)〕に〔なし〕、上に螻〔(けら)〕を置く。其の跳死〔(とびじに)〕するに任せ、覆(うつふ)く者は雄なり。仰(あふむ)く者は雌なり。此の蟲、五つの能〔(のう)〕有りて、而〔も〕一技(げい)を〔も〕成さず。其の五能は、能く飛べども屋〔(をく)〕を過〔(すぐ)〕ること能〔(あた)〕はず。能く、𦂁(のぼ)れども、木を窮〔(きはむ)〕ること能はず。能く游(をよ)げども、谷を度〔(わた)る〕こと能はず。能く穴〔(あな)〕ほれども、身を掩〔(おほ)ふ〕こと能はず。能く走れども、人〔を〕免〔(まぬか)〕ること能はず。

螻蛄【鹹、寒。毒、有り。】大小便を利し、石淋を通す。水腫を除くに甚だ効あり【但し、其の性〔(しやう)〕、急なり。虛人、之れを戒む。】

此の蟲、腰より以前、甚だ澁〔(しぶ)〕り、能く大小便を止〔(と)〕む。腰より以後は、甚だ利し、能く大小便を下〔(くだ)〕す。

△按ずるに、螻蛄、能く小鳥の病〔ひ〕を治す。鸎〔(うぐひす)〕を養ふ者、如(も)し、煩ふこと有れば、則ち、螻蛄を取〔り〕て餌と爲〔(す)〕れば、卽時に活〔(かつ)〕す。神効有り。諺に謂ふ、「百舌鳥(つぐみ)喜(よころ)べば、則ち、螻蛄憤る」とは是れなり。

 

[やぶちゃん注:直翅(バッタ)目剣弁(キリギリス)亜目コオロギ上科ケラ科 Gryllotalpidae のケラ類であるが(「本草綱目」があるので、まずはここまでで、一旦、示す)、本邦産のそれはグリルロタルパ(ケラ)属ケラ Gryllotalpa orientalis である。ウィキの「ケラ」によれば、『世界中の熱帯・温帯に多くの種類が分布している。日本では』「おけら」という『俗称で呼ばれることも多い。なお「虫けら」とは虫全般を指すのであって、ここでいうケラとは関係ない』。成虫の体長は三センチメートルほどだが、大型種では五センチメートル程に達するものもいるという。『全身が褐色で、金色の短い毛がビロードのように密生する。他のキリギリス亜目昆虫と比べて触角や脚が短い。頭部と前胸部は卵型で、後胸部・腹部は前胸部より幅が狭い。尾端には触角と同じくらいの長さの尾毛が』二本ある。『成虫には翅がある。長さは種類や個体によって異なるが、おおむね前翅は短く、後翅は長い。他のコオロギ類と同様』に『オスの前翅の翅脈は複雑で、鳴くための発音器官があるが、メスの翅脈は前後に平行に伸びた単純なものである』が、『ケラ類はメスもわずかに発音できる』。『前脚は腿節と脛節が太く頑丈に発達し、さらに脛節に数本の突起があって、モグラの前足のような形をしている。この前脚で土を掻き分けて土中を進む。手の中に緩く囲うと指の間を前脚で掻き分けて逃げようとする様子が体感できる。その他に、頭部と胸部がよくまとまって楕円形の先端を構成すること、全身が筒状にまとまること、体表面に細かい毛が密生し、汚れが付きにくくなっていること等もモグラと共通する特徴である。なお、モグラは哺乳類でケラとは全く別の動物だが、前脚の形が似るのは収斂進化』(しゅうれんしんか:convergent evolution:複数の全く種としては異なる群の生物が同様の生態的地位に棲息を続けた結果、系統とは無関係に身体的特徴が非常に似通った姿に進化する現象を言う)『の例としてよく挙げられる』。属名Gryllotalpa(グリルロタルパ)は“Gryllo”が「コオロギ」、“talpa”が「モグラ」の意である。また、英名“Mole cricket”も『「モグラコオロギ」の意である』。『草原や田、畑などの土中に巣穴を掘って地中生活する。巣穴は大まかにはねぐらとなる地面に深く掘られた縦穴と、そこから伸びる、地表直下を縦横に走る餌を探すための横穴からなる。乾燥した硬い地面よりも、水を多く含んだ柔らかい泥地や湿地に多く、そうした環境の地表にはしばしば先述の横穴が盛り上がって走っているのが認められる。成虫幼虫ともに食性は雑食性で、植物の根や種子、他の小昆虫、ミミズなどさまざまな動植物質を食べる収斂進化の類例に挙がるモグラと同様、運動量、代謝量が膨大であるため、水分不足、飢餓に大変弱い。水分が得られないと一晩程度で死んでしまう』。『土をただ起こしても見つけにくいが、田植え前の代掻き(しろかき)の際などは土を起こした際に水上に浮かんでくるので見つけやすい。水上では全身の短毛が水を弾いてよく水に浮き、脚で水面を掻いてかなりの速度で泳ぐ。また、地中生活するうえに前翅が短いため飛ばないようにも見えるが、長く発達した後翅を広げてよく飛び、夜には灯火に飛来する。若齢幼虫は多くのコオロギ類同様よく跳ねるが、成長するとむしろよく走り、飛翔の予備動作として跳ねるぐらいである』。『行動可能範囲をまとめると、地中を掘り進み、水上を泳ぎ、空を飛び、地上を歩くと、様々な環境に対応しており、昆虫界のみならず、生物全体から見ても、対応範囲が非常に広い生物である』(現代の生物学上では本文と異なり、かれらの能力は高く評価されている点に注意されたい。但し、後の部分ではその能力の限界性が「おけら」の別な悪しき意味の語源である旨が書かれてもいる)。『オスは初夏によく鳴き、巣穴を共鳴室として使って鳴き声を大きく響かせる。鳴き声は「ジー……」とも「ビー……」とも聞こえる連続音。地中から聞こえるため、日本では古来「ミミズの鳴き声」と信じられてきた』。『卵は巣穴の奥に泥で繭状の容器をつくってその中に固めて産みつけ密閉し、親がそばに留まって保護する。孵化する幼虫は小さいことと翅がないこと、よく跳ねること以外は成虫とよく似ており、しばらく集団生活した後に親の巣穴を離れて分散すると成虫と同様の生活をする』。『天敵は鳥類、カエル、イタチ、タヌキ、モグラなどである。ことにムクドリはケラの多くいる環境ではケラをよく摂食していることが知られている。鳥が好んで食べることから、江戸時代は江戸城大奥で愛玩用に飼育されている小鳥の餌として、江戸近郊の農村にケラの採集と納入が課せられていた』。『また、幼虫・成虫に産卵し捕食寄生する寄生バチや、麻酔して産卵する狩蜂がいる』。『食用や民間療法の薬などに使う地域もあるが、日本では先述の江戸城大奥での愛玩動物用の飼料としての利用を除いては特に利用はされず、むしろ農作物の地下部分を食害する害虫とみなされてきた』。『所持金がない状態を「おけら」、遊泳、疾走、跳躍、飛翔、鳴き声、穴掘りなど多芸だが』、『どれも一流の能力でないとみなして器用貧乏な様を「おけらの七つ芸」、あるいは「けら芸」というなど、いずれもあまり良い意味に使われない』。『子供のおもちゃとしては、掌に握り込むと前足で指の間などをかき分けようとするのを喜ぶ、というものがある。これを両手を広げる動作に結びつけてはやし立てる遊びもあるようで』ある(私は、幼稚園の頃、父が庭のケラを採ってきて、「ター坊(私のこと)のちんちんどれくらい?」と言い、ケラに両手を広げさせて「これっくらい。」と囃したのをよく覚えている)。二十『世紀後半頃からは人間が土に触れる機会が減少し、ケラも個体数を減らした。そのためケラを目にしても何の虫かわからないという人が増えている』そうである。哀しいことだ(下線やぶちゃん)。なお、事実確認していないが、あるブログ記事に、ケラの交尾はの背に乗って行われるとあった

「土狗」中文ウィキの「螻蛄」によれば、香港での異名とする。因みに、そこではグリルロタルパ(ケラ)属グリルロタルパ・ブラキプテラGryllotalpa brachyptera を主画像に採用している。

「異名、多し」ここに出る以外にも(主に漢方の生薬名)「杜狗」「津姑」「炙鼠」「拉蛄」「仙古」などがある。

「碩鼠」「詩經」の「魏風」に出る古語。大鼠(おおねずみ)のこと。

「飛生」齧歯(ネズミ)目リス亜目リス科リス亜科 Pteromyini 族ムササビ属 Petaurista のムササビ類。

「立夏」現在のグレゴリオ暦では五月四日から七日頃。前世紀末から今世紀前半(二〇二五年)は圧倒的に五月五日である。

「其の聲、蚯蚓(みゝづ)のごとし」ここは「本草綱目」では北宋の本草家冦宗奭(そうせき)の恐らくは「本草衍義」(一一一九年成立)からの引用で、『宗奭曰、「此蟲立夏後至夜則鳴、聲如蚯蚓、「月令」「螻蟈鳴」者是矣』とある。「いやいや、そうせき先生、それは逆でげす。中国も日本も、まあ、永い間、永い間、ケラの鳴き声をミミズの鳴き声と誤認してきたんですぜ!」

「風を吸ひ、土を食ふ」ははん! だから別名が「仙姑」なんだな! これ! 無論、そんなんじゃその日のうちに死んじまいますぜ! 先に引いた通り、成虫・幼虫ともに雑食性で、『植物の根や種子、他の小昆虫、ミミズ』(鳴き声を盗られた恨み骨髄じゃん!)など、『さまざまな動植物質を食べる』んでございますぞ! 時珍センセ!(『時珍曰、「螻蛄穴土而居、有短翅四足。雄者善鳴而飛、雌者腹大羽小、不善飛翔。吸風食土、喜就燈光。入藥用雄。或云用火燒地赤、置螻於上、任其跳死、覆者雄、仰者雌也』下線太字はやぶちゃん)

「火を用ひて地を燒き、赤〔(せき)〕に〔なし〕」石の上か。でないと灼熱しても赤くはならんぜよ。

「屋」家屋。

「能く𦂁(のぼ)れども」東洋文庫版訳は『よく這うのに』とするが、これはおかしい。採らない。但し、調べた限りでは「𦂁」の字に「のぼる」とか「はう」の意はなく、佩玉(はいぎょく)などに通す組紐、或いは遺体を覆う衣服の意である。不審。

「人〔を〕免〔(まぬか)〕る」捕えようとする人間から逃げる。

「石淋」以前に注したが、「せきりん」は尿路結石症を伴う排尿が困難になる障害を指す。「水腫」ここは広義の「浮腫(むく)み」のこと。

「急」急激な効果を発生させること。

「虛人」漢方で人の体質を二分(あるいは三分)する法の一つである、「虚証」のこと。栄養状態が悪く、体型は水太り或いは真逆の痩せ型を呈し、声が弱々しく、皮膚に艶(つや)がなく、筋肉も弾力性を失い(特に腹筋が薄く緊張に欠ける)、食事のペースも鈍(のろ)く、過食すると胃もたれを生じ易く、冷たい物を食べると腹痛や下痢を起こ易い。暑さや寒さに弱いことが大きな虚証の特徴で、夏バテを起こし、寝汗を多くかく人が多い。因みに反対語は「実証」(筋肉質の堅固な体格で消化器系も健やか、一日でも便秘をすると不快に感じ寒暑をあまり感じず、通常は寝汗をかかない)で、その実証と虚証の中間相のバランスのとれた状態を「中間証」と言うのだそうである(信頼出来る漢方サイトの解説を参照した)。

「澁り」これは「現象がすらすらと進行しない・滞る」の意。なお、激しい下痢と勘違いしている人が多いので一言言っておくと、「渋り腹(しぶりばら)」 というのは、「裏急後重」とか「結痢」とも称し、下痢の一種ではあるが、激しい便意を感じるものの、殆んど大便が出ない症状を指す

「鸎」鶯の異体字。

「百舌鳥(つぐみ)喜(よころ)べば、則ち、螻蛄憤る」「日本国語大辞典」の「つぐみ」の項に「つぐみ喜べば螻蛄腹立てる」という諺が載るが、もずには載らない。それによれば、『鶫を捕えるには螻蛄をえさとして繋いでおく』『ことから)一方が喜べば一方が怒るというように両者の利害が反すること』と記し、用例として「譬喩尽」(たとえづくし:諺(ことわざ)集で全八巻。松葉軒東井(しょうようけんとうせい)の編に成り、天明七(一七八七)年に成立であるから、江戸中期には既に諺として知られていたと考えてよかろう)が挙げられてある。先に引用したウィキにも『天敵は鳥類』と筆頭に挙げており、殊にムクドリ(スズメ目ムクドリ科ムクドリ属ムクドリ Sturnus cineraceus)は『ケラの多くいる環境ではケラをよく摂食していることが知られている。鳥が好んで食べることから、江戸時代は江戸城大奥で愛玩用に飼育されている小鳥の餌として、江戸近郊の農村にケラの採集と納入が課せられていた』とある。問題は「百舌鳥(つぐみ)」のルビである。「百舌鳥」は普通は「もず」と読み、

スズメ目スズメ亜目モズ科モズ属モズ Lanius bucephalus

で、一方、「つぐみ」(普通は「鶫」)は、

スズメ目ツグミ科ツグミ属ツグミ Turdus eunomus

であって、モズには特徴的なアイ・ラインがあり、「百舌の速贄(はやにえ)」で知られる通り、小さな猛禽と言え、モズは自分よりがたいの大きなツグミを摂餌生物として襲うことさえもあるのであって、一緒くたや誤認のしようがないと私は思う。但し、両種ともに雑食性で昆虫類を好むから、ケラも格好の摂餌生物ではある。私はしかし「百舌鳥」或いは「百舌」と書いて「つぐみ」と読ませる例を知らぬ。或いはそんな例があるのであろうか? 識者の御教授を乞うが、前の「日本国語大辞典」の記載から見て、これは良安の漢字表記の誤りと考えた方がよいように思われる。]

 

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 天牛(カミキリムシ)

Kamikirimusi  

かみきりむし 大水牛

       八角兒

天牛     獨角仙【一角天牛】

      【和名髮切蟲】

テンニウ

 

[やぶちゃん注:以下、特異的に、本文に先立って、図(中央)と見出し柱(下部)の、その上に良安の附説がある。東洋文庫注によれば、この附説は杏林堂版には存在しないとある。]

 

△按天牛大不如蟬

一寸余而正黒色畧

近于吉丁蟲形羽厚

不能遠飛吻有如鋏

者能切髮又蟷螂莎

雞蝗之類又切髮也

 

本綱天牛【有毒】大如蟬黒甲光如漆甲上有黃白點甲下

有翅能飛目前有二黒角甚長前向如水牛角能動其喙

黒而扁如鉗甚利亦似蜈蚣喙六足在腹乃諸樹蠹蟲所

化也夏月有之出則主雨在其桑樹者爲囓桑【一名囓髮又名壤】

羅山文集天牛蟲詩云血餘毎被此蟲抽須未曾饒黒白

 頭舌上剃刀分寸許蟬冠萬髮汝知不

一種飛生蟲【天牛別類】狀如囓髮頭上有角其角無毒【與鼺鼠同名】

 

 

かみきりむし 大水牛

       八角兒

天牛     獨角仙【一角天牛。】

      【和名、髮切蟲(かみきりむし)。】

テンニウ

 

[やぶちゃん注:訓読では、今までの他章と同様に最後にこれを持って行き、注もその順で附した。漢詩は正字に変えた白文を示し、その後に改めて訓読文を附加した。詩の前後は行空けした。]

 

「本綱」、天牛【毒、有り。】大さ、蟬のごとし。黒き甲、光り、漆〔(うるし)〕のごとく、甲の上に黃白の點、有り。甲の下に翅〔(はね)〕有りて、能く飛ぶ。目の前に二〔(ふたつ)〕の黒角〔(こくかく)〕、有り、甚だ長く、前(まへ)に向て、水牛の角〔(つの)〕ごとく、能く動〔うごか〕す。其の喙(くちはし)、黒くして扁〔(ひらた)〕く鉗(はさみ)のごとく、甚だ利なり。亦、蜈蚣〔(むかで)〕の喙に似る。六足、腹に在り。乃〔(すなは)〕ち、諸樹の蠹蟲(きおくいむし)の化する所なり。夏月、之れ、有り。出ずる時は則ち、雨を主〔(つかさど)〕る。其の桑樹に在る者は囓桑〔(けつさう)〕と爲〔(な)〕す【一名、囓髮(けつぱつ)、又、壤(じやう)と名づく。】。

「羅山文集」、「天牛蟲」の詩に云く、

 

 血餘每被此蟲抽

 須未曾饒黑白頭

 舌上剃刀分寸許

 蟬冠萬髮汝知不

  血餘(かみ) 每〔(つね)〕に此の蟲に抽〔(ひ)〕かる

  須らく未だ曾つて饒(あ)かず 黑白頭〔(こくびやくとう)〕

  舌上(ぜつじやう)の剃刀(かみそり) 分寸〔(ぶすん)〕許〔(ばか)〕り

  蟬冠〔(ぜんくわん)〕萬髮〔(まんぱつ)〕 汝 知るやいなや

 

一種、飛生蟲【天牛の別類。】、狀、囓髮〔(かみきりむし)〕のごとく、頭上に、角、有り。其の角、無毒【鼺鼠〔(むささび)〕と、名、同じ。】。

△按ずるに、天牛、大さ、蟬のごとからず、一寸余りにして、正黒色、畧〔(ほぼ)〕、吉丁蟲(たまむし)の形に近く、羽、厚く、遠く飛ぶこと能はず。吻に鋏〔(はさみ)〕のごとくなる者有りて、能く髮を切る。又、蟷螂〔(かまきり)〕・莎雞(きりぎりす)・蝗(いなご)の類も又、髮を切るなり。

 

[やぶちゃん注:主記載のそれは「黒き甲、光り、漆のごとく」で「甲の上に黃白の點」があるところから、本邦産カミキリムシの最大種である、全体の地が灰褐色で、前翅に黄色の斑紋や短い筋模様が並び、前胸の背中側にも二つの縦長の斑点があり、これらの模様が死ぬと白色になるところの、鞘翅(コウチュウ)目カブトムシ亜目ハムシ上科カミキリムシ科フトカミキリ亜科シロスジカミキリ族シロスジカミキリ属シロスジカミキリ Batocera lineolata に同定してよいであろう。

「雨を主〔(つかさど)〕る」東洋文庫版訳では『雨が降る』とある。結果はそうだが、「主」には「降る」という意味はない。

「囓桑」幼虫の食草・食樹は種類によって概ね決まっているが、複数の樹に適応するものも多く、桑だけでは(バラ目クワ科クワ属 Morus のクワ類はカミキリムシ類で広汎に好まれる樹種である)種同定は困難である。現代中国語では、この漢名を持つ種は見当たらないようである。但し、以下の「壤」を東洋文庫版では誤字として『蠰』とするが、この字は漢和辞典では「くわかみきり」と出、本邦ならばこれはフトカミキリ亜科シロスジカミキリ族クワカミキリ属クワカミキリ Apriona japonica の和名である。但し、これが中国にも棲息し、「本草綱目」のこれや「囓髮」と同一種或いはごく近縁種であるかどうかはインセクタでない私には何とも言えない。学名や諸記載から見る限りでは大陸には本種は棲息しないような感じがする。

「羅山文集」江戸初期の朱子学者林羅山(天正一一(一五八三)年~明暦三(一六五七)年)の詩文集。この詩「天牛蟲」は、東洋文庫版の割注によれば、同文集の「詩集」の「卷第五十七」の「十二蟲」にある「髮切蟲」である。

「血餘」漢方で「頭髪」を指す。「血」の養分の「余」りから生じた体の一部と考えたのである。

「汝知不」東洋文庫版は『汝知るや知らずや』と訓じているが、訓点ではそのようには私は読めない。「この詩、全体の意味がよく分らぬ」ここに注したところ、教え子が以下のような返信を呉れた。

   《引用開始》

 

Fan_zhongyan

 

先生。羅山の漢詩、私は次のように解釈します。「須」を副詞と取ると未曾に繋がりにくいので、髭と理解します。「蝉冠」は漢民族の王朝における高官の冠。ここでは高官の暗喩です。蝉の羽根または蝉の図案を冠に付けるのでこの名称があります。北宋の大官範仲淹と言われている肖像をご参考までにここに貼り付けます。[やぶちゃん注:教え子が張りつけたものと同一の、ウィキの「範仲淹のパブリック・ドメイン画像を上に張り付けておいた。]額の上部にひとつ付いている図案、側面に三つ付いている図案、いずれも蝉です。では、詩四行の意味をまとめます。

 

髪の毛はいつもこの虫に引っ張られてしまう

白髪交じりの老いぼれには髭さえ豊かに蓄えられたことがない

お前の口にある剃刀はほんの小さな代物だね

高官が隠し持つ眼に見えぬ豊かな髪の毛をお前は知っているか

 

つまり、カミキリムシに託して、老人の負け惜しみと、高官としての矜持を歌った詩ではないでしょうか。

   《引用終了》

これで、すこぶる、腑に落ちた。

「飛生蟲」種同定不能。調べてみると、これ、カブトムシの意味もある。

「其の角、無毒」いやいや、そもそもがカミキリムシの角(触角)には毒はないでっしょう!

「鼺鼠〔(むささび)〕」読みは東洋文庫版に拠った。齧歯(ネズミ)目リス亜目リス科リス亜科 Pteromyini 族ムササビ属 Petaurista のムササビ類には、現在もこれとか、「鼯鼠」(中文ではこちら)の漢字が当てられている。

「吉丁蟲(たまむし)」鞘翅目多食(カブトムシ)亜目 Elateriformia 下目タマムシ上科タマムシ科 Buprestidae の玉虫類。

「莎雞(きりぎりす)」直翅(バッタ)目剣弁(キリギリス)亜目キリギリス下目キリギリス上科キリギリス科キリギリス亜科 Gampsocleidini 族キリギリス属 Gampsocleis のキリギリス類。「螽蟖」や「螽斯」はよく見かけるが、これは正直、初めて見た。「雞」は「鷄」、「沙鶏」とも書く。何となく納得出来る。]

2017/05/22

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 天漿子 (ナミハナアブの幼虫に同定)

Namihanaabu

くそむし 糞蟲 屎蟲

天漿子

     【俗云久曾無之】

 

和劑局方以糞蟲爲天漿子本綱以雀甕中子爲天

 漿子入門云治驚風可用雀甕子治疳方須用此天漿

 子六月取入布袋置長流水中三日夜晒乾爲末此蟲

 夏月生糞尿中初生如蛹白色老則灰色有節長尾無

 足滾行而形似萊菔子莢羽化爲大蠅【形似俗云布牟布牟虫云】

[やぶちゃん注:「」=(上)「L」字形の内部に「人」+(下)「虫」。東洋文庫は「虻」の字を当てており、事実、原典でも読みとして「アブ」と振っているので、訓読では「虻」を用いることとする。]

避屎蟲咒歌 書之貼厠口則不日屎蟲消散但可倒貼

[やぶちゃん注:以下の字配はブラウザの不具合を考慮して上げた。]

今年より卯月八日は吉日よ尾長くそ虫せいばいそ
                     す

 

 

 

くそむし 糞蟲〔(くそむし)〕 屎蟲〔(くそむし)〕

天漿子

     【俗に云ふ、「久曾無之〔(くそむし)〕」。】

 

按ずるに、「和劑局方」には糞蟲を以つて天漿子〔(てんしやうし)〕と爲〔(な)〕す。「本綱」には、雀甕(〔すずめ〕のたご)の中の子を以つて天漿子と爲す。「入門」に云く、驚風を治するには、雀甕子を用ふべし、疳を治するには方〔(まさ)〕に須らく此の天漿子を用ふべし。六月、取りて布の袋に入れ、長〔き〕流水の中に置くこと三日、夜、晒〔し〕乾〔して〕末と爲す。此の蟲、夏月、糞尿の中に生じ、初生、蛹〔(さなぎ)〕のごとく白色、老する時は則ち、灰色。節、有りて長尾。足、無し。滾〔(ころ)〕び行〔(ゆ)き〕て、形、萊菔(だいこん)の子(み)の莢(さや)に似る。羽化して大蠅と爲る【形、虻(あぶ)に似、俗に「布牟布牟虫〔(ふんふんむし)〕」と云ふ。】

屎蟲を避くる咒歌〔(じゆか)〕 之れを書きて、厠〔(かはや)〕の口に貼(は)れば、則ち、日あらずして、屎蟲、消散す。但し、倒(さかさま)に貼(は)るべし。

[やぶちゃん注:ブログでの不具合を考え、和歌の位置を上げた。]

今年より卯月〔(うづき)〕八日は吉日〔(きちじつ)〕よ尾長くそ虫せいばいぞする

 

[やぶちゃん注:一読、双翅(ハエ)目短角(ハエ)亜目ハエ下目 Muscomorpha に属するハエ(蠅)類の幼虫かと思うが、実は既項目として広義の「蛆」(「和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 蛆」)があった。ウィキの「ハエ」の「幼虫」によれば、一齢で孵化し、三齢で終齢となる。『いわゆる蛆(ウジ)であり、無脚でかつ頭蓋(とうがい)など頭部器官はほとんど退化している。その代わりに複雑強固な咽頭骨格が発達している。咽頭骨格の先端には口鉤(こうこう)というかぎ状部が発達し、底部にはろ過器官(pharyngeal filter)が見られる』。『ハエの幼虫の多くは腐敗、あるいは発酵した動植物質に生息し、液状化したものを吸引し、そこに浮遊する細菌、酵母といった微生物や有機物砕片といった粒状物をpharyngeal filterによってろ過して摂食する』とある。しかし、どうも何か、おかしい。何より図を見られたい。

この蛆、鼠のような長い尾を持っているではないか!?

これは実は、

双翅(ハエ)目短角(ハエ)亜目ハエ下目ハナアブ上科ハナアブ科ナミハナアブ亜科ナミハナアブ族 Eristalini に属するナミハアナブ類の幼虫で、通称「尾長蛆」と呼ばれるもの

なのである(但し、タクソン名で判る通り、彼らは「アブ」ではなく、確かに「ハエ」なのである)。ウィキの「ハナアブ」によれば、彼らの幼虫(蛆)は水中生活をし、『円筒形の本体から尾部が長く伸張して先端に後部気門が開き、これを伸縮させてシュノーケルのように用いて呼吸する生態からオナガウジ(尾長蛆)の名で知られている。この仲間は生活廃水の流れ込む溝のような有機物の多いよどんだ水中で生活するものがよく知られているが、ほかにも木の洞(樹洞)に溜まった水の中でゆっくりと成長する種もある』。また、ナミハナアブ族ナミハナアブ属ナミハナアブ Eristalis tenax や同属のシマハナアブ Eristalis cerealis など、『オナガウジ型のナミハナアブ族の幼虫の一部は生活廃水の流れ込む溝や家畜の排泄物の流れ込む水溜りといったごく汚い水に住み、その姿が目立っていて気味悪がられることが多い。この類の成虫はミツバチにきわめてよく似ており、アリストテレスがミツバチがどぶの汚水から生まれるとしているのは、これと見誤ったからではないかと言われる。』本種はかなりひどい汚水環境を好み、実際に旧式のトイレやその周辺で見つけたいというネット記事も多いのでこれで決まりである。

「和劑局方」本来は、北宋の大観年間(一一〇七年~一一一〇年)に国家機関の肝煎で発行された医薬品処方集で、初版は全五巻で二百九十七の処方を収め、当時の国定薬局方でもあったものを指すが、ここのそれは、その後にそれの増補が繰り返され、紹興年間(一一三一年~一一六二年)の一一五一年に書名を改題して「太平恵民和剤局方」(全十巻・七百八十八処方収録)として発行されものを指す。

「雀甕(〔すずめ〕のたご)の中の子」この場合は蠅の幼虫でなく、鱗翅(チョウ)目 Glossata 亜目 Heteroneura 下目ボクトウガ上科イラガ科イラガ亜科イラガ属 Monema に属するイラガ類或いはその近縁種の作る繭の中の幼虫ということになる。先行する「和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 雀甕」の本文及び私の注を参照されたい。

「入門」「醫學入門」。明の李梃(りてい)に寄って書かれた総合的医学書。一五七五年刊。

「驚風」(きょうふう)は小児が「ひきつけ」を起こす病気の称。現在の癲癇(てんかん)症や髄膜炎の類に相当する。

「疳」は「癇の虫」と同じで「ひきつけ」などの多分に神経性由来の小児病を指す。

「末」粉末。

「老する時」老成すると。終齢の三齡を迎えると。

「滾〔(ころ)〕び行〔(ゆ)き〕て」東洋文庫版が「滾行」に『ころがりゆき』とルビを当てているのを参考に附した当て読みである。

「萊菔(だいこん)の子(み)の莢(さや)」大根の種の莢。

「布牟布牟虫〔(ふんふんむし)〕」不詳。現在は生き残っていない呼称らしい。

「咒歌〔(じゆか)〕」まじないの和歌。

「倒(さかさま)に貼(は)るべし」しばしばこの手の呪(まじな)いで見られる手法で、魔に素直に読まれないようにすることを目的とするものであろう。

「今年より卯月〔(うづき)〕八日は吉日〔(きちじつ)〕よ尾長くそ虫せいばいぞする」「うづき」の「う」と「きちじつ」の「じ」で「うじ」が読み込まれているのではないかと思ってかく読みを振った。言上げする以上、成敗する対象が既にしてその中に「尾長くそ虫」以外に隠れて名指されていなくては呪いにならぬと私は思うたからである。]

 

2016/12/29

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 蜉蝣


Settinbati

せつちんばち 渠畧

蜉蝣

       俗云雪隱蜂

      【厠異名曰雪

       隱而此蟲形

       似蜂故名】

フエウ ユウ

 

本綱蜉蝣似𧏙蜋而小大如指頭身狹而長有肉黃黑色

甲下有翅能飛夏月雨後叢生糞土中朝生暮死猪好啖

之蓋𧏙蜋蜉蝣腹蜟天牛皆蠐螬蠹蝎所化也此尚𧏙

之一種不可不知也 或云蜉蝣水蟲也狀似蠶蛾朝生

暮死

△按蜉蝣黃黒色身狹長細腰畧似蜂有角甲下有翅以

 翅發聲其聲似蠅而太夏月四五隻群飛敵合然無螫

 之害必非朝生暮死者唯魯鈍爲人易捕亦易死耳

 不如蠅之易活也然則此與水蟲之蜉蝣同名異種矣

 

 

せつちんばち 渠畧〔(きよりやく)〕

蜉蝣

       俗に云ふ、「雪隱蜂」。

      【厠の異名を、雪隱と曰ふ。而も、此の蟲、形、蜂に似る。故に名づく。】

フエウ ユウ

 

「本綱」、蜉蝣は𧏙蜋〔(くそむし)〕に似て小さし。大いさ、指頭のごとく、身、狹〔(せば)ま〕りて長し。肉有り、黃黑色。甲の下に翅〔(はね)〕有り、能く飛ぶ。夏月、雨の後、糞土の中に叢生〔(さうせい)〕す。朝に生まれ、暮れに死す。猪、好みて之れを啖〔(くら)〕ふ。蓋し、𧏙蜋〔(くそむし)〕・蜉蝣〔(かげらふ)〕・腹蜟〔(にしどち)〕・天牛〔(かみきりむし)〕、皆、蠐螬(すくもむし)・蠹蝎(きくいむし)の化する所なり。此れ、尚ほ、𧏙蜋の一種〔なるを〕、知らざらんは、あるべからざるなり。或いは云ふ、『蜉蝣は水蟲なり。狀、蠶蛾〔(かひこが)〕に似て、朝に生〔(しやう)〕じ、暮れに死す。』と。

△按ずるに、蜉蝣〔(せつちんばち)〕は黃黒色、身、狹〔く〕長く、細き腰、畧〔(ほぼ)〕蜂に似て、角〔(つの)〕有り。甲の下に翅有り、翅を以つて聲を發す。其の聲蠅に似て太(ふと)し。夏月、四、五隻〔(ひき)〕、群飛〔し〕、敵(あた)り合ふ。然れども、螫(さ)し(す)ふの害、無し。必ずしも朝に生じ、暮れに死する者に非ず。唯だ、魯鈍にして人の爲に捕へ易く、亦、死に易きのみ。蠅の活(い)き易きに如〔(し)〕かざるなり。然れば則ち、此れ、水蟲の蜉蝣〔(かげらふ)〕と〔は〕同名異種ならん。

 

[やぶちゃん注:「本草綱目」の記載の方に非常に大きな問題点があるが、これは結果的に、僕らが小さな頃「便所蜂(べんじょばち)」と呼んでいた、

双翅(ハエ)目短角(ハエ)亜目アブ下目ミズアブ上科ミズアブ科 Sarginae 亜科 Ptecticus 属コウカアブ(後架虻)Ptecticus tenebrifer

である。ミズアブ科の中では大形種で、体長十一~二十三ミリメートル、体色は黒で、翅は全体が黒褐色、腹部の基部が白色、前脚と中脚の脛節基部と脛節(ふせつ)は黄白色を呈する。触角第二節の内側は先端が前方に突出している。成虫は便所・畜舎・芥溜め周辺に五~九月頃、普通に見られる。腹部の基部が細く、姿や飛び方も蜂に似ており、便所(後架)の周辺や内部を飛ぶので「ベンジョバチ」の呼び名があるが、人を刺すことはない「刺された」とするネット投稿があるが、これは皮膚の表面をごく軽く表面的に舐められたに過ぎないか、別種の刺す虫によるものと思われる(そもそもがアブの類は基本、「刺して毒液を注入する」のではなく、大根おろし器のような口器で「舐め擦って体液を吸引する」のである)。産卵性で、幼虫は便所・畜舎の堆肥・芥溜めで発生し、形態は扁平で動きは鈍い。日本全土に分布し、中国・朝鮮半島・台湾にも棲息する。近年、形状が極めてこの種に似て(但し、以下に示す通り、全くの別種)触角が長く、腹部第二節に一対の白或いは黄色の紋があるアメリカミズアブ亜科 Hermetia属アメリカミズアブ Hermetia illucens が本邦に侵入、同じような場所に発生するために、在来種である我々の馴染みのコウカアブが駆逐され、姿が少なくなってきている。なお、コウカアブの近縁種キイロコウカアブPtecticus auriferは、山地の便所や畜舎付近に多く、体長十六~二十二ミリメートルで体は黄褐色、腹部に白と黒の帯があり、翅は全体に黄褐色を呈し、六~十月に出現する。本邦全土の他、シベリア・中国・東南アジアに広く分布する(以上は主に小学館「日本大百科全書」の倉橋弘氏の解説に拠った)。

 問題なのは、「本草綱目」が、「朝に生まれ、暮れに死す」などと記し、ご丁寧に最後にも「或いは云ふ、『蜉蝣は水蟲なり。狀、蠶蛾〔(かひこが)〕に似て、朝に生〔(しやう)〕じ、暮れに死す。』と」などと記してしまっていることである。これは言わずもがな、短命とされるカゲロウ類(真正の「カゲロウ」は昆虫綱蜉蝣(カゲロウ)目Ephemeropteraに属する昆虫を総称するもので、昆虫の中で最初に翅を獲得したグループの一つであると考えられている。幼虫はすべて水生。不完全変態であるが、幼虫亜成虫成虫という半変態と呼ばれる特殊な変態を行い、成虫は軟弱で長い尾を持ち、寿命が短いことでよく知られる。但し、面倒臭いことに、ホンモノでないホンモノにそっくりな「カゲロウ」類を、多くの人は本物の「カゲロウ」とごっちゃにして理解している。『本物でない「カゲロウ」』とは、具体的には、有翅昆虫亜綱内翅上目脈翅(アミメカゲロウ)目脈翅亜(アミメカゲロウ)亜目クサカゲロウ科 Chrysopidae に属する種群、及び同じ脈翅(アミメカゲロウ)目ウスバカゲロウ上科ウスバカゲロウ科 Myrmeleontidae に属する種群である。これらは形状は似ているものの、全く異なった種なのである。これは本テクストでもさんざん語ったし、他でも述べている。比較的くだくだしくない生物學講話 丘淺次郎 第八章 団体生活 一 群集の私の注などを参照されたい。

 非常に救われる思いがするのは、寺島良安がそうした「本草綱目」のトンデモ記述を批判し、最後に「水蟲の蜉蝣とは同名異種ならん」とぶちかまして呉れていることである。やったね! 良安センセ!

 

・「𧏙蜋〔(くそむし)〕」鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コガネムシ下目コガネムシ上科 Scarabaeoidea 及びその近縁な科に属する昆虫の中でも主に哺乳類の糞を餌とする一群の昆虫。参照。

・「叢生〔(さうせい)〕す」群がって発生する。

・「蜉蝣〔(かげらふ)〕」ここは前に冒頭の注で示した誤った全くの異種を広汎に含んだカゲロウと呼称する昆虫類全般と採る。

・「腹蜟〔(にしどち)〕」半翅(カメムシ)目頸吻亜目セミ上科 Cicadoidea のセミ類の比較的終齢期の方に近い幼虫。先行する腹蜟を参照。

・「天牛〔(かみきりむし)〕」鞘翅(コウチュウ)目カブトムシ(多食)亜目ハムシ上科カミキリムシ科 Cerambycidae のカミキリムシ類。次の次に独立項で出る。

・「蠐螬(すくもむし)」取り敢えず以前、鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コガネムシ下目コガネムシ上科コガネムシ科スジコガネ亜科スジコガネ族スジコガネ亜族コガネムシ属 Mimela に属するコガネムシ類の幼虫とした。本「部」冒頭の「蠐螬」を参照。

・「蠹蝎(きくいむし)」取り敢えず以前、鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目ハムシ上科カミキリムシ(髪切虫・天牛)科 Cerambycidae の幼虫とした。先行する蝎」(そこで「蝎」を「木蠹蟲」と別名で呼んでいる。因みに、ここの「蝎」は「サソリ」の意とは異なるので注意されたい)の項を参照。なお、以上の記載はまさに、実は中国の本草学に於いては、「蠐螬」や「蠹蝎」という語が、特定の生物種を指す語ではなく、昆虫類の多様な幼虫を大小・形状・棲息場所などを以って区別して指し示した語であることが明白となったとも言えるのである。

・「𧏙蜋の一種〔なるを〕、知らざらんは、あるべからざるなり」『この「せっちんばち」も「糞転がし」の一種であることをよく理解しないなどということは、あってはならない誤謬である』というのであるが、双翅(ハエ)目短角(ハエ)亜目アブ下目ミズアブ上科ミズアブ科 Sarginae 亜科 Ptecticus 属コウカアブ(後架虻)Ptecticus tenebrifer は鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コガネムシ下目コガネムシ上科 Scarabaeoidea とは、全然、目レベルで異なる明後日の異種で、ちゃいまんがな!

・「蜉蝣は水蟲なり。狀、蠶蛾〔(かひこが)〕に似」これは明らかに幼虫が総て水生であるところの、真正のカゲロウ類、昆虫綱蜉蝣(カゲロウ)目Ephemeropteraに属する昆虫を指している。

・「暮れに」実は以下二ヶ所のこの「暮れに」の原文の送り仮名は、どう見ても『ヘニ』としか見えない。しかしそれではどう読んでいるか不明なので、一般的な斯様な送り仮名としたものである。

・「(す)ふ」「吸ふ」に同じい。]

2016/12/28

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 𧏙蜋


Sentimusi

せんちむし    蛣𧏙 推車客

 くそむし    推丸 黑牛兒

𧏙

         鐡甲將軍

         夜遊將軍

キヤン ラン 【和名久曽無之】

       【一名末呂無之】

 

本綱𧏙蜋深目高鼻狀如羗胡背負黒甲狀如武士毎以

土包糞轉而成丸雄曳雌推置于坎中覆之而去數日有

𧏙蜋出蓋孚乳于中也有大小二種大者身黒光腹翼

下有小黃子附母而飛晝伏夜出見燈光則來【以此可入用藥】其

小者身黒而暗晝飛夜伏【小者不堪藥用】狐並喜食之

𧏙蜋【鹹寒有毒五月五日採蒸藏之臨用去足火炙】手足陽明足厥陰之藥古方

 治小兒驚風疳疾爲第一 治箭鏃入骨者用巴豆【微炒】

 同𧏙蜋搗塗斯須痛定必微痒忍之待極痒不可忍乃

 撼動拔之立出

𧏙蜋心 在腹下度取之其肉稍白是也能治丁瘡貼之

 半日許再易血盡根出則癒

 

 

せんちむし    蛣𧏙〔(きつきやう)〕 推車客〔(すいしやかく)〕

 くそむし    推丸〔(すいぐわん)〕 黑牛兒〔(こくぎゆうじ)〕

𧏙

         鐡甲將軍

         夜遊將軍

キヤン ラン 【和名、久曽無之〔(くそむし)〕】

       【一名、末呂無之〔(まろむし)〕】

 

「本綱」、𧏙蜋〔(きやうらう)〕は深き目、高き鼻。狀、羗胡(ゑびす)のごとく、背に黒き甲を負〔ふ〕狀〔かた〕ち、武士(もののふ)のごとし。毎〔(つね)〕に土を以つて糞を包み、轉〔(ころ)が〕して丸〔(ぐわん)〕と成して雄は曳(ひ)き、雌〔は〕、推〔(お)して〕坎〔(あな)〕の中に置き、之れを覆ひて去る。數日にして小𧏙蜋、出づ。蓋し、中に孚乳〔(ふにゆう)〕するなり。大小二種有り。大なる者、身、黒くして、光る。腹の翼下に小〔さき〕黃なる子〔(こ)〕有りて、母に附きて飛ぶ。晝、伏し、夜、出づ。燈光を見れば、則ち、來たる【此れを以つて用藥に入るべし。】。其の小なる者、身、黒くして暗し。晝、飛び、夜、伏す【小さき者、藥用に堪へず。】。狐〔(きつね)〕、並びに喜びて之れを食ふ。

𧏙蜋【鹹、寒。有毒。五月五日、採りて蒸し、之れを藏す。用ふるに臨みて、足を去り、火に炙〔(あぶ)〕る。】。手足の陽明、足の厥陰〔(けついん)〕の藥、古方に、小兒の驚風〔(きやうふう)〕・疳疾〔(かんしつ)〕を治するに第一と爲〔(す)〕。 箭鏃(やのね)、骨に入る者を治す。巴豆〔(はづ)〕を用ひ【微〔(わづ)〕かに炒〔(い)〕る】、𧏙蜋と同〔(あは)せ〕て搗〔(つ)〕きて、塗る。斯須(しばらく)して、痛み、定〔(や)む〕。必ず、微かに痒〔(かゆ)〕し。之れを忍(こら)へ、極めて痒くして忍〔(こら)〕ふべからざるを待ちて、乃ち、撼動(うご)かして之れを拔けば、立処〔(たちどころ)〕に出づ。

𧏙蜋心〔(きやうらうしん)〕 腹の下に在り。之れを度取〔(どしゆ)〕す。其の肉、稍(やや)白、是れなり。能く丁瘡〔(ちやうさう)〕を治す。之れを貼(つ)けて半日許〔(ばか)〕りにして、再び易〔(か)〕ふ。血、盡きて、根、出で、則ち、癒ゆ。

 

[やぶちゃん注:所謂、「スカラベ」(scarab:古代エジプト語起源)として知られる食糞性のコガネムシ類、

鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コガネムシ下目コガネムシ上科 Scarabaeoidea 及びその近縁な科に属する昆虫の中でも主に哺乳類の糞を餌とする一群の昆虫

である。但し、真正の「スカラベ」である、

コガネムシ上科コガネムシ科ダイコクコガネ亜科 Scarabaeini 族タマオシコガネ属 Scarabaeus

の類は本邦には棲息しないから、ここでは、本邦に棲息する食糞性コガネムシの代表種であり、目にもつきやすい大きさで、鞠上の糞球を作るコガネムシ上科センチコガネ(雪隠黄金)科 Geotrupidae の三種

センチコガネ Geotrupes laevistriatus

(成虫体長一四~二〇ミリメートル。頭部背面を覆った頭楯の前縁が半円形をしており、体色は紫・藍・金など個体変異があり、鈍い金属光沢を持つ。北海道島から屋久島・対馬まで分布し、朝鮮半島・中国大陸・樺太にも分布)

オオセンチコガネ Geotrupes auratus auratus

(成虫体長一六~二二ミリメートル。頭楯前縁が三角形に尖る。体表は一般には赤褐色・赤紫色であるが、地域によって鮮緑色・鮮藍色を有する個体もある。強い金属光沢があることで「センチコガネ」と区別出来る。分布域はセンチコガネとほぼ同じ。「ファーブル昆虫記」でファーブルが観察した種は本種の近縁種である)

オオシマセンチコガネ Geotrupes oshimanus

(体表の光沢は殆んどない。奄美大島固有種)

を種として挙げておくこととする。参照したウィキの「センチコガネ科」によれば、『成虫、幼虫共に糞を食べる糞虫である。和名の「センチ」は便所を指す語「雪隠(せっちん)」が訛ったもので、糞に集まる性質に由来する』。『成虫が出現するのは夏で、ウシやウマなどの糞、または動物の死骸や腐ったキノコにも見られる。夕方に地表付近を低く飛んで糞などの餌を探し、夜には灯火にも飛来する。ただし、センチコガネの地域個体群によっては飛翔筋が退化しており、歩行のみで移動する。交尾したメスは獣糞を土中の巣穴に引き込んでこれで育児球を作り、それに産卵する。このとき、育児球を枯葉で包むことが報告されており、この点がコガネムシ科の糞虫の育児球と異なる。孵化した幼虫は育児球を食べて成長する』(下線やぶちゃん)。『糞虫として自然界の物質循環に果たす役割は大きい。また金属光沢のある鮮やかな体色から、他の糞虫同様に昆虫採集の対象ともなっている』とある。

 なお、冒頭に並ぶ「推車客」「推丸」「黑牛兒」「鐡甲將軍」「夜遊將軍」という漢名は、如何にも楽しく、腑に落ちる。

「末呂無之(まろむし)」「まろ」は「丸」で「丸いもの」を指す中古語で、室町以降に「まる」と変じた。「古事記」動詞としての排泄をするの意の「まる」はあるが、これが名詞化した糞を意味する「まり」は、芥川龍之介の「好色」辺りが初出とされているようだから、近代以降の呼称と思われる。従ってここは、「まろ」は「糞」の意味ではなく、糞を巧みに美事に「丸」く「鞠」のように転がす彼らの習性に基づく呼称と採りたい。

「羗胡(ゑびす)」教義には古代より中国西北部に住んでいる民族を指す。現在も中国の少数民族チャン族として存在しているが、ここは漢民族の顔つきとは有意に異なる、広義の異民族の謂いととってよかろう。

「雄は曳(ひ)き、雌は、推(お)して坎(あな)の中に置き、之れを覆ひて去る」私は昆虫には詳しくないので何とも言えないが、管見する限りでは、事実、糞球を作って転がすのはで、はそれに出逢って、その対象(或いは糞球)がよしとなれば、その糞にしがみつき、運ばれて行き、営巣して糞の下で交尾する種がある(mayayan215氏のブログ「ダラダラとムシャムシャ」のフンコロガシの一生」に拠った)というから、かくなる共同作業にように見えたとしても、腑には落ちるというものである。

「孚乳〔(ふにゆう)〕」「孚」は「育むこと」、「乳」はこの場合、「育つこと」の意である。前で親は巣を去るとしているから、糞球の中に産み込まれた卵が孵化し、自律的に幼虫が糞を餌として食って成長することを言っている。但し、mayayan215氏の「フンコロガシの一生」には、『メスは、抗菌作用のある分泌物で卵を守り、孵化するまでの2ヶ月間、卵が腐ったり、菌に感染したりしないか、丹念に見守り、そのまま息絶えます』ともあるので、そうしたが命をかけて育児するタイプではこれはまさに母が主体的に子を育てるの意とある。ウィキの「糞虫にも、『成虫は糞玉を作り上げると出て行くものもあるが、ずっと付き添って糞玉の面倒を見るものもある。ファーブルの観察によると、ダイコクコガネの一種で、糞玉に付き添う成虫を取りのけると、数日のうちに糞玉はカビだらけになり、成虫を戻すとすぐにきれいにしたと』いうとある(但し、このファーブルの言及部分に就いては要文献特定詳細情報要請がかけられている)。

「大小二種有り」これは大陸の「本草綱目」の記載で、大きさや光沢の有無も有意に違い、しかも前者は夜行性、後者はそうでない点で明らかに習性が異なるので、種(亜種の可能性はある)は違うものと考えてよかろう。或いは、後者はフンコロガシでない生物種(フンコロガシの大半は夜行性である)を誤認している可能性もないとはいえない。ただ、ウィキの「糞虫」を見ると、本邦にいるタマオシコガネ亜科マメダルマコガネ族マメダルマコガネ属マメダルマコガネPanelus parvulus がスカラベ類と同じ糞運びをすることが知られているが、体長が僅か三ミリメートルしかないので、目につかないとあるから、大きさの違いは問題にはならないし、光沢の有無も本邦種のセンチコガネ・オオセンチコガネ・オオシマセンチコガネの違いを見ても、それは同じように言える。ただ、気になるのは、「腹の翼下に小さき黃なる子(こ)有りて、母に附きて飛ぶ」という前者の奇妙な叙述で、この黄色い小さな子どもというのは、この虫の何らかの器官の一部と考えられ、さすれば、こちらの方こそ、実はフンコロガシ類とは違った種を誤認している可能性があるのかも知れぬ。昆虫守備範囲外の私には、これ以上の考察は出来ない。識者の御教授を乞うものである。

「並びに」(その違った習性を持つフンコロガシの)孰れをも。

喜びて之れを食ふ。

「五月五日、採りて蒸し」端午の節季を採取とするのは、無論、陰陽五行説などを援用して、成虫の薬効が、そこで最大最強となるとする認識があるからではあろうが、例えば本邦のセンチコガネの場合、成虫が出現するのは夏であるから(この「五月五日」は旧暦であるから夏である)、特定の日に限って採取をし、その他の時季のそれを禁ずることで、採り尽くさないようにする、伝統的本草学の、種を保存する理念の現われとも考え得る。

「藏す」保存する。

「手足の陽明」人体を巡る経絡(けいらく:ツボ)の一つ。ウィキの「手の陽明大腸経」(「経」は「けい」と読む)によれば、『大腸経に属する手を流れる陽経の経絡である。肺と大腸は共に中国の五行(木、火、土、金、水)でいうと金に属するため』、『密接な関係を持つ。また、『大腸はもとより、歯のまわりを取り囲んでいるため』、『歯痛にこの大腸経の経穴を使うこともある』とある。

「厥陰」前と同じく経絡の名。陰気進行の最終段階で、陰気が尽きて陽気が生じる意味を持つ。ウィキの「足の厥陰肝経によれば、『肝経に属する足を流れる陰経の経絡である。肝臓と胆嚢は共に中国の五行(木、火、土、金、水)でいうと木に属するため』、『密接な関係を持つ。また、流注によると肝臓はもとより、目のまわりを取り囲んでいるため』、『目の痛みにこの肝経の経穴を使うこともある』とある。

「古方」古い漢方の処方。

「驚風」小児が「ひきつけ」を起こす病気の称。現在の癲癇(てんかん)症や髄膜炎の類に相当する。次の「疳疾」も同類の症状を指す。

「箭鏃(やのね)」鏃(やじり)。

「巴豆(はづ)」キントラノオ目トウダイグサ科ハズ亜科ハズ連ハズ属ハズ Croton tiglium の実のこと。マメ科ではないので注意。実は凡そ一・五センチメートル弱の楕円形で中に三個の種子を持つ。ウィキの「ハズ」によれば、『種子から取れる油はハズ油(クロトン油)と呼ばれ、属名のついたクロトン酸のほか、オレイン酸・パルミチン酸・チグリン酸・ホルボールなどのエステルを含む。ハズ油は皮膚につくと炎症を起こす』。『巴豆は『神農本草経下品』や『金匱要略』に掲載されている漢方薬であり、強力な峻下』(しゅんげ:下剤効果の中でも強いものの様態を指す)『作用がある。走馬湯・紫円・備急円などの成分としても処方される。日本では毒薬または劇薬に指定』『されているため、通常は使用されない』とある。

「同〔(あは)せ〕て」私の推定訓読。

「斯須(しばらく)して」二字へのルビ。

「定〔(や)む〕」私の推定訓読。(痛みが)止まる。

「之れを忍(こら)へ、極めて痒くして忍〔(こら)〕ふべからざるを待ちて」これって結構、シンどそうだなぁ。

「撼動(うご)かして」二字へのルビ。揺り動かして。

「度取〔(どしゆ)〕す」私の推定読み。よく見極めて採取する。

「丁瘡〔(ちやうさう)〕」面疔(めんちょう)のこと。汗腺又は皮脂腺が化膿し、皮膚や皮下の結合組織に腫れ物を生じた症状が顔面に発症した場合を指す。

「根」腫れ物の化膿して生じた核である膿の囊(ふくろ)。]

2016/12/09

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 田鼈


Tagame

たがめ

     俗云髙野聖

田鼈

 

△按此蟲背文似高野僧負笈之形故俗呼曰高野聖蓋

 腹蜟之屬也在溝池濕地形似蟬而灰黒色有甲露眼

 正黒色六足前二足如蟹螫其行也不疾終背裂化生

 蜻蛉

 

 

たがめ

     俗に「髙野聖(かうやひじり)」と云ふ。

田鼈

 

△按ずるに、此の蟲、背の文〔(もん)〕、高野僧(はうし)の笈(をひ)を負ひたるの形に似たり。故に俗、呼んで「高野聖」と曰ふ。蓋し、腹蜟〔(にしどち)〕の屬なり。溝・池・濕地に在り。形、蟬に似て、灰黒色。甲、有り。露(あら)わなる眼、正黒色。六足、前二足は蟹の螫(はさみ)のごとく、其の行くこと、疾(と)くならず。終〔(つひ)〕に、背、裂けて、蜻蛉(とんばう)を化生す。

 

[やぶちゃん注:日本最大の水生昆虫にして日本最大のカメムシ類の一種である(成虫体長は五~六・五センチメートル。♀の方が大型)、

半翅(カメムシ)目異翅(カメムシ)亜目タイコウチ下目タイコウチ上科コオイムシ科タガメ亜科タガメ属タガメ Lethocerus deyrollei

である。現行でも「田鼈」と漢字表記する(「水爬虫」とも書く。「爬」は「這う・引っ掻く」の意)。「鼈」はカメの一種であるスッポン(爬虫綱カメ目潜頸亜目スッポン上科スッポン科スッポン亜科キョクトウスッポン属ニホンスッポン(キョクトウスッポン)Pelodiscus sinensis)を指す語である。私は二十年ほど前、法師温泉の帰りに田圃道を歩いている折り、見つけた個体が、目の前で羽を広げて飛ぶのを見、激しく感動したのを思い出す(実はそれまで私はタガメが飛ぶとは思っていなかった。You Tube の飛翔画像はmushikerasanタガメの離陸がよい。これはもう、蟬デッショウ!?!)。ウィキの「タガメによれば、『基本的にあまり飛行しない昆虫だが、繁殖期』(成虫は春に越冬から目覚め、五~六月頃に性成熟する)『には盛んに飛び回り(近親交配を避けるためと考えられる)、灯火に集まる走光性もあってこの時期は夜になると強い光源に飛来することが多い。飛行の際には前翅にあるフック状の突起に後翅を引っ掛け、一枚の羽のようにして重ね合わせて飛ぶ。この水場から水場に移動する習性から、辺りには清澄な池沼が多く必要で、現代日本においてその生息域はますます狭められることとなっている』とある。

「髙野聖(こうやひじり)」ウィキの「高野聖より引く。『中世に高野山を本拠とした遊行者。日本の中世において、高野山から諸地方に出向き、勧進と呼ばれる募金活動のために勧化、唱導、納骨などを行った僧侶。ただしその教義は真言宗よりは浄土教に近く、念仏を中心とした独特のものだった』。『遊行を行う僧は奈良時代に登場したが、高野山では平安時代に発生。始祖としては小田原聖(おだわら ひじり)の教懐、明遍、重源らが知られる。高野聖は複数の集団となって高野山内に居住したが,その中でも蓮華谷聖(れんげだに ひじり)、萱堂聖(かやんどう ひじり)、千手院聖(せんていん ひじり)が三集団が最も規模の大きいものとして知られる』。『こうした聖は高野山における僧侶の中でも最下層に位置付けられ、一般に行商人を兼ねていた。時代が下ると学侶方や行人方とともに高野山の一勢力となり、諸国に高野信仰を広める一方、連歌会を催したりして文芸活動も行ったため民衆に親しまれた。しかし一部においては俗悪化し、村の街道などで「今宵の宿を借ろう、宿を借ろう」と声をかけたため「夜道怪」(宿借)とも呼ばれた集団もあった。また「高野聖に宿貸すな 娘とられて恥かくな」と俗謡に唄われているのはこのためである』。なお、織田信長は天正六(一五七八)年に畿内の高野聖を千三百八十三人も捕え、殺害している事実はあまり知られているとは思われない。『高野山が信長に敵対する荒木村重の残党を匿ったり足利義昭と通じたりした動きへの報復だったというが、当時は高野聖に成り済まし』、『密偵活動を行う間者もおり、これに手を焼いた末の対処だったともいわれている』。『江戸時代になって幕府が統治政策の一環として檀家制度を推進したこともあり、さしもの高野聖も活動が制限され、やがて衰えていった』とある。引用中の「夜道怪(やどうかい)」「宿借(やどかい)」という妖怪(というか、実在した可能性の高い「人攫い」)についてもウィキの「夜道怪から引いておく。これは一般には、『埼玉県の秩父郡や比企郡小川町大塚などに伝わる怪異の一つ』とされ、『何者かが子供を連れ去るといわれたもので、宿かい(やどかい)、ヤドウケともいう』。『子取りの名人のような妖怪として伝承されており、秩父では子供が行方不明になることを「夜道怪に捕らえられた」「隠れ座頭に連れて行かれた」という』。『比企郡では「宿かい」という者が白装束、白足袋、草鞋、行灯を身につけて、人家の裏口や裏窓から入ってくるといわれる』。『民俗学者・柳田國男の著書においては、夜道怪の正体は妖怪などではなく人間であり、中世に諸国を修行して旅していた法師・高野聖のこととされている』。『武州小川(現・埼玉県比企郡小川町)では、夜道怪は見た者はいないが、頭髪も手入れされておらず、垢で汚れたみすぼらしい身なりの人が、大きな荷物を背負って歩く姿を「まるで夜道怪のようだ」と言うことから、夜道怪とは大方そのような風態と推測されている』。『実際に高野聖は行商人を兼ねていたため、強力(ごうりき; 歩荷を職業とする者)のように何もかも背負って歩き、夕方には村の辻で「ヤドウカ(宿を貸してくれ、の意)」とわめき、宿が借りられない場合には次の村に去ったというが、彼らが旅を通じて次第に摺れ、法力(仏法による力)を笠に着て善人たちを脅かすようになったために「高野聖に宿貸すな、娘取られて恥かくな」という諺すら生まれ、そうした者が現れなくなって以降は単に子供を脅かす妖怪として解釈されるようになったと、と柳田は考察している』。『江戸時代後期の大衆作家・十返舎一九による読本『列国怪談聞書帖』には、高野聖は巡業の傍らで数珠を商いし、民戸に立っては宿や米、銭を乞う者で、俗にこれを「宿借(やどうか)」というとある』。また、『同書には、道可(どうか)という僧がこのような修行を始めたため、すべての高野聖を「野道可(やどうか)」と呼んだという説も述べられている』とある。

「背の文〔(もん)〕」「背の紋」。ウィキの「タガメによれば、『体色は暗褐色で、若い個体には黄色と黒の縞模様がある』とある(下線やぶちゃん)。

「高野僧(はうし)」「はうし」は「僧」一字へのルビ。

「笈(をひ)」動詞「負う」の連用形「負い」の名詞化したもの。修験者や行脚僧が仏具・衣類などを入れて背に負うた脚・開き戸附きの箱。グーグル画像検索「をリンクしておく。

「腹蜟〔(にしどち)〕」これは半翅(カメムシ)目頸吻亜目セミ上科 Cicadoidea のセミ類の比較的終齢期の方に近い幼虫を指すと私は考えている。前出の腹蜟を参照されたい。大雑把なカメムシ類(半翅(カメムシ)目 Hemiptera)では正しくないとは言えぬが、良安は「蟬に似て」いるから、かく言ったわけで、やはり誤りと言わねばならぬ。

「前二足は蟹の螫(はさみ)のごとく」ウィキの「タガメによれば、『前肢は強大な鎌状で、獲物を捕獲するための鋭い爪も備わっている。中・後肢は扁平で、遊泳のために使われる』とある。また、『肉食性で、魚やカエル、他の水生昆虫などを捕食する。時にはヘビやカメ等の爬虫類やネズミ等の小型哺乳類をも捕食する。鎌状の前脚で捕獲し、針状の口吻を突き刺して消化液を送り込み、消化液で溶けた液状の肉を吸う(「獲物の血を吸う」と表記した図鑑や文献もあるが、体外消化によって肉を食べているのであり、血のみを吸っているわけではない。タガメに食べられた生物は、骨と皮膚のみが残る)。自分より大きな獲物を捕らえることが多い。その獰猛さから「水中のギャング」とも呼ばれ、かつて個体数が多かった時には、養魚池のキンギョやメダカ等を食い荒らす害虫指定もされていた』。『北海道を除く日本全土に分布するが局所的。国外では台湾、朝鮮半島、中国に分布する』。なお、『中国では漢方薬の原料として用いられる他、国内では佃煮にされていた地方もあった』とある(下線やぶちゃん)。

「疾(と)くならず」素早くはない。

「終〔(つひ)〕に、背、裂けて、蜻蛉(とんばう)を化生す」最後には背部が裂けて、そこから別種である蜻蛉(とんぼ)に化生(けしょう)する。通常の仏教上の生物学では「四生(ししょう)」と称し、「胎生」・「卵生」・「湿生」(湿気から生ずること。蚊や蛙がこれに相当すると考えられた)・「化生」(自分の超自然的な力によって忽然と生ずること。天人や物怪の誕生、死者が地獄に生まれ変わることなどを指す)の四種に発生説を分類する。無論、タガメはトンボ(昆虫綱蜻蛉(トンボ)目 Odonata にはならぬから大間違いなわけだが、前に述べたように迂闊な私が幼い頃にタガメの飛び立つのを見たら、「そりゃ、トンボになった!」と叫んだことであろう。]

2016/12/08

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 茅蜩


Higurasi

ひくらし  茅【當作字】

茅蜩

     【和名比久良之】

ミヤウ゜チヤウ

 

本綱茅蜩小而青綠色蟬也

△按深山中有之人家近處希有也至晩景鳴聲寂寥

     月淸
                 後京極

 日くらしのなく音に風を吹添て夕日凉しき岡のへの松

 

――[やぶちゃん注:ここに本文完全閉鎖の縦罫が入る。]――

 

寒蟬【寒蜩◦寒螿◦𧕄】 本綱小而色青赤者名寒蟬【和名加無世美】月令

 云七月寒蟬鳴者是也

啞蟬         本綱未得秋風則瘖不能鳴者

 △按此蟬如土用中則觸物如言吃吃而不能鳴立秋

 始鳴然不如常蟬蓋和名抄所謂奈波世美是乎

冠蟬【胡蟬 螗蜩】  本綱頭上有花冠蟬也

 △按詩大雅曰如蜩如螗蓋蜩尋常蟬也螗則冠蟬也

螓【麥】      本綱小而有文蟬也

蜋蜩         本綱五色具蟬也

𧑗母         本綱小於寒蟬二三月鳴者也

 △按蟬之類有數種而其初所化之蠐螬腹蜟等亦不

 一故有大小遲速之異

 

 

ひぐらし  茅〔(ばうせつ)〕【當(まさ)に「」の字に作るべし。】

茅蜩

     【和名「比久良之」。】

ミヤウ゜チヤウ

 

「本綱」、茅蜩は小にして青綠色の蟬なり。

△按ずるに、深山の中に、之れ、有り。人家近き處には希れに有り。晩景に至りて鳴く聲、寂寥たり。

    「月淸」
                 後京極

 日ぐらしのなく音〔(ね)〕に風を吹き添へて夕日凉しき岡の邊(へ)の松

 

―――――――――――――――――――――

寒蟬(かむせみ)【寒蜩寒螿𧕄】 「本綱」、小にして、色、青赤き者を寒蟬と名づく【和名「加無世美」。】「月令〔(がつりやう)〕」に云ふ、『七月に寒蟬鳴く』と云ふは、是れなり。

啞蟬(なはせみ) 「本綱」、未だ秋風を得ざれば、則ち、瘖〔(いん)にして〕、鳴くこと能はざる者なり。

 △按ずるに、此の蟬、土用の中〔(うち)〕は、則ち物に觸れて、「吃吃〔(きつきつ)〕」と言ふがごとくにして、鳴くこと、能はず。立秋に始めて鳴く。然〔れど〕も、常の蟬のごとくならず。蓋し、「和名抄」〔に〕所謂〔(いはゆ)〕る「奈波世美〔(なはせみ)〕」は是れか。

冠蟬(かむりせみ)【胡蟬 螗蜩】 「本綱」、頭の上に花冠〔(くわかん)〕有る蟬なり。

 △按ずるに、「詩」の「大雅」に曰く、『蜩(ちやう)のごとく、螗〔(たう)〕のごとし』とあり。蓋し、「蜩」は尋常(よのつね)の蟬なり。「螗」は則ち、冠蟬なり

螓(あやせみ)【麥】 「本綱」、小にして文〔(もん)〕有る蟬なり。

蜋蜩(いろどりせみ) 「本綱」、五色具(そな)はる蟬なり。

𧑗母 「本綱」、寒蟬より小さく、二、三月に鳴く者なり。

 △按ずるに、蟬の類、數種有りて、其の初〔めて〕化する所の「蠐螬〔(きりうじ)〕」・「蠐螬〔(にしどち)〕」等、亦、一〔(いつ)〕ならず。故、大小・遲速の異、有り。

 

[やぶちゃん注:私がその声を偏愛する、

セミ科セミ亜科ホソヒグラシ族ヒグラシ属ヒグラシ Tanna japonensis

及び他のセミ類の附記である。但し、最後の他の蝉は「本草綱目」からのごく短い抄録であって、同定も放棄している。なお、私がどれぐらい偏愛しているかというと、私は実はもうこの五年近く、好きなバッハもジャズも殆んど実は聴いていないのである。パソコン前での作業中(一日延べ八時間以上)は専ら、Tomoki BGM ViluReef Group の録音になる「川のせせらぎとひぐらしの鳴き声3時間版/作業用BGM・勉強用BGMYou Tube)や【作業用BGM】ひぐらしの鳴き声1時間を流しているのである。私は一年中、蜩の声を聴いていて飽きない人種なのである。いや、人と話すのはおろか、人の作った音楽も最早、私の心を和ませてはくれないのだとも言えるのである。

「茅【當(まさ)に「」の字に作るべし】」割注は「(「」の字は)「」の字を用いねばならない」の意。調べて見ると、「」は「」の俗字らしいので、それを言っているものか。或いは、「」はネットの中文サイトの辞書を見ると「青緑色の蟬」の意の他に、海産のある種の蟹をも意味するので、そこで良安はかく主張しているのかも知れぬ。

「月淸」「秋篠月清集(あきしのげっせいしゅう)」。公卿で繊細で気品のある新古今風の歌人として知られる九条良経(嘉応元(一一六九)年~元久三(一二〇六)年:摂政関白九条兼実次男で従一位・摂政・太政大臣。「後京極殿」と号した)の自撰家集。四巻。元久元(一二〇四)年成立。

「日ぐらしのなく音に風を吹き添へて夕日凉しき岡の邊の松」よか、歌じゃて。

「寒蟬(かむせみ)」「かんぜみ」。音は「カンセン」。本邦では秋に鳴く蟬で、先行するヒグラシ・ツクツクボウシなどを指す。

「寒蜩」「寒螿」「𧕄」以上、現代仮名遣で「カンチョウ」・「カンショウ」・「ヨウ」と読む。以下、印したものは同じ処理を施したものなので、この注記は略す。

「月令〔(がつりやう)〕」五経の一つである、「礼記(らいき)」の内の、年間行事を理念的に述べた「月令篇」。「げつりょう」と読んでも構わないようだが、私は昔からこうしか読んだことがない。

「七月に寒蟬鳴く」「礼記」「月令篇」に「孟秋之月」の条に『涼風至、白露降、寒蟬鳴』(涼風至り、白露(びやくろ)降り、寒蟬鳴く)とある。「七月」は旧暦であるから秋。

』と云ふは、是れなり。

「啞蟬(なはせみ)」基本、種ではなく鳴かないの蟬を指す語である。先行する「蚱蟬」の私の注を参照のこと。

「瘖」声が出ないこと。

「土用」五行に由来する暦の雑節の一つである立秋直前の夏の土用(二度ある場合は二度目の「二の丑」)現行の新暦では通常、八月七日より前である。

「吃吃〔(きつきつ)〕」これはが身体を動かす際の羽音の擦れるオノマトペイアであろう。

「鳴く」これはの蟬。

「常の蟬のごとくならず」それは普通の蟬の鳴き声とは違っている。ということは、寧ろ、後期に鳴くか、他の蝉が静まって鳴き声が判り始める、やはり、ヒグラシ・ツクツクボウシなどの類が想起される。言っておくが、ここは良安の附記部分であるから、本邦の蟬に限って考えてよいのである。

『「和名抄」に所謂る「奈波世美」』「蚱蟬」の私の『「和名抄」、「蚱蟬」【和名「奈名波世美」】、以つて雌蟬(めせみ)にして鳴くこと能はざる者と爲る』注を参照のこと。

「冠蟬(かむりせみ)」これは「頭の上に花冠」から、多くの主がその胸部背面や頭部上面に、実に変わった多様な形状(烏帽子形・剣形・瘤のついた樹木の枝状で、色も多様である種もある)を成す「ヘルメット」と呼ばれる構造を持っている、セミ型下目ツノゼミ上科ツノゼミ科 Membracidae の類を私は直ちに想起した(それが当たっているかどうかは知らぬ)。グーグル画像検索「Membracidaeをリンクしておく。なお、この「冠蟬」は文字からも納得出来るが、現代中国語では「蟬花」などとも称し、特定の蟬に附着する冬虫夏草(例えば、本邦では、セミ亜科ニイニイゼミ族ニイニイゼミ属ニイニイゼミ Platypleura kaempferi の幼虫に寄生する菌界ディカリア亜界子嚢菌門チャワンタケ亜門フンタマカビ綱ボタンタケ亜綱ボタンタケ目オフィオコルディケプス科オフィオコルディケプス属セミタケ Ophiocordyceps sobolifera など)に対する名ともなっているようである。

「胡蟬」「コセン」。

「螗蜩」「トウチュウ」。

「詩」「詩経」。

『「大雅」に曰く、『蜩(ちやう)のごとく、螗〔(たう)〕のごとし』とあり』。「蕩之什」の一節に「如蜩如螗、如沸如羹。小大近喪、人尚乎由行」(蜩の如く、螗の如し、沸くが如く、羹(こう)するが如し。小・大、喪(ほろ)ぶに近きも、人、尚ほ、由りて行く)とある。

「麥「バクサツ」。

「文〔(もん)〕」紋。

「蜋蜩」不詳。「五色具(そな)はる蟬」なら見て見たいのだが、「蜋蜩」で画像検索をかけたら、トホホ! 自分のサイトの挿絵が、これ、いっぱいだわ!(本「蟲類」の目録に載せた字を拾ってしまうため)

𧑗母」「デイボ」。

「寒蟬より小さく、二、三月に鳴く者なり」本邦の種として類似するものを当てるとすれば、セミ亜科ホソヒグラシ族ハルゼミ属ハルゼミ Terpnosia vacua がよく一致する。私は二十年ほど前、法師温泉で満山に亙るその鳴き声を聴いたことがある。彼らの声も、とても、好きだ。

「蠐螬〔(きりうじ)〕」・「蠐螬〔(にしどち)〕」先行する「蚱蟬」の私の注及びそのリンク先を参照されたい。]

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 蟪蛄


Kutukutuhousi

くつくつはうし  蛁蟟 蜒蛛

         螇 蛥

蟪蛄

        【和名久豆久豆保宇之】

ホイ クウ

 

本綱蟪蛄青紫色蟬秋月鳴者也

按小於蟬而畧團其頭褐色身及羽淺青色鳴聲如言

 久豆久豆法師故名之關東則多有而畿内希

 

 

くつくつはうし  蛁蟟 蜓

         螇 蛥

蟪蛄

        【和名「久豆久豆保宇之〔(くつくつばふし〕」。】

ホイ クウ

 

「本綱」、蟪蛄は青紫色の蟬。秋月、鳴く者なり。

按ずるに、蟬より小さくして、畧〔(ほぼ)〕團〔(まる)〕く、其の頭、褐色、身及び羽、淺青色。鳴き聲、「久豆久豆法師」と言ふがごとし。故に之れを名づく。關東には則ち、多く有りて、畿内には希なり。

 

[やぶちゃん注:セミ科セミ亜科ツクツクボウシ族ツクツクボウシ属ツクツクボウシ Meimuna opalifera。但し、良安が最後で「關東には則ち、多く有りて、畿内には希なり」と言っているのは不審である。本種は温・亜熱帯性の分布を示すからで、ウィキの「ツクツクボウシによれば、『北海道からトカラ列島の』横当島(よこあてじま:鹿児島県のトカラ列島最南端ある無人島)『までの日本列島、日本以外では朝鮮半島、中国、台湾まで、東アジアに広く分布』し、『平地から山地まで、森林に幅広く生息する。地域によっては市街地でも比較的普通に発生する(盛岡市など)が、基本的にはヒグラシと同じく森林性(湿地性)であり、薄暗い森の中や低山帯で多くの鳴き声が聞かれる。この発生傾向は韓国や中国でも同様である。成虫は特に好む樹種はなく、シダレヤナギ、ヒノキ、クヌギ、カキ、アカメガシワなどいろいろな木に止まる。警戒心が強く動きも素早く、クマゼミやアブラゼミに比べて捕獲が難しい』。成虫は七月から『発生するが、この頃はまだ数が少なく、鳴き声も他のセミにかき消されて目立たない。しかし他のセミが少なくなる』八月下旬から九月上旬頃には『鳴き声が際立つようになる』。九月下旬には『さすがに数が少なくなるが、九州などの西南日本では』十月上旬に『鳴き声が聞かれることがある』とある。なお、『ツクツクボウシはアブラゼミやニイニイゼミと比べて冬の寒さに弱いので、元来北日本では川沿いのシダレヤナギ並木など局地的にしか分布していなかった。しかし近年、盛岡や仙台においてこのセミが増えつつある。特に盛岡ではアブラゼミが激減している(仙台でもかなり減少している)が、ツクツクボウシは逆に増えている。これは地球温暖化が原因と考えられるが、生態学的に優位な立場にあるアブラゼミの数が減ったことで、ツクツクボウシが繁殖しやすくなったという原因もある』。『なお、青森市や八戸市でもアブラゼミが激減(ほぼ消滅)しているが、盛岡や仙台と異なり今のところツクツクボウシが増加する兆候はない。これは、盛岡などと異なり盛夏でもあまり暑くならない青森県の気候が原因と考えられている。 本種は本来北海道には生息しないとされてきたが』近年、進出が確認され、『各地で鳴き声が聞かれるようになった』ともある。この引用にある、ツクツクボウシの「鳴き声」が「他のセミにかき消されて目立たない」という叙述から、或いは良安はかく誤認したものかも知れない。所謂、蟬が蟬らしく鳴く時期だけに蟬に耳を傾ける、インセクタでない通常人であった良安には、「蟬」の季節が過ぎた時期の彼らの鳴き声に注視しなかったか、その頃にならないと聴こえないから、実は数が少ないと誤認していたものかも知れない。因みに、寺島良安は大坂城の御城入(おしろいり)医師を勤めていたから、彼はまさに「畿内」の人間であったのである。

「くつくつ」は副詞で、おかしくてたまらず、押しころすようにして笑う声を表わすオノマトペイア(擬音語)であろう。但し、他にも同語は物の煮えたつ音を表したり、ふざけてくすぐる際の「こちょこちょ」という擬態語の他、痰などが咽喉につかえて鳴る音を表す擬音語でもあるから、そうした意味の複合可能性も考えるべきかもしれない。

「蛁蟟」「蜓」「螇」「蛥」漢名なので歴史的仮名遣で表記する意味をあまり感じないから、ここで東洋文庫版を参考に現代仮名遣で順に示す。「ちょうりょう」「ていぼく」「けいろく」「せつけつ」。]

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 蟬蛻


Senzei

せんぜい  蟬殻  枯蟬

      金牛兒 蟬退

蟬蛻

     【和名 世美乃毛奴介】

チヱン トイ

 

本綱蟬蛻【鹹甘寒】治皮膚瘡瘍風熱驚癇眼目翳膜及啞病

夜啼皆宜用馬蟬之蛻

按腹蜟蠐螬等冬蟄夏出背裂而爲墠出去殻也紀州

 越州之産爲佳形大而馬蟬之殻也藥肆所售者多常

 蟬蛻也

     源氏

       うつ蟬の身をかへてける木の本に猶人からのなつかしき哉

 

 

せんぜい  蟬殻  枯蟬

      金牛兒 蟬退

蟬蛻

     【和名「世美乃毛奴介〔(せみのもぬけ)〕」。】

チヱン トイ

 

「本綱」、蟬蛻は【鹹甘、寒。】皮膚瘡瘍(そうちやう)・風熱を治す。驚癇〔(きやうかん)〕・眼目の翳膜〔(かすみ)〕及び啞病〔(おし)〕・夜啼き、皆、宜しく馬蟬(むませみ)の蛻〔(ぬけがら)〕を用ふべし。

按ずるに、腹蜟(にしどち)・蠐螬(きりうじ)等、冬、蟄(すごもり)、夏、出でて、背、裂けて墠〔(せん)〕と爲り、出でて去りし殻なり。紀州・越州の産、佳と爲す。形、大きくして、馬蟬(にしどち)の殻なり。藥肆〔(やくし)〕に售(う)る所の者は、多く、常の蟬(きりうじ)の蛻(から)なり。

    「源氏」

       うつ蟬の身をかへてける木〔(こ)〕の本〔(もと)〕に猶〔(なほ)〕人がらのなつかしき哉

 

[やぶちゃん注:半翅(カメムシ)目頚吻亜目セミ型下目セミ上科 Cicadoidea に属するセミ類の幼虫の脱皮した殻。

 なお、平凡社東洋文庫版現代語訳(一九八七年刊。杏林堂版を底本とする)では、良安の解説の冒頭が私の所持するもの(五書肆名連記版影印)とは異なる。幾つかの画像アーカイブを見たが、当該の杏林堂版原文を見出せないので、現代語訳を引用しておく。

 

思うに、『本草綱目』に、あるいは腹蜟を蟬蛻とする、とあるのは誤りである〔腹蜟とはまだ蟬となる前の名である〕。およそ蟬蛻は』[やぶちゃん補注:以下、「紀州」と続くが、そこは訳から見て同一と思われる]。

 

内容から見て、杏林堂版は、五書肆名連記版を改稿したものと思われ、良安の最終意見はこちらに落ち着くものか

「枯蟬」(こせん)「金牛兒」(きんぎゅうじ)「蟬退」(せんたい)は孰れも言い得て妙の別称ではないか。こういう感覚が現代生物科学から失われたのは、私は非常に淋しい気がしている。

「「世美乃毛奴介〔(せみのもぬけ)〕」「蛻」は、現行でも「もぬけ」と訓ずる。噓だと思ったら、「もむけ」と打って変換して見られよ。

「瘡瘍」瘡(かさ)や腫瘍。

「風熱」風邪の中でも重症のもので、特に高い熱を発する病態及びそれよって生する合併症をも含む症状。

「驚癇」」癲癇(てんかん)。

「馬蟬(むませみ)」セミ上科セミ科セミ亜科エゾゼミ族クマゼミ属クマゼミ Cryptotympana facialis 前項参照。

「腹蜟(にしどち)」これは半翅(カメムシ)目頸吻亜目セミ上科 Cicadoidea のセミ類の比較的終齢期の方に近い幼虫を指すと私は考えている。前出の腹蜟を参照されたい。とすると、これを杏林堂版でかく修正したのは誤りと私は思う

「蠐螬(きりうじ)」鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コガネムシ下目コガネムシ上科コガネムシ科スジコガネ亜科スジコガネ族スジコガネ亜族コガネムシ属 Mimela に属するコガネムシ類の幼虫を指すと私は考えている。前出の「蠐螬」を参照されたい。さすれば、こちらは杏林堂版でかく修正したのは正しいと私は思う。総合的に見て、杏林堂版の方が現代の生物学的知見からは無難な線とは言える。

「越州」越後国・越中国・越前国の総称。

「馬蟬〔にしどち〕」ルビは何故か、左側に配されてある(底本は「ニシトチ」と清音)。前の注での私の比定からは「ニシトチ」は広義には正しいとは言えるが、「馬蟬」に振るのは誤りである。

「藥肆〔(やくし)〕」薬屋。

「售(う)る」売る。

「蟬(きりうじ)」ルビは左側に配されてある(底本は「キリウシ」と清音)。但し、こちは、右に「ノ」「カラ」と送り仮名とルビを振った結果、書けなくなったために過ぎない。この「キリウシ」の方は前の注での私の比定からは「蟬」に振るのは全くの誤りであると言わざるを得ない。

「うつ蟬の身をかへてける木〔(こ)〕の本〔(もと)〕に猶〔(なほ)〕人がらのなつかしき哉」「 空蟬の身をかへてける木のもとになほ人がらのなつかしきかな」言わずもがな、「源氏物語」の第三帖「空蟬」のエンディング、源氏が、逃げ去る際、空蟬が脱ぎ捨てた衣を持って帰り、そのせつない思いを詠んで、空蟬に贈った印象的な源氏の一首である。良安先生、大好き

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 蚱蟬


Umazemi

むませみ  【音】 馬蜩

蚱蟬

     【俗云 無末世美】

 

本綱五月始鳴黒色而大蟬類雖多獨此一種入藥醫方

多用蟬殻亦此殻也

按和名抄蚱蟬【和名奈名波世美】以爲雌蟬不能鳴者非也此據

 陶氏之本草謬然矣蓋蚱蟬卽馬蟬也形長大於蟬身

 深褐色羽畧厚美灰白色聲大而緩不如蟬之連聲也

 

 

むまぜみ  【音[やぶちゃん字注:欠字。]】 馬蜩〔(ばてう)〕

蚱蟬

     【俗に云ふ「無末世美〔(むまぜみ)〕」。】

 

「本綱」、五月、始めて鳴く。黒色にして大なり。蟬の類、多しと雖も、獨り、此の一種〔のみ〕、藥に入る。醫方、多く蟬の殻を用ふる〔は〕亦た、此の殻なり。

按ずるに、「和名抄」、「蚱蟬」【和名「奈名波世美〔(なはせみ)〕」】、以つて雌蟬(め〔す〕せみ)にして鳴くこと能はざる者と爲〔(す)〕るは、非なり。此れ、陶氏が「本草」の謬〔(あやまり)〕に據つて然〔(しか)〕る。蓋し、蚱蟬は卽ち馬蟬なり。形、蟬より長大にして、身、深褐色。羽、畧〔ほぼ〕厚く、美にして灰白色。聲、大にして緩〔(ゆる)〕く、蟬の連聲には若(し)かざるなり。

 

[やぶちゃん注:この「馬蟬」とは本邦種としては「熊蟬」、

昆虫綱有翅昆虫亜綱半翅(カメムシ)目頚吻亜目セミ型下目セミ上科セミ科セミ亜科エゾゼミ族クマゼミ属クマゼミ Cryptotympana facialis

である。同種は日本特産種で、体長六~七センチメートルにも及び、本土ではセミ類の最大種である(本邦の最大種はクマゼミの近縁種であるヤエヤマクマゼミCryptotympana yayeyamanaで、沖縄県石垣島及び西表島に分布する固有種。鳴き声はミンミンゼミに似、本記載の「本草綱目」のそれと判断してよい、大陸や台湾の低山帯に分布するタイワンクマゼミ Cryptotympana holsti の近縁種でもある。体長はクマゼミよりさらに大きく、日本最大のセミである)。以上はウィキの「クマゼミ」他に拠った。

『「和名抄」、「蚱蟬」【和名「奈名波世美〔(なはせみ)〕」】、以つて雌蟬(め〔す〕せみ)にして鳴くこと能はざる者と爲〔(す)〕る』源順「和名類聚抄」の「虫豸(ちゅうち)類」の部に、

 

蚱蟬 本草云蚱蟬【作禪二音和名奈波世美】雌蟬不能鳴者也

 

と確かにある。なお、この条の次に、

 

馬蜩 爾雅注云馬蜩一名【音綿和名無末世美蟬中最大者也】

 

ともあり、この後の極めて正確な叙述と合わせると、良安がかくも論(あげつら)って指弾するほどの誤りとは私には思われない。寧ろ、中国では鳴かぬ「馬蜩」(「蚱蟬」の)を「蚱蟬」として区別していたとすれば、古来の博物学上では納得がゆくではないか。というより、小学館の「日本国語大辞典」を見ると、「蚱蟬」を鳴かない雌の雌を指す語としており、「本草和名」(「蚱蟬 一名瘂【雌蟬不能鳴者】)をも引いており、古語辞典でも雌の蟬として「蜻蛉日記」のも出ているから、寧ろ、こうした現象的分類としては私はすこぶる腑に落ちる。そもそもが博物学的分類や命名はそういった現象的分類命名であったからである。但し、「なは」が「鳴かない・啞(おし)の」の意味であることは探し得なかった。

『陶氏が「本草」の謬に據つて然る』「本草綱目」の「蟲之三」(化生類)の「蚱蟬」の「集解」中に『弘景曰、蚱蟬、啞蟬、雌蟬也。不能鳴。』(弘景曰く、「蚱蟬、啞蟬、雌蟬なり。鳴く能はず。)とあるのを指す。陶弘景(四五六年~五三六年)は六朝時代の道教の茅山派の開祖で医学者・科学者。ウィキの「陶弘景によれば、山林に隠棲し、フィールド・ワークを中心に、本草学を研究、『今日の漢方医学の骨子を築』き、『また、書の名手としても知られ、後世の書家に影響を与えた』人物でもある。彼は『前漢の頃に著された中国最古のバイブル的な薬学書』「神農本草経」を整理して、五〇〇年頃、「本草経集注」を著した。『この中で薬物の数を』七百三十種類と従来の二倍に増やし、また、『薬物の性質などをもとに新たな分類法を考案した。この分類法はいまなお使われている』とある。

「畧」少しく。

「蟬の連聲には若(し)かざるなり」通常の蟬の鳴き声とは似ていない。]

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