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カテゴリー「和漢三才圖會 蟲類」の70件の記事

2016/12/29

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 蜉蝣


Settinbati

せつちんばち 渠畧

蜉蝣

       俗云雪隱蜂

      【厠異名曰雪

       隱而此蟲形

       似蜂故名】

フエウ ユウ

 

本綱蜉蝣似𧏙蜋而小大如指頭身狹而長有肉黃黑色

甲下有翅能飛夏月雨後叢生糞土中朝生暮死猪好啖

之蓋𧏙蜋蜉蝣腹蜟天牛皆蠐螬蠹蝎所化也此尚𧏙

之一種不可不知也 或云蜉蝣水蟲也狀似蠶蛾朝生

暮死

△按蜉蝣黃黒色身狹長細腰畧似蜂有角甲下有翅以

 翅發聲其聲似蠅而太夏月四五隻群飛敵合然無螫

 之害必非朝生暮死者唯魯鈍爲人易捕亦易死耳

 不如蠅之易活也然則此與水蟲之蜉蝣同名異種矣

 

 

せつちんばち 渠畧〔(きよりやく)〕

蜉蝣

       俗に云ふ、「雪隱蜂」。

      【厠の異名を、雪隱と曰ふ。而も、此の蟲、形、蜂に似る。故に名づく。】

フエウ ユウ

 

「本綱」、蜉蝣は𧏙蜋〔(くそむし)〕に似て小さし。大いさ、指頭のごとく、身、狹〔(せば)ま〕りて長し。肉有り、黃黑色。甲の下に翅〔(はね)〕有り、能く飛ぶ。夏月、雨の後、糞土の中に叢生〔(さうせい)〕す。朝に生まれ、暮れに死す。猪、好みて之れを啖〔(くら)〕ふ。蓋し、𧏙蜋〔(くそむし)〕・蜉蝣〔(かげらふ)〕・腹蜟〔(にしどち)〕・天牛〔(かみきりむし)〕、皆、蠐螬(すくもむし)・蠹蝎(きくいむし)の化する所なり。此れ、尚ほ、𧏙蜋の一種〔なるを〕、知らざらんは、あるべからざるなり。或いは云ふ、『蜉蝣は水蟲なり。狀、蠶蛾〔(かひこが)〕に似て、朝に生〔(しやう)〕じ、暮れに死す。』と。

△按ずるに、蜉蝣〔(せつちんばち)〕は黃黒色、身、狹〔く〕長く、細き腰、畧〔(ほぼ)〕蜂に似て、角〔(つの)〕有り。甲の下に翅有り、翅を以つて聲を發す。其の聲蠅に似て太(ふと)し。夏月、四、五隻〔(ひき)〕、群飛〔し〕、敵(あた)り合ふ。然れども、螫(さ)し(す)ふの害、無し。必ずしも朝に生じ、暮れに死する者に非ず。唯だ、魯鈍にして人の爲に捕へ易く、亦、死に易きのみ。蠅の活(い)き易きに如〔(し)〕かざるなり。然れば則ち、此れ、水蟲の蜉蝣〔(かげらふ)〕と〔は〕同名異種ならん。

 

[やぶちゃん注:「本草綱目」の記載の方に非常に大きな問題点があるが、これは結果的に、僕らが小さな頃「便所蜂(べんじょばち)」と呼んでいた、

双翅(ハエ)目短角(ハエ)亜目アブ下目ミズアブ上科ミズアブ科 Sarginae 亜科 Ptecticus 属コウカアブ(後架虻)Ptecticus tenebrifer

である。ミズアブ科の中では大形種で、体長十一~二十三ミリメートル、体色は黒で、翅は全体が黒褐色、腹部の基部が白色、前脚と中脚の脛節基部と脛節(ふせつ)は黄白色を呈する。触角第二節の内側は先端が前方に突出している。成虫は便所・畜舎・芥溜め周辺に五~九月頃、普通に見られる。腹部の基部が細く、姿や飛び方も蜂に似ており、便所(後架)の周辺や内部を飛ぶので「ベンジョバチ」の呼び名があるが、人を刺すことはない「刺された」とするネット投稿があるが、これは皮膚の表面をごく軽く表面的に舐められたに過ぎないか、別種の刺す虫によるものと思われる(そもそもがアブの類は基本、「刺して毒液を注入する」のではなく、大根おろし器のような口器で「舐め擦って体液を吸引する」のである)。産卵性で、幼虫は便所・畜舎の堆肥・芥溜めで発生し、形態は扁平で動きは鈍い。日本全土に分布し、中国・朝鮮半島・台湾にも棲息する。近年、形状が極めてこの種に似て(但し、以下に示す通り、全くの別種)触角が長く、腹部第二節に一対の白或いは黄色の紋があるアメリカミズアブ亜科 Hermetia属アメリカミズアブ Hermetia illucens が本邦に侵入、同じような場所に発生するために、在来種である我々の馴染みのコウカアブが駆逐され、姿が少なくなってきている。なお、コウカアブの近縁種キイロコウカアブPtecticus auriferは、山地の便所や畜舎付近に多く、体長十六~二十二ミリメートルで体は黄褐色、腹部に白と黒の帯があり、翅は全体に黄褐色を呈し、六~十月に出現する。本邦全土の他、シベリア・中国・東南アジアに広く分布する(以上は主に小学館「日本大百科全書」の倉橋弘氏の解説に拠った)。

 問題なのは、「本草綱目」が、「朝に生まれ、暮れに死す」などと記し、ご丁寧に最後にも「或いは云ふ、『蜉蝣は水蟲なり。狀、蠶蛾〔(かひこが)〕に似て、朝に生〔(しやう)〕じ、暮れに死す。』と」などと記してしまっていることである。これは言わずもがな、短命とされるカゲロウ類(真正の「カゲロウ」は昆虫綱蜉蝣(カゲロウ)目Ephemeropteraに属する昆虫を総称するもので、昆虫の中で最初に翅を獲得したグループの一つであると考えられている。幼虫はすべて水生。不完全変態であるが、幼虫亜成虫成虫という半変態と呼ばれる特殊な変態を行い、成虫は軟弱で長い尾を持ち、寿命が短いことでよく知られる。但し、面倒臭いことに、ホンモノでないホンモノにそっくりな「カゲロウ」類を、多くの人は本物の「カゲロウ」とごっちゃにして理解している。『本物でない「カゲロウ」』とは、具体的には、有翅昆虫亜綱内翅上目脈翅(アミメカゲロウ)目脈翅亜(アミメカゲロウ)亜目クサカゲロウ科 Chrysopidae に属する種群、及び同じ脈翅(アミメカゲロウ)目ウスバカゲロウ上科ウスバカゲロウ科 Myrmeleontidae に属する種群である。これらは形状は似ているものの、全く異なった種なのである。これは本テクストでもさんざん語ったし、他でも述べている。比較的くだくだしくない生物學講話 丘淺次郎 第八章 団体生活 一 群集の私の注などを参照されたい。

 非常に救われる思いがするのは、寺島良安がそうした「本草綱目」のトンデモ記述を批判し、最後に「水蟲の蜉蝣とは同名異種ならん」とぶちかまして呉れていることである。やったね! 良安センセ!

 

・「𧏙蜋〔(くそむし)〕」鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コガネムシ下目コガネムシ上科 Scarabaeoidea 及びその近縁な科に属する昆虫の中でも主に哺乳類の糞を餌とする一群の昆虫。参照。

・「叢生〔(さうせい)〕す」群がって発生する。

・「蜉蝣〔(かげらふ)〕」ここは前に冒頭の注で示した誤った全くの異種を広汎に含んだカゲロウと呼称する昆虫類全般と採る。

・「腹蜟〔(にしどち)〕」半翅(カメムシ)目頸吻亜目セミ上科 Cicadoidea のセミ類の比較的終齢期の方に近い幼虫。先行する腹蜟を参照。

・「天牛〔(かみきりむし)〕」鞘翅(コウチュウ)目カブトムシ(多食)亜目ハムシ上科カミキリムシ科 Cerambycidae のカミキリムシ類。次の次に独立項で出る。

・「蠐螬(すくもむし)」取り敢えず以前、鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コガネムシ下目コガネムシ上科コガネムシ科スジコガネ亜科スジコガネ族スジコガネ亜族コガネムシ属 Mimela に属するコガネムシ類の幼虫とした。本「部」冒頭の「蠐螬」を参照。

・「蠹蝎(きくいむし)」取り敢えず以前、鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目ハムシ上科カミキリムシ(髪切虫・天牛)科 Cerambycidae の幼虫とした。先行する蝎」(そこで「蝎」を「木蠹蟲」と別名で呼んでいる。因みに、ここの「蝎」は「サソリ」の意とは異なるので注意されたい)の項を参照。なお、以上の記載はまさに、実は中国の本草学に於いては、「蠐螬」や「蠹蝎」という語が、特定の生物種を指す語ではなく、昆虫類の多様な幼虫を大小・形状・棲息場所などを以って区別して指し示した語であることが明白となったとも言えるのである。

・「𧏙蜋の一種〔なるを〕、知らざらんは、あるべからざるなり」『この「せっちんばち」も「糞転がし」の一種であることをよく理解しないなどということは、あってはならない誤謬である』というのであるが、双翅(ハエ)目短角(ハエ)亜目アブ下目ミズアブ上科ミズアブ科 Sarginae 亜科 Ptecticus 属コウカアブ(後架虻)Ptecticus tenebrifer は鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コガネムシ下目コガネムシ上科 Scarabaeoidea とは、全然、目レベルで異なる明後日の異種で、ちゃいまんがな!

・「蜉蝣は水蟲なり。狀、蠶蛾〔(かひこが)〕に似」これは明らかに幼虫が総て水生であるところの、真正のカゲロウ類、昆虫綱蜉蝣(カゲロウ)目Ephemeropteraに属する昆虫を指している。

・「暮れに」実は以下二ヶ所のこの「暮れに」の原文の送り仮名は、どう見ても『ヘニ』としか見えない。しかしそれではどう読んでいるか不明なので、一般的な斯様な送り仮名としたものである。

・「(す)ふ」「吸ふ」に同じい。]

2016/12/28

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 𧏙蜋


Sentimusi

せんちむし    蛣𧏙 推車客

 くそむし    推丸 黑牛兒

𧏙

         鐡甲將軍

         夜遊將軍

キヤン ラン 【和名久曽無之】

       【一名末呂無之】

 

本綱𧏙蜋深目高鼻狀如羗胡背負黒甲狀如武士毎以

土包糞轉而成丸雄曳雌推置于坎中覆之而去數日有

𧏙蜋出蓋孚乳于中也有大小二種大者身黒光腹翼

下有小黃子附母而飛晝伏夜出見燈光則來【以此可入用藥】其

小者身黒而暗晝飛夜伏【小者不堪藥用】狐並喜食之

𧏙蜋【鹹寒有毒五月五日採蒸藏之臨用去足火炙】手足陽明足厥陰之藥古方

 治小兒驚風疳疾爲第一 治箭鏃入骨者用巴豆【微炒】

 同𧏙蜋搗塗斯須痛定必微痒忍之待極痒不可忍乃

 撼動拔之立出

𧏙蜋心 在腹下度取之其肉稍白是也能治丁瘡貼之

 半日許再易血盡根出則癒

 

 

せんちむし    蛣𧏙〔(きつきやう)〕 推車客〔(すいしやかく)〕

 くそむし    推丸〔(すいぐわん)〕 黑牛兒〔(こくぎゆうじ)〕

𧏙

         鐡甲將軍

         夜遊將軍

キヤン ラン 【和名、久曽無之〔(くそむし)〕】

       【一名、末呂無之〔(まろむし)〕】

 

「本綱」、𧏙蜋〔(きやうらう)〕は深き目、高き鼻。狀、羗胡(ゑびす)のごとく、背に黒き甲を負〔ふ〕狀〔かた〕ち、武士(もののふ)のごとし。毎〔(つね)〕に土を以つて糞を包み、轉〔(ころ)が〕して丸〔(ぐわん)〕と成して雄は曳(ひ)き、雌〔は〕、推〔(お)して〕坎〔(あな)〕の中に置き、之れを覆ひて去る。數日にして小𧏙蜋、出づ。蓋し、中に孚乳〔(ふにゆう)〕するなり。大小二種有り。大なる者、身、黒くして、光る。腹の翼下に小〔さき〕黃なる子〔(こ)〕有りて、母に附きて飛ぶ。晝、伏し、夜、出づ。燈光を見れば、則ち、來たる【此れを以つて用藥に入るべし。】。其の小なる者、身、黒くして暗し。晝、飛び、夜、伏す【小さき者、藥用に堪へず。】。狐〔(きつね)〕、並びに喜びて之れを食ふ。

𧏙蜋【鹹、寒。有毒。五月五日、採りて蒸し、之れを藏す。用ふるに臨みて、足を去り、火に炙〔(あぶ)〕る。】。手足の陽明、足の厥陰〔(けついん)〕の藥、古方に、小兒の驚風〔(きやうふう)〕・疳疾〔(かんしつ)〕を治するに第一と爲〔(す)〕。 箭鏃(やのね)、骨に入る者を治す。巴豆〔(はづ)〕を用ひ【微〔(わづ)〕かに炒〔(い)〕る】、𧏙蜋と同〔(あは)せ〕て搗〔(つ)〕きて、塗る。斯須(しばらく)して、痛み、定〔(や)む〕。必ず、微かに痒〔(かゆ)〕し。之れを忍(こら)へ、極めて痒くして忍〔(こら)〕ふべからざるを待ちて、乃ち、撼動(うご)かして之れを拔けば、立処〔(たちどころ)〕に出づ。

𧏙蜋心〔(きやうらうしん)〕 腹の下に在り。之れを度取〔(どしゆ)〕す。其の肉、稍(やや)白、是れなり。能く丁瘡〔(ちやうさう)〕を治す。之れを貼(つ)けて半日許〔(ばか)〕りにして、再び易〔(か)〕ふ。血、盡きて、根、出で、則ち、癒ゆ。

 

[やぶちゃん注:所謂、「スカラベ」(scarab:古代エジプト語起源)として知られる食糞性のコガネムシ類、

鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コガネムシ下目コガネムシ上科 Scarabaeoidea 及びその近縁な科に属する昆虫の中でも主に哺乳類の糞を餌とする一群の昆虫

である。但し、真正の「スカラベ」である、

コガネムシ上科コガネムシ科ダイコクコガネ亜科 Scarabaeini 族タマオシコガネ属 Scarabaeus

の類は本邦には棲息しないから、ここでは、本邦に棲息する食糞性コガネムシの代表種であり、目にもつきやすい大きさで、鞠上の糞球を作るコガネムシ上科センチコガネ(雪隠黄金)科 Geotrupidae の三種

センチコガネ Geotrupes laevistriatus

(成虫体長一四~二〇ミリメートル。頭部背面を覆った頭楯の前縁が半円形をしており、体色は紫・藍・金など個体変異があり、鈍い金属光沢を持つ。北海道島から屋久島・対馬まで分布し、朝鮮半島・中国大陸・樺太にも分布)

オオセンチコガネ Geotrupes auratus auratus

(成虫体長一六~二二ミリメートル。頭楯前縁が三角形に尖る。体表は一般には赤褐色・赤紫色であるが、地域によって鮮緑色・鮮藍色を有する個体もある。強い金属光沢があることで「センチコガネ」と区別出来る。分布域はセンチコガネとほぼ同じ。「ファーブル昆虫記」でファーブルが観察した種は本種の近縁種である)

オオシマセンチコガネ Geotrupes oshimanus

(体表の光沢は殆んどない。奄美大島固有種)

を種として挙げておくこととする。参照したウィキの「センチコガネ科」によれば、『成虫、幼虫共に糞を食べる糞虫である。和名の「センチ」は便所を指す語「雪隠(せっちん)」が訛ったもので、糞に集まる性質に由来する』。『成虫が出現するのは夏で、ウシやウマなどの糞、または動物の死骸や腐ったキノコにも見られる。夕方に地表付近を低く飛んで糞などの餌を探し、夜には灯火にも飛来する。ただし、センチコガネの地域個体群によっては飛翔筋が退化しており、歩行のみで移動する。交尾したメスは獣糞を土中の巣穴に引き込んでこれで育児球を作り、それに産卵する。このとき、育児球を枯葉で包むことが報告されており、この点がコガネムシ科の糞虫の育児球と異なる。孵化した幼虫は育児球を食べて成長する』(下線やぶちゃん)。『糞虫として自然界の物質循環に果たす役割は大きい。また金属光沢のある鮮やかな体色から、他の糞虫同様に昆虫採集の対象ともなっている』とある。

 なお、冒頭に並ぶ「推車客」「推丸」「黑牛兒」「鐡甲將軍」「夜遊將軍」という漢名は、如何にも楽しく、腑に落ちる。

「末呂無之(まろむし)」「まろ」は「丸」で「丸いもの」を指す中古語で、室町以降に「まる」と変じた。「古事記」動詞としての排泄をするの意の「まる」はあるが、これが名詞化した糞を意味する「まり」は、芥川龍之介の「好色」辺りが初出とされているようだから、近代以降の呼称と思われる。従ってここは、「まろ」は「糞」の意味ではなく、糞を巧みに美事に「丸」く「鞠」のように転がす彼らの習性に基づく呼称と採りたい。

「羗胡(ゑびす)」教義には古代より中国西北部に住んでいる民族を指す。現在も中国の少数民族チャン族として存在しているが、ここは漢民族の顔つきとは有意に異なる、広義の異民族の謂いととってよかろう。

「雄は曳(ひ)き、雌は、推(お)して坎(あな)の中に置き、之れを覆ひて去る」私は昆虫には詳しくないので何とも言えないが、管見する限りでは、事実、糞球を作って転がすのはで、はそれに出逢って、その対象(或いは糞球)がよしとなれば、その糞にしがみつき、運ばれて行き、営巣して糞の下で交尾する種がある(mayayan215氏のブログ「ダラダラとムシャムシャ」のフンコロガシの一生」に拠った)というから、かくなる共同作業にように見えたとしても、腑には落ちるというものである。

「孚乳〔(ふにゆう)〕」「孚」は「育むこと」、「乳」はこの場合、「育つこと」の意である。前で親は巣を去るとしているから、糞球の中に産み込まれた卵が孵化し、自律的に幼虫が糞を餌として食って成長することを言っている。但し、mayayan215氏の「フンコロガシの一生」には、『メスは、抗菌作用のある分泌物で卵を守り、孵化するまでの2ヶ月間、卵が腐ったり、菌に感染したりしないか、丹念に見守り、そのまま息絶えます』ともあるので、そうしたが命をかけて育児するタイプではこれはまさに母が主体的に子を育てるの意とある。ウィキの「糞虫にも、『成虫は糞玉を作り上げると出て行くものもあるが、ずっと付き添って糞玉の面倒を見るものもある。ファーブルの観察によると、ダイコクコガネの一種で、糞玉に付き添う成虫を取りのけると、数日のうちに糞玉はカビだらけになり、成虫を戻すとすぐにきれいにしたと』いうとある(但し、このファーブルの言及部分に就いては要文献特定詳細情報要請がかけられている)。

「大小二種有り」これは大陸の「本草綱目」の記載で、大きさや光沢の有無も有意に違い、しかも前者は夜行性、後者はそうでない点で明らかに習性が異なるので、種(亜種の可能性はある)は違うものと考えてよかろう。或いは、後者はフンコロガシでない生物種(フンコロガシの大半は夜行性である)を誤認している可能性もないとはいえない。ただ、ウィキの「糞虫」を見ると、本邦にいるタマオシコガネ亜科マメダルマコガネ族マメダルマコガネ属マメダルマコガネPanelus parvulus がスカラベ類と同じ糞運びをすることが知られているが、体長が僅か三ミリメートルしかないので、目につかないとあるから、大きさの違いは問題にはならないし、光沢の有無も本邦種のセンチコガネ・オオセンチコガネ・オオシマセンチコガネの違いを見ても、それは同じように言える。ただ、気になるのは、「腹の翼下に小さき黃なる子(こ)有りて、母に附きて飛ぶ」という前者の奇妙な叙述で、この黄色い小さな子どもというのは、この虫の何らかの器官の一部と考えられ、さすれば、こちらの方こそ、実はフンコロガシ類とは違った種を誤認している可能性があるのかも知れぬ。昆虫守備範囲外の私には、これ以上の考察は出来ない。識者の御教授を乞うものである。

「並びに」(その違った習性を持つフンコロガシの)孰れをも。

喜びて之れを食ふ。

「五月五日、採りて蒸し」端午の節季を採取とするのは、無論、陰陽五行説などを援用して、成虫の薬効が、そこで最大最強となるとする認識があるからではあろうが、例えば本邦のセンチコガネの場合、成虫が出現するのは夏であるから(この「五月五日」は旧暦であるから夏である)、特定の日に限って採取をし、その他の時季のそれを禁ずることで、採り尽くさないようにする、伝統的本草学の、種を保存する理念の現われとも考え得る。

「藏す」保存する。

「手足の陽明」人体を巡る経絡(けいらく:ツボ)の一つ。ウィキの「手の陽明大腸経」(「経」は「けい」と読む)によれば、『大腸経に属する手を流れる陽経の経絡である。肺と大腸は共に中国の五行(木、火、土、金、水)でいうと金に属するため』、『密接な関係を持つ。また、『大腸はもとより、歯のまわりを取り囲んでいるため』、『歯痛にこの大腸経の経穴を使うこともある』とある。

「厥陰」前と同じく経絡の名。陰気進行の最終段階で、陰気が尽きて陽気が生じる意味を持つ。ウィキの「足の厥陰肝経によれば、『肝経に属する足を流れる陰経の経絡である。肝臓と胆嚢は共に中国の五行(木、火、土、金、水)でいうと木に属するため』、『密接な関係を持つ。また、流注によると肝臓はもとより、目のまわりを取り囲んでいるため』、『目の痛みにこの肝経の経穴を使うこともある』とある。

「古方」古い漢方の処方。

「驚風」小児が「ひきつけ」を起こす病気の称。現在の癲癇(てんかん)症や髄膜炎の類に相当する。次の「疳疾」も同類の症状を指す。

「箭鏃(やのね)」鏃(やじり)。

「巴豆(はづ)」キントラノオ目トウダイグサ科ハズ亜科ハズ連ハズ属ハズ Croton tiglium の実のこと。マメ科ではないので注意。実は凡そ一・五センチメートル弱の楕円形で中に三個の種子を持つ。ウィキの「ハズ」によれば、『種子から取れる油はハズ油(クロトン油)と呼ばれ、属名のついたクロトン酸のほか、オレイン酸・パルミチン酸・チグリン酸・ホルボールなどのエステルを含む。ハズ油は皮膚につくと炎症を起こす』。『巴豆は『神農本草経下品』や『金匱要略』に掲載されている漢方薬であり、強力な峻下』(しゅんげ:下剤効果の中でも強いものの様態を指す)『作用がある。走馬湯・紫円・備急円などの成分としても処方される。日本では毒薬または劇薬に指定』『されているため、通常は使用されない』とある。

「同〔(あは)せ〕て」私の推定訓読。

「斯須(しばらく)して」二字へのルビ。

「定〔(や)む〕」私の推定訓読。(痛みが)止まる。

「之れを忍(こら)へ、極めて痒くして忍〔(こら)〕ふべからざるを待ちて」これって結構、シンどそうだなぁ。

「撼動(うご)かして」二字へのルビ。揺り動かして。

「度取〔(どしゆ)〕す」私の推定読み。よく見極めて採取する。

「丁瘡〔(ちやうさう)〕」面疔(めんちょう)のこと。汗腺又は皮脂腺が化膿し、皮膚や皮下の結合組織に腫れ物を生じた症状が顔面に発症した場合を指す。

「根」腫れ物の化膿して生じた核である膿の囊(ふくろ)。]

2016/12/09

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 田鼈


Tagame

たがめ

     俗云髙野聖

田鼈

 

△按此蟲背文似高野僧負笈之形故俗呼曰高野聖蓋

 腹蜟之屬也在溝池濕地形似蟬而灰黒色有甲露眼

 正黒色六足前二足如蟹螫其行也不疾終背裂化生

 蜻蛉

 

 

たがめ

     俗に「髙野聖(かうやひじり)」と云ふ。

田鼈

 

△按ずるに、此の蟲、背の文〔(もん)〕、高野僧(はうし)の笈(をひ)を負ひたるの形に似たり。故に俗、呼んで「高野聖」と曰ふ。蓋し、腹蜟〔(にしどち)〕の屬なり。溝・池・濕地に在り。形、蟬に似て、灰黒色。甲、有り。露(あら)わなる眼、正黒色。六足、前二足は蟹の螫(はさみ)のごとく、其の行くこと、疾(と)くならず。終〔(つひ)〕に、背、裂けて、蜻蛉(とんばう)を化生す。

 

[やぶちゃん注:日本最大の水生昆虫にして日本最大のカメムシ類の一種である(成虫体長は五~六・五センチメートル。♀の方が大型)、

半翅(カメムシ)目異翅(カメムシ)亜目タイコウチ下目タイコウチ上科コオイムシ科タガメ亜科タガメ属タガメ Lethocerus deyrollei

である。現行でも「田鼈」と漢字表記する(「水爬虫」とも書く。「爬」は「這う・引っ掻く」の意)。「鼈」はカメの一種であるスッポン(爬虫綱カメ目潜頸亜目スッポン上科スッポン科スッポン亜科キョクトウスッポン属ニホンスッポン(キョクトウスッポン)Pelodiscus sinensis)を指す語である。私は二十年ほど前、法師温泉の帰りに田圃道を歩いている折り、見つけた個体が、目の前で羽を広げて飛ぶのを見、激しく感動したのを思い出す(実はそれまで私はタガメが飛ぶとは思っていなかった。You Tube の飛翔画像はmushikerasanタガメの離陸がよい。これはもう、蟬デッショウ!?!)。ウィキの「タガメによれば、『基本的にあまり飛行しない昆虫だが、繁殖期』(成虫は春に越冬から目覚め、五~六月頃に性成熟する)『には盛んに飛び回り(近親交配を避けるためと考えられる)、灯火に集まる走光性もあってこの時期は夜になると強い光源に飛来することが多い。飛行の際には前翅にあるフック状の突起に後翅を引っ掛け、一枚の羽のようにして重ね合わせて飛ぶ。この水場から水場に移動する習性から、辺りには清澄な池沼が多く必要で、現代日本においてその生息域はますます狭められることとなっている』とある。

「髙野聖(こうやひじり)」ウィキの「高野聖より引く。『中世に高野山を本拠とした遊行者。日本の中世において、高野山から諸地方に出向き、勧進と呼ばれる募金活動のために勧化、唱導、納骨などを行った僧侶。ただしその教義は真言宗よりは浄土教に近く、念仏を中心とした独特のものだった』。『遊行を行う僧は奈良時代に登場したが、高野山では平安時代に発生。始祖としては小田原聖(おだわら ひじり)の教懐、明遍、重源らが知られる。高野聖は複数の集団となって高野山内に居住したが,その中でも蓮華谷聖(れんげだに ひじり)、萱堂聖(かやんどう ひじり)、千手院聖(せんていん ひじり)が三集団が最も規模の大きいものとして知られる』。『こうした聖は高野山における僧侶の中でも最下層に位置付けられ、一般に行商人を兼ねていた。時代が下ると学侶方や行人方とともに高野山の一勢力となり、諸国に高野信仰を広める一方、連歌会を催したりして文芸活動も行ったため民衆に親しまれた。しかし一部においては俗悪化し、村の街道などで「今宵の宿を借ろう、宿を借ろう」と声をかけたため「夜道怪」(宿借)とも呼ばれた集団もあった。また「高野聖に宿貸すな 娘とられて恥かくな」と俗謡に唄われているのはこのためである』。なお、織田信長は天正六(一五七八)年に畿内の高野聖を千三百八十三人も捕え、殺害している事実はあまり知られているとは思われない。『高野山が信長に敵対する荒木村重の残党を匿ったり足利義昭と通じたりした動きへの報復だったというが、当時は高野聖に成り済まし』、『密偵活動を行う間者もおり、これに手を焼いた末の対処だったともいわれている』。『江戸時代になって幕府が統治政策の一環として檀家制度を推進したこともあり、さしもの高野聖も活動が制限され、やがて衰えていった』とある。引用中の「夜道怪(やどうかい)」「宿借(やどかい)」という妖怪(というか、実在した可能性の高い「人攫い」)についてもウィキの「夜道怪から引いておく。これは一般には、『埼玉県の秩父郡や比企郡小川町大塚などに伝わる怪異の一つ』とされ、『何者かが子供を連れ去るといわれたもので、宿かい(やどかい)、ヤドウケともいう』。『子取りの名人のような妖怪として伝承されており、秩父では子供が行方不明になることを「夜道怪に捕らえられた」「隠れ座頭に連れて行かれた」という』。『比企郡では「宿かい」という者が白装束、白足袋、草鞋、行灯を身につけて、人家の裏口や裏窓から入ってくるといわれる』。『民俗学者・柳田國男の著書においては、夜道怪の正体は妖怪などではなく人間であり、中世に諸国を修行して旅していた法師・高野聖のこととされている』。『武州小川(現・埼玉県比企郡小川町)では、夜道怪は見た者はいないが、頭髪も手入れされておらず、垢で汚れたみすぼらしい身なりの人が、大きな荷物を背負って歩く姿を「まるで夜道怪のようだ」と言うことから、夜道怪とは大方そのような風態と推測されている』。『実際に高野聖は行商人を兼ねていたため、強力(ごうりき; 歩荷を職業とする者)のように何もかも背負って歩き、夕方には村の辻で「ヤドウカ(宿を貸してくれ、の意)」とわめき、宿が借りられない場合には次の村に去ったというが、彼らが旅を通じて次第に摺れ、法力(仏法による力)を笠に着て善人たちを脅かすようになったために「高野聖に宿貸すな、娘取られて恥かくな」という諺すら生まれ、そうした者が現れなくなって以降は単に子供を脅かす妖怪として解釈されるようになったと、と柳田は考察している』。『江戸時代後期の大衆作家・十返舎一九による読本『列国怪談聞書帖』には、高野聖は巡業の傍らで数珠を商いし、民戸に立っては宿や米、銭を乞う者で、俗にこれを「宿借(やどうか)」というとある』。また、『同書には、道可(どうか)という僧がこのような修行を始めたため、すべての高野聖を「野道可(やどうか)」と呼んだという説も述べられている』とある。

「背の文〔(もん)〕」「背の紋」。ウィキの「タガメによれば、『体色は暗褐色で、若い個体には黄色と黒の縞模様がある』とある(下線やぶちゃん)。

「高野僧(はうし)」「はうし」は「僧」一字へのルビ。

「笈(をひ)」動詞「負う」の連用形「負い」の名詞化したもの。修験者や行脚僧が仏具・衣類などを入れて背に負うた脚・開き戸附きの箱。グーグル画像検索「をリンクしておく。

「腹蜟〔(にしどち)〕」これは半翅(カメムシ)目頸吻亜目セミ上科 Cicadoidea のセミ類の比較的終齢期の方に近い幼虫を指すと私は考えている。前出の腹蜟を参照されたい。大雑把なカメムシ類(半翅(カメムシ)目 Hemiptera)では正しくないとは言えぬが、良安は「蟬に似て」いるから、かく言ったわけで、やはり誤りと言わねばならぬ。

「前二足は蟹の螫(はさみ)のごとく」ウィキの「タガメによれば、『前肢は強大な鎌状で、獲物を捕獲するための鋭い爪も備わっている。中・後肢は扁平で、遊泳のために使われる』とある。また、『肉食性で、魚やカエル、他の水生昆虫などを捕食する。時にはヘビやカメ等の爬虫類やネズミ等の小型哺乳類をも捕食する。鎌状の前脚で捕獲し、針状の口吻を突き刺して消化液を送り込み、消化液で溶けた液状の肉を吸う(「獲物の血を吸う」と表記した図鑑や文献もあるが、体外消化によって肉を食べているのであり、血のみを吸っているわけではない。タガメに食べられた生物は、骨と皮膚のみが残る)。自分より大きな獲物を捕らえることが多い。その獰猛さから「水中のギャング」とも呼ばれ、かつて個体数が多かった時には、養魚池のキンギョやメダカ等を食い荒らす害虫指定もされていた』。『北海道を除く日本全土に分布するが局所的。国外では台湾、朝鮮半島、中国に分布する』。なお、『中国では漢方薬の原料として用いられる他、国内では佃煮にされていた地方もあった』とある(下線やぶちゃん)。

「疾(と)くならず」素早くはない。

「終〔(つひ)〕に、背、裂けて、蜻蛉(とんばう)を化生す」最後には背部が裂けて、そこから別種である蜻蛉(とんぼ)に化生(けしょう)する。通常の仏教上の生物学では「四生(ししょう)」と称し、「胎生」・「卵生」・「湿生」(湿気から生ずること。蚊や蛙がこれに相当すると考えられた)・「化生」(自分の超自然的な力によって忽然と生ずること。天人や物怪の誕生、死者が地獄に生まれ変わることなどを指す)の四種に発生説を分類する。無論、タガメはトンボ(昆虫綱蜻蛉(トンボ)目 Odonata にはならぬから大間違いなわけだが、前に述べたように迂闊な私が幼い頃にタガメの飛び立つのを見たら、「そりゃ、トンボになった!」と叫んだことであろう。]

2016/12/08

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 茅蜩


Higurasi

ひくらし  茅【當作字】

茅蜩

     【和名比久良之】

ミヤウ゜チヤウ

 

本綱茅蜩小而青綠色蟬也

△按深山中有之人家近處希有也至晩景鳴聲寂寥

     月淸
                 後京極

 日くらしのなく音に風を吹添て夕日凉しき岡のへの松

 

――[やぶちゃん注:ここに本文完全閉鎖の縦罫が入る。]――

 

寒蟬【寒蜩◦寒螿◦𧕄】 本綱小而色青赤者名寒蟬【和名加無世美】月令

 云七月寒蟬鳴者是也

啞蟬         本綱未得秋風則瘖不能鳴者

 △按此蟬如土用中則觸物如言吃吃而不能鳴立秋

 始鳴然不如常蟬蓋和名抄所謂奈波世美是乎

冠蟬【胡蟬 螗蜩】  本綱頭上有花冠蟬也

 △按詩大雅曰如蜩如螗蓋蜩尋常蟬也螗則冠蟬也

螓【麥】      本綱小而有文蟬也

蜋蜩         本綱五色具蟬也

𧑗母         本綱小於寒蟬二三月鳴者也

 △按蟬之類有數種而其初所化之蠐螬腹蜟等亦不

 一故有大小遲速之異

 

 

ひぐらし  茅〔(ばうせつ)〕【當(まさ)に「」の字に作るべし。】

茅蜩

     【和名「比久良之」。】

ミヤウ゜チヤウ

 

「本綱」、茅蜩は小にして青綠色の蟬なり。

△按ずるに、深山の中に、之れ、有り。人家近き處には希れに有り。晩景に至りて鳴く聲、寂寥たり。

    「月淸」
                 後京極

 日ぐらしのなく音〔(ね)〕に風を吹き添へて夕日凉しき岡の邊(へ)の松

 

―――――――――――――――――――――

寒蟬(かむせみ)【寒蜩寒螿𧕄】 「本綱」、小にして、色、青赤き者を寒蟬と名づく【和名「加無世美」。】「月令〔(がつりやう)〕」に云ふ、『七月に寒蟬鳴く』と云ふは、是れなり。

啞蟬(なはせみ) 「本綱」、未だ秋風を得ざれば、則ち、瘖〔(いん)にして〕、鳴くこと能はざる者なり。

 △按ずるに、此の蟬、土用の中〔(うち)〕は、則ち物に觸れて、「吃吃〔(きつきつ)〕」と言ふがごとくにして、鳴くこと、能はず。立秋に始めて鳴く。然〔れど〕も、常の蟬のごとくならず。蓋し、「和名抄」〔に〕所謂〔(いはゆ)〕る「奈波世美〔(なはせみ)〕」は是れか。

冠蟬(かむりせみ)【胡蟬 螗蜩】 「本綱」、頭の上に花冠〔(くわかん)〕有る蟬なり。

 △按ずるに、「詩」の「大雅」に曰く、『蜩(ちやう)のごとく、螗〔(たう)〕のごとし』とあり。蓋し、「蜩」は尋常(よのつね)の蟬なり。「螗」は則ち、冠蟬なり

螓(あやせみ)【麥】 「本綱」、小にして文〔(もん)〕有る蟬なり。

蜋蜩(いろどりせみ) 「本綱」、五色具(そな)はる蟬なり。

𧑗母 「本綱」、寒蟬より小さく、二、三月に鳴く者なり。

 △按ずるに、蟬の類、數種有りて、其の初〔めて〕化する所の「蠐螬〔(きりうじ)〕」・「蠐螬〔(にしどち)〕」等、亦、一〔(いつ)〕ならず。故、大小・遲速の異、有り。

 

[やぶちゃん注:私がその声を偏愛する、

セミ科セミ亜科ホソヒグラシ族ヒグラシ属ヒグラシ Tanna japonensis

及び他のセミ類の附記である。但し、最後の他の蝉は「本草綱目」からのごく短い抄録であって、同定も放棄している。なお、私がどれぐらい偏愛しているかというと、私は実はもうこの五年近く、好きなバッハもジャズも殆んど実は聴いていないのである。パソコン前での作業中(一日延べ八時間以上)は専ら、Tomoki BGM ViluReef Group の録音になる「川のせせらぎとひぐらしの鳴き声3時間版/作業用BGM・勉強用BGMYou Tube)や【作業用BGM】ひぐらしの鳴き声1時間を流しているのである。私は一年中、蜩の声を聴いていて飽きない人種なのである。いや、人と話すのはおろか、人の作った音楽も最早、私の心を和ませてはくれないのだとも言えるのである。

「茅【當(まさ)に「」の字に作るべし】」割注は「(「」の字は)「」の字を用いねばならない」の意。調べて見ると、「」は「」の俗字らしいので、それを言っているものか。或いは、「」はネットの中文サイトの辞書を見ると「青緑色の蟬」の意の他に、海産のある種の蟹をも意味するので、そこで良安はかく主張しているのかも知れぬ。

「月淸」「秋篠月清集(あきしのげっせいしゅう)」。公卿で繊細で気品のある新古今風の歌人として知られる九条良経(嘉応元(一一六九)年~元久三(一二〇六)年:摂政関白九条兼実次男で従一位・摂政・太政大臣。「後京極殿」と号した)の自撰家集。四巻。元久元(一二〇四)年成立。

「日ぐらしのなく音に風を吹き添へて夕日凉しき岡の邊の松」よか、歌じゃて。

「寒蟬(かむせみ)」「かんぜみ」。音は「カンセン」。本邦では秋に鳴く蟬で、先行するヒグラシ・ツクツクボウシなどを指す。

「寒蜩」「寒螿」「𧕄」以上、現代仮名遣で「カンチョウ」・「カンショウ」・「ヨウ」と読む。以下、印したものは同じ処理を施したものなので、この注記は略す。

「月令〔(がつりやう)〕」五経の一つである、「礼記(らいき)」の内の、年間行事を理念的に述べた「月令篇」。「げつりょう」と読んでも構わないようだが、私は昔からこうしか読んだことがない。

「七月に寒蟬鳴く」「礼記」「月令篇」に「孟秋之月」の条に『涼風至、白露降、寒蟬鳴』(涼風至り、白露(びやくろ)降り、寒蟬鳴く)とある。「七月」は旧暦であるから秋。

』と云ふは、是れなり。

「啞蟬(なはせみ)」基本、種ではなく鳴かないの蟬を指す語である。先行する「蚱蟬」の私の注を参照のこと。

「瘖」声が出ないこと。

「土用」五行に由来する暦の雑節の一つである立秋直前の夏の土用(二度ある場合は二度目の「二の丑」)現行の新暦では通常、八月七日より前である。

「吃吃〔(きつきつ)〕」これはが身体を動かす際の羽音の擦れるオノマトペイアであろう。

「鳴く」これはの蟬。

「常の蟬のごとくならず」それは普通の蟬の鳴き声とは違っている。ということは、寧ろ、後期に鳴くか、他の蝉が静まって鳴き声が判り始める、やはり、ヒグラシ・ツクツクボウシなどの類が想起される。言っておくが、ここは良安の附記部分であるから、本邦の蟬に限って考えてよいのである。

『「和名抄」に所謂る「奈波世美」』「蚱蟬」の私の『「和名抄」、「蚱蟬」【和名「奈名波世美」】、以つて雌蟬(めせみ)にして鳴くこと能はざる者と爲る』注を参照のこと。

「冠蟬(かむりせみ)」これは「頭の上に花冠」から、多くの主がその胸部背面や頭部上面に、実に変わった多様な形状(烏帽子形・剣形・瘤のついた樹木の枝状で、色も多様である種もある)を成す「ヘルメット」と呼ばれる構造を持っている、セミ型下目ツノゼミ上科ツノゼミ科 Membracidae の類を私は直ちに想起した(それが当たっているかどうかは知らぬ)。グーグル画像検索「Membracidaeをリンクしておく。なお、この「冠蟬」は文字からも納得出来るが、現代中国語では「蟬花」などとも称し、特定の蟬に附着する冬虫夏草(例えば、本邦では、セミ亜科ニイニイゼミ族ニイニイゼミ属ニイニイゼミ Platypleura kaempferi の幼虫に寄生する菌界ディカリア亜界子嚢菌門チャワンタケ亜門フンタマカビ綱ボタンタケ亜綱ボタンタケ目オフィオコルディケプス科オフィオコルディケプス属セミタケ Ophiocordyceps sobolifera など)に対する名ともなっているようである。

「胡蟬」「コセン」。

「螗蜩」「トウチュウ」。

「詩」「詩経」。

『「大雅」に曰く、『蜩(ちやう)のごとく、螗〔(たう)〕のごとし』とあり』。「蕩之什」の一節に「如蜩如螗、如沸如羹。小大近喪、人尚乎由行」(蜩の如く、螗の如し、沸くが如く、羹(こう)するが如し。小・大、喪(ほろ)ぶに近きも、人、尚ほ、由りて行く)とある。

「麥「バクサツ」。

「文〔(もん)〕」紋。

「蜋蜩」不詳。「五色具(そな)はる蟬」なら見て見たいのだが、「蜋蜩」で画像検索をかけたら、トホホ! 自分のサイトの挿絵が、これ、いっぱいだわ!(本「蟲類」の目録に載せた字を拾ってしまうため)

𧑗母」「デイボ」。

「寒蟬より小さく、二、三月に鳴く者なり」本邦の種として類似するものを当てるとすれば、セミ亜科ホソヒグラシ族ハルゼミ属ハルゼミ Terpnosia vacua がよく一致する。私は二十年ほど前、法師温泉で満山に亙るその鳴き声を聴いたことがある。彼らの声も、とても、好きだ。

「蠐螬〔(きりうじ)〕」・「蠐螬〔(にしどち)〕」先行する「蚱蟬」の私の注及びそのリンク先を参照されたい。]

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 蟪蛄


Kutukutuhousi

くつくつはうし  蛁蟟 蜒蛛

         螇 蛥

蟪蛄

        【和名久豆久豆保宇之】

ホイ クウ

 

本綱蟪蛄青紫色蟬秋月鳴者也

按小於蟬而畧團其頭褐色身及羽淺青色鳴聲如言

 久豆久豆法師故名之關東則多有而畿内希

 

 

くつくつはうし  蛁蟟 蜓

         螇 蛥

蟪蛄

        【和名「久豆久豆保宇之〔(くつくつばふし〕」。】

ホイ クウ

 

「本綱」、蟪蛄は青紫色の蟬。秋月、鳴く者なり。

按ずるに、蟬より小さくして、畧〔(ほぼ)〕團〔(まる)〕く、其の頭、褐色、身及び羽、淺青色。鳴き聲、「久豆久豆法師」と言ふがごとし。故に之れを名づく。關東には則ち、多く有りて、畿内には希なり。

 

[やぶちゃん注:セミ科セミ亜科ツクツクボウシ族ツクツクボウシ属ツクツクボウシ Meimuna opalifera。但し、良安が最後で「關東には則ち、多く有りて、畿内には希なり」と言っているのは不審である。本種は温・亜熱帯性の分布を示すからで、ウィキの「ツクツクボウシによれば、『北海道からトカラ列島の』横当島(よこあてじま:鹿児島県のトカラ列島最南端ある無人島)『までの日本列島、日本以外では朝鮮半島、中国、台湾まで、東アジアに広く分布』し、『平地から山地まで、森林に幅広く生息する。地域によっては市街地でも比較的普通に発生する(盛岡市など)が、基本的にはヒグラシと同じく森林性(湿地性)であり、薄暗い森の中や低山帯で多くの鳴き声が聞かれる。この発生傾向は韓国や中国でも同様である。成虫は特に好む樹種はなく、シダレヤナギ、ヒノキ、クヌギ、カキ、アカメガシワなどいろいろな木に止まる。警戒心が強く動きも素早く、クマゼミやアブラゼミに比べて捕獲が難しい』。成虫は七月から『発生するが、この頃はまだ数が少なく、鳴き声も他のセミにかき消されて目立たない。しかし他のセミが少なくなる』八月下旬から九月上旬頃には『鳴き声が際立つようになる』。九月下旬には『さすがに数が少なくなるが、九州などの西南日本では』十月上旬に『鳴き声が聞かれることがある』とある。なお、『ツクツクボウシはアブラゼミやニイニイゼミと比べて冬の寒さに弱いので、元来北日本では川沿いのシダレヤナギ並木など局地的にしか分布していなかった。しかし近年、盛岡や仙台においてこのセミが増えつつある。特に盛岡ではアブラゼミが激減している(仙台でもかなり減少している)が、ツクツクボウシは逆に増えている。これは地球温暖化が原因と考えられるが、生態学的に優位な立場にあるアブラゼミの数が減ったことで、ツクツクボウシが繁殖しやすくなったという原因もある』。『なお、青森市や八戸市でもアブラゼミが激減(ほぼ消滅)しているが、盛岡や仙台と異なり今のところツクツクボウシが増加する兆候はない。これは、盛岡などと異なり盛夏でもあまり暑くならない青森県の気候が原因と考えられている。 本種は本来北海道には生息しないとされてきたが』近年、進出が確認され、『各地で鳴き声が聞かれるようになった』ともある。この引用にある、ツクツクボウシの「鳴き声」が「他のセミにかき消されて目立たない」という叙述から、或いは良安はかく誤認したものかも知れない。所謂、蟬が蟬らしく鳴く時期だけに蟬に耳を傾ける、インセクタでない通常人であった良安には、「蟬」の季節が過ぎた時期の彼らの鳴き声に注視しなかったか、その頃にならないと聴こえないから、実は数が少ないと誤認していたものかも知れない。因みに、寺島良安は大坂城の御城入(おしろいり)医師を勤めていたから、彼はまさに「畿内」の人間であったのである。

「くつくつ」は副詞で、おかしくてたまらず、押しころすようにして笑う声を表わすオノマトペイア(擬音語)であろう。但し、他にも同語は物の煮えたつ音を表したり、ふざけてくすぐる際の「こちょこちょ」という擬態語の他、痰などが咽喉につかえて鳴る音を表す擬音語でもあるから、そうした意味の複合可能性も考えるべきかもしれない。

「蛁蟟」「蜓」「螇」「蛥」漢名なので歴史的仮名遣で表記する意味をあまり感じないから、ここで東洋文庫版を参考に現代仮名遣で順に示す。「ちょうりょう」「ていぼく」「けいろく」「せつけつ」。]

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 蟬蛻


Senzei

せんぜい  蟬殻  枯蟬

      金牛兒 蟬退

蟬蛻

     【和名 世美乃毛奴介】

チヱン トイ

 

本綱蟬蛻【鹹甘寒】治皮膚瘡瘍風熱驚癇眼目翳膜及啞病

夜啼皆宜用馬蟬之蛻

按腹蜟蠐螬等冬蟄夏出背裂而爲墠出去殻也紀州

 越州之産爲佳形大而馬蟬之殻也藥肆所售者多常

 蟬蛻也

     源氏

       うつ蟬の身をかへてける木の本に猶人からのなつかしき哉

 

 

せんぜい  蟬殻  枯蟬

      金牛兒 蟬退

蟬蛻

     【和名「世美乃毛奴介〔(せみのもぬけ)〕」。】

チヱン トイ

 

「本綱」、蟬蛻は【鹹甘、寒。】皮膚瘡瘍(そうちやう)・風熱を治す。驚癇〔(きやうかん)〕・眼目の翳膜〔(かすみ)〕及び啞病〔(おし)〕・夜啼き、皆、宜しく馬蟬(むませみ)の蛻〔(ぬけがら)〕を用ふべし。

按ずるに、腹蜟(にしどち)・蠐螬(きりうじ)等、冬、蟄(すごもり)、夏、出でて、背、裂けて墠〔(せん)〕と爲り、出でて去りし殻なり。紀州・越州の産、佳と爲す。形、大きくして、馬蟬(にしどち)の殻なり。藥肆〔(やくし)〕に售(う)る所の者は、多く、常の蟬(きりうじ)の蛻(から)なり。

    「源氏」

       うつ蟬の身をかへてける木〔(こ)〕の本〔(もと)〕に猶〔(なほ)〕人がらのなつかしき哉

 

[やぶちゃん注:半翅(カメムシ)目頚吻亜目セミ型下目セミ上科 Cicadoidea に属するセミ類の幼虫の脱皮した殻。

 なお、平凡社東洋文庫版現代語訳(一九八七年刊。杏林堂版を底本とする)では、良安の解説の冒頭が私の所持するもの(五書肆名連記版影印)とは異なる。幾つかの画像アーカイブを見たが、当該の杏林堂版原文を見出せないので、現代語訳を引用しておく。

 

思うに、『本草綱目』に、あるいは腹蜟を蟬蛻とする、とあるのは誤りである〔腹蜟とはまだ蟬となる前の名である〕。およそ蟬蛻は』[やぶちゃん補注:以下、「紀州」と続くが、そこは訳から見て同一と思われる]。

 

内容から見て、杏林堂版は、五書肆名連記版を改稿したものと思われ、良安の最終意見はこちらに落ち着くものか

「枯蟬」(こせん)「金牛兒」(きんぎゅうじ)「蟬退」(せんたい)は孰れも言い得て妙の別称ではないか。こういう感覚が現代生物科学から失われたのは、私は非常に淋しい気がしている。

「「世美乃毛奴介〔(せみのもぬけ)〕」「蛻」は、現行でも「もぬけ」と訓ずる。噓だと思ったら、「もむけ」と打って変換して見られよ。

「瘡瘍」瘡(かさ)や腫瘍。

「風熱」風邪の中でも重症のもので、特に高い熱を発する病態及びそれよって生する合併症をも含む症状。

「驚癇」」癲癇(てんかん)。

「馬蟬(むませみ)」セミ上科セミ科セミ亜科エゾゼミ族クマゼミ属クマゼミ Cryptotympana facialis 前項参照。

「腹蜟(にしどち)」これは半翅(カメムシ)目頸吻亜目セミ上科 Cicadoidea のセミ類の比較的終齢期の方に近い幼虫を指すと私は考えている。前出の腹蜟を参照されたい。とすると、これを杏林堂版でかく修正したのは誤りと私は思う

「蠐螬(きりうじ)」鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コガネムシ下目コガネムシ上科コガネムシ科スジコガネ亜科スジコガネ族スジコガネ亜族コガネムシ属 Mimela に属するコガネムシ類の幼虫を指すと私は考えている。前出の「蠐螬」を参照されたい。さすれば、こちらは杏林堂版でかく修正したのは正しいと私は思う。総合的に見て、杏林堂版の方が現代の生物学的知見からは無難な線とは言える。

「越州」越後国・越中国・越前国の総称。

「馬蟬〔にしどち〕」ルビは何故か、左側に配されてある(底本は「ニシトチ」と清音)。前の注での私の比定からは「ニシトチ」は広義には正しいとは言えるが、「馬蟬」に振るのは誤りである。

「藥肆〔(やくし)〕」薬屋。

「售(う)る」売る。

「蟬(きりうじ)」ルビは左側に配されてある(底本は「キリウシ」と清音)。但し、こちは、右に「ノ」「カラ」と送り仮名とルビを振った結果、書けなくなったために過ぎない。この「キリウシ」の方は前の注での私の比定からは「蟬」に振るのは全くの誤りであると言わざるを得ない。

「うつ蟬の身をかへてける木〔(こ)〕の本〔(もと)〕に猶〔(なほ)〕人がらのなつかしき哉」「 空蟬の身をかへてける木のもとになほ人がらのなつかしきかな」言わずもがな、「源氏物語」の第三帖「空蟬」のエンディング、源氏が、逃げ去る際、空蟬が脱ぎ捨てた衣を持って帰り、そのせつない思いを詠んで、空蟬に贈った印象的な源氏の一首である。良安先生、大好き

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 蚱蟬


Umazemi

むませみ  【音】 馬蜩

蚱蟬

     【俗云 無末世美】

 

本綱五月始鳴黒色而大蟬類雖多獨此一種入藥醫方

多用蟬殻亦此殻也

按和名抄蚱蟬【和名奈名波世美】以爲雌蟬不能鳴者非也此據

 陶氏之本草謬然矣蓋蚱蟬卽馬蟬也形長大於蟬身

 深褐色羽畧厚美灰白色聲大而緩不如蟬之連聲也

 

 

むまぜみ  【音[やぶちゃん字注:欠字。]】 馬蜩〔(ばてう)〕

蚱蟬

     【俗に云ふ「無末世美〔(むまぜみ)〕」。】

 

「本綱」、五月、始めて鳴く。黒色にして大なり。蟬の類、多しと雖も、獨り、此の一種〔のみ〕、藥に入る。醫方、多く蟬の殻を用ふる〔は〕亦た、此の殻なり。

按ずるに、「和名抄」、「蚱蟬」【和名「奈名波世美〔(なはせみ)〕」】、以つて雌蟬(め〔す〕せみ)にして鳴くこと能はざる者と爲〔(す)〕るは、非なり。此れ、陶氏が「本草」の謬〔(あやまり)〕に據つて然〔(しか)〕る。蓋し、蚱蟬は卽ち馬蟬なり。形、蟬より長大にして、身、深褐色。羽、畧〔ほぼ〕厚く、美にして灰白色。聲、大にして緩〔(ゆる)〕く、蟬の連聲には若(し)かざるなり。

 

[やぶちゃん注:この「馬蟬」とは本邦種としては「熊蟬」、

昆虫綱有翅昆虫亜綱半翅(カメムシ)目頚吻亜目セミ型下目セミ上科セミ科セミ亜科エゾゼミ族クマゼミ属クマゼミ Cryptotympana facialis

である。同種は日本特産種で、体長六~七センチメートルにも及び、本土ではセミ類の最大種である(本邦の最大種はクマゼミの近縁種であるヤエヤマクマゼミCryptotympana yayeyamanaで、沖縄県石垣島及び西表島に分布する固有種。鳴き声はミンミンゼミに似、本記載の「本草綱目」のそれと判断してよい、大陸や台湾の低山帯に分布するタイワンクマゼミ Cryptotympana holsti の近縁種でもある。体長はクマゼミよりさらに大きく、日本最大のセミである)。以上はウィキの「クマゼミ」他に拠った。

『「和名抄」、「蚱蟬」【和名「奈名波世美〔(なはせみ)〕」】、以つて雌蟬(め〔す〕せみ)にして鳴くこと能はざる者と爲〔(す)〕る』源順「和名類聚抄」の「虫豸(ちゅうち)類」の部に、

 

蚱蟬 本草云蚱蟬【作禪二音和名奈波世美】雌蟬不能鳴者也

 

と確かにある。なお、この条の次に、

 

馬蜩 爾雅注云馬蜩一名【音綿和名無末世美蟬中最大者也】

 

ともあり、この後の極めて正確な叙述と合わせると、良安がかくも論(あげつら)って指弾するほどの誤りとは私には思われない。寧ろ、中国では鳴かぬ「馬蜩」(「蚱蟬」の)を「蚱蟬」として区別していたとすれば、古来の博物学上では納得がゆくではないか。というより、小学館の「日本国語大辞典」を見ると、「蚱蟬」を鳴かない雌の雌を指す語としており、「本草和名」(「蚱蟬 一名瘂【雌蟬不能鳴者】)をも引いており、古語辞典でも雌の蟬として「蜻蛉日記」のも出ているから、寧ろ、こうした現象的分類としては私はすこぶる腑に落ちる。そもそもが博物学的分類や命名はそういった現象的分類命名であったからである。但し、「なは」が「鳴かない・啞(おし)の」の意味であることは探し得なかった。

『陶氏が「本草」の謬に據つて然る』「本草綱目」の「蟲之三」(化生類)の「蚱蟬」の「集解」中に『弘景曰、蚱蟬、啞蟬、雌蟬也。不能鳴。』(弘景曰く、「蚱蟬、啞蟬、雌蟬なり。鳴く能はず。)とあるのを指す。陶弘景(四五六年~五三六年)は六朝時代の道教の茅山派の開祖で医学者・科学者。ウィキの「陶弘景によれば、山林に隠棲し、フィールド・ワークを中心に、本草学を研究、『今日の漢方医学の骨子を築』き、『また、書の名手としても知られ、後世の書家に影響を与えた』人物でもある。彼は『前漢の頃に著された中国最古のバイブル的な薬学書』「神農本草経」を整理して、五〇〇年頃、「本草経集注」を著した。『この中で薬物の数を』七百三十種類と従来の二倍に増やし、また、『薬物の性質などをもとに新たな分類法を考案した。この分類法はいまなお使われている』とある。

「畧」少しく。

「蟬の連聲には若(し)かざるなり」通常の蟬の鳴き声とは似ていない。]

2016/10/07

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 蟬

Semi


せみ    蜩   齋女

      【和名世美】

【音禪】

チヱン

 

本綱蟬者總名而有數種皆自蠐螬腹蜟變而爲蟬亦蜣

蜋所轉丸久而化成蟬皆三十日而死俱方首廣額兩翼

六足以脇而鳴或小兒畜之雖數日亦不飮食但吸風飮

露故溺而不糞

一説云蟬有五德頭有緌文也飮露淸也應候有常信也

黍稷不享廉也處不巣穴儉也實舎卑穢趨髙潔者也

       夏山の峯の梢の高けれは空にそ蟬の聲はきこゆる人丸

△按凡蟬方首露目噤口而似無口者故不能飮食唯可

 吸露當足下腹有裂番而振羽鳴也試抑其處則不鳴

 緌下垂着腹今稱蟬者淺褐色羽薄如紗肖蜻蛉之羽

 五月始鳴聲如言世美世美甚喧而有序破急似讀經

 人家亦有喬木則來鳴輙飛去

 

 

せみ    蜩〔(てう)〕   齋女〔(せいぢよ)〕

      【和名、「世美」。】

蟬【音、禪。】

チヱン

 

「本綱」、蟬は總名にして、數種有り。皆、蠐螬(すくもむし)・腹蜟(にしどち)より變じて蟬と爲る。亦、蜣蜋(せんちむし)、轉ずる所の丸〔(ぐわん)〕、久〔しく〕して化して蟬と成る。皆、三十日にして死す。俱に方〔(はう〕)なる首、廣き額、兩翼、六足、脇を以つて鳴く。或いは、小兒、之れを畜〔(か)ひ〕て、數日と雖も、亦、飮食せず。但し、風を吸ひ、露を飮む。故に溺(ゆばり)はしても糞せず。

一説に云ふ、『蟬に五德有り。頭に緌〔(おいかけ)〕有るは、「文」なり。露を飮むは「淸」なり。候に應じて常に有るは「信」なり。黍稷〔(しよしよく)を〕享〔(う)〕けざるは「廉」なり。處(をるところ)、巣穴せざるは「儉」なり。實〔(じつ)〕に卑穢〔(ひわい〕)に舎(やど)るを髙潔に趨〔(はし)〕る者なり。』〔と〕。

       夏山の峯の梢の高ければ空にぞ蟬の聲はきこゆる 人丸

△按ずるに、凡そ蟬は、方なる首、露(あらは)なる目、口を噤(つま)へて無口なる者に似たり。故に能く飮食せず。唯、露を吸ふべき〔のみ〕。足の下(しもつかた)〔の〕腹に當つて、「裂番(つがい)」有りて、羽を振つて鳴くなり。試みに其の處を抑(をさ)ふれば、則ち、鳴かず。緌〔(おいかけ)〕、下り垂れて腹に着く。腹に、今、「蟬」と稱する者、淺褐色〔(せんかつしよく)〕、羽、薄く、紗〔(しや)〕のごとく、蜻蛉〔(とんぼ)〕の羽に肖(に)たり。五月、始めて鳴きて、聲、「世美、世美。」と言ふがごとく、甚だ喧(かまびす)しく、「序・破・急」有りて、讀經〔(どきやう)〕に似たり。人家にも亦、喬木〔(けうぼく)〕有れば、則ち、來り鳴きて輙〔(すなは)〕ち、飛び去る。

 

[やぶちゃん注:半翅(カメムシ)目頸吻亜目セミ上科 Cicadoidea に属するセミ類の総論。

「蜩〔(てう)〕」現代仮名遣では「ちょう」。この単漢字は中国ではあくまで「蟬」の総称であり、本邦のように「蜩(ひぐらし)」(セミ上科セミ科セミ亜科ホソヒグラシ族ヒグラシ属ヒグラシ Tanna japonensis を限定比定する意味は持たないので注意。

「齋女〔(せいぢよ)〕」これは物忌みして身を潔斎した女の意である。こうした意味は中国語に元々あるあるもので、本邦の専売特許ではない。まことに美しい別名ではないか!

「蠐螬(すくもむし)」先行する「蠐螬 乳蟲」を参照のこと。そこで私はこれを、

鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コガネムシ下目コガネムシ上科コガネムシ科スジコガネ亜科スジコガネ族スジコガネ亜族コガネムシ属 Mimela に属するコガネムシ類の幼虫

に同定した。前の「腹蜟」では「きりうじ(伐蛆・切蛆・錐蛆)」と読んでいるが、木質を食害する同じ生物群(必ずしも上記の種群のみを限定するものでは実は、ない)の和訓である。

「腹蜟(にしどち)」前の「腹蜟」を参照。そこで私はこれを、

半翅(カメムシ)目頸吻亜目セミ上科 Cicadoidea のセミ類の比較的終齢期の方に近い幼虫

と規定した。「本草綱目」は結局、大雑把で、蟬でない種の幼虫も一緒くたにして述べていて、厳密ではない。これはこの記述に限らぬことで、これを問題にし出したら、古い博物書は皆、現代科学では誤りだらけで読むに値しない、とする如何にも痩せ細った血の気のない極論に達してしまう。

「蜣蜋(せんちむし)」これは後に独立項として出るが、所謂、「糞転がし」鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コガネムシ下目コガネムシ上科 Scarabaeoidea に属する糞虫(ふんちゅう)、食糞性のコガネムシ類を指す。

「轉ずる所の丸〔(ぐわん)〕」転がして丸くして作ったところの動物の糞混じりの土の丸薬状(球状)になったもの。

「皆、三十日にして死す」最近まで、まことしやかに、セミ類の成虫の寿命は一~二週間程度とされ、成虫になってからは短命な生物の一つとされきたが、ウィキの「セミによれば、『これは成虫の飼育が困難ですぐ死んでしまうことからきた俗説で、野外では1ヶ月ほどとも言われている』とあるから(他のデータでは三週間から一ヶ月、捕食されなければ二ヶ月程度まで生きるともされる、とあった)、この記載は驚くべき正確さを持っていると言える。無論、『さらに、幼虫として地下生活する期間は』三年から長いものでは十七年(北アメリカの中部・東部に分布ジュウシチネンゼミ Magicicada sp.。北部に分布するものは十七年に一度、南部に分布するものは十三年に一度大発生を起こす)にも『達し、短命どころか昆虫類でも上位に入る寿命の長さをもつ』ことは言うまでもない。

「方なる首」角ばった首。

「脇を以つて鳴く」脇腹を使って鳴く。セミ類は翅で腹部を擦って鳴らす摩擦音の他、腹部の内側に空気が入った共鳴室を持っており、そこで「鼓膜」という筋肉を振動させることで共鳴室の空気が共鳴し、音が鳴り響くようになっている。

「溺(ゆばり)」小便。

「緌〔(おいかけ)〕」東洋文庫版現代語訳では『かんむりのひも』とルビする。「おいかけ」は「老懸」とも書き、武官の正装の冠につけて、顔の左右を覆う飾り。馬の尾の毛で扇形に作ったものを掛緒(かけお)でつける。「冠(こうぶり)の緒」「ほおすけ」などとも呼ぶ。まあ、ほれ、馬の遮眼帯見たようなもんさ。

『「文」なり』朝廷の武官の正装だから、有職故実に通じていることで「文」なんだろうが、だったら序でに武官のそれなのだからね、「文」と「武」と両方を掛けりゃいいいんじゃね?

「候に應じて常に有るは」季節に応じて必ず決まった時に姿を見せ、鳴くのは。

「黍稷〔(しよしよく)」原義はモチキビとウルチキビ(孰れも単子葉植物綱イネ目イネ科キビ属キビ Panicum miliaceum)であるが、転じて「五穀」を指す。

「廉」極めて慎ましやかなこと。清廉。

「儉」極めて堅実なる倹約を旨とすること。

「卑穢」「卑猥」と同義で「鄙猥」「鄙穢」とも書く。ここは環境が劣悪で汚いの謂いであるが、寧ろ「野卑」、如何にも鄙(ひな)びた自然の多い場所の意でとってよかろう。

「趨〔(はし)〕る」そちらへ向かってしっかりと進んでゆく。

「夏山の峯の梢の高ければ空にぞ蟬の聲はきこゆる 人丸」本歌は「和漢朗詠集」の「卷上」の「夏」の「蟬」の部にあるが、「人丸」(柿本人麻呂)とあるのは誤りで、作者未詳である。また一部、表記が異なる

 

 夏山の峯の梢(こづゑ)し高ければ空にぞ蟬の聲もきこゆる

 

が正しい。「し」は強調の副助詞。

「噤(つま)へて」噤(つぐ)んで。

『足の下(しもつかた)〔の〕腹に當つて、「裂番(つがい)」有りて、羽を振つて鳴くなり。試みに其の處を抑(をさ)ふれば、則ち、鳴かず』「裂番(つがい)」「番目(つがいめ)」の略で組み合った所・関節の意。鼓膜の外壁に当たる腹弁を指しているのであろう。「和漢三才図会」の成立は正徳二(一七一二)年頃で、今から三百四年も前であることを考えると、良安の自然科学的な実証観察と実験はすこぶる鋭いと私は思う。

「紗」薄絹。

「肖(に)たり」「似たり」と同義。

『五月、始めて鳴きて、聲、「世美、世美。」と言ふがごとく、甚だ喧(かまびす)しく』本邦で一年の最初に鳴くのは、セミ亜科ホソヒグラシ族ハルゼミ属ハルゼミ Terpnosia vacua である(四月末から六月にかけて発生する。本文の「五月」は旧暦であるから一致する)。『「序・破・急」有りて、讀經〔(どきやう)〕に似たり』というのもハルゼミの鳴き声に私は相応しいと思う。「序破急」は元来は雅楽用語で、雅楽の楽曲を構成する三つの楽章を指す。初部を「序」(緩慢としていて拍子に敢えて合わさない)・中間部を「破」(緩やかであるが、拍子に合わせる)・終部を「急」(急速で拍子に合わせる)という。それが芸能全般に広がった広義のそれは一般に速度の三区分を指し、「序」は「ゆっくり」、「破」は中間のスピード、「急」は「速く」である。ここは両義的な比喩と見ておかしくない。

「喬木〔(けうぼく)〕」現代仮名遣では「きょうぼく」。丈の高い木。樹木の便宜的な分類に於いては通常、高さが約二メートル以上になる木で、幹が太くて直立し、枝を張って他の植物を覆うものを指す。]

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 腹蜟


Nisidoti

にしどち

      【俗云尒之止知】

腹蜟

ホツヨツ

 

本綱王充論衡云蠐螬化腹蜟腹蜟拆背出而爲蟬則是

腹蜟者育于腹也

△按腹蜟在土中大一二寸其形色似櫟實而長又帶

 螬蝎之形而褐色皮堅厚如漆噐然有曲尾亦堅而似

 銅鈕一身不能動惟爲頸之處蠢動乃覺生類也小兒

 捕之問西何地東何地則旋頸彷彿答東西者此蟲出

 土中升高處拆背殻而爲蟬出去也

 

 

にしどち

      【俗に「尒之止知〔(にしどち)〕」と云ふ。】

腹蜟

ホツヨツ

 

「本綱」、王充が「論衡〔(ろんこう)〕」に云ふ、『蠐螬(きりうぢ)、腹蜟(にしどち)に化し、腹蜟、背を拆(くじ)き出て、蟬と爲る。則ち、是れ、腹蜟とは、腹に育(そだ)つなり。』〔と。〕

△按ずるに、腹蜟は土中に在り。大いさ、一、二寸。其の形・色、櫟〔(くぬぎ)〕の實〔(み)〕に似て長し。又、蠐螬(きりうじ)・蝎(きくいむし)の形を帶びて、褐(きぐろ)色。皮、堅く厚く、漆噐のごとく然〔(しか)〕り。曲れる尾、有り。亦た、堅くして、銅の鈕(つまみ)に似て、一身、動くこと能はず。惟だ頸(くびすぢ)と爲(おも)ふの處、蠢動(うごめ)く。乃〔(すなは)〕ち、生類たるを覺ふなり。小兒、之れを捕へて、「西(にし)、何地(どち)、東〔(ひんが)し〕何地。」と問へば、則ち、頸を旋(めぐ)らして東西を答ふる者に彷彿(さすに)たり。此の蟲、土中を出て、高き處に升(のぼ)り、背殻〔(はいかく)〕を拆きて、蟬と爲り出で去るなり。

 

[やぶちゃん注:中文サイトを見ても、これは、

半翅(カメムシ)目頸吻亜目セミ上科 Cicadoidea のセミ類の比較的終齢期の方に近い幼虫

かと思われる。挿絵は蛹のように見えるが、不完全変態のセミ類は蛹化しない。

「王充」(二七年~一〇〇年頃)後漢の思想家。会稽郡(現在の浙江省紹興市附近)生まれ。一生不遇の属吏生活を送った。旧伝などの非合理を批判し、合理的なものを追求、儒教に対しても厳しい批判を行なったことから、北宋代以降は異端視されて省みられることがなかったが、一九七〇年代の中華人民共和国での儒教批判運動の中では孔子批判の先駆者として評価されたりもした(以上は主にウィキの「王充に拠る)。

「論衡」実証主義の立場に立った王充の全三十巻八十五篇(但し、内一篇は篇名のみで散佚)から成る思想書。自然主義論・天論・人間論・歴史観など、多岐に亙る事柄を説き、一方で非合理的な伝統的思想(先哲論・陰陽五行説・俗信など)を迷信と断じて徹底的に批判・否定して、天地は物質の「気」で構成されており、万物の生成生滅は「気」の離合集散によるとする唯物的思想と、過度の人為的干渉を排した道家的な「無為自然」に立って、万物は必然的な命運によって支配されており、それに則るべきとする「命定(めいてい)論」を主張した(以上は複数の辞書記載をオリジナルに綜合した)。

「蠐螬(きりうぢ)」(底本画像では「キリウチ」)「きりうぢ」は「伐蛆・切蛆・錐蛆」の謂い。先行する蠐螬 乳蟲を参照のこと。そこで私はこれを、

鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コガネムシ下目コガネムシ上科コガネムシ科スジコガネ亜科スジコガネ族スジコガネ亜族コガネムシ属 Mimela に属するコガネムシ類の幼虫

に同定したが、実はこの挿絵のそれは、正直、セミ類の幼虫よりも、コガネムシ類の幼虫に似ているように思われて仕方がない。「蠐螬(きりうぢ)」が「腹蜟(にしどち)に化し」ちゃあ、いけませんよ、良安先生!

「拆(くじ)き」「拆」は訓では「さく・ひらく」が一般的でここもそう訓じた方が判りがよい。

「腹に育(そだ)つ」腹の中で蟬へと育つ。謂いは現象的には腑に落ちる。

「一、二寸」約三~六センチメートル。

「櫟〔(くぬぎ)〕」ブナ目ブナ科コナラ属クヌギ Quercus acutissima。実は他のブナ科Fagaceaeの樹種の実とともに「どんぐり」と総称されるが、「どんぐり」の中では直径が約二センチメートルと大きいこと、ほぼ球形であること、実の半分が椀型をした「椀(わん)」、殻斗(かくと:包葉が集って癒合して形成する椀状或いは毬状の器官。栗(ブナ科クリ属クリ Castanea crenata)の「いが」もそれで、ブナ科の植物に見られるものである)に包まれている点で容易に判別出来る。

「蠐螬(きりうじ)」「じ」(底本画像では「ジ」)はママ。

「蝎(きくいむし)」先行するを参照のこと。そこで私はこれを、

鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目ハムシ上科カミキリムシ(髪切虫・天牛)科 Cerambycidae の幼虫

に同定した。終齢期幼虫はこの絵の形に若干、似ては、いる。

「褐(きぐろ)色」読みの「きぐろ」は「黄黒」のこと。

「漆噐のごとく然〔(しか)〕り」言い得て妙なる比喩である。確かにそう見える。

「鈕(つまみ)」ボタン。取っ手。

「生類たるを覺ふなり」鉱物やその他ではなく、生物であることが判るのである。

「何地(どち)」「どっち?」。

「頸を旋(めぐ)らして東西を答ふる者に彷彿(さすに)たり」「さすに」の訓はママ。良安は「彷彿」を「はうふつ」で音読みした訓読で最初に訓点を打ったものの、読み下す際に思わず分かり易い意訓をここに附したがために、最終的に書き下すとかくも変なものになってしまったのである。

「升(のぼ)り」「升」には「ます」以外に「のぼる・上方へ移る」の意がある。納得出来ない方は「上昇」の「昇る」を考えて見られればよい。]

2016/09/06

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 螟蛉

Aomusi


あをむし

螟蛉

ミンリン

 

本綱似蚇蠖而青小至夏俱羽化爲蛾者曰螟蛉

詩小雅云。螟蛉有子果蠃負之者卽是也果蠃乃蠮螉之

名【詳于細腰蜂下】

 

 

あをむし

螟蛉

ミンリン

 

「本綱」、蚇蠖(シヤクカク/しやくとりむし)に似て、青く小。夏に至り、俱に羽化して蛾と爲る者を螟蛉と曰ふ。

「詩」の「小雅」に云ふ、『螟蛉、子、有り、果蠃(から)、之れを負ふ』とは卽ち、是れなり。果蠃は乃ち、「蠮螉(エツヲウ/じがばち)」の名〔たり〕。【細腰蜂の下に詳かなり。】

 

[やぶちゃん注:取り敢えずは「あをむし」という訓から、

蛾や蝶類を含む鱗翅目 Lepidoptera の幼虫の中で、通常、「青虫(あおむし)」と呼称しているところの、長い毛で体を覆われておらず、緑色のもの

の総称と採ってよい。「俱に羽化して蛾と爲る者」という記載を厳密に採るならば、蝶類の青虫は除外されることになるが、そもそもが中国の本草家が、ある青虫がいて、それが蝶のそれか蛾のそれかを形態的に厳密に分類認識して弁別、幼虫の段階から蝶と蛾の「青虫」をはっきりと区別していたとは私には思われない。さらに言えば、以前から何度も言っているように私は鱗翅目 Lepidoptera を「チョウ目」と呼称することに対しては激しい抵抗がある。「蝶蛾目」か、或いはせめて「ガ目」とすべきであるとさえ思っているから、実は私は「羽化して蛾と爲る者」は蝶も蛾も含んでよいと読み換えることを問題としない人種であることだけは述べおきたい。

 さて、しかしこの「螟蛉」という語は厄介である。まず辞書(以下は「大辞泉」の例)を引くと、最初に「青虫」に同じとつつ、二番目には「ジガバチが青虫を養い育てて自分の子とするという故事」に基づき、比喩表現として「養子」のことを指すと出るからである。この「ジガバチ」は狩り蜂として知られる膜翅目細腰(ハチ)亜目アナバチ(又はジガバチ)科ジガバチ亜科ジガバチ族 Ammophilini の類を指す。

 中国語辞書でもこれは同じであるが、「青虫」は辞書によってはもっと限定的であって、「EDR日中対訳辞書」では「青虫」としつつ、それを「小型而綠色的菜粉蝶幼蟲」(簡体字・略字を正字に直した。「小形にして綠色の菜粉蝶の幼蟲」)とする。さてもこの「菜粉蝶幼蟲」とは、

鱗翅目アゲハチョウ上科シロチョウ科シロチョウ亜科シロチョウ族モンシロチョウ属モンシロチョウ Pieris rapae の幼虫

のことなのである。白水社の「中国語辞典」には一番目に「アオムシ」、二番目には『(トックリバチがアオムシの体内に卵を生みつけ,ふ化した幼虫がアオムシをえさにして育つことを古人は誤解して,アオムシがトックリバチをわが子のように養っていると思ったことから)養子』とする。この「トックリバチ」は狩りバチの細腰(ハチ)亜目スズメバチ上科(以下の分類説は複数ある)ドロバチ科Eumenes属ミカドトックリバチ(或いはトックリバチ)Eumenes mikado で、「大辞泉」のアナバチ(ジガバチ)科ジガバチ亜科ジガバチ族 Ammophilini とは科レベルの上位タクサで異なる(但し、孰れも青虫を幼虫の餌の主対象とし、麻痺状態にして幼虫の生餌する点では同じではある)

 ともかくも私が冒頭で言いたいのは、人間が最上に発達したと考えている知力を以って弁別しようとしても、自然界の神秘は、その網から常にやすやすと抜け落ちて生存を全うしているという厳然たる事実である。

 

・「蚇蠖」昆虫綱鱗翅(チョウ)目シャクガ(尺蛾)上科シャクガ科 Geometridae に属する蛾類の幼虫。前項蚇蠖を参照のこと。

・「詩」「詩経」。

・「螟蛉、子、有り、果蠃(から)、之れを負ふ」前出の蠮螉にも出、注もしたが、改めて新たに注する。これは「詩経」の「小雅」の「小宛」の第三連、

   *

中原有菽

庶民采之

螟蛉有子

蜾蠃負之

敎誨爾子

式穀似之

   *

の一節である。我流に訓読訳をすると、

 

中原 菽(しゆく) 有り

庶民 之れを采(と)る

螟蛉 子 有り

蜾蠃(から) 之れを負ふ

爾(なんぢ)が子を敎誨し

穀(よ)きを式(も)つて之れに似せよ

 

野原に豆(まめ)がある。

庶民は食に当てんとして、これを採る。

青虫と称するところの虫の子がいる。

腰細(こしぼそ)の蜂は、これを背負い奪って、それを我が子と成す。

さても、汝ら、己(おの)が子を教誨し、

この、古えからの民や腰細蜂の善き生き方を以って、これに似せて生きよ。

 

・「蠮螉(エツヲウ/じがばち)」腰細蜂。取り敢えずは細腰(ハチ)亜目アナバチ科ジガバチ亜科ジガバチ族 Ammophilini の類としておくが、『「細腰蜂」の下』、前出の蠮螉の項の私の冒頭注を必ず参照されたい。一筋繩ではいかぬ。]

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