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カテゴリー「和漢三才圖會 蟲類」の117件の記事

2017/10/17

和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 蝸牛(かたつむり)


Katatumuri

かたつふり  蠡牛 蚹羸

 蝓 山蝸

       蝸羸 蜒蚰羸

蝸牛

       土牛兒

       【和名加太

        豆不利】

コウ ニウ

 

本綱蝸牛生池澤草樹間形似小螺白色頭形如蛞蝓但

背負殼耳頭有四黒角行則頭出驚則首尾俱縮入殻中

其身有涎能制蜈蝎夏熱則自懸葉下往往升高涎枯則

自死也此蟲有角如牛故得牛名

     夫木牛の子にふまるな野へのかたつふり角あれはとて身をはたのみそ

                   寂蓮

△按蝸牛【俗出出蟲】有而四角二者其短其短者非角露眼之

 甚者也物觸則縮角出入最速

 莊子所謂有國于蝸牛左角者曰蠻民國于右角者曰

 觸氏爭地而戰伏尸數萬者是也蓋蟭螟蟲窠蚊睫之

 類共是寓言耳

蝸牛 治小便不通者搗之貼臍下以手摩之【加麝香少許更妙】

 又治脱肛【虛冷毎因大便脱肛】用蝸牛【燒灰】豬油和傅立縮

緣桑蠃 【一名桑牛又名天螺】

本綱此螺全似蝸牛黃色而小雨後好緣桑上者取用藥

正如桑螵蛸之意主治大腸脱肛及驚風

 

 

かたつぶり  蠡牛〔(れいぎう)〕

       蚹羸〔(ふるい)〕

       
蝓〔(いゆ)〕

       
山蝸〔(さんくわ)〕

       蝸羸〔(くわるい)〕

       蜒蚰羸〔(えんゆるい)〕

蝸牛

       土牛兒

       【和名、「加太豆不利」。】

コウ ニウ

 

「本綱」蝸牛は池澤・草樹の間に生ず。形、小さき螺〔(にな)〕に似て、白色。頭の形、蛞蝓(なめくぢ)のごとし。但し、背に殻を負ふのみ。頭に四つの黒き角、有り。行くときは、則ち、頭を出だす。驚くときは、則ち、首尾、俱に縮(ちゞ)まり、殻の中に入る。其の身に涎〔(よだれ)〕有りて、能く蜈(むかで)・蝎(さそり)を制す。夏、熱するときは、則ち、自〔(みづか)〕ら葉の下に懸かり、往往〔にして〕高きに升(のぼ)る。涎、枯るれば、則ち、自〔(おのづか)〕ら死す。此の蟲、角、有りて、牛のごとし。故に牛の名を得。

「夫木」

 牛の子にふまるな野べのかたつぶり

     角あればとて身をばたのみそ

                 寂蓮

△按ずるに、蝸牛【俗に「出出蟲〔(ででむし)〕」。】四つの角有りて、二つは短かし。其の短かき者は角に非ず、露-眼(でめ)の甚しき者なり。物に觸れて、則ち、縮(ちぢ)んで、角を出入すること、最も速し。

「莊子」に所謂〔(いはゆ)〕る、『蝸牛の左の角に國〔(くに)〕有るをば「蠻民」と曰ふ。右の角に國ある者を「觸氏」と曰ふ。地を爭ひて戰ふ。尸〔(しかばね)〕を伏すること、數萬』といふは、是れなり。蓋し、蟭螟蟲〔(せうめいちう)〕、蚊の睫(まつげ)に窠(すく)ふの類〔(たぐひ)〕、共〔(とも)〕に是れ、寓言〔たる〕のみ。

蝸牛 小便の通ぜざる者を治す。之れを搗きて臍の下に貼(つ)けて、以つて手〔に〕て之れを摩つ【麝香、少し許り、加〔ふれば〕、更に妙なり。】。又、脱肛を治す【虛冷〔にして〕毎〔(つね)〕に大便に因りて脱肛〔せるもの〕。】蝸牛を用ひて【灰に燒く。】豬〔(ぶた)〕の油に和して、傅く。立〔ちどころに〕縮むる。

緣桑蠃(くはのきのかたつぶり) 【一名、「桑牛」、又、「天螺」と名づく。】

「本綱」、此の螺、全く、蝸牛に似て、黃色にして小さし。雨の後に、好んで桑の上に緣(はひのぼ)る者、藥に取り用ふ。正に桑螵蛸〔(さうへうせう)〕の意ごとし。大腸脱肛及び驚風を治することを主〔(つかさど)〕る。

 

[やぶちゃん注:軟体動物門 Mollusca 腹足綱 Gastropoda有肺目 Pulmonata の内の陸生有肺類で貝殻を持つ種群(貝殻を失ったナメクジを除く)であるが、一般的には殻が細長くないものを指すことが多い。或いは真有肺亜目柄眼下目マイマイ上科 Helicoidea或いはそのマイマイ上科 Helicoidea オナジマイマイ科 Bradybaenidae マイマイ属 Euhadra に属する種群(模式(タイプ)種はミスジマイマイ(三条蝸牛)Euhadra peliomphala。樹上性で、関東地方南部から中部地方東部に分布する日本固有種。関東地方南西域・中部地方南東部・伊豆諸島の神津島以北に分布)が我々日本人が「かたつむり(蝸牛)」と称しているものをほぼ包括すると言ってよかろう。

 

「かたつぶり」ウィキの「カタツムリ」の「名称」によれば、『日本語における名称としてはカタツムリの他に、デンデンムシ、マイマイ、蝸牛(かぎゅう)などがある。語源については諸説がある』とし、「カタツムリ」は『笠つぶり説、潟つぶり説、片角振り説など諸説ある』が、『「つぶり」は古語の「つび(海螺)」で巻貝を意味する』ところはほぼ確定的と私は思っている。「デンデンムシ」は『子供たちが殻から出ろ出ろとはやし立てた「出ん出ん虫」(「出ん」は出ようの意)であるとの説があ』り、「マイマイ」は『「デンデンムシ」と同様に子供たちが』「舞え! 舞え!」『とはやし立てたことに由来するとの説がある』。また、漢名「蝸牛」は『動作や頭の角がウシを連想させたためとみる説がある』。『柳田國男はカタツムリの方言(デデムシ、マイマイ、カタツムリ、ツブリ、ナメクジ)の分布の考察を通して、『蝸牛考』において方言というものは時代に応じて京都で使われていた語形が地方に向かって同心円状に伝播していった結果として形成されたものなのではないかとする「方言周圏論」を展開した』ことで知られるが、『晩年の柳田は方言周圏論の問題点を認識するようになっていた』と附す。私はこの柳田國男の「蝸牛考」が好きで、既にその初版をブログのカテゴリ「柳田國男」で総て電子化注している(二〇一五年二月二十四日から二〇一六年二月十三日までの二十八回分割)ので、関心のある方は、是非、お読み下さると幸いである

「蚹羸」「本草綱目」原典や東洋文庫版では「蚹蠃」とし、後者はルビを『ふら』とする。但し、中文本草を調べる限り、「羸」でも誤りではない。それでも、「蠃」は巻貝を指す一般的な字であるから、こちらの方が判り易いことは事実である。

蝓」東洋文庫は「蝓」に作るが、同字。「本草綱目」も「」となっている。

「蝸羸」「蚹羸」と同じく「本草綱目」原典や東洋文庫版では「蝸蠃」で、ルビを『から』とする。同じく「蠃」の方が判り易い。以下、「蜒蚰羸」「蝸羸」「蜒蚰羸」の「羸」も同前。

「其の身に涎〔(よだれ)〕有りて、能く蜈(むかで)・蝎(さそり)を制す」一部の海産巻貝の外套膜から分泌される粘液に弱毒性があるやに記憶しているが、カタツムリのそれが有毒で、ムカデやサソリまでもがそれを忌避するというのは聴いたことがない(但し、カタツムリ類に寄生する寄生虫は非常に危険で、ヒトに日和見感染して脳に入り込んだりした場合には重い症状を呈することはある)。

「升(のぼ)る」「昇る」。

「牛の子にふまるな野べのかたつぶり角あればとて身をばたのみそ」「夫木和歌抄」の「卷廿七」の「雜九」に載る寂蓮法師の一首であるが、「野べ(野邊)」は「庭(には)」の、「角あればとて」は字余りで「角のあればとて」の誤り。整序して示すと、

 牛の仔に踏むまるな庭のかたつぶり角(つの)のあればとて身をば賴みそ

である。

「四つの角有りて、二つは短かし。其の短かき者は角に非ず、露-眼(でめ)の甚しき者なり」誤り。カタツムリ類は大触角一対と小触角一対の計四本が通常伸ばしている際には「つの」のように突き出ているが、上方の大触覚の先に眼がある(但し、明暗を認識するだけで、視覚的に像を結ぶことはないと考えられている)。因みに、童謡に出る「やり」は、この「つの」、触角ではなく、恋矢(れんし)と言う交尾管(陰茎)(カタツムリは雌雄同体で、二匹が互いにこれを出し合って角の後方側面にある生殖孔(右巻きでは右側、左巻きでは左側)に互にそれを挿入し合う形で交尾が行われる)で、普段は軟体部中央下部の矢嚢に収納されており、見ることはないが、交尾の際、内部からそれが反転翻出する

『「莊子」に所謂〔(いはゆ)〕る、『蝸牛の左の角に國〔(くに)〕有るをば「蠻民」と曰ふ。右の角に國ある者を「觸氏」と曰ふ。地を爭ひて戰ふ。尸〔(しかばね)〕を伏すること、數萬』』「蠻民」は「觸氏」の誤りであり、「觸氏」は「蠻氏」の誤り。これは「荘子」の「則陽篇」の以下の下線太字部分。全体は、魏の恵王が隣国斉が盟約を破ったことに憤って斉を責めようとしたのを、魏の宰相で荘子の友人であった恵子がそれを押し留めるために魏の賢人戴晋人(たいしんじん)を呼んで、意見を述べさせるシークエンスの譬え話である。但し、恵子は恵王の子の襄王の時の宰相であるから、作り話である。

   *

惠子聞之而見戴晉人。戴晉人曰、「有所謂蝸者、君知之乎。」。曰、「然。」。「有國於蝸之左角者曰觸氏、有國於蝸之右角者曰蠻氏、時相與爭地而戰、伏尸數萬、逐北旬有五日而後反。」。君曰、「噫、其虛言與。」。曰、「臣請爲君實之。君以意在四方上下有窮乎。」君曰、「無窮。」。曰、「知遊心於無窮、而反在通達之國、若存若亡乎。」。君曰、「然。」。曰、「通達之中有魏、於魏中有梁、於梁中有王。王與蠻氏、有辯乎。」君曰、「無辯。」。客出而君惝然若有亡也。

   *

惠子、之れを聞きて戴晋人を見(まみ)えしむ。戴晋人、曰く、「所謂、蝸(くわ)なる者、有り、君(きみ)、之れを知るか」と。曰く、「然り。と。「蝸の左角(さかく)に國(くに)する者有り、『觸氏(しよくし)』と曰ふ。蝸の右角(いうかく)に國する者有り、『蠻氏(ばんし)』と曰ふ。時に相ひ與(とも)に地を爭ひて戰ひ、伏尸(ふくし)、數萬、北(に)ぐるを逐(お)ひて旬(じゆん)有(いう)五日(ごにち)[やぶちゃん注:十五日。]にして、後(のち)反(かへ)る。」と。君、曰く、「噫(ああ)、其れ、虛言ならんか。」と。曰く、「臣、請ふ、君の爲に之れを實にせんを[やぶちゃん注:では、私めは、本当のことを王のために言わせて貰いたく存じます。]。君、四方上下[やぶちゃん注:全宇宙。]を在(み)るに、窮まり有りと以-意(おも)ふや。」と。君、曰く、「窮まり無し。」と。曰く、「心を無窮に遊ばしむるを知りて、反(かへ)つて通達の國[やぶちゃん注:実際に道が通っていて行くことが出来る国。]を在(み)れば、存(そん)するがごとく亡きがごときか。」と。君、曰く、「然り。」と。曰く、「通達の中(うち)に、魏、有り。魏の中に於いて、梁[やぶちゃん注:魏の首都。]、有り。於梁の中に於いて、王、有り。王と蠻氏と、辯(わきまへ)有るか。」と。君、曰く、「辯へ、無し。」と。客、出でて、君、惝然(しやうぜん)として亡(うし)なふもの有るがごとし。

   *

「蟭螟蟲〔(せうめいちう)〕、蚊の睫(まつげ)に窠(すく)ふ」先行する蚊(か) 附 蚊母鳥の本文の「蟭螟」及び私の注を参照。

「寓言」譬え話。

「摩つ」送り仮名はママ。「まつ」と読んでいるか。東洋文庫訳は『摩擦する』とある。擦り撫でる。

「麝香」哺乳綱鯨偶蹄目反芻亜目真反芻亜目ジャコウジカ科ジャコウジカ亜科ジャコウジカ(麝香鹿)属 Moschus のジャコウジカ類の成獣のには、を誘うための性フェロモンを分泌する麝香腺が陰部と臍の間にあるが、これは、その嚢を抜き取って乾燥させたもの。一般には媚薬として珍重される。

「虛冷」腹の中が精気がなくなって冷えている状態。

「大便に因りて脱肛〔せるもの〕」大便の排泄時に限って脱肛する症状。

「灰に燒く」十分に焼いて灰にする。

「縮むる」脱肛が戻る。

「緣桑蠃(くはのきのかたつぶり)」「桑牛」「天螺」この「蠃」はママ。浜田善利難波恒雄論文「生薬牛の研究) 縁桑螺の基源動物について」(『薬史学雑誌』1990Vol. 25No.1(PDF)の十四ページから開始)という恐るべき詳細な考証によって、これは有肺目真有肺亜目柄眼下目マイマイ上科オナジマイマイ科オナジマイマイ属Bradybaena ravida に同定されている。

「桑螵蛸〔(さうへうせう)〕」東洋文庫注に『螵蛸はかまきりが木の上に卵を生んでつくる房のこと。桑の木の上にある正にものが薬用としてよいものとされる』とある。

「の意ごとし」東洋文庫訳では『の場合とよく似ている』とする。

「驚風」複数回既出既注であるが、再掲する。一般には小児疾患で「ひきつけ」を起こす病気の称。現在の癲癇(てんかん)症や髄膜炎の類に相当する。]

2017/10/16

和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 蚯蚓(みみず)


Mimizu

みみす  螾 

     曲蟺 寒

 蟺 堅蚕

蚯蚓

     歌女。地龍子

     【和名美々須】

キウイン

 

本綱平澤地中有之四月始出十一月蟄結雨則先出晴

則夜鳴其鳴長吟故曰歌女其行也引而後申其塿如丘

故名蚯蚓或云結時能化爲百合也與𧒂螽同穴爲雌雄

今小兒陰腫多以爲此物所吹如咬人形如風眉鬚皆

落惟以石灰水浸之良

蚯蚓【鹹寒有小毒】 路上踏殺者名千人踏入藥更良蓋性寒

而下行性寒故能除諸熱疾下行故能利小便治足疾通

經絡也【孟子所謂蚓上食稿壤下飮黃泉故性廉而寒】

蚯蚓屎曰六一泥以其食細泥無沙石也性畏葱及鹽鹽

之日暴則須臾成水亦安葱内亦化成水也

△按蚯蚓其老大者白頸【和名可布良美々須】一種有青白色縱黒

 文者人觸急動走今人は用蚯蚓【去泥】生以酒呑之以爲

 聲音藥最有効然本草不載爲聲音藥且性寒有小毒

 不熱症人漫勿用蓋據長吟歌女之名義者乎

 爲蚯蚓及蟻所吹小兒陰腫者以火吹簡令婦人吹之

 或用蟬蛻煎水洗仍服五苓散卽腫消痛止

深山中有大蚓丈余者近頃丹波柏原遠坂村大風雨後

 山崩出大蚯蚓二頭一者一丈五尺一者九尺五寸人

 爲奇物也異國亦有大蚓出

 東國通鑑云髙麗太祖八年宮城東蚯蚓出長七十尺

 時謂渤海國來投之應

 

 

みみず  螾〔(きんいん)〕  䏰〔(くじん)〕

     曲蟺〔(きよくぜん)〕 寒〔(かんけん)〕

 蟺〔(ゑんぜん)〕  堅蚕〔(けんさん)〕

蚯蚓

     歌女〔(かぢよ)〕   地龍子〔(ちりやうし)〕

     【和名、「美々須」。】

キウイン

 

「本綱」、平澤・地中に之れ有り。四月、始めて出づ。十一月、蟄結〔(ちつけつ)〕す。雨ふるときは、則ち、先づ、出で、晴るるときは、則ち、夜る、鳴く。其の鳴くこと、長吟す。故に「歌女」と曰ふ。其れ、行くことや、引きて、後〔(のち)〕、申〔(の)〕ぶ。其の塿〔(つち)〕、丘のごとし。故に「蚯蚓」と名づく。或いは云ふ、結〔(けつ)〕する時、能く化して百合と爲る〔と〕。𧒂螽〔(いなご)〕と穴を同〔じく〕し、雌雄を爲す。今、小兒〔の〕陰、腫るること、多くは以つて此の物の爲に吹かるゝごとし。人を咬めば、形、大風〔(たいふう)〕のごとくにして、眉・鬚、皆、落つ。惟だ、石灰の水を以つて之れを浸して、良し。

蚯蚓【鹹、寒。小毒有り。】 路上に踏み殺さるゝ者を「千人踏〔(せんにんたう)〕」と名づく。藥に入るるに、更に良し。蓋し、性、寒にして下行し、性、寒なる故、能く諸熱の疾を除く。下行する故に、能く小便を利し、足の疾を治し、經絡を通すなり【「孟子」に所謂〔(いはゆ)〕る、『蚓〔(いん)〕は、上は稿壤〔(こうじやう)〕を食ひ、下は黃泉〔(くわうせん)〕を飮む』〔と〕。故に、性、廉〔(つつまし)くし〕て寒なり。】。

蚯蚓の屎(くそ)を「六一泥〔(りくいつでい)〕」と曰ふ。以其れ、細かなる泥を食ひて、沙石無きを以つてなり。性、葱及び鹽〔(しほ)〕を畏る。之れに鹽(しほ)〔を〕つけ、日に暴〔(さら)〕せば、則ち、須臾〔にして〕水と成る。亦、葱の内に安(を)きても亦、化して水と成るなり。

△按ずるに、蚯蚓、其の老いて大なる者は「白頸」なり【和名、「可布良美々須〔(かふらみみず)〕」。】一種、青白色にして縱(たつ)に黒き文〔(もん)〕の者、有り、人、觸るれば、急に動き走る。今、人は蚯蚓を用ひて【泥を去る。】、生〔(なま)〕にて、酒を以つて之れを呑めば、以つて聲音の藥と爲り、最も、効、有り。然れども、「本草」に聲音の藥たること載せず。且つ、性、寒、小毒、有〔れば〕、熱症ならざる人、漫(みだり)に用ふること勿〔(な)〕かれ。蓋し、長吟〔より〕「歌女」の名義に據〔(よ)〕る者か。

 蚯蚓及び蟻の爲めに吹かれて、小兒〔の〕陰、腫るる者は、火吹簡(〔ひふき〕だけ)を以つて婦人をして之を吹かしむ、或いは蟬蛻〔(せんぜい)〕を用ひて、水に煎じて、洗い、仍〔(すなは)〕ち、五苓散〔(ごれいさん)〕を服すれば、卽ち、腫れ、消え、痛み、止〔(や)〕む。

深山の中に、大蚓〔(おほみみず)〕、丈余の者、有り。近頃、丹波柏原遠坂村、大風雨の後、山、崩れ、大蚯蚓二頭を出〔(いだ)〕す。一つは一丈五尺、一つは九尺五寸。人、奇物と爲すなり。異國にも亦、大蚓出〔(いづ)〕ること有り。

「東國通鑑」に云はく、『髙麗太祖八年、宮城〔(きうじやう)〕の東に、蚯蚓、出づ。長さ七十尺。時に渤海國來投の應なりと謂ふ。

 

[やぶちゃん注:環形動物門 Annelida 貧毛綱 Oligochaeta のミミズ類。本邦で一般的に知られる種はナガミミズ目ツリミミズ科 Eisenia 属シマミミズ Eisenia fetida である。

 

「みみず」勘違いしている方も多いので言っておくと、歴史的仮名遣でも「みみず」であって、「みみづ」ではない。これは有力な語源説である「目不見(めみえず)」からも立証出来る

螾〔(きんいん)〕」以下の別名の読みは東洋文庫を参考に歴史的仮名遣で示した。

「平澤」平地の沢。

「蟄結す」穴籠りする。

「夜る、鳴く。其の鳴くこと、長吟す」既に何度も述べた通り、ミミズに発声器官はなく、鳴かない。直翅(バッタ)目剣弁(キリギリス)亜目コオロギ上科ケラ科 Gryllotalpidae のケラ(螻蛄)類の鳴き声の誤認である。しかし、「歌女」という別名は、何とも、いい。

「申〔(の)〕ぶ」「伸(の)ぶ」(伸びる・伸ばす)に同じい。

「塿〔(つち)〕」東洋文庫訳の読みを援用した。

「結〔(けつ)〕」先の「蟄結」の意。

「能く」しばしば。

「化して百合と爲る」これなら「歌女」の異名もしっくりくる。

𧒂螽〔(いなご)〕」既出項。直翅(バッタ)目バッタ亜目イナゴ科 Catantopidae のイナゴ類。それにしても「穴を同〔じく〕し、雌雄を爲す」という説は驚き桃の木山椒の木だね!

「小兒〔の〕陰」小児の陰部。ほれ、ミミズに小便かけるとおちんちんが腫れる、だ! 凄いね、中国の本草書に早くからかく書かれていたんだね。

「以つて此の物の爲に吹かるゝごとし」このミミズに毒の気を吹きかけられたために発症したのである、という意味。

「人を咬めば」ミミズは人を咬みません! 何か、別種の蠕動性の生物類(ムカデ等)を誤認しているように思われる。

「大風」東洋文庫訳では、『風寒・風熱等が原因となっておこる病気の重症のもの』とするが、漢方で「大風」と言った場合、圧倒的にハンセン病のことを指す。顔面の体毛が殺げ落ちるというのは、後者の症状の一様態とした方が腑に落ちる。

「千人踏」千人の人の影の精気をその死骸に受けることによる呪的霊力を保持すると考えたのである。

「寒」エネルギ属性が下位の、陰気を主とする属性。

「下行」漢方で総ての下に向かう流れ(運動方向・推移様態・現象傾向)を指す。

『「孟子」に所謂〔(いはゆ)〕る、『蚓〔(いん)〕は、上は稿壤〔(こうじやう)〕を食ひ、下は黃泉〔(くわうせん)〕を飮む』〔と〕』「孟子」「滕文公章句下」の最終章に出る。斉の匡章(きょうしょう)が孟子に自国の斉の陳仲子(ちんちゅうし)を清廉の士として讃えたの対して孟子が反論した一節に出る。

   *

孟子曰、於齊國之士、吾必以仲子爲巨擘焉、雖然仲子惡能廉、充仲子之操、則蚓而後可者也、夫蚓上食槁壤、下飮黃泉、仲子所居之室、伯夷之所築與、抑亦盗跖之所築與、所食之粟、伯夷之所樹與、抑亦盗跖之所樹與、是未可知也。

(孟子曰く。「齊國の士に於ては、吾、必ず仲子を以つて巨擘(きよはく)とせん。然りと雖も、仲子惡(いづく)んぞ能く廉ならん。仲子が操を充つるときは、則ち、蚓(いん)にして後に可なる者なり。夫(そ)れ、蚓は、上、槁壤を食らい、下、黃泉を飮む。仲子が居る所の室は、伯夷が築く所か。抑々(そもそも)、亦、盜跖〔(たうせき)〕が築く所か。食らふ所の粟は、伯夷が樹(う)うる所か。抑々、亦、盜跖が樹うる所か。是れ未だ知んぬべからず、と。)

   *

「巨擘」手の指の親指の如く突出した人物。「稿壤」は乾いた土のこと。「黃泉」は濁った地下の水。ここでの孟子は孝・忠の原則を自然でないとして独り清廉に生きん者ならば、それはミミズにでもなれらねば達成できぬことだと論破しているのであるが、このシークエンスでの孟子は如何にも厭な感じがする。

「廉〔(つつまし)くし〕て」読みは東洋文庫訳のルビを参考にした。清廉にして。多分に前の「孟子」の謂いが影響した謂いである。

「六一泥〔(りくいつでい)〕」東洋文庫注に『泥が六、沙石が一の割合ということであろうか。『本草綱目』には陶弘景の言として「入合丹据釜用」とあるので、道教で丹を調合するとき、調合薬を入れた釜を泥封するのに用いるということであろう。しかし、六一泥にはもう一つあり、それは雌黄・牡蠣殻・胡粉・石灰・赤石脂・食塩末など六つの材料各一両を水で調合したものをいう。『抱朴子』(金丹)に出てくる、金丹をつくるために調合した薬材を泥封するに用いる六一流とは、こちらの方のようである』とある。

「之れに鹽(しほ)〔を〕つけ、日に暴〔(さら)〕せば、則ち、須臾〔にして〕水と成る」こりゃ、ナメクジみたようだが、塩をかけて日光に曝せば、ミミズは体液を水のように吸い出されて確実に死ぬ。しかし、水になるわけでは、無論、なく、雨後に溺死した死骸として長く見かけるように、干からびても外皮のクチクラ層はしっかり残る。

「葱の内に安(を)きても亦、化して水と成る」ミミズの飼育サイトに餌として絶対に入れてはいけないものとして「辛いもの・塩分の濃いもの」としてネギが挙げてある。しかし、Q&Aサイトのネギ農家の質問で、収穫した葱のゴミの部分を畑の中に山のように置いているが、その下に多数のミミズが棲息しているとあるから、ミミズがネギを忌避するとは思われない

「白頸」以下に和名を別に出す以上は「はつけい(はっけい)」と読むべきか。これは所謂、成体のミミズの頭部方向に存在する「環帯」のことを指していよう。個体によってこの部分は他の体節より色が薄く、この名が腑に落ちるからである。ウィキの「ミミズ」によれば、『成熟したミミズは、体の前の方にいくつかの体節にまたがった肥大した帯状部分を持つ。この部分は外見では中の体節が区別できなくなっているから、そこだけ幅広く、また太くなった節があるように見える。これを環帯と呼んでいる。多くの大型ミミズ類では、環帯より前方の腹面に雄性生殖孔が、環帯の腹面に雌性生殖孔がある。なお、多毛類においては生殖腺はより多くの体節にまたがって存在する例が多い。ミミズにおいてそれがごく限られた体節にのみ存在することは、より異規体節制が進んだものとみなせるから、より進化した特徴と見ることができる』とある。

「可布良美々須〔(かふらみみず)〕」これは前に「老いて大なる者は」という属性から、日本におけるミミズの最大種(最大長四十センチメートルにも達する)の一つで、西日本の山林に棲息する青紫色の光沢を持った、環形動物門貧毛綱ナガミミズ目フトミミズ科フトミミズ属シーボルトミミズ Pheretima sieboldi を想定してよいかと思われる(後に別に「一種、青白色にして縱(たつ)に黒き文〔(もん)〕の者」を挙げているが、ここは以下の名称から、同じ種を記載していると読むこととする)。その特異な光沢色に言及していないのが残念である)。ウィキの「シーボルトミミズ」によれば、『山ミミズなどの異名も知られる。なお、目立つものであるためか各地に方言名が多く残っている。四国ではカンタロウと言われることがあちこちに記されている。和歌山県でもカンタロウと呼ばれる他、カブラタとの呼称も知られる』とある。ここに出る本種の地方名「カブラタ」は「可布良美々須」(東洋文庫は『かぶらみみず』とルビする)とほぼ一致する。ここで良安が別種として示すその種の色を「青白色」としているのはまさに本種の特徴である。「縱(たつ)」(たて)「に黒き文〔(もん)〕」があるとするが、同種には黒い紋は普通はない。しかし、強い青の金属光沢を持つ本種は、背部中央の光沢が見方によっては有意な縦筋に見えないことはないから、おかしいとは言えない。なお、巨大種としては別にジュズイミミズ目ジュズイミミズ科ジュズイミミズ属ハッタジュズイミミズ Drawida hattamimizu がおり、体長は六十センチメートルほどであるが、よく伸びると一メートルにも達して見える(但し、本種は少なくとも現在は石川県河北潟周辺、滋賀県の琵琶湖周辺、それに福井県の三方五湖周辺にのみに限定棲息している)

「人、觸るれば、急に動き走る」ウィキの「シーボルトミミズ」によれば、運動性能はミミズ類の中では非常に高い部類に属し、『地上での動きは意外に素早』く、『また、季節によって大きく移動することも知られている。夏場には尾根筋から斜面にかけて広く散らばって生活するのに対して、それらの個体全てが越冬時には谷底に集まる。つまり、春には谷から斜面に向けて、秋には斜面から谷底に向けて移動が行われる』。『これに関わってか、本種が身体の前半を持ち上げるようにして斜面を次々に滑り降りる様や、林道の側溝に多数がうじゃうじゃと集まっている様子などがしばしば目撃され、地元の話題になることなどがある』。『このような現象の理由や意義は明らかにされていないが』、研究者は『天敵であるだろう食虫類は常時多量の餌を求めることから、このような習性はこの種の現存量が一定しないだけでなく、大きな空白期間を作ることになるので、この種を主要な餌として頼れない状況を作ること、また同じく天敵となるイノシシに対してはその居場所が一定しないことになるので餌採集の場所を学習することを困難にしているのではないかと』いう仮説を立てている、とある。因みに、本種には粘液を噴射する能力があり、『本種を見つけた際に素手で掴んだところ、ミルクのような白い液が飛び出し、顔や眼鏡にかかったという』研究者の報告があり、『恐らくは背孔から発射されたものと思われ、タオルで拭った後には特に変化はなかったという。国外ではミミズにそのような能力がある例が幾つか知られ、例えばオーストラリアの Didynogaster sylvaticus はフンシャミミズの名で呼ばれ、別名を「水鉄砲ミミズ」と言い、時に粘液を』六十センチメートル『も飛ばすという。本種では他に聞く話ではないので、本種にその能力はあるもののいつも使うわけではないのだと思われる』とある。これは先の所謂、ミミズに小便の伝承との連関性が感じられるようにも思われるが、以上の記載から見ても、当該噴出液に毒性は認められないと言ってよかろう

「生〔(なま)〕にて、酒を以つて之れを呑めば、以つて聲音の藥と爲り、最も、効、有り。然れども、「本草」に聲音の藥たること載せず。且つ、性、寒、小毒、有〔れば〕、熱症ならざる人、漫(みだり)に用ふること勿〔(な)〕かれ。蓋し、「長吟」・「歌女」の名義に據〔(よ)〕る者か」既に薬効は示されているが、ウィキの「ミミズ」によれば、『漢方薬では「赤竜」・「地竜」』『または「蚯蚓(きゅういん)」と称し、ミミズ表皮を乾燥させたものを、発熱や気管支喘息の発作の薬として用いる。なお、民間療法が、日本各地に伝承している』。『また、特定のミミズには、血栓を溶かす酵素を持つことも知られている』。『血栓を溶かす酵素を持つミミズであるルンブルクスルベルス』(オヨギミミズ目オヨギミミズ目 Lumbriculidae 科ルンブリクス属 Lumbricus rubellus:ヨーロッパ原産のミミズの一種。「赤ミミズ」などと呼ばれることもある。学名は「ルンブリクス」と読むのが正しい)『の粉末を入れた健康食品(ルンブロキナーゼ)が発売されている。日本の医師の研究で、臨床試験されて効果も発表されている』。『そのための専用のミミズを育成している。その発表で血管にできたプラークをも溶かすと言われているが、広く認められたものではない』とある。

「吹かれて」毒気を吹きつけられて。

「火吹簡(〔ひふき〕だけ)」火吹き竹。

「婦人をして」女性だから優しく吹くのが効果的という意味ではなく、恐らくは陰気の生物である蚯蚓を、同じ陰の属性を持つ人間の女性が吹くことで、その症状を癒す力があると考えたものと私は解釈する。

「蟬蛻〔(せんぜい)〕」蝉の抜け殻。漢方では「蝉退(せんたい)」と称する生薬で、鎮痛・消炎・解熱・痙攣鎮静作用があり、アレルギーにも有効とされる。湿疹・蕁麻疹・汗疹(あせも)・アトピー性皮膚炎に効く消風散などにも含まれている。

「五苓散〔(ごれいさん)〕」猪苓(チョレイ:菌界担子菌門真正担子菌綱チョレイマイタケ目サルノコシカケ科チョレイマイタケ属チョレイマイタケ Polyporus umbellatus の菌核。消炎・解熱・利尿・抗癌作用等がある)三分(ぶん)・茯苓(ブクリョウ:アカマツ・クロマツなどのマツ属の植物の根に寄生する菌界担子菌門菌じん綱ヒダナシタケ目サルノコシカケ科ウォルフィポリア属マツホド(松塊)Wolfiporia extensa の菌核。利尿・鎮静作用がある)三分・蒼朮(ソウジュツ:キク目キク科オケラ属ホソバオケラ(細葉朮)Atractylodes lancea の根茎。中枢抑制・胆汁分泌促進・抗消化性潰瘍作用等がある)または白朮(ビャクジュツ:オケラ属オケラ Atractylodes japonica の根茎。健胃・利尿効果がある)三分・沢瀉(タクシャ:水生植物である単子葉植物綱オモダカ目オモダカ科サジオモダカ属ウォーター・プランテーン変種サジオモダカ Alisma plantago-aquatica var. orientale の塊茎。抗腎炎作用がある)五分・桂皮(ケイヒ:桂枝とも。クスノキ目クスノキ科ニッケイ属(シナ)ニッケイ Cinnamomum sieboldii の樹皮。(シナモン Cinnamomum zeylanicumは近縁種)発汗・発散作用・健胃作用がある)二分の調剤物(「一分」は三十七・五ミリグラム)。利尿効果が主で、吐き気・嘔吐・下痢・浮腫(むくみ)・眩暈(めまい)・頭痛などに適応する。

「丹波柏原遠坂村」不詳。現在の兵庫県丹波市柏原はここ(グーグル・マップ・データ)。しかし、「遠阪川」の名が残るものの、そこはここより遙かに北である。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「一丈五尺」四メートル十八センチメートル。

「九尺五寸」二メートル八十八センチメートル弱。孰れもデカ過ぎ。誇大風聞で、実態は先に示したシーボルトミミズであろう。

「東國通鑑」一般に「とうごくつがん」と読まれる。朝鮮半島の編年体の歴史書。李氏朝鮮の世祖の時代に着手され、徐居正らにより成宗時代の一四八四年に成立した。外紀一巻・本文五十六巻。檀君に始まって箕子・衛満ら、漢四郡、三国時代、新羅を経て、高麗末期までを対象とするが、内容は既存の「高麗史節要」や「三国史節要」及び中国の史書などを流用しているものの、誤りも多いため、現在は歴史史料として重視されていないが、本邦では上記の史書「高麗史」「三国史記」などが稀覯本扱いであったため、徳川光圀が寛文七(一六六七)年に本書を出版したことから、長らく、朝鮮半島史についての基礎文献であった。現代の韓国の民族主義の基幹をなす「檀君紀元」は本書での即位年の記述が元となっている(以上はウィキの「東国に拠る)。

「髙麗太祖八年」九二五年。

「宮城」この当時の高麗の首都は現在の朝鮮民主主義人民共和国南部にある開城(ケソン)市。(グーグル・マップ・データ)。

「七十尺」二十一メートル強。

「時に渤海國來投の應なり」「來投」は降服の意。「應」「まさに~べし」の再読文字の意味から分かる通り、事前の兆し・予兆の意。八世紀から十世紀にかけて中国東北地方を中心に沿海州から朝鮮半島北部に亙って栄えた渤海国(六九八年にツングース系靺鞨(まっかつ)族の首長大祚栄が建国。唐の制度・文物を摂取して仏教を保護し、日本とも国交があった)は正にこの翌九二六年、契丹(モンゴル系でツングースとの混血種族)に滅ぼされた。]

2017/10/09

和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 蠼螋(はさみむし)


Hasamimusi

はさみむし 搜夾子

 

      【俗云波佐

       美無之】

蠼螋

 

キユイ スヱウ

 

本綱此蟲喜伏氍之下故得此名隱居墻壁及噐物下

長不及寸狀如小蜈蚣青黒色二鬚六足足在腹前尾有

叉岐能夾人物其溺射人影令人生瘡身作寒熱用犀角

汁【雞腸草汁馬鞭草汁梨葉汁茶葉末紫草末燕窠土以各一品塗亦良】塗之皆効又畫地

作蠼螋形以刀細取其腹中土以唾和塗之再塗卽愈方

知萬物相感莫曉其由

△按武編云被蠼螋毒者扁豆傅卽瘥

 

 

はさみむし 搜夾子〔(さうけふし)〕

 螋〔(きゆうさう)〕

      【俗に「波佐美無之」と云ふ。】

蠼螋

 

キユイ スヱウ

 

「本綱」、此の蟲、喜びて氍(けむしろ)の下に伏す。故に此の名を得。墻壁及び噐物の下に隱れ居〔(ゐ)〕る。長さ、寸に及ばず、狀、小〔さき〕蜈蚣〔(むかで)〕のごとし。青黒色、二鬚〔(しゆ)〕、六足あり。足、腹の前に在り。尾に叉岐(はさみまた)有り、能く人・物を夾(はさ)む。其の溺(ゆばり)、人の影を射て、人をして瘡を生ぜしめ、身、寒熱を作〔(な)〕す。犀角汁〔(さいかくじふ〕を用ひて【雞腸草の汁、馬鞭草の汁、梨〔の〕葉の汁、茶の葉の末、紫草の末、燕の窠〔(す)〕の土、各一品を以つて塗〔るも〕亦、良し。】之れを塗る。皆、効あり。又、地に畫〔(ゑ)〕して、蠼螋の形を作り、刀を以つて細〔(こま)やか〕にし、其の腹中の土を取り、唾(つばき)以つて和して、之れを塗る。再び、塗れば、卽ち、愈ゆ。方〔(まさ)〕に知る、萬物〔の〕相感、其由を曉(さと)すこと、莫し〔と〕。

△按ずるに、「武編」に云はく、『蠼螋の毒を被むる者、扁豆(いんげんまめ)の葉を傅〔(つ)〕けるときは、卽ち、瘥〔(い)〕ゆ。

 

[やぶちゃん注:昆虫綱 Insecta革翅(ハサミムシ)目 Dermaptera のハサミムシ類。よく見かけ、同和名を持つ種はハサミムシ目マルムネハサミムシ科ハサミムシ(ハマベハサミムシ)Anisolabis maritimaよりの方が鋏の曲がり方が有意で雌雄ともに無翅。人家周辺の荒地やゴミ捨て場等の湿った場所の石の下などで多く見られる。異名は海岸に打ち上げられた海草の下に見られることに由来する。雑食性で植物の葉・果実・動物の死体などを摂餌する)。世界で十一科千九百三十種以上、日本では四十種ほどが知られている。ここで毒があるということが、「本草綱目」だけでなく、良安の短評にも出るが、ハサミムシ類は(素人なんで附言しておくと、少なくとも本邦産は)無毒であり、通常、本土にいる種群の鋏に挟まれても、力が弱く、痛くもなんともない(実際に私も小さな頃に挟ませてみた記憶があるが、痛くなかったし、好んでこれに指を挟ませている遊び友だちもいたぐらいである)。しかし、「氍(けむしろ)」(毛で編んだ厚い敷物。絨毯)というのが屋内を指している点、記載の大半が咬み、毒があってその療法に費やされていること、況や、「人の影を射て、人をして瘡を生ぜしめ、身、寒熱を作〔(な)〕す」という部分は有意に重い症状を呈すると言っているからには、考察せねばなるまい。結論から言うと、これは恐らく、形状が似ており(但し、尾の鋏はないから、識別は一目瞭然)、体液にペデリン(Pederin:テトラヒドロピラン環を持つ水泡を発生させる毒性アミド)という有毒物質を持っていて、それが皮膚に附着すると、水疱性炎症を発生させ、さらにそれが眼に入ると、激しい痛みとともに、結膜炎や角膜潰瘍などの重い眼疾患を起こすところの、鞘翅(コウチュウ)目カブトムシ亜目ハネカクシ下目ハネカクシ上科ハネカクシ科アリガタハネカクシ亜科Paederinae Paederus属アオバアリガタハネカクシ Paederus fuscipes、或いは同じく、Paederus属エゾアリガタハネカクシ Paederus parallelus、又は、Oedechirus属クロバネアリガタハネカクシ Oedechirus lewisius と誤認しているのではなかろうかと思われる(彼らは走光性があり、夏を中心によく屋内にも飛来侵入する。ハネカクシ類についてはハネカクシ類に同定した先行する「青腰蟲」の私の冒頭注を参照されたい)。なお、ハサミムシは「ちんぽきり」「ちんぽばさみ」という何とも不名誉な地方名を持っているらしい。高田兼太論文ハサミムシの不名誉な俗称(PDF)を読まれたい。読みながら、ちょっと「はさみむし」が可哀想になった。

 

「長さ、寸に及ばず」先に挙げたハサミムシ(ハマベハサミムシ)Anisolabis maritima で二センチメートル前後。

「小〔さき〕蜈蚣〔(むかで)〕のごとし」私は似ているとは思わないが、ムカデの顎脚と本種の尾部の鋏の類似からの誤認か。

「二鬚」一対の触角。

「溺(ゆばり)」小便。

「犀角」動物のサイ(犀)の角を素材とした生薬。成分の大半は角質であるケラチン(Keratin:多くの動物の細胞骨格を構成するタンパク質の一つ)。粉末にしたものは麻疹の解熱薬として顕著な効果があるとされる。水牛角や牛角も用いられる。

「雞腸草」ナデシコ目ナデシコ科ハコベ属 Stellaria のハコベ類の漢名別称。通常は「繁縷」「蘩蔞」などと書く。本邦の場合、「春の七草」の一つとしてのそれは、コハコベ Stellaria media

「馬鞭草」シソ目クマツヅラ(熊葛)科クマツヅラ属クマツヅラ Verbena officinalisウィキの「マツヅラによれば、『ヨーロッパ、中国、日本全土に分布し、荒れ地や道端に生える』。『葉はバベンソウ(馬鞭草)という生薬として、通経・黄疸や下痢の薬として利用され、ヨーロッパでもハーブとして用いられる。日本でも古くから用いられており、『和名抄』に「久末都々良」として登場する』。『古代ローマでは祭礼に持ちいるなど、聖なる草とされた。Verbena には「祭壇を飾る草」という意味もある.。また、古代ドルイド僧は、清めの水、占い、予言などに用いたという。他にも魔力があり、魔除けの草として、ヨーロッパの古い文献などにその名が出てくるなど、宗教、呪術に結びつく内容が多く存在する』とある。

「紫草」シソ目ムラサキ科ムラサキ属ムラサキ Lithospermum erythrorhizonウィキの「ムラサキによれば、『根は暗紫色で、生薬「シコン」(紫根)である。この生薬は日本薬局方に収録されており、抗炎症作用、創傷治癒の促進作用、殺菌作用などがあり、紫雲膏などの漢方方剤に外用薬として配合される。最近では、日本でも抗炎症薬として、口内炎・舌炎の治療に使用される』とある。

「燕の窠〔(す)〕の土」燕の巣の土。これは中華の高級食材であるアマツバメ目アマツバメ科アナツバメ族 Collocaliini ではなく、普通の燕(スズメ目ツバメ科ツバメ属 Hirundo)の巣を形作っている土様の物質(実際に燕類は泥と枯草を唾液で固めて巣を造る)のことであろう。

「各一品を以つて」全部ではなく、以上に挙げたものの単品一種を用いて、の意。

「又、地に畫〔(ゑ)〕して、蠼螋の形を作り、刀を以つて細〔(こま)やか〕にし、其の腹中の土を取り、唾(つばき)以つて和して、之れを塗る。再び、塗れば、卽ち、愈ゆ。方〔(まさ)〕に知る、萬物〔の〕相感、其由を曉(さと)すこと、莫し」類感呪術である。

「武編」東洋文庫書名注に『明の唐順之撰になる兵書の類』とある。

「扁豆(いんげんまめ)」マメ目マメ科インゲンマメ属インゲンマメ Phaseolus vulgaris。]

2017/10/07

和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 蚰蜒(げじげじ)


Geji

げぢげぢ  入耳 蚨虶

      蜟※ 𧉀

      蛉蛩

蚰蜒

      【介知介知】

ユウ ヱン

[やぶちゃん注:「※」「虫」+「屯」。但し、東洋文庫がママ表記をして「本草綱目」に従って『蚳』と訂正注するので、訓読では、それに変えた。]

 

本綱蚰蜒墻屋爛草中最多狀如小蜈蚣而身圓不扁尾

後禿而無岐足多正黃色長寸餘死亦踡屈如環好脂油

香故入人耳及諸竅中用龍腦地龍硇砂單吹之或以香

物引之皆効

淮南子云菖蒲去蚤虱而來蛉窮蛉窮蚰蜒也【按窮蛩不同未審】

△按蚰蜒有毒如舐頭髮則毛脱昔以梶原景時比蚰蜒

 言動則入讒於耳爲害也

――――――――――――――――――――――

草鞋蟲 狀似蚰蜒而身扁亦能入人耳

 

 

げぢげぢ  入耳       蚨虶〔(ふう)〕

      蜟蚳〔(いくし)〕 𧉀蚭〔(ちじ)〕

      蛉蛩〔(れいきよう)〕

蚰蜒

      【「介知介知」。】

ユウ ヱン

 

「本綱」、蚰蜒、墻屋〔(しやうをく)〕・爛草〔(らさう)〕の中に最も多し。狀、小さき蜈蚣のごとくして、身、圓くして、扁〔(へん)〕ならず。尾の後〔(うしろ)〕、禿(は)げて岐(また)無し。足、多く、正黃色。長さ、寸餘。死すも亦、踡-屈(わだかま)りて環(わ)のごとく〔なれり〕。脂-油(あぶら)の香を好む。故に人の耳及び諸〔(もろもろ)の〕竅(あな)の中に入る。龍腦・地龍(みゝず)・硇砂〔(だうしや)〕を用ひて單〔(ひと)〕へに之れを吹く、或いは香〔(かう)〕の物を以つて之れを引く。皆、効あり。

「淮南子」に云はく、『菖蒲、蚤・虱を去れども、蛉窮〔(れいきゆう)〕を來〔(らい)〕す。』〔と〕。蛉窮は蚰蜒なり【按ずるに「窮」と「蛩」と〔は〕同からず。未だ審〔(つまびら)か)にせず〕。】。

△按ずるに、蚰蜒、毒、有り。如〔(も)〕し、頭髮を舐(ねぶ)れば、則ち、毛、脱(ぬ)ける。昔、梶原景時を以つて蚰蜒に比す。言ふこころは、動-則(やゝもす)れば、讒を耳に入れて害を爲せばなり。

――――――――――――――――――――――

草鞋蟲〔(わらぢむし)〕 狀、蚰蜒に似て、身、扁〔(ひら)〕たし。亦、能く人の耳に入る。

 

[やぶちゃん注:節足動物門多足亜門唇脚(ムカデ)綱ゲジ目 Scutigeromorpha のゲジ(通称「ゲジゲジ」)類。我々が見て忌避するそれは、ゲジ科ゲジ属ゲジ Thereuonema tuberculata(本邦に広く分布する、成虫体長が三センチメートル程度の小型種。体幹は、比較的、柔らかく、灰色の斑(まだら)を有する)、或いは、同科オオゲジ属オオゲジ Thereuopoda clunifera(本州南岸部以南に棲息する、体長七センチメートルにも達する大型種。足を広げていると、大人の掌に収まり切れないほどの大きさである。体は丈夫で、褐色で光沢がある。広く「咬まれると痛い」と言われるが、私はこれに咬まれた人を周囲に知らぬ。但し、ネット上で縦覧したところ一センチメートルほどのゲジに咬まれた(屋内であり、大きさから見ても前種であろう)という実例はあるにはあった(チクリとした痛みがあった以外には、腫れその他は生じなかったとある。彼らが積極的にヒトを攻撃することは、まず、ない。但し、彼らは広義のムカデの仲間であり、肉食性という共通性も持つので(後述)、咬毒にはムカデ毒と同一の成分が含まれている(但し、遙かに弱毒と推定される)と考えてよいから、万一、大型種に咬まれた場合はムカデに準じた処置を施すべきであるが、かなりレアな危険生物まで挙げている二〇〇三年学研刊の「学研の大図鑑」(以前にも述べたが、この本、ジャリ向けだと侮ってはいけない。何と言っても、総てにラテン語学名が附されているのである)の「危険・有毒生物」にはゲジは所収していない)。昼間は物陰や洞窟などに多数固まっていることがある)である(後述)(以上はウィキの「ゲジ」他を参考にしつつ、オリジナルに記載した)。なお、荒俣宏氏の「世界博物大図鑑 第一巻 蟲類」(一九九一年平凡社刊)の「ゲジ」の項によれば、目名の『スクティゲロモルファはギリシア語の〈ナメシ皮の楯 skytos〉と〈蛇の抜け殻 gēras〉の合成で〈楯のような抜け殻をした〉の意味』とあり、和名「ゲジ」については、柳田國男の「蟷螂考」(決定稿は昭和二(一九二七)年九月『土のいろ』発表)の中で触れたものを要約されて、『おそらく修験者や祈禱師』、『魔術師を示す〈験者〉』(げんざ・ゃ)『という言葉に由来し』、『いやな奴』・『気味の悪い存在』、『という意味で使われたのであろう』、『と述べている』とされる。ウィキの「ゲジ」によれば(前の叙述と重複する部分も敢えて載せた)、ゲジ類は『構造的にはムカデと共通する部分が多いが、足や触角が長く、体は比較的短いので、見かけは随分異なっている。移動する際もムカデのように体をくねらせず、滑るように移動する。胴体は外見上は8節に見えるが、解剖学的には16節あり、歩肢の数は15対である。触角も歩脚も細長く、体長を優に超える。特に歩脚の先端の節が笞のように伸びる。この長い歩肢と複眼や背面の大きな気門などにより徘徊生活に特化している。オオムカデ』(唇脚亜綱オオムカデ目 Scolopendromorpha)『よりは、イシムカデ』(唇脚綱イシムカデ目イシムカデ科 Lithobiids)『の類に近い』。『幼体は節や足の数が少なく、脱皮によって節や足を増やしながら成長し、2年で成熟する。寿命は56年である』。『食性は肉食で、昆虫などを捕食する。ゴキブリやカマドウマなどの天敵である。走るのが速く、樹上での待ち伏せや、低空飛行してきた飛行中のガをジャンプして捕らえるほどの高い運動性を持つ。また他のムカデと異なり、昆虫と同じような1対の複眼に似た偽複眼を有し、高い視覚性を持つ』。『鳥等の天敵に襲われると足を自切する。切れた足は暫く動くので、天敵が気を取られている間に本体は逃げる。切れた足は次の脱皮で再生する』(私は、あのバラバラになった脚が、それでも蠢いているのが、何ともムズいと感ずる)。『ゲジは全世界に分布して』おり、『日本には、ゲジとオオゲジの2種の生息が確認されている』。『夜行性で、落ち葉・石の下・土中など虫の多い屋外の物陰に生息する。屋内でも侵入生物の多い倉庫内などに住み着くことがある』。『ムカデの近縁種であるが、ムカデと違って攻撃性は低く、積極的に人を刺咬することはない』。『噛まれたとしても毒は弱く、人体に影響するほどではないが、傷口から雑菌に感染する可能性があるので、消毒するなどの注意は必要である。これはゲジに限った話ではない』。『人間にとって基本的には無害な生物であり、ゴキブリなどの衛生害虫をはじめ様々な小昆虫を捕食する。害虫を捕食する虫であるという点では「益虫」である』。『しかし』、『その異様な外見や、意外なほど速く走り回る姿に嫌悪感を持つ人は多く、餌となる虫や快適な越冬場所などを求めて家屋に侵入してくることもある。このようなことから不快害虫の扱いを受けることもある』。『特に山間部などにある温泉宿や旅館等では、宿泊客が就寝中に姿を現』わ『し、苦情や駆除の要請を受けるケースもある』。『ムカデと同じく乾燥に弱いので、部屋を乾燥させておくこと』が肝要である、とある。

 ……私は実際に小学生の頃、大船の天神山の、防空壕跡と思われる、かなり大きな洞窟を友人らと探検した折り、天井に物凄い数のオオゲジがいて、皆で泡食って走り逃げ出たの思い出す……また、若い頃、アパート住まいしていた大船の岩瀬で、夏の夕刻、家賃を払いに大家の家に行ったところ、玄関の框にまさに掌を越えるサイズのそ奴がいた。僕が蒼くなって「アッツ!」と指差した瞬間、対応していた、その大家の美人の若い浴衣の奥方が、笑いながら、「あらあら」とスリッパで一撃、いとも簡単に叩き潰したのを忘れない……何となく、ぞっとしたのは……ゲジゲジの方ではなかったことは、言うまでもない……あのアパートでは、この超巨大ゲジゲジにはポットン便所の中でも顔を突き合わせて遭遇したりした……それ以外にも、既に書いたように、室内を音立てて走る巨大ムカデと格闘したり……道に無数に転がるヒキガエルを泥の塊りと見間違えて自転車で轢いて、その叫び声にこっちが驚いて、ヒキガエルの群れの中に顔面からスライディングしたこともあった……何せ、アパートの左右には、鎌倉市の「保存樹林」と「自然保護地域」という二本の指標が麗々しくそそり立っており、前の谷戸の奥の古びた屋敷の中には、栗の木林が生い茂り、沼さえあったのである(ある夏の午前三時、気温が異様に上昇した途端、その栗林で蝉が何十のシンバルを一斉に鳴らすように鳴き出して驚かされもした)……僕は時々、そのアパートの前に佇んで、谷戸の奥を眺めながら、『「アッシャー家の崩壊」……』(エドガー・アラン・ポーEdgar Allan Poe)作(The Fall of the House of Usher 1839年))と独り呟いたのを思い出す……

 

「墻屋〔(しやうをく)〕」垣根や家屋内。

「爛草〔(らさう)〕」腐った草本類。

「扁〔(へん)〕ならず」平たくない。

「尾の後〔(うしろ)〕、禿(は)げて岐(また)無し」ゲジの体幹の後部は有意には細くならず、截ち切れたように見えることを「禿げて」と言っているものと思われる。

「正黃色」本邦産二種は、概ね、黒褐色で、赤褐色を呈する個体もあるが、まっ黄色というのは、まず、見ない。但し、幼少個体は肌色をしている(私の家には常連である)。中国産の別種(「一寸餘」とするから、小型種)か。

「脂-油(あぶら)の香を好む。故に人の耳及び諸〔(もろもろ)の〕竅(あな)の中に入る」これを読むに、人体の皮脂に誘引されて、ヒトの耳や鼻・口・肛門(ここはちょっと入れないと思うけど)等に入り込む、というのであるが、ガが耳に入って狂乱状態になったという話は昔の同僚の奥方の実例を知っており、他にゴキブリのケースも読んだことがあるが、ゲジゲジの事例は私は知らない。但し、ムカデが耳や鼻腔に侵入するというケースはかなり知っており、「耳囊 卷之四 耳中へ蚿(むかで)入りし奇法の事」にも記されてあるから、ゲジゲジが侵入してもおかしくはない。その私の注でも紹介したが、数年前のネット上で、東南アジアのさる国の婦人が、かなり以前から鼻の違和感を覚えており、専門医に診てもらったところが、鼻腔内に数年(!)に亙って数センチのムカデが寄生しており、生きたムカデが彼女の鼻腔から目出度く摘出されたというショッキングなニュースをも読んだことがある。ゾワゾワ!

「龍腦」アオイ目フタバガキ科 Dryobalanops 属リュウノウジュ Dryobalanops aromaticaの樹幹の空隙から析出される強い芳香を持ったボルネオール(borneol)。ボルネオショウノウとも呼ばれる二環式モノテルペン。ウィキの「ボルネオール」によれば、『歴史的には紀元前後にインド人が、67世紀には中国人がマレー、スマトラとの交易で、天然カンフォルの取引を行っていたという。竜脳樹はスマトラ島北西部のバルス(ファンスル)とマレー半島南東のチューマ島に産した。香気は樟脳に勝り価格も高く、樟脳は竜脳の代用品的な地位だったという。その後イスラム商人も加わって、大航海時代前から香料貿易の重要な商品であった。アラビア人は香りのほか冷気を楽しみ、葡萄・桑の実・ザクロなどの果物に混ぜ、水で冷やして食したようである』とある。

「地龍(みゝず)」ルビと漢名から見てミミズのことと読めるが、東洋文庫訳では割注で『蔓草の一種』とするのは不審。漢方で「地龍(じりゅう)」というと、ミミズの腹を裂いて、体内の内容物を除いて乾燥した生薬であり、解熱・利尿薬として用いられる。

「硇砂〔(だうしや)〕」「磠砂」とも書き、「ろしや(ろしゃ)」とも読む。塩化アンモニウム(NH4Cl。アンモニアを塩酸で中和して得られる無色の結晶。苦みを帯びた辛みがあり、水によく溶ける。天然には火山の噴出物中などに存在し、肥料や乾電池製造・鍍金(メッキ)などに使用される)の古名。但し、「磠」の字音は「ロ」である。『字形の近似から「硇」に通用させたものか』と、小学館の「大辞泉」にはある。

「單〔(ひと)〕へに」ひたすら。

「之れを吹く」これを侵入した耳などに吹き入れる。

「香〔(かう)〕の物」香りの強い物質。

を以つて之れを引く。皆、効あり。

「蛉窮〔(れいきゆう)〕」これは中文サイトでは、特定の種を指すのではなく、「耳に入り込む虫」のことを指すように読める。或いは「淮南子」の「窮」は「竅」の誤りではなかろうか? 「蛉」は蜻蛉(とんぼ)以外に「青虫」も指し、蜻蛉を翅を持つ虫や這い蠢く類に拡大するなら、それが「竅」に入り込む属性を持つとするなら、私は納得出来るのであるが。

「來〔(らい)〕す」(逆に)呼び込む。

「按ずるに「窮」と「蛩」と〔は〕同からず。未だ審〔(つまびら)か)にせず〕」は項目冒頭で出すゲジの別名「蛉蛩」との対比の中で述べている部分である。「窮」には特定生物を意味する義はない。「蛩」は既に出た通り、ヤスデを意味する。

「如〔(も)〕し、頭髮を舐(ねぶ)れば、則ち、毛、脱(ぬ)ける」これは、一つは、ゲジゲジが自切したその長い脚を髪と誤認したのではないかという仮説を私は持つ。或いは、先にゲジの特異な截たれたような尾部を「禿(は)げて」いると表現したこととの関連性も感じないではない。一種の類感呪術的な誤認伝承である。

「梶原景時」(?~正治二(一二〇〇)年)は相模国鎌倉郡梶原郷(現在の鎌倉市梶原)が本領。桓武平氏鎌倉景清の子(一説には景長の子)。治承四(一一八〇)年の「石橋山の戦い」で大庭景親に属しながら、源頼朝の危機を救い、再起した頼朝に臣従した。寿永二(一一八三)年には頼朝の命を受けて(彼が頼朝に讒言した可能性が高い)、上総広常を誅殺した。その後、源義仲や平家を追討するため、西国を転戦、元暦元(一一八四)年には播磨・美作両国の惣追捕使に任ぜられて占領地の軍政に従事した。翌年の「屋島の戦い」の際には、「逆櫓」で知られる源義経と作戦上の問題で対立し、平家滅亡後、義経を頼朝に讒訴して失脚に至らせた。弁舌に巧みで、都ぶりの教養にも富んでいた景時は、頼朝から強い信任を受け、侍所所司として御家人統制に当たったが、その強引なやり口や厳しさから御家人たちの強い反感を買った。また、権勢欲も強く、和田義盛から侍所別当の職を借りたまま返さなかったことでその一端を知ることが出来る。正治元(一一九九)年、頼朝の死後に組織された宿老会議のメンバーとなったが、同年、結城朝光を源頼家に讒言したことから、有力御家人六十六名が連署した弾劾を受けて失脚、鎌倉から追放された。その後、甲斐の武田有義を擁して謀反を企てたとされて(必ずしも断定は出来ないが、彼が鎌倉を見限って朝廷方(朝廷は頼家の影時追放を大失策と批判しており、景時に同情的であった)に活路を見出そうと京を目指した(後述)ことは強く推定出来る)、同二年一月、上洛の途中、駿河国清見関付近で、在地の武士に襲撃され(これは鎌倉方の反景時勢力の最終謀略と考えてよい)、一族とともに敗死した(以上は「朝日日本歴史人物事典」を参考にした)。彼の最期は私の北條九代記 梶原平三景時滅亡を読まれたい。

「蚰蜒に比す。言ふこころは、動-則(やゝもす)れば、讒を耳に入れて害を爲せばなり」彼が極悪人とされ、「げじげじ」の綽名を頂戴するのは、恐らく後世の時代物や浄瑠璃・歌舞伎などであろうが、この「耳に入る」説は何となく納得してしまう。別に、頼朝の信頼を笠に着て、何事も「御下知(げち・げぢ)、御下知」と威張り散らしたことに由来するという説、彼の「かげとき」の名から悪意を以って転訛したとする説もある。

「草鞋蟲〔(わらぢむし)〕」甲殻亜門軟甲(エビ)綱真軟甲亜綱フクロエビ上目等脚(ワラジムシ)目ワラジムシ亜目 Ligiamorpha 下目 Armadilloidea 上科ワラジムシ科 Porcellio 属ワラジムシ Porcellio scaber、或いはワラジムシ亜目Oniscidea の多数の種を総称する呼び名。私は既に先行する䗪(おめむし)を本種に同定している。お馴染みの同類異種であるオカダンゴムシ科カダンゴムシ属オカダンゴムシ Armadillidium vulgare)との違いなど、詳しくはそちらを参照されたい。

「能く人の耳に入る」う~ん、地べたに寝て居れば、入らぬでもないだろうが、この事例も私は聞いたことはないなぁ。]

2017/10/06

和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 度古(こうがいびる)


Kougaibiru

どこ   土蟲

度古

 

トウクウ

 

本綱此蟲無足如一條衣帶長四五寸大者一尺身扁似

韭葉背上有黃黒襉其頭如鏟子行處有白涎生濕地稍

觸卽斷常趁蚓掩之則蚓化爲水有毒雞食之輙死

△按度舌形似笄故俗名笄蛭【加宇加伊比留】蓋蛭之屬也

 

 

どこ   土蟲

度古

 

トウクウ

 

「本綱」、此の蟲、足、無し。一條の衣帶のごとし。長さ、四、五寸。大なる者、一尺。身、扁にして韭(にら)の葉に似る。背の上、黃黒の襉(ひだ)有り。其の頭、鏟子〔(じふのう)〕のごとし。行く處、白き涎(よだれ)有り。濕地に生ず。稍〔(やや)〕、觸るれば、卽ち、斷(きれ)る。常に蚓(みゝづ)を趁(を)ふ。之れを掩〔(おほ)〕へば、則ち、蚓、化して水と爲る。毒、有り。雞、之れを食へば、輙〔(すなは)〕ち、死す。

△按ずるに、度舌は、形、笄〔(かうがい)〕に似る。故に、俗、「笄蛭(かうがいひる)」と名づく【「加宇加伊比留」。】蓋し、蛭の屬なり。

 

[やぶちゃん注:扁形動物門 Platyhelminthes 渦虫(ウズムシ)綱 Turbellaria 三岐腸(ウズムシ)目 Tricladida 陸生三岐腸(コウガイビル)亜目 Terricola に属する種群。或いはコウガイビル科 Bipaliidae コウガイビル属 Bipalium のコウガイビル類で、「本草綱目」の指示するのは、間違いなく、コウガイビル属オオミスジコウガイビル Bipalium nobile である。但し、本種は現代の外来種(中国南部原産。体長は50cmから1mと非常に大型で、背面が淡黄褐色でそこに縦に細く三本の線があり、腹面には二本の縦線を持つ。この背面の特徴が本文とよく一致する。本文のそれは体長が短く感じはするが、実際には身体長は異様に伸縮する生物であるから、私は特に気にしていない。本種は異様な長さから、奇怪未確認生物の烙印を押されて、しばしば話題に上ぼる)であるから、良安が言う場合のそれは、コウガイビル属クロイロコウガイビル Bipalium fuscatum あたりと思われる。ウィキの「コウガイビル」によれば、『往々にして数十cmを超える陸上動物で、外見的に扇形の頭を持つ。名前にヒルとあるが、環形動物に属するヒルとは異なる動物である』(下線やぶちゃん。以下、同じ。この部分は非常に大事なんですよ、良安先生!)。『コウガイビルは、陸上の湿ったところに生息する紐状の動物で、頭部は半月形である。「コウガイ」は、昔の女性の髪飾りである笄(こうがい)』(「髪かき」の意味で、中国では簪(かんざし)と同一であった。男子の笄は、小刀や短刀の鞘に差して、髪の乱れを整えるのに用いた。平安時代初期、女性に「笄始め」の儀式が定められ、後期には棒の形になったことが「類聚雑要抄」から知られる。室町時代には三味線の撥(ばち)の形になり、江戸時代に女子の結髪が盛んになると、棒状の笄を横に挿すようになり、後には反りのあるもの,頭の左右で抜き差しの出来るもの。耳掻きのついたものなどが生まれ、髪飾りの一つとして使用された。材質は象牙・鼈甲・木・竹・銀・ガラス・馬や鯨の骨など、多種に亙り、珍しいものでは鶴の脛骨製のものや、蒔絵を施した装飾的なものも製作された。ここは「ブリタニカ国際大百科事典」に拠った)『に頭部の形を見立てたものである。環形動物のヒルに比べ』、『筋肉や神経系の発達が劣るため、運動はゆっくりとしており、ゆるゆると這うだけである。種数は日本に数種以上が生息しているとされるが、詳細は不明である。扁形動物門渦虫綱に属するものは』、渦虫(ウズムシ)綱多岐腸(ヒラムシ)目 Polycladida ヒラムシ類(海産。岩の表面などで棲息域とし、這って生活するが、一部には寄生種もいる。体は名前の通り、扁平で、表面は粘液で覆われている。頭部背面には触角のような突起を持つ種もいる)や生物の「再生」の授業でお馴染みのプラナリア(Planaria:英語:扁形動物門渦虫(ウズムシ)綱三岐腸(ウズムシ)目 Tricladida に属する種群の総称。Planaria は「平たい面」を意味するラテン語planariusに由来し、plain「平原」やplane「平面」と語源が共通である)など、その殆んどは『海産または淡水産であり、陸上生活のものはこの仲間以外にはほとんどない』。『コウガイビルは雌雄同体とされ、体の大きさは長さが10cmから30cm、場合によっては1mを越えるのに対し、幅は大きくても1cmを越えない。厚みは数mmであり、平たく細長い体をしている。体の端部のうち』、『扇形に広がっている方が頭部で、頭部には肉眼で見えない眼点が多数存在する。近縁のものには頭部が広がらないものもある。体の中央腹面に肛門を兼用する口がある。消化管は口から体の前後方向へと分岐しながら伸び、それぞれの先で袋状に終わる。表面は粘液に覆われ、触るとくっつく感じがしたり、体の一部がちぎれて』、『まとわり付く場合もある。自切に似た機能を持ち、たとえば』、『体を針で刺されて地面などに固定されると』、『即座に針によって空けられた穴を自ら拡大、解放して針による固定から逃れることができる。プラナリア同様に再生能力が高く、開いた穴や切られた部分は後日』、『再生する』。『陸棲ではあるが、ミミズやナメクジ以上に乾燥に弱いので、湿った土壌や石の下、朽ち木の中などにおり、夜間に湿った所を徘徊する。肉食であり、ミミズやナメクジ、カタツムリなどを捕食する。捕まえた獲物に体全体で巻きついて腹面の口から吻を伸ばし、肉を消化しつつ飲み込む』。『人間にとって身近な場所に棲んでいて、畑地の周辺で石をめくればとぐろを巻くような形で休んでいる個体を見つけることができる。また、オオミスジコウガイビルは都会地の公園などに出没する』とある。私は山歩きでしばしば見かけた。驚くほど、長かった。ある時はまさに真正のヒルに尾部から丸呑みされる様を、ある種の悲哀を感じながら、見入っていたことがあった。無論、そのコウガイビルは僕自身を感じさせたのである。

 

「度古(どこ)」私は勝手にこれは、形から「仏具(元は古代インドの武具)の独鈷(とっこ)とだろう」なんどと勝手に思っていたのであるが、安易に「度」を「獨」に音通させてはいけないようだし、そもそも孰れも尖った独鈷とコウガイビルに形は実は似てない(色はそこそこ)ことに気づいた。はたと困ったところが、恐るべきページを発見した。サイト「Gen-yu's Files」のDr. Masaharu Kawakatsu 氏の「本草書の中のコウガイビル」だッツ! この考証は凄い! 内容はリンク先をお読み戴くとして、結論から言うと、李時珍は「本草綱目」で『土蟲と土蠱は違う、蔵器のいう土蟲は本当は土蠱即ち度古( = コウガイビル) だ、と言ってるようです。これが正しいのかどうかは不明ですが、いずれにせよ、どうも本草拾遺がルーツで、その後いろいろ微妙に変化した情報が伝わっていったようです』とされている部分に注目した。則ち、「度古(どこ)」は元「土蠱(どこ)」だったという説である! この二つの熟語は現代中国語でも音がほぼ一致する。しかも「蠱」は咒(まじな)いに用いる特殊な虫類(中国本草で言う広義のそれ)である。異様に長い、異様な頭をした、針で刺しても抜け出る、バラバラにしても生きているそれは、まさに「蠱」術に相応しい蠱の「蟲」ではないか?! と、独り、膝を叩いたのであった。
 
「韭(にら)」単子葉植物綱キジカクシ目ヒガンバナ科ネギ属ニラ
Allium tuberosum。言わずもがな、あの食べる「にら」である。

「襉(ひだ)」襞(ひだ)。

「鏟子〔(じふのう)〕」私の当て訓。「十能(じゅうのう)」は炭火を入れて持ち運ぶ道具で、通常は金属製の容器に木の柄をつけたものを指すが、現在のスコップのような形のものもあった。ここはそれをイメージして貰いたいのである。実際、現代中国語でも「鏟子」(音写:チァンズゥ)は「シャベル」を指す。

「白き涎(よだれ)」体表全体にを覆っている粘液。冒頭注引用を参照。

「稍〔(やや)〕、觸るれば、卽ち、斷(きれ)る」ちょっと触れるだけで、たちまち、千切れてしまう。冒頭注引用を参照。

「蚓(みゝづ)」蚯蚓(みみず)。前の引用にある通り、彼らが好む捕食対象の一つ。

「趁(を)ふ」追い続ける。この漢字(音「チン」)は「前の人にぴったりとついて追うこと」を意味する。

「之れを掩〔(おほ)〕へば」蚯蚓に覆い被さると。

「毒、有り」コウガイビルの体液に毒性があるという話は、今のところ、聞かない。

「雞、之れを食へば、輙〔(すなは)〕ち、死す」同前。

「笄〔(かうがい)〕」冒頭注の太線下線部を参照のこと。

「笄蛭(かうがいひる)」後の漢字表記から清音「ひ」とした。

「蛭の屬なり」ダメ押しです、良安先生、全然、明後日の、別な生物です!

和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 百足(やすで)


Amabiko

おさむし   千足  百節

       馬陸  馬蚿

       馬  馬蠲

百足

       馬  馬軸

ポツ ツオツ 飛蚿刀 環蟲

 

本綱百足古墻壁中甚多形大如蚯蚓長二三寸紫黒色

其足比比至百皮極硬節節有横文如金線首尾一般大

觸之卽側臥局縮如環不必死也寸寸斷之亦便動行雞

食之醉悶至死又此蟲夏月登樹鳴冬則入蟄也其在山

而大者名山蛩【有大毒】有一細黃色者

△按百足【和名阿末比古】形似織梭故俗呼曰梭蟲【乎左無之】黃色大

 一二寸者多矣俗以百足訓蜈蚣者非也

 

 

おさむし   千足        百節

       馬陸        馬蚿〔(ばげん)〕

       馬〔(ばくわん)〕 馬蠲〔(ばけん)〕

百足

       馬〔(ばさん)〕  馬軸

ポツ ツオツ 飛蚿刀       環蟲

 

「本綱」、百足は古き墻壁〔(しやうへき)〕の中に甚だ多し。形、大いさ、蚯蚓〔(みみづ)〕のごとく、長さ二、三寸。紫黒色。其の足、比比〔(ひひ)〕として百に至る。皮、極めて硬く、節節に、横文有りて、金線のごとく、首尾一般、大にして、之れに觸(さは)れば、卽ち、側臥し、局-縮(ちゞかま)りて環(わ)のごとく〔なる〕。必ず〔しも〕死せず。寸寸(ずたずた)に之れを斷ちても、亦、便〔(すなは)〕ち、動き行く。雞〔(にはとり)〕、之れを食へば、醉ひ悶(もだ)へて、死に至る。又、此の蟲、夏月、樹に登りて、鳴く。冬は、則ち、入蟄〔(にふちつ)〕す。其の、山に在りて大なる者を「山蛩〔(さんきよう)〕」と名づく【大毒有り。】。一種、細く黃色なる者、有り。

△按ずるに、百足【和名「阿末比古〔(あまびこ)〕」。】、形、織(ぬのを)る梭(さを)に似る。故に俗に呼びて「梭蟲(をさむし)」と曰ふ【「乎左無之」。】。黃色にして、大いさ、一、二寸の者、多し。俗、「百足」を以つて「蜈蚣〔(むかで)〕」と訓ずるは非なり。

 

[やぶちゃん注:節足動物門 Arthropoda 多足亜門 Myriapoda ヤスデ上綱 Progoneata 倍脚(ヤスデ)綱 Diplopoda のヤスデ類。ウィキの「ヤスデ」によれば、『細く、短い多数の歩脚がある。ムカデと似るが、生殖口の位置や発生の様式、体節あたりの歩脚の数など様々な点で異なる。ムカデが肉食性であるのに対し、ヤスデは腐植食性で毒のある顎を持たない』(咬毒はない。但し、体液(体表からの浸潤液や放出気体を含む)には毒性が認められる。だいたい多くの種は胴部に臭腺を有し、刺激したりした場合、種によってはシアン(青酸様物質)やヨードを含む液体や気体を分泌することがある。但し、基本的にこれは捕食生物から身を守る防衛手段としてである(熱帯産の大型種の中には、その毒液を飛ばして、それが皮膚付着すると、火傷のような状態になる種も存在するが、本邦産ではそこまで激しい種は存在しない。但し、ヤスデの分泌物に触れた手で目などを擦ると、炎症をおこすことがある(ここはピクの部屋氏のブログ「害虫・害獣から街を守るPCOの調査日記」の「ヤスデの毒」を参照した)。引用の後半も参照)。『英名のMillipedeはラテン語の千(milli)脚(ped)に由来する』(下線やぶちゃん)。『体は数十個の節に分かれている。足は前の3節には1節に1対ずつ、それより後ろの節は1節に2対ずつある。そのため、倍脚類とも言われる。また、頭には1対の小さい触角があり、目は種類により(分類とはあまり関連無く)有無や数がまちまちである』。『ほとんどのものは、固い外骨格を持ち、細長い体をしている。腹面はやや平らだが、背面は大きく盛り上がって断面がほぼ円形になる』種『から、扁平な』種『まで様々である』。『日本最大種はヤエヤママルヤスデ』(フトヤスデ目マルヤスデ科ヤエヤママルヤスデ Spirobolus sp.:石垣島と西表島に限定的に棲息する。本種は刺激すると、黄色い汁を滲出させ、毒性が認められているわけではないが、ヒトの皮膚に附着すると変色し、暫く消えず、ひりついたり、かぶれを生じるという記載もある)『で7cmほどになる。世界最大種はアフリカオオヤスデ』(倍脚綱ヒキツリヤスデ目ヒキツリヤスデ科 spirosteptus 属アフリカオオヤスデ Archispirostreptus gigas)『やタンザニアオオヤスデ』(同属のタンザニアオオヤスデ Archispirostreptus gigas)『といったアフリカ産の大型種で最大』30cmを超える個体も存在する。彼らは、『土壌の有機物や枯葉とそこにつく真菌類を主に食べている。飼育下などでは意外に肉類も食べる。体表の毒腺から液体や気体の刺激物を分泌する種が多い。刺激を受けると体を丸めるものが多い。通常は渦巻状にまとまって円盤となるが、タマヤスデ』(タマヤスデ目タマヤスデ科 Glomeridae に属するタマヤスデ類)『は球形になる』。『一般にはヤスデは害虫と見なされているが、冤罪的な要素も多く、典型的な不快害虫である。見た目が不快なことや、踏むと異臭を発すること、寒冷地の森林で周期的に大量発生するキシャヤスデなどの群れが鉄道の線路上に這い出して』、『列車の車輪で踏み潰されると、その体液により列車がスリップすることなどが理由に挙げられている。そのような例として、小海線での列車の運休が知られる』(本種だけではないものの、その衝撃的大発生による運行不能事件によって、ズバリ! キシャヤスデ(汽車ヤスデ)の和名を持つ種がいる。オビヤスデ目ババヤスデ科 Parafontaria 属オビババヤスデ亜種 Parafontaria laminata armigera がそれ(高桑良興氏命名)。「世界大百科事典」によれば(コンマを読点に代えた)、『本州中部地方の山岳部で数年に一度大発生し、線路上に現れて列車の運行を妨害したところからこの名がある。オビババヤスデは体長約33.5cmで、胴節数20個。無眼。背板は赤褐色でその各後縁に暗色横帯がある。小海線沿線では開通以来何度も大群による妨害が秋季にあったが、中央本線や北陸本線も被害にあっている。本州中部の森林地帯におもに分布し、初夏に交尾産卵する』とある。「農林水産省林野庁森林総合研究所」公式サイト内のキシャヤスデ大発生の謎が凄絶!(かなりクる画像有り。クリックはくれぐれも自己責任で!) 小学校の時に愛読していた小学館の図鑑の、「昆虫の図鑑」に、まさに汽車が止まっている挿絵が載っていたのを、僕は、懐かしく思い出す)。『臭液の毒性は強く、狩猟用の矢毒として用いられた記録がある。また、「味噌汁に1個体が紛れ込んだら、鍋全部が食べられなくなる」などと言われる。密封すると自らの臭液で死ぬ場合が多い。その臭液は主に危険を感じた際に敵への威嚇として体外へ放出されることが多い。外敵に襲われた際は、ムカデと異なり』、『積極的に顎で咬むことは無く、身体を丸めて自己防衛する』。『住宅やその周辺で発生するヤスデは一部の種のみであり、多くのヤスデは森林で生活している。ほとんどの種は広意の土壌に生息して分解者の役割を担っており、森林中の落葉を食べ、糞は栄養分に富むため』、『樹木の成長に影響を与えているとされる。このように、土壌形成上一定の役割を果たしているものと考えられており、食性と生態から自然界の分解者という要素が強い』とある。「百足」とあるが、ヤスデの脚はQ&Aサイトによれば、9対から100対以上で、30から40対ほどの種が多いらしい。個体差や増節変態による変異があり、ナショナル ジオグラフィック日本版の「最多750本足のヤスデ、米国で再発見」2012.11.15記事)には、アメリカのカリフォルニア産の体長三センチメートルの、ギボシヤスデ(ギボシヤスデ目ギボシヤスデ科 Siphonophoridae)の一種、イラクメ・プレニペス(Illacme plenipes)の記事が載る(小さいのでグロテスクではないから、リンクを躊躇する必要はない。英文ウィキには当該種の項がある)。本とあるから単体計算である。やはり、現生種は千の足までには及ばぬらしい。なお、ムカデとヤスデの見分け方は脚が一体節につき、基本、二対出るのがヤスデ(ムカデは一対)、その脚がムカデのように体の外側へではなく、下側に向かって生えているのがヤスデ、また、概ね、ムカデは体型が扁平であるのに対して、ヤスデは小さなものでも有意に丸っつこくずんぐりしていて、しかも動きがムカデのようには俊敏でなく、のろいから、容易に判別出来る

 

「おさむし」ママ。後に出る「梭(ひ)」「筬(おさ:歴史的仮名遣は「をさ」)」(正しくは「梭」「筬」。後述)にはであるから、正しくは本文に振られているように「をさむし」が正しい。但し、梭と筬は正しくは違う器具である。梭は「シャットル(shuttle)」のことで、機織(はたおり)に於いて、経糸(たていと)の間に緯(よこ)糸を通す織機部品で、舟形をした中央に緯糸を巻いた木管を収めた木製部品(両端の打撃を受ける部分は金属で補強する場合がある)。それに対して、筬は同じく機織の付属具であるが、枠に鋼(はがね)や竹の薄板(筬羽(おさは)と呼ぶ)を多数並べた櫛形のもので、長方形の框(わく)に納まっている。これは経糸の位置を整えつつ、打込んだ緯糸を押して更に密に定位置に打つ働きをする器具で、形状から、一目瞭然、ここは「梭(ひ)」ではなく、「筬(をさ)」とあるべきところである。

「墻壁〔(しやうへき)〕」土塀。

「比比〔(ひひ)〕として」並び連なって。

「必ず〔しも〕死せず」そうなってじっと動かなくなるが、必ずしも死んだわけではない。それどころか、「寸寸(ずたずた)に之れを斷」って死んだと思っても、断片になったそれらが、また「動き行く」というのであろう。

「雞〔(にはとり)〕、之れを食へば、醉ひ悶(もだ)へて、死に至る」基本的には鶏はムカデを食うから(前項参照)、ヤスデも平気である。但し、先に示した青酸様の毒を持つ種はこうなっても不思議ではないから、或いは、この記載はそうした種のケースを拡大解釈してしまったものとも思われる。

「鳴く」鳴きません! ただ、何の鳴き声を誤認したのかは気になる。

「入蟄〔(にふちつ)〕」東洋文庫訳では『あなごもり』とルビする。

「山蛩〔(さんきよう)〕」「蛩」単字では、「廣漢和辭典」では実在生物等として、「蟬の抜け殻」・「蟋蟀(こおろぎ)」・「蝗(いなご)」を挙げた後に、『やすで。また、げじげじ』(太字はママ)を挙げるから、これはゲジ類を含むヤスデ類の総称としてよい(但し、ゲジは唇脚(ムカデ)綱ゲジ目 Scutigeromorpha であるから分類学上は全く別種群である。ゲジは次の次の項で出る)。中文サイトで調べると、「山蛩」は別名「北京山蛩虫」と称し、フトマルヤスデ目マルヤスデ科 Spirobolus  Spirobolus bungii を指すことが判った。

「細く黃色なる者」黄色い縞を持つ種はいるが、完全に黄色い種はピンとこない。中国には普通にいるのか?

「阿末比古〔(あまびこ)〕」「雨彦」ヤスデの古名。よく雨後に出てくることに由来する。知られたところでは、平安後期に成立した異色短編集「堤中納言物語」の「虫めづる姫君」に、虫取りに雇った童子にニック・ネームを附すシーンで、「螻蛄男(けらを)、ひくさ麿(まろ)、いなかだち、蝗麿(いなごまろ)、雨彦(あまびこ)なむ、名と付けて召し使ひ給ひける」と出る(「ひくさ」は蟇蛙(ひきがえる)であるが、「いなかだち」は不詳)。「あまびこ」には他に本邦固有に妖怪(ウィキの「アマビエを参照されたい)の名でもあるが、無関係であろう。狭義の和名種群としては、沖縄諸島に棲息するババヤスデ科アマビコヤスデ属Riukiaria がある。

『形、織(ぬのを)る梭(さを)に似る。故に俗に呼びて「梭蟲(をさむし)」と曰ふ【「乎左無之」。】』前の「おさむし」の注を参照されたい。

「黃色」本邦の場合、普通に最も見ることが多い、時に大量発生するヤスデ、例えば、オビヤスデ目ヤケヤスデ科ヤケヤスデ Oxidus gracilis などは、褐色或いは赤茶色である。先に挙げたキシャヤスデなどは、八~九月頃は肌色で、十月に入るって朱色の地に焦げ茶色の縞模様が目立つようになるが(先のリンク先の記載を援用)、これは遠目に見ると、黄色いようには見えないことはない。

「俗、「百足」を以つて「蜈蚣〔(むかで)〕」と訓ずるは非なり」良安先生、快哉!]

和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 蜈蚣(むかで)


Mukade

むかで   ※𧔌 蝍蛆

      天龍

蜈蚣

      【和名無加天】

ウヽ コン

[やぶちゃん注:「※」=「虫」+「蒺」。

 

本綱蜈蚣春出冬蟄身扁長背色光黒節節有足其足色

赤或黃雙鬚岐尾其腹色黃也凡性畏蜘蛛以溺射之卽

斷爛也又畏蛞蝓不敢過所行之路觸其身則死又畏蝦

蟇又雞喜食蜈蚣故人被蜈蚣毒者蛞蝓搗塗之雞屎桑

汁白鹽皆治之

蜈蚣【辛温有毒】 小兒撮口驚風等厥陰經藥也

南方有大蜈蚣丈餘能啖牛俚人然炬遂得以皮鼓肉

 曝爲脯美於牛肉

五雜俎云蜈蚣一尺以上則能飛龍畏之故常爲雷擊一

云龍欲取其珠也

△按本朝亦南方有大蜈蚣一尺有餘者多矣俗相傳曰

 蜈蚣者昆沙門天使也不知其所由

     著聞集此のすすはくらまの福にてさふらふそされはとて又むかてめすなよ 石泉法印

 

 

むかで   ※𧔌〔(しつれい)〕 蝍蛆〔(しよくそ)〕

      天龍〔(てんりよう)〕

蜈蚣

      【和名、「無加天」。】

ウヽ コン

[やぶちゃん注:「※」=「虫」+「蒺」。]

 

「本綱」、蜈蚣、春に出で、冬は蟄す。身、扁く、長く、背の色、光り、黒く、節節に足有り。其の足、色、赤く、或いは黃。雙鬚〔(さうしゆ)〕あり。岐ある尾。其の腹、色、黃なり。凡そ、性、蜘蛛を畏る。溺(ゆばり)を以つて之れを射るときは、卽ち、斷(き)れ爛(たゞ)るなり。又、蛞蝓(なめくぢ)を畏る。敢へて行く所の路を過ぎず。其の身に觸(ふ)るゝときは、則ち、死す。又、蝦蟇を畏る。又、雞〔(にはとり)〕、喜んで蜈蚣を食ふ。故に、人、蜈蚣に毒せらるる者、蛞蝓を搗きて之れに塗る。雞の屎〔(くそ)〕・桑の汁・白鹽、皆、之れを治す。

蜈蚣【辛、温。有毒。】 小兒の撮口・驚風等、厥陰經〔(けついんけい)〕の藥なり。

南方に大蜈蚣有り。丈餘。能く牛を啖(くら)ふ、俚人、炬(たいまつ)を然(とも)し、遂に得て、皮を以つて鼓に(は)り、肉を曝〔(さら)〕して脯(ほじし)と爲す。牛肉より美なり。

「五雜俎」に云はく、『蜈蚣、一尺以上あれば、則ち、能く飛ぶ。龍、之れを畏る。故に常に雷の爲に擊(う)たる。一つに云ふ、「龍、其の珠を取らんと欲するなり」〔と〕。』〔と。〕

△按ずるに、本朝にも亦、南方には大蜈蚣有り。一尺有餘の者、多し。俗に相ひ傳へて曰はく、「蜈蚣は昆沙門天の使ひなり」〔と〕。其の由る所を知らず。

 「著聞集」

 此のすずはくらまの福にてさふらふぞ

  さればとて又むかでめすなよ

               石泉法印

 

[やぶちゃん注:節足動物門 Arthropoda 多足亜門 Myriapoda ムカデ上綱 Opisthogoneata 唇脚(ムカデ)綱 Chilopoda のに属する種群の内、和名に概ね、「ムカデ」を含む、ムカデ類。かく述べたのは、ゲジ亜綱 Anamorpha の内のゲジ目 Scutigeromorpha に属するゲジ類を除くためである(ゲジは三項後に出る)。ムカデの毒成分はセロトニン・ヒスタミン及び酵素類等から成る複合毒である。私は、二センチほどの子どもに咬まれたことがあるが(瞬間、チクリとしたが、大事には至らなかった)、幸いにして成虫に咬まれた経験はない。大型種の場合は、咬まれた旧同僚の話によると、咬傷時の痛みも激烈で、死に至ることはないが、腫れはがひどく、治癒には数日かかる。なお、ムカデは概ね誰もが「百足」と書くが(流石に私も面倒なので「蜈蚣」とは書かないし、書いても読めない人の方が圧倒的に多い)、ネットのQ&Aサイトによれば、ムカデ類の脚の数は、イシムカデ目(ゲジ目の成体は15対)・オオムカデ目では21又は23対、ジムカデ目では種によって異なり、27対から37対・41対・47対などを示し。多い種は100対を超え、173対まであり、総括すると総脚数(単体換算)は変異態を除いて、30本・42本・46本・5464本・82本・94本・200本以上346本まで、とある。

とある。最後に唇脚綱の「唇」であるが、以前、私は彼らの脚を細い唇に擬えたものと思っていたが(私は無論、多足類には慄っとするくちだが、この「唇脚類」という呼称には妙に惹かれるのである)、ウィキの「によれば、『節足動物の口器は主として付属肢に由来する構造からなり、そのため左右の対をなす構造からなるが、これに口の前後に配置して前後方向に動く構造が加わる場合があり、これに唇の名が与えられる例がある。口の前にあるものを上唇(じょうしん)、後ろにあるものを下唇(かしん)といい、これらは互いに異なった』発生起源を持つ、とあるから、これが「唇」の由来と考えてよいようである。

 

 

𧔌〔(しつれい)〕」読みは東洋文庫に従った。

「蝍蛆〔(しよくそ)〕」「そくそ」とも読める。

「雙鬚〔(さうしゆ)〕」一対の触角のこと。

「岐ある尾」生物学的には、尾ではなく、曳航肢という一対の脚(あし)である。因みに、総てのムカデが持つ毒を注入する「顎」と呼ばれる一対の牙状の器官も牙ではなく、顎肢という脚の変化したものである。勘違いしている人が特に後者では多いので言い添えておく

「性、蜘蛛を畏る」相互に捕食関係にあるが、それなりの大きさの蜘蛛であれば、地上で一般的な中型のムカデ類と遭遇した場合は、身体の柔軟性が高いクモの方が有利であると思われる。

「溺(ゆばり)を以つて之れを射るときは」主語が省略されているが、クモがその小便をムカデを狙って射出した際には、の意。但し、これ、粘着度の高い糸を見誤ったものではなかろうか。

「蛞蝓(なめくぢ)を畏る」これは「蝦蟇(かへる)」で述べた「三すくみ」と関係がある、事実ではない俗説である。確かに、「本草綱目」の「蜈蚣」の項には、ここにある通り、『性、畏蛞蝓。不敢過所行之路。觸其身卽死』(性、蛞蝓を畏る。敢へて行く所の路(みち)を過ぎず。觸るれば、其の身、卽ち死す)とあるのであるが、そこの注で考察した通り、陰陽五行の相生相克理論に基づくものと私は断ずる。

「蝦蟇を畏る」ヒキガエル類の大型個体は事実、ムカデの天敵のレベルであるが、小型のカエルは簡単にムカデに捕食される

「雞〔(にはとり)〕、喜んで蜈蚣を食ふ」鷄がムカデを捕食するのは、小さな頃、鹿児島の母の実家で実際に目撃したことがある。実は鳥類にはムカデを捕食する種は稀れではない。あるネット記載では、鳥綱スズメ目ヒタキ科イソヒヨドリ属イソヒヨドリ Monticola solitarius は好んでムカデを摂餌するとあった。

「雞の屎〔(くそ)〕」東洋文庫訳が「屎」を『尿』とするのは誤読である。まあ、総排泄孔だから味噌も糞も、同じっちゃ、同じだけどね。

「白鹽」「はくえん」。粗塩(あらじほ)を精製した白い塩。

「撮口」既注であるが、再掲すると、「臍風(さいふう)」と同義語と思われる。小児科内科医の広田嘩子氏の論文「日本における臍風の記載について」(PDF)に、『臍風は撮口ともいい、現代でいう臍破傷風のことだったと思われる』とある。「臍破傷風」(恐らくは「さい/はしょうふう」と読む)は新生児の臍帯の傷からの破傷風菌(細菌(ドメイン)フィルミクテス門クロストリジウム綱クロストリジウム目クロストリジウム科クロストリジウム属クロストリジウム・ テタニ(破傷風菌)Clostridium tetani)感染によって起こる破傷風のことを指す。ウィキの「破傷風」によれば、『新生児の破傷風は、衛生管理が不十分な施設での出産の際に、新生児の臍帯の切断面を汚染し』て発症するもので、『破傷風菌は毒素として、神経毒であるテタノスパスミン』(Tetanospasmin)『と溶血毒であるテタノリジン』(Tetanolysin)『を産生する。テタノスパスミンは、脳や脊髄の運動抑制ニューロンに作用し、重症の場合は全身の強直性痙攣をひき起こす』乳幼児ではない一般的な症状では、『前駆症状として、肩が強く凝る、口が開きにくい等、舌がもつれ会話の支障をきたす、顔面の強い引き攣りなどから始ま』『(「牙関緊急」と呼ばれる開口不全、lockjaw)』り、『徐々に、喉が狭まり硬直する、歩行障害や全身の痙攣(特に強直性痙攣により、手足、背中の筋肉が硬直、全身が弓なりに反る』)『など重篤な症状が現れ、最悪の場合、激烈な全身性の痙攣発作や、脊椎骨折などを伴いながら、呼吸困難により死に至る。感染から発症までの潜伏期間は』三日から三週間で、『短いほど重症で予後不良』である。『神経毒による症状が激烈である割に、作用範囲が筋肉に留まるため意識混濁は無く鮮明である場合が多い。このため患者は、絶命に至るまで症状に苦しめられ、古来より恐れられる要因となっている』。『破傷風の死亡率は』五〇%である。成人でも一五〜六〇%、新生児に至っては八〇〜九〇%と高率である。『新生児破傷風は生存しても難聴を来すことがある』。『治療体制が整っていない地域や戦場ではさらに高い致死率を示す。日本でも戦前戦中は「ガス壊疽」などと呼ばれ恐れられていた』とある。

「驚風」複数回既出既注であるが、再掲する。一般には小児疾患で「ひきつけ」を起こす病気の称。現在の癲癇(てんかん)症や髄膜炎の類に相当する。

「厥陰經〔(けついんけい)〕」既出既注であるが、再掲する。古代中国の医学に於ける十二経絡(人体の中の気血栄衛(気や血や水などといった生きるために必要なもの。現代の代謝物質に相当)の「通り道」として考えられた導管。「経」脈は縦の脈、「絡」脈は横の脈の意)の一つ。この場合は足を流れるとする厥陰肝経(肝臓と胆嚢及び目の周囲を掌る)の不全を指すから、「厥陰病」と考えてよいか。ウィキの「厥陰病」によれば、後漢末から三国時代にかけて張仲景が編纂した知られた医学書「傷寒論」によれば、『「厥陰の病たる、気上がって心を撞き、心中疼熱し、飢えて食を欲せず、食すれば則ち吐しこれを下せば利止まず」といわれ上気して顔色は一見赤みがかっているが、下半身は冷え、咽が渇き、胸が熱く、疼み、空腹だが飲食できない。多くはやがて死に至る』とある重病である。

「丈餘」三メートルを有に超える。出会いたくないが、幸い、こんな巨大ムカデは流石に現生種ではいない。現行の世界最大種とされるのは、唇脚綱オオムカデ目オオムカデ科オオムカデ属ペルビアンジャイアントオオムカデ Scolopendra gigantea(英名:Peruvian giant yellow-leg centipede or Amazonian giant centipede英文ウィキのScolopendra giganteaに拠る)でウィキの「ペルビアンジャイアントオオムカデ」によれば、『ブラジルやペルーなどといった南米の熱帯雨林帯に生息している』。体長は通常でも二〇~三〇センチメートル、最大で四〇センチメートルを『越えるという巨大種である。頭部の色は赤で胴体はワインレッド、節目の関節の色がピンクで、脚の色が黄色という派手な体色をしているが、それは毒を持っていることを示す警告色である』。『熱帯雨林の地上層に住み、夜行性だが、場合によっては昼間も活動し、獲物を求めて木に登ることもある』。『最大のムカデだけあって小さな毒蛇を思わせる程の大きさで、首を持ち上げて威嚇する。その牙の威力も強力で、プラスチックの網などは砕いてしまうほどの威力を誇っている』。『肉食性で、獲物は昆虫類やクモやサソリ、タランチュラ、トカゲやカエルに、マウスや小鳥、時には小型のヘビまでも襲う程の獰猛さを持ち、触れた者に対しては容赦なく噛みつく』。『その毒の強さについては不明だが、体の大きさから非常に危険であるといわれている』とある。なお、You Tube でアメリカアラバマ州二〇一一年十月に発見されたとする一・七メートルの巨大ムカデ(しかも断片とする)の映像を見たが、これは大型の蛇の腐敗後の脊椎骨のようにしか、私には見えなかった。

「然(とも)し」原典の字は下の「れっか」が「火」となった字体。「點(とも)し」。

「皮を以つて鼓に(は)り、肉を曝〔(さら)〕して脯(ほじし)と爲す。牛肉より美なり」太鼓の類の皮として張り、残った肉は乾燥させて干し肉にする。その肉は牛肉より美味である、というのは流石にどう見ても、大蜈蚣じゃあなくて、大蛇でっショウ!

「龍、其の珠を取らんと欲するなり」東洋文庫の編者注に、『龍が蜈蚣の持っている珠を取ろうとするのであろうか』という意味であるが、『しかし神獸は龍の方で、従って珠をもっているのは龍の方ではないであろうか』と疑義を差し入れ、実際に本文の訳は、蜈蚣が『竜の珠を手に入れたいと思っているためである』と訳してある。全面的に同感である。

「本朝にも亦、南方には大蜈蚣有り。一尺有餘の者、多し」ややデカすぎる感があるが、唇脚綱オオムカデ目オオムカデ科オオムカデ属トビズムカデ Scolopendra subspinipes mutilans(北海道南部から沖縄に分布。体長は通常で八~十五センチメートルであるが、稀れに二十センチメートル近くに成る個体もいる。私は教職に就いた頃に借りていた鎌倉市岩瀬のアパートで有に十八センチは超えた本種の巨大個体に遭遇した。部屋の中を這う音が明らかにザザッと強烈で、お湯を沸かして洗面器に張り、長箸で摘んで投げ入れて、昇天して貰ったが(ぬるま湯でもコロリとゆく。大型個体は殺虫剤では暴れ回るだけで容易に死なないので注意されたい)、外に捨てる際に、その湯が腕にかかったところ、翌日、その部分が赤く腫れ上がった。恐るべし!(但し、咬傷は暖めると、毒成分が活性化するので注意! ムカデ毒は四十五度以上にならないと失活しない) 体色に個体変異が多く、赤い頭に黄色い足を持つ個体や、朱色の頭と足を持つ個体など、実にオゾマシいまでにカラフルである。巨大になる一因には本種の寿命が七年と節足動物では比較的長寿であることにもあろう)か、体長二十~二十五センチメートルとされる沖縄島・南大東島・北大東島・八重山諸島に棲息するオオムカデ科オオムカデ亜科タイワンオオムカデ Scolopendra morsitans となろう。

「蜈蚣は昆沙門天の使ひ」武田信玄など戦国武将が甲冑や旗指物に蜈蚣を用いたり、鉱脈探しの山師や鉱山労働者の間で蜈蚣が守り神として崇敬され、はたまた、市井でもそのデザインを金運のお守りとしたことはよく知られるところである。これに就いては、福田博通氏のサイト「神使像めぐり」の「毘沙門天の百足(むかで)」がよい。それによれば、『軍神と財宝の神である、毘沙門天のお使いがなぜ「ムカデ」なのかは不明です。百足は、「毘沙門天の教え」だともいわれます。「たくさんの足(百足)のうち、たった一足の歩調や歩く方向が違っても前に進むのに支障がでる。困難や問題に向かうには皆が心を一つにして当るようにとの教えである」とのことです(寺の説明)』。『武田信玄など戦国武将は、毘沙門天が武神で戦勝の神とされることと合わせて、そのお使いのムカデは一糸乱れず果敢に素早く前に進み、決して後ろへ退かないなどとして、武具甲冑や旗指物にムカデの図を用いたりしたとされます』。『しかし、毘沙門天が古代インドでは宝石の神とされていたことに加えて、百足は足が多いので、おあし(銭)がたくさんついて金運を呼ぶとか、商人や芸人の間では「客足、出足」が増え繁盛するなどと、人々の信仰を集めました。また、鉱山師や鍛冶師にも信仰されたとのことですが、これは、鉱脈の形や鉱山の採掘穴がムカデの姿形に似ているからともいわれます』として、信仰に纏わる種々の対象物(生態画像はないので安心してクリックされてよいと思う)の写真も豊富に貼られてある。必見! 

「著聞集」「古今著聞集」。以下は「卷第十八 飮食」にある短章「石泉法印祐性(ゆうしやう)、篠の歌を詠む事」(読みは推定)である。

   *

石泉法印祐性、鞍馬寺の別當にて、かれよりすゞをおほくまうけたるを、或人のもとへつかはすとて、よめる、

  此すゞは鞍馬の福にて候ふぞさればとてまたむかでめすなよ

   *

作者石泉法印は伝未詳。「新潮日本古典集成」(昭和六一(一九八六)年刊/西尾・小林校注)の「古今著聞集 下」の注によれば、「かれよりすゞ」とは『「枯れ縒りすず」で枯れて縒じれているようなさまの、細い筍、のことか。「すず」は小竹のこと』とある。「すず」は漢字では「篶」「篠」と書き、「篠竹(すずたけ)」(狭義にはササ類の一種である単子葉植物綱イネ科タケ亜科スズタケ属Sasamorpha borealis var. purpurascens を指すが、ここはスズダケ属 Sasamorpha の仲間としておく)の異名で、そのの筍(たけのこ)をも指す。「すずのこ」とも呼ぶ。「まうけたる」は「貰った」の意。

「此のすずはくらまの福にてさふらふぞさればとて又むかでめすなよ」整序しておくと、

 此の篶(すず)は鞍馬の福にて候ふぞさればとて又むかで召すなよ

同じく「新潮日本古典集成」の注によれば、『毘沙門天の使いと言われる白いむかでに似たこの篠の筍』(成長線の節がムカデの体節に似るからであろう)『鞍馬の山の福の物でありますぞ。といっても』(筍の皮を)『むかで(むかないで)召し上るようなことはことはなさらぬように。「むかで」に剝(むか)でと百足(むかで)とを掛けた』とある。なお、「寺社関連の豆知識」の「七福神(毘沙門天)」のページによれば、『毘沙門天を祀った鞍馬寺では、昔正月の初寅の縁日に「お福むかで」といって生きたムカデを売った。(といっても漢方薬に使ったらしい)』とあり、荒俣宏氏の「世界博物大図鑑 第一巻 蟲類」(一九九一年平凡社刊)の「ムカデ」の項にも、『京都の鞍馬地方でも』、『ムカデは毘沙門天の使いだと言って』、『殺すことを忌』み、『正月の初寅には』、『境内で生きたムカデが売られ』、『〈おあし〉が多い縁起物として商人が買っていく風習もあった』とある。売られている様子を、想像するだけで、なかなかムズムズしてくるんだが、誰もが漢方薬にしたものでもあるまい。主人が買って帰った商家の虫嫌いの子女が卒倒するさまを思うと、同情を禁じ得ぬ。

2017/10/04

和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 田父(へびくいがえる)


Hebikuigaeru

へびくひかへる   【音論】

田父

          【閉比久比加閉流】

テン フウ

 

本綱田父蝦蟇大者也能食蛇蛇行被逐殆不能去因銜

其尾久而蛇死尾後數寸皮不損肉已盡矣文字集畧云

蝦蟇也大如履能食蛇卽此也蓋蛇吞鼠而有食蛇之

鼠蛇制豹而有噉蛇之豹則田父伏蛇亦此類耳非恠也

△按説文云【音倫】蛇類黑色潛於神泉能興雲雨異於前

 説同名異品未詳

――――――――――――――――――――――

谿狗 【乎奈加加閉流】生南方溪澗中狀似蝦蟇尾長二四寸

山蛤 有山石中藏蟄似蝦蟇而大黃色能吞氣飮風露

 不食襍蟲山人食之能治疳疾

 

 

へびくひかへる   【音、論〔(リン)〕。】

田父

          【閉比久比加閉流。】

テン フウ

 

「本綱」、田父は蝦蟇〔(かへる)〕の大なる者なり。能く蛇を食ふ。蛇、行きて逐はるゝに、殆んど去ること、能はず。因りて、其の尾を銜〔(は)〕み、久しくして、蛇、死す。尾の後〔(しり)〕へ、數寸、皮、損ぜず〔に〕、肉、已に盡〔(つ)〕く。「文字集畧」に云はく、『は蝦蟇〔(かへる)〕なり。大いさ、履〔(くつ)〕のごとく、能く蛇を食ふ』といふは、卽ち、此れなり。蓋し、蛇、鼠を吞(の)み、而〔も〕、蛇を食ふ鼠、有り。蛇は豹を制して、而〔も〕、蛇を噉〔(くら)〕ふ豹、有るときは、則ち、田父の蛇を伏〔(ぶく)〕すも亦、此の類〔ひ〕と〔す〕るのみ。恠〔(あや)〕しむに非ざるなり。

△按ずるに、「説文」に云はく、『【音、倫。】、蛇の類にして、黑色。神泉に潛みて、能く雲雨を興〔(おこ)〕す』とあり。前の説に異〔なる〕なり。同名異品か。未だ詳かならず。

――――――――――――――――――――――

谿狗〔(けいく)〕 【「乎奈加加閉流〔(をながかへる)〕」。】南方〔の〕溪澗の中に生ず。狀、蝦蟇〔(かへる)〕に似、尾の長さ、二~四寸。

山蛤〔(さんかふ)〕 山石の中に有り。藏蟄〔(ざうちつ)〕〔せるは〕蝦蟇〔(かへる)〕に似て、大なり。黃色。能く氣を吞み、風・露を飮み、襍蟲〔(しふちう)〕を食はず。山人、之れを食ふ。能く疳疾を治す。

 

[やぶちゃん注:これは所謂、「大蝦蟇(おおがま)」で、無尾目アマガエル上科ヒキガエル科 Bufonida の巨大個体とするしかあるまい。本邦ならば、既に「蟾蜍」で候補提示した、本邦固有種と考えられているヒキガエル科ヒキガエル属ニホンヒキガエル Bufo japonicus(亜種ニホンヒキガエル Bufo japonicus japonicus・亜種アズマヒキガエル Bufo japonicus ormosus)であるが、記載自体が「本草綱目」等に占められており、良安ももてあましていることは見え見えである。無論、「ヘビクイガエル」等という和名の種はいない。大型のヒキガエル類を食う蛇は本邦でも普通におり、特に毒蛇であるヤマカガシ(有鱗目ヘビ亜目ナミヘビ科ヤマカガシ属ヤマカガシ Rhabdophis tigrinus)はヒキガエルの毒に耐性があると推定され、好んで捕食し、それどころか、ヤマカガシの頸部等から分泌される毒はヒキガエルの毒を貯蓄して利用していることが判っている。逆に「蛇食い蛙」となると、小型の蛇ならばヒキガエルでも食うが、大型の蛇(例えば先のヤマカガシ)を食う蛙となると、本邦では外来種の、カエル目ナミガエル亜目アカガエル科アカガエル亜科アカガエル属 Aquarana 亜属ウシガエル Rana catesbeiana が挙げられる。しかし、東京帝国大学教授で殖産のために外来種持ち込みを積極的に行ったことで悪名高い動物学者渡瀬庄三郎が日本に食用として本種を持ち込んだのは大正七(一九一八)年であるから、ここに候補として出すことは出来ない因みに、持ち込まれた場所は私の住む大船であり、その餌としてやはり持ち込まれたのが、アメリカザリガニであって、それらが洪水によって全国にばら撒かれてしまったのである(このことは、何時か、別なところでテツテ的に糾弾したいと思っている)

 

」「音、論〔(リン)〕」大修館書店「廣漢和辭典」に、「」の原義は『うねり行くさま』で、第二義に『蝦蟇(がま)・へびくいがま』とし、第三義に『蛇の一種。神蛇という』としながら、続いて『また、へびくいがま』とする。孰れの場合も音は「リン」である。「論」の字は、通常音は「ロン」であるが、「筋道」の意で用いる時には、同辞典に『倫に通ずる』とある。本文でも後の「説文」で「音、倫」とするところから、ここは「リン」とした。東洋文庫訳でも「リン」とルビする

「文字集畧」梁の阮孝緒(げんこうちょ 四七九年~五三六年:彼は三国時代の「竹林の七賢」の一人でその指導者的人物であった阮籍(二一〇年~二六三年)の後裔である)の撰になる字書。

「蓋し、蛇、鼠を吞(の)み、而〔も〕、蛇を食ふ鼠、有り。蛇は豹を制して、而〔も〕、蛇を噉〔(くら)〕ふ豹、有るときは、則ち、田父の蛇を伏〔(ぶく)〕すも亦、此の類〔ひ〕と〔す〕るのみ。恠〔(あや)〕しむに非ざるなり。」訓読が不全である(私が補ったものを完全にカットして、訓読通りに示すと、「蓋し、蛇、鼠を吞(の)み、蛇を食ふ鼠、有り。蛇は豹を制して、蛇を噉ふ豹、有るときは、則ち、田父の蛇を伏すも亦、此の類とるのみ。恠しむに非ざるなり。」となって如何にもおかしいことが判然とする)。ここは、

「蓋し、蛇、鼠を吞めども、蛇を食ふ鼠も有り。蛇は豹を制すれども、蛇を噉ふ豹も有り。則ち、田父の蛇を伏すも亦、此の類ひとするのみ。恠しむに非ざるなり。」

とでも訓じないと、日本語としては不十分であると私は思う。意味は、

「思うに、蛇は鼠を丸呑みするが、蛇を食う鼠もいる。また、蛇は豹を威嚇して襲うことがあるが、蛇を食う豹もいる。思うに、この田父(へびくいがえる)が蛇を咬み押さえて食うという行動もまた、これに類するごく当たり前のことに過ぎない。怪しむに足らぬことなのである。」

の謂いである。

「神泉に潛みて、能く雲雨を興〔(おこ)〕す」中国お得意の神仙幻獣物へのスライドである。「前の説に異〔なる〕なり。同名異品か。未だ詳かならず」とわざわざ附す良安の気が私は知れない。

「谿狗〔(けいく)〕」(「ク」は呉音。漢音なら「コウ」。東洋文庫は後者で振る)これは「本草綱目」の蛙類の独立項で、「蝌斗」と次の「山蛤」の間に配されてある。「蝦蟇〔(かへる)〕に似、尾の長さ、二~四寸」(六・一~十二センチメートルほど)とあって、良安がわざわざ和名を「乎奈加加閉流〔(をながかへる)〕」とする以上、原典が「蝌斗」の後でもあり、大型の蛙類の一種の、オタマジャクシからの変態過程の後期の一状態を指して独立種と誤認しているに過ぎぬのではなかろうか?

「山蛤〔(さんかふ)〕」「蝦蟇〔(かへる)〕に似て、大なり。黃色。能く氣を吞み、風・露を飮」むとするのでは何をか言わんやであるが、「山人、之れを食ふ。能く疳疾」(「驚風」と同じく、小児が「ひきつけ」を起こす病気の称。現在の癲癇(てんかん)症や髄膜炎の類に相当する)「を治す」とする以上は実在種である。食用にする点では以前に挙げた、俗に「水鶏」「田鶏」と呼ばれるカエル亜目アカガエル科アカガエル亜科アカガエル属トラフガエル Rana tigerina、カエル亜目ヌマガエル科ヌマガエル属ヌマガエル Fejervarya kawamurai などが想起されるものの、これらは水辺に棲息するので、条件に合わない。そこで調べて見ると、Majin氏の個人サイト「ドダン・ブーファンのポトフ」の食用カエル」に出る(リンク先には捌いた蛙の生肉の写真もあるのでクリックはくれぐれもご注意あれかし!)「山鶏(サン・ジー/石鶏(シー・ジー)」が最も相応しい候補のように思われた。そこには(学名は斜体に直し、一部、命名者名を学名の一部とした箇所をカットさせて貰った)、『アカガエル科。見た目は、ヒキガエルに似ているが、別種のようだ』。『動物学上の中国語名は棘胸蛙、和名はスピノーザトゲガエル、英名はジャイアント・スピニー・フロッグ(Giant Spiny Frog)、学術名はパー・スピノザ(Paa spinosa)。他には、ラナ・スピノザ(Rana spinosa)』『との記述も見られる』。『別名石鶏(シー・ジー)とも呼ばれ、中国南部からベトナム北部の山間の冷涼な渓流に住む。成長すると、ウシガエルほどの大きさになるそう』で、『田鶏より、さらに美味いとされ、特に、黄山で獲れたものは、味が良く珍重される』。『乱獲のため、絶滅に瀕しているため、現在盛んに養殖されている』とある。但し、英語版ウィキのQuasipaa spinosaによれば(本種はRana latransRana spinosaPaa spinosa をシノニムとするとある)、本種はアカガエル科ではなく、ヌマガエル科ヌマガエル亜科 Quasipaa 属スピノーザトゲガエル Quasipaa spinosa とされてある。

「藏蟄〔(ざうちつ)〕」東洋文庫訳では『あなごもり』とルビする。

「襍蟲〔(しふちう)〕」「襍」は「入り混じる」の意であるが、普通の蛙が捕食する「種々雑多な」虫類(この場合は本草上の爬虫類や両生類(蛙類には共食いをする種も多い)も含んだ広義のそれ)の意。]

2017/10/02

和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 蝌斗(おたまじゃくし)


Otama

かへるこ  活師  活東

      玄魚  懸針

      水仙子

蝌斗

      【加閉流古】

コウテ◦ウ

 

本綱蝦蟇青鼃之子也生水中二三月鼃蟇曳腸於水際

草上纏繳如索日見黑點漸至春水時鳴以聒之則蝌斗

皆出謂之聒子所謂蝦蟇聲抱是矣其狀如河豚魚頭圓

身上青黒色始出有尾無足稍大則足生尾脱月大盡則

先生前兩足月小盡則先生後兩足崔豹云聞雷則尾脱

亦未必然凡弁其頭尾觀之有似斗形故得斗名搗泥染

髭髮甚効【取靑胡桃子上皮與蝌斗和搗爲泥染之一染不變也】

△按蝌斗處處池塘多有如上所説其如黑繩者既孚爲

 科斗尾脱足生爲小蝦蟇芒種後半寸許小蝦蟇多出

 跳阡陌者卽成長者也

 

 

かへるこ  活師  活東

      玄魚  懸針

      水仙子

蝌斗

      【「加閉流古」。】

コウテ

 

「本綱」、蝦蟇〔(かへる)〕・青鼃〔(あをかへる)〕の子なり。水中に生じ、二、三月、鼃蟇〔(あば)〕、腸(はらわた)を水際の草の上に曳(ひ)いて纏(まと)ひ繳(まと)ふこと、索(なは)のごとく、日に黑點を見る。漸く春水〔(しゆんすい)〕の時に至りて、鳴きて以つて之れを聒(み)るときは、則ち、蝌斗、皆、出づる。之れを「聒子〔(かつし)〕」と謂ふ。所謂〔(いはゆ)〕る、「蝦蟇〔(かへる)〕は聲にて抱(かへ)す」と云ふは、是れなり。其の狀、河豚魚(ふくと〔うを〕〕のごとく、頭、圓く、身の上、青黒色。始めて出るとき、尾、有りて、足、無し。稍〔(やや)〕、大なるときは、則ち、足、生じて、尾、脱す。月の大に、盡〔(つ)く〕するときは、則ち、先づ、前の兩足を生ず。月の小に盡るときは、則ち、先づ、後の兩足を生ず。崔豹が云はく、『雷を聞くときは、則ち、尾、脱す』と。〔されど、〕亦、未だ必ずしも然らず。凡そ、其の頭尾を弁(あは)せて之れを觀れば、斗〔(ひしやく)〕の形に似たること有り。故に「斗」の名を得。搗きて泥にし、髭〔(ひげ)〕・髮を染む。甚だ効あり【靑胡桃〔(あをくるみ)〕の子〔(み)〕の上皮を取り、蝌斗と和して搗き、泥と爲し、之れを染む。一染〔(いつせん)のみにて〕變らずとなり。】

△按ずるに、蝌斗、處處の池塘、多く有りて、上に説く所のごとし。其れ、黑繩〔(くろなは)〕のごとくなる者、既に孚(かへ)りて、科斗と爲〔(な)り〕、尾、脱〔(ぬ)〕け、足、生じて小蝦蟇〔(こかへる)〕と爲る。芒種の後、半寸許りの小蝦蟇、多く出でて、阡陌〔(あぜ)〕に跳(と)ぶ者は、卽ち、成長せる者なり。

 

[やぶちゃん注:両生綱無尾(カエル)目 Anura の幼生であるオタマジャクシ。現行では「蝌蚪」(音「カト」)と中国語名由来の漢字表記することが多い。生態その他はウィキの「オタマジャクシを参照されたい。上記に見るように、中国の本草学でも、幼生が有意に大きく目立ち、飼育や観察が容易であるから、卵生の湿生類の蛙の子どもの変態であることが早くから認識されていたことは幸いである。少なくとも「蝌蚪」という別個な生き物が「蛙」という別個な生物に変化するという寮庵お得意の化生説信仰からは免れていることは幸いである。

 

「腸(はらわた)を水際の草の上に曳(ひ)いて纏(まと)ひ繳(まと)ふこと、索(なは)のごとく、日に黑點を見る」「腸」という捉え方は、一見、異様に見えるが、哺乳類の出産にしても、言わば結果的にはそうした現象のように見えのであるからして、問題とするには当たらぬ。寧ろ、「日に黑點を見る」という観察を評価すべきである。

「春水〔(しゆんすい)〕」これは一般名詞で、春になって氷や雪が溶けて流れる時節を指している。

「聒(み)る」ルビはママ。この漢字(音「カツ」)は「かまびすしい・やかましい」の意であるから、後の「蝦蟇〔(かへる)〕は聲にて抱(かへ)す」で、親がその卵に向かって騒がしく鳴いて刺激することを指しているようである。にしても「みる」はピンとこない当て訓である。「よばはる」ぐらいにしたい。

「河豚魚(ふくと〔うを〕〕」「ふくと」は「河豚」の二字の脇に附されているのでかく読んでおいた。無論、かのフグである(本邦にはいないが、世界的には純粋な淡水フグもかなり棲息する。ウィキの「淡水フグなどを参照されたい)。

「月の大に」旧暦のの月(三十日)。

「盡〔(つ)く〕するときは」意味が採り難い。大の月に、最初の変態の機序が尽きる(満)て起動したその場合には、「先づ、前の兩足」が生え、そうではなく、「月の小」(二十九日)にその機序が起動した場合には「先づ、後の兩足を生ず」と読める(というかそうしか読めないと私は思う)。しかし、これは生物学的にはおかしく、御存じの通り、オタマジャクシの四肢は、まず、後肢が出て、続いて前肢が現れる

「斗〔(ひしやく)〕」杓文字(しゃもじ)。

「搗きて泥にし、髭〔(ひげ)〕・髮を染む。甚だ効あり【靑胡桃〔(あをくるみ)〕の子〔(み)〕の上皮を取り、蝌斗と和して搗き、泥と爲し、之れを染む。一染〔(いつせん)のみにて〕變らずとなり。】」この話は知らない。ちょっと腥さそうだし、何より、搗き潰すのもちょっと可哀想だ。

「芒種」既出既注。二十四節気の一つで、時間特定では現在では六月六日頃であるが、ここは「後」とあるので、次の節気である夏至(六月二十一日頃)の前日までの期間を指す。「半寸」一・五センチメートル。]

2017/10/01

和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 蛙(あまがえる)


Kaeru

あまかへる  鼃【蛙同】 長股

       青雞    坐魚

       田雞    蛤魚

       【和名阿末加閉流】

ワアヽ

 

本綱蛙似蝦蟇背青綠色尖嘴細腹後脚長故善躍性好

坐故曰坐魚俗謂之青蛙其聲自呼大其聲則曰蛙小其

聲曰蛤古昔常食之如魚肉味【甘寒】如雞蓋以脰鳴者鼃

黽之屬農人占其聲之早晩大小以ト豐𣤤蛙亦能化爲

鴽【鶉之屬】

△按蛙如蝦蟇而小背青綠腹白大者不過寸半將雨則

 鳴故名雨蛙俗傳云蛙變爲守宮其變也抱屋壁不敢

 動不吃雨露三旬許而變色生尾以行去

――――――――――――――――――――――

青蝦蟇  俗名土鴨【和名阿乎加閉流】大而青背其鳴甚壯爾雅

 所謂在水曰黽者是也

金線蛙  似青蝦蟇背作黃路

黑蝦蟇 【和名豆知加閉流】黑色者南人名蛤子食之至美以爲

 佳饌卽今云水雞是也

赤蝦蟇 △按赤蝦蟇不載本艸然川澤有之體瘦淺赤

 色入五疳藥以爲有効但希有難得耳

 

 

あまかへる  鼃〔(あ)〕【蛙〔(あ)〕に同じ。】

       長股〔(ちやうこ)〕

       青雞〔(せいけい)〕

       坐魚〔(ざぎよ)〕

       田雞〔(でんけい)〕

       蛤魚〔(かふぎよ)〕

       【和名、「阿末加閉流〔(あまかへる)〕」。】

ワアヽ

 

「本綱」、蛙は蝦蟇〔(かへる)〕に似て、背、青綠色。尖りたる嘴〔(はし)〕、細き腹、後ろの脚〔(あし)〕長き故に善〔(よ)〕く躍〔(はね)〕る。性、好みて坐す。故に「坐魚」と曰ふ。俗に之れを「青蛙」と謂ふ。其の聲、自〔(みづか)〕ら〔を〕呼ぶ。其の聲を大にして、則ち、「蛙(ワアヽ)」、其の聲、小さくするときは、「蛤(カツ)」と曰ふ。古-昔(むかし)は常に之れを食すこと、魚〔(うを)〕のごとくす。肉味【甘、寒。】雞〔(にはとり)〕のごとし。蓋し、脰(くび)を以つて鳴く者、鼃黽〔(あばう)〕の屬。農人、其の聲の早晩・大小を占ひて以つて豐𣤤ト〔(うら)〕なふ。蛙、亦た、能く化して鴽(かまうき)と爲る【鶉の屬。】。

△按ずるに、蛙、蝦蟇〔(かへる)〕のごとくにして小さく、背、青綠にして、腹、白く、大なる者〔も〕、寸半に過ぎず。將に雨ふらんとすれば、則ち、鳴く。故に「雨蛙(あまかへる)」と名づく。俗、傳へて云ふ、「蛙、變じて、守宮(やもり)と爲る。其の變ずるや、屋壁を抱へて敢へて動かず、雨露を吃〔(きつ)〕せずして三旬許り〔にし〕て色を變じ、尾を生じ、以つて行き去る。

――――――――――――――――――――――

青蝦蟇〔(あをかへる)〕  俗、「土鴨」と名づく【和名、「阿乎加閉流〔あをがへる)〕」。】大にして、青き背。其の鳴〔(めい)〕、甚だ壯たり。「爾雅」に所-謂〔(いへ)〕る、『水に在るを黽〔(ばう)〕と曰ふ』とは是れなり。

金線蛙〔(きんせんあ)〕  青蝦蟇〔(あをかへる)〕に似て、背、黃路〔(わうろ)〕を作〔(な)〕す。

黑蝦蟇〔(くろかへる)〕 【和名、「豆知加閉流(つちかへる)」。】黑色なる者。南人、「蛤子〔(かふし)〕」と名づく。之れを食ふに、至つて美なり。以つて佳饌と爲す。卽ち、今、云ふ、「水雞〔(すいけい)〕」、是れなり。

赤蝦蟇〔(あかかへる)〕 △按ずるに、赤蝦蟇は「本艸」に載せず。然れども、川澤に之れ有り。體、瘦せ、淺赤色。五疳の藥に入れて、以つて、効、有りと爲〔(す)〕。但し、希れに有りて、得難きのみ。

 

[やぶちゃん注:主記載及び後の「青蝦蟇〔(あをかへる)〕」を本邦の種に同定するなら、まず、無尾目カエル亜目アマガエル科アマガエル亜科アマガエル属ニホンアマガエル Hyla japonica である。但し、本種は日本・朝鮮半島・中国東部まで広く分布しているから、「本草綱目」のそれも本種或いはその近縁種として構わない。但し、「古-昔(むかし)は常に之れを食すこと、魚〔(うを)〕のごとくす。肉味【甘、寒。】雞〔(にはとり)〕のごとし」とするのは本種ではないと考えてよい。中国からインドネシアにかけての地域で現在も食用に供される種では、カエル亜目アカガエル科アカガエル亜科アカガエル属トラフガエル Rana tigerina(台湾以南の東南アジアからインドにかけて広く分布し、体長十センチメートルほどになる比較的大型のカエルで、暗褐色の地に黒い斑紋を持つ。分布地ではどこでも、現在も普通に食用に供され、俗に「水鶏」「田鶏」と呼ばれる。これは本項の異名の「水雞」「田雞」と同義であるが、必ずしもこの一種に同定は出来ない。後注参照)や、カエル亜目ヌマガエル科ヌマガエル属ヌマガエル Fejervarya kawamurai などがおり、ここはそれ、特に前者トラフガエルを指すと考えてよいからである。

 

「蛙(ワアヽ)」現代中国音でも「蛙」は「」で「ゥアア」で音写としては近い

「蛤(カツ)」現代中国音では「蛤」は「」「グゥーァ」で、良安の振る「カツ」よりも遙かにカエルの鳴き声の音写に近い。そもそもが「蛤」は呉音「コフ(コウ)」・漢音「カフ(コウ)」慣用音 でも「カ」で「カツ」は普通の音にはない

「脰(くび)」項(うなじ)。

「鼃黽〔(あばう)〕」既出既注。蛙。

「早晩」ここは一日の中の朝と夕の意ではなく、「大小」と対句であるから、「早いことと遅いこと」の意。

「豐𣤤」「𣤤」は音は恐らくは「レン」。東洋文庫訳では豊作と凶作の意で採っている。それに従う。

「鴽(かまうき)と爲る【鶉の屬。】」東洋文庫訳では『ふなしうずら』とルビを振る。これは斑無鶉(鶕)で、鶉(うずら)とは全く縁遠い、現在の鳥綱チドリ目ミフウズラ科ミフウズラ属ミフウズラ(三斑鶉)Turnix suscitator の旧和名である。ウィキの「ミフウズラ」によれば、全長約十四センチメートルと小型で、全くの別種であるキジ目キジ科ウズラ属ウズラ Coturnix japonica『とよく似た体形の鳥である。全身褐色で、胸や脇に黒い横斑がある。また顔から背中にかけて白く細かい斑紋があるが、雌の方が顕著である』。『中国南部から台湾、東南アジア、インドに分布』するが、日本でも『南西諸島に留鳥として分布している』。『草原や田畑に生息するが、地面とよく似た体色のせいかあまり目立たない。比較的乾燥した土地を好むと言われている。餌は昆虫や果実など。繁殖形態は一妻多夫で』、四月から八月頃にかけて、『地上に枯れ葉などで巣をつくり、雄が抱卵や育雛を行う。雌は繁殖期に「ブーゥ、ブーゥ」と鳴くが、その他の時期には』、『あまり』、『鳴き声は聞かれない』。『奄美方言ではウズィラ』、『沖縄方言ではウジラー』『と呼ばれ』ているとあるので、鶉と勘違いしないようにする必要がある。

「寸半」一寸半。四センチメートル五ミリ強。

「守宮(やもり)」爬虫綱有鱗目トカゲ亜目ヤモリ下目ヤモリ科ヤモリ亜科ヤモリ属 Gekkoのヤモリ類。私の家の二十年来の同居人で、一般に知られるそれ、ニホンヤモリ Gekko japonicus は、中国東部・朝鮮半島・日本(秋田県以南の本州・四国・九州・対馬)に分布するのでそれをここに掲げても問題はない。なお、ウィキの「ニホンヤモリ」によれば、本種はシーボルトが新種として報告したため、種小名にjaponicus『(「日本の」の意)が付けられているが、本種はユーラシア大陸からの外来種と考えられており、日本固有種ではない。日本に定着した時期については不明だが、平安時代以降と思われる』とある。私の「和漢三才圖會 卷第四十五 龍蛇部 龍類 蛇類」の「守宮(やもり)」の項も是非、参照されたい。

「敢へて動かず」まず、動こうとはせず。

「吃〔(きつ)〕せずして」この「吃」は「飲む」。

「三旬」一ヶ月。以下、「許り〔にし〕て色を變じ、尾を生じ、以つて行き去る」とあるのであるから、ここは、青蛙が人家の壁に張りついて凝っとして動かなくなり、そういう状態で一ヶ月ほどが経過した頃、色が青から灰色或いは薄緑色に変じ、長い尾が生えて、徐に壁を這って去って行く、というのである。

と言い添えている以上は、

「土鴨」これは明らかに本邦で赤蛙を食用にしていたことを示す別称である。

「壯たり」勇壮である。

「青蝦蟇」罫線がある通り、以下の三種の記載は純粋な良安の評言ではなく、「本草綱目」の「蛙」の「集解」の中にある以下の二つ節を主として箇条書きにしたものである。

   *

弘景曰、凡蜂、蟻、蛙、蟬、其類最多。大而靑脊者、俗名土鴨、其鳴甚壯。一種黑色者、南人名蛤子、食之至美。一種小形善鳴者、名蛙子、卽此也。

   *

頌曰、今處處有之。似蛤蟆而背靑綠色、尖嘴細腹、俗謂之靑蛙。亦有背作黃路者、謂之金線蛙。陶氏所謂土鴨、卽「爾雅」所謂『在水曰黽』者、是也。俗名石鴨。所謂蛤子、卽今水雞是也、閩、蜀、浙東人以爲佳饌。

   *

従って、厳密には中国産カエルの知識がないと同定は出来ないのであるが、癪なので、一応、本邦産の近いものを示しおくことにする。

「黽〔(ばう)〕」東洋文庫訳では『あおがえる』とルビを振ってしまっている。ここに限ってはこのルビは漢籍引用に対する冒瀆であり、やってはいけないことだと私は思う。割注なら許せるが。

「金線蛙〔(きんせんあ)〕」「青蝦蟇〔(あをかへる)〕に似て、背、黃路〔(わうろ)〕を作〔(な)〕す」とあることから、私はこれに似た種を考えるなら。日本の固有種の、アカガエル科アカガエル亜科アカガエル属アカガエル亜属ヤマアカガエル Rana ornativentris の変異個体を挙げる。本州・四国・九州・佐渡島に分布し、体長は四・二~七・八センチメートルで、体色はオレンジから褐色と、個体により大きな変異がある。背面には筋状の隆起があり、鼓膜の上部で一度外側へ曲がり、鼓膜の後部で、また、内側に曲がる。後掲するニホンアカガエルによく似ているが、ニホンアカガエルはこの背側線が真っ直ぐであることで区別が出来る。咽頭部には明瞭な黒い斑点が入る個体が多い。なお、本種の種小名ornativentrisは「飾り立てた腹」の意で、腹面の斑紋に由来すると名と推定される(以上はウィキの「ヤマアカガエル」に拠った)。

「黑蝦蟇〔(くろかへる)〕」『和名、「豆知加閉流(つちかへる)」』。冒頭に記したように、「水雞〔(すいけい)〕」なら、トラフガエル Rana tigerina となる。但し、本邦には、ズバリ、この和名の種がいるので良安が追加して挙げている以上、ここに示さねばならない。カエル亜目アカガエル科アカガエル亜科アカガエル属ツチガエル Rana rugosa である。ウィキの「ツチガエルから引く。『日本では水辺で見られる褐色のカエルで』、『外見のグロテスクさからか』、『地方によってはクソガエルとも呼ばれる』。『北海道西部から九州までと周囲の島に分布し、日本以外では朝鮮半島と中国に分布する』。但し、『南西諸島や対馬などには生息していない』。『北海道では』、『本来』、『分布していない外来種である』。一九八五『年に札幌市南区藤の沢で初めて記録され、その後道内各地(長沼町・滝川市等)で定着が確認された。北海道のツチガエルが在来種か外来種かについては最近まで不明であったが』、一九七〇年代から一九八〇『年代にかけての本州産のコイの導入に紛れ込み』、『侵入したことが判明している』。体長三~五センチメートル『ほどで、メスの方がオスより大きい。背中側は灰褐色』と『黒褐色のまだら模様で、背中の中央に白い背中線があるものもいる。背中には大小の』疣(いぼ)状の『突起がたくさん並び、このため』、『各地で「イボガエル」という方言で呼ばれている。腹側はうすい褐色をしている』。『ヌマガエルによく似ているが、背中のいぼ状突起が大きいこと、腹が白くないこと、匂いをかぐと異臭がすることなどで区別できる』。『水田や湿地、池、山地の渓流から河口域まで、淡水域に幅広く生息する。ただし水辺からあまり離れず、すぐに水に飛び込める位置にいることが多い。松尾芭蕉の句にある古池に飛び込む蛙は、このツチガエルの可能性が高いとも云われている』。『ヌマガエルと同様に地上生活をし、おもに小さな昆虫類を捕食する。繁殖期は』五月から九月『で、オスが鳴いてメスを誘う』、但し、『鳴き声はヌマガエルやニホンアマガエルに比べるとかなり低い小声で、「ギュー・ギュー」と聞こえる。卵は数十個ずつの卵塊で産卵される』。『ふつうのカエルは、秋までに幼生(オタマジャクシ)が変態してカエルの姿になるが、ツチガエルは幼生の一部が越冬する。越冬した幼生は大型になり、尾まで含めた全長が』八センチメートル『に達するものもいる』。二十『世紀後半までは各地の水田でよく見られたが、冬に水を抜いてしまう乾田の増加とともに水田から姿を消している』。良安は自信を持って割注を附しているけれども、食用にして最も美味いという辺りからは、中国の「黑蝦蟇」と本本邦産の「土蛙」を同一種とするのはちょっと憚られる気が私はする。寧ろ、上記の引用から推理すると、中国産の「黑蝦蟇」とはカエル亜目ヌマガエル科ヌマガエル属ヌマガエル Fejervarya kawamurai なのではないかと私は思う。

「佳撰」今では酒の等級表示としてしか認識していない熟語であるが、「選りすぐりの、優れて美味い食物」の意である。

「蛤子〔(かつし)〕」大修館書店「大漢和辭典」によれば、「蛤」はに「はまぐり」、に「大はまぐり」とするも、で「かじか。また、かえる【かへる】」とし、さらにでは「大蛤は、大がま」(蝦蟇)とある。但し、現代中国語では「蛤子」(音写「ゴース」)はアサリ(斧足綱マルスダレガイ科アサリ亜科アサリ属 Ruditapes)のことを指す。

「赤蝦蟇〔(あかかへる)〕」カエル亜目アカガエル科アカガエル亜科アカガエル属ニホンアカガエル Rana japonica ということになる。ウィキの「ニホンアカガエル」によれば、『日本の固有種で、本州から九州及び周辺離島に分布している』。『また、伊豆諸島(八丈島)に人為的に移入されている』。体長は三センチメートルから七・五センチメートル。『体色は赤褐色で、背中の左右の黄色い筋が真っ直ぐ平行に通っている。オタマジャクシの背中には一対の黒斑がある』。『単独で生活』し、『普段は草むらや森林、平地、丘陵地等の地上で暮らす。昆虫やクモ類を食料とする。冬眠をするが、暖かい時は真冬も活動する』。『産卵は他のカエルより早く』、一『月から始まり、時には』十二『月でも産卵する。産卵数は』五百から三千個ほどで、『産卵場所は水田(湿田)や湿地。繁殖期が終わると』、『再び』、『斜面林の落ち葉等に潜り』、五『月頃まで冬眠する』。前に注した『ヤマアカガエルとは、形態的にも生態的にもよく似ている』(但し、全く縁遠い別種である)。『産卵場所では入り交じる例もあるというが、一般的には本種が平地に、ヤマアカガエルが山間部に生息する。ただし、近年の水田周辺の環境変化により、カエル類の生息数が減少している。本種はその生息環境がその区域に強く重なるため、その影響を非常に強く受けるのに対して、山間部のヤマアカガエルは』、『比較的』、『その影響を受けない。そのため、本種が数を減らしており、ヤマアカガエルばかりが見られる傾向がある』。『ヤマアカガエルと同じく、かつては食用にする地方があった』とある。私が高校時代に尊敬していた生物の教師は、「アカガエルは非常に上手い!」といつも叫んでおられたのを思い出す。因みに、どこかで「元国語教師が、生物を語る何ぞ、ちゃんちゃらおかしい」と、内心、ほくそ笑んで軽蔑しながらこれを読んでおられる御仁のために、一言、謂い添えさせてもらうと、私は高校生の時、演劇部と生物部の二足の草鞋を履いていた。生物部ではミクロトームを用いてトノサマガエルの脳下垂体を削り出したり(但し、失敗)、イモリの四肢を切断して再生実験をしたり(殆んど失敗したが、一度だけ前足の初期再生までは至った)していた。国御教師でこういう経験があるのはかなり特異であると思う。さらに言っておくと、中学時代も理科部で、当時は日本で三~四校しか存在しなかった海塩粒子班(空中を浮遊して内陸奥深くまで飛び散る海塩核を特殊フイルムで定点採取して検鏡してデータを集積し、塩害等の研究を行うもの)に所属し、三年生の部長に時には(といっても班員は私を含めて四人しかいなかった)学生科学展の高等学校の部で富山県大会の優秀賞を受賞している。私はそういう意味では、そこらへんにいる、ただの文系の心情理系好きとは一線を画していると自負している

「五疳」漢方の小児疾患である「肝疳・心疳・脾疳・肺疳・腎疳」の「小児五疳」。「日本薬学会」のによれば(ピリオド・コンマを句読点に代えさせて貰った)、『中国思想の五行説』『から、漢方理論的に小児の特異体質に適用した考え方。すなわち、いろいろな内因、外因によって五臓(肝臓、心臓、脾臓、肺臓、腎臓)のバランスが乱れ、精神的症状や肉体的症状を起こし、この』二『つの症状が相互に作用し合う諸症状を総称したものである。これは、現代の虚弱体質・過敏性体質(滲出性体質、自律神経失調症)に近い症状で、「小児直訣」「太平恵民和剤局方」の原点に詳しく解説されている』とある。]

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