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カテゴリー「和漢三才圖會 禽類【完】」の163件の記事

2019/05/29

和漢三才図会巻第四十(末) 獸之用 皮(かは) //十二年半かけた「和漢三才図会」動物パート全十八巻のオリジナル電子化注を完遂した!!!

Kawa

 

かは   皮【和名加波】

     革【豆久利加波】

【音脾】

     韋【奈女之加波】

     靻【同右】

 

釋名云皮被也被覆體也剥取獸皮生曰皮理之曰革【音格】

去其毛革更也柔之曰韋【音爲】韋相背也獸皮之韋可以束

物枉戾相韋背故借以爲皮革【俗作※一字作非也】

[やぶちゃん注:「※1」は「韋」の「口」以下の下部を「吊」とした字。]

鞄人【柔革之工】柔革曰※2【奈女須】用稻藁灰汁和米糠畧煖之革

[やぶちゃん注:「※2」=(上)「比」+(中)「穴」+(下)「瓦」。「東洋文庫」訳では(上)「北」+(中){「穴」の第一画の点を除去した字}+(下)「瓦」であるが、私の原典は以上の通り。]

 表裏能揉洗以※3張晒之俟稍乾以竹箆刮去肌肉

[やぶちゃん注:「※3」=「籤」の(たけかんむり)の下部部分に(きへん)「木」を添えたもの。]

凡洗韋垢※4者以糯糠揉洗之不糠去晒乾可揉

[やぶちゃん注:「※4」=「耳」+「黒」。]

凡皮褥夏月不宜藏置可見風日否則毛脫

肉【音辱】

[やぶちゃん注:以下の二行分は、原典では上記「肉」の標題の下に二行で載る。]

 月【同】宍【古文】△按肉肥肉也月字中二畫竝連兩

 傍與日月之月不同俗用完字者宍字謬矣完

 【音桓】全也

 

 

かは   皮【和名「加波」。】

     革【「豆久利加波〔(つくりかは)〕」。】

【音「脾」。】

     韋【「奈女之加波〔(なめしかは)〕」。】

     靻【同右。】

 

「釋名〔しやくみやう)〕」に云はく、『皮は「被」なり。體を被〔(かぶ)〕り覆ふなり』〔と〕[やぶちゃん注:「體を被〔(かぶ)〕り覆ふなり」は和文としてはちょっとおかしい。「體を被覆せるものなり」あたりがよかろう。]。獸の皮を剥(は)ぎ取〔れる〕生を「皮」と曰ひ、之れを理(をさ)むる[やぶちゃん注:皮製品として毛を除去して(後述している)調製加工する。]を「革」【音「格」。】と曰ふ。「其の毛を去りて、革(あらた)め、更〔(か)へ〕る」〔こと〕なり。之れを〔さらに〕柔(やはらかにす)るを「韋」【音「爲」。】と曰ふ。「韋」は「相ひ背〔(そむ)〕く」なり。獸皮の「韋」〔は〕以つて物を束(たば)ねるべし[やぶちゃん注:物を束ねることが出来る。]。枉〔(ま)げ〕戾〔しても〕、相ひ韋-背〔(そりかへ)る〕。故に〔この字を〕借りて以つて「皮革」と爲す【俗に「※」の一字に作〔るは〕非なり。】[やぶちゃん注:「※1」は「韋」の「口」以下の下部を「吊」とした字。]。

鞄人〔(はうじん)〕【革を柔かにするの工〔(たくみ)〕[やぶちゃん注:職人。]。】革を柔かにするを、「※2[やぶちゃん注:音不詳。]」[やぶちゃん注:「※2」=(上)「比」+(中)「穴」+(下)「瓦」。]【「奈女須〔(なめす)〕」。】と曰ふ。稻藁の灰汁(あく)を用ひて、米糠に和(ま)ぜて、畧〔(ほぼ)〕、之れを煖〔(あたた)〕め、革の表裏〔を〕、能く揉み洗ひ、※3(たけぐし)[やぶちゃん注:「※3」=「籤」の(たけかんむり)の下部部分に(きへん)「木」を添えたもの。竹串。]を以つて張りて、之れを晒〔(さら)〕し、稍〔(やや)〕乾くを俟〔(ま)〕ちて、竹箆(〔たけ〕へら)を以つて、肌肉を刮(こそ)げ去る。

凡そ、「韋」の垢-※4(よご)[やぶちゃん注:「※4」=「耳」+「黒」。]れたる者を洗ふに、糯糠(もちぬか)を以つて之れを揉(も)み洗ひ、糠を去らずして、晒し乾し、揉むべし。

凡そ、皮の褥〔(しとね)〕、夏月、藏(をさ)め置く〔は〕宜しからず。風・日を見すべし[やぶちゃん注:風通しがよく、一定時間は太陽光線が射す場所に置いておくのがよい。]。〔かく〕否(〔せ〕ざ)れば、則ち、毛、脫(ぬ)ける。

肉【音「辱〔(ニク)〕」。】

「月」【同。】。「宍」【古文。】。[やぶちゃん注:同義字を掲げているので、通常項のように改行した。]

△按ずるに、肉は「肥肉」なり。「月」の字、中の二畫、竝びに〔→びて〕兩傍に連なる。「日月」の「月」と〔は〕同じからず。俗に「完」の字を用ひるには〔→用ひるは〕、「宍」の字の謬〔(あやま)〕り〔なり〕。「完」【音「桓」。】は「全きもの」〔の意〕なり〔→なればなり〕。

[やぶちゃん注:「釋名〔しやくみやう)〕」後漢末の劉熙が著した辞典。全八巻。ウィキの「釈名」によれば、その形式は「爾雅」に似るが、『類語を集めたものではない。声訓を用いた説明を採用しているところに特徴がある』。『著者の劉熙については、北海(今の山東省)出身の学者で』、『後漢の末』頃『に交州にいた』『ということのほかは』、『ほとんど不明である』「隋書」の「経籍志」には、『劉熙の著作として』本書の他に「謚法」(しほう:普通名詞としては「諡(おくりな)をつける法則」のことを指す)及び「孟子」注を『載せている』。『成立年代は不明だが』、二七三年に『韋昭が投獄されたときの上表文に「又見劉熙所作釈名」とある』。清の官僚で歴史家でもあった畢沅(ひつげん 一七三〇年~一七九七年)は、『釈州国篇の地名に建安年間』(後漢の献帝(劉協)の治世に用いられた元号。一九六年から二二〇年まで)『以降のものがあることなどから、後漢末から魏のはじめにかけての著作としている』が、清中期の考証学者銭大昕(せんたいきん 一七二八年~一八〇四年)は『三国時代』(「黄巾の乱」の蜂起(一八四年)による漢朝の動揺期から、西晋による中国再統一(二八〇年)まで。狭義には後漢滅亡(二二〇年)から晋が天下を統一した二八〇年までを、最狭義には三国が鼎立した二二二年から蜀漢が滅亡した二六三年までを指す)『の作とする説に反対し』、『後漢末の作とする』。なお、「後漢書」には劉珍の著書にも「釈名」が『あったことを記すが』、『劉熙とは時代が異なり、どういう関係にあるのか不明である』とある。以下は、同書の「釋形體」に、

   *

皮、被也、被覆體也。

   *

とあるものである。

「枉〔(ま)げ〕戾〔しても〕、相ひ韋-背〔(そりかへ)る〕」東洋文庫訳では『反対に巻き戻してもすぐもとに背(そり)かえる』とあり、私の添え文もそれを参考にさせて貰った。

『「※2」(「※2」=(上)「比」+(中)「穴」+(下)「瓦」)【「奈女須〔(なめす)〕」。】』現在の「鞣」(なめす)である。動物の皮は柔軟性に富み、非常に丈夫であるが、そのまま使用すると、すぐに腐敗したり、乾燥すると、板のように硬くなって柔軟性がなくなってしまう。この大きなデメリットの属性を、樹液や種々の薬品を使って変化させる方法が「鞣し」である。ここは製革業者団体「日本タンナーズ協会」公式サイト内の『「鞣す(なめす)」とは』に拠った。

「糯糠(もちぬか)」「糯(もち)」とはイネ(単子葉植物綱イネ目イネ科イネ亜科イネ属イネ Oryza sativa)やオオムギ(イネ科オオムギ属オオムギ Hordeum vulgare)などの作物の内で、アミロース(amylose:多数のα-グルコースス(α-glucose)分子がグリコシド結合(glycosidic bond:炭水化物(糖)分子と別の有機化合物とが脱水縮合して形成する共有結合)によって重合し、直鎖状になった高分子。デンプン分子であるが、形状の違いにより、異なる性質を持つ)を全く或いは殆んど含まない特定品種を指す。対義語は「粳(うるち)」で、組成としてアミロースを含む通常の米飯に用いるそれを「粳米(うるちまい)」と呼ぶ(以上はウィキの「糯」に拠った)。]

 

*   *   *

 

本項を以って、私の「和漢三才図会」の動物部の総て、全十八巻のオリジナル電子化注を遂に完遂した(別に藻類の一巻がある)。

 

 思えば、私が、その中、最初に電子化注を開始したのは、私が幼少時からフリークであった貝類の「卷第四十七 介貝部」で、それは実に凡そ十二年と半年前の、二〇〇七年四月二十八日のことであった。

 その時の私は、正直、偏愛する海産生物パートの完成だけでも、自信がなく、まさか、総ての動物パートをやり遂げられるとは、実は夢にも思っていなかった。

 海洋生物パートの貫徹も、幾人かの方のエールゆえ、であったと言ってよい。

 その数少ない方の中には、チョウザメの本邦での本格商品化飼育と販売を立ち上げられながら、東日本大地震によって頓挫された方がおられた。

 また、某国立大学名誉教授で日本有数の魚類学者(既に鬼籍に入られた)の方もおられた。「あなたの仕事は実に楽しく、また、有意義です」というメールを頂戴し、また、私の『栗本丹洲「栗氏千蟲譜」卷九』では、この先生の伝手で、無脊椎動物の幾つかの種の同定について、専門家の意見を伺うことも出来たのであった。

 ここに改めてその方々に謝意を表したい。

 以下、サイト「鬼火」と本ブログ「鬼火~日々の迷走」に分散しているため、全部に就いてリンクを張っておく。

 

ブログ・カテゴリ「卷第三十七 畜類」(各個版)

ブログ・カテゴリ「卷第三十八 獸類」(各個版)

ブログ・カテゴリ「卷第三十九 鼠+「動物之用」(ブログ各個版。「動物之用」は本来は以下の「卷第四十 寓類 恠類」の後に附録するパートであるが、ここに添えた)

卷第四十  寓 恠サイト「鬼火」の「心朽窩旧館HTML版)

ブログ・カテゴリ「和漢三才圖會 鳥★各個版で以下の四巻総て★

卷第四十一 禽部 水禽類

卷第四十二 禽部 原禽類

卷第四十三 禽部 林禽類

卷第四十四 禽部 山禽類

卷第四十五 龍蛇部 龍 蛇サイト「鬼火」の「心朽窩旧館HTML版)

卷第四十六 介甲部 龜 鼈 蟹サイト「鬼火」の「心朽窩旧館HTML版)

卷第四十七 介貝部サイト「鬼火」の「心朽窩旧館HTML版)

卷第四十八 魚部 河湖有鱗魚サイト「鬼火」の「心朽窩旧館HTML版)

卷第四十九 魚部 江有鱗魚サイト「鬼火」の「心朽窩旧館HTML版)

卷第五十  魚部 河湖無鱗魚サイト「鬼火」の「心朽窩旧館HTML版)

卷第五十一 魚部 江無鱗魚サイト「鬼火」の「心朽窩旧館HTML版)

ブログ・カテゴリ「和漢三才圖會 蟲類」★各個版で以下の三巻総て★

卷第五十二 蟲部 卵生類

卷第五十三 蟲部 化生類

卷第五十四 蟲部 濕生類

 

が動物部の総てであり、それに附録して、私のフリーク対象である海藻類を含む

卷第九十七 水草部 藻 苔サイト「鬼火」の「心朽窩旧館HTML版)

が加えてある。

 

 なお、私は植物は苦手で、向後も纏めてそれをやる意志は今のところ、ない。

 

 一つの私の「時代」が終わった――という感を――強く――しみじみと感じている。……では……また……何時か……何処かで…………

2019/02/06

ブログ・アクセス1190000突破記念 和漢三才圖會卷第四十四 山禽類 鳥の用(3)「翼」から「養小鳥」/同書鳥類の部全完遂!

[やぶちゃん注:本日、正午過ぎ、2006年5月18日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが百十九万アクセスを超えた。それに合わせて、以下の「和漢三才図会」鳥部の掉尾の電子化注を公開する。]




Tubasa

 

つばさ   翅【音癡】

      【和名都波佐】

      翮

      【和名八稱】

【音亦】

      翈【音匣】

      【和名加佐木里】

 

翼者翅也 翮者羽本卽羽根也 翈者翮上短羽也

𦐃【音南】翮下弱羽【俗云牟久介】

飛擧曰翥【波市流】〕 直上飛曰翀【冲同訓比伊留】 飛而上曰頡【𦐄同】

飛而下曰頏【𦐄同】 回飛曰翔【音詳訓布留末布】 飛羽之聲曰

 【音霄訓波乎止】

[やぶちゃん字注:「」=「傟」の「公」を「夂」に代えた字体。]

 

 

つばさ   翅【音、「癡〔(シ)〕」。】

      【和名、「都波佐」。】

      翮〔(かく)〕

      【和名、「八稱」。】

【音亦】

      翈【音、「匣〔(コウ)〕」。】

      【和名、「加佐木里〔(かざきり)〕」。】

[やぶちゃん注:「八稱」は、恐らくは「はね」で、「稱」は「祢」(禰)の誤記ではないかと推定する。或いは「翮」を良安は「はがひ」(「羽交い」。左右の羽を畳んだ際に重なる部分)の意味で以前に使っているから、「はがひ」とも考えたが、良安は和名を表わす際、漢字一音に一つの平仮名を対応させて表記してきているので、これは二文字しかなく、「はがひ」とは読めない。]

 

翼(つばさ)は翅〔(はね)〕なり[やぶちゃん注:鳥の羽全体或いは主たる両の翼(つばさ)の意。]。

翮〔(かく)〕は羽なる本〔(もと)〕、卽ち、羽根(はね)なり[やぶちゃん注:羽の根元の部分である。]。

翈〔(こう)〕は翮の上の短き羽なり。𦐃【音、「南」。】は翮の下の弱〔き〕羽【俗に云ふ、「牟久介〔(むくげ)〕」。】〔なり〕。

飛び擧(あが)るを「翥(はふる)」【「波市流〔はしる〕」[やぶちゃん注:前のルビと異なるのが不審である。東洋文庫版ではこの「市」を「布」の誤字とする。さすれば、確かに「はふる」で辻褄が合う。]。】と曰ふ。

直ちに上〔(のぼ)〕り飛ぶを「翀(ひいる)」【「冲」〔と〕同〔じく〕「比伊留」と訓ず。】と曰ふ。 飛んで上るを「頡(とびあが)る」【「𦐄」〔と〕同じ。】と曰ふ。

飛びて下〔(くだ)〕るを「頏(とびあが)る」【「𦐄」〔と〕同じ。】曰ふ。

回(めぐ)り飛ぶを「翔(ふるま)ふ」【音、「詳」。「布留末布」と訓ず。】と曰ふ。

飛ぶ羽の聲を「」【音、「霄〔(セウ)〕」。「波乎止〔(はをと)〕」と訓ず。】と曰ふ。[やぶちゃん字注:「」=「傟」の「公」を「夂」に代えた字体。]

[やぶちゃん注:良安が意識的に一字空けをしているのを、読み易さを考えて、改行した。それ以外に、言い添えたいことはない。]

 

O

 

     尾  翹【音喬】

     【和名乎】

【音肥】

     臎【音翠】

     【和名止之利

      俗云阿布良之利】

 

按尾鳥獸尻長毛總名也鳥之尾曰翹大抵有十二枚

 鳥尾肉曰臎

  足引の山鳥の尾のしたりをの長々し夜を独りかもねん

 

 

     尾  翹〔(げう)〕【音、「喬〔(ケウ)〕」。】

     【和名、「乎」。】

【音、「肥〔(ヒ)〕」。】

     臎〔(スイ)〕【音、「翠」。】

     【和名、「止之利〔(としり)〕」。

      俗に云ふ、「阿布良之利〔(あぶらしり)〕」。】

 

按ずるに、尾は、鳥獸の尻の長き毛の總名なり。鳥の尾を「翹」と曰ふ。大抵、十二枚有り。鳥〔の〕尾の肉、「臎」と曰ふ。

  足引〔(あしひ)〕きの山鳥の尾のしだりをの長々し夜を独りかもねん

[やぶちゃん注:言わずもがな、最後の歌は「万葉集」巻第十一に載る、作者不詳の一首(二八〇二番)、

 思へども思ひもかねつあしひきの山鳥の尾の長きこの夜を

の後書きに、「或る本の歌に曰はく」として載り、「小倉百人一首」で柿本人麻呂の作とされて人口に膾炙してしまい、国語の授業では序詞の典型として必ず引かれる。俺も御多分に漏れず、古文の授業でやった。厭々、やった。正直、言おう。私が和歌が大いに嫌いになった一つが、この歌を元凶とするのである。序詞だか何だか知らねえが、三十一文字の十七音をも迂遠なロマン主義者が事大主義的に使って表現したこれを、中学時代に百人一首で教わって、「こいつは馬鹿か?」と思ったもんだ。私はその時既に、尾崎放哉にトチ狂っていて、遙かに「せきをしてもひとり」の方に心の臓を突かれていたのだ。今でもこの歌を素直に読めない。当時の国語教師が、万葉の里の高岡の伏木中学校の授業で、冬の石炭ストーブで煙っている冬の教室で、如何にも名作の如く、序詞を滔々と説明して悦に入っていたのを、ニヤリと笑っていた自分自身が今も私の中に大いに、いや、遙かに健在だからである。せめても「あしひきの」と清音で読んでくんな。万葉人は濁音は嫌いなんだよ!

 

Mizukaki

 

 

みづかき   【和名美豆加木】

【音卜】

 

蹼爾雅集注云鳬鷹足指間有幕相連著者也

按水禽皆有蹼以能游水上也

[やぶちゃん注:「幕」はママ。]

 

 

みづかき   【和名、「美豆加木」。】

【音、「卜〔(ボク)〕」。】

 

蹼は「爾雅集注〔(じがしつちゆう)〕」に云はく、『鳬〔(かも)〕・鷹の足の指の間に幕〔(まく)〕有りて、相ひ連り、著〔(つ)〕く者なり』〔と〕。

按ずるに、水禽には皆、蹼、有りて、以つて能く水上を游(およ)ぐ。

[やぶちゃん注:「鷹」というのは何? 彼らに蹼はないと思いますが?

「水禽には皆、蹼、有り」実際には総てでは、ない。例えば、知られた水鳥の一種である、ツル目クイナ科             Gallinula 属バン(鷭)Gallinula chloropus は蹼を持たない。

 

「爾雅集注」「爾雅沈旋(しんせん)集注」。一巻。梁の給事黄門侍郎で、宋・斉・梁の三朝に仕えた優れた文人政治家沈約(しんやく 四四一年~五一三年)の子沈旋が「爾雅」(著者不詳。紀元前二〇〇年頃に成立した、現存する中国最古の類語辞典・語釈辞典)を注したもの。「隋書」の「経籍伝」では「集注爾雅」として十巻とある。]

 

Kedume

 

あこゑ

 けつめ   【和名阿古江

         俗云介豆女】

【音巨】

 

距者雞雉之脛有岐也

按凡刀鋒倒刺皆曰距而鳥脚脛之後畧勾尖指爪亦

 曰距俗呼曰蹶爪

――――――――――――――――――――――

 胵【同和名鳥乃和太】鳥之腸胃也

[やぶちゃん注:「」=「月」+「比」。]

 

【音春】 肫【和名無無木】鳥之臟也

[やぶちゃん字注:以上の二項は底本では上下二段組。「距」とは無縁であるが、短いし、以下は更に附録の感が強いので、ここでは「距」に続けて電子化しておく。]

 

 

あこゑ

 けづめ   【和名、「阿古江」。

        俗に云ふ、「介豆女」。】

【音、「巨」。】

 

距は雞〔(にはとり)〕・雉の脛(はぎ)にして、岐(また)有る〔もの〕なり。

按ずるに、凡〔(すべ)〕て、刀-鋒(きつさき)の倒-刺〔(さかば)〕[やぶちゃん注:逆刃。主たる刃(やいば)から見ると、飛び出る形で別に突き出る「返し」の刃或いは鋭利な障害部具のこと。]、皆、「距」と曰ふ。而して、鳥の脚・脛の後〔(うしろ)〕に、畧(ち)と勾〔(まが)〕ち尖〔(とが)り〕たる指・爪を〔も〕亦、「距」と曰ふ。俗に呼んで「蹶爪(けづめ)」と曰ふ。

 

 

(とりのわた) 胵【同じ。和名、「鳥乃和太」。】。鳥の腸胃なり。

[やぶちゃん注:「」=「月」+「比」。]

 

(むゝき)【音、「春〔(シユン)〕」。】 肫【和名、「無無木」。】鳥の臟〔(はらわた)〕なり。

[やぶちゃん注:前の「胵」が腸と胃の消化器官であるから、それ以外の、所謂、「五臓」である肺・心・脾(ひ)・肝・腎と採っておく。]

 

 

 

  諸鳥有毒物

本綱云鳥自死目閉自死足不伸白鳥玄首玄鳥白首三

足四距六指四翼異形異色者皆有毒恐不可食之也

 

 

  諸鳥〔の〕毒有る物

「本綱」に云はく、『鳥、自死して、目、閉ぢ〔たるもの〕、自死して、足、伸びざる〔もの〕、白き鳥にして玄〔(くろ)〕き首〔のもの〕、玄き鳥にして白き首〔のもの〕、三足〔のもの〕、四〔つの〕距〔(けづめ)のもの〕、六指〔のもの〕、四〔(よつ)〕つ〔の〕翼〔のもの〕、異形・異色の者、皆、毒、有り。恐〔(おそら)〕くは、之れを食ふべからず』〔と〕。

[やぶちゃん注:「本草綱目」の巻四十九の「禽之三」(林禽類十七種・附二種)の掉尾に、

   *

諸鳥有毒【「拾遺」】

凡鳥自死目閉 自死足不伸 白鳥玄首 玄鳥 白首 三足 四距 六指 四翼 異形異色 並不可食食之殺人

   *

とあるのに基づく。]

 

 

 

  養小鳥

凡小鳥𣫠未能啄餌者先取小蟲哺之孑孑及黑小蜘蛛

最佳而後用研餌如畫眉鳥四十雀等用粟稗育者不及

研餌其硏餌造法【忌鼠尿及鹽誤入用則死】

 糗【九兩】朱舂米【一兩炒但忌精】小鯽【炙研三兩鰌亦佳】謂之魚餌

[やぶちゃん字注:「」=「魚」+「輩」。]

 各細末和調蕪菜或芹葉入研合令色淡青水煉用

 如鶯駒鳥鷦鷯者用𩵋餌六兩亦佳最隨時宜

晴天令鳥浴水可以避羽蟲浴後中於日暑則三日一度

 寒則十日一度

四五月有鳥膨脹【謂豆和留】急用蕃椒浸水令吞之如無効取

 常山木蟲餌之螻蛄亦佳

有鳥脛脚生小瘡【謂阿之介】徐刮去瘡令吞蕃椒水則治緩

 則舉家鳥皆傳染至死若糞閉者吞蕃椒水可也

病鸎不食餌者安于厠中則乍愈鳩飛不還者燒奇楠於

 樊中則遠慕香氣歸來其所喜浄不浄不可得曉

七八月之際諸鳥羽毛漸易謂之【音妥訓介加由流】毛落更

生整理曰【音先】

鳥無所以而有卒死急拔頸毛二三條【如人之身柱之穴処】跡灸一

 壯則活

 

 

  小鳥を養〔(か)〕ふ

凡そ、小鳥の𣫠(ひな)、未だ餌を啄ばむこと能はざる者、先づ、小さき蟲を取りて、之れを哺(くゝ)む。孑[やぶちゃん注:ママ。](ぼうふりむし)及び黑き小蜘蛛〔(こぐも)〕、最も佳なり。而して後、研餌(すりゑ)を用〔(もつ)〕てす。畫眉鳥(ほじろ[やぶちゃん注:ママ。])・四十雀(〔しじふ〕から)等のごときは、粟〔(あは)〕・稗(ひゑ)を用〔(もつ)〕て育(そだ)つ者は、研餌に及ばず。其の硏餌(するゑ)〔を〕造る法【忌鼠〔の〕尿〔(いばり)〕及び鹽〔(しほ)〕を忌む。誤りて入〔れ〕用〔(もち)ふ〕れば、則ち、死す。】。

糗(はつたい)【九兩。】・朱--米(くろごめ)【一兩を炒る。但し、精[やぶちゃん注:精米したもの。]を忌む。】・小鯽〔(こぶな)〕【炙り研る。三兩。〔はえ〕・鰌(どじやう)も亦、佳なり。】、之れを「魚餌(なまゑ)」と謂ふ。[やぶちゃん字注:「」=「魚」+「輩」。]

各々、細末して和し、調〔じ〕[やぶちゃん注:混ぜ合わせて(和(あ)えて)、調合し。]、蕪菜(かぶらな)或いは芹葉(せりの〔は〕)を入れ、研(す)り合はせて、色、淡青〔(あはあを)〕からしめ、水にて煉〔(ね)〕り、用ふ。

鶯・駒鳥・鷦鷯(さゞい)のごとき者は、𩵋餌(なまゑ)六兩を用ひて〔も〕亦、佳なり。最も時宜に隨ふ[やぶちゃん注:育てる鳥の種類や健康状態に合わせて、適宜、対処すればよい。]。

晴天、鳥をして水を浴(あ)びせ、以つて羽蟲(はむし)を避〔(のぞ)〕き、浴(みづあ)びせて後、日に中(あ)つべし。暑きときは、則ち、三日に一度、寒きときは、則ち、十日に一度。

四、五月、鳥、膨-脹(ふく)るゝこと、有り【「豆和留〔(つわる)〕」と謂ふ。】急〔(すみやか)〕に蕃椒(たうがらし)を用ひて、水に浸して、之れに吞ましむ。如〔(も)〕し、効、無くんば、常山木(くさぎの〔き〕)の蟲を取り、之れに餌〔(あた)〕ふ。螻蛄(けら)も亦、佳なり。

鳥の脛・脚、小〔さき〕瘡〔(かさ〕生〔ず〕ること、有り【「阿之介〔(あしけ〕」と謂ふ。】。徐(そろそろ)〔と〕瘡〔(るいさう)〕を刮(こそ)げ去りて蕃椒(とうがらし[やぶちゃん注:ママ。])〔の〕水を吞ませしめば、則ち、治す。〔瘡の〕緩〔(ゆる)める〕ときは[やぶちゃん注:化膿して破れることを指すと思われる。]、則ち、舉-家(いえうち[やぶちゃん注:ママ]。)の鳥、皆、傳-染(うつ)りて、死に至る。若〔(も)〕し、糞閉〔せる〕者は[やぶちゃん注:糞詰りを起こしたものは。]、蕃椒水を吞ませて可なり。

病〔んだ〕鸎〔(うぐひす)の〕餌を食はざる者〔は〕、厠(かはや)の中に安(お)けば、則ち、乍〔(たちま)〕ち、愈ゆ。鳩、飛びて還らざる者〔は〕、奇楠(きやら)を樊(かご)の中に燒(た)けば、則ち、遠く香氣を慕ひて、歸り來たる。其の喜〔(たのし)〕む所、浄・不浄、得曉(〔え〕さと)すべからず[やぶちゃん注:「理解することは到底出来ないが、事実、以上の通りなのである」というのである。]。

七、八月の際(あいだ[やぶちゃん注:ママ。])、諸鳥、羽毛、漸(そろそろ)、〔(ぬ)〕け易(かは)る。之れを「(けかゆ)る」と謂ふ【音、「妥〔(ダ)〕」。「介加由流」と訓ず。】。毛、落ちて、更に、生じて整-理(とゝな)ふを「」【音。「先」。】と曰ふ。

鳥、所以(ゆへ[やぶちゃんちゃん注:ママ]。)無くして卒〔(にはか)〕に死すること有り。急〔(すみやか)〕に頸(くびすぢ)の毛、二、三條【人の身柱(ちりけ)の穴のごとくなる処。】を拔きて、跡に、灸〔(きう)〕、一壯〔(そう)〕すれば、則ち、活(い)く。

[やぶちゃん注:「哺(くゝ)む」人が餌を口に入れてやる。

「孑(ぼうふりむし)」通常は「孑孑」。言わずもがな、双翅(ハエ)目長角(糸角/カ)亜目カ下目カ上科カ科 Culicidae に属する蚊類(亜科はオオカ亜科 Toxorhynchitinae・ナミカ亜科 Culicinae・ハマダラカ亜科 Anophelinae に分かれる)の水棲幼虫である「ボウフラ」。「和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 孑(ぼうふりむし)」を参照されたい。

「畫眉鳥(ほじろ)」スズメ目スズメ亜目ホオジロ科ホオジロ属ホオジロ亜種ホオジロ Emberiza cioides ciopsis。但し、良安の「ほおじろ」認識には、やや誤認とブレがあるように思われる。「和漢三才圖會第四十三 林禽類 畫眉鳥(ホウジロ) (ホウジロ・ガビチョウ・ミヤマホオジロ・ホオアカ)」の私の注を参照されたい。

「四十雀(〔しじふ〕から)」スズメ目スズメ亜目シジュウカラ科シジュウカラ属シジュウカラ Parus minor「和漢三才圖會第四十三 林禽類 四十雀(しじふから) (シジュウカラ・附ゴジュウカラ)」を参照されたい。

「糗(はつたい)」はったい粉。大麦(単子葉植物綱イネ目イネ科オオムギ属オオムギ Hordeum vulgare)を煎って焦がし、挽いて粉にしたもの。麦こがし。香煎 (こうせん)。

「九兩」薬種の量目単位。一両は四匁で、現在の十五グラムであるから、百三十五グラム。以下はご自分で換算されたい。

「朱--米(くろごめ)」「黑米」。イネ(イネ目イネ科イネ亜科イネ属イネ Oryza sativa)の栽培品種のうちで、玄米の種皮又は果皮の少なくとも一方(主に果皮)にアントシアニン(anthocyanin)系の紫黒色素を含む品種。

「小鯽〔(こぶな)〕」条鰭綱骨鰾上目コイ目コイ科コイ亜科フナ属 Carassius の小型固体或いは小型種。「コブナ」という種はいない。日本全域に分布するギンブナ Carassius langsdorfii (全長三十センチメートルほどで、ほぼ全てがであり、無性生殖の一種である雌性発生でクローン増殖することが知られている)か、キンブナ Carassius buergeri subsp. 2(関東地方・東北地方に分布し、全長は十五センチメートルほどで、日本のフナの中では最も小型。名のとおり体が黄色っぽく、ギンブナよりも体高が低い)。

〔はえ〕」(「」=「魚」+「輩」)。現行の「ハヤ」類であるが、本邦では複数の異なった種を十把一絡げにして「ハヤ」と呼ぶ悪しき習慣がある(「ハヤ」という標準和名の種はいない)。これはさんざん、色々な電子化で注してきた。これは書き始めると、エンドレスになってしまうので、特に最近の仕儀で、かなりコンパクトに纏めた、「大和本草卷之十三 魚之上 (「」=「魚」+「夏」)(ハエ) (ハヤ)」の私の注を参照されたい。

「蕪菜(かぶらな)」「な」(原典はカタカナ)はちょっと判別に迷うが、東洋文庫に従った。アブラナ目アブラナ科アブラナ属ラパ変種カブ(アジア系)Brassica rapa var. glabra。但し、ここで用いるのは、あくまで「葉」である。

「芹葉(せりの〔は〕)」セリ目セリ科セリ属セリ Oenanthe javanica

「駒鳥」スズメ目ツグミ科コマドリ属コマドリ Erithacus akahige akahige「和漢三才圖會第四十三 林禽類 駒鳥(こまどり) (コマドリ・タネコマドリ)」を参照されたい。

「鷦鷯(さゞい)」これはスズメ目ミソサザイ科ミソサザイ属ミソサザイ Troglodytes troglodytes「和漢三才圖會第四十二 原禽類 巧婦鳥(みそさざい)(ミソサザイ)」を参照されたい。

「避〔(のぞ)〕き」訓に自信なし。しかし、明らかに送り仮名は「キ」。

「四、五月、鳥、膨-脹(ふく)るゝこと、有り【「豆和留〔(つわる)〕」と謂ふ。】」多くの小鳥はいろいろな疾患に於いて、しばしば体が膨らむ。川口の小鳥の病院「小鳥のセンター病院」の公式サイトのこちらを見ると、上部気道疾患・バンブルフット(Bumblefoot:趾瘤症(しりゅうしょう)。立った時又は歩いている時に体重がかかる足の裏や、座った時に体重のかかる膝に瘤(こぶ)が発生し、内部へ炎症が進行していく病気)・内分泌疾患・甲状腺機能低下症・代謝性疾患・甲状腺機能低下症・変形性関節症・輸卵管疾患や、重度の感染症で見られる現象であることが判る。……小学校四年の時、飼っていたジュウシマツが、すっかり膨らんでいた……鍵っ子だった私は、為すすべなく、近くの小鳥に詳しいお爺さんのところへ掌に載せて走って連れて行こうとした、でも、その途中、私の手の中で、その子は、息を引き取った……その震える小さな体の感触と、閉じてしまって……最早……永久に開かない眼を……私は……忘れられない…………

「蕃椒(たうがらし)」ナス目ナス科トウガラシ属トウガラシ Capsicum annuum。多くの品種がある。

「常山木(くさぎの〔き〕)の蟲」シソ目シソ科クサギ属クサギ(臭木)Clerodendrum trichotomum。和名は葉に独特の悪臭がすることに由来(あれは私も嫌い。しかし食用になる)。それにつく虫は、特に「臭木の虫」として知られ、コウモリガ(鱗翅(チョウ)目コウモリガ上科コウモリガ科 Endoclita 属コウモリガ Endoclita excrescens)・カミキリムシ(鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目ハムシ上科カミキリムシ科 Cerambycidae)などの幼虫らしい。クサギの枝や幹に穴を開け、木質を食べて成長する。嘗ては、子供の疳の薬に盛んに用いられ、「常山虫(じょうざんちゅう)とも称し、夏の季語でさえある。

「螻蛄(けら)」本邦産種は直翅(バッタ)目剣弁(キリギリス)亜目コオロギ上科ケラ科グリルロタルパ(ケラ)属ケラ Gryllotalpa orientalis「和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 螻蛄(ケラ)」を参照されたい。

 

「鳥の脛・脚、小〔さき〕瘡〔(かさ〕生ること、有り【「阿之介〔(あしけ〕」と謂ふ。】」腫瘤疾患らしいが、後の良安の謂いからは、強い感染性疾患(病原はウイルス性・細菌性・真菌性・原虫性・寄生虫性など多様である)が考えられる。

瘡〔(るいさう)〕」「」は皮膚に発生した小さな疣(いぼ)状のものを指す。「瘡」は腫れ物。

「病〔んだ〕鸎〔(うぐひす)の〕餌を食はざる者〔は〕、厠(かはや)の中に安(お)けば、則ち、乍〔(たちま)〕ち、愈ゆ」この呪的関係には聊か興味がある。何か判ったら追記したい。

「奇楠(きやら)」沈香(じんこう)。ついこの間の、「和漢三才圖會卷第四十四 山禽類 比翼鳥(ひよくのとり) (雌雄で一体の幻鳥・捏造剥製はフウチョウを使用)」の「丹沉」の注で示したので、そちらを参照されたい。

「身柱(ちりけ)」「天柱」とも書き、「ちりげ」とも呼ぶ。灸穴(きゅうけつ)の一つで、項(うなじ)の下,第三椎(つい)の下に当たる。小児の驚風(幼児のひきつけを起こす病気を指す。現在は脳膜炎の類が比定されている)や疳(正式な漢方医学では「脾疳(ひかん)」で、乳児の腹部膨満や異常食欲などを称したが、ここはもっと広い小児性神経症疾患を指すと考えた方がよかろう)などに効果があるとされた。

「灸〔(きう)〕、一壯」灸を一回据えることを「一壮」と呼ぶ。

 

 以上を以って「和漢三才圖會」の「鳥類」パートの全電子化注を完遂した。開始が二〇一七年十月三十日であったから、一年三ヶ月かかった。苦手な鳥類だっただけに、少し時間がかかった。さても、残すは「卷三十七 畜類」「卷三十八 獸類」「卷三十九 鼠類」のみとなった。こいつは今年中に必ず鳧をつける。それで総ての動物パートを終えられる。二〇〇七年四月二十八日に「卷第四十七 介貝部」に手をつけているから、今年で十二年目、これだけは、今年中に完遂する覚悟である。

2019/02/05

和漢三才圖會卷第四十四 山禽類 鳥の用(2) 「雛」・「囮」・「卵」・「※(とまりぎ)」・「鳥冠」・「㭰」・「嗉」・「※(そそろ)」〈ペレット〉・「鳴」

 

Hiyoko

 

ひな    雛  𣫠【音顧】

ひよこ    【和名比奈今云比與古】

 

 

爾雅云鳥子生須其母而食謂之𣫠鳥子生能噣食謂之

雛字林云哺而活者曰𣫠燕雀之類是也自啄者曰雛雞

雉之類是也

按呼雞雛曰比與古其鳴聲以曰比與比與也

 

 

ひな    雛  𣫠【音、「顧」。】

ひよこ    【和名、「比奈」。今、云ふ、

        「比與古」。】

 

「爾雅」に云はく、『鳥の子、生まれて、其の母を須(も)つて食ふ。之れを「𣫠(ひよこ)」と謂ふ。鳥の子、生まれて、能く食を噣(ついば)む。之れを「雛(ひな)」と謂ふ』〔と〕。「字林」に云はく、『哺(くゝ)められて活(そだ)つ者を「𣫠」と曰ふ。燕・雀の類ひ、是れなり。自〔(みづか)〕ら啄む者、「雛」と曰ふ、雞〔(にはとり)〕・雉の類ひ、是れなり』〔と〕。

按ずるに、雞の雛を呼んで「比與古」と曰ふ。其の鳴く聲、「比與比與〔(ひよひよ)〕」と曰ふを以つてなり。

[やぶちゃん注:「其の母を須(も)つて食ふ」この「須」は「求める」或いは再読文字の「すべからく~すべし」で、「母鳥の求め、母から口移しで以って、物を貰い食うのである、そうでなければ物を食うことは出来ない」の謂いである。

「爾雅」著者不詳。紀元前二〇〇年頃に成立した、現存する中国最古の類語辞典・語釈辞典。

「字林」晋(二六五年~四二〇年)の呂忱(りょしん)の編になる部首別漢字字書。「隋書」の「経籍志」によると、全七巻とされ、凡そ一万二千八百二十四字を収め、「説文解字」と同じ五百四十の部首を設け、親字も「説文解字」と同じく小篆であったとされるが、佚書であるため、現在は他書に引用された佚文のみが残る(以上はウィキの「字林」に拠った)。]

 

Otori

 

おとり   囮

てゝれ   【和名天々禮】

 𪃏【音梅】 【囮】

【音化】

       【和名乎止利】

[やぶちゃん字注:「おとり」はママ。「」=「女」+「鳥」。]

 

繫馴鳥誘外鳥而使之來名曰囮卽今云鳥媒也

文選射雉賦注云少養雉子至長狎人能招引野雉者謂

之媒

𪃏媒同字【從女從鳥】蓋媒人則用媒𪃏鳥則用𪃏以別之

 和名抄囮𪃏爲二物【未詳】蓋以同鳥雌爲𪃏

 今𪃏鳥之中用木兎最佳也其傍設黐擌則群鳥來笑

 木兎之醜形竟羅擌

 

 

おとり   囮

てゝれ   【和名。「天々禮」。】

 𪃏【音、「梅」。】 【囮。】

【音、「化」。】

       【和名、「乎止利」。】

[やぶちゃん字注:「」=「女」+「鳥」。]

 

馴れたる鳥を繫ぎて、外の鳥を誘(さそ)ひ、之れをして來たらしむ。名づけて「囮」と曰ふ。卽ち、今、云ふ、「鳥媒〔(てうばい)〕」なり。

「文選〔(もんぜん)〕」の「射雉〔(しやち)〕の賦」の注に云はく、『少〔(わか)〕きとき、雉子〔(きじ)〕を養ひて、長ずるに至りて、人に狎(な)れて、能く野雉〔(やち)〕を招き引く者を、之れを、「媒」と謂ふ』〔と〕[やぶちゃん注:「招き引く者を」の「を」は衍字であろう。]。

按ずるに、「𪃏」・「媒」、同字【「女」に從〔(したが)〕ひ、「鳥」に從ふ。[やぶちゃん注:「從」は「作る」の意。]】。蓋し、媒人(なかうど)には、則ち、「媒」を用ひ、「𪃏鳥〔(をとり[やぶちゃん注:ママ。])〕」には、則ち、「𪃏」を用ひて、以つて之れを別〔(わか)〕つ。

「和名抄」に、「囮」〔と〕「𪃏」、二物と爲す【未だ詳らかならず。】。蓋し、同じ鳥の雌を以つて「𪃏」と爲す。

今、𪃏鳥の中〔(うち)〕、木兎(みゝづく)を用ひて最も佳なり。其の傍らに、設黐擌(もちばこ)を設くるときは、則ち、群鳥來たりて、木兎の醜(みにく)き形〔(なり)〕を笑ひ、竟〔(つひ)〕に擌(はこ)へ羅(かゝ)る。

[やぶちゃん注:「鳥媒〔(てうばい)〕」当初、「とりのなかうど」と訓じたが、どうもかったるい。そのような謂い方があったものかも判らぬし、後で人の仲人とは判然と分けると言っていることから、植物学の鳥媒花のようで、これも変な感じではあるが、職人はしばしば音読みを好むので、かくしておいた。

『「文選」の「射雉の賦」』「文選」は梁を建国した武帝の長子で、詩文を好んだ昭明太子五〇一年~五三一年)が、当時の代表的な文士を招いて編纂した全三十巻の詩文集。歴代の名文・詩歌八百余りを集めた詩文集。中国では文人の必読書で、本邦でも飛鳥・奈良時代以降、盛んに読まれた。「射雉の賦」は西晋の、陸機と併称される文人であった潘岳(二四七年~三〇〇年)の作品で、原文はこれで(リンク先は中文ウィキの「維基文庫」内のそれ)、その注はこれ(リンク先は中文サイト「中國哲學書電子化計劃」のそれ。下方にある)で、

   *

徐爰注。媒者、少養雉子、至長狎人、能招引野雉、因名曰媒。翳者、所隱以射者也。晉邦過江、斯藝乃廢。歷代迄今、寡能厥事。嘗覽茲賦、昧而莫曉、聊記所聞、以備遺忘。

   *

が引用元。その徐爰とは恐らく、南宋の官僚で歴史家でもあった徐爰(じょえん 三九四年~四七五年)であろう。

『「和名抄」に、「囮」〔と〕「𪃏」、二物と爲す』「囮」は巻十五の「調度部下第二十二」の「畋獵具第百九十三に、

   *

囮 「唐韻」云『囮【音、「訛」。「漢語抄」云、『天々禮』。】網鳥者媒也。

   *

とあり、その次の次の条に、

   *

媒鳥 「文選」の「射雉賦」注に云はく、『少養雉子、至長狎人、能招引野雉者謂之「媒」』【師、「乎度利」。】。

   *

と別にあるのを指すようである。「𪃏」の字は縦覧した限りでは、「和名類聚鈔」では用いられていないようだ。

「今、𪃏鳥の中〔(うち)〕、木兎(みゝづく)を用ひて最も佳なり。其の傍らに、設黐擌(もちばこ)を設くるときは、則ち、群鳥來たりて、木兎の醜(みにく)き形〔(なり)〕を笑ひ、竟〔(つひ)〕に擌(はこ)へ羅(かゝ)る」これは既にほぼ同内容を「山禽類 鴟鵂(みみづく)(フクロウ科の「みみづく」類)」で語っている。]

 

Tomarigi

 

とまりき  桀【詩經】

       【止末利木】

      塒

       【和名久良】

【音傑】

[やぶちゃん字注:「木」+「桀」。]

 

雞棲杙也如脚細弱小鳥之用接骨木枝佳

塒穿垣栖雞也 凡鳥宿曰栖禽經云陸鳥曰栖水鳥曰

 宿[やぶちゃん注:字空けはママ。]獨鳥曰止衆鳥曰集【隹在于木上也】

 

 

とまりぎ  桀【「詩經」。】

       【「止末利木」。】

      塒(とぐら)

       【和名、「久良」。】

【音、「傑」。】

[やぶちゃん字注:「木」+「桀」。]

 

(とまりぎ)は、雞〔(にはとり)〕の棲〔(すみか)〕の杙〔(くひ)〕なり。脚、細く、弱き小鳥の〔(とまりぎ)〕のごときは、接骨(にはとこ)の木の枝を用ひて、佳なり。

塒〔(とぐら)〕は、垣を穿〔(うが)〕ち、雞を栖(す)ましむる〔もの〕なり。 凡そ、鳥の宿〔(やどり)〕を「栖〔すみか〕」と曰ふ。「禽經」に云はく、『陸〔の〕鳥にして〔それを〕、「栖〔(す)む〕」」と曰ひ、水鳥にして「宿(〔やど〕)す」と曰ひ、獨鳥は「止(とま)る」と曰ひ、衆鳥を「集(あつま)る」【「隹〔(とり)〕、木の上に在る」〔の謂ひ〕なり。】と曰ふ』〔と〕。

[やぶちゃん注:「塒(とぐら)」不審。この字で「とぐら」と読んだ場合は蛇の「蜷局(とぐろ)」と同義になってしまう。ここは現行通り、「ねぐら」(もと、良安の言う通り、「ニワトリの寝床」、転じて「鳥の寝る場所」の意)と普通に読みたいところだ。或いは良安は「ねぐら」を寝倉と採り、その古形が「戸」(「外界から分離された」の意)「倉」であったと考えたのかも知れない。

「杙〔(くひ)〕」「杭」に同じ。

「接骨(にはとこ)の木」マツムシソウ目レンプクソウ科ニワトコ属ニワトコ亜種ニワトコ Sambucus sieboldiana var. pinnatisecta。。幹の古い樹皮は黒褐色で厚いコルク質を有することから、軟質である。

「禽經」春秋時代の師曠(しこ)の撰になるとされる鳥獣事典であるが、偽書と推定されている。全七巻。

『「隹〔(とり)〕、木の上に在る」〔の謂ひ〕なり』「集」の字の解字注であるが、これは厳原本にはないので、後代の注か、良安が附したものであろう。「隹」(スイ/ふるとり」この和訓の呼称は「鳥」部の部首である鳥と区別して、「舊(旧)(ふるいの意)」の字に使われている鳥であることに由来する)の字は「説文解字」によると、「尾の短い鳥類の総称」とされ、「側面から見た鳥」を象ったもので、良安のそれは正しい解字である。]

 

Tosaka

 

とさか  肉冠 毛冠

     毛角 觜【同上】

     【俗云止左加】

鳥冠

     【止者鳥也左加者

      逆毛之畧也】

 

按雞雉有肉冠鸂鶒有毛冠が木兎有毛角但獨立謂之

 毛冠【俗云連雀】雙立謂之毛角蓋毛角之本字觜也而以觜

 爲咮之字者非也

 

 

とさか  肉冠 毛冠

     毛角 觜【同上。】

     【俗に云ふ、「止左加」。】

鳥冠

     【「止」は「鳥」なり。「左加」とは、

      「逆〔(さ)〕か毛〔(げ)〕」の畧なり。】

 

按ずるに、雞〔(にはとり)〕・雉に「肉冠」有り、鸂鶒〔(おほおしどり)〕に「毛冠」有り、木兎(みゝづく)に「毛角」有り。但し、獨立〔せるものは〕之れを「毛冠」【俗に云ふ、「連雀」。】と謂ひ、雙立(さうりつ)〔せるもの〕、之れを「毛角」と謂ふ。蓋し、「毛角」の本字は「觜」なり。而るに、「觜」を以つて「咮-(くちばし)」の字と爲るは、非なり。

[やぶちゃん注:小学館「日本大百科全書」の「とさか」を引く。『鳥類の頭上にある肉質の突起で、肉冠ともいう。ある種のキジ目』Galliformes『の鳥などに存在し、代表的なものはニワトリ』(鳥綱キジ目キジ科キジ亜科ヤケイ属セキショクヤケイ亜種ニワトリ Gallus gallus domesticus)『のとさかである。とさかは、いわゆる三次性徴の一つで、その発達は性ホルモンの影響を受け、雄でよく発達している。したがって、雄鶏を去勢すると、とさかは退化する。組織的には、外側の表皮層と数層の真皮層よりなり、通常の皮膚が分厚く隆起したものといえる。色は、表皮下の血管のために、通常は赤色である。とさかのおもな機能はディスプレーと種の認識であるが、ニワトリでは単冠、バラ冠、クルミ冠、エンドウ冠などのいろいろな形態のとさかがあり、遺伝子の単純な支配によって生ずる』。

「「止」は「鳥」なり。「左加」とは、「逆〔(さ)〕か毛〔(げ)〕」の畧なり」「鶏冠(とさか)」の和語の語源は種々あるが、どうもピンとこない。良安先生のこれは、そんな中でも私は腑に落ちる。

「鸂鶒〔(おほおしどり)〕」東洋文庫訳のルビを参考にした。但し、「オオオシドリ」という種がいるわけではなく、カモ目カモ科オシドリ属オシドリ Aix galericulata の大型固体(群)を指している。

『「觜」を以つて「咮-(くちばし)」の字と爲るは、非なり』これは何度も良安が言っていることではある。確かに、第一義は「ミミズクの毛角(けづの)」であるが、中国でも早い時期から「嘴(くちばし)」の意で用いられている。しかも解字でも、「此」は「僅かに開く」の意、「角」は「硬い尖ったもの」で「くちばし」の意とする(大修館書店「廣漢和辭典」)。しかも良安自身が自己の評言で「觜」をさんざん使っているから、あんまり偉そうには言えないと思うんですけど。]

 

Kutibasi

 

くちはし 觜【音斯俗字】 嘴

      【和名久知波之】

     喙【音誨】

      【和名久知佐木】

【音醉】

     啄【音捉】   噣

      【都以波無】

[やぶちゃん注:「音捉」はママ。但し、「啄」(音「タク・ツク・トク」)と「捉」(ソク・サク)は実は現代中国音では、前者が「zhuó」(ヂゥオ)で、後者が「zhuō」(ヂゥオ)で発音としてはよく似てはいる。]

 

鳥喙也喙鳥獸之口也 鳥口取食曰啄凡鳥欲

 啄食謂求食【阿左留】 鴈鳬聚食之聲曰唼喋

――――――――――――――――――――――

[やぶちゃん注:以下の「嗉」から「囀」までは項目が二段組であるが、一段に変えた。]

 

】 凡鳥受食處曰嗉

    【和名毛乃波美俗云餌袋】

[やぶちゃん字注:「」=「月」+「素」。]

 

【音委】 鷙鳥食已吐其毛如丸曰【和名曾曾呂】

[やぶちゃん字注:「」=「丸」(の最終画が(つくり)の下まで延びる)+「咼」。]

 

【音名】 凡鳥啼曰鳴

      【訓奈久】

 

【音轉】 凡鳥吟曰囀

      【訓佐閉都留】

 鳥朝鳴曰嘲夜鳴曰林鳥以朝嘲水鳥夜

 

 

くちばし 觜【音、「斯〔(シ)〕」。俗字。】 嘴

      【和名、「久知波之」。】

     喙【音、「誨〔(カイ)〕」。】

      【和名、「久知佐木」。】

【音、「醉」。】

     啄【音、「捉」。】   噣〔(ソク)〕

      【「都以波無」。】

[やぶちゃん注:「啄【音、「捉」。】」については原文の私の注を参照されたい。]

 

按ずるに、「」は鳥の喙〔(くちばし)〕なり。喙は鳥獸の口なり。 鳥の、口にて、食を取るを「啄(ついば)む」と曰ふ。凡そ、鳥、食を啄まんと欲すを、「求-食(あざ)る」【「阿左留」。】と謂ふ 鴈〔(がん)〕・鳬(かも)、聚〔(あつま)〕り食ふの聲を「唼喋〔(せつちやう)〕」と曰ふ。

――――――――――――――――――――――

(ものはみ)【】 凡(すべ)て、鳥、食を受くる處、「嗉」と曰ふ。

    【和名、「毛乃波美」。俗に云ふ、「餌袋〔(ゑぶくろ)〕」。】

[やぶちゃん字注:「」=「月」+「素」。]

 

(そゝろ)【音、「委」。】 鷙鳥〔(しつてう)〕[やぶちゃん注:猛禽類及びその系統の鳥。]、食、已(おは)りて、其の毛を、丸〔(たま)〕のごとく〔にして〕吐く〔を〕、「〔(そそろ)〕」【和名、「曾曾呂」。】と曰ふ。

[やぶちゃん字注:「」=「丸」(の最終画が(つくり)の下まで延びる)+「咼」。]

 

(なく)【音、「名」。】 凡〔(すべ)〕て、鳥、啼く〔を〕「鳴」【訓、「奈久」。】と曰ふ。

 

【音、「轉」。】 凡て、鳥、吟ずるを、「囀」【訓、「佐閉都留」。】と曰ふ。

鳥、朝、鳴くを「嘲〔(てう)〕」と曰ひ、夜、鳴くを、「〔(や)〕」と曰ふ。林鳥は朝を以つて嘲〔(な)〕き、水鳥は夜を以つて〔(な)〕く。

[やぶちゃん注:後の四項は「くちばし」に関わる働きであるから、「」に附録するような感じで附されてあるのである。

「鴈〔(がん)〕」広義のガン(「雁」)は以下の広義のカモよりも大きく、ハクチョウ(カモ科Anserinae亜科Cygnus属の六種及びCoscoroba 属の一種の全七種。全長百四十~百六十五センチメートルで、翼開長は二百十八~二百四十三センチメートルあるだけでなく、飛翔する現生鳥類の中では最大級の重量を有する種群で、平均七・四~十四、最大で十五・五キログラムにも達する)より小さい種群の総称である。

「鳬(かも)」カモ目カモ亜目カモ科 Anatidae の仲間、或いはマガモ属 Anas を総称するもの。

「唼喋〔(せつちやう)〕」「唼」は「啄(ついば)む・喰らう」の意。なるほどと思わせる熟語だ。

「嗉(ものはみ)」「餌袋〔(ゑぶくろ)〕」ここは広義の消化器ではなく、所謂、狭義の消化管の一部である、素嚢(そのう:まさに「嗉嚢」とも表記する。膨らんだ形状を成し、管壁が有意に厚くなっており、消化に先立って、食べたものを一時的に貯蔵しておくための器官)と読み換えてよい。ウィキの「素嚢」によれば、『鳥類では、消化管の食道か咽喉の近くで管壁が筋肉質になり、膨らんだ形状になっている部分(嚢)がある。そこに食べたものを一時的に蓄えておくことができる。鳥類のすべてが砂嚢を持つ一方、素嚢についてはこれを持たない種もある』。『ハト目』Columbiformes『では、素嚢で素嚢乳が作られる。これは孵化したばかりの雛に与えられる』。『また、食べた餌をしばらく素嚢に保持することで、水分により食べたものを柔らかくし、それを吐き戻して雛に与える』。『ハゲワシ』タカ目タカ科ハゲワシ亜科 Aegypiinae『などの死肉を食べる種では、餌が大量にあるときでもできるだけ多く食べるため、その結果、素嚢が大きく膨らむ。その後、睡眠するか動かずにいることで、消化を妨げないようにする』。『猛禽類では、ハゲワシを含めてワシ』・タカ類などは素嚢を一つ『持つが、フクロウ』(フクロウ目フクロウ科フクロウ属 Strix)『は素嚢を持たない』。『家禽では、ニワトリ』(鳥綱キジ目キジ科キジ亜科ヤケイ属セキショクヤケイ亜種ニワトリ Gallus gallus domesticus)『にはあるが、ガチョウ』(カモ目カモ科ガチョウ Anser anser)『にはない』とある。

(そゝろ)」(「」=「丸」(の最終画が(つくり)の下まで延びる)+「咼」)は、所謂、「ペレット」(pellet:猛禽類などが消化できないもの(羽・骨など)を吐き出した塊)である。]

2019/02/04

和漢三才圖會卷第四十四 山禽類 鳥の用(1) 「雄雌」・「巢」・「卵」

 

  鳥之用

 

[やぶちゃん注:以下、鳥部の最後の附録相当の「鳥之用」(鳥(とり)の用(よう))パートである。今までの「魚類」では最後に(「和漢三才圖會 卷第五十一 魚類 江海無鱗魚」の終りの部分)、「蟲部」では前(ここ)にあったが、この場合の「用」とは、広い意味での、その存在の必要に応じた働きや機能及びその呼称・役に立つ部分とその名称及びその処理(調理)方法等を含んだものである。]

――――――――――――――――――――――

【雌皆形小唯鷹之屬雌大於雄】

[やぶちゃん注:以上は、底本では、特異的に、挿絵の上の空白部分に記三行に分けて配されてある。以下は今まで通り、挿絵の下。]

 

Siyu

 

おどりめどり  雄

        【和名乎土里】

        雌

        【和名米土里】

雄雌【熊斯】

        交尾

        【和名都流比】

[やぶちゃん注:「おどり」の「お」はママ。]

 

爾雅云羽屬父曰雄母曰雌凡飛者曰雌雄走者曰牝牡

本綱曰鳥之雌雄不別者以翼知之右掩左者雌左掩右

者雄又燒毛作屑納水中沉者雌浮者雄 交接曰交尾

 

 

【雌は、皆、形、小さし。唯だ、鷹の屬の雌は雄より大なり。】

 

おどり・めどり 雄

        【和名、「乎土里〔(をどり)〕」。】

        雌

        【和名、「米土里」。】

雄雌【〔音、〕「熊斯〔ユウシ〕」。】

        交尾

        【和名、「都流比〔(つるび〕」。】

 

「爾雅」に云はく、『羽ある屬(たぐ)ひ、父を「雄」と曰ひ、母を「雌」と曰ふ。凡そ、飛ぶ者を「雌雄〔(しゆう)〕」と曰ひ、走る者を「牝牡〔(ひんと)〕」曰ふ』〔と〕。「本綱」に曰はく、『鳥の雌雄、別かたざるは、翼を以つて、之れを知る。右、左を掩〔(おほ)〕ふ者は雌なり。左(〔ひだ〕り)、右を掩ふ者は、雄なり。又、毛を燒きて屑〔(くづ)〕と作〔(な)〕し、水中に納(い)れて、沉〔(しづ)〕む者は雌(め〔どり〕)なり。浮く者は雄〔(をどり)〕なり』〔と〕。 交接するを「交尾(つる)びす」と曰ふ。

[やぶちゃん注:標題字の読み仮名相当が常に最初のものであるから、「雄雌」はそれぞれお「雄」が「おどり」(正しくは「をどり」。「乎土里」は正しい表記で、「乎」という漢字の呉音は「ヲ」である)、「雌」が「めどり」という読みであることになる。まあ、「雌雄」の熟語の場合は、中国の書の引用だから音でいいとしても、単独の「雌」「雄」は実は総て「をどり」「めどり」と読んでいるとしなくてはならない。だからこそ、良安は、「沉〔(しづ)〕む者は雌(め〔どり〕)なり」の部分でわざわざ「メ」だけを振っているのである。

「爾雅」著者不詳。紀元前二〇〇年頃に成立した、現存する中国最古の類語辞典・語釈辞典。]

 

Su

 

す      窠【音科】

 

【音曹】

ウ    【和名須一云須久不】

 

五雜組云羽族之巧過於人其爲巢只以一口兩爪而結

束牢固甚於人工大風拔木而巢終不傾也雜木枯枝縱

橫重疉不知何以得膠固無恙此理之不可曉者凡鳥將

生卵先雌雄營巢巢成而後遺卵伏子及長成飛去則空

其巢不復用矣

△按巢之綿密也鷦鷯燕最勝焉杜鵑不能自營而假用

 鸎巢亦一智也島鵯文鳥鴿者孳於樊中

 凡鳥乳化曰孳【鳥産也】

[やぶちゃん注:「乳化」では意味が通じない。東洋文庫版では「孚」(かえる)の誤字として「孚化」で「孵化」の意味で訳している。それを穏当と思うので、特異的に訓読では、「孵化」とした。]

 

 

す      窠【音、「科」。】

 

【音、「曹」。】

ウ    【和名、「須」。

        一〔(い)〕つに云ふ、

        「須久不〔すくふ〕」。】

 

「五雜組」に云はく、『羽族の巧(たくみ)、人より過ぐ。其の巢を爲(つく)る〔や〕、只だ、一つの口・兩の爪(つめ)を以つて、結束、牢固〔(らうこ)〕して、人の工〔(たくみ)〕より甚〔だし〕。大風、木を拔くとも、巢、終〔(つひ)〕に傾かざるなり』。『雜木・枯れ枝、縱橫重疉〔(じゆうわうちようでふ)〕なり。知らず、何を以つて膠固〔こうこ〕して恙無(つヽがな)きことを得るか〔を〕。此れ、理〔(ことわり)〕を曉〔(あきらかに)〕すべからざる者なり。凡そ、鳥、將に卵を生まんとするに、先づ、雌雄〔(しゆう)〕、巢を營(〔つ〕く)る。巢、成りて後、卵を遺〔(のこ)〕す。子を伏し、長成するに及びて、飛び去るときは、則ち、其の巢を空(から)にして、復〔(ふた)〕たび、用ひず』〔と〕。

△按ずるに、巢の綿密なるや、鷦鷯(〔みそ〕さゞい)・燕(つばめ)最も勝〔(すぐ)れたり〕。杜鵑〔(ほととぎす)〕、自ら營(つく)ること、能はずして、鸎〔(うぐひす)〕の巢を假〔りに〕用〔ふ〕。亦、一智なり。島鵯(〔しま〕ひよどり)・文鳥・鴿(いへばと)のごときは樊(かご)の中に孳(こう)む[やぶちゃん注:「子(こ)」を「生(う)む」の訓。]

 凡そ、鳥、孵化〔(ふか)〕するを「孳〔(こう)む〕[やぶちゃん注:音は「シ」或いは「ジ」。]」と曰ふ【鳥の「産(こう)む」なり。】。

[やぶちゃん注:「須久不〔すくふ〕」は「巣を作る」の意の動詞「巣食う」のこと。

「五雜組」「五雜俎」とも表記する。明の謝肇淛(しゃちょうせい)が撰した歴史考証を含む随筆。全十六巻(天部二巻・地部二巻・人部四巻・物部四巻・事部四巻)。書名は元は古い楽府(がふ)題で、それに「各種の彩(いろどり)を以って布を織る」という自在な対象と考証の比喩の意を掛けた。主たる部分は筆者の読書の心得であるが、国事や歴史の考証も多く含む。一六一六年に刻本されたが、本文で遼東の女真が、後日、明の災いになるであろうという見解を記していたため、清代になって中国では閲覧が禁じられてしまい、中華民国になってやっと復刻されて一般に読まれるようになるという数奇な経緯を持つ。当該部の原文を見ると(物部一の七)、

   *

羽族之巧過於入其爲巢只以鬥口兩爪而結束牢固甚於人工大風拔木而巢絡不傾世余在興見雌雄兩鶴於府堂鴟助上謀作巢既趾殫傍依又無枝葉木銜其上輒墜余家中其嗤笑之越旬日而巢成矣鶴身高六七尺雖雄一雙伏其中計寬廣富得丈餘雜木枯枝縱橫重疊不知何以得膠固無恙此理之不可曉者几鳥將生雛然後雌雄營巢巢成而後遺卵伏于及于長成飛去則察其巢不復用矣

   *

とあって、筆者の鶴の営巣の実見談の中間部(太字で示した)をカットしていることが判る。

「膠固〔こうこ〕」膠で固めたようにびくともしないように作ること。

「卵を遺〔(のこ)〕す」卵をそこ(巣の中)に産む。

「子を伏し」子を抱いて。

「鷦鷯」良安が振っている和名の「さざい」は、「小さい鳥」を指す古語「さざき」が転じたものであるが、良安は以前にこの二字に対して「みそさざい」とルビを振っているから、スズメ目ミソサザイ科ミソサザイ属ミソサザイ Troglodytes troglodytes を指す。

「島鵯(〔しま〕ひよどり)」独立項「島鵯」で、私はこれをスズメ目スズメ亜目ヒヨドリ科ヒヨドリ属シロガシラクロヒヨドリ Hypsipetes leucocephalus に同定比定した。

 

Tamago

 

かひご   卵[やぶちゃん字注:後の★を見よ。]

      【和名加比古】

【音鸞】

たまこ   孚【音敷】【孚同卵】

      【訓加倍留】

      毈【音段】

      【訓須毛里】

[やぶちゃん字注:★の「卵」には底本では(つくり)の中央に「ヽ」がないが、諸刊本を見ても、標題と同じ「卵」の字が当てられているので「卵」とした。]

 

卵鳥胎也【和名加比古】凡物無乳者卵生凡鳥之孚卵皆如期故曰孚

【孚者信也】鳥抱恒以爪反覆其卵故从卵不孵者曰毈呂氏

春秋云雞卵多毈楊子曰雌之不才其卵毈矣

△按白花蛇鱣魚無乳而胎生焉以爲異鸖鵰角鷹鳩之

 屬卵二鷹鳶烏鵯告天子及小鳥卵四雞雉鴨山雞之

 屬卵十二三皆夏月則十八日冬月則二十二三日而

 孚化後七十五日而能自噣矣蓋卵形如玉故俗稱玉

 子卵中黄曰【音黄】

[やぶちゃん注:「※」=「穀」-「禾」+黃(同位置に)。]

 凡雞卵忌山椒誤貯於一處則盡腐爛

【音却】 鳥卵空也本綱云吉弔之膏至輕利以銅及瓦器

 盛之則浸出惟鷄卵盛之不漏又云其脂以琉璃瓶

 盛之更以樟木盒貯之不爾則透氣失去也【吉弔蛇屬瑠璃硝子】

 

 

かひご   卵

      【和名、「加比古」。】

【音、「鸞」。】

たまご   孚【音、「敷〔(フ)〕」。】

       【「孚」は「卵」に同じ。】

      【訓、「加倍留〔(かへる)〕」。】

      毈【音、「段〔(タン)〕」。】

      【訓、「須毛里〔(すもり)〕」。】

 

卵、鳥の胎なり【和名、「加比古」。】。凡そ、物、乳〔(ちち)〕無き者、卵生〔(らんせい)〕す。凡そ、鳥の卵を孚〔(かへ)すは〕、皆、期〔(き)〕のごとし。故に「孚」と曰ふ【「孚」とは「信」なり。】鳥、抱〔くに、〕恒〔(つね)〕に、爪を以つて、其の卵を反-覆(かへ)す。故に「卵」に从〔(したが)〕ふ。孵〔(かへ)〕らざる者を「毈(すもり)」と曰ふ。「呂氏春秋〔(りよししゆんじう)〕」に云はく、『雞卵に、毈、多し。楊子〔(やうし)〕が曰はく、「雌の不才なる〔は〕其の卵、毈あり」〔と〕』〔と〕。

△按ずるに、白花蛇(はみ〔へび)〕)・鱣魚(ふか)、乳無くして胎生〔(たいせい)〕す。以つて異と爲す。鸖〔(つる)〕・鵰(わし)・角鷹(くまたか)・鳩の屬〔(たぐひ)〕、卵、二〔つ〕。鷹・鳶(とび)・烏(からす)・鵯(ひよどり)・告天子(ひばり)及び小鳥は、卵、四つ。雞〔(にはとり)〕・雉(きじ)・鴨・山雞(〔やま〕どり)の屬〔(たぐひ)〕、卵、十二、三。皆、夏月は、則ち、十八日、冬月は、則ち、二十二、三日にして孚-化(かへ)りて後〔(のち)〕、七十五日して、能く自〔(みづか)〕ら噣(ついば)む。蓋し、卵は、形(〔かた〕ち)、玉〔(たま)〕のごとくなる故、俗、「玉子」と稱す。卵の中の黄〔なるもの〕を「※〔(きみ)〕」と曰ふ【音「黄」。】。

[やぶちゃん注:「※」=「穀」-「禾」+黃(同位置に)。]

凡そ、雞〔(にはとり)〕の卵、山椒を忌む、誤りて一處に貯ふれば、則ち、盡(〔こと〕ごと)く腐爛す。

(たまごのから)【音、「却」。】 鳥〔の〕卵の空(から)なり。「本綱」に云はく、『吉弔(きつてう)の膏〔(あぶら)〕、至つて輕利にして、以つて銅及び瓦-器〔(かはらけ)〕に之れを盛るに、則ち、浸〔み〕出でる。惟だ、鷄卵のに之れを盛れば、漏れず』〔と〕。『又、云はく、『其の脂、琉璃〔(るり)〕の瓶を以つて、之れを盛(い)れ[やぶちゃん注:「入れ」。]、更に樟木(くすの〔き〕)の盒(はこ)を以つて之れを貯ふ。爾(しから)ざれば、則ち、氣、透き、失去〔(しつきよ)する〕なり【「吉弔」は蛇の屬〔(たぐひ)〕。「瑠璃」は硝子(ビドロ)。】

[やぶちゃん注:「期〔(き)〕のごとし」期日をしっかりと守るようだ。孵化の時日(期日)を違えず、総て一定の期間で大抵は孵化することを言っている。後で、その期間を出してある。

『「孚」とは「信」なり』「孚」(元は「爪」(=「手」)と「子」で乳児を抱きかかえる形象)の字には「誠」とか「真心」の意がある。

「鳥、抱〔くに、〕恒〔(つね)〕に、爪を以つて、其の卵を反-覆(かへ)す」というようなことはしないと思う。孵化を手伝うの嘴で殻を開けてやるのは見たことがあるが。

『故に「卵」从〔(したが)〕ふ』「卵」という漢字の二つの「ヽ」を除去し、中央の縦画二本を一本に合わせて「爪」という字だと言っているとしか思えないが、良安先生、どこから引っ張って来たのか知らないが、これはとんでもない大嘘である。「卵」は象形文字で、(つくり)と(へん)で分離し、陰と陽、卵子と精子が引き寄せ合って(大修館書店「廣漢和辭典」の解字に事実、そう書いてある)生ずる卵の意だそうである。いや! びっくりしたなぁモウ!!!

「毈(すもり)」とは「巣守」のことで、孵化しないで巣に残っている卵。「すもり児(ご)」とも呼ぶ。無精卵か、発生途中で死んでしまった卵を指す。恰も巣を守るようにずっと

あることから。なお、この古語は、転じて「あとに取り残されること・一人残って番をすること。また、その人」や、果ては近世には、「夫が家に寄りつかず、孤閨(こけい)を守る妻を喩えて言う語ともなった。

「呂氏春秋〔(りよししゆんじう)〕」秦の百科全書的史論書。「呂覧」とも呼ぶ。秦の呂不韋編纂。全二十六巻。成立年は未詳であるが、その大部分は戦国末の史料と想定される。八「覧」・六「論」・十二「紀」から成る雑家の代表的書籍。孔子が編纂したとされる五経の一つ「春秋」に倣って、呂が当時の学者を集めて作成させたとされる。そのため、全体として統一されたものではなく、儒家・道家・法家・兵家・陰陽家などの諸説が混在している。但し、古代史の研究上では貴重な文献である。

「楊子」戦国時代の思想家楊朱(生没年未詳)。自己の欲望を満足させることが自然に従うものであるとする為我説を唱え、儒家・墨家に対抗した。その説は「列子」「荘子」などに断片的にみえる。

「不才」愚かなこと。これはまさに「石女(うまずめ)」じゃあないか!? ああ、古代の鷄でさえ、♀は不当に差別されていたのだ!

「白花蛇(はみ〔へび)〕)」私の「和漢三才圖會 卷第四十五 龍蛇部 龍類 蛇類」の「白花蛇(しろくはしや)」を参照されたいが、訓読(今回、手を加えた)と画像のみを示すと、

   *

Hakkajya

しろくはじや     褰鼻蛇〔(けんびだ)〕

           蘄蛇〔(きだ)〕

白花蛇

 

ペツパアヽ シヱヽ

[やぶちゃん字注:底本では「蘄」の字は(くさかんむり)が(へん)の「單」の上のみにかかる。以下同じ。]

 

「本綱」に、『白花蛇の狀は、龍の頭、虎の口、黑質・白花、脇に二十四個の方勝文有り。腹に念珠の斑、有り。口に四つの長き牙有り。尾の上に一の、佛指甲、有り。長さ一、二分、腸(はらわた)の形〔(かたち)〕、連珠のごとく、多く石楠藤に上に在り。其の花葉を食ひて、人、此れを以て、尋〔ね〕獲〔る〕。先づ、沙土一把を撒く。則ち蟠(わだかま)りて動かず。叉(さすまた)を以つて、之れを取る。繩を用ひて懸け、※1刀(かつふり)を起こして、腹を破り、腸物〔(はらわた)〕を去り、則ち尾〔を〕反〔(そら)し〕、其の腹を洗〔ひ〕滌(すゝ)ぎ、竹を以て支〔へ〕定め、屈曲盤起〔して〕、紮-縛(くゝ)り、炕(あぶ)り乾かす。凡そ、蛇、死して目、皆、閉づ。惟だ蘄州より出づる白花蛇は、乾枯〔(ひから)〕びると雖も、目開きて陥(をちい[やぶちゃん注:ママ。])らず。故に「蘄蛇」を以つて、名を擅〔(もつぱら)〕にす。諸蛇の鼻は下に向かふ〔も〕、獨り、此の鼻は上を向かふ。背、花文、有り〔て〕、此れを以つて、名を得。喜〔(このん)〕で人の足を螫〔(さ)〕す。人の室屋の中に入りて、爛瓜〔(らんくわ)〕の氣(かざ)を作〔(な)〕す。之れに嚮(むか)ふべからず。之れ、須速〔(すみや)か〕に之れを辟-除〔(のぞ)〕く。

[やぶちゃん字注:※1=「蠡」+「刂」。]

   *

である。私は最終的に吻端が上に反り返っている形態から、クサリヘビ科のマムシ亜科ヒャッポダDeinagkistrodon acutus ではないかと踏んだ。その経緯及び語注は上記リンク先を見られたい。しかし、残念ながら、本種は卵生で、卵胎生ではないから、再同定が必要である。

「鱣魚(ふか)」「ふか」は大形のサメ類の俗称。特に関西地方以西で、かく呼称ことが多く、山陰地方では「ワニ」とも言う。生物学的には軟骨魚綱板鰓亜綱Elasmobranchiiに属する魚類の中で、原則として鰓裂が体側面に開くものの総称である(例外としてカスザメ目Squatiniformesの鰓孔は腹側から側面に開いている)。サメ類の中には卵胎生の種も確かにいるが、この言い方はちと無謀。「ジョーズ」で悪名高くなってしまったホオジロザメ軟骨魚綱板鰓亜綱ネズミザメ目ネズミザメ科ホホジロザメ属ホホジロザメ Carcharodon carcharias)・アオザメ(ネズミザメ科アオザメ属アオザメ Isurus oxyrinchus)・シロワニ(ネズミザメ目オオワニザメ科シロワニ属シロワニ Carcharias taurus:卵食性:胎児が母親の卵巣から産卵される未成熟の卵を食べて成長するタイプ)・ノコギリザメ(板鰓亜綱ノコギリザメ目ノコギリザメ科 Pristiophoridae)などが卵胎生である。

「鸖〔(つる)〕」「鶴」の異体字。

「雞〔(にはとり)〕の卵、山椒を忌む、誤りて一處に貯ふれば、則ち、盡(〔こと〕ごと)く腐爛す」んなことはないと思いますぜ、良安先生?

『「本綱」に云はく、『吉弔(きつてう)の膏〔(あぶら)〕……』これは「巻四十三」の「鱗之一龍類」の「弔」(=「吉弔」)の一節。「集解」の冒頭に、

   *

藏器曰、裴淵「廣州記」云、弔生嶺南、蛇頭龜身、水宿、亦木棲。其膏至輕利、以銅及瓦器盛之浸出。惟雞卵殻盛之不漏。其透物甚于醍醐。摩理毒腫大驗。頌曰、姚和衆「延齡至寶方」云、吉弔脂出福建州、甚難得。須以琉璃瓶盛之、更以樟木盒重貯之、不爾則透氣失去也。

   *

とある。吉弔は広東・広西地方にいるとされた、亀と龍がハイブリッド化したような水棲異獣で、龍蛇の仲間である。如何にも龍っぽい長い首と手足・尾などが、亀にそっくりな甲羅から突き出している。但し、甲羅は亀のそれとは異なり、鱗が何層にも重なっているものだと言う。時に人に捕獲されると、その血・肉・脂肪を練り合わせたものは腫れ物に効く薬となるとされた。私の「和漢三才圖會 卷第四十五 龍蛇部 龍類 蛇類」の「吉弔」を参照されたいが、訓読文の一部と挿絵の画像を示しておく。

   *

Kityou

「本綱」に、『吉弔は嶺南に生まる。龍、毎〔(つね)〕に二卵を生ず。一つは吉弔と爲る。蛇の頭、龜の身。水に宿し、亦、木に〔も〕棲む。』と。

弔脂(ちやうし) 毒腫を摩して大驗あり。又、聾を治す。毎日、半杏仁〔(はんきやうにん)〕ばかりを點じ入るれば、便(すなは)ち、差〔(さい)〕たり[やぶちゃん注:病気が治る。]。其の脂、至つて輕利、銅及び瓦器を以つて之れを盛るに、浸み出づ。惟だ鷄の卵(たまご)の殻(から)に之れを盛れば、漏れず。或いは、須(すべか)らく、瑠璃の瓶を以つて之れを盛り、更に樟(くす)の木の盒(はこ)を以つて重ねて、之れを貯ふべし。爾(しか)らざれば、則ち、氣を透し、失し去るや、醍醐〔(だいご)〕[やぶちゃん注:チーズ。]より甚だし。

   *

「盒(はこ)」香合。

「氣、透き、失去〔(しつきよ)する〕」蒸発して消失してしまう。

「琉璃〔(るり)〕」「硝子(ビドロ)」言わずもがな、、ポルトガル語「vidro」=「ビードロ」=「ガラス」のこと。]

和漢三才圖會卷第四十四 山禽類 鵼(ぬえ) (怪獣/鳴き声のモデルはトラツグミ)

 

Nue

 

ぬえ    鵺【俗】

 

【音空】

     【和名沼江】

 

倭名抄載唐韻云鵼恠鳥也按俗或用鵺字此鳥晝伏夜

出故然焉

白鵺 山海經云單張之山有鳥狀如雉而文首白翼黃

 足名曰白鵺

△按今世稱鵼者非恠鳥而洛東及處處深山多有之大

 如鳩黃赤色黑彪似鴟晝伏夜出木杪其觜上黒下

 黃鳴則後竅應之聲如曰休戯脚黃赤色也

 近衞院【仁平三年四月】有恠鳥毎夜鳴度殿上人皆謂鵺自是

 天皇有疾醫禱無驗於是命頼政射之【頼政源頼光之末參河守頼綱

 之孫兵庫頭仲正之子善弓馬達和歌之道】頼政立殿上待之時恠鳥鳴黑

 雲之間頼政的其聲發矢射落鵺於雲衢鳥悲鳴落殿

 上頼政之家臣【名猪早太】刺殺之天皇大悅賜御劔及官女

 【其女名菖蒲】

 

 

ぬえ    鵺【俗。】

 

【音、「空」。】

     【和名、「沼江」。】

 

「倭名抄」に「唐韻」を載せて云はく、『鵼は恠鳥〔(けてう)〕なり』〔と〕。按ずるに、俗に或いは「鵺」の字を用ふ。此の鳥、晝、伏し、夜、出づ。故に然り。

白鵺〔(はくや)〕 「山海經」に云はく、『單張の山に、鳥、有り。狀、雉のごとくして、文(あや)ある首、白き翼、黃なる足。名づけて「白鵺」と曰ふ』と。

△按ずるに、今の世に「鵼」と稱する者、恠鳥に非ずして、洛東及び處處の深山に多く之れ有り。大いさ、鳩のごとく、黃赤色。黑き彪(ふ)。鴟(とび)に似て、晝、伏し、夜、出でて、木の杪(こずへ[やぶちゃん注:ママ。])に〔(な)〕く。其の觜の上、黒く、下、黃なり。鳴くときは、則ち、後〔(しりへ)〕の竅〔(あな)〕、之れに應ず。聲、「休戯(きゆうひい[やぶちゃん注:ママ。])」と曰ふがごとし。脚、黃赤色なり。

近衞院【仁平三年[やぶちゃん注:一一五三年。]四月。】恠鳥〔(けてう)〕有り〔て〕、毎夜、鳴きて殿上〔(てんじやう)〕を度〔(わた)〕り、人皆〔(ひとみな)〕、「鵺」と謂ふ。是れより、天皇、疾〔(やまひ)〕有り、醫・禱、驗(しるし)無し。是れに於いて、頼政に命じて之れを射さしむ【頼政は源頼光の末、參河守〔(みかはのかみ)〕頼綱の孫、兵庫頭〔(ひやうごのかみ)〕仲正が子〔なり〕。弓馬を善くして、和歌の道〔にも〕達す。】。頼政、殿上に立ちて、之れを待つ時、恠鳥、黑雲〔(こくうん)〕の間〔(かん)〕に鳴く。頼政、其の聲を的(まと)にして、矢を發〔(はな)〕ち、鵺を雲の衢(ちまた)に射落す。鳥、悲鳴して、殿上に落ちる。頼政の家臣【猪早太(〔ゐ〕の〔(はやた)〕)と名づく。】、之れを刺殺す。天皇、大いに悅び、御劔〔(ぎよけん)〕及び官女を賜ふ【其の女を「菖蒲(あやめ)」と名づく。】。

[やぶちゃん注:ハイブリッドの怪鳥「鵺」については、さんざん、諸記事の注で語った。ここは、良安が紹介する「平家物語」の「巻第四 鵼(ぬえ)」の一節を注で電子化した「柴田宵曲 續妖異博物館 化鳥退治」をリンクさせておく(但し、頼政の退治した化け物は鵼の鳴き声に似ていただけで、実際に鳥ではないキマイラ系の物の怪である。詳しくはリンク先の私の注を見られたい)。夜に鳴く鳥とされ、「古事記」の「上つ巻」で、八千矛神(やちほこのかみ:大国主(おおくにぬし)の別名)が高志(こし)の国(現在の新潟県最西端の糸魚川市附近とされる)の沼河比売(ぬなかわひめ:奴奈川姫)のところに御幸(みゆき)された際の歌の中に、

   *

遠登賣能 那須夜伊多斗遠 淤曾夫良比 和何多多勢禮婆 比許豆良比 和何多多勢禮婆 阿遠夜麻邇 奴延波那伎奴

   *

孃子(をとめ)の 寢(な)すや板(いたと)を 押そぶらひ 吾(わ)が立たせれば 引こづらひ 吾が立たせれば 靑山に 鵺は鳴きぬ

   *

乙女の 寝ておられる板戸を 押し揺すぶり 私が立っていると 引きあけようと 私が立っていると 青い山に 鵺が鳴いている

   *

といった意味で(自敬表現は外して訳した)、夜鳴く「ぬえ」が登場し、「万葉集」でも、巻二の舒明天皇が讃岐国安益郡(現在の香川県綾歌(あやうた)郡)に行幸された際に従った軍王(いくさのおおきみ)が詠んだとされる長歌(五番)の一節に、

   *

霞立つ 長き春日の 暮れにける わづきも知らず 村肝(むらぎも)の 心を痛み 鵺子鳥(ぬえこどり) うらなけ居れば

   *

と出(「わづきも知らず」は未詳であるが、「わけも判らず」の意か。後の部分は「鵺の鳴くように、私が泣いていると」の意。「ぬえこどり」の原文は「奴要子鳥」である)、知られた巻五の山上憶良の「貧窮問答歌」(八九二番)の一節にやはり泣いていることの隠喩で、

   *

父母は 枕の方に 妻子(めこ)どもは足の方に 圍み居(ゐ)て 憂へ吟(さまよ)ひ 竈(かまど)には 火氣(ほけ)吹き立てず 甑(こしき)には 蜘蛛(くも)の巢懸(か)きて 飯炊(いひかし)く 事も忘れて 鵺鳥(ぬえどり)の 呻吟(のどよ)ひ居(を)るに

   *

と出(「甑」は飯を蒸す道具。「鵺鳥」の原文は「古事記」と同じ「奴延鳥」)、「万葉集」全体で「鵺」と同定出来るものが登場するのは六首ある。この鳴き声の鳥は、概ね、本邦では、古来、鳩ほどの大きさで、黄赤色をした鳥とされていたようだが、現在では、

ズズメ目ツグミ科トラツグミ属トラツグミ Zoothera dauma

に同定するのが定説である。ウィキの「トラツグミ」によれば、『学名の内種名のdaumaはインドの部族名に因んでつけられたもの』という。『シベリア東南部から中国東北部、朝鮮半島などで繁殖し、冬季はインド東部からインドシナ半島、フィリピンなどに渡りをおこない越冬する。オーストラリア、ニュージーランドにも分布している』。『日本では留鳥または漂鳥として周年生息し、本州、四国、九州の低山から亜高山帯で繁殖する。北海道には、夏鳥として渡来する』。『体長は』三十センチメートル『ほどでヒヨドリ並みの大きさ。頭部から腰までや翼などの体表は、黄褐色で黒い鱗状の斑が密にある。体の下面は白っぽい。嘴は黒く、脚は肉色である。雌雄同色である』。『主に丘陵地や低山の広葉樹林に好んで生息するが、林の多い公園などでも観察されることがある。積雪の多い地方にいるものは、冬は暖地へ移動する』。『食性は雑食。雑木林などの地面で、積もる落ち葉などをかき分けながら歩き、土中のミミズや昆虫類などを捕食することが多い。冬季には、木の実も食べる』。『繁殖形態は卵生。木の枝の上に、コケ類や枯れ枝で椀状の巣を作り、4-7月に3-5卵を産む』。『さえずりは「ヒィー、ヒィー」「ヒョー、ヒョー」。地鳴きは「ガッ」。主に夜間に鳴くが、雨天や曇っている時には日中でも鳴いていることがある』(You Tube Shoh MafuneMafuo Production氏の「トラツグミの鳴き声」(音声のみ)をリンクさせておく。鳥体はグーグル画像検索「トラツグミ」を見られたい。山登りをして、テントで寝ている最中に、この鳴き声を聴くと、しかし、確かにキビ悪いことは事実である。)。『森の中で夜中に細い声で鳴くため鵺(ぬえ)または鵺鳥(ぬえどり)とも呼ばれ、気味悪がられることがあった。「鵺鳥の」は「うらなけ」「片恋づま」「のどよふ」という悲しげな言葉の枕詞となっている。トラツグミの声で鳴くとされた架空の動物は』、『その名を奪って』、『鵺と呼ばれ』、『今ではそちらの方が有名となってしまった』(ちょっと可哀そうだね。鳥自身は可愛いんだけどなぁ)。本邦には、

本亜種トラツグミ Zoothera dauma aurea

の他に、

オオトラツグミ Zoothera dauma major (奄美大島に棲息。天然記念物で絶滅危惧類(VU)及び国内希少野生動植物種(「種の保存法」)に指定されている。尾羽の枚数、囀りが異なるため、本亜種とは別種とする説もある)

コトラツグミ Zoothera dauma horsfieldi(西表島の他、台湾にかけて棲息。生態は殆んど知られておらず、生きている個体を見た者はいないとも言われている。但し、死体標本は国立科学博物館筑波研究施設に保管されている)

がいる。良安は「鵼」は実在しており、京都の東の山林や日本各地の深山に多くいる、と言っているのだから、トラツグミと考えてよい

 

『「倭名抄」に「唐韻」を載せて云はく、『鵼は恠鳥〔(けてう)〕なり』〔と〕』巻十八の「羽族部第二十八 羽族名第二百三十一に、

   *

 「唐韻」云、『鵼』【音「空」。「漢語抄」云『沼江』。】。恠鳥也。

   *

「此の鳥、晝、伏し、夜、出づ。故に然り」昼間は隠れていて、夜になると、出現する。だからかく「鵺」という字を用いる、の意。

「白鵺〔(はくや)〕」「山海経」の「北山経」に、

   *

又北百八十里、曰單張之山、其上無草木。有獸焉、其狀如豹而長尾、人首而牛耳、一目、名曰諸犍、善吒、行則衘其尾、居則蟠其尾。有鳥焉、其狀如雉、而文首、白翼、黃足、名曰白鵺、食之已嗌痛、可以已。櫟水出焉、而南流注于杠水。

   *

とあり、中国の「鵺」はキジに似た実在する(した)鳥を指すようだ。同じものとして我々が使っている「鵼」は、中国では、しかし、あくまで怪鳥の意である。さすれば、「鵺」はトラツグミ辺りがモデルで(遠目で見ると、雌のキジの小さな感じと言えなくもない)、「鵼」は幻想上の怪鳥とすべきであろうか。

「杪」この場合は「梢(こずえ)」に同じい。

〔(な)〕く」既出。夜に鳴く、の意。

「後〔(しりへ)〕の竅〔(あな)〕」尻の穴。鳥の総排泄腔。

「之れに應ず」鳴くに伴って、その尻の穴を開いたり、窄(すぼ)めたりする、ということ。

「休戯(きゆうひい[やぶちゃん注:ママ。])」「戯」を「ひい」と読むのは初見。現代中国語では「」(シィー)でかなり近いから、中国音か?

「醫・禱」医術や祈祷。

「頼政」源頼政(長治元(一一〇四)年~治承四(一一八〇)年)。「柴田宵曲 續妖異博物館 化鳥退治」の私の「源三位賴政」の注を参照。

「源頼光」(天暦二(九四八)年~治安元(一〇二一)年)は平安中期の武将。満仲の長男。摂関家藤原氏と結び、左馬権頭(さまのごんのかみ)となった。弓術にすぐれ、大江山の酒呑童子退治の伝説で知られる。

「參河守〔(みかはのかみ)〕頼綱」(万寿元(一〇二四)年~永長二(一〇九七)年) 平安中・後期の武士で官僚。源頼光の孫。下総守・三河守。承暦(じょうりゃく)三()年の比叡山僧徒の強訴を鎮圧したことで知られる。、曽祖父満仲(多田満仲)以来の由緒ある名乗りである「多田」を家号とし、多田頼綱とも名乗った。歌人としても知られ、「六条斎院歌合」などに参加しており、「後拾遺和歌集」などの勅撰集に採録されている。

「兵庫頭〔(ひやうごのかみ)〕仲正」これは源仲政(生没年未詳)の誤り。平安後期の武将で歌人。馬場仲政とも称した。源頼綱の次男で、官位は従四位下・下野守。

「其の聲を的(まと)にして」その声を頼りに。その声のするところを目がけて。

「雲の衢(ちまた)」この場合の「ちまた」は「物事の境目・分かれ目」の意で、雲の切れているところの意。

「猪早太(〔ゐ〕の〔(はやた)〕)」ウィキの「猪早太」を引く。『生没年不詳』の平安末期の武将。「井早太」「猪隼太」「猪野早太」『などとも表記する。源頼政に郎党として仕えた。遠江国猪鼻湖』(いのはなこ:浜名湖の支湖。大崎半島で浜名湖と仕切られ、幅百二十メートルの瀬戸水道で浜名湖に通じている。ここ(グーグル・マップ・データ))『西岸』『(現在の静岡県浜松市北区三ヶ日町)、または近江国猪鼻』『(現在の滋賀県甲賀市土山町猪鼻』(こうかしいつちやまちょういのはな:ここ(グーグル・マップ・データ))『)を領したことから猪鼻を苗字としたという。また、多田源氏で』、『父は太田伊豆八郎広政(廣政)といい、名は高直であったともされる』、『(後年の浮世絵などでは名を広直(廣直)あるいは忠澄とするものも見られる。)』「播磨鑑」(江戸中期の地誌。著者は播磨国印南郡平津村(現在の兵庫県加古川市米田町平津)の医師で暦算家でもあった平野庸脩(ようしゅう)であるが、完成時期は不明)では、『頼政の知行地であった播磨国野村の』生れとする。「平家物語」等に見える、この『頼政の鵺(鵼)退治の際にただ一人随行し、頼政が射落とした鵺にとどめを刺した、という伝説で著名』で、「源平盛衰記」によれば、この時、『早太が用いた刀は、頼政が彼に預けた短刀「骨食」』(ほねくい/ほねかみ)『である。また、とどめを刺すに当たっては「喉を一突きにした」、「九回刺した」など異同がある』。『なお、江戸時代後期の儒者・志賀理斎(忍)は著書』「理斎随筆」に『おいて、鵺退治伝説は頼政がまじないのため』、『四方に鏑矢を放ったのが実態である(いわゆる奉射神事)とした上で、猪早太の名と鵺のいわゆる』「頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎(異同もある)」『という奇怪な姿とを関連付け、それぞれ「頭が猿=未申(南西)」「尾が蛇=辰巳(南東)」「手足が虎=丑寅(北東)」「猪早太=戌亥(北西)」を意味するとし、方角を埋め合わせるため彼の名を入れた、という推察を行っている』(下線太字は私が附した)。『事跡については上記の鵺退治伝説のほかは特に記載されたものはなく、実在を疑う見方もある』。なお、治承四(一一八〇)年の以仁王の挙兵とその敗退を以って、『頼政が自害した後の猪早太の動向については、以下のように全国各地に伝承がある』。『愛媛県上浮穴郡久万高原町中津では、早太が頼政の位牌を奉じて同地に潜伏し、大寂寺に安置したといわれ、早太が植えたとされる大杉、早太のものとされる墓も残る』。『広島県東広島市西条町御薗宇では、早太が頼政の側室・菖蒲前およびその子とともにこの地に逃れ、「勝谷右京」と名を改め、菖蒲前が頼政供養のため開基した観現寺を守り』、建保四(一二一六)年に八十四歳で『没したと伝わり、早太(隼太)の墓とされる宝匡印塔が同寺に残る(市重要文化財となっている)』。『三重県名張市箕面中村の伝承においては、同地にて平家の追手に討たれ、村人により埋葬されたとされる』。『岐阜県関市春近古市場南屋敷の県道高富関線沿いにも猪早太の墓とされる五輪塔が残る。伝承では頼政の自害の後、その首級を背負って』、『同市千疋植野の蓮華寺に葬った後、この地に居住したとされる』。『兵庫県西脇市野村町のJR加古川線の西脇市駅構内の隣地にも「猪早太供養碑」がある。猪早太の末裔によって建てられ、現在もその一族により供養が続けられている』。『このほか、曲亭馬琴も自らの先祖として猪早太に強い関心を抱いていた』とある。馬琴の先祖とは、面白い!

「菖蒲(あやめ)」ウィキの「香道」の夏に行われる組香の一つである「菖蒲香(あやめこう)」についての由来によれば、『鳥羽院の女房に菖蒲前という美人がおり、頼政は一目ぼれをしてしまう。頼政は菖蒲前に手紙をしばしば送るが、返事はもらえなかった。そうこうしているうちに三年が経過し、このことが鳥羽院に知られてしまう。鳥羽院は菖蒲前に事情を聞くが、顔を赤らめるだけではっきりとした返事は得られない。そこで、頼政を召し、菖蒲前が大変美しいというだけで慕っているのではないか、本当に思いを寄せているのかを試したいと発願する』。『そこで、菖蒲前と年恰好、容貌がよく似ている女二人に同じ着物を着せ、頼政に菖蒲前を見分けて二人で退出するように申し付けた。頼政は、どうして院の御寵愛の女を申し出ることができようか、ちょっと顔を見ただけなのに見分ける自信がない。もし間違えれば、おかしなことになり、当座の恥どころか末代まで笑いものになってしまうと困って躊躇していると、院から再び仰せがあったので、「五月雨に沼の石垣水こえて何かあやめ引きぞわづらふ」という歌を院に奉る』。『院はこれに感心し、菖蒲前を頼政に引き渡』した、という別ヴァージョンの話が載る。菖蒲御前については、個人ブログ「安芸・石見地方神楽紀行」の「源頼政側室 菖蒲御前(あやめの前)東広島西条・伝説地紀行【前篇】」及び「後篇」が怖ろしく詳細に書かれてある。必見!

和漢三才圖會卷第四十四 山禽類 命命鳥(めいめいちやう) (仏典に登場する双頭の幻鳥)

 

Meimeityou

 

めいめいちやう[やぶちゃん注:ママ。]

        生生鳥

        共命鳥

 

命命鳥

 

雜寶藏經云昔雪山中有共命鳥一身二頭一頭常食美

果欲使身得安穩一頭便生嫉妬之心而作是言彼常云

何食好美果我不曾得卽取毒果食之便二頭俱死蓋比

之釋迦與婆涅槃經云如命命鳥見雄者舞便得身

△按經説多譬諭而形狀未詳然命命鳥普所稱故記之

 

 

めいめいちやう 生生鳥〔(しやうしやうてう)〕

        共命鳥〔(ぐみやうてう)〕

 

命命鳥

 

「雜寶藏經」に云はく、『昔(〔むか〕し)、雪山の中に共命鳥、有り。一身・二頭にして、一頭は常に美果を食ひ、身をして安穩を得んことを欲し、一頭は、便〔(すなは)〕ち、嫉妬(しつと)の心を生じて、是れ、言〔(げん)〕を作(な)す。「彼(〔か〕れ)[やぶちゃん注:二人称代名詞。お前。]、常に云ふ、『何んか[やぶちゃん注:ママ。読み不詳。「なんか」でいいのか?]、好〔(よ)〕き美果を食〔はん』と〕。我〔(われ)〕、曾つて得ず」と。卽ち、毒果を取り、之れを食はしむ。便〔(すなは)〕ち、二頭、俱〔(とも)〕に死す』〔と〕。蓋し、之れ、釋迦と提婆〔(でいば)〕とに比〔(ひ)〕ゆ。「涅槃經」に云はく、『命命鳥、雄の者の舞ふを見て、便ち、身(はら)むを得るがごとし』と。

△按ずるに、經説、多くは譬諭〔(ひゆ)〕にして、形狀、未だ詳らかならず。然〔(しか)〕るに、命命鳥は、普〔(あまね)〕く稱する所なる故に、之〔(ここ)〕に記す。

[やぶちゃん注:まず、鳥名の読みから躓いた。辞書を引くと、「命命鳥」は「めいめいてう」もあるが、見よ見出しで、「みょうみょうちょう」(歴史的仮名遣「みやうみやうてう」)とする。「共命鳥」は振った通りで現代仮名遣では「ぐみょうちょう」だ。「大辞泉」を引くと、梵語「jīvam-jīvaka」の漢訳語で、元は「耆波耆波」と音写したとある(音なら「キハキハ」か「シハシハ」(後者か)。現代中国音では「qí bō」(チィー・ポォー))。総てが仏典由来であるから、だったら、と思って「生生鳥」には敢えて「しやうしやうてう」と振った。確かに、「命命鳥」も「みょうみょうちょう」であろうなぁ、とは思った。恐らく、真正面からこの鳥に取り組んで書いてあるのは、浄土真宗本願寺派総合研究所公式サイト例話の紹介/)共命の鳥だろう

   《引用開始》[やぶちゃん注:行空けは詰め、段落の頭は一字下げた。]

 提婆達多は釈尊から仏法を聞きながら、釈尊に対して怨みを抱いていました。このことに疑問を持った弟子達は、「素晴らしい利益を得る仏法を聞きながら、何故、提婆達多は釈尊に怨みを抱くのですか?」と釈尊に尋ねられます。この質問に対し、釈尊は「このことは今に始まった事ではない」といわれ、お話になられたのが以下の共命鳥の話です。

 昔、雪山の麓に身体は一つ、頭が二つの二頭鳥がいました。一頭の名前をカルダ、もう一頭の名前をウバカルダといい、一頭が目覚めている時、もう一頭は眠っています。ある時、カルダは眠っているウバカルダに黙って、たまたまあった摩頭迦という果樹の花を食べます。摩頭迦の花を食べることは、二頭ともに利益があると思ったからです。しかし、ウバカルダは目を覚ました後、黙って食べられた事に対し腹を立てて憎悪の思いを起すのでした。

 またある時、二頭が飛び回っていると、今度は毒花に遭遇します。憎悪の思いを抱いているウバカルダは思います。「この毒花を食べて、二頭ともに死んでしまおう」と。そしてウバカルダはカルダを眠らせ、自ら毒花を食べてしまいます。眠りから覚めたカルダは瀕死の状態のなか、ウバカルダにいいます。「昔、お互いに利益があると思って摩頭迦の花を食べたことに対し、あなたはかえって憎悪の思いを起しました。まことに瞋恚や愚癡というものに利益はありません。この様な愚かな心は、自らを傷つけ、他人をも傷つけてしまうからです」

 そして釈尊は弟子達に、続けて次の様にもいわれました。

 この摩頭迦の美花を食べたカルダが私であり、毒花を食べたウバカルダが提婆達多です。私があの時、利益をなしたのにも関らず、提婆達多はかえって憎悪の思いを起したのです。そして今もなお、提婆達多は私が仏法の利益を教えても、かえって私に怨みの心を抱いているのです。

    《引用終了》

以下、「補足」の項では、この例話が「仏本行集経」や良安が引く「雑宝蔵経」(全十巻。北魏(三八六年~五三四年)の吉迦夜(きつかや)と曇曜(どんよう)との共訳。多くの因縁物語や譬喩物語を収めた経で、釈迦に関する話の他、カニシカ王(インドのクシャーナ朝最盛期の王。その即位年代については諸説あるが、二世紀前半とする説が有力。ガンガー川中流域からデカン高原・中央アジアの東トルキスタンに及ぶ領域を支配した。仏教を保護し、第四回の仏典結集を行ったと伝える)やミリンダ王(メナンドロス(Menandros)王紀元前二世紀後半頃にアフガニスタン(カブール川流域)・インド(パンジャブ地方。ジャムナ川流域)を支配したギリシア人の王。彼の名を刻んだ貨幣はインドを支配したギリシア人諸王の中で最も多量かつ広範囲に発見されており、かなりの勢力のあったことが知られ、仏典「ミリンダ王の問い」には仏教徒となったことが記されてある)の物語もあり、「日本霊異記」「今昔物語集」などに影響を与えている)に説かれているとし、『「共命鳥」は「命命鳥」ともいい、美声を発し、人面禽形で、身に両頭をもつといわれる鳥です』(太字下線は私が附した。良安のそれとは異なる)。『インド北部の山地に住む雉子の一種ともいわれています』(幻想鳥の解説なのか、実在モデル種の指摘か不明。文脈からは前者)。また、「阿弥陀経」にあっては、『浄土で仏法を説く六鳥の一つとして、「共命鳥」の名が挙げられています』ともある。例話に出る『「摩頭迦」(Madhuka)は』、「仏本行集経」『では「美華」と訳されていますが、「美果」・「末度迦」とも訳されるアカテツ科の高木です』。「倶舍論」『には「末度迦の種より末度迦の果を生ず、其の味、極美なり」』『と説明されています』とあり、良安の出す提婆(「だいば」とも読む)、「提婆達多(でいばだった/だいばだった)」については、『釈尊の従弟で阿難の兄といわれています。提婆達多は釈尊の弟子となりましたが、後に背いて』、『五百人の弟子を率いて独立を企てました。また、阿闍世をそそのかして父王を死に至らせ、ついで釈尊をも害して教権を握ろうとしましたが』、『失敗し、生きながら地獄に堕ちたと伝えられています』とある。一方、同じ本願寺派の奈良市上三条町にある淨教寺法話「浄土の六鳥(ろくちょう)・共命鳥(ぐみょうちょう)共命ぐみょうの鳥とりのはなしでは、

   《引用開始》[やぶちゃん注:段落の頭は一字下げた。]

 また、この一つの身体に二つの頭という共命(ぐみょう)の鳥(とり)に関しては、一説によると、極楽浄土に生まれる前、すなわち前世では大変、仲が悪かったと言われています。

 片方の頭が「右へ行きたい」と言えば、もう一方の頭は、「いや私は左へいきたい」と言い、片方の頭が「もっと遊びたい」と言えば、もう一方の頭は「いや、もう遊ぶのは飽きた、休みたい」というように、事あるごとに意見が衝突していました。

 身体が別々であれば、さして問題にならないのですが、身体が一つですから、当然そこで大喧嘩が起こります。

 こうして毎日毎日、言い争いをしていたのですが、ある日、とうとうその喧嘩が高じて、片方の頭が相手の頭に毒の実を食べさせました。

 ところが身体が一つですから、両方ともに命を落としてしまう羽目になったのです。

 その命を落とす寸前に、その毒の実を食べさせた頭が、大切なことに気付き慚愧しました。

「これまで私はわがままを言いながらも、何とか元気で来られたのは、あなたがいてくれたからだった。」「この私の命はあなたの命の上に出来上がっていたのだ。」ということに気付いたのです。これを、「縁起の道理」と言います。このことによって極楽浄土に生まれたということです。

   《引用終了》

と、ハッピー・エンドとなっている。

 

「涅槃經」「大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)」のこと。原典は失われ、北涼(五胡十六国時代に三九七年から四三九年まで甘粛省に存在した国)の曇無讖(どんむせん)訳の四十巻本(北本)と、これを慧観(えかん)・慧厳が校合修正した三十六巻本(南本)とがある。釈迦の入滅前に説いた教説、「一切衆生には総て仏性が備わり、その仏性を持つものは成仏出来る」と説く。

「普〔(あまね)〕く稱する所なる故に」仏典に記され、説話にも語られて広く名前の知られている鳥であるので。]

和漢三才圖會卷第四十四 山禽類 風鳥(ふうちやう) (フウチョウ)

 

Huutyou

 

ふうちやう

 

風鳥

 

△近來來番舶風鳥狀類烏鳳【三光鳥】而頭黃頰頷黒背翅

 及腹紫黒色脚如鼠而尾上紫下黃似亂芒穗毎不棲

 林木居巖洞而不能飛有風則乘風飛舞無食餌向風

 開口吸氣此亦未見活者巧手以美羽造成且譎

 其行勢者乎

 

 

ふうちやう

 

風鳥

 

△近來(〔ちか〕ごろ)、番〔→蕃〕舶〔(ばんはく)〕に〔て〕來たる。風鳥、狀〔(かた)〕ち、烏鳳〔(うほう)〕に類す【三光鳥。】而〔して〕、頭、黃。頰・頷〔(あご)〕、黒。背・翅及び腹、紫黒色。脚は鼠のごとくにして、尾は、上、紫、下、黃にして、亂れたる芒(すゝき)の穗(ほ)に似たり。毎〔(つね)〕に林木に棲まず、巖洞〔(がんどう)〕に居りて、飛ぶこと、能はず。風有れば、則ち、風に乘り、飛び舞ふ。食餌〔すること〕無し。風に向ひて口を開きて、氣を吸ふ云云〔(うんぬん)〕。此れも亦、未だ活きたる者を見ず。巧手〔(こうしゆ)〕、美しき羽を以つて、造成して、且(そのう)へ、其の行-勢(ありさま)を譎(いつは)りく者か。

[やぶちゃん注: 「比翼鳥」の注で出した、ニューギニア島を中心とし、周辺の島々とオーストラリア東部に約四十種が分布する、

スズメ目スズメ亜目カラス上科フウチョウ(風鳥)科 Paradisaeidae のフウチョウ類

(前に述べた通り、「ゴクラクチョウ」の異名総称があるが、これは標準和名ではない)の総称である。良安は舶来の剥製品を見、その羽のあまりの煌びやかさから、前の比翼鳥同様、完全な人造捏造物と推定しているが、これに関しては実在する鳥である。小学館「日本大百科全書」の「ふうちょう/風鳥/bird-of-paradise」によれば、『ゴクラクチョウ(極楽鳥)の名で有名なこの類は、羽色や飾り羽と繁殖習性の点で非常に多様であるが、そのほかの点では互いにあまり違いがない。すべて森林の樹上性で、一部の種の繁殖に関する集まり以外は』、『単独か』、『つがいで生活し、小果実を主食とするが、昆虫やアマガエルやトカゲも食べる雑食性の鳥である。体の大きさはスズメ大からカケス大であるが、尾羽が非常に長くて全長』一『メートルに達する種もある。なお、ゴクラクチョウの語は、狭義にオオフウチョウ類だけをさす場合や、ニワシドリ類を含めて広義に使われたりすることもある』。『この類は全長』十三~一メートル十五センチメートルで、約四十種のうち、凡そ五分の一は、『全身黒色で』、『飾り羽などをもたず、雌雄同色で一雌一雄で繁殖し、雄も育雛(いくすう)をする。これらの点で』は、『ほかの多くの鳥と異ならない。しかし、残る』五分の四は『雌雄異色で、雌は』地味『な羽色であるが、雄はそれぞれ独特な飾り羽を頭部、頸』『部、胸側部などにもち、また長い尾(ときに中央尾羽のみ)や肉垂れをもつものもあり、大半の種では雌に比べて著しくはでな羽色をしている。このなかでは』フウチョウ科フウチョウ属コフウチョウ Paradisaea minor (小風鳥。羽衣が海老茶色を呈し、黄色い冠羽、背面は褐色がかった黄色。の喉はエメラルド・グリーンで、脇には黄色い飾り羽を有し、尾羽は針金のように伸びている。の頭部は暗褐色で、下面は白っぽい色をしている。英名 Lesser Bird of Paradiseグーグル画像検索「現英名 Lesser Bird of Paradiseをリンクさせておく。私が幼少期に短期間住んでいた親戚の家にはこの鳥の大きな剥製があった)『などフウチョウ属の鳥がもっとも華麗でよく知られている。これらの種の雄は、現在知られている限りでは、繁殖期になるとそれぞれ一定のよく目だつ枝を占有したり、こずえの葉をむしって裸の枝をつくったり、地表の落ち葉やコケを清掃して径』二~三『メートルの地面を裸出させたりして』、『踊り場をつくり、そこで長期間にわたり』、『大声で鳴く。そしてそこに雌がやってくると』、『さまざまなポーズで踊り、ディスプレーをする。雌はこれらの踊り場を次々に訪問して気に入った相手を探し、また雄は次々に訪れる雌を相手にするので、雌雄関係は乱婚的である。雌は交尾後に単独で巣をつくって雛』『を育て、雄はそれをいっさい』、『手助けしない。雄の踊り場は普通は互いに声の聞こえる程度に離れているが、かなり近くに集まっている種もあり、オオフウチョウ』フウチョウ属オオフウチョウ Paradisaea apoda(英名Greater Bird-of-paradise:本邦では本種を狭義に「極楽鳥」と呼ぶことがあるようであるグーグル画像検索「Greater Bird-of-paradiseをリンクさせておく)『では』一『本の大きな木のこずえに十数羽の雄の踊り場が集まっていることがある』。十六世紀の『ヨーロッパ社会に』、『初めてオオフウチョウ』『がもたらされたとき、それは交易用に足をとった標本であった。そこで、この鳥は』、『生涯』、『枝に止まることなく』、『風にのって飛んでいるという、聖書の「天国の鳥」であると考えられた。これが欧名の由来であり、風鳥、極楽鳥という和名はこの欧名に由来する。フウチョウ類の美しい飾り羽は、その後欧米人に装飾として珍重され、欧米への輸出は』一九〇〇『年前後の最盛期には年間』八『万羽以上に上った。しかし』一九一〇『年代以降』、『各国が次々に輸入を禁止し、現在では産地からの輸出と原住民以外の狩猟も禁止されている』とある。なお、ウィキの「フウウチョウ科」の「系統と分類」によれば、『カラス上科の中でフウチョウ科など』七『科が単系統を形成するが、それらの系統関係は不確実で』、『フウチョウ科・モズ科 Laniidae・オオツチスドリ科 Corcoracidae が単系統を』成すとする説、『もしくはフウチョウ科とカササギヒタキ科 Monarchidae が近縁である(ただしモズ科はサンプリングされていない)』『とする説がある』とあり、『フウチョウ科は』五『つの系統に別れ、基底から順に』Clade AからEまでの仮称がなされてある(「クレード」は「分岐群」の意)。詳しい分岐と属と種はリンク先を見られたい。各種フウチョウ生態動画サイト「WIRED華麗なる、極楽鳥たちの世界

 

「近來(ちかごろ)、蕃舶にて來たる」既注であるが、再掲しておくと、近年、南蛮貿易に於ける異国からの貿易船が、本邦に多数(雌雄をかく良安が正確に観察出来るのはかなりの量のそれが流入したことを物語っている)の「風鳥」の剥製を齎(もたら)している、というのである。

「烏鳳(うほう)に類す【三光鳥。】」ここは鳥体から、現行がその正式和名である、スズメ目カササギヒタキ科サンコウチョウ属サンコウチョウ Terpsiphone atrocaudata と採ってよい(グーグル画像検索「Terpsiphone atrocaudata)。以前に述べたが、本邦ではその鳴き声を「月日星(つきひほし)」とオノマトペイアすることから、スズメ目アトリ科イカル属イカル Eophona personata をも「三光鳥」と呼ぶことが普及してしまっているが、逆立ちしても良安がイカルのことを言っているとは思われない。イカルを知らぬ方は、グーグル画像検索「Eophona personataを、どうぞ。

「亂れたる芒(すゝき)の穗(ほ)に似たり」この表現、言い得て妙と思う。

「毎〔(つね)〕に林木に棲まず、巖洞〔(がんどう)〕に居りて、飛ぶこと、能はず」風に合わせた、まさにデッチアゲの風説である。

「食餌〔すること〕無し。風に向ひて口を開きて、氣を吸ふ」同前。昆虫食をするが、思うに、それほど上手く飛ぶようには思われないから、ヨタカのように飛翔して口を開けて昆虫を捕食するようには思われない。流石に良安先生も、「其の行-勢(ありさま)」(生態)「を譎(いつは)り」(「偽る」に同じ)「く者か」と眉に唾しておられる。鳥体捏造は外れですが、この後半部の指摘は確かに正鵠を射ておられます! 先生!]

2019/02/03

和漢三才圖會卷第四十四 山禽類 比翼鳥(ひよくのとり) (雌雄で一体の幻鳥・捏造剥製はフウチョウを使用)

 

Hiyokunotori

 

ひよくのとり

 

比翼鳥

 

ヒイ イツ

 

三才圖會云南方有比翼鳥不比不飛謂之鶼鶼似鳬而

青赤色一目一翼相得乃飛王者有孝德而幽遠則至

拾遺記云比翼鳥多力狀如鵲啣南海之丹沉巢崑岑之

玄木遇聖則來集以表周公輔聖之祥異也

△按比翼鳥本出爾雅而宋書亦謂王者德高至其

 如是則亞于鸞鳳者矣廣博物志云有鳥狀如鳬而一

 翼一目相得乃飛名曰蠻蠻見則天下大水如此則非

 瑞鳥而共希有之物也近來比翼鳥來於番舶有雌雄

 其雄頭淡赤腹背深紅翅蒼帶赤尾長一尺餘如絲其

 瑞卷曲作蕨之茁形觜黃脚蒼爪黃雌頸紅胸黑背腹

 灰白尾短而卷曲羽毛美麗可愛然未見生者疑此造

 成者矣

 

 

ひよくのとり

 

比翼鳥

 

ヒイ イツ

 

「三才圖會」に云はく、『南方、比翼の鳥、有り。比〔(ひ〕〕せずば[やぶちゃん注:並んでいないと。]、飛ばず。之れを「鶼鶼〔(けんけん)〕」と謂ふ。鳬〔(かも)〕に似て、青赤色。一目・一翼。相ひ得て、乃〔(すなは)〕ち、飛ぶ。王〔たる〕者、孝德有りて幽遠なれば、則ち、至る』〔と〕。「拾遺記」に云はく、『比翼の鳥、多力〔なり〕。狀、鵲〔(かささぎ)〕のごとく、南海の丹沉を啣〔(くは)〕へて、崑岑の玄木〔(げんぼく)〕に巢(すく)ふ。聖に遇へば、則ち、來〔たり〕集〔(つど)ひ〕、以つて、周公輔聖〔(しゆうこうほせい)〕の祥異〔(しやうい)〕を表はす』〔と〕。

△按ずるに、比翼の鳥、本〔(もと)は〕「爾雅」に出づ。而〔して〕「宋書〔(そうじよ)〕」に亦、謂ふ、『王〔たる〕者、德、高きときは至る』と。其れ、是くのごとく、則ち、鸞・鳳に亞(つ)ぐ者なり。「廣博物志」に云はく、『鳥、有り、狀、鳬のごとくにして、一翼・一目。相ひ得て、乃ち、飛ぶ。名づけて「蠻蠻〔(ばんばん)〕」と曰ふ。見るときは、則ち、天下、大水〔す〕』といへり。此くのごとくなれば、則ち、瑞鳥に非らず。而〔(しか)れど〕も、共に希有の物なり。近來、比翼の鳥、番〔→蕃〕舶〔(ばんはく)〕[やぶちゃん注:南蛮の貿易船。]より來たる。雌雄有り。其の雄、頭、淡赤。腹・背、深紅。翅、蒼くして赤を帶ぶ。尾の長さ、一尺餘り、絲のごとし。其の瑞(はし)、卷〔き〕曲〔りて〕、蕨〔(わらび)〕の茁(もへいづ[やぶちゃん注:ママ。])る形を作〔(な)〕し、觜、黃。脚、蒼く、爪、黃なり。雌は、頸、紅く、胸、黑く、背・腹、灰白。尾、短くして、卷曲〔(くわんきよく)〕なり。羽毛、美麗〔にして〕愛すべし。然〔(しか)れど〕も、未だ生ける者を見ず。疑ふらくは此れ、造成す〔る〕者(もの)か。

[やぶちゃん注:ああ、遂に出た! 大好きな白居易の「長恨歌」のコーダに出る、比翼の鳥だ!

   *

臨別慇懃重寄詞

詞中有誓兩心知

七月七日長生殿

夜半無人私語時

在天願作比翼鳥

在地願爲連理枝

天長地久有時盡

此恨綿綿無

   *

別れに臨みて 慇懃(いんぎん)に重ねて 詞(ことば)を寄す

詞中(しちゆう) 誓ひ有り 兩心のみ 知る

七月七日(しちぐわつなぬか) 長生殿

夜半 人無く 私語(しご)の時

「天に在りては 願はくは比翼の鳥と作(な)り

 地に在りては 願はくは連理(れんり)の枝(えだ)と爲(な)らん」と

天長く 地久しきも 時有りて 盡(つ)く

此の恨みは 綿綿として ゆるの期(とき) 無からん

   *

別れぎわに、懇(ねんご)ろに歌をことづける。 そこには二人だけが知っている秘密の誓いが……。 「七月七日(しちがつなぬか)、長生殿、

 夜更け、二人きりの語らいの時、

 『天にあっては願わくは比翼(ひよく)の鳥となり、

  地にあっては願わくは連理(れんり)の枝(えだ)となりましょう。』と。

――天地は永く続くとはいえ、いつかは、必ず、消え去ってしまう――

――しかし――この恨みは――永遠に――尽きることはない――

   *

高校時代を思い出される方もおられようから、「長恨歌」原詩全文(新たに正字で起したもの)と全オリジナル訓読及びオリジナル訳(私の二十代の終りの漢文授業用の拙訳)は、先程、午前中、この注のためにこちらにアップしておいた

 さて、ここに語られている「比翼鳥」は無論、架空の妖鳥である。しかし、辞書を引くと判るが、この「ヒヨクドリ」を標準和名とする種は実在する。

スズメ目スズメ亜目カラス上科フウチョウ(風鳥)科 Paradisaeidae の内、「Clade A」(「クレード」は「分岐群」)を除く「core birdsofparadise」の中の四つのクレードの内の「Clade E に属するCicinnurus 属ヒヨクドリCicinnurus regius(英名:King Birdofparadise

である。ニューギニア産で、体長は十六センチメートルほどと小型、
は背面と喉が光沢のある赤紅色を呈し、腹部は白、胸に緑の横帯があり、胸には扇形の飾り羽があり、二本の針金状の長い尾を持つ美しい鳥で、英語では「living gem」(「生きている宝石」)とまで呼ばれる。樹洞に営巣する。亜種六種がいる。英文ウィキの「King bird-of-paradise画像をリンクさせておくフウチョウ(風鳥)類は日本ではゴクラクチョウ(極楽鳥)の別名総称でとみに知られるが、「ゴクラクチョウ」は正式な和名ではないので注意されたい。なお、次項が、その「風鳥」である。

 

『「三才圖會」に云はく……ここ(左頁に図)と、ここ(右頁に解説)。国立国会図書館デジタルコレクションの画像。

   *

國、有比翼鳥。「爾雅」云、『南方有比翼鳥。不比不飛。謂之「鶼鶼」』。注云、『似鳬青赤色。一目一翼。相得乃飛。王者有孝德于幽遠則至』。

   *

とある。「結國」は「けっきょうこく」(現代仮名遣)で「結匈(胸)」とも書く。結人は古代中国に於いて南方にある国に棲んでいたとされる異人種。ウィキの「結匈人」によれば、「山海経」の「海外南経」に、『結匈国は羽民国の西北にあり、結匈人は人間の姿をしているが胸が極端におおきく突き出しているという』とし、清の李汝珍作の白話体の長編伝奇小説「鏡花縁」(一八一八年に初回発表で全百回。一八二六年頃に書き上げられたと推定される)で、『結匈国が旅の途中に舞台として登場する。結匈人たちの胸がとても大きいのは』、人々『が過度な大食いであり、食物が消化されないうちに次々と食べ続けているからであると設定されている』とある。表示字が不審だという輩は、中文ウィキの「結匈」にある、方輿彙編「古今圖書集成」のこの挿絵を見られよ。原画キャプションがちゃんと「結國」となってるよ。

「鳬〔(かも)〕」カモ目カモ亜目カモ科 Anatidae の仲間、或いはマガモ属 Anas を総称するもの。

「幽遠」人柄に使っているので、「世俗の汚れた部分からは遠く離れて、自らをしっかりと保ち、物事に対する思慮の核心が奥深く、俗人には到底、知り尽くせないさま」を指す。

「拾遺記」後秦(こうしん:三八四年~四一七年)の王嘉(おうか)の撰になる、中国の伝説を集めた志怪書。全十巻。神話時代の三皇五帝に始まり、西晋(せいしん)末の王石虎(せきこ)の年間にまで及ぶ。。第十巻は崑崙山・蓬莱山などの名山記である。但し、原本は散佚し、現在見られる「漢魏叢書」などに収められているものは、梁の蕭綺が再編したもの。内容は奇怪・淫乱な事柄が多く、その殆どは事実でないとされる。作者王嘉は隴西安陽の人で、容貌、醜く、滑稽を好んだが、崖に穴居したり、その言動は奇矯であったという。後趙(こうちょう)の石季竜(せききりゅう:石虎。在位:三三五年~三四九年)の末年、長安に出、終南山に隠棲、その予言はよく当たり、前秦の苻堅(ふけん)が淮南(わいなん)で敗れることを予知したという。後秦の姚萇(ようちょう)に召されたが、機嫌を損ね、殺された(以上は小学館「日本大百科全書」の記載に拠った)。同書の巻二の

「成王卽政」の「六年」の箇所に、

   *

燃丘之國獻比翼鳥、雌雄各一、以玉爲樊。其國使者皆拳頭尖鼻、衣雲霞之布、如今朝霞也。經歷百有餘國、方至京師。其中路山川不可記。越鐵峴、泛沸海、蛇洲、蜂岑。鐵峴峭礪、車輪剛金爲輞、比至京師、輪皆銚幾盡。又沸海洶湧如煎、魚鱉皮骨堅強如石、可以爲鎧。泛沸海之時、以銅薄舟底、蛟龍不能近也。又經蛇洲、則以豹皮爲屋、於屋推車。又經蜂岑、燃胡蘇之木、此木煙能殺百蟲。經途五十餘年、乃至洛邑。成王封泰山、禪社首。使發其國之並童稚、至京師、鬚皆白。及還至燃丘、容貌還復少壯。比翼鳥多力、狀如鵲、銜南海之丹泥、巢昆岑之玄木、遇聖則來集、以表周公輔聖之祥異也。

   *

とある。

「丹沉」東洋文庫訳は割注して『丹参(たんじん)か。シソ科の薬草』(キク亜綱シソ目シソ科アキギリ属タンジン Salvia miltiorrhizaウィキの「丹参」によれば、『丹は朱色を意味し、参も薬用ニンジンのような赤い根っこを意味する。ウコギ科の薬用ニンジンや、野菜のニンジン(セリ科)とは、全く関係がなく、草花として親しまれているサルビアや、キッチンハーブのセージと同じシソ科アキギリ属の植物である』。『中国に分布する耐寒性の宿根草で、 草丈は』三十~八十センチメートル『くらいになる。茎は角張っていて、葉は単葉で有毛、鋸歯がある。花は初夏から秋にかけて咲き』、二センチメートル『ほどの藍色の唇形花が数輪から十数輪』、『総状花序を作る』。『中国原産であるため、中国で一番古い生薬書』「神農本草経」にも『掲載されて』は『いるが、日本で主に行われている古方派の漢方では、あまり用いられていない。時代が下るに従い』、『よく用いられる傾向があり』、「血の道」と『呼ばれていた月経不順や肝臓病、胸痛・腹痛などに用いられる。また、心筋梗塞、狭心症の特効薬として中国で近年よく用いられる「冠心II号」の主薬として用いられている』。『丹参には次の薬理作用があることが確認されている』。『血管拡張、血流増加、血圧降下、抗血栓、血液粘度低下、動脈硬化の予防・改善、抗酸化、鎮痛、抗炎症、抗菌、精神安定』とある)とするが、前に引用した中文サイトの原文でも「丹泥」で、「沉」は「沈」の異体字であるから、(さんずい)であることは間違いない(「參」は逆立ちしても「沈」「沉」と書き間違えない)と思われるから、東洋文庫「丹参」説は採らない(そもそもそこには耐寒性とあるので、「南海」とは親和性が悪い)私は一見した際、香木の水中の「泥」に「沈」んで「丹」色となったそれを想起し、香木の一種である「沈香(じんこう)」の内で強い赤みを帯びたそれを指すのではなかろうかと推察したウィキの「沈香」によれば、『東南アジアに生息するジンチョウゲ科ジンコウ属』『の植物である沈香木』『(アクイラリア・アガローチャ Aquilaria agallocha)』『などが、風雨や病気・害虫などによって自分の木部を侵されたとき、その防御策としてダメージ部の内部に樹脂を分泌、蓄積したものを乾燥させ、木部を削り取ったものである。原木は、比重が』〇・四『と非常に軽いが、樹脂が沈着することで比重が増し、水に沈むようになる。これが「沈水」の由来となっている。幹、花、葉ともに無香であるが、熱することで独特の芳香を放ち、同じ木から採取したものであっても微妙に香りが違うために、わずかな違いを利き分ける香道において、組香での利用に適している』。『沈香は香りの種類、産地などを手がかりとして、いくつかの種類に分類される。その中で特に質の良いものは伽羅(きゃら)と呼ばれ、非常に貴重なものとして乱獲された事から、現在では』、『沈香と伽羅を産するほぼすべての沈香属(ジンチョウゲ科ジンコウ属』 Aquilaria 『)及び(ジンチョウゲ科ゴニスティル属』 Gonystylus 『)全種はワシントン条約の希少品目第二種に指定されている』。『「沈香」には上記のような現象により、自然に樹脂化発生した、天然沈香と、植樹された沈香樹を故意にドリルなどで、穴をあけたり、化学薬品を投入して、人工的に樹脂化したものを採集した、栽培沈香が存在する』。『当然ながら、品質は前者が格段に優れている。稀に上記の製造過程から来たと思われる薬品臭の付いてしまっているものや、低品質な天然沈香に匹敵する栽培沈香も存在する。しかし、伽羅は現在のところ栽培に成功していない』。『また』、『栽培沈香は人工的に作ったものとして人工沈香ともよばれる』。『栽培沈香は天然沈香資源の乱獲により、原産国でも一般的になりつつあり、国内でも安価な香の原材料として相当数が流通している、なお、香木のにおい成分を含んだオイルに木のかけらを漬け込んだものや、沈香樹の沈香になっていない部分を着色した工芸品は、そもそも沈香とは呼べず、香木でもない。したがって栽培沈香でもない』。『「沈香」はサンスクリット語(梵語)で』「アグル」又は「アガル」『と言う。油分が多く色の濃いものを』「カーラーグル」、『つまり「黒沈香」と呼び、これが「伽羅」の語源とされる。伽南香、奇南香の別名でも呼ばれる』。『また、シャム沈香』『とは、インドシナ半島産の沈香を指し、香りの甘みが特徴である。タニ沈香』『は、インドネシア産の沈香を指し、香りの苦みが特徴』。『強壮、鎮静などの効果のある生薬でもあり、奇応丸などに配合されている』。『ラテン語では古来』、「aloe」『の名で呼ばれ、英語にも aloeswood の別名がある。このことからアロエ(aloe)が香木であるという誤解も生まれた。勿論、沈香とアロエはまったくの別物である』。『中東では』『自宅で焚いて香りを楽しむ文化がある』。本邦では、推古天皇三(五九五)年四月、『淡路島に香木が漂着したのが』、『沈香に関する最古の記録であり、沈香の日本伝来といわれる。漂着木片を火の中にくべたところ、よい香りがしたので、その木を朝廷に献上したところ重宝されたという伝説が』「日本書紀」に載る。『奈良の正倉院』には長さ百五十六センチメートル、最大径四十三センチメートル、重さ十一・六キログラムという『巨大な香木・黄熟香(おうじゅくこう)(蘭奢待』(らんじゃたい)『とも)が納められている。これは、鎌倉時代以前に日本に入ってきたと見られており、以後、権力者たちがこれを切り取り、足利義政・織田信長・明治天皇の』三『人は付箋によって切り取り跡が明示されている。特に信長は、東大寺の記録によれば』、一寸四方で二個を『切り取ったとされている』。『徳川家康が』慶長一一(一六〇六)年頃から始めた『東南アジアへの朱印船貿易の主目的は』、この『伽羅(奇楠香)の入手で、特に極上とされた伽羅の買い付けに絞っていた』。これは『香気による気分の緩和を得るために、薫物(香道)の用材として必要としていたからである』とある。奇体な比翼鳥が啣えて木の上に巣作りするのなら、その辺に生えている薬草なんぞではなくて、南海地方(ズバリ、合う)の赤い沈香木の方がどんなにかマシだと私は思うのだが? 如何?

「崑岑」原文も上記の通り、ママ。「崑崙」の誤りか、確信犯の幻想地誌のズラし。

「玄木〔(げんぼく)〕」即物的な意味にとれば、「黒い樹木」であるが、これは特定の樹種を指すのではなく、「玄」、「奥深く玄妙なものに属する木」の意味で採る。だからこそ、

「聖に遇へば、則ち、來〔たり〕集〔(つど)」ふ聖鳥ともなるのである。別に「黒くて神妙な木」でもよい。そうすると、啣えていった赤い香木で巣作りするのと、うまく合うようにも思われる。

「周公輔聖〔(しゆうこうほせい)〕」周公と称号される周公旦(しゅうこう たん:生没年未詳)は中国周王朝の政治家で、姓は姫、旦は諱。魯の初代の公である伯禽の父。太公望呂尚(りょしょう)や召公奭(せき)と並ぶ、周建国の功臣の一人。周の西伯昌(文王)の四男。ウィキの「周公旦によれば、『次兄にあたる初代武王存命中は』、『兄の補佐をして殷打倒に当たった』、『とだけ』『しかわからない』。『周が成立すると』、『曲阜に封じられて魯公となるが、天下が安定していな』かったので、『魯に向かうことはなく、嫡子の伯禽に赴かせてその支配を委ね、自らは中央で政治にあたっていた』。『建国間もない時期に武王は病に倒れ、余命いくばくもないという状態に陥った。これを嘆いた旦は』、『自らを生贄とすることで武王の病を治してほしいと願った。武王の病は一時』、『回復したが、再び悪化して武王は崩御した』。『武王の死により、武王の少子(年少の子)の』成王(せいおう:在位・紀元前一〇四二年~紀元前一〇二一年)『が位に就いた。成王は未だ幼少であったため、旦は燕の召公と共に摂政となって建国直後の周を安定させた』。『その中で三監の乱』『が起きた。殷の帝辛の子の武庚(禄父)は旦の三兄の管叔鮮と五弟の蔡叔度、さらに八弟の霍叔処ら三監に監視されていた。だが、霍叔処を除く二人は』、『旦が成王の摂政に就いたのは簒奪の目論見があるのではと思い、武庚を担ぎ上げて乱を起こしたのである。反乱を鎮圧した旦は』、『武庚と同母兄の管叔鮮を誅殺し、同母弟の蔡叔度は流罪、霍叔処は庶人に落とし、蔡叔度の子の蔡仲に蔡の家督を継がせた』。『さらに、引き続き唐が反乱を起こしたので、再び旦自らが軍勢を率いて、これを滅ぼした』。『その後』、七『年が経ち』、『成王も成人したので』、『旦は成王に政権を返して臣下の地位に戻った。その後、洛邑(洛陽、成周と呼ばれる)を営築し、ここが周の副都となった』。『また』、『旦は、礼学の基礎を形作った人物とされ、周代の儀式・儀礼について書かれた』「周礼(しゅうらい)」や「儀礼」を『著したとされる。旦の時代から遅れること約』五百『年の春秋時代に儒学を開いた孔子は魯の出身であり、文武両道の旦を理想の聖人と崇め、常に旦のことを夢に見続けるほどに敬慕し』たことはよく知られる。『ある時』、『夢に旦のことを見なかった(吾不復夢見周公)ので「年を取った」と嘆いたという』。『「周公」の称号については』、『旦は周の故地である岐山に封じられて周の公(君主)となったので』、『こう呼ばれるのではないかとの説もある。また、武王が崩御した後に旦は本当は即位して王になっており、その後』、『成王に王位を返したのではないかとの説もある』とある。まあ、最後の仮説は嘘臭い。東洋文庫注にある通り、『周公旦は』、『よく成王を補佐して周の制度を整え』、『国をおさめた』のであり、彼は家臣、「輔聖」とは「聖」王たる資格を持った成王を輔弼して周を理想的な仁に基づく国家成し得たという意味でなくてはならない。

「祥異〔(しやうい)〕」目出度い兆しを意味するもの。

「爾雅」著者不詳。紀元前 二〇〇年頃に成立した、現存する中国最古の類語辞典・語釈辞典。「釋鳥」に『鶼鶼、比翼』とあり、「釋地」に、

   *

南方有比翼鳥焉。不比不飛、其名謂之鶼鶼。

   *

と出、同書の郭璞の注に『似鳧、靑赤色』とある。

「宋書〔(そうじよ)〕」南朝宋一代の紀伝体歴史書。正史の一つ。全百巻からなる。著名な文人であった沈約(しんやく 四四一年~五一三年)が、四八七年に南斉(なんせい)武帝の勅命を奉じて編纂、「本紀」十巻と「列伝」六十巻は先行の稿本を基に僅か一年で完成したが、「志」三十巻の稿了には十数年を費やした。父の沈璞(しんはく)を殺した孝武帝とその功臣に悪口を書き連ねるなど、古来、曲筆が批判されているが、人物・事柄の個別性、記載対象の豊饒さを重んじた南朝貴族の精神を反映して、叙述は詳細。詔勅・上奏文・私信・文学作品等を数多く採録し、また「志」は、諸制度の変遷を、漢や三国時代に溯って検証していて貴重である。但し、唐以降、簡潔な歴史叙述が尊ばれると、李延寿の「南史」や司馬光の「資治通鑑(しじつがん)」の出現もあって、あまり読まれなくなり、一部が散逸した。「夷蛮伝」の「倭国」の条には「倭五王」の記事が載る(以上は小学館「日本大百科全書」に拠った)。

「鸞」先行する「山禽類 鸞(らん)(幻想の神霊鳥/ギンケイ)」を参照されたい。

「鳳」先行する山禽類 鳳凰(ほうわう)(架空の神霊鳥)を参照されたい。

「亞(つ)ぐ」「次ぐ」に同じい。

「廣博物志」明の董斯張(とうしちょう)の撰になる志怪小説集。全五十巻。同四十八巻「鳥獣五」に、

   *

有鳥焉。其狀如鳬而一翼一目。相得乃飛。名曰蠻蠻。見則天下大水。

   *

と確かにある。

「天下、大水〔す〕」大洪水に見舞われる。

「此くのごとくなれば、則ち、瑞鳥に非らず」実は前と酷似した内容が、「山海経」の「西山経」に、

   *

曰崇吾之山、在河之南、北望冡遂、南望䍃之澤、西望帝之搏、獸之丘、東望淵。有木焉、員葉而白柎、赤華而黑理、其實如枳、食之宜子孫。有獸焉、其狀如禺而文臂、豹虎而善投、名曰舉父。有鳥焉、其狀如鳧、而一翼一目、相得乃飛、名曰蠻蠻、見則天下大水。

   *

と出る。ところが、同時に同じ「山海経」の「海外南経」に、以下の二つの記載が載る。

   *

『比翼鳥在其東、其爲鳥靑、赤、兩鳥比翼。一曰在南山東。』

『羽民國在其東南、其爲人長頭、身生羽。一曰在比翼鳥東南、其爲人長頰。』

   *

これは孰れも、地誌的位置と奇体な一解釈を語るだけで、吉凶を語らないフラットな記載が載り、また同書の「大荒経」にも、

   *

有巫山者。有壑山者。有金門之山、有人名曰黃之尸。有比翼之鳥。有白鳥靑翼、黃尾、玄喙。有赤犬、名曰天犬、其所下者有兵。

   *

と書かれてあるで、実は古くから、吉凶とは無関係に、いたとされていることは事実なのである。まあ、楊貴妃の願いの通り、私には遠い遠い先の、めぐり逢いの吉兆である。私はそんなものは求めないけれども。

「近來、比翼の鳥、蕃舶〔(ばんはく)〕より來たる。雌雄有り。其の雄、頭、淡赤。腹・背、深紅。翅、蒼くして赤を帶ぶ。尾の長さ、一尺餘り、絲のごとし。其の瑞(はし)、卷〔き〕曲〔りて〕、蕨〔(わらび)〕の茁(もへいづ)る形を作〔(な)〕し、觜、黃。脚、蒼く、爪、黃なり。雌は、頸、紅く、胸、黑く、背・腹、灰白。尾、短くして、卷曲〔(くわんきよく)〕なり。羽毛、美麗〔にして〕愛すべし。然〔(しか)れど〕も、未だ生ける者を見ず。疑ふらくは此れ、造成す〔る〕者(もの)か」「蕃舶より來たる」とは、近年、南蛮貿易に於ける異国からの貿易船が、本邦に多数(雌雄をかく良安が正確に観察出来るのはかなりの量のそれが流入したことを物語っている)の「比翼鳥」の剥製を齎(もたら)している、というのである。良安の言うように、実在する鳥を奇形生物のように切除したり結合したりして捏造したおぞましき「比翼鳥」である。この項の電子化にかかった当初から、『その人非人の業者の犠牲になった実在する鳥を調べるのは、ちょっと気が重いな』と思っていた(意外かも知れぬが、その程度には私は繊細な神経を持ってはいる)。そこで、目に就いたこれで勘弁して貰う。愛知県の「西尾市岩瀬文庫」「岩瀬文庫コレクション」公式サイトの「本草写生図である。その解説に『筆者は紀州藩士で本草学者の坂本浩然』寛政一二(一八〇〇)年~嘉永六(一八五三)年)で、天保四(一八三三)年七月の『識語があります。イギリスの博物図鑑の銅版挿図から写したと思われる珍しい南国の動植物や鉱物、貝類、そして琉球の花の写生図を、絹地に岩絵の具という日本の伝統的な画法で描いた画帖です』。『上は南国ニューギニアを中心に生息する風鳥(フウチョウ)の図です』。『十八~十九『世紀のヨーロッパでは、風鳥は』、『風を食べて生き、木にとまることなく』、『飛びつづける不思議な鳥』、『と考えられていました。当時、ヨーロッパでは美しい風鳥の剥製は鑑賞品として珍重されましたが、これらの剥製は脚が切り落とされていたため、こうした伝説が生まれたといいます。また、極彩色の美しい姿から楽園に住む鳥「極楽鳥」の名もあります』。『この図譜の絵では鳥らしくない、虫のような奇妙な姿に描かれていますが、写真のない時代ですので、珍しい動植物の写生図は転写に転写を重ねてゆくため、こうしたズレが生じてしまうのです』(と記者は言っておられるが、実際にこんな風に見えるのだ! 嘘だと思ったら、サイト「WIRED華麗なる、極楽鳥たちの世界一番下動画 画像タイトルに「Wilson's Bird-of-Paradiseとあで、く! フウチョウ科ヒヨクドリ属(!)アカミノフウチョウ Cicinnurus respublica であ!)『南の楽園にすむ美しい謎の生き物たち。日本、欧州を問わず当時の学者たちは大きな期待と驚きを胸に、この未知の世界を見つめていたことでしょう』とある。この図を是非ともよく見て貰いたい。これはまさに、良安が「尾の長さ、一尺餘り、絲のごとし。其の瑞(はし)、卷〔き〕曲〔りて〕、蕨〔(わらび)〕の茁(もへいづ)」(「萌え出づる」に同じ)「る形を作〔(な)〕し」ているというのと恐ろしいまでに一致しているではないか! そうして同じことが、同ページの下方に掲げられた「比翼鳥」の剥製、山本溪山筆とする「禽品」の『大通寺宝物「比翼鳥」の剥製の写生図』の絵でもしっかり合致するのである!(そこには『風鳥(比翼鳥)の剥製は』、『しばしば江戸時代の日本にも舶載された』(太字は私が施した)と言い添えられてさえいる!) フウチョウ(風鳥)科 Paradisaeidae の彼らが犠牲になっていたのだな。鳥好きなら、その絵で種を同定出来るだろう、俺は厭だ! 勝手にあんたがやればいい!……可哀想な風鳥(ふうちょう)たち……時空を越えて、邪悪なヒト種が滅んだ静かな地球へ翔んでおくれ!

2019/02/02

和漢三才圖會卷第四十四 山禽類 鵸鵌(三ツがしらの鳥) (三頭六尾の雌雄同体の妖鳥)

 

Mitugasiradori

 

かしらの鳥[やぶちゃん注:総てママ。]

 

鵸鵌音奇徒

 

キイ卜ウ

[やぶちゃん字注:標題の「鵸鵌」の」は実際には(へん)と(つくり)が逆の字(「※=「余」+「鳥」)なのであるが、※で標題を出すのが厭なのでかくした。中文サイトでもこの「鵸鵌」でこの奇体な三頭六尾の鳥を示している(例えば「百度百科」の「鵸鵌を見よ)ので問題ない。本文も総てこれで通した。]

 

三才圖會云翼望山鳥有鳥狀如鳥三首六尾自爲牝牡善

笑名曰鵸鵌服之不眛佩之可以禦兵

𩿧【音別敷】同云基山有鳥狀如鷄三首六目六足三翼

 食之令人少睡

△按山海經此等異鳥有數多以繁不記之

 

 

がしらの鳥

 

鵸鵌音、「奇徒」。

 

キイ卜ウ

 

「三才圖會」に云はく、『翼望山に、鳥、有り。狀〔(かたち)〕、鳥のごとく〔なるも〕、三首・六尾。自〔(おのづか)〕ら牝牡〔めすおす〕を爲し、善く笑ふ。名づけて「鵸鵌」と曰ふ。之れを服して眛〔(くら)から〕ず、之れを佩〔(は)〕きて、以つて兵を禦ぐべし』〔と〕。

𩿧〔(べつふ)〕【音、「別敷」。】同じく云はく、『基山に、鳥、有り。狀、鷄ごとく〔なるも〕、三首・六目・六足・三翼。之れを食へば、人をして睡〔るを〕少〔なくせ〕しむ』〔と〕。

△按ずるに、「山海經」、此等〔(これら)〕の異鳥、數多〔(あまた)〕有〔るも〕繁〔(しげ)〕きを以つて、之れを記さず。

[やぶちゃん注:だいたい想像力に限界がくると、特定の部品を複数くっ付けて、新種を作るのが常套手段。まあ、マウスの背中に人間の耳を付けて喜ぶ生物学者がいるのと、代りはない。

「三才圖會」はの左頁(リンク先は国立国会図書館デジタルコレクションの原典に当該画像)。右頁には後に出る「𩿧」が画像入りで載る

「翼望山」幻想地誌「山海経」の「西山経」に、

   *

西水行百里、至于翼望之山、無草木、多金玉。有獸焉、其狀如狸、一目而三尾、名曰讙、其音如𡙸百聲、是可以禦凶、服之已癉。有鳥焉、其狀如烏、三首六尾而善笑、名曰鵸鵌、服之使人不厭、又可以禦凶。

   *

と出るので、「三才図会」はこれを基礎原本にして書いたと考えてよかろう。

「自〔(おのづか)〕ら牝牡〔めすおす〕を爲し」ただ一羽で♀と♂の機能を有し、子を生み繁殖する、というのである。この場合、無脊椎動物には幾らも見られる雌雄同体なわけで、厳密には単為生殖というわけではないことになる。

「之れを服して眛〔(くら)から〕ず」この鳥(の肉か)を服用すれば、眼がしっかりと見えるようになり。

「之れを佩〔(は)〕きて、以つて兵を禦ぐべし」「佩く」というのは通常、腰に装着することを言い、「兵」はこの場合、あらゆる「兵器・武器」の意で採る。さすれば、恐らくはこの鳥の羽(尾羽が雰囲気的にもいいね)を腰に佩びれば、あらゆる武器から身体が防禦される、というのである。

𩿧〔(べつふ)〕」ネットのK'sBookshelfの「漢字林」の「(音「ヘイ」・「ベ」・「ヘツ」・「ヘチ」とし別字を「鷩」と出し、『◆キンケイ(錦鶏、錦雞、金鶏、金雞)、キジ科キンケイ属の鳥、また同属の鳥の称、同「鷩雉(へいち)」「赤雉(せきち)」「山雞(さんけい)」「鵔しゅんぎ)」』をまず掲げた後、『◆「𨾪(へつふ)」、伝説上の鳥名、三つの頭と翼を持ち、六つの目と足を持つというニワトリ(鶏)やキジ(雉)などに似るという』とし、同字として「𪁺𩿧(しょうふ)」を掲げ、「山海経」の「南山經」を引き、『有鳥焉其狀如雞而三首六目六足三翼其名曰𪁺𩿧』『食之無臥』とし、「廣雅」の巻九の「釋池」に「鷩𩿧」とあるとし、「玉篇」の巻二十四の「鳥部第三百九十」の「」に「𩿧」とあるとする。

「人をして睡〔るを〕少〔なくせ〕しむ」服用(やはり肉か)した人は眠りが短くて足るようになる、覚醒剤効果を持つということであろう。

『按ずるに、「山海經」、此等〔(これら)〕の異鳥、數多〔(あまた)〕有〔るも〕繁〔(しげ)〕きを以つて、之れを記さず』良安先生、トンデモ妖鳥にはそろそろ飽きてこられたようです。もう少し! 後、四羽(そのうちの二羽は確実に実在する)ですよ、先生! 頑張って!

2019/01/31

和漢三才圖會卷第四十四 山禽類 木客鳥(もつかくちやう) (不詳)

 

Mokkakudoru

 

もつかくちやう[やぶちゃん注:ママ。]

 

木客鳥

 

モツ ケツ ニヤウ

 

本綱異物志云廬陵郡東有之大如鵲千百爲群飛來有

度俗呼曰木客鳥黃白色有翼有綬飛獨高者爲君長居

前正赤者爲五伯正黑者爲鈴下緗色雜赤者爲功曹左

脇有白帶者爲主簿各有章色

 

 

もつかくちやう

 

木客鳥

 

モツ ケツ ニヤウ

 

「本綱」、「異物志」に云はく、廬陵郡の東に、之れ、有り。大いさ、鵲〔(かささぎ)〕のごとく、千、百、群れを爲し飛び來たる。度〔(わた〕り、有り。俗に呼びて、「木客鳥」と曰ふ。黃白色にして、翼、有り、綬〔(じゆ)〕、有り。飛ぶに、獨り高き者を「君長〔(くんちやう)〕」と爲し、前に居て、正赤なる者は「五伯〔(ごはく)〕」と爲し、正黑なる者、「鈴下〔(れいか)〕」と爲す。緗(もへぎ)色〔に〕赤を雜(まじ)ふる者を「功曹〔(こうさう)〕」と爲す。左の脇に白〔き〕帶有る者を「主簿〔(しゆぼ)〕」と爲す。各々、章〔(しるし)〕の色、有り。

[やぶちゃん注:この引用記載には、特に妖鳥の雰囲気はないのであるが、日中ともに諸家は中国神話上の妖鳥とし、実在種への同定やモデル比定をした記載は見当たらない。これも先に語注を施す

「異物志」東洋文庫書名注に、『一巻。漢の楊孚(ようふ)撰。清の伍元薇編輯『嶺南遺書』の中に収められている。嶺南地方の珍奇な生物などについて書いたもの』とある。

「廬陵郡」廬陵郡は後漢末から唐代にかけて、現在の江西省吉安市一帯に設置された郡。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「鵲〔(かささぎ)〕」スズメ目カラス科カササギ属カササギ亜種カササギ Pica pica sericea

「度〔(わた〕り、有り」所謂、渡りをすることを意味しているようである。即ち、「木客鳥」は渡り鳥なのである。

「綬〔(じゆ)〕」古代中国に於いては、官職を表わす印を身に付けるのに用いた組み紐。官位によって色を異にした。ここはまるでそのような特徴の羽の模様を、それぞれの個体が、別々にそれを持っているということを指しているようだ。挿絵をよく見ると、右の前胸部に白い妙なマークのような模様が見てとれる(右翼の根元の羽のそれとは全く反対方向に向いている妙なものでる)、これがここで言う「綬」なのではないかと私は読む。その中でも「君長」「五伯」「鈴下」「功曹」「主簿」は特別扱いで、別にそれぞれの特殊マークを有するというのであろう。

「君長」君主。

『前に居て、正赤なる者は「五伯」と爲し……「主簿」と爲す」東洋文庫はここの訳に、『伯は諸侯。五伯とは春秋時代の斉(さい)の桓公など五人の霸者(諸侯)になぞらえたものであろう。鈴下は随従する護衛の武官。功曹は書史を司る官吏。郡の属吏。主簿とは書記のことである』という注を附している。

「各々、章色、有り」それぞれに地位があって、その印として、色の違いがある。

 

 さて。ところが、この「木客」(「鳥」は附かない)は、別に「和漢三才圖會 卷第四十 寓類 恠類」に載るのである。しかも、中国の本草書も良安もこれを先の「冶鳥」・「山都」・「山蕭鳥(かたあしどり)」と併置して《同じ仲間の妖鳥・妖怪・妖獣》(「冶鳥」が人に化けたりする以上、これは妖怪或いは妖獣である)として記すのである。但し、良安は最終的には「木客」と「木客鳥」を全くの別なものとして取り扱ってはいる。原文はリンク先を見て戴くとして、私の訓読と注を示す(古い仕儀なので、今回、一部に別資料で手を加えてリニューアルした。従ってリンク先のそれとは異なる)。

   *

 

Mokkaku

 

もつかく

木客

      【別に「木客鳥」有り。

       禽(とり)の部に見ゆ。】

モツ ケツ

 

「本綱」に、『「幽明録」に載せて云はく、『南方の山中に生〔(せい)〕す。頭〔(かしら)〕・面〔(おもて)〕・語言〔(ことば)〕、全く、人に異〔(こと)〕ならず。但〔(ただ)〕、手脚〔(てあし)〕の爪、鈎〔(かぎ)〕のごとく利〔(と)〕し。絶岩の閒〔(あひだ)〕に居〔(を)〕り、死するも亦、殯〔(ひんれん)〕す。能く人と交易して〔するも〕、其の形〔(かた)〕ちを見せず。今、『南方に「鬼市(きいち)」有る』と云ふ〔も〕亦、此れに類す。』〔と〕。』〔と〕。

[やぶちゃん注:「殮」の字を良安は「」=「歹」+「隻」という字体で書いているのだが、こんな漢字は見当たらず、調べて見たところ、「本草綱目」では「殮」となっており、これだと読みも意味もすんなり通るので、それで示した。

 さて、前の「冶鳥」(治鳥)で引用した多田克己氏の「渡来妖怪について」の「山都」にもある通り、この木客は、先に示した山都・治鳥の仲間、魑魅の一種とされ、漢の楊孚(ようふ)の「異物志」には『江西省の東部に鵲(かささぎ)ほどの大きさの木客鳥という鳥がいて、千、百と群れをなし編隊を組んで飛ぶという。この鳥は治鳥の仲間といわれる。巣をつくるという山都も、あるいは鳥の性質をもつことを暗示しているかもしれない』とされているが、ここの叙述を読む限り、これは「木客鳥」とは全く異なったもので、鳥ではなく、「木客」と呼んだ、一種の少数民族、若しくは、特殊な風俗風習を固持している人々の誤認或いは蔑称なのではないかという確信に近いものがあるのである。それは死者を断崖絶壁に埋葬するという習俗が、四川省の崖墓(がいぼ)を容易に連想させるからである。これは懸棺葬・懸崖葬などと呼ばれる葬送民俗で、NHKが「地球に乾杯 中国 天空の棺〜断崖に消えた民族の謎〜」で二〇〇四年に紹介したものを、私も見た。これについては、H.G.Nicol氏のブログ「民族学伝承ひろいあげ辞典」の「懸棺葬・懸崖葬・崖墓」を是非、参照されたい。懸棺葬や地図の写真・リンクも充実した素晴らしい記載である。思うに、彼等は、埋葬の際、また、日常生活にあって、断崖や山上の菌類・山野草を採取する道具として、四肢に鈎状の器具を装着していたのではあるまいか? それがこの長い爪の正体なのではないか? という可能性である。識者の御教授を乞うものである。

・「幽明録」南北朝時代の南朝の一つである宋王朝(劉宋 四二〇年~四七九年)の武帝の甥で、鮑照などの優れた文学者をそのサロンに招いたことで知られ、名著「世説新語」の作者とされる文人劉義慶(四〇三年~四四四年)が撰した志怪小説集。但し、現行の同書には、ここに書かれた内容を現認出来なかった

・「殯殮」「殯斂」とも書き、死者を納棺し、暫く安置して祀ること。仮殯(かりもがり)。

・「能く人と交易するも、其の形ちを見せず」巷間の人間と物の売買を行うが、容易にはその姿を見せない、という意味で、めったに実体を見せない、ごく稀にしか直接の交易はしない、という意味であろう。東洋文庫版のように『よく人と交易もするが、その姿は見せない』という訳では如何にも不満である。第一、姿を見せずに商売をすることなど不可能である。特殊な仲買人を通してしか接触しないとか、近くの木や崖上にでも隠れて物々交換をするとか、無人販売を装うとでもいうのであれば、そのような推測した補注を施すべきである、というのが、私の判らないことをはっきりさせるのが注の役割と心得るからである。

・「鬼市」私が最初にこの語を見たのは、諸星大二郎の漫画「諸怪志異」の「鬼市」であったが、そこでは異界の化物や霊が立てる市であった。ここで言うのは、公的な行政許可を得た市ではなく、山岳部の少数民族や僻村の者達が、町へ下りてきて非公式に開く市のことを言うか。また、狭義には、諸星の作品でも暗に示されていたかと思われるが、中国で飢饉があった際、食人するにしても自分の子供を食うに忍びず、夜陰に紛れて人身売買の市を開き、子を交換して食ったという食人習俗での人肉市の呼称であったという伝承も耳にしたことがあるので、参考までにここに記しおくこととする。

   *

 正直、以上の民族「木客」を語ってしまうと妖に、基! 妙に熱くなってしまい、木客鳥の鳥のモデル比定をする意志が減衰してしまった。取り敢えず、木客鳥の属性を掲げておく。

カササギぐらいの大きさカササギは全長約四十五センチメートル。

百や千の大群を成して飛ぶことがある。カササギほど大きさの種で、「千」の数で群れ飛ばれたら、ヒッチコックの「鳥」なみにキョワいし、異様に目立って、実在する鳥なら、誰かが絶対、同定比定しているはずだから、やっぱり実在しないのかなぁ?

渡り鳥である。

目立つ印章(バッジ)風(挿絵に拠る。本文は「綬」で組紐模様とする)のものが前胸部にある

隊列を組んで群飛している際、その群れの位置より有意に高く一羽高く飛んでいる個体がいるそれを人は「君長」(君主)と呼ぶ。

同じく、そうした群れの前の方を先導するように飛ぶ個体(複数或いは五羽かも知れない)がいる。それを人は「五伯」(五大諸侯)と呼ぶ。

沢山いる中に、特に真っ黒な個体がいる(複数であろう)。それを人は「鈴下」(近衛兵)と呼ぶ。

沢山いる中に、左肩の部分に白い帯状の模様が入っている個体がいる(複数であろう)。それを人は「主簿」(書記)と呼ぶ。

あとは、「日本野鳥の会」の方(妻は嘗て会員で、私はその金魚の糞の家族会員ではありました)にでも比定候補を挙げて貰いましょう! では、これにて。

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