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カテゴリー「伊良子清白」の95件の記事

2019/04/24

老年 伊良子清白

 

老 年

 

景色がよいので

生業(なりはひ)が出來ぬ

來る波は一つ一つ誘惑し

鷗は女の顏の白さで會釋する

 

景色がよいので

生業が出來ぬ

海を見れば恍惚(うつとり)する

ぼんやりしてゐる間に

他人(ひと)はどんどん追ひ越してしまふ

 

景色がよいので

生業が出來ぬ

日のほこり月のあくた

景色がつもつて

雅致(がち)ある老人に成つた

 

[やぶちゃん注:「船は進む」の私の冒頭注を必ず参照されたい。本篇を以って昭和四(一九二九)年新潮社刊「現代詩人全集 第四巻 伊良子清白集」の大パート「南風の海」は終わっている。「生業(なりはひ)が出來ぬ」というのはその「雅致(がち)ある老人に成つた」人物であるが、漁師か? 因みに、新潮社のそれが刊行された当時でも伊良子清白は五十二歳であり、「老人」と自己表現する年とは私には思われないし、ここで清白自身を主人公に設定してしまうと、医業の「生業が出來ぬ」の意味の採り方が何とも難しくなってしまう。但し、その老人の生きざまに自身の理想像を投影してはいると私は読む。]

凍死の漁夫 伊良子清白

 

凍死の漁夫

 

雪が降つて來た四方から

靑い蝶が羽搏く

淦(あか)の上につもる金銀

水(か)ん子の魚は沈んで動かぬ

 

兄弟(きやうだい)釣りはやめようじやないか

夜明けは近い

東の方の紫は

遠い茜紅(あかね)であるかも知れぬ

 

風も波もないが

しんしんたる寒さではある

燈明臺は凍てたのか燻(くす)ぶつてゐる

暗い海は一面の雪だ

 

船の船首(みよし)に誰か立つてゐる

雪の夜の雪女郞が

目の前にあらはれた

兄弟(きやうだい)おいらは死なねばならぬ

 

甘い睡りの寒さが來た

ふりしきる雪が船をうづめぬ前に

兄弟二人は帆綱で

からだを縛(しば)つておかう

 

ひき潮時の海は今

沖の方に渦を卷いてゐる

日の出の島においらは

死んで着くであらう

 

註 大正十五年一月十五日未明、二人の漁夫年若うして伊勢灣外石鏡沖に凍死す、そを悼みてこの詩をつくる。

 

[やぶちゃん注:「船は進む」の私の冒頭注を必ず参照されたい。最後の注は、全体が底本では詩篇本文の一字下げポイント落ちで、二行に亙っており、二行目は「註」の字の位置の一字下から始まっている。ブログ・ブラウザでの不具合を考えて上記のように配した。「大正十五年」一九二六年。日付まで示された伊良子清白にして特異点の海難事故死した若き漁師二人に対する追悼詩であるが、調べて見たが、残念ながら、当時の天候や事故記事は見出せなかった。医師であったから、或いは伊良子清白は彼らの遺体を検死したものかも知れないなどと私は考えた。なお、その検索の途中、「リクルート」(グループ)公式サイト内の観光サイトの「漂泊の詩人伊良子清白の家」を発見した。移築であるが、伊良子清白の診療所兼住居であった建物だそうである。JR鳥羽駅のすぐ近くにあり、見学無料とあって、投稿者による多くの写真が見られる。今度行ったら、是非、見たい。

「石鏡」「いじか」と読む。現在の三重県鳥羽市石鏡町(グーグル・マップ・データ)。因みに、「船は進む」の私の冒頭注でも述べたが、この石鏡は私は行ったことがないのに、よく知っている場所なのだ。それは私の偏愛する昭和二九(一九五四)年の「ゴジラ」(私はサイトで「やぶちゃんのトンデモ授業案:メタファーとしてのゴジラ 藪野直史」を公開している程度には同作に対してフリークである。なお、この「メタファーとしてのゴジラ」は現役の宗教民俗学者の論文(橋本章彦氏「露呈するエゴイズム ――『ゴジラ』(一九五四)を考える」)にも引用された)の「大戸島」のロケ地だからなのである。

「淦(あか)」「浛」「垢」とも書く。船の外板の合せ目などから浸み込んできて船底に溜まる水。また、荒天で船体に「あか」の道が出来て浸入してくる水や、打ち込む波で溜まった水をも称す。「あか水」「ふなゆ」「ゆ」とも言う。梵語の「閼伽(あか)」(仏前に供える水)が語源とも言われ、中世には生まれていた。小学館「日本国語大辞典」に拠った)。

「水(か)ん子」平凡社「世界大百科事典」の「かんこ船」を見ると、『北陸・山陰海岸に多い小型漁船。瀬戸内や九州の北西部にも少しは見られた。多くは』矧(はぎ)板(板の側面を接合させて作った幅の広い板)の五『枚仕立てで,長さ』七~八メートル、『肩幅』一・二メートル『程度の』小舟で『手漕ぎで』、『帆はもたない。〈かんこ〉の語義は明らかでない』が、『西日本の太平洋岸には漁船の〈いけま〉の部分を〈かんこ〉といっているところがあ』る、とあった。この「いけま」とは「活間」で、船の中に設えた「生簀(いけす)」のことを指すから、さすれば、ここはその「いけま」を「かんこ」と呼んでいることが判り、映像もはっきりと見えてきた。]

小さい風景 伊良子清白

 

小さい風景

 

帆を張つて春風の筋を――

片手で櫓を握り

片手で一本釣をあやしてゐる

皺くちやの手の側(はた)を通る

「おい、何が釣れるかい」

「赤遍羅(あかべら)さ」

「またいものをつるな」

蔑(さげす)むのか慰むのか

船頭の聲も風景に成つて了ふ

だまつて顏をあげた老漁夫――

無數の浪が

べちやくちやべちやくちや

春の海は

じつに賑やかい

 

[やぶちゃん注:「船は進む」の私の冒頭注を必ず参照されたい。

「赤遍羅(あかべら)」条鰭綱棘鰭上目スズキ目ベラ亜目ベラ科カンムリベラ亜科キュウセン(求仙)属キュウセン Parajulis poecilopterus の異名。若い頃、父とよく鱚釣りに行ったが、キュウセンは外道としてしょっちゅう掛かってきて、嫌われた者ではあった。関東ではまず食用にしないが(華やかな多色混じりの体色が却って気持ちが悪いと嫌われるのかも知れない)、関西では好まれて高値で取引されており、個人的にも私は美味いと感じる。

「またいものをつるな」検索を掛けると、四日市市西部で「無難だ」という意味で「またい」を使うとあった。小学館「日本国語大辞典」の「またい」(全い)を引くと、意味の中に「馬鹿げているさま・愚鈍であるさま」とあり、方言欄を見ると、尾張・三重県尾鷲で「確実である」とあり(これは前の「無難だ」と強く親和する表現と言える)、三重県松阪で「人の好い」、三重県名賀郡で「きびきびしない・気が弱い・おとなしく愚鈍である」等とある。キュウセンは磯の根つきの個体群も多く、海岸端の普通の釣りでもかなり容易に釣ることが出来る。さすれば、船頭が茶化して「こりゃまた、無難な(阿呆くさい)雑魚を釣ってるんだな」と揶揄した感じを含むとすれば、腑に落ちる。]

暴風雨の日に 伊良子清白

 

暴風雨の日に

 

暴風雨が村落を襲ふ

一本の草一粒の砂をも殘さず

もろもろのいとなみを無(な)みして

押し流しふみにじる

 

山嶽を海洋を平野を

鏽銹(さび)を沈澱(おどみ)を染斑(しみ)を

吹き上げ吹き下ろし

洗ひ轉(まろ)ろがし淸めつくす

 

白晝を黑夜(こくや)に變じ

人間を自然に奪還する

暴風雨の叫喚に

淸亮(せいりやう)な角笛(かく)の響がある

 

溷濁(こんだく)の騷擾の破滅の

殺戮の間に

一道(だう)の金氣(きんき)立ち昇り

萬物蘇生の額(ぬか)を現はす

 

はてしもない空洞(うつろ)を

風雨は吹き荒(すさ)ぶ

明日(あす)の日の太陽は

香(かん)ばしく輝くであらう

 

[やぶちゃん注:「船は進む」の私の冒頭注を必ず参照されたい。

「金氣(きんき)」五行の「金」は冷徹・堅固・確実な性質を表わし、何よりここはロケーションの時制である「秋」が「金」に配されていること、それが収獲・豊饒・再生を象徴させるように表現されているものと私は読む。]

祈 伊良子清白

 

 

塵のみ積る

 冬の巷(ちまた)に

ただ一筋の

 小川流れて

晝夜(ひるよる)絕えず

 祈るなり

 いのるなり

 

[やぶちゃん注:創作時期推定については、「船は進む」の私の冒頭注を参照されたい。

乞食 伊良子清白

 

乞 食

 

垢(あか)の佛よ乞食(こつじき)は

よにひもじさは堪へがたし

ただ一すぢに食を乞ふ

まことなるこそ佛なれ

 

[やぶちゃん注:創作時期推定については、「船は進む」の私の冒頭注を参照されたい。

雨後 伊良子清白

 

雨 後

 

午前二時――

雨の上がつたあとの木々の滴り

どこかで御詠歌の鉦(かね)の音

また餘勢をのこす波のひびき

そして海から海へ

劈(つんざ)くが如き海鳥の叫號

一つ一つ星があらはれて

離々たる雲の姿

うしろの山には

晴天の風が起つてゐる

 

[やぶちゃん注:「船は進む」の私の冒頭注を必ず参照されたい。

「御詠歌」霊場巡りの巡礼や浄土宗の信者などが、鈴を振りながら、哀調を帯びた節回しで声を引いて歌う、仏の徳などを讃えた歌。「詠歌」は、もともとは単に「歌を詠むこと」「和歌を声に出して歌うこと・作ること」を意味するが、それが限定された「御詠歌」となる背景には、特に中世に於ける仏教と和歌との密接な関係があると見られ、その発生は室町以後と推定されている。伝承上では西国三十三番札所に残る三十五の御詠歌の源を花山院に求めるが、これは疑わしい(小学館「日本国語大辞典」に拠った)。]

晚凉 伊良子清白

 

晚 凉

 

夕暮の、滿潮の

渦卷がはじまつた

山をも浸(ひた)す

さし汐の勢ひは

漁村の壯觀だ

 

ところどころ鰡(ぼら)が飛んで

峽灣は靜かに暮れる

兩岸の木立が

くつきりとあらはれて

水が明るい

 

[やぶちゃん注:「船は進む」の私の冒頭注を必ず参照されたい。

「鰡(ぼら)」条鰭綱ボラ目ボラ科ボラ属ボラ Mugil cephalus。ボラはよく海面上に跳ね上がり、時に体長の二~三倍もの高さまで跳躍する。私も海釣りでしばしば体験した(因みに、恐らく私が釣り上げた魚では、高校時代に父と行った新湊港の岸辺で釣った三十センチメートル超のボラが最大であった。あの時の強烈な引きは今も忘れ難い。釣り上げる間に釣り人が何人も寄って来たが、魚を見て「なんじゃい、ボラか」と皆、去って行ったのだが、何となくボラが可哀想な気がしたのも忘れられない。因みに彼は、亡き母が味噌煮込みにしてくれ、美味しく戴いた)この現象については、周囲の物の動きや音に驚いてするという説、或いは、水中の酸素が欠乏しているため、はたまた、その運動衝撃を以って体表に付着した寄生虫を落とすなどという諸説があるが、未だ解明には至っていない(一部でウィキの「ボラ」を参照した)。]

帆が通る 伊良子清白

 

帆が通る

 

浦をすれすれに

明るい帆が通る

(大きな白い花びらの漂着)

面梶(おもかぢ)!

船長の若々しい雄叫(をたけ)び

ぎい、ごとん! 梶の軋(きし)み

帆がくるりとまはつて

船は巧みに暗礁(しま)をかはした

急湍(はやせ)の外のどよみ

甲板で働く水夫の姿は

舞臺の上の俳優の科(しぐさ)を見るやう

順風!

滿潮!

びゆんびゆん帆綱が鳴る

船首(みよし)は潮を截(き)つて急流を作る

船は山に向つてぐんぐん迫つて來る

海深(かいしん)を測る鉛錘の光りが

振り子のやうに水面を叩く

鷗が輪を描(か)きわをかき

灰色の腹を見せ見せ

ぎあぎあ啼き乍ら

船に尾(つ)いて行く

取梶!

帆がばたつく

ぎい!

物の響は靜かだ

船は山を離れて、沖へ

かもめは空しい海を

低う掬(すく)つて飛ぶ

 

[やぶちゃん注:「船は進む」の私の冒頭注を必ず参照されたい。

「暗礁(しま)」「しま」は「暗礁」二字へのルビ。

「海深(かいしん)を測る鉛錘の光りが」「海深(かいしん)」のそれから、この「鉛錘」はもう、「おもり」ではなく、「えんすい」と音読みしたい。]

船は進む 伊良子清白

 

船は進む

 

山と積まれた蛸壺殼(つぼがら)で

松の幹はかくれてゐる

胸をはだけた此庭の眺望(みはらし)は

午前の太陽が香ばしい

沖のうねりの强い朝だ

近い颱風を豫感させる日だ

銀綠の島々は

もう睡たさうな徽暈を帶びてゐる

 

見よ、生活が

傳統から力づけられ

戀愛から彩られ

信仰から燃やされて

大洋のただ中に

何の不安もなく

人達は突き進む

 

[やぶちゃん注:ロケーションを知りたいが、「蛸壺殻」と「島々」と、伊良子清白の居住歴を見るに、三重県の鳥羽の景である可能性が高いように思われる。「鳥羽市観光課」の公式サイト内のこちらによれば、『かってはタコガメ漁だけで生活ができると言われるほど、タコ漁業が盛んであった。鮹漁は、年間を通じて行われるが、最盛期は麦が穂を見せはじめる頃から夏にかけての「ノボリダコ」と、秋から冬にかけての「オチダコ」と呼ばれる時期の』二『回である。タコガメは、常滑の素焼きのカメが使用されてきたが、近年ではプラスチックのものになってきている。島内で捕れたタコを、島の女性達が加工した「潮騒タコ」は隠れた島の特産品として人気が高い』とある。してみると、この口語詩は一つ、彼が当時の三重県志摩郡鳥羽町大字小浜に転居して村医(翌年には小浜小学校校医にもなっている)として診療所に住んだ大正一一(一九二二)年九月十二日から、本篇が所収される新潮社の「現代詩人全集 第四巻 伊良子清白集」の刊行された昭和四(一九二九)年十一月までの閉区間の約七年間の秋が有力な創作時期となるようには思われる。以下、本集の大パート「南風の海」の最終篇「老年」までの海をロケーションとする総てが(二篇そうでないものがあるが、それが中に挟まっているのはやはり同時期の作と採ってよいように思われる)、その時期のそのロケーションであると、私は確信している。それは、後に出る詩篇「凍死の漁夫」の後註に『大正十五年一月十五日未明、二人の漁夫年若うして伊勢灣外石鏡沖に凍死す、そを悼みてこの詩をつくる』と伊良子清白が記していることが、大きな証左となろう。「石鏡」はこれで「いじか」と読み、これは現在の三重県鳥羽市石鏡(いじか)町を指すここ。グーグル・マップ・データ)からである。因みに、この石鏡は私は行ったことがないのに、よく知っている場所なのだ。かの偏愛する昭和二九(一九五四)年の「ゴジラ」の「大戸島」のロケ地だからなのである。

「蛸壺殼(つぼがら)」「つぼがら」は「蛸壺殼」三字へのルビなので注意されたい。

「微暈」見慣れぬ熟語であるが、「びうん」と音読みしておく。微かに暈が(かさ)がかかったようにぼんやりして見えることではあろう。]

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