教え子が僕に贈ってくれた至福
「ジョアン・ジルベルトの伝説」を――今――聴いてる!
これは奇跡なんだ!
――正直、僕は生きている内に、こいつを聴けると、実は、思っていなかった……生のジョベルトを聴けなかったけれど……これで、僕は人生を三倍生きた気が、確かに、してる……好きな女にバラの花を渡して、丘を下る……それほど……こいつは「いい」んだ、ゼ!……これは確かにレジェンドなんだ!……僕の貧しい人生にあっても、ね!……どんな貧しい人生にあっても、「伝説」は、確かに必要なんだ!――
「ジョアン・ジルベルトの伝説」を――今――聴いてる!
これは奇跡なんだ!
――正直、僕は生きている内に、こいつを聴けると、実は、思っていなかった……生のジョベルトを聴けなかったけれど……これで、僕は人生を三倍生きた気が、確かに、してる……好きな女にバラの花を渡して、丘を下る……それほど……こいつは「いい」んだ、ゼ!……これは確かにレジェンドなんだ!……僕の貧しい人生にあっても、ね!……どんな貧しい人生にあっても、「伝説」は、確かに必要なんだ!――
今朝、先程、目覚める直前――
僕の聞こえが悪くなった、通奏低音の耳鳴りがする左耳に――
確かに鮮やかなバッハの「ヨハネ受難曲」序曲のヴァイオリン主旋律が聴こえたのだった――
それにはっとして僕は眼を覚ましたのだったが――
布団の中で凝っと目を閉じたまま、周囲の音に聞き耳を立ててみた――
若い鶯の練習――さんざめく雀――遠い鴉――花粉症の妻の苦しそうな寝息……
耳に入る、その幻聴の元を探ってみたところが――
それは何のことはない――
僕自身の呼吸の立てる音なのであった――
……退屈で、不愉快で、理不尽極まりない、この人生にあって……僕は僕自身の中に、ヨハネを聴いたのであった――
の通知が先ほど……ジョアンじゃ、あるかもなぁ、と予想はしていたものの……ガックり……言葉なし(泣)……過去二回は、私事の海外旅行と、海外修学旅行にぶつかって涙を呑んだ……今度こそ! と思ってたのに……ジョアンは、僕の、この秘やかな10年の人生の思い出に結びつくものだった……僕は、結局、そんな星の下に生まれてるのか……
*
今は9:36、アクセス解析を見ると「ジョアン」のワードの検索で僕のブログに来た方が40人を越えていた。そうだよな、誰にも、きついんだよな……僕にも、きついんですよ……まあ、せめてもの気晴らしに、僕のブログやHPで別に一つでも面白いものを見つけてお帰り下されんことを(ある訳ねえな。僕だってぼぅーとしてるんだから)。つまらぬ述懐にて悪しからず。東京公演2回分は緊急延期で12月にそのままスライドさせたらしい……せめてそれらの人々の期待をまたしても裏切らぬことを望むのみ……
サヨナキドリ(小夜啼鳥)
Luscinia megarhynchos
ロシア語で“Соловьев”
ナイチンゲールNightingaleのこと。これを調べていて(これは僕の130000アクセス記念テクストのヒントである)、面白いサイトを発見した。
ウィンドウに任意の文字列を打ち込むと、それをナイチンゲール語(!)に翻訳して、聞かせてくれる。その音声のダウンロードも可能だ。学名を打ち込んだら、とっても嬉しそうにナイチンゲールが囀る! 因みに日本語で打ち込んでもしっかり翻訳してくれるよ!!!
Je te veux
エリック・サティ作曲 アンリ・パコリ作詞
(……なれどやぶちゃん改竄版に附き要注意!)
こがね色の天使――その禁断の木の実……
あなたの瞳――
いやよ!――と言われても
あなたが欲しい……
僕のこの苦しみを救っておくれ!
来て! 僕のミューズ!
僕は欲しいんだ! 二人だけの幸福――
それがあっという間に消えてしまう一瞬のものであったとしても――
あなたが欲しい……
あなたの素敵な髪――
あなたの光輝く背中――
豊かで悩ましいそのブロンド――
禁断の偶像――そのブロンド……
僕は切に願う――
僕の心があなたの心と――
あなたの唇が僕の唇と――
そうして、あなたのからだが僕のからだと――
僕の肉の総てが
あなたの肉の総てとなる――
あなたが欲しい……
こがね色の天使――その禁断の木の実……
そうなんだよ……僕には分かるんだ――
あなたの瞳の中のスティグマ――
もう、少しも怖がらなくったっていいんだ――
あなたを抱く、僕の手を――
いつまでも抱き合い
共に燃え上がる
愛の夢に感じて……そうして……
逢おう!――
二人の魂だけが交わる――
こがね色の天使――その禁断の木の実……
あなたが、欲しい……
*
酔ってるから、めんどくさい――“Je te veux”で検索して、そのシャンソン歌詞の男性版というのを見つけて、その方の翻訳を眺めながら垂翅の酔死人たる僕が勝手気ままに改竄したんだが……でも、これは不遜にも僕の個人的な詩となった――だって、酔っ払いは、いつだって“Je te veux”なんだから……
――僕の最初のサティ、ジャン・ジョエル・バルビエの“Je te veux”と、あのアランのはにかみと、このブログとを、捧げよう……あなたへ――しかし……サティがこんな安物の詩(失礼、アンリ・パコリ先生! しかし“Je te veux”は糊口に窮したサティがいやいや作曲したというのは確かな都市伝説である)に曲をつけたなんて……で、こんなにロマンティクないい曲だなんて……
……安物の詩――安物の生活――安物の実人生……
……もう、たくさんだ! と、何故、僕もあなたも 「言わない」のだろう?
……いや……言ってみたところで……デュブールの言うように偽者ものの金ピカの(それは鍍金だ!)人生しか僕らにはないからだってことは、分かりきってる、さ……
*
女性版・男性版共に原詩附きで、絢爛なMP3も聴けるブログを発見。このフランス語の原詩から、ちゃんといつか訳してみたいな……
マル・ウォルドロンのように繰り返すサビを弾けたら、僕はそれだけでもう、何も、誰も、いらない気がする――いや、それは間違っている――タモリが容易にマルを真似て弾いたのを昔聴いたが、彼は、マルを好きだけれど、如何にもな憂鬱な演奏するからもう沢山だと、不遜に、いや、本当は優しさから言ったんだ、が――あのリフレインの半音階のひねった上行と下行――ブルースは、ブルーではない、ブルースは、希望、だ――僕はマルの曲をジャズではなくブルースだと本気で思っている……海の、薄暗い夜明けの、匂いがする、二人で嗅いだ、あの2月、いや、7月の浜辺……僕は、水きり遊びの石を投げよう――あの水平線の向こうへ届く、ラルゲリウスの飛び去った、あの向こうへ……ベヨネーズ列岩を超えて、少年航空兵であった僕の父の友達が消えて行った、あの彼方へ……そのような「者」、絶対の追悼者として、僕がマル・ウォルドロンのようにサビを弾けたら……
〔僕の確信犯的な思い違いを訂正するのが面倒である。それを説明するのも、「忘れられた」マルやシェップに対してオタクである人にしか溜飲は下がるまい。そこで題名を変え、本文もいじった。今日、地獄のような雨の檜洞丸から帰って、足も擦れた股間も、激しく痛むし、瞼がほとんど閉じている……鬱々と雨中行軍をしながら考えた末にかくなる仕儀となった。悪しからず。2008年6月29日9:15追記〕
〔下肢の筋肉痛は漸層的に倍加しているが、昨夜の熟睡のお蔭で、頭は冴えた。勘違いの詳細を語る。常時鬱々としている僕はこの数ヶ月、書斎では専ら二枚のアルバムをリピートで聴き続けている。一枚は、Archie Shepp の1980年の Horace Parlan とのデュオ、Steeplechase の
“Trouble in Mind”
である。これは遠い以前にブログに書いた。なお、僕は発売当時のアナログで持っているのだが、これはシェップの伝統的なジャズへの回帰の金字塔と思っている(勿論、彼の前衛演奏も認めての話である)し、そのブルージーな演奏は逸品であると確信するが、残念ながら国産CDはない。新星堂でアメリカにCDを注文したが、1年経った現在も届いていない。さて中でも終曲の“St. James Infirmary”はグンバツのスグレモノである。パーランのダルなラインが慄っとする程、イイ(因みにこの曲の別な一枚を選ぶとすれば僕は躊躇なく南里文雄をフィーチャーした浅川マキのアルバム「裏窓」の「セント・ジェームズ病院」――マキは歌中では「病院」ではなく「医院」と歌っている。僕はいろいろな思いや語感から、この曲の和名を「聖ジェィムズ医院」としたい人間である――を推す。因みに、これにはまさに僕が始めて聴いた、まさに(!)「トラブル・イン・マインド」が入っているし、驚天動地!、筒井康隆(!)作詞の「ケンタウロス子守唄」も大好きなんだナ、これが)。
もう一枚は、「同じ」 Archie Shepp で、「Mal Waldron」とのデュオである“Left Alone” (Revisted Enja Records)
である。二人の燻し銀の晩年が超ハイブリッドで鬱った心をメッタ刺しにしてくれること請け合いだ(よろしければ僕の“Left Alone”の拙訳を)。 で、……メッタ刺しにされて、頭がショートしたんだな、これが。結果が、シェップで、パーランの、聖ジェイムズ医院の、フレーズがマルで、思い込みのブルーになりにケルカナ運河、となったという落とし話。而して場外乱闘法界坊ぼうぼう燃える葉カチカチ山で捻り出したのが、題名の捏造、マルに繋がらない「聖ジェイムズ病院」はあかんから、マルの演奏でいっとう好きやねん、アレや、アレ! 1976年の名盤“All Alone”(Globe)の“A View Of S.Luca”で誤魔化させておくんなはれ、あかん! そやったら、マルのライフ・ワーク・オード、“Left Alone” を欠かす訳には、イカン! て……てふ仕儀也……こうしてやっとひねくれた懺悔を致す気持ちになったのも、とりあえず、実は勘違いの弁解より……この二枚のアルバムを多くの方にお奨めしたい、というのが本音な訳である。2008年7月1日追記〕
眼が覚めたらやっぱり少し淋しいな――誰かに聲をかけてもらいたくもあり ――でもチャック・イスラエルとアーチー・シェップの「セント・ジェイムズ病院」を聴くと、もう誰とも話なんか金輪際したくないと思うんだ――では さようなら
もう一枚。好きなると居ても立ってもそれを口ずさまずには居られないのが僕の病気である。もうずっと毎日、くるりの「家出娘」が脳みその中で鳴りっぱなしで、これはCDを買ってエンドレスで聴くしかないのだ。事実、さっき2時間以上、「家出娘」のリピートでラジカセは熱を発している。今日の夕暮、アリスの散歩でこれを口笛で吹きながら歩いていたら、すれ違った若い女性がにっこり笑って「あら、くるり!」と小声で言ったのが聞こえた。悪くないね♡
僕が僕に感謝するのは、気に入った曲はイッパツでメロディラインを暗誦できることなのである。がしかし、実は哀しいことがある。それは、その曲に歌詞がある場合、たとえそれが短い歌詞であっても、覚えられないということ、いや、実は、僕は、例えばこの「家出娘」の歌詞は、これほどリピートで聴いても、その数箇所が「分からない」のだ。僕には先天的に、音楽合わせて歌われた歌詞を判読する能力が欠落しているらしい。標準的アクセントを外されると僕には日本語は外国語らしいのだ。
例えば、こうさ。さっき、やっとライナーノーツを見て、
へえぇ、「秘密の道草」って歌ってるの!?
「……ままで」って「着た」だったのか!
「君は染めた」!ってダメ押ししてたんだ?
夢じゃないかって、の「て」じゃないんだ? 「手」なんだ!
「曇天模様の下」だったのか! 意味不明の「下」だった……
僕はそうして、こう納得しても、すぐに忘れてしまう……そうして最初の「何が何でも出て行こう君は家出娘」というフレーズだけでしかこの曲の歌詞を認知しないのだ。僕にとって好きな音楽の歌詞は実は全くと言っていいほど――好きなこととほとんど無縁なのだということに気づく。はっきり言うと、さっき書いた「千の風になって」も例外ではないのだ。僕はその詩句の一部分についてある限定を述べたが、それはこの「家出娘」の「何が何でも出て行こう君は家出娘」と同じ、このメロディに刷り込まれた「メロディを名指すためだけの」特異命題なのだと言っていいのだ。それは決してそれを「示さない」のである。
くるりという彼らがどれほどに若い連中に流行っているか、まるで知らない。知らないが、僕は、好きになれそうだ。そんな気がしているよ……
町に出るのが厭で、つい聴きたくてしょうがないのに、今日仕事の帰りにやっと新垣の「千の風になって」を買った。ブレイクした秋川雅史の「この曲」の歌唱は正直、僕には生理的に、顔も、声も、シンコペーションも、その些細な演出も、ひいては彼が歌う際のスタジオも大道具も小道具も司会者も何もかもが、鼻が曲がるほどに場違いなのだ。彼は「あの歌」を歌うべきではない、としみじみ思う。それに比して、僕は、昨年、タクシーのラジオから流れる秋川の歌で最初に聴きながら、これを詠っていいのは「新垣勉」しかいないと思ったのだ。今日、2バージョンを聴いて、それは確信となった。何だろう、こんなことって、この人の詠うのを聴いて確かに僕は「母の歌」を聴く。この曲を「詠える」人物は限られている。テクニックでも曲想でもない。いみじくも新垣のCDの題名である「魂」の共感覚なしに、この曲は詠えない。
追伸:言うもおぞましいが、どうしても言っておかねば気が済まぬ。先の「中日新聞」は、このCDの驚異的な売り上げを報じた。その記事の最後に識者の意見として「泣くことを制限されると感じる人もいる」等と糞下劣なことを言っておる。この曲が泣きたいのにそれを禁ずる曲だと解する人もいる等というおぞましい謂いで、評したと思っている、おまえ! おまえだ! おまえには、音楽が、歌が何たるか、分かって、ない! いつも泣くことを禁ずるのは、そうした知ったかぶりの知性に支配された似非大衆の仮面を被ったお前らのような「論理」だったではないか! 音楽は国境を越えてゆく。如何なる有刺鉄線も、それを阻むことも、傷つけることも出来はしないのだ。
彼を感じるために
Max Roach - Drums Unlimited (Atlantic LP 1467)
そうして彼のスティックのドゥエンデのために
The Bud Powell Trio (Roost RLP 2224)
僕の人生に素敵なドラミングを、ありがとう! マックス!
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