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カテゴリー「芸術・文学」の333件の記事

2018/02/15

心中宵庚申

昨日、観た文楽「心中宵庚申」のエンディングには思わず落涙した。

2018/01/01

元日パブリック・ドメイン記念テクスト 虎見邦男作「ウルトラQ バルンガ」

 
   2018年 迎春
 

今年最初の、私が満を持して作成した電子テクスト、元日パブリック・ドメイン記念テクストとして「心朽窩旧館」に、

「ウルトラQ バルンガ(虎見邦男脚本 ベタ・テクスト・データ)」HTML横書版

及び

同PDF縦書版

   *

「ウルトラQ バルンガ 虎見邦男 附 放映版校合によるやぶちゃん注」HTML横書版

及び

同PDF縦書版

の二篇四種を公開した。



――奈良丸明彦博士とサタン一号墜落事故で亡くなった御子息に捧ぐ――

2017/12/29

予告(「ウルトラQ バルンガ 虎見邦男 附 放映版校合によるやぶちゃん注」冒頭注)

ウルトラQ バルンガ 虎見邦男 附 放映版校合によるやぶちゃん注(予告・同冒頭注のみ)

 

[やぶちゃん注:以下は、昭和四一(一九六六)年三月十三日日曜日の午後七時から七時半にTBSで放映された特撮番組「ウルトラQ」(製作:円谷プロダクション・東京放送テレビジョン)の第十一話(シナリオ・ナンバーは十七・製作ナンバーは十六)として放映された「バルンガ」(監修:円谷英二・監督:野長瀬三摩地(のながせさまじ)・特技監督:川上景司(けいじ))の製作用台本の電子化である。

 脚本を担当した虎見邦男氏は、本作の重要な登場人物である奈良丸明彦博士と同じく、事蹟記載の少ない謎めいた脚本家であるが、私の所持する膨大な特撮関連書籍の記載等によれば、彼は昭和四二(一九六七)年三月末に若くして亡くなっている(昭和五(一九三〇)年生まれか? 没年確認をされたい方は、例えば、ブログ「JKOYAMA LAND番外地」のこちらの脚本家上原正三氏の証言を御覧戴きたい)ので、本作は二〇一八年一月一日午前零時を以ってパブリック・ドメインとなる

 底本は同作の台本をもとにした(故あって、本底本の出所は明かさない)。なお、現在知られる「バルンガ」の台本は一種のみのはずである。一行字数と柱・台詞等の字配位置は台本に従った。台本印刷の都合と思われるが、本文中では拗音や促音表記がなされていないが、それも再現した。シークエンスの柱の間は一行空けた。中に入った「」記号の前後は一行空けた。

 完成放映作品のエンディングには、監督野長瀬氏によってなされたものかと思われる、脚本にない忘れ難い、ショッキングなナレーション(石坂浩二)が附されてあり、これ等については「ウルトラQ」のDVD(複数所持するが、今回は映像・音声ともにブラッシュ・アップされた「総天然色ウルトラQ」(二〇一一年初版)を使用)を用いてシナリオと放映版との違いを検証し、当該相違箇所に私が注を挿入した。放映版の台詞は聴き取りで、句読点や漢字化は私の好みに従った。放映版では台詞の前に添えられる感動詞が俳優によっては、もっと豊富にあり、脚本の表記とは異なるものも多いが、五月蠅くなるだけなので、前の台詞との絡みなどの特性のあるものに限って注記した。放映版のモブ・シーンや複数シーンでは、幾つかオフで、はっきりと聴き取れる主キャスト(一平の「先輩!」や由利子の声はかなりオフで入る)や端役の台詞もあるが、これは煩瑣になり読み難くなるだけなので、話の本筋に抵触しないものは採録しなかった。しかし、この仕儀は原シナリオを甚だ読み難くしてしまっているので、本データとは別に、私の注を除去した原シナリオ・ベタ・テクスト・データも同時に公開することとしたので、そちらも参照されたい。

 なお、虎見氏は最初に発見されるその生物(バルンガ)を「半透明ゼラチン質の、動物とも植物としも見わけのつかぬ物体」とト書きしておられるが、この生々しい生理的視認感をバルンガの原造形にもう少し表現出来ていたら、と、私は正直、少しばかり残念に思う。また、江戸川由利子(ゆりちゃん)がこの生物を見て、「風船虫かしら?」と呟くシーンがあるが、先日、ヒョンなことから、通称「風船虫」なる生物がいることを知った。半翅(カメムシ)目異翅(カメムシ)亜目タイコウチ下目ミズムシ上科ミズムシ科 Corixidae の大型種に対する異名である。私実に永い間、私の愛するゆりちゃんが「バルンガ」に名づけた架空の生物名だとばかり思っていた

 本作は私の偏愛する作品であり、リアル・タイムで放映を見(小学校四年生であった)、放映の翌日である昭和四一(一九六六)年三月十四日月曜日の朝(当日は北海道の一部を除いて快晴であった)、思わず、太陽を見上げた少年であった。特に私には、奈良丸明彦博士を演じた俳優青野平義(あおのひらよし 大正元(一九一二)年~昭和四九(一九七四)年)氏の抑制の利いた素晴らしい演技と声が五十年以上経った今でも鮮やかに甦るし、彼の台詞は総て暗記しているほどである。2018年1月1日(公開予定日) 藪野直史】]

 

2017/12/23

ひとみ座特別公演「ぼくらのジョーモン旅行」

私の父の原案になる、人形劇団ひとみ座による「ぼくらのジョーモン旅行」を父と妻と私とで見る。二ヶ月前に亡くなったアリスも登場。良き手向けとなった。

Jyoumon_omote

2017/11/15

宮澤賢治「銀河鉄道の夜」より

「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一諸に行かう。僕はもうあのさそりのやうにほんたうにみんなの幸のためならば 僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまはない。」
「うん。僕だってさうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでゐました。
「けれどもほんたうのさいわひは一体何だらう。」ジョバンニが云ひました。
「僕わからない。」カムパネルラ がぼんやり云ひました。
「僕たちしっかりやらうねえ。」ジョバンニが 胸いっぱい新らしい力が湧くやうにふうと息をしながら云ひました。
「あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔だよ。」カムパネルラが少しそっちを避けるやうにしながら天の川のひととこを指さしました。ジョバンニはそっちを見てまるでぎくっとしてしまひました。天の川の一とこに大きなまっくらな孔がどほんとあいてゐるのです。その底がどれほど深いかその奥に何があるかいくら眼をこすってのぞいてもなんにも見えずたゞ眼がしんしんと痛むのでした。ジョバンニが云ひました。
「僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない。きっとみんなのほんたうのさいはいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一諸に進んで行かう。」
「あゝきっと行くよ。 ああ、あすこの野原はなんてきれいだらう。みんな集ってるねえ。あすこがほんたうの天上なんだ。あっあすこにゐるのぼくのお母さんだよ。 」カムパネルラは 俄かに窓の遠くに見えるきれいな野原を指して叫びました。

2017/09/16

宮澤賢治「心象スケッチ 春と修羅・第二集」 一六六 薤露青 一九二四、七、一七 末尾

 
 
  ……あゝ いとしくおもふものが
   そのまゝどこへ行ってしまったかわからないことが
   なんといふいゝことだらう……
 
かなしさは空明から降り
黑い鳥の鋭く過ぎるころ
秋の鮎のさびの模樣が
そらに白く數條わたる
 
 

2017/08/24

岩波文庫ニ我ガ名ト此ノぶろぐノ名ノ記サレシ語(コト)

先週、近代文学研究家の山田俊治氏(現・横浜市立大学名誉教授)より、自筆の御葉書を戴いた。

山田氏の名は芥川龍之介新全集の諸注解で存じていた。最近では特に、ブログでの「侏儒の言葉」のオリジナル注企画で頻繁に引用させて戴いたが、無論、終生、巷間の野人たる小生は面識もない。何か誤ったことでも私がブログで書いているのを注意されでもしたものかと思うて読んでみたところが、そこには、

『この度 芥川龍之介の紀行文集を岩波文庫から出版することになり、注解にあたっては、ブログを拝見して、大いに刺激されるとともに、一般書のため、逐次 注にできませんでしたが、大変 参考にさせていただきました。そこで、一部献本させていただきますので、御受納いただければ幸いです』

とあって、驚いた。

昨日、それが届いた。

2017年8月18日発行・山田俊治編「芥川竜之介紀行文集」(850円)
 

Aku1

 
である。中国特派の際の五本は「Ⅱ」として纏められてあるが、それ以外の「松江印象記」(リンク先は私の初出形)に始まる九本の選択も非常に面白い。注を縦覧したが、語句や表現要所が非常によく押さえられており、「Ⅱ」パートでは地図なども附されてあってお薦めである(数年前に他社の文庫でもこれらは出ていたが、本屋で立ち読みしただけで、その注のお粗末さに呆れた果てたのを覚えている)。
特に、あの時代にあって稀有のジャーナリストたらんとして――芥川龍之介は自らを「ジヤアナリスト兼詩人」(「文藝的な、餘りに文藝的な」(リンク先は私の恣意的時系列補正完全版)の「十 厭世主義」)と称し、遺稿の「西方の人」(リンク先は私の正・続完全版)ではキリストを「古い炎に新しい薪を加へるジヤアナリスト」と評している――書かれた中国特派のそれらは、もっと読まれるべきものであると私は強く感じている(芥川龍之介の「上海游記」「江南游記」「長江游記」「北京日記抄」はそれぞれブログ分割版(全)があり、それらの一括版及び「雜信一束」はHTML横書版で「心朽窩旧館 やぶちゃんの電子テクスト集:小説・戯曲・評論・随筆・短歌篇」の「芥川龍之介」パート内の「§ 芥川龍之介中国紀行関連作品 §」に収めてある)。

さて。山田氏の解説の最後を読んで、さらに驚いた。
 

Aku2


 
何と! その末尾、参照先行文献の一覧の最後の最後には、天下の岩波版「芥川龍之介全集」(新全集)がずうっと並んだその終りに……『および、藪野直史「Blog鬼火~日々の迷走」』とあるではないか!?!

私のような凡愚の野人の仕儀が、誰かの役に立つとならば、逆に、恩幸、これに過ぎたるはないと言うべきで、ここに山田俊治先生に深く謝意を表したい。
 
 

2017/08/17

今日の「青空文庫」の公開作である高見順の随筆「かなしみ」を読み易くしてみる

今日の「青空文庫」の公開作は高見順の随筆「かなしみ」であった。

私は高見淳が好きだが、これは初めて読んだ。しかし実に、佳品であった。最後の部分が自ずと、ジジーンと、きた。原文は改行なしの一段で読点が禁欲的でちょっと今時の若者には読み難いようだから、恣意的に改行と読点代わりに字空けを施して以下に示す。若い読者向けに私の注を入れた。読みは歴史的仮名遣で示した。

   *

 赤羽の方へ話をしに行つた日は 白つぽい春の埃が中空に舞ひ漂つてゐる日であつたが、その帰りに省線電車の長い席の いちばん端に 私が腰掛けて 向うの窓のそとの チカチカ光る空気に ぼんやり眼をやつてゐるといふと、上中里か田端だつたかで、幼な子を背負つた ひとりの若い女が入つてきて 手には更に 滅法ふくらんだ風呂敷をさげてをつた。

そこで 席を譲つた私であつたが、このごろ 幼な子となると この私としたことが、きまつて おのが細頸を捩ぢ曲げたり 或は長い頸をば 一層のばしたりしてまで その幼な子の顔をのぞいて さうして そのあどけなさをば、マア言つてみりや 蜂が騒々しく花の蜜を盗むみたいに なんとなく 心に吸ひ取り集めないでは ゐられないのであつたから、そのときも その幼な子に 遽しく[やぶちゃん注:「あはただしく」。]眼を向けたことは言ふまでも無いのだ。

どうやら 眼が見え出してから やつと一二月位にしかならないと察せられるその子は、眼と眼とのあひだの まだ隆起のはつきりしない鼻の上ンところに、インキのやうな 鮮やかな色合ひの青筋を見せてゐて、そのせゐもあるんだらうが、総じて脾弱な感じで 顔色も こつちの主観からだけでなく 病弱の蒼さと見られ、さういふ子には なほのこと 親ならぬ私ながら いとしさが唆られる[やぶちゃん注:「そそられる」。]のである。

ところが その親の若い女なんだが、これはまた どうして 骨太の おつとやそつとでは[やぶちゃん注:現在の「ちょっとやそっと」に同じい。] 死にさうもない体格の 牛みたいなやうな女で、そして さういふ女に有り勝ちの 眼暈[やぶちゃん注:ママ。「めまひ」(眩暈)と訓じていよう。]を催させるやうな色彩と柄の それにペカペカと安つぽく光るところの着物を着てゐる。

その背中で 小さな頼りない幼な子は キョトンとした青つぽい眼を あらぬ方に放つてゐたが、するうちに 何を見つけたか、弱さうな子でも やはりくびれは出来てゐる その頸を 精一杯うしろに曲げて、それは全く もやしの茎が ポキント 儚く[やぶちゃん注:「はかなく」。]折れるやうに 今にも折れはしないかと ハラハラする位に 無理に のけぞらせて、一心に何かを瞠め出したものだ。

何か横の 上の方にあるものに 幼な子は大変な興味を惹かれて了つたらしいのだ。

瞬きもせず瞠めてゐるのだつた、[やぶちゃん注:読点はママ。]

すぐその無理な恰好が苦しくなるのだらう、首を前に戻すのだが、その戻すのが戻すといつた式のものでなく ガクッと 首を前に倒す、いいえ、ぶつつけ ぶつ倒すのだ。

さうして 鼻をペチャンコに潰したまま 母親の襟に顔を埋め、しばらくは さうして フーフーと 息をついてゐる。

この幼な子にとつて 仰向いて瞠める[やぶちゃん注:「みつめる」。]のは それこそ 大変な労苦であることを それは ありありと語つてゐた。

と また 首を持ちあげ 頸を折るみたいにして 仰向く[やぶちゃん注:「あふむく」(あおむく)。]のであつた。

さうして再びガクッとやる。

はて 何が一体そんなにまで 幼な子の心を強く捕へたのか

と 私は心穏かでなく 幼な子の視線を辿るといふと、席の横に ひとりの背の低い青年が立つてゐて その男の顔を瞠めてゐることが分つた。

さりながら その顔は 至つてありきたりの雑作[やぶちゃん注:「ざふさく」(ぞうさく)。顔立ち。]であつて 別に不思議な顔といふのではなかつた。

けれど 如何にも不思議さうに 幼な子は見入つてゐる といふことを 青年は夙に[やぶちゃん注:「つとに」。とっくに。先(せん)から。]気づいてゐたらしく、青年らしい羞恥と困惑を押へ隠して さりげない風を敢へて装つてゐる表情であつたが、ここでまた 私の吟味的な視線を 面皰[やぶちゃん注:「にきび」。]の吹き出た頬に感じると、もはや我慢がならぬ といつた如くに 苦虫を噛み潰したやうな顔をした。

と その瞬間、私は ああさうだ と ひそかに合点をした。青年は セルロイド製の黒いふちの眼鏡を掛けてゐた。

たしかに その眼鏡に 幼な子は惹かれたのであるらしい。

軈て[やぶちゃん注:「やがて」。] 幼な子は小さな手まで上へ頼りなげに差しのべはじめたが、その手の動きも 私の推測の誤りでないらしいことを告げてゐると私はした。[やぶちゃん注:「した」はママ。「察した」の謂いか。]

幼な子の 春の芽のやうな 可愛い手は 然し[やぶちゃん注:「しかし」。] 充分にあがらず、空間を模索的に動かしてゐるうち 青年の洋服の袖をとらへた。

すると、この、幼児を身辺に持つたことのないらしい青年は すつかり照れて、冗談ぢやないよ といつた風に すげなく、だが さう あらはに 引つこめるのも大人気ない といつた様子で 静かに 手をひくと 同時に 幼な子は 例の ガクッと やる やり方で顔を伏せた。

丁度 そのとき 電車は駅に入り、青年は降りて了つた。

そして 又 電車が動き出すと その動揺に促された如くに 幼な子は やをら 首を挙げて 不思議な眼鏡を観察すべく 上を見たはいいが、さあ大変、大事な眼鏡は消え失せてゐる。

今まで ちやんと あつたものが あッといふ間に なくなるとは 信じ難い、さういつた眼を 幼な子は ムキになつて向けてゐたが、やがて なんとも いひやうのない哀しい顔付をしたとおもふと、それはすぐ無慙な歪んだ顔に成り、ヒーヒーと泣き出した。

その泣き声が、抗議的な爆発的な叫喚的なものならいいんだが、いかにも弱々しい低い 絶え入るやうな哀しいものであつたのも 私の心を ひとしほ 苦しめた。

若い母親は、ああ よしよし と言つて 背中をゆすぶり、その体躯にふさはしい 勇ましい振り方をするもので、幼な子はガクンガクンと首をがくつかせて そして 泣きつづける。

泣きつづけるので 母親は、ああよしよし、もうすぐだよ、上野に着いたらやるからネ と言って[#「言って」はママ][やぶちゃん注:この注は「青空文庫」の入力者によるもの。] 自分の人差指を 幼な子の口に突き込んだのであつたが、どうやら それは おしやぶり代りに当てがふ積りらしく、幼な子の泣き出した事情も 遣る瀬ないそのかなしみも 知らない母親は 一図に 幼な子が空腹から泣いたもの と解したのであらう。

幼な子は そんな汚いおしやぶりは拒否したけれど、荒いゆすぶりに脳震蕩気味に成つたのか 連続的に泣くのは控へて 時々泣く泣き方に移つて行つた。

その頃は私も さう ジロジロ見るのは悪いやうな気がして 心ならずも ソッポを向いてゐたのだが、やはり どうも 気になつて さりげなく横目でのぞくと、幼な子の顎の下にあるべき涎掛けが ずれてゐて 涎が母親の晴着の襟を汚してゐる。

これはいけないと 直してあげようとしかけたとき 女は隣りにゐる 草色のズボンをはいて 上はシャツだけの 若い男に話し掛け、その言葉は そのまだまるで若い男が[やぶちゃん注:「まだ」はママ。「そのまるで」(およそ父親とは見えない)「まだ」(未婚のような)「若い男」の謂いか。] どうも 幼な子の父親であるらしいことを 私に知らしめ、さうなるといふと 私のしようとすることなどは 当然 その若い父親のすべきことであり、それを 男を さておいて 私がすることは 何か恥をかかせることに成る恐れがある といふことを 私に知らしめた。

そこで 私はやめたのだが、然し、その若い父親は 泣きじやくる幼な子に てんで眼を呉れようとはしないだけでなく、うるさい幼な子の存在に腹を立ててさへゐるかのやうな顔を ツンと 横に向けてゐる。

さうして 襟は汚されるままで、言ひかへると 幼な子は そのかなしみを遂に察して貰へず、一向に顧られない[やぶちゃん注:「かへりみられない」。]ままで いつか 上野へ着いて、さて 私は これが最後だ と 別れの挨拶を 幼な子にかけようとするみたいな想ひで 改めて 眼をやるといふと、幼な子は 母親の濡れた襟に ぴたりと頬をくつつけて、何か 自分から諦めた そんな安らかさで 眼をつぶつて、そして 自分の下唇を 口のなかに食ひ込ませ 乳の出ないそんなものを チクチクと しきりに吸つてゐるのであつた。

幼な子のかなしみが、いや、かなしみとは 常に かういふものなのであらう、――かなしみが ジーンと 私の胸に来た。幼な子が車内から去つた ずつとあとも 私の心には 深いかなしみが残されてゐた。それは 幼な子へのあはれみ といふのでなく、いつか 私自身のかなしみ といふのに 成つてゐた。

   *

2017/06/26

サイト「鬼火」開設十一周年記念 佐藤春夫 未定稿『病める薔薇(さうび) 或は「田園の憂鬱」』(天佑社初版版) 本文版

サイト「鬼火」開設十一周年記念(二〇〇六年六月二十六日開設)として、

佐藤春夫 未定稿『病める薔薇(さうび) 或は「田園の憂鬱」』(天佑社初版版)の本文版

(ブログ・カテゴリ「佐藤春夫」で18回に分けて行った僕の電子化注から、概ね、校訂注を残して、他の多量の私注を除去したもの)を公開した。

2017/05/05

ブログ940000アクセス突破記念 煙草の害について   アントン・チェーホフ作・米川正夫譯

[やぶちゃん注:これはアントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ(Антон Павлович Чехов/ラテン文字転写 Anton Pavlovich Chekhov 一八六〇年~一九〇四年)が一八八六年に「アントーシャ・チェーホンテ」(Антоша Чехонте)のペン・ネームで発表した独り芝居の一幕物喜劇O vrede tabakaの全訳である。

 底本は昭和一四(一九三九)年岩波文庫刊の米川正夫譯「チェーホフ一幕物全集」(正字正仮名)を用いた。訳者米川正夫は昭和四〇(一九六五)年十二月二十九日逝去でパブリック・ドメインである。

 底本のポイント違い(ト書き丸括弧挿入部全体がポイント落ち等)は無視し、また台詞の二行目以降の一字下げは行わなかった。本作は独り芝居であるため、この処理は特に読むのに違和感はないはずである。踊り字「〱」「〲」は正字化した。

 一箇所、「南京蟲を退治したり」の箇所は、底本では「南京蟲を退治たり」となっている。私が朗読するなら、「やつつけたり」と訓ずるところだが、特にルビを振っておらず、直後に「鼠を退治したり」がある以上、「り」の脱字と断じて、特異的に補った

 本作は実に二十八歳の時、高校三年の現代文の教科書に載っていた。私は教材として選ばなかったのだが、ある女生徒から『最後の授業でどうしても演じて下さい』と懇望され、その一クラスだけで、一度だけ、表現読みをしたことがある、遠い、懐かしい思い出である。私はしかし、本作を、あれ一度きりとはいえ、「公演」しただけよかったと思う(以下、モノローグ)……私は嘗てどうしても演じたかった今一つの独り芝居があった……サミュエル・ベケットの「クラップ最後のテープ」だ……あの芝居も誰かが徹底的にインスパイアしないと、最早、リール・テープではレーゼ・ドラマとしてしか読まれんだろうなぁ……でも、私はあれは「カラカラ」と回るリール・テープだからこそ――いい――だからこそ、絶妙の小道具となると思っているのだ……あれはしかし……高校生相手ではとても表現読み出来る内容ではなかったからなぁ……まあ……仕方……ないか…………

 底本が戦前の刊行物であることから、若い読者には読み難いと思われる語句が思いの外、見受けられるので、ごく簡単に先に注しておくこととする。杞憂だと思われる方は、以下は飛ばして本文をお読みあれ。

   *

「孜孜」は「しし」と読み、熱心に努め励むさまを意味する。

「我關せず焉ですよ」「焉」は「えん」と読む。「焉」は漢文で断定の意を表す助辞で通常は置字として読まないが、この「我れ関せず焉」とした場合のみかく音読みする。自分には何ら関係がないという主張で、対象の状況などから超然としている様子指す。

「耳をお藉しにならなくても」「お藉し」は「おかし」。「お貸し」。

「溢す」「みたす」。

「一哥」「いちカペイカ」(ロシア語:копейка/ラテン文字転写:kopek/copeck)。「カペイカ」(「哥」は当て字)はロシアの通貨単位であるルーブル(ルーブリ/ロシア語:рубль/同前:rouble/ruble)の補助通貨単位。一ルーブルは百カペイカ。

「鐚錢一枚ない」「びたせんいちまい」。やはり日本風の解説になるが、最低の粗悪貨幣の「一文たりとても持ってない」の意。

「狆」犬の犬種の「ちん」。

「薄餅(プリン)」はロシア語で“блин”(ブリン:ラテン文字転写:blin)のこと。これは我々がそのルビから想像する「プリン」でも「プティング」でもない。ホットケーキ風の焼き菓子、というか、より薄いパン・ケーキやクレープのようなものを想起した方がよろしいか。これだけ言ってもイメージ出来ない方は、雪こぐま氏のサイト「本嫌いさんの読書感想文~カラマーゾフの兄弟はいつも貸出中?!」の「アリョーシャと一緒にプリンを食べよう」を見て戴ければ、一目瞭然。

「吩咐ましたが」「いひつけましたが」。言いつけましたが。

「頓痴奇」「とんちき」。一般には「頓痴氣」と書くが当て字。頓馬(とんま)・間抜けなどの蔑称語の一つ。

「彼奴ら」「きやつら(きゃつら)」。卑称三人称複数。

「くそ食へ」「くそくらへ」。糞喰らえ。

「薩張りない」「さつぱりない」。さっぱり無い。

「大祭日」イエス・キリストの復活を記憶する正教会に於いて最も重要な祭日である「パスハ」、「復活大祭日」のことであろう。日付は年によって異なるが、四月四日から五月九日までの孰れかの日曜日となる。

「自分の頰を指でぽんと彈く」ロシアでは一般には指で首を弾くと「酒」を意味する。

「脱れさへ」「のがれさへ」。逃れさえ。

「老い耄れ」「おいぼれ」。

「案山子」「かかし」。

「搔き毟りたい」「かきむしりたい」。

Dixi et animan levavi」ラテン語。意味は米川氏の割注でどうぞ。

「濶然」闊然や豁然に同じい。からりと開ける様子。転じて疑いや迷いが消えて心が明るくひらけるさま。

   *

 なお、本電子化はある邦人作家のある作品の電子化のための参考作品としてプレ公開するものであり、また、2006年5月18日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが940000アクセスを越えた記念ともすることとする。【2017年5月5日 藪野直史】]

 

 

 

    煙草の害について

 

          ――獨白劇一幕――

 

 

 

    人物

 

 イヷン・イヷーノヸッチ・ニューヒン  音樂教授および女子寄宿舍を經營する女流教育家の夫。

 

 

  無は或る田舍倶樂部の演壇。

 

ニューヒン (鼻髭を剃り落し、長い頰髯を蓄へてゐる。大分くたびれた古い燕尾服を着て、堂々と登場。會繹して胴衣を正す)淑女及び少數の紳士諸君。(頬髯を搔き分ける)えゝ實は妻(さい)の方へ他から勸誘がありまして、わたくしに慈善の目的をもつて、こゝで何か通俗講話をするやうにとのことでした。よろしい、講話とあれば講話も結構――わたくしはそんなことなぞどつちだつて、一向構やしないんですからな。わたしは、無論、大學教授でもなければ、學位などといふものにも凡そ緣のない人間ですが、しかしそれでも、かうして既に二十年の間、殆ど自分の健康を害する迄に、孜々として純科學的な問題の研究と思索を續け、時としては、えゝその、論文の執筆さへもいたします。と申して、全然論文と言ふ譯でもありませんが、まづ言つて見れば、つまり論文風のものなのであります。就中、最近數日間に、わたしは『ある昆蟲の事に就いて』と題する堂々たる大論文を脱稿致しました。娘達は大變氣に入つた風でした。殊に南京蟲に關する條(くだり)の如きは、格別歡迎されたやうですが、しかしわたしは朗讀後直ちに破棄してしまひました。實際幾ら書いて見たところで、詮ずるところ蚤取粉なしには濟まない譯ぢやあませんか。何しろわたしの家では、ピアノの中にまで南京蟲がゐるんですからなあ‥‥さて今日の演題としてわたくしは、その、喫煙が人類に及ぼす害といふのを選びました。わたくし自身も煙草を用ひてをりますが、實は妻が今日煙草の害に就いて講演しろと命令いたしますので、從つてそれ以上、兎や角爭ふ餘地はありません。煙草の害なら煙草の害でよろしい――わたしはどつちだつて我關せず焉ですよ。とは云へ紳士淑女諸君、どうかこのわたくしのこの演説に對して、充分眞劍な態度をおとり下さるやうお願ひいたします。さもないと、何か面倒なことが起らんとも限りませんからね。もし無味乾燥な學術的講演に恐れを抱かれる方や、又さう言ふものをお好みにならない方は、耳をお藉しにならなくても差支へありませんし、或がご隨意に退場なさつても構ひません。(胴衣を正す)特にご來場の醫師諸君には、格別のご注意を促したいと思ふのであります。なぜならば、煙草はその有害なる作用のほかに、なほ醫藥としても使用されてゐますから、醫師諸君はわたくしの講演から、いろいろ有益な知識を汲み取ることがお出來になると思ひます。例へば、もし蠅を煙草入の中に閉ぢ込めて置きますと、必ず死んでしまひます。それは恐らく神經衰弱のためと想像せられます。煙草は主として植物でありまして‥‥えゝ、わたくしが講演をやります時、よく右の眼をぱちぱちさせますが、どうかそんなことに氣をお留めなさらんやう、お願ひいたします。これは興奮のためなのであります。わたくしは概して頗る神經質な人間でありますが、この瞬きをするやうになつたのは、千八百八十九年九月十三日、卽ちわたくしの妻が、そのう、四番目の娘のヷルヷーラを分娩した當日のことであります。宅の娘はみんな十三日に出産したのであります。尤も(時計な見る)時間の餘裕が充分ありませんから、本題から離れるのは止めにいたしませう。ちよつとお斷りして置きますが、妻は音樂學校と女子寄宿舍を經營してをります。なに、寄宿舍といふ程でもありませんが、ま、ま、さう言つた風なものであります。大きな聲では申されませんけれど、妻は收入不足を溢すのが十八番ですが、しかし少し許り臍繰りを隱してをります。左樣、四萬か五萬くらゐはありませう。ところが、わたしと來たら、一哥も持つてやしません――それこそ鐚錢一枚ないんですからな――いや、こんなことを言つたつて始りませんよ! わたしは寄宿舍で會計係を受け持つてゐます。つまり食料品を買つたり、雇人の監督をしたり、支出をつけたり、生徒の手帖を綴ぢたり、南京蟲を退治したり、妻の狆を散步につれて出たり、鼠を退治したりするのです‥‥現に昨日の晩などは、炊事の女に麥粉とバタを出してやるのが、わたくしの役目になつてゐました。薄餅(プリン)を拵へなければならなかつたからです。そこで、手つとり早く申しますと、今日薄餅(プリン)がもうすつかり燒けた時、妻が臺所へ來て申しますには、寄宿生のうち三人は、扁桃腺を腫らしてゐるから、薄餅を食べさせてはならない、とかう言ふんです。そこで、つまり幾つか餘計な薄餅(プリン)が燒上がつた譯です。一體そいつをどうしたらいゝんでせう? 妻は初め穴藏へ持つて行くやうに吩咐ましたが、その後さんざん首を捻つた擧句、『えゝこの薄餅(プリン)を自分で食つてしまふがいゝ、間拔野郎!』と言ひました。妻はいつも機嫌の惡い時、わたしのことを間拔野郎とか、頓痴奇とか、鬼とか言つて呼ぶんです。ねえ一體わたしが鬼と見えますか? 妻はいつも機嫌が惡いのですよ。そこで、わたしは食べてしまつた、と云はうより碌々嚙みもしないで、丸呑みにして了ひました。何しろ、いつも腹が滅つてゐるもんですからね。現に昨日なんかも、妻はわたしに飯を食はしてくれないんです。『この間拔野郎、お前のやうな者を養つてやる譯がない。』と言ひましてな‥‥しかし(時計を見る)わたしは少し饒舌を弄しすぎて、少し本題を離れたやうです。さつきの續きを申し上げませう。尤も、無論あなた方はこんな講話よりも、何かの小唄か、洒落たシンフォニイか、それともこんな風な小歌曲(アリヤ)でも聞きたいとお思ひになるでせうな‥‥(唄ふ)『われ等は激しき戰ひの、そのさ中にも瞬きもせじ‥‥』えゝと、これは何の曲にあつたのか、はつきり覺えてゐませんな‥‥時に、申し忘れてをりましたが、妻の經營してゐる音樂學校では、わたしは會計係のほかに、なほ數學、物理、化學、地理、歷史、唱歌練習書(ソルフエージオ)、文學、その他の教授を擔當してをります。ダンスと唱歌と圖畫に對しては特別の料金が要ります。但しダンスと唱歌も、これ亦わたしが教授してゐるのですがね。わが音樂學校は五犬橫町(ピヤサパーチイ)の十三番屋敷にあります。つまり、恐らくそのために、わたしの生涯はかく失敗に終つたのでせう。つまり、わたし達が十三番屋敷に住んでゐるからですな。それに娘達もみんな十三日に生れるし、家の窓の數も十三と來てる‥‥いや、今更愚痴を言つたつて始まりませんて! もし、何かご相談でしたら、妻(さい)はいつでも宅にをります。また學校の規則書も、ご希望でしたら、玄關番が一部三十哥で賣つてをります。(衣囊から幾册かのパンフレットを取り出す)わたくしも、ご希望とあれば、お頒けしてよろしいです。一部三十哥! どなたかご希望の方はありませんか? (間)どなたもございません? ぢや二十哥! (間)いやはや殘念千萬な。左樣、十三番屋敷‥‥全くわたしは何一つ成功しないで、老い込んで老練してしまひました‥‥かうして講演をしてをりますと、見掛けは如何にも愉快さうですが、内心實は、ありつたけの声を出して呶鳴りつけた擧句、どこか世界の果へでも飛んで行きたいやうな氣がするんです‥‥でもお前には娘があるぢやないか、とかう仰つしやるかも知れません‥‥へん娘なんか何でせう? 彼奴らはわたしが何か話をしても、たゞせゝら笑つてるんですからね‥‥妻には娘が七人あります‥‥いや、失禮、どうやら六人らしいです‥‥(勢ひ込んで)七人です!一番頭はアンナと言つて、今年二十七です。一番下は十七になります。諸君!(後ろを振り返る)わたしは不幸な人間で、根つからやくざな馬鹿者になつてしまひましたが、しかし、實のところ、あなた方の前に立つてゐるのは、世間の父親の中でも一等幸福な人間です。實際それはさもあるべきで、わたしもそれ以外に申し上げる言葉がありません。全く皆さんにこの心もちが分つて頂けましたらなあ! わたしは妻と三十三年間一しよに暮しましたが、それはわたしの生涯中もつとも幸福な時代であつたと、かう申し上げることが出來ます。いや、幸福といふ譯でもありませんが、まあ一段にさう言つた風なんです。一口に言へば、この三十三年間は、まるで幸福な一瞬間のやうに流れ去つてしまひましたが、その實くそ食へとでも言ひたいんですよ。(後ろを振り返る)尤も妻はまだ來ないやうです。幸ひあれがこゝにゐないから、何でも好きなことを言つて構ひません‥‥わたしは實に恐ろしいんです‥‥妻が睨みつけると怖くて堪らない。そこでわたしはかう申し上げたいのです、娘達があんなに長く嫁入り出來ないでゐるのは、多分當人達が内氣なせゐだらうと思ひますが、しかし何よりも若い男の目に觸れないのが、一番の原因らしいのです。妻は決して夜會なんかしようとしません。食事にお客を呼ぶことも薩張りないです。何しろ恐ろしく吝嗇(けち)で、怒りつぽくて、やかましい女だもんですから、誰一人うちへ遊びに來る者なんかありやしません。しかし‥‥内緒でお知らせいたしますが、(舞臺端に近寄る)‥‥わたしの妻(さい)の娘は、大祭日の時に叔母さんのナタリヤ・セミョーノヴナの所でご覽になることが出來ます。これは例のレウマチスを病んでゐる婦人で、いつも黃色い著物を著て步いとりますが、その著物は一面に黑いぽつぽつがついてゐて、まるで油蟲でもぶち撒けたやうな風なんです。この叔母さんの家では、ちよいとした料理も出ます。妻がゐない時には、こいつも飮(や)ることが出來ます‥‥(自分の頰を指でぽんと彈く)ちよつとお斷りしておきますが、わたしは杯一ぱいだけで醉つ拂ひます。そしてそのために、何とも言へないほどいゝ心持でもあり、また同時に淋しくて堪らなくもあるのです。なぜか若い時のことが思ひ出されて、なぜか逃げだしたくなるんです。あゝ、それがどんなに切ない心持か、迚もあなた方にはお分りにならんでせうなあ! (夢中になつて)逃げだすんです、何もかもうつちやらかして、後をも見ずに逃げだすんです‥‥どこへ? どこだつて構やしません‥‥たゞこのやくざな、安つぽい、俗な生活から脱れさへすればいゝ、わたしをみじめな、老い耄れの馬鹿者にしてしまつた生活から逃げだすんです。三十三年間わたしをいじめ拔いた、あの低能で淺薄な、意地の惡い、惡い、惡い、慾張婆の妻の傍から逃げだすんです。音樂や、臺所や、妻の臍くりや、さうした一切の俗な下らない事から脱れるんです‥‥そしてどこか遠い野中に立ち止つて、廣い大空の下で木か、柱か、それとも大きな案山子にでもなつて、自分の頭の上に明るい月が靜かに懸かつてゐるのを、一晩中じいつと眺めつくしながら、何もかも忘れたいんです、すつかり忘れたいんです‥‥あゝ、わたしは本當に何一つ覺えてゐたくない! 三十年前、結婚式の時に使つた、この俗な古ぼけた燕尾服を、どんなに自分の體から搔き毟りたいと思つてゐるか、所詮あなた方にやお分りにならんでせう‥‥(燕尾服を引き毟る)わたしはいつもこいつを著て、慈善の目的で講演をやつたもんだが‥‥かうしてくれる! (燕尾服を踏みにじる)かうしてくれる! わたしは老い耄れて、みじめな憐むべき人間だ、丁度背のすり切れた著古したこの胴衣と同じやうに‥‥(背を向けて見せる)わたしはもう何もいりません! わたしはこんなものよりずつと純潔で、ずつと高尚なんです。わたしも曾て以前は若々しくつて、大學で勉強したこともあります。空想したこともあります。自分を人間だと思つたこともあります‥‥しかし今は、もう何も要りません! 休息よりほか‥‥休息よりほかには何も要りません! (脇の方をちらと見て急いで燕尾服を著る)しかし樂屋の方に妻が立つてゐます‥‥今やつて來て、あすこでわたしを待つてゐるんです‥‥(時計を見る)もう時間が來ました‥‥もし妻が訊いたら、どうかお願ひですから、さう言つて下さい‥‥講演は中々面白かつた、そして‥‥案山子、ではない、わたしの態度は堂々たるものであつたとね。(脇を向いて咳拂ひする)妻はこちらを見てゐます…(聲を高めて)只今わたしの申し上げました通り、煙草は恐るべき毒素を含有してをりますので、その點から出發いたしまして、如何なる場合にも喫煙を許すわけにはゆかんといふ、結論に到達するのであります。右の次第でありまして、『煙草の害に就いて』と題するわたしの講演も、何等かの益を世に齎すであらうことを、敢て自負する次第であります。これでわたくしの言はんと欲するところは盡きました。Dixi et animan levavi(言ふべきことを言ひ終つて心濶然たり)

  會釋して堂々と退場。

 

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