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カテゴリー「肉体と心そして死」の1000件の記事

2020/07/05

昨日――今年の最初の蜩の音を聴いた――

昨夜、町内会月例会(COVLD-19 騒ぎ以降、例会を行わず、組長への通知配布のみ)と役員会に出た際、午後七時前、偏愛する蜩の音(ね)を間近に聴いた――私は思う――蜩の鳴き声は生と死の儚い象徴に他ならない――と……

2020/07/02

越境して温泉に行く

結婚記念日は国や県の籠城指示下にあったので、妻と祝うことが出来なかった。昨日から一泊で網代の温泉に行き、真珠婚式を祝った。二月の私の誕生日の温泉以来、四ヶ月振りの県境越境であった。と言っても、私はこの七年余り、実際には、この神経症的な騒ぎの間の籠城と全く同じように、終始一貫して書斎に籠城してきたのであり、全く以って、この COVID-19 の出来なんぞは、私の生活に微塵も変化を与えはしなかったのだ。というより、多くの人々がこの短期の籠城で憂鬱になる以前に、とっくに私の憂鬱は私の固着し凝集した惨めな魂の核として完成していたのである。だから、この世間の騒擾など、実は、どうということは――ない――のである。

2020/06/22

明日は梅崎春生の二作品の電子化に特化する

明日は梅崎春生の二作品の電子化に特化することにした。

……以下、「枕」の余談である……

……一年ほど前のことである。たまたま検索の途中、私の梅崎春生の電子化注について、私のフル・ネームを挙げて、

――「青空文庫」に梅崎春生があるのに、わざわざ自分でご苦労さまにも電子化して、何だか注まで施している人がいる――

と言ったニュアンスで語り出した上に、私の「桜島」に挿入してある作品分析注を「こういうことはするべきではない」といった見当違いの如何にも饐えたインキ臭い批判(注が不快なら読まなければよい。目障りならコピー・ペーストして「サクラエディタ」などのソフトでテクストの[やぶちゃん注:]を一発一括削除すればよい。私の電子テクストは消毒滅菌された教科書のようなかっちりした優等生様々のものではないのはどれもそうだ)をした「青空文庫」御用達能天気似非文学識者ブロガーの記事を見つけたのだが、こいつは「青空文庫」のシンパサイザーとしても救い難い低能の輩或いは「青空文庫」の誰彼から慫慂されて自己肥大の背伸びをした回し者としか思えない、文章も如何にも下手糞なる御仁なのであった。

何より、語るに堕ちているのは、第一が、「青空文庫」の梅崎春生の公開データは今日2020年6月22日現在の時点でも、たったの15篇のみ(作業中に至っては2篇という貧しさだ)なのである。その内、全文掲載(但し、「青空文庫」は本文のみ)で私の公開分とダブるのは「桜島」と「幻化」だけであるが、

梅崎春生「幻化」附やぶちゃん注【完】

梅崎春生「桜島」附やぶちゃん注【完】

は以上を読まれれば判る通り、孰れも私のそれは「青空文庫」を加工データにしてさえいない全くの独自の完全オリジナルな作成になるものである(「青空文庫」に先を越されて悔しかったのは特に私の偏愛する「蜆」一作だけである。無論、屋上屋のマスターベーションはいやだから私は涙を呑んで電子化していない)。

現在、私のサイトの目録では、64篇(サイト版「桜島」「幻化」と一部のエッセイを含む。しかも総てに亙って私の「オゾましい」オリジナル注附きである)を挙げてある。それ以外に私は私のブログ・カテゴリ「梅崎春生」で、沖積舎版第Ⅶ巻の詩・日記・随筆・文芸時評総て(優に200タイトル以上)をも電子化注しており(先のサイト目録の小説のかなりのものはここにある)、私の梅崎春生の電子化注作品の数は凡そ「天下」の「青空文庫」などお話にならない優位な数の電子化を行っているのである。このブロガーは「200余」篇と「15」篇の違いさえも判らぬ救い難い大馬鹿としか思えぬのであった。

ともかく、その糞記事を見て以来、梅崎春生の電子化はキリ番アクセスの時だけに限定し続けてきた。――読む奴が阿呆しかいないのなら、やるこっちも阿呆だ――と思うたからである。

閑話休題。

さて。先般、私はツイッターを脱会したつもりだったのだが、とある別ブラウザ・ソフトを用いてたまたま開けてしまったところ、未だ嘗てのアカウントに表面上、問題なくアクセス出来ることが判り、今日、開けてみたところ、「メッセージリクエスト」という一回も使ったことのなかったものに、梅崎春生の二篇の作品電子化の要望が旧フォロワーから5月21日に打たれてあったことを遅まきながら発見したのであった(そういうところは私も救い難い大阿呆とは言えようぞ)。

これに応えないのは、梅崎春生を愛する私、以上のように異様なコダワりの電子化をしている私にとっては、すこぶる気持ちの悪いことなのである。

されば、その方の求めた梅崎春生の二作品を明日、電子化に特化して(他の電子化注を停止して)完成することにしたのである。

――私はもう失うべきものは総て失った気がしている。誰(たれ)の親愛も信ずる気もなくなった。しかし、将来の誰かの僅かな細い繊細な琴線に触れ得る何ものかを私の非力が少しでも成し得るとなら、私はそのやれることをやるべき義務と権利があると秘かに信じている――

2020/06/12

「イゴイストは不可い。何もしないで生きてゐやうといふのは橫着な了簡だ。人は自分の有つてゐる才能を出來る丈働かせなくつちや噓だ」

『東京朝日新聞』大正3(1914)年6月12日(金曜日)掲載 夏目漱石作「心」「先生の遺書」第五十一回より。

   *

 「イゴイストは不可(いけな)いね。何もしないで生きてゐやうといふのは橫着な了簡だからね。人は自分の有つてゐる才能を出來る丈働かせなくつちや噓だ」

 私は兄に向つて、自分の使つてゐるイゴイストの言葉の意味が能く解るかと聞き返して遣りたかつた。

   *

 学生の「私」の兄に言わせれば、私はもう八年前から純粋生粋致命的な「イゴイスト」になっているという訳である――

2020/06/04

マスク――アルコール消毒――ウィルス勘違い――

マスクは自分が罹患していない場合は、殆んど全く意味がない(サージカル・タイプでもウィルスは問題なく元気に透過する)。だから、マスク着用は対人的似非エチケットに過ぎない。しかしそれを問題にしようとは思わないし、マスクをすることは他者からの批判の目線を避けるためにも、最早、必須となっている下らぬ乍ら、仕方のない事実としては、まあ、認めよう。
次にアルコール消毒だが、これは全く意味がない。COVID-19のウィルスはアルコールでは「死なない」のである。これは、パンデミック以前から疫学者たちが公の場で誰もが何度も言っている。
というより、彼らを「菌」と呼んだり、「生物」とする認識は大変な誤りである。ウィルスは我々の「生物」という概念からは全く外れる、生物と非生物の狭間のある存在であるから、「死ぬ」という言い方も私は留保したいのである。しかもCOVID-19 はRNAウィルスであり、複製が下手なのだ。誤変異は簡単に発生する。昨日のコビットは今日のコビットではない可能性は頗る高いのだ。それは「進化」ではなく、不完全な複製による「誤変異」であることを認識せねばならない。そこではヒトに感染しても、何の症状も引き起こさない「変異体」が生まれるかも知れぬし、逆にヒトを簡単に重篤肺炎や血栓による死に至らしめる、寄生体である「彼ら」にとっても致命的な問題を引き起こす場合もある(寄生主を殺さないのが「彼ら」寄生体の絶対的掟なのだ。寄生体が死んでしまえば、「彼ら」も消え去る運命にあるからである)。
また最近、個人的にはヒト以外が中間宿主である可能性を私は考えている。感染経路不明が増えているのは、猫や犬や鳥といった生物がCOVID-19の広汎伝搬生物である可能性を私は疑うべきだと考えている。既に、国外ではミンクで感染が確認されている。私の謂いがおかしいというのなら、獣類のCOVID-19によるヒト以外の獣類の多量死が起こらないのは何故かを説明されたい。ヒトにとつては日和見感染で重篤な病いであっても、彼らにとっては感染しても実は全く発症しないという可能性は大いにあり得るのである。
一言、言う。私はこのパンデミック以前から、もう五年以上、一週間に概ね一度しか、下界(町)に出ていない。だから、私の生活は宣言の前も後も殆んど変わりはしないのであるが、さても、そこでふと気がついた。とある大手のスーパー(具体的名称は控える)の前に置かれた、「アルコール消毒液」とはっきり表示されたものを使用した際、数分経っても全く揮発しないことに不審を抱いたことである。そこで、先日、戻って、その容器の成分表示を見たところが、どこにもアルコール分の%表示がなかったのだ(触らずに四方を総て見たが、ない。底にでもあるのかね?)。その後も何度か試みに使用してみても、濡れたままで、やはり乾く気配が、これ、全くない。私は結局、改めて洗面所の水道で洗浄した。「あれは、中に水を多量に入れて薄めているのではないか?」と激しく疑った。ポンプを押す際の接触による感染リスクを考えると、あれも甚だ怪しい。使わない方が無難で、やっても全く意味のないもの、と、私は猜疑していると言っておく。

2020/05/29

あいつの名を呼んでやれ!

私は一点に於いて疑問を感じている。

我々を脅威に陥れているウィルスをメディアは一貫して「新型コロナウィルス」と呼んでいることである。

「彼」には「COVID-19」という呼称がある。何故、日本人はそれを使用しないかという素朴な疑問である。
何故、面倒くさい長々なしい「新型コロナウィルス」という呼び方に固執するのか?

民俗学的には「名指す」ことがそれを征服することに繋がるはずである。しかし、彼らはそれを脅威の禍々しいものとして「認めたくない」からなのだからなのか?

だったら、勝ち目はない。

日常に侵入した災厄は特定の名指しをすることによって、除去し得ると考えるのが、本邦の民俗社会の正統な常識である。不明なものを永遠に「新型ウィルスの仲間らしきもの」と称している状況自体が、既に「彼」に「負けている」のではないか?

恐らくは名指すこと――おぞましいが「愛称」を与えて、それを日常化することを拒否する――現代の馬鹿げたメディア・コード(無益な禁忌)があるのではないか?
 
仮に「ゴジラ」が実際に出現しても、国家はそれに実は絶対に対象生物を「ゴジラ」と名付けない気がする。
 
その理由は糞高度な文明世界はそれを認めたくないからである(嘗ての民俗社会にはそれは私はなかったと思う)。
 
その弱気――認めたくないから名指さない――という点に於いて、実は我々は「彼」がいないのだ思い込み、
「名前を呼んでやる必要もない下劣にして消え去るもの」
と思っているのではなかろうか?
 
しかし――私は言う――その時点で既にもう致命的に我々は「彼」に「負けているのだ」と――


まあ、いいや、俺も名指されることはもうなくなった――しかし――「彼」と同じように禍々しく生きることとしよう…………

追伸:なお、「COVID-19」が症状を指す症病名であって、「彼」を直に指す語ではないことは百も承知だと言っておく。揚げ足取りとは議論したくないから。

 

2020/05/19

この騒ぎに就いての私の見解

私は正直、経済政策と自己保身でしかない政治家にも、初めから判ったような新ウィルスを語る自称疫学者にも、飽き飽きしている。そうさ、湘南海岸に参集する連中には海中を含めて有刺鉄線を張るべきだとさえとまともに思っている(自衛隊の諸君には設営だけで防衛を頼んではいけない。ある種の若い集団はそれを面白がり、自分を殺すことなどないと思い上がっている彼らに諧謔的に誘い掛けて揶揄することが目に見えているからだ)。しかし、このままで「この」生温いことをだらだらやって、「この騒ぎが静まる、静まって欲しい」と無知も甚だしく勝手に我儘に考え行動する大衆の一部を抑え込むことが出来ぬ限り、諸君の求めている仮想の「以前の生活」など夢のまた夢であると断言する。ウィルスとの共存は無論、可能ではある。しかし、それは残念ながら、数年・數十年或いは数百年単位ででしか生物学的にはあり得ないと私は考える。簡単に「ワクチン」とか「特効薬」とかの公的発言には、強く眉に唾せねばならぬ。自己複製不全のRNAウィルスの変異は想像を絶するからだ。我々「ヒト」は決して自然を征服することは出来ぬ。寧ろ、核兵器や核汚染、もしかするとこの騒ぎでさえ疑われる生物兵器によって、「ヒト」自身が容易に滅亡する可能性は頗る高率であるからである。
大事なことは――「為政者」や「識者」と呼ばわるる輩は――「最悪の事態」を決して語らない――ということに尽きる。ありとあらゆる悲惨な戦時の国家のように――である。「この事態は戦争だ」という彼らの謂いは――それに尽きる――ということである――

2020/04/05

真命題

宗教や近代思想や科学技術的分析は、結局、ヒトという俗悪な種が生み出した幻想に過ぎない。真の意味でヒトはヒトを救うことはない。しかし、ヒトは滅亡することによって地球のマクロな意味での自然生態系を救うであろう。であれば、今の我々の現況はその大きな過程の微々たる一つなのであって、個々の別れを憤激し憎悪し悲哀にひたるは時空間の長大なドライヴに於ける微細な変化に過ぎない。地球のためにヒトは滅びてよい。それ以外の真命題はないと私は考えている。

2020/02/29

SNSでの通知を全てやめた【2020年3月6日表題改稿】


結局、彼らは、僕と人生中の短時制の紐帯を、只、装っている仮象に過ぎなかった。

僕は僕の惨めな魂を、孤独に遙かに遠い暝い陰で玩弄するのが分相応だということに今さらに気づいたに過ぎないのだ。

さっさと、去るがいい! あらゆる夢魔どもよ!――――

2019/10/28

地獄で仏! 奇蹟の三上工務店さまに感謝する!

9月9日未明の台風15号は私の高台の家の裏の斜面にあった五メートルほどの枝垂れ桜の木を根こそぎ倒した(因みに屋根の一部も損壊した。とある業者に頼んだが、未だに直しに来て呉れない) 。斜面に倒れかかったそれは落下の恐れがあったことから、十日後に拝み倒して来て貰った造園業者に16万円で処理して貰ったものの、斜面はズル剝けになって、土留めをしないと土地の崩落の危険があると言われた。三日後、20キロのバラスと40リットルの黒土を近くのホーム・センターで買い、山用のザックで運んで(生涯で二十数キロを背負ったのは、二十代の終りの友人らとの山行の時以来二度目だった。腰がいかれた)抉れた穴に入れたところが、あっという間に総てを吞み込んだ。逆に恐ろしくなった。即座にとある業者に土留めを頼んだ。二週間ほど経った今月の上旬、やっと下見に来た。しかし「重機が入れないのでやれない」とケンモホロロに言い放って5分で帰ってしまった。打ちのめされた。その日のうちにネットでやってくれそうなところを探した。ふと、目にとまったのは平塚の三上工務店のサイトであった。まさしく「藁にも縋る」思いで電話をした。すると、何と、翌日に下見に来て呉れた。前の業者のことを話した。すると、「それは『やれない』のではなくて、『やりたくない』んですよ。大手の会社ほど、面倒がって、こうした工事はやらないでしょうね」と言われながら、しかし即座に請け負って呉れた。今日、朝八時から始めて、半日がかりで奇蹟のような手仕事の職人技で、驚くべき綺麗な土留めをして下さった。私はこの数十年来、こんなに胸のすくような感動を覚えたことはなかったことをここに告白する。ここに記して、心から、感謝の意を表するものであり、多くの困っている方々にも、是非、この平塚の「三上工務店」をご紹介したく思い、一筆するものである。

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