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カテゴリー「肉体と心そして死」の1225件の記事

2018/09/25

けもの

森川義信は鮎川信夫に、加藤健という詩人の次の詩を示し、
   *
公園の熊の子は寂しい
二匹で相撲をとるのだ
そして
二匹ともころぶのだ
   *     
この詩をはじめて読んだ時、涙が出そうになった。わかるわからないは問題ではない、「どれだけ感じているかだ」と言い、「それは人の眼には見えない」と。(鮎川信夫「失われた街」(一九八二年美成社刊)より要約)
 
   *   *   *
 
東京へ着いてからは、すぐ同じ下宿に入りました。其時分は一つ室によく二人も三人も机を並べて寐起したものです。Kと私も二人で同じ間(ま)にゐました。山で生捕られた動物が、檻の中で抱き合ひながら、外を睨(にら)めるやうなものでしたらう。二人は東京と東京の人を畏れました。それでゐて六疊の間の中(なか)では、天下を睥睨(へいげい)するやうな事を云つてゐたのです。(夏目漱石「心」より)
 
   *   *   *
 
 私は何の分別もなくまた私の室に歸りました。さうして八疊の中をぐるぐる廻り始めました。私の頭は無意味でも當分さうして動いてゐろと私に命令するのです。私は何うかしなければならないと思ひました。同時にもう何うする事も出來ないのだと思ひました。座敷の中をぐるぐる廻らなければゐられなくなつたのです。檻の中へ入れられた熊の樣の態度で。私は時々奧へ行つて奥さんを起さうといふ氣になります。けれども女に此恐ろしい有樣を見せては惡いといふ心持がすぐ私を遮ります。奥さんは兎に角、御孃さんを驚ろかす事は、とても出來ないといふ強い意志が私を抑えつけます。私はまたぐるぐる廻り始めるのです。(夏目漱石「心」より)

2018/08/20

松の針   宮澤賢治

――今日送る友へ

 

   *

 

   松の針   宮澤賢治

 

  さつきのみぞれをとつてきた

  あのきれいな松のえだだよ

おお おまへはまるでとびつくやうに

そのみどりの葉にあつい頰をあてる

そんな植物性の靑い針のなかに

はげしく頰を刺させることは

むさぼるやうにさへすることは

どんなにわたくしたちをおどろかすことか

そんなにまでもおまへは林へ行きたかつたのだ

おまへがあんなにねつに燃され

あせやいたみでもだえてゐるとき

わたくしは日のてるとこでたのしくはたらいたり

ほかのひとのことをかんがへながら森をあるいてゐた

   ⦅ああいい さつぱりした

    まるで林のながさ來たよだ⦆

鳥のやうに栗鼠(りす)のやうに

おまへは林をしたつてゐた

どんなにわたくしがうらやましかつたらう

ああけふのうちにとほくへさらうとするいもうとよ

ほんたうにおまへはひとりでいかうとするか

わたくしにいつしよに行けとたのんでくれ

泣いてわたくしにさう言つてくれ

  おまへの頰の けれども

  なんといふけふのうつくしさよ

  わたくしは綠のかやのうへにも

  この新鮮な松のえだをおかう

  いまに雫もおちるだらうし

  そら

  さわやかな

     Turpentine(ターペンタイン)の匂もするだらう

 

   *

・( )はルビ。「Turpentine(ターペンタイン)」は油絵材として知られる、松脂(まつやに)を水蒸気蒸留して得られるテレピン油のこと。

2018/07/12

帝銀事件

私が20代の頃に出遇った老人は私の帝銀事件の推理を微笑しながら黙って聴いておられたが、最後に「君の推察は概ね正しい。……私が死んだら、私の手帖をあげましょう」と言った。そうして「あの事件だけは真実が語られなければいけない……」と呟いた――彼は敗戦前後の内務官僚であった…………

2018/06/06

「沖繩縣民 斯ク戰ヘリ   縣民ニ對シ 後世 特別ノ御高配ヲ 賜ランコトヲ」

 
七十三年前、昭和20(1945)年の今日、6月6日午後8時16分、沖縄戦に於いて沖縄海軍根拠地隊司令官太田実少将が海軍次官宛に対し、決別電報を打っている(全文はウィキの「大田実」で読める)。
 
決別電は、当時の訣別電報の常套句だった「天皇陛下万歳」「皇国ノ弥栄ヲ祈ル」などの言葉は一切なく、ひたすら、沖縄県民の敢闘の様子を訴えており、その最後は、
 
「沖繩縣民 斯ク戰ヘリ
  縣民ニ對シ 後世 特別ノ御高配ヲ 賜ランコトヲ」
 
で結ばれている(一部に字空けを施した)。
 
七十三年間、日本政府はただの一度もこれに応えていない――

2018/05/10

私は

正直、言おう――

僕は「メメクラゲ」などという在り得そうなクラゲでない「××クラゲ」に刺されて、生死を彷徨って、そうしてつげ義春が描いたような生温い形では生きない、別な次元の「生死」を生きる夢を見たかった「蛮人」である――

2018/05/06

山口達也君へ

山口達也君――

僕は君が好きだ。「一家に一人、こんな頼もしい男が欲しいもんだ。」と思ってきたのだ。

自分を改めて見直して、頑張れ!

君にはやらねばならないことがあるじゃないか。

自分で宣言した「DASH村」の再開と再建だ。

その時は、老耄ながら、僕も手伝うよ!

画像検索の悲哀

最近、時々、やや失望に似た何とも言えぬ妙な気持ちになることがある。

例えば、今、栗本丹洲の「魚譜」の種同定の困難さに呆然としているところなのだが、そこでいろいろなワードやフレーズで画像検索かけては、藁にも縋る思いで手掛かりを求めることになるわけだが、例えば、グーグル画像検索で「栗本 魚譜 ベラ」というフレーズを入れて展開すると――
 
そこに出る内の100枚以上の画像は――
 
……実は私がアップした記事の画像なのである。ページ単位検索だから、中には私が描いた「こゝろ」の「先生」の下宿の推定見取り図まで見せられるのだ。
 
「そんなお目出度いことをやっている奴は、そうそういないぜ。」
 
と暗に嘲笑されているようにも思えてくる、というわけでもないが、呆然は確実に二乗になるのであった……


「私は最後に先生に向つて、何處かで先生を見たやうに思ふけれども、何うしても思ひ出せないと云つた。若い私は其時暗に相手も私と同じ樣な感じを有つてゐはしまいかと疑つた。さうして腹の中で先生の返事を豫期してかゝつた。所が先生はしばらく沈吟したあとで、「何うも君の顏には見覺がありませんね。人違ひぢやないですか」と云つたので私は變に一種の失望を感じた。」(夏目漱石「こゝろ」より)

2018/05/02

悲しみは終りがなく、幸せはそうじゃない。

 

Tristeza não tem fim, Felicidade sim.

 

 

ヴィニシウス・ヂ・モライス(Marcus Vinícius da Cruz e Mello Moraes 1913年~1980年)作詞の映画「黒いオルフェ」(ポルトガル語:Orfeu Negro/マルセル・カミュ監督作品/フランス・ブラジル・イタリア合作/1959年公開)の曲として知られるこの「フェリシダージ」(“A Felicidade”)であるが、この冒頭、私はポルトガル語がよく判らぬのであるが、“sim”は肯定を表わす「はい」の意で「短い」の意ではないようである。そこで私は考えたのであるが、これは「徒然草」の「かげろふの夕を待ち」と同じような対偶中止法であって、前句の否定詞“não”が後の文に及んで、――「幸せは、『そう』ではない」=「幸せは悲しみのように『終わりがない』のもでは『ない』」=「幸せは短い」――という意味になっているのではないか? と考えてみた。識者の御教授を乞うものである。

2018/04/26

ラーマのつぶやき~この社会の片隅で~

NHKの特集ドキュメント「ラーマのつぶやき~この社会の片隅で~」を見た。

シリア難民の日本在住の少女ラーマの一家を描いた、とても、いい、とても考えさせる番組であった。

ディレクターの松原翔は、私の「横浜緑が丘」時代の教え子で、面白い男だったが、彼のメールで録画しておいたのを、先ほど、見た。

それにしても彼は、何と、素晴らしいポリシーを持ったクリエーターになったことか! 主題の真摯にして愛の籠った扱い方は勿論のこと、撮影も構成も全く以って申し分なく、絶品であった。

こんな優れた作品を深夜の零時に放映するのは勿体ない、というより、ラーマの思いを、多くの日本人は知るべきであり、それを誰もが見るべきであると痛感した。

誰もが視聴出来る時間帯での再放送を、切に、望むものである。

2018/04/22

中目黒

昼つ方、不図、四十年前、僕が下宿していた中目黒の下宿をストリートビューで見てみた……既に僕の居た旧家はなかった……しかし、僕が一ヶ月に一度だけの贅沢として行っていた豚カツ屋の「山和」が……今もあった……そうして、あの日の早朝、僕を待っていた彼女が――隠れるように立っていた――あの電信柱も……あった……それだけが僕の見つけた、僕だけのセピア色の「懐かしさ」だった…………

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