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カテゴリー「夢」の15件の記事

2009/11/07

長屋夢

つげ義春のように――僕は家のそばに昭和30年代の長屋を借りている。

秋日和である。二間の部屋に朝光が射し込んでいる。

僕は30年前の僕である。

その僕を30年前の恋人がふと訪ねて来る。

彼女はあの時のまま愛らしいのだが、鼻髭を生やしている。

梶井基次郎のように――僕はおずおずと

「……それ、そうしたの?」

と少女に訊ねると、少女はつげの「ねじ式」の女医のように

「……これは○×式を真似て、みたんです……」

と、あの頃と同じようにはにかんで応えた――

――そこに沢山のあの頃の仲間が入れ替わり立ち替わり訪ねてくる。中にはもう鬼籍に入った老教師や既に人の妻となったやはり昔の恋人が夫婦で挨拶に来たりする。彼等は僕を頻りに遊園地や紅葉狩に誘うのだが、それは暗に僕を、この長屋から、いや、この少女から離そうとしているかのように見える。

それでも――やっと僕は少女と二人っきりになれた――

午後の暖かな日差しが二人きりの部屋に射し込んでいる。

尾形亀之助のように――僕は陽だまりの中――あの頃と同じ少女の少し硬い膝枕で――垣根もない庭と――その向うの、彼方はハレーションで白く飛んでいる縹渺とした荒野を――ただ凝っと鼻髭を生やしてあの頃と同じ少し淋しげな眼の少女と一緒になって――その彼方を黙って眺めている……

……今朝方の夢である。5時少し前に起きた僕は、暁から曙へと向かう空を眺めながら、暫くこの余韻に浸っていた……何だか僕は、芥川龍之介の「或阿呆の一生」の一節を頻りに思い出そうとしていたのだった……だって、その夢は確かに……『何か木の幹に凍(こゞ)つた、かゞやかしい雪を落すやうに切ない心もちのするものだつた』からである……

2009/10/05

「こゝろ」は「パイドロス」である――今朝の夢 又は 霊言

「こゝろ」は「パイドロス」である――

今朝、目覚める瞬間、誰かが僕にこう囁いたのだ――

これぞ 否 これのみぞ 霊言――

何故 今まで気づかなかったのか――

先生はソクラテスではないか!

私はプラトンその人ではないか!

2009/08/16

病夢又は少年性矮星症

2009・8・15未明の夢

鏡の中の僕の顔には額から顎にかけて北斗七星の形に白い結節が出来ている

僕はつげ義春の「夢の散歩」のようなどろどろの荒蕪地に建っている病院に行く

その病院は教員の指定年齢診断のためにごった返しており、二人の医師が僕を診察するものの、病名も同定できずに困っている

そこにやけに痩せこけた暗い表情の青年医師が現れる

僕を診断して即座に

「少年性矮星症」

と病名だけを陰気に告げる

院長の女医が僕を見送りながら

「あの人(=「少年性矮星症」と診断した青年医師)は三人の患者を誤診して死なせてしまっているのでどうか自信を持たせてやって欲しい」

と言う

患者の長蛇の列が霞む程向うの方まで続いていた

ふと見ると

そこでトリアージをしている看護婦は

僕の昔の愛した教え子であった

彼女は僕を見るとあの頃と同じように淋しく笑った

女医はKの頭文字を持った女性を看護師として採用しているのですと説明した

僕はあの子はとても誠実な子ですからどうかよろしくと言いながら

顔の北斗七星の斑点を拘縮した右手で覆い隠すと

本郷台の駅へと下って行った――

2009/07/09

昔の彼女の夢

長い髪の彼女はあの時のままに草木一本ない荒蕪地に佇んでいる

「あなたがいなくなってここもすっかり荒れ果ててしまいました」

と言いながらあの時と同じように手にした乗車券の数字を黙って眺めていた

――四則演算して「1」にするんです――

昔、彼女がそう言ったように……

……そうかリセットするんだね……

……甘く苦かった

――ツゥ!――

寝違えた首筋に痛みを覚えて僕は眼を醒ました

窓を開けていた

頭の上で裏山の森を抜けてゆく風の音が聞こえる……これは僕の山の音……

隣りの家の茶室の方から風鈴の音が聞こえる……少し残念なのは安っぽいガラス製の音……

もうこのまま起きていよう……そうして……そうして蜩の声(ね)を待っていよう……この左目のメダカと一緒に……

2009/06/08

ナナの夢(友情出演 アリス)

白光土か ハレーションのように飛んだ白い風景の中に

微かに見える海を見ながら

伏せをして尻尾をふっている柴犬のナナ そのお尻

左手から同じ大きさのビーグルがやってきて

寄り添って伏せをし 先っぽの白いその尻尾を 同じように振り始めた

あのお尻美人は 僕の先代のアリス

二人のメトロノームのデュオ

二人は「永遠の時神」(クロノス・エテルヌス)と一緒に 原初の海を見つめている――

2007/11/14

西丹沢の夢又は強制された天使の羽の重量

先週の土曜日、西丹沢のキャンプ地で見た夢。

僕はそのキャンプ地にいる。夜である。沢の奥からワインレッドのケープを羽織った「天使」がしずしずとやってくる。トラック移動しながら(即ち霊のように足を動かさず)私の方へやってくる彼女は、見知らぬ東欧の鼻の高い美人の、だが中年の、「天使」なのである。裸の地面に横たわっっている私の足元に立つと、「天使」はチェコスロバキア語で[やぶちゃん注:以下そうであると夢の中では認識していた。これは今考えると「プルートゥ」の「ノース2号」の「ダンカン」の母親であったような気がするのである。]、こう言う。

「新製品の天使の羽が出来ましたのよ! どうぞ!」

そうして、両手に持った、それを笑顔で差し出すのだ。

僕はシュラフにくるまって金縛りになっていながら、何故か、叫ぶ。

「天使の羽なんか、い、ら、な、い!」

すると「天使」はひどく寂しそうな顔をした後、急に毅然たる面持ちになって、

「いいえ! 天使の羽をいらないなんて、あなたに! 言わせないわ!」

と言い放つと、僕の胸の上に、その純白な、美しい、天使の羽を、トンと置くと振り返って去ってゆく……僕はそれと共に、全く息が出来なくなる……僕は杭を刺された吸血鬼の断末魔の如くに

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」と……

……と、その叫んだ自分の声に眼が覚めた。――同僚の先生は気がつかなかった(翌日隣りのテントにいた生徒は確かに聞きましたと言ったのが、恥ずかしい)。

時計を見ると、午前2時、丁度だった……丑満、だあな……

2007/11/02

「デュシャン」夢

1994年12月18日の夢

「越田貴花(こしだきか)てふ少女大正十年御國の爲稀有なる花束を以てして拠出せり」――という文章が磨り硝子に黒々書かれているのを私は手にしている。それ凝っと見ているうちに……その予言(?)の意味が解ってくる……そうだ! 僕はこの予言の意味を美事に解読し、それを世間に報知しなければならないのだ! と激しく思っている……その時ふと、磨り硝子から目を離す……そこは昔の小学生の僕が住んでいた懐かしい家の裏庭の景色である。小さな崖っぷちの庭に、黄ばんだきんかくしが土に埋まっている。犬小屋の上には、真新しいもう一つのきんかくしが鎮座している……[やぶちゃん注:越田貴花なる少女も、大正十年のエピソードも、それを「予言」と認識する理由も、全て不明であるが、最後のきんかくしの映像には、心当たりがある。その4年前、家を新築している最中、進捗具合を見に来た際、完膚なきまでに破砕された裏庭の瓦礫の上に、何故か壊されないままにあった旧宅のきんかくしが、妙な眩しさと寂しさを以て僕の心に残ったのである。この夢、全体にデュシャン的で好きだ。]

2007/10/21

「プロビデンス」夢

「白鳥」を仕上げたら、何だかどっと呆けた。今日は何をしようかと、未明の夢現の床中で考えていた……

……僕は大学生の頃から、日記の中で夢記述を行ってきた。職について暫くして遂に日記を止めてしまってからも、「梦塵録」と称する冊子を作り、やはり夢記述を続けてきた(この数年は面白いと感じたものだけを記すようになったので、年に数件しか書かないが、それでも僕の自身に課している作業の中では実に30年以上続いている稀有のものだ)。向後、その中から、興味深いものを幾つか取り上げようと思う(いや、そのつもりでカテゴリ「夢」をつくったのだったじゃないか)。本文中の注釈の内、[★やぶちゃん注]というのは現在の、指示がない[ ]書きの注は、当時の僕の注である。ちなみに今回の夢記述の頃は、大学時代からの延長で、覚醒直後に記載し、細部は驚くべき正確さで細部まで記載できた。24年前のお恥ずかしい僕の文章だけど、その記載の5年も前に見た映画が前半部で強力にプロットを牽引するのも面白いし(この僕の夢のむちゃくちゃな人物設定はレネの「プロビデンス」を見て頂くと納得出来るはずである。ちなみにあの映画は、ジョン・ギールグッドの名演の一つとして確かに数えたい作品である。映画そのものよりも、である)、何やら後に騒ぎとなる北朝鮮の工作船みたような密貿易船やら、心霊写真めいたセピア色の謎のポートレートやら、盛り沢山でちょっと慄として悪かあないんじゃあないかな、なんて思ったりもする。では、どうぞ。

1984.1.20.
私の亡き父は[★やぶちゃん注:僕の父は現在も健在である。]、第二次世界大戦中、中国相手の密貿易をしていた。私は、政府機関の特務員と思しき一組の男女と共に、亡父が所有し、終戦間際に行方を絶った漁船を装った密貿易船を捜している。
 私の妻を[★やぶちゃん注:僕はこの時、26歳で未婚である。]執拗に追い、私との離婚を迫る男がいた。私の街のメイン・ストリートに面した私の家の前は、折りしも行われていた街のマラソン大会のコースに当たっており、そのレースに男は参加していた。私は、その男の魂胆が、自分の走る勇姿を見せて肉体を顕示し、妻の気を惹こうとするものであることを見抜いており、あいつは鈍足くせに愚かな奴だと内心、思っている。奴が家の前まで来たのが見えた。男は、突然、コースを外れて、家の中に闖入し、私と妻の居る二階の部屋に現れる。[「プロビデンス」のワン・シーンを想起させる。]彼はランニングを続けたまま、妻の腕を捉え、一緒に来い促す。私の怒りは限界を越え、彼を階段から突き落とす――そうして、私は、男の代わりに、情念の塊となってマラソンのゴールに向って、走る。[★やぶちゃん注:ここまでの一見極めてシュールレアリスティクな設定や展開は、1979年に岩波ホールで見て面白いと感じた、死病に罹った老小説家の発想の映像化という、アラン・レネの映画「プロビデンス」の影響によるものである。マラソン選手の登場は実はそのシーンの中にあるのである。]
 走る私――その私を先の探索をしている女性が追いかけてくると、街外れの港で父の船が発見されたという知らせをもたらす。ゴールの先にある港へ私は、ゴールを無視していっさんに走ってゆく。
 多量の海水が腐って青黒くなったドックの底からまさに引き上げられんとする父の船。零細漁民が用いる小さな発動機付の船である。気が付くと、探索者の男も駆けつけている。
 ※海水に濡れた船中に降り立つ。前部に長方形をした箱があり、その蓋を男が持ち上げた。蓋の中にびっしりと張り付いていた無数の甲殻類――楕円形をしたゼリー状の粘液に表面が覆われている白いフナムシ様のひどく気味の悪い生き物である――が、私の足元を掠めてわらわらと走り去り、海中へと落下しゆく。ここには何もない。
 船の中央部には、やや幅広の金属で出来た棺桶様のものがある。三人で苦労して蓋を外す。中には海水に浸かった木造の仏像が一体と、二点の木彫の工芸品が入っている。
 その他、船室の戸棚からは、父の筆跡に間違いないノートの断片が発見される。斜め読みすると、頻りに日本への望郷の念にかられている内容である。
 ドックの奥まで、船を引き上げてもらう。胡散臭い一人の若者が突然現れると、何某かの金で船の保管を請け合うと申し出てくる。何かが、おかしい。都合が良すぎると感じながら、この若者に船の保全を依頼する。
 ドックの奥にある地下室では、古美術鑑定人が待っていた。例の棺桶状の箱から現れた仏像以下三点を鑑定してもらうが、すべて贋作と分かる。ところが、よく見ると前頭部が粉砕しており、そこから空洞と思われる部分と胎内仏と思しき小さな仏像が見える。その仏像[これは父が私にくれた模造の円空仏に酷似している]を引き出し、さらに仔細に調べたところ、前胸部の前面がスライド式に外れるようになっており、取り外した部分の中央に更に凹みがあって、そこに折り畳まれた紙片が封入されていた。私はその時、思わず叫ぶ。[★やぶちゃん注:仏像の絵があるが省略。]
「そうか! これがあの謎を解く鍵……!」
[この台詞を吐いている最中に画面が切れ、再び「※」の部分に戻って、ここまでの部分をリフレインする。][★やぶちゃん注:この驚天動地のフィルム・リフレイン現象も恐らく映画「プロビデンス」の作劇法の影響である。「あの謎」は原本では傍点。さて、二度目はやはり、フィルムが切れるように、ここで切れてしまい、ここで言う「あの謎」というのは遂に明らかにされないで終わる。]
 再び、船中。父の筆跡に間違いないノートの断片、そして一枚のキャビネ版のモノクロ写真が一枚。
 中国の山村風景の如き遠景、中央に大木。その根元に清朝(?)の礼服を着た見知らぬ中国人(服装からそう思っただけで日本人かもしれぬ)が正面を向いて佇んでいる。その男の頭上50cm程の部分で、木は大きく抉られており、その洞(うろ)の中に小さな小さな、みすぼらしいなりをした見知らぬ小人の男が、口をポカンと開けて、写真の右前方のあらぬ方に視線を向けている。重度の脳障害を持った表情である。その下に立っている男性が如何にも快活に笑っている(恐らくその頭上の小人の存在に気づいていない?)だけに、心霊写真のようで、私はひどく気味悪くなってゆくのだが、そばに居た捜索者の男は、写真を見るなり、こういった写真は当時の中国へ行った旅行者が好んで撮影したものだと、こともなげに言うのであった。私もそう言えば、そんな話を誰かから聞いたことがあるような気がした……(完)[★やぶちゃん注:エンディングの部分の記述は、梶井の「愛撫」の夢記述の末尾を真似ていると思われる。]

2006/11/19

ある教え子の夢

ある教え子の女性が見た夢。僕が登場する。彼女のメールから引用する。

「豪雨の中おぼつかない足取りでわたしに化石を届けてくださいました

素敵ね」

――このメールを見ながら僕は、役者として、「銀河鉄道の夜」の「プリオシン海岸」のあの、太古のくるみや貝やボスを掘り出す大学士を演じたような気になって、訳もなく嬉しくなったのである。……

2005/12/22

僕に首を絞められる夢

寝室に寝ている僕は、その寝ている僕の上に跨って、僕の首を絞めている僕を、僕の右手で、その締めている僕の顔を突き放す。締められている僕の右手の指が、締めている僕の目と口に食い込み、締めている僕の顔が苦痛にゆがむ……そこで死にそうになって、目が覚めた。

これによく似た夢は、大学生の時の夢日記に記してあるから、かれこれ30年弱前に一度見て以来だ。これが、どうしてなかなか、リアルな夢なのである。

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