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カテゴリー「映画」の38件の記事

2009/09/21

絶対に演じることは出来ないが故に演じてみたい役というものがある

――芝居をやったことのある者なら、必ず秘かに、絶対に演じることが出来ないが故に演じてみたい役というものが、ある――

――僕は――思い出せば、その最初は中学生に遡る。その頃に見た、あのローレンス・オリビエの映画「ハムレット」の、ハムレット、であった。そうである。あの近代的知識人としての画期的に内省的な、あの、かっちょいい「オリビエのハムレット」、を演じてみたいと思ったのである。そのためには「オリビエ自身」でなくてはならないのだ――オリビエとなってハムレットを演じること――それは実際に「シチーグロフ郡のハムレット」として生きることよりも遙かに魅力的である――僕の「絶対に演じることが出来ないが故に演じてみたい」という謂いが、お分かり頂けるだろう――

――後は――そう、タルコフスキイの「惑星ソラリス」のクリスだ。いや、ロシア語どころかあの撮影の頃、僕はまだ中学生だ。ビデオ回想シーンのクリスの息子時代の役ぐらいしか出来ない(あれはクリス役のドナタス・バニオニスの実の息子が演じていて、当たり前のようによく似ている)。本当は冷徹な内的変態であるサルトリウスをやりたいが、演じているアナトーリ・ソロニーツィンはタルコフスキイ組で絶対無理だから、役を降ろされそうになったドナタスしか、ないのだ――タルコフスキイの映画に端役としてでも出演して夭折すること――それは愚劣な人生を生きることよりも遙かに魅力的である――おまけに相方ハリー役のナタリア・ボンダルチュクはチョー魅力的だしねheart01――遺憾ながら彼女の現在の写真だけは見ない方がよいことだけは付け加えておこうban――

――閑話休題。実は僕がやりたいがやれない役の話をここで持ち出したのは――ほかでもない――その役は、今日、リニューアルした芥川龍之介の「淺草公園」の、あの少年の役、なのだ――僕は抱きしめたくなるくらい、この少年が愛しい。そうして僕は、この少年の役をやりたくて、やりたくて仕方がないのである――

――因みに僕はもう、自身の台詞の記憶力のなさに絶望的になっており、この右手の不具合も、演技者としては致命的である――しかし――しかし、それでもやってみたい役は、実は一つだけ、ある――それは正しく今のこの老いさらばえ、身体もぼろぼろの僕に相応しい――台詞も長台詞の殆んどは録音テープだしな――サミュエル・ベケットの――「クラップ最後のテープ」――なのである――

――クラップ――69歳の誕生日――独身にして老人ボケにしてアル中にしてインポテンツ(バナナを銜えるのはその暗示であろう)――彼は若い時から自分の誕生日になると、過ぎた一年を回顧して小型のリール・テープへメッセージを吹き込むことを習慣としていた。老いさらばえた薄汚いクラップは、薄汚れた自分の部屋で、30年前のテープを引っ張り出して聴く。そこで生臭い精液の匂いをプンプンさせる若き日の自分自身の自信に満ちた、希望と傲慢に満ち満ちた饒舌――しかし、今のクラップはもうその饒舌を自分自身が語ったことさえも――分からなくなっているのである――断絶するクラップとクラップ――断ち切れた現在と過去――前衛劇・不条理演劇の神様、あの「ゴドーを待ちながら」のアイルランドのベケットの、僕が1歳の時、1958年に初演された一人芝居である――

2009/07/16

映画 ユメ十夜

同僚より借りた「ユメ十夜」(2007年・日活・100分)をDVDで見る。

総括的印象:概ね寺山や唐、清水邦夫や蜷川の五、六番を煎じているのであろうぐらいな先入観を以ってせざるを得ない僕の世代にとっては図らずもそれが大当たりとなって期待をしない分だけ失望も少ない。但し、寺山や唐を同時代的に体験せず舞台も知らず脚本も読まず映像も見ることがない圧倒的多数の高校生や青年層にとってはこの冷凍の歪んだ鮭缶丸ごとから100年前の豚の爪(チョッパリ)まで投げ込まれたこの闇鍋ごった煮アンソロジーは恐らく退屈ではあるまい。『もっと続いてくれ!』とタルコフスキイの「ソラリス」に感じる僕はしかし「第十夜」までが永遠に続く悪夢かと思われる程に長かった。以下で掲げるこれはと思った作品さえもそれぞれの半ばに至る前に『早く次の夜にしてくれよ……』としか思わなかった。最後に言うならばこれは夏目漱石の「夢十夜」と思わずに見ることが肝要であり実相寺の遺作彼の「コダイ」の全面参加美術に加わる池谷仙克というクレジットとインスパイアの方法を見ても一目瞭然ながらこれは「ウルトラQ」とあのリメイク「dark fantasy ウルトラQ」への期待と失望そして諦観に至った私の感懐と完全に二重写しとなったことを申し添えておく。
――相応に琴線をくすぐり映像芸術として成功している部類に加えてよく批評を加えるために再度見てもよいと思われる話は

第6話の運慶☆☆☆
(最も面白い前衛状況アンチテアトルインスパイアがなされている。惜しむらくは役者がことごとく下手であることである《寺山や蜷川や唐が見たら確実に花輪と灰皿と金魚鉢の中の赤い太鼓橋が飛んでくるであろう》。但し、石原良純の出演は彼のライフワークとして確実に銘記されるものである。

第4話の山本耕史の「漱石」君のタイム・スリップ物☆☆
「白い壁の緑の扉」や「ジェニーの肖像」や「トムは真夜中の庭で」を偏愛する僕には少し目頭が熱くなった。はるかがおでこを漱石にくっつけて熱を測るシーンなど、監督はもっと登場人物に接近する必要があった。幻想のパースペクテイヴを意識する余り、登場人物を撮影している意識が強すぎるのが難点。また寺山や唐がイメージの著作権侵害を訴えることは必須だがそれはそれで水準を超えた出来であるからよい。

第1話実相寺遺作☆☆
私もこれを見ようと借りたればこそ最後なればこそ実相寺組の堀内正美や寺田農が出演していればこそ見たのである――堀内さんのしっかりナメの構図に始まり――寺田さんを例のとおり変態的に演じさせ――後年お好きだったバラした舞台を舞台とされて――相も変わらず画面も暗く――お好きなキョンキョンを確信犯で淫らに綺麗に撮りました(若い時のあのころの桜井浩子さんを使えたら良かったですね)――そうして今度は鈴の音が――遂にホントの供養の鉦の音に――なりました――合掌
「時に……ツグミは向田邦子ですね、久世さん?……」

第3話の文化五年辰年の殺人☆
ホラーとして見るならよかろう。さりながら原作はホラーの体裁をとりながらグロテスクでないところに真骨頂あるを知るべし。まだまだだめだ――

次点「第9話」神社の柱に縛られた少年の表情の演技がよくカメラも悪くないしかしこれを見る時間を「青幻記」を見る時間に回したくなる。

以上。

2008/08/19

ツルゲーネフ「猟人日記」より中山省三郎訳「ホーリとカリーヌィチ」

Иван Сергеевич Тургенев“Хорь и Калиныч” ツルゲーネフ作・中山省三郎訳「ホーリとカリーヌィチ」(「猟人日記」より)を正字正仮名で「心朽窩 新館」に公開した。本テクストには、末尾に旧ロシアの度量衡等、「猟人日記」全般に及ぶ僕の注を附しておいたので、今後、他篇を読みになる時は、ここを時に参照されたい。また、既公開の「猟人日記」の「死」のテクストに幾つかの私の補注を追加した。

この「ホーリとカリーヌィチ」の二老人は、文字通りの『地の塩』である。この一篇の中では何事も起こらぬ。何事も起こらぬが、そこに確かなロシアの民とその大地が透けて見えてくるのだ――

それは読者それぞれが感じることである。ただ、不遜にもロシア語の出来ない僕が注で物言いをつけた『こうろへた』という単語がある。ロシア語に堪能な方の御確認を是非願いたい部分である。

最後に。敢て本作には「一昨日来い」みたような一言を附しておこう。

冒頭に登場する「オリョール縣」! これは即、僕の好きなチュフライ監督の「誓いの休暇」のアリョーシャの最初の台詞を思い出す――彼は前線で侵攻してくるドイツ軍戦車群団を発見して、慌てて本部へ連絡するのだが、その本隊の名称が「オリョール」!

『ここは戦場の最先端である。前哨の小さい壕のなかに兵士の制服を着た獅子鼻の若者が入っている。彼は興奮して前方を見つめている。そこからは、だんだんと大きくなるモーターの唸りが不気味に聞こえてくる。
 若者と並んで初老の兵士がいる。彼は受話器に叫んでいる。

 ――オリョール! オリョール!……オリョール! 答えてください! タンクです! ……タンクです!……
 誰も答えない。彼は受話器をゆさぶる。震える手でコードを確かめ、また荒々しく叫ぶ。
  ――オリョール! オリョール!……
 返事がない。兵士たちは互いに目を見合わせる。二人の目の中には、恐怖と、いら立ちと、〈何をなすべきか〉という無言の問い掛けが読み取れる。
 前方のモーターのうなりはますます物すごく、キャタピラがぎしぎしと軋む……。』(“БАЛЛАДА О СОЛДАТЕ”「誓いの休暇」文学シナリオ――雑誌「映画芸術」一九六〇(昭和三五)年十一月号(第八巻第十一号)[発行 共立通信社出版部]田中ひろし氏訳より引用。この文学シナリオについてもし御関心ある向きは、こちらの僕の記載をお読みあれ)

……しかしそれは糠喜びであることが分かる(そもそも何でそんなことで喜ぶのか? それこそロシア語を知らない白痴の喜びに他ならなぬ)……この「誓いの休暇」の「オリョール」は、多分、“орёл”であって、軍事通信の、ほれ、「コンバット」の「チェックメイトキング!」と同じ暗号名で、「鷲」の意味であろうから、この実際のオリョール縣“Орловской”(原文。現在はオリョール地区“Орловский”)とは無関係と考えられる(綴りも違うわい)。上記のシナリオの中、故郷サスノフカ村(「ゲオルギエフスクの」とあるので彼の故郷はアゾフ海の東側スタブロポリ地方南部と思われる)へと向かうアリョーシャが、現在のオリョール州よりもずっと西のベラルーシのボリゾフを経由する描写が出てくることからも、これはただのカタカナ表記の偶然の一致ということらしいなぁ……されど! この作品にはやっぱりこの、“орёл”「オリョール」が出てくるんだな、これが! カリーヌィチが主人公に語る農村のエピソードの中に、製紙工場の請負人が村々の襤褸切れを集める男を雇うとあるが、その渾名が――『鷲』(原文“орлами”“орел”“орла”)!

2008/08/08

ツルゲーネフ「猟人日記」より中山省三郎訳「狼(ビリューク)」

Иван Сергеевич Тургенев“Бирюк”ツルゲーネフ作・中山省三郎訳「狼(ビリューク)」(「猟人日記」より)を正字正仮名で「心朽窩 新館」に公開した。

明日よりアイスランド共和国――ヴェルヌの「地底旅行」の旅に出かける、その留別に。

この作品は1977年に旧ソヴィエト、ウクライナ映画の新鋭監督ロマン・バラヤンにより映画化されている(75分。残念ながら僕は未見)。1987年の「ソビエト映画の全貌’87」(パンフレット)によれば、映画では原作にない結末が用意されている。『そんなある日、森番は猟をしていた貴族の流れ弾にあたってあえなく死んだ……。倒れた森番に貴族は目もくれなかった。』――これをご覧になったこの方のブログによると、これが公開された1981年のパンフレットでは『映画評論家の佐藤忠男氏が「権力の番犬は死ななければならない!」と喜んでい』るとある――年代を考慮しても、佐藤よ! 違うだろ!……

さてもまた、僕はこの、

“Бирюк”――“Biryk”――「ビリューク」

という語の響きが好きで好きでたまらないんだ――昨日も、早大スポーツ科学の小論文を添削しながら、消化器検査台でぐるぐる回されながら、バリウムが腹の中でこてこてに固まるのを意識しつつテクストを作りながら、夕方の電車の中で、トイレの中で、酔ってブラウザに向かいながら――「ビリューク! ビリューク! ビリューク!」と唇を尖らせて独りごちていたのだ――赤塚不二夫の霊でもついたかな?……

2008/07/31

ツルゲーネフ「猟人日記」より二葉亭四迷訳「あひゞき」及び中山省三郎訳「あひびき」

ツルゲーネフ「猟人日記」より、文学史上名高い二葉亭四迷訳による「あひゞき」と、中山省三郎訳による「あひびき」の同一原作翻訳二種を正字正仮名で「心朽窩 新館」及び「やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇」(双方から閲覧可能)に公開した。二葉亭の訳には何処か浄瑠璃本のような雰囲気が漂っている。こういう小悪党が文楽にはよく出てくるではないか。太夫の唸りが聞えてくるような気がする。対する中山訳は俄然映画的である。台詞が洗練され、フレーミングがしっかり見える。これを読むと、この原作自体が映画脚本でないこと自体が奇蹟のように思われてくるから不思議ではないか。

僕は秘かに思う――

アクリーナにはグレゴーリ・チュフライ監督の「誓いの休暇」のシューラ役ジャンナ・プロホレンコを、ヴィクトルにはイワン・プイリエフ監督の1968年年版「カラマーゾフの兄弟」で美事なスメルジャコフを演じたワレンティン・ニクーリンを起用したい。

うん? 主人公の猟人ピョトール・ペトーヴィッチ役は? それは勿論、ロシア人に生まれ直した、僕、だよ――

2008/07/06

ある生活・あれから19年(+44年)

ある生活・あれから19年 (昭和39年 朝日ニュースNo.996)
http://j-footage.vox.com/library/video/6a00d41420c1f0685e00e3989f61b50001.html 

幼い心が捉えた原爆の傷跡。広島の歴史はいつまでも語り継がれてゆくことだろう。

あれから19年の生活は、独りの母親にとってただの蛇足に過ぎなかったと、松本さんは言う。

松本さんは今年六十一才。原爆症で夫を失い、一人っ子の璋一君は、十九年前の原爆の日に、行方を絶ってしまった。

まためぐって来た八月六日。あの鮮やかな記憶が、色あせた松本さんの生活に彩りを加える日なのだ。一年のうち、たった一日、忘れていた生活の張りが、戻ってくるのだ。

自分と同じ思いの人たちが、ここに何人かいるに違いない。

大会の雑踏の中で捧げる平和への祈り。それは松本さんにとって、今日も生きていることの証しに他ならない。

息子の璋一が生きていれば、今二十四才。

松本さんは、知らないうちに息子を探していた。

あのピカドンの中で消えてしまった子どもの行方を案ずるのは、間違ったことだろうかと、毎年同じことを松本さんは考えて来た。

ノーモア・ヒロシマから観光広島へ、街は次第に姿を変えた。

公園のベンチのあちこちには、子を失った同じ親たちの姿があった。

死んだ者――残った者――その心を映して、広島の空は赤く焼けてゆく――

夜ふけて針に糸を通す眼がかすむ――やがて松本さんの一日が終る――
広島にならどこにでもある、母親の話である――

(作品No.NAJ0996-04)
(昭和39年8月12日公開)

やぶちゃん注:以上は、フィルムを視聴しながら、そのナレーションを活字に起こしたものである(一部にリンクの公開ブログに附された当時の原稿の一部を挟んである)

一聴、このナレーションには、ある種のこなれていない文飾と通常ならば不適切と言われて仕方がない言葉遣いが認められる。冒頭の「あれから19年の生活は、独りの母親にとってただの蛇足に過ぎなかった」という謂いは、決して彼女の生の声とは思われない。自身を言うに「独りの母親にとって」という客観表現は、如何にも不自然で、飾ろうとする第三者の言換えの匂いが強いし、「あの鮮やかな記憶が、色あせた松本さんの生活に彩りを加える日なのだ。一年のうち、たった一日、忘れていた生活の張りが、戻ってくるのだ」というフレーズも、今ならデリカシーを欠くと批難されるところである。映像面でも、子供を無意識に探すというシーンの(というより、そこに強引に牽引して演出しようとしているように思われる製作者の意識にもやや不満がある。インドシナ反戦の横断幕の前を彼女は受動的に「歩かせられ」はしなかったか?)、ベンチにごろ寝する浮浪の若者の足のケロイド、その効果音等は、エイゼンシュティンの教条的モンタージュの悪しき例を見るかのように覚える部分もある。――しかし、この短い映像に幾多の違和感や不満を感じながらも、僕はこの「ナレーション」、この「作品」、その全総体に、確かに胸打たれるのだ――うまく説明出来ないのであるが、そういうものって、不思議に、確かに、あるものなのである――

また、あの熱い、あの日が、廻って、くる――

2007/11/03

ALWAYS 続・三丁目の夕日 否 前後編 ALWAYS 三丁目の夕日

――僕は忙しさの中で何一つ新作の内容を知らず、昨日、妻が「最初の2分が掴みらしいよ」という言葉も上の空で、今日の上演前に買ったパンフを開いた。丁度、そのパンフの真ん中に折込のページがあり、鈴木オートが派手に髪を逆立てた映像と、「映画を観るまで、開けちゃダメだぞォォォ!!」という吹き出しに、普段なら臍曲りに開けてしまう僕が、何故かあの昭和30年代の少年期のように、開けずにいたのは――それは、大変な正解だった!!

鈴木オートの言葉通り、それは知ってはいけない。Suzukiauto_3 

知らなかったから、僕は、その「冒頭の2分」をあのころの少年のようなドキドキした笑顔で、心から楽しめたのだ。それは、何故か冒頭のフェイド・インからSEに肉体が先に直感していた。そうだった!――「あいつ」だ!

このシーンについては、僕のフリークな立場からすれば、多くを語るべき細部の不満や注文はある――だがしかし、それは、まだ観ぬ人々の感興を明らかに殺ぐのであってみれば、作品が多くの人に見られてほとぼりが冷めた頃に、語るべきことである。この冒頭を見るためだけに、僕は今回の作品をお薦めする。そうして、何が出てくるかを決して、あなたは――知ってはいけない!――

主演の吉岡秀隆が述べている通り、この作品は、前作を前編とし(前作の僕の感想はこちら)、これを後編として、連続した一本の映画作品として見るのが絶対的に正しい。……

それは、当り前のような謂いに聞こえよう、がしかし、観るものは決してそのように見ないという点で(それは無意識的な今日の私のいやらしい批評眼の一部がそうであったことに論拠をおくのであるが)、極めて微妙な問題を孕んでいるように思われる……

三丁目は前作より美事にウェット。個々の場面にあって、実に微妙な汚しがリアリズムを引き出している(しかし欲を言えばもっと饐えた臭いが欲しいなあ。でもそれじゃ、みんな帰っちゃう、か)……

日本橋も、東京駅も、羽田空港も、その向うの京浜工業地帯の煙突も、あのおぞましい学校給食も、そうして私の幼少の頃の憧れであった「こだま」の車両も――すべてのVFXは前作を遥かに確かに上回っている……

何より、映画の苦手な妻でさえ、見終わった後に入ったレストランで、私がパンフに見入っているのを覗いた、見知らぬ映画好きのウェイターの、「前作は面白かったですが、どうでした?」という問い掛けに、僕が答えるのを待たず、「前よりずっといいですよ!」と笑って答えていたのだ……

妻の謂いも妥当である。登場人物の設定を説明するために、作品の前半部を使い尽くし、そこに細切れの原作のエピソードをはめ込んだプロットである前作は、何より人物の描写の浅さを免れていなかった。いや、それ故にこそ、満を持した本作があってしかるべきであった……

僕は今回の作品をやはり涙なくして見れなかったし(僕の悲泣の回数は恐らくあなたに負けない。何と言っても、真面目な話、僕は既にあの最初の「奇跡の2分」で泣いているのだ。あそこで泣ける人間はそう多くない)、笑うべき部分では、大いに笑えた。それでまさに充分である……はずだった……

それでも、僕は何か一抹の淋しさを拭いきれないのである。僕は、今、それを明確に記述し得る自信がない。そもそも「いい映画」であると感じている作品に、更なる注文をつけること、というよりそれはもはや修正不能であるが故に禁じられてあるようにも思えるからなのだが……

(最初に断っておくが、僕は自分の嫌いな映画について、いや、あらゆる批評対象を「抱く覚悟」なしに論評する輩を、不倶戴天の敵としている。おまえは「嫌いな映画」を何故観る? 何故、椅子を蹴って出ない?――但し、静かに蹴るべし――そうしておぞましくも何故、「不快を語る」のだ? 愛さない対象に批判は無効だと知るがよい。ルドンは言っている。「批評することは、愛することではない」と。そうだ。これは僕自身の永遠の自戒でもあるさ。そんなことは、おまえに言われなくても百も承知だ)

しかし、敢えて述べてみよう。

僕には「続」を創ることによって生まれてしまった創り手の過剰な「実現可能な欲」の暴露が少し寂しいのだろうと思う。それは観る我々の側の安易な願望充足と時代美化への無批判な迎合と繋がる危険を孕んでいるからである。僕は前作の際の朝日新聞での「時代美化」批判には賛同できなかったのだが、ここまでこの作品が人々の心を捉える時、あの時代のネガティヴな部分へのアプローチは考えておくべき性質のものであるとは思うということだ。しかし、それはこの映画への物謂いというよりも、我々観客の側の主たる問題であるということだ。

僕には「続」を創ることによって失われてしまった創り手の内面の「総合芸術のドゥエンデ」が少し惜しいのだろうと思う。それは試行錯誤が生み出すところのすべての映画製作に関わった「職人」達総体の鮮やかな閃きと、それに感応する観客総てのコール・アンド・レスポンスの微妙な歪率を生み出す惧れを孕んでいるからである。確かにキャストもスタッフも、みんな素晴らしくうまくなった。しかし、それは「演技のための演技」であり、「VFXのためのVFX」になっていは、しまいか。

……しかし、それは作品の評価や興行率にあっては、僕の杞憂であろう。僕はまた、僕の批評的な視点の、一回性への芸術志向という前時代的愚劣さをも何処かで反省している(しかし、繰り返し見られることと一回性は、必ずしも矛盾しない。それは芸術にあっては実はオーディエンス側の「人生的な一回性」の問題であると僕は思っているからである。愛するグレン・グールドに背くようだが)。

閑話休題。Tyagawa_2

「茶川先生」が最初に述べた通り、この作品を「前後編」として、通して観る人々は、幸いである。そこではきっと僕でさえ、危惧や違和感を感じないはずである。而して、この作品の三作目は、決してあってはならない、というより、創ることは最早不可能であろうことも、明白であるから。そうして何より、劇場で売られている「鈴木オート」と「茶川商店」の手拭いを御覧の通り、へらへら買って画像として出すほどに、この作品が大好きであるから。

僕の思いは最終的には明白なのである。この作品は、前作とセットで上映されるべきである――そうして確かに、この「前後編 ALWAYS 三丁目の夕日」は日本映画史に残る確かな名作である。僕はもう今から、この「前後編」をDVDで間髪いれず続けて見るのを、楽しみにしている。

2007/09/06

「ひめゆり」の少女

Sailormiddles750 この映画で、唯一一瞬、演者によって創られた画像がある。オープニングのひめゆりの塔の記念館の、あの写真の部屋の後姿の女学生である。そうして、その少女は沖繩の海と空の「美しい」ポスターにも立ち現われる。僕は、当初、正直に言うと、この宣伝媒体としてのポスター・スチールや、その冒頭演出を快く思わなかった。それは、一瞬のプロローグの演出や集客のための手段であったとしても、すこぶる安易な感傷――芥川龍之介風に言わせてもらえば陳腐なサンチマンタリスムとして――僕に違和感を感じさせるものであったから……。

……しかし、それは大いなる誤りであった。

今日までに、僕のブログを読んだかつての教え子の少女が、二人、「ひめゆり」を見たとメールをくれた。そうして心から打たれた……と。

僕は、今、分かる――あなたは、この「ひめゆり」の「少女」なのだ――

――見学者や観客ではない――

確かに あなたは「ひめゆりの少女」なのだ――

2007/08/28

「忘れたいこと」を話してくれてありがとう

「忘れたいこと」を、60年間、不特定多数の、必ずしも聴こうともせず、いや、居眠りさえする子どもたちに、あなたは語り続けることが、出来ますか?

柴田昌平「ひめゆり」についての追記 終章 

大丈夫だ。これで終わりにする。

二人の違った場所の別な証言者。そこで共通する、言葉。

追い詰められた南部の海岸で、自決のために複数の少女たちが集まり、手榴弾を掲げてピンを弾き飛ばそうとした――

もう一度 お母さんに逢って 死にたい!――

これが彼らを救ったことに、僕らは単純な真理を感じるべきだ。

僕らを救うのは「父」ではない――

「母」である――

父権的男性は所詮勝つか殺すか負けるか殺されるかのゲームに没頭する愚劣な輩である。何としても性染色体の奇形によって生まれた鬼っ子だから。

母性が人類を確かに救うのだ――

「女」のみが人類を救うのだ――

如何にも、たかが陳腐な、しかし、されどまことの言葉では、ないか――

「如何にも不審なことが、逆説的な本当であ」ることの証しである。