僕は88歳
骨折を殊更にパロディにして昨日も今日も過ごしてきた。実費で買ったレントゲン写真は、その最たる実弾だった。右下の、ネーム欄には、なんと僕の名前の下に「大正8年2月15日生 88才」とあった。
現実は僕を追い詰めずには措かぬらしい。今日は、生徒の親の気持ちを考えると、ひどくつらい事務上の出来事があった。そのために、その方へ手紙を書いたのだが、宛名一つ書けぬ。冷たいワープロの手紙。宛名書きの代筆。どんなに言葉を尽くしても、きっと僕は冷たい教師だと思われるしかない。
「死んだ積で生きて行かうと決心した私の心は、時々外界の刺戟で躍り上がりました。然し私が何の方面かへ切つて出やうと思ひ立つや否や、恐ろしい力が何處からか出て來て、私の心をぐいと握り締めて少しも動けないやうにするのです。さうして其力が私に御前は何をする資格もない男だと抑え付けるやうに云つて聞かせます。すると私は其一言で直ぐたりと萎れて仕舞ひます。しばらくして又立ち上がらうとすると、又締め付けられます。私は齒を食ひしばつて、何で他の邪魔をするのかと怒鳴り付けます。不可思議な力は冷かな聲で笑ます。自分で能く知つてゐる癖にと云ひます。私は又ぐたりとなります。」(「こゝろ」より)
「自分で能く知つてゐる癖に」。
その通りだ。
何だか疲れた。明日は、何年もやったことがないのだが、意味もなく休みをとってしまおうかと思っている。どうせ、いてもいなくてもおんなじだ。夏休みの学校に用もないのに、せっせと通うのもおかしなもの(勿論、部活や仕事のある人もいるからすべてとは言わぬ)。研究用の蔵書は汗牛充棟、家の廊下にまではみ出しているというのに。家での研修は世間様の目を憚って、まず、許されぬ。誰もが聞く、「先生方は、行って何してるんです?」答えよう。「骨折漫才だ」
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