小学校卒業文集
法学を学んだ教え子がBlogで、犯罪者の卒業文集が報道されるのを評して、「小学生よ、卒業文集には何も書くな」と訴えていたのを、ふと思い出した。
僕は「医者になりたい。名前は変だけど、必ず医者になってみせる」と書いたのだ(見ず知らずの方はここを見ないだろうが、僕の姓は「藪野」という)。結核性カリエスの罹患で、物心ついた時から、白衣の人が日常だったからか。
今年の初め行った与那国島に感動して、そうして偶々見たドラマの「Dr.コトー診療所」のドツボにはまった僕が、どこかの離島のニセ医者で捕まったら、きっとあの文集はかっこうのお笑いの素材になるんだろうなあ。
→公式サイトが閉鎖した今、そこで配布された壁紙が一番大きくていいのだが、著作権に抵触するから、「Dr.コトー診療所ファンサイト/コトー先生のカルテ。」(「Dr.コトー診療所~志木那島の旅物語」と並ぶ充実したサイト)http://www.geocities.jp/dr_kotoh_clinic/
の「レポート」で志木那島診療所(与那国島比川浜セット)見て我慢(しかしここはここで素晴らしい)。
この6日間で、医者にだけは、いっぱい逢った。レントゲンも10数枚、たっぷり放射線を浴びたな(もともとカリエスだったから、僕は人の数十倍以上の被爆をしている)。白衣白衣白衣、白衣のフェルマータ。友を殺した、白衣の天使ならぬ、白衣の罪人もあの中にいたのだな。だいたい、完全コンピュータ管理が(ちなみに病室の前には常に、オンになったパソコンが無人で置いてあり、通ると患者名、投薬状況から食事記録まで美事に覗けたよ)、僕を88歳にしてくれる病院だ。
しかし、さっき、漱石の「道草」を再読した別な教え子からのメールに、
「やはりこの小説には後味の悪いものが残ります。いまだに、論理を全てひっくり返して、「人生はこうもできるんだよ」と子どものように決め付けてしまいたくなります。」
とあるのを見て思った。
そうだな、僕は今も医者になりたいな、と。
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