父のこと
前に父のことは書いたが、絵描き志望であることは落とした。ニ紀会の洋画家、故藪野正雄と、その息子、健(「藪野」でネットでひっかかるのはあらかた彼だ)は父の叔父と甥だ。
父は加納光於と一緒に版画をやっていた。エッチングが専門。作風は、エルンストに最も近い。コラージュも大好きだ。洗練された画風は、手前味噌ではなく僕は嫌いじゃない。しかし、所詮、エルンスト風でしかない。
父のところには、鑑定団なら驚天動地のものが一杯ある。
古いところでは、春信のビードロの中の金魚の浮世絵。残存枚数が少ない刷りだ。
三木富雄は耳の彫刻で国際的に有名だが、彼が初めて油絵(!)の個展を開いたときに、父は買った第一号だった。彼に、そのオブストラクトな絵の「天地は?」と聞いたら、好きな向きで飾って下さって結構ですと感動して言ったそうだ(ちなみに彼はアメリカで自死している)。
上野誠。ケーテ・コルヴィッツに通ずる版画家。被爆少年の横顔は一見、忘れられぬ。私を産む前の母と一緒に訪ねて、上野氏が僕の母を痛く気に入って、何枚か作品をくれた。それががひどく癪に障ったらしく、帰りに父は不機嫌だったと、後に母に聞いた。梟の好きな僕の妻は、その時の一枚をちゃっかりもらっている。
瀧口修造の版画。美術評論家たる彼の最初の個展で、父は当時の1カ月分の給料2/3をつぎ込んでそれを買った。カリエスを病んだ僕と家計にきりきり舞いの母は、その時、彼の念頭には全くなかったのであろう。
絵描きを志したが、叔父に食えないから止めろと言われ、アルミ会社でインダストリアル・デザイン一筋で来た。グッド・デザイン賞も幾つかもらったが、彼には、なんぼのものであったのだろう。
その後、幾つかの絵画の賞も獲ったが……さて、今の彼は?
鮎の毛ばり釣りに命をかけて、絵は、全く描かない。
それで、いいのかも知れないな……
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