忘れ得ぬ人々 6 少女と鬼
作業療法室でリハビリをしていると、奥の理学療法室から、リハビリを終えた女子高校生が車椅子で出て来た。
向こうの机で、新聞を読みながら、迎えの看護婦を待っていた。
優しい顔をした好ましい少女――
こちらから机の下に足が見えた――
――右足は脹脛の真ん中から、左足は膝蓋骨の下からが、なかった――
――僕は、作業療法士の施術している僕の鬼の右腕を、見た――
――帰り、秋空の午前の日差しの中、家までの3キロを歩きながら、すれ違った自転車をこぐ少女の足を、思わず凝っと見た……
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このお目出度い、たかが鬼の腕の不自由な男は日々、贅沢な不満の中にある――
拘縮は相変わらずだ――一時間授業をして、グーパー、グーパー、運動をしないでいると、カチカチの「死んだ」手になる。チョークを握ったままで固まるという、聖職の碑状態だ。招き猫の手を想像されよ。あの形で、動かなくなるのだ。暫くお湯にさらして揉み解すと、少し動いてくる。これはインスタントラーメンと同じ要領である。職場では、毎時間、これを繰り返す――通勤の車内でも、エクササイズは欠かせない。従って、好きな読書も、とっくにおさらばだ……
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昨夜、真っ暗な書斎で。メールを確認するためにパソコンの前に坐ろうとした――
いつもデスクチェアを引き出して、左の書棚に寄せて背を向けてあるのだが、その日の朝に限って、机にちゃんと収納したのを、忘れていた。そこにあるものと思って空気の椅子に坐って、美事に派手な尻餅をついた。思わず右腕を突いてしまったが、腕の痛みはそれほどでもなかった。尻餅をついたそのままに、いっそ好きな書物を積み上げたこの棚で、金城哲夫のように後頭部でも打ったらばと、左の骨盤の底の痛烈な痛みと共に、僕は独り淋しく失笑していた……
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骨折部を中心に、手の甲から手首へと、黒々とした毛の生えた、先祖返りの腕を持った「鬼」の、而して勢い鬼の如くに酒量が増し、糖尿病の目標制限体重63キロも遂に超えてしまった、我が――斯くも永き馬鹿馬鹿しい日々ではある……
進歩と言えば、握力が16.8kgまで上がったこと。
ついでに言えば、今日、労災申請で保険を止められ、骨折後一ヶ月間に病院に支払った凡そ70万円が、現金でドンと戻ったのは、多少、嬉しくないことは、当然、ない。
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ベタ・テクスト風で如何にも無風流であった「やぶちゃんの電子テクスト」を、とりあえずリニューアルした。複数の方からリンクを張って頂いている関係上、最初のページを廃する訳に行かないので、どうしようかと思っていたが、当該ページをリンク形式にすることで問題を解消した。それぞれの壁紙も、それぞれの作家を意識して選んでいるつもりである。