せっぷん――兄への日記Ⅱ―― 藤森安和
せっぷん
――兄への日記Ⅱ――
ウインドウの闇に写った顔は、僕の顔ではない。みしらぬ群衆の中の目前を通り過ぎていった、ただの顔。その顔を見る僕の心は生きている。顔。たしかにウインドウの中の顔は僕の顔であるが、僕の顔でない。僕は、僕を見る心だ。
遠く、春の夜のネオンの街から、淋しき顔がやってくる。僕は淋しき顔にむかって、はやくこいと、手と足と顔でこまねきをした。
恋人の中の女が笑った。僕も笑った。
涙が僕の顔に流れた。僕のピエロを笑った、しゅんかんの恋人と失恋に涙を流したのではなく。顔と心とのへだたりをむすぶ、ただ一つの行為をできなかった、なさけない肉体に涙を流した。
淋しき顔が、僕の眼前で笑い。春のネオンの街に、女の笑い声が消えていった。
*
「アンソロジーの誘惑」に載せているものだが、今日、1961年の集団就職の映像を見たら、とてつもなく、これをブログに書きたくなった。それだけの、ことだ。今、65歳となった「十五歳の異常者」に、僕は、逢いたい。
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