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2006/01/29

人生は何故有意義でなくてはならないのか?

僕は、今日、仕事から帰る電車の中で、芥川について複数の引用を重ねた本を読んでいた。後代の批評家のみならず、彼の実の盟友でさえ、彼の小説には人生が見えぬと言う。彼のあらゆる作品は剽窃である、己という人生の見えぬ小説家は畢竟失敗だ、芥川は、己を隠すことに汲々とした結果、当然の如く自から果てた……

……思わず、その傲岸さに反吐が出そうになった。息苦しくなった僕は、本から目を離した……

……大声で携帯をかけている若い女、ゲームに興じて三人座席を一人占領して口を尖らせている男、ポケットのゴミをこっそりと捨てるお洒落な若僧、眠れる喧騒の森の老婆、何か臭いのはドア際の草の種を体のあちこちに付けたプー太郎の老人だろうか、降車階段から1スパンはずれそうなだけなのに舌打ちをしてぶつくさ言っているおばさんが横にいた――勿論、右手をにぎにぎしながら、付箋を忘れて気になるページにせっせとドッグ・イアを作っていた僕という存在も、立派に異様な中年として彼らに映っていたには違いない――しかし、そんなそれぞれに違った、いうところの凡庸な我儘な「人生」に生きている人々を眺めながら、こんなことを思った……

……明治維新からその末年に至るまで、自我の覚醒を謳う、いわゆる選ばれた「明治の知識人」達のみが、やっとこ一個の己を苦悩する主人公を、たかが数編の小説に描き得たに過ぎなかった。すると大正にかけて、今度は、それを自称「マイナー・ポエット」達がMRSAのように、あらゆる免疫不全の芸術分野に感染させた。しかし、大多数の大衆は、どこにいたのか? 彼らの、よりよき個としての存在たる「人生」は? そうして、芥川は預言者のように、いや、己がもっとおぞましい己に反した生き方をすることを、拒絶するために自尽した。富国強兵と皇民化からファシズムへの道のりの果てにあったのは、滅私奉公へのうんざりした回帰であり、そこには公的な視点からの「個人の尊重」も、「人生」も、なかった。そうして、芸術家は何をしたか? その個別的罪証を挙げつらうのは生産的ではない。荒川洋治は一篇の詩でも翼賛に関わった詩人はその責任を負うべきだと、教え子の大学の講義で豪語したと聞いたが、いっぺんで現代詩人なるもの全体が厭ましくなった。思い返せば、後に己を岩手に幽閉した文学報国会詩部長高村光太郎の沖縄戦賛美は馬鹿正直の自業自得としても、「落下傘」の金子三晴が反戦で、瀧口修造の「春とともに」は翼賛だと決め付ける輩は、スターリン並みのおぞましさだ。さてもそれよりその時、大衆は、どうしていた? どういうところの「よりよき個/人生」を生きていたのか? そうして、無数の屍の山を経ながら、あっと言う間に、僕らは、あたかも伝家の宝刀としての「自我の尊重」を当たり前のこととして信じるようになる。それは、GHQによって作られた憲法(僕が憲法改正の国民投票に賛成し、改正に反対であることはかつてのブログを見られよ)の棚ぼたのように得た、たかだか60年の短い幸いの歴史でしかなく、歴史的に見れば、不確かな仮説の一つに過ぎぬとさえ言い得る。いや、それが、今、音を立てて、崩れようとしてさえしているではないか……

……それは鏡像理論を想起させる。現代の「知識人」が現代の「文学」を求めたのではない。「文学」がゾルレンとしての「人生の意義」を強要したのだ。芸術が、我々の鏡像なのではない。ザインである我々が、芸術の、政治の、そうして、言うところの「人生」という規定された鏡像なのだ。僕らというそんなドリアン・グレイの肖像は、そうして「あるべき、有意義な、正しい、よりよい人生」を生きねばならないはめになった。そうしてそれを、教育が美事に順調に翼賛した(僕も、勿論、その謗りを免れぬであろう)。しかし老いてゆくのは、僕らと言う描かれた虚構なのだ……

……駅に着く。携帯はパタと閉じられ、ゲームの御仁は負けたようだ、ゴミはリハビリ代わりに僕が拾った、おばさんは僕を突き飛ばすと軽快に階段を上って、婆さんは涎をふいて立ち上がった、プーの爺さんは新住所の公園を目指すのであろう……僕は僕で、妻に帰るコールをする。帰ったなりに、暖かい幾たりかの食い物と酒に酔いしれるという、退屈な凡庸さのために。人生に、推量だか予想だか当然だか義務だか適当だか勧誘だか可能推量だか有象無象判別の困難な高校生泣かせの助動詞「べし」は、断じて、いらない。僕はゾルレンを求めない。「あるべき」なんて、「糞、喰らえ!」

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