教え子達へ
すまないことになった。
だが、僕が、君達を愛していることに変わりはない。これは、確かなことなのだ。
しかし、僕は暫く、君達のもとを去ることとなった。
七月に腕を折った。
一度目のロボコップの創外固定術は失敗、二度目の観血的固定術
(チタン・プレートをボルト5本で打ち込み。この正式術式の名前は凄いな。文字通り「血い観るでえ!」)
は手遅れ。
後遺症決りで、先が見えなかった。
僕は、一歳で左肩結核性カリエスに罹患している。
五歳まで胴と胸、左の二の腕まで固定、肘は半固定で、前へ90度しか動かせないコルセットをずっと付けていた。
幸い、ストレプトマイシンが安価に供給されるようになった頃で、何とか治ったが、今も左腕は6センチ以上短く、肩旋回も不具合だ。
鉄棒にぶらさがると、意志とは無関係に、首が傾いて左肩にくっ付いてしまう。
僕はそれで小学生から高校生に至るまで何度も嘲笑されてきた。
体育の時間は地獄だった。
その笑った中には、体育の教師さえ混じっていなかったことはない。
そうしたコンプレックスの中で生きてきた僕にとっては、
たかが右腕、されど右腕なのだ。
この右腕の創外固定とギプスは、美事にあの小さな頃のコルセットをフラッシュ・バックさせた。
そのようにして、僕の人生の初めと終わりで、左右の手は美事に輪を閉じるように不自由になった。
特に去年の暮は、シンどかった。
自分の尻が何とか右手で拭けるようになったのは、やっと十二月も終わりのこと。
あの頃、実は、君達が感じていた以上に、僕は僕なりにかなりヘコんでいたのだ。
仕事、人生のどちらにも。
過去のブログでも書いた通り、
確かに、君達の励ましは、一番の何よりの励みであった。
しかし、それだけでは、あの年末の憂鬱を乗り切ることは出来なかった。
この喪失感はまずい、と感じた。
さすれば僕は、僕自身を如何にして救助しよう?
ともかく、ライフワークと自認する「こゝろ」の全文授業をやり遂げ、幸薄い夕顔の死を見届けることだ。
これは己の欲望の実現ゆえにむしろ容易に見えた。
だが、たかが小説と物語で燃え尽きるわけにも行かぬ。
とすれば?
ここにこのまま居続けることは、僕にとっては勿論、楽である。
しかし、それでは、僕はただ、「先生」が言ったように、生きたミイラのように生きてゆくことに他ならないのではないのか?
自分を追い込むこと、自分を投企すること以外には、ない、と考えた。
それを僕はアンガジュマン(自己拘束)と呼んだ。
秋に、転勤の意向を聞かれた際に、僕は「必要があれば可」と回答した。
我々は、転勤先を指定することは出来ない。たかだか大きな希望地域を出せるだけだ(実際、結果は僕の書いた三つの地域でさえなかった)。
3月まで頑張って、その先はまた、どうなるか分からない状況を、敢えて作った。
新しい状況下で、ポシャらばポシャれ、僕自身はその程度のものであったのだと知れ、という気持ちである。
別に、僕は格好をつけているのではない。
これが、ありのままの事実なのだから、仕方がない。
最後の授業で言った通り、あの頃は内心、仕事をやめたかった。が、やめる勇気もなかった。
かたや、後遺症は予告通り、美事に残った。
先週、最後の通院のリハビリを終えた。
症状固定治癒の現在、回復は、80パーセント弱。腕首の旋回の不具合と、指の拘縮が残る。
つり銭をもらうのに媚びるように体を右に反らさねばならない。
家の鍵をつまみ、差し込んで回す、という動作が存外、しんどい。今も、たびたび鍵は僕の手から落ちる。
小銭に興味がなくなった。思うように扱えないからだ。それは、しばしば僕の指の間から、零れ落ちてゆく。
そうして、極めつけは強くグーを握ることが出来ないことだ。じゃんけんも殴ることも出来ない。
この後、90パーセント程度まで、自己のリハビリで回復させる可能性はあると医師は言う。
しかし、それには、2年はかかるそうだ――
――だが
みんな知っているように、僕の魂は、復活した。
あの沖縄の「やんばる」で。カヌーで。珊瑚礁で。みんなと一緒に、だ。
何度も言おう。
僕はあの日、半年振りに、心から笑ったのだ。
7月の真鶴の岩の海岸で、みんなにフシエラナマコを見せた後に、右腕を折った。
1月の万座毛のイノーで、みんなにニセクロナマコのキュビェ管を出させて見せた時、それを握っていたのは、同じ右腕だったのだ。
失意と歓喜の円環はとりあえず閉じた。
しかしながら、それは結果に過ぎない。
我儘な人間が、言わば我儘で自らを追い込んだ以上、この上更に我儘は言えない。
あなたには私の転勤する訳が明らかに呑み込めないかも知れませんが、
もしそうだとすると、それは箇人のもって生れた性格の相違だから仕方がありません。
私は私のできる限りこの不可思議な私というものを、……
卒業したら、酒を酌み交わし、語り合おう。
暫くの間だ。
また! いつか! 何処かで!