芥川龍之介 三つの窓
芥川龍之介の「三つの窓」を正字正仮名で「やぶちゃんの電子テクスト:小説・随筆篇」に公開。
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「三つの窓」の眼目は、「三 一等戰鬪艦××」である。
「一 鼠」のA中尉は芥川であろうし、「二 三人」のK中尉も芥川であろう。軍隊組織の非人間性という素材を扱いながらも、そこで芥川は巧みに、彼得意の愛へのアンビバレントな感情や、刹那の人間存在への厭世的ポーズを仄めかすことを忘れはしない。
そうして「二」の最後に、「禅林句集」の、単行本「羅生門」に掲げられた「君看雙眼色 不語似無愁」を、満を持して配することで(というよりもやはり彼固有のポーズとして配することで)、最後の一等戰鬪艦芥川を登場させる。それが「一等戰鬪艦」であるところに、芥川の矜持が垣間見られる。
文中、突如爆裂し、轟沈してゆく友達の一萬二千噸の軍艦△△は、この年の四月に発狂した宇野浩二であろう(但し、宇野は芥川よりも一歳年長)。そうして、評論家後藤純孝の言を待つまでもなく、彼の前の「巡洋艦や驅逐艇」、「新らしい潛航艇や水上飛行機」は、白樺派や耽美派、陸続と現われ続ける自然主義の作家群を、更には新たな方向性を如実に示し始めていた、プロレタリア文学や新感覚派の出現を指している。
……しかしそれ等は芥川には果なさを感じさせるばかりだつた。芥川は照つたり曇つたりする文壇を見渡したまま、ぢつと彼の運命を待ちつづけてゐた。その間もやはりおのづから身體のぢりぢり反り返つて來るのに幾分か不安を感じながら。……
芥川は、こう記した凡そ一月半後に、自裁する。芥川の身体の、軋む音が、聞こえてくる……