翡翠 片山廣子氏著 芥川龍之介
芥川龍之介「翡翠 片山廣子氏著」を正字正仮名で「やぶちゃんの電子テクスト:小説・随筆篇」に公開した。
「越し人」片山廣子(松村みね子)への芥川龍之介晩年の思いは、頓に有名であるが、彼がこの書評を書いた時、それは八年後の予定調和のようにあったのであろう。この時、芥川龍之介24(数え25)歳、廣子38歳、但し、彼女の夫、日本銀行理事の片山貞次郎はまだ生きていた(四年後に死去)。
大正十三(1924)年の八月十九日、軽井沢の追分分去(わかさ)れで、片山と美しい虹を見た直後、芥川は「もう一度廿五才になつたやうな興奮を感じてゐる」(八月二十日付佐佐木茂索宛一二三七書簡)としたためている。
廣子は後年、芥川龍之介の思い出を「黒猫」(昭和三年)や「五月と六月」(昭和四年)等の随筆に記している。
前者では、黒猫を可愛がっていた芥川を回想し終え、その最後に「庭には影が見えないが、今たしかに黒猫が私の中をとほりすぎた。」と筆を擱く。
後の作品は、かつて夏に借りていた円覚寺の廃寺を再訪し、そこにある古井戸を覗きつつ、「そこへ来て死ねば、人に見えずに死ねるなと思」う。しかし、「同時に死んだつて、生きてるのと同じようにつまらない、と気」づく。「そのまゝ山を下りて来た。」と終わる。
どちらも、僕には慄っとするほど美しい……
(片山廣子の引用は2004年月曜社刊 片山廣子 松村みね子「燈火節」より)
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