心朽窩主人印 謝李賀
サイトのテクスト館新旧「心朽窩」に、かつて敦煌を訪れた時に篆刻家の先生に彫ってもらった「心朽窩主人」の印を打つ。先生は、僕が選んだ印材の小ささにやや困っていた。それが「窩」の字に感じられるような気がする。加えて、彼は、この「窩」の字は意味が良くないと、しきりに変えることを薦めた。そうだろう、元来、これは悪党の隠れ家、といった意味合いだから。それでも僕は満面の笑みで、これでいいのです、と答えた。先生は苦笑いしながら、承知してくれた。それでも翌々日、受け取りに行った時、妻の印の次にこれを捺した時、おもむろに僕の方を見て、「どうです?」と言った先生の顔は、少し自慢気であった。僕はこの印が、形共に結構、気に入っている。
僕のこの号は勿論、中唐の鬼才李賀の詩「贈陳商」(陳商に贈る)の冒頭からとった。
贈陳商(冒頭のみ抄出)
長安有男兒 長安に男兒有り
二十心已朽 二十にして 心 已に朽ちたり
楞伽堆案前 楞伽(れうが) 案前に堆(うづたか)く
楚辭繫肘後 楚辭 肘後(ちうご)に繫(か)く
人生有窮拙 人生 窮拙有り
日暮聊飮酒 日暮 聊か酒を飮む
祗今道已塞 祗今(ただいま) 道 已に塞がる
何必須白首 何ぞ必ずしも白首を須(ま)たん
長安の 一人の少年
二十(はたち)でとっくに 心が朽ちた
机の上の「楞伽経」 埃を添えてうず高く
座右の楚辞も 久しく詠まぬ
人生は 結局 失敗だった……
日が暮れた さて酒でも飲もう……
もう 僕の旅は 終わった……
髪が白くなるのを 待つ必要なんか ない……