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2006/10/10

兎 村上昭夫

兎   村上昭夫

月には兎がいるのだと

私は小さい時思っていた

 

恐らく月はでこぼこの冷めたい山が広がるばかりで

平地には崩れた塵埃が

幾重にも重なっているだけだろう

 

海というものは名ばかりで

一滴の水もない暗さが

深く沈んでいるだけだろう

 

だが今でも私は

月には兎がいるのだと思っている

月は昔疲れた飢えた旅人のために

身をささげた兎だったと

この涯というもののない宇宙のなかには

死んだものはひとつもないのだと

おそらく数知れない天体のなかには

数知れない兎がすんでいて

数知れない疲れた旅人もいるのだと

今でも子供のように思っている

(1968年刊 思潮社「動物哀歌」 より)

この詩が、限りない愛惜を僕に感じさせるのは、恐らく僕たちが「大人」になってしまったその間合いに、誰もが感じた現実への一抹の失望との合致であろうし、同時にそれを肯じえない頑なな「少年」を身の内にひしひしと感じた瞬間の恍惚でもあったからでもあろう。しかし、それはやはり、アポロ月面着陸の宇宙中継を夜っぴいて赤くなった目で脇目も振らず見つめていた、また、後に「銀河鉄道の夜」のさそりの逸話にこれは繋がるのだななどとしたり顔で感ずることとなる救い難くおめでたい僕という存在は、彼のこの詩の、「おそらく数知れない天体のなかには 数知れない兎がすんでいて 数知れない疲れた旅人もいる」という感性を遂に持ち得ることはないのだという哀しい真理――この世に於いて詩人の魂を持ちうることは必ずしも誰にもできることではないという冷たい真理を、美事につきつけてくるのであった。

明日、村上昭夫忌。

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