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2006/11/11

臨海博士、グリーン島にて海外デビュー!

 

只今! 昨夜遅くに生徒自分共に無事に帰国した。さて――49の「チョイ悪るオヤジ」はヤンキー風ギャルに、何故かモテるのだ。

オーストラリア、ケアンズ沖のグリーン島、グラスボートを待つ間、「ニモが見たい!」と叫ぶそんな女生徒に、カクレクマノミとイソギンチャクの特化した関係(特定種特定個体のクマノミのみが特定種特定個体のイソギンチャクとのみ共生している)をエラそーに喋っていたら、現地のコーディネーターの女性が、後ろの生徒に「あの先生は何の先生?」と聞いているのが聞えてきた。「国語の先生」と生徒が答えると、「ええっ!」という驚きが響いてきたその瞬間が、僕の臨海博士海外デビューであった。

島に渡るまで、僕は舷側にずっと、「ジョーズ」の舳先のロバート・ショーよろしく、烈風に吹かれ、体を左右に揺すりながら、水面を見つめていた。ユウレイクラゲ1個体、エチゼンクラゲ1個体、下船直前、藻に擬態したシー・ドラゴン(タツノオトシゴの仲間。これは船上からではレアだ)を目視した。スイッチが入った。

グラスボートに乗ると、明らかに僕を試すために、船底に現われた鮮やかな魚を指して少年が名を試した。「オヤビッチャの仲間だな」(でもね、言っとくと、脊椎動物である魚類は、僕のテリトリィではないんだよ)。半信半疑のその男子生徒が、暫くして船内放送が日本語に変わると、「これはオヤビッチャと言います……」と嘘みたいなコールの途端に、「ヒェー! やぶちゃんの言った通りだあ!」と歓声を挙げてくれた。ターボ・スイッチ、オン!

後は、口が先に動いた。海参(干した海鼠)として最も高価なバイカナマコ、お馴染みキュヴィエ管のニセクロナマコ、嘘みたいに小さな巨大種ジャノメナマコ。魚類の寄生虫を啄ばむホンソメワケベラ、シャコガイは僕が指差すうちにボートが動いて、幸いにそれを見た、女生徒が「すごい!」を連発し、見損なった子らがブーイングする。外套膜に共生するゾーザンテラ(共生藻類)の説明もそこそこに、今度はノウサンゴだ。シャコガイを見損なった子が、「ノウ」の説明で、「そうそう! ノウミソ! 私、見たもん!」と自慢して、シャコガイを見た子が悔しがる。無数の糞丘は恐らくシロナマコか、ユムシによるものと思われたが、これは説明しようと思うちに、もう、艀に着いてしまった。「嘘!! もう終わりなの?」という子供たちの声が一番、僕を恍惚とさせてくれる。メーター、一気!

子供たちが泳いでいるうちに、僕は島を一周半した。残念ながら、目ぼしい海岸動物は発見できなかったけれど、僕は、海を、波の音を聴いていれば、それで満足なのだ。それは、やはり、僕の記憶の羊水の、そうして、原初の記憶の漣なのだ。僕の魂は臨海ならぬ、臨界だった。

帰りの船のデッキでは、僕と話すのを楽しみにしていたという少年と、先輩の先生を相手に、マングローブ林のハイブリッドな生殖戦略から、ジェリー・フィッシュ・レイク、果ては不老不死のベニクラゲの話へと展開し、あっという間にケアンズについてしまった。男子生徒が、本当に魅惑される「少年」の眼をしていたのだ。いかん! これはもう、チャイナ・シンドローム寸前!

その少年には前日の自由行動の時間に、僕が見つけたケアンズの、汚い河口の恐らくはヒメシオマネキ(日本では本州以北には棲息していない。観察中に他個体とバイアスを実験しようと、別な巣にある個体を挿入した際、挿入個体が自切してしまった。僕は自分でも不思議なくらい、何だかひどい自責の念に襲われたのだった)の仲間らしき群落の感動を語っておいた。右手第一脚の肥大したハサミを振り上げる小型の蟹である。そうして、翌日の帰国の前に逢ったその彼は、わざわざそのために、土産を買うのもやめて、僕の言った場所に、観察に行ったと語り、 「先生、見てきました! 凄いですね!」とまたもや眼を輝かせて感動を語ってくれたのだった! これはもう、メルト・ダウン以外に、何と言おう!

冒頭の現地のコーディネーターの女性には、それでも、感謝する。最強毒のキロネックスとは違う殺人クラゲの存在だ。クラゲ・ネットを透過する、“イルカンジ”。僕は「立方クラゲだとすると、それはキロネックスという名ではありませんか?」と尋ねたのだが、彼女は、違うと言った。

現地の人々は刺胞毒の強いクラゲを一くらげ、基、一からげにして、「スティンガー」と称しているように思われる(ちなみに、僕はこれは刺胞毒が強く運動性能の高い立方クラゲのアンドンクラゲ類にピッタリな名前だと感心している)。実際、海洋生物にこれほどまでに種の名前が細かくついていて、それなりに人々に知られているのは日本ぐらいのものなのだ。

当初、“イルカンジ”はキロネックス Chironex fleckeri幼体だと思っていたのだが、このページを見ると、キロネックスの幼体は刺胞は圧倒的に少ないことが分かった。また、検索をかけるうちに、イルカンジはどうも限定された海域に住んでいる特殊な立方クラゲであるらしいことが判明した。オーストラリア北東部のクイーンズランド海岸沖のウィットサンデー諸島周辺でしか確認されていないという記載がここにある。ちなみに、その毒は勃起強化剤となるとある。この「X51」は御用達のページで、この記事も既に読んでいたが、イルカンジという名称は失念していた。そうしてやっと発見! これがIrukandji  こと Carukia barnesi だ! 可愛い奴には気をつけろ!

しかし、ネットの強化よりも、本当は、まず彼らのライフ・サイクルの解明の方が先なのではないか。「人を傷つける」生物も、彼らなりに、人間と同じ「生」の要請によって生きていることを、忘れてはなるまい。

最後に一言。

グリーン島に行ったら、一見しょぼいし、5ドルは高いと思う、あの桟橋のいっとう先の水中展望室に、行くがよい。そこでは、ハタゴイソギンチャクに共生する天然の「ニモ」=親子のカクレクマノミも、共生藻類を蓄えた巨大な生きたシャコガイも、数十センチ先に、見られるんだよ――

――その桟橋で、ある生徒が言った。

「先生、去年、海の生き物観察してて、腕折ったんスよね? でもここで、先生、復活、スよね!」

――「そうだね!」と笑顔で答えながら、僕の思いは、今年の一月の沖繩に飛んでいた。僕は内心呟いた――『本当はもう、あの沖繩で、僕は復活していたんだな……あの子たちをどこかで裏切りながら……でも、あの子たちを裏切らなければ、この子たちとも、逢うことはなかったのだな……』――太陽が、眼に痛かった――今これを打つ僕の眼には、左腕の時計のベルトの日焼けの跡が、佐渡流人(ケアンズは金山、オーストラリアはイギリスの流刑地だった)の刺青のように見える……

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