自分の感受性?
僕は、自分の感受性の鈍さから、大事な人が去って、初めてそれに気がつくようなことがあるのだと、この年になって気づく、という体たらくを繰返しているような気がする。そうしてそれは、僕が生徒に、今現に憎んでやまないことを言明しつつ授業している太田豊太郎と、まるで懸隔の差はないのだということも、今になって感じているのは、実に最愚劣なことではないか。――そもそも、これは、自己矛盾を生ぜざるを得ぬ。僕は愛さない小説を授業しないことにおいて人後に落ちないのだから。――されば、僕はやはり、豊太郎を愛しているのだろうか? 愛するように、憎んでいるというのか? ――それはやはり、ランボーが言ったように、同じ(それも呪われたものゆえにこそ)魂だけが、同じ魂を理解するのかも知れぬ……

