遠い中国の教え子S生へ
手紙をありがとう
僕は君しか愛していない
愛していると僕が言った子供達から絶縁されても
僕は君しか愛していない
あの あの頃の君に毛が生えた程度の 教員ほやほやの僕に影響されてしまった あの
最初の君を僕は誰よりも愛している 今も変わらない 君を
僕は君しか愛していない
しかし 君は言うのだ この頃の僕に
「先生、あなたは本当に真面目なのですか!」――と
……僕の哀しみ……
君に叱られるのかもしれない でも、そうだ!
それに僕ははっきり答えよう 確かに明白に
「もし私の命が真面目なものなら、私の今いった事も真面目」なのだ
――君はこの救いがたい僕を案じてくれた
それを僕は糧として 生きる
君とまた 僕は 生きる
必ず逢うために――
注:あの「こゝろ」の「先生」はその点において間違っていたと私は断言する。僕は僕の愚劣さを、確かに君に語らなければならないのだ。それは「こゝろ」と同じく決して「懺悔」ではない。いや、そうしてこそ、僕は「僕」であり、君は「君」であるのだ。
僕は「こゝろ」の轍を 決して 踏まない
僕は必ず逢う! 「また九月に」――S君
僕は 生きる そして 確かに言える
S君
僕は君しか愛していない
注:僕が唯一、このブログで忸怩たるものがあるとすれば、それは「よそよそしい頭文字」を使っていることだけである。

