思い出す事など 三
その日学校帰りに大船フラワーセンターの前で、僕は、すれ違った小母さんに挨拶をした。白い日傘の中に、僕はその小母さんの少しドキッとする赤い口紅の色を確かに見、彼女が少し白い歯を見せて、にっこりと微笑んだのを確かに覚えている。それは家のそばの庭の広い瀟洒な屋敷の婦人であった。
少し行きすぎて、ふと気がついた。
彼女は一月前に、彼女の家と道を隔てた彼女の向かいの豪邸の不良息子の飲酒運転の暴走車にはねられてそこで死んでいたのだった。
振り返ってみると、ハレーションように真っ白な夏の、誰もいない埃っぽい道があるだけだった……
今はその屋敷も豪邸も跡形も、ない。それでも、僕は今も時々、あの小母さんのどぎつい血のようなルージュを鮮やかにフラッシュバックする……

