白鳥 増田晃
白 鳥 増田晃
しづかにゆるく
薔薇色の酒をながすやうに
いつか消えいるそのおもひ
白鳥がすべつてゆく………
あつい火の接吻(くちづけ)のあとの
おきどころないこころとアンジェリュスが
やさしい祈りをうたふとき
白鳥がすべつてゆく………
雪よりもはかなくとけやすく
藍いかがみにうつるその白
その白をなげくやうに夢みるやうに
白鳥がすべつてゆく………
その胸よりわかれるウエーヴのしわは
亂されたとも見えぬばかりに
いつか練絹のあはい疲れとなり
白鳥がすべつてゆく………
その白いまろい胸にわかれるなみは
ルビーのさざめきをこぼしうつし
白い手に消えてゆくまどろみのひとときを
白鳥がすべつてゆく………
夢によくみるこのひととき
夢のなかからみえてくる幾羽かの白鳥
ただすべつてゆくばかりで
白鳥がすべつてゆく………
[やぶちゃん注:「アンジェリュス」は“Angelus”アンジェラス。カトリックのお告げの祈り。天使(“Angelus”はラテン語で天使の意)によって聖母マリアに受胎告知がなされたことを祝す祈り(朝・正午・夕べの三度、鐘の音とともに行う)。また、この時を告げる鐘の音をも指す。名は、この祈文の初めにある「主の御使(みつかい)」(Angelus Domini)に由来する。]