汝は活ける水の井 増田晃
汝は活ける水の井 増田晃
朱と褐色のざらざら光る砂のうへで
わたしは裸のこひびとを見つけた。
彼女は身籠りのからだを砂に置き
移り香ほどに濡れた瑠璃の瞳を
天になげてうつつに夢みながら
その珊瑚の脣(くち)のあはい微笑を
安らかなためいきで濡らしてゐた。
乳のしたには手毬でも抱くやうに
赤い素燒の水瓶をかゝへ抱き、
そしてその口からは絶えず狂ほしく
牛乳のごとく香ばしい水が溢れ落ち、
放恣の時のもの哀しさを踏みながら
若々しいよろこびに雪を沸かせた。
その聖い水をてのひらに享けながら
わたしの胸はふしぎな思ひにふさがり
うみぬくむ白飯のやうに震へだした。
彼女の大きな眼は聖母のやうに私を見つめた。
やがて水はその眼からも珊々と晶めき落ちた。
[やぶちゃん注:本詩の題名の「井」は「せい」と音読みしたい。それは単に「精」との音通の快い響きからである。「汝」な「な」でよいであろう。
・「放恣」は「はうし」で、勝手気ままでだらしがないさま。
・「うみぬくむ白飯」という語句は意味不明。識者のご教授を乞う。
・「珊々と」は「珊々(さんさん)と」できらきらと美しく輝くさま。
・「晶めき」は「晶」(きら)めき]と読ませている。]