デーンと富士
二月に金時山で富士を見た。あの富士が生涯の最良の富士だと思ったのは偽りではない(そこには井上英作氏の魂を送る僕の特別の思いがあったことも事実である)。が、今日、湯治に行った戸田(へだ)で見た富士は、それを修正せざるを得ない素晴らしさで僕に迫った。富士にはある距離が必要なのである。その裾野が綺麗にのびてゆく左右の広がりがあってこそ富士の富士たる所以であり、それを体感するには西伊豆に体を置く必要がある、と独りごちた。それは確かに、肉眼の黄金分割だったのである――
……僕は、今日、その美事な富士を前に、何度も何度も、つげ義春の「長八の宿」の、あのジッさんの「デーン!」を、繰り返し演じていたのである……それほどに、素晴らしかった(この僕の気持ちはあの漫画を読んだ人にしか、多分、分からない)……
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