虹 増田晃
虹 増田晃
朝顔のきよき赤は
ささやかなるランプの笠を縁どるなり
熟れすぎし枇杷のいろは
あたたかき鶉を巣に眠らす
棕梠の花のさびしき黄
懷しき母のゑまひに絶えつづくなり
するどき砥草の緑は
異端者のかなしき眼(まなこ)にうつる
にがくしぼりし藍のいろは
水引草を入日よりぬく
硯(しじみ)のうちらを染めし菫は
息子の墓を抱く老婆の脣(くち)なり
哀しみに堪へて野邊をふりむく
その野のきはみに虹たちぬ
[やぶちゃん注:後ろから二つ目の連の真ん中が、48から49ページの見開き改ページになっているが、「息子の墓を抱く老婆の脣なり」と最終連「哀しみに堪へて野邊をふりむく/その野のきはみに虹たちぬ」はすべて二字半下げになっているが、これは製版上のミスと判断されるので、通常に表記した。
・「鶉」は「うづら」でキジ目キジ科のウズラ。
・「棕梠」は通常の表記は「棕櫚」で、ヤシ科シュロ属の常緑高木。ここではワジュロ(和棕櫚)とトウジュロ(唐棕櫚)の両方を挙げておく(両者の区別は前者が葉が折れて垂れるのに対して、後者は優位に葉柄が短く、葉が折れず垂れない)。
・「ゑまひ」は「笑まひ」で、頰笑み、笑顔を意味し、ここで比喩するように花は咲き開くことをも意味する。
・「砥草」は「木賊」でトクサ植物門トクサ。珪酸を含有するため、古くから研磨に用いられたところから表記の名がある。
・「水引草」はタデ科ミズヒキ。紅白の花序が祝いの水引に似ることからの命名。ただ、この続く「入日よりぬく」は意味がとれない。何方か、ご教授を乞う。
・「硯」は「蜆」の誤字。マルスダレガイ目シジミ科の貝の総称。
・「うちら」は「内裏」で、シジミの両殻の内側を指しているのであろう。]