創る 増田晃
創る 増田晃
薔薇の重なりあふ灼金のおもひに
聖い膏はよろめいて香りかはす。
そのかげでアダムはあふむきながら
白砂のさざめくおほぞらの光に醉ひ
全身をとろかして水母のやうに
いつか深い眠りにおちていつた。
冬をねむり明す蛇のねむりのごとく
手をなげ足をなげ大地のぬくみに
マカロニの汗にぬるんで眠つたころ、
人間を孤獨より救はんとし
神はアダムのそぱに忍び寄つた。
はじめ彼は粘土をこねて同しやうに
今一人の人を創るつもりだつた。
しかしアダムの訴へる寂しさはいつも
自らの息を息づくものが持てないからだ。
この溜息をきいたとき神は默つて
掌に叩いてゐた粘土をなげすてた。
そしてこの寂しい人聞はどうしたら歡喜するか
どうしたら救はれるかを神は覺つた。
神はそのときアダムを熱く扇ぎ
眠りおちた彼を抱きかかへその肩の
熱い麺麭のゆたかさに足をかけた。
そして魚の骨をぬくやうに胸の傍(そば)の
一本の肋骨を力こめてぬきとり
緑草をひたす赤い傷口に
いそいで肉をうめて癒しあげた。
神はその骨に土をぬりぬりあげ
やさしいふくらみを重ねて乳をつくり
息をふきかけて新しいいのちを與へた。
そして薔薇のかげにみちびき その膏の
金のしたたりを爪先まで流させた。
また茂みのなかの銀の百合をつたふ
流星のやうなすずしさを啜らせた。
またその額に束なす美垂穗をかけ
にこやかな赤い螢を宿らせた。
そして手をひいてアダムの傍に立たせ
まどろみとろんでゐる彼を指(さ)して、
おまへはつい今この男より分れ
新しい肉を享けたばかりだと教へた。
その新しい人はアダムを眺めわけもなく
震へながら悦びに聲をあげた。
しかし大きな手にゆすられてアダムが醒めたとき
神のすがたはもうそこには見えなかつた。
そのとき遠くの雲の白い翼のうへより
聖らかな聲がアダムの體をわなゝかせた。
「そこに立つ人はおまへの分身だ。
おまへはもう孤獨より救はれた、
その人はおまへの魂をわけ血をわけ
おまへの言葉をわけ息をわけた。
おまへはもう孤獨に苦しむことはない、
今おまへの得た唯ひとりの肉身の人は
永しへにおまへの息を息づくために創られた………」
[やぶちゃん注:・「灼金」の読みは不明。音ならば「しやくきん」、訓ずるとすれば「やきがね」「やけがね」。ちなみに暗闇で刀が合して擦れ合う際に流れ下る火花をこのように表現する語でもある。ここはやや黄みがかったバラの花の重層する花びらの間の醸し出す黄金色の空間を言うように私には感じられる。ちなみに言っておくが、私は薔薇が好きなことに於いて人後に落ちない。薔薇の好きな人にしか分からない、あるエクスタシーを、私は分かる。
・「膏」は「あぶら」。
・「水母」は「くらげ」。
・「麺麭」は「パン」。
・「美垂穗」は「みたりほ」か。額にかかった髪の隠喩。]