雪の山 増田晃
雪の山 増田晃
あさ!
南佐久の巨人たちの
天上にめざめる譚詩をきけ!
たちのぼるきよい息に
大きな額をぬらしながら
山山は歡喜にむせぶ
白金に赤に黄に金に
立上る峯 ひかりあふ峯々
天空の大きな伽藍たちは
いまレースに飾られてゆく
すばらしい刺繡にかざられて
傳説と星座をささげる山山!
かれらはいただきにひかり受けて
胎兒のうごきのなかから
しづかに眉をひらいて祈り
すでに母の優しい聲につつまれる
その聲にうたれていまいただきは
原始の彌撒にかがやき
歡喜と動搖にうづまき
天の新酒はその赤の
酸い赤の泡立ちを
谷そこの湯氣のなかへ落してゆく
谷そこより立ちのぼる靄のうへに
山山のかゞやきは火となり
陶醉し 祈り 祝福し
朱丹にきらめく額をあげ
頂から谷そこへ 深い湯氣のなかへ
春の若駒の馳け下りるやうに
新酒は一度に濫入する
見よ 全貌をかゞやかしかける山山
かれらは今すでに新しい肉身である
新しい未來であり 聖母である
かれらは産聲と抱擁
そして祝福と復活!
新しい活動と肯定の展ける直前
この偉大なる敍事詩を見よ!
いまここに住む人の悲慘も寂莫も
そこに棲む動物の凍死も屈從も
しづめられたままの呪も木魂も
すべて報ひられ 新しい肉を享け
抱擁に醉ひ 今日を信じ
諸手をあげて立ち上るとき
總身水晶にかがやく山山は
すべてを抱き擁へうづくまり
あたらしい未來を指して啜泣いた
[やぶちゃん注:・「南佐久」は現在の長野県南佐久郡。
・「譚詩」はバラード(仏語“ballade”)。
・「額」は「ぬか」と読みたい。以下も同じ。
・「彌撒」は「ミサ」と読む。ローマ・カトリックに於ける祈りの儀式。
・「酸い」は「酸(す)い」。]

