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2007/10/03

おもひで 増田晃

     おもひで   増田晃
        ――それはまだ小學校にあがりたての頃

遠く近く
雨の日の公園の木馬場のオルガン………

幼い頃手をつなぎ赤錢もつて
ともに木馬に通(かよ)つたあのむすめ
面長のおきやんなその子とともに
樂(がく)のはやしに迴つた淺草六區の
ポプラの鳴る下の木馬場の秋よいづこ!
とあれ青き大月血ぬられし九月一日
裂けちる大梁(はり) 雪崩るる橋より
一せいに立つ火けむりと人靈のなかを
線香のごとたち盡きし昔はいづこ!
見よ 極みなき燒野原のかしこにありて
空にかゞやく眞紅の國技館(ドーム)
折竹の十二階くづす音わたる下
道のべに燒けふくれたる銅の手足、
またそを取運びゆく車輪のきしみ!
かかるとき生殘れるものかすかに集(つど)ひ
藁敷きて恐怖の鮮人にわななけども
かの黑塀うちに既に滅びし
うるし葉の秋の光はいづこぞ!
まこと今その正午にして別れしままの
その娘!また遊ばうと指切りし
南京玉の指輪くれたるその子!
嚙みかけの干肉をわたしにあたへ
みそかごと戸を閉ざしたる娘はいづこ!
いま黑塀の住居しあとをふとよぎりつつ
樣かはりたる柳並木をすぎゆけば
玉ほぐしゆく赤毛糸のごとくいと遠く
かはたれの鶴の胡弓は昔にかよふ………

   かへし

 まこといまも眼を閉ぢて聞入れば
 遠く近く雨の日の淺草六區の
 古雅なるオルガンはそらに嘆き
 花みだれたる噴水 藍色の鳴きつぐ蛙
 雨の日の胡弓はいと遠い昔にかよふ……

[やぶちゃん注:題名の添え書「――それはまだ小學校にあがりたての頃」及び最後の「かへし」の題名と一字空けのその五行詩はポイント落ち。言うまでもなく関東大震災直後の切ない記憶。
・「赤錢」は銅貨。一厘か五厘、あるいは一銭銅貨。
・「國技館」のルビの「ドーム」は底本の縮小画像で見る限り、「アーム」にしか見えなかった。これは勿論、旧両国国技館で、震災で全焼した。形状から「ドーム」だろうと思いつつ、底本画像を拡大するとドー見ても「ド」ではなく「ア」だ、と確信した。「アーム」というルビだと思い込んでの推理は(今も近眼老眼だが、そうにしか見えないんだ)、これは全焼して鉄骨のアームだけになった様の比喩表現かと、かなり自信を持って合点していた(今も捨てきれない。残酷で素敵に洒落たルビじゃあないか。なお、もう一つの推理は国技→戦い→兵器→アームなのだが、英語教師によるとだったら複数形アームズでないとおかしいとのこと)のだが、この公開を見た復刻版を所持する知人から急遽、メールが入り、「ドーム」とあるとする。やっぱり、なんだ、つまんないな、ちぇ……でも、いいや……ふふふ♪
・「折竹の」は意味不明。「折柄の」か「折節の」の誤字の可能性も排除できない気がするが、ここは、崩れ折れた浅草十二階の比喩表現で、「おれだけの」と読ませるか。識者の見解を乞う。
・「恐怖の鮮人」という差別的叙述(「鮮人」という略語は立派な差別語である)では、震災直後、朝鮮人による井戸等への毒物投入という流言により、悲惨な虐殺があったことを忘れずいてもらいたい。この以下の情緒に流れた(それは個人的には文句なしに切なく素敵である)叙述からは、残念ながら増田のそのような人権意識の深みを十分に読み取ることは出来難い。
・「黑塀」や「うるし葉」、「みそかごと戸を閉ざしたる」には、この中国系と思しき少女に関わる何か特別な意味が示されているようであるが、不学不識にして推理不能である。「黒塀」は、即物的には焼き杉板に灰渋(縄の灰を柿渋で溶いた塗料)を塗装した黒板塀を指す。
・「鶴の胡弓」は意味不明。胡弓の音を鶴声に喩えたものか。「黑塀」以下の前項と共に、識者の教えを乞う。]

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