夜曲 増田晃
夜曲 増田晃
きみの膝におもて伏せて生薑水のやうに辛(から)い夜露に濡れてゐたい。
この木蔭に隱れてゐるわれらを月が除虫菊のあかりで探出すまで
きみの膝におもて伏せて緑の滿ちた苗代のやうに泣戰ぎたい。………
やがて月のまぶしさに醒されてうすく發電するきみの瞳が
極光の襞あげてかゞやく日輪のごとく仰ぐわが眼に注がれるとき
われらこの森を捨ててかげ遠く霞み集る髪座の方へ昇りゆかう。………
(舳に篝火たき心なめて下りきたる 大銀河のみぎはのコーラスを 遣りすごして・・・・・・)
[やぶちゃん注:・「生薑水」は「しやうがすゐ」。
・「除虫菊のあかり」とは、一読当初は、電照菊の実際の明りのことを指すかと考えたが、電照菊は花を季節はずれに花を得るために昭和12年に豊橋で始まったのが最初であるとされ、更に除虫菊とは無縁であろうと思われ、ここは除虫菊は除虫成分ピレスロイドpyrethroidを得るために栽培されるシロバナジョチュウギクの白い花を「あかり」と比喩したものであろう。
・「戰ぎ」は「戰(そよ)ぎ」。
・「極光」はオーロラのこと。増田が「オーロラ」と読ませるつもりならば、ルビを振ったはずなので、ここは素直に「きよくくわう」と読む。
・「髪座」は星座名。「かみのけざ」ととりあえず読んでおく。かみのけ座Coma Berenices。本星座は数少ない史実に基づく伝説を持つ。以下、ウィキペディアより引用する。『古代エジプトの王で、アレキサンドリアを文化中心都市にしたプトレマイオス3世Euergetes(在位紀元前246年-紀元前221年)とその妻で王妃のベレニケ(Berenice2世)が主な登場人物である。紀元前243年ごろ、プトレマイオス3世王は、自分の姉妹を殺したアッシリアを攻めた。ペレニケは、夫が無事に戻ったならば、美しく、かつ美しいゆえに有名であった自分の髪を女神アプロディテに捧げると誓った。夫が戻ると、王妃は髪を切り、女神の神殿に供えた。翌朝までに、髪の毛は消えていた。王と王妃は大変に怒り、神官たちは死刑を覚悟した。このとき、宮廷天文学者コノン(Conon)は、神は王妃の行いが大変に気に入り、かつ、髪が美しいので大変に喜び、空に上げて星座にした、と王と王妃に告げ、しし座の尾の部分を指し示した。そして、その場所はこれ以後、Bereniceのかみのけ座と呼ばれることになった。コノンのこのとっさの知恵により、神官たちの命は救われた。』。
・「舳」は「とも」(船尾)か「へさき」(船首)の両方の読みと意味があるが、後者ととっておく。
・「篝火」は「かがりび」。]