北の海 中原中也
北の海 中原中也
海にゐるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にゐるのは、
あれは、浪ばかり。
曇つた北海の空の下、
浪はところどころ齒をむいて、
空を呪つてゐるのです。
いつはてるとも知れない呪。
海にゐるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にゐるのは、
あれは、浪ばかり。
*
今日は行きの車中でオリジナルの授業を想起しながらワイルドの「幸福な王子」を再読し、職場で「史記」の項羽の凄絶な最期と、「舞姫」の宿命的なエリスとの邂逅、そうして「杜子春伝」で完膚なきまでに痛めつけられる子春を講義し、帰りは手相の未来を演じてしまうワイルドの「アーサー・サヴィル卿の犯罪」を読んで、ふと自分の掌を見た。……国語教師と言うのは、如何にも苛酷な職業である。これは、ここのところの病んだ今の僕の魂にはいささか、いや、大いに鬱々とするに足るプログラムではあったのだ。そうして……そうして深夜に有象無象疲れ果てて思い浮かんだのは、人魚のいない、海だったのだ……
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