野にいでて 増田晃
野にいでて 増田晃
やさしい巣のやうに
萌えだした緑や罌粟は私をゆする。
戀人よ おまへは匂はしすぎる、
アネモネや菫をつんで、
てうど花の蕊になつて戻つてくる。
わたしらはこの祭に放たれて
何の逡巡もなく。………
五月の野のはげしい息が
わたしらの胸に四肢に氣魄を噴き
戀人よ おまへは息切つて笑ふ。
わたしは花もろとものおまへを
ここに咲かせようと おまへの全心身に
わたしの血をはげしく舞踏させる。
上昇させる。………
戀人よ けふわたしらには
何の制止もなく後悔もない。
花のなかに身を投げはるか遠く
沈んだ鐘のけはひを聞く幸ひよ。
自由と渇きはおまへの瞳を
天のやうに狂ほしく明るくさせ
わたしの瞳に涵(ひた)させる。………
[やぶちゃん注:奔放にして鮮烈な性=生のエクスタシーである。
・「罌粟」は「けし」。「芥子」とも書く。ケシ科ケシ属ケシに属する一年草。これを現実の景とするならば、鴉片(アヘン)を含まない観賞用のボタンゲシとせねばならないが、その必要はあるまい。増田の好きなギリシャ神話ではケシはゼウスの姉、豊饒の女神デメセルのシンボルで、一般に知られる花言葉は、「恋の予感」である。その娘ペルセポネの冥界の王ハデスによる略奪婚の話の中で、娘を探すデメセルが三途の川レーテ畔で出会う眠りの神ピュプノスとのエピソードにも現れ、そこでは人の夜に儚い夢を与える(アヘンの効用)ものとしても登場し、そこから「忘却」という花言葉も持つ。
・「アネモネ」はモクレン亜綱キンポウゲ目キンポウゲ科イチリンソウ属アネモネ。ギリシャ神話では美少年アドニスの血から生じたとする。またアネモネは花の女神フローラの寵愛したニンフであったが、フローラの夫である西風の神ゼビュロスが恋慕したため、嫉妬に狂ったフローラによってこの花に変えられたともあり、そこから、「儚い恋」や「孤独」の花言葉を持つ。
・「菫」は「すみれ」で、スミレ目スミレ科スミレ属の総称。女神ディアナがイオの姿をすみれに変えてアポロンからの横恋慕を守ったことから「真実の愛」という花言葉を持つ。
・「蕊」は「しべ」。雄しべと雌しべ。
・「涵」は「浸」と同義。
・「沈んだ鐘」は鷗外が絶賛したハウプトマンの戯曲「沈鐘」のイメージ。]

