丘邊のさまよひ 生田春月
若き日の夢
丘邊のさまよひ 生田春月
月おぼろにして我が影うすし、
我が生命(いのち)さへ覺束なきかな。
靜かなる心だにあらば
たのしさは來らむものを。
あはれ、日にして夜(よる)として
我が胸の靜なることはあらず。
ある時は、死の谷に迷ひ、
ある時は、嘆きの海に溺る。
こゝに一日(ひとひ)の惱みよりのがれ出でて
ひとり丘邊にさまよひ來(く)れば、
繁れる松の樹の影もうすし。
夕風のなかにそよげる草のごとくに
寂しくてたえだえなる我が生活は、
節ほそく哀れに鳴りて、
おぼろおぼろの歌とこそなれ、
影もろともに薄らぎつゝも。
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第一詩集「霊魂の秋」の巻頭を飾る。「若き日の夢」という大題目があるが、そこに記されるのは、この詩のみである。今日までに春月の「末期の眼」のみに捕らわれていた。これは、十九歳の春月の、詩人の最初の呟きである。底本は昭和42(1967)年彌生書房刊廣野晴彦編「底本 生田春月詩集」であるが、可能な部分を恣意的に正字に直した。