化野の露
僕は神も仏も信じていない
自身も信じられない自分が「誰を」信じろというのか
キリストも阿弥陀も所詮は僕という「おぞましい存在」の内在的な倫理観の陳腐な規制的措定の比喩以外の何ものでもない
僕が世界史や日本史で阿弥陀やキリストを習わなければ
僕は彼等の名を知ることもなかったのだ
しかし
畏怖すべき自然はア・プリオリに僕等の前に「在る」
僕には絶対の安息の地を約束する似非預言者も
全ての生き物を救うなどという下劣な大それた誓願をする奢った輩も信ずるに足りない
僕らに「たかが」みじめな「されど」みじめな「自身」を信ずる以外に何があると言うのか
僕らはみじめなるが故に確かに自身で在り得る
もののあはれも知らぬ超越者であることなど
反吐の出る以外の存在である他に
何が
ある

